MISCELLANEOUS WRITINGS
MISCELLANEOUS WRITINGS 今月の雑文


過去の雑文たち
05/02/27
・何気なく入った近所のリサイクル系古書店の教養書コーナーで、海渡英祐の競馬小説『無印の本命』グリーン・アロー・ブックスを購入。後に文庫になっているので、そちらで読了済だが、こちらの版は初めて見たもので。競馬小説とかは何故か小説ではなく、教養書棚で見つかることが多い。多分店員も分類に悩むんだろう。

・で、買ったものの蔵書印が押してある。関西で買ったにもかかわらず、住所は「豊島区○○」。そこまではまあ、リサイクル系のチェーン内部での流通の問題であろうけれど、当初の持ち主の名前の欄に「税理士 ○○○○」とわざわざ肩書きがついている。しかも、巻末の作品広告の欄、新橋遊吉や三好徹といった競馬小説に軒並み赤鉛筆でチェックが入っているのだ。これは根っからの競馬ファン。競馬ファンの税理士。いや、趣味は自由だからいいんですけどね。個人的にはあまりお仕事を頼みたくはないような印象があるだけで。

・しかし、出版年月が作成したリストと違うなあ。国会図書館のデータだと'75年刊行だったけれど、こちらだと'76年になる。原本確認したのでリストの方を訂正しておくけれど、本体ではなくカバーに出版情報が掲載されているタイプなので、もしかすると特記なしに重版されているのかもしれない。元データである'75年11月刊行の同書をお持ちの方っていらっしゃいませんか?


05/02/25
・これから書く「男」というのは職場の同僚で、実際わたしの座席の隣の隣の隣に座っている人物です。夜も更けた残業時間の合間、喫煙コーナーにて彼から聞いた実体験のお話。

・男はかつて地方にある小さな工場に責任者の立場で赴任した。前任者からの引継を終えてようやく落ち着いた頃、工場にて小さな騒ぎが持ち上がった。工場内にお化けが出るというのだ。

・男には全く、そのお化けなる存在は目に入らなかったが、生産の主力を担う女子社員のあいだはその噂で持ちきりだった。いわく、若い女性のお化けということで、人間が通れるはずのないところを通っていった、窓から内側を血の気のない顔が覗いていた、ラインの社員の肩を叩いて振り向くと気配を残して消えた……等々、目撃者は増えていった。

・ラインに入った女子社員が主力のその工場は集中率の低下からか能率がみるみる落ち、お化けを目撃したという社員数名は怖くて出社できなくなってしまっているという。その地元でも、お化けの出る工場として妙な噂になっているらしい。困り果てた男は、工場敷地内に小さな祠を建て、お坊さんを呼んでお祓いをしてもらうことにした。そしてその後、社内でお化けが目撃されることは無くなり、元の通りに工場運営できるようになったのだという。

・あ、何の変哲もないミニ怪談だと思うでしょ。でも、このお話は彼がタイにある生産工場に赴任していた時期にホントにあった現地の出来事。事件そのものよりも、タイにも日本と同じような怪異があって、それを収める手順についても実によく似ている……という点に興味を感じたのでした。ちょっと叙述トリック気味に書いてみたんだけれど、どうでしょ。


05/02/23
芦辺拓『怪人対名探偵』。2000年にノベルス版が刊行された時、内容もさることながら、当時存命だった鮎川哲也氏が帯を書かれたことも話題になった。そして、ノベルス版で読了していることもあってノーチェックだったことは不明の至りだが、昨年の暮れに講談社文庫版が刊行されていた。解説はノベルス版でも口絵を書かれていた喜国雅彦さん。

・で、たまたま立ち読みしたこの喜国雅彦解説が凄く良かった! 小生のツボに入りまくり。作品の内容にほとんど触れないながら、”怪人”という存在がかつてどこにでもいたのが、いつの間にか居場所を喪ってしまうまでの哀愁、そして復活の喜びがユーモア溢れる文章で描かれている。特に、名探偵と対決するような悪魔的犯罪を犯すために”怪人”たちが行ってきた苦労の数々のくだりには笑わせて頂きました。解説でありながら、独特の”芸”になっているあたり、ファンの方が気付かないのは損だよなー、と思って改めて紹介する次第。『怪人対名探偵』も、通俗探偵小説好みの方であれば絶対に楽しめる内容であるので、この機会に両者合わせて、是非。


05/02/22
・御周知の通り、MYSCON6のゲストにお招きしているのが太田忠司さん。 太田忠司さんといえば、古くからNiftyを中心にネットの活動をされており、New Kids On The Tightropeというホームページを1996年からずっと運営されている。弊サイトもミステリ系サイトとしては歴史の長い部類にいつの間にか入っているみたいだが、それよりも一年近く早くスタートされておりずっと継続なさっている。最近では作家個人が運営するWEBサイトはそれほど珍しくなくなってきているが、太田さんはミステリ作家ではその草分けともいえる存在なのだ。

・……が、非常に今となっては忸怩たることなのだが、小生自身が今まであまり太田忠司さんの良い読者とはいえないのであった。今月が始まるまでの時点で僅か四冊しか読了していない。太田忠司名義と霞田志郎名義の作品、それに編著を合わせると現在、五十七冊もの著書がある作家さんである。心を入れ替えて、MYSCON開始までに集中的に太田忠司作品読む! ということに決めたのだけれど、どこまで行けるものか。(ちょっと弱気?)


05/02/19
MYSCON6参加者引き続き受付中。まだ大丈夫みたいです。

・某氏の日記のなかで(すみません、リンクは張りません)「友人が突然古本のせどりに興味を示し始めた」というのを読み、呻る。実際、ヤフオクやアマゾンで小金を稼ぐ人たちが、副業として最近ピックアップされている印象は最近確かにあるのだけれど異業種参入はこの世界(エンタメ系古本)は難しいように思うのだがどうだろう。趣味の一環として儲け度外視でささやかに行う、ないし元もとの古書店が販売先の拡大(と売上引き上げ)のために行う分にはある程度理解できるんだけど。

・最近はブランド子供服バーゲンには転売狙いのおばちゃんが大挙して押し寄せてくるなんて話も聞くし、もう流行りを超えた社会現象なのかな。自分自身は梱包発送入出金の手間が面倒くさいので最近ネットオークションは売りも買いもご無沙汰。……なんてことをつらつら考えていたら近藤史恵さんのキリコシリーズ新作の冒頭がそういうネタをうまく取り入れた作品だった。ホント、ミステリは時代を映す鏡だなあ、とか。


05/02/18
MYSCON6参加受付開始しました。つい先ほど、わたしも申し込みました(スタッフも名簿作成上、申し込みメールを出さなければならないのです)。開催日は期の頭なので実は忙しい時期だけど、なんとか土日は休めるという楽観的見通しに基づいております。 どうやら、順調にお申し込みを頂いているようで何より。皆さま、4月にお会いできるのを楽しみにしております。


05/02/17
・……重要なことを書き忘れてるではないですか。

MYSCON6の参加申込開始は、2月18日(金)23時〜

・申し込みフォーマットはMYSCON公式ブログ(なんて呼んだらいんだろう。やっぱりホームページと書くべきなのか)にありますので、そちらから。申し込みアドレスもそちらにあります。わたしに送ってもダメです。申し込みに際しての記入欄が多いので、ここをどう書くか迷われる方も多いようです。どう書けばウケを取れるのか考えているうちに締切を過ぎたなんてオチもありますので準備はお早めに。定員超えたら締め切られますので、日付でいつまでなら大丈夫ってのがないので、お早めに、とだけしかいえませんが。

みすべすにてMYSCONの紹介文を頂く。なんか持ち上げられすぎててこそばゆいんですけど……。

・あの、天下の日経新聞の文化面。 渡辺淳一『愛の流刑地』(略称:愛ルケ)が、めちゃ面白い。いや、なんつーか、前々から、おっさん感覚が前面に押し出されて共感できないこと甚だしいお色気小説だなあ、と思っていたのだが、にっけいしんぶん新聞と併読するようになってから、毎朝楽しみで仕方なくなってしまった。こういった楽しみ方、邪道ですか? いやもしかするとこれこそ正道なのかもしれないとか思ってみたり。もっといろいろ書きたいけれど、ヤバすぎるような気がしたので削除。


05/02/16
・更新時間の関係でちょっと立ち遅れた感もありますが、年に一度の一期一会、ミステリファンにとっての春の七夕まつり、MYSCON。それでおやはりここはお知らせをせねばなりますまい。

MYSCONの公式サイトがリニューアルオープン

・ゲストは、古くからホームページを持っておられ、ネット系ミステリファンにとっても馴染みの深い、太田忠司先生! さて、どんな話が飛び出てきますか乞うご期待。

・トップが代わり、スタッフが若返ることによって(たぶん)一新するであろう数々の企画群にもご注目。MYSCONはこれからも進化を続けてゆきます。ただ、今年も古本オークションはやります。

・告知ついでに。MYSCONに協賛頂いた皆さまのサイトを登録しておりましたMYSCON協賛サイトアンテナにつきましてはブログ化に伴い、新規登録の受付を終了することになりました。アンテナ自体は当面継続致しますので、引き続きご利用の程をお願いします。


05/02/15
・映画 姑獲鳥の夏オフィシャルサイトがリニューアル。まだ見られないところが多いながら、なんか恐怖探偵映画みたいな、独特の雰囲気があって。まあ、七月公開だしのんびりと待つとしましょう。

・日本一古本を買う男(過去形?)・土田裕之さんの買書日記(2/13〜14にかけて)を読んでいて、(見たことないけれど)何人かの古本者で手分けして、土田蔵書をベースにネット古書店を開店したらどうなるか……とか、ふと考えた。多分、最初の段階は売る本より”自分が欲しい本”を発掘することに没頭してしまうため、まず商売にならないが一票。目録を作る以前に、あまりの蔵書量に整理にトライするだけみんな果ててしまうに一票。さらに、整理をしているところにまた土田さんが大量の本を買ってきてしまい、みんなに怒られるに一票。(すみません、土田さん。ネタにしてしまいました)。


05/02/12
・しかし、今月はノベルス系の刊行ラッシュ。新刊ラッシュは今に始まったことではないけれど、なんというか守備範囲にかかる作品が非常に多い。昨年の夏頃から秋口にかけて「このミス」狙いかミステリの新刊がこれでもかというくらいに刊行されたけれど、2月はそのノベルスバージョンがやられているかのような印象。先月以前に購入したノベルスやハードカバーの積ん読消化が全く進まないままに既に結構買い込んでいるし、今月もオーバーフローの予感がする。でも、読みたい本が全然刊行されない環境ではないこと自体を喜ぶべきなのかな。

・今日のコメントは単なる定期更新のぼやきみたいなもんです。すみません、内容なくて。


05/02/10
・またちょっとあいだが空いてしまったe-NOVELS書評でございます。ちょうど普通の書評でも『アシャワンの乙女たち』を取り上げたところなので、そんな今日は実は牧野デー? (んなことはございませんかそうですか)。

牧野 修「悪い客 黄昏ホテルシリーズ第10回」  e-NOVELS 定価100円(税込)18P 469KB 販売ページ

 ホラー小説作家である牧野修氏は、この「黄昏ホテル」オムニバスに参加するにあたり、こういっている。「競作というものは、やはり戦いであろう。などと思いつつ「黄昏ホテル」参加者一覧を眺める。既に負け戦であった」――といいつつ、しっかり勝ちを拾いにきている作品である。「黄昏ホテル」の指向性と牧野修の指向性。どこか近いものがある。相性が悪いはずなどない。

 祖父が憧れ、母親が感化された「ホテル勤め」は「宮殿で王に仕える姫君」の物語だった。ただ母親自身は学校を卒業後すぐに結婚したこともあってその夢は果たせず、飯田香は決められたレールの上を進むことになった。彼女は高校卒業後すぐにホテルの客室係となるための専門学校に送り込まれ、現在はいわゆる「黄昏ホテル」に勤務している。
 専門学校の講師は「客に良い悪いの区別はない。客であるなら、それはすべて良い客なのである」と香に教え、他の幾多の先輩や上司にも同じことを言われた。だが、そのたびに香は「それでも悪い客はいる」と呟くのである。
 事実、「黄昏ホテル」にはそんな彼女にとっての「悪い客」が数多くいた。彼女は一度誰かと関わりをもってしまうと、とことんまでつけ込まれてしまう性格の持ち主で、「悪い客」は必ずそんな彼女の性格につけ込んでくるのだ。そんなある日。廊下を歩く一人の「悪い客」を何とか無事にやり過ごした彼女は、部屋の掃除をするために二〇四号室に入った。しかし、そこにも巨大な肥満漢である「悪い客」がおり、何とか穏便にやり過ごそうという彼女に対して居丈高に命令をし、奇妙な質問を強い口調で投げかけるのであった。

謎の客との「恐怖」に関するやりとりがスリリング。黄昏ホテルという舞台に相応しい「悪い客」たち……
 これまでも何作品かで登場してきたケースと同じく、本作も従業員側からみた「黄昏ホテル」の物語である。上にも紹介した通り、若い従業員からみると、黄昏ホテルはやはり古くさく、かつ自分が働いているにも関わらず胡散臭い存在のようだ。このキーワードはポイントの一つで、牧野修はこの”胡散臭さ”を表現するのに天下一品の才を持つのは周知の通り。胡散臭い「悪い客」、その意味で本書のメインとなるのは、主人公の香が掃除をしようとやって来た部屋にて我が物顔にて振る舞う威張り散らした肥満男。背広姿ででっぷり太り、口紅を塗ったかのような赤い唇。そんな彼が中心となって紡ぎ出す、歪んだ恐怖空間。

 ね、胡散臭いでしょ? 彼が客の特権を利用してか彼女に尋ねるのが「おまえは恐怖についてどう思う」。男は、渦巻きを怖がる男の話をし、道路に描かれた「とまれ」の「れ」の文字を怖がる男の話をし、自分自身は寝てしまうとそのま ま起きられないのではないかということで、寝るのが怖いという。

この書評の続きはこちらへ!
05/02/09
・読書係ってなんやねん。読書系でしょ。

・W杯アジア最終予選初戦、日本代表vs北朝鮮代表。ひとことで感想をいうと「ジーコ、悪運強え」。国内組での連携重視が今回のテーマだった割に、その連携がぎくしゃくしているように見え(やはり平常心を主張している以上に緊張があった?)、なんかずっとヒヤヒヤして観ていた。小笠原のゴールは美しかったとはいえ、あれで北朝鮮のGKが明らかにレベルが低いことが分かったわけで、どこからでも枠に放り込んでルーズボールを押し込む戦略に出ればいいのに……と、ちょっと前半歯痒かった。

・あれ? 後半も同じメンバー? と驚いたところにギアチェンジした北朝鮮のスピード(特に攻撃)に振り回されて同点。ただ、同点となったところで落ち着いてくれたので助かったか。(後半の終盤はさすがにバテていた感じだった)。高原の交代相手は玉田? というところもちょっと不思議。すぐ”日本の飛び道具”俊輔を投入するのであれば、前線でファールをもらいにいける鈴木をぎりぎりまで残すべきだったのでは……。まあ、スタートを国内組にしなければ、ジーコの悪癖で交代枠をほとんど使わなかった可能性もあったし。ただ、海外組が入ってからの方が、連携は明らかに良くなったようにみえるのは、北朝鮮の動きが落ちてきたタイミングと時を同じくしていたわけで何とも決められない。

・北朝鮮はテクニックは劣るものの、走り回る体力と球際の強さに特徴があって、やはり一次予選を勝ち抜いてきたことはある。何よりも試合後、先方の監督が「試合が友好的な雰囲気のなかで行われた」とコメントしていたことには少し安心。この試合で苦戦したということで、続く五試合がぴりっと締まったものになるのなら、「辛勝で勝ち点3」、という内容も結果も、日本代表+ジーコにとって一番いいかたちだったのかもしれない。


05/02/07
・読書系のネット界隈では既に有名になっている話題だが、最終段階を超えると、こうなる。 いやー、シンクロニシティだなぁ。写真入り。危険を察して部屋を抜け出していた階下の住人の方は偉い、が、この寒空の下、二階まで吹き抜けの部屋では暮らせないことだろうし、大変なことである。

滅・こぉるさん作のフィクションと、この事件と、どちらが怖いと思うかによってホラー感覚度が測れる? とかともちょっと思った。


05/02/06
・先週の日曜日の夕方のこと。ぼんやりと『サザエさん』を眺めていたところ、そのうちの一話『わが町の灯台』という作品の冒頭、脚本 辻真先とあった。いや、辻さんがサザエさんを手がけていたということ自体は有名な話で、他にも『エイトマン』『ドラえもん』とか、二十年〜三十年前の、多くの名作アニメの脚本を書かれていたことは、どちらかといえば知識としては知っているのだけれど、ナマでそう意識してリアルタイムで観たのは初めてかもしれない。(ただ、中身としては、イササカ先生が講演会をするというのでサザエさん一家が、行ったことのないホールに行こうとするけれど迷ってしまい……というもので、いわゆる「いつものサザエさん」でしたよ)。

・どうやら関連サイトを漁ってみれば、辻さんが『サザエさん』の脚本を書かれたのは実に半年ぶりとのこと。それでも、半年ぶりってことは、その半年前にも別の脚本も書いていたということで……。既に七十歳を超えた方であるのに、小説作品にしてもアニメにしてもまだまだ現役でいらっしゃるのは凄いこと。ちなみに辻真先さんには「辻 真先というミステリやアニメを書いている人のHPです」という自前で制作されておられるWEBサイトもあり、こちらも随時更新されている。しかし、このパワーというか精力というのは一体どこから湧いてくるのだろう。素晴らしい。


05/02/05
・結局、今日は休日出勤に追い込まれ、連日更新は出来なかった……。

・さて、本の増殖に関する考察。とはいっても、自宅の本棚周辺を眺めつつつらつら書いただけの雑記である。

 ・第一段階:本棚を買う。所有する本を普通に並べてもまだ余裕がある。この頃の本買いは楽しい。

 ・第二段階:本棚が埋まってくる。でもまだ隙間がある。全集やシリーズものを順に並べてみたり、著者別や出版社別に整理してみたりする。

 ・第三段階:本棚が普通に並べた本で埋まってしまう。なので、奥行きに余裕がある時は、普段読まない本を奥側に並べ、棚板上に二列に並べるようになる。また余裕が出来た。

 ・第四段階:その二列置きも段々限界に近づいてくる。先に完集していれば良いが、シリーズものの続刊などが綺麗に棚に入れるのが段々面倒臭くなる。前列の本を全部いっぺん取り出さなきゃならないし。

 ・第五段階:文庫を二列置きしていた棚板にまだ5センチほど余裕があることを発見する。際どいバランスではあるが、もう一列文庫を置いてみる。両端を側板を突っ張らせるくらいに詰め込むことで更に安定を図る。しかし、その結果、奥の本を取り出すことが困難になることは既に考慮の外。

 ・第六段階:本棚が詰まる。下手に触ると崩れるので遠目にみると、まだ本の上と棚板のあいだに隙間があることに気付く。横置きになり、背表紙は見えなくなるが、その隙間にも入るだけ本を詰め込むようになる。本棚の体積−棚板の体積=全て本。

 ・第七段階:本棚に本は入らない以上、仕方ないので本を床に置くようになる。

 ・第八段階:床に仮に置いていただけの本が、まず壁沿いに積み上がっていく。最初は背表紙を見えるように置いていたのが、崩れないようバランスだけを考えるようになる。

 ・第九段階:いつの間にか壁だけでなく本棚の前にも本が積み上げられていく。床面積における足の踏み場よりも本の占める面積の方が多いようにときどきふと思うが、きっと気のせいだ。

 ・第十段階:持っていた筈の本がすぐには見つからなくなる。また、その本を実際に探しだす行為のことを”発掘”と呼ぶようになる。購入した記憶のない本を思わぬところで発見し、時々自宅で血風を吹かせる。

 ・最終段階:生活最低限のスペース以外が全て本で埋まる。所有を確信している本を「探すのがめんどくさい」という理由で、わざわざ書店で購入し直す。下手に地震があると本で圧死することはすでに覚悟した。その前になんか部屋のかたち全体が歪んできているように思うが気のせい気のせい。

・こんなもんですかね。わたしの場合、残念ながら、幸いなことにまだ最終段階には至ってないです。


05/02/03
・年明けから何かとバタバタしてしまい、本業の多忙がピークに。折角年賀状と共に届いていた「古本市場の500円割引チケット」を使いそびれてしまう。先月購入した『ミステリーファンのための古書店ガイド』や『本棚探偵の冒険』によって、あれだけ古本の血があれだけ騒いだにもかかわらず、だ。 一時の寝ても覚めても古本のコトばかりという時代に比べると確実にその勢いは落ちた。……と書いて気付いたが、年明けには古本市に参戦したり、年末にはネット古書店で買い物したりしているので、決して機会が減った訳でもないのだが。でも確実に購入する量は減っている。一方で、新刊で購入する冊数は確実に増加し、読みたいと思った本はかなりの確率でレジに持っていっているようにも思う。ただ、新刊本の多くをそのまま所蔵するかというとそうとも限らないわけで。

・その理由は、結局、置き場所と読む時間の制約に起因するのかな、と。本来、常に数百冊の積ん読本を抱えている身としては、新しい古本(と書くとヘンだな)を買う財布の余裕はあっても、置くスペースの余裕がもうないのだ。買う量が読む量を超えているあいだ、それらは増殖する一方。読むまでは当然置いておくしかない。そういった本たちの悲鳴が部屋に充満している。もっとも、ホントに悲鳴が聞こえたら、それはそれで怖いことだが。

・明日にでも、この本の増殖について一考してみたい。