MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


07/01/31
近藤史恵「賢者はベンチで思索する」(文藝春秋'05)

鮎川哲也賞出身……とは最近あまりいわれなくなってきているような気がする近藤史恵さんによる、これまで発表されてきたシリーズとは繋がっていない連作中編集。『別冊文藝春秋』誌に二〇〇四年五月号から翌年一月号にかけて隔月で発表された作品がまとめられている。

服飾デザイン系の専門学校を卒業しながら気に入った就職先が無く、やむを得ずファミリーレストランでフリーターとして働く二十一歳の七瀬久里子。自宅には両親と三浪という仮面を被った弟の信がいる。そんなある日、久里子はバイト先の友人が拾った小犬を引き受けて欲しいと強く頼まれる。両親が意外にも乗り気であったため、諒解を伝えるも友人の小犬は急病に罹って死んでしまっていた。なんだか悲しくなって公園のベンチでタバコを吸おうとしていた久里子に声を掛けてくれたのは、ファミレスでいつもコーヒー一杯で何時間も粘ってゆく常連の老人だった。国枝というその老人のアドバイスを得、久里子は何とかその悲しみを発散できた。結局、七瀬家は保健所から雑種の犬を引き取り、アンと名づけて飼い始める。しかしこの近所では飼い犬を狙って毒物を食べさせたり、放し飼いの犬の頭を殴りつけて殺すなど悪質な事件が横行していた。 『ファミレスの老人は公園で賢者になる』ほか、ファミレス店内で味の異常を訴える客が連続する『ありがたくない神様』、国枝老人が誘拐の嫌疑を掛けられてしまう『その人の背負ったもの』、合計三作。

謎解き+青春+家族+成長の絶妙のバランス。日常の謎+連作集の相性の良さが引き出されている
コージーとまではいかないけれど、家族関係とバイト先のファミレスを通じた人間関係+常連客である謎めいた老人”国枝”といったところで物語の主要人物が固められていて、三作続けて読んでも浮つかず落ち着いた感覚が持続する。また、基本的に真っ直ぐな性格で人並みに優しく人並みにコンプレックスを持ち人並みな感情で生活していく久里子という主人公の造形も、さりげなく巧み。こういう人物であれば、読者のタイプがどうあれ誰にでも受け入れられるように思う。
一応、三作品とも「謎」があり、やはり近藤さんなのでそれぞれがきちんと手順を踏んだミステリとして成り立っている。 一作目は犬を害する犯人探しに深夜・早朝に徘徊する弟の目的が加わりサスペンスとなっているし、二作目はレストランでの食事に誰も何も作為をする状況が不可能ななかで、異常な味が立て続けに発生するもの。このトリックは実にシンプルなのだが、ファミレスを利用したことのある方ならば誰でも「なるほど」と膝を打つと思う。また誘拐事件が絡む三作目は誘拐事件そのものの謎に加え、これまで謎解きしてきた国枝老人という人物の謎が絡み、連作の最終話に相応しい内容になっている。こういうきちんとした手順が省略されていない、ある意味生真面目な構成が近藤作品(特にミステリ系)における魅力となっているといえよう。
また、久里子自身がアルバイトに来ている別の青年に惹かれてみたり、また引き籠もりの弟が立ち直る手助けをさりげなくしてみたりと青春小説や家族小説といった要素も嫌味なく加味されている。こういったバランス感覚が絶妙で読み終わった時に深い満足感を与えてくれることに繋がっている。

例えば謎解きが凄いとか、怒濤の家族小説であるとか、そういった派手さはないけれど普通に暮らす普通の人々の生活であるのにそれなりにドラマティックに仕上げ、滋味な味わいをしっとりと感じさせてくれる。 「ここが一押し!」というアピールポイントは薄いもののバランスが非常に良いので比較的どういったタイプの読書人にも勧められそうな作品だ。


07/01/30
大藪春彦「名のない男」(光文社文庫'07)

未だに大藪春彦の作品を着々と復刊してくれている光文社文庫版の(現時点)最新作品。元は1962年から翌年にかけて『推理ストーリー』誌に連載されていた〈名前のない男〉の連作シリーズで、'63年には東都ミステリーの一冊として刊行されている。本書の底本は96年に双葉社より刊行された『名の無い男』であり、東都版とは一部改稿が入っているのだという。

警視庁捜査四課の秘密調査員「私」。私は上司の命令により事件ごとに名前を変えて対立組織に一員として潜り込み、世の中に害を為す組織や個人を内側から破滅させてゆき、司直に事件を渡すことがその仕事である。仲間同志はもちろん上司であっても直属の一部を除くと彼の顔は知らない。ゆえに時には警察の裏を掻いたり横暴な警官にたてついたりすることによって私は相手組織の内部へと着実に浸透していくのだ。愛銃ベレッタをズボンの下、踝のところに忍ばせてヤクザや犯罪組織に対して単身で乗り込んでゆく……。

『剥かれた街』『目撃者を消せ』『平和会議』『消えた囮』『被害者を捜せ』『虹色のダイヤ』『汚れた海』『裏切り埠頭』『鼠掃除』『敗北』『燃える覆面車』『誘拐』 以上十二編。

あくまで大藪ダーティヒーローでありながら正義の味方。スピーディな展開とその意外性のベストマッチ
大藪晴彦描くヒーローには少し珍しい、警察からお給料を貰っている捜査員が主人公の連作ストーリー。とはいっても、その独立独歩、天上天下唯我独尊の精神は一連の他作品の主人公たちと通じるものがあり、警察官が主人公だといわれても然程の違和感はない。むしろこの主人公、警察関係者なのに一般人を大した理由もなくぶちのめしてしまったり、反則技の凶器を用いてヤクザを半殺しにしたり、同僚である警察官を傷つけたりとやりたい放題で「おいおいいいのか?」という微妙な緊張感に読者を引き込む。(まあ、大藪晴彦の描くダーティヒーローとしては、それこそが正しいあり方なのだと思う)。
物語は基本的に、潜入捜査の命令→対立組織や素人を虐めて潜入対象組織の信頼獲得→その内幕を確認→警察に連絡して暴露……という展開が黄金パターンとなっている。収録された十二作品のうち、冒頭に位置する当初の幾つかについては地域や相手を替えるだけで同じようなパターンが繰り返される。それでも大藪作品独特の、生活は荒んでいながらどこかストイックな主人公が相手をぶちのめす場面や、例のごとく銃や車などに徹底的にこだわった描写など読み所は充分確保されている。
ただ作者もそのパターンに飽きてきたのか、四つ目の『消えた囮』あたりから微妙に異なる要素を作品に込めるようになる。その『消えた囮』は先に潜入した捜査官の行方を追うために改めて暴力団組織に潜入する話であるし、その次の『被害者を捜せ』は、暴力団同士の対立抗争のなかで起きた事件の真相を探る話である。さらに政治結社に飛び込んだり、通常の(?)誘拐事件に駆り出されたりと、潜入捜査官は大忙し。 そういった作品ごとの微妙なスパイスの違いを楽しみながら、基本的には主人公”名もなき男”の悪を打ちのめす姿勢を堪能する作品だといえるだろう。(山前解説にあった通り、毎回偽名を使うのだから”名前のありすぎる男”の方が実情に近いように感じられるが)。

確かに舞台は遙か昔。連載された時期から四十年以上が軽く経過しているのだから、時代風俗などが古びている点は仕方ない。(一方で、人間の本質的部分についてはあまり現代と変わっていないことで驚くところもある)。その”時代性”を超えたエンターテインメントとしての、そして物語としての骨にあたる部分が十分すぎるほど太く硬く、今なお十二分に通用してしまうのだ。しっかりとした魅力を湛えた作品だと思う。


07/01/29
伊園 旬「ブレイクスルー・トライアル」(宝島社'07)

伊園旬(いぞのじゅん)氏は1965年、京都府生まれ。関西大学経済学部卒業で国内コンピューターメーカー勤務。ということで本書にて第5回「このミステリーがすごい!」大賞の大賞を獲得してデビュー。本編では賞金一億円のトライアルがテーマだが、作者も大賞賞金1,200万円を獲得しているってことですよね。すごいなあ。

遠屋敷一眞がトップに頂く総合IT産業グループ”ネクスト・ミレニアム・グループ”の傘下にある情報セキュリティ関連子会社がセキュア・ミレニアム株式会社。この総務部に勤める”俺”こと門脇雄介の元に、学生時代の親友であった丹羽史朗が突然現れる。遠屋敷とライバルIT企業会長・二階堂勝利との対立から、セキュア・ミレニアムでは「ブレイクスルー・トライアル」なる賞金一億円の一大プロジェクトを発足させていた。同社が研究施設として使用している独立社屋に各種の、未発表含む最新鋭のセキュリティ施設を施し、そこに一般公募チームを侵入させて規定の条件を満たしたチームに賞金が授与されるのだ。丹羽は米国で起業して十二分の成功を収めており、賞金は丹羽に渡す一方、その研究所に隠された遠屋敷一族の秘密を握るために、この企画に参加したいのだという。門脇は丹羽に付き合うことで会社に辞表を提出、二人は様々な準備を積み重ねる。一方、高額の宝石を狙うプロ泥棒たちがいた。彼らは仲間の裏切りで獲物を隠されてしまう。どうやらその獲物となったダイヤモンドは、偶然ながらこのセキュア・ミレニアムの研究施設に運び込んでしまわれたらしい。さらに私立探偵を務める梓と梁本、梓の父親で施設管理人の草壁、研究対象を狙う同業者が入り乱れ、ブレイクスルートライアルは異常な白熱を帯びた戦いが繰り広げられる舞台となってゆく……。

まだまだ小説としては充実の余地があるも、軽妙なスピード感覚と入念な構成が吉
なんというか、技巧とセンスが両方良いので、それらをもっと巧くかみ合わせたい……というのが第一印象。最新セキュリティが施された実験施設に都合四組のチームが突入して障害や関門を次々に突破していくという物語の背景というか舞台に抜群のセンスがまずある。また主人公の門脇&丹羽のコンビの会話が軽快で、その軽さとは反対に彼らがそれぞれ背負っているものの対比されるような重さも興味深い。その一方で、泥棒さんや私立探偵たちといったところの掘り下げが若干弱く、感情を移入するに到らない。中途半端な登場人物も結構登場して散漫な印象が前半部にはある。あと、場面構成の手法が理由になるのだろうが読みやすさの面では人物の視線統一の無さといったところも少し読んでいて気になった。あまりにも映画的な場面展開が多いこの趣向は、時々活字に向いていない時があるのです。またもう一つ、ハード側の内容、つまりは各種の防犯装置についての記述や理解がしっかりしているのに「ブレイクスルー・トライアル」という賞金イベントのソフト側の内容に何となく訝しく思えるところがあったりする。ボディチェックや持ち込み物に制限はないのか?
それでも……滅法、面白い。
やはり、創造したテーマ、すなわち突入&脱出という部分に原初の物語の面白さが存在しているからか。少し前の探偵小説にしか登場しないような”館”(大仕掛け付き)であるとか、丹羽が求める証拠が何なのかなど、読者を物語に吸着させられるだけの勢いがあるのだ。特に後半部分に各チームが骨肉の争いをはじめるところが良。 ここまでのリハーサルシーン(背景を語るところ)が多少長かったこともあって、ちょっとテンションが落ちていた物語が後半に向けて一気に活性化されてゆく。最終章で意外な逆転劇が行われたり、それまでに微妙な伏線が引いてあるなど細やかな配慮も作品内部にあり、これまた作者のセンスをうかがわせる。アクション場面と絡めながら、屋敷の秘密がオープンにされていく展開は悪くない。その屋敷の最終的な姿も凄まじいものがあるし。

内容としては”絵空事”にして軽い。 だがシンプルで一本スジが通った物語が持つ特有のパワーのような迫力が作品から感じられ、その勢いについては最後まで保証されよう。筆力や台詞構成など、直接読者のハートをつかめるだけの実力のある作家だとみた。完成度の更に高い作品を今後は希望。


07/01/28
栗本 薫「優しい密室」(講談社文庫'83)

絃の聖域』にて初登場した、栗本薫が擁する代表的名探偵である”伊集院大介”が登場する第二長編。後に大介の(第一次)ワトソン役として活躍する森カオルとの初顔合わせとなる作品としても知られる。

名門の私立女子高校に通う森カオルは小説家志望。女子校独特の閉鎖的でミーハーな雰囲気に常々違和感を持つ生徒だったが、美人生徒会長の高村竜子を崇拝、彼女に憧れる気持ちを持っていた。その高校に赴任してきた教生が伊集院大介。カオルは図書館で偶然大介と出会い、どういうわけか初対面なのに自分の名前を言い当てられる。カオルは当たりの柔らかい”大人”の大介に対して反発を覚え、表向き上品ぶりながら裏で大胆に遊び回る級友たちや高村竜子と、その大介とのあいだに何か秘密の関係があるのではないかと邪推していた。そんななか、学校の周囲をうろついていたチンピラ風の男が体育館の用具室で殺 害される事件が発生。現場の入り口付近には大量の血痕が発見された。さらにカオルは少し前、事件に関係のありそうな電話を立ち聞きしていた。彼女は自ら事件の推理に乗り出すのだが……。

思春期特有の痛さと優しさを語る物語が前面。だけど密室トリックにも意外に感心
本書について述べようとするならば、女子高生・森カオルが”私”の一人称で書き紡ぐ独白調の部分に踏み込まざるを得ない。ひと言で強引にまとめてしまうならばありのままの自分自身と、理想とのギャップに苦しむ思春期特有の自意識過剰気味な悩み――といった内容か。このあたりは男女による感覚差もあると思うし、多少時代が経過している(男女交際におけるABCD……。懐かしいなあ)こともあって素直に共感できるかというと、既に小生がおっさんであることもあって少し微妙。印象としては理解は出来るけれど共感は難しいといったところ。恐らく一般的な女性であれば、森カオルへのもっと深い感情移入があり、さらに伊集院大介的存在(そんな自分を導いてくれる存在)への憧れなども入るところか。
ミステリとしてはフーダニットとハウダニットを同時にこなしていることもあって、読者へ提供される伏線がちょっと不親切か。そのため本格としてはストレートに評価しづらい側面がある。いわゆる物語構成に相当する部分についてもフィクションなので仕方ないとはいえタイミングについては偶然が過ぎると思う。だが、結果的に明らかにされるこの密室殺人トリックは本格ミステリ的であり、実にキレイに嵌っている。 犯人と被害者の関係性であるとか、”その状態”に被害者を持ち込む心理的な誘導であるとか、その方法において非力であるという犯人のある特徴をカバーしているとか、とにかく全てがぴたっと収まるべきところに収まっているようにみえる。ミステリファンであれば、この点は注目すべきところ。
また物語の方に立ち返るが、ラストに至って少々冒険が過ぎた森カオルに対して事件の真相のみならず、その背景に対する憤りや彼女の不安に対するフォローをする大介が実に優しく描かれている。作品中でもこの事件が「優しい」密室である説明があるのだが、最も”優しい”のは、実はこの部分だと最終的には感じた。

青春小説の本質としては今現在もこの作品の頃と変わらないとは思うが、若干それに伴う”痛さ”が感じられる。スマートというよりかは愚直なタイプの作品でもある。ただその愚直さがかえってストレートに胸に突き刺さるような印象も。でもやっぱり個人的にはトリックが強く残るタイプの作品でした。


07/01/27
山田正紀「ロシアン・ルーレット」(集英社'05)

「後書き」によると「短編であって同時に長編でもある。連作であって連作ではない……。」という動機から書き始められた小説なのだという。『小説すばる』二〇〇一年一二月号から二〇〇四年五月号までに散発で掲載された作品に、大幅加筆修正されて単行本化された作品。

4/7 2:00AM。山の中、大雨。路線バスが崖から転落。よりによって横倒しになった送電塔の先端に車体を串刺しにされて崖の途中に宙吊りになっている。鳴り響くサイレン、命懸けで救助に向かう隊員たち。その作業の果てに一人の隊員がバスに辿り着き窓を覗き込む……。「生存者がいるぞ!」
4/6 10:00PM。K県警栖壁警察署・刑事一課に勤務する群生蔚は自宅アパートで様々に思いを巡らせながら一人、アイロンを掛けていた。そこかかってきた電話。カラオケボックスで女が殺されたのだという。雨の中現場に向かう群生。カラオケボックス『SHELL HOUSE』。殺されていたのは相楽霧子という女。しかし一瞬の幻覚の中、頭に穴の開いた相楽霧子が雨中に立っていることに群生は気付く。彼はその女を追いかけ表示灯が空白になっている謎のバスに乗り込む。「生きている人間にいい人間なぞいない」。群生は乗客のどこかに「いい人間」がいるのではないかと思うが、目に留めるたびにその人間の経歴が幻覚として頭の中に浮かび上がってゆく。運転手、人懐こい女性、子どもとその親……。それぞれの人間は「いい人間」ではない様々な過去を持っていた……。

サスペンス、ホラー、恋愛小説。様々な要素がごった煮され危険なバランスの上に成り立っている
決してクリーンな身の上ではない若い刑事が”路線バス”内で様々な人間の過去再現を目の当たりにしてゆく……というのが大筋。「いい人間」は果たして存在するのか? という命題と共に転落することが定められているバスの乗客たちの過去がオムニバス形式で描き出される。一方で群生自身が関わった事件が徐々に読者に対しても明らかにされ、冒頭から登場する霧子との運命の邂逅とすれ違いがわかるようになる。全体を通じてのサスペンス、そして人々の心のなかが見えるホラー的展開。さらに群生と霧子の関係がまた独特だ。確かに全編で長編を成しており、個々は短編としての味わいがあることは事実だが、全体の繋がりが比較的強い連作集というイメージか。特に主人公・群生蔚の内面が徐々に明らかにされてゆく過程が興味深い。こういう大事なことをきっちり伏せておく山田氏の手腕はさすがに図々しくも素晴らしい。
全編で降りしきる雨がダウナーな雰囲気を強調しており、ラストの破滅に向けてじわりじわりと進んでいく焦燥感の演出の巧みさに唸る。一方で、個々の「いい人間などいない」というテーマにおける乗客一人一人の描写も深い。全般に「負」のイメージが全体を覆っていて、愛にしても正義にしてもとにかく暗い面に焦点が当たっている。更に雨という気候、電車ではなく路線バスという乗り物の醸し出すイメージ、そういった部分が相乗効果をなして暗い雰囲気を暗いままに不思議な盛り上がりを作り上げているのだ。

どうもこれだけ凝った作品に対して凡庸な感想しか書けていない自覚もあり、うまくこの作品の持つどろどろしたパワーを伝えられているか自信がない。しかし実に山田正紀らしい独特の企みに満ち、それでいてその企みに筆力がまったく負けていない。 これだけベテランになっても常に新しい境地を開拓せんという心意気、そしてそれに伴う実力。これまでの作品群とは確かにひと味異なる、山田ファンならば絶対に読み逃せない作品だといえるだろう。


07/01/26
北國浩二「ルドルフ・カイヨワの憂鬱」(徳間書店'05)

東京創元社ミステリフロンティアから刊行された『夏の魔法』が一部話題になった北國浩二氏のルーツ(といっても本書一冊なのだが)。第5回日本SF新人賞に佳作入選し、北國氏が作家としてデビューすることになった作品。応募当時の『ルドルフ・カイヨワの事情』から改題されて刊行された。

近未来の米国では、主に白人女性が罹患する謎の遺伝子病が急速に拡がっており、無頭症や障害を持った赤ちゃんが多数生まれるようになっていた。米国政府はこの現象への対策のため、出産前の遺伝子検査を義務づけるようにしており、違反者には刑罰が科せられる。更にはこの病気を回避するための時限措置政策として、人工授精を義務づける法案が可決されつつあった。下級階級(ロウアー)出身の若き弁護士・ルドルフ・カイヨワは、遺伝子起因の難病クラックス病に罹っている可能性のある女性・ドリスが出産に際して事前検査を受けなかった事件の弁護を引き受ける。その妹で同じく発病の可能性があり、ショービジネスの世界に生きながら薬物依存症のローラにカイヨワはどうしようもなく惹き付けられていく。そのカイヨワ自身は、 八歳になるまで父親に地下室で一歩も外に出されないまま育てられるという異常な経歴を持っていた。

SFというよりもIF? 先端医学をテーマに織り込んだ近未来ハードボイルド&謀略小説
読み出して何ページかまでは、作品における世界観がつかめず、すんなりと物語に乗り込めないような印象があったが、それもごくごく序盤まで。我々のいる現在と”陸続き”の歴史を持つ、ごく近い将来の米国における物語である。そう割り切ってしまえば、一部の病気や薬物がフィクションとして挿入されていることにもそう違和感はなく、そういった意味では限りなく現代小説にもテイストが近い。
ただその分、テーマに重要な関わりを持つ先端医学に遺伝子工学や遺伝子病、DNA検査といった人間創造の根源にまつわる部分が蘊蓄として並べられているだけでなく、それぞれについて深く考察されており、物語全体を通じての背景が壮大にして骨太。 特になぜ米国にこのような事態が起きるに至ったか、後半に明かされる流れは「実はこの作品は謀略小説という裏側があったのだ」と驚かされ、その序盤から伏線が敷かれ緻密に練られた全体構成に唸らされるのだ。さらに”事態”に際して政治や産業が動いて、さらに人々がどのように思い行動するかといったところも、ごく自然な描写ながら隅々まで丁寧な配慮が行き届いている印象だ。思いつきというかアイデアを、じっくりことこと暖めて物語に深みを加えつつバランス良く展開している点に新人離れしたセンスを感じる。
そしてもちろんハードボイルドとしても鑑賞が可能。特にルドルフ・カイヨワの持つ、主人公ではあるがヒーローではない弱さと、その弱さが創り出す強さといったコントラストの効いた人物造形も巧みだ。彼の信条、行動といった部分、親友のオタ(オタクではないよ、念のため)や秘書のサンドラ、更にカイヨワにとって気になる異性・ローラに対する態度に到るまで揺れながらも一貫しているため、全体的に安定した物語にみえる。一方でクライマックスについてはハッピーではあってもちょっと尻切れトンボというかバランスが崩れているように思えた。(カイヨワが結果的にとはいえ人を殺めてしまうあたり)。

とはいっても、エンターテインメント作品としてのセンスが随所に感じられ、十二分に堪能できる物語である。『夏の魔法』から入った読者(小生もそうだけれど)にとって、内容で共通しているのは病気くらいなのだが、それでも違った意味での満足は得られる作品だと思う。むしろ、なぜ二作目が『夏の魔法』なのかというのが謎だ。


07/01/25
草野唯雄「山口線”貴婦人号(エレガンス・トレイン)”」(光文社文庫'86)

元版は'81年にカッパノベルスにて刊行された長編作品。本文庫解説の菊村到氏によるとこの作品はオードリー・ヘップバーンの映画『暗くなるまで待って』を意識されているのだという。

山口県の建材販売店から建設業に進出した多田建設は、社長の多田源吉と専務の沖玄二郎との二人三脚で発展してきた。その多田が不治の病に冒されて引退を決意、長男で常務の多田雄一を社長に据えるよう沖に頼み込む。その多田は身体が動くうちに、と最愛の娘で幼い頃に事故で視力を失っている道子と共に、故郷の山口へと墓参に行くことにした。その道中、薬を切らした源吉は処方のため病院に出向く必要が生じ、道子はたっての希望によって生まれ育った家を見に行くことにした。旅行中、地元観光協会に顔が利く沖の肝煎で巴タクシーの小田切運転手が彼女に親切にしてくれており、彼のガイドで実家に向かった道子。しかし、小田切がほんの少し家を出た隙に”事件”が発生した。東京に戻ってからもふさぎ込むようになった道子に不審を覚えた兄の雄一は”事件”があったことを知る。妹思いの彼は、父の源吉の元にも”犯人”から恐喝用の写真が送られて てきていたことを知り、運転手の小田切に対して強烈な殺意を燃やした。その舞台となるのは山口線を走るSL貴婦人号。険しいトンネル手前で撮影をしようとしていたと思われる人物が足を滑らせて転落、機関車と接触して落命した。その男は運転手の小田切。あらゆる点から事故死と思われた事件を、山口県警の佐藤と清水両刑事は直感によって裏があるのではないかと感じ取った。

地に足が着いた旅情推理にして、トリックにアリバイ、ミスリーディングに時刻表と作者の心意気が感じられる本格
起・承・転・結の四つの章によって物語が構成されている。最初は盲目の女性を襲った卑劣な犯罪と切実なる動機を描き、次章ではその結果引き起こされる殺人事件がリアルタイムで描かれる。第三章では容疑者と目を付けた人物に鉄壁のアリバイが あることを知って消沈する捜査陣が、匿名のタレコミ電話によって再び息を吹き返して犯人を特定してゆき、そして最終章では警察らしからぬ犯人への罠、そして最後のサスペンスと恐るべき背景が明かされる。犯人が殺人に手を染める動機が描かれたうえで、アリバイミステリにしてトリックミステリにしてサスペンスというような複数の趣向が各章それぞれに凝らされている。 物語の演出以上に”ミステリ”の形式へのこだわりが感じられる。
ただ、勿体ないことに作者がフェアに演出をしすぎているせいか、本来驚くべき最終的な真相部分がかなり序盤から透けて見えてしまっているのだ。恐らくある程度の読者であれば、最終的真相もまた予想がつくと思われる。ただ一方では、殺人事件の容疑者が、通りかかった電車に乗った目撃者であるという不可能犯罪が描かれ、そのトリックは思いの他物理的で驚かされる。単なるトリックのためのトリックにみえるきらいもあるが、これが犯人の幼少期の記憶と繋がっていることによる二重写しである点にも気付きたい。
盲目の美女、冷静な犯人、更にはSLの醸し出す旅情といったところ「いかにも映像向きだなあ」と思って調べてみると、複数回二時間ドラマの原作に採用もされているようだ。さもありなんといった感じか。ただ、章ごとに様々な趣向を織り込んでいるこの活字版には、映像以上の演出効果がある点も見逃せない。

実際に読者に対してカンペキに成功しているとは言い切れないながら、作者の”新しい本格を創ろう”という気持ちが十二分に伝わってくる作品。草野作品はひさびさに読んだけれど、何らかの見せ場があるので読み応えがあるなあ。


07/01/24
朱川湊人「わくらば日記」(角川書店'05)

独特の哀切漂うホラー感覚が創り出す世界観が魅力の朱川湊人氏。大方の予想を裏切り『花まんま』で第133回直木賞を獲得してしまった。本書もその『花まんま』にどこかテイストの似た連作短編集。『野性時代』誌二〇〇四年七月号から二〇〇五年四月号まで不定期連載された作品の単行本化。

二十七歳、若くして死んだ姉様・鈴音は妹の私・和歌子からみても色白で美しく、優しい人でした。ただ幼い頃から身体が弱く、そして彼女には他人や物の”記憶”を後から見ることができるという特殊な能力があったのです。幼かった私は姉の能力に助けられ、そして幼い正義感と仄かな憧れから、姉を当て逃げ犯の捜査に借り出してしまうのですが、その結果……。 『追憶の虹』
高校生の娘が何者かに殺害された。その犯人からマスコミにかかってきた電話から事態が発覚。先の事件で姉の協力を得た刑事・神楽百合丸から再び連絡が。既に逮捕された犯人は果たして何が目的でそんな犯罪を引き起こしたのか……。 『夏空への梯子』
ひょんなことから上条家で裁縫を習うようになった若い女性・茜さん。近所の人の遠縁で明るい性格に姉妹は惹かれていたが、ある時、彼女の忘れ物から鈴音の能力は茜が隠していた過去の秘密を覗いてしまい……。 『いつか夕陽の中で』
茜たちが住んでいたアパートに寄宿していた慶應の学生。流星塵を集めるのが趣味というその学生にどうやら鈴音は淡い想いを抱いており、茜や和歌子は色々と配慮する。しかしその学生に異変が起き、急に田舎に帰ることになったという。 『流星のまたたき』
母親の和裁の師匠格にあたる南千住のクラ婆さん。和歌子が彼女のところにお使いに行った前後、その近所で学生が刺殺されるという事件があった。よりによってクラさんが犯人として逮捕され、凶器も見つかり自白したのだという。 『春の悪魔』 以上五編。

朱川湊人の独壇場。昭和中期のノスタルジックな光景に不条理と人間の弱さ優しさを重ね合わせた物語群
昭和中期というどこか懐かしさの漂う舞台。優しさのなかにはびこる悪意。理では割り切れない不思議な現象。解決に至った時の安心感……。 これまで発表されたきた朱川湊人という作家による作品が持つ特徴が、そのまま全て引き出されたかのような連作短編集。語り手は、その妹ということになるが、実質的主人公は特殊な能力を持つ彼女の姉で、またその姉が善意の塊であるかのような描写で埋められている。もちろん姉自身を語り手とすると鼻につくかもしれないところを、彼女を敬愛して尊敬する妹の視点で描くことで作品全体が素直な暖かさに満ちた内容になっている。
もう一つ”他人の記憶を覗き見る”という行為に対する利益よりも寧ろ代償の方に重点を置いて描かれているのも特徴。普通であれば、一瞬うらやましい(?)と思える能力がゆえに鈴音がこれだけ苦痛を覚えることになる点が読む者の共感を呼ぶ。実際問題、人が隠していたことを覗き見るだけではなく、この少女は殺人事件の現場など痛痛しい記憶をも再現させられる運命にあるのだ。これが辛い出来事と呼ばずしてなんといおう。
連作短編集のなかで新たに登場してくる脇役の造形も巧み。脇役群のなかではこの姉妹の母親の気丈かつ潔癖な性格描写が”昭和の母親”を体現しており、その存在自体に何か懐かしさを感じさせられる。また、個々の作品の展開やエピソードの繋ぎも巧みで、多少あざとさがあっても全体として許せる内容のように錯覚してしまうのだ(それは別に錯覚ではないのかもしれない)。

悪くいえばワンパターンに近いものもあるけれど、それでも懐かしさと恐怖感覚が同居する特異なシチュエーションの演出と物語展開の巧さはさすがだと思う。人の記憶を後から眺めるという特殊能力そのものがオチではなく、その結果立ち上がる物語を読ませる。何とも味わい深い作品集である。


07/01/23
日日日「ちーちゃんは悠久の向こう」(新風社文庫'05)

日日日と書いて「あきら」。1986年奈良県生まれの千葉県出身。高校在学時に第1回恋愛小説コンテストラブストーリー大賞、第6回エンターブレインえんため大賞佳作、第8回角川学園小説大賞優秀賞、第1回MF文庫J新人賞佳作、そして本書にて新風舎文庫大賞文庫大賞を受賞と多数の作品で各賞を獲得。現在も「狂乱家族日記」シリーズ、「アンダカの怪造学」シリーズ等、ラノベの各文庫にて冊数を重ねている。

”僕”の幼馴染みでアパートの隣人”ちーちゃん”こと歌島千草は、幼い頃から怪異や幽霊といったオカルトが大好きだった。幼稚園の頃からそういった話を仕入れてきては”僕”に聞かせ、怖がらせることが趣味。現在、高校生になった”僕”のことをちーちゃんは”もんちゃん”と呼び、二人独特の関係を保っている。一方の”僕”は家庭内である事情から虐待されており、普段はベランダに住み食費もままならない生活を送りながらも、一応表向きには普通の高校生活を送っていた。そんな”僕”に対してもちーちゃんは相変わらず。ただ彼女は彼女でオカルトにのめり込むあまりに友人は少ないようだ。陸上部に所属する僕に対し、ちーちゃんは学園七不思議の一つ、苔地蔵について調べたいのでついてきて欲しいと頼む。武藤白先輩率いる部活をサボるのは気が引けたが、ちーちゃんと共に古から伝わる儀式をしたところ……。その日からちーちゃんはどうしようもない方向に変わっていってしまった。僕は僕に出来ることをしなければと気持ちは焦るのだったが……。

世界の変容と、高校生という微妙な立場を重ね合わせて送り出す独特のホラー感覚
他の作品を読んでいないので偉そうなことはいえないが、日日日が”独特のセンスを持った才能のある作家”であることはこの一冊で十分感じ取れた。ラノベの体裁を取っているのだけれど(というかラノベなのだが)、登場人物の造形が実に独特。主人公が家庭内虐待を受けているという点だけではなく、ヒロインにしても当初は単にラノベの定型を踏まえた女性キャラ、と思わせておいてその実は……、その定型をあっさりと裏切ってしまうのだ。それだけでなく登場する人物のほぼ全てが”自分の居場所はここではない”と立ち位置を模索している点もさりげなく凄い。平均的に恋愛が出来、平均的に社交的で、平均的に成績も良くて、平均的にスポーツにも対応できる……なんて高校生は実はごくごく少数派であり、誰も彼もが自覚的無自覚的にコンプレックスを持ち、素直に自分の気持ちを表に出せないといった実は当たり前の高校生像が(かなりデフォルメされているにしても)巧みに配置されている。その結果、高校は青春を謳歌する場所などではなく、コンプレックスを隠して息を潜めて過ごす場所であるという点を当たり前のように表現している。このあたり巧いし、実際にこの世代の共感もこういった登場人物だからこそ、むしろ得やすいように思うのだ。
登場人物の強烈さとは裏腹に、物語としてはシンプルにみえる。そのバランスが適度で落ち着いていることに加え、文章力も高校生レベルを十二分に凌駕しており、プロの域に最初からある。例えば自分の境遇を昔語りにしてみたり、登場人物の関係性と渾名の使い方など随所に細かな配慮がある点にも驚かされた。

そういった物語作りの巧さだけでなく、ホラーとしての独特のセンスをも体得している。 幽霊がこれほどにテーマになっていながらおどろおどろしさがなく、それでいてラストで急にガツンと来る。青春小説とホラー小説を見事に両立しているし、その独特のアプローチはやっぱり作者のセンスなのだろう。素直に感心した。


07/01/22
秋月涼介「消えた探偵」(講談社ノベルス'06)

秋月氏は、第20回メフィスト賞を『月長石の魔犬』で受賞してデビュー。その後『迷宮学事件』『紅玉の火蜥蜴』とこれまで三冊を講談社ノベルスより刊行している。本書は四冊目となる書き下ろし長編。

入ったところと同じ扉から出ないと自分がパラレルワールドの異世界に迷いこんでしまうと信じ込んで頑なにそのルールを守ろうとしているスティーヴン。彼はそのことが原因で人を傷つけてしまった経歴から、現在は特異な症状を持つ人々が集合生活を営む診療所に住んでいる。そのスティーヴンはある晩、一時に集合というメモを深夜一時と思い込んで三階にある遊戯室へと向かった。そこには死体と思しき人間の脚が転がっていたが、スティーヴンは確かめようにもその扉をくぐることが出来ない。躊躇しているうちに紙袋を被り顔を隠した犯人と鉢合わせした結果、よりによって窓から突き落とされてしまったのだ。即ち、現在はスティーヴンにとっての異世界。下にあった大量のゴミ袋のおかげで大した怪我なく済んだ彼は、早速事件について捜査を始める。解離性同一障碍を持つ”小説家”クリス、統合失調症で人形と会話する少女”人形使い”アリシア、離人症と不眠症、夢中遊行症の”暗闇姫”リーイェン、前向性健忘症の”相談役”シルフィ……。それぞれ違った多数の症状を持つ彼らや彼女たちと話をしてゆくが、犯人はおろか被害者に相当する人物も見当たらなくて……。

人によって異なる様々な”お約束”によって混迷の世界を演出。ある意味究極に行き着いた世界観だとも
ここ二十年、新しい本格ミステリを展開するにおいて新しいトリックを生み出そうという動きと同時に発展してきたのは、独特の世界観を作り上げようという試みだといって良いだろう。風変わりな館や、常軌を逸した動機などその犯人なり、状況を支配する人間なりが持つ一風変わった気質が作品世界を構築し、それを読者に納得させて、そのうえで”その世界”内部の論理に基づいて探偵が謎を解いてゆく。表現が難しいのだが一般的な人間と異なる感覚を持つ人々(本書に登場する各登場人物が持つような)が住む世界――というのも、これまで様々な本格ミステリに”世界”として応用されてきたのが実情だ。
本書はある意味そういった”精神的な異世界”の総決算ともいえる設定を持つ作品である。主人公自身が強迫神経症(?)とある通り、視点人物となる主人公自体が事実を客観的に捉えていると言い難い世界観で叙述が為されており、さらに他の登場人物も何らかの精神的な特徴を抱えていてその証言は彼らの主観によって歪みが生じている。そんななか、犯人像を絞り込むという作業は困難を極め、さらには治療所という場所柄、探偵活動そのものまでもが制限されてしまうというおまけつき。――ただ、究極までに歪みが生じた世界という”場”を造りだした点については素直に評価したい。
一連の事件の謎は、本当に最終章に至るまでその真実が見えてこない。また、事件そのものについてはシンプルであり、一方であまりにも世界が複雑過ぎて「ああ、確かにそうなると説明はつくなあ」という感慨は覚えるものの、感激に至る程のレベルにはない。ただある人物の精神的方向が辿り着いた結果が、トリックというか真相に対して大きな役割を果たしていた点などには感心した。なるほど、これは恐怖を与えるに足る状況だわ。

従来のミステリを踏まえて描かれたというよりも、むしろここまでのエンターテインメント系本格ミステリの背景にある特徴をピックアップして極大化したかのような作品。 そういった意味では異形となってしまっていて、これまで積み重ねられたミステリが進化したというよりも、突然変異的に降って湧いたようにみえる。従来からあるミステリに飽き足らない新しいもの好きの方には面白いかも。


07/01/21
三浦明博「罠釣師(トラッパーズ)」(文藝春秋'06)

三浦氏は'02年『滅びのモノクローム』にて第48回江戸川乱歩賞を受賞してデビュー。その後『死水』『サーカス市場』といった作品を刊行している。本書は『別冊文藝春秋』の二五四号から二五九号にかけて発表された作品を単行本化したもの。

仙台に住み着き古い住居を改造して料理屋を一人で営む木之下。毛鉤での釣りが唯一の趣味である彼は急に思い立って愛車を駆って早朝に家を出る。目的地は秘湯・天雲温泉近くの渓流だったが、途中でハンドルを切り損ねて車が半分崖から飛び出てしまう。何とか脱出した彼は釣り具一つをもって通りかかった温泉の車に助けられ、その天雲温泉に宿泊することになった。そこには氏家伸介と名乗る人懐っこい老人と、十四歳の美しい孫娘・繭子が宿泊しており、更に何か曰くありげな女性・緑川治美がいた。治美の依頼で川に出向き、彼らに毛鉤釣りを教えた木之下は、更に一泊を追加、治美を追ってきたと思しきヤクザっぽい男たちと出くわす。彼らに対する態度から、仙台に戻った木之下は氏家老人から、治美を嵌めた悪い男に制裁を加えるチームの仲間になるよう熱心に誘われる。その男は老人に巧言を持ってすり寄って信用させた挙げ句、霊感商法や健康関係の品々を高く売りつけている男だった。氏家老人がその囮になるのだという。

地上の詐欺師たちの饗宴に、渓流で毛鉤を投げる男達のゲームが重なる。果たして魚は誰なのか?
毛鉤を餌に見せかけて魚を騙して釣り上げる釣りと、様々なものを餌に見せかけて人を騙してしまう詐欺。当たり前ながら相似形をなす二つのテーマを重ね合わせてエンターテインメントに仕上げている作品だ。とはいえ毛鉤の方は専門用語が多数出てくるものの初心者向けとなっているのに対し、詐欺の方は念入りに練られており、更に詐欺師を詐欺で騙そうという魂胆があるためにハイブロウな戦いが繰り広げられるところが特徴。
氏家老人が騙される大金持ちの役目をし、繭子はその孫娘、さらに木之下が介護を口実にその家に居座る居候という設定で、治美を騙した男を更に騙そうという展開までは、コンゲームとしては普通の部類。ただ、そこから物語が転がる転がる。ここで明かすとネタバレになって出来ないが、その騙す側にありながら全貌を教えて貰えない木之下の視点によって語ることによって物語全体が読者の視点とも重なり、独特の緊張感を作り上げている。氏家老人の態度などに不審な点があるので、そこを鍵に全貌を捉えようと読中試みたのだが、一部だけ当たるも全体の”絵”は全く読めなかった。 ただ、孤独に暮らし、孤独に生きてきた木之下がそういったペテンな暮らしの中で、徐々に本来の自分を取り戻し、求めていたものを得ていく過程などは中年に差し掛かった男の魂が再生されていく様子として描かれており、小生のように彼と年の頃の近い読者はいろいろ共感するところがあるだろう。
一方で詐欺の手口といったところは、既存の「どこかで聞いたような……」話の延長線にあり、このあたりがもっと凝っていたら更に面白さが増したのにとも感じた。とはいっても毒をもって毒を制すといった面白さはこの形式でも十分に発揮されている。さらに少年との交流を含め、毛鉤釣りの場面はどこも活き活きしており、釣り好きの読者であれば蘊蓄含め楽しく読めるように思う。

本書の主人公の木之下、東京出身ながら、現在訳あって仙台在住……というあたり作者自身のプロフィールともどこか重なる。そのせいか街や場面の描写もどこかいきいきした印象があり、地元の地名などを巧みに織り込んだ物語には不思議な落ち着きがある。ラストに関してはあまりに出来すぎた印象もあるけれど、フィクションだもの、こういった静かなエンディングを素直に楽しむべきなのだろう。