MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


05/03/10
太田忠司「狩野俊介の冒険」(徳間文庫'00)

太田忠司さんのシリーズ探偵の一人「狩野俊介」シリーズの四冊目にして初の短編集。元版は徳間ノベルズにて'93年に刊行されている。

厳格なことで知られる女学院の理事長。その娘の誕生会に届いた送り主不明の箱の中から硝子細工の鼠が届いた。鼠を毛嫌いしているという彼女は、ショックを受けそれっきり学校にも登校出来ないのだという。 『硝子の鼠』
憔悴した男性と散歩途中に出会った野上と俊介。編集者であるその男性は辺鄙な場所に住む作家から原稿を貰った後、終電が無くなり加古という町に住む人物宅に泊まることに。編集者が気付いた時は駅のベンチにいて、そんな町は無いといわれる。 『加古町の消失』
間違い電話で殺人犯と思われる男と話をしてしまったという女性。警察では相手にしてもらえず石神探偵事務所へ相談にやって来た。「雨が降ったら順延になるが、明日は上天気らしい」という犯人が残した言葉の意味は? 『雨天順延の殺人』
いつもは学校が終わるとすぐに帰宅していた俊介の帰りがここ数日遅いことを野上は気にする。しかも大したことはないが怪我もしているようだ。何をしていたのかという野上の問いに俊介は言葉を濁す。野上はやむを得ず、学校帰りの俊介を尾行することにした。 『俊介の道草』
知能を持って喋る車のなかで男が死んでいる? 帝国自動車製の最新鋭自動車のなかでの不思議な殺人事件を青年探偵となった狩野俊介が解き明かす。 『電脳車事件――番外編 青年探偵・狩野俊介の冒険――』 以上五編。

シンプルにして痛快。そしてミステリとしても奥深い。俊介シリーズの短編のキレが味わえる五作
先の長編の流れを終えたあとに発生した四つの事件(+一つ)。一編一編にそれぞれ異なった趣向が凝らされており、深い味わいがある
『硝子の鼠』では、厳格な父親のもとでの女子高生の悩みが浮き彫りにされ家族の問題へと回帰するし、『加古町の消失』では、奇妙な町に迷いこんでしまった男の話が描かれ、その大掛かりなアイデアの裏側にある真相はまた家族の問題へと繋がっている。『雨天順延の殺人』は、ケメルマンの『九マイルは遠すぎる』が意識されているのか、ほんの少し残された手掛かりから殺人事件を未然に防ごうという趣向。そして『俊介の道草』では、俊介らしい気遣いと優しさが滲み出る作品で、それがまた事件解決と結び付いているという作品で、優しい気持ちになれる作品。そして、江戸川乱歩の某作品の冒頭を思わせる『電脳車事件』では、パラレルワールド的設定のなかで、オトナとなった俊介が謎解きを行う――という、趣向が先行した作品で、これはこれで味わいがある。
どれも、中心に据えられたアイデアはシンプルであるものの、そのキレが短編らしくまとめられており後味が良い。本格ミステリの観点からは、大掛かりな演出のある『加古町の消失』がちょっと抜けている感。編集者が車掌から加古と聞いて駅を降り、更に加古町だと信じ込まされた場所は一体どこなのか。電車に乗っていれば、確かに判るあるニュアンスを巧みに活かし、その第三者の存在によってサプライズが大きくなるという作品で、裏側にある犯人の狙いも(ちょっと演出過剰のような気もするが)悪くない。これは印象に強く残る作品である。

シンプルにして読みやすく、それでいてミステリとしての感慨も深い。狩野俊介シリーズの入り口としてもクセがないので入りやすく、狩野俊介ワールドならではの優しい味わいもあるという。さりげないながらミステリ短編集としての必要要素を全て兼ね備えた面白さがある作品集。 オススメ。


05/03/09
芦辺 拓「殺人喜劇の13人」(講談社文庫'98)

'90年に第1回鮎川哲也賞を受賞した、本格ミステリ作家・芦辺拓の記念すべき初長編。(厳密にはデビュー作品ではない)。単行本で一度読んでいるが、文庫化された際に徹底的に手直しを行ったという話を聞いていたため、ずっと再読の必要を感じていたもの。

ミニコミ&実験的文芸雑誌「オンザロック」に集まったD大学生を中心とする十三人。コンパで泥酔する彼らのうちの多くは、「泥濘(ぬかるみ)荘」なる元病院の建物を借りて共同生活を送っていた。探偵小説作家志望の十沼京一もそのメンバーのひとりで、京一は堀場省子と交際していた。三々五々下宿に帰り着いた彼らだったが、その翌朝に下宿人の一人錆田敏郎が首を吊った死体となっているのを発見する。検死の結果、死亡したのは昨晩だと判明、動機ははっきりしなかったが自殺と判断された。しかし、十沼は死体の下に踏み台が無かったことに気付き、これは殺人ではないかと疑う。下宿人同士でアリバイを検討するがどうもハッキリしない。そのうえ、テレビのニュースでは宮崎に帰省するといっていたメンバーの一人・加宮朋正が寝台車中で刺殺されたという事件を報ずる。驚く間もなく下宿では、一人で籠もって映画を観ていたはずの瀬部が惨殺されており、その騒ぎのなか、自室内で小藤田が枕に仕込まれた針で毒殺されていた……。凄まじい勢いで発生する連続殺人事件。果たして事件の結末は?

これでもかという程に込められたトリックの華と、鏤められた八十年代の青春とが詰まりに詰まった濃密な一冊
正直なことを告白すると、初読の際にはやはり「読みづらい」という印象が強かった。文章自体のクセによるものというより、強烈にマニアックな探偵小説や映画に関する蘊蓄や、複雑なトリック、そして多すぎる人間とその関係性。これらが読者として消化しきれなかったことが主要因ではなかったかと分析する。ただ、余裕をもって再読できた今となっては、登場人物の多さと蘊蓄については当時の印象そのままながら、物語としての面白さの方に目を向けることができるようになった。多少読者を選ぶ傾向は残るものの、本格ミステリとして凄まじく力の入った作品である点を改めて実感
ベースとなるのは、生々しい学生生活の再現という点であろう。年代はわざとぼやかされているが、八十年代初期、恐らく作者の芦辺氏の青春時代。趣味の世界に生きる学生たちならではの生活感が滲み出る。将来に対する漠然とした不安の一方で、その日その日を無為に過ごす毎日もそう。また、三人配置されている女性に対する男たちの恋愛感情なども、各人各様に秘められたものがあり、かえって隠されているだけに実感が籠もる。こういったナマの学生生活という描写が、舞台のなかで実は大きな役割を果たしており、ミステリとしての成立にも一役買っている点は強調しておきたい。
そしてトリック小説としての側面も凄まじい。(あえて凄いとか素晴らしいとかではなく、凄まじいという形容詞がよく合う)。アリバイトリック、密室トリック、心理トリックといったありとあらゆるトリックについて考え込まれたオリジナリティが存在する。それだけでなく、かつ探偵役を入れ替え、関係者による事件の討論があり……といった点、事件が立て続けに発生するだけに頭のなかでの整理が大変だが、複雑に伏線が敷かれ、かつそれらが最後に繋がる快感もまた素晴らしい。なんというか作者の頭のなかでこれだけの内容が整理されているという点だけでも脅威である。人を殺しすぎているような気もするが、デビュー作だけにそれだけアイデアを詰め込んだという風に好意的に解釈したいところだ。
大人数が殺害されるという本格ミステリは他にもあるが、本書の評価が今一つのように思われるのは、この青春小説としての背景の宿命として、個性こそ設定されているものの所属が皆「学生」となってしまい、読者から見た時の登場人物の見分けに苦労が強いられるからではあるまいか。再読でもやはり冒頭の登場人物紹介にあたるコンパのシーンはかなりごちゃついているようにみえる。ただ、数あるトリックを活かしたうえで尚かつ、Who done it? までをも実現するためには仕方ないところか。いずれにせよ、凄まじい意欲によってミステリとしての数多くのポイントがあり、それを一長編にまとめこんだという点、内容の濃さに繋がっている。

結局のところ、真の意味での本格ミステリ愛好者によって支持されるべき作品なのだろう。普通の読者が時間つぶしに読むには、内容の凝り方が半端ではなく、受け付けられない可能性が高い。その一方では、ロジックとトリックの両方をこよなく愛する読者にとっては至高の作品だといえるはず。少なくとも最初期の鮎川哲也賞は、単なるミステリ作家への入り口ではなく、本格ミステリを指向する作家のための賞である点、改めて実感した。


05/03/08
太田忠司「さよならの殺人1980」(祥伝社文庫'05)

太田さんの作品にはどうやらシリーズ指向があるようで、その著作数の割に単発の、いわゆるノンシリーズ長編はかなり少ない。(話題作の『黄金蝶ひとり』、力作『月読』はそういったノンシリーズではあるが)。本書もそういう一冊で、元版は祥伝社ノン・ノベルにて'98年に刊行されている。(ただ、あとがきを読むにいずれ私小説的シリーズとして、結局シリーズ化されてしまう可能性も少々感じた)。

意に沿わず、初対面の人間が多い飲み会でミステリ作家の”僕”は、ふと周囲に「ジョン・レノンが死んだ日、何をしていましたか」という問いを発する。応えられる人間は少なかったが、飲み会終了後、参加者の一人・橘正美が僕に「さよならの殺人 1980」という原稿を手渡してた。「わたしはあの日、人を殺してしまったんです」と。
物語はN大の工学部で卒業研究に勤しむ三人の男女(浅上淳司、島本優美、矢部達郎)が主人公。彼らのうちのひとり、淳司は大学の手前の公園のなかに横たわる人物に気付く。行き会わせた優美と達郎とで警察に通報。どうやら顔を潰されたその死体は、大学で自治会長を務める森山という人物らしい。服の上に貼り付けられた「天誅」の文字。末永という女性刑事から聴取を受けていた優美はその森山らしき人物を、その日の朝の通学のバスの中から見かけたことを思い出す。しかし、死亡推定時刻とその目撃時間が噛み合わない。さらに、達郎は末永刑事に一目惚れをしてしまって、彼女のために頼まれもしない探偵活動を買って出る。

一九八〇年を舞台にしたミステリ。独特のノスタルジーと、本格ミステリとの融合――
作者自身の「あとがき」によれば、一九八〇年のN大という設定自体、作者自身の当時の生活とかなりの部分を重ねあわせて執筆されたものだという。ただ――正直な印象でいえば、風俗小説としてはあまり生々しさがない。あとがきや、更にはこの文庫版の解説において、ジョン・レノンの死だけでなく一九八〇年がどういう年だったのかという点について、その年の出来事について多くあとから追記されているものの、本書を理解するのにあまり必要があるとは思えないのだ。確かに、舞台が一九八〇年であることについての作者の思い入れもあるだろうし、それ自体から発するノスタルジーは作中作という構造で当時が強調されていることもあって、強く感じられる。だが、過去を舞台にするミステリ作品自体決して少なくなく、読者にとってはそれらと本作品は等位にある。理系の大学生の卒業間際が実験まみれの生活になるのは、恐らくは今でも同じではないだろうか。
なので、むしろ本作品は、本格ミステリとしての評価をすべきなのではないかと思われた。顔を潰された死体、死亡していた筈の時間に目撃された被害者、大学自治会の組織を巡るかのような連続殺人、アパートからの犯人消失といったあたり。事件に関してはある重要人物が伏せられていて、その補助線抜きにはちょっと解決が難しいように思われるが、それでも作中作の解決をきっちりひっくり返すエピローグによってスパイスがきっちり効いている。
特に、作中作と実際の一九九七年との繋がりにちょっとしたリドルストーリーを噛ませているところに、より印象が残った。(特に、学生が女性刑事に恋をしたため探偵活動をする、といったあたりは無理があるかな……と思っていたところだっただけに余計にエピローグが心に残る)。

恐らく、今の若い読者にとっては「一九八〇年」といわれてもピンと来ないと思われる。(実はわたしにしても小学生だったし)。なので、繰り返しになるがそういったこととは無関係に本格ミステリとして読まれることをお勧めしたい。ただ、作者が続編を考えているらしい”バブル期を舞台にした物語”については、時代を知るだけに興味がかなりある。


05/03/07
太田忠司「建売秘密基地 中島家」(幻冬舎文庫'01)

恐らくは『3LDK要塞 山崎家』の評判が上々だったということになるのか。一応は同じシリーズとして刊行された二冊目が本書。前作と同じく幻冬舎より、但し本書は文庫オリジナルとなる書き下ろし作品である。残念ながら、登場人物や世界観等は一切繋がっていない……のだが、やはりそれ以前の思想みたいな部分が前作に近いという印象がある。

自動車会社をリストラされ「ロマンのある仕事をする」と父親の八郎が旗揚げしたのは「何でも屋」。社宅を出て格安ながら新築一戸建てに越してきた中島家の家族は全てその何でも屋「NNS」の従業員ということになった。母親の千代子、祖母の彩女、妹の阿美、そして普通の小学生である龍彦も加えられる。八郎と龍彦は、仕事の依頼を受け、近所の人に「お城」と呼ばれている「伊呂波」家に向かう。雑木林を抜け山の上にある「伊呂波家」は、まさに山城。かつて八郎の同級生だった伊呂波善太は、今や麗容斎と名乗り、伊呂波家の当主に収まっていた。時代錯誤な家来衆によって麗容斎の前に引き出された彼らは、中島家の土地家屋と、伊呂波城とを交換するよう要求する。無礼な態度に拒否した二人は座敷牢に押し込められる。そこへ忍者が彼らを救うべく参上。或葉部党を名乗る忍者は、伊呂波家に仕える伊呂波忍軍と死闘を開始。更には八郎は八郎でなぜか変身を……。

愛すべき荒唐無稽。かつての映画やリアルのエンターテインメントのごちゃまぜ煮込み
『3LDK要塞』と題名にあった山崎家は決して要塞ではなかったのだが、本書登場の中島家はきっちり「秘密基地」であった。とまあ、そのひとことに象徴されるように、荒唐無稽な設定が随所に登場する(というか、荒唐無稽だけで成り立っている)ご家族エンターテインメント第二弾。残念ながら「山崎家」とは世界を異にするのだが、そうでなければまたこの世界は成り立たない。
はじまりは普通の一家の普通のお話であったのが、実は家族には秘密があって戦いに巻き込まれていく……という展開は「山崎家」と同じ。上記の梗概で示した通り、現代に蘇る忍者対忍者の戦いが基本になる。だが、志村けんのバカ殿を模したのであろう敵に対し、忍者率いる中島家には、時代を超越した科学者による超発明と、更には宇宙人が変身する無敵の超人がついてくる。(敵にも宇宙人が付くので勝負はどっこいどっこい)。基本的にはオリジナルであり、何らかの作品のパロディということはないが、作品の底に流れる精神は、七〇年代における各種の子供向けエンターテインメント番組そのもの。これらのむちゃくちゃな展開が笑えることももちろん、主人公である龍彦のクールで冷静な対処と感情が、展開の凄まじさを客観しさせて笑いを誘うのだ。敵の間抜けっぷり、科学的考証抜きの何でもありの武器等々、ちょっとタイムボカンシリーズを想起したが、恐らく読者の経験によって思い出される番組は異なりそうな印象。そしてそのいずれと重ね合わせても、本書の妙味を楽しめるはず。

ある意味では、かなりむちゃくちゃな作品ではあるのだが、ここまで突き抜けてしまうともう何もいうことはない。というか「もっとやって」とおねだりしたくなる。何も考えずに正面からエンターテインメントに徹した、そして恐らくは作者自身が書いていて一番楽しんでいるのではないかと推測される作品である。


05/03/06
大沢在昌(他)「小説 ルパン三世」(フタバノベルズ'05)

もちろん原作・モンキーパンチによる漫画、そしてアニメの方が高名である「ルパン三世」。この「ルパン三世」の世界を借りて五人の作家が発表したオリジナル作品集。(従って作者は本来連名)。「小説推理」誌の二〇〇四年九月号、二〇〇五年一月号の二回に分かれて発表された作品が収録されている。

軍事クーデターによって成立した独裁国家の国立博物館を狙って、ルパンと次元がその国を訪れた。だが博物館はハリケーン被害で状況が変化しており、泥棒は無理。しかし出国する前に捕まった二人は、その国で開催される拳銃大会に出場する羽目に陥って……。 大沢在昌『拳銃稼業もラクじゃない』
南米の小国にあるバンディッド・カフェ。伝説の大泥棒・ジャン・パタンがオーナーを務めるこのカフェでは年に一度、世界でも一流の泥棒たちに招待状が送られるのだが、金庫破りばかりが何年か続けて消えていた。そしてルパンもちょっと席を外したまま消えてしまう。 新野剛志『バンディッド・カフェ』
伝説の金庫職人『丸金の親方』はルパンによって自信作を破られた。その息子・錠太郎はその恨みからルパンに挑戦し、あと一歩で勝利するところまで追い詰めたという経歴の持ち主。彼のもとにルパンが現れ、成金の葛城からの依頼を受けるな、という。絵画コレクタの葛城はルパンの犯行予告状を受け取っていた。 光原百合『1−1=1』
傭兵部隊と組んで、政治家宅からダイヤモンドを盗み出したルパン。だがヘリコプターのなかでそのうち一人が裏切って脱出。ルパンも後を追うが、ルパンの裏切りを疑う傭兵たちもまた彼を追う。彼らは山中の深い森のなかにて、口封じに来た人々とのあいだで死闘を繰り広げる。 樋口明雄『深き森は死の香り』
平泉中尊寺の金色堂の柱に、不二子からルパンに対して助けを求めるメッセージが。しかし、その傷を調べると八百年前のものであることが判明した。不二子はその近辺にあるお宝伝説を調べに行ったまま行方不明。不二子を捜索するルパンたちの前で巫女が怪しい行動を……。 森詠『平泉黄金を探せ』 以上五編。

あの「ルパン三世」が、全く違和感なく活字の世界へ。五人の作家の五つのルパンワールド
表紙絵はもちろんモンキー・パンチ氏が自ら手がけているものの、ライトノベルではないので作中にイラストなどなく、活字のみ。だが、それでもあの慣れ親しんだルパンが次元が五右ェ門が不二子が、銭形警部が縦横無尽に作品世界で暴れ回るという点に関しては、あのアニメーションのキャラクタが瞼に浮かぶかのごとく。それだけルパンに関するすり込みは頭のなかにきっちり成されてしまっているのか<自分。ただ、恐らくは普通の日本人であれば、本書における「ルパン三世」の世界は頭のなかできっちり再現されることだろう。
五つの作品のうち、原作を活かし方とオリジナリティが両立した『1−1=1』の印象が強い。特に他の四作ではルパンの側から物語をつくっているのに対し、本作のみ別の競争者たる登場人物によって彼らを外側から描いている。ルパンたちの性格と、設定、更に物語におけるユーモアに至るまで綺麗にまとめて「ルパン三世らしい、いい話」とまとめている。そういう意味では作者の光原さんらしさも同時に感じさせてくれる。
また、ストレートにルパンの躍動感を打ち出した大沢在昌氏、”ルパンの対峙する敵”としての相手をそれらしく作りだした(何というかその荒唐無稽さを含め)新野剛志氏、自らの特異な冒険小説の舞台のなかで、きっちりルパン・ストーリーらしい”渋み””甘み”を両立させている樋口明雄氏、そしてタイムスリップという荒唐無稽を舞台の方に持ち込んで、それでなおかつルパンらしさを留める森詠氏。それぞれが自らの引き出しから悠々とルパンを取りだし、かつそして各作家固有のファンも絶対に満足させてくれる作品を創り上げている

その原作たる「ルパン三世」がそうだったように、冒険小説、エンターテインメント系の作品のファンであれば、ルパン無関係に面白く読めると思われる。もちろん「ルパンの小説か……」と買おうかどうかちょっとためらわれている方であれば、買うだけの価値あり。


05/03/05
吉村達也「哀しき檸檬色の密室」(角川文庫'96)

なんとなく吉村達也の昔のミステリが読みたくなって。手が届くところにあった本書を再読してみた。『三色の悲劇』と名付けられたシリーズのうち一作で、警視庁捜査一課の美人刑事・烏丸ひろみが登場する。元は実業之日本社JOY NOVELSより刊行されており、当時の題名は『檸檬色の悲劇』である。本書は解決部分に黄色い紙を使用するという檸檬色に合わせた趣向となっており、これは他の『薔薇色』『瑠璃色』も同じ。

星川工作機という工作機械メーカーに部長職として勤務していた小松崎は荒れていた。部下のOLだった幸田美代子が退社する際に、これまで小松崎から受けたセクハラの数々を役員に暴露したからだ。しかし、ことはそれだけでは済まなかった。彼女は退社後に弁護士と相談し、実名で記者会見まで開いてしまったのだ。会社は立場上、小松崎を庇うがセクハラは事実でもあり、小松崎の立場は絶望的となった。しかし、退職後消息を絶っていた幸田美代子が自室のマンション内部で殺害された。後頭部を自作のブロンズ像で殴られたうえ、包丁で喉を切られたのだ。鮮血で真っ赤に染まった室内に転がされていたのは百個のレモン。しかも現場は内側から完全にロックされていた。部屋の窓ガラスが大きく割られていたが、そこから犯人の侵入は可能でも、状況からそこから出ていったとは思われない。果たして、この密室の謎は。そして、関係者のうちにいる犯人は誰なのか?

泥臭い人間関係を描くと抜群に上手い。密室もなかなか。なのにどこかバランスが……
月並みな表現になるが、生々しいセクハラの実態……というか、そのセクハラが公表された後の本人の開き直りと絶望、そして会社の対応が面白い。特に会社及び家庭における小松崎の”嫌な奴”ぶりに関しては抜群の表現力をもって描かれており、すんなりと舞台に入り込まされる。また、被害者・幸田美代子の弁護を行う”セクハラの闘士”としての女性弁護士についても、非常に滑稽に(本人は大真面目に)描き出しており、こちらについても「ああ、いるよな、こんな奴」といった表現が巧みである。他にも家庭で頭が上がらない男、会社の役員等々、ひとりひとりの人間造形がそれほど特別ではないながら、鋭い観察によって”立って”いる。このあたりは、吉村作品が持つ読みやすさに繋がる特徴の一つでもある。
一方、現場の不可解な状況が醸し出すミステリとしての味わいも、少なくとも本作はかなり強い。なぜ現場が密室なのか、その密室に穿たれた通り道の意味……といったあたりの合理性も高い。ロジックとしては高く、本格ミステリの一トリックのバリエーションを上手く活かしている印象
加えて、犯人は意外すぎる程に意外。……というか意外すぎ。また、個々のエピソードが抜群なのに個々人に犯罪動機を付加しようとするあまりか、なんか全体としてのまとまりを欠いてしまっているようにみえる点、少々残念。本作のシリーズとしてのテーマに引きずられるようにした、一部の謎の人物の謎の行動の意味にしても、かなり不自然であり(例えば書店に半切りレモンを残す人物、といったところ)、浮き上がってしまっているようにみえる。

……とはいっても”本格ミステリ風”の作品にして、これだけ入り口が入りやすいというのはやはり吉村ミステリの美点といえるだろう。シリーズの途中の作品ながら、再読であってもそれなりに楽しめるところが売れっ子作家らしい。(ただ、初読の時の犯人をすっかり忘れていたという小生にも問題はあるのだが)。


05/03/04
津原泰水「赤い竪琴」(集英社'05)

特に最近、津原泰水は著書を発表するたびに新しい境地を拓き、またその新たな分野でも高い完成度を誇ったテキストを読者に提供してくれている。本書は、初の一般向け長編恋愛小説。2003年から'04年にかけて「小説すばる」誌に掲載された作品が加筆修正された長編。

昭和十年代に知る人ぞ知る存在として活躍した詩人にして船乗り・寒川玄児。グラフィック・デザイナーの入栄暁子は、祖母の遺品のなかにその玄児の日記があることを知る。彼女はインターネットで検索し、遺族を捜して東北沢にある欧州料理の店に赴く。暁子はそこで、楽器の調律を仕事にしている寒川耿介という青年に出会った。彼の仕事場に連れてゆかれた暁子は、赤い竪琴を彼から受け取った。ただその場で知り合った誰もが、耿介に興味を持つのは止めるよう忠告をする。そんなある日、暁子はちょっとした事故で自宅のベランダに閉め出されてしまった。周囲の住人は在宅しておらず、大声で助けを求める彼女を救ったのが通りがかった耿介であった。互いに秘密を抱えたまま、二人は不思議な関係を続けてゆく。

さりげなくも種々の技巧が凝らされた、一筋縄ではいかない――そして、至高の恋愛小説……
超絶な奇想の溢れたホラー作品や、深い遠慮のある計算しつくされた幻想小説の書き手として認識されているせいか、津原泰水のこの作品、”純粋な恋愛小説であること”そのこと自体に対しての驚きが、一般的に読者にあるようだ。ただ、マジメに一個の小説として本書をみた場合、女性の一人称で描かれるこの恋愛譚は一筋縄では捉えられない構想のもとに成り立っていることが判る。作者が男性であることを意識させない台詞や行動、一人として無駄がなくそれぞれ固有の役割が与えられた脇役たち、恋人である耿介の性格と宿命、過去と現在の二重写し。もちろん冒頭に記された日記に至るまで全てが津原泰水の設計図のなかにあるもので、読み飛ばしを許されない緊張感と緻密さがページの隅々にまで行き渡っている。
これまでも認識されてきた通り、津原泰水の文章は計算されておりまことに美しい。本書もその点は同様で、まず文章を堪能するだけで払った本代の元は取れる。だが、主人公と耿介の恋愛と、かつての詩人とその恋人の恋愛との共鳴であるとか、この恋人の行動の一つ一つであるとか、これらが全て成り行きではなく、微妙な計算の上に成り立っているという構成が素晴らしい。こういった配慮に気付けば気付く程、この作品に込められた作者の魂を感じさせられることになる。また、どことなく遠慮がちで、でもだんだんと熱の籠もってくるこの恋愛も特徴的である。語弊を恐れずいえば、女性の気持ちを想像して津原氏がこの物語を書いたのではなく、この主人公、実は構想の最初は男性だったのではないか? とか想像してしまった。性交のない耽美小説における男性同士の愛に物語から受ける印象が近しいように少し思われたからだ。その男性を女性に置き換え、細やかな修正をして、より一般的な恋愛エンターテインメントへと変貌させたのではないかという想像も成り立つ。生活感を拒絶する純粋な愛情だけの駆け引き……。そういった耽美系統の小説については、”津原泰水”にはとにかく”津原やすみ”には確か実績があったはず……ではなかったか。

まあ、それもちょっと穿ちすぎている気もするし、ちょっと特殊な境遇にある男女の哀しく美しい恋愛小説として素直に読むのが普通だろう。単に「津原泰水作品」ということで「何があってもおかしくない」と構えてしまうこちらがひねくれているだけのことかもしれない。装幀も美しく、印象に深く残る作品。


05/03/03
山田風太郎「道化の方舟」(東都書房'63)

今でこそ再評価が進んだ結果、光文社文庫の全集をはじめとして山田風太郎のテキストの入手はそれほどには困難ではないが、過去の一時期、山田風太郎の現代推理小説が極めて入手困難な時代があった。本書は数少ない風太郎推理小説集として刊行されており、一時期は非常に高値がついた作品集。本書をわたしが手にするまでにこの本の辿ってきた軌跡も面白いのだが、それは別の話。

生命保険の勧誘のために古ぼけたアパートに行った男。そこにいた女性がかつて赤線でなけなしの給料を持ち逃げした女性だと気づき、彼女から現金を脅し取り、身体で利子を取り立てようと計画するのだが……。 『とんずら』
社員の給料を銀行に取りに行ったまま行方不明と、妻の会社から知らされた男。そのまま妻は失踪してしまう。男は別の若い恋人と出会い、結婚することになるのだが、彼女といい雰囲気になるたびに妻と思われる死体が発見され確認に出向くことになる。 『鬼さんこちら』<br> 小説で極悪人を描こうとするがアイデアの出ない男。犯罪者の周囲にいる人間にインタビューすることを思いつくのだが、どうやらその悪人たちが実は非常なる善人だったことが判明して……。 『極悪人』
学生時代の友人でもある医者に診断してもらった男は淋病と診断された。彼のなかで少しずつ殺意が膨れあがってゆくのだが、その真の理由とは。 『八番目の動機』
役員の娘と結婚するために、今まで自分を養ってくれた年上の水商売の女を殺害しようとする男。ガスのない田舎町に女を連れだし、睡眠薬を飲ませてゴム風船に入ったガスで中毒死させるのだが……。 『飛ばない風船』
バーでの馬鹿話。女性が裸で銀座を歩き通したら百万円、男性が自分自身の一物を出したまま歩き通したら十万円。そんな話をした直後、銀座にて股間に不審なブツをぶら下げた男が警察の職務質問に合った……。 『露出狂奇譚』
バーにいる女性が失踪。彼女に惚れていたH君はそのきっかけとなった暴行事件の場所を彼女の残した手紙から推理、その道筋にある九軒の家の誰かが彼女を襲ったのだとあたりを付ける。しかもH君はその男の家族を見境無く襲うという決意を固めてしまう。 『痴漢H君の話』
取引先の人間に妻を陵辱された工場主は、愛する妻のために相手の男を告訴。新聞沙汰に発展し徹底的に相手を非難した結果、衆目も彼らに味方して相手の家族は崩壊に至った。平凡な生活に戻ったはずが、再び妻が別の少年たちに襲われる。 『わが愛しの妻よ』 以上八編。

そのナンセンスな設定によって誇張される強烈なブラックな視点。風太郎の凄まじい人間観察の妙技が味わえる
小生が手に取るまで勘違いしていたのだが『道化の方舟』というのは、収録作品の題名の一つではなく、この作品集に別途名付けられた単語であった。つまり、風太郎はこのナンセンス系、奇妙な味の推理小説を集めるにあたってわざわざと「道化の方舟」と名付けたわけだ。後年の日下三蔵氏の編集になる本によってまとめて作品を読むという楽しみもちろん良いが、こういった作者のセレクトの妙味を楽しめる点は、この時代の作品集を探し出すポイントの一つ。(ただ、この作品集を実際に著者が作品セレクトを行ったのかは分からないんだけど)。
テキストとしては全部後年の作品集で読めるものばかり。実際、作品のうち幾つかは既読であったが、それでも独特の皮肉の効いたトボけた風太郎風の味わいがある。物語の語り口や展開も各作品ごとに異なっており、倒叙風の『飛ばない風船』のトリックがちょっとありきたりなくらいで、他の作品については、銀座を露出狂が歩き通すには? とか、恋人といい雰囲気になると元妻の遺体が発見されるとか、次々と女性を襲う男が出会う女性たちの奇妙な反応だとか、極悪人だと思ってみればみんな揃って善人だったとか、シチュエーションにしてから実に独創的で巧みなユーモアに満ちている。もちろん、シチュエーションだけで面白がらせるのではなく、意外な(本当に意外な)ところにツボが隠されており、どの作品も読み終わった後にしばし呆然といった気分にさせられる。浮かび上がるのは、人間観察を突き詰めた結果認められる、日本人の本質といったようなものか。こういう強烈な考察が、時々ではなくほぼ作品全てに存在するのが風太郎の偉大さの一つであろう。
また、犯罪者も一面的に悪人として描かれておらず、それ相応の理由があったりするのだが、それ自体(実際は凶悪犯罪を犯していても)単純に悪人ではないあたりが深い。周囲の影響や、ある事象に対する視点をちょっとずらすだけで、これだけ豊穣な物語となるあたり、やはり山田風太郎は天才である。

本書を探し出してわざわざ読む必要はないだろうが、風太郎作品に外れなし。本格ミステリとしては異端ながら、奇妙な味の作品集としては極上の物語群。どんな作品を手にとっても山田風太郎からは凄さを実感させられてしまう。ああ、楽しかった。


05/03/02
太田忠司「刑事失格」(講談社文庫'96)

太田忠司作品にはシリーズが多いが、そのなかでもちょっと異色なのが本書から始まる「阿南シリーズ」。この作品から漂う香りは、確かに他の作品とは異なっており、ハードボイルドとして評価すべき内容となっている。'92年に講談社ノベルスより刊行されたものが初刊。

鶯橋派出所に勤務する一巡査である阿南。彼はエンジニアになるつもりで就職活動をしていた大学生だが、友人が不慮の死を遂げたことをきっかけに警察官になったという過去を持っていた。その潔癖な正義感ゆえに、かつて結婚の約束をしていた恋人を喪っており、それが彼の孤独感を強めている。その阿南が、同じ派出所に勤務する坂崎巡査と警邏中、頭に傷を負って死亡している男性を発見した。死体の手には動物のものと思われる噛み傷があり、事件に阿南も坂崎も興奮を抑えられないが、派出所に戻ると普段の仕事が待っていた。駅前の自転車置き場にたむろする少年たち、迷子犬の捜索……。派出所の主任も、坂崎も何か事件以降は歯にものが挟まったような言葉を口にし、阿南は犬捜しをする少女の宅で現場を検分するうちに、その奥方にかつての恋人の姿を重ね合わせる。現場で目撃される白いBMWに乗った若い女は誰か。小さな謎が積み重なってシメされていく疑惑に対して阿南は……。

主人公の不器用さがもどかしく、その不器用さが物語を深めてゆく。やはりハードボイルドとして評価したい一冊
主人公の阿南というキャラクタが非常に特徴的に描かれる。要は自分自身を含めて間違いは許せない――というタイプ。その結果、人間関係はぎすぎすし、愚直に生きようとする本人は苦しむ。しかし自分自身で決めたモラルを守って生きる。彼がエンジニアになる筈だった将来を抛って選んだ職業、それが警官。他人に対しても規範を要求する立場に立つことによって、余計に阿南自身は、心に葛藤を抱え込むことになる――というのがメインのテーマといって差し支えないだろう。
ストイックではあるが、どちらかといえば格好良くない。洒落たワイズクラックは無くとも、阿南の生き方はハードボイルドそのものなのだ。 だが、彼が探偵役を務めるものの、イコールでヒーローを意味するものでもない。事件に深く関わりを持ちすぎ、巻き込まれていく様は決して格好良いものではなく、その設定された性格や抱え込んでいる性情ゆえに物語が進んでいく印象がある。もちろんミステリであり、謎があり、幾つかの伏線や手掛かりによってその謎が解かれていく。手掛かりの多くは繋がり、複雑な事件を形作るピースとなっており、本格ミステリの手法をも取り入れられている。このあたりについては、解説でも触れられているが、太田忠司が信奉する作家の一人、ロスマクの影響も深く感じさせられる。(最終的に、重要な人物がぎりぎりまで登場しないので、このあたりについては完全な本格ミステリとも言い切れない印象もあるが)。
ただ、いずれにせよ、物語の中心にいるのはあくまで「阿南」なのだ。 事件が起き、謎がある。だが、ミステリにおける謎ですら、阿南という人間の人生についての考察に埋もれてしまっているようにみえる。単なる形式としてのハードボイルドではなく、ハードボイルドという形式が求めるところを突き詰めたような作品である。むろん、作品の印象度の深さはこの結果深いものとなっている。

スッキリした謎解き、読みやすい文体など、太田忠司作品であることは間違いないが、他のシリーズに比べると明らかに印象が異なる。物語と謎のうち、物語にかけられたワークの比率が大きいからか。決して後味の良い作品ではないながら、太田忠司作品のなかでも、読み逃しが許されない、ポイントとなる作品の一つだといえそうだ。


05/03/01
井上ほのか「アイドルは名探偵」(講談社X文庫'88)

これまで縁がなくて今回が初読だが、ティーンズ文庫出身の井上ほのかは、本格ミステリマニアのあいだで高い評価を誇っている。(『本格ミステリ・クロニクル300』においても作品が取り上げられている)。本書はそのデビュー作にあたり、どうやら妹との合作だといわれる。

”わたし”は、十四歳のアイドル歌手・八手真名子。ちょっと我が儘で生意気だとかいわれるけれど、仕事は楽しい。今度、業界の大物九条監督が撮影する映画『帝王の館』で、何番目かの役がついて出演することが決まっていた。だが、その映画の主役を演ずる予定だった大物俳優・高瀬功三が、スタジオに向かう中の交通事故で急死してしまう。映画の撮影の中止も検討されたが、代役を若手俳優からオーディションすることによって継続することになった。しかし、映画の関係者に対して、差出人不明の脅迫状が送られてくる。真名子のもとにも届いたというがそれはマネージャーが握りつぶしてしまった。抜擢されたのはカゲのある暗い魅力を持つ水鬼昭彦、スマートな都会派俳優・竹崎榮介、そして高瀬功三の御曹司で実力では劣るものの容貌は整った高瀬雪人の三人。しかしCM撮影で一緒になった男性歌手のタマゴ・藤原克樹と共に映画撮影現場を訪れた真名子の前で、急に作動したスプリンクラーで現場が混乱、水鬼昭彦の背中にナイフが突き立てられて死亡しているのが発見される……。

ちょっと語り口が(私にゃ)苦手だが、その本質となるロジックはなかなか渋い軽妙なパズラー
我が儘と自己中心を絵に描いたような、ティーン歌手の一人称視点で物語が描かれ、軽めの語り口と改行の多い文章は、人によっては親しみやすいかもしれないながら、わたしには合わない……ので、普通ならば出会うことのない作品ではあるのだが、これだけ高い評価を得ているのであれば、と読んでみた。
成る程。本作はまだミステリの度合いは軽めながら、軽妙なパズラーとして評価できる内容となっている。連続殺人事件自体がちょっととってつけた感があるものの、個々にテレビスタジオならではのトリックが仕掛けられている点や、ミスリーディングを誘う犯人候補については、ちょっと甘さ(これは作者の自覚というよりも、この設定での物語における限界)があるものの、最後に明らかにされる動機の意外性が上手い。主役争いでの殺人事件というかたちでは、いくらなんでも……と思わされていたのが、このかたちなら納得させられる。登場人物の誰ひとりにも共感を覚えない(わたしという読者のん年齢と趣味が大きい)ながら、パズラーとして優れている点は確かに多くの人の評価を得ていることに首肯できるものがある。

聞くところによれば、本シリーズも、後の作品になればなるほどミステリとしての度合いが上がるといわれており、本作での評価は早計かとも思うが、それでも核となるロジックに煌めきがあることは分かる。次は、著者の別シリーズ「少年探偵セディ・エロル」シリーズにも手を出してみたい。