MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


05/01/20
海渡英祐「俥に乗った幽霊」(光文社文庫'92)

副題が「探偵記者事件簿」。文庫オリジナル作品で'87年から'92年にかけて『小説宝石』ほかに掲載された短編がまとめられた作品集。この直前に刊行された『出囃子が死を招く』という光文社文庫の作品とは、時代設定の近い姉妹版といってよさそうな内容。

明治二十年代。新聞「東洋日報」の若き記者・有沢敬介は、記事を集めるにあたって自ら事件を追って解決し、その様子を改めて新聞記事にまとめるという探偵記者として名前を馳せるようになった。そんな有沢が巡り会った事件簿の数々。

東洋日報の名物記事を執筆していた安原湖風が殺害された。花札が一枚握りしめられており、第一発見者は敬介であった。湖風が執筆していた事件記事に秘密があるのか。敬介の解き明かしたダイイングメッセージの秘密とは。 『杜若の札』
男に捨てられ自殺したと思われる娘の取材に訪れた敬介だったが、その道行きで「幽霊を乗せた」という車夫に出会う。その身投げしたはずの女性が乗っていたというのだが。 『俥に乗った幽霊』
家の周囲で線香が焚かれるという不吉な悪戯。その家を訪問した敬介は、主人が籠もった書斎で殺害され、更にそこから火事が出るという現場に居合わせる。 『密室の線香』
呉服屋の若旦那が花火大会の混雑のなか失踪。橋が落ちる騒ぎに巻き込まれたという。水難の相が出ていたという彼は、しばらくしてまた同じように失踪してしまう。 『二度目の溺死』
恋人・尚子が友人を訪ねて滞在していた大蔵省役人の屋敷で、菊の花を身に纏った素っ裸の死体が発見される。役人は事件をさっさと闇に葬るつもりだったようだが。 『乱菊の庭』
スリに財布を取られかけた敬介を元目明かしの老人が救う。後ほど話を聞きに行こうとした敬介は、その老人と行き違うが、どうやら投資家・山城屋の主人が失踪したという件らしい。 『吐き出した餌』
東洋日報の新人記者・吉井が、世話になっている家の引越を手伝いに行く。その日は嵐となりその主人と吉井が共々に失踪。心配する夫人が敬介に助けを求める。 『嵐の遺物』
銀座通りをおかめの面を着けて歩く女性。東洋日報隣の家具店に入ったかと思うとそのまま倒れ、医者を呼んでいるあいだに消えてしまったのだという。更にその女性は遠く離れたところで死体となって発見された。 『銀座の三度笠』 以上八編。

時代を鮮やかに描き出し、本格的な謎を提示して魅了。アクセントの効いた味わい深い本格探偵小説
推理小説作家として年期の入った著者ならではの「いい仕事」。 明治時代の風俗をきっちりと紙面に描き出しつつ、登場人物は魅力的、主人公とヒロインの静かな恋愛もうるさくなく、それでいて本格ミステリとしても正々堂々。歴史もののエンターテインメントとして実に深い面白みが溶け合った作品集となっている。
まず時代。明治二十年代から三十年代にかけて、という時代が活写されている。短編それぞれにおいて、当時に実際に発生した風俗であるとか、文化、事件といった要素が織り込まれており歴史を知るという好奇心を満たしてくれる。そもそも全体を通じて当時発達しつつあった日本の新聞史の概況さえも伺える。加えて、現在ほどの速報性を要求されず、いかに面白く事実を大衆に伝えるのか、を使命にしていた当時の新聞の記者を探偵役にもってきたという点、作者の深謀がまず存在する。
また、事件も凝っている。特に印象深いのは物理系の密室トリックを使用した『密室の線香』。 犯人が張った伏線が効いており、また後の時代でも前の時代でも微妙に成立しづらいトリックを、この時代ものを利用して作品に仕上げるテクニックが渋い。トリックそのものの意外性よりも物語に溶け込ませる手腕の光る一品。
また表題作の『俥に乗った幽霊』、それと発端の意外性が光る『銀座の三度笠』における、アリバイトリックも面白い。奇妙なできごとを冒頭に配して、後からロジックで詰めていく、こちらは本格ミステリの論理的な詰めが楽しめる。そしてもう一編、個人的にポイントが高かったのは『吐き出した餌』。 岡本なる、どこかで聞いたことのある人物と本編主人公との知恵比べが本質ながら、短編の見せ方としては普通のミステリなのだ。新聞社同士の争いを描いた作品とは思えないのに背後にある思惑が読後にずしんと響く。
また主人公と、途中の作品で登場するヒロインとの少しずつ進行していく双方の恋心の描写も、押しつけがましくなく微笑ましい。本編の謎とは別に、物語を通して読む時のアクセントとしての扱い方が格別である。このあたりのさりげない配慮も素晴らしい。

さらりと読んだらさらりと読めてしまうし、じっくり読んでもじっくり読むだけの価値がある――という、大家ならではの高いレベルの作品を味わった。深い歴史的素養に裏打ちされているだけあって、歴史ものとしても読めるし、本格ミステリの視点から読んでも面白さは高い。海渡英祐、恐るべし。やはり追ってみるだけのことがある。


05/01/19
深谷忠記「おちこぼれ探偵塾 ―偏差値殺人事件―」(ソノラマ文庫'82)

深谷氏は'82年『ハーメルンの笛を聴け』で第28回江戸川乱歩賞の最終候補となった後、同年ソノラマ文庫より本書と、翌年に『ハムレットの内申書』を立て続けに刊行しデビュー。ジュニア向けはこの二冊と、同じくソノラマより刊行された『甲子園殺人事件』のみで、以降は着々と一般向けの作品も発表、'85年に第3回サントリーミステリー大賞の佳作も受賞している。本書と『ハムレット』は合本となり『偏差値・内申書殺人事件』として再刊されたことがある。

無名の補習塾、小堀荘にある落合塾、通称「おちこぼれ塾」に通う私立河端中学校の三年生・早川育江。彼女の兄で塾OBでもある一彦が通う私立丹羽学園高校の受験で、試験監督の手伝いをしていたところ、試験中に腹痛を起こした学生がいた。一彦がその学生・下条啓介をトイレに連れて行ったのだが、一彦の監視にもかかわらず、トイレから消え失せてしまった。試験会場から居なくなっただけでなく、その下条君はそのまま蒸発してしまった。彼は落ちこぼれ塾の隣にある栄光進学塾に通い、成績もクラスでトップクラス。丹羽学園高校には合格確実のはずで、失踪する理由は見あたらない。育江と、仲良しの二人、ゆかりと瑠璃子は、兄と兄の親友・山崎に頼み込み、その謎を解くべく、丹羽学園に侵入するがやはり謎は解けない。しかし、その下条という子は数ヶ月後に死体となって発見され、成績優秀ながら「落ちこぼれ塾」に来ていた八重樫という生徒まで殺されてしまうに至り、丹羽学園に隠された陰謀が裏にあることに気付く……。

ノリは一昔前の学園ものでありながら、社会派の要素が見え隠れして後味がかなりブラック
ソノラマ文庫デビューという作家は実は意外と多く、現在も現役でバリバリ活躍されている方も多い。そういう意味では深谷氏もその系譜に連なる作家ということになる。そのデビュー作品となる本書、確かに”少年少女向け”(死語かな)の体裁を取っているのだが、なかなかどうして、侮れない作品になっている。
当初の謎として提起されるのは、学園内部からの人間消失の謎である。トイレに入った筈の受験生がそのまま監視されていたなか失踪してしまう――というもの。その謎自体に大きな吸引力があるとは言えず、関係者が必死の謎解きをする様はどちらかといえば微笑ましい印象。ただ、後半部に至り、学園関係者と塾関係者、それに主人公の周囲の人物が慌ただしく伏線めいた動きをするようになってから、その微笑ましい印象が一変する。更に、勉強合宿の最中に友人の一人が殺害されてしまうに至り、かなり事態が深刻な状況になっていることに気付かされる。特に終盤に明かされる、中学生が大人の世界の汚い部分に巻き込まれていく様子など、社会派の要素が強く出ているといえるだろう。
意外性という意味では、副題の「偏差値殺人事件」という題名自体がミスリーディングを誘っている点にある。偏差値=受験の問題は、学生同士の当落の争いとして醜く描かれることが予想されるのに対し、本書ではその偏差値という存在を逆手にとった組織側の陰謀が最終的に明かされるという仕組みになっている。このあたりの本書の主題の説得性は、発表された当時以上に、大学全入時代を迎えた現代の方がありそうな話のように思えるくらいである。
複数の若い男女が登場していて、一応の恋愛の要素もあるながら、あまりそちらを重視していない構成も今となっては新鮮かも。(スパイスとしてもほとんど効いてこない、というか人間関係の説明くらいの要素でしかない)。それでいて、この主題を学生側の視点から解き明かすということに意味があり、主人公が中学生という点はやはり重要なポイントだと思われた。

ソノラマ文庫のこの時期の作品は古書価があまりついておらず、ネット古書店でもすぐ入手できる。まあ、本格とも社会派とも言い切れない作品で、どういった層が本書に興味を持たれるものか、読んでいて小生も実は分からないながら、誰が読んでもそれなりの興趣をもって楽しめるのではないか……という印象の作品である。


05/01/18
北山猛邦「アルファベット荘事件」(白泉社My文庫'02)

'02年に『「クロック城」殺人事件』にて第24回メフィスト賞を受賞してデビューした北山猛邦氏の第二長編。メフィスト賞とは無関係にWEBサイトに掲載されていた元となる小説に対するオファーがあって出版したものらしい。あっという間に入手できなくなってしまいちょっと戸惑っていたが、ようやく手に入れられた。

一九八二年、ドイツ・ケルン。小学生の”僕”は両親に連れられ『創生の箱』パーティに出席するためこの異境の地へとやって来ていた。”僕”はそこで一人の少女と出会う。彼女は『創生の箱』の所有者であるジークベルト教授の養女で特殊な事情で教授のもとにいるらしい。曰く付きのその『創生の箱』のパーティにて空っぽだった筈の箱のなかからバラバラ死体が発見される事件が発生、その彼女は謎を解いたらしいのだが、”僕”の抵抗虚しく、彼女は博士に連れ去られてしまう。
一九九八年、岩手県にある洋館・アルファベット荘。屋敷の内外にアルファベットを形作った巨大なオブジェが並ぶ奇妙な屋敷にて開かれるパーティに出席すべく新幹線にて三人は移動していた。三人とは、劇団『ポルカ』の看板女優にして極度のものぐさ・美久月美由紀と、下っ端女優の橘美衣子、そして共同生活者にして『何も持たない探偵』ディである。ディは過去一時期の記憶を喪っており、謎がない限りは最低限の受け答えしかしない透明な存在感の人物だ。藤堂という秘書の女性が迎えに来たものの、主催者の筈の実業家・岩倉が登場しないまま、山奥にある館には次々と曰くありげな参加者たちが到着する。館には『創生の箱』。そして、最初の晩、鍵のかかっていた筈の創生の箱から参加者の一人の死体が発見された……。

トリック中心の物語に駒のような登場人物。だが、全体に湛えられている奇妙な魅力があって……
デビュー前後ということもあって、以前も同氏の作品で指摘した通り文章はまだまだ。登場人物もラノベの抜き書きのようで(萌えがあるのかもしれないが)魅力があります、と書くことで魅力を付けようとしているタイプのため、今ひとつリアルとは思えない。舞台も典型的雪の山荘だし、設定も強引だし、現実との繋がりが薄い世界だし……。ただ、それらの小説として未熟という点を差し引いて考えると、正直ミステリファンとしてそれなりに楽しめた
ひとつは、大胆不敵な二つのトリック。不幸な言い伝えのある『創生の箱』、空っぽの箱のなかに出現するバラバラ死体……という不可能犯罪に対する興味は高い。また、アルファベット荘内部にて、移動不可能な空間を『創生の箱』が移動してしまう現象も、普通の状況下では不可能であり、こちらの謎も魅力的。 さぁて、どうやって解決するのかな……と楽しみにしつつページを捲ってみると……これは大胆。こう来るか。この強引なトリックを正々堂々と使ってしまうのはいいなぁ。(ちょっと無理がありそうなところなんかも)。 特にダミーの解決の一つである、屋敷の柵のてっぺんを半周するというネタなんかも好み。無理矢理に現実という地面に足を付けないことで表現し得るトリックという点で、逆に新鮮な驚きを覚えた。
そしてもう一つ。サイコキラーを簡単に登場させてしまうあたりは、あれっと思わないでもなかったが、プロローグと真相を繋ぐ”理由”の方、ちょっといい感じ。『創生の箱』の事件というあたりで思考が停止していただけに、驚愕とはいえないまでも静かな驚きがあったし、同じサイコ・キラーであればこういった理由をもとに活動してくれる犯人の方に、まだ多少なりとも理解できる。

リアリティや登場人物の深みを愛するような”大人”のミステリ読者にお勧めすることはまずないが、本格ミステリはトリックだ! と言い切れ、かつ面白いものを面白がれるタイプの読者であれば、楽しめるものと思う。それでも、探偵役は無理に職業を探偵としなくとも(つまり単なる行きがかり上の素人探偵でも)良かったかも。


05/01/17
古処誠二「七月七日」(集英社'04)

敢えて書いてみたり。古処誠二氏は'00年に自衛隊を舞台とする本格ミステリ『UNKNOWN(アンノン)』にて第14回メフィスト賞を受賞してデビュー。その後『少年たちの密室』など、本格ファンから高い評価を受けながらも『ルール』より太平洋戦争テーマの作品の発表を開始し現在に至っている。本書は第132回直木賞の候補作品となった。

太平洋戦争の末期、戦略上の重要拠点となるサイパン島を攻略するために連合国は多数の戦力を投入し、島の南端の上陸に成功した。その連合軍のなかに語学兵として参加した、日系二世・ショーティ。彼は米国に移住した日本人の両親の息子であったが、開戦後の米国の法改正により両親ともども財産を没収され、強制収容所に入れられていた。ショーティは米国に忠誠を誓うことで日本語を操ることのできる語学兵となったのだ。彼らの仕事は捕虜や投降者からの情報収集、前線から持ち帰られた遺物の分析、そして頑強に立て籠もる日本人民間人や軍人の説得である。サイパン島の攻略は彼らの働きによってもたらされる情報が重要であることは誰もが認識しながらも、彼らは”裏切り者”予備軍として米国人の護衛兵(という名の監視つき)の活動を余儀なくされていた。彼は彼なりに日本を愛しもしていたが、自らの地位を自らの地位で獲得するために必死だった。一方の日本人は、捕虜となっても死、突撃しても死という理不尽な信念に突き動かされており、それがショーティの任務を困難にする……。

日本人であり日本人でない哀しい立場の視点が、あの戦争での日本人の悲惨な価値観を赤裸々に浮かび上がらせる
古処誠二の著者略歴のなかから”メフィスト賞受賞でデビュー”という一文や『UNKNOWN』『少年たちの密室』といったいわゆる本格ミステリ系統の作品が”無かったこと”にされて久しい。『ルール』から始まった、ハードカバー刊行の一連の太平洋戦争ものが、今の古処にとっての”作品”であり、本書はその四冊目の新生コドコロの作品である。
太平洋戦争末期のサイパン島の悲劇を、日系人語学兵というあまり知られざる存在の目を通して語る物語。冒頭に謎が示されるタイプのミステリ・エンターテインメントではなく、日本人なら周知の”結末”に至るまでの現実というディティールと、登場人物たちの心情を中心に語られており、そのいくつもの悲しく哀しい展開から得られる情感が実に深い。
太平洋戦争が開始された結果、日本と米国の板挟みにあって米国を選び、米国内、更には日本から双方の中傷罵倒に耐えながら、自らの職務に没頭する二世たちの就いた職務……語学兵。最前線で捕虜から情報を取り、戦死体から奪われた手帳やメモを解読し、立て籠もる敗残兵や民間人に投降を呼びかける。その存在が実にリアルに描かれていることはもちろん、その立場の視点だからこそみえる、大戦中の日本国民の真実が赤裸々に浮かび上がる。 恥の文化、周囲の目の過剰なまでの意識、そして米国人(現代の日本人からも)からは信じられないような特攻精神の裏側にある精神的な圧迫……。こういった事柄をひっくるめて、より多数の人間を生かすためにショーティが傷だらけになりながらも実行したのはどういう行動か。これは本書を読んで確認して頂きたい。

単に戦争の悲惨さを描いた物語ではなく、その悲惨さがどこからやって来たのか、どうしてこうなってしまったのか、という点にまで踏み込んだ思索が秘められているように思うのだ。こういったテーマは、戦中派の自省ではなかなか取り上げられることはないように思うし、太平洋戦争を描き続ける古処氏が戦後生まれだからこそ描ける考察のように感じられる。

正真正銘の戦後生まれでありながら、こういった題材を積極的に取り上げる古処氏。事実上の再デビュー作である『ルール』のみなのかと思いきや、その後ずっとこの路線である。もはやミステリの範疇ではくくれない作家になってしまったが、着実にその実力を高めている。いつか本当に直木賞を獲ってしまいそうな気もする。


05/01/16
佐々木俊介「模像殺人事件」(東京創元社'04)

'95年、第6回鮎川哲也賞佳作を獲得した『繭の夏』にてデビュー。同書は文庫化もされたが、その後の佐々木氏は十年近い沈黙を保ち、ミステリファンからは忘れられかけていた。創元クライム・クラブの一冊として刊行された本書はそんな佐々木氏の二冊目となる長編作品。

芝居関係の物書き・進藤啓作は新宿の病院に友人・Tを見舞った。Tはある政治家の息子ながらある時に実家を飛び出し、自由に生きてきたが今は重い病を患って大病院に入院している。そのTから、啓作は無名の推理作家・大川戸孝平なる人物による”ある殺人事件の記録”の入ったフロッピーディスクを受け取る。事件そのものは解決しているというTは、啓作に”その屋敷で何が起こったのか”が知りたいといい、また彼の妹と、彼らの共通の知人である私立探偵・飯塚が事件に関係しているというのだ――。『不吉のマヨヒガ』と題されたその作品は、大川戸孝平の手記の形式をとっており、彼が休暇の途中で迷いこんでしまった山奥の屋敷を舞台にしていた。その家――木乃邸では彼を四人の人物が迎え、そのうち二人は全身を包帯でぐるぐる巻きにしたミイラ男であったのだ。丁度その直前、木乃家を出奔して長く戻って来ていなかった長男の木乃秋人が帰ってきたというのだ。しかも、そう名乗る男が前後して二人。他の家族も謎めいた雰囲気を持つ木乃家に滞在する孝平の前で、奇怪な殺人が発生する……。

クラシカルにしてゴシック。現代を舞台に甦る往年の探偵小説……
恐らくは作者が意図的に狙ったものだと思う。現代のパート、作中作のパート問わず、作品全体に往年の探偵小説のようなクラシカルな雰囲気を纏わせてある。文章しかり、登場人物や舞台設定の雰囲気しかり、そしてもちろん二人の顔のない男という設定しかり。まぁ、往年とひとくちに書いてもいろいろあるが、個人的な印象では昭和三十〜四十年代迄ぎりぎり存在したかもしれない、浮世離れした上流階級をイメージした。(千街晶之氏も解説で触れているが、横溝正史の後期の通俗長編などに現れる世界とどこか繋がった印象を受ける)。作品内における時系列としては全て現代(そしてちょっと過去)であるにも関わらず、二昔前(昭和期)撮影のドラマを見ているかのような奇妙なゴシックイメージが全体に感じられた。特に作中作の部分にわざと古めかしい表現を狙ったかのような凝った文章を配しており、独特の雰囲気作りには役立っている。(頑張りは判るものの文章そのものが極上とまでは、さすがに感じられなかったが……)。
ミステリとしては、館で発生する不可能趣味の事件(なんたって包帯男が二人も出てくるのだ)、そして作中作と現実との関わりをうまく利用したプロットの謎が組み合わされる構造。ただ、関係者の数が少ないせいもあろうが、入れ替わりを幾つかシュミレートすることによって真実に至ることは読者にも不可能ではないように設定されている。作中作と現代との繋がりがポイントであり、終盤、主人公が作中作の世界に分け入っていくあたりの眩瞑感に似た感覚はなかなか良い。特に、その作中作にて描かれた殺人事件そのものよりも、最終的な作品としての真実のインパクトが強い。そしてこの真実が実に冷え冷えとしているあたり、探偵小説世界から、急に現代のミステリに復するような不思議な感覚が味わえる。この終盤に描かれる”灰色”という色が、本作を通じてのイメージを塗り込める。華麗からの没落。破滅の物語。

例えば、最初は”T”と伏せ字にしている人物の名前が後半にすっと出てきたり、関係者の奇妙にみえる行動、事件の真相が思わぬところから繋がっていたりと良く考えられた構成だと思う。ただ欲をいえば、”偶然”の要素が多すぎる(特に根本設定部分)にように思われるところが評価を難しくしている。クラシカルな探偵小説ファン向けという印象。


05/01/15
翔田 寛「参議怪死ス 明治四年、広沢真臣暗殺異聞」(双葉社'04)

翔田氏は'00年に『影踏み鬼』にて第22回小説推理新人賞を受賞、更にその受賞後第一作目『奈落闇恋乃道行』が第54回日本推理作家協会賞の候補になるなどデビュー直後から実力が評価され、将来が嘱望されている作家。単行本としてほかに『消えた山高帽子 チャールズ・ワーグマンの事件簿』が《ミステリ・フロンティア》より刊行されたことは記憶に新しい。

明治四年、新政府の中心となる太政官の参議で、木戸孝允や大久保利通と並ぶ実力者のひとり、広沢真臣が自宅で殺害された。刑部省逮部に緊急連絡があり、同僚の代わりに当直についていた副長の佐伯謙太郎は部下四十名を伴って現場に赴くが、その凄惨な状況に息を呑む。現場は嵐が通り抜けたようになっており、死体には数多くの刀傷があった。また、現場には消し止められた付け火の痕跡があり、家内の小部屋の中から帯紐で縛られ気絶していたという若い女性が発見された。彼女は福井かねと名乗り、広沢の妾であることを告白する。佐伯はドイツ人医師を呼び寄せ検屍を手早く済ませると、新政府のもう一つの検察機関である弾正台に事件を引き渡す。刑部省と弾正台との確執は深かった。とりわけ佐伯と弾正台所属の大井とは維新の戦争に絡んで深い因縁があったのだ。福井かねを独自に確保した結果、弾正台を出し抜く捜査を続ける佐伯に対し、弾正台は容赦ない圧力をかけるなか、佐伯は最近、絵画を巡って人死にが出る事件と広沢暗殺事件との繋がりを看破、しかし組織抗争の結果として佐伯は追われる身となってしまっていた。

本来は歴史ミステリ。加えて時代を活写する迫力と魅力ある主人公によって総合エンターテインメントとしての独特の魅力をもって
本書、明治初期という時代だけ借りてきて事件から作者が創造したフィクション――と思われる人がいたとしても不思議だとは思わない。だが、作品の冒頭、及び帯に大久保利通から岩倉具視に宛てた書簡にて広沢の死が嘆かれていた一文が掲載されている通り、参議・広沢真臣が謀殺されたこと自体は真実である。即ち、事件の不可解な状況、主要登場人物(現場レベルはとにかく)、当時の政治や行政組織といったあたり、全て史実に基づいた歴史小説というのがまずベースとなっている。
それでいて驚かされるのは、本書がエンターテインメントとしてのしっかりとした骨格を持っていること、である。広沢の怪死の謎を名探偵が解き明かす……という単純な構造を取らず、主人公が数々の妨害を受けつつも、真実に到達するという展開となっている。ここに刑部省と弾正台との対立という要素を加え、維新後の政府ならではの様々な思惑を背後に控えさせる。だが、あくまで物語の中心は、そしてその組織抗争に巻き込まれながらも職務に没入する佐伯謙太郎という豪放にして緻密な主人公にある。このあたりの絶妙のバランス感覚によって本書は、佐伯を中心とする面々による警察小説、そして裏切り者がどこかにいるというスパイ小説、そして国内政治の複雑さによってもたらされる謀略小説の面白さが存在している。 さらには、広沢謀殺の真因を探るという歴史ミステリの要素があり、取っつきにくい世界でありながら、一旦ページを繰り出すと止められなくなる。個々の場面に存在する独特の迫力、しっかりと地に足の着いた時代考証によって世界が完璧に形成されているのも大きい。
誰が広沢を殺めたのか、という謎に始まり、何故事件が起きたのか、組織抗争を背後で操っているのは誰か、佐伯にもたらされる不利益の理由は……と、まさに謎が謎を呼び、それらが繋がっている。個人の小ささと、事件のスケールの大きさがミスマッチになっておらず、凄絶な結末を迎えるラストまで、本気で一気読みさせられるのである。

ああ、これだけ面白いのに地味な題名と表紙で損をしているような気もする。本格ミステリとしての要素もあるし、恐らく読まれさえすれば、多くの方のツボに嵌ると思われるのだが。(文庫になれば読者層が拡がっていくタイプではないか)。ミステリ・エンターテインメントの分野で今年度のベスト10入りしてもおかしくない、というかして欲しい。


05/01/14
北野勇作「クラゲの海に浮かぶ舟」(徳間デュアル文庫'01)

'92年『昔、火星のあった場所』にて第4回日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞した北野勇作氏が、'92年に第二長編として角川書店より発表した長編が元版。残念ながら、こちらも現在は品切れとなっている模様。

街が一つ崩壊した。ダイヤモンド・リングと呼ばれていた街だ。ぼくは九年間勤めていた会社を辞めてぼんやりとしていた。アパートの枕元にいきなり女性がやってきた。彼女――田宮麻美はぼくの恋人だったのだという。彼女は会社――ネクストライフ・コーポレーション――の技術開発部員、そしてどうやらぼくも同じ職場におり、そして優秀だった。ただ、その記憶は全て契約によって会社によって消去されていたのだが。彼女はぼくを取り戻すために脳ミソの地図を作ろうという。《これまでのあらすじ》 ぼくはかつてその会社で蛋白質工学を専門とする研究員として働いており、新しい自己保存システム、つまりは人工の生き物を作ろうとしていた。しかし研究はぼくの意図に反した方で進められそうになり、ぼくは研究の続行を拒否し、会社を辞めていたのだという。ただ、その際、彼女の記憶も一緒に消去されてしまっていた。彼女は『昔のぼく』が彼女にその記憶を取り戻すように頼んだのだという。

どこか茫洋としながらも、決定的な核があり、その核を読者の想像のなかに移し込む、そういう物語
北野勇作らしい、とひとことで断じてしまうのは難しい。ただ、世界を時系列や人物をバラバラに解体することで行間以上の想像力を浮かばせることを読者に働きかける物語であり、小生のように順番に北野作品を読んだのではない人間にとっては、意外と違和感なく物語に入り込めるのも事実である。冒頭から順に物語が形成されていくのではなく、最終的に頁を閉じたあと、読者の頭のなかで再形成されることではじめて完結する物語。 なので、軽い気分で読み出すと眩瞑感が先にたってしまって何がなんだか……になってしまうかもしれない。
クラゲのような人工生物、その人工生物に組み込まれる人間の記憶。怪獣を作ることに熱中するマッド・サイエンティスト、失敗して自ら怪獣と同化してしまう人物。崩壊する街。崩壊した街。
同一エピソードを内側と外側から語り、現実の出来事を妄想と夢とのあわいに溶かし込み、妄想や夢と思われた事柄が真実だったのではと疑わせる。SFとして読まれれば、それなりに先例なり類似例があるのだろうが、小生の場合は寧ろ幻想小説として読んだ。近未来を舞台にしつつ、地に足を付けさせてもらえない浮遊感覚というか、落ち着かなさみたいな気分をずっと味わえる。そして全体を覆うトーンは喪失感あるもの悲しさを伴っているのに、この世界観自体が「快」であるという不思議。今だと判るのだが、やはり近未来を舞台にしているのに、何かノスタルジックな気分にさせられるという北野小説共通の因子が、この作品にも含まれていることが理由の一つだろう。それと、もう一つ、悪夢のなかにありながら人間という存在に望みが残されるような物語であることかな。
ただ、考えてみれば、それでもまだ比較的この作品、北野ワールドのなかでは「判りやすい」方なのかもしれない、とふと思った。

考えようによっては、北野作品(特に長編)から受ける印象は、取り上げられている生物は異なれど、どこか似た手触りを全ての作品が持っている。その感覚が合う人にとっては優しいし、合わない人は北野作品を手に取らなくなるのだろう、多分。だが、意外とこの世界感覚が合う人なのに、北野世界を知らない人もまだ多いんじゃないか、とも思ってみたりもする。


05/01/13
戸板康二「グリーン車の子供」(トクマノベルズ'76)

戸板康二氏の代表的名探偵・中村雅楽の活躍する作品が集められた短編集。御存知の通り、第29回日本推理作家協会賞短編賞を受賞した表題作を冠された同題の作品集が'82年に講談社文庫にて刊行されているが、一部作品を除くと収録作品が異なっており、完全な別編集の短編集である。『宝石』誌や『文藝春秋』誌等に'62年より'76年にかけて発表された作品が並ぶ。ちなみに『グリーン車の子供』は「小説宝石」昭和50年10月号発表が初出である。

ある演目でライバル同士となる若手俳優二人。その一人が、薬入りの饅頭を食べて腹痛を起こす事件が発生した。果たして相手の仕業なのか。 『一人二役』
北海道で撮影中の映画。その主演女優が沼で溺れ死ぬ事件が発生。その裏側には男女の愛情関係のもつれがあることを雅楽が見抜く。 『ラスト・シーン』
田舎道で老婆が倒れているのを目撃した青年。だが派出所に連絡の後、駆け付けると彼女の姿が見えず草履だけが落ちていた。 『臨時停留所』
劇に登場する子役が一人行方不明になったとの報。どうやらある重要な舞台への出演を巡る他家からの嫌がらせなのだが、雅楽がつけた解決とは? 『八人目の寺子』
句会の家元が飾るという芭蕉の句が書かれた大切な短冊が、句会の最中に紛失。家元を狙う六人のうちに犯人がいると思われたが……。 『句会の短冊』
財布に挟んでいた演劇の為の覚え書き。楽屋で財布ごと無くなってしまったが、現金、そしてメモの順番に発見された。その理由は? 『虎の巻紛失』
歌舞伎界の若手がある演目のコツを雅楽に聞く。その演目の権八役、公演の途中で次々と出演者が入れ替わる事態が発生する……。 『三人目の権八』
俳優が入院してる最中、その家が荒らされ、掛け軸と洋酒、そして靴べらが無くなった。時を同じくして住み込みの女性が姿を消すが……。 『西の桟敷』
ある歌舞伎役者が渡米する直前、彼に身に覚えのない隠し子のスキャンダルが週刊誌を騒がせる。若手タレントの父親ではないかという噂が立ったのだ。 『光源氏の醜聞』
劇場に掛けられていた由緒ある画家の絵が無くなった。竹野が疑われるが雅楽は、襲名披露に使用される扇子を集めて欲しいと言い出す。 『襲名の扇子』
大阪から東京に移動する雅楽と竹野。その窓側には女の子が座り、その親が雅楽に東京までの世話を依頼、快く引き受けた雅楽だったが……。 『グリーン車の子供』
かつて「日本のミミ」といわれる女性に送られたサイン入りの写真が、飲み屋で紛失。発見された時には水がこぼれたとかでサインが消えてしまっていた。 『日本のミミ』
その俳優の妹は、誰もが認める「いい娘」ながら三十過ぎまで独身。これまでの見合い話もなぜか先方からうやむやにされてしまっていた。 『妹の縁談』 以上十三編。

失踪、紛失、芸事ならではの嫌がらせ。歌舞伎や劇の世界を巧みにミステリに活かす安楽椅子探偵譚
中村雅楽の探偵譚は、もともと戸板氏が劇評を本業としていることに基づくのか、基本的に歌舞伎や新劇といった世界を舞台としている点が一点特徴として挙げられよう。その範囲のなかでミステリを作る、かつ、人が死なない謎を設けるといった傾向のなか、どうしても多くなるのが、人の失踪もの、そして物の紛失ものである。多少ワンパターンになりがちではあるのだが、そこは名手、幾つものバリエーションを巧みに使い分け、かつその「WHY?」の部分に重点を置くことで、それぞれが味わい深い作品となっている。
例えば『襲名の扇子』。これもきっかけは「有名画家の絵の紛失」事件なのであるが、その後の展開が意外過ぎるほどに意外。襲名の扇子を集めさせ、ある若手俳優が有名な昔の大物の名前を襲名したいという別エピソードが絡んで、なぜ絵が無くなったのか、そしてその俳優がなぜ襲名にこだわるのかという二つの謎を一気に両断してしまう。ちょっとした変人ぶりでもあるけれど、ある世界での蒐集者の心理を浮き彫りにしており、興味深い。
しかして一方では、失踪や紛失以外の作品、それはそれでインパクトという意味では上かもしれない。あまりにも有名な『グリーン車の子供』における、心理の妙を逆手にとった小さな罪のないトリックはやはり極上であるし、『臨時停車場』の老婆が呟く「木綿……」「権」「すて」という言葉の意味なども意外性があって、地域性を逆手にとった真相の意外性も印象深かった。
現場の状況を竹野が聞き、それを雅楽がさらに竹野から聞いて解決をもたらすという形式。実は雅楽の論理の筋道が一本だけ、そしてそれが正解と竹野がお墨付きを与える……というあたり、真の意味での論理の本格とは微妙に異なるようにも思うが、そうであっても、真相のサプライズが減ずるものではない。

先般、『第三の演出者』を読んで、短編が読みたくなって引っ張り出したもの。なんか続けて読みたくなってきた。このノベルズ版の『グリーン車の子供』、古本を集め出してすぐの頃に古書店で入手したが、それ以降、店で売っているのを一度も見かけたことがない。単なる巡り合わせかもしれないけれど。


05/01/12
多岐川恭「消えた日曜日」(光文社文庫'85)

最近では創元推理文庫にて復活した(品切れ近いらしい。未購入の方は焦るべし)多岐川恭ではあるが、この『消えた日曜日』を皮切りに、この時期(といっても二十年前だが)に六つの長編が光文社文庫で立て続けに文庫化されている。これらは創元と重なっておらず、コレクタの必須アイテム……といっても最近見かけなくなりました。ぐすん。

美しい人妻・菊畑知子は、父親の建設会社に勤める遣り手社員・瀬戸口良介との慌ただしい密会を済ませた。彼女は、彼からあることを理由に強請られており、横浜市内にある彼のアパートを夫が寝ている隙に訪ねていくと約してきた。彼女には、若手検事である夫・直人がおり、彼のことを深く愛していた。知子が父親に頼んだことで夫妻は箱根に別荘を所有しており、直人が少し身体を悪くしたことから、人里離れたその地に暫く滞在、知子は夫の目を盗んで横浜に出向かなければならない。彼女の胸中にあるのは、その瀬戸口を殺害するための計画で、その実行のために彼女は夫から「日曜日を消す」作業を念入りに進めてきた。普通なら身内の証言はそれほど重要視されないが、それが現役の検事となると重みが異なるからである。そして彼女は土曜日、日曜日とアリバイを作り、計画を実行。しかし彼女の犯罪計画を追う者は、困ったことに、その夫・直人なのであった。

倒叙ミステリの意外なる変身。単なる本格指向を超えた趣向が情感豊かに含まれる
倒叙形式のミステリというのは、犯罪者の一見完全犯罪とも見紛う犯行を読者に見せ、その僅かな瑕疵によって探偵役がその犯罪を暴く――というのが一般的な形式で、犯罪者の心理を描くことができ、かつ、手掛かりを読者に完全に明かしていることから本格ミステリの範疇に入るとされる。
と、このようなことを書く以上、本書にも倒叙の形式が採用されており、そのアウトラインについては上記したものと同じである。なのだが、一部が普通の倒叙ミステリとは決定的に異なっている。それは、謎解きの楽しみや犯罪者心理を描こうとするものではなく、夫婦の深い絆を描く作品であるという点だ。倒叙ミステリなのに、なんで? と思われる方もいるかもしれないが、読み終わった後の印象は本格ミステリのそれでもあるのだけれど、やはり深い情愛がしみじみ通ってくるものの方が強い。
その理由は――と考えると、主人公の知子、彼女の犯行の動機が最初には漠然としか明かされていないことにある。夫を愛しており、もちろんばれたら人生全て破滅という殺人というところまで彼女が追い込まれたのは何故なのか。単に具体的な犯行が瓦解していく過程のみではなく、その彼女の動機が物語の中盤から徐々に具体化していく過程に、物語の興味の中心を据えている構成が果たしている役割が大きい。また、その犯罪を知らず追及し、その綻びを見出していくのが彼女が守りたいと願った夫自身であるという皮肉。そして、予想されるラストへ向けての悲劇的な予感がまた哀しさを誘う。特に、最後に知子と直人が出かける小旅行における表面的な喜びと内心の絶望に関する描写は秀逸である。

単なるミステリでありながら、文芸的な情感を内実に込めることに成功した作品。その意味では直木賞作家でもあった多岐川恭ならではの味わいであるともいえよう。実にさりげなくも巧みな構成は、ミステリという形式を考え抜いた末にできたものなのか、それとも天然のセンスなのか。多岐川ミステリの過半を読み終えた今であっても、新たな驚きが次々と得られる点、やはり追いかける価値のある作家だと思う。


05/01/11
島田一男「屍臭を追う男」(光風社'61)

島田一男の数あるシリーズ名探偵の一人、鑑識課・近江警部が主人公を務める短編集。収録作全て同一の作品集が青樹社文庫からは『特捜検屍官』、春陽文庫からは『素足の悪魔』と改題されて刊行されている模様。

バラバラ殺人事件の胴体が先に見つかり、九州から上京した男性だと届け出が。そのずっと後、同じ公園内部から白骨化した腕だけが見つかる。犯人が隠したいのは身許ではなかったのか? 『屍臭を追う男』
バーのマダムがシャボン風呂の内部で殺害された。関係者が多いなか死因は殴殺。しかし凶器がどこにも見あたらない……。 『虹の中の女』
酒場のマダムが病院内部で入院中に殺害された。しかし病室は密室状態となっており、犯人の出入りはなかったと見舞客がいう。 『素足の悪魔』
既婚男性の女性関係のもつれの結果、妻と愛人二人が話し合う場に。そこで愛人が別の愛人を刺し殺した。その主人は死体を持ち出してしまったというが……。 『黒い爪痕』
江戸川の中州にある工場脇の邸宅で女社長が奇妙な死体となって発見された。全裸で衣装ダンスの中に入り込み、外から鍵が掛けてあったという。関係者との情事を綴ったメモが発見されるが……。 『雨夜の悪霊』
ヤクザの重要人物が浴室内で殺害された。銃声が聞こえたものの、死因は溺死。犯人を名乗る対抗勢力の暴力団から犯人が名乗り出たが、捜査陣は男を無実と看破、しかし真犯人と犯行方法は判らない。『大凶の夜』
建設会社の運転手が白タク行為の最中に殺害されたと思われる事件。しかし建設会社は汚職で追及を受けており、その運転手も様々な証拠を握っており、謀殺ではないかという疑いが。しかし関係者全てにアリバイが。 『決定符』 以上七編。

強烈な題名、特異な設定、それでいて意外な真相が潜んだ本格ミステリ作品集
大体、普通、単行本のタイトルに「屍臭」なんて不吉な文字を入れますか?
だけど、これが上記した通りの文庫の題名『特捜検屍官』なんて題名だったら、たぶん手に取ることも無かったと思うと、この強烈に記憶に残る題名もそれはそれなりに正しいのかも、とも思う。ただ、個々の作品内容は着眼点がユニークな本格ミステリだったという期待以上の面白さがあって、そういう意味ではこの題名に感謝しなければならないのかもしれない。
主人公の近江警部は、妻を亡くし母親と娘との三人暮らしの鑑識課に所属する警部。ネクロフィリアということはないまでも、自らの仕事に誇りと強い愛着を持っており、犯罪被害者の死体はどんな状況であっても丁寧に愛情をもって接している。その結果、夜寝ていても他殺死体が呼んでいる……と独特の勘を働かせられる高みにまで上り詰めた男。さらに彼が被害者の身体に残された不自然な傷や、死体の状況を手掛かりとし、犯人の仕掛けた意外なトリックを暴くという展開は、証拠の種類が限定されているものの本格ミステリの名探偵としての役割との二重写しの印象を受ける。そして実際、ちょっとした手掛かり(傷)により、完全犯罪トリックが暴かれるという物語であり、その真相が判明することにより事件の見え方が一変するあたり、本格ミステリの面白さと共通している。
特に、表題作の『屍臭を追う男』や『虹の中の女』は、正攻法の物理トリックを用いているうえに、凶器消失や動機といったところで更にもう一ひねりしており、本格ミステリとして評価できる作品。『決定符』のアリバイトリックもそれに連なるが、ちょいと交通事情が古すぎるために今読んでもちょっと実感が湧きづらいのが残念。ミスリーディングが聞いている『大凶の夜』は水準作。密室トリックにて勝負している『素足の悪魔』は、病院という構造を巧く利用しているものの、トリックとしては平凡な印象。個人的なベストはやっぱり『虹の中の女』かな。すっきりまとまっているし。

シリーズ作品の多い島田一男については「山脈」といって良い程の著書があり、本書もその氷山の一角に過ぎない。ただ、作品が量産されている割に、トリックなどに凝った掘り出し作品も数多くあるとも聞く。これを機会に少しずつ手にとってみても良いかも<自分