MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


07/03/10
大藪春彦「蘇える金狼 野望篇」(角川文庫'74)

総合重機メーカー・新東洋工業の子会社の東和油脂は各種工業油から火薬までを製造するこの方面の一流会社。その経理部に勤務する朝倉哲也・二十九歳。社内ではひたすら真面目に、そして如才なく振る舞う彼には暗い野望があった。姻戚関係にあるというだけで大した能力もない癖に私腹を肥やす上司や役員らに対し猛烈な反発があり、彼は二年の時間をかけてその大資本を乗っ取るための計画を練っていた。私的な時間を身体の鍛錬と銃や車などの特殊技術を身に付けることに費やしてきたのだ。そのための最初の仕事は軍資金の調達。朝倉は丹念な調査から共立銀行の現金輸送の現場を襲う。丸の内ビル街の死角で現金運搬人を殺害し、現金一八〇〇万円の強奪に成功した。しかし東和油脂に回ってきた通達により、その現金の通し番号が実は控えられていることが判明、朝倉はその金をローンダリグングする必要に迫られる。彼はあるアイデアをもとに横浜に出向き、地元ヤクザを痛めつけて麻薬と現金を交換する方法について調査を開始した。一方で、朝倉は上司・小泉が不正に入手した金をもとに囲っている美女・京子の心をつかみ取る算段を図り、さらに現金強奪の際に自分を目撃したタクシー運転手・冬木の抹殺をも計画する。

良心を捨て去った努力型一匹狼が驀進するクライム藁しべ長者ストーリー。原点の迫力
大藪春彦の描くダーティ・ヒーローと共通する要素を持ちながら、朝倉に対する読者の支持率はそのなかでも高いのではないだろうか。もともと何も持たず、徒手空拳よりもさらにマイナスの状況から世間・社会に対する怨みをエネルギーに着々と野望のヒエラルキーの頂点を目指してゆく。特に、普段は真面目なサラリーマンを装い、その業務をきちんとこなしつつもその裏側では実は……という二面性にやはり共感というか、憧れのようなものを感じるのだ。(いや決して犯罪に手を染めたいとかそういうものではないのだが)。
本作では、主人公の朝倉の冷酷非情な計算ぶりがまた凄まじい。悪人の弱みを的確に突く一方、相手が善人であろうと自分の目的のためには排除を厭わない。さらに、その一手一手が奇想にも満ちていて何か朝倉がアクションを起こそうとする前段階では「これは何の布石なのだろう」という疑問が湧き、ページを捲っていくときちんとその理由が示されて納得させられる展開が良い。つまりは小さなWhy done it? が物語のなかで無数に展開していくものだともいえるだろう。わかりやすいかたちで一本筋が通った主人公像、そこから立ち上る悪漢としての魅力はダークサイドのハードボイルドの魅力に満ち、もちろん銃や車に対するこだわりから繰り出される各種のアクションシーンの迫力も満点。後に分化していく様々なエンターテインメント小説の原点的な面白さを、全て兼ね備えているといってもいいかもしれない。(さすがに恋愛小説的要素は排除されているけれど)。

二分冊のうち一冊目につき、朝倉の頂点を目指す物語は本書の段階ではまだ半ば。それでも一冊分の”小説”を読み終わったかのような心地よい疲労に包まれる。暴力やアクションだけで一括りにされがちな大藪作品であるが、筋の通った男の野望があくまでその中心にあることを再確認させられる。


07/03/09
藤野恵美「ハルさん」(東京創元社ミステリ・フロンティア'07)

藤野恵美さんは'03年第20回福島正実記念SF童話賞に佳作入選、翌'04年に第2回ジュニア冒険小説大賞を受賞してデビュー。現時点での代表作は〈怪盗ファントム&ダークネス〉シリーズで、特に児童文学を中心に様々な作風をものにし、新鋭として注目されている。書き下ろしの本書は、初の一般向け作品ということになる。

人形作家の春日部晴彦は最愛の妻・瑠璃子を早くに亡くし、娘の風里(ふうり)を男手一つで育ててきた。ただその娘からも”ハルさん”と呼ばれるように、のんびりした性格てで他人とのコミュニケーションが苦手、さらに気が弱いというダメな父親。しかし年月が経過し、その風里”ふうちゃん”も二十三歳。今日は彼女が選んだ男性との結婚式の日なのだ。ちなみにまだハルさんは海外で働いているという相手の男性と今日が初見で、さらにふうちゃんは結婚後にその海外に居住するのだという。妻の墓へ結婚の報告をし、そして式場に向かうハルさんの胸中には、幼かった頃のふうちゃんとの思い出が去来。ふうちゃんの子供の頃から大学生に至るまでのさまざまな段階で発生した謎に悩んだことが思い出された。しかしそんな悩みを抱える時、ハルさんの頭の中に必ず瑠璃子さんが現れ、その謎を解決してくれた。幼稚園時代にお友達の卵焼きが無くなった事件。小学生四年生のふうちゃんが家から急に姿を消した事件。中学生になって学校でイジメにあっているのではと疑われる事件。高校生の花屋のバイト、そして彼女が大学生時代にハルさんが、体験した人形失踪事件。結婚式が開始され、披露宴が始まった時、ハルさんは思い出を通じてふうちゃんが、生涯の伴侶を選び取った理由を知る。

全体の穏やかなゆるさがほのぼのとした魅力に。連作短編集のお約束をゆるめに扱って物語の印象を高めている
章立てとしては分割されていないながら、実質的には連作短編集。しかも東京創元社とくれば、構える方もおられるだろう。本書はむしろその構えた人の気持ちをするりと横から交わすかのようなまとめ方が特徴というような作品だ。
結婚式当日を迎え、もうとっくにいい年齢になりながらもほとんど大人としての成長のみられないハルさん。ここまで芸術家肌、かつ浮き世離れしている人物を視点人物にしていることもあって、一般読者の常識と彼の視点(考え方)というあたりは若干ズレがあるかもしれない。とはいえ、個々の謎は比較的きっちりしており、突然姿を消してしまったふうちゃんの事件やイジメられていることが疑われる事件などは、伏線がきれいに効いていていて比較的ミステリとしてもよくまとまっている。(一方で花屋のバイトの事件や人形の失踪事件は、何か事件そのものが唐突な印象があるけれど)。この前半部の事件に関しては、男手一つで一生懸命慣れない家事や育児に追われ、娘とはいえ異性に対する微妙な遠慮があるハルさんという存在だからミステリが成り立っているところがあり、設定を巧みに取り込んでいる分、余計にまとまっている印象が強いのかもしれない。日常の謎であり、またその謎があまりかっちり本格していないところもまた、この作品の雰囲気にはかえって合っているように思う。
そして何よりも謎として意識されないまま終盤に向かい、そこでふうちゃんの成長の過程がそのまま伏線になって結婚式がクライマックスに向かってゆく展開が心地よい。 なぜ、ふうちゃんがこの相手を生涯の伴侶として選んだのか。ハルさんのちょっとした引っ掛かりであり、謎とはいえない謎。これをまた瑠璃子さんが出てきて解決してくれるのだけれど、キレとは対極の温かさでもって謎が解かれてゆく。まさかこれが、というところが伏線になっているところ、そして締めくくりの謎としては決して大きくはないところもまた重要なポイント。それをゆるやかにまとめてゆき、謎解きの快感というよりも安心感で物語が終わるところが大きい。

テーマがテーマだけにちょっとミステリとしてまとめること自体に苦労していたであろうところも見え隠れするが、恐らく藤野さんらしい穏やかで温かな物語として仕上がっている。かっちりとしていなミステリを全く別の目的をもって取り扱っている感覚が新しいように思われる。ほのぼのとした作風がお好きな方にお勧めできます。


07/03/08
誉田哲也「ジウ ――警視庁特殊班捜査係[SIT]」(中央公論者C★NOVELS'05)

誉田哲也氏は2003年『アクセス』で第4回ホラーサスペンス大賞特別賞を受賞してデビュー。その後立て続けに数冊の著作を重ねており、本書は〈ジウ〉はシリーズ化され、2007年段階でII、とIIIが既に刊行されている。

警視庁刑事部捜査第一課第一特殊犯捜査係。通称SIT。婦警出身ながら、その演技や感情移入による犯人説得に能力を持つ門倉美咲と、柔道とレスリングで全国クラスの実力を持ち、武闘派所員として男性以上の活躍と戦いを欲する伊崎基子らは、この組織に所属し、立て籠もり犯の説得や逮捕に能力を発揮していた。杉並区で職務質問をした警察官を切りつけ、主婦を人質にとって男が籠城する事件が発生、SITのメンバーは現場に駆け付ける。電話で犯人に接触を試みる和田課長、激高する犯人。物陰を伝って家に近づこうとする隊員たち。そんな中、美咲は犯人と人質に食事を差し入れる係となる。美咲が人質に取られたが隙を衝いて犯人・岡村は逮捕された。その岡村の持っていた札束は、未解決の誘拐事件「利憲くん事件」で犯人に奪われた現金とナンバーが一致、岡村は事件の従犯であることが判明した。ただ、籠城事件によってマスコミに顔が知られた美咲は碑文谷署へと異動になり、同時に基子はSAT初の女性隊員としての栄転を果たした。美咲は「利憲くん事件」の継続捜査班に編入され、上司の東警部補と共に地道な捜査活動に入る。一方の基子は男ばかりの職場のなかで認められようと必死に活動を開始した。

がちがちのエンタメ系警察小説でありながら、物語の常道からの微妙な外し方が心憎い
もっとも印象に残ったところは、現代日本の”警察”という組織を周辺に到るまで徹底的に調べ、作者がそれを完全に自分の世界に取り込んでいること。警察という機構、そして組織、そこで働く様々な人々、キャリア・ノンキャリアの関係性、警察の特殊部隊の様子に到るまで、現在の日本警察の持つ様々な側面を縮図とし、ぎゅっと一つの作品に集中して閉じ込めている。まずこの徹底したリアリティが作品を下支えしている点は間違いない。
一方、ストーリーの展開としてはむしろ一般的ではなく微妙に予想とズレが来る点が興味深い。 性格の異なる二人の女性をそれぞれ主人公格として扱いながら、最初の事件が終了した段階で、題名にもなっている特殊班捜査係から二人とも別々の組織へと移ってしまうのだ。当然、ストーリーも二本に分かれてゆくし、それぞれに恋愛めいた感情を組み込むところも忘れない。ただSATへと所属を移す基子の方の物語は、事件というよりも特殊な男性組織に身を置く女性という存在そのものが主題のように扱われている。人物自体の深みは増しているものの、物語のなかで収まりがあまり良くないように思われた。とはいえ、未解決の誘拐事件を基軸とした全体の物語は巧みな伏線を伴って構成されていて、特に小児誘拐でありながらこの残酷な手口は前代未聞(で、恐ろしいことに実効性がありそうなのだ)。それらがうねりを持って終盤にまとまってゆく過程、さらには犯人との対決場面に到るまで迫力満点。しかし、そこで今後の展開で重要な役割を持つのでは……という人物をあっさり舞台から下ろしてしまったり、予想をずらして展開していく作者のセンスが、読者のスリルをまた盛り上げている。
題名にもなっている、ジウ――の扱いが、その哀しい過去はとにかく、現在の人物としてほとんどまともに登場しないあたりもセンスかも。いろいろな意味で読んでいての予想を裏切ってくれる。もちろんこれは良い意味だ。

事件そのものは一冊で解決しているけれど、ある意味結局未解決。果たして犯人はなぜこのような犯罪を繰り返すのかという動機面が特に厚いベールに覆い隠されている。恐らくあと二冊ある続刊でいろいろと明らかになってゆくのだとは思うが……。紛うことなき警察小説ながら、物語センスの新しさを感じさせてもらった。


07/03/07
石田衣良「アキハバラ@DEEP」(文藝春秋'04)

「別冊文藝春秋」2002年1月号〜2004年7月号に連載され、2004年に文藝春秋から刊行された直木賞作家・石田衣良のノンシリーズ長編。。2006年にはジャニーズJr.のメンバーらによってドラマ化され、また同年映画化もされている。

それぞれ身体や心に病気抱えた三人の少年がいた。ページは百科事典並みの知識を持ちながら吃音のためコミュニケーションがうまく取れない。ボックスはグラフィックに才能がありながら極度の潔癖性・女性恐怖症。そしてタイコはパソコンを使用した楽曲作りに天才的な能力を持っていたが、点滅する光などによって身体が時折硬直してしまうトラブルを抱えていた。そんな三人を結びつけたのは、同じように心や身体に障害を持った人々のカウンセリングをインターネットの掲示板で行っているユイという女性。彼らも固い絆によってWEB関連の仕事を請け負って暮らし、今でも、何かあるとメイド喫茶「あかねちん」に三人集まり、掲示板にアクセスしていた。そのユイの紹介によって、ミリタリーと格闘に才能を持ち「あかねちん」でウェイトレスをしていたアキラと、アルビノで日光に弱い中卒天才プログラマー・イズム、そして法律や対外交渉に才能がありながら、家に帰れない症候群に悩むダルマの三人とも知り合い、彼らは小さな会社を設立する。しかし、引き合わせのオフミーティングに参加しようとした結果、実は自身引きこもりだったユイが死んでしまう。悲しみに暮れる彼らは、イズムとユイの共同製作のAIの示唆によって、まず最初の仕事として彼らのホームページの製作を開始した。最初はアキラを素材にしたアイドルページ、しかし彼らがもっと人の集まりを求めてその才が集約した時、歴史に残る検索ソフト「クルーク」の最初のアイデアが生まれた。

冷静に街を観察する視点とより突っ込んだ電脳知識に彩られた、少年冒険小説の次世代形
コンピュータやWEBサイト、IT業界独特のうさんくささ、そして秋葉原という種々雑多な物と人であふれかえる、現在最も活気のある街が舞台。そういう意味で新宿や渋谷といった街ではなく、エンターテインメントとして珍しい土地を舞台にしているので眼が曇りがちだが、ストーリーの根本は常道といっても良いくらいの少年冒険譚の基本を押さえているといって良い。身体的にハンディキャップを持つ人々が、それぞれの特殊な才能を利用して、巨大な悪(本書の場合はデジタルキャピタル、通称「デジキャピ」)をうち倒すまでが描かれているからだ。ぱっと見には弱者で、実際なんの力も持たない主人公たちが、知恵と勇気でもって巨大な悪の力を叩きのめす……なんて、旧い探偵小説の時代から今にいたるまで(小説、漫画、アニメ等の媒体問わず)エンターテインメントの定番ストーリーだといえるだろう。
ただ、その骨太のストーリーでありながら、登場人物や構成の仕方が実にクール。 石田衣良的ともいえる洒落たセンスが随所に光るため、オタク集団の戦う物語でありながら(で、実際そうなのに)なんだか妙に格好いい。一つの理由としては、オタクをステロタイプと見なさず、その彼らの持つ凄い能力を巧みに引き出して描写している点にあるように思う。加えて紅一点のアキラが織りなす潤いもあるけれど、仲間同士が互いを認め合い助け合う姿もまた素直にうらやましいものにみえる。穢れなき夢をみる少年たちvs汚れた欲望を持つ大人たちという図式も無理すれば当てはまるのだろうが、むしろ単純に正義vs悪の二元論として読ませるような印象だ。
また、ネットワークのみならず、本書に登場するハードとしての数々の機械類の設定に違和感はないし、ソフトウェアのアイデア(AI機能のついた検索エンジン)も説得力がある。秋葉原を舞台にするために、こういった細かな設定にも力を抜かずに執筆されたため、作品自体の迫力と説得性が大いに高まっている。そういえば作者には『東京DOLL』といったゲーム業界を舞台にした作品もあるし、こういったIT業界に生きる大人たちの描写が巧みなのも、小説そのもののリアリティを高めるのに役立っているように感じた。

一風変わった主人公&舞台とはいえ、物語自体は素直なエンターテインメント。語り手が実は……という点も後から考えると印象的で、その意味ではSFめいた部分もあるか。オタクに偏見のある方ならばその偏見も落ちようし、自分がそうであると思う方ならば、感情をどっぷり移入して読める。そういう物語。


07/03/06
星乃彗理「牡牛座の兇劇 花菖蒲は見ていた」(トクマノベルズ'94)

若桜木虔氏と矢島誠氏による合作・星乃彗理。十二ヶ月連続刊行(予定)だったシリーズ、『殺しの幕はあがった』に続く二冊目にあたる。本作は若桜木氏の担当分と思われる。

恋人・早乙女蘭の祖父にあたる資産家・恭平殺害容疑で、冤罪ながら捜査一課の洞沢から執拗に追われる身になった元刑事の魚住純。早乙女蘭は警察の厳重な監視下、現場百遍とばかりに祖父宅を訪れたところ、届いたばかりの祖父宛の新電電の明細書を入手する。祖父が死の直前にかけた電話番号からは、”ウシオ・シンゴ””マツオカ・テンペイ”ら、蘭も心当たりのない四人の現在の居所を追跡しようとしていたことが浮かび上がる。恭平の死は、彼らに関係があるのではと伝えられた純は、その一人”ウシオ・シンゴ”のいる静岡へと向かう。しかしそのウシオ・シンゴこと牛尾信吾が殺害された。会社社長をしていた牛尾は、伊豆修善寺の観光名所『虹の里』内、花菖蒲が咲き乱れる公園の東屋で背中を刺された死体となって発見されたのだ。しかし、東屋の周囲には死体当人と発見者の足跡しかない密室状態となっていた。被害者は、修善寺の高級旅館で先代社長から付き合いがあり、定期的に会社を通じて送金していた竹花兄弟と会う約束をしていたことが判明。警察は重要参考人として小田原の大学に通う小百合に任意同行を求めたが、彼女は拒否。走り出した彼女を救ったのは、バイクに乗った魚住だった。

謎解きはオーソドックスなロジックの組合せ。むしろ連続作品が持つ独特のユーモアに味が
結果からいうと、冤罪の殺人容疑で逃亡中の魚住純はまだ当局から捕まえられておらず、一方でその冤罪を晴らすだけの証拠には、本書においても恵まれない。その一方で、故・早乙女恭平は意外と(?)さまざまな生前の遺品を残しており、今回の調査においても冒頭部で、その一部が紹介されるようなかたちになっている。どうも星乃彗理は、この第一巻冒頭で発生した謎を続刊ですぐに解く気はなかったようだ。
本作でコアとなるのは、本シリーズでも二度目の登場となる足跡のない刺殺死体の謎。関係者にはアリバイがあり、更に東屋に誰も近づいた形跡がなく(読者からみても)こいつだけは犯人じゃないだろうという人物が拘束されてしまう。状況は不可解で、トリックすら解かずに犯人逮捕に向かう警察には若干違和感はあるけれど(起訴に持ち込めまいに)。そういった一連の謎に対して、ヒロイン・早乙女蘭が探偵小説風に関係者を集めて披瀝する推理と真相はなかなか鮮やか。アリバイトリックと物理トリックが巧みに掛け合わされて謎を形成しており、メインの問題品については正直、隙があまり見当たらない。ただしその一連の錯誤のトリックに関しては、前例と実績のあるミステリの組合せから構成されており、新鮮味に欠けるきらいがある。最終的に種明かしされた際、なるほど巧く構成しているなあとは感じたが、ミステリとして新しい試みが為されている! といった感慨は残念ながら抱けないことと思う。ただ、登場人物の行動に隙や無駄や無茶がなく動機にしても犯行の流れにしても非常にしっくり物語に収まっている点は一定の評価の対象となろう。
ただ本書を読んで個人的にツボだったのは、私怨から魚住を追いかける警視庁のキャリア・洞沢の存在。前作にも増して徹底的に道化として扱われており、やる気のない部下や困ったちゃん扱いする静岡県警の様子が結構笑える。更に、魚住の逃走と早乙女の愛情、シリーズテーマとしての謎と個別の事件との関わりなど、パターン化することによって得られる独特の面白みが、二冊目にして感じられたのは収穫。

さて、完結していないことが現段階で判明している点がいかにも残念だが、逃避行+本格ミステリという異色のパターンが今後も続いてゆくのかどうか、残り四冊も読んでみたい。


07/03/05
大倉崇裕「警官倶楽部」(祥伝社NON NOVEL'07)

昨年刊行された『福家警部補の挨拶』が、本格ファンのあいだで高い評価を獲得、読者の大きい期待を受けている作家・大倉崇裕氏。本書は名作で続編の待たれる『無法地帯』と姉妹編ともいえる書き下ろしオタクミステリ。

さまざまな理由で警察組織やその衣装、警察にしか許されない特権といったところが好きで好きで堪らない警察マニア。そんな森田と関谷、そして村垣の三人は、警察官そっくりの扮装をして現金輸送中の乗用車を襲撃、首尾良く現金三百万円強の強奪に成功した。その金は宗教団体の裏金で事前情報によれば、その金を団体が追及してくることはないはずだった。警官マニアの横の繋がりによる、生粋の警官マニア集団『警官倶楽部』。そのメンバーの彼らがそんな違法行為に出たのは、父親の失踪に端を発する闇金業者「シスコシステムズ」からの借金で引き籠もりになってしまった仲間の近藤のためだった。しかし金は何とかなってこれで借金を返済できるはずだったのだが、直後にコスプレショップ店長の高田が駆け込んでくる。彼の一人息子が誘拐され、その身代金が四百万円だというのだ。翌日の受け渡しに仲間の一人・女性のかすみが出向き、『警官倶楽部』メンバーで必死の援護活動を行ったものの結局、金は誘拐犯たちの手に渡ってしまった。さらに近藤の借金の返済も迫られ、窮地に陥った彼らは取立屋とも相対することに、更に宗教団体が彼らを襲ってくる……。

情熱なのか、個性なのか。二転三転の窮地をオタクパワーが乗り越えてゆく爽快(特殊)クライム・コメディ
オタク系ミステリの大傑作『無法地帯』を更に一般寄りに進化させたといえば良いのか。警察でも自衛隊でもスパイでもヤクザでもない、後ろ盾のない一般日本人が銃撃戦や格闘戦、盗聴に誘拐事件に強盗事件と様々な犯罪(?)に係わってしまうシチュエーションを、全く新たに作り上げた手腕にまずは素直に感服したい。職業的犯罪者やそういった公的組織に属する人々であれば、特殊な能力を持っていますそうですかと納得できるところ、そうではない一般人を支える能力は、オタク。そして、そのオタクらしい(一般世間的には無駄とも思える)独特の情熱にある。現在のところその情熱を描かせて大倉氏の右に出る者はそうはいまい。
特に警察オタクという人種(数あるオタクな人々のなかでもあまり一般的だとはいえないが、確実に存在はするのだろう)を徹底的に書き込んだことに、本作のキモがある。さらにオタク繋がりという意味ではその『無法地帯』とも大葉久太郎という本作品においてもキャスティングボートを握る重要人物を通じて世界が繋がっている。(オタク、警察といったキーワードが出てくるとどうしても作者本人に触れたくなるがそれはガマン)。
本書の面白さは、ありとあらゆる手法によって警察という公権力を解析し、一般人を取り締まる立場の”力”を手に入れ、それを我が手にいれて好きに動き回るところにあるように思う。本来のオタクはその模擬的な気持ちで押さえるのが良識なのだろうが、あえて本作ではその枷を取っ払い、自由に彼らがその力を発揮できる舞台を整えている。またその力を行使する相手が”良識ある一般市民ではない”という免罪符が発行されていて、素直に読者も彼らの暴れっぷりが楽しめる。この点、慎重にプロットが吟味されており、無用な不快感がないところが良い。
『警官倶楽部』、取立屋、宗教組織に更にプラスαと多数の勢力が争うため、ちょっと展開はばたばたしてしまっている。ただ、それでも焦点が場面場面ですっきりしており読みやすくまとめられている点も評価したいところだ。警察マニアも、単なるコスプレから婦警、鑑識、交通、盗聴、メカ等々、さまざまなタイプが網羅的に登場しており、そういった一般人の触れることのない別世界を覗く楽しみみたいなところも本書の面白さになっている。

この「警察マニア」の世界に入り込んでしまえば、後はそのまま話の流れに身を任せれば吉。笑いのツボもところどころに配置されているし、アクションシーンの迫力もまずまず。いわゆる正義を振りかざす物語ではないながら、これもまたオタク・エンターテインメントの一つのかたちとして素直に楽しみたい作品だ。


07/03/04
歌野晶午「密室殺人ゲーム王手飛車取り」(講談社ノベルス'07)

近年は刊行するたびに何かと話題を呼ぶ歌野晶午、久々の講談社ノベルス書き下ろし(実に講談社ノベルスとしては、2000年の『安達ヶ原の鬼密室』以来?)。連作短編集のようだけれども、やはりこの作品は一個の長編と考えるべきなのだろう、企みに満ちた作品。

<頭狂人><044APD><aXe><ザンギャ君><伴道全教授>。奇妙なハンドルネームを持つ人々が、互いの顔をマスクやアングルで隠しながら、声も変えてテレビチャットでインターネットを介して殺人事件の推理問題を提示し、そして解き明かすゲームを行っている。普通ではないところは、それが現実に発生した犯罪であること。彼らは自分たちが発想したトリックを現実に実行して殺人事件を引き起こし、仲間たちにそれを問題として提示しているのだ。物語上での最初の問題はaXeが出題したもの。千代田区内の女子短大生が紐で首を絞められ殺害された事件の現場写真がヒントになっている。もちろん殺人者はaXe本人。彼が提示した問題は〈連続殺人鬼が次に狙うのは誰?〉というものだった。問題を受け取った側も答えは出ず、事件は第二、第三、第四と継続してゆく……。さらに次は伴道全教授のアリバイ崩し、死体装飾、家族さえも気付かない密室状態での殺人事件……など次々と問題が提出され、そして解き明かされてゆく。五人の正体もちらちらと垣間見え出して物語の行き着く先は果たして……。

徹底的に絵空事を描きつつ、ミステリの本質を現実に隣接させることで醸し出されるのは、怖さ。
本書において数々登場するのは、歌野晶午蔵出しともいえるほど豪華なトリックの数々。 特に『求道者の密室』あたりは(類例もあるにはあるけれど)、長編を支えうるトリックのように思われる。というか、この殺人推理大会という内容のなかだからこそ意外性が高まっているという部分もあるのだけれど。また冒頭の『次は誰を殺しますか?』あたりの狂気のロジックもまた、ミステリマニアを相手として想定していることにより初めて成り立つ問題であり、この設定を考えつき、そして作品にしてしまった歌野氏のセンスが恐ろしい。
実際、本格ミステリマニアとしては、ぽんぽんと飛び出してくる大小のトリックそして問題の多さにニヤリとさせてもらうところもあるのだけれど、そのツボを突かれれば突かれるほどに何か「ほんとにいいのか?」といった別の感情が湧き出てくる。よくよくそれを考えてみれば、「怖さ」なのだ。この作品のトリックに魅力を感じれば感じるほど、何か自分の立ち位置が危うくなるような気持ちになっていく。
その感情の源泉になるのは、虚構の存在であるものを現実のなかで模倣して実際に行ってしまおうという意志を持つ人間が、やはり母集団が一定以上になれば存在する――かもしれないということ。(わかりにくい表現だが、あまり具体的には書きたくない)。主として殺人事件を扱うミステリという存在もまた、虚構でありながらその対象になり得るかもしれないということだ。確かに現実にはまだこのような事件は起きていないが、もしかしたらいつか――フィクションを現実が乗り越えてしまう可能性というものが、この作品の裏側で静かに警告されているような気がしてならない。ミステリの読者が、そしてミステリ作家がそれぞれの枠からはみ出てしまったらどうなるのか。
なので、<頭狂人><044APD><aXe><ザンギャ君><伴道全教授>、彼ら五人の属性の意外性だとか、個々のトリックの特に出来の良いもののキレが素晴らしいこととか、ラストが尻切れているような不満は残るものの野心溢れた作品構成がオリジナリティに富んでいるだとか、本来の筋書き・物語・アイデア・トリックで褒めたいところなのだが、それ以上に何か本作から透けて見える「怖さ」が読了後の自分を支配してしまっている。

何も深いことを考えずに「推理ゲーム」として本作を読むことができるのであれば、近年稀に見るゲーム性の高い作品だと評価することは出来る。ただ、やはり一旦”問題作”として受け取ってしまうと、その普通にミステリを読むのとは別の感覚のなかでしか、この作品をみることが出来ない気がする。やっぱり歌野晶午、ただ者ではない。


07/03/03
西尾維新「刀語 第二話 斬刀・鈍」(講談社BOX'07)

もちろん(?)題名は「カタナガタリ」だが、「斬刀・鈍」は「ザントウ・ナマクラ」と読ませる。西尾維新の十二ヶ月連続刊行企画シリーズ大河ノベル「刀語」の『刀語 第一話 絶刀・鉋』に続く(当たり前だ)第二話。

真庭蝙蝠との戦いの末、首尾良く四季崎記紀が制作した変体刀千本さらに完成形十二本のうちの一本目を手に入れることに成功した、虚刀流七代目・鑢七花と奇策士とがめ。二人は在処のわかっているうちの一本、斬刀・鈍を入手すべく鳥取藩の因幡へと向かっていた。鳥取藩は謎の砂漠化が進行しており、今は人っ子一人住まえない荒れ果てた土地。しかしその藩の城・下酷城は健在で、斬刀・鈍の現在の持ち主・宇練銀閣(うねり・ぎんかく)は未だその城のなかで居眠りを続けていた。七花ととがめの一行が現れる前、その一室で居眠りをする銀閣の前に現れた男がいた。真庭忍軍の一人・真庭白鷺。鬱陶しい喋り方をするこの男、自分の死すら気付かぬうちに宇練銀閣の居合いの前に一瞬にして胴体を寸断されてしまっていた。変体刀十二本のうち、無類の切れ味を誇る鈍と居合い抜きの天才・宇練の組合せは無敵とも思えたが、奇策士とがめは無策でその刀を譲って欲しいと申し出、幕府の者だと名乗った途端に切りつけられる。七花の判断で窮地を逃れた彼らは、一旦下酷城を出て、作戦を練り直すのであった。

正統派の居合い抜きvs無刀派の戦い。これまた風太郎忍法帖の剣術版を想起♪
どちらかというとイントロダクション的性格の強かった第一話に対し、第二話に入った本作はいきなり定番の展開(まだ二冊目にして定番というのはおかしいかもしれないが)へと入り込む。一作目の刀の持ち主だった真庭蝙蝠も変人であったが、何を食べて暮らしているのかわからない、お城の中にただ一人眠りながら住む居合い抜きの達人が本作における敵。浮世離れした……という形容詞もありなのだろうが、むしろ変人だ。奇策士とがめが高飛車な交渉をして失敗し、七花の出番だがこの居合い抜き、目にも留まらぬという以上に早く、間合いに入ったところを寸断されるという強力な技。この強敵に対して二人はどう立ち向かうのか……?
虚刀流といい、一応は剣士ということになっているのだが、結局は尋常ならざる体術を刀相手に使用する七花と、正統派の剣術を用いながらも、常人離れしたそのスピードにより一万人斬りを達成している敵。この二人の二度の戦いが本作の中心部を成している。前座の忍者はあっという間に敵に殺され、引き立て役に甘んじているし、この常人ならざる二人の戦闘方法が作品の牽引力となっている感。(だって、主人公が二冊目で死ぬような裏切りはしないでしょ、たぶん)。
その戦いは奇想に満ちたもの――としかいえない。幾つかのアイデアがあり、その奇想発想は、山田風太郎の一連の忍法帖における剣士たち(忍者ではなく)が発揮する能力とも着眼点が近い。これに文体のキレであるとか、独特の西尾らしい男女のちょっととぼけた会話であるとかが加わって本作が構成されている。問題は作品が軽すぎて、人間の何とか……といったテーマ性が全く感じられないところか。とはいえ、そういう狙いはハナからない作品だと思うのでこれはこれで良いのだろう。

はてさて、あっという間に読み終わってしまいましたよう。といいつつ、もう三冊目が刊行されている。果たして次なる敵は? どんな展開が待ち構えているのか? (どうも連載漫画を読んでいる感覚に近いなあ。予想していたことだけれども)


07/03/02
貫井徳郎「ミハスの落日」(新潮社'07)

貫井徳郎氏が'98年から2006年にかけて『小説新潮』及び『小説新潮臨時増刊』などに単発作品として発表してきた「外国が舞台」のノンシリーズ短編五編が一冊にまとめられた作品集。それぞれの作品を執筆するにあたり、実際に作者自身が現地に足を運んだとのことで、そのせいか珍しく「あとがき」にて作品が回顧されており、その土地土地の裏話などが読めたのは意外なボーナスかも。短編集としては、実は『被害者は誰?』以来で久しぶりの作品集となる。

スペイン。若者のもとに伝説的な製薬会社会長から会いたいとの連絡が。ミハスにある豪邸に赴いた彼は、その老人から彼の母が彼と幼馴染みであり、一旦離れた後互いに成長してから再会して語り合った思い出話について聞かされる。その老人と母とが幼き頃、不可思議な事件があったのだという。 『ミハスの落日』
スウェーデン。ビデオショップの店員ブラクセンは、醜男の自分に気軽に話しかけてくれる美女・クリスが自分に好意を持っているに違いないと思い込み、彼女につきまとい始める。彼女に恋人がおり、つきまとう自分の存在が明らかになった時、彼は殺意を持ってクリス宅に出向くが……。 事件を捜査するのはスウェーデン警察のロルフ警部補。彼自身、家庭に問題を抱えていたが地道な捜査を開始する。 『ストックホルムの埋み火』
USA。保険調査員の”おれ”は苦手にしているスミス刑事から、夫が事故死した人妻の保険金を早く下ろすよう要請を受ける。その事件そのものは転落死にみえるが、妻のフランシスはこれで保険金受け取りが三度目でしかもその金額が巨額だった。”おれ”は渋々調査に着手するが……。 『サンフランシスコの深い闇』
インドネシア。田舎から男に逃げられて都会に出てきた娼婦のディタに、トシと名乗り不思議な魅力をもった日本人の客がついた。折しもジャカルタ界隈では娼婦を狙う無差別殺人鬼が跳梁しており、さらにディタの夫で失踪したまま行方知れずのアグンが殺害されるという事件が発生、ディタも参考人として取り調べを受けた。 『ジャカルタの黎明』
エジプト。観光ガイドを務め、美人の妻と二人の子供に恵まれているマフムードの今日の客はナンシーという米国人の美女。そのナンシーは観光に身が入らず、心ここにあらずといった印象。彼女はマフムードに対し、実は失踪した夫を捜しにエジプトに来たことを明かす。その調査に同行して欲しいと言い出す。 『カイロの残照』 以上五編。

世界各国、異なる語り手、異なる背景、そして異なる主題。各地に人が息づき深い感情を押し殺して生きている
大きなテーマを内包した近年の大作をものにすることによって物語作家としての貫井徳郎は一段ステージを昇った感があるのだが、本シリーズがまとめて刊行されて(かなりの長期間にわたって書きためられた作品が並ぶことを踏まえても)、むしろこちらは、”作家としてのテクニック”が着実に蓄積されて実力として身に付いていることが実感される作品集となっている。内包されている作品テーマを蔑ろにみるつもりはないが、世界各国の雰囲気や世情や風俗が短編一個といえど疎かにならずにしっかり書き込まれ、さらにそれぞれの舞台を活かした物語づくりがそれぞれ成功しているところが特徴。ちょっとした言葉に現地語のルビが振ってあったり、観光ガイドだけではわからないような現地風俗がさりげなく織り込まれている点、さりげないながら海外をイメージするのに役立ち、気が利いている。
そういう舞台の問題以上に感心したのが視点人物。冒頭からの三作については、老人の独白(過去の物語)、警察官の捜査、そして保険調査官の一人称と翻訳ミステリ調。意地悪くいうと『ミハス』は若者の回想、『ストックホルム』は警察小説、『サンフランシスコ』はユーモア系ハードボイルドと、翻訳ミステリとして既に日本に流入している作品のなかにも似た例がありそうなタイプ。(『サンフランシスコ』はある短編の続編でもある)。 それが『ジャカルタ』『カイロ』の二作は、現地に住み現地の空気を吸う市民の視点で物語が描かれている。 この視点をものにし違和感を読者に抱かせない技巧というかセンスが素晴らしい。しかもそれぞれそれぞれの国ならではの動機というか考え方が視点人物に溶け込んでいて、それがまた物語の主題とも密接に絡み合っている。あくまで旅行者の視点で描かれるトラベルミステリーとは一線を画した、本物の現地ミステリーとなっているのだ。類例としては小森健太朗氏のインドを舞台にした作品や、柳広司の一連の作品なども思い浮かぶが、それらとは舞台が現代である点では異なっている。いわゆる物理トリックを使用する作品ではないが、その現地人の視点と読者の視点を同化させることによってサプライズを生み出すというのは、新しい手法なのではないかと愚考する次第。もちろん、先の三作にしても描写や物語づくりはしっくりとそれぞれの主題と国のイメージに溶け込んでいて違和感を覚えさせないし、相変わらず巧みな構成がその作品内部の事情としっかり噛み合っていて、ミステリとしてのサプライズを生み出すことに成功している。
純粋に謎解きという意味でだけみた場合、キレで勝負している作品が多く登場人物の異常性や錯覚を重視した作風は従来に近い。しかしそれぞれの作品が、その主題によって文体も変化させられていて別の作家の手による作品のようにもみえる。もちろん、人間の深奥に潜む狂気と妄想などの描写は貫井徳郎の一連の作品群と共通していて、受ける印象としては一貫している。作者自らあとがきで述べているように『ミハスの落日』など凄まじいトリックではあるが、いずれも「現地ミステリー」である点を最大限活かしており、普通にミステリとして読むのではなく、世界の妄執がコレクションされた作品集といったつもりでぶつかる方が読み方として相応しいように思う。(その傍証ではないが、地名の後に題名に並ぶ言葉は、闇や闇のなかの微妙な光ばかりをイメージさせてくれる)。あと、『ストックホルム』では初出が「警察小説特集」だったこともあってか登場人物に意外な遊び心が仕掛けてあって驚いた。確かに舞台が、そうか。

最近『愚行録』、『空白の叫び』と重量級テーマの作品が続いていたなかでは少し軽めになっている。とはいっても、力がこもっていないという意味ではなく、読み応えとしてもしっかりしたものを持っており読者の期待を決して裏切らない。貫井ファンには特にお勧めの作品集だ。


07/03/01
菅 浩江「夜陰譚」(光文社文庫'04)

(『異形コレクション讀本』を読了後、どうしても同系列の作品を読みたくなって同書で紹介されていたうち本書を購入して貪り読んだ)。元版は'01年に光文社よりハードカバーで刊行された作品で、『異形コレクション』及び『異形コレクション綺賓館』より四作に雑誌やアンソロジー発表の作品に単行本発表時の書き下ろしが加えられた作品集。

肥満と醜貌を自覚した三十過ぎの女性。自殺も考える彼女は自分の身体が見えなくなる夜の散歩を好んでいた。そんな彼女が迷いこんだ路地では、コンプレックスを持つ者たちが三回入り込んで願いを込めた時に変身することができるのだった。 『夜陰譚』
DVの被害者の実情をテーマにノンフィクションを執筆しようという女性ライターが、伝手を辿って出会った女性。一見普通に見えた彼女は、善意のまま女性ライターにつきまとうようになり……。『つぐない』
沼の中の草地に居てただ一匹、月を見上げている蟷螂。そのビジョンは昔から私の心のなかに住み着いていた。日常の生活のなか意識を喪った時、私はその世界へと飛ぶのだった。 『蟷螂の月』
夏の海で知り合った魅力的な男性は街で再会しても魅力的だった。そんな彼からの最初のプレゼントは、彼が海で拾ったという人魚の鱗なるものだった。その鱗は彼女に様々な幻影を見せつけ、彼女の心を揺さぶるようになる。 『贈り物』
和服を着て水商売に勤しむ女性。彼女が最初に和服に興味を持ったのは座敷牢に閉じ込められた彼女の叔母によるものだった。一見普通の彼女は実は色気狂いの状態で、少女だった彼女は叔母の行動に興味を示すようになる。 『和服継承』
デザイン業界に飛び込んだ敦子は、性格はいいが引っ込み思案の香津実の白い手に惚れ込み、業務上彼女を引き上げてゆく。その敦子に負けないくらいの成長ぶりを香津実は示すが、敦子が飛び出した海外から戻ってくると……。 『白い手』
かつては無名ながら舞台に上がっていた年老いた人物。取材に答えてかつての華やかな世界の裏側の人生が蘇る。歌舞伎界の名家の下働きに入った後、旦那そして若旦那の寵愛を受け、そして最後の舞台、引退……。 『桜湯道成寺』
インターネットで無農薬食材を扱う店舗を三人の部下を使って切り盛りする女性社長。潔癖性の彼女は精神的に張りつめていたが、ある雪の晩、彼女を癒す言葉をかけてくれる女性に出会い、倒れてしまう。 『雪音』
いわゆる美人の湯の深夜。互いに顔かたちが見えない状況のなかで交わされる三人の女性による本音の会話。そこには常日頃表に出せない彼女たち同志だけに通じ合う会話があった。 『美人の湯』 以上九編。

女性、しかも幻想や妄想の狭間にて、何かに取り憑かれた女性を描くに技巧が光り冴えわたる
いわゆるフェミニズムだとか、そういった女性に関する強い主張がそれぞれの作品にあるわけではないのに、この作品集に収録された作品からは、強く”女性”を感じさせる。 これは小生が男性であるからこそ余計に強くそう感じるのかもしれないが、例えば女性特有の美醜や体型といったコンプレックスひとつにしても「これは男にはちょっと思いつかないよなあ」という内容がきめこまかく書き込まれている。それも肩肘張った内容ではなく実に普通に読ませる文体なので、余計にその自然さが強調されているように感じられるのだ。『雪音』における独善的な女性社長の性格といい、『美人の湯』で交わされる会話といい、女性を単に男性が観察しているだけでは決して窺えることのない女性にしか表現できない場面や内面があり、その結果、作品そのものが持つ穏やかな怖さを静かに増幅している。
また、作品集には極端に幻想側に振れた『蟷螂の月』や、現実側に振れた『美人の湯』が混在しており、菅浩江という作家の一貫した恐怖に対する感覚以上に、そのバラエティに富んだ情景を描く才の方が強調されているようにみえる。現実の延長上のサスペンスである『つぐない』、現実のリアルさが幻想を引き立てる『夜陰譚』『贈り物』など、やはり手法としてもばらついていているが、それでも”女性”の内面描写の凄さがそれぞれ別のタイプの怖さを引き立ててゆく。 穏やかであってもじんわり染みてくるような怖さが、たまらなくイイのだ。
そのなかで特に触れておきたいのが『桜湯道成寺』。この作品は紛うことなき傑作。 桜という花が醸し出す独特の狂気と、登場人物の一人語りの狂気が入り交じって堪え忍ぶ日陰者の人生……という独特の美学を作り上げていたかと思うと、そこに終盤のどんでん返しがあり、物語全体の見え方を逆転させて更に狂気を突き上げてゆくカタルシスが味わえる。表層だけを読みとっただけではその技巧が過ぎてどんでん返しすら看過されてしまう可能性があるが、一字一句を丁寧に読み込めばその凄さがわかるはずだ。

徹底して怖さを追求した作品というよりも、菅浩江の自由な発想のなかでも特にダークサイド寄りの作品が集められているというような印象を受ける。本作収録の作品を俯瞰するに、やはり彼女もまた異形作家の名に相応しい実力を持つことをひしと感じさせてくれる。読みやすく、それでいて深い。小生が男性だから余計に感嘆しているものか、女性がこの作品集にどういった感想を持つのか微妙に気になったりもするところ。