MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


05/03/31
草野唯雄「爆殺予告」(角川文庫'87)

元版は廣済堂ブルーブックスにて'77年に刊行されている。草野唯雄のノンシリーズ長編作品。

オリエント万年筆社長・大江徳治の一人息子で幼稚園児・守が誘拐された。要求された身代金は一億円。警察に知らせれば殺すという脅迫者に対し、先代社長の娘で実質上大江家を支配する妻の大江春枝は金を値切ろうとするが、犯人に撥ねつけられる。犯人は、脅迫に応じない場合、子供を監禁場所で爆殺すると宣言。その証拠が大江家の庭に残されている。あるルートから誘拐事件発生を知った警察が調べた結果、時限爆弾は最近首都圏にて連続して発生している爆発魔作成のものと同じであることが判明した。警察は引き続き、大江家に対して怨恨を持っている人間を密かに探るが、現社長に隠し子がいたり、腹心の常務にも社長を恨む理由があったりと、さまざまな事象が判明するものの確証がない。身代金を用意した大江家は、犯人の指示通り、イベントで信者の沸き立つ世田谷の浄真寺に向かう。犯人の不意の指示によって身代金を奪われるが、逃走する車が交通事故を起こし、犯人は「うぐいすだに……」と言い残して死亡。守の監禁場所の手掛かりがないままに、時限爆弾の爆発の時は迫る……。

複数の凝ったプロットによって隙間の意外性が醸し出される。誘拐ミステリ+サスペンスの傑作
筋書きだけを辿ると、誘拐事件があり身代金受け渡しがあって、ところが犯人が途中で死亡してしまうために、誘拐された子供が時限爆弾で殺害される可能性が残ったまま、犯人のアジトを求めて捜査関係者が奔走する……という物語。これだけ描くと犯人途中死亡というアクシデントだけに頼った、ちょっとした誘拐サスペンスのように思われそうだが、これを複数プロットによって描き出すことによって特異な本格ミステリとして成立しているのが特徴。
犯人は、読者に対してまず明らかにされている。ちょっとした影を背負った爆弾魔。彼が共犯者の女性を使って誘拐を行うのだが、彼は彼で謎の脅迫者に弱みを握られ、脅されて誘拐を実行しているという展開が少々変わっている。彼が途中で死亡し、共犯女性もその計画の全てを知らないという点から、サスペンスが強烈に機能するようになる。単に監禁されているだけなら、捜査にももう少し余裕ができていただろうが、時限爆弾が仕掛けられているために、タイムリミットが存在するからだ。従って、前半部は誘拐ミステリとしての面白さが、後半は場所探しサスペンスが物語の中心を為す。そのいずれも一筋縄でいかない。
一方、真相は単に「見いつけた!」で終わらないところが本書のポイント。中盤、関係者の周辺を警察が洗い出す場面があり、当初はちょっと冗長に思われたその部分ですら、真の黒幕の存在が明らかになるラストに至ると意味を持ってくる。ちょっとした関係者の行動、発言にも深い意味があり、二重構造の外側が明らかになるまで読者の興味は止まらない。このあたりのリーダビリティというか、展開の妙味はさすが草野唯雄といった印象がある。

草野唯雄の作品は多岐に渡るがこういったサスペンスと本格ミステリの興味を絡めるところが最大の魅力だと思われる。この作品もプロットを幾つも重ね合わせ、その隙間に巧妙に真実を潜らせることによってその草野作品らしい魅力が醸し出されている。


05/03/30
内田康夫「シーラカンス殺人事件」(講談社文庫'86)

内田康夫の初期長編の一つで'83年に講談社ノベルスから書き下ろし刊行された作品が元版。探偵役は浅見光彦ではなく、初期作品に登場した岡部警部が務めている。

生きたままのシーラカンスを捕獲しようと学術調査隊が結成され、学芸員やカメラマンらがアフリカのコモロ・イスラム共和国へと乗り込んだ。現地人の漁師によって捕獲が目論まれたが成果がないまま、探索期限の十二月三十一日を迎えようとしていた。志願して調査隊入りした大東新聞社の学芸員・一条秀夫はその日、一足先にローマに旅立った。だが、妹の万里子にその連絡をしてきた後に消息を絶ってしまう。万里子を慰めるのは、彼女に好意を寄せている同じ大東新聞の記者・恵木。しかも、シーラカンス捕獲のニュースが別の中央新聞によってスクープされた。契約期間切れとはいえ、調査隊への資金援助までしてきた大東新聞の面子は丸つぶれである。しかし、一条の行方は杳として知れない。そんななか、調査隊の一人、平野が勤務先の水族館の大水槽のなかから死体となって発見された。果たして一条による復讐なのか。現場に残された凶器に一条の指紋が残されていたことから、彼は犯人と断定され警察は捜索を開始した。しかし、万里子をはじめとする一条を知る周囲の人間には、彼の犯罪だとは信じられない……。

シーラカンスという大時代な事柄が目立つが、中身は地道なトリックの組み合わされた本格ミステリ
本書が執筆された当時がちょうど、日本学術調査隊によってシーラカンス捕獲が新聞紙面を賑わしていたころなのだという。今となってはニュースバリューは低下してしまっている点は否めないが、少なくとも”生きた化石”であるシーラカンスという古代魚が一時期、非常な興味をもって世間に迎えられていたことは記憶にある(というほどしっかり覚えている訳ではないけれど)。
ただ、本書はシーラカンスでなければこの作品が書けなかったというタイプの作品ではない。功利の絡むプロジェクトに対して裏側の事情と、その失敗の責任を取らされる立場の人間たちのあいだで発生する葛藤とが物語のベースとなる。その真相自体は大方の読者にとって、その利害関係を考えた時に浮かび上がるもので意外性は少ないが、その解決に至るまでの細かなトリックが、むしろ近年の内田作品からすれば意外な程に細かく手順が積み上げられている点に驚かされる作品である。
特に注目すべきは、当初の捜査が全く読者に対してもミスリーディングの役割を果たしてしまい、完全犯罪を補強する展開となっているのに対し、岡部警部登場後の解決に至る過程であろう。方や水族館の大水槽のなか、そして次の殺人事件の被害者は、シーラカンス展示場にて冷凍状態にて発見されるという劇場型犯罪である点。これらが醸し出すイメージの裏側にあるものを丹念に探り当ててゆく過程であるとか、その手掛かりの使われ方であるとか、プロットが実に巧みに組まれている点はその読みやすさから忘れられがちではあるが、本格ミステリとしての手順をきっちり踏んだものなのである。

その題名や内田康夫という作家のイメージから、今の本格ミステリ読者はなかなか手を伸ばさない作品のように思われるが、大傑作とはいえないまでも、きっちり本格ミステリとして成立している佳作だと感じられた。


05/03/29
大石 圭「呪怨」(角川ホラー文庫'03)

清水崇監督による、心霊実話テイストのオリジナルホラー・ビデオ『呪怨』『呪怨2』。映画化され更にハリウッド版までが作られるという『リング』以来の日本を震源とするホラームーブメントとなった。本書はそれらを全部まとめてノベライズした作品。

友人ができず、誰からも必要とされないまま育った川又伽椰子。大学に入学し、生まれて初めてクラスメイトの小林俊介という同級生を好きになった。伽椰子はもちろん告白など出来ず、遠くから小林の姿を見つめるのみ――だったが、その行動はいつしかストーカーめいたものに変わっていた。自分の行動を逐一茶色い表紙のスクラップブックに記入する伽椰子。しかし俊介は別の同級生・緑川真奈美と交際を始めてしまう。そんな時、伽椰子の愛犬だった『クロ』が死に、続いて両親が海外で事故で死亡。一人取り残された伽椰子のもとに現れたのは6歳年上のイラストレーター・佐伯剛雄。彼は彼女のことが欲しいといった。二人は結婚し、男の子が生まれた。伽椰子は俊雄と息子を名付け、それなりに幸福な暮らしを送っていた――。結婚後六年、二人目を求める剛雄が乏精子症と診断された。彼は伽椰子の浮気を疑い、更に彼女のスクラップブックを発見したことで息子の俊雄も自分の子供ではないと思い込み、逆上する……。

ノベライズされているからこそ筋が通っているのだが。映像で切り取られて見せられるのは辛そう……
本書を読了した後に、映画の方(多分、今後も観ることはないと思う)のサイトを巡ってみて、原作ビデオと本書との構成の違いについておおよそ理解した。本書はその原因となった出来事が冒頭に描かれ、そこから時系列を辿って発生した出来事が描かれているが、どうやら原作の方ではそういった”原因説明”抜きに怪異が先に立っているようだ。インパクトという意味ではこれでいいのだろうが。
さて、本書の場合は冒頭にて伽椰子がなぜ恐怖をもたらす存在になったかというエピソードが描かれる。この部分が醸し出すのはどちらかといえば、DVであり、サイコスリラーとしての恐怖感。偏執的な性格を持った夫と、その夫の誤解を招いてしまい虐げられる妻と子供。確かに伽椰子の学生時代のエピソードは、それはそれでストーカーとしての気持ち悪さはあるものの、ホラー小説になるタイプのものではない。むしろ、サイコサスペンスとしてなら夫の凶暴性の方が強烈だといえるだろう。難しいな、と感じたのが、その伽椰子が世の中全てをそれで憎むようになるもんかいな? という疑問をちょこっと感じさせるところか。この恨みは係累に至るものとはいえ、家に寄りつく者全てに対する恨みと若干ベクトルが違うんじゃないの? と感じた。まあ、理不尽な存在だからこそ恐怖を掻き立てるのであるのであまりこの点を論じても始まらないが。
その後の展開は周知の通り――ということもないか。家に寄りつく者全てに対して伽椰子は絶対的な恐怖をもって、彼らを支配下に置く。基本的には残酷に殺してしまうわけだが、本ノベライズの場合、なぜこういった理不尽な目にあうのか読者は分かっているのでどこかお化け屋敷の怖さに近いものがある。「来るぞ来るぞ、来た〜!」という怖さの感覚。 ある意味分かりやすい。なので、一般向けとしてはこれで良いにしても、本格的なホラー小説ファンを原作抜きで、本書のみで納得させるタイプの作品ではないようにも感じられる。とはいえ、原作が良くできているのか、ノベライズが上手いのか、小説としての起承転結がしっかりしているので、ホラー小説としての一定レベルの面白さはある。

どうなのだろう、原作を観てから本書を読む人が多いのか、本書を読んで原作ビデオを観る人が多いのか。(わたしのように本書だけを読んで何となく分かった気になってしまう人が多いのか?) メディアミックスとしては、一連の出来事の理由と結末が分かりやすく表現されている点、一種の解説書としてもむしろこうあるべきなのかもしれない。


05/03/28
東雅夫(編)「闇夜に怪を語れば 百物語ホラー傑作選」(角川ホラー文庫'05)

アンソロジスト・文芸評論家の東雅夫氏による「百物語」をテーマにした古今の恐怖小説・ホラー小説を集めたアンソロジー。本文庫のオリジナル。

「百物語」。いわゆる古来から伝わる怪談会、ないしは呪法。集められた人々によって不思議な話、怖い話を百話連ねることによってその場に怪異を召還するという。その流儀にはいろいろあり、深夜に真っ暗のなかに蝋燭だけを灯し、一話話を終えるとその蝋燭を一本ずつ吹き消してゆくものであるとか、別室にて何か儀式をするものだとかあるようだ。怪異が訪れないように九十九で話を止めるというものもある。怪談アンソロジーということになれば、この「百物語」にて語られる話という風に捉えられそうだが、本書の場合、「百物語」という存在やその周辺にスポットを当てた物語が集められている。(下記した題名に『怪談』『百物語』という題名が多いのも特徴だろう。同一題名の作品がこれだけ一冊の本に集まるのも珍しい)。

新説「百物語」談義 京極夏彦&東雅夫 『蜘蛛』遠藤周作 『暴風雨(あらし)の夜』小酒井不木 『露荻』泉鏡花 『怪談会』水野葉舟 『怪談』畑耕一 『怪談』福澤徹三 『怪談』杉浦日向子 『百物語』仙波龍英 『百物語』森鴎外 『森鴎外の『百物語』』森銑三 『百物語』岡本綺堂 『百物語』都筑道夫 『百物語』高橋克彦 『百物語』阿刀田嵩 『百物語』花田清輝 『百物語異聞』倉阪鬼一郎 『岡山は毎晩が百物語』岩井志麻子 『贈り物』若竹七海 『鏡』村上春樹 「百物語という呪い」東雅夫 

怪談そのものではなく「怪談の場」が醸し出す恐怖。入れ子の外側にも存在する怖さ
日本において百物語は文化のひとつといえるわけで、こういった風習自体が興味深い存在である。その百物語について、近代文学である鴎外や鏡花の作品から、現代ミステリに至るまで横断的に取り上げてまとめられたという点で、見方によっては学術的にも興味深い資料と将来なり得る作品集となっている。
また、このようなかたちでまとめられていることによって既に各作家の短編集やほかの恐怖アンソロジーに収録された作品で既読のものが、また異なった匂いを立ち上らせている点も興味深い。個人的には『蜘蛛』や、福澤徹三の『怪談』、倉阪鬼一郎の『百物語異聞』ほか、少なくとも三分の一の作品が個人的に既読であったが、それらに対する見方が初読の際からは若干変化したように思われる。感じる恐怖は似ているのだが、その奥深いところにあるものがよりよく見えるようになった――というのは気のせいなのかどうなのか。また、近代文芸における「百物語」の取り上げ方も面白く、特に森鴎外の『百物語』に対して、森銑三氏が別途その「百物語」会がどのようなものだったのかを追及していくくだりなど、こういったアンソロジーならではの展開と感じた。
傾向としては、百物語によって引き起こされる怪異に主眼をおいたものというストレートなアプローチの作品とは別に、百物語という儀式に魅せられるようなタイプの人々が陥る恐怖といったタイプがある点も面白い。また、冒頭に収録されている京極夏彦と東雅夫の対談なども、現代の怪談シーンをその当事者たちが論じているという点で今後貴重なものとなるように感じられた。

やはり、いわゆる怪談がお好きな方であれば必読であろう。ただ、全部が全部、現代的な恐怖小説ということもないため、ちょっと通常の意味のホラーアンソロジーとは趣を異にしているような印象がある。とはいえ、短編恐怖小説の名作、鮮やかな幕切れ、ブラックな味わいを持つ作品も多く、これはこれで少しでも興味をお持ちの方ならば読む価値のある作品集だといえるだろう。


05/03/27
鯨統一郎「新・世界の七不思議」(創元推理文庫'05)

現在は人気作家としての地位を確立しつつある鯨統一郎氏ではあるが、もともとは創元推理短編賞の最終候補となった作品が中心となって、本書と同じ創元推理文庫より書き下ろし刊行された『邪馬台国はどこですか?』がデビュー作品。本書は「ミステリーズ!」に連載された作品が集められた作品集だが、『邪馬台国…』同様、文庫オリジナルとして刊行された。

古代史の世界的権威・ハートマン教授。彼はシンポジウムで来日したあと早乙女静香の案内で京都観光に出る予定であった。しかし、静香の都合でなかなか出発できないまま、毎晩バー〈スリーバレー〉で飲むことになる。そこにはバーテンダーの松永と、雑誌ライターの宮田六郎がおり、彼らは毎晩、世界の七不思議について脅威の発見をすることになる。
アトランティス大陸は実在したのか? 『アトランティス大陸の不思議』
ストーンヘンジ建立の目的とは? 『ストーンヘンジの不思議』
ピラミッドはどういう意図で建設されたのか? 『ピラミッドの不思議』
ノアの方舟というのは一体どういうものだったのか? 『ノアの方舟の不思議』
秦の始皇帝は、本当に史上稀に見る暴君だったのか? 『始皇帝の不思議』
ナスカの地上絵が描かれた意図とは何か? 『ナスカの地上絵の不思議』
絶海の孤島であるイースター島にて、なぜモアイ像が造られたのか? 『モアイ像の不思議』 以上七編。

『邪馬台国』の世界編は、謎が小粒で牽強付会。それはそれとして引き出しの多い作家であることは確か。
例の如く、鯨統一郎の連作短編集の特徴である同一形式反復の美学が健在。つまりは、連作七話で同じようなシチュエーションのなか、話題やテーマのみが切り替わり、同じ登場人物が同じような行動を取るというもの。そういった形を取ることでストーリーそのものではなく、それぞれのテーマが強調され、かつ独特のユーモアが作品内に入り込むことが可能になる。
今回のテーマは、題名通りの「世界の七不思議」。誰でも知っているお馴染みの不思議な建築物や伝説の秘密に迫る。ただ、例えばピラミッドの建設方法などは実はほぼ現在は分かっているなど、小生が子供の頃慣れ親しんできた「世界の七不思議」とアプローチが若干異なっているのが本作の特徴。どうやって、よりも「なぜ、昔の人々はこういったことをしたのだろう」という観点が多く、How done it? から Why done it? となっている印象だ。
ちなみに本作で提示される「回答」。個人的にはそれぞれの解釈、結構気に入っている。とはいえ、史実をひっくり返すような大事実があったというほど構えたものはなく、謎に対して「こういった見方」もできるのでは? という切り口を変化させてしまうような回答がほとんど。なので、漠然とそういった考え方もありかもしれないなあ、と思わせてくれればOKであり、それ以上の説得力(というか裏付け資料等)は実は必要ない。作品内の登場人物たちは、歴史学者という立場としてそんなんじゃいかんと思うのだが。

本作、日本のミステリ作家たちが過去に大量の資料を抱えて歴史の謎にアプローチしてきた(例えば高木彬光であるとか藤本泉であるとか、最近であれば高田崇史であるとか)に似ているけれど、何というか立場がお気楽なのが、かえってエンターテインメントに徹していて良いのかも。読者の側も構えずに読めるという点で、やはり鯨統一郎らしさが漂う作品集だといえるだろう。必読にする必要はないが、時間のあるときに目を通すのに適。


05/03/26
太田忠司「レンテンローズ 笑う月」(富士見ミステリー文庫'02)

題名通り、前作『レンテンローズ』の続編で、これも「月刊ドラゴンマガジン」2002年7月号から12月号にかけて連載された作品。視点を抱く主人公は異なるが、花屋「レンテンローズ」が登場するなど世界を同じくするシリーズ二冊目。

公立ながら県内でも有数の進学校に通う久世伸弥。学校には中学二年になると、見込みのある者だけを集めて特別クラスを編成し、特別カリキュラムにて学力アップを図るシステムがあった。学年でも最上位クラスの成績だった伸弥は、ほぼ特別クラス入りが決まっていたが、周囲ではいろいろな軋轢が発生していた。伸弥はそんな周囲とうまくやっていくために、自分自身が普通の生徒であるかのような演技を無意識のうちに行っていた。そんななか眠れないまま早朝に自転車で町中を徘徊していた伸弥は、、学年トップの成績を誇る小島仁美の絞殺死体を発見してしまう。彼女は市松人形を抱かされ、一本の木の下に横たえられていた。学校で居心地の悪い思いをした伸弥は、その帰り道「レンテンローズ」という花屋を見つけ、そこでノブさんとミユキに出会う。彼らに元気づけられた伸弥だったが、事件は再び連続して発生、彼はその共通性に気付いてしまう……。

見立て連続殺人を生み出してゆく狂気の裏側にあるもの。締めくくりの幻想の前にやはり本格の論法
学校生活(社会生活?)に馴染めない中学生を主人公に据えて、彼が巻き込まれる殺人事件を描く作品。主人公の葛藤であるとか悩みであるとかの表現が巧みで、青春ミステリとして高いレベルにある。また、その事件も過去の唱歌に合わせた見立て殺人、被害者が主人公の周囲の人間で、容疑者がまた主人公の身内となっており、設定にしても展開にしても周到なものを感じさせられる。レーベルはライトノベルであるが、まず本格ミステリとして鑑賞させるのに十二分の内容となっている点がポイント。
また、見立て殺人の理由、犯人像の意外さ、その真相への論理的な追求など、一般向け本格ミステリと変わらない緻密さがあって(若い読者を啓蒙しようとする意識があったのかどうかはとにかく)、純粋に本格ミステリの魅力を体現した作品になっている。このあたり、もっと注目されていいように感じた。
ただ、幻想が先か、論理が先かという問題があって、太田氏がこのシリーズの主題をどこに置きたかったのか、という点についてはちょいと微妙な印象がある。個人的に感じた結論からいってしまうと、アカンサスとプリムラという存在(幻想の象徴)と、連続見立て殺人事件における意外な犯人(論理の象徴)という二点が、最終的に集約されてしまうあたりに若干疑問が残るのだ。とはいえ、これらを分化して二重に解決を作ったら傑作になり得るのではないか、という気持ちと中学生が主人公である以上、名探偵や警察組織以外に犯人を断罪するシステムはやっぱり小説内に必要だったのだ、という両方の気持ちがあって、どちらが良いのかの結論は出ないのだが……。大枠であるファンタジックな部分を除いても、十二分に小説として読めるだけにやはり判断が難しいところ。

前作から引き続き読むのが好ましいが、このシリーズ、ライトノベル(一応ミステリーレーベルではある)の位置にありながら本格ミステリとしての度合いがこれほどまでに高いとは思わなかった。太田忠司という作家を知らなくても、このレーベルだから読んだという読者が本格ミステリの魅力に惹かれていく可能性が感じられるという意味で、素晴らしい作品である。


05/03/25
太田忠司「レンテンローズ」(富士見ミステリー文庫'02)

もとは富士見書房が発行する「月刊ドラゴンマガジン」の増刊号に書き下ろし掲載された作品。太田忠司氏初のライトノベル・レーベル作品である。続編が二冊刊行されている。

女子中学生の香緒里は、いつも同級の侑子や美咲と一緒にいたが、内心は冷めており彼女たちとも本気の友達関係にあるとは考えていなかった。そんな時、「世界中が私を嫌っている」と言い残し、美咲が屋上から飛び降りるのを香緒里は目撃、気を失った。保健室で目覚めた彼女の前には侑子と、そして美咲が。香緒里は夢を見ていたのだと彼女たちはいう。内心の動揺を抱えたまま帰宅する途中、香緒里は今まで気付かなかった小さな花屋に立ち寄る。彼女を迎えたのは巨大なインコと、ノブと名乗る青年。彼のもてなしによって香緒里の神経は一旦は鎮まるのだったが……。 『レンテンローズ』
姉弟の二人暮らしを長く続けた達哉。金持ちの男と結婚の決まった姉に対し、複雑な感情を達哉は抱いていた。彼が公園で一人でいるところにミユキと名乗る女性が現れ、「レンテンローズがどこにあるか教えてくれる?」と言い残す。姉が結婚式を挙げる古い教会を訪れた達哉は、その帰り今まで気付かなかった花屋の存在に気付く。「レンテンローズ」。その店には青年と、以前にあったミユキ、そして大きなインコがいた。 『裁く十字架』 以上二編収録。

期待以上の本格、そしてプラスされる幻想。つまり本書はライトノベルのレーベル以上に鮮烈な本格幻想ミステリ
もちろん、ライトノベルのレーベルで刊行された作品であり、イラストがふんだんに挿入されている。(ちなみに、MYSCONでのインタビューによれば、太田氏は”狩野俊介シリーズ”で、一般向けのノベルスにおいて、いわゆるイラストレーションを作品内の挿絵として使用した初めての作家なのだという)。その結果、文章でどうあろうと、イラストによって描かれるキャラクタの印象が非常に強まってしまった。だが、それも作品としての世界までのこと。驚いたのはミステリとして、その想像力をうち砕くような強烈なインパクトを作品が持っていたことだ。この表紙に騙されて、軽めのミステリくらいの気持ちで読むと痛い目に遭うことになるだろう。
動機のインパクトが強烈な『レンテンローズ』、本格としてのトリックが鮮やかな『裁く十字架』。どちらも甲乙つけがたい。特に犯罪者側の狂気は、ライトノベルというレーベルを逆手に取るかのような強烈さに満ちており、大いなるサプライズを喚起する。それだけでなく両作品におけるブラックな味わいは太田作品のなかでもむしろ独特の風格すら漂わせている
名探偵役を務める存在もまた独特。主人公がある程度謎が解けた段階で現れる”アカンサス”なる存在が、これまた独特で面白い。この部分、個人的にはSFやファンタジーというよりも、太田さんが持つショートショートの魂が反映されているように感じられたが、これは特殊な感想になるか。ただ、彼(彼ら)の存在が最終的に物語の持つ幻想味を高め、独特の風合いを作品に吹き込んでいるように思われた。

確かに、ちょっと普通のライトノベルという作品群のなかで捉えた場合は浮き上がるような存在だともいえる。ただ、この作品はこの作品で、独自の世界を形成しており、レーベルで食わず嫌いとなっている方にも是非とも手に取って頂きたい作品かと感じた。


05/03/24
太田忠司「玄武塔事件」(トクマノベルズ'94)

太田忠司さんの代表的名探偵・狩野俊介シリーズの五冊目(長編としては四冊目)となる作品。本作品は文庫化されるにあたって、それまでのシリーズと同じ徳間文庫には入らず、徳間デュアル文庫入りしたため、かえって文庫版の方が書店では見つけづらい可能性がある。

アキは高校時代からの友人である千春と共に、同じく友人の紫織の父親の実家があるという海沿いの東雲村へと旅行に出てきていた。性格的に大人しく、物静かな紫織の父親は既に亡くなっており、母親も病気で大変ななか、彼女を援助してくれている伯父がその村に住んでいるのだという。道中、春雪なる十年前に行方不明になった人物からの怪文書を目撃した一行は、玄武岩に覆われた重厚な屋敷へと到着する。その屋敷は通路で大きな塔と繋がっていた。屋敷の当主である多賀谷貴峰との面会を果たしたアキたちだが、貴峰は自分の息子である貴司と紫織を結婚させようとしていた。その勝手な言い分に反発する紫織にアキたちも同調する。翌日にでも館を退去しようとした彼女たちだったが、折からの台風により土砂崩れが発生。村に閉じ込められてしまった。紫織を屋敷に残し、村に出掛けたアキと千春が帰りついてみると、塔の頂上で貴峰の親戚だという真知子が殺害されており、そこに居るはずの紫織が行方不明となっていた。

かなり強引な物理トリック。だが主眼は「心の中に潜む闇」と俊介との対決にある……。
狩野俊介シリーズにおいては凝った構造とみることができる。ワトソン役(とはちょっと違うか)であるアキが出会った事件で、かつ探偵とは連絡が取りづらい状況にある。簡潔ではあるが、跡継ぎを巡る親族内の争いに、いかにも曰くがありげな不気味な”館”の存在。いわゆる横溝正史のテイストを太田忠司流に再編成したかのような印象を受ける。
事件自体は、出入りが監視された結果密室となった塔内での殺人事件&人間消失事件。この点に関してのみいえば、正直微妙。館ものではあり、それなりに伏線があり、構造的に不可能ではないとはいえ必然性という観点からこの構造がアリなのかどうか人によって判断が分かれそうだ。ある意味凄まじい仕掛けであるが、個人的にこの作品をこのトリックのみで評価することはしたくない。
むしろ、本書のポイントは、苦しみながら真相を開陳してゆく狩野俊介のためらいであるとか苦悩にあるように思われた。人間のちょっとした好奇心やわがままから発生して、ややこしくなった事件。解きほぐされ、伏線が拾われていく過程は読者にとっては快感ではあるが、当事者にとってどうなのか。後から飛び込んでいって、他人の秘密を明かさざるを得ない俊介の苦悩(それほど厳しく描写されているわけではないが)が、最後に心に残った。

本編の主人公となるアキを除いた狩野俊介シリーズのレギュラーメンバーが、中盤を過ぎるまで登場しないあたりも特徴か。デュアル文庫入りしたため、何かそういった特別に若者向けの内容かと先入観が若干あったのだが、それは杞憂に終わった。シリーズの一作品として読むのが吉。


05/03/23
太田忠司「鴇色の仮面 新宿少年探偵団」(講談社文庫'04)

鴇色は(ときいろ)と読む。太田忠司氏の人気シリーズ「新宿少年探偵団」の五冊目となる作品。これまでのような長編ではなく、中編二作のカップリングとなっている。

新宿に白い霧が突然現れた。その霧は犠牲者の身体を包むと首をへし折ると、どこかへ消えてしまった。新宿署の刑事たちによって捜査が行われたが、既に刑事たちはこの事件が”ゲテモノ班”が担当すべき案件であることに気付きつつあった。この事件を察知した蘇芳は、芦屋能満の弟子が引き起こした事件であると看破する。そしてその霧の次の犠牲者は、新宿に到着した響子をしつこく誘ってやりこめられた若者であった……。 『霧の恐怖』
新宿に近いマンションで一人の女性が墜落死、しかし、その死体からは血が抜き取られていた。目撃者の証言によれば、彼女の顔面は白く、自分の意志で窓から飛び降りたように見えたのだという。一方、新宿を歩いていた夢野美香は、仮面を被った人物の集団を目撃、仮面を売る店の地図が書かれた紙片を押しつけられる。 『鴇色の仮面』

”宿少”の安定期? アクションものテレビドラマの二つの挿話を眺めているような……
あたかも意志を持って動き回り、人間を殺害する不思議なガス体、そして人間の心の弱いところに踏み込み、若く美しい女性の生き血を吸う謎の白い仮面。二つのエピソードが描かれるのだが、双方の形式はどこか似通っている。新宿近辺で発生する謎めいた事件。蘇芳の炯眼が能満の弟子の引き起こした事件であることを見抜き、何らかのかたちで新宿少年探偵団の面々が事件に巻き込まれる。(そして、ちょっとしたトリックが仕掛けられ、宿少のメンバーの誰かが事件と関わり合い、しかし、敵のアジトに彼らが乗り込んで、怪人物の野望をうち砕く……。
ここに至り、定型にちかいパターンが物語に発生している。本作を読んでいて何となく感じたのは、いわゆるヒーローもののテレビドラマに構成が近いのではないかということ。即ち、敵が登場し、味方が巻き込まれ、最終的には派手な戦いの結果、相手を倒す……。ヒーローものによくありがちなパターンである。だが、それは必ずしも悪いことではない。本書の場合、シリーズ全体の謎についての進行が若干抑えめとなっており、この”パターン”の方が物語において占める割合が高い。本編のあいだに、新宿署のゲテモノ担当ともいえる安部刑事が、宿少面々と共に戦うようになったりと、若干の進行はあるものの、やはりメインは個々の化け物と新宿少年探偵団との戦いにある。そしてやはりこの作品においては、個々の戦いの方に重点が置かれているように感じられた。
また、ミステリーとしてのトリックというか論理のようなものが両方の作品に存在しているのもポイント。真犯人の存在はみえみえであっても、何かしら意外性を物語に配してある。太田忠司さんの創作姿勢がなせるワザ。それは動機であったり伏線であったり。果たして真相はどうなのか。このあたりのさりげなくも引き込まれるような展開が実に上手い。

ここに至ってとりあえず宿少の前半部における”パターン”が、若干とはいえ普遍化するようになってきた感。ただ、既に完結している本シリーズ、終盤にてまた怒濤の展開があるものと期待される。


05/03/22
太田忠司「美奈の殺人」(講談社文庫'94)

太田忠司さんのデビュー二作目にして、『僕の殺人』に続く「殺人三部作」と呼ばれるシリーズの二冊目にもあたる作品。元版は講談社ノベルスより'90年に刊行されている。

あてもなく最終電車に乗って夏の海にやって来た十七歳の僕は、夕暮れどきに一人の美少女と出会う。名前は佐竹美奈。泊まる予定も無かった僕は彼女に誘われ海辺の豪華ホテルの部屋で一夜を過ごし、彼女とセックスをする。その途中、にかかってきた電話。何度かのコールの後、美奈の指示で電話を取った僕だが、電話は唐突に切れてしまう。翌朝、美奈と別れた僕は再び海辺にいた。偶然側にいた訳ありの大人たちが交わす会話のなかに美奈の名前があがり、その美奈はボーイフレンドと戯れている。マクドナルドで僕と再会した美奈は、ボディーガードをお願いしたいのだと言い出す。彼女は大手ファミリーレストランチェーンの創業者の孫で、家族とその海に訪れていた。僕は、美奈によって彼女の家族と引き合わされる……。

周到にして念の入った伏線が驚きを誘う――のだが、青春ミステリとして傑作……ではないですか。これは。
一人六役というウルトラCに挑戦した『僕の殺人』に比べると、いわゆる新本格ミステリとしての試みといった部分が少々薄れている。序盤から人間関係から、伏線をとにかく周到に張り巡らしてあり、真相が明らかになった後に再読が強いられるタイプの作品ではあるが、本格というよりも手法としては本格風味を持つハードボイルドに近いように感じられた。ストーリーのなかに様々な謎が沈められており、主人公が少しずつその謎を解き明かす。これはこれで評価すべき項目である。
だが、目立つのはやはり、見事なまでの青春小説としての面白さ。 浜辺でのボーイ・ミーツ・ガール。金持ちで訳ありでだけどわがままいっぱいの彼女に振り回される主人公。しかし、自分が巻き込まれた事件を自分で納得行くまで首を突っ込むあたり、自己保身抜きの精神はハードボイルドの主人公と同じタフなものがある。確かに、一連の事件の犯人であるとか、構図であるとかには、独特の創意が凝らされている点については否定しないが、このある夏の青春を描いた”小説”として、個人的には強烈な印象を受けた。 ほとんどの若者にとってあり得なかった夏。もう、主人公の年齢のダブルスコアの自分としては遠い過去の幻影ではあるが、十代、二十代のうちにこの作品に巡り会いたかった(運が良ければ巡り会えた)ように思えてならない。

また、徐々に明かされていく謎の結末として、陰惨なラストを覚悟していただけに、この後味の良さも嬉しい誤算。(解説の井上雅彦氏によれば、やはり太田氏ももっと後味の悪いラストを予定していた模様だが)。しかし、このどうしようもなくも、しかし若さで世界と戦う主人公の姿勢にはやはり拍手を送りたい。ある意味、最初から老成していた主人公であるが、それでも確実な成長を見せてくれるあたり、素直に嬉しい。世界に没入できる青春ミステリ。恐らくは時を経てもこの輝きは失せることはないという作品。


05/03/21
森谷明子「れんげ野原のまんなかで」(東京創元社ミステリ・フロンティア'05)

森谷明子さんは、'03年に第13回鮎川哲也賞を『千年の黙 異本源氏物語』にて受賞、近年珍しい王宮ミステリの書き手として注目された。彼女の二冊目の単行本にして初の現代小説にして連作ミステリ短編集でもあるのが本作。

文化の殿堂・秋庭市立秋葉図書館は、市の予算計画の狂いから秋庭市の外れ、少々不便なところにある図書館。利用者が少ないこともあって、司書の今居文子は欠伸を噛み殺しながら勤務していた。が、その図書館、度胸試しのためなのか、閉館後に小学生が隠れて居残っているという事件が立て続けに発生。司書としても異才を持つ男性・能勢がその事件の裏側にあるものを看破する……。 『第一話 霜降――花薄、光る』
定期的に図書館を訪れるお年寄りたち。病院帰りに立ち寄るお婆さんに、図書館経営を専門にしていた退官大学教授。そんななか、図書館にある原語の洋書絵本がバラバラに並び替えられる事件が発生した。 『第二話 冬至――銀杏紅葉』
図書館に土地を寄贈してくれた地元の大地主・秋葉氏から渡されたコピー機に、図書館で利用される個人情報が書かれた紙が残されていたという通報が。借り出された本の題名が記されていたが、そこに記載された人々はそんな本など借りていないという。 『第三話 立春――雛支度』
大雪の降った日。図書館の為に無理矢理出勤した文子だったが、帰れなくなりそうなところを地主の秋葉邸に招かれる。秋葉氏は「雪女を見たことがある」と、彼がまだ小さかった頃に体験した奇妙な話を語って聞かせてくれた。 『第四話 二月尽――名残の雪』
秋葉氏が図書館回りに大量のレンゲソウを植え、そのことが市民の注目を浴びるようになる。一方、能勢の家族が図書館にやって来た日、別の図書館から紛れ込んだと思しき児童小説が発見された。どうやら廃校になった地元の中学校の蔵書だったものらしい。 『第五話 清明――れんげ、咲く』 以上五編。

本と図書館にまつわるエトセトラが謎となり、そしてその裏側に優しさの薫る爽やかなミステリ
ミステリとしてどう、という以前に本書からは”図書館の持つ本来の魅力”という点を十二分に引き出してくれている。最近は、著作者との権利の問題や、ベストセラーばかりを仕入れる貸本屋代行のような図書館の存在など、読書家のあいだでもいろいろなかたちで話題に上ることの多い”図書館”ではあるが、そもそもの存在意義を再確認させてくれるようなエピソードが多く語られている。多くの人々が集い、知を吸収し、満足する――といった、図書館の雰囲気や図書館好きにとっては、堪らない内容であるのではないかと思われる。また、図書館の役割を様々な角度から登場人物のことばを借りて論じているのも面白い。図書館が、単に本を借りて返すだけの場所になりがちな自分のような人間にとっては改めて気付くポイントも幾つかあった。
一方、ミステリとしてみた場合は、”日常の謎”ならぬ、”図書館の謎”が前半を占めている。これらについては、一部特殊な図書館知識が必要だったり、図書館という存在そのものが謎の根幹にあったりと、謎解きをするというよりも図書館TIPSの組合せのようなところがあり、それはそれで面白いのだが「ふうん、なるほどー」というタイプのもの。ただ、こちらの系統の作品が三話に留めてある点は好感で、第四話、第五話が図書館ネタから外れるものの、その結果としてミステリとしてよく出来ている。 特に、第四話である、地主の秋葉氏が過去に体験したちょっとした怪異譚が、能勢によって解釈された結果、実は普通の体験談にしか思えなかった背景が実に伏線だらけであったところに後から気付かされるのは快感である。また、かつて図書館のあった場所近辺で起きた事件を、関係者が意外なかたちで隠蔽してしまう第五話も短編集のエンディングを締めくくるのに相応しいミステリ。こちらは酒瓶など、幾つかの小道具がアクセントとして意外な効果を発揮している。
また、探偵役の能勢、主人公の文子、地主の秋葉等、登場人物の配置も悪くなく、それぞれに個性がある。ただ、全体として平和すぎるきらいがあり、その結果としての全体としてののんびりとした雰囲気を持っている点、好悪が分かれるかもしれない。(別に悪人を出せというつもりではないですよ)。

前作からするとぐっと親しみやすくなった世界が舞台。ということで、森谷さんの才能が宮廷文学方面だけではないことがとりあえず立証されたともいえるだろう。ただ、個人的には『千年の黙』で味わわせて頂いた、あの奥深い味わいはそれはそれで大きな魅力があったので、元の路線も忘れずにいて欲しいと希望を書いておこう。