MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


05/02/20
芦辺 拓「不思議の国のアリバイ」(光文社文庫'03)

芦辺氏のメイン探偵である森江春策ものの長編作品。元版は'99年に青樹社より単行本にて刊行されている。近作では森江のパートナーとなっている秘書・新島ともかが初登場する作品でもある。

見慣れた大阪の風景が〈怪獣〉によって破壊されていく……。大阪の撮影所で撮影が続けられる『大怪獣ザラス・復活編』。メガホンを握るのは当初から企画に携わっていた素人監督・遠野聖滋。スポンサーが入れ替わり、業界ゴロ・熱川一朗によってベテランスタッフの大量引き抜きの憂き目に遭いながらも、若きプロデューサー・光岡潤子によるサポートによって若手スタッフが奮い立ち、何とか完成の目処が立つまでに至っていた。ところが、彼らに更なる災難が降りかかる。”乗っ取り屋”青蓮院文彦が、監督の名義貸しを申し入れてきたのだ。業界で名だけは通ったこの男、無名や若手監督の良作を制作途中で乗っ取り、自分の手柄にしてしまうのだ。更に青蓮院の登場には、熱川が一枚噛んでいるという。スポンサー筋が揺れるなか、潤子は制作の続行を指示、しかし、尼崎で熱川一朗の他殺死体が発見される。なぜか念入りに顔を焼かれた死体。その死の直前には目つきの鋭い男がATMで熱川の口座から大金を引き出しているのが目撃された。容疑を掛けられたのは彼らに恨みある遠野で、無実にもかかわらず拘留されてしまう。潤子は弁護士・森江春策に彼の弁護と事件の解決を依頼する――。

トリックばかりに目が行くが、この周到で「夢」と熱意を感じさせる背景に注目したい
その題名の通り、アリバイトリックがメインとなる作品。大枠となるアリバイトリックももちろん良いのだが、個人的にはそのアリバイ自体を成り立たせるために、読者を錯視させるための諸条件、つまりアリバイ周辺の”ワザ”に呻らされた。 特に、冒頭、佃や築地といった土地をドライブしている人物が描かれているシーン、後になってこの場面における仕掛けに本気で悔しく思わされる。(これは個人的に地元という理由があるのだが)。また、顔を焼かれた死体という、かつての探偵小説のオマージュのようなガジェットに、これまで無かった新しい意味合いを考えついている点は本書の主題と通じているし、幾つかの道具を利用したトリックや、福岡県甘木市で発見された死体に隠されたメモも(ちょっと不自然な気もしたけれど)、本書を通じて幾つか利用されているテーマに沿ったもので驚かされた(このテーマ自体も鮎川哲也へのオマージュと感じられる)。一見唐突に見えるトリックも、全体の物語性のなかで不自然にならないように配慮されているわけだ。ミステリとして幾つかのテーマがあり、その複数のテーマに沿ってトリックが構成されているので、一つ一つはtipsともいえるネタであっても、全体としての調和が感じられる。
だが、そのミステリから離れた部分にも感銘がある。例えば『妖星ゴラス』に関する部分など、かつての日本のSF映画に対する作者の深い愛を感じさせてくれるし、他の過去の映画の情報や登場する人物たちが迸らせている「怪獣映画」に対する愛情の描写もいい感じ。怪獣映画にかつて夢中になった人々が、愛情込めて映画に取り組んでいる姿勢が作品の雰囲気を柔らかくしている。(ただ、その部分すら一部トリックに取り入れているところがあったりするのは凄まじい)。作者の意気込みがそのままうまく作品の熱意として機能している。

出だしから、事件、事件から捜査、そして解決に至るまでの流れとテンポが良く、肩が凝らずに読みやすく、それでいて本格ミステリの精神と要素がこれでもかというくらいに詰まっている。改めて読んでみたが、作者の色々な狙いが溶け合って実に完成度が高い作品だと感じられた。


05/02/19
倉阪鬼一郎「冥い天使のための音楽」(原書房ミステリー・リーグ'05)

幻想・ホラー小説から本格ミステリ作品まで幅広い作風を誇る倉阪鬼一郎氏が”ミステリー・リーグ”に登場。作風としては以前講談社ノベルスで刊行していた『四重奏』や『青い館の崩壊』といったところとテイストの似たゴシック系幻想ミステリ

閑静な住宅街を抜けた坂の上にある古い洋館。青銅の表札。真鍮のノッカー。石造りの塀に囲まれて頽廃の臭いを漂わす。庭の中央にはロマネスク様式の塔が建っており、二階の短い回廊で館と繋がっている。尖塔の頂点に位置するのは顔を焼け焦がせた天使。そして館の中には長い髪を持ち、黒いハイネックのガウンを纏った人影。誰も見ることのできない庭に月影が差す。そしてそこには屍体が埋まっている。
友愛音楽大学に通う女子学生・浅井香子。彼女がヴィオラ奏者として加わっているマヌエラ・カルテットは結成されて日が浅く、まだ評価されていない段階だった。第一ヴァイオリンは蓮田という指揮者志望の学生、第二ヴァイオリンは香子と同級の林朋美、そしてチェロはいつの間にか交際していることになっている宮村。女性二人は天才肌のある講師の密かなファン。蓮田は最近新進ヴァイオリニストとして売り出し中の小野詩音と交際している。その詩音がリサイタルを前に行方不明になる事件が発生した……。

ゆるゆるとしたテンポの中にさざめく狂気。塔のある洋館で繰り広げられる謎の計画……
倉阪ミステリや幻想小説で顕著に用いられる方法である、犯罪者側からの告白や散文的な描写が、本書では特に目立つ印象。これが独白ではなく、特異な神の視点で描かれており、その神自体がそこはかとない狂気を漂わせているのが特徴であり、倉阪作品らしい奇妙な雰囲気を膨らませている。その記述、そしてその考え方、感性といったあたりは、いわゆるサイコ系。それでいて、一貫して、そのサイコ系の人間のアタマの中身をトレースするという離れ業が淡々と続けられている。ちょっと重苦しいそれが、ゴシックめいたこの物語の骨組みを維持している。
しかして、この物語はレーベルが示す通り、倉阪ミステリである。音楽大学の学生たちに降りかかる不穏な事件の影。過去の忌まわしい事件。怪しげな洋館。土のなかに埋められた屍体たち……。具体的に描かれているようで本質への記述を避けたその演出によって、雰囲気ばかりが掻き立てられていく。そして……。
ただ、実は……ということでした! というあたり、で何というかへなへなと力が抜けた(良い意味で)。その真相自体よりも途中に思わせぶりに記していた殺人者の狂気が生んだ幻想としか思えなかった種々のガジェットが反転するあたりに、ある意味での凄さというか凄まじいものを感じる。銀色の平行四辺形、幽かに鼻につく臭い、透明な長い四角形、ふ、ふ、と動く焦茶色の微細なもの――。確かに、確かにそうなんだけれど。これをやってくれるのは確かに倉阪鬼一郎氏くらいだろうなあ……。

決して万人にお勧めできる作品ではない――が、ゴシック系の作品がお好きな方には一定の支持があるものと思われる。バカミスともいえるトリック自体は実は本書では重要な位置を占めているとはいえず、主題はこの精神世界の方だろう。作品全体を覆う救いようのない冥さが、やはりこの倉阪ミステリの読みどころだと思われる。


05/02/18
太田忠司「新宿少年探偵団」(講談社文庫'98)

2004年に『宙』をもって完結した「新宿少年探偵団シリーズ」通称「宿小」シリーズの第一作。'98年には映画化されており、ジャニーズJrや深田恭子、加藤あい、酒井彩名らが出演している(今みれば豪華〜)。

小田急線代々木上原駅近くにある私立聖賢学園中学。高校大学と進学できるエスカレーター学校で入学は難関ながら、それでもその枠からはみ出してしまう生徒たちがいた。運動神経が発達した正統派腕白少年・羽柴壮助。壮助とは幼なじみながら正反対の性格を持つコンピューターオタク・神崎謙太郎。羽柴が思いを寄せる夢野美香にラブレターを渡そうとしたところから物語は始まる。夢見る夢野とあだ名される天然ボケ少女・夢野はタレント事務所にスカウトされたのだという。同学年の七月響子と共に、彼ら四人は新宿歌舞伎町にあるその怪しい事務所に赴くことになってしまう。しかし、その事務所は最近新宿を騒がす猟奇殺人事件を引き起こしていたθ(シータ)と呼ばれる魔物を駆る怪人「髑髏王」のアジトの一つだったのだ。響子の格闘能力によって逃げ出した彼らを救ったのは外国人ジャン・ポール。後日、彼に誘導されて四人が入った雑居ビルには様々な仕掛けが凝らされており、脱出した彼らは、蘇芳と名乗る少年と引き合わされる。蘇芳は彼ら四人を「新宿少年探偵団」と名付け、髑髏王と闘うための様々な武器を支給する……。

現代に蘇る少年探偵団。あの妖しさと怪しさ、そして冒険がここにある
もちろん、本書は本書で完結はした一個の物語。主要キャラクタの登場編であると共に、この段階でも多くの伏線が凝らされており、シリーズ第一作としての魅力というか吸引力がある。不思議なのは、本書の初刊が講談社ノベルスであるという点。太田氏のデビューも同ノベルスなので登場自体に不思議はないが、この作品と同時期刊行されているのが森村誠一、西村京太郎、津村秀介(あと二階堂黎人『ユリ迷宮』)……といった作家であり、まだファウストなど影も形もなかった時代。だが、この荒唐無稽、この独特の怪しさは、どちらかといえばライトノベルの感覚に近い。 主人公は中学生。正統派「少年探偵団」の後継という位置づけを開始当初から講談社としては考えていたということなのか。

閑話休題。

その内容なのであるが、オトナの視点、ハードSFの視点でみるのは無理があるものの、その点に目を瞑ればやはり正統派少年少女向け冒険小説として面白く読める。それぞれ異能を持ち、学校でも家庭的にも少しはみ出した少年少女の冒険譚。敵は実に怪しげな技と武器を持ち、しかもその目的に一抹の疑問を抱いていないという狂信者。狂信者ゆえに編み出すことのできる彼らの正々堂々とした怪しさがまた、オトナの子供心をくすぐってくれる。 ラスト付近で本家の少年探偵団を思わせるエピソードも挟んでいるのも良し。何よりも新宿という都会のネオンの下にある闇の怖さを、怪人たちの力を借りて復活させんとする心意気が感じられるのだ。主人公たち自身の能力もさることながら、彼らに武器をぽんぽんと与えてくれる庇護者の存在、さらにちょっとした知恵で危地を乗り越えてゆく彼らの機転も面白い。素直に、読んでいるあいだ何かわくわくさせてくれる作品である。

読み始めてしまったことを後悔しているわけではないが、既に完結しているということを知っていることを合わせて考えると最後まで突っ走ってしまうかもしれない。何か、子供の頃むさぼるように「怪人二十面相」シリーズを読んでいた頃の自分を思い出す。それが結局講談社ノベルスで刊行したことの狙いだったとしたら、気持ちよくその罠に嵌められていたい感じ。


05/02/17
太田忠司「月光亭事件」(徳間文庫'96)

太田忠司氏が創作した代表的名探偵に霞田兄妹シリーズがあるが、彼らと双璧を成すといえるのが本書で初登場する狩野俊介。現在に至るまで徳間ノベルズ→徳間文庫を中心に十冊以上が刊行されており、人気の程が伺える。

かつての名探偵で既に引退してしまった石神法全。探偵事務所の名前はそのまま引き継いで、その愛弟子だった野上英太郎という男が探偵として働いていた。その野上のもとに法全の友人だという十二歳の少年が現れる。狩野俊介と名乗った彼は探偵志望で、愛猫のジャンヌと共に一週間という期間、野上のもとに預けられる。野上が彼の入門を許した直後、探偵事務所の扉がノックされる。街で一番の病院の院長・豊川という男が妻のことで相談があるという。その妻・信子は財産家であったが、最近新興宗教に入れ込んでおり、”導師”を名乗る人物を家に引き入れて迷惑しているというのだ。その導師の化けの皮を剥がすために豊川家を訪問する野上と俊介。春子、夏子、冬子の三姉妹は親が別々で家庭内はぎくしゃくしていた。現れた導師は豊川を非難し、月光亭なる邸内の庵で深夜零時に奇蹟を見せると嘯く。密室となった庵に籠もる導師。だが深夜零時に出現したのは床に磔にされた信子の死体で導師は庵の内部から消え失せてしまっていた……。

大仕掛けのトリックもさることながら、細かな伏線の妙が美しい本格ミステリ
実はこのシリーズを初めて読んだ。既に、冊数がこれだけある狩野俊介シリーズについて、今更小生如きが語ることには気が引ける……というのが正直なところ。だが、折角の機会でもあるので、正直に印象を述べてみたい。
まず設定。第一作品ということで登場人物の配置にいろいろ気を遣ったと思しきところが多いが、それが嫌みなく嵌っている。記述者としての探偵、真の名探偵は少年探偵、更に愛猫、周囲を固める良識的な大人たち。一方で裏表のある大人が容疑者群のなかに張り巡らされているという構造だ。探偵志望の少年は周囲の庇護があって環境的には安心できるものの、残酷な事件にはやはり直面する。ただ、精神的な鍛錬過程を通じて名探偵の道へと進む……。こういったシリーズ化を前提とする設定における伏線が十二分に感じられた。
また、本作に用いられている半ガラス張りの密室構造の小屋における死体出現及び犯人消失のトリックは大胆。だが、そのメイントリックは大仰であるのだが、その大仰なトリックを支えるための、細かい伏線が多く張り巡らされており、その回収が実に綺麗。正直、トリックそのものよりも、例えば死斑の移動であるとか、死体の手の火傷であるとか、ロープで縛り付けられた死体であるとかの、猟奇と意味合いのバランスの絶妙さ加減に唸らされた。
また、気のせいかもしれないが事件と宗教との異常な関係、夜の闇の効果的な利用、そして古来伝わる手鞠唄に伝わるヒント等々、横溝正史の作品を現代に持ち出して、太田忠司氏が独自に咀嚼したうえで、再配置し直した……といった印象を漠然と受ける。とはいえそれらの要素も本格ミステリとして利用されており、無駄がない点も特徴といえそうだ。

長い目でみれば、狩野俊介という十二歳の少年の成長譚になっていくだろう点も楽しみだが、何冊かまとめて太田作品を読んでいる今、別に気づいたモティーフがあるのだが、それはもう少し読み込んだ後にまとめて述べてみたい。文章自体が平易なので読みやすく、かつ綿密な伏線が本格ミステリの妙を楽しませてくれる一冊。大技のトリックについては賛否両論あろうが、良い意味の本格ミステリを読む際に使う想像力を働かせることで素直に楽しむのが吉かと思われた。


05/02/16
戸板康二「美少年の死」(広論社'76)

広論社よりノベルスサイズで企画された「怪奇探偵小説選集」のシリーズの一冊。カバー袖によれば全二十八冊にもなる予定だったものだが、結局本書を含む七冊で終了してしまった。また、怪奇などとあるが、戸板作品には怪奇という形容詞は似合わないよなー、とも。

ある美しい能の家元の息子が不自然なかたちで殺された。また同じ日に売り出し中の女性歌手に硫酸が浴びせられる事件が。雅楽は昔の写本を読むうちにヒントを得て、事件の真相を見抜く。 『美少年の死』
三十年ぶりに小学校の同窓会で再会する男たち。立場も地位もある三人が、揃って近所の文房具屋の娘に恋心を抱いていたことが発覚。その文房具屋を皆で覗くが代替わりしており、彼女の行方は知れない。 『同窓会』
三十年前に亡くなった天才画家の生涯を追い求める女子大生。彼とかつて親交のあったフランス人が来日し、彼との交流のなかで隠されていた彼の過去が明らかになっていくのだが……。 『L夫人像』
離婚寸前の男女が行ったトンカツ屋での食事は最悪だった。恨みのあまりに投書した男だったが、その店の従業員が殺人の容疑をかけられており、投書の内容が証拠になって……。 『まずいトンカツ』
殺人犯を追って、その男の生地へとやって来た刑事。その街は横綱の出身地でもありお祭りの最中。男は一旦刑事の姿を認めて逃げ出し、姿を消す。刑事は自分の錯覚に後から気付いた。 『横綱の手形』
自らの女性遍歴を人気エッセイに仕立てる流行作家。その男との交際が絶たれ自殺した妹の敵を討つべく、その姉が作家の生活圏に近づこうと目論む。 『野尻のアリバイ』
出版社勤務の女性は、最近、山の小説を書く作家に会いに出掛ける。彼の名を母は反応。実はその男は母の初恋の相手だったのだという。だが、その過去には哀しい出来事があったのだった。 『壁の地図』
政界の元老の孫娘。彼女には同じく政治家を祖父に持つ友人がいた。その清廉な政治家は祖父と最近疎遠になっている……。そこで娘が一計を案じ、定期入れをわざと政治家別荘に置いてくる。 『青い定期入れ』
製菓会社の伝統商品のデザインを新部長が切り替え、旧くからデザイナー奉職してきた男は会社を辞めてしまう。その後、箱を利用した工作品を募集する企画があって、意外な事態が発生する。 『紙の竜宮』
結婚して嫁に入った三人姉妹が、母親を一ヶ月ごとのローテーションで自宅に滞在させている。そのおばあちゃんが大切にしていた袋のなかに入っているものは。お手伝いの少女が家庭を外から観察する。 『ばばぬき』
隣家に住む俳優に対し、新人評論家は舌鋒鋭くその劇を批評。俳優が急に失踪してしまうことにより、批評家は慌て芸能記者の竹野に相談を持ちかける。 『隣家の消息』 以上十一編収録。

戸板ミステリとしては小粒かもしれないが、ところどころに光るキレ。中島河太郎セレクトの作品集
冒頭の『美少年の死』、そしてラストの『隣家の消息』については、中村雅楽が探偵役を務める有名作品でもあって他の作品集にも収録されている。だが、残りの作品については現在のところ本書でしか読めないノンシリーズのミステリ作品。どちらかといえば地味な作品が多く、雅楽シリーズにおける本格ミステリとしての味わいよりも、ミステリの構成を利用した文芸作品といった印象が強い。ただ、舞台が芸能に留まらず広い範囲から採択されていることによって、物語自体の幅が拡がっている。わざと他の作品集とあまり重ならないように選んでいるあたり、編者の中島河太郎の趣味の出たセレクトという風にも受け取れる。
ただ、そのなかにおいても戸板らしい切れ味は健在。しかも、冷たい余韻を残す作品と、暖かな余韻に浸れる作品との両極端があるという点も面白い。冷たい余韻の作品は『紙の竜宮』。戸板康二には珍しく、会社の新旧交代がテーマとして扱われており、特に追われた立場の男が意趣返しを行うという内容までは想像できるものの、相手の息の根を止めるその切れ味があまりにも鋭く、読了後に冷たい気分にさせられる。また『壁の地図』のラスト近くの乾いた笑いが象徴する人間心理の残酷さも印象的だ。
一方、例えば『ばばぬき』は、ある家庭事情を第三者の目で眺めた作品であるが、おばあちゃんが大切にしていた袋の中身がラストぎりぎりまで隠されている。その中身は戸板康二らしいとしかいいようのないもの。また、『まずいトンカツ』あたりも殺人事件を意外なかたちで描いたものと思いきや、そちらはそれほど重要視されず、暖かい余韻で物語を締めくくっている。一種のバカミスとしても評価できる『横綱の手形』。これもトリックはとんでもない錯覚を利用しているものの、人情で物語のトーンをまとめているのはさすがである。

戸板康二らしさは全体に感じられるものの、本格であるとか、いい話であるとかの短編集としてのトーンは不揃い。ミステリ味の薄い作品も多く、作品集全体としてはなかなか論じにくい一冊。だが、その戸板らしさというのが最大の特徴だといえる。その良さを感じ取れる読者のみが捜せば良いのかもしれない。(なかなか入手できないんだこれが)。


05/02/15
田中啓文「天岩屋戸の研究 私立伝奇学園高等学校民俗学研究会」(講談社ノベルス'05)

蓬莱洞の研究』、『邪馬台洞の研究』と続いてきた、私立田中喜八学園高等学校民俗学研究会シリーズの三冊目にして最終巻。主人公の比夏留、探偵役の保志野のコンビのみならず、伊豆宮、犬塚、白壁といった個性溢れる先輩たちも含めて、登場人物に独特の吸引力があったこともあってシリーズが完結してしまうことは実に惜しい。

腹を空かせた比夏留が学校の帰り道に奇妙な殺人事件に行き会う。下半身血まみれになった女性と真っ赤な赤子。そして全身の血が抜き取られた変死体……。 『オノゴロ洞の研究』
伊豆宮の同性の恋人・道村姫子が人知れず転院していた入院先で変死した。彼女は常世の森の上空をハンググライダーで飛び、生きて戻ってきていたのだが……。伊豆宮もまた常世の森の上空を飛ぶことを決意する。 『天岩屋戸の研究・序説(二)』
民俗学研究会の冬合宿は辺鄙な田舎にある遠雷寺。この寺に伝わるポンポなる秘薬を求めて様々な人々が集まり、そして不気味な伝説の通りに殺害されていく……。 『雷獣洞の研究』
研究会顧問の藪田は、伊豆宮に対し卒業前のフィールドワークとして、彼女が上空から目撃した十字架の形をした洞窟へ行くことを提案する。一旦拒否した彼女であったが、抜け道の存在を聞き、一人その地へと向かう……。 『天岩屋戸の研究・本論』 以上四編。

傑作学園伝奇ミステリのクライマックス、「常世の森」に隠された大いなる秘密が明らかに。比夏留の食べっぷりもこれで見納めかぁ……。
人気シリーズ……とまではいえないまでも、小生は非常にこのシリーズ好きだったのだが、ついにオシマイ。巨大かつ変人揃いの田中喜八学園に隠された大いなる秘密が明らかになってしまう。ただ、このシリーズ、当初より構想がしっかりしていたというか、作者の頭のなかには全体を通じての謎がしっかりと先に出来上がっていたものと思う。前作にあった序説と今回の序説とが綺麗に繋がり、森に入った者が容赦なく殺害されるという”常世の森”という不気味な存在が田中啓文流に解釈され、伝奇作品として見事に最後に完結している。
ただ、今回収録された作品としては『雷獣洞の研究』が抜群に面白い。かつて日本と交流のあった外国の要人がポンポなる薬品を取り返しに辺鄙な寺に乗り込んでくるのと、民俗学研究会の面々がバッティングするのだが、奇妙な伝説と殺人事件との奇妙な取り合わせが絶妙。また、正体を隠した謎の人物たちがいろいろなところから浮かび上がるあたりも、ベタベタながら上手くまとめている。そして何よりもこのラスト。この作品がある有名な人名のパロディが下敷きになっていたとは……電車の中で抱腹絶倒の笑いを堪えるのに苦労した。うまいっ! 座布団三枚!
もちろん、表題作にして最終作である『天岩屋戸の研究』は、最終回ならではの迫力に満ちている。特に日本の伝説とキリスト教の伝説とを混淆した解釈は圧巻である(むちゃくちゃではあるが、むちゃくちゃなりの圧巻というか)。また、民俗学研究会の顧問であり、これまでも腹に一物ある発言の多かった藪田の正体、そしてその目的とこの作品における行動は正直意外。さらには比夏留と保志野の二人のラストなど、これはこれで良いのだが、この爽やかさも意外だったりする。

繰り返しになるが、わたしはこのシリーズが大好きである。ふえたこ先生、どこかでこれを見ていたら、彼らの今後が登場する短編を何でもいいので是非書いてくださいまし。ちなみにシリーズの副題は「私立伝奇学園高等学校民俗学研究会OB会」と更に長くなるけど、それはそれで可だし。


05/02/14
佐藤友哉「鏡姉妹の飛ぶ教室 〈鏡家サーガ〉例外編」(講談社ノベルス'05)

クリスマス・テロル』にて筆を折ってしまったかと思われた佐藤友哉であったが、WEBノベルや『ファウスト』の刊行と共に徐々に執筆量が復活していた。遂に三年ぶりに〈鏡家サーガ〉続編がノベルスで刊行されるに至った。本作そのものは講談社BOOK倶楽部にてWEB連載されていた作品の単行本化である。

特殊な能力と強烈な性格、そして家族の固い絆で結ばれた鏡家の三女・鏡佐奈。中学二年生の彼女は鏡家にあっては例外的に平凡で特殊能力のない(とはいっても鏡家の結束は結束として堅持する)一美少女。二〇〇五年の六月六日、二時限目が終わり休み時間に入ったばかりの市立蒼葉中学を突然の地震が襲った。手をずたずたにしながらも咄嗟の判断で我が身を守った佐奈であったが、クラスメイトは激しい揺れのなかで全員死亡した。呆然とする彼女の元に別の生き残りで一年の時に同じクラスだった兵藤春雄が駆け付け、スイッチの切れた佐奈を叱咤し助けてくれる。佐奈は一学年下にいる那緒美を捜しにいかなければならないことに気付くが、学校は液状化現象により地中深くに入り込み、脱出不可能な状況となっていた。一方、一階にある校長室にいたのが饒舌な祁答院浩之と無口な唯香。裏の財閥・祁答院家の当主の孫にあたる二人は『闘牛(トロ)』と呼ばれる存在を追って学内に来ていた。また、三年生の江崎は無痛症。痛みという感情を知るためにこれまで十七人を惨殺してきた男。彼は生き残りのクラスメイトを無造作に殺害すると、祁答院の二人との戦闘に入った。しかし、まだ校内には数人の生き残りたちがいて……。

ファウスト流の冗舌な荒唐無稽に息づく不思議な文学的感銘。佐藤友哉、雌伏のうちに二回りは大きくなった印象
突如地中に沈む学園。数多の死体が現出する日常世界から切り離された非日常環境。それぞれ目的をもって生き残った数名の生徒たちによる激しいバトル……。地底に沈むまでは、恐らくごくごく普通の学園生活が送られていたであろう学校のなか、いくつもの信念と使命、宿命が対決を迎える――というアウトラインは、まさにファウスト世代によるパニックストーリー以外の何者でもない。とても中学生にみえない(かといってオトナにもみえないが)中学生。『闘牛〈トロ)』や『闘牛士(トレロ)』、ターミネーターのような中学生から、復讐に燃える中学生、さらに無気力中学生に、卑屈な中学生など能力や性格にもかなり極端に特徴がつけられており、その書き分けがしっかりしている点は特徴だ。
確かに、冒頭からすぐに戦闘が開始されるし、その理由もどこか後付け。一部の登場人物は異常なまでに冗舌で、恐らく各種の漫画やアニメ、映画等のパロディになっているものと思われるものの、浅学な小生(世代違いか?)には一部しか分からない。ただ、地下に沈み生命の危機という状況のなかでぶつかり合う主義主張、それにこれまで浮かび上がってこなかった潜在的な性格が浮かび上がってくる段において、物語の興味は微妙に方向を逸らしていくように感じられる
意外と堅実――とでもいえば良いのか。「前向きに進む」「全力で頑張る」といった、青春キーワードが物語において重要なニュアンスを持つようになるのだ。彼らの言動や行動を通じて、実際の若い世代に対してメッセージを伝える。文芸としての永遠の主題を自然なかたちで佐藤ワールドに持ち込んでいる。このあたり、これまでの作品では分かりにくかった佐藤友哉の文学志向がストレートに伝わってくるように思える。(ただ――意地悪い見方をすれば、これはこれで単に記号化させられたパロディとしてみることもできるが)。ラスト一行の底意地の悪さに驚かされるものの、このあたりの冷め方が実に佐藤友哉らしく、独特の余韻を残す。

続いてきた鏡家サーガの〈例外編〉とあるが、やはりこれもまた一貫した流れのなかにある作品のように思う。また、例えば、佐奈と携帯電話の会話として登場する鏡稜子の予知夢のなかに那緒美が登場し、佐奈が登場しないところなど伏線が上手いと思える箇所も多い。一連の作品を読まれ、佐藤ワールドを知ってからの方が溶け込みやすいとは思うが、本書のみでも一定の感慨が得られることもまた事実。ああ、しかし微妙な作家だわ、相変わらず。


05/02/13
氷川 透「各務原氏の逆説 見えない人影」(徳間ノベルズ'05)

前作『各務原氏の逆説』に引き続き徳間ノベルズより刊行された書き下ろし長編。学校用務員・各務原氏が探偵役を務め、軽音楽部所属・桑折亮の通う、私立秀青高校を舞台にした学園ミステリ第二弾。

無気力を自覚する今時の女子高校生・栗林晴美。二年生になるまでいわゆる帰宅部であったが、スポーツ観戦オタクの兄の影響でちょっとだけ気になっていたサッカー部を眺めていたところ、同級生の島本梓に引き込まれ、無理矢理にマネージャーとして入部させられてしまう。秀青高校サッカー部のエース・フォワードはリョーこと不破了介。ボランチにパスの出し手として非凡なセンスを持つイチロー、ディフェンスには主将の織田。そして両サイドにアキとテルの双子の一年生を備え、層は薄いなりにそれなりのサッカーをしていた。ところが、インターハイ予選を目指すこの時期に、居残り練習をしていた不破が失踪する事件が発生。翌日、軽音楽部の桑折亮を巻き込んで部員による捜索が行われたが、その結果、血まみれの不破の死体が発見された。どうやら自殺ではないらしい。桑折は用務員の各務原氏を推理に巻き込むことを主張する。最後に不破を目撃した部員の証言によれば、彼は強烈な左足のキックのシュートが頭に当たって昏倒したものらしい。その時のキッカーは誰か分からないまま、部員たちは双子の弟で左利きのテルを疑う。

一度読んでも気付かない何かがまだ隠されているのではないか? 一見平易、深読みは地獄。学園ミステリ第二弾
本書、筋書き通りに読むと起伏の少ない普通の本格学園ミステリのようにみえる。
以下、若干ネタバレ気味なので気になる人は読まないように。


――だが、変てこなところに、意地の悪い作者の狙いがあるように思えてならない――というのは、本作における大枠のなかに「誰にでも分かるトリック(というか事象)を探偵役が知らない」という大きな前提が隠されているからである。ラスト二行で明らかにされるこの点によって、作品内当事者にとっては大変な、ミステリというジャンルにおいては平凡な殺人事件の様相が一変してしまうのだ。物語ではそれまで関係者によって本格ミステリらしい論理がこねられていて、その段階段階においてはそれぞれのことばに一定の説得力がある。特に犯人特定の手掛かりとなる言動についての解釈など、実にロジック重視の氷川透らしい本格ミステリ分析のもとに進められている印象を受けた。これらの、通常の本格ミステリの手順を無効化させないまま、奇妙などんでん返しを実施しているということになる。
だが、実際の問題として、ラスト二行を噛み締めて事件全体を振り返ってみたところ、その事件を解決する役割の人物、すなわち探偵の予想外の特徴によって被害が実は拡大してしまっていたということになっている。まあ、このあたり確かに散々述べられている通り、現代における見えない人――すなわちチェスタトンの意外な形の(屈折したかたちの?)オマージュではあるのだとは思うのだが。また、この「現代における見えない人」という演出が、特に学園ミステリの対象となる世代にとっては、実に意外というか想像の埒外にある”存在”ではないかと思われる点も興味深い。世代間の断絶というのかな。 しかし、ちょっと疑問もあったり。(ただ、学校のトイレや公衆トイレや駅のトイレなど、お手洗いには破壊されていない限り日本では当たり前に鏡があるわけで、学校内に籠もっているわけでもない各務原氏が全く鏡を見ていないということが本当に有り得るかどうかちょっと疑問。用を足しても手を洗っていないだけかもしれないが……。)。

ミステリと無関係なところでの、秀青高校サッカー部を通じて披瀝される氷川氏のサッカー観なども本書ではかなり詳しく触れられており、そういったところも個人的には面白く思われた。しかし、相変わらず深読みが業となっている本格ファン泣かせの作品を出してくれる。もしかしたら、まだ気付かない仕掛けがあるのかもしれない……と思って読了したのに、何か引っ掛かりが残ってしまう作品。


05/02/12
霞 流一「羊の秘」(祥伝社NON NOVEL'05)

霞氏がレーベルが変わろうと、対象となる読者が変わろうと一貫しているのが、”獣道ミステリ”の世界を毎作品ごとに造り上げること。本作は題名の通り”羊”がテーマで書き下ろし発表された長編作品。

「闇雲屋」なるアンティークショップを経営する露沢邦彦は、土蔵に仕舞われた小道具を鑑定するために客のもとに向かっていた。同乗しているのは元キャスターで現在三文ライターの伊羅水志恵と、映画関係のの装飾係をする彼女の弟・世太。客先に到着した彼らを待っていたのは、土蔵の中に横たわる依頼人・仲丸伸之の死体であった。死体は紙を巻き付けられ、矢印状の鉄棒を口の中に入れられるという奇妙な状態となっており、発見者の彼らも疑われてしまう。仲丸を露沢に紹介した古書店「宇インク」の店主・乾浩二の発言によって、なりゆき上、露沢は犯人発見するための捜査をすることになってしまった。仲丸は「ドリーム・トーキング」(略称「ドリーキング」)のサークルに所属しており、その人間関係に焦点が当てられる。彼ら同士の恋愛関係はかなり複雑。そして彼らの関係者の何人かが過去に自殺してこの世を去っていた。そんななか、メンバーの一人、スポーツジム・インストラクターの高谷亜佐美が足跡のない雪の中で殺害されているのが発見される。しかも、こちらの死体にも奇妙な装飾が施されていた……。

いつものギャグは控えめに、だが過剰なテンションはそのままに。過剰な装飾が支える本格らしい本格
本書に寄せられた法月綸太郎氏による賛辞が、その一部にしか帯に見えないのが非常に勿体ない。帯の方は「これが本格ミステリ”消去法の美学”だ!」こっちだけなら普通。だけど、本当に法月さんが書いたのかと思わず目を疑うようなテンションの、カバー袖にある文章をそのまま引用する。「ふくらむぞドリーム! 燃え尽きるほどフレーム! 響け、地獄のスクリーム! 目ン玉飛び出る超絶トリック(ディクスン・カーの間合いと、大阪圭吉の太刀筋)+見立て尽くしのディープな裏ネタ+最強フィニッシュ技”消去法の美学”(ファイナル・エリミネーション)――永遠の男子中学生魂(スピリット)が本格ミステリに求める熱いロマンと妄想のすべてを具現化した秘宝館、それがッ! 霞ワァールドだッ!!」  ……法月センセ。ジョジョを意識したのだとは思いますが、それでもイメージというものが。

さて。

内容の方、序盤にこそ霞氏ならではの読者のテンションを置いてけぼりにしたギャグの応酬が組み込まれているものの(でも、大根畑のくだりには笑った)、総じて今回の作品ではギャグを控えた印象。その代わり、奇想天外な見立て殺人をはじめとする奇想本格ミステリの精神がより目立つようになっている。矢印となった鉄棒をくわえさせられ、白い紙が巻き付けられた死体。ビルに入ったまま、出てきていないのに、離れたところで金髪にペンキが塗られ浴衣を着せられて出現した死体、犯人の足跡なし。殺されたあとに身体を針金で丸められて、火を付けられた死体(密室から発見)……といったように、何かの意図はあるのだろうけれど、奇妙な状況下でかつ奇妙な状態で放置された死体が幾つも登場する。登場人物に能天気系の人々が多いせいもあるが、あまりサスペンスじみた雰囲気もなく、純粋に発生した事象と残された手掛かりから謎が解かれる。その過程で暴かれる過去の自殺事件は、あまりにも哀しく残酷であり、このギャグを押さえた作風の結果、じわじわと犯人に対する同情すら感じさせられるという仕掛けだ。
特に、途中で登場する「死枕」なる小道具の使い方が秀逸。都市怪談めいた小道具でもあり、本格ミステリの要素として以外にも使い方によっては恐怖感覚を巻き起こせるもので、その生成場面を想像するに怖気が走る。これが何なのかはネタに触れるのでここで説明できないのが辛いが、この枕を使うことによって幾つもの怪奇現象が作品にある点は、緊張感を高めるための重要なポイントとなっているように思われた。
そして、そういったガジェットが過剰ではありながら、本格ミステリらしい本格ミステリの王道を通っている。発見された手掛かりには全て意味があり、それらが合わさることによって一つの真相を照らしめる。論理を愛するミステリファンにとってもこの解決には納得がいくのではないだろうか。

霞作品は刊行分全部読んできたと思っていたのだが、巻末の著作リストに杉江松恋氏との競作である『浪人街外伝』を発見。(すみません、読んでません)。蛇だ、蛇。あと、改めて照らし合わせてみれば、あ、もしかすると『屍島』もまだ読んでいないのか。あとこれだけのキャリアでありながら、ノンシリーズ短編集というのがないというのも不思議。いずれにしても、ここまで独自の魅力とテンションを創作姿勢として保ち続けられる点には素直に脱帽したい作家だ。


05/02/11
柄刀 一「殺人現場はその手の中に」(祥伝社NON NOVEL'05)

副題は「本格痛快ミステリー 天才・龍之介がゆく!」。御存知、柄刀氏の創造した探偵の一人、IQ190を誇る天才・龍之介が登場する一応は長編扱い、実質は連作短編集となる六冊目。『小説NON』誌に'03年から'04年にかけて掲載された作品に書き下ろしが加えられている。

恋人未満の気になる存在である一美を東京に残したまま(それと龍之介と)、秋田に転勤になってしまった天地光章。光章は光章で仕事を続けたまま、頼りに出来ない従兄弟・龍之介の決意を手伝おうとしている。龍之介は手に入れた遺産をもとに、子供たちに理科や数学を楽しみながら親しんでもらうための”学習プレイランド”の建設を決意していた。光章は、赴任先の秋田に、その候補として相応しいと思われる廃業した温泉ランドを発見するのだが、その建物を譲り受けるためには幾つかの障害があって……、というのが大筋。
CM撮影の現場にてガラスに浮かぶ「死」の文字。交通事故によって発覚した盗品横流し事件の真相は? 『瞳の中の、死の予告』
プレイランド候補の温泉ランド。持ち主の息子夫婦が相次いで死亡する事故があった。温泉ランドの看板に隠された秘密とは? 『アリバイの中のアルファベット』
温泉ランドの引き渡し記念パーティ。持ち込まれたバカラのグラスが消え失せた。そんな悪意ある行動をする人間は……? 『死角の中のクリスタル』
建物補修の為の音響実験。六二年前の古いレコードの再生がなされると困る人々によって光章らは拉致監禁されてしまう! 『溝の中の遠い殺意』
プレイランドのスタッフリストを貰いにいった先で、過去に発生した失踪・殺人。行方不明前後に血の付着した本が発見された! 『ページの中の殺人現場』 一応、長編のなかの章だてという体裁ではあるものの、独立した短編でもあるのでそれぞれ内容を付記した。

継続されてきた龍之介シリーズらしい暖かい趣向が満載。ページの中の血痕だけのミステリなどではない!
作者に対しては失礼ながら、シリーズ開始当初はここまで引っ張られるとはちょっと想像していなかった「天才・龍之介がゆく!」シリーズ。柄刀氏の健筆ぶりもあって、非常に順調に刊を伸ばしている。現段階でもまだ、最終目標である「学習プレイランド」は建設されておらず、まずはその完成まで物語は続くであろうし、仮に建設されオープンしたとしてもシリーズ継続の妨げにはならないので、引き続き龍之介の推理を楽しめそうな予感がする。

さて、本作。帯に「トリックは〈ページ〉に隠されている!」 と大書されており、実際に趣向として本ノベルスの5ページほどには(さすがにインクの黒だが)血痕のようなシミまでが印刷されている。もちろん、これは単なる遊びではなく、第5章になる『ページの中の殺人現場』に繋がる手掛かりとなっている。――ただ、個人的にはこのような趣向はキライではないながら、この点にばかり注目されるべき作品集ではないと思うのだ。
この刊の物語は龍之介シリーズ全体を通じての一区切りという時期にあたるエピソード。作者のあとがきにもある通り、「大きな夢を形にできる土台を龍之介が遂に手に入れる」もので、あり「その祝賀のために、かつて知り合った者たちが集まって来る」のがポイントだと思われる。特にそれまでのエピソードが謎解きに関係するものではないので、前作までを全て読んでおく必要などないのだが、一話限りと思われた魅力的な登場人物や事件の関係者が、本書においてはさりげなく登場人物の輪の中に再び加わっている。名前とちょっとしたエピソードが記述されることで、「ああ、あの事件の」と思い出すことができるという趣向。シリーズがシリーズとしてのまとまりを取り返したかのような気持ちにさせられる。これがなんとも気持ちがよろしい。
一方でページに関するトリックは、ある知識が必要(というと、このシリーズに用いられるトリックはそもそも特殊な知識が必要なものが多いが)なのだが、本好きの方なら御存知の方も多いのではないだろうか。その分、サプライズという意味で少々減殺されてしまったこともあり、帯ではなく他の注目点に目が行ってしまうのかもしれない。

子供たちの学力低下が叫ばれる現在、龍之介が建設を目指す「学習プレイランド」構想というものも現実を帯びてきた(社会派?)ようにも思う。また、理数系の特殊知識をトリックの種とすることの多いこのシリーズも、実は同時に存在価値を増してきているかもしれない……などと考えた。シリーズが完結する最後までお付き合いさせて頂きます。