MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


06/07/20
北森 鴻「深淵のガランス」(文藝春秋'06)

北森鴻氏の作品群のなかの”美術系”の新シリーズながら、世界としては共通している。花師にして絵画修復師である佐月恭壱を主人公とする中編集。『深淵のガランス』は『別冊文藝春秋』二〇〇四年五月号、『血色夢』は同誌の二〇〇五年三、五、七、九月号にかけて発表された作品。

大正末から昭和の初めに活躍した洋画家・長谷川宗司。表向きは花師、即ち花を活ける仕事をしている佐月恭壱は、いつも仕事を振ってくるある女性からの依頼で、長谷川宗司の孫の所有する曰く付きの絵の修復を依頼される。彼自身の裏の顔は凄腕の絵画修復師なのだ。しかし、佐月はその絵の下に別の絵が隠されていることに気付く。そしてその下にある絵を巡り、怪しげな男たちが暗躍をする――『深淵のガランス』
佐月が通うバーを経営する若き女性・朱明花。その父親で大物実業家で裏の世界にも顔が利く朱健民(朱大人)の紹介により、東北の雫石に住む旅館経営者・多田から仕事を頼まれた佐月。土地持ちの多田は地所の山奥にある洞窟で古代人の残した壁画を発見、その修復を佐月に依頼してきたのだ。俄然、この仕事に興味を持つ佐月だが、一方では真筆の絵を分割して、真作を増やすという事件が……。 『血色夢』 以上二編。

美術品業界の奥深さをさらりと描き、裏にある欲望と計略を装飾にして風変わりなミステリを描き出す
あからさまに名前こそ出ていないが、本書にて佐月に仕事を依頼する女性は恐らくは北森鴻氏のシリーズ作品でお馴染み、『冬狐堂』の屋号を持つ彼女であると思われる。強いていえば、彼女主人公の作品でみられるような現在進行形の彼女ではなく、海千山千のこの業界でしっかりと根を張った後、何か風格すら感じさせる大物と化した人物として描かれているから若干の違和感はある。(だが、彼女がずっと業界にいればこういう人物になるのだろうなあ)。

ただ、主人公を独特の個性と感性を持つ絵画修復師へと変えたことで、トレーダーから仕事人へと視点が変わり、他の作品と同じように盗作贋作渦巻く美術業界であっても、物語から得られる感触は若干であるが異なっている印象を受ける。使う立場から使われる立場というと簡単だが、実際のところは彼らに降りてくる美の神、そして美術界に奉仕する人間ならではの矜持といった部分が強調されているように感じられた。売買も目が必要だろうが、それ以上の目利きである必要があるのだ。まず最初の事件は、絵画の裏に隠されている別の絵画の価値を巡る物語。こちらでは、全く絵画そのものの価値云々ではなく、この「絵」そのものに込められた謎が一体何なのか――? がメインとなるテーマ。それをテンポ良く歯切れの良い文章で綴っていくのだから引き込まれない方がおかしい。本書で初お目見えとなる登場人物も個性的であり、物語の展開を見事に補助する役割をきっちり果たしている。そして謎の主題が、画家ならではの特徴というか、画家ならではの思いでしっかりと幕を閉じている点が実に巧みなのだ。
一方の『血色夢』。文部科学省が知ったら怒り出しそうな、文化的にも貴重な洞窟壁画を個人が勝手に修復してしまう物語。さらに別のエピソードとして真作と認定されている絵を分割して複数の絵画に仕上げるというエピソードが裏側で下支えとなっている。佐月が巻き込まれた陰謀は何なのか。そして、果たして関係者は何の目的で動いているのか。物語上のエピソード以上に、美術界が先端科学の粋を尽くした分析技術によって成立しているというインパクト(蘊蓄ともいうか)が凄い。もちろん、これまでの作品では描かれなかった壁画修復に向けた佐月の執念的な活動も魅力だ。エピソードの相関が今ひとつでオチも若干弱い気がするが、そこに至る過程のそこここに読みどころがあり、やはりこちらも読者を引き込むタイプの作品だといえよう。

中編二作という若干中途半端と思える分量で刊行されているものの、その内容は非常に濃い。北森鴻氏による美術系ミステリのファンはもちろん、博物学系のファンをも満足させるのではないだろうか。


06/07/19
赤川次郎「三姉妹探偵団2 キャンパス篇」(講談社文庫'87)

「三姉妹探偵団シリーズ」の二冊目。『小説現代』一九八五年二月号〜三月号にかけて発表されたのが初出。

三姉妹の長女・綾子が通う大学が近く文化祭を開催する。元もと呼ぼうと考えられていたゲストに次々逃げられ、実行委員会は責任回避のため、綾子に幹事を命ずる。綾子は性格上全く困った素振りを見せないが、結局のところ国友刑事の伝手を辿り、かつてのアイドル歌手で現在は人気が下降中、しかし知名度は十分にあるという神田山タカシを招くことに成功する。しかし、神田山タカシはいろいろと素行に問題があり、かつてはファンの女の子を手込めにしたところをホテルのガードマンに見つかって殴られるという事件などを起こしていた。文化祭の準備期間中、その神田山のマネージャーが学内で殺害され、さらに三姉妹が住むマンションに爆弾が届けられるという事件も発生。どうやら綾子の命が狙われているらしい。綾子と親しい女性は、かつて神田山に襲われた過去があり、その神田山を殴ったガードマンは現在は大学の守衛として働いている。さらには教授の梨山は男嫌いで有名な委員長の水口恭子と交際しており、その梨山は学生の一人、大津和子とも特別な関係にあるらしい。複雑な学内の関係が波紋を呼びつつ、学園祭の当日が迎えられようとしていた。しかし、その捜査を独自にしていた夕里子はある人物に捕らわれて……。

三姉妹の冒険譚。事件は続発するも事件的には必然性が薄く、個々の事件よりも彼女たちの活躍が魅力か
学園祭が舞台で、その学園祭に呼ばれたアーティストのマネージャーが冒頭に殺害され、続いて爆弾騒ぎなどが起きる。導入部は本格っぽさを残しているものの、事件そのものの構造からして本格系を目指していないことは明らか。長女・綾子の通う大学で発生する殺人事件……をみんなで推理するということはなく、むしろ彼女たちそれぞれがそういった”コト”にあたる際にどのように活動してくれるのかを見どころとして鑑賞すべき作品だろう。特に作者は若い女性を描き出すことに長けており、三姉妹だけでなく教授や、その教授と親しくしている新入生など学校関係者も含めたサブキャラクタの存在感が抜群。
特に、文化祭という一大イベントのなかで事件が発生しているなか、三姉妹がそれぞれ個性に合わせた行動を取っている。点が面白い。綾子お姉ちゃんが危ないという状況のなかで、妹二人はその個性どおり特徴的な行動を取っている。 まあ、当たり前といえば当たり前なのだが、やっぱりその一連の事件は三姉妹以外の本書登場人物の過去が絡み合ってしまっていて、(ネタバレ)単独の真犯人ではない。寧ろ殺意の連鎖のような作品となっている。なので、本格ミステリというにはトリックも動機も足りず、人間関係をベースにしたミステリとしての落とし方はあまり頂けない。ただし、ドタバタドラマのストーリーとしての魅力が高い作品である。彼女たちを造形する作者の力量を改めて感じさせられる。

たまたま家人がどこからか持ってきた作品であり、本書を読むにあたって特に何か特別な理由があるというものではない。だが、事件を巡ってさらに発生する事態に対し、三姉妹がどのように立ち向かっていくのかは興味深いところだ。現実的ではないかもしれないけれど、三姉妹の活動を眺めているのはとても楽しい。


06/07/18
桂木 希「ユグドラジルの覇者」(角川書店'06)

第26回横溝正史賞受賞作品。桂木氏は1961年、高知県生まれ。大阪工業大学経営工学科卒。現在、コンピュータ・エンジニアとして活躍……ってそのまま奥付の著者紹介を引き写してみました。

ソフトウェア技術開発に素晴らしい才能を持ちながら、大手電気メーカーを退職して世界中を放浪、その土地土地で肉体労働に勤しみ、下層階級の人々と交わって生活している矢野健介。彼のリオデジャネイロ滞在中、彼が親しくしている友人が家族のために犯した犯罪が露見、警察に逮捕されてしまった。幸い彼の国の警察機構は腐敗しており、多額ではあっても現金さえ積めば彼は釈放される。しかしその金がない……。そんな時、かつてインターネットを通じて矢野が知り合った人物が健介の前に現れる。その人物は健介に対し、「世界を賭けた戦い」を始めようという――。それから数年、インターネットの発達に伴い、世界各国で世界標準となる電子商取引を実現しようという機運が高まっていた。その裏側では、これまで資本で世界を支配してきた保守的で強大な財閥が政府金融を含む各方面の実力者に指令を出しており、世界金融の立役者たちが無言の恫喝に恐れをなし、大混乱を予感しながらも指令に従い従順に政策を実行していた。そんな時期、いち早く市場の変革を受け入れたシンガポールで異常な取引が発生、敏腕トレーダーたちを含む多くの金融機関が莫大な損失を発生させた。そのなかに変化の匂いをかぎつけた米国人・ジャックは、裏側にある陰謀の匂いを感じ取り、その証拠を探してシンガポール中を駆け回っていた。

本邦初(?)の世界金融ファンタジー。ミステリの枠を超えマクロ経済に題を取った壮大な物語
インターネットを介した電子商取引――自体は現在もう目新しいものではなくなっているが、確かに通貨の差異、言葉の差異、それに方式の差異等々、そして何より安全性の問題により、世界経済を動かしつつはあるものの完全に席巻するには至っていない。この電子商取引が世界中で統一されると何が起きるか? という奇妙なポイントに軸足を設定したストーリー。
その裏には円卓会議で世界資本を支配する伝統的な財閥の指導者たちがいる……といったあたり、舞台は現代ながらどこかファンタジーめいた印象すら漂う。 むしろ、各地に割拠する知将同士が、インターネットや金融市場を舞台に戦う樣子が本書における最大の見せ場であり、武器や戦場が異なるだけで個人的な印象は冒険小説でもミステリでもなく、やっぱりファンタジーなのだ。イメージとしては三國志における、諸葛亮孔明と司馬懿仲達との戦いか。直接的な力を持たない同士が、相手の心理の裏をかきながら互いに優位に立とうとしのぎを削ってゆく。
ただ、このことは作者と読者の関係にも同じコトがいえるようにも思える。最新技術を利用して読者を煙に巻きつつ、エンタメを構築する手法。即ち作者の詭弁(良い意味での)をどこまで信じるか、信じないか。 この世界を無条件に信じさせたら作者の勝ち……のような。それにより本書から受ける印象が読者によってがらりと変わると思うのだ。
また電子商取引が全世界に浸透して最初のトラブル、荒れたシンガポール市場における動きが個人的には興味深かった。というのは普通の意味でのインサイダー取引を全く別の角度から描いていること。ここで提示されている「市場一人勝ち」の謎は取引の盲点を突くもので感心させられた。

横溝正史賞ではあるが、ストレートなミステリではない。特に選評にもあるのだが、思いっきり大きく拡げた風呂敷のたたみ方には不満が残る。(こんな大それたことをやっておいて、オチはこれかい! みたいな)。ただ、そういった理詰めで無理にくっつけたようなラストよりも、その過程を、いかに面白く演出するかに腐心した作品だと思うし、こういうのもありかと思う。その意味では、もう少し各登場人物をゲームの参加者っぽくした方が良かった気もするし、そうすると安っぽくなるような気もするし、難しいところかな。今後、作者がどのような方向性を打ち出してくるのか、ちょっと楽しみではある。


06/07/17
田中哲弥「やみなべの陰謀」(ハヤカワ文庫JA'06)

田中哲弥。1963年兵庫県生。'84年『朝ごはんが食べたい』で星新一ショートショートコンテスト優秀賞受賞。代表作『大久保町の決闘』『大久保町は燃えているか』『さらば愛しき大久保町』(電撃文庫)。「もう少し勤勉であれば、日本のSFの歴史は変わっていたかもしれない」と大森望氏に言わしめた才能の持ち主。明石市の秘密兵器。

養鶏場でアルバイトをしている大学生・栗原守。彼の住むアパートに筋肉質で巨大な男がやってきて千両箱を置いていった。中は正真正銘の小判で、混乱した栗原は養鶏場のドブさんに相談に出かけるが……。 『千両箱とアロハシャツ』
学校に通う普通の栗原君には、不細工で無神経で大食漢のトランペット吹き、大村井君がつきまとっている。しかし二人で入った喫茶店にいた美少女・立原茜と”女大村井”と見紛う不細工な女性の二人連れと出会う……。 『ラプソディ・イン・ブルー』
江戸時代。お城の勘定方に勤める侍・吉岡信次郎は筆頭弟子ではないながら、師匠より秘剣を伝授されることになる。そのために一両小判を水切りで池に投げよといわれるが、気が急いた彼は勤務先の千両箱から小判を借り出した。 『秘剣神隠し』
大阪風人間による全大阪化による大阪人の支配が近畿地方を席巻しているという近未来。下品な格好をして四六時中ギャグを発することを要求されるこの地方に入り込んだ者たちがクーデターを敢行しようと……。 『マイ・ブルー・ヘヴン』
果たしてこのタイムパラドックスは一体どういう訳なのか? 時空を駆け抜け、そのたびに微妙に記憶を失っていく大男・寺尾は、ある人物と出会い酒を酌み交わす……。 『千両は続くよどこまでも』 以上五編の連作短編集。

リズミカルに刻まれる文体、計算されつくした構成。だけど一見は単なるむちゃくちゃな物語。こりゃすごい
端正かどうかは門外漢なので分析しきれないが、タイムパラドックステーマのSFであることは間違いない。そして同時に関西弁が独特のリズムを刻む超絶ギャグ連発のお笑い小説であることも間違いない。この二つが組み合わさって、田中哲弥という人格が生まれた……のかどうか判らないが、めっぽう面白い(いろいろな意味で)作品であることは間違いない。近年、ライトノベルレーベルで刊行された作品が、一般レーベルで再刊されるケースが散見されるようになったが、だって本書だってそうじゃない。つまりは少なくともたぶん一部では間違いなく非常に高い評価を受けているということなのだろう。確かにラノベの棚で消えてゆくより、ハヤカワでSF読者に愛される方が作品にとっても幸せかもしれない。
事実、おもろい。 面白いというよりおもろいのだ。日常SF風に始まった物語は第二話でラブコメ・ストーリーに変じ、第三話は何と時代小説。第四話では近未来ハードボイルドSFに挑戦したかと思うと、第五話でそれらを収斂させていくという離れ業を演じているのだ。どうやら主人公以外のサブキャラは「大久保町シリーズ」より、引き続き登場するスターシステム的性格を持つ登場人物らしいし、第二話に登場する大村井君など、実在の作家○○○○さんを想起させないこともない(ぼかしておこう)。彼らが織りなすリズミカルな会話。会話のみならず設定や行動でとられるボケツッコミ。わざと笑いを取る以上に作者の人格がにじみ出るかのような天然ズレ(ボケともちょっと違う)が生み出す可笑しさは、思わず吹き出す危険性から人混みで本書を読むことをためらわせる。だって、読書していてくすくす笑うのを見られるのって恥ずかしくありませんか。
数々の伏線があって、それがまとまって理屈抜きのSFとして成立していると思うのだけれども、それはSFの専門家がしっかりと分析してくれればいいこと。素直にこの楽しさに身を委ねるのが正しい読み方。

ああ、こうなると数多くの人々に傑作として称えられている『大久保町シリーズ』を探さねばなるまい。久々に古本者の血がうずくぜ。あと、ハヤカワ文庫では田中哲弥氏、二十一世紀初の作品である『ミッション・スクール』も出ています。これはもう買ってある。


06/07/16
太田忠司「銀扇座事件(上下)」(トクマノベルズ'99)

太田忠司氏の抱える複数の名探偵のうちでも代表的な、狩野俊介シリーズの長編。長編では八冊目にあたる作品となる。著者初の上下巻刊行という点でも話題になった。

ヒマをかこっていた石神探偵事務所にいる所長の野上と狩野俊介。そこへ訪れた依頼人は弁護士の中垣。彼は二十年ぶりにこの街で最も伝統のある「銀扇座」で二十年ぶりに復活公演を行うという大女優・百嶋美也子の警護であった。彼女のもとへ謎の人物から公演を開催しないよう脅迫状が届いているというのだ。俊介は知らなかったが野上にとっては伝説の女優で憧れでもある人物であり、もちろん依頼は引き受けられた。そこへ喫茶店『紅梅』のアルバイトをしているアキが訪ねてくる。マスターが入院したので暫くのあいだ探偵事務所で働かせて欲しいというのだ。初仕事がこの警備の仕事となったアキだが、美也子以上に競演する水越蒋太郎に熱を上げている。公演を間近に控え、旅館・幻龍苑に警備に出向いた三人だったが、その隙を縫うように脅迫状は届き続ける。そして芝居前の総仕上げ・ゲネプロの日、役柄の関係で舞台で磔になった水越が、そして美也子の付き人である和田泉子が立て続けに殺害される事件が発生した。名探偵・狩野俊介はこの事件に関して思わぬ人物の真犯人として告発、そして……。

……っとまあ、ここまでやりますか。固定観念を確かに吹き飛ばす、狩野俊介ものの異色作
野上や俊介の住む街に昔からある伝統ある劇場”銀扇座”。ここで復活公演を行う大女優、そして警備を依頼される石神探偵事務所の面々。そしてその警部も虚しく、予告通りに現場では殺人事件が発生する……。という序盤から中盤にかけての展開だけについていえば、名探偵系本格ミステリの、そして狩野俊介シリーズにおいても、どこか常道めいたイメージを持つ。名探偵が参入していながら、発生してしまう殺人事件、そしてそれを止められなかったことを悔やむ探偵(たち)。しかし、この中盤から本作は、いろいろな形で本格ミステリの常道から外れてゆく。 そこが最大の魅力の作品なのだ。
b  何しろ、上巻だけで一旦事件は解決されてしまうのだ。その登場する犯人の意外性ももちろん、「まだ下巻がまるまる残っているのに」という点も大きな疑問点として残る。その疑問は下巻にて氷解してゆく。この作品には悪いが、上巻から下巻にかけて仕掛けられたサプライズが、実は一番大きい。 その後はネタバレにつき、多くを語ることができないが、実は下巻の方が、ある特殊要因はあるにしても「いつもの狩野俊介」に戻ってきている印象で、恐らくこのシリーズのファンにとっては、そちらの展開の方が楽しいかもしれない。
しかし、やはりこの仕掛けを上巻でやってしまい、読者の気分を暗澹としたものにさせた――という作者の行為(というか狙った構成)そのものに驚かされた。実際、下巻についてはそのトリック、ロジックともにめちゃくちゃにオリジナリティが高いとはいえないが、納得させられる内容であり、むしろワザと残された謎を幻想的に閉じてゆく手腕に、自身と冴えが感じられて好感を抱いた。

この作品こそは「シリーズを通して読んできた読者向け」ということになるだろう。だが、単体であってもその価値が下がるものではなく、むしろ太田忠司らしからぬ、だけど太田忠司ならではの本格ミステリとして記憶に残る作品となっている。


06/07/15
横山秀夫「震度0(ゼロ)」(朝日新聞社'05)

「このミス2006」にて三位を獲得した、横山秀夫お得意の警察小説長編。『小説トリッパー』2002年夏季号〜冬季号、2003年夏季号〜冬季号に連載された作品に加筆修正が加えられたもの。

阪神大震災が発生した朝、震源地より700km離れたN県では警務課長・不破が官舎に戻ってきていないという騒ぎになる。一方でN県では逃亡中の殺人事件犯人の三沢が見つかったとの報を受け捜査網を張っていたが、その過程で不破の自家用車が乗り捨てられているのが発見される。県警内部でも人望が厚く、将来を嘱望されている不破に失踪する理由は見当たらない。人事権を持つキャリア組の若手警務部長・冬木は、不破の机や家庭の捜索を主張するが、同じくキャリア組の本部長・椎木は奇妙なまでに消極的だった。出世を狙う刑事部長の藤巻、交通安全部長の間宮といったN県警の幹部同士を巻き込みつつ、不破の失踪は情報戦の様相を呈すようになる。不破の妻・義江に口止めをした冬木らは、彼女への事情聴取、更に不破が残した一行日記のありかを巡って互いに疑心暗鬼に陥ってゆく。テレビでも刻一刻と変化する震災の樣子に、現地への援軍を準備して待機していた準キャリアの堀川のみ、彼らの醜い争いから一定の距離を置いて、不破の身の上を案じていた。署内の箝口令のなかで調べられる不破は、手堅い仕事で点を稼いできた反面、選挙運動への関わりや、不倫と思われる女性の影がちらつくようになる……。

巨大な震災の傍らでつまらぬ権謀術数を凝らす小人たち。爽快感の少ない警察「内部」小説
個人的に阪神大震災の被災者なので、小説でこの題材が扱われているとどうしても気分がデリケートになる。だが、逆にこのような突き放したような扱いであるならば、そういった気分抜きで素直に小説技巧としては認めざるを得ない気分になる。
日本全国を揺るがすような大規模の災害の傍らで、正義を司る機関・警察内部にて、しかも幹部たちが醜い権力争いを繰り広げる物語。しかも人一人死んでいるかどうかという瀬戸際で本人そっちのけで自らの利益のみを計算する男たちの姿を一人一人描くことによって極端に彼らの人物が矮小化されている。そして、準キャリアの堀川以外、誰一人に対しても読者 の感情移入を拒むような文章が、より彼らの嫌らしさ、身も蓋も無さを強調する。一方でもう一つ、警察という組織に夫が所属する”妻たち”の、狭い官舎内部における争いも描かれているのも特徴。(この結果、場面転換が増えすぎて、前半部から中盤部にかけて誰のことを描いているのか把握しづらくなっている恨みはある)。これがまた、表面上にこやかな裏側に不倫あり、敵愾心あり、肚の探り合いありで警察内部の争い以上に醜く表現されている。
組織内部の腐敗した感情、そして人間同士の軋轢を徹底して描いた物語の緊張感は凄まじい。 嫌な気分になりながら本を捲る手が止まらない。捜査情報や噂話が集合していく結果、かえって不破の失踪は謎めいてゆく。また、最終的に明らかにされる不破の行動の真意はそれだけにもの悲しい。組織に対して一縷の希望を残したラストは多少の救いはあるものの、ぎりぎりまで爽快感とは無縁のストーリー。 ただ、わざと極端なかたちに強調してはいるが、本質的に警察という組織内部にある表に出てこない感情、そして論理がきっちり描かれているように思われた。

横山秀夫ファンであっても、ここまで徹底的に警察組織を「嫌なもの」「醜いもの」として描いたこの作品、毀誉褒貶相半ばしそうだ。それでも年間ランキングで上位に食い込んだのは、やはり玄人受けする技巧が多く使用されているからか。警察小説として、独自の位相に位置づけられる作品だといえるだろう。


06/07/14
有明夏夫「蔵屋敷の怪事件 なにわの源蔵事件帳」(講談社文庫'88)

現在のところ他のミステリ系サイトではたぶん、なまもの! の大矢博子さんくらいしか取り上げていないこのシリーズ、ある方から勧められて手にとってみた。……面白い。ただ書誌的な部分な今後改める。本作が第一作目ではないのが残念。
著者の有明夏夫氏は'72年、『FL無宿のテーマ』にて第18回小説現代新人賞を受賞。その後執筆活動を続け、本シリーズの第一作目にあたる『大浪花諸人往来』にて第80回の直木賞を受賞している。

明治維新も落ち着いた頃、幕府の元で十手を持って捕物をしていた源蔵親方は、今は曾根崎警察署に勤務する厚木寿一郎の別働隊のような位置づけで街で起きる事件を解決するために奔走する。手下にいるのはイラチの安、そして源蔵親方の活躍を瓦版に投稿することが生き甲斐の御隠居・徳兵衛、新地の美伎・駒千根らに囲まれ、今日も事件が源蔵親方のもとに届くのだ。
年明けの初仕事。金物問屋の八歳の一人息子が誘拐された。身代金は六百円。源蔵はその身代金の受け渡しをするための車夫となって大阪の街を奔走する。 『人力車は往く』
籐製品と石油の卸問屋の番頭が、夜の街で賊に襲われたという。しかし改めて駆け付けた現場には凶行の痕跡のみでその番頭の姿がない……。 『石油のような男』
貴重品を預かる倉庫会社。ある夜異変が発生した。犬が火傷を負い、現場には数粒の謎の丸薬が。源蔵が調査にあたったところ奇妙な計画が浮かび上がる。 『蔵屋敷の怪事件』
大枚を叩いて愛人に渡した帯が盗まれたので調べて欲しいと源蔵に依頼。その一方で町娘の帯が切られるという事件が続発しており……。 『艶女衣装競べ』
雨具問屋で縁起物の絵が盗まれた。森一鳳なる画師による藻刈り舟の絵だ。他にも店先からその絵が盗まれる事件が連続して発生し……。 『エレキ恐るべし』 以上五編。

これが本当の伝統的な明治初期の大阪像。そこで活躍する捕物方の人々の躍動感を活写
まずは素直に、明治期の大阪の描写というか活写を徹底的に褒めるべきだろう。というかまず、歴史ものとして隙が全くないのだ。大阪といっても、その当時まで生き残っていたのに現在はあまり使われない言葉、当時ならではの地名であるとか風俗(当然これも大阪特有の)を踏まえた舞台設定、登場人物の会話文から地の文に至るまでがいきいきと、その当時のリズムを刻む。それでいて読みにくいかというと全くそんなことはなく、するすると世界観が心のなかにしみ通ってくる。また、江戸時代の情緒や感覚を残しつつ、西洋の文化が徐々に入ってきているという独特の時期の表現や感覚の演出も巧み。登場人物の勢いがそのまま伝わってくるし、勢いというか元気というか、そういった物語の舞台が持つ迫力がそのまま読者に伝わるという点は希有ですらある。
一方で、本格ミステリテイストも感じられる奇妙な事件が次々と源蔵親方のもとへ舞い込んでくるという展開もまた魅力。人物の消失、密室内での謀事、ホワイダニットテイストの溢れた帯切りの事件……等々、事件そのものも少々突飛で、事件の構成に非凡な感覚がある。普通の事情聴取に加え脅しすかしもありの迫力ある源蔵親方、とはいえ万能ではないし、その謎の解答が偶然に手に入れられたものであろうと推理した結果であろうと、きっちり事件に白黒つけてゆく点はすがすがしささえ感じる。また、事件そのものの完全な解決部分については源蔵の視点では基本的には最後まで語られず、後日譚として海苔問屋・弁天屋の楽隠居、大倉徳兵衛による投稿というかたちで新聞に発表された内容にて幕を閉じている。ここで面白いのは、徳兵衛の筆は、事件の経過のなかで実は源蔵が多少失敗していようと思い切り親分を持ち上げている点だ。こういった人間同士の関係もじんわり暖かさとしてしみ通る。

一冊手に取ると他の作品も読みたくなること請け合い。型破りの探偵小説にして捕物帳。既存の現代ミステリにも、捕物帳にも似ていないが、世界にずっぽりと浸り、物語を堪能できるという至福が味わえた。これは古本で探す価値がありますねえ。


06/07/13
早瀬 乱「三年坂 火の夢」(講談社'06)

第52回江戸川乱歩賞を、鏑木蓮『東京ダモイ』と同時受賞した作品。早瀬乱氏は、『レテの支流』にて2004年に第11回日本ホラー小説大賞の長編賞佳作を獲得しており、既にデビューされている方。乱歩賞には前回の2005年『通過人の31』にて最終候補に残り落選した経歴がある。

明治三十三年、奈良県に住んでいた内村実之少年は受験勉強のために上京するが、彼には別に目的があった。実之の家には父がおらず、母と祖母が畑を耕して暮らしている。実之には出来の良い兄・義之がおり、一家で学資を掻き集めて帝大に行っていたが、前年の夏に急に東京から戻ってきた。更に義之は勝手に大学も辞めてしまっていたうえ、腹部に刺し傷を受けており、それが元で死んでしまった。その義之が残したのは「三年坂で転んでね……」。東京には転ぶと死ぬといわれている三年坂なる坂道があり、兄はそこで転んだのだという。果たして三年坂とはどこなのか、兄を死に至らしめた原因は何か。そして行方不明の父親の消息をつかめるのか。一方で、官立学校受験生を対象にした受験予備校「開明学校」の講師・高嶋鍍金(たかしまめっき)と立原聡一郎は東京には、東京全体を大火事に導くことのできる「発火点」なる存在があると知り、調べ始める。丁度その時期、鍍金は自分が俥に乗って奇妙な場所を移動する夢を頻繁に見ていた。

最初期の東京の都市伝説と幻想めいた謎、そして一少年の葛藤と成長によりバランス。不思議な手触りの作品
冒頭から人力車による不思議な幻想というか、大火のたびに現れるという俥夫など怪談のような話をぶち上げつつスタートする。こういった展開は、少なくとも乱歩賞受賞作にはあまりないパターンではないだろうか。更に、転ぶと死ぬという三年坂、かつて数多くの大火事に見舞われた江戸/東京を焼き尽くすことが可能な「発火点」、こういった都市伝説めいた謎をも加え、冒頭からかなりの吸引力をもった物語となっている。ただ――「これが謎だ!」という主張が全体にないため、物語の吸引力ほどに全体にそもそも解かれなければならない謎が何か整理されていないような印象も正直あった。
だが、作者が丁寧に創り上げた”明治”という時代に対する切り口が新鮮なのが最初に気に入った点。貧富の差、風俗、物価水準、教育……等々、意外なほどに緻密に細かな点まで整えられていて、明治ならではの雰囲気というかその時代の息吹のようなものを、作品内部に漂わせることに成功しているのだ。もちろん実際に明治期に創作された作品ではないが、少なくとも現在の我々が感じる明治に対する感覚を気持ちよく満たしてくれるのは重要な点だと思う。
加えて、この明治の時期に立身出世を試みる若者たちの青春群像が物語を反対側から支えている。自分の勉学に関する実力不足と、実家が貧しいゆえの当面の費用の問題に苦しみながらも、父の失踪や兄が残した謎を解こうと足で稼ぐ実之少年の姿には、現代読者であっても何か共感を覚えることだろう。自分にとっては重要な謎解きと、そもそも目的としてきた受験との狭間で揺れる少年の心の描き方など実に巧い。また、その主人公が最終的に真実に触れることになった時の態度にしても本人の成長(そして割り切り)を感じさせるものがあり、全体に清々しさが感じられた。
また、この謎を解き明かすという役割が振られた、高等遊民でもある高嶋鍍金という人物も飄々としており、決して目立たないながら不思議な魅力を持っている。こういった特異なバックグラウンドを持つキャラクタが、普通に存在できるのも明治という時代をしっかりと描いているからか。
序盤に感じた、謎解きに対する茫洋とした気分ももちろん最終的には全て回収されることですっきりできる。いわゆるトリックが用いられているというよりも、現象に対する解釈であり、物語構成に頼る部分も多いが、いずれにせよミステリーとしての魅力に関する要件を備えているといえるだろう。

ミステリーとしても、他にあまり比類するものを思いつけない独自の作品。『レテの支流』とも全く異なるアプローチであり、黙って二冊読んでも同じ作者のものとは思えないかも。どうやらシリーズ化されるようなので、今後の展開にも注目してゆきたい。


06/07/12
田中啓文「ハナシにならん! 笑酔亭梅寿謎解噺2」(集英社'06)

題名の通り『笑酔亭梅寿謎解噺』の続編。ただどうやら文庫版は『ハナシがちがう!』と「笑酔亭梅寿謎解噺」は副題に押しやられてしまっている模様。さらに漫画化まで……一体。ということで『小説すばる』二〇〇五年八月号〜二〇〇六年六月号まで掲載された作品がまとめられた連作短編集。上方落語の月亭八天さんが全体を監修している。

関西予選を勝ち抜いた竜二が若手噺家グランプリ「O−1」全国大会に出場するが、東京の噺家たちにこてんぱんに負けてしまう。 『蛇含草』
有名タレント・武者河原ハテナ。彼は実は梅寿の兄弟子だったのだという。在阪中の付き人を命ぜられる。竜二は、その縁でテレビに出演するが……。 『天神山』
取材拒否の店に突撃する役所でテレビのレギュラー出演をすることになった竜二。しかし最初の豆腐店でしくじってテレビで罰ゲームをすることに。 『ちりとてちん』
テレビからは干された竜二は何故かラジオのレギュラーコーナーを持つことに。しかしいくら一生懸命喋っても手応えがない。皆何も悪くないというが……。 『道具屋』
松茸芸能の代替わりで落語が敬遠されるようになり、竜二は若手落語家のパワーに圧倒される。その新社長の就任披露パーティに梅寿が登場する。 『猿後家』
松茸芸能との縁が切れ、個人事務所を立ち上げることになった梅寿。しかしその弟子たち全員が彼についてくる訳ではない。竜二はスポンサーを捜して右往左往する。 『抜け雀』
スポンサーの助力を得て、師匠のもとを離れた竜二。しかし巨大ホールを一人で埋めることなど出来ない。更に師匠も絡んで大騒動に……。 『親子茶屋』 以上七編。

ミステリー度は低下も総合エンタメ度は大幅アップ! 総合評価としては「読んで大吉」
前作が笑酔亭梅駆こと星祭竜二の素人から落語家駆け出しへの道だとすると、本作は駆け出し落語家竜二の苦悩と成長という次のステージに入った連作短編集。 その連作という意味も、単に登場人物を同じくするというだけのものではなく、次へ次へと前作で発生したエピソードが巧みに連環しており、大河小説という表現は大袈裟までも、竜二が主人公の青春小説長編といった味わいもあるのが特徴だ。特にキーになる登場人物が、後半思わぬところでエピソードに絡んでくる展開は素直にお見事といいたい。
一方で少々残念ながら、前作でみられた本格ミステリの切れ味と味わいは非常に薄くなった。一応、「蕎麦ぎらいの江戸落語噺家」「鳥が抜け出す屏風」など各々の作品について謎は謎で存在するものの、その「謎」が物語において大きい位置を必ずしも占めなくなってきている。本作のテーマは、むしろ上方古典落語の担い手である竜二が芸のうえでのさまざまな壁にあたり、それを乗り越えていくエピソードが中心だといえる。ただ、その”乗り越え方”には単なる人情味や本人の努力といった部分以上に、その壁を乗り越えるための”目からウロコ”のポイントがあり、師匠や周囲が竜二のために示すそのポイントこそがミステリの興趣をも持っているといっても良いように感じた。前作では、ある意味ではとんとん拍子に落語にのめり込み、その天性の才能で進んできた竜二が、今回はまず江戸落語の壁に、さらにテレビで活躍するタレントたち、そしてテレビそのものの壁に当たる。続いてラジオの壁、そして芸能界の仕組みそのものの壁に当たって散々にしごかれながらも立ち直り、乗り越えてゆくのだ。エピソードを重ねるごとに少しずつ、でも間違いなく噺家として成長してゆく竜二の姿を眺めているだけでも心地良い。
一方で、竜二の成長に合わせるかのように師匠の梅寿のむちゃくちゃ度もまたパワーアップ。物語自体の躍動感も師匠の謎のパワーがあって、それに潰されないだけの竜二の逞しさがあってこそ。ところどころ「むちゃやなー」という展開があるのだが、それもこれも勢いで乗り切ってしまうため、物語全体のテンポが良いのだ。
また、全体を通じて、さりげなくも厳しい芸人の世界(噺家に限らず)をしっかりと描いているのも、竜二の努力と才能を際立たせるのに役立っている。上が詰まった構造の芸能界自体は否定せず、広い底辺に属する者たちが厳しい競争を勝ち抜くことでようやく花開くものだという現実を、作者はしっかりと見据えている。(ついでに上方落語界の厳しい状況も)話自体は荒唐無稽でも、こういった芸人に対する作者の視点がきっちりしているがゆえにこの作品にぎりぎりのところで現実との接点があるように感じられるのだ。また、壁を乗り越えるための竜二に対する数々のアドバイスも、考えてみれば現実の芸人世界にもきっちり当てはまる。作者の、芸能に対する世界観が正統派かつ真面目なのが、本作の隠れた良さだといえる。

前作を読んだ時は、本格ミステリ系の読者にお勧めしたくなる作品だったが、現在は両方合わせて誰にでも勧められるシリーズになりつつあるような印象。果たして「3」はどこへ行くのか。実に楽しみだ。ミステリやエンタメ小説としてだけでなく、実は本書、上方落語の入門書としても使える(かもしれない)。


06/07/11
宮部みゆき「誰か Somebody」(光文社カッパノベルス'05)

確か刊行当時は「著者二年ぶりの現代ミステリー!」というような帯がついていたように思う。元版は実業之日本社から'03年に書き下ろしで刊行されている。本書と同一主人公・杉村三郎が登場する続編(なのかな?)が『名もなき毒』が'06年には発表された。

映画館で痴漢を撃退したことで知り合った女性と本が好きだということで意気を投合し、文通から交際を温め合った児童文学編集者の杉村三郎。彼はその女性の父親が実は、大財閥「今多コンツェルン」会長の今多嘉親であることを知らされる。だが、彼女が正妻の娘ではなかったこともあり、今多コンツェルンの会長室直属のグループ広報室に勤務することを条件に結婚を許された。結婚して七年、妻とのあいだに一人娘の桃子も生まれ、もともと後継者候補でもないため、平穏な「逆玉の輿」生活を営んでいた。そんな杉村のもとに義父から連絡と依頼が入る。義父の個人運転手をしていた梶田信夫が”自転車”に轢き逃げされて命を落とした。犯人は未だ杳として知れない。そんななか残された二人の娘が義父の生涯を本にまとめ、世間に訴えたいという仕事を手伝えというのだ。ただ、実際にその活動に乗り気なのは妹の二十二歳・梨子で、十歳年上で結婚を控えた姉の聡美はどちらかというと後ろ向きに考えていた。聡美は別途杉村に、父親は過去にいろいろ後ろ暗いことがあり、悪い仲間とも交際していた。今回の事故もその繋がりの結果ではないかと疑っているというのだ。杉村は、個人的にもその梶田の半生について調べ始めた。

ちょっと地味だがやんわりと滋味が。世間を平たく眺めて平凡な悪意と善意を巧みに絡める
実作のことはあまりよく判らないのだが、特徴のあるキャラクタを特徴的に描くことよりも、恐らくは地味で平凡なキャラクタをしっかりと際立たせることの方が難しいのではないか。本作は、それぞれ”属性”はさまざまながら、稀代の大悪人も快刀乱麻の名探偵も出てこない、だけど市井に普通に生きる人々の人生を幾つか組み合わせることで、他の作家にはなかなか真似できない地味だけど味わい深いミステリーを宮部さんは創り出す。
著者のことばによれば「幸せな人生をおくっている探偵役というのは、ミステリーの世界ではなかなか珍しいような気がする――」とある。 まあ、個人的には必ずしもそうとはいえないと思う。だが、平凡で幸せな小市民により、単なる日常の謎でもなく、だけど邂逅する可能性があるかもしれない事件としては、実にぎりぎりのラインで「謎」を作っていることには強く同意したい、というか巧い。(最終的にはそう平凡とばかりは強調できないのだが、梶田氏が行った行動については、このような極端なかたちではなく世の中にはいろいろ存在するものだろう)。そして、冒頭で遺族でもない杉村が、警察にそのままふらりと入り込んで防犯相談室で捜査状況を尋ねようとして断られるエピソードが示す通り、主人公(名探偵?)は決して犯罪捜査に長けているわけではない。これぞ素人探偵というくらい素人。 都合良く警察に知り合いもおらず、事情通の新聞記者などの友人がいるでもなく、司法や医学の特殊知識があるでもない。その素人が果たして事件を抱え込んだ時、向き合った時にどうするか。普通の人ならではのアプローチ、考え方、やり方といったところを前面に押し出し、それらが物語を構成する。電話、インタビュー、ビラ配り。推理以上に人と人との関わりという点が、事件解決には重要だという、当たり前のことが当たり前のように描かれている点が心憎い。こういった”普通さ”が、かえってこれまでなかったミステリーとしての印象に繋がっているように思う。

梶田氏を轢いて逃げた犯人像、不安がる長女と屈託のない次女の抱える秘密、そして梶田氏の過去(についてはちょっと特殊だけれど)、それらが顕在化していく方法と手順が読みどころ。人によっては退屈なミステリと捉える向きもあろうけれど、その”退屈さ”こそが作品の狙いだと思えてならない。