MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


05/02/28
近藤史恵「モップの精は深夜に現れる」(実業之日本社JOY NOVELS'05)

前作『天使はモップを持って』に登場したスーパー掃除人兼名探偵・キリコ。前作の最終作で鮮やかに物語に掃除を付けてしまったと思いきや、実は続編が発表されていたとは知らなかった。『J-novel』誌に'03年12月号〜'05年1月号にかけて発表された三編に書き下ろし『オーバー・ザ・レインボウ』が加えられた四編からなる作品集。

思春期の娘と会話の無いことを悩む中間管理職・栗山は、早朝出勤した会社で派手な格好で掃除をする若い女性と出会う。栗山は会社は会社で、新しい部長と新入社員二人の行動にも何か不穏な印象を感じ取るが……。 『悪い芽』
小さな編集プロに勤務するくるみ。彼女は最大取引先の接待の後、タクシー帰りをする予定が財布を無くし、事務所に泊まり込み、掃除に来た女性と知り合う。その編集プロの女性社長が連絡のない欠勤が続くようになり、様子を見に行った社員によって死亡していることが発見された。 『鍵のない扉』
モデルの葵は、事務所内のモデル、ケンゾーと交際していた。そのケンゾー、別の人気モデルのサーシャを妊娠させてしまい、結婚するのだという。事務所のあるビルの屋上で彼からのメールを待ち続けた葵は、屋上に閉め出され、夜中の三時に掃除に来た女性に助けられる。 『オーバー・ザ・レインボウ』
結婚以来、主婦業に加えて祖母の面倒をみて、さらに掃除のアルバイトと奮闘してきたキリコ。彼女が旅行に行きたいという。ぼくは軽い気持ちでOKを出したが、その期間は一ヶ月なのだという。しかも理由を言わずにキリコは出発してしまった。 『きみに会いたいと思うこと』以上四編。

探偵と捜査が「見えない人」によるもの――という盲点。軽妙なテンポに気分がすっきりピカピカ
実際、小生自身が学生時代、名前を知れば誰でも知っているような大企業のオフィスビル清掃のアルバイトをしていた時期があって、この掃除人兼名探偵・キリコの存在は微妙に身近に感じられる。実際に、オフィスの主役たる社員からすれば「掃除の人」は記号でしかなく、見えない人なのだ。もう十数年前、そのアルバイトのおかげで誰もいない休日、掃除方々入り込んだ社長室、その大企業の”社長の椅子”に座ったことがある……というのは考えてみれば面白い体験だった。その机の死角にはサンダルがあり、恐らくはその社長、自席ではビジネスシューズを脱いで、サンダル履きで執務していたのだろう……。
というような角度から、事件を解決するミステリ譚。前作に引き続き、軽妙で新鮮な物語を楽しめた。本書を支える巧さの一つは登場人物の視点の妙。事件をもっとも謎と思える人の視点から描くことで、謎のみならずその謎によってもたらされる気分が読者に自然と伝わってくる。また一つ一つの謎が、掃除人ならではの視点と手掛かりによって解決に結び付いている点も、このシリーズならではの面白さに繋がっている。
作品ごとにみたときには、特に『オーバー・ザ・レインボウ』の、意外な展開と真相は女性ならではの発想が、男性読者たるわたしの想像の埒外にあって驚かされた。一方、掃除人としてのキリコの位置づけが曖昧に(というか、家庭内キリコ)になってしまう『きみに会いたいと思うこと』になると、急にキレが落ちてしまうようにも思う。前作の最終話でもそう感じたが、恋愛小説になってしまうためにテイストが大きく変化してしまっているように感じられた。好き嫌いなのでこれが悪いわけではないのだが……。

タッチが軽く、それでいて謎解きも筋書きがシンプル、誰にでも共感できるような登場人物が紡ぐ物語につき、読者を選ばない。 ミステリとして軽すぎるということもなく、本格のロジックはロジックとしてしっかりしている点も好感。普段ミステリをあまり読まない人にもヘビーユーザーにもお勧めできるというのは近藤作品の美点だといえるだろう。


05/02/27
太田忠司「夜叉沼事件」(徳間文庫'97)

少年名探偵・狩野俊介シリーズの三作目。元版は徳間ノベルズで'92年の12月に刊行されている。ちなみに第二作の『幻竜苑事件』の刊行が同年の1月、短編集の『狩野俊介の冒険』が'93年7月であり、シリーズが一年開かずに次々と旺盛に刊行されていた様子が窺える。

石神探偵事務所の野上英太郎の養子として、野上宅から中学校に通うようになった狩野俊介。その担任教師・松永麗子が探偵事務所を訪れる。家庭訪問ではなく、二十年前に誘拐されて死亡したとされる彼女の兄の死の真相を調べて欲しいというのだ。当時ピアノの天才児として全国コンクールに優勝していた松永宏。身代金の要求があったものの、警察の介在を理由に犯人は接触を断ち、死亡反応のある指が松永家に送られてきていた。しかし、元より不気味な伝説が伝わる夜叉沼付近で宏の幽霊が目撃され、そこから彼のものと思われる白骨死体が発見されたのだという。現場を訪れた野上と俊介は、丁度その死体が発見された場所に奇妙な別荘が建っていることを知る。小汚い人物が暮らし、藤内利明と表札のあるその家は藤内不動産の管理地で、利明はその社長であった。宏と同じピアノ教室にかって利明が通っていたことを知り、藤内家を訪れるが当主の玄一郎、現社長の利明共々けんもほろろの扱いをしてくる。そんな折り、夜叉沼でその小汚い人物の死体が発見された。

複雑に絡み合う過去の人間関係。謎が解き明かされたあとに浮かぶやりきれない悲しみ――。
当初は幽霊譚からスタートするが、二十年前の誘拐事件から、徐々に現在の人間関係へと物語が展開する。細かな本格ミステリのトリックは使われているが、全体としては「論理(ロジック)」タイプの本格ミステリという印象である。そのベースとなるのは、いかにも胡散臭く登場する「藤内家」にまつわる謎。当初は非協力的な藤内家が、管理物件での殺人事件発生から徐々にその謎のベールが剥がれていく過程が面白い。少しずつヒントが出てきて、最後にそれらが集約されて全く別の構図が物語のなかに浮かび上がるという仕掛けである。
狩野俊介シリーズではあるが、”一族にまつわる秘密”というテーマは、どこか横溝正史的。 実際、最終的に明かされる真相の根底にある動機などは”一族”という考え方抜きには成立しない。根本的な二十年前の悲劇にしても、この”一族”という考え方があってこそのものだし(しかし、この過去のつまらない嫉妬からくるやりきれない事件は悲しすぎる)。そして、その前世代的考え方が、この平成ミステリに登場することで違和感と悲哀感とを両立させるのに役立っているように思われた。とはいえ、真相解明に至るまでのあいだの細かいミステリとしての手法も魅力あるところが多く、例えば「警察に知らせると子供の命はない」というお約束を口にしなかった犯人と「警察の介入を理由に子供を帰さない」犯人とのギャップに気付く俊介の推理など実に鮮やかに感じられた。

前作に登場した遠島寺美樹が俊介のガールフレンドとして再登場していたり、野上とアキとの関係がそれなりにいい感じだったりとシリーズ通してのお楽しみ(というか読者の期待)を掻き立てるあたりも心憎い。とはいえ、本作は本格ミステリとしての完成度もかなり高い。


05/02/26
太田忠司「摩天楼の悪夢 新宿少年探偵団」(講談社ノベルス'96)

太田忠司氏の人気シリーズ「新宿少年探偵団」の第三弾。『新宿少年探偵団』『怪人大鴉博士』に続く作品となる。この後もシリーズは続き、現在は既に完結している。

大鴉博士の事件が一段落し、壮助ら四人は壮助の祖父の自宅に招かれる。祖父は政界の大物ではあるのだが、蘇芳とも繋がりがあるらしく、探偵団への援助を惜しまないという。退去していく四人を見つめる櫻井なる人物。彼は七月響子とどうやら繋がりがあり、夢野美香のなかに神よりも上の存在がいる、と祖父に告げる。
クリスマス・イヴ。引き続き、蘇芳の秘密のアジトでそれぞれの能力に応じた特訓を続ける四人。(夢野美香はお気に入りのジャングルをセッティングして寝ているだけだが)。そこへ蘇芳から次の調査の要求が入る。大鴉博士の事件の時に建築中だった新宿にできる新しい高層ビル。オープンしたもののテナントが異常に少なく、様子がおかしいのだという。彼らはその”新宿マイルストーンビル”にある進学塾の生徒としてビルに潜り込み、そのビルのことを調べてみることになった。一方、そのビルの屋上に銀行の頭取夫妻が住んでおり、ソフト開発会社の役員を招いてのパーティが開催されることになっていた。彼らには融資や開発を巡って過去にいろいろな秘密を共有している。そしてその日、マイルストーンビルにて火災発生の報があり、彼らと壮助たち、そして警備員らがビル内に閉じ込められる。そして謎の惨劇が……。

密室と化したビルの内部で発生する猟奇連続殺人。強烈なサスペンスと”謎”のバランスが良い一作
著者のことばで述べられている文章を引用すると「この作品はミステリで言う「嵐の山荘」テーマのバリエーションです。でも本格ミステリではありませんから、決して期待しないように。これは宿小なのです。」とある。ひとくちでいえば、高度にセキュリティが制御された高層ビルを孤立した山荘に見立てられ、一方で本書限り(?)の事件関係者、警備員たち、刑事二名、そして新宿少年探偵団たちが閉じ込められるというお話。そこに謎の殺人鬼が隠れており、特にその事件関係者が次々と殺されていくわけだ。
SF設定ありの「宿小」に対し、ハイテク化された高層ビルとの相性が抜群に良い。下層階で火事があり、閉じ込められた人々のパニック感、そして見通しの悪いビルにおける主人公たちの孤立感。迫り来る殺人鬼、恐らくはビルに仕掛けられているだろう各種仕掛けの唐突感――といったあたりが全て融合して、独特のサスペンス感覚を醸し出している。
一方で、そのビルの内部を徘徊する殺人鬼の謎。視点人物の目線がほんのちょっとだけ離れた隙に、次々と登場人物たちが死体へと変貌を遂げていく恐怖感。実際の理屈よりも、演出が見事でこちらで醸し出されるドキドキ感覚も堪らない。
また、殺人鬼の正体にしても、文中のちょっとした手掛かりから導かれるものがあり「本格ミステリではない」と作者はいいながらも(フェアかアンフェアかを論じるのは難しいにしても)、ミステリとしての手法はしっかりと守られている点は嬉しい。特殊な科学という補助線を引けば、十分に納得できる犯人像だといえるだろう。また、ここでも悲惨な親子関係が描かれており、太田作品全体を通してしばしば描かれる主題とも通底しているところも興味深い。

三作目にしてシリーズ通しての伏線をさらに拡げている印象もあるが、四作目の敵も登場し、ますますシリーズ全体への興味も高められる。繋ぎ作品にして個片としてのエンターテインメント性が十分。佳作です。


05/02/25
太田忠司「幻竜苑事件」(徳間ノベルズ'92)

前作『月光亭事件』に続く、狩野俊介シリーズの第二作。

石神探偵事務所の野上英太郎のもとに、俊介と同年輩と思しき女の子がやって来た。鞄一杯の現金を持参した彼女は両親を殺した人を捕まえてほしいという。英太郎は一旦、その子を追い返すが、彼女は喫茶店「紅梅」の壁に「遠島寺重義はひとごろし」と大書していった。どうやらその女の子は遠島寺美樹、現在老舗旅館の幻竜苑を預かる主人・重義の姪っ子であるらしい。幻竜苑は、竜が棲んでいるという竜ヶ池の周辺を庭にの名前から来ている。そして確かに十年前に火事によって美樹の両親が焼死する事件が発生していたのだ。探偵事務所を今度は、その遠島寺重義が訪れ、美樹の行動を詫びたあと、改めてその十年前の事件の調査をして欲しいと依頼してきた。美樹に対し、彼女の祖母が重義が犯人だと吹き込んでいて困るという。更に重義は、その事件があった時に不審な人物が目撃されていたという情報を野上に提供する。再び、英太郎のもとを訪れた狩野俊介と猫のジャンヌと共に、野上は幻竜苑に乗り込むが、そこで十年前の人物そっくりの人影が目撃され、更に美樹の祖母である幸子が刺されるという事件が発生した。

ありがちだと思われるトリックを逆手にとって。その語り口と裏腹に人間の業が見せつけられる一編
老舗旅館で過去から発生する怪事件。広い旅館の庭にて目撃される容疑者、そして池の真ん中にある離れに隠された秘密……と、途中までの展開はある程度予想されるもの。特に地図を見た瞬間に「たぶんこういう仕掛けがあるんだろうなあ」と普通のミステリ読みならば考えることが、やっぱり作品内に仕掛けられていた。……が、ネタバレにならないように述べるのは難しいのだが、それが目眩ましとしてなっていて、真相についてはしっかりと意外性が演出されている。不可能犯罪のミスリーディングとして働く「仕掛け」、そしてその真相。この二つが組み合わさることでサプライズが演出されていて、ミステリとしての出来はなかなか。
そのミステリを繋ぐ物語。一方のエピソードは、野上英太郎が、狩野俊介を自分の養子に招こうという話。そしてもう一方、メインとなる事件は養女として暮らす女の子が、十年前に自分の両親の命を奪った事件を再調査して欲しいと願う話。血の繋がらない親子関係が二つ描かれているわけだが、この両者が事件と関係して絡み合う展開が巧み。特に真犯人がラストに独白する人間関係に対する冷淡さが強烈。この部分だけ取り出せば、オトナの読み物のようなイメージすら漂うが、これを狩野俊介に直面させることが、このシリーズの余韻に繋がっているように感じられた。

「新宿少年探偵団」のシリーズにしても、この「狩野俊介」のシリーズにしても、個々の事件と同時にシリーズ全体の構想を見据えた動きがあって、そちらへの興味が共に喚起させられるようになっている。このあたりが太田忠司という作家の巧さのようにも感じられた。


05/02/24
太田忠司「怪人大鴉博士 新宿少年探偵団」(講談社文庫'99)

新宿少年探偵団』の第二作。以降、シリーズは続いていくのだが、このあたりから徐々にシリーズ全体の伏線らしき現象がみられるように思われる。

ディスカウントショップチェーンで財を成した父親・辰則から離れ、都内のマンションを借りて大学の工学部に通う佐倉和規。彼は大学からの帰り道に「大鴉博士」を名乗る謎めいた老人と出会い、大量の鴉に襲われて誘拐されてしまう。父親に要求された身代金は彼が所蔵する紫水晶。新宿のカリヨン橋の上にてその宝石を持って立て、という要求に従った辰則は三羽の鴉に襲われてその宝石を奪われてしまう。慌てて駆け付けた刑事たちに対し、辰則は何百羽の鴉が襲ってきたと主張する。一方、蘇芳のもとで、それぞれの能力を磨く特訓を続ける壮助や謙太郎たちに、ある情報がもたらされる。新たな敵「大鴉博士」が行動を開始した――というものだった。現場に残された鴉の羽は人工的に作られたと思しき未知の存在であるのだという。そして「大鴉博士」の次の予告状が届けられた。来日している映画プロデューサー・ガートランドが所有するトパーズを奪うというものであった。前回の汚名をそそぐべく警察は厳重な警戒体制を敷くなか、壮助たちもジャン・ポールと共にホテルにて迎撃の準備を取った。

日常の冒険小説から、SF冒険小説へ移行中。壮大なる物語の序曲を予感させる第二作
その第一作である『新宿少年探偵団』が、江戸川乱歩の築き上げた「少年探偵団」の直系であり、それを現代に蘇らせたという位置づけであるならば、本作はそこに太田忠司色を付けていく過程にある作品のように感じられた。前作においても、ちょっと現代科学の視点からすると「?」ないし「!」な武器が登場していたが、本作でもそちらのSF的なイメージが強くなってきている。現代の少年たちが、怪人と対峙するためにはそれ相応の武器が必要となるということなのか。
一方で、今回の敵である科学者「大鴉博士」は、「少年探偵団」から続く、怪人らしい怪人としていい味を出している。何よりも壮大な目的を持ちながら、実際の行動のうえでは流血を避ける紳士である点、そして神出鬼没で壮助らの前に日常の状態で姿を現したりしている点など。やはり怪人は、怪人と知られる前に不気味なかたちで主人公たちの前に現れていないと、ね。また対決の後、絶体絶命・死亡必至という場面からお約束のような脱出をしたりというあたりも良い感じ。今後の彼の活躍(暗躍?)が期待されるエンディングは好み。
そのSF設定を利用したうえで、ちょっとした作品内の疑問に解決をつけたりといったミステリの手法も用いられており、そのテンポ良い展開とともに飽きずに一気に読むことができる。また、夢野美香の所有する第二人格に「麻里」なる名前が付けられ、その能力に謎が付加されたり、風呂敷がどんどん拡げられてきており、次作以降への期待が自然と高まる。

本シリーズは、読者層がミステリ系とは若干異なるとはいえ、太田忠司の代表作品として挙げられるもの。なるほど、その理由がほんの少しだけ理解できたような気がする。少年探偵団直系のエンターテインメント


05/02/23
太田忠司「月読」(文藝春秋 本格ミステリ・マスターズ'05)

題名は「つくよみ」と読む。着々と刊行が継続している「本格ミステリ・マスターズ」、本書はこれまでの同レーベルのなかでも最大の厚みを誇る作品。太田氏による書き下ろしのノンシリーズもの。

主力産業の漁業が衰退しつつも新幹線の駅が設置され、今はベッドタウンとなっている結浜市。ここで若い独居女性ばかりを狙った連続婦女暴行事件が発生していた。そしてあるアパートの扉に”月導”が出ているという通報があり、とうとう殺人事件が発生した。その殺された女性・片山友香子の従兄弟で刑事の河井は、捜査から外されたものの現場を一人訪れ、隣に住む朔夜一心なる男と出会う。彼は”月読”であった。朔夜は、現場に残された月導から、友香子が生前、正田という人物を恐れ、身の危険を感じていたことを読みとり、河井に伝える。この世界では、死者が出る時、現場に残される”ちょっと変わった現象”が発生する。それは”月導”と呼ばれ、”月読”という特殊な能力を持つ人々がそれを読みとり、”死者の思い”を残された人々に伝える役割を果たしていた。調査の結果、友香子は正田という画家の絵のモデルをしていたことが判明する。
一方、高校三年生の絹来克己は将来について悩んでいた。親友の也寸志は東京に出ると決めている。彼は深夜に「岬の家」にランニングに出掛け、そこに母親と二人住む香坂炯子と出会う。彼女は首に縄を掛けて首を吊っているように見えたのだ……。

不思議な現象の起きる優しい世界。夜を中心に街は動き、少年たちは駆け抜け、そして静かに躍動する
まずは舞台設定の妙から。とにかく、このパラレルワールドの作り方が実に優しくも自然。この世界においては、人間が死ぬ時に”月導(つきしらべ)”なる現象を残す。その残された”月導”の意味を読みとる特殊能力者が”月読(つきよみ)”なる存在。その月導という現象自体は、お葬式のなかに組み込まれている程にオーソドックスな現象として描かれている。また、その月導の秘密を探るために多くの科学者がその才能を消費した結果、現在の我々が獲得している科学よりも若干遅れをとっているという設定も面白い。
ただ、扱われている事件は結構殺伐としており、婦女連続暴行殺人事件の被害者となった従姉妹のことを追う刑事のパートと、炯子という不思議な魅力を持つ女子高生を巡っての恋の鞘当てのパートが絶妙の絡み合いを見せつつ、館で発生する計画的な殺人事件へと移行していく。特に高校生・克己の悩みと、彼の好きな炯子との微妙なやり取りが青春物語として一定の魅力がある点が強い。また、これらの事件の繋がり方も自然で、月導を巡る謎が更に関わってくる点など、ストーリーとしてのまとまわりは天下一品。太田氏がよくエピソードとして用いている、親子関係の崩壊が程良く(いや、結構過激か)スパイスとして効いている。また、このパラレルワールドにおけるルールをさりげなく説明しておきつつ、事件のトリック構造と絡ませているところも綺麗にまとまっている。まず、SFミステリの一つのバリエーションということがいえるだろう。というか、この世界設定を考えると、寧ろ幻想ミステリの一佳編として記憶に残りそうだ。
少し残念なのは、真犯人の動機が、この美しいパラレル・ワールドとマッチしておらず、どちらかというと病んだ現代ならではのものである点か。また、終盤、二箇所に同時に登場する朔夜は謎を高めこそすれ、そのサプライズとしての効果は今ひとつであるように思えた。とはいえ、トリックの方に月導は上手く活用されている。

幻想ミステリかつ本格ミステリであるものの、青春小説の香りが色濃く漂っており、個人的にはミステリとしてよりも、一個の物語として記憶に残しそうな気がする。最終章に描かれる少年の決断なんか、印象深い場面である。いずれにせよ、物語としても、ミステリとしてもかなり完成度は高いので、幅広い方に読んで貰いたい作品であることもまた確か。


05/02/22
多岐川恭「レトロ館の殺意」(新潮社'95)

一九五〇年代のデビューより、数多くの推理小説、時代小説を発表してきた多岐川恭の遺作長編。『週刊新潮』誌に'94年10月6日号〜12月22日・29日号にかけて連載されたもの。

九州の果ての片田舎、鰐ヶ瀬町。もう五十年も昔、炭坑で一時的に栄えた頃、この地で育った”私”こと片桐は小学校卒業以来、久方ぶりにこの町を訪れた。そこで私は園山と再会する。園山は子供の頃は鼻持ちならないガキ大将で、周囲の子供たちを力と策略でねじ伏せていた。そんな園山は、鰐ヶ瀬町のクラブ会館である”レトロ館”に三年前から住み着いているという。その後の生活のなかでかなり悪どいことをしてきた園山は、その罪滅ぼしのために何人かの若者をレトロ館に住まわせており、妻を亡くしてひとり暮らしの片桐もまた、園山に一緒に住むように誘われる。館を訪れた私は、住人の一人で画家の卵の江頭純子に昔の恋人の面影を重ね、彼らと居を共にすることになる。釣りやレコードなどを楽しむ算段であったが、私は館に住む他の住人たちが皆、園山の命を狙っていることを知る。老境に差し掛かっている私は、若者たちに対する対応に苦慮するが……。

最後の作品でも、追い求められている多岐川恭らしい主題。この空虚な独特な感覚は全盛期も遺作も変わらない
多岐川恭という作家の晩節を飾る作品――という思いを強くした。最後の最後まで、しっかりとした創作姿勢を崩しておらず、加えて自分の世代に相応の物語を創り上げている。
本書の主題は、例えば『人でなしの遍歴』や『消せない女』等、多岐川ミステリにこれまでもよく取り上げられた「過去に散々な悪事を働いて、他人の恨みを買っている人物に対する、複数の復讐者」もの。 ガキ大将がそのまま大きくなった園山に対し、子供の頃いじめられておりながら既にそういった感情を忘却の彼方に置いてきてしまった主人公 。対照的な彼ら二人の人生をかみ合わせることで過去を強調し、一方でレトロ館に寄宿する若者たちの姿を描いて現在を強調する。(とはいっても執筆時期から考えるに、残念ながらこの若者像は一昔前の姿ではあるが……) 園山以外の全ての人間が、露骨ではないながら園山の命を狙うという展開。特に主人公たる私などは、特段の殺意を抱く理由はなかった筈なのに……という変化が物語の過程に出てくるあたりは作品のポイント。
基本的に登場人物は露骨な殺人行為を行わないだけの分別があり、狙うのは園山を誘導しての事故死といったあたり。幾つかのエピソードが出てくる割には作品としてのボリュームは薄いし、特に取り上げられている個々のトリックの新規性としてみるべきところは少ない。だが、例えばそのトリックにしても、悪意を疑わない相手に対する露骨な”未必の故意”を連発させており、、かえってそのオーソドックスなトリックが連発されることによってユニークな効果を生みだしている点は、作者の意図かどうかはとにかく、興味深く感じられた。
また、自身の出身地である福岡県北部を舞台に方言を効果的に用い、また戦前や戦時中の思い出話を登場人物の口を借りて語らせるところなど、作者自身のノスタルジーが反映したものとみることもできる。それでいて、初老の域に差し掛かっている主人公の、若い女性に対する戸惑いが、物語のなかでもなかなか微妙な位置づけとなっており、その変化が一つのポイントであるのも面白い。

残念ながら大傑作ではないし、多岐川恭の数ある傑作のなかでは「遺作」という話題性以外ではなかなか取り上げられない作品ではある。ただ、多岐川作品をある程度読み込まれた方であれば、この作品の持つ独特の風合いに感心することは間違いないだろう。


05/02/21
太田忠司「3LDK要塞山崎家」(幻冬舎ノベルス'97)

ずっとずっと題名が気になっていた太田忠司作品の一つ。'99年には幻冬舎で文庫版も刊行されている。また幻冬舎文庫で『建売秘密基地 中島家』という作品も後に刊行されているが、直接の続編ではない模様。

木造二階建て、ローンが二十年残っている山崎家。小学校五年生の山崎滋は何の不自由のない生活を送っていた。APEフードに勤務するサラリーマンである父親は三十七歳。もともと源兼智という名だったが、婿入りして今は山崎兼智である。母は朋子。そんな父親は「普通の幸せ」が大好きで、スーパーで買い物をしたり滋とキャッチボールをしたりしている最中に感極まって泣き出したりする。そんなある日、ガールフレンドの北村仁美との学校の帰り道、滋は一人の美女に声を掛けられる。彼女は「CRAB」と書かれた名刺を滋に手渡すと「お父さんによろしく」と言い残し、三輌の戦車を率いて去っていく。父親にそのことを話したところ、なにやら様子がおかしくなる。そんな折り、ドライブスルーに戦車がやって来たというニュースが放映され、その戦車が注文を断れたことから街中を攻撃し始める。どうやらその中心には山崎家があるようなのだが……。滋は兼智の指示により、母親と避難するが、兼智は雨樋の掃除を理由に家に残った。

懐かしのヒーローに対するオマージュと、抱腹絶倒の展開と。味わい深いアクション小説
個人的には篠田節子『斎藤家の核弾頭』のような内容を勝手にイメージしていた。3LDKの山崎家なのだが非常時に要塞となって敵と戦う――感じ? だったのだが、3LDKの山崎家は要塞でも何でもなく、敵の襲撃により吹き飛ばされてしまう。しかし、平和な街を襲う謎の組織の狙いはどうやら父親・兼智らしい?
ということで、前半はあれよあれよといううちに物語が展開する。謎の組織の襲撃によって明らかになる父親の過去。実は「普通」を極端に愛する父親が、かつて正義の味方(それもヒーローにして組織の長)であったという真実。平穏な暮らしの裏側に、表舞台に出てこない正義の組織、そしてヒーローがいた……。これら設定そのものに、まず往年の特撮ファンの心をくすぐるものがある。更に断片的に取り入れられた文章や台詞、組織の下っ端のやられキャラに至るまでが「お約束」の世界。戦いそのものや、戦闘服から武器に至るまでバカっぽく、ウケを狙った構成になっている点、あざとさよりも対象への愛を感じさせられる。「説明しよう」という台詞や「特殊」って便利な言葉、というあたりに爆笑しつつも、物語にはぐいぐい引き込まれた。敵役となるクミコ・エリス・ハスターの造形も良く、美女、かつ本人だけクソ真面目におちゃらけキャラとされている点も愛らしく、怪人たちの間ぬけっぷりがすがすがしい。父親の大真面目なオバカ活動に対してクールに対処するしかない滋の心情とツッコミのバランスで、物語としての筋が維持されているという印象だ。
一方で、両親が不仲という滋のガールフレンド・仁美を配することで「家族」というテーマを若干織り込んでおり、単なるスーパーヒーローアクション小説に、ちょっとしたシリアスな彩りを加えている点もポイント。お約束のハッピーエンドに至るまで、一気に読み抜くことになってしまった。

当初に興味を持っていた内容とは全く別のイメージの作品であったが、実に楽しいエンターテインメント。作者の方も恐らく「楽しんで書きました」という気分が読み手にも伝わってくる作品である。横溝正史の唐突なオマージュがあったりするので、ミステリファンにもオススメ。