MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


06/02/10
篠田真由美「胡蝶の鏡」(講談社ノベルス'05)

’94年に『未明の家』で初登場した建築探偵・桜井京介のシリーズも、外伝を入れて本書で十五冊目。『失楽の街』にて第二部が終了し、本書は第三部の開幕を告げる作品である。ある意味、第二部や外伝にて多くを語られてきた蒼の物語であることに決着がつき、改めて京介と深春の物語に戻ってきたという印象か。

入院中の母親に付き添う蒼と深春は秋葉原で久々に出会う。その深春が語ったところによれば、あの京介がスポーツジムに通い出し、昼型の生活に変化し、家事までやり出したのだという。気を回す深春をよそに京介は一緒に京都へ行こうと言い出す。京介の突然の変化を訝しむ深春であったが、京都で彼らが再会したのは、以前にヴェトナムに彼らがお守り役として出向いた時に出会った四条彰子という女性であった。彼女はヴェトナム人の夫とのあいだに子どもを設け、幸せに暮らしている筈だったが、様子がおかしい。息子はとにかく、お目付役としてヴェトナムから来ている夫の弟・レ・ホン・ロンの挙動が気になる二人だった。帰国した彰子だったが、息子を残して失踪してしまったとの報が入る。京介と深春は彰子の捜索のために、ヴェトナムへと向かうが……。

人間関係の興味で売れているのだとしても、本格ミステリの諸要素が丁寧に仕掛けられている点には注目
桜闇』に収録された短編「塔の中の姫君」に登場した女性、四条彰子が再登場。(必死で以前の短編の題名を調べたのだが、登場人物表に記載されているじゃないか。むー)。ベトナム人の男性と劇的に結ばれた彼女の「その後」が中心となり、もう一つ恐らく篠田さんがテーマに取り入れたかったであろう、建築家・伊東忠太とヴェトナムという主題が重ね合わされている。そして、このシリーズ、御本人が明らかにされている通り「大河ミステリ」の様相を着実に呈してきている。そういう意味では、遂に桜井京介に迫るシリーズ開幕ということになるのだろう。
これまで説明してきた人間関係を活かし、新たな大きな謎を作っていく手腕はさすが。京介をはじめとするキャラクタを自由自在に動かし、また、異国・ヴェトナムの家族主義や歴史、建築を絡めた蘊蓄もストーリーのなかにしっかりと組み込まれている点は、ベテランならではの巧さを感じる。キャラクタ小説として読む場合は、京介の突然の変化といったあたりに注目が行くのだろうが、それでもミステリとして、しかも本格としてきっちり仕上げてきているところも見逃すべきではない。
九十年前に起き、自殺として決着させられた事件の謎。深夜に庭に出てきて不思議な方法で毒殺される女性。厳重に警戒された美術館からの脱出劇。個々の印象としては小さくとも、手記の視点を揺らがせたり、犯人に毒殺されるべき特殊理由を付与したり、また古典的なトリックを組み合わせることで不思議な脱出劇を演出したりと、細やかな幾つもの(そして古典的でもある)トリックがこの作品を支えている。更に、中盤までに語られるヴェトナム特有の状況や歴史が、そういった事件に暗い影を落としていることを後で示して、作品全体での一体感を創り上げている点もこのシリーズならではの味わいとなって効いている。やはり、このシリーズはミステリとしても優れているということを改めて噛み締めた次第。

残念ながら(ファンにとっては嬉しいことに)「大河ミステリ」全体としての意味も本作にあり、その結果、本書一冊のみを本格ミステリ目的で抜き出して読むという行為をお勧めしづらい。それでも桜井京介シリーズは、全体は追うだけの価値があると思う。


06/02/09
結城昌治「夜は死の匂い」(集英社文庫'82)

昭和三十九年に女性週刊誌『女性セブン』に連載され、昭和四十年に集英社より単行本が刊行された長編作品。日本ハードボイルド小説の先駆者として知られる結城昌治氏だが、本作に関してはその才能の片々はみられるものの総じて通俗サスペンスとなっている。まあ、媒体を考えるとそういう要求に応えたものということになるのかもしれないが。

北海道から単身上京し、モデルクラブに所属しながら女優を目指していた筈の姉の圭子が自殺した。アパートでガス自殺した彼女は、しかも妊娠三ヶ月であった。たった一人の肉親の死に妹の裕子は、姉の死の責任が誰にあるのか、何故姉が自殺してしまったのかを知るために、自ら偽名を用いて姉と同じモデルクラブに所属することに決める。「仕出し」と呼ばれる割の合わないタレント業務のなかから、姉と関係の深かった芸能プロダクションの社長・小久保を炙り出し、彼を誘惑しながら巧みに立ち回って制裁を加えた裕子は、続いてテレビ局の有力プロデューサー・有原に狙いを定める。有原は、女たらしで有名で裕子は彼に身を任せる前に、密かな好意を寄せていたアシスタントディレクターの矢代に身を任せようとするも断られ、傷心のまま有原のマンションに向かおうとする。しかし、彼女が見つけたのはその有原の他殺死体だった。有原は多方面から恨みを買っており、捜査は逆に難航していたが、徐々にその手は彼女の近くへも伸びてくる……。

芸能界の内幕を暴くだけの通俗ミステリかと思いきや、意外な真犯人も用意されていて
文庫版の解説によれば、この当時のテレビ界の内幕がかなり赤裸々に描き出されている点は間違いなさそうだ。我々が想像する「現在の」芸能界の内幕ともかなり近い状況が、もう四十年の昔から成立していたともいえる。即ち、有力なプロデューサーやスポンサーに女優が身体を張って取り入って、その代わりに役を取るという、いわばちょっと単純な(現代はそう簡単でもないのかもしれない)関係性がこの大昔からあったということだ。(舞台が芸能界となっただけで、こういった図式の本質は昔からあるといえばあるか)。
序盤、人間が出揃うまでは、どちらかというとこうったテレビ界の舞台裏を露悪的に描き出す覗き趣味のような雰囲気が若干鼻についた。(ただ、発表媒体を後から知るにつれ、それもまたやむを得なかったのかな、とも)。とはいっても、登場人物が出揃い、最初の事件が発生してからのサスペンスは流石の手際の良さ。最初の殺人事件現場付近に、実は関係者が多数居て、実は順番にいろいろなかたちで死体が目撃されているといった点は、シチュエーションを利用したユーモアミステリの手法に近い(とはいえ登場人物は大真面目)。また、それでいてアリバイや人間関係にミスディレクションやレッドへリングを連発しており、なかなか真犯人像を読者に知らしめないあたりの演出は実に小憎い。全体の印象としては若干暗めのため、ユーモアミステリとは言い難いものの、底流に結城昌治ならではの遊び心があるところがやはり特徴となる作品だといえよう。
真犯人については、人間関係を丹念に読み解けば判明していく存在ながら、その人物を焦点から外すあるテクニック(あからさまなんだけれど)に個人的に感心した。ネタバレになるので詳しく書きづらいが、こういったサスペンスの定型の人間関係をうまく隠れ蓑にしてしまっているのだ。

別に特別に本書を読む必要性があったわけではなく、なんとなく未読の山から抜き出した作品。それでも一定以上のエンターテインメントとして成立しているあたり、やはり昭和期の実力派作家は凄いよなと漠と感じた次第。


06/02/08
多島斗志之「神話獣」(文藝春秋'93)

中公文庫版では『マールスドルフ城1945』と改題されている長編作品。多島斗志之氏の数ある作品群でもさらに異色となる歴史サスペンスという位置づけか。

一九四五年のベルリン。ソ連軍の猛攻を受け陥落寸前の市内に住む日本人の一家がいた。貿易ブローカーの父と専業主婦の母、 九歳の妹・幸子、そして高校生の世代にあたる昇の四人である。彼らは日本大使館と相談のうえ、近日中に疎開することを決めていたが、昇は昨年の夏にパリからやって来た三原千比呂という女性のことが頭に残っていた。日本人会のなかで孤立する彼女に昇は興味を示しており、彼女に疎開のことを報せたもののまだそんな気はないという。一方、同じ頃ヴィルヘルム通りに面した総統官邸に一人の男がやって来た。親衛隊大尉・フランツ・シュミット。彼は久しぶりに面会する総統・ヒットラーが憔悴しきっているのをみて心を痛める。しかも命令はヒットラーが幻視したという「赤い顔の敵」を突き止め、殺害せよという漠然としたものであった。東洋人の顔をしているというその「赤い顔」とは一体誰なのか。『神話獣』と名付けられたその暗号名により、シュミットは惑乱しつつもその命令を実行しようとする。そして、そのシュミットがまず最初にベルリンの街でみかけた「赤い顔」、それが昇の父親だった。

ドイツ敗戦間際の戦線の緊張感のなか、数奇な運命を辿る人々の姿を不思議な糸で紡ぎ出す
サスペンスであるが、ミステリではなく、伝奇小説ではあるが、戦争小説ではない――ということで、やはり伝奇サスペンスということになるのであろうか。全体を読み通した後にカテゴライズに迷うような、不思議な手触りを持った作品である。終戦間際のパニックのなか、「赤い顔」をした人間を殺せというヒットラーの密命に従い、自分の存在をその命に投入する男、そして、十代らしい向こう見ずさと欲望とがない交ぜになった青春像を湛えた昇少年による冒険行。彼らの二つの運命が不思議なかたちで交錯してゆく。 登場人物配置の無駄のなさ、ヒットラー及びナチスドイツの終焉に関する描写などなどが印象深く、歴史の一ページを部分的に切り取る手法がまず見事で目を瞠る。特に、SS大尉であるシュミットの戦場のプロとしての振る舞いと、その行動が徐々に密命によって呪われたように変化していくあたりの人間描写が見事である。
さらに、小説としての全体構造のさりげない凄さも作品にある。例えば『人狼』のエピソードであるとか、「赤い顔」の真相であるとか、特にラストに付け足しのようにみえるエピソードが醸し出すえもいえないような深い感触など、伏線が全編にわたって張られており、トータルとして非常に深く緻密な設計図が引かれた作品であることもいえる。刻一刻と崩壊の時を迎えつつあり、規律が喪われていくナチス・ドイツの崩壊過程が内部的視点で綿密に描かれていて、こういった個々の描写の凄まじさも印象に残った。
ただし、かなり特殊な時代・特殊な人々を主人公にしてしまっており、アクションや謀略の構想といった部分が若干控えめであり、発表当時の事情は不明ながら、一般的な読者にアピールしづらいようにも思えた。歴史を扱っているので、決して描写が古びることはないのだが。

多島斗志之という作家への、改めての興味から手に取った一冊。そもそも古い作品は入手困難な作品も多いため、こういった散発レビューとならざるを得ない点、御容赦願いたい。


06/02/07
有川 浩「空の中」(メディアワークス'04)

有川浩さんは第10回電撃小説大賞〈大賞〉を『塩の街』で受賞し'04年にデビュー。続けて刊行した本書と『海の底』の二冊のハードカバーで評価を確立。ライトノベル出身ながら、独自の地位を築いている。

実験飛行をしていた日本初の超音速ビジネスジェット機「スワローテイル」が、そして航空自衛隊所属で演習中のF15Jが、高知県の沖合の高度二万メートル付近で立て続けに謎の爆発事故を起こした。その自衛隊機を操縦しており殉死した斉木三佐の一人息子で高校生の瞬は、父親と離れて祖父の実家で暮らしていたが、祖父が亡くなってからはひとり暮らし。その瞬は海辺で見慣れない白っぽい物体を発見する。そのことを幼馴染みの天野佳江に話したところ、UMA好きの佳江はその謎の生物を瞬と一緒に家に持ち帰ってきた。その物体に「フェイク」と名付けたところに、訃報をもった自衛隊員が瞬の元を訪れて――。 一方、「スワローテイル」の製造元から事故調査委員として春名高巳が航空自衛隊の岐阜基地に派遣された。斉木三佐と同時にフライトしていた武田光稀三尉から事情を聴取するためである。最悪のファーストコンタクトを果たした二人であったが、徐々にうち解け会うようになる。そんななか、事故の空域に飛び立った二人の前に信じられない事態が発生する。これが日本全体を揺るがすある現象の前兆であった……。

壮大なSF設定に細やかな人物配置、さらに自衛隊とラブコメと。要素の加減配分が巧みなエンタ
その設定よりも、細やかなディティールの巧みさがまず目に付いた。自衛隊に関する記述であるとか国産飛行機の開発計画であるとか(作者自身の興味もあるのだろうが)、実際の日本の状況とマッチングしていてこの部分に違和感がないのがさりげなく大きい。おかげで、大人の鑑賞に耐えるエンターテインメントとまずなっているように思われる。さらに設定が現実に立脚している結果、本作のコアとなる大きなSF設定部分、即ち「フェイク」と【白鯨】という存在が活き活きとしてくる。
高校生のカップル、自衛隊パイロットと事故調査員のカップルの二組・四名の個性の引き出し方が巧いのは、恐らく読まれた方全てが気付かれる(というか、普通にはこの部分のやり取りが魅力なんだろうな、きっと)と思うが、立場は異なるものの喪失感を抱える一方と、それをフォローする他方という(それは、作中に登場する真帆という登場人物にも共通するか)関係性がかたちを変えて描かれているからのように思われる。また「亀の甲より年の功」を地でゆく”宮じい”の存在感も大きい。特に、真帆の持つ葛藤を解きほぐしてゆくラストのひと言は、何かしみ入るものがある。
作品全体のテーマは「ファースト・コンタクト」である……はずなのだが、序盤の設定の巧みさに比べると、この事件で発生する筈の人類のパニックといった中途部分が軽めに流されてしまっている(描写が不自然というよりも省略気味)なのは不思議というか、わざとなのか。(穿った見方をすると、国際政治情勢等に関して単に作者が苦手、ないし興味があまりない結果なのかもしれないなとも)。
一方では、【白鯨】と「フェイク」のコミュニケーションで使用される日本語の変化扱う手法が巧み。徐々に知性(というのはおこがましいが)を取り交わすようになる【白鯨】と高巳との交渉場面はともするとだるいようにみえるが、このあたりの配慮無しには本書は恐らく急激に軽い存在に変じてしまうように思った。
一方で、ところどころ「あれっ」と思えるような視座の変化があったりもし、文章全体については「巧いな」と思える部分と「あれれ」と思える部分が混在している。このあたりは恐らくキャリアのなかで解決していくことだとは思われる。

いろいろな要素をぎゅうっと一冊に詰め込んでおり、総じて楽しめる作品であった。作者のセンスは独特のものがあり、他の作品はどんなだろう? と思わせる力がこの一冊にある印象。(というか、偉そうなことをいうためには他の作品も読まねばならないか)。


06/02/06
山田正紀「崑崙遊撃隊」(二見書房サラ・ブックス'76)

山田正紀氏の六冊目となる長編。同ノベルスに書下し刊行したもので、たまたま入手したので初刊本で読了したが、このあと角川文庫や講談社文庫でも刊行された実績があるので、そちらでも基本的に(もしかしたら「著者あとがき」が違うかも)内容は変わらない。

昭和八年。戦前の中国・上海は日本人と中国人との勢力争いが続き、一触即発の状況が続いていた。祖国を離れ中国を愛し、日本軍に軍用馬を斡旋する仕事からイギリス人の馬丁へと転職し、無国籍者として生きてきた藤村脇。親友・松本の中国人の恋人・李夢蘭を殺害し、右翼系日本人の結社『昇日会』をも裏切って逃亡していた筈のその藤村は、再び上海に現れる。目を掛けられていたにもかかわらず、藤村を裏切ろうとする少年・天竜を脅し、無限軌道車の改造を依頼した藤村は、ある野望を胸に抱いていた。李夢蘭の故郷だという、ゴビ砂漠のなかにある秘境崑崙を目指すのだ。事実、藤村は放浪の最中にその手掛かりを手にしていた。しかし、藤村は油断の隙をつかれ上海ギャングに拉致されてしまう。その藤村を引き取りにきた『昇日会』を前に、森田なる人物が現れて藤村の身柄を確保する。森田は黄河を制することができるという崑崙に向かおうとしており、その案内人として藤村をスカウトしたのだった。殺し屋BW、馬賊・倉田らに天竜、森田を加えた一行は、荒れ果てたゴビ砂漠を崑崙へと向かってゆく……。

SF伝奇アクションながら、その設定が実に周到。秘境冒険小説の流れを汲む名作
基本的な筋書きとなるのは、様々な妨害を乗り越えて謎の秘境・崑崙を目指す男たちの物語――ということになる。ただ、単なる冒険小説に留まらない意欲が、作品設定・物語設定のあちこちにある点に舌を巻く。 もちろん、仲間が協力して目的を果たすという物語の基本を忠実に現出していることはいうまでもない。
秘境冒険小説をものにするにあたり、戦前の中国という混迷の時代を選んだ点がまず凄い。当時の中国の風俗や政治・歴史状況をきっちりと踏まえた上で、政治上・裏社会上のパワーバランスを、実にそれらしく再現している。この混迷の時代、さらに科学的精神と文明の利器の未到達とが両立するギリギリの場所に崑崙という土地を設定しているのだ。あとがきにもある通り、秘境というものを存在させるための条件をピンポイントで突いている感。
その延長ということになろうが、登場する人物たちの様々な立場が、それぞれ説得性のある「裏」をもっており、当然のように発生する裏切りの連続技、これらにまた説得力がある。単に欲望に目が眩んだといった衝動的なものではなく、抱え込んでいる背景による必然というあたりである点、実に巧みだといえるだろう。藤村自身の抱えてきた「裏」についても、最初に全て明かしてしまうのではなく、その行為に至った背景に「謎」が含まれており、それが物語が進むにつれて回想のかたちで明らかにされてゆく展開もさすがである。終盤に至るときには、主要な登場人物が持つ人生や性格に関する奥行きがぐんと深まっているのだ。
また、そういった周到さに対し、崑崙の地が近づくにつれ発生する怪異現象や崑崙の地が持つ秘密といった発想の大胆さもまた光る。ゴビ砂漠のど真ん中という常識を覆す創造力には正直恐れ入る。なんでこんなところに○○が……という部分は、それまでの物語運びとは別のかたちで意表が突かれることも間違いない。

それだけ周到な話運びであっても、全体としてはやはり荒唐無稽な伝奇アクション。その伝奇アクションのなかでもこれだけのことが出来る山田正紀の凄さを初期作でも知ることができるわけで。また、藤村という登場人物の「格好良さ」も、どこか心に刻み込まれる。いやー、深いっす。


06/02/05
泡坂妻夫(他)「あなたが名探偵」(東京創元社'05)

東京創元社『ミステリーズ!』の創刊時より、Vol.07(二〇〇四年十月号)まで(解答編は翌号まで)に連続掲載された、いわゆる「犯人当て小説」が創元クライム・クラブの一冊としてまとめられたもの。連載時には解答を一般募集するかたちとなっていた。(個人的には初出時に読んでいたため、ほとんど再読)。

スキー場近くにある凍った湖で、病院で目撃されていた場違いな男が殺害された。犯人は? 泡坂妻夫『蚊取湖殺人事件』
お小遣いを持たないリストラ夫が殺害された。その弁当は誰が処分をした? 西澤保彦『お弁当ぐるぐる』
山奥に住む金貸しが殺害された。密室内に入れた人物はいないはずだったが? 小林泰三『大きな森の小さな密室』
幸運を呼ぶという像を崇拝しており、いろいろな人物を脅迫していた若者が殺害された。犯人は? 麻耶雄嵩『ヘリオスの神像』
双子同士が結婚したという実業家が経営するホテル。業界ゴロが殺害されたが犯人は? 法月綸太郎『ゼウスの息子たち』
経営者変更が決まったペンションで女性が殺害された。直前に目撃された裸の女はいったい? 芦辺拓『読者よ欺かれておくれ』
映画関係の事務所を構える女性の夫が、別荘で殺害された。その左手は焼かれた状態で発見されたが? 霞流一『左手でバーベキュー』 以上七編。

本格ロジカル系作家のオリジナルありシリーズ登場人物ものあり。各作家の特徴が強く打ち出されている
『ミステリーズ!』が初出で、かなりの作品が再読になることが判っていたので単行本としてはなかなか手に取らなかった一冊なのだが、こうしてアンソロジーでまとめて読むと雑誌で一編一編読んでいた時とは全く異なる印象を受けて、興味深かった。というのも、このシリーズ、登場する人気作家の多くが自ら擁する名探偵を惜しげなく登場させているのだ。法月綸太郎、木更津悠也、森江春策、紅門福助……。それに、あえてそうしなかった泡坂妻夫、西澤保彦、小林泰三諸氏にしても、世界観がその他の自作と微妙に繋がっていたりするあたり、近い雰囲気を持っているといえるだろう。従って、各作家の持つ世界観や作品観がしっかりと既に打ち出されているなかで、本格犯人当て小説を書いたという点がやはり特徴となっている。 だから余計に魅力がある。(作品世界に関する細かい説明を端折れるメリットもあるかも)
もちろん「主目的」にあたる、犯人当ての小説という意味でもレベルが高い面白みを味わわせてくれる。全部が全部、百パーセントの手掛かりを提示しているとはいえないが、問題編−解答編とみた時にアンフェアだと思わせられる作品は一つもない。 確かに本文中にある手掛かりを繋いで、さらに想像の飛躍を働かせることによって解答に到達することができる。その努力は読者に委ねられており、じっくり問題編を読んで七転八倒するも良し、そのまま考えずに問題編に突入してしまうも良し。(雑誌発表時は、問題編発表後、次号まで解決編を待つ必要があって、否応なく考えさせらてストレスが溜まったけれど)。また、再読して問題編から手掛かりを拾う読み方を改めて行うと、それぞれ細かな文章や会話のなかに本格ミステリ作家ならではの周到さが微妙に垣間見えて、別の意味でも興味深かった。

シリーズ探偵の作品が多いということもあって、いずればらばらになって各作家個人の短編集に収録されてしまうのだろうが(既に一部は入っているし)、それでもこの形で読むことによるメリットというか、楽しみ方というものはそれはそれで確として存在しているように思う。本格ミステリが心の底からお好きな方は、ぜひ「この本で」読んで欲しい一冊である。


06/02/04
太田忠司「遊戯(ゲーム)の終わり 探偵 藤森涼子の事件簿」(実業之日本社JOY NOVELS'00)

太田忠司さんの数あるシリーズ探偵のひとりで、阿南シリーズからスピンアウトして探偵役として一本立ちした藤森涼子が主人公の短編集で、幻の『ペットからのメッセージ』を含めて四冊目にあたる作品。現在のところ、文庫化されていない。

名古屋在住の平凡にみえる大学生の一週間の素行調査を請け負った涼子。しかしその学生が調査後に自殺。そんな素振りがなかった彼のことを調べ直したいと涼子は所長に訴える。 『翼なき者』
飼っていた犬が行方不明、その犬が別の人物に連れられているのを目撃したとの訴えを調査する涼子。一旦、騒ぎは収まったかにみえたが、その依頼者が殺されてしまい……。 『犬の告発』
矢で犬や猫を射抜く悪質な悪戯が発生する地域で、涼子が調査していた人付き合いの悪い人物がその矢によって殺された。涼子の調査は終了するが、彼女なりに周囲を調べてみると……。 『冷たい矢』
図書館前で持論を大声で携帯電話に向かって喋る男。涼子は彼のパスケースを拾ったが、その男が事故死したと警察が現れる。どうみても彼は自殺するタイプと思えなかった涼子はやはり事件を調査する。 『孤愁の句』
一宮探偵事務所を時たま手伝っていた新居という男が焼死した。その死んだ新居から所長宛に「預かって欲しい」とMOディスクが送られて来た。そして火事には放火の疑いが持たれた……。 『封印された夏』
一宮探偵事務所の元調査員から連絡のあった翌日、事務所に強盗が押し入って所員に金庫を開けさせたあとに殴り倒して逃走。そして新居から所長預かったMOが盗まれた。 『遊戯(ゲーム)の終わり』 以上六編。

シンプルなストーリーのなかに人の内面の奥深さが淡々と描写され、それが深みを培っている
普通にみえる大学生の持つ特異な能力。飼い犬をすり替えなければならなかった人物が持つある背景。アパートでテレビゲームに興じる独身男性。涼子が目撃した男性の事故死。放火によって焼死した親子、そしてディスクの盗難事件。全般にいえるのは、物語導入が実にシンプルな(ようにみえる)こと。藤森涼子が手がける事件は、数奇な運命をもった一族も、凝った構造を持つ館も、雪の中に孤立した山荘も登場しない。犯罪行為やそれに類することはあっても、実に現実的。自宅の扉を一歩出たら誰もが巻き込まれる可能性があるような、そんなミステリ小説においては平凡ですらある事件だ。ただ、そういった事件から見い出される、登場する人々それぞれが持つ隠された深みが実に味わい深く描かれている。
ミステリとして設定される犯人はどちらかといえば衝撃的に犯行に手を染めている。その衝動が、本シリーズにおいては重要な”謎”となっている。一概に本文中から犯人を指摘するのは困難であっても、その犯人が明らかにされると同時に、その犯人が心に抱いていた”何か”も同時に浮かび上がってくる。その”何か”の描写が実に巧みなのだ。人間の持つ弱さ、欲望に撒ける人々。暖かい視線とはいえないまでも、断罪して告発することを目的とするではない作者の(そして主人公である藤森涼子の視線が実に微妙に物語の余韻を膨らませている。 その結果、シンプルであるのに実に味わい深い作品が連作短編として並んでいるという印象に繋がっている。
一方で、その”何か”を持つ犯人たちが、意外なところに隠れているのもポイントであろう。通常の意味での容疑者よりも、こんなところで、こんな動機で? という驚き感覚が収録作品のほとんどに隠されている。その意外な犯人が持つ、意外な動機というあたり、かなり工夫されているところもまた、先に述べた味わい深さに深く関係しているように思われた。

本シリーズの文庫化されていない作品は、実は今となっては入手しづらいところがあり、他の作品との後先をあまり考えずに手に取った。太田忠司の創造した探偵役のなかでもあまり重要視されることの少ない藤森涼子シリーズであるが、都会の私立探偵小説として、もっと評価されても良いように思われる。


06/02/03
篠田真由美「Ave Maria(アヴェ マリア)」(講談社ノベルス'04)

桜井京介を中心とする建築探偵シリーズ、『angels――天使たちの長い夜』に続いて連続刊行された番外編。この後、第二部終了となる『失楽の街』へと続いてゆく。

薬師寺家の惨劇から十四年。蒼は薬師寺香澄としてW大学に通う毎日を過ごしていた。相変わらず京介や深春、神代教授や門野といった面々は蒼を子ども扱いし、保護者を自認して何くれと世話を焼こうとするが、蒼自身、それが自らのためにならないことを自覚していた。高校からの友人の翳に自らのありのままを話してしまおうとするが、なかなか踏ん切りがつかない。そんな毎日のなか、神代が漏らした不用意なひと言により、蒼は、その特異な記憶術に興味を持った大学の心理学教授に協力することになる。その教授を通じて知り合った小城里花はエキセントリックな性格で蒼に、思わせぶりな発言を。前後して蒼のもとには「響」なる差出人から「REMEMBER」と書かれた手紙が届き、インターネットの実録犯罪サイトで薬師寺家の事件が興味本位で取り上げられていることを知ってしまう。何者かの悪意が蒼を襲うなか、蒼は他の人々の手を借りずに自らの手で事件とその周辺で発生していた出来事の決着を付けようと決意する。

大河となりつつシリーズの、必要にして欠かせないエピソード。”子ども”としての蒼との訣別
建築探偵シリーズは相当数が既に刊行されているわけだが、基本的には”独立した作品として一冊でも読める”というのがポイントとなっている。そんななか、本書は数少ないその例外。即ち、蒼こと薬師寺香澄が大学生となり、自らの過去と真っ正面から向かい合うという部分を特に取り上げてテーマとしており、その関係上、どうしても『原罪の庭』の真相に触れざるを得ない(というよりも真相をベースにして物語が構築されている)という背景をもっているのだ。
その結果、シリーズ作品のなかにおいての本作、筆の制約がない分のびのびと蒼という一つの人格について、これまで以上にじっくりと描かれている。 (これまでどうしてもネタバレ制限のために、中途半端にしかこの点に触れることができなかったから)。作者があとがきでも触れている通り、どうしても年齢を重ねても子どもっぽさが抜けなかった蒼は、シリーズにおいても微妙に不自然だったことは否めない。ただ本作が上梓されることによって、ようやく本当の意味で過去を克服して精神的に一皮剥けてゆくのが判る仕組みだ。 この作品の位置づけについてはシリーズを通しで読んでいる読者としては感慨深いものがある。
ただ一方で、どうしてもミステリとしては薄味。さすがにストーカー紛いの追求を受けて混乱する蒼の様子や、その蒼に衝撃を加えるインターネットのアングラサイト等の描写は見事ではあるが、本作における”謎”はどちらかといえば付け足しのようにみえる。また隠された人間関係が顕わになってゆく過程は、本格とは異なる意味でのサプライズがあるのだが。もう一つ、蒼vs京介、そして蒼vs翳の男同士のべたべたな付き合いが、どうにも腐女子向けのウケを狙っているようでそのあたりについては気になった。

完全にシリーズ読者向けの一冊。少なくとも『原罪の庭』を読んでいる必要がある――とまで書いて思ったが、逆に本書を読んでから『原罪の庭』を読むという順番もありかも、とも思う。(まあ、普通はいないでしょうが)。作者である篠田さんの建築探偵シリーズへの深い愛着が発露している作品でもあるかな。


06/02/02
井上夢人「the TEAM(ザ・チーム)」(集英社'06)

2001年に刊行された『クリスマスの四人』以来となる、久々の単行本。『小説すばる』誌の2003年11月号から2005年8月号のあいだに掲載された作品を改題して連作短編集としてまとめたもの。いろいろな意味で実に井上夢人氏らしい作品となっており、ファンとしては嬉しい限り。

バラエティ番組で高視聴率を上げる「霊導師 能代あや子」のコーナー。盲目難聴の能代あや子は抜きんでた高い確率で相談者の悩みを解決し、彼女の評判はうなぎ登り。しかし、その裏側には彼女のマネージャーを務める鳴滝昇治、ピッキングを用いて対象者の周囲を事前に調べる実務に秀でた草壁賢一、ハッキング含めてインターネットを駆使して調査活動を行う藍沢悠美の”チーム”がいた。能代あや子は、そんな彼らの調査結果を最大限に利用して託宣を相談者に下していたのだ。今回の番組で予定されている相談者、即ち彼らにとっての調査対象は桂山なる人物。オカルト系の告発サイトを運営しており、能代あや子に敵意を燃やすライター・稲野辺と組み、ニセモノの心霊写真をでっち上げて能代あや子を困らせようという計画を立てていることが判明する。彼らは更に桂山の周囲を調べ上げ、彼の妹が過去に自殺していることを突き止めると……。 『招霊』
夜な夜な金縛に合い全身に生傷が絶えないという主婦。隠しカメラが捉えたその真実は……。 『金縛』
過去を切り離して偽名で暮らす女性からの相談。困難の末に見つけだされた事件は……。 『目隠鬼』
偽名で能代あや子に相談を申し込むライターの稲野辺。しかしその彼もまた彼女の能力に愕然と……。 『隠蓑』
不思議な声が聞こえるという家に忍び込んだ賢一。その家の隣家に秘密があると睨んだが……。 『雨虎』
かつての相談者が能登の旅館で事故死。チームはその事件の裏側にある真実を……。 『寄生木』
盗撮ビデオに偶然撮影された賢一の姿から、能代あや子の過去を知る男が恐喝に訪れてきた……。 『潮合』
先の事件の映像が残っていた。稲野辺は切り札として彼女に揺さぶりをかけようとするが……。 『陽炎』 以上八編。

井上夢人らしい特異な設定と軽妙な話運び。そして痛快な展開。往年の岡嶋作品を彷彿!
物語作りにおける描写の角度が絶妙。 インチキ霊能者がテーマ……というだけで、読者サイドには「まずこういう話だろう」という思い込みがあるのだが、のっけからそれを良い意味で裏切ってくれる。作られたニセ霊能者とその調査チームというアプローチが素晴らしく、それがなぜか非常に痛快感をもって描かれる。テレビ制作現場の舞台裏という事情以上に、この設定をもって一つ一つの物語をふくらませてある点がポイントといえるだろう。考えてみれば、この設定は実に巧みで、まず相談者は何か事件とかトラブルを背景に抱えているわけで、それを普通の意味での調査以上に調査することによって裏側にあったことを第三者的に検証、その相談者が知っていた事情、考えていた事情以上の圧倒的な情報をもって、その真相を霊能者・能代あや子が託宣する――実際は、その調査チームによってもたらされた事実ではあるのだが。
また、このチームが営利目的以上に「仕事に忠実」なところも好感度を引き上げている。決して金儲けや名声を求めるだけでなく、物語を追っていっても彼らにその「仕事」以上の目的はないようにみえる。その結果、善意とは言い難いまでも、彼らの無償の行為によって、表面上は騙りだとはいえど、なぜか関係者が幸せになるような物語となっているのだ。謎とはいっても本格のようなそれとは異なり、少しずつ隠れていた真相が明らかにされることによってもたらされるサプライズではある。だが、個々のエピソード作りがまた絶妙なこと、そしてその真相開陳の場面の演出がこれまた絶妙なため、一つ一つの物語を読み終えた後の爽快感が素晴らしく感じられた。また全体を通じて感じられる、彼らの”ノリ”の微妙な軽妙加減も作品の雰囲気を気持ちよいものにしている。こういったノリの良さというのは、全盛期の岡嶋二人の連作短編集で味わった感覚にごく近く、それがまた不思議な懐かしさをも喚起してくれた。
もう一つ、賢一、悠美の「プロの仕事」の描写もさりげなく凄く(つまりは空き巣やハッキングが、ということになるのだが)、こういった荒唐無稽とも思える設定のなかに限りなく現実味溢れる要素を持ち込むことによって物語が一定以上の説得性を持つというお手本のような作品ともなっている。

時代を超越する面白さが作品内にあるので、今すぐ読まれなくとも恐らくは文庫化されて末永く楽しまれる作品かと思われる。ただ、岡嶋二人が再ブレイクしている今、何となく販売方法が地味なのが勿体ないようにも思える。もっと大々的に売り出しても読者の期待に背くわけではない――というよりも喝采をもって迎えられるべき作品だと思うのだ。ということで、お勧め。


06/02/01
石田衣良「約束」(角川書店'04)

角川書店の文芸雑誌『KADOKAWAミステリ』が、かつての題名である『野性時代』にリニューアル(というのも不思議な話で)された時期に掲載された七つのノンシリーズ短編が収録された作品集。

幼馴染みのヨウジはカンタにとって親友にして英雄だった。しかし、突然襲ってきた通り魔によってヨウジはその命を奪われてしまう。残されたカンタの精神は変調してしまい……。 『約束』
引き籠もりのまま事故に遭い、十九歳の長男・清人。父親の謙太郎は静かにその清人の我が儘をきく。そんな清人が興味を示したのはダイビングだった。 『青いエグジット』
女手一つで雄太と美知佳の兄妹を育てる尚美。その雄太の耳が身体的な原因は何もなく急に聞こえなくなってしまった。なぜ雄太は突発性難聴になったのか? 『天国のベル』
モトクロスを始めたばかりの正平は朝の多摩川で一人練習に励んでいた。そんな彼を見つめる女性は、彼のことを「へたっぴ」 と呼ぶが……。 『冬のライダー』
登校できないまま学校で時間を過ごす中学生・雄吾。彼のことを気に掛けてくれたのは廃品回収車に乗っている老人だった。雄吾は老人を手伝うようになり……。 『夕日へ続く道』
花の撮影の得意なプロカメラマンの溝口の儀式は、辺鄙な川原に生えたソメイヨシノをシーズン初めに撮影すること。そこに一人の女性が現れた。 『ひとり桜』
日頃から頭が痛いといっていた息子が倒れ、緊急入院することに。脳の病気で手術。母親の志津子は気が気でないが、そんな時、父親も倒れたと連絡が……。 『ハートストーン』 以上七編。

不遇、不幸に対して、それでも人生前向きで進もうという、確かに良い小説群なんですが……
作者のあとがきの内容をくみ取るに、何らかの内部的外部的要因によって身体や心が傷ついている人の癒しをテーマにした作品集ということになりそうだ。 事実、収録されている七つの作品はに、心や身体に深刻な傷を負っている人々やそういった人々をサポートする周囲の人々が登場する。その”傷”も、通り一遍、時間が経過すれば自然と癒えるようなものではなく、身体の重要部分の欠損であるとか、人命に関わる話であるとか、人生や生き方自体に深刻な影響があるようなタイプのものばかりである。これまで読んできた石田作品でもそういった人物はしばしば登場してきており、そのハンディキャップをもった彼らを実にフラットな(思いやりはあっても特別扱いはなく、個性であっても恥ずべきことではない)視線で扱っていて好感を覚えてきたことは事実で、本作品集についてもその姿勢は健在だ。
だが――この『約束』を読み終わって最初に考えたのは、「石田衣良って残酷だよな……」ということだった。本書収録の作品の多くがハッピーエンドであることについて、である。いやもちろんハッピーエンドが悪いということではないし、むしろ本書がエンターテインメント系の文芸である以上、この結末もまた正しい。だけど、七つの物語の登場人物が七人とも不幸は不幸、だけど現実は現実と見据えて心だけは前向きに生きていこう、というある意味、統一されたエンディングは、果たしてこれで良いのか? と読了した瞬間に考させられたこともまた事実なのだ。
残酷な現実に、仮に実際に自分自身が向かい合った時に、この物語のように前向きに顔を上げて生きてゆけるのだろうか。喪われた身体や傷付いた心は単純に元には戻らない、だけど喪われても心がしっかりしていれば克服することは可能だよ、そういうストーリー展開は理屈のうえで正しいこともまた判る。だけど、その、理屈だけじゃないんじゃないか……とちょっとひねくれた自分がいるのだ。いっそのことファンタジーとして楽しむのであれば、それはそれで良いのだけれどそれならば、あとがきの「著者のことば」があまりに無邪気に思えてしまう。

というようなことをつらつらと書いてはみたが、基本的に石田衣良らしい優しさに溢れた「いい話」の作品集。ミステリの要素は限りなく薄いが、一連の恋愛小説のバリエーションとして楽しまれるのが吉だと思われる。