MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


05/08/10
黒川博行「蒼煌」(文藝春秋'04)

『オール讀物』誌の二〇〇三年四月号から二〇〇四年二月号まで連載されていた作品が加筆され単行本化された作品。装画は黒川氏の奥方で画家である黒川雅子さん。傑作『国境』以来久々の新作長編で、自らの出自でもある美術の世界を描いた一般小説(つまりミステリではない)。

日本芸術院第一部(美術)第一分科会(日本画)の欠員二名を埋めるための、芸術院会員選挙が近づいてきた。東京の二人、そして京都の二人が一騎打ちを演じるものとみられており、その京都の一人が室生晃人。現在、芸術院賞を受賞している室生にはその会員となる資格があり、己の出世のために執念で絵を描き、上り詰めてきた。大村はその室生の執念を評価し、自ら腰巾着として、その選挙運動をサポートする。人徳はもう一人の候補者・稲山の方が上だったが、室生は恩人の妻を担ぎ出し、さらに京都の古手画商を参謀につけ、これまでの身代を放り出すように運動に精を出す。しかし、投票資格を持つ現会員たちもまた一筋縄ではいかない狸たちばかり。多くの現金や賄賂が当たり前のように飛び交い、しきたりにのっとり頭を下げて回る室生たち。果たして選挙はどうなるのか。どろどろした美術界の内幕が執拗に描かれた問題作。

元気なお年寄りたちによる、権威への執念と尽きることのない欲望の物語。狸は狸でも古狸はもっと強烈
「七十すぎの年寄りが、八十すぎの年寄りの機嫌とるやて」
……という序盤にあるある登場人物の台詞が物語を象徴しているように思う。日本美術界の内幕がこれほどがちがちとした権力闘争の末に成り立っているということは、この作品を読んで初めて知ったが、その主役となるのがみんな世間的には「お年寄り」の世代なのである。ただ、政治家などの人種がそうであるように、元気、異常なくらいに元気。覇気のない中年サラリーマンなんかよりも遙かにぎらぎらてらてらと、表向きと裏向きの顔を使い分けているのだ。芸術自体にはもう新しいものは生まれず、彼らの序列、つまり権威と金銭に対する欲望が全てを支配している。
そういった人物たちを動かそうと猛烈な選挙運動が繰り広げられる。展覧会の初日に出向いて高価な絵を買い入れ、現金入りのカステラを持って家回りをし、さまざまなポストを提供する。正直、物語構成による驚きとかは少なく、賄賂の金額とその巧妙な手法といったところに情報小説としての凄まじさがあり、そちらの印象が強い。
不思議なのは、これだけ汚い手腕を弄しながら強烈に動き回る主人公たちが、あまり悪人にみえないこと。吝嗇漢で傲岸、人を人と思わない室生も、女に手が早く自分の利を計算しながら行動する大村も、名手・黒川博行の手にかかれば「憎めないお爺ちゃん、憎めないおっさん」として描写されてしまう。その結果、読後感以上に読んでいるあいだあまり不快な気分にならずに読み進められるのだ。

物語そのものの結末は、小説となるからには読める――といってもいい展開だろう。だが、この結末に持ち込むために工場事故をきっかけに政治家の汚職が暴露され、それが芸術院選挙という本題に”綺麗”に繋げていく手腕も確か。こういった部分において特にリアリティに気を遣っていることによって物語がスムースに流れているのだ。ミステリではないけれど、読み応えは十分。黒川氏の円熟の味が楽しめる作品だといえるだろう。


05/08/09
高田崇史「パズル自由自在 千葉千波の事件日記」(講談社ノベルス'05)

高田崇史氏の人気シリーズのひとつ、”千葉千波の事件日記”シリーズの四冊目。『試験に出るパズル』『試験に敗けない密室』『試験に出ないパズル』に続く作品で、千波くんほか、ぴーくん、慎之介、チョコちゃんらレギュラーメンバーが例の如く大活躍(?)する。

受験に失敗した直後。ぴいくんはチョコちゃんや千波くんとお花見に出掛けた。おばさんたちと盛り上がるうちにトイレに行ったはずのチョコちゃんが戻ってこないことに気付く。 『桜三月三本道』
デパートの屋上に設置された迷路で着ぐるみを着てアルバイトをすることになったぴいくん。何人かいるアルバイトに万引き犯が紛れ込んだらしいのだが……。 『迷路な二人』
チョコちゃんの運動会に出掛けたぴいくん一同。しかし運動会のために準備した巨大てるてる坊主が壊されたり、数日前に火事があったりと何かと波乱の予感が漂っていた……。 『徒競走協奏曲』
チョコちゃんのピアノの発表会が間近に迫ったある日、同じ日にフルートの演奏会に臨む予定のぴいくんのフルートが紛失してしまった。果たして? 『似ているポニーテイル』
正月に千波の実家にて親戚一同と顔を合わせたぴいくん。さまざまなゲームを行うなか幾つかの奇妙な出来事が起き、誰もいない筈の二階で足音が……。 『ゲーム・イン・ゲーム』
千波の近所に住む小学生が誘拐された。しかし翌日には監禁先から逃げ帰ってきて、無事に保護される。その子の証言によれば監禁場所近くに動物園の看板があったというのだが……。 『直前必勝チャート式誘拐』 以上六編。

シリーズ従来作品以上に、より強調されているユーモア。パズル尽くしの事件のなかのドタバタ劇はやはり楽しい
前作にあたる『試験に出ないパズル』即ち『出なパズ』において、作中の時期は一旦一月まで進行していた。ならば、この作品集においては、とうとう受験シーズン突入か! と思わせておいてちょっとした変化球が投げられている。(まあ『メフィスト』で追いかけている方には自明のことではあるけれど) つまり、ぴいくんに過去を回想させることによってリアルタイムの時間進行をくい止めているのだ。果たして浪人生であるにもかかわらず、息抜きのやたら多い慎之介やぴいくんが受験でどうなるかは不安であることだし、先延ばししてもらうにこしたことはないかも。
一編一編のエピソードは、特に後半になるに従って一般的な手順に従って構成されたミステリへと変化してきている印象。メインとなる謎だけを取り出してみると(除く『桜三月三本道』『迷路な二人』)、結構一般的な手順に従ったミステリのようにも思える作品もある。ただその一方で、エピソードとして挿入されるクイズがやはり思いっきり論理パズルなので、どうしても全体としての印象は”パズル尽くし”になってしまうかもしれない。全部が全部、それらのパズルに取り組むとわたしなどは一生読了出来そうにないので、ちょっと考えてみて、それから答えをみて唸る……という手順を踏んだ。このあたりについては人によっていろいろな楽しみ方ができるのではないだろうか。
そしてもう一つ。本作では従来以上に、千波君大好き身体ごと一直線飛び込みの強烈キャラ・チャコちゃんと、妹溺愛の大ボケぶりを発揮するぴいくんの感想を中心に、ユーモア小説の側面が強くなってきている。 もはやチャコちゃんに対し、恐怖すら抱いているだろう千波君と、それを微笑ましいと信じ込んで眺めるぴいくんの姿は、滑稽といえばいいのかどうだか。ただ、面白いことは確か。

作中に溢れる論理パズルに対しての好みとか耐性によって、本シリーズほど読者の好き嫌いが分かれる作品も珍しい。QEDシリーズの歴史の暗部に迫る緻密な論考も、こういった遊び心のある作者のパズル精神と繋がっているものだと考えると、個人的には実に興味深い。


05/08/08
都筑道夫「幽霊通信 都筑道夫少年小説コレクション1」(本の雑誌社'05)

都筑道夫作品は多岐にわたっており、その多くが(現在の入手可否は別にして)何らかの文庫に収録されている。その業績のなかで一つ盲点となっていたのが、この「都筑道夫少年小説コレクション」のターゲットとなっている。少年少女向け小説。一部はソノラマ等で刊行され、ほか桃源社で『こんばんは幽霊です』をはじめ、四冊の単行本にまとめられたことがあるものの、まだ文庫に採られていない作品がまだ数多く残っている。本書も考えてみれば文庫ではないが、その貴重なジュヴナイル群を改めてシリーズとして入手可能にしようという意義は非常に大きい。

『ゆうれい通信』(ショート・ミステリ集) 「第一話 一本杉の家」「第二話 二階にうつるかげ」「第三話 三時三分にどうぞ」「第四話 スペードの4」「第五話 五色のくも」「第六話 ぼうしが六つ」「第七話 七福神の足あと」「第八話 8時のないとけい」「第九話 おしの九官鳥」「第十話 十字路の火を消すな」「第十一話 十一才のたんじょう日」「第十二話 十二ひとえの人形」
父親から急に旅行に出ることになったという手紙を貰い、中野のおじさんの家に赴くルミ。しかしその中野の家の近くでは怪奇現象が頻発していた……。 『耳のある家』
黒い外套を着て”砂男”と名乗る人物が、ゆみ子の兄、清兄さんを訪ねて来た。彼は新宿に行ってまた戻るということだったがその夜、清兄さんが鍵がかけられた部屋から消えてしまった。 『砂男』
東北のある小さな町で、座敷わらしが出るという。由美は、地元の邦夫らと共に座敷わらしが出るという屋敷で出現を待つ。ひとときして少年が現れ、屋敷のなかに入ったまま消えてしまった。 『座敷わらしはどこへ行った』

強烈なサスペンスにして驚くほどの本格。トリッキーな初期都筑ミステリに通じる強烈エンターテインメント!
この巻では、大学で民俗学を研究する「おばけ博士」こと和木俊一が探偵役として登場する作品がまとめられている。末尾に収録されている『座敷わらし…』以外は、一九六〇年代初期に雑誌発表された作品であり、まさに都筑道夫としての活動初期と重なる時期の作品だといえよう。(この点を確認して『座敷わらし…』だけ若干、作品集のなかの他の作品に比べてテイストが異なる理由が分かった気がする)。
もちろん、少年小説ということもあり、文章としてはひらがなが多く平易な表現が心がけられている点は、一般向けと明らかに異なるのだが、その内容という意味では、全く手抜きがない。というか、寧ろ後にかかれた一般向け作品よりもサービス精神が旺盛に働いているといって良いくらいなのだ。出来はとにかく、けれん味のあるトリックをふんだんに取り入れていて、そのとっかかりになる事件の怪奇度も高い。(使われているトリックが現実に通用するかどうかという点を重要視していない分、論理のアクロバットの跳躍が激しい)。また少年小説なりに悪意や残酷な場面もあり、都筑道夫が手抜きをせずに本気で書いていたことがその点からも伺える。都筑道夫のジュヴナイルという意味合いを超えて、純粋に本格ミステリの新刊として、都筑ファンでなくとも本格ファンならば読む価値があるといえるだろう。
特に短めの長編である『耳のある家』あたりで繰り広げられるサスペンスは強烈。次から次へと発生する不気味かつ怪しい状況は、今になって本書を手に取る大人の読者を狂喜させるに十分な内容だといえるだろう。またショート・ミステリ連作である『ゆうれい通信』にしても、上記の通り題名から遊び心が溢れている。蘊蓄などは控えめながらそれでも奇妙なおもちゃなどを登場させるなど、脱線部分もやはり楽しい。それでいて、例えば「8時のないとけい」のラストシーンなど、子供の頃に読んでいたら間違いなくトラウマになってしまうであろう衝撃も忘れていない点が凄まじい。(すごい、をこえて、すさまじい、の域にある)

需要の見込みとしては確かに限られた読者になりそうな点からだろうが、若干高値設定されているが、それでも内容を考えると本書は”お買い得!”と感じさせられる。(今、桃源社の対象書籍が古書相場いくらで入手可能かを考えると特に) しかも焼き直しでもなんでもなくオリジナルのトリックが数多く楽しめる本格推理指向の強い作品がこれだけ揃っているのは驚異。都筑道夫に興味のある読者ならばシリーズコンプリートははっきりいって義務ですね、これは。


05/08/07
朱川湊人「花まんま」(文藝春秋'05)

都市伝説セピア』が直木賞候補になった時にも驚いたが、続いてこの作品集が第133回直木賞をホントに受賞してしまった時はもっと驚いた。『オール讀物』誌の二〇〇三年十一月号から二〇〇五年一月号までに掲載された作品に、書き下ろしの『凍蝶』が加えられた七編。

あの日、死んだチェンボが私の部屋に現れた。 『トカビの夜』
大人を知らぬ少女を虜にした、その甘美な感触。 『妖精生物』
おっちゃんの葬式で霊柩車が動かなくなった理由。 『摩訶不思議』
妹が突然、誰かの生まれ変わりと言い始めたら。 『花まんま』
耳元で囁くと、人を死に至らしめる呪文、送り言葉。 『送りん婆』
墓地で出会った蝶のように美しい女性は今どこに。 『凍蝶』 以上七編。

朱川湊人作品が持つ特徴、すなわち”怪奇現象+さまざまな想い”がシンプルに描かれた好作品集
(あらすじについては、ちょいズルをしてしまって帯にあったコメントをそのまま使ってしまいました。すみません)。
イメージとしては昭和四十年代後半から五十年代初頭にかけてか。大阪の下町を舞台にして繰り広げられる小さな怪異譚が叙情豊かに描かれた作品集。開けっぴろげで下品であまり金銭的には豊かではないけれど、それなりに温かな気持ちが充満していたその時代を鮮やかに描き出し、その舞台ならではの少し寂しいいろいろな”気持ち””感情”を、supernaturalな事象と絡めて表現がされている。その”気持ち”の部分、例えば、打算のない幼き日々の友情であるとか、女の子の性への目覚めであるとか、年上の人への憧憬であるとか、亡くなる間際の人間の無念さだとか、作者が描こうとした主題が一読瞭然というようなわかりやすさをそれぞれの作品がみせている。このあたり、直接的に過ぎるように思われる部分は人によって好悪が分かれるところであろうけれど、現在の読書事情を考えるとこれくらい分かりやすく描く方が良いのかもしれない。
好感を覚えたのは、大阪の描き方が一律ではないところ。いろいろな大阪があって、それぞれの作品によって微妙にニュアンスを変じているあたりは流石。実際にこのころ大阪で育ったという同時代の方が読まれても親密感を覚えこそすれ、違和感はないはずだ。また、差別・被差別といった部分についても登場人物というフィルタを通して、奇妙な正義感を振りかざさないまま淡々と、そしてしっかりと描いている点も巧さを感じる。その一方で、ノスタルジーを喚起させようとするあまりに、固有名詞が頻出しているように思われる点(例えば「パルナス」だとか)には、個人的には引っ掛かりを覚えた。まあ、これが逆にいいのだ! という方もおられるとは思うのであくまで個人的な感想としてだが。

実に朱川湊人らしい作品であり、それが直木賞として評価されたということは喜ばしい。ただ、朱川氏はもっともっと深く美しい物語を創れる方だと思っている。ある意味、このレベルが早くも最高傑作となってしまう作家ではないはず。今後も恐怖感漂う美しい物語を期待したいところ。


05/08/06
太田忠司「大怪樹 新宿少年探偵団」(講談社ノベルス'04)

新宿少年探偵団シリーズ、いわゆる”宿少シリーズ”も遂に八冊目。次巻が最終巻であることが予告されるラスト前の一冊。とはいえ、シリーズ全体の謎が急速に膨れあがり、人間関係もかえって複雑化。シリーズを読んできた読者にとっては目の離せない作品である。

まぼろし曲馬団との二度にわたる戦闘によって新宿一帯は激しい被害を受けた。人々は新宿にて何かが起こりつつあることを認識しはじめており、その余裕のある人々は待避を開始していた。その被害修復もままならないうちに、新宿では謎の植物が目撃されるようになっていた。人や動物を喰らい、その養分として巨大化していく植物・ユグドラシル。緑の化け物に対し、警察内部の権力争いから従来の捜査一課ではなく、第六機動隊が投入されることになった。やはり旧来の考え方をもって対処しようとする機動隊のメンバーは次々と緑の植物の奇襲に倒されることになるが……。一方、新宿少年探偵団のメンバーも、徐々にその個性が発揮され、個人行動が増えてきていた。特にマッドサイエンティストたちの残した科学を応用し、蘇芳と共に解析して取り込む謙太郎は一人で行動することが多く、その点が壮助には不満だった。また、蘇芳やジャン・ポールといった中心人物にも、探偵団を裏切るような発言が目立ち始め……。

オールスターがそれぞれ役割を果たし始め、宿少シリーズは一気にクライマックスへ駆け上る!
前作『まぼろし曲馬団の逆襲』においても、これまで”宿少シリーズ”全体の謎とされる事柄への伏線がいろいろと出てきたが、本書はその伏線が伏線だけでなく、現象として実際に表出してゆく段階の物語。例えば、メインとなる登場人物が他の人物に対して裏切りを仄めかすような発言をしていたと思えば、本書では実際に裏切りをしてみせる……といった具合。果たして、その真なる理由が何なのかといった重要な部分は完結巻となる次作に持ち越されているが、エンディングへの期待を最大限高めるためのステップとしては、深い満足が得られるだけのレベルを軽々クリアした物語となっている。
恐らく、その全体をまとめるためだけでも十二分に物語に成り得るにもかかわらず、本作でも植物を操るマッド・サイエンティストが登場(しかも、その人物はシリーズ序盤でしっかりと顔を見せており、その伏線については本作で回収されたといえるだろう)。また、警察の方もパワーアップ(火力的には)しており、一般常識vsパラダイムシフト後の世界という図式の表現について、更なる強化が図られている点も特徴だ。いわゆるアクション場面についても本作でも健在。但し、初期のいわゆる乱歩テイスト自体は徐々に影を潜めてしまっており、少なくとも本作については完全に太田忠司オリジナルの世界への移行は完了したものとみるべきだろう。

単独作品としては既に捉えることができない段階にきており、本書はあくまでシリーズ全体のなかでの重要性のなかでしかその価値を計ることはできない。そして、そのシリーズ内の重要性という意味では完結巻に次ぐだけの意味合いを持っている。これまで多くのキャラクタが本シリーズに登場しているが、その総ざらえという意味合いもありそうだ。さて、こうなるとラストがどうなるか、だ。


05/08/05
垣根涼介「クレイジーヘヴン」(実業之日本社'04)

日本推理作家協会賞・大藪春彦賞・吉川英治新人文学賞という史上初のトリプル受賞を果たした『ワイルド・ソウル』に引き続き、今年は『君たちに明日はない』が第18回山本周五郎賞を受賞するなど、現在もっとも話題性の高い作家の一人が垣根涼介氏。本作はその垣根氏によるノンシリーズ作品で、「月刊ジェイ・ノベル」誌に不定期連載された作品がまとめられた長編。

北関東某都市の旅行代理店に勤務する独身サラリーマン・坂脇恭一。彼は先日、買い物によったスーパーに愛車のRX−8を駐車していたほんの十五分の隙に、車上狙いによって財布から免許証、クレジットカードに健康保険証まで全て入れていた小さな鞄を盗まれてしまった。諦めきれない恭一は、代車のなかから一日そのスーパーの張り込みを続け、遂に犯人集団と思しき外国人二人組の存在を突き止め、その住居を確認した。恭一は、警察に届けても彼らが強制送還されるだけということを知っており、自らの「枠」を突き破ることを決意する。丸四日間、方法を考え抜いた挙げ句、恭一はその外国人の住居に不法侵入し、免許証や携帯電話を取り返す。しかもそれに飽きたらず、彼らの持つデータを破壊し、パスポートを取り上げ、彼らが貯め込んでいた現金四百万円を奪う。そして、彼らが帰宅するのを待ち伏せするのだった。 一方、チンピラヤクザの美人局の片棒を担ぐ圭子。彼女は暴力と快楽で縛られた現状に嫌気が差していた。そんな折り、ちょっとくだけた会社員と出会い、束の間の出会いに心をときめかせる。その会社員こそ恭一だった。

「枠」を乗り越えた先にある、狂った天国。堕ちた男と女が辿り着く先は――?
過去に鬱屈とした思い出を抱えながらも、表向きは普通に生活するサラリーマン。冷静沈着な仕事ぶりにして的確な状況判断ができる、頭の回転の早い男。本書に登場する坂脇恭一もまた、これまでの垣根作品に登場するヒーローとの共通点を多く持つ人物である。ある意味、パターンといえるのだけれど、悪事をこなしながらも熱くなりすぎず、一定の成果を得たあとの引き際を知る……というあたり、従来の犯罪小説と微妙に異なる感触を持つ主人公を、垣根は数々登場させてきた。ただ、この恭一の場合は、そこから若干逸脱する部分があり、そこがこの作品の魅力となっている。
普段は冷静なのに、時々熱くなりすぎる。 その結果、超えてはいけない境界線をも踏み越えてしまう。ただ、その踏み越えた自分を再び冷静に観察し、事後処理が的確なのが面白い。
恭一の物語に加え、いわゆる”安い女”圭子を登場させ、狂った天国に突き進む二人。それが決して自暴自棄ではなく、冷静に「枠」からの逸脱を繰り返すあたりがこの物語の魅力。堕ちそうでいて、絶対に堕ちきらない。それも他動的ではなく、あくまで自分の判断で立ち位置を決めている。やっていることはむちゃくちゃなのにどこかクール。エネルギッシュでありながら、表にそれを持ち出さない。ヤクザとの物語、組織における物語など細かなエピソードを積み重ねていくことで物語は厚みを増し、冷静な狂気が研ぎ澄まされて発露していく展開に一定の迫力が加えられている。狂った男の女の狂った物語なのに、なぜか読後感が爽やかなのは何故だろう?

全体的にぴりぴりとした緊張感が漂い、エロティックな場面はエロく、グロテスクな場面はグロく、しっかりとした描写がなされている。男女の性交場面にしてもかなり現実的な描写が強く、そういった方面が苦手な方には抵抗があるかもしれない。ただ、そういった描写を細かく積み上げることでこの作品の独特の魅力が膨らんでいることも事実。犯罪小説の枠のなかで、青春小説をやっているというような不思議な作品である。


05/08/04
光原百合「最後の願い」(光文社'05)

『ジャーロ』誌に2002年春号から2005年冬号にかけて連載されていた短編がまとめられた連作短編集。本作が初登場となる、度会(わたらい)恭平、風見爽馬がダブル探偵役を務める、「劇団φ(ファイ)」シリーズ(という名前で良いのかな)。

同人作家によるパーティ。主賓の女性の側に落ちていた、踏み躙られたバラの意味は? 『花をちぎれないほど…』
見知らぬ女性からの電話で一度会ってくれといわれた青年。彼女の行動の理由は? 『彼女の求めるものは…』
互いに意地を張り合った画家とイラストレーター。画家の死に際しその妻は眠らされた……? 『最後の言葉は…』
田舎の小学校の卒業劇。保管されていた多数の風船が何者かによって割られていた……? 『風船が割れたとき…』
洋館を舞台に起きた悲劇。その主人はなぜ一枚の写真を見て狂気に陥ってしまったのか? 『写真に写ったものは…』
恋人の突然の死。残された誰かの携帯から彼女がしようとしたこと。そして劇団はどうする? 『彼が求めたものは…』
かつての小劇場の名物劇団を襲った中心人物の死。劇場に住む幽霊の前で「劇団φ」は真相を看破できるのか? 『…そして、開幕』 以上七編による連作短編集。

短編ミステリ単体の面白さに加えた、劇団創設に至るプロセスの面白さ。二重の喜びを分かち合える楽しみ
連作短編集ゆえ、ミステリの要素を持つ七つの短編によって構成されている。ただ、その”連作”の部分、度会恭平なる人物が、単身で「劇団φ」を立ち上げてゆくまで……という流れが一貫して存在する。小生、あまり劇団について詳しくはないが、俳優や女優といった実際の劇に登場する人物以外、シナリオを書く人や、舞台監督、実務を担当する裏方、大道具・美術……といった様々な人物がいて初めて「舞台」を開始することができるということはさすがに自明。この物語は、たった一人からスタートする「劇団φ」が、開幕するまでの過程を描いており、その間に一人、また一人と、一騎当千の仲間を集めてゆく過程の面白さが味わえる。このあたり、勇者が冒険しながら仲間を集め、最後に悪の大ボスを倒すファンタジーRPGあたりの常道とも似た展開だな……とも感じた。物語の定型ゆえの面白さといったところか。
一方、個々の作品もミステリとして読ませる。どちらかというと論理的なパズラー的面白さを狙った傾向の作品が目立つ (普通の意味での物理的な本格というよりも、状況から帰納的に推理してゆくタイプ)が、同時に叙情というか、人の感情の動きが謎と密接に絡み合っているのがポイント。また、推理の切り口となるのが”役者ならではの視点”という点が非常に斬新なように感じられた。というのも、事件の関係者の動きを再現するだけでなく、「オレがその人物だったらどのように考えるか、どのように演じるのか」という役者根性(?)が、その事件内部の矛盾を解き明かす。新たに立ち現れるその視点に驚かされ、そこから推理が導き出される点に大きな説得力がある。
加えて、さりげないことながら、探偵役を二人登場させている点も作品へのアクセントになっている。度会と風見がそれぞれ関係者をスカウトに回っているという関係から、物語としても自然な流れだし、微妙に切り口が違っていたりして作品集全体のイメージを豊かにしているように感じられた。
本作品集のなかでの個人的なベストは、芸術家ならではの執念を見事に描ききった「最後の言葉は…」になるか。愛し合う女性にすら分からない、むしろ分からないようにすることで、男同士の隠れた感情を最後に浮き彫りにしてゆくあたり、非常に技巧に富んだ叙情豊かな作品として印象に残る。(アンソロジーでこの作品だけ取り上げられてもおかしくない)。

果たして彼ら「劇団φ」がどのような劇をみせるのか。開幕でこの物語は終わるわけだが、このあとの彼らの行動・事件(きっと何かに巻き込まれるはず)についても是非知りたい(というか書いて欲しい)。いずれ文庫化されて早く多くの人の目に留まれば良いな……と思わせる作品集である。


05/08/03
望月諒子「神の手」(集英社文庫'04)

作者の望月諒子氏は電子出版出身という異色の出自。'01年に発表された本作品が、大長編にかかわらず異例のダウンロード数を数え、その余勢を駆って同作品によって活字デビューを果たしている。その後、文庫書下しで『殺人者』『呪い人形』を発表、本作とも共通する探偵役「木部美智子」シリーズとなっている。本書の解説は大森望氏。

雑誌「新文芸」の編集長・三村は神戸にある正徳病院の内科部長・広瀬という医者からの電話を受ける。広瀬の担当しているという患者・高岡真紀が素人離れした小説を書き、三村に対して送ると云っているという。その作品の題名は『緑色の猿』。三村はその高岡という女性は知らないが、その小説については心当たりがあった。十年前に知り合い、三年前に失踪した彼の良く知る作家志望の女性、一万五千枚にものぼる原稿を書き残した来生恭子の作品と同じなのだ。果たして原稿が送られてきたがやはり内容は同じ、しかも筆名もまた「来生恭子」となっていた。三村は高岡真紀を呼びだして会うが、やはり知らない人物で、しかも来生恭子との接点が見あたらない。しかし、高岡真紀の語る言葉は、かつて来生恭子が三村に対して語った言葉と同じで、またその癖さえも酷似していた……。三村は、神戸の正徳病院に広瀬医師を訪問しに出向く。一方、フリーライターの木部美智子もまた、時を同じくして神戸でかつて発生した連続誘拐事件の取材のために神戸に赴いていた……。

洗練されていない荒削りな才能が放つ、圧巻と狂気の人間ドラマ。ぎりぎりのプロットの生み出す奇妙な迫力
物書きの執念。 解説でさんざん大森望さんが強調されているので今さらなのだが、現在の段階で行方不明となっている”来生恭子”なる人物の造型が分厚い。あるタイミング以降、原稿を、物語を書くために人生を切り替えてしまった彼女が、執念のように出版社を回る場面の迫力は凄まじいものがある。重量のある鞄を抱え、幾つもの門前払いを乗り越えて、編集部に乗り込んでくるあたりの描写は、普通の意味での想像力を超え、狂気すら感じられる。
ただ、本書がサスペンス、そしてミステリたる理由はその”来生恭子”なる人物に振り回される周囲の人物同士の疑い合い、せめぎ合いといったあたりにある。特に関係者がそれぞれ思惑と秘密を抱え、互いに探り合いをする中盤に奇妙な迫力がある。この”来生恭子”の復活の理由については微妙ながら、その部分を明かした後にもまだ謎が残り、読者を吸引してゆくのがうまい。作者自身が物語に振り回されつつも、ぎりぎりのところで何とか制御しきった……という印象か。加えて、終盤に明かされる本来の来生恭子が至ってしまった境地の描写もまた凄まじいものがある。創作者・芸術家の狂気が溢れており、この部分の印象だけでも読者を恐怖させるに十分である。
次々と視点人物が変化したり、ところどころ文章が冗長となっていたりと、洗練された読みやすさという点ではまだ足りないものがあるし、終盤の解決場面にしてもクライマックスのイメージが先行したのか、解決に都合良さがみられ実際問題としての若干の疑問点がなくもない。それでも、複数人物を操り、大きな謎を創造し、サスペンス溢れたミステリとして十二分に興味深く読める。この点は事実。

アンテナに引っ掛かってはいたものの、なかなか機会なく手に取れなかった作者の作品。この作品だけでいえば、いわゆるプロパーのミステリ作家による普通の手順では生み出されそうにない異形のミステリという印象が強いのだが、他の作品もいずれ手にとってどういう作家か見極めてゆきたい気分になった。


05/08/02
倉阪鬼一郎「紫の館の幻想 卍卍教殺人事件」(講談社ノベルス'05)

先日、『青い館の崩壊』が講談社文庫入りしたが、もともと、このゴーストハンター&黒川のシリーズは『赤い額縁』や『白い館の惨劇』と、題名の最初の一文字が色で始まっている。このシリーズは倉阪作品のなかではもっとも一般的に受け入れられ易い内容だと思うので、こうなったら講談社文庫で一連の作品が全部読めるようになるといいなあ、と思うのだけれど。

現代の吸血鬼はやみくもに人の血を吸う存在ではない。山田宮司を日本代表とする吸血鬼たちは世界的な組織をもっており、永遠の命こそ持ってはいるが平生は特殊な木の根っこをかじっている。彼らは普通の人類と住み分けることで、平穏な暮らしを望んでいた。しかし、吸血鬼も人数がいれば異端もいる。吸血鬼は吸血鬼らしく生きるべし……、すなわち『吸血鬼原理主義者』たちが、その野望を拡げようとしていた。ある国を独裁で支配しようとしていた原理主義者もその野望に一旦は挫折、今度は日本の新興宗教本部を根城として新たに勢力拡大を目論んでいるらしい。山田宮司、そしてゴーストハンターこと異能の探偵・雨久俊家、そしてその相棒の黒川らは、その新興宗教「卍卍教」と対決すべく、スパイを送り込み、呪具を揃えて長野の山奥にある本部に乗り込まんとしていた。首尾良く教団に入り込んだかにみえた彼らだったが、それは教祖紫堂大天の罠だった……。

新興宗教という特異な”場”を徹底的に活かす。倉阪ミステリならではの驚愕のオチと、ホラーミステリならではの怒濤のクライマックス
これまでのシリーズ作品を読んできた方ならば、このゴーストハンター&黒川という存在に、それなりに愛着があるのではないだろうか。不死の身を活かすというよりも、その退屈さに辟易とする生活。分かりにくい冗談を飛ばしながら、結構行き当たりばったりでコトに当たるいい加減さ。そこはかとなく漂うユーモア感覚がまず下敷きになっている
その一方で、今回提示される新興宗教に入信した信者たちの視点による描写が不気味。セックスと暴力によって支配されていることは分かるのだが、それ以上に彼らの不可解な言動が一体何なのかというあたり興味がそそられる。彼らの言う、死と復活の謎が強烈。 ある意味バカミスではあるけれど(でも、これはこれで小生は大好き)、そこに脱力していると別のトリックが浮かび上がるという寸法。そちらのトリックも大胆不敵。新興宗教本部という舞台が微妙に機能しており(つまりは、奇蹟を実行する必要があるわけだ)、なんとか物語内部での整合性が取れているといえるだろう。
個人的に気に入っているのは、山田宮司をはじめ、吸血鬼たちが使用する呪具のむちゃくちゃさ。 特にラストのパニックに至るまでの伏線としては十二分(ここはもちろん現実離れしているわけだが)。マジメなミステリと、ほんの少しだけ距離を取った、だけど倉阪ホラー・ミステリとして過不足のない仕上がりになっている。このホラー・ミステリという観点で楽しむことができる読者は決して多数派ではないとは思うが、なぜ一部のカルトな読者が狂喜するのかは、本作の中身が端的に示しているといえるだろう。

シリーズの一部作品の入手が難しくなっているものもあるようだが、本作単発でも十二分にその境地が味わえる。むしろ、シリーズ作品を一冊でも読んで、それから他のシリーズ作品を順に集めるのも一興だといえるだろう。


05/08/01
乙一「きみにしか聞こえない ―CALLING YOU―」(角川スニーカー文庫'01)

今さらながら乙一の未読作品を読む。(どことはいわないが)地方書店で何を買おうか探していたところ、角川文庫の夏の百冊にラインナップされていた本書に目が留まる。乙一の五冊目の作品集(そういや『失踪HOLIDAY』も未読ですなあ、わたし)。

周囲に友だちを持たず、携帯電話を持っていない女の子は自分の空想のなかでだけ理想の携帯電話を持っていた。その携帯が徐々に頭の中で大きな意味合いを占めるようになってきたある日……。 『Calling You』
粗暴な行いが目立つことで特殊学級入りしたオレ。そのクラスには同じく事情があって編入しているアサトがいた。彼には他人の身体の傷を自分に写し取るという特殊な能力があった。 『傷―KIZ/KIDS―』
駆け落ちして事故に遭い、恋人を喪ってしまい、長期入院している私は名家の生まれ。病院内部を散策中、不思議な歌を奏でる植物と出会う。『華歌』 以上三編。

人に理解してもらえない――という人間本来の感情を、自然にさりげなく内側から描けるという能力
今さら乙一について何かを論じてみても仕方ないように思う――というか、これだけメジャーになってしまったということもあって、その作家としての能力、時代とのマッチング、市場への浸透度という点、付け加える点は何もない。だが、それでもあえてこの作品集について、ちょっとだけ書きたい。
本来はSFにあたるであろう、特殊な能力(特殊な状況)が、それぞれの作品に登場する。心の中だけで通話可能の携帯電話、他人が負った傷を自分に写し取る能力、不思議な唄を歌う花――。その発想は奇抜であり、加えて奇妙に説得力のある世界を創りだしている点も、作家としての非凡な能力を感じる。その主人公に合わせて文体すら変えて、物語を紡いでるあたりも若手作家にしては珍しい”力”が感じられるように思う。
ここまでの特徴は、あくまで乙一という作家が、作家としての能力・センスが高いということの証明でしかない。なぜこれだけ読者に受け入れられるようになったのか、という点に関しては、こういった物語世界を通じて、登場人物の孤独を一貫して扱っているからという風に感じている。他人に理解されないという孤独、自分の信念が他人と共有できない孤独、登場人物のさまざまな孤独が、読者の持つ孤独を共鳴させている。 心に響く物語――というのはそういうことを指すのではないか。このあたりの天然感覚が乙一作品を多くの読者が魅力に感じる理由のように思った。

乙一ファンであれば、既に読んでいる作品集だろう。だが、レーベルの敷居が逆に高くて手に取りづらいと感じている大人の読者にとっても、十分に読み応えのある作品だと思う。他のスニーカー文庫収録作品についても、個人的にはいずれ読むつもり。