MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


05/07/31
化野燐「渾沌王(こんとんおう) 人工憑霊蠱猫03」(講談社ノベルス'05)

蠱猫』、『白澤』に続く、人工憑霊蠱猫シリーズ第三弾。当初は妖怪マニアによるアクション作品という読み方をしていたが、ここに至り物語作家としての化野燐の狡獪かつ綿密、周到な作品構成に驚かされる。

美袋学園で行われている、有鬼派による妖怪データベース作成プロジェクト。その戦いのなかに現れる禿頭にして派手な服装がトレードマークのいい加減男・龍造寺。時実の後輩にして、実はある筋からの依頼を受けて動く何でも屋の龍造寺は、果たしてどのような経緯でこの戦いに関わっているのか? 龍造寺の視点によってこれまで見えていなかった一部の陰謀と、そして経緯が浮かび上がってくる。図書館を巡る戦いを終え、束の間の休息を取る、小夜子、白石、時実、石和、そして龍造寺の五人。しかし、『本草霊恠図譜』を取り返すべく再び危地に飛び込もうとする彼らに対し、有鬼派は世界を根底から覆す兇悪な鬼神を召還。果たして戦いの行方は?

着々と厚みを増す妖怪たちの存在する世界観。多数の登場人物が存在感を増し、最悪の鬼神と対決する……!
 物語の進行イメージ
『蠱猫』 →→  → →→
『白澤』 → → → → →→
『渾沌王』→  → →→ → →→→
皆さまのお手元のブラウザできちんと表示されるかどうか心許ないが、本書内部で展開する物語の進行イメージ(あくまでイメージ、恐らくもっと緻密な作業も可能だろうけれど)を矢印で示したもの。つまり、一部は重なり、一部は単独で、視点人物を変ずることで、この美袋学園内部で進行しているプロジェクト、及び”有鬼派”vs”無鬼派”の戦いを何重もの視点で固定化しようとする構成になっている。一冊の単行本でこのような手法をとるものはあるが、シリーズとはいえ巻を分けて、こういった構成をとるあたり、正直かなり意表を突かれた。重なるところは徐々に簡略化され、視点人物同士が相手をどう思っているのか、ある人物からみた他の人物の謎の行動の真意など、他の巻を読むことで判明するようになっている。それでいて、ケツにあたる部分の時系列は着々と進行しており、停滞感を一切思わせないつくり。上手い。ある程度主要登場人物を網羅したこともあるので、恐らくこの進行方法はとりあえずここまでだろうが、この結果、三冊通じて読んだ読者の頭のなかにはこの”戦い”が叩き込まれているはずだ。
また、この世界のパラダイムをシフト(どこかで聞いたような命題だけれども)させる手順が、実によく考えられている点も三冊を通じてみえてくる。単に妖怪大作戦にしてしまうではなく、何とかこの現代に通じる世界と、この世界との整合性というか常識の歪みをうまく物語の内部に取り込もうとする点に意欲的なのだ。無秩序のような物語世界に確として存在する秩序。これらをさりげなく下敷きにしている点もこのシリーズの好感へと繋がる。

本書で、恐らくは序盤の戦いは一段落ついた。だが、複数のまだ大きな活躍をしていない敵方の登場人物がおり、怪しい動きを見せている。続いての展開がどのようになるものか、暫くお楽しみは続く。どうやら次作には、あの「件(くだん)」が登場するらしい。


05/07/30
篠田真由美「失楽の街」(講談社ノベルス'04)

建築探偵桜井京介のシリーズ、十四冊目。本書にて「第二部」が終了とのこと。時は二〇〇一年、京介や深春、蒼らがマレーシアにて『綺羅の柩』事件に巻き込まれた時期に発生し、帰国してから解決される事件になる。

東京で小規模の爆発事件が連続して発生していた。神代教授は、近く取り壊されることが決まっている朋潤会アパートに住む安宅元教授のもとを訪れていた。取り壊し前に開催されるイベントでは、W大文学部助手・祖父江晋が主宰する実力派劇団『空想演劇工房』が劇を披露することになっている。しかしその祖父江は劇団を放り出して行方が分からなくなっていた。彼のパートナーで主演女優の春原リンが、何とか彼の不在を補っている。その安宅は四十年前に事故で息子を亡くしており、その事故に息子の当時の友人で、現在は朋潤会アパートの保存運動をしている北詰が関係しているのではないかと疑っていた。そんななか、神代教授のもとに群馬県警の工藤巡査部長が訪ねてきた。彼の知り合いの少年で、現在東京に家出中の岩槻修という少年が爆破事件に関係しているのではないかというのだ。修は群馬にいた際に萩原朔太郎の記念館近くで発生した放火事件に関係していたのだという。しかし工藤が本当に頼りたかった桜井京介はまだ旅路の途中にあった……。

点景のように繋がる旧き良き東京の伝統と、それらを破壊しようという衝動と。篠田流”東京”都市論
実際、作品としてのボリュームも結構大きいものがあるが、それが冗長ではなく、物語としても壮大なテーマを(作者としてももがきながら、恐らく)なんとか一つの枠のなかに捕まえようとした結果がこうなったもの。つまり、かなり濃い内容の作品となっている。京介や蒼、深春といった普段のメンバーが旅行中ということもあって、神代教授が大活躍……というほどのこともないが、作品としてはシリーズ作品とは思えない展開をみせる。(実は、序盤、この作品の筋書きがつかめずちょっと苦労はした)。
だが、同潤会アパート(作品内部では朋潤会アパート)の歴史や真実を中心に、四十年前の転落事故の謎、インターネットに犯行予告をする爆弾魔集団、どこか壊れた少年少女……といった幾つものテーマを精力的に書きこなしていて、個々のエピソードがそれだけで読み応え十分。登場人物の過去が意外なかたちで繋がっており、ミッシングリンクテーマのミステリとしての吸引力も非常に高い。また、さすがに手練れの作者というか、初登場の人物ひとりひとりの個性がまた際だっていている。
最終的に、複数の人物を通すことで、東京という街の歪みのようなものが物語から匂い立つようになっている。また面白いのは途中から登場する桜井京介の機嫌(?)が今までに増して悪く、警察との関係が今まで以上にうまく動いていない。気が進まないまま事件に関わらざるを得ない彼の気持ちは、そのまま現実事件に対する人間の気持ちを代弁しているかのように思えるところもあって興味深かった。

旧き良き、美しい東京と、その東京のなかで育まれざるを得なかった狂気と。確かに建築がモチーフとされた物語だが、既に”建築探偵”といった小さなレベルを超えた物語づくりがなされている。シリーズが長くなったせいか、本書から入るというような読者はまずいないと思うが、篠田さんの物語づくりへの執念を是非感じ取って欲しい一冊。


05/07/29
伏見丘太郎「ピンクの寝棺」(グリーン・アロー・ブックス'78)

伏見丘太郎は、60年代の江戸川乱歩賞や双葉推理賞の最終候補に残った経験を持ち、'66年に小説現代新人賞を受賞してデビューした。ただし、その後まとめられた著作のほとんどが艶笑譚と小生は認識していた。が、某古書店で巡り会った本書、なんと「エロチック・ミステリー」と銘打たれている。こ、これは伏見のミステリ作品なのか? ということで読んでみた。

長編、『ピンクの寝棺』に加えて短編が三編収録されている。
関西にある某市教育委員会の私学担当事務局員・正田明は独身の遊び人。彼は、聖クライスト女学院が希望する短大設立に絡んで、その便宜を図るかわりに公然とその新設短大の事務局長のポストを要求していた。女学院の事務長・鈴木はそんな正田のために色々と便宜を図る。正田はさらにその地位を確実にすべく、女学院の女教頭・田尻久子と、副教頭・並川澄子のオールド・ミス二人と肉体関係を持ち、二人を衝突させようとする。ただ、その企み半ばで、田尻久子が失踪。正田が他の若い女性に手を出すうちに、思惑と違った事態が徐々に出来しはじめる。正田の上司・佐々木係長が離婚したうえ、急に退職したことが不審がられていたが……。
ほか、百貨店の女性保安係・三井有喜子を主人公としたエロティックかつ皮肉な結末を狙った連作短編。『美少年の指』『つかまれた男』『坊やとパパと舌』

軽妙な(違うか?)エロスにまみれた、でも一応は通俗ミステリ。ノワールを思わせる自滅の道行きが凄まじい
凄まじい性欲を持つ二人の年輩女性二人との性交場面が延延と赤裸々に、かつ繰り返し何度も描かれる序盤にまず辟易。エロ描写が激しすぎて、この段階でどういう陰謀を主人公が考えているのか、人間関係を含めちょっと分かりにくいのが難。更に、やはり主人公、若い娘がいいものか、あちこちで目に付く女性にちょっかいをかけては、その女性も悪い気がしないらしく次々とベッドイン……という御都合主義の展開は、(よく知らないが)18禁の恋愛シミュレーションゲームを思わせる。
ただ、そのままだといつもの伏見丘太郎だよな……と嘆息させられるところ。だが本書は確かにミステリーとしての側面をも備えている点もまた間違いない。
特に、幾人もの人間を罠にかけ、うまく立ち回っていたはずの主人公が、数々の裏切りにあって、悪あがきをしながらも破滅してゆく後半部が意外と読ませる内容になっているのがポイント。嵌めた相手に復讐しようとしながらも、その半ばで更に自滅して行く姿には、どこかノワールな犯罪小説と同じような匂いが漂っているように感じられた。 (もちろん、大袈裟かもしれない)。残念ながら連載の関係か、ラストが尻切れトンボの様相を呈しているものの、それはそれでブチ切りになったことによる不思議な余韻が残る作品である。(でもやっぱりエロ小説なんですが)。
一方、三編の短編は、それぞれエロティックな経験と犯罪が絡んだお話。軽めの、読者でも先の読める軽めのどんでん返しがあって、佳作とはいえないまでも駄作ではない。軽ミステリーといって差し支えないレベルの作品である。(でもやっぱりエロ小説なんですが)。

googleで検索してみても(05/08/20時点)『ピンクの寝棺』という言葉が一件も引っ掛からなかったので、一応誰かの役にいつかは立つかもしれない……という意味で書評を書いてみた。まあ、物好きな方以外は読む必要のない本ですから。


05/07/28
矢野龍王「時限絶命マンション」(講談社ノベルス'05)

矢野氏は、第30回メフィスト賞を『極限推理コロシアム』にて受賞してデビュー。同作品がいきなりのドラマ化が決定していたこともあってかなりの話題となった。本作は、デビュー二冊目となる書下し長編作品。

荒川区町屋にある「アカシアマンション町屋」。両親から受け継いだ総戸数十一戸のこじんまりしたマンションに僕こと時田恭二(高校二年生)は住んでいた。何かと疎遠になっていた兄が婚約したとの報せをもって帰ってきた日、マンションの部屋にマスクをした謎の男が押し入ってきた。彼らは麻酔ガスをばらまいたらしく、兄弟は気を喪ってしまう。目が覚めた翌日、なぜか首にちょっと簡単には外れそうにない二センチほどのネックレス(首輪)が嵌められていることに気付く。部屋からは何も盗られてはおらず、かわりに段ボールが一箱置かれていた。段ボールのなかからは一台のノートパソコンと、悪魔が形取られた金属製の人形。いぶかる二人の部屋のチャイムが鳴り響く。その映像によって住人たち全員がエントランスに集まってきた。どうやら全員の首にその首輪が嵌っているようだ。何者かの張り紙によって開始が宣言される「部屋大公悪魔人形たらい回しゲーム」。首輪に爆薬が仕掛けられており、そのゲームのルールに違反すると首が吹き飛ぶという仕掛けが……。狂気に満ちたゲームに巻き込まれた住人たちは……。

サバイバル・サスペンス? たちの悪いホラー? 殺し合いの”過程”が重要視された物語?
なんというか、帯にもある通り「度肝を抜く設定!」というのが一つポイントで、それが全てというような作品。要は、マンションの住人たちが、一定のルールのもと家族対抗の殺し合いをするというお話である。寝たきり老夫婦から、外国人一家、母子家庭、会社形態を取る一室に、ひとり暮らしに失業夫婦……。彼らが死を招く悪魔の人形を押しつけ合う。全員が逍遥と運命を受け入れるわけもなく、そのひとつひとつの過程は残酷でしかない。子供も老人もBANG! の擬音とともに命を喪っていく世界。はあ。
ならば、どうしてこんな無体なことが起きるのか。作者は一定の理由を作品にて説明をしている。ただ、そこに無理があり過ぎて、かえって興醒めに感じられた。小生、ホラーはホラーで解するつもりなので、中盤の”セッティングされた理不尽”だけであるならば、謎めいた現代風残酷物語として読めたのだけれど。”なぜこのようなシチュエーションを首謀者がセッティングしたのか?”というあたりが説明されてしまったことで、ホラーたる資格を物語は喪っている。それでいて、その説明があまりにも死角だらけ。一つ一つは挙げないが、細かい矛盾やツッコミたくなる点がいくらでも挙げられる。そういった点も引っくるめて一種のダーク・ファンタジーとして読むにしてもなあ。

作者はどうも、普通のマンション内部の殺し合いという過程が書きたかっただけではないかという疑念も湧く。作品に一定のパワーがあるので、もう少し緻密さがあった方がいいのに……というのが小生の個人的な感想。


05/07/27
朱川湊人「さよならの空」(角川書店'05)

'02年に「フクロウ男」にて第41回オール讀物推理小説新人賞を受賞してデビューした朱川氏は、'03年には「白い部屋で月の歌を」にて第10回日本ホラー小説大賞短編賞を受賞昨年、『都市伝説セピア』にて第130回直木賞候補となり、本年(05年)は並み居る強豪に競り勝ち、『花まんま』にて第133回の同賞を堂々受賞した。本書は『花まんま』と前後して刊行された長編。

生物のDNAを破壊する紫外線を頭上から降り注ぐオゾンホール。従来、極地でしか観測されなかったオゾンホールに異変が生じ、世界各国で観察されるようになってきた。テレサ・クライトン博士の発明したウェアジゾンという物質は、そのオゾンホールを破壊するフロン分子と結合、その影響を無力化することが可能。国連はそのウェアジゾンを世界中に散布すべく、世界の共同作業として『十月計画』の実施を決め、実現させた。その結果、ウェアジゾンが持つ副作用――により、散布を受けた地域の夕焼けが見えなくなってしまうことが判明。一大センセーションが巻き起こったが、人々は背に腹は替えられず、その事実を受け止めることになった。そんななか、八十歳を超えるテレサ博士が来日、失踪する事件が発生した。そのテレサは若い頃の思い出を胸にある場所に向かおうと自主的に姿を隠したのだ。彼女は数奇な運命により小学生のトモルと、キャラメルボーイと名乗る若者と出会い、行動を共にする。

SFをベースにした温かみ伝わる人間小説。朱川湊人の”光”の部分を活かした作品
『都市伝説セピア』にしろ、他の短編にしろ、朱川湊人の作品は(『花まんま』はこれから読むのでコメントできないが)、基本的に”光”と”闇”の絶妙なるミクスチュアから成り立っている。ホラーの要素を持ちながらも、どこか哀しく、どこか暖かい部分を描き出すことによって、それが単なる恐怖譚からまた別個の朱川世界のようなところに突入しているのだ。
本書は、どこにもそう謳っていないが、設定だけみれば上記の通り、SFのそれ。オゾンホールに対する科学的な裏付け、そこに持ち込む「if」の方法論にしても、SFファンにも文句を言わせないだけのものがある筈だ。しかし、このユニークな設定を用いつつ、あえて朱川氏は「夕焼けが消える」という、人々の心には引っ掛かりができるものの、実害の発生しない現象を物語に利用する。このあたりが一つポイントといえるだろう。この設定からならば、一種のパニック小説へと変化させることはそう難しくはない。心理的パニックという状況のみを創りだし、中盤以降は静かな冒険小説へとその展開を変じてゆく
老人と少年、そして人々の交流。こういった状況下におけるささやかな冒険を描き出し、人々の心を暖かくさせてくれる。そして、やはりこれまでの朱川作品とは一線を画しているようにも思う。闇があまりにも少ない。なので、この作品毀誉褒貶が相半ばしている印象がある。素直に暖かなストーリーが好きな方は絶賛し、多少の毒があった方が……という人には何か物足りないものを感じさせるのではないか。

個人的には多少の毒派なので、若干物足りない印象は拭えない。だが、この物語はこの物語そのままでいいのだと思う。あとは受け取る人の感受性次第といえるような気がする。


05/07/26
有栖川有栖(編)「有栖川有栖の鉄道ミステリ・ライブラリ」(角川文庫'04)

'01年に北村薫と有栖川有栖という両巨頭が角川文庫オリジナルでアンソロジーを発表した。それぞれ『北村薫の本格ミステリ・ライブラリ』『有栖川有栖の本格ミステリ・ライブラリ』という題名でそれなりの好評を博した。本書はその続刊にあたり、筋金入りの鉄道マニアでもある有栖川有栖が、鉄道にまつわるミステリを集めた……という内容である。

婦人が鉄道内で刺殺されていた。ソーンダイク博士が登場 『青いスパンコール』(オースチン・フリーマン 大久保康雄訳)
路線にない筈の駅までの回数券を買い求める男……。 『地図にない町』(フィリップ・K・ディック 仁賀克雄訳)
ボストンを走行する地下鉄列車が消失してしまった! 『メビウスという名の地下鉄』(A・J・ドイッチュ 三浦朱門訳)
高架線上を走る列車の車内で男が射殺された。 『高架殺人』(ウィリアム・アイリッシュ 村上博基訳)
汽車で会話した男は三ヶ月前に大金を拐帯した男と思われた。 『4時15分発急行列車』(アメリア・B・エドワーズ 泉川紘雄訳)
大量の金塊の思いもよらぬ隠し場所とは……。 『泥棒』(雨宮雨彦)
江ノ電沿いで男が殺された。犯人候補にはアリバイが。 『江ノ電沿線殺人事件』(西岸良平)
三編の鉄道にまつわるショートショート。 『0号車/臨時列車/魔法』(江坂遊)
佐藤春夫『田園の憂鬱』に記された鉄道の音とは一体? 『田園を憂鬱にした汽車の音は何か』(小池滋)
田舎の中学の演劇部の同窓会。戻ってきた男女には複雑な胸中が……。 『箱の中の殺意』(上田信彦・有栖川有栖) 以上、十編。

アンソロジストとしての有栖川有栖を実感。作品内容よりも有栖川氏の凝り性が浮かぶアンソロジー
ちょいといつもより、あらすじ紹介をわざと簡略化してみたのには訳がある。作者名や題名をみてひと目でそれがどんな作品か分かるというマニアは別として、このアンソロジー、収録作がどんな作品なのか(あらすじではなく、それ以前の構成)が分からない方が、面白く読めると判断したからだ。
前に有栖川氏が編纂したアンソロジーの印象があるからか、どこか「鉄道ミステリ・アンソロジー」という題名であっても、きっと本書にも本格ミステリ指向の作品が並ぶのであろう……と思わせながらさにあらず。まず形式のバラエティが面白い。本格ミステリもあるにはあるが、SFミステリ、探偵小説、ミステリ・マンガ、評論(それ自体がミステリと形式に相似がある)であり、演劇で用いられたシナリオにショートショートに至るまで、様々な形態が並んでいる。一編一編を読むと素通りしそうであっても、このアンソロジーに収録されることによって、それぞれが確かに「鉄道ミステリ」という大きな枠の内側にあることが実感される。 そして鉄道という主題のなかに、これだけバラエティの豊かさな主題があることを編者である有栖川氏は訴えたかったのではないか。この主題を決めた際に、有栖川氏の頭のなかで、鮎川哲也という鉄道ミステリのアンソロジストとして確固たる業績を残した先人の存在が意識されなかった訳がないし、本格ミステリを並べるのとは異なるアプローチが検討されたのではないかと思う。その結果としてのこのアンソロジー、それはそれで面白い試みだと思うのだ。
ただ、どうしても本格ミステリの観点からみてしまう小生としては冒頭の『青いスパンコート』と有栖川氏自ら携わった『箱の中の殺意』の二作の印象が強い。『青い…』は時代性もあって若干の読みづらさがあるが、その時代性ならではのトリックが意外性を創り上げている。『箱の中…』については、シンプルな記述のなかに全ての手掛かりが隠されており、素直なかたちで本格ミステリとして評価できる作品だ。

一時期の鉄道ブームのせいだろうか、個人的な印象ではある程度以上の年輩のミステリファンには、鉄道ファンを自認する向きも少なくないように思う。そういった人は黙って買って黙って読むべき本だし、鉄道そのものに興味がなくとも十二分にこの内容を堪能することは可能であろう。


05/07/25
浅暮三文「実験小説 ぬ」(光文社文庫'05)

もともとファンタジー小説作家としてメフィスト賞を『ダブ(エ)ストン街道』にて受賞してデビューした我らがグレさんではあるが、異色SFハードボイルド『石の中の蜘蛛』で日本推理作家協会賞を受賞するなど、その枠にこだわらない活躍をみせている。そんなグレさんが、これまで『異形コレクション』に発表してきた諸短編と、e-NOVELSにて販売していた掌編集に、幾つかの未発表作品を加えてオリジナル作品集として書下し刊行されたのが本書。

まず、彼は紳士らしい。外へ出るとき、必ず帽子をかぶっている。……交通標識に登場する「あの人」を巡る数奇な運命を標識と共に描いた傑作「帽子の男」、 定年退職してひとり暮らしをしている加藤静夫のもとに届けられる謎のメッセージ。のみならず訳の分からない謎が提示され、彼はひとり思い悩むのだが……「ラッパ」、 地方に行商に来た男が、ちょっとばかりの交通費を浮かすために道無き道を歩いて行く。時々現れる矢印が彼の道しるべとなるのだが……「遠い」
ほか、「カヴス・カヴス」「お薬師様」「雨」「線によるハムレット」「小さな三つの言葉」「壺売り玄蔵」「参(旧字)」といった、異形短編が十編集まった第一章 実験短編集。 そして、e-NOVELSで「浅暮三文B級掌編集」として販売された作品群に書き下ろしが加わって十六編にも及ぶ第二章 異色掌編集 の二本立てで構成されている。

「小説」のこんな楽しく恐ろしい色々なかたち。グレさんの壮大な構想は表現方法の限界を超え、エンタの新たな境地を開拓する……
上記の通り、掌編集の半数については先にe-NOVELSにて読了していたし、異形コレクション発表の作品の幾つかも掲載誌で読んできている。一編、一編、個々に読んだ場合に感じるのは「グレさんの意表衝くアイデアと、まとめる力って凄いなあ」という素直な感嘆であった。それが、本書のように「オールグレ」という集められ方をして、それを読んだ時の衝撃は、感嘆などではきくレベルを超越する。慨嘆とも驚嘆ともいえる内容なのに、ひたすら驚かされるのである。
前半の実験短編集についていえば、確かに実験的な試みが多くなされている。交通標識を物語にしてしまったり、各種矢印を用いて独特のストーリーを創り上げたり、頁の上半分と下半分で物語をぶった切って繋げてみたり、昔に流行ったアドベンチャー・ロールプレイング・ブックの形式を持ち込んでみたり、漢字一文字を並べ、その語源や語義を繋げて物語にしたり。こう言葉で表現するのは簡単なのだが、アイデアまみれの個々の作品が、それでいて独特の余韻や恐怖や叙情といったものを醸し出している点は驚異だとしかいいようがない。
一方で異色掌編集は、まったくもって訳が分からない。脈絡がめちゃくちゃだったり、登場人物の居場所を変じたり、性格を変更してみたりという遊び心によって、独特のエンターテインメント世界を造り上げている。以前にe-NOVELS書評を書いた時に使った表現だが、まさにびっくり箱といった面もちの作品がずらりと並んでおり、ある意味壮観ですらあるのだ。

オリジナル作品集ながら大手からの文庫という気安さ、税込み495円という五百円玉を出してお釣りが貰えるという価格設定は、内容の破壊的な衝撃に比べるとあまりの落差が大きい。事実、これだけの作品内容が文庫として気軽に入手できることを喜んだ日下三蔵氏は本書を評して「タダ同然」とまでいったときく。今年の文芸全体のなかでも収穫ともいえる作品集である。まだ読んでいない本好きはまずは買うべし。そして読むべし。


05/07/24
吉村達也「朱雀村の惨劇」(トクマノベルズ'05)

「新・惨劇の村」シリーズと銘打たれて刊行される探偵・朝比奈耕作の新シリーズにして完結編。五部作の第二作目は、立て続けに刊行された前のシリーズとはかわり、前作『青龍村の惨劇』から七ヶ月の期間を空けての刊行となった。

朝比奈耕作はコントロールできない不安にとらわれ、自らが「終わる」ことを予感していた。まるで引越をするかのような身辺整理を開始した耕作のもとに、『鳥啼村の惨劇』に登場し、耕作の弟と思われる鳥神翼から電話が入る。彼は耕作のことを兄と呼び、自分は海が好きだという謎めいた言葉を残す。その二週間後、人気占い師・算城憲子の夫で実業家の雄一郎が、函館にある自宅で焼死体となって発見された。その死体は生きた時に舌を切り取られており、しかもその凶器が発見されていないのだという。しかも出火の直前、雄一郎が大きな笑い声を立てるのを近所の住人が目撃していた。容疑者となるのは彼の家族、そしてその疑いが最も濃いのは憲子であったが、彼女は事件当時、オーストラリアに滞在しており、直前に彼と国際電話で通話していたことも判明。その憲子は、彼女が持つ『赤い鳥』という宝石が狙われたせいだと主張。彼女に対し、その宝石に破格の高値を付けて買い取ろうと動いていたのは、またしても朝比奈耕之介と尾車泰之を名乗る二人組だった……。

朱雀村は出てくるけれどほーーんの少し。ミステリとしても弱く、熱心なファン向けでしかないか
前作に引き続き、平田均や志垣警部・和久井刑事といったこれまでのレギュラーの面々に加え、先の惨劇の村五部作にて登場していながら、その存在すら中期作品では忘れ去られかけていた、草薙葉子、鳥神翼といった名前が登場する。さらに今回の事件に関しては、生前の舌切断という残酷さが『「伊豆の瞳」殺人事件』と共通しているというあたりを登場人物が話し合ったり……と、これまでのシリーズ作品を読み続けてきた読者にとっては、ある意味懐かしいともいえる配慮が全般になされている。その点はさすがに新シリーズならではのことだといえるだろう。
だが、ミステリの単体作品として、また「新・惨劇の村五部作」を通じての謎という意味でも、若干弱い点は否めない。特に単体のミステリとしてもそれぞれが十二分に味わい深かった前シリーズに比べると、格段に出来は落ちてしまっている。(論理的には決して破綻している訳ではないのだが、かなり全体に無理があって、奇妙な事実に関して辻褄を合わせた印象が拭えない)。恐らく、本書のなかにも、この後の作品で回収されるための多くの伏線があって、全体の謎の一部分としての役割があるのだと思う。恐らくはその点から評価すべきで、単体として云々というのはそもそもあまり意味がないのかも。

先の「惨劇の村」五部作を全て通して読んでいて、かつ朝比奈耕作シリーズの初期作品を押さえていて、さらに前作『青龍村の惨劇』を読まれた方、そしてこの後のシリーズ最後までお付き合いする予定の方。という限られた方向けの作品かと思われる。(そして、その全てに小生は当てはまるのだった。わっはっは)。


05/07/23
北原尚彦「奇天烈! 古本漂流記」(ちくま文庫'05)

作家・翻訳家でもあり、シャーロック・ホームズの研究家としても知られる北原氏尚彦氏。氏は別に古本蒐集家としても有名であり、その日々の生態(?)に関しては氏自身のWEBサイトにて逐次掲載されている。本書は'98年に青弓社より刊行された古本エッセイ『キテレツ古本漂流記』をベースに増補改題した作品。

ジャングルの王者、ターザンは実はアメリカ・インディアンの民話がもとになったお話であった? 一九五三年に刊行された児童書の『ターザン』をベースに論考を繰り広げる『ターザンはインディアン?』 「奇天烈! 児童書」ほか、「奇天烈! 絵本」「奇天烈! SF&幻想文学」「奇天烈! 海外マンガ」「奇天烈! 国内マンガ」「奇天烈! ノンフィクション」「奇天烈! キテレツ本」「奇天烈! エトセトラ」というようにジャンル別に、北原氏が全国各地(世界含む)で入手してきた奇妙な本、珍本、奇本の類について紹介し、それらについて単に内容を小馬鹿にするでなく、かなりマジメな見地からどうしてそのような本が生まれてきたかについて推理をする……といった特殊エッセイ集。解説は横田順彌氏。

世の中はまだまだ奥が深い。本を巡る謎はいくらでもあり、そしてめちゃくちゃ面白い
本書の題名、改めて考えてみるとちょっと微妙かも……とも思う。「古本」+「漂流」とくれば、古本の世界に埋もれ、日夜古本屋を彷徨う人生を廃業した人間たちの話と思われてしまうかもしれないように感じるのだ。確かに、作者である北原尚彦氏の日常にはそれに近いものがあるのかもしれないが、テーマは古書蒐集にまつわる困難さではなく、あくまでその結果、集められた「訳の分からない本たち」が主役。このエッセイの凄さは作者のその本たちに向き合う姿勢にある。つまり、そういった変な本がありました、めちゃくちゃな内容です。面白いでしょー……という点に留まらない。確かにそういった紹介を行うという側面はある。ただ、北原氏は、その世の中に埋もれてしまい、(世の中にまともに出たかどうかすら定かではない)訳の分からない本がどうして成立して出版されたのか。どうしてこんな変梃な内容のまま、世に出てしまったのか、といったあたりまでをきちんと判る範囲まで追求してエッセイにまとめているのだ。役に立たないという点では全て間違いなく役に立たない。
いやしかし、個々の作品の持つ生々しいインパクトもまた強烈で、中国のフィルムブック『地雷戦』だとか、『あなたもUFOに乗ったでしょ!!』のくだりなど、笑って良いのか怖がるところなのか判らなくなるくらい。こういった本と巡り会える(そして見逃さない)北原氏の才能には感服するしかない。

古本マニア向けのエッセイかというと、厳密にはそういいきれない(表紙絵はお約束のように喜国雅彦氏が描いているが)。どちらかというと、普通の本好きの方が面白がって読まれるべき本のようにも思うのだが。騙されたと思って読んでみて欲しいエッセイ。わたし自身のことをいえば、ちょっと世界観が拡がったような気がする。


05/07/22
我孫子武丸「弥勒の掌」(文藝春秋本格ミステリ・マスターズ'05)

我孫子武丸氏の長編にお目に掛かれるのは、ホント何年ぶりなんだろう……。『まほろ市』シリーズは長編という程の長さがなかったことを考えると、もしかして『屍鑞の街』以来? それって99年のことでは。ということで、久々に書き下ろし刊行された長編作品。

三年前、千秋という女子生徒と深い関係になり、妊娠させてしまった数学教師・辻恭一。事件がきっかけで良好だった妻との関係が破綻、学校を変わりながらもほとんど互いに口もきかない生活を続けていた。十二月のある日、恭一が外で食事をして家に帰ってみると、妻がいなくなっていた。身の回りのものと若干の妻名義の通帳がなくなっている。これまでなかった妻の家出だったが、恭一はそれが自分に与えられた罰だと思い、普段の生活を淡々と続けていく。だが、家にあった彼女の持ち物を処分したりするうちに、警察に近所の人から通報があったらしく、恭一は取り調べを受ける。妻が失踪しながら、平気でいる夫が怪しいと思われたのだ。恭一は、慌てて妻の行方を捜そうとするのだが……。 一方、生活安全課の刑事という地位を利用し、摘発情報を裏に流すことによって闇の金を入手していた刑事・蛯原。その激務の合間に妻を愛し、二人の娘を大事にしていた彼だったが、妻の和子がラブホテルで殺害されたとの報が入る。その和子の死にどうやら「弥勒の御手」なる新興宗教が絡んでいたらしいと知った蛯原は、謹慎中の状況を省みず、一人で捜査を開始した。

語られなかった物語がもたらす、不意打ちのような衝撃。後味の悪さももうひとつのアビコ流
かたや一般人、かたや警察官。二人の物語が交互に描かれる展開、そして二つの事件にどうやら「弥勒の御手」と呼ばれる新興宗教が絡んでいるらしい……となると、読者はまず、この二つの物語がきっと意外なかたちで繋がるのだろう、という興味から入るはず。それがこれまでの我孫子作品でもみられた叙述トリックの一つの定型だから。
しかし、この二人、物語のなかで逆に意外なくらいに早くに邂逅を果たしてしまい、二人のエピソードは一つにまとまっていく。つまり、結びつきに意外性はなく、この点からはサプライズは得られない。ミステリとしての物語の焦点は、「弥勒の御手」という新興宗教教団そのものが抱える謎へと変化する。 ここが本作の一つのポイントである。急速に拡大する勢力、信仰に燃える信者たちが多くいる一方で、ヤクザや警察幹部とも繋がりを持ち、訴訟すら直前に取り下げられるという謎の集団。果たして……というあたりは情報小説としての面白さが存在することは事実。実際、終盤にこの新興宗教の正体が内側から明らかになった時にかなり驚きがある。ただ、単なる情報ミステリでは終わらないところに、我孫子氏の面目躍如といった趣があるのだ。
本格かどうかは微妙ながら、不意打ちのようなサプライズが物語の終盤に隠されている。語られなかった物語(語られなかったことすら気付くことのできない)が醸し出す邪悪な衝撃。落ち着いた先の後味の悪さは、人によって好悪が分かれそうだが、我孫子作品を全て読み続けているファンであれば奇妙な納得感を得ることができるだろう。

我孫子武丸久々の書き下ろし長編。単なるサスペンスではなく、多少強引な方法でもきっちりミステリとしての驚きを提供してくれるあたり、さすがである。いわゆる『殺戮に至る病』をはじめとする我孫子”武男”(丸男ではなく)系統の作品が好き な方なら必ず気に入ると思われる。


05/07/21
折原 一「偽りの館――叔母殺人事件」(講談社'04)

折原氏自身のサイトによれば、本作は39冊目の著作ということになるらしい。題名からも類推されようが、リチャード・ハル『伯母殺人事件』へのオマージュとなっており、実際作品中にも同書が登場する。(『叔父殺人事件』発表の予定もある模様)。

居酒屋でフリーターをしていた智樹は、急に興信所の人間の訪問を受ける。ファッション業界を風靡し、現在は引退している女性実業家・清瀬富子という老女がどうやら、智樹の叔母にあたる人物なのだという。身寄りのない富子は、智樹の人間を確認して場合によっては財産の相続を考えているといい、智樹は富子と暮らし始める。春という老女と美咲という女性が手伝う館は豪壮だったが、何よりも智樹は叔母の富子の性格の悪さに困惑、そして美咲と愛を交わすようになってから殺意が芽生えていく。一方、智樹の事件発生後、その館は無人となっていたが、ノンフィクション・ライターを目指すある男がその家に住み着いた。彼は遺された館に住まい、智樹の残した品々と共に暮らすことで、事件を内面から再現できるはずと考えたのだ。男は偶然知り合った女性を、お手伝いとして家で雇い、執筆生活を開始する。

ある人物が、一人の女性に殺意を抱くまでの経緯と、それを追う男。全てのピースが揃う時、新たな悲劇が……。
貧乏な娘が身体すら切り売りしながらのし上がって成功、巨額な財産を築き上げた。子供に恵まれなかった彼女・清瀬富子は性格が悪く、人の不幸を喜び、自分以外の誰をも信じず、財で人をコントロールするような人物。彼女にいいように弄ばれる青年が殺意を――という展開は、描写によって奥深くはあるものの、それほど突飛な設定ではない。ミステリにおいては当たり前。彼女さえいなくなれば、財産と愛する女性の両方を入手できることから殺意は増幅する。このあたりの不満から殺意に転じていく過程がまずサスペンスフルにところどころ挿入される手記にて表現される。確かに先の事件で「叔母殺人」が実行されており、この錯誤の構成が実に巧みであるのだ。
一方で、現代は別の人物がこの事件の謎を追っている。こちらはこちらで、徐々に前の事件とシチュエーションが似てくるところに不気味な怖さが喚起される。 展開そのものに謎はなく、こちらのパートでも犯人の智樹は、二重人格を装って実刑こそ免れたものの精神病棟に入院させられているのも確か。吸い寄せられるように館に事件の関係者が集まったところで、クライマックスの智樹と館の人物との対決になる。
この物語の謎の構成は、叙述トリックというよりも本格サスペンスに近い。 一部の情報を読者に対して欠落させることによって人間関係の穴を見事に覆い隠し、ラストに至っていろいろな人々の正体――そして「叔母殺人事件」とは何だったのかという点が明らかになっていく。事件そのものは実は謎ではなく、物語によってミステリという形式となった作品。

このあたりのピースの構成はさすがに折原一らしく手慣れたものを感じる。また、天井裏といった一連の折原ガジェットが本書にも登場しているのは特徴的だといえるだろう。ベテランらしい味わいのある作品である。


05/07/20
小路幸也「HEARTBEAT」(東京創元社ミステリ・フロンティア'05)

第29回メフィスト賞を『空を見上げる古い歌を口ずさむ pulp-town fiction』で受賞。その後、爽やかさと一抹の苦さの溢れる独特の世界観を持った作品を次々と編み出す小路幸也氏五冊目となる書き下ろし長編。

ぼくは高校生の頃、マジメで成績優秀だけが取り柄の医学部志望の酒屋の息子だった。そんな優等生のぼくが不幸な生い立ちの結果、不良少女となっていたヤオと出会い、そして修学旅行先の京都で結ばれる。しかもその後、二人は土中に埋められた一億円を発見した。ぼくは、十年後に彼女にその一億円を渡す約束をした――それから十年。ニューヨークへ渡航後、紆余曲折あってホームレスに混じって暮らすなど、世間的には行方不明となりながら奇跡的に帰国したぼくは、約束の場所に赴く。現れたのは彼女ではなく、その夫と名乗る人物だった。ヤオは行方不明だと彼はいい、混乱したぼくはかつての同級生・巡矢(めぐりや)に助けを求める電話をした。ぼくは三年前から行方の分からないヤオを探し出そうと決意した。
一方、大きな館に住む裕理(ひろまさ)は、亡くなった筈の母が幽霊となって祖父の前に姿を現したことを知る。裕理はその当時の事情を詳しく教えてもらっていない。なぜ、母はいなくなったのか。どうしているのか。裕理の友人で彼のことを大切に思うエミィとハンマは、周辺からその謎を探ろうとするが……。

(ちょっと陳腐な言い方ですが)時を超えて交錯する、ちょっと奇妙な経験と純粋な愛情の物語
本書を読み終えて最初に思ったことは、小路幸也という人は風変わりなファンタジー作家だなあ……ということ。叢書がミステリ・フロンティアなので、(古くて新しい)ミステリとしての仕掛けももちろんある。その結果、相応のサプライズが結果的に得られるものの、それよりもじわじわと心にしみ入ってくるような不思議な世界感覚の方が強烈な印象を残す作品なのだ。ミステリから入りながらも本質がファンタジー、それでいて薄っぺらさが一切ない。特に、この世界を構築して維持するための、物語の補助線(というか柱というか)に独特のセンスがあるように感じられた。
その補助線となる一つが、主人公が愛する母子の仇を追うためにNYで地下に潜りホームレス生活を行った――というような特殊なエピソード。主人公がここで身に付けたというある能力を含め、現実にあり得ないわけではないが(実際にあるのだろうか?)実際に普通の人間が足を踏み入れることのない世界を描くことで、まず、ほんの僅かに地に足の着いた現実と、あくまでフィクションである物語との境目を切り離す。
その切り離された世界を支える屋台骨となるのが、どうしようもなく一途で無垢な、いくつもの裸の愛情にあたる。 この愛情がまた一筋縄でいかない。いわゆるフツーの恋人同士の男女の愛情だけではなく、いろいろなかたちの愛情が物語内部で交錯している。しかし、その複数の人々の、複雑なかたちの愛情を淡々と描き続けることによって、さきほど宙に切り離されたファンタジー空間が、じっくりとした厚みを持つ世界へと変貌してゆくのだ。特に、ヤオを巡る大人の”ぼく”の物語と、母親の幽霊を巡る裕理の物語それぞれ全く異なるエピソードであるのに、終盤に至って似たシチュエーションの二重写しであることが判明するあたり、作者の技巧が感じられる。特にこれまでの作品における作者の弱点(?)でもあった、エンディングの構成が実に素晴らしい。ファンタジックな謎を明かしたあと最後の最後のエピソードに至るとちょっとした幸福感を味わえるのが実に嬉しく、読後感の暖かい作品に仕上がっている。

汚いところもあれば悪意もある。物語の結末はむしろ哀しいもの。だけど世の中ってまだまだ捨てたもんじゃない。そういった前向きの気分で最終的には満たされる。そういう作品。