MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


07/02/20
北森 鴻「親不孝通りラプソディー」(実業之日本社'06)

短編集として刊行された『親不孝通りディテクティブ』の前日譚となる長編。まだ高校生のテッキとキュータが巻き込まれた事件を描く。月刊『J−novel』誌に'04年12月号より'06年7月号まで連載された作品。

一九八五年。鴨志田鉄樹(テッキ)と根岸球太(キュータ)は十七才で同じ高校に通う高校生だった。母子家庭で家を出たがっているテッキと土建屋の父親の金をくすねて遊び回るキュータ。嫌がるテッキにキュータがつきまとう構図だが、今度もまたキュータがトラブルを連れてきた。経営者兼自称・シンガーの《歌姫》が経営する伝説のライブハウス《セブン》に一人でいてキュータ。年上の女子大生に誘われトイレでコトに及んでいたところ、《歌姫》に見つかって大目玉。それだけならばまだ良かったが、その女子大生の姉を名乗る人物がキュータに一千万もの慰謝料を要求してきた。更にその姉の後ろには、その筋の男が。期限は一週間、準備出来なければ工事現場に売り飛ばすと脅されたキュータ。その背後には選挙に打って出ようというキュータの父親への陰謀が見え隠れしていた。しかし、そのキュータが打った手段は信用金庫強盗だった。テッキが手伝わなかった結果、キュータはヤクザの情婦をくどいた挙げ句千五百万円のベンツを海の底に沈め、金に困っていた狂犬・キョウジを相方に、その計画を実行してしまった。その結果、奪った現金は一億二千万円。あまりにも多額の現金である以上に、表に出ない裏金ということでヤクザを始め様々な組織が動き出してきた。キュータはテッキに相談を持ちかけるが、テッキは街で知り合った女性と同棲を開始したところだった。

高校生にヤクザ予備軍にボクサーに脱北者に警察に元警察に正真正銘ヤクザに強盗に左翼。博多を騒がす、まさに狂想曲
先に刊行された『ディテクティブ』ではすっかり一人前の大人の男性として登場していたテッキとキュータ。プロローグではテッキが博多の街を離れ、彼が引いていた屋台をキュータが引き継いでいるという”現在”が描かれていて、まずは「お?」と思うのだが、それはあくまでボーナストラック。本編は、彼らが十七歳、無鉄砲に世の中に向かって(?)引き起こす破天荒な事件と、その顛末があくまでメインだ。(そのボーナストラックもラストにまた良い味を出している)。
そして、その昔の事件がちょっと凄まじい。スケールが高校生の犯罪というには大きすぎるのだ。細かい点は紹介を伏せるが完全犯罪というには微妙ながら、高校生がまさかこんな犯罪を犯すまいという盲点と共に様々なラッキー要素が重なって、強盗に成功してしまうキュータ。もちろん犯罪は犯罪なのだが、キュータはキュータなりに、後から登場する狂犬・キョウジにも、彼らを結果的に助ける側に回るテッキにしろ、この時期なりに生き抜くために金が必要な理由・事情があり、さらにはその金自体に曰くがあることもあってあまり犯罪臭を感じさせない。しかも大金も大金、一億二千万円という金額がさらに現実感を減少させているように思われる。ただ、この強盗事件そのものは本書の面白さの一端にしか過ぎない。むしろ面白いのはその後で、仲間ですら疑い合うなかで、その現金の存在を消滅させてしまおうという計画が中心なのだ。はっきりいってしまえば、それが裏の世界のお金のため、警察以上にヤクザやその他、お金の必要な後ろ暗い人たちが嫌でも群がってくる。彼らの追及を交わすため、この金をいかに闇に葬り去ったように見せるかが読みどころ。テッキの冷静な頭脳と、キュータの無謀なようでいて意外と周到な性格など、個々のキャラクタが巧く繋がっていて、スピード感と意外性が同時進行するという希有の展開になっている。
クライム・コメディというにはコメディの要素が少ないながら、やはりキュータの行動が全く読めず、さらには濃厚な男女関係(男男関係まで!)が加わって、結末に到るまで主導権が二転三転していく面白さがある。思惑、伏線、人間関係、さまざまなところに配慮が行き届いているおかげで、小説としての完成度も高い。最後の最後まで先を読みたくても予断すら許さない、物語の狂想曲なのである。

刊行のタイミング(『このミス』等のランキング締切の五日前刊行)が若干悪く、ベストテン等にランクインしていないことは残念。本書そのものの面白さがその結果減殺されるものではなし、今後文庫化等を経て着実に読まれてゆく作品だと思う。ちょいワルの若者たちの青春小説としても十二分。


07/02/19
森 博嗣「カクレカラクリ」(メディアファクトリー'06)

副題は「An Automation in Long Sleep」。本書自体は映像化を前提として書き下ろされたことになるのか。奥付上ではコカ・コーラ120周年を記念して書き下ろされたとあるが、TBSで「夏の冒険ミステリー」と題され、加藤成亮・栗山千明らが演じてドラマ化されている。(本書とドラマではいきなり登場人物の名前から違っていたりもするようだが)。

工学部の大学生・栗城と郡司。二人は古い産業用設備のマニアであったが、特に栗城は同じ工学部の真知花梨が気に掛かっていた。一計を案じた二人は調査済みの花梨の故郷・鈴鳴にある炭坑写真が掲載された雑誌をネタに会話に持ち込み、夏休みに彼女の故郷のその炭坑を訪ねることを約束した。しかも宿代わりに彼女の家を使っても良いのだという。舞い上がった二人は、花梨と共に鈴鳴に向かうが、駅を降りたところで花梨は迎えにきた運転手と共に先行してしまい、残された二人は徒歩で真知家に向かう。その途中でバイクに乗った花梨の妹・玲奈とも出会う。彼らの想像以上に真知家は地元でも尊敬を受ける旧家だったのだ。真知家とは別に、鈴鳴には観光業を営む山添家があり、昔から何かと対立していた。しかしその山添家の跡取り・太一と玲奈は同級生で仲良し。また、鈴鳴の地は昔からからくり細工が盛んで、かつては磯貝機九朗という天才からくり師とその弟子たちがおり、現在もその一族が作ったからくりが様々な場所に残されていた。しかも丁度百二十年前に機九朗によって作られた隠れ絡繰が、今年動き出すという予言があるのだという。しかしそれがどんなものでどこにあるのかは、機九朗の子孫である、理科教師の磯貝にもわからないのだという。

百二十年の時を超えた謎に挑む――というテーマを理系視点から魅力的に描くとこんな作品になるのかな
登場するキャラクタのメインを占めるのが圧倒的に理系の学生。工学部に所属する大学生が男子二人に女子一人。工学部志望の女子高生一人と無所属の男子高校生一人。また重要人物に物象部の顧問という理科教師。偏見があるわけではないけれど、本書に設定されている謎はやはり「そういうタイプの人が興味を持つだろうなあ」というタイプのもの。絡繰りというとなんとなく表現は微妙だけれども、要は昔の機械なのだ。
百二十年前の絡繰り師(即ちエンジニア)が残し、その一世紀以上の時を超え、しかも時限装置が付いて動くことができる”絡繰り”とは果たして何なのか。一つの村で対立する真知家と山添家にとってその絡繰りはどのような意味を持つのか。このあたりが、物語としての吸引力となっているように思う。また、森博嗣ならではの男にしろ女にしろちょっととぼけた性格を与えられた登場人物が、そういった山村の人々から浮き上がっている点が本作に関しては良い方向に出ている。浮世離れした彼らだからこそこの村人もほとんど信じていない隠れ絡繰り探しが知的遊戯としてスムースに進んでいる側面もあり、何気なくも意外と登場人物の配置が周到であるようにも思えた。百二十年前の絡繰り師・機九朗が残した紋章からの謎解きだけでなく、百二十年前の絡繰りが動くとするならばどういったスイッチや動力が考えられるのか、どういった材料で構成されているべきだといった議論も、この作品独特の面白さ(本格ミステリでいうところの事件に関する議論みたいな部分)に繋がっている。
ただ、暗号にしても隠れ絡繰りの正体にしても解かれてしまうと「ああ、なるほどー」という内容で、ヒントはあるのだけれど読者の参加を必要としているようなタイプではなく、本格ミステリに分類することはできないと思う。だが、その一方で、その絡繰りに関する背景や維持などに関する補足が想像していた以上に遙かに周到で、百二十年前の絡繰りが動きました! 以上に思いがけないほど実際的な理由(なぜ、120年前に作られた装置が時を超えてスムースに動いたのか?)が幾つも付け加えてあった点にかえって驚かされた。こういった通常の読者からみれば些末だとも思われる部分にリアリティを付与する点も「ああ、理系ならでは」という感慨を抱いた理由の一つになる。通常の本格ミステリの手順を踏まないまでも、森ミステリィらしい面白さに満ちた作品だと思う。

人物が薄っぺらいとかそういう点から評価する作品ではなく、あくまで百二十年前の絡繰りを探す話だと割り切れば面白いと思う。ちょっと特殊なかたちのミステリでありながら、恐らくこのような発想がベースになる作品は森博嗣しか書けないミステリィだよなあと納得。絡繰りとかそういった機械そのものに興味のある(作中の栗城と郡司ではないか)方であれば、間違いなく楽しめる作品だといえるだろう。


07/02/18
古川日出男「僕たちは歩かない」(角川書店'06)

古川日出男氏は圧倒的なボリュームと拡がりを持つ『アラビアの夜の種族』で日本推理作家協会賞と日本SF大賞をW受賞。その後、『ベルカ、吠えないのか?』が第133回直木賞候補に選ばれた。さらに『LOVE』では遂に第18回三島由紀夫賞を獲得。本書はその三島賞受賞後初の書き下ろし作品となる。(ボリュームは薄いけど)。

料理人として常に前向きに思考し、基礎を学んだ後に海外や国内で更に修行を積んだという共通経験を持つ、僕たち。カバヤマ、キシタニ、カネハラ、タケウチ、マツシマ、ホリミナ……。現在はそれぞれが国内の料理店で普段はごくマジメに仕事に取り組んでいるが、頭の中に降りてくる料理の斬新なインスピレーションに時々思考が支配される。その結果、山手線を乗り継いでいたり、不自然な動きをする信号機を目の端に捉えながら歩き回っていたりするうちに特殊な時間帯に入り込んできた。 東京のど真ん中でありながら、24時間制の普通の一日とは異なる東京。普通の人々が感じ得ない2時間が加わった、26時間制の東京に僕たちは集まっていく。仕事を終えた後、それぞれメンバー固有の儀式を経てその料理店に集まり、そして互いのインスピレーションを惜しげなく披露しあって互いに腕を高め合う。時には食通の画家にその料理を振るい、そして仲間が喪われた時には、その魂を救うために異界と化した東京を探検することになる――四つの短編仕立て、だけどそんな話。

エッジの効いたおとぎ話のようでいて、ファンタジックな生き方に燃える若者のエネルギーが迸る物語
短編で四つ分。これで一つの物語が(そして我々読者が決して目にすることのできない世界が)完結している。
テーマは料理。考えてみれば、この料理人という職業、毎日がクリエイティブな仕事なわけで、さらにその才能を持った人々にとっては、毎日毎日が創造の時間ということになるだろう。本書では小道具として様々な食材が登場するものの、具体的にその才能(つまりは「美味しそう」という意味で)が描写される場面は少ないが、それでも才気というか、才能を持つ人々特有の熱気が伝わってくる。
一方でそんな彼らが普段の普通の若い料理人というベールを脱ぎ、実力を大発揮するのは一種のパラレルワールドのような東京だ。古川日出男描く東京は、いつもその視点が道ゆく我々一般人とは違っていて、仮に実際に存在している何かを描いていても、ファンタジーのそれのように見えるのだけれど、本書の場合はわざと、例えば”都市伝説”のなかに生きる人を書いたというような感じで、ちょっとだけこれまでの作品とノリが異なるような印象を受ける。もちろん悪い意味ではなく、その伝説の展開が想像もつかないものだったので驚かされたのだ。古川ワールドの多くは「誰もが参加できる世界の拡がり」がテーマであるにもかかわらず、本書はむしろ「選ばれた人間のみの閉じた世界」がテーマになっているようにみえるからか。ただ、こちらはこちらでぎゅっと引き締まった世界を堪能することが出来、これもまた心地よい。
「僕たちは歩かない」という題名の意味は、物語を読み通すことで明らかになるが、なんというか若年層向けに執筆されている作品のようでいて、その内容を理解するためには中年以上の思考力や経験が必要……というような、例えば天沢退次郎の子供向けファンタジーを読んだ時の感覚に近いものがあるように思った。(ま、あくまで個人的な感覚だけど)。

挿絵もあり、文章も抑制されてキレがあるせいか、作品自体のボリュームもぎりぎりまで絞られている。(だからこんなにも本が薄い)。ゆっくり読みたくでも結局のところ、猛スピードで読み終わってしまう、東京二十六時間。何か”新たな都市伝説”を作者自ら作り上げているかのような作品なのだ。いや既に作者はもうその世界の住民なのかもしれないのだけれど。


07/02/17
竹本健治「キララ、探偵す。」(文藝春秋'07)

「これが竹本健治の最新ミステリ?」と我が眼を疑いつつちょっと微妙な気分でレジに持っていく……。「史上初の美少女メイドミステリー」。『別冊文藝春秋』第二五八号から第二六五号までに発表された作品が集められた中編集。

アイドル研究会所属の平凡な大学生・乙島侑平のもとに突然送りつけられてきた荷物にはメイド服を着た美少女が。母方の従兄弟で電子機器メーカーの務める天才にして奇人・益子博士からモニタリングを依頼されたのは、そのメイド型アンドロイドの試作六号機・キララだった。そんなキララの扱いに困る侑平だったが、家主にして探偵事務所を経営する叔母の妙子から手伝いを依頼される。行方不明の借家人を捜す仕事だったが、その男が死体となって侑平の大学で発見されて……。 『キララ、登場す』
メンテナンスに同行し帰ってきたキララ。侑平があることをしたところ、キララの性格が豹変してクララなる別人格が現れた。一方、妙子が抱えた依頼は一枚の写真からそれがどこか突き止めるという話だったが、そこから別のアンドロイドの主人の関係者が巻き込まれた誘拐事件に関わることになって……。 『キララ、豹変す』
前の事件で体調を崩した侑平。そこにアンドロイドの一人が急にいなくなったという事件が。殿村という芸術家の家に来たウルカというメイドが行方不明らしい。事件が気になるなか、侑平は自分の部屋が盗聴されていることに気付く。果たして事件はアンドロイドを狙う国際組織の仕業なのか……? 『キララ、緘黙す』
大学のアイドル研究会が開催するイベントに人気絶頂のアイドル・北見莢果を呼んだ侑平。同級生の光瑠や親戚に扮したキララ、さらにはセクシーな研究者・ミス・キャンベルまで現れて周囲は美女・美少女だらけに。そんななか実際は性格が悪いことを暴露した莢果だったが、関係者と身近な謎を語り合うことに。莢果のストーカー問題を解決した一行は、更に莢果の友人のアイドル高崎美夜のもとへ……。 『キララ、奮戦す』 以上四編。

確かに史上初のメイド・ミステリであり、竹本らしい論理が冴える本格ミステリであり、ラノベでありSFミステリでもあるのだろう。複雑な要素が絡む作品
とりあえずいわゆる”萌え系”(でいいのかな)のイラストがふんだんに盛り込まれており、半分SF設定でもあるメイド型アンドロイドという設定といい、登場する人物のコメディタッチといいラノベの要素があることは確か。(ただ、この点気になるのは明らかに十八禁なかなりロコツでエロティックな描写があるのでさすが専門レーベルからは刊行できまい)。一方で、本書の帯でも大々的に謳われている「メイド・ミステリ」という部分もまた、本書の主体を形成している。人間そっくりのアンドロイド、美少女でありながらちょっとおっちょこちょい、ご主人様のみに超従順というキララちゃんが、ある刺激を与えることによってあっという間に人間そっくりのセクサロイド、ご主人様を主人とも思わない超サディスティックな性の女王様・クララさんが登場するという設定。個人的には一部の読者のフェティッシュな指向を”狙いすぎ”の感はある。ただ、(小生はよくわかっていないことを承知であえて書くと)メイド萌えされる方、そして女王様に苛められたいという願望をお持ちの方などにはたまらない内容となっている(のだと思う)。
小生は非常に残念ながらどちらの性向も持たないようで、その結果幸いなことに(?)過度にのめり込むことなく読めた。結果、本作品の本質は(メイドとかを除けると)ロジック多用型の本格ミステリにあることがストレートに感じられた。実際、荒唐無稽としかいいようのないキララと侑平、そしてその仲間たちの描写はそれなりに面白いのだが、より興味が湧いたのは、発生した事件をキララの特殊能力でもって解決に持ち込んでゆく過程の方。キララの持つ能力が凄まじいため通常の意味での捜査をすっ飛ばしてしまう点はミステリとしても特異だが、その結果得られる事象を様々に繋ぐことで、事件に別の角度から光が当たってゆく。あまりにもコメディタッチに走りすぎているため、このミステリ部分がおまけのようにみえるかもしれないが、伏線なども意外なほどに丁寧に張られているし、その部分だけ取り出せば立派な本格ミステリだと感じられた。

とはいっても、だ。 やっぱり本書は萌え系のメイドがメインとなっていて、それが看板である作品であることはやはり事実で、さすがに今さらメイドだ女王だと言われても困るという方にまで無理に勧めにくいことも事実。ところで、本当にこの作品を書かれたのは竹本健治さんなのか? というのは信じてもいいところなのでしょうか。作風がこれだけキていると何か疑いを持ちたくもなってくるのですが。


07/02/16
恩田 陸「夜のピクニック」(新潮文庫'06)

刊行時に読み逃したままずるずるときてようやく読めた。言わずとしれた恩田陸近年最大のヒット作品。『小説新潮』誌二〇〇二年十一月号から二〇〇四年五月号にかけて隔月連載された作品が'04年7月に新潮社から刊行されたのが元版。第2回本屋大賞、第26回吉川英治文学新人賞を受賞。さらに2004年度「本の雑誌」が選ぶノンジャンルベスト10でも1位を獲得した。

進学校である北高校では、年に一度、全校生徒が参加しての丸一日かけて80キロを歩き通す「歩行祭」というイベントがある。母子家庭に育った甲田貴子はこのイベントの最中のうちにやり遂げることとして、ある”賭け”を自分に対して課していた。それは同じ学年で三年目にして遂に同じクラスになった、異母兄弟・西脇融に対して「ある行動を取る」というもの。融の亡くなった父親が貴子の父でもあったが、後から判明した父親の浮気という事態に際し、家庭内がぎくしゃくしてしまったことから、融は貴子のことを深い理由もなく敵視していた。融自身もその感情を持て余してはいたのだがなかなか気持ちは鎮まらない。二人の視線がしばしばかち合うことや、お互いを避けるよそよそしい態度から、クラスメイトたちは彼らの仲を「付き合っているのでは?」と誤解していた。そして「歩行祭」当日。融は親友の戸田忍と、貴子は前半はクラスメイトの梨香と千秋、後半はやはり親友の美和子と一緒に歩く約束をしている。またこの晩、日付を超えると融の誕生日になることから、融に想いを寄せていることを隠さない内堀亮子は融にプレゼントを渡そうとしているともいう。高校生ながら妊娠・堕胎した従姉妹の相手を探し出そうとする生徒、日が暮れた途端にハイになる生徒、さらには海外に転校した貴子の友人の弟までもが飛び入り参加するなど、高校最後の「歩行祭」は肉体の疲労と引き替えに、かけがえのない思い出を積み重ねてゆくのだった。

歴史を重ねているイベントのハレの気分の交錯を巧みに、そして鮮烈に描く青春小説
単に高校生の青春を描いた小説なんてそれこそ星の数ほどもあるし、確かにその星の群れのなかでも本書の輝きはかなりなもので本書をベストだと考える人がいてもおかしくない。ただ、異母兄妹が同じ高校・同じ学年にいるという設定自体は思いつけても、こういった互いに変なかたちで意識し合う作品という点は珍しい。とはいっても作品内部を彩るのは、友情であり思いやりであり家族や高校生らしい愛情であり、その一つ一つの要素や考え方なども恩田陸らしいちょいとひねった切り口で描かれていて実に新鮮な気持ちで読むことができた。
個人的にもっとも凄いなと思わされたのが、これだけの内容を高校の一つのイベントのなか、二十四時間に詰め込んであること。 このイベント自体(作者の母校にモデルがあるらしいが)の持つ、独特の高揚感や一体感といった点が実にストレートに読者に伝わってくることに驚いた。学校生活のなかでの”ハレ”の日にあたるこういったイベントでなければ、起きえなかった様々な感情のぶつかり合い。これが平凡な学園生活のなかで繰り広げられていたのではこうも印象の強い作品にならなかったのではないかと思う。この一晩しかない、この一晩で思いを遂げたい、この一晩のイベントを完遂したい、そういった様々な感情の起伏が貴子と融の感情を通じて伝わってくる。また肉体の疲労の描写も的確で、どこか読者も共に歩いているかのような心地よい疲労感を共有しているような気分になる。謎解きでもなく、団体や個人成績の上下でもなく、単に”歩き通す”ということだけが目的のイベントを、ここまできっちり伝えてくれる手腕が誠に頼もしいというか。

高校三年生&高校生活最後のイベントなんて書くと、恋愛ネタが中心となりそうでいてあくまでそちらはサイドエピソードとして押さえつつ、結局のところ家族と友情の話に持ち込んでしまう。読者の求める公約数を巧みに織り込みながら、しっかとその家族であり友情であるところの”中心”が揺るいでいない物語の力強さが感じられる。多数の読者の支持を受けることも理解できるし、実際これからも分厚い支持を受け続けるであろう作品だ。


07/02/15
福本和也「海の捜査官」(光文社文庫'86)

作品執筆時は現役のパイロットであり、航空ミステリーの第一人者として知られた福本和也氏。デビューは'63年東都ミステリーから刊行された『啜り泣く石』で、第二長編『霧の翼』から、その航空ミステリーが展開されることになった。本書は'80年に光文社カッパノベルスより『浮世絵殺人事件』として発表され、文庫化に際して『海の捜査官』と改題された長編作品。

鳥取県の境港沖で巨大な撞木鮫(しゅもくざめ)が発見された。追い詰められ、捕獲されたその体内から未消化の人体の一部が発見された。警察は事件性はない事故と判断したが、境海上保安部の稲村弘海捜査官は被害者の特定にあたり、その指紋から被害者は奈良県に住む森田康治なる人物だと判明した。一方、東京では新宿副都心にて密かに開催されていた浮世絵展に謎の二人組が銃を持って乱入、目玉の展示である歌麿の肉筆画が奪われた。しかし犯人はビルを降りずに上層階へと逃走、中華レストランに親子連れを人質にとって立て籠もった。慌てて駆け付けた警察が対応に手をこまねいているなか、犯人の一人が投降(金で雇われただけの男だった)、人質も解放された。警察が突入しても犯人の姿がなく、ガラスを割って屋上に上ったものと思われたが、既に屋上には誰もいなかった。警視庁の江崎警部補と西山部長刑事は、事件の捜査を担当。関係者から事情を尋ねて回るがめぼしい手掛かりはない。展示そのものが秘密で行われていたうえ、犯人がなぜ浮世絵一枚だけを強奪したのかが判らない。ひょんなことから人質となった親子を調べたところ、不審な点が判明した。彼らもまた奈良県へと向かう。背後には美術品を巡る暗い関係があるようだったが……。

盛りだくさん。美術品贋作の奥深い犯罪、人間関係を巡る葛藤とロマン、海と空を巡るアクション……。
幅広い事象に目を向けた非常に意欲的な作品である……という点は間違いなく、作者が得意としていた様々な分野に関する蘊蓄や特殊な知識が混じり合って、かつ人間関係にドラマを求める著者らしい展開が絡んでいる。その結果、海洋ミステリーとも美術品ミステリーともいえない、独特な福本和也らしい(という言葉が通用する方はそう沢山いないと思うが)贅沢で貪欲な(裏を返せばいろいろなところに筆が飛びすぎて若干散漫な)総合ミステリー作品となっている印象だ。
序盤で突飛なシチュエーションを示して読者の度肝を抜くのは福本氏の常套手段であり、また魅力でもあるのだが、本書の強盗事件→犯人消失もそのパターン。ただ、その解決が腰砕けであるのも残念ながら同様に氏の特徴であり、本書においてもその例が健在だった。執筆当時あまり知られていなかったであろう「ハンググライダー」がビル屋上からの人間消失の正体なのだから。また物語の本筋とは無関係な部分における饒舌さも氏の作品の特徴。例えば図入りでそのあるものの愛好家たちのクラブ組織を示していたりするサービスがあるのだが、それは謎解きには何も影響がない。また飛行機やヘリコプターが登場すると本筋とは無関係にやたら操縦関係の描写が増えるのは、航空ミステリーの第一人者として避けられないことなのだろう。
とまあ、微妙な点を先に書いたが、事件の構造についての不満は実はないのだ。むしろ、隠された人間関係を巧みに紙上に配していて、後からそれが綺麗に繋がってゆく楽しみがあった。メインとなる美術品を巡る不正の部分においても、幾つかの贋作の手口が披露されている。それはそれで興味深く、特に肉筆画ならではに施される、特殊なあるテクニックが事件の流れを規定しているあたりは、結構巧いと感じられた。(近年刊行された某美術ミステリでも同じ手口が取り上げられているが、こちらが当然早いはずだ)。 捜査官同士に肉親を巡る葛藤があるとか、一攫千金を狙う業者も止むに止まれずそうしていたのだとか、動機の面でも工夫が(若干過剰すぎる気もするが)あり、少なくとも人間ドラマとして最後まで読ませる作品になっている。

そこそこ楽しめたというのが正直なところではあるが、古い作品でもあり現代改めて探して読むほどの特筆すべき何かがあるかといわれるとそれほど強い印象があったわけでもない。とりあえず、そうとだけ。


07/02/14
馳 星周「楽園の眠り」(徳間書店'05)

「週刊アサヒ芸能」の'04年4月22日号から'05年4月28日号にかけて連載された作品に大幅な加筆修正され、単行本化された長編作品。

麹町署に勤務する刑事・友定伸は結婚後、長男・雄介が生まれて夜泣きがひどいことから妻が育児ノイローゼになってしまう。その妻は息子を置いて家を出て行ってしまい、現在は五歳になる息子を一人で育てながら勤務している。そのストレスから伸は息子に虐待を加えるようになってしまい、理性ではその暗い衝動を抑えることができない。息子の雄介はある晩、一人で託児所を抜け出してしまう。一方、女子高生の妙子は暴力的な父親の支配のもとに育てられ、強烈な暴力に晒されるようになってから生活が荒れ出す。子供を作りたいという幸治の言葉に騙され妊娠した彼女は、喜んで報告するが彼に腹を蹴られて流産してしまう。その妙子もまた入院した病院から抜け出して、家を出て当座の生活をするために出会い系サイトを通じて援助交際をした。ホテル街を出た妙子は迷子になっている男の子を見つけ、自らの喪失感を埋めるため「一緒に来る?」と子供に同行を誘い、口を開かないその子供に「紫音」と勝手に名づけて行動を共にするようになる。彼女は援助交際で更にお金を稼ぐために、薄い知人のクラブDJのヒデに子供を預かって貰うようお願いするが、狂ったように雄介を捜し求める伸は少しずつ彼女の居場所に迫っていた。

自分より圧倒的に弱い者・子供に対して暴力を振るってしまうという弱い心、昏い心――
今のところ小生が読んだ長編では初めてのような気がする。『不夜城』をはじめ暴力的ノワール作品で一世を風靡した馳星周の作品で、同系統、つまりはノワールの方向性を持ちながら一人も人間が死なない作品は。ただ、人が死なないミステリ(=日常の謎)などとは根本的に異なり、やっぱり人間の精神の暗部を徹底的に描いた作品である点は同じ。ただ他の作品と微妙に”押さえきれない感情”に対するスポットライトの当て方がやや異なっているか。根源的部分には同じ薫りが漂っているのだが。
児童虐待。昨今でこそ新聞沙汰になるケースも増えてはきているが、実際に摘発されるのは氷山の一角であろう。本書に登場する友定伸は息子・雄介を虐待し、雄介を紫音と呼んで共に暮らそうとする妙子は虐待の被害者だった。また出会い系を通じて伸と心を通わせ、後半パートナーとして登場する奈緒子もまた虐待の当事者である。加害者となる側にこれといって共通点はなく、その結果ちょっとした心の隙から誰もが加害側に転びうる危険性があるのだという点がまず描かれている。また、その子供を取引材料に疑似誘拐と警察という組織から離れた捜査、更には追いつ追われつの展開が拡がってゆくのだが、その過程で現代人の必須ツールでもある「携帯メール」が効果的に使用されている点も印象に残った。その企図はないだろうが、なりすましや携帯メールならではのひっかけやトリック、更には誘拐の手法など本格ミステリなみのトリッキーなわざを双方が仕掛けている点もポイントに挙げられそうだ。
ただ全編を通じて描かれるのは「親になるべきではない大人」。子供に手を上げることがよくないことだとは理解していながらも、教育のため、子供のせいなどの言い訳以上に実際には、自分の”何か”を解放するためにその衝動を抑えきれない人々の姿だ。彼らは確実に現実の世の中に一定数存在し、そして彼らもまた弱い存在であり(このことが免罪符になるわけではないですよもちろん)、もっと弱い存在を苦しめる行為に走ってしまう。妙子がその力を行使する、後味の悪いラストもまた事前から予見される。だがわかっているだけに余計その姿が哀しい。この問題、結局は個別の事情が色濃く反映するため万能の処方箋はない――ということになるのだろうが、底知れない問題だと深く感じた。

人間の感情のダークサイドを描く点は従来の馳作品と同様ながら、テーマと切り口を単なる欲望や暴力から、その一歩先に進めたことによって小説としての印象度はより高くなった印象。 特に「全滅、後には草一本残りません」という結果ではなくしたところに作品そのものの存在感が増した理由があるように感じた。


07/02/13
高田崇史「QED 河童伝説」(講談社ノベルス'07)

例年、講談社ノベルスの新年一冊目は高田崇史さんのQEDシリーズだったような気がしていたが、今年は二月刊行ということになってしまった模様。「〜ventus」含めて十三冊目となる「QED」。もちろん書き下ろし。ちなみに「ノベルス+文庫」で百万部突破とか。(ただ高田崇史氏の著作全てということらしいので「QED」のみの数字じゃないようです)。

和歌山から離れ、成田山近くの病院に勤務するようになった神山禮子。一見、大人しく見える彼女に勝手に一目惚れしつきまといの行為を開始していた安岡昭二。彼女の自宅を突き止めようとしている途中、何者かに襲われ、左手首が切断された死体が川縁で発見された。その川、強羅川は昔から河童が出ることで有名だった。被害者の兄・良一が勤務する小高製薬は、新薬の販売準備に追われており、内部では岩沼常務、中村部長ら営業を中心に神山禮子が勤務する病院に攻勢をかけていた。ライバル社も強かな担当者・小藤を投入し、戦いは泥沼へ。一方、棚旗奈々と沙織の姉妹は桑原崇や小松崎良平らと相馬野馬追祭へと行く計画を立てていた。しかし当日、肝心の崇は寝過ごした挙げ句、岩手まで行ってしまいついでに旧知の老人に挨拶をしてくるという。道中の話題は、その成田の事件。被害者の安岡昭二は以前に奈々らと成田山で、禮子に関係して出会ったことがあったからだ。まるで河童に襲われたかのような事件に、彼らの話題は河童方面に向いてゆく。そして事件は続いて第二の被害者が。今度の死体は、その左腕が切り落とされていたのだ。さらに小高製薬の一行も中村部長の故郷である相馬に向かっていた……。

河童の良く知られた特徴、全てに意味が隠されていたショック。ミステリとしても上々の仕掛け
ここまでくると高田崇史的史観というべきなのか、それとも歴史学者が黙殺しているだけでその世界では定説なのか。シリーズを続けて読むと理解できてくる「歴史に対する考え方」が存在する。世の中の歴史書に書かれているのは、権力者にとって都合の良い歴史であり、その裏側に敗者の歴史が隠されていること、古代日本の勢力争いは製鉄の争いであること、妖怪や怪異として描かれている出来事は、人以外の存在に貶められた敗者側の人間であること――そういったアプローチである。そしてここに到るとそのアプローチそのものはサプライズではなくなる(良い意味で考え方に親しんできたため)一方、思いがけない対象が、そのアプローチによって従来の見え方と異なってくるという驚きがある。 今回の「河童」の回もそう。
頭に皿、背中に甲羅、三つ指で水かきを持ち、水辺に棲み、胡瓜を好み、金気を嫌い、女性の尻を撫で、尻子玉を抜き、医薬にも実は通じている――という世間一般でいうところの「河童」。とりあえず高田史観のアプローチが前提であれば、彼らもまた時の権力者によって虐げられた人間の姿である、というところまでは読み出す前から想像できる。ただ、その河童の特徴の一つ一つ全てに対して”意味”が付与され、それがすとんすとんと得心させられてしまう点には改めて驚きがあるのだ。多少無理めかなという解釈も一部にはあるけれど、それでも全般では納得。しかも読了してしまうとそれ以外の解釈が思い描けなくなるという。相変わらずこのあたりは先時代の人々が未来の我々に仕掛けたトリックのようにすら感じられる。(そして実際そうなのかもしれない)。
そしてミステリ部分。今回の手首を切り落とされ、更に別の人物が腕を切り落とされ、という事件。プロローグの生首が歩いて迫ってくる恐怖と合わせミステリとしての「演出」が冴えている。背景にある医薬品業界の状況についての生々しさは、高田さんの得意分野ということもあってか社会派真っ青のリアルさに溢れている。また特殊な知識が必要とはいえ、腕を切り落とされる理由が二種類用意されている点も周到だと感じられた。

しかしなんといっても今回の「河童」の絵解きはとにかくお見事。ここまで来ると殺人事件の部分を目当てに読む読者は少数派だと思うし、やはり歴史の「QED」があってのこのシリーズだと思う。今回も大満足だったが、今後もぜひこの発想とアプローチを楽しませて頂きたいものだ。


07/02/12
西尾維新「刀語 第一話 絶刀・鉋」(講談社BOX'07)

講談社BOX・今年の目玉商品は西尾維新と清涼院流水による12ヶ月連続刊行の試み。毎月一日刊行のこの企画、とりあえず二月の現段階は順調に推移しているようだ。ということで、西尾維新による初の時代活劇がこの「刀語」。ちなみに「かたながたり ぜっとう・かんな」と読む。

丹後半島の沖にある不承島。大乱の英雄と呼ばれた虚刀流・六代目・鑢六枝(やすり・むつえ)は二十年前、娘の七実(ななみ)と息子の七花(しちか)と共に流され、親子三人誰とも交わらずに暮らしてきた。その不承島に一人の女性が現れた。尾張幕府家鳴将軍家直轄預奉所、軍所総監督、奇策士とがめ。そう名乗った彼女は六代目六枝にかわり現在は虚刀流当主である七花に対し、天下を取らないかと誘う。戦国時代に千本の刀を作り、その勢力に大きな影響を与えた刀鍛冶・四季崎記紀の刀のうち現在の尾張幕府が集め切れていない十二本の刀の蒐集を手伝えというのだ。既に彼女は真庭忍軍や信頼の厚い剣士・錆白兵(さびはくへい)を使って四季崎の刀を集め始めていたが、それぞれが刀を手に入れた途端に失踪してしまったのだ。刀を使わない剣士こそが真の剣士という悟りから作り上げられた流派・虚刀流は、戦国時代に現在の幕府を作り上げるのに大きな寄与をした徹尾家のもとでその名を馳せていた。刀を使わない虚刀流であれば、四季崎の刀に惑わされることがないと踏んでとがめはやって来たのだった。しかし話し合いも早々に鑢家は強大な力によって破壊された。真庭忍軍の頭領格・真庭蝙蝠が島に入り込んでいたのだった。

あくまで現段階はイントロダクション。オリジナル世界のぶん忍法帖よりは軽め
剣を持たない剣士が戦う、十二人の妖刀を持つ剣士たち――という外枠が既に規定されていること、この巻で登場した真庭蝙蝠の持つ身体能力が、そもそも既に風太郎忍法帖に登場する特異能力を持つ忍者たちのそれと重なっていること、恐らく主人公もまた超絶の異能力を所有していそうなこと等々、風太郎の忍法帖との類似点を挙げるとするならば幾つもあげられそうだ。だが、時代小説風ファンタジー世界(日本の歴史とは全く無関係)を設定しているところが、現実にあったかもしれない歴史の狭間を舞台にしていた風太郎と根本的に異なっている。もともとナンセンス文学を自覚しながら作品を一般向けに発表した風太郎と、エンターテインメントを指向してどちらかといえば若年層向けに作品を発表する西尾。 結局このあたり作品成立の契機自体に根本的な違いがあるし、今後はあまり比較しないようにして読むつもり。
ただ、シンプルなエンタとして、純粋に今後が楽しみである。
既に刀の名前は発表されており(絶刀・鉋、斬刀・鈍、千刀・鍛、薄刀・針、賊刀・鎧、双刀・鎚、悪刀・鐚、微刀・釵、王刀・鋸、誠刀・銓、毒刀・鍍、炎刀・銃)、日本一の剣士・錆白兵だとか、今回は真庭蝙蝠が登場した真庭忍軍の十二頭領だとか、伏線も既に多数にわたって張られているし、ある程度は明かされた鑢一族と、奇策士とがめとの運命的な流れも一興。西尾作品に特徴的な会話の妙も今後も続きそうだ。なんというか、伝統的少年マンガの予告編を見せられているようで、それはそれで「何が飛び出てくるのか」が楽しみになるような書き方が為されている。人間以上の人間を(本作の真庭蝙蝠もそうだけれど)、平気で描ける作者だけにどうせなら徹底的な荒唐無稽を期待したい。

ということで、今回はまだ登場人物と背景紹介に留まって、軽めのエピソードを一つ登場させてみました、という感じか。主人公の能力もまだ開示されきったとはいえないし、明らかに今後に伏線を残す一巻目という印象。読み続ける予定の方は当然まあ、押さえる作品でしょうね。


07/02/11
西村京太郎「幻奇島」(徳間文庫'04)

大ベストセラー作家・西村京太郎氏の比較的初期に発表された長編作品。初刊行は'75年に毎日新聞社から。その後一度'82年に徳間文庫より刊行され、小生が手に取った本書は再び徳間文庫より〈新装版〉として再刊されたもの。十津川警部などは登場しないノンシリーズ作品。(げんきとう)と読む。

酒を飲んで運転中、歩行中女性に怪我をさせてしまった三十四歳の医師・西崎。病院に彼女を運び込んで治療を受けさせたが、肋骨骨折で内臓が傷付き重傷であったはずのその女性が病院から失踪してしまう。結局、飲酒運転も公になり、彼は事件隠滅のために彼女を殺害したのではないかという疑いまでかけられてしまった。エリートコースに乗っていた西崎は、その特権を剥奪され二年間、石垣島から更に南南東へ一二六キロ、人口百人少しの御神島への赴任を命ぜられた。内心忸怩たるものをもちながら御神島へ向かう西崎は、道中その島に向かうという民族学者の清水教授とその助手だという宗田可奈子と同行する。長旅の末に到着した御神島。貧しいが自然の恵みに溢れている。交代する吉田医師は老齢ながらこの島に馴染んでおり、若者がいるにも関わらず三年前からこの島では子供が生まれていないこと、独特の信仰によって生活が成り立っていることなどを説明してくれるが、相変わらず西崎には反発の方が強かった。また、この島には西崎にはねられ、行方不明になった女性とそっくりの霊根ナツがいた。彼女に確認するとどうやら彼女の姉らしいが態度がはっきりしない。そんななか調査のため無理矢理聖域に踏み込んだ清水と西崎は、島の老婆を誤って殺害してしまう。

外界から孤絶した、ファンタジックにして作り込まれた異世界とその世界論理に基づく謎
初期の西村京太郎らしい発想スケールの大きさを感じさせる作品。外界から孤絶した共同体が主となる舞台だが、その島独特の信仰や風習を(恐らく沖縄独特の文化が発想の原点にはありそうだが)一から作りだし、その作法や生活のみならず謎めいた「ルール」を背景にしっかり構築している。 一方で、その地に踏み込んだ外来の人物を主人公とし、その「ルール」に基づいた事象や事件に次々と遭遇させることで独特のサスペンスを醸し出すことにも成功しているのだ。
子供が生まれないのみならず、寝たきり老人が一切いないとか、東京で失踪した女性がタブー視されているとか、墓の中に遺骨がないとか、外来者が犯した撲殺犯罪がなぜか一切住民に触れられないのか等々、さりげない謎が物語内部にて大量発生する。更には明らかな殺人事件が幾つも発生、警察が呼ばれないことまでは理解できるものの、事件に相対した村人の様子は明らかに不自然――といったかたちにより、主人公自身の疑惑や困惑が増大していく過程が描かれる。そのことは即ち現代常識に基づいて本書に触れる読者の困惑と重なっているわけで、そういったもろもろの事象が積み重なることによって醸成される中盤のサスペンスが素晴らしい。加えて三百年前の予言者のことば、住民に溶け込んでいた外来者である吉田医師の行動など終盤にかけても畳みかけるように奇妙な事件が続いていく。島民に温かく迎えいれられながら(子供まで作っておいて)、その島そのものを拒否する主人公の心情もするりと理解できるものだし、彼自身の混乱の演出も巧み。そもそも文章も平易で読みやすいこともあって一気に読ませられた。
そしてこの島のルール、即ち島民の根本にある思想が明らかにされ、一連の謎についてはその「ルール」という補助線によって解体されていく。主人公は探偵役ですらなく、さらには当事者でもなく、単なる見届け人に過ぎないのだが、その立ち位置が絶妙であり、その立ち位置・視点こそがこの物語の成立を助けていることに気付かされる。藤本泉の一連の〈エゾ共和国〉にも似た感触なのだが、幕引きがまた虚しくも鮮やかである点、読後の印象としてはかなり強烈に残るように思えた。

発表当時よりも、恐らく一連の「新本格ミステリ」の時代を通過した現代の方が本作を受け入れる土壌は整っているのではないかと思われる。そういう意味では再評価されても良いはずだ。東京での事件の謎が中途半端であるなど微妙な不満もあるけれど、やはりこの「異世界」を作りだし、そこで本格ミステリをするという心意気に素直に感服したい作品だ。