MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


05/08/20
森 博嗣「どきどきフェノメノン」(角川書店'05)

『野性時代』誌に二〇〇三年十二月号から二〇〇五年一月号まで連載されていた作品が単行本化されたもの。森博嗣の各シリーズとは独立したオリジナルとなるノンシリーズ長編。

窪居佳那は大学のドクターコース(理系)に在籍するひとり暮らしの女性。趣味は「どきどき」を探求すること、そして悩みは寝相と、飲酒時に唐突に記憶を喪うこと(しかも、周囲にはまともにみえるように行動していること)。彼女は指導教授でもある相澤助教授に片思い中であったが、教室には院生で人形オタクの水谷や、爽やか好青年・鷹野らが彼女に思いを寄せているようだ。さらに彼女のもとには父親からの頼みで武蔵坊なる謎の人物が食事を摂りにやって来る。そんな毎日のなか、剣道教室の友人で花屋でバイトしている藤木美保から、いわゆる合コンの誘いを受ける。気の進まない佳那は食事だけして帰るつもりがいつの間にか記憶を喪っていて……。

ちょっとヘンな手触りはわざと。森博嗣流の青春小説……ということでいいのかな。
理系研究室のどこか無機質で合理的な雰囲気を出させると森博嗣は抜群に巧い。そんな環境下にいる女性を森博嗣の感性で描き出すと、これまたちょっと変わったキャラクタが出来上がる。そんな彼女なりのラブストーリー。ミステリのテイストを含んだエピソードもあるにはあるが、その事実をもってミステリに分類するのは少々ためらわれる。どちらかといえばやはり、森博嗣なりの感性が編み出す、独特な恋愛小説だといえそうだ。
森博嗣の世界においては、主要登場人物(理系)の多くが非常に合理的で割り切った物の考え方をするのが特徴で、数値化できない人間の感情や気持ちといったところをないがしろにする、もしくは計算上で説明つくものとして割り切ってしまっているようにみえた。そんななか主人公が「どきどき」という何とも形容し難い存在を追い求める本作は、やはり異色のように思える。それでいて、その「どきどき」に対して計算づくでコトを運ぼうとする主人公の存在は、少なくともわたしには異色のように思えるのだけれど、その一方でこういった人物に共感する読者層もいるのだろうという点は想像もつく。今まで一般的な恋愛小説に共感できない層に対してアピールするものがあるのではないか。
さらに彼女に欠点(酒を飲むと時々記憶を喪う)を付加することで物語としての盛り上がりがあり、その部分を「謎」として欠落させて読者を吸引するあたりは森博嗣の物語構成の巧さだといえるだろう。各登場人物が浮世離れしているようにみえるのはいつものことながら。(悪役めいた存在で登場するサラリーマンたちの方に、よりリアリティがあるのもご愛敬か)。

森博嗣の”ミステリィ”における恋愛要素がお好きな読者にお勧め……ということで良いように思う。ミステリめいた部分の切れ味は本来の森作品には及ばないし、一般的に広く浅く受ける作品だとは思えないが、一部の読者には熱狂的に支持されるような、そんな作品。


05/08/19
西澤保彦「腕貫探偵 市民サーヴィス課出張所事件簿」(実業之日本社'05)

この”腕貫探偵”は、西澤氏が、インターネットの掲示板にてヒントを得て生み出されたキャラクタらしい。数ある西澤作品における新たなシリーズ探偵の登場。「月刊ジェイ・ノベル」誌に2002年7月号から2005年6月号にかけて掲載された作品が集められている。

酔っ払って自宅遠くにいた学生は、知り合いが半裸でバスのベンチで死んでいることに気付く。しかし警察を呼んできたところ、その死体は消え失せていた。『腕貫探偵登場』
母親の再婚がほぼ決まり、その状況を受け入れかけていた女子大生。しかし母親の様子があるタイミングからあと、急におかしくなってしまった。 『恋よりほかに死するものなし』
二股がばれて特上の彼女を喪った宝石店店員。しかしその彼女と縁が戻せそうだということを嬉々として腕貫探偵に報告するが。 『化かし合い、愛し合い』
櫃洗大学の事務局長を退職した男。悠々自適のその男が発見したのは二十年前の学生証の束。果たしてその昔に何があったのか……? 『喪失の扉』
櫃洗市にやって来た人気作家。彼女が何者かに殺された。偶然、生前の彼女を目にしていた刑事たちは、彼女の昼食時のある行動が引っ掛かってしょうがない。 『すべてひとりで死ぬ女』
女癖が悪く要領の良い若手社員二人組。その一人に合コンに無理矢理誘われた檀田は、社内の名物女子社員二人組と会うことになる。しかし彼女たちの様子に不審な点が? 『スクランブル・カンパニィ』
絵の展覧会の後かたづけを頼まれた学生。しかし、全ての絵が搬出されたあと、一枚分だけ絵の箱が残った。果たしてその中身にあたる絵はどこに行ってしまったのか? 『明日を覗く窓』 以上七編。

単なる聞き上手? いやいや可能な限り個性を消しさった(もしかすると全く新しいタイプの)名探偵
白いシャツに丸いフレームの銀縁メガネ。きちんと締めた黒っぽいネクタイ。そして両腕には今時珍しい黒い腕貫が。無表情になお役所人形。そんな彼が簡易机で受け付けるのが、「市民サーヴィス課臨時出張所 櫃洗市のみなさまへ 日頃のご意見、ご要望、なんでもお聞かせください 個人的なお悩みもお気軽にどうぞ」――。 もしかするとこの腕貫探偵なる人物、西澤作品史上、もっとも存在感の薄い探偵かもしれない。……が、その存在感の薄さ自体が、この新しい安楽椅子探偵シリーズでの狙いのようにすら思われる。とにかく探偵が目立たない(ある意味、学校や病院といった変なところに臨時窓口がある点は目立つのだが)存在なのである。
事件の方は、あまり統一感がなくバラバラ。さらにいわゆる”市民の苦情”というものでもない。また、事件も当初は自分が経験した不思議なできごとを、直接的に腕貫探偵に説明するタイプが多いのだが、徐々に既に関係者のあいだで推理合戦がなされたあと、腕貫探偵による別の解が提示されていくという展開にかわる。もちろん、一個一個の作品については、そのバリエーションともども、論理(作品内のレトリックといえるかも)が冴え渡り、適切なアドバイスが解決のきっかけになっている点については同じ構成であり、これまでの西澤作品の読者にとっても何ら違和感はないはずだ。
当初は、この”腕貫探偵”の、立ち位置を作者が途中で方針変更したせいかとも思ったのだが、実はそんなこともなく、するりと事件を解決しようと、やはり目立つ存在ではない。それぞれの事件そのものは、何らかのかたちで登場人物による「西澤流の推理構築の場面」が含まれていて、そのあたりのやり取りがやっぱり面白い。ただ、改めて確認すると結構推測が多く、実際のところ本当の意味で、その推理が論理的かどうかは微妙かも。
個人的には絶望的なラストが印象的な『喪失の扉』にインパクトを感じたが、恐らく一般的には一風変わった勧善懲悪譚『スクランブル・カンパニィ』を推す人が多いかも。また、この『スクランブル・カンパニィ』における男女関係もいい感じだし、シリーズ全体を通じて共通する登場人物にさりげなくロマンス(?)をうまく与えている点も、やっぱり巧いと感じる。

いろいろなポイントを内包した作品でありながら、従来からのの西澤ファンであればこのシリーズについてもすんなり溶け込んで、いつも通り楽しめることも間違いない。それでいて、何かちょっと実験的な部分もあり、なかなか味わい深い作品集となっている。


05/08/18
森奈津子「電脳娼婦」(徳間書店'04)

森奈津子さんによる「エロティックSF短編集」というのが本書のお題目である。実際『問題小説』誌など、小説雑誌の官能小説特集に寄せられた作品などのうち、未発表六作品が集められているのだが、特に選ばなくともほとんどの森作品はエロティックな要素を持っているように思うのだけれども……ま、あまり気にすまい。

官能小説家にネタを提供してきた女性の友人。交通事故で死んでしまった彼女が報告してくる”あの世”の事情とは。 『この世よりエロティック』
孤児でありゴミ狩人のトマが拾ってきた女性アンドロイドの頭部。頭だけの彼女は自ら経験した情事と快楽をトマに伝える。 『シェヘラザードの首』
同性愛者のあいだで流行る「たったひとつの冴えたやりかた」。その方法を求め、事情を抱えたアヤメは色々な方法を試し、依頼者に伝えるのだが。 『たったひとつの冴えたやりかた』
刑罰として電脳空間の娼婦として、様々な男性に嬲られることを義務づけられている私。その空間を訪れた少年は私が殺めた男の弟だった。 『電脳娼婦』
海都と名付けられた若い少年奴隷。金持ち達のゲームのたびに、他の奴隷たちと共に少女奴隷を狩る遊びに参加させられる。 『少女狩り』
性行為の際に異能を発揮する者が存在する世界。謎の女性ストーカーに悩む空也は、一卵性双生児の兄が感じる性的体験を共有化してしまうという悩みを持っていた。 『黒猫という名の女』以上六編。

フツーの意味での官能小説を凌駕する、細部に凝った多くのフェチズム。求道者・森奈津子の真骨頂
わたしはいわゆる”SF者”ではないので、個々の作品を取り上げて「これはSFである」「これはSFではない」といった論争をすることはない。それにセンス・オブ・ワンダーの精神自体は分からないでもないけれど、定義づけをする勇気もない。……だけど、この作品集の収録作品が「エロティックSF」ということに関しては、若干の異議を唱えたい。
というのは、「エロティック」と「SF」が等価ではない点だ。 レズビアンを中心とし、かつレズビアンのなかでもさらに特殊な、肯定的な表現をしても変態的(もちろんこの場合の変態は悪い意味合いではない。あくまで特殊な性的嗜好を指すにすぎない)嗜好を織り込んだエピソードが多いこの作品集、「エロ」だ。 それに普遍的ではない。
全体としては、森奈津子節が炸裂しており、普通の意味でのエロ小説とは確かに異なり、むしろギャグ的な要素も大きい。想像するに、あまりにも作者が現実離れしたエロティシズムを求めるあまり、その舞台に相応しい設定がSF的要素を持たざるを得なくなってしまったのではないか。 なので、結果的SF、即ちSFが従であり、いろいろなかたちのエロが主の題材となっていることは間違いないと思うのだ。その主となるエロにこそ、その前述の森奈津子節が強烈に発揮されている。ちょぴっと凄すぎ、です。
ちょっと気になったのは、性的快楽があくまで主体的感覚であるということのせいなのか、一つの作品の視点人物が次々切り替わる点は、ちょっとリーダビリティ的に引っ掛かった。とはいえ、よくぞこんな”プレイ”を次から次へと思いつくものですねー。

結果として、非常に多彩かつあまり類をみないエロが描かれている点は、ある意味特筆すべきであろう。もともと(男女問わず)大多数の性的な方向性を指向した作品ではないので、一般的エロ小説の目的には適さない。むしろ、展覧会めいた「これでもか!」といった特殊な嗜好にひたすら感心させて頂いた。マネしようとは思いませんけど。


05/08/17
近藤史恵「Shelter(シェルター)」(祥伝社'03)

共に祥伝社文庫書下しにて刊行された『カナリヤは眠れない』『茨姫はたたかう』に続く、整体師・合田力を探偵役とするシリーズ三冊目(この後、同シリーズが刊行されていないことを考えると、三部作の三冊目という位置づけかもしれない)。本書のみ文庫書下しではなく四六版ソフトカバーにて発表された。

念願叶い、合田接骨院の受付として働く江藤歩と交際するようになった若手編集者の小松崎。だが、その歩の姉・江藤恵が中国旅行に行くといったまま出掛けたのだが、どうやら海外には出ていないことが判明。行方をくらましてしまっていることに歩は思い悩む。一方、小松崎は雑誌の仕事の関係で上京することになり、その取材先で行方不明のその恵と偶然出会った。
その恵は、妹との関係に悩みがあり二人が離れた方がいいと判断して大阪を離れていた。その出先で、一人の少女と恵は出会っていた。綺麗な顔立ちをしていながら、髪の毛を素人のような切られ方をした少女は、恵を頼る一方で何も自分のことは話さない。しかも彼女は誰かに殺されると怯えていた。厄介事を抱え込んでしまった歩だったが、彼女を放っておくこともできず、一旦は自分の部屋に招き入れるのだが……。

シリーズの集大成エピソードをつくるために犠牲にされる単発の物語。シリーズ読者にはこれでいいのだが。
本作単発のミステリとしては、上京した江藤恵が匿う女性を巡る謎……ということになる。彼女の正体については作者もあまり隠す意図がないらしく、彼女が実は、小松崎が取材する映画で急遽欠番することになった若手女優であることはすぐに読者にも分かるように描かれている。その女性を別のかたちで追う小松崎、彼女に翻弄される恵、そして恵のことを心配する合田と歩といったかたちで物語は展開してゆく。作品単体でみた場合には、この女優の行動の謎、がミステリとしての”謎”にあたるのだが……、このエピソードの方、少々「偶然」が多すぎて真相が明らかにされてもちょっと食い足りない印象があることは否めない。
とはいっても、シリーズ三冊目という意味合いのなかでは、この設定が生きてくる。つまり、前二冊でははっきりと描かれることのなかった、セックス依存症の恵、拒食症と男性恐怖症を持つ歩という、現代の病理に犯された二人が”そうなってしまった過去”について描かれる物語という側面が強くあるからだ。現代に発生した事件は、過去の事件を思い起こさせる関係性を持つ必要がり、その役割を担うために描かれるのが、本作に登場するその謎めいた女性なのだから。過去と現在をうまくリンクさせ、登場人物の過去を現在の物語のなかで、自然なかたちで触れさせるという意味では、うまくできた物語だといえるだろう。
本作には解説があり、結城信孝氏が、シリーズ三冊を順番に読むのではなく、この作品を最初に読まれては、と勧めていることにちょっと違和感があったが、こうやって改めて考えてみれば、それはそれでありかもしれないとも思った。

とはいえ、やはりシリーズで読むべき作品だと思う次第。ミステリーとしては軽めで、非常に世界に入り込み易いながら、描かれている世界はシリアスかつシビア。この落差を軽妙にまとめてしまう近藤さんの実力が手軽に味わえるシリーズ作品だといえるだろう。


05/08/16
三雲岳斗「旧宮殿にて 15世紀末、ミラノ、レオナルドの愉悦」(光文社'05)

もともとライトノベル出身ながら、'00年に『M.G.H. 楽園の鏡像』にて第1回日本SF新人賞を獲得。同作は広範なミステリファンの支持を集めた。本作は03年に刊行された『聖遺の天使』(知られざる傑作!)と設定を同じくする短編集。『ジャーロ』誌に2003年冬号から2005年冬号にかけて掲載された作品が集められた。

交際相手を変えた音楽家が、愛人のために描かせた肖像画が忽然と消え失せてしまった。 『愛だけが思いださせる』
再婚を強要された十七才の寡婦。親により塔の中に閉じ込められた彼女が失踪してしまった。 『窓のない塔から見る景色』
ミラノ王宮に預けられた非常に高価な彫像。護衛していた兵がいたにも関わらず彫像が消えた。 『忘れられた右腕』
大富豪の遺産配分の遺言を記した紙が入った箱は特殊な鍵をもって封じられていた。その箱を開けてみたのは誰か。 『二つの鍵』
旧宮殿に建設する八角塔のコンテストの日、詩人が一人殺された。建築家の仕掛けたトリックとは。 『ウェヌスの憂鬱』 以上五編。

丁寧につくられた西洋中世の雰囲気のなかに、本格ミステリの(かなり濃いめの)エッセンスを添えて
まず、インターネットの書評サイトとして触れないとならないことがある。 この作品集の収録作のひとつ、『二つの鍵』は、年間アンソロジー『本格ミステリ05』(講談社ノベルス)に採録され、「2005年インターネットで選ぶ本格ミステリ大賞」で堂々第一位を獲得した作品である。 個人的にはそんなことがなくとも、このシリーズ自体が好きなので読むことは決まっていたわけなのだが。
さて、個々の作品の方になるが、前作を読まれていない方には若干この世界に入り込みにくいものがあるかもしれない。その副題の通りに十五世紀のミラノを舞台にした作品で、イタリアの各都市が政治の微妙なバランス上で存在していた時期の話。そのミラノの宰相を務めるのがルドヴィコで、彼と親しい、若くて聡明な女性チェチリアが事件を持ち込んでくる存在。そして、その不可解な謎を解き明かすのが、天才・レオナルド・ダ・ヴィンチである。巻末に多くの参考文献が挙げられており、つまりは様々な角度からみた歴史上の超有名人であるダ・ヴィンチ(作中ではレオナルド)が、三雲岳斗というフィルターを通じて描かれているということになる。ほとんどの日本人にとって、まず馴染みのない時代・人物・風俗であるが、それらがかえってエキゾティックな魅力を本作から匂わせているともいえる。分からないながらも、その背景であるとかがきっちり調べられたうえで、物語が作られていることも十二分に分かる。
そんなミラノで発生する幾つかの奇妙で不可解な事件に彼らは対峙する。消えた彫刻。塔から消え失せた少女。不思議な鍵箱を巡る殺人。謎の提起も、不可能状況一辺倒ではなく、絵の持つ秘密であるとか、倒叙風に殺人事件を描いていたりとか、いろいろとバラエティに富んでいて、それでいてすべてにおいて基本的な本格ミステリの骨格は保たれているのだ。そのポイントは、レオナルドという存在にある。まあ、当時の常識における”非常識”(つまりは謎)に対して”科学”を持ち込むことで、新しい論理の道筋を切り開くといった印象。まあ、その科学にだけによりかかった作品ではないながら、現代ミステリに最新科学を持ち込んで謎を解明する、いわゆる”理系ミステリ”に手触りがどことなく似ている。ただ、そこに至るまでの論理の詰めもしっかり行われており、本格ミステリとしての違和感は全く覚えさせない。

独立した短編集として読むのも可。ライトノベル作家(もしくはSF作家)としての三雲岳斗しか知らない方にとっては、大いなる驚きに繋がるはずだ。中世の歴史世界を、自分なりに脳裏に思い浮かべながら読みたい作品。


05/08/15
高田崇史「QED〜ventus〜 熊野の残照」(講談社ノベルス'05)

高田崇史氏をこの業界に引き入れることとなったきっかけが『QED 百人一首の呪』。同書が第9回メフィスト賞を受賞したのは、確か98年のことなので、それから8年、年一冊以上のペースでこの「QEDシリーズ」が刊行されていることになる。本シリーズは着実にファンの裾野を拡げており、講談社ノベルスでも屈指の人気作品となった。

付き合いの悪いと周囲から思われている学校薬剤師・神山(みわやま)禮子は、自分の本心を周囲から隠して生きてきた。しかし、今年の学校薬剤師会の旅行が「熊野」と知り、衝動的に参加することに決める。彼女の実家は多摩だと思われていたが、本当の出身地はもう何年も訪れていないが「熊野」だったからだ。そして彼女には決して人にいえない過去があった。出発した旅行では年齢の近い棚旗奈々と行動を共にして目立たないようにしようとしていた禮子。ただ、その奈々はどうやら桑原崇という有名な変人薬剤師と妙に仲が良いようだ。しかも、この桑原崇、熊野出身で様々な知識を積み上げてきた禮子顔負けの、いや禮子以上の熊野に関する知識を持っているようで、彼女は内心、反発を覚えていた。しかも熊野三社の参拝経路は平安の昔から決まっているから、と旅行スケジュールを強引に変更させたのもこの男の仕業らしい。旅行の序盤、奈々の求めに従い、禮子はまず「熊野」のいわれから説明するが、崇は河原以外に大きな平地のないこの地方に「熊野」の「野」の字が使用されているのがおかしいといい、彼独自の解釈を披露するが、その説の独自性、そして説得力の高さに禮子は舌を巻く……。

QED初の第三者視点が新鮮、かつそれが歴史としても、ミステリとしても、謎への有機的な繋がりをみせる
今回のQED、テーマは熊野。〜ventus〜としての前作『鎌倉の闇』と同様、カラーで描かれた詳細かつ美しい紀伊半島の地図がついており、旅行ガイドと小説作品が一体化したような面もちだ。(あくまで本の構成という意味からだが)。本書に従って和歌山を旅するのも良いだろうが、距離が半端でなく長いため、鎌倉以上の難題になりそうな気がするけれど。
そもそも小生関西圏に住みながら、未だ熊野には訪れたことがなく、そもそも熊野の歴史から教えて頂かないと分からない(恐らく似たような読者が多いはず)。ただ、序盤から少ないながらも漠然と持っていた、わたしの熊野のイメージがいきなりひっくり返されるような展開でスタート。このあたりは「さすがQED……」とニヤリとさせられる。これまでの作品でも披瀝されてきた、高田流日本史観は健在。つまり、基本的に史書に残る勝者の歴史に頼らず、その裏で存在を消去されてしまったであろう歴史を汲み上げる、独自の解釈が、この作品でも援用されている。元より伝説ではあるが、その神話世界の常識がひっくり返るような展開に、都度都度相変わらず「は!」と気付かされて驚くことを繰り返す。
その歴史に関する部分ももちろん興味深いのだが、梗概で示している通り、本書は恐らくレギュラーメンバー以外が視点人物を務める初めての作品でもある。その結果、外部から見た奈々と祟の関係であるとか、小松崎や、奈々の妹の沙織であるとかに対する第三者的評価がある点が興味深い。やっぱり外側から見た彼ら四人はヘンです。
また、今回の作品の主要登場人物のなかで心にもっとも深い闇を抱えているのが、視点人物である神山禮子である。第三者視点を持つ彼女、そして今回初登場の彼女の過去を巡る謎が本作のミステリとしてのポイントになる。その彼女の抱えていた秘密とは。一族を襲った悲劇とは。それが、熊野の歴史を祟が再解釈した時に(一応はミステリの解答としてでもある)哀しく答えとして浮かび上がってくるという寸法だ。 そういえば、表向きに刑事事件が起きていないというのも今回が初めてではなかったか。その分、熊野の過去のが現代に齎した悲劇が、ラストの一部だけにもかかわらず衝撃的に胸に刻み込まれるのだ。

これだけ薄いノベルスのなかに、読み終わってみれば膨大な情報が込められていたことに気付く。シリーズは好調。しかしシリーズ序盤で危惧していた、作者の引き出しはいったいいくつあるのか。日本にあるありとあらゆる伝説が、いつか全て「QED」されてしまうのではないかなどと妄想が湧いてくる。


05/08/14
太田忠司「宙(そら) 新宿少年探偵団」(講談社ノベルス'04)

ここまでくると説明不要でしょう。太田忠司さんによる一大サーガ”新宿少年探偵団”、全九冊の掉尾を飾る一冊。わたしはリアルタイムの読者ではないけれど、刊行当時、これを待ち望んでいた読者もきっと多かったのでは……。

新宿の中心に姿を現した謎の大怪樹を作りだした”マッド・サイエンティスト”は既に戦いのなかで斃れた。しかし、その巨木は新宿一帯、そして近辺に届くまで根を張り、緑の聖域を作りだしていた。パラダイム・シフトの時は近い。傷ついた七月響子は、阿倍北斗や紅天蛾らと一緒に一旦地下を脱出するが、互いの連絡が取れない。一方、姿を変えたままの神崎謙太郎は、その緑の怪樹の影響が及んでいない謎の建物を発見していた。壮助も同様に地下からの脱出を図っていたが、身体に大きな怪我を負ったうえ武器が無く、植物たちの襲撃によって行く手を阻まれていた。そんな壮助の前に姿を現したのは、思わぬ人物であった。一方、先の戦いから開化ビルに戻った蘇芳の身にも驚くべき変化が訪れていた。阿倍葛子や、警察機動隊なども戦いに参加、関係者は、新宿のど真ん中に生えた巨大な樹の頂上を目指す。そこにいるのは……。

善も悪も全ての価値観をも巻き込んでの伝説の終焉。ミステリ作家ならではの鮮やかな手腕に舌を巻いた
いやはや、一気。ホントに一気読みさせられた。これまで八冊にわたって積み重なってきた物語の最後にして相応しい内容であり、本書一冊としても、シリーズ全体としても実に深く堪能させて頂いた。太田先生、長い間、ご苦労さまでした。(あ、もちろん、このシリーズに対してですよ)。
……と、これで終わっても良いくらいなのだが、いくつか本書のポイントについて。まずは、「現代の少年探偵団及び怪人二十面相シリーズ」という姿について、本シリーズ自体がサジェスチョンになっているという点。 最初の数作に関していえば、少年たちが謎を解き、悪と対決するという旧来の「少年探偵団」としての面影を留めていたが、シリーズとして一冊一冊の構成としては近いもののの、緩やかに(途中からは急激に)その面影(図式ともいえる)からの逸脱を果たしていく。思うに、かつての構成を続けられない理由の一つが、いわゆる情報化社会にあるように思う。物語を現実の地平の延長とするならば、やはりマスコミやインターネットといった存在は避けられず、乱歩の当時のような光と影を描くのが困難になってきているという点だ。善悪綺麗に白と黒に分けられたかつての時代から、様々な価値観が乱れ飛び、かつそれぞれが間違っているといえない現在の社会を象徴し、現に物語のなかでもその点が十分に表現されているといえるだろう。
そしてもう一つ。忘れてはいけないのが、伏線の回収の美しさ。もちろん本作は本格ミステリではなく、SF冒険ファンタジーであるから、伏線の回収は義務ではない。しかし、それが序盤に仕掛けられたもの(例えば、カスタマイズされた美香の部屋の様子であるとか)ですら、きちんとその意味合いを最終巻までにきっちり付加しているあたりは、すっきりする以上に美しさを感じる。 人間関係や、登場人物にしろ、最終巻なので勢揃いするにしてもきっちりとその必然性であるとか、関係性があることが明かされ、かつそれに説得性が高いためごちゃごちゃした印象がない。さすがミステリ出身作家である。いや、誠実な作者の姿勢の賜物ともいえるかもしれない。

という風にいろいろ書いた。某所で太田さんに伺った話では、この締めくくりについては賛否両論であるのだという。だが、個人的にはこういった哀しく美しいラストシーンは予期していなかっただけに、そのテーマ性ともども静かに心のなかで受け入れられた。単なるアクション冒険小説以上の感慨を得られるとは思っていなかっただけに(失礼!)その感動が実に深い。シリーズ完結して間がない(といっても現時点でも一年経過したけれど)今こそ読み時かもしれない。


05/08/13
石持浅海「扉は閉ざされたまま」(祥伝社NON NOVEL'05)

光文社カッパノベルスによる、KAPPA ONE登竜門第一期を『アイルランドの薔薇』で獲得して本格デビュー後、着々と著作を重ねてその地歩を固めつつある石持氏。本書は、いわゆる館ものの本格ミステリながら、着想と視点を変ずることで石持マジックが炸裂する、石持氏の本格ミステリとしての代表作になるうる傑作長編である。書き下ろし。

伏見良輔は部屋に入るなり、熟睡していた新山和宏をバスタブのお湯につけて窒息死させた。現場の状況を、新山が風呂に入ったまま溺れて死んだかのように偽装し、あるトリックを利用して部屋の扉を開かないようにしてから現場を去った。その伏見と新山、そして石丸孝平、安東章吾、上田五月、そして大倉礼子と碓井優佳の姉妹。優香を除く六人は大学の軽音楽部のさらに『アル中分科会』のメンバー。彼らは社会に出てそれぞれの道を歩んでいたが卒業後、はじめて全員が集まって同窓会をしようということになっていたのだ。安東の兄が経営する成城学園の高級住宅街のなかにある高級ペンションを一時的に借りて泊まりがけで飲むというのがその趣旨だった。そしてまた彼らを結びつけていたのはもう一つメンバーが共通して持つある意志でもあった。常に冷静で頭の回転の早い伏見は、計算しつくされた再会の一時を演じ、そして休憩時間を利用して新山を殺害。その伏見がもっとも気に掛けていたのは、自分の熱情とは対極の冷静さを保ち続ける碓井優佳の頭脳であった。

倒叙ミステリにして、この緊迫感。角度を変えると本格ミステリはこんなにも新鮮
冒頭で犯人による殺人が描かれ、全ての犯人の行動が記述される(ちなみにこの部分における行動のほとんどは、無意味なようでいて実は伏線だったりするので注意)。読者にとっては、犯人が誰なのか、ついでに犯行方法がどうなのかという点は明々白々――つまりは、本書は倒叙形式をとったミステリということになる。
いろいろなことを考えさせられる作品。 最初から最後まで物語に淀みがなく無駄な描写や無意味な発言もほとんどなく、適度な緊張感が保たれたまま物語は終盤へと向かう。石持浅海は、ロジック多用の本格ミステリ作家という印象が強いが、その実、ストーリーテリングが抜群に巧い作家なのだ。殺人犯となる伏見の殺人方法そのものは、平凡ですらあるが「なぜ伏見は現場を密室にしたのか?」という引っ掛かりを作者はしっかりと読者に植え付ける。単に「どうやって探偵が犯人の完全犯罪の瑕疵を突くのか」というもともとの倒叙ミステリとしての魅力以外に、幾つかのひっかかりが気になって読書が強制的に進ませられてしまう寸法だ。このあたりの作家としての計算が実に巧みである。
探偵役の優佳が伏見を追い詰めていく過程、伏見が捜査を攪乱しようとする過程、それぞれ読み応えがある。彼らの発言(推理)そのもの一つ一つについては、実はそう突飛なことを云っているものではない。それでも、ぽんぽんと場面を動かし、なんとなく論理的に推移しているように見せるレトリカルな手口は大いなる魅力。加えて、無機質な印象がないのは、さりげなく伏見と優佳に過去のエピソードを付与し、お互いの微妙な感情まで物語に加えているからか。
あと賛否分かれるかもしれない、本作における”犯行の動機”。これが現実的ではないから駄目なんていう人はミステリの面白さを半分くらい捨てている。事件にまつわる記述を除くと、関係者による平坦な、なにごともないような平和な(?)エピソードしか語られない前半部。恐らく物語の外に何か動機があるんだろうと終盤まで思わせておきながら、その動機を登場させることによって幾つか齟齬が感じられたピースの隙間がびしっと埋まるのだ。この作品内部で完結させてしまう職人芸、本格ミステリならではの面白さではないか。こんな動機で人を殺すやつはいないとかいう声もあるらしいが、現実とミステリにおけるリアリティを混同させちゃいけませんぜ。

一部の登場人物の行動が、伏見の思い通りになりすぎている違和感も若干あることはあるのだが、それでも物語の流れのなかで気になるものではない。とにかく中盤以降の、伏見と優佳の心理戦が醸し出す緊迫感は、名犯人と名探偵の対決として記憶に残る名勝負といえるだろう。これまでの作品では、わずかに垣間見えていたミステリにおける論理の”レトリック”に磨きがかかり、一段と完成度の高い作品となっている印象。今年の本格ミステリにおける収穫となるだろう一冊。


05/08/12
喜国雅彦・国樹由香「メフィストの漫画」(講談社'05)

本サイトでは、基本的に漫画は取り上げないのだけれど、さすがにこの作品は別格。'97年の『メフィスト』草創の頃から掲載されていた「ミステリに至る病」と、近年『メフィスト』を飾ってきた「あにまる探偵団」という夫婦の共同作業が一冊にまとまったのだ。この二作でこれまで何度本屋の店頭で吹き出したことか。

犯人当て懸賞マンガ『疑惑の影』喜国雅彦  締切は2005年10月31日消印有効。帯が切れないわたしは応募できない……。
『ミステリに至る病』喜国雅彦  もはや説明不要。ミステリファンは笑うしかない。
『10幕の喜劇』喜国雅彦・国樹由香作品集 ミステリ伊呂波歌留多だとか、ダブルオー戦隊タイキョクグウレンジャーだとか、一コママンガだとか。笑うしかない。
『AはA氏のA』〜新本格の巨匠・綾辻行人のすべて〜 なぜかやたら登場する綾辻行人さんの赤裸々な(?)日常。伝説のゲームをパロディした「YUKATA」もあり。
『Mystery gallary "A Splash of Black"』  主に喜国さんの雑誌掲載イラストほか。
『国樹由香のあにまる探偵団』  有栖川有栖、北村薫、綾辻行人などミステリ作家の飼っている動物たちを巡る日常。
アニマル写真館『昼歩く』 「あにまる探偵団」登場の動物たちによる写真館。
山口雅也vs喜国雅彦vs国樹由香スペシャル鼎談『長毛連盟』 主に山口さんと喜国さんがマニアぶりについて語り合ってます。

作者がミステリファンだから分かる強烈なツボ! 新本格ミステリファンならまず買い。それでいて動物マニアか、古本マニアなら複数買い
ああ、自分で複数買いを勧めている。ということは片方の帯を切って応募できるってことですな。
……ということはさておき、本書を待ち望んでいた読者は多いだろう。「ミステリに至る病」。「あにまる探偵団」。メフィストを立ち読みすることがあれば、絶対にこれらは必ず目に通していた……という読者は多いはずだ。 (かくい小生がそうだが、周囲に同じような人間は多かったように思うぞ)。『メフィスト』に掲載される小説作品のほとんどは、いずれ講談社ノベルス等でまとめられて単行本化されるという安心感もあったし、実際連載で読んでも結末は単行本で、という作品も多かった。この二作については不安が多かった。そもそも年三冊の刊行で、それぞれそれほどページ数を食う作品ではない。中身は濃いけれど、そう簡単に単行本にはならないのではないか……と思っていたが、その八年近い軌跡がようやく一冊になった。喜びは大きい。欣喜雀躍、猫じゃ猫じゃ。
で、中身については、過半数以上を目にしたことがあり、再会の喜びというのが正直なところ。ただ、やっぱり読み直すと面白い。プロの漫画家にして、重度のミステリファンが醸し出す異様なまでの濃い中身。表層だけでは分からないところまでツッコミきるキレ。作家たちとの交流の深さ、そして人間観察の妙がにじみ出ている探偵団。いやはや、この二人にしか絶対に書けない、新本格の一種のランドマーク的作品集である。

個人的には、「ミステリに至る病」の後半部、異常なまでにマニアックな古本ネタが好みだが、国樹さん描く動物も可愛いので、そちらの属性の方にも堪らないものがあるのではないか。もちろん、登場する各作家のファンであっても、普通のミステリファンであっても十分に興味深く、そして笑える作品が集まっていると思う。


05/08/11
芦辺 拓「三百年の謎匣」(ハヤカワ・ミステリワールド'05)

《ミステリ・マガジン》誌の2003年4月号から2005年1月号に掲載された短編をまとめた連作短編集。但し、初出時と収録順はかなり異なっており、また冒頭とラストを「三百年の謎匣」という前後編で挟みこむことによって、壮大なるサーガを構築している点が素晴らしい。芦辺氏のシリーズ探偵である、森江春策ものとしては長編という扱いになるだろうか。

豊かなな白ひげに鼈甲ぶちのメガネをかけ黒いオーバーを着た依頼人。森江春策の事務所を訪ねてきた玖珂沼と名乗る老人は時代がかった雰囲気を漂わせていた。彼は自分の遺言書を森江に作成して欲しいといい、事務所にいた新島ともかを「お人払いを」と遠ざける。それから遺言の口述筆記を要請した玖珂沼は、森江に一冊の古ぼけた書物を託す。バイブルサイズのそれはインクで様々な言語によって文章が描かれており、百年以上の時が経過しているものと思われた。一方、亀花珈琲店で時間つぶしをしていた新島ともかは、その玖珂沼が行き止まりの小路に入り込む場面を目にする。胸騒ぎに襲われたともかは、老人のあとを追うが、その玖珂沼は背中から血を流して倒れていた。何者かに銃殺されていたのだ。しかし、その小路から出てきた者は誰もいない……。さらに森江は被害者の血縁である若い姉弟に、その謎の書物の謎と、さらに玖珂沼の死の謎を解いて欲しいと依頼を受け、さらに彼らの身辺警護を依頼された。

古き良き時代・世界の冒険活劇に謎、さらにその一連の謎を包み込む謎。パンドラの匣から飛び出す謎のラッシュ!
本格ミステリという題材に対して非常に真摯に向き合い、かつその向き合い方について自覚的なのが、特に近年の芦辺作品の特徴である。本格ミステリという世界は、古い皮衣に新しいワインが入っていれば良しという傾向があるのだが、芦辺氏の創作姿勢はそうではない。皮衣自体を新しくしたり、古いワインを絶妙にミクスチュアしてこれまでにない新しいワインを作り出したりと、保守的とも思われる本格ミステリの世界の内部において、非常に革新的な試みを常に案出している。 その作品を一瞥しかしない読者にとっては”芦辺拓”=”保守的な本格ミステリ原理主義者”というように見えてしまうところはあるかもしれないが、それは”本格ミステリ”へのこだわりという部分を近視眼的に捉えているに過ぎない。その本格ミステリという世界(フレームともいえるか)のなかで芦辺氏が試みていることの斬新さを理解してこそ、この作品世界が楽しめるというものなのだ。
この『三百年の謎匣』からもそういった作者の姿勢が十分に感じ取れた。まずミステリとしての趣向・構成が凝っている。三百年前に作られた本に記された様々な物語。時代劇あり西部劇あり海洋冒険譚あり……。 一つ一つが時代も登場人物も場所も全く異なる、異色の本格ミステリとして成立している。 更にそれぞれの謎が解かれたあとも、一つだけ必ず解かれていない謎が残されているという趣向。更に、その解かれていない謎には、別の意味が付加されるための一本の筋が通っており、それらが最終的に、そして一気に森江春策の手によって解かれることによって別の姿を見せる。冒頭の章に存在する現代の謎も、その一連の物語がきっかけとなって解かれるという点も凝ってはいるが、その根底に、(ネタバレ)「同一トリックを異なる世界の多数の謎のなかに成立させてしまう」というめちゃくちゃ凝った構造が隠されているのだ。この周到な多層構造には驚かざるを得まい。雑誌連載の連作短編でこれだけ趣向を凝らしてしまう芦辺氏の生真面目な創作姿勢には頭が下がる思いだ。
描かれる世界がかつての(そして芦辺氏の世代が夢中になったであろう)名画やテレビ番組の世界だな、というのは芦辺氏のあとがきを読む前から充分感じられたが、こういう部分に大きなこだわりがあり、手が抜かれていないのも芦辺ミステリの特徴。恐らく相当の下調べがなされたであろう情報からなる設定や描写には、ミステリとは離れたところでの、物語としての単純な楽しみが喚起される。作者に関して、こういった点のサービス精神についてあまり語られないのは何故だろう? また、作中作の関係で若干物語のファンタジー味が増しているが、それでも現実の地平との繋がりを保っている(例えば三百年ものあいだばらばらにならない本の存在など)あたりも、気付いておきたいポイントだ。
確かに前半に設定される謎、そして作中作を含め、後半部に一気に解かれる展開であり、中途の謎が何だったか思い出せないという向きもいるだろうけれど、これはこのミステリにおける趣向のなかでは、どうしてもの必然。寧ろ、都度都度に森江の解決編を挟まないことによって、ミステリとしての効果がより上がっている点に注目すべきだろう。

紹介するのが遅れてしまった点は申し訳ないが、これだけいろいろな要素を取り入れながらあまり分厚くなっていない。つまり本格ミステリとして実に中身の濃い作品に仕上がっているということ。本格ファンであれば、まず見逃せない作品であることは間違いない。