MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


05/04/10
福澤徹三「死小説」(幻冬舎'05)

実話怪談系ホラー小説の書き手として着々とその地歩を固めつつある福澤徹三氏。本書は『小説新潮』誌に二〇〇二年十一月号から、二〇〇四年六月号にかけて発表された短編がまとめられたもの。

妻と中学生になる息子と三人で暮らす私は、胃の調子がおかしいことから精密検査を受け、早期の癌であることを宣告された。広告代理店に勤める私は、入院しいろいろなことを考える。そして手術の当日――。 『憎悪の転生』
穴場の温泉宿という触れ込みで、不倫相手の彼女が予約した宿に私とその相手・涼子は出向いた。あまりにも田舎のうえに旅館のサービスは最悪。帰ろうとしたが足もない。そんな夜――。 『屍の宿』
福祉用具を専門に扱う会社に勤める私がパチンコの最中、顧客から電話が入った。ほっておいても高齢化社会のなか、営業成績はあがり私は店長である。気楽な仕事だが、人間関係には人一倍気を遣う……。 『黒い子供』
東京で建築設計をしている私のもとに伯母の訃報が届いた。父は通夜に顔を出せといい、私は九州へと向かう。伯母の家には姉と弟の姉弟がいたが、弟は小学校五年生の時に急死しており、優秀だった姉はなぜか大学を辞めて地元に戻ってきていた。 『夜伽』
印刷業界に勤める私は、仕事のストレスに押し潰されそうになっていた。私を迎える家族も冷たく、仕事で抱えたストレスが限界に達した時に、何か白い――。 『降神』 以上五編。

まさに日常の延長にある怪異。日常に対する的確な描写が、その街角の怪異を大きく引き立てる
この『死小説』という題名が秀逸。題名そのものがアイキャッチするというタイプではないのだが、読了後にしみじみと感じ入るものがある。上記の通り、短編の題名から取った題名ではなく、この作品集に対して新たにネーミングされた題名ということになる。これは、いわゆる自分語り、内面を見つめた現実的な小説としての「私小説」に対して、死を見つめる小説という意味で「死小説」であり、そのじわじわと身体の中に染みこんでくるような怖さと、この題名が実に良いマッチングを見せているように思うのだ。
福澤作品の恐怖というのは、あまり前面に出てこない。むしろ怪異よりも、怪異が発生する土壌の方を丁寧に書いている傾向がある。日常の仕事におけるプレッシャーと失敗やミスからもたらされる強烈なストレス。家族同士の感情のすれ違い。友人や近所、親戚づきあいの煩わしさといった、日常に普通に暮らす人々が味わう嫌な気持ち、辛い気分を描かせれば、実は天下一品の冴えがある。 退屈で、そして厭な日常――とでもいえば良いのか。この作品集における、五人の一人称の”私”は、それぞれに仕事や家庭、自分自身の身の置き所に不安と不満を抱えている。そういう状況の隙間にするりと怪異が忍び込む。
行き場を喪ったネガティブな感情のすぐ隣に何かこの世のものならぬものが登場する。この日常のネガティブな感情が、見事に描かれているがゆえに、読者は主人公に感情を移入せざるを得ないのだ。(自分自身が主人公の世代に着々と近づいているからだけなのか、どうか)。だから、福澤作品の恐怖は、平凡なホラー小説以上に身近に感じられ、そして、本当の意味での怖さを覚えるのだ。

これまでの作品、そして本書を加えて、福澤氏は着実に「現代怪談小説の名手」の地位を確立しつつあるように思える。ホラー小説サイドからだけでなく、もう少し一般に読まれるべき作家だとも思う。恐らく――普段、ホラー小説を読まないようなタイプの読者により受け入れられそうな気がするから。


05/04/09
化野 燐「蠱猫(こねこ) 人工憑霊蠱猫01」(講談社ノベルス'05)

化野燐(あだしの・りん)さんは'99年に『幻想文学』にてデビュー。現在は妖怪関係のフリーライター。本書が最初の長編作品となる。

美袋学園付属玄山記念図書館の別館として存在する土蔵。本草学、医学、博物学の古書・稀書が集められている。急死した義父の遺言にて、義父のもとを飛び出し一人で大学を卒業し図書館司書として働いていた私・美袋小夜子は、呼び戻され、土蔵の目録整理を行っていた。人手は足りなかったが、学園では嵯峨野教授が進めている霊的存在データベースの作成に忙しく、手は回ってこない。小夜子には学園には僅かな友人しかおらず、学園の職員たちの人間関係はいろいろと煩わしかった。そして土蔵のなか、小夜子は秘密の地下室を発見、そこで封印された『本草霊恠図譜』という書物を発見、彼女は幻視のような不思議な体験をする。その書物は妖怪を具現化する力を持っていた。学園の職員たちは、その本性をむき出しにし、彼女に様々な方法で襲いかかってくる。一方、大学院生の白石優。学内で作成しているデータベース作成を巡る権力抗争の煽りを食い、失意のまま旅に出る。その旅のなかで不思議な体験をした彼は、再び学内に戻ってくるのだが……。

物語ははじまったばかり。妖怪好きのための、幻想エンターテインメント、開幕
この一冊ではまだ序章に過ぎないようなので、本格的な論評は難しい。ただ一ついえるのは、本当の妖怪好きが、同じ妖怪好きのために作ったアクションエンターテインメントということだろう。もちろん、別に妖怪に特に興味がないという読者であっても、モティーフの一つとして妖怪が採択されているエンターテインメント小説として読むことは出来るだろうし、相応に面白いことも間違いはない。だが、作者は恐らくそのモティーフが妖怪から外れた途端に、作品自体を書かないのでは……と思わせるだけ、妖怪に対する力の入れようが違う。
物語としては、主人公となる(のだと思う)美袋小夜子が、自分の能力を得て、それを使いこなすようになるところであり、もう一人のキーマン(になるのだと思う)白石優がその戦いに巻き込まれるまで、が描かれる。各所に印象的に配置される場面は多分に幻想小説の影響を強く打ち出してきており、こういった描写については読者の好悪が若干分かれそうではある。(個人的には好みなのだが)。
また、テキストを巡る冒険としていろいろと複層の構造を取ることも予感される。全体的に硬質の文章で書かれており、いわゆるライトノベル系列とは一線を画しているという印象もある。また、作者自身、日本の妖怪業界(あるのか?)でも有名な方であり、物語の背景であるとか、妖怪そのものであるとかに対する知識と愛情は本物。妖怪は好きだけれど、講談社ノベルスというレーベルでちょっと敬遠されているような読者がいるようなら、それはそれで勿体ない話だと思う。

繰り返しになるが、物語としてどうかというのは、もう少し通しで読んでからの話。今後の展開が楽しみな作品である。


05/04/08
内田康夫「「横山大観」殺人事件」(講談社文庫'88)

内田康夫氏の初期作品のひとつで、朝比奈耕作ものではなく、岡部警部が活躍する作品。'85年に『別冊小説現代』に書き下ろしで一挙掲載され、翌年に単行本にまとめられている。

美術大学の学生で、小田原の素封家の娘・村井三春と交際している茂木貞澄。彼は奥羽本線が停電で不通になった際、ユトリロと見事な日本画を持った男と出会う。しばらくして、三春の父親の仲介で銀座の画廊・銀晶堂のこけら落としパーティに出席した茂木は、展示されていたユトリロの絵に見入る。この春、ヨーロッパから入ってきたばかりというその絵は、秋田で茂木が目撃したものと同じなのではないかと思われた。その疑問を三春にぶつけ、三春の父親の話によれば、もう一枚、秀麿と落款のあったその日本画は、横山大観のものなのだという。ユトリロの疑問を改めて、画廊に尋ねていった茂木は体よく追い払われてしまうが、さらにしばらくして彼は新聞の文芸欄に「横山大観の若き日の傑作現る」というニュースに目を留める。デパートの絵画展にて発表されるというその絵には、やはり銀晶堂が絡んでいた。茂木は、以前会った男の手掛かりを探して秋田に出向くが、その男はかつての天才画家・五味で最近事故死していることを知った。しかし、もう一人、五味の死に興味を持つ男がいた。警視庁の岡部警部は、若き日に担当し、五味のアリバイによって迷宮入りした事件のことを思い出していた……。

明らかに贋作を主題にしたミステリ。その事実自体に驚きはないが、過去の因縁と現代の企みを構想する手腕に唸る
この作品は、現代に贋作を追う学生の姿が描かれているが、興味深いのはその裏側に十二年前、現在は「名探偵」と名高い警視庁の岡部警部が唯一敗北した事件を背景に置いている点にある。画廊・銀晶堂を経営していた市村隆一が新婚早々に殺害されてしまった事件で、警察は行きずりの空き巣の居直り強盗と断定したが、怨恨が絡むのではないかと意義を唱えた男がいた。若かりし頃の岡部刑事である。新婚の妻、(十三才新郎より年上だった)市村華子は、後に銀晶堂を更に発展させ、今日の隆盛を築いている……。こういうエピソードが背後にあり、贋作について何かある、という読者に感づかせておきながら物語を進ませ、しかも当初はその通りに展開していく。
最初は素人探偵の茂木が事件を引っ張り、並行するかたちで岡部が加わる展開。そして徐々に浮かび上がるのはかつての天才画家・五味孝の姿である。中盤の茂木が陥れられるサスペンスもなかなか迫力があるが、颯爽と岡部がその事件の真相を看破してゆく姿がすがすがしい。ある意味、非常に古典的なトリックをぬけぬけとこの作品に使用している作者も作者だが、これをその人物を画家という職業にすることで、奇妙に物語とトリックがマッチさせられているように感じられた。見え見えではあるのだが、浮かび上がってくる画家の生涯がなんとも味わい深く、物語としての面白みを味わうことができた。

トリックを重視する方には物足りないかもしれないが、物語としての後世が考えられており、よく出来ている。茂木と三春の若いカップルも爽やかで彩りを添えている。幾つかの土地描写も鮮やかで、内田康夫らしい作品といえるだろう。


05/04/07
吉村達也「逆密室殺人事件」(角川文庫'00)

吉村達也のデビュー作品は『Kの悲劇』であるが、その後、すぐに書き始められたのが朝比奈耕作でも氷室想介でもなく、この烏丸ひろみのシリーズになる。うち、本書を含む二冊目以降の初期六冊は作者自ら流通を封印していた時期があり、なかなか入手が難しかったのが、'00年に新装版が出た(とはいえどうも、現在はもう品切れらしい)ため、ある程度読めるようになっている。内容自体は、刊行当初よりほとんど変更はない。

人気歌手・柴垣翔のプロモーションビデオ撮影のために、モロッコはカサブランカまで出向いたスタッフ一行。しかし、ビデオエンジニアの沖田が国際広場で殺害されてしまう。空手の有段者であったはずの沖田が抵抗せずに胸を一突きにされた死体は通り魔のものとして片づけられ、残りスタッフは帰国する。しかし、帰国後、柴垣翔の弟が運転していた電車にマネキン人形と犬の死骸が放り込まれた。マネキンには「カサブランカ」の文字が。また、カサブランカの映画の昔の招待状、車のオーディオに勝手にセットされるカサブランカのテーマ……と、当時のことを思い出させるような奇妙な出来事がスタッフ周辺で続発。遂に、プロデューサーの黒岩が自宅で刺し殺される事件が発生した。黒岩もまた無抵抗に胸を刺されて死んでいたのだが、現場は窓から扉から部屋の全てが開けっぱなしとなっている”逆密室”状態となっていた。

あれっと思う国際スパイ事件。とはいえ、切り替えの早いプロット、凝ったトリックなど吉村作品らしい
この作品は一つの点を除けば、後の吉村作品の読者にとってもあまり違和感はないものと思われる。その一つの点は、国際スパイ組織が暗躍し、米ソの争いが背景にあって、そちらの描写についてもしっかり為されている点である。どうやら、これは『Kの悲劇』の影響があまりにも強かったため、版元がそのような展開を強要した結果によるものらしい。こういう無理矢理な設定は近年は見られないので、描写自体はスムースとはいえ、若干物語から浮き上がっているようにみえる。
ミステリとしては、歌手とその周辺の業界人といった描写は、元より吉村氏のいた業界の話でもあり、他の作品にもしばしば登場する。こうった軽薄な人々を描写させると、吉村氏は実に上手い。自然なかたちで”業界”を創り上げている。
また、逆密室をはじめ、使われているトリックも意外性を極端に重視しているものの凝っており、その不自然な状況を犯人が創りだした必然性とも繋がっている。 犯人については意外性を強く求める方向にあり、ミスリードにこだわりすぎている印象。一部の登場人物の行動に不自然なものがある(その時は意味があるように見えながら、真相が明らかになってみると不自然だよな、と気付く)。また、そういった一部の伏線などはあまり意味を持たない点は割り引かなければならないが(カサブランカにこだわる必要が果たしてあったのかどうか?)、それでもミステリとして、トリックの饗宴を楽しむことができるだろう。

吉村作品の初期にあった”良さ”がいろいろなところから感じられる作品である。手堅い仕事、といったところであり、埋もれた大傑作というクラスではない。


05/04/06
天藤 真「遠きに目ありて」(創元推理文庫'92)

完結までに十年近く要した創元推理文庫による「天藤真推理小説全集」。本作はその第一弾にあたる作品で表紙や紙質などが異なる幾つもの”見た目”がある。「遠きに目ありて」は天藤真が「幻影城」に'76年に半年間連載していた作品で、初単行本となったのは'81年。これは帰台された「幻影城」の島崎博氏の再起のために役立てるべく天藤氏がその糧として単行本化を伸ばしていたのだという。

マンションで男性が殺された。逃げ出したという女性を見た住人の証言が皆微妙に異なっており、誰が正しいのかよく分からない。 『多すぎる証人』
同窓会に出席していた筈の男性が急に消え、遠く離れた諏訪で死体となっているのが発見された。果たしていつ移動したのか? 『宙を飛ぶ死』
不正の疑いがある警察官が、その証人となる人物を同僚と尾行。ある街に追い込むが視線の密室のなか、他殺死体となって発見された。 『出口のない街』
資産家の女性が唯一の身よりの出来の悪い甥に殺されるかも、と警察に相談してきた。警戒にもかかわらず、不可解な状況下で実際に殺されてしまう。 『見えない白い手』
今をときめく人気タレントの親子が、ある秘密をもとに暴力団から脅迫されてしまう。その脅迫していた男が逆に殺害されてしまうがタレントはアリバイを主張した。 『完全な不在』 以上五話。

事実を見通す冷徹な視点をもった車椅子の名探偵。少年の成長と社会の無理解の告発と
本書主人公にして探偵役の岩井信一少年は、年齢十五才くらいながら生まれた時から脳性マヒの障害を持ち、母親と二人で車椅子に乗って家の中で閉じこもりがちな暮らしを送っている。会話したりするのに時間はかかるが、非常に聡明で、本作のなかで真名部警部とともに少しずつ成長していく。また有名な話だが、この岩井親子は天藤真がこの連作の主人公を検討していた際に、仁木悦子『青じろい季節』に登場するサブキャラクタ・淡井親子をモデルにしており、電話で許可を求めて快諾されたのだという。
そういった背景を持つ探偵役がピックアップされがちであるのだが、本格としても一流。様々な証言をもとに真相を組み立ててゆく、信一少年のロジックの冴えは素晴らしい。一方で、その信一の頭脳を引き出すために作者の用意した数々の事件も実は凝っていて面白い。 特に『完全な不在』の、劇的な物語展開と、その劇的さの裏側に潜む真実とのギャップなど天藤真らしさが溢れる、良い意味での”虚構性”が溢れた構成となっている。また、『宙を飛ぶ死』では、信一少年が自らの仮説を確認するために現場を見たいといいだすが、その見たくなるような現場を作った作者こそが誉められるべきではないか。
幾つもの事件を通じ、最初の段階での信一少年と、真名部警部ほか警察に友人を作ったあとの信一少年の姿が格段に成長していることが分かる。この点も嬉しいが、その親密度を増すにつれ、真名部の名前を借りて為される社会の障害者への無理解への怒りはなかなか含蓄がある。発表された時代から三十年近くが経過した現在、多少は世の中、マシになったかもしれないが、根本的なところで大きな差異があるわけではない。(ある意味、それはそれでショックなことだ)。

この設定だけでなく、本格ミステリとして優秀でなければ次代に残る本にはなり得なかっただろう。 『大誘拐』と共に天藤真の名前を後世に残す作品集である。


05/04/05
泡坂妻夫「湖底のまつり」(創元推理文庫'94)

雑誌「幻影城」にてデビューした泡坂氏が、その「幻影城」に'78年に連載した第三長篇が本書。幻影城ノベルズ、角川文庫を経て創元推理文庫に入って今に至っている。再読。

香島紀子は、職場の男性よりひどい目に遭わされ、傷心旅行のために観光地を避けて山間の村を訪れていた。小さな渓谷を訪れた彼女は、突然増水した川に流されてしまう。しかし駆け付けてきた人物がロープを投げ、溺れる彼女を助けてくれた。安堵と安心から、彼女はその埴田晃二と名乗る人物に惹かれその晩、情熱的に結ばれる。翌朝、紀子が目を覚ました時に、その古い家からは晃二の姿が消えていた。村の祭りがあるといわれていたことを思い出し、晃二にもう一度会うために紀子は出掛け、彼の姿を探すのだがそれらしき人物はいない。しかも、神社で彼の名前を出して尋ねたところ、埴田晃二は一ヶ月前に殺されていたと聞かされる……。一方、上京していた埴田晃二は、ダムに沈む自分の土地の処分の関係で、村に戻ってきていた。そこで彼は川の増水に溺れかけていた一人の女性を救う……。

二重写しの騙し絵の快感。トリックを知って読んでも、その職人芸はやはり美しい
本書のトリックは、もちろん初めて読んだ時に鮮烈なる印象を残すため、何年経過してもちょっと心に刻み込まれてしまっていて、ちょっと忘れられるものではない。それでも敢えて改めて読んでみた。
確かにトリック自体は覚えている。が、そのトリックを分かって再読すると、今度は泡坂妻夫がそのトリックに向けて紡ぎ上げる繊細な職人芸のようなワザが目に付き、別のかたちで感心させられる。情熱的でロマンティシズムとエロティシズムの同居した一晩の愛情。しかし、片方の人物が死者であると明かされてから、その死んだはずの人物視点で描かれる同じ一晩が……。 この部分のちょっとした描写の綾が実に微妙である点がまず一つ。そして、その全体トリック以外に仕掛けられている小さな錯覚などなど。そして何よりも、異なる四つの視点によって構成されているこの物語が、読了後にさらに構図を変じた恋愛小説としてしみじみと味わえることである。特に、題名にもある通り湖に沈む村という、恐らくは執筆当時は社会的な図式が、本書で描かれる、喪われたいくつもの恋とどこか重なる点などは芸術的ですらある。
地震によってダムが決壊し、そこから新たな恋を感じさせるラストは更に強烈な印象を残す。

この時期の泡坂作品は、とかくトリックに目がゆきがちではあるが、やはり恋物語の名手として後の作品に現れる氏の実力はこのあたりでも美しく表現されているのだ。哀しい大人の恋物語として、じっくりと味わうことができた。


05/04/04
森 雅裕「モーツァルトは子守唄を歌わない」(講談社文庫'88)

'81年の第31回江戸川乱歩賞受賞作品。同時に受賞したのは東野圭吾の『放課後』。この文庫が絶版となったあと、KKベストセラーズにより「森雅裕幻コレクション」として再刊行されており、そちらでも一部手直しが入っている模様。

一八〇九年、ウィーン。ハイドンの追悼式の前に、馴染みの楽譜屋のもとに寄ったベートーヴェンは、店主のトレークと若い娘が言い争っているところに出くわす。娘の父親・フリースが遺書代わりに残した楽譜を、トレークは勝手にモーツァルトの作品として世に出してしまったというのだ。娘の名前はシレーネ・歌手。彼女の父親はモーツァルトと妻とが不倫していることに思い悩み、モーツァルトの死の翌日に自殺を遂げたのだという。彼女自身、モーツァルトの身体的特徴を受け継いでいた。その楽譜「モーツァルトの子守唄」には、どうも音楽的に不自然なところがあるように見受けられる。モーツァルトの死亡自体、他殺ではないかという疑いがあり、その第一の容疑者は宮廷の第一楽長でもあるサリエリであった。一方、ベートーヴェンは弟子のチェルニーらが参加するオーケストラの練習に来てみると、劇場のなかに焼死体があることが判明した。死体はトレーク。そしてトレークの店は火事となっていたが、なぜ、そして誰によって死体は劇場に運ばれていたのかが分からない。モーツァルトの子守唄に込められた秘密を解いたヴェートーベンは、周囲に不穏な動きを感じ取る。

ユーモアミステリにしてハードボイルドにして歴史ミステリにして本格。これほど中身が詰まっていたとは……。
何年かぶりに再読してみて驚いた。確かに小説運びであるとか、キャラクタであるとか、プロットであるとかといったところには若書きらしい硬さが残っているものの、それ以上に、乱歩賞応募に向けた作者の気合いとサービス精神がこれほどまでに横溢しているとは、この再読してみるまで気付かなかった。
まず、歴史ミステリである点。モーツァルトが不自然な死を遂げたということは歴史的事実であり、これを幾つかの手掛かりをもとにベートーヴェンが推理するという展開がみごと。しかも、別にわざわざそのことを彼が調べていたわけではなく、身近なところから、徐々にその謎に切り込まざるを得なくなるという点が面白い。また、ユーモア・ミステリである点。たまたま、持って出た講談社文庫版では魔夜峰央画伯がイラストを手がけているのだが、そうでなくとも弟子のチェルニーと師匠のベートーヴェンの掛け合いは一級。また、ベートーヴェン自身をさりげなくハードボイルドキャラクタに設定している点も改めて驚いた。
そしてプロットの巧みな点もまた驚き。幾つかの本格ミステリに類するトリックを、この歴史ミステリのなかに挿入し、物語全体の緊張感や中間の展開を維持している。それらがまた物語のなかでごく自然に行われているのだ。特に、最終的に真相となるある楽器にまつわるトリックは、この時代だからこそ成立するもので視点として実に面白く感じられた。

森雅裕という作家自体があまり最近読まれることがない(一部作品は入手困難になりつつある)ようになってきているようなのだが、これは惜しい才能だと改めて感じさせられた。これだけ様々なミステリ要素をごちゃごちゃと集めながら、これだけすっきりとしたエンターテインメントに仕上げるあたり、、なかなか他では見あたらないですよ、ホント。


05/04/03
吉村達也「出雲信仰殺人事件」(角川文庫'96)

それまで徳間書店系列のレーベルでしか刊行されていなかった「推理作家・朝比奈耕作」ものが他社進出を初めて果たした作品。'93年にカドカワノベルズにて書き下ろし刊行されたものが元版。

出雲大社の近くの名ばかりの『ホテル八重垣』にイメチェン作戦の責任者として抜擢された平田均。ホテルは元新聞記者の二代目である須賀宏と真理子の若夫婦が継いでいおり、何とか利用客拡大を図りたいとしたものであった。そのホテル八重垣に、東野という宏の同級生で東京で不動産業を営む男と、その婚約者・水沢めぐみが訪れる。東野の父親はかつて地元で不動産業をしていたが、新聞記者時代の須賀の活躍によって政治家との裏取引がご破算になり、出雲から追い出されたまま死亡したのだった。東野はその恨みを須賀のホテルの買収によって果たそうとしていた。その頃、新宿の高層ホテルのなかで、不審な男性死体が発見された。通報により警察が呼ばれたものの、部屋には毒蛇のハブが八匹も放たれており、容易に侵入することができない。男からもハブの毒が検出された。そして大晦日の晩、ホテル八重垣の泊まり客が行方不明になり、砂浜で他殺死体となって発見される事件が発生。男の側に、珍しいヘビの死体が置かれていた。この二つの事件の繋がりは、この段階ではまだ誰も気付いていなかった……。

そろそろ吉村作品に旅情の薫りが漂い始める頃。事件の作為性の裏に、隠された意味がある……
都合、物語内部で三つの殺人事件が扱われるが、その三つとも八匹のハブ(つまりはヤマタノオロチ)であるとか、出雲信仰に関係の深いセグロウミヘビの死体であるとか、因幡の白ウサギの伝説に基づいて、顔を鮫皮のおろしがねで擦り剥かれた死体であるとか……が登場。題名通りに、出雲信仰と事件とが深い結びつきをみせている。これらが、一種の見立て殺人としての機能を果たしており、本格ミステリとしての評価もできそうな気もするが、残念ながら個々の死体が猟奇的であるという点、その死体のプロフィールに全くの繋がりがない点……といったあたりから導き出される結末は、意外感よりも無理矢理感の方が若干強いように感じられる。犯人探しにしても、微妙に視点人物をずらすことによって為されているため、読者からするとサスペンス感はあっても、論理で詰めていくといった妙味としては少々弱い。
ただ、旅情という観点からは後の作品でもしばしば見られる手法が、しっかりシリーズ作品内部でもこなされている。(まあ、この段階で温泉殺人シリーズは既に何冊か発表されていたわけだが)。特に巻末の取材ノートと実作との関連は面白い。出雲地方への旅行のお供としては、相応に役立ちそうな印象を受けた。

冒頭の、田舎のホテルを改造する方針について平田均が滔滔と述べるくだりには説得力あり。ただ、朝比奈耕作シリーズ(特に本格ミステリとしての)としての面白みとしては、既に刊行されていた初期作品には若干劣る感。


05/04/02
戸梶圭太「クールトラッシュ 裏切られた男」(カッパノベルズ'04)

新装されたカッパノベルズに書き下ろされたノンシリーズの長編。

地方のパチスロ屋のあがりを狙い、プロの犯罪者・鉤崎は事前に念入りに計画を組んで強盗計画を立てた。基本的には集金の際に警備員らを脅して金を奪い逃走するもの。組んだのは植本と浜村、そして浜村が連れてきた米田という男。予想される上がりは二千万から二千五百万円のあいだ。実行にあたり、強盗自体は上手くいったものの、非常警戒線による検問を恐れて運転手の米田が不自然な車線変更をしたために、彼らはほとぼりの冷めるまで鉤崎の用意した隠れ家へと緊急待避する。しかし、奪った金は一千四百万円ほどしかなく、準備に費やした期間と費用を考えると赤字であった。その隠れ家内部で、米田が急に裏切り、植本と浜村を銃殺。鉤崎は何とか逃げ出した。苦労してその田舎町を脱して東京へと戻った鉤崎ではあるが、持ち逃げした米田を許すつもりは毛頭ない。独自の犯罪ネットワークを利用して米田に対する網を張る。一方、米田は米田で、鉤崎を殺し損ねたことを後悔。彼はプロ犯罪の仕事に手を染めてから日が浅かったこともあって、かつての仲間を利用とするが、逆に弱みを握られて……。

クールな犯罪者たちの物語。これまでの犯罪小説は同じでも、研ぎ澄まされた感覚はトカジの新境地?
戸梶圭太の書くミステリーは、ぶっ飛んだ登場人物や安い登場人物がいきなり登場するケースが多く、そこからむちゃくちゃなトカジ節ともいえる物語展開をみせることが多いように思えたが、本作は確かにトカジ作品でありながら、ちょっと「む?」と思わせるものがある。安い人間がとことん安く描かれるのは従来通りとはいえ、主人公の鉤崎をはじめとして、タフでクールな男たちが多数登場するのだ。特にいきあたりばったりでいろんなシチュエーションをミクスチュアすることによって醸し出される無茶な混乱が持ち味だったトカジ節が、本書では一定の設計図のうえでの、かなりかっちりとした物語構成を感じさせてくれる点、これまでの作品群と印象を微妙に異にしている。
複数の視点人物によって物語が著しく変転していく。一定して主人公としての矜持を保っているのは、鉤崎のみで、あとの登場人物は更なる裏切りに会い、ヒドイ目に遭わされて脱落してゆく。マフィアだとかヤクザだとか組織が登場せず、あくまで個人としての”悪人”ばかりが描かれているため、物語のバランスが取れているように感じられた。当然、物語のスピード感覚と、”安い”人間に対する厳しい仕打ちは相変わらず。なので間違いなくトカジの物語なのだが、行き当たりばったりという印象があまりないのが好感度を上げたポイントだろう。

トカジ作品は嫌いではないのだけれど、物語としては今一つ……と思われている、いわゆる普通のミステリ読者向けに結構適しているかも、とも感じた。『陽気なギャングが地球を回す』あたりの二番煎じ(トカジ流アレンジ)という印象も若干あるけれど、それでも面白いものは面白い。


05/04/01
太田忠司「Jの少女たち」(講談社文庫'96)

太田忠司氏の探偵役の一人、元刑事・阿南が活躍するシリーズの二冊目。太田ファンのあいだでも評価の高い一冊であり、聞くところによれば、当時の編集者がこの題材を使用することを強く太田氏に勧めたのだという(太田さんは、セールスには反映されなかったとぼやかれておられた)。シリーズが独立して探偵役を務める藤森涼子も主要人物として登場する。

前回の事件以来、阿南は世間との繋がりを断ち、ひっそりと工場に勤務しながら日々を送っていた。彼のもとを保険の勧誘を装って一人の女性が訪ねてくる。彼女は阿南に勧誘員ではないことを見抜かれ、正体を明かした。「一宮探偵事務所・藤森涼子」。彼女は細野孝昭という高校生。阿南は確かに以前の事件の最中、彼と出会ったことがあった。孝昭はどうやら何度か彼自身の相談のために阿南の行方を捜していたというが、現在は突然に姿を消してもう一週間になるという。協力を求められた阿南だったが、彼は一旦断る。阿南の元に探偵事務所所長の一宮が自ら、孝昭から届いた手紙を持って訪れる。そこには「阿南さんに「J」のことをどう思うか聞いてみたい」といった文章が残されていた。阿南は、勤め先の工場を馘になったことを機会に探偵事務所に協力することとなり、涼子と共に孝昭の自宅を訪れた。そこにはどうやら「J」の手掛かりになりそうな同人誌があった……。

オタクの先駆け時代の青春ミステリとして、そしてプロット中心のハードボイルドとして。心に突き刺さる剛速球
一般には、この時期なりのいわゆる”やおい文化”を正面から、否定も肯定もせず(作品内には否定派肯定派いるが作者のフィルターとしては透明)、淡々と描いたことで一部で話題になった作品とされているようだ。だが、その特異な題材でなくとも、この骨太のプロットと阿南をはじめとするハードボイルドな登場人物が醸し出す雰囲気は、失礼な言い方ながら他の太田作品を凌駕するような重厚さを誇っている。
一つの大きな流れは、前作の事件の経験から”自分を罰する”ような生き方を選ぶ阿南の再生の物語というもの。もう一つは、”やおい”の同人誌という流れから、親子の理解し合えないような相剋によってもたらされる青春群像が醸し出すミステリとしての側面。この二つががっちりと組み合わさって小説としても、ミステリとしても重厚な内容を紡ぎ上げている。
ミステリとして眺めた時には、ハードボイルド系統のプロット型のものということになるのだが、それでいて各々の出来事に関する伏線がしっかりとしており、本格ファンにも十二分に納得できる展開だといえるだろう。また、後半部の誘拐事件などはさりげなく描かれているが、この部分だけでも長編一本を支えられるだけのアイデアが込められているように感じた。ミステリを利用してサスペンスを醸し出して読者の興味を維持しつつ、その過程で一人一人の人間をじっくりと描き出す。彼ら一人一人が背負った十字架が読者の心にもずきんと届く内容となっている。それぞれが試練を乗り越えたあとの読後感も悪くなく、一級のミステリであるという確信を深めた。

阿南シリーズの代表作であり、かつ太田忠司の初期作品のなかでも代表作品として数えられることが多い。現在は残念ながら品切れとなっている模様だが、後のシリーズ作品とは別の意味での太田忠司氏の深みを味わうに適した作品だといえよう。できればこの前作である『刑事失格』も踏まえたうえで読みたい。