MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


07/03/31
船戸与一「夜のオデッセイア」(徳間文庫'85)

冒険小説界の大御所・船戸与一氏は豊浦志朗名義でノンフィクションを発表後、'79年に『非合法員』を発表、注目を浴びる。その後海外を主な舞台とする冒険小説を多数刊行、'85年『山猫の夏』で日本冒険小説協会賞・第6回吉川英治新人文学賞を受賞、さらに'89年『伝説なき地』で日本推理作家協会賞を、'94年には『砂のクロニクル』にて第5回山本周五郎賞を受賞している。

新人王決定戦で敗れて以来、米国に流れ着いたライト級プロボクサーの”おれ”は、マネージャー兼トレーナーの野倉宗市と共にボクシングの試合でわざと敗けては金を貰う”注射”にて金を稼ぎ、ステーションワゴン”オデッセイア”で各地を流れて明日をも知れない暮らしを続けていた。彼らは八百長試合を見破ったブランデー・ジョー、ウィスキー・ジョーというプロレスラー二人組につきまとわれ、オデッセイアに彼らを同乗させることになってしまう。無頼を装う彼らも”おれ”と境遇の似て居場所のない元ヴェトナム戦争の兵士だった。ブルックリンに住むウィスキー・ジョーの叔母のところに転がり込み、そこで彼の従姉妹、さらにはその婚約者というアラブ人と巡り会ったことから、彼らの周囲には謀略の匂いがたち始める。”おれ”のかつての恋人・志垣直美、さらに彼女が育てる姉の子供ヒューイをNYで巻き込み、彼らはかつてパーレビ国王が米国内に遺したという莫大な埋蔵金を巡る争いへと突入してゆく。

ストレートにして変化球。謀略巡る世界を貫く骨太の純・冒険小説
”おれ”、野倉、直美、ヒューイに、ウィスキー・ジョーとブランデー・ジョー、そして後半から一向に加わる亡命キューバ人・ドミンゴ・マッテスを加えた七人が中心となって、米国中を一台の車を駆って走り回るというコンセプトに面白さがある。列車でも飛行機でもなく、ひたすらにステーションワゴンで移動するという趣きが、そのまま”米国”の断面を映し出しており、各所の特徴的な情景があたかも車窓を流れてゆくかの情感に満ちているのだ。
しかし、その道行きは謎に満ちている。マフィアにCIA、イスラム系の政治団体や、キューバ人、黒人暴動といった各種の過激な人々との交わりがアクセントになりながら(反面、各組織の関係性が複雑で、多少ごちゃごちゃしてしまっている印象もある)、彼らの夢(?)の大金を掘り当てるところまで突っ走ってゆく。その過程において騙し騙され、脅し脅されといったサスペンスやスリルが満載、暴力シーンからエロティックなシーンまでエンターテインメントの要素がこれでもかと詰め込まれている。とはいえ、物語に一本骨太の筋が通っており、まぎれはなしに一気に最後まで読める名作だ。
何よりも、この七人がそれぞれ人種性別ばらばらで、それぞれの人生に特異な背景があって物語途中途中で、彼らの人生風景が語られることによって、寄せ集めにしかみえない七人が少しずつ心を通わせてゆく過程が良い。 個人的には黒人の暴動と遭遇して吊し上げられかける二人のジョーを、混血の少年・ヒューイが言葉で救う場面が良かった。
ただ、その辛い人生そのままに、彼らそれぞれに独特の諦念みたいなものも漂っていて、それがまた山あり谷ありの物語が必要以上に浮き足立つことを押さえているように感じられた。

感情移入が進むがゆえに終盤の盛り上がりとそれに付随する何ともいえないやりきれなさがまた印象深い。ラストに登場するバスケットボール選手二人組というのがさりげなくもいい味を出している。すっきり読めて心に残る。そんな作品。


07/03/30
西尾維新「刀語 第四話 薄刀・針」(講談社BOX'07)

西尾維新の十二ヶ月連続刊行企画シリーズ大河ノベル「刀語」の『刀語 第三話 千刀・鍛』に続く第四話。ある程度の背景説明は前三話で終了したかと思いきや、まだ残る登場人物に意外な背景を付加してゆく……という物語展開上の意味とは別に、強烈なインパクトをある理由から感じさせられた。

真庭蝙蝠から絶刀・鉋、宇練銀閣から斬刀・鈍、さらには敦賀迷彩から千刀・鍛を入手した虚刀流七代目・鑢七花と奇策士とがめ。伝説の刀鍛冶・四季崎記紀が作った変体刀のうち完成形十二本のうち、三本目までを手に入れた彼らの名は、隠そうにも全国に急速に広まってゆく。途中、真庭忍軍とは別の公儀隠密より、薄刀・針を持ったまま幕府を裏切った日本最強の剣士・錆白兵が周防の地にいると知った二人は、当然のように足をその地に向ける。錆白兵の強さを慕う協力者も多く、果たして彼らのもとには錆からの果たし状が届く。最強の剣士と相まみえる場所は巌流島。果たして世紀の対決は実現するのか……。
一方、島は島でも不承島。七花とその姉、七実が育った島では当然のように病弱な七実が一人残って生活をしていた。戦いに際して係累というものが武器にも弱みにも成り得ることを知り尽くした真庭忍軍・虫組をたばねる真庭蟷螂、真庭蝶々、真庭蜜蜂の三名。彼らは十二本の刀集めのうち三本集めた七花を封じるべく七実を人質に取ろうと画策、しかも真庭蝶々の持つ特殊な能力をもって三人まとめて船を使わずに海を渡って島へとやってきた……。

なんというか、「西尾維新(含む講談社)にたばかられた!」という感想が一番相応しいかも
この『刀語』という物語の最初の最初から名前が登場、すでにその枕詞として日本最強が謳われ続け、奇策士とがめとも縁浅からぬ裏切り者にして孤高の剣士・錆白兵。あまりにも予想通りというか、それゆえにネタバレにもならないと思うので敢えて書くが、この第四巻の表題通りの刀が七花ととがめは戦いを通じて入手、さらにこの錆白兵は物語終盤においてこれまでの他の巻と同じく落命する。 もちろん、その戦いや落命の意味に変な意外性はなく(例えばバナナの皮で滑ってこけたとかさ)、奇策士であるとがめと、虚刀流当主である鑢七花の大活躍がその背景に普通に存在している。
。 それでも敢えて、本書はこれまでシリーズ三作を読んできた人にとっては意外性の固まりとなる作品となる。うーん、ただ、その理由を説明することこそが本書最大のネタバレになるように思うので、そこは触れまい。ただ一ついえるのは、実は錆白兵を倒した七花よりも、明らかに”上”にあたる存在がシリーズに登場してきたという事実だけだ。どうやら伝説の刀をもって七花ととがめの前に今後、強大な壁となって立ちふさがるであろうその人物。その紹介こそが本書のキモだということだけは言えるだろう。
本書においても訓練に訓練を重ね、肉体の改造も含めた修行の末に手に入った、風太郎忍法帖さながらの妙ちきりんな技がいくつも登場する。(ただ、これまでの少年マンガ等の流れまで含めて考えると、こういった能力に全くの新規性を持たせることはもう不可能なのではないかと改めて思う)。その戦いの光景ひとつひとつ、その技と技とのぶつかり合いのなかに細やかな意外性もあり、緊張感もあり、伏線もあり、メタ的なフラグまであって実に面白く読める。まあ、そういった”既にどこかに存在する”ガジェットを組み合わせながらも、全く独自のエンタメにしてしまうセンスは西尾維新の天性。そして安心感にも繋がるものだ。

ここまで来てシリーズ途中から参戦する方はまずいないと思うが。ただ、三冊目でパターンが近いとかそういう理由で四冊目に手を出さない人がいるとしたら。とりあえず言っとく。もったいない、これは読んどけ。理由は、この変な意外性をいろいろな人と共有したいから。


07/03/29
白峰良介「飛ぶ男、墜ちる女 広告クリエイター連続殺人」(講談社ノベルス'91)

最近では『新本格猛虎会の冒険』にも作品を寄せている白峰良介氏の初長編。有栖川有栖氏と非常に近しい同志社大学推理小説研究会所属で、会誌に発表した作品が新本格仕掛け人ともいえる宇山氏の目にとまってのデビューとなった。残念ながら現在のところ、単著は本書一冊のみとなっている。

水商売の女性の深夜の帰り道、ふと見上げるとマンションの屋上から「男」が飛び降りようとしているのが目に入る。そして男が跳躍した――。その現場に辿り着いた彼女が目撃したのは、飛び降りて死亡した「女」だった。警察の調べにより、その死んでいる女性は、人気イラストレーター・藤川弘美。彼女が残した鞄の中から「じぶん殺し。」というキャッチフレーズの新聞広告の切り抜きが発見された。そのコピーを作ったコピーライター・永瀬は警察の追及を受けるが、当然身にも心にも覚えがない。しかし弘美の親友でルームメイトの伊賀百合子から、永瀬の作った広告が彼女を殺したのだと詰られる。警察内部でも一旦は自殺として処理されかかっていたが、変わり者の刑事・日高がこの事件にきな臭いものを感じ取っており、捜査続行を主張する。百合子のことばに納得の行かない永瀬ではあったが、彼のもとには謎の人物からの脅迫状が届けられた。また、永瀬のチームが有力候補の一人としてノミネートsれているジャパンアドクリエイター賞の授賞式会場に百合子が現れ「オンナは逆から、オトコは反対へ。赤いシルシには裏がある――」と関係者に謎を掛けてゆく。そしてその直後、百合子は殺害されてしまい、あろうことか永瀬が発見者となってしまう。

広告業界の表裏を描きつつ、かっちりとした本格をその現実のなかに溶け込ませる――。
講談社ノベルス主導の”新本格”黎明期に、名伯楽・宇山日出臣氏の目にとまってデビューした作家の一人。ただ、既に綾辻行人らがデビューしていたこの分野において、白峰氏の作品はいささか異質な歯ごたえのある作品を発表している。その副題通りに広告業界のクリエイターたちが巻き込まれる、広告業界ならではの事件。その動機にしても真相にしても、商業主義に載せられた芸術家(コピーライターやイラストレーターといった横文字の職業人たち)ならではの特徴溢れる内容が特徴だ。発表当時の世相でもあるバブルな印象も確かにあるものの、それでもその業界内部事情や、そういった業界ならではの悩みや問題点を浮き彫りにすることに成功している。当時の新本格のムーブメントが、古典への回帰というか現実から遊離する方向性を持っていたのに対し、明らかに現実への立脚を目指そうという動きは珍しいのではないか。(ただ、著者がこの後に長編を発表していない点など、それこそ商業的に受け入れられたのかどうかは別問題になるのだが)。
そういった現実に立脚した物語背景にかかわらず(だから?)、ミステリとしては論理を重視するタイプの堅実な展開が良くも悪くも特徴になっている。ビルの屋上から飛び降りたのが男性と見えたのが落下した死体は女性だった……という冒頭のトリックは(確かに現実的ではあるものの)ちょっと肩透かしの印象。その意味では犯人にアリバイがありながら、被害者を焼死させるトリックも実際の可能性を重視した内容で、アイデアとしてはそう突飛なものではない。それよりもむしろ、限られた登場人物のなかで論理的に犯人が絞り込まれてゆく過程に、ロジック重視の本格派作家の片鱗を感じる。地味ではあるが、抜け道の少ないトリックとロジックを渋く楽しむべきなのだろう。

『本格ミステリクロニクル』入りしているなど、新本格初期の作品群を俯瞰する際には必ず取り上げられる作品でもある。とはいえ刊行されたのが十数年前でちょっとミステリとしては地味なため、文庫化されていないため、今となっては入手するのにちょっとだけ手間取ることになりそうだ。ただ、新本格の動きを知るうえでは外せない作品であることは確かなのではないか。堅実という言葉が良く似合う。


07/03/28
江坂 遊「仕掛け花火」(講談社ノベルス'92)

江坂氏は'80年、第2回講談社星新一選ショートショートコンテストにて本作にも収録されている「花火」が応募6,831編中の最優秀作品に選ばれてデビュー。その後はショートショートの実力者として『IN★POCKET』『ショートショートランド』などに作品を発表、本作が初の単行本となる。最近は『異形コレクション』のシリーズに積極的に寄稿するなどその存在感を再び発揮しつつある。

とある辺鄙な村・勝木村に傷一つなく辿り着いた余所者は今の村長になってから初めてなのだという。熊の毛皮を被った村一番の猟師・吾作に助けられたのだが、村では思わぬ歓待を受け、大根汁を御馳走になりながら、その人物は村長による村の縁起を聞かされる……。 『猫かつぎ』
会社には電話をするなと言いつけてあるのに妻から電話がかかってくる。しかし電話口に出るのはいつもの妻ではなくもっと若い女性の声だった。間違いかとは最初は思ったが、その甘い妻からの電話は毎日かかってくる。いつの間にか自分はその電話を心待ちするようになっていて、遂に外で食事をしようと誘い出す。 『ある日の妻』
たまごを売りに来た商売人のところにやって来た女の子。山盛りのたまごを買うという女の子の洗面器に一個一個たまごをそっと置く男は、一つのたまごを特別だという。それが何か知りたがる彼女に、男は「これは風のたまごなのだ」という。果たしてどんなものか知りたくて女の子はそのたまごをせがむが……。 『たまご売り』
等々、ショートショートばかりが集められた作品集。

T 猫かつぎ
『猫かつぎ』『臨時列車』『鏡の女』『マッチ棒』『かげ草』『月光酒盛り』『虹細工』『夜釣りをする女』『背中』『骨猫』『夢ねんど』『会議中』『占う天秤』
II 地下鉄御堂筋線
『ある日の妻』『新しい店』『夢の木』『耳飾り』『おかげさま』『我が家遠く』『踊る男』『棟梁』『眠りにつく前に』『箱娘』『冬の同居人』『開いた窓』『星の数ほど』『地下鉄御堂筋線』
III 花火
『たまご売り』『温かい椅子』『自転車』『月光剣』『あるお土産』『廃線区間』『二人のテレビ』『秋』『赤い街』『児童販売機』『ある夜のメニュー』『花火』
以上に、ノベルス版ながら星新一氏と阿刀田高氏による解説風エッセイ(エッセイ風解説?)がついている。

奇想の方向性すら読ませないことによる鮮烈な印象。ジャンルは多様にして純血種のショートショート群
江坂氏の作品はアンソロジーなどでこれまでも読んでいるはずなのだが、初期作品中心とはいえこのようにまとめられるとそのセンスというか才能に改めて感心する。その発想の豊かさというか、物語に選ばれる舞台の幅が非常に広いのだ。しかもそれらがショートショートの源泉ともいえるアイデアを伴っており、それぞれが短編でも長編でもなく、しっかりショートショートのツボを押さえているのが特徴に思える。また、そのアイデアののポケットからはミステリもSFもファンタジーもなんでも取り出されるようで、なんというか作者の才能がそのままショートショートにもっとも適しているようにみえる。
そのアイデアの幅広さゆえに先を全く読ませない面白さもある。ミステリと思えばSFに落とし、ファンタジーと思えばブラックユーモアに落とし、ホラーと思えば、そのままホラーで落とすなど、読者の予想を極端にではないながら”すっ”と外してゆく腕前が素晴らしい。ショートショートの祖・星新一風の作品、ミステリ風に展開してきちんとサプライズを付ける作品など、様々な読者がそれぞれ楽しめるように構成されている。
それぞれ内容を紹介した作品にあたるが、個人的にツボだったのは冒頭の『猫かつぎ』か。誰も訪れたことのないような僻地の村に訪れた人物が長老から村の縁起を聞く……という展開の主体と客体が逆転して、後を想像すると寒気のするようなラストが巧い。一転してSF風ながら『ある日の妻』という作品もなにかしらツボに入った。会社に電話してきた妻が別人で、いつの間にかその別人の美人が自分の妻になっているのだけれど、ラストで主人公が困惑する様がユーモアたっぷりに描かれている点、落とし方が巧い。ラストの面白さという点では「これが書きたかったのか!」と得心させられる『自転車』だとかも好きな作品。(個人的にはツボに入った作品の種類がさまざまであり、自分自身の感性にも驚いてみたり)。

ショートショート集につき、そういったさまざまなタイプがぎっしり詰まった作品集。読めば恐らく誰でもどれかツボに入る作品があるはず。そして創作におけるちょっとしたアイデアだけで、これだけ読者の心をつかめるものなのだということを分かりすぎるくらいに分からせてくれる作品群はやはり魅力。機会があれば是非読んでみていただきたい。


07/03/27
樋口有介「風少女」(創元推理文庫'07)

柚木草平シリーズ四冊が順調に復刊された創元推理文庫での、樋口有介復刊第五弾は、意外にも'88年『ぼくと、ぼくらの夏』によるデビュー翌々年に発表された長編第二作目にあたる本作。作者あとがきによれば、過去に文春文庫で刊行された際にはゲラを直すことが出来なかったとのことで、今回はこの初期の代表作は大幅に改稿されているのだという。第103回直木賞の候補作品にもなっている。

多少複雑な家庭環境に育ち、中学時代は不良と思われていた斎木亮は高校・大学で一浪ずつして、現在は都内の三流大学に通っている二十一歳。二人目の父親の葬儀のため、故郷の前橋に戻ってきたところ、中学時代に好意を寄せていた川村麗子の妹で、前橋女学院高校三年の川村千里に声を掛けられる。順調に進学していたはずの麗子は、最近前橋に戻って来てひとり暮らしをしていて、あろうことか彼女は自室の風呂場で頭を打って死亡してしまったのだという。初恋の彼女の死に何か彼女に相応しくないものを感じる二人。特に千里は以前から亮のことを見知っていたといい、麗子の死について解き明かしたいのだと頼み込む。六年ぶりに戻ってきた故郷には麗子だけではなく、中学時代とは境遇も状況も変化してしまった友人たちがいた。中学時代トップの頭脳を誇っていた氏家は三度の東大受験に失敗して、今や女たらしのスナックマスター。その氏家とともに優等生だった桑原智世は看護婦となり桑原と同棲中。亮と一緒に不良で鳴らした亀橋は自動車修理屋の二代目として修業中。また同じく優秀だった竹内もまた東京の大学から戻ってきており、麗子と交際していたのだと亮に強い調子で説明を開始する。家は家で血の繋がらない母親・姉・妹といろいろと話をしながら、亮は徐々に真相へと近づいてゆく……。

樋口有介恋愛小説の原点にしてこの自然で美しい話運び。絶妙たる青春ミステリ、そして傑作
読んでいるあいだに「あ」と気付いたことが法月綸太郎氏による解説に全て(それよりも遙かに充実したかたちで)詳述されていた……。とりあえずその点に触れておくと、主人公・斎木亮を取り囲む人間関係がその後のシリーズ作品とよく似ていることだ。要は彼の母親から姉、妹に至るまで美女でいわゆる”いい女”揃い。それでいてそのなかで自然に暮らす主人公の立ち位置が良い。また、共に探偵活動をするヒロイン(本来のヒロインは亡くなっている彼女の姉かもしれないが)川村千里の描写がまたそれ以降のヒロインたちの造形ともまた重なる。彼女たちと主人公のやり取りのなかに特有のユーモアが溢れているのもまた共通の特徴だといえるだろう。
とりあえずこの作品、読まれた方ならばお判りの通り、青春ミステリの傑作という点に関して異論はないはずだ。特に青春ミステリの傑作群が共通して持っている特徴、即ちその時代の甘みよりも苦みが強調された内容がイイ。思うに主人公の二度の浪人生活、そして上京という同級生とは微妙とは外れた六年間を送り、その六年間に他の人々が変化している現在、”切り口”として直面する。このかつての仲間が、以前の主人公の持つイメージとは全く異なった人間になってしまっているというテーマがポイント。もっと年齢層の上の主人公を配して同様の内容が描かれるとハードボイルド系統の作品になりそうなものが、これが大学生世代とすることで青春ミステリとなってしまう不思議。あえて登場人物の年代位相をずらすことで本作がハードボイルドの水準作から青春ミステリの傑作となったともいえるような気がする。
もうひとつ、川村麗子の死の真相。事件そのものにはちょっと実は無理があるように思わないのでもないが、この犯人捜しの行き着くところ(犯人の犯したミス)にもまた、青春ミステリ特有の苦みが込められている。さらに動機にしても他人からみればそんなことで……と思えるようなところに一途な思い込みが入るところにまた一段深い苦みがある。そのせいか、ラストの多少明るめの先行きが予感される場面に救いがあり、また一段と物語の印象を深めてくれるのも特徴だ。

今回二度目の文庫化で、物語の舞台となる年代そのものは十数年前そのままで、時代性そのものまでは改稿によって取り払われていない。携帯電話もインターネットもない時代のミステリ。ただ物語そのものが持つ胸を打つような静かな情感は恐らく永遠に変わらないと思う。青春ミステリ系統がお好きな方はぜひ手にとって欲しい。一度手に取れば、樋口有介のファンになってしまうことはたぶん間違いないことだし。


07/03/26
海堂 尊「ナイチンゲールの沈黙」(宝島社'06)

第4回『このミス』大賞受賞作にして25万部以上を販売した『チーム・バチスタの栄光』。本書は著者にとって二冊目の長編にあたり、前作同様、グチ外来の万年講師”田口”とロジカルモンスター”白鳥”が登場するシリーズ続編。

東城大学医学部附属病院の小児科病棟の看護師・浜田小夜は病院の忘年会の余興大会で『アヴェ・マリア』をアカペラで歌いあげ(さらには『しょじょじのタヌキ囃子』も)全員納得の最優秀賞を獲得する。そのまま同僚の如月翔子に強引に連れ出された小夜。二人は夜の街で長身の男にシークレットライブに招待される。歌手は白銀の迦陵頻伽・水落冴子、不死鳥の歌姫。小夜は彼女の歌声に魅了されると同時に心が奪われ突然叫び声を上げてしまう。その男・城崎によって舞台に呼ばれた小夜は舞台上で歌う。しかし今度は水落冴子が突然血を吐いて倒れてしまう。翔子と小夜の機転により彼女は附属病院に緊急入院することになり、なんと主治医に指名されたのは「チーム・バチスタ」の事件から九ヶ月、不定愁訴外来、通称”グチ外来”にてのんびり過ごしていた田口だった。さらに田口は、眼の病気で眼球を摘出しなければ命が危ない子供たちの心理的なケアを病院長を通じて依頼され、小夜の担当でもある大人びた中学生・瑞人と、まだテレビのヒーローものに夢中な五歳のアツシと話をするようになる。二人のうち特に瑞人の父親に問題があり、手術の許可が取れないことに小夜は焦りを感じていた。

各種強烈キャラクタ群にファンタジックな設定と組織小説の妙味がプラス。どっぷり濃いエンタに進化
前作とも幾人かの登場人物が被る序盤、展開が急テンポで物語展開についていけないような印象があった――が、いつの間にかそのテンポの方に読者のこちら側が慣れてしまい、そのまま最後まで読み通すことになった。結局、たたみかけるような各種エピソードが一冊にまとめられるにはこうしかなかったということか。
そしてそのエンタメ性は前作以上。”ロジカル・モンスター”田口は中盤以降に物語に合流してくるが、彼の存在に頼らなくとも、医療エンターテインメントとしてきっちり物語が成立しているのだ。つまり、前作を掻き回した、あの強烈キャラクタさえ物語上ではプラスαの要因でしかなく、それでいてしっかり面白さ、わくわくどきどき感をキープしているのが本作の凄さである。もちろん、個々のキャラクタの性格付けや背景もしっかりとしている。ものぐさ師長の猫田、事実上グチ外来を仕切る老看護師・藤原、組織を動かすのに長けた医院長・高階、噂好きの兵藤、自己中心的世代を体現する内田医師など病院サイドはもちろん、本作での事実上の主人公・浜田小夜、歌姫・水落冴子とそのマネージャー城崎、さらには捜査側として警視庁キャリアの加納、さらに彼に振り回される所轄署の玉村といった面々それぞれが活き活きとその特徴をもって動き回る。これだけ多数の登場人物がいながら、読んでいて混乱させない作者の力量も素晴らしい。さらには多少(かなり)誇張されているとはいえ、彼らの存在感がそれほど現実感と遊離していないのもポイントだ。
ミステリとして、入院患者の牧村瑞人の父親が不審な死を遂げた事件が後半部に挿入される。しかも内臓が部屋に播き散らかされるという猟奇事件。だがその事件そのものに込められた謎以上に、登場人物たちが”この先どうなるどうする?”といった興味の方が深いところがちょっと皮肉。いや、もちろん事件そのものにも深い謎があり、きちんと手掛かりなりヒントは作品内にあるにもかかわらず、謎解きだけで読者を吸引する話ではないということが言いたいのだ。
あと、例えば最初に水落冴子が病院に運び込まれるくだりもそうなのだけれど、大きな組織をいかに個人が活用し、自らの意に沿うよう動かしてゆくかというテーマを個人的に面白く感じた。個人が自分の居場所を確保するため、自分のやりたいことをやりたいように進めるため、彼らは様々な駆け引きを上司や他の部門と行っている。そのあたりの組織人としての意地や正義といったところ、このあたりの演出が本作をどたばたでありながら大人も楽しめるエンターテインメントの地位に留めている理由の一つではないかと考えるのだ。

あれほど大々的に刊行されたデビュー作品の出来が良く、実力を疑っていたわけではないのだが、二作目にして期待を大きく上回る水準の作品に達している点に正直驚いた。医療という万人に縁がある舞台の裏事情を描くだけでなく、様々な要素を組み入れて総合的に演出することに長けた作家であることを再認識。三作目も刊行されたところだし、これは続きを読まねば。少なくともそういう気になる。


07/03/25
皆川博子「顔師・連太郎と五つの謎」(中央公論社'89)

一九八九年『別冊婦人公論』誌の春号〜冬号に発表された四つの作品に、『小説新潮7月臨時増刊』が最後に加わって連作となった「顔師・連太郎」の連作シリーズがまとめられた単行本。現在のところこの単行本のみしかないが、皆川博子さんらしい作品も多く、これは文庫にするには狙い目だと思うのだけれどなあ。

日本舞踊の踊り手の舞台化粧を仕上げる特殊な職業・顔師。都内に十数人しかいない職人だ。綱木連太郎は中学卒業後、邦舞の袖崎流に入門した縁から、袖崎流の次代家元の呼び声も高い松本鴻輔とは親友の間柄にある。その鴻輔から、金沢で元教え子が温習会を行うので、その顔作りを手伝って欲しいという依頼を受ける。複雑な境遇にあるその小学生の娘一人の顔つくりに専念して欲しいというのが先方の要望だった。しかし上演直前にその彼女が失踪、父親の弟で加賀友禅の職人の家の元座敷牢の一室で死体となって発見された。 『春怨』
三年前に亡くなった松本鴻輔の異母妹が愛読していた詩の雑誌。その常連投稿者に縁があり、鴻輔は三河湾に面した小さな街の祭に出向く。墓鬼を名乗る水沢奈木は既に亡くなっており、代理の者が鴻輔に手紙を送ったらしい。その祭では男たちが手筒で抱えた花火やからくり人形が使われた山車が名物。しかし鴻輔の訪れた夜、花火の事故が起こって若い教諭が亡くなる事故が発生した。翌年も届いた招待状、鴻輔と連太郎は再び祭へと赴く。 『笛を吹く墓鬼』
鴻輔から事情のある海外旅行プランを譲り受けた連太郎はウィーンへと来ていた。パックツアーとは別の現地ガイド・高野敬子の案内で観光地を巡る連太郎。更にパックの人々と合流しあまり観光客の訪れない古城を訪れた時、ツアー客の一人が殺害あれ、一人が失踪する事件が発生した。 『ブランデーは血の香り』
鴻輔は所属する袖崎会を脱し、独自の流派を形成する。しかしそのお披露目の会で何者かの陰謀の結果、大失敗をしてしまい窮地に陥る。睡眠薬がその直前に仕込まれていたらしい。犯人捜しが行われるなか、鴻輔は自死を遂げてしまい、親友の連太郎は愕然となる……。 『牡丹燦乱』
鴻輔亡き後の袖崎流。その襲名披露会が行われる。知り合いの顔師に手伝いを依頼され、連太郎は断るが結局会に出向くことになる。その喧噪のなか、『今様須磨』の村雨の役の女性が二人現れ、衣装を着てどこかへ去ってしまう。会に恨みを持つ者の悪質な悪戯かと思われたが、袖崎流の有力者が控え室で殺害されているのが発見された。 『消えた村雨』 以上五編。

舞踊の妙技に西欧の神秘、さらにはミステリアスな恋愛模様。皆川さんの”らしさ”が凝縮された好連作集
近年の皆川博子さんの長編作品のイメージでは西欧の歴史のなかで生きる人間模様を描く作品が多いように思うが、この時期、80年代から90年代は時代ものや幻想小説を中心に発表していた。本作品はそれらと近しいようで微妙に一線を画している。伝統芸能、すなわち”芸”の世界とミステリを絡めた現代作品で、かつ途中に変奏曲的に海外が舞台の作品もあるということで、その取り入れられている趣向の多様さ、そしてそのセレクトは、現在振り返ってみての”皆川さんらしさ”を凝縮しているかのようにみえるのだ。
ミステリの意味では心理的なトリックが多い。ただ、その心理のベースに伝統芸能ならではの人の考え方が仕込まれていてもとからの世界観に相応しい。 その恋愛における心理の綾を演出する際の筆の細やかさは特筆に値しよう。男女の絆があまりにも強すぎ、そこから醸し出される雰囲気は妖しささえ伴う。 このあたりの巧さ、華麗さは皆川作品ならではの大きな魅力だ。ミステリの謎とそれらのさまざまなかたちの恋愛がしっとりと溶け合い、独自の世界観を形成している。うまいとしかいいようがない。
あと、冒頭の事件を覗けば、連太郎の推理は彼が最初の事件で邂逅する古い人形・五郎とのやり取りから進んでゆく。実際は連太郎本人の目で捉えた事象が改めて人形の口を借りて推敲されるという仕掛け。他の情感に埋もれてしまい、この仕掛け自体がうまく機能しているとはいえないながら、恐らくは繊細な感情を持つ連太郎を探偵役に配しワトソン役がいない本作をミステリらしくするための手法か。後の他の作家によるミステリにも同種の方法を使用しているものがあるが、これを皆川さんが早い段階で活用していた点もまた興味深い。

現段階では文庫化されていないこともあって有名な作品だとはいえないながら、皆川ミステリに痺れる方々にはぜひ読んでいただきたい作品である。燃えたぎり溶け合うような様々な”情”、それがミステリの形式を通じて強調されている。やはり皆川世界は深い。


07/03/24
青柳友子「ミスティ・ガール紅子 カフェバー「クロ」の殺人調書」(角川文庫'87)

青柳友子さんは、1939年生まれでもともとは純文学畑の作家。桐村杏子名義でのジュニア小説発表の後、一般向け作品の刊行を開始、『完全犯罪の女』で注目を集め、『あなたの知らないあなたの部屋』は第42回日本推理作家協会賞となった。ユーモアタッチのミステリである「ミスティ・ガール紅子」のシリーズは青柳さんの作品のなかでも人気を集めており、『消えた家』から都合七冊が刊行されたようだ。

経営者でありながら常連客としてカフェバー「クロ」に毎晩顔を出す平岡紅子。彼女を慕うバーテンのノブオの前で、酔っ払ったオカマのミツルが突然死亡した。死因は青酸中毒でノブオが差し出した水を飲んで苦しみだしたため、ノブオが疑われるが、ミツルの連れの杉崎という男が現場から逃げ出していた。さらに紅子の友人もまた不可解な状況で同じ方法で死亡して……。 『カフェバー「クロ」の殺人調書』
紅子に気があるブティック経営者・ロボット三沢。彼のところを訪ねた紅子は三沢が大理石の花瓶で撲殺されているのを発見する。急成長した三沢には女性関係を巡る問題が多数あったようなのだが……。 『原宿ブティックの殺人』
会員制のスポーツクラブの女性控え室で、自動車販売会社の社長夫人が刺殺されているのを紅子が発見する。彼女はインストラクターの一人と懇ろになっており、夫がその会社で勤務する別の女性の行動がどうも怪しいのだが……。 『血のペーパーナイフ』
紅子がふらりとやって来た熱海の温泉旅館。露天風呂に入っていたところ、彼女の着ていた服が無くなっていた。下着は無事で残された浴衣で部屋に戻った紅子は、男から逃げだそうとしているという若い女性が部屋にいたことに気付く。 『露天風呂の泥棒』
作詞家の女性とタレントプロモーション会社の若社長の不倫。その二人による激しい喧嘩が「クロ」店内で繰り広げられる。その女性の方の死体が自室で発見され、その彼女の妹が所有する物件が経営者・平岡ハルのところに持ち込まれ……。 『怒りの女』 以上五編。

バブル前夜の時代性を色濃く織り込んだ、まだ未成熟の軽妙と洒脱、か。
カフェバー、原宿ブティック、ハウスマヌカン、ディスコ、会員制スポーツクラブ。何というか作品が発表された80年代後期のバブル期端緒の先端風俗が作品に数多く取り込まれている。「ナウい」といった言葉も普通に利用されており、確かに金があるものが楽しく夜を過ごす――といったバブル当時の空気や感覚が作品全体に色濃く反映された作品が多い。そんな時代の潮流に乗って洒落たスポットにて活躍する紅子の姿は、確かに当時はお洒落で格好良かったのかもしれない……、が、今読むと若干痛い印象がある。(仕方ないか……)。青柳さんは小泉喜美子を敬愛していたというし、その影響も確かにあるのだけれど風俗の作品への取り入れ方のスタンスに大きな差があるようにみえる。
ただ――ミステリの試みとしては非常にユニーク。特に「夜は娼婦風の遊び人」「昼は女性実業家」の顔を使い分ける主人公の平岡紅子の造形が際だっており、夜は二十代、昼は四十代といった”見た目”を使い分け、事実上の二人一役を演じて探偵活動に励むという設定は実に面白い。また、これと決めた容疑者に対して文字通り身体でぶつかり、ベッドインする直前のトークで証言を引き出そうという離れ業が数多く使われている。ただ、この点は健全な女性の欲求が素直に描かれている点と、危機一髪彼女の危機を助けてくれる「クロ」のバーテン兼店長・ノブオの存在が、いわゆる”いやらしさ”を和らげているように感じられた。
事件そのものは関係者の犯罪計画からスタートしているものが多く、その過程では本格にみられる小技も駆使されているものの、全体として本格にむけての強い方向性は感じられなかった。ただ、恐らくワトソン役が事実上いないせいで事件の整理が読者に対してもあまり親切ではないため余計にそう思わされるのかもしれない。二人一役の探偵という部分を活かし、さらにユーモア精神を保った結果、どうしてもミステリとしては水準を保ちにくくなっているのかもしれない。そんななか、執拗に本書で取り上げられている風俗とは全く無関係、露天風呂のある旅館で発生する小事件を描いたボーナストラック(?)『露天風呂の泥棒』は、現代でもそのまま通用するようなオチが楽しい。

この一冊だけでは、もう少し読んでみたい――と思わせるような特別な魅力は感じにくいように思えたが(面白くなかったという意味ではない)、本シリーズ自体が青柳さんの本来の作風とは実は異なるという話もあり、もう少し読み進めてから小生との相性を検討したい。


07/03/23
清涼院流水「パーフェクト・ワールド What a perfect world! Boook.3 Three Cheers〔万歳三唱〕」(講談社BOX'07)

三月頭、『刀語』と共に順調に三冊目が刊行された「12ヶ月連続刊行企画」。清涼院流水氏による三冊目が本書。シリーズ共通となっている通りテーマは英語と京都、そして運命。特に運命のところが少しずつ動き出してきたかな。

子供の頃の事故で脚の不自由な二十歳の青年・一角英数〈エース〉は、父親から習った〈キャナスピーク〉を駆使して、米国からの留学生で一年間での日本語習得に意欲を燃やすレイとの交流を深めてゆく。消えた父親を捜すレイの手掛かりはただ一つ、京都の観光地に現れる「ワンネス」という言葉。2月25日、北野天満宮にて行われる梅花祭にて、梅吉という芸妓さんから手掛かりを受け取ったのだ。しばしばエースたちと遭遇しているクローバと名乗る老婆からの頼み事ということで、彼女が渡してきたのは千手観音の切り絵だった。梅吉によれば、クローバは神出鬼没の占い師、しかも「絶対に外れない」のだという。千手観音をキーワードに再び「ワンネス」捜しに観光名所を訪れるエースとレイ。彼らは三十三間堂でエースが心のなかで慕っている花屋のお姉さんと偶然に出会う。彼女の名前は蓮庭春華。しかし彼女は最近花屋にも出ず、どうやらエースのことを避けているらしい。母親の力もあり蓮庭一家とは親しくなる一角家。そしてその春華が失踪したとの情報が入ってきた。彼女と再会することはクローバにより予言されたのだが……。

英語の学習は引き続き好調。京都は観光名所巡り中、そして運命の物語は着々と進展
引き続きキャナスピークは絶好調。英語表現をネイティブの発音通りにカタカナで表してゆくこのやり方、たぶん日本人の英語の苦手意識を取り払うだけの力を持っているように思われる。繰り返すことでカタカナで喋っているにもかかわらず、パターンが頭のなかに入ってくる感じ。また、英語学習のうえで気に入ったのは、例えば曜日の表現や月の単語にしても「無理して覚えようとしないこと」が重要という点もユニーク。確かに実際の会話上では変な覚え方などしない方が良いに決まっている。それでも無理に覚えようというのはテスト英語の弊害ですね。
さて、京都はパスして物語。(残念ながら写真等で紹介されているものの、京都自体の紹介はあまりうまくいっていないように感じられる。恐らく理由は写真が白黒になり寺社の特徴が見えにくいこと、それぞれの寺社の差異を活字で表現するのが難しいことなどか)。だからやはり三つの本書テーマのうち「運命」の方。本書に至って、こちらがようやく動き始めた印象。主人公・エースに物語上もっとも身近にいるレイが、酔っ払うことによって(アルコールを口にすることによって)突然人格が変化する様子が登場。彼にまつわる秘密が急速にピックアップされてゆく。またエースの運命の女性となるであろう蓮庭春華(花屋のお姉さんがようやく固有名詞を今回得たわけだ)も、徐々に彼女の持つ運命がピックアップされてゆく。彼女がこの巻の最後にエースに投げかける告白は、かなりショッキングであり、恐らくは次巻でのエースはかなり暗い気分から物語をスタートさせることが予想される。

とはいえ、流水流のめちゃくちゃな展開にもなっておらず小説としてはまだまだ序盤か。(一方で英語学習のテキストとしては既に中盤のようにも思われる……)。 もう少し分かりやすいかたちで主人公やその周辺人物に関して、そろそろ何か波乱があってもいいような……といった不謹慎な気持ちになる三冊目。


07/03/22
星乃彗理「蟹座の兇劇 殺戮の紅い雨が降る」(トクマノベルズ'94)

若桜木虔氏と矢島誠氏による合作・星乃彗理。十二ヶ月連続刊行(予定)だったシリーズ、『もうひとつ死体が残った』に続くシリーズ四冊目にあたる。順番から考えて、本作は若桜木氏の担当分と思われる。(題名の付け方がこの作品から微妙に変化している印象)。

中堅ミステリ作家・若狭憲一郎が母校である東大の三四郎池のそばで死体となって発見された。若狭は長編書き下ろしのためにホテルにて缶詰になる建前だったが、愛人でもある女性編集者が訪れた時には既に姿が見えなくなっていた。その遺体はなぜかスポーツウェア姿で首にロープがかけられ、木の枝を通されたその反対側には金魚鉢が結びつけられているという珍妙な状態。さらにその死因がなんと凍死なのだと解剖の結果判明した。若狭には作家業とは別に東大卓球部で監督業を熱心に行っていた過去があり、弟子の和田やその卓球部で先輩の木瀬らとのあいだに葛藤があったことが捜査の結果浮かび上がる。一方、恋人・魚住の冤罪を晴らそうと一連の兇劇を調べている女性検事・早乙女蘭も友人を通じてこの事件を知る。以前に魚住が入手したメモのなかにある”カニエイイチロウ”と若狭憲一郎の本名、可児英一郎と同じである点、さらに若狭がホテルに残したメモに都内の印刷会社への電話番号とともに牡羊座などの星座の名前書き記されていた点などから、この事件が一連の兇劇と関連があるに違いないと睨み、独自の調査を開始した。

実現性はとにかくとしつつも、相当にトリッキーな物理・アリバイトリックあり。印象に残る
最初の殺人事件における推理作家の死に方が凄まじい。首にロープをかけられ、その反対側には金魚鉢、しかも死因は縊死ではなく凍死というとんでもない方法だ。もう少し効率的な方法があるだろうとか、ロープ付き金魚鉢を入れてしかも数十kgのの氷をどこでどうやって作るんだとかさらにそれをどうやって現場に持ち込むんだとか、数々の疑念は湧くが根本的な発想部分がユニークで(そして被害者には残酷で)印象的だ。本書でのトリックはそれだけではなく、もう一点、被害者を恨んでいると思しき犯人は中盤から特定されるのだが、その人物には事件当時海外に行っていたという鉄壁のアリバイが。そのアリバイを形成して日本で殺人を実行するトリックがまた凝っていて面白い。(ある僥倖というか、偶然というかがないと誰でも実現ができるというものではないのだが) そのトリックそのものが、被害者がある場所から消え失せたかのようにいなくなったことと繋がっている点もミステリとしては興味深いところである。そういう意味では過去三作と比べても、ミステリという意味では最も出来が良い。(いや確かに隅々まで目配りができているという意味ではアレですが、投入されているアイデアの量は相当なものであることは事実)。
また、恒例となっている勘違いエリート警部の洞沢クンが早乙女蘭に翻弄されるシーンが今回は微妙に物足りないかも。いや確かにそういう場面はあるのだけれど、今回は謎解きの部分に物語が集中してしまっていて彼が活躍(暗躍)する場面が少ないのがちょっと残念。(但し、洞沢の活躍を期待するのは物語の本筋とは異なるので注意!)

探偵役の魚住が神のごとき名推理を披露する点(ほとんどヒントも無しにぴたりぴたりと犯行の方法を言い当ててしまう)や、魚住の近辺にいる女性が彼に特別な好意を持つあたりもお約束。実際、本書ではあまり全体を通じての謎は解かれず、むしろ最後に真犯人が何者かに殺されることから独特のサスペンスが盛り上がっている。このシリーズが完結していないことを改めて残念に感じた。あと二冊。


07/03/21
芦辺 拓「からくり灯籠 五瓶劇場」(原書房'07)

少々不思議な成り立ちを経て刊行された単行本。収録作のうちラストに位置する『戯場国邪神封陣』は'02年に創元推理文庫で刊行されたアンソロジー『秘神界・歴史編』にて発表された作品。冒頭の『けいせい伝奇城』は『秘神界』と同じく朝松健氏と、えとう乱星氏の共編になる『伝奇城』にて発表された作品。残り二つは書き下ろし――なのだが、実際は二十年前、芦辺氏が作家デビューする前の習作・応募作として原型が出来ていたものなのだという。即ち単行本として並木五瓶は、”初見得”なのだが、作者のなかでは既に二十年以上にわたって存在していたシリーズだということだ。

駆け出しの狂言作者・並木五八。浜芝居で作者を務める彼は、十七年長の並木正三の歌舞伎作者による奇想溢れる芝居を見、あまりの差にショックを受けて深夜、大坂の街を彷徨っていた。その彼が漆黒の闇のなか相まみえたのは歌舞伎役者の格好をした集団。五八は彼らの奇妙な眼をしていることに気付くが直後に気を喪わされる。果たしてその奇妙な出来事の背景とは……? 『けいせい伝奇城』
芝居に実際の馬を使うという奇妙な趣向を凝らすが失敗した並木五瓶。その失敗にも関わらず名優・嵐雛助から引き続き本を依頼され五瓶は挽回を図る。曾根崎の五人切り事件を手本にしようと考えていたところ、若い女性が彼のもとを訪ねてきた。これから心中する自分を芝居の題材にして欲しいのだという。 『五瓶力謎緘(ごへいのちからなぞのふうじめ)』
大坂を飛び出し、芝居の本場の江戸へと出てきた並木五瓶。厚遇されながらも江戸っ子の芝居好きからの受けが悪く、特に初の作品は大失敗してしまう。そんな彼が江戸へ来て興味を持ったのは写楽という人物が描いた役者絵であった。その役者絵にはどうも秘密の匂いがする。五瓶と、同じく作者仲間の勝俵蔵はその絵を届けてくれた人物を追うが……。 『花都写楽貌(はなのみやこしゃらくのすがお)』
『作者は軍師』。世話狂言で当たりを飛ばし、大坂流の理知と合理主義を江戸歌舞伎に持ち込んだ大作者・並木五瓶、そしてもう一人売り出し中の作者・勝俵蔵。今回の芝居の前に戦いを前にしたような会話を交わした。その頃、江戸の芝居では不思議で、かつ兇悪な怪異現象が頻発しており、二人はその怪異に芝居をもって戦いを挑もうとしていたのだ……。 『戯場国邪神封陣(かぶきのくにクトゥルーたいじ)』 以上、四中編。

小説家・芦辺拓としての新たな地平。各種の趣向と物語とが融合して一歩進んだエンターテインメントへ
一般的には、芦辺拓といえば”本格ミステリ”作家たちのなかでも某氏らと並び保守本流のど真ん中にいる……といったイメージが大きく存在しているように思う。ただ、近年の芦辺氏が打ち出す作品群を少し離れた立場で眺めるに、少しずつではあるがその従来より考えられている”立ち位置”から脱却しつつあるように見える。その傍証のひとつは、発表順でいえば前作にあたる『探偵と怪人のいるホテル』。これまでの芦辺作品のうち幻想・ホラー小説の系譜にあたる作品をまとめた作品集。近作ばかりではないが、その収録作の高い水準には唸らされた。そこからも分かる通り、SFやホラーテイストの作品であっても、本格ミステリのそれに負けず劣らず芦辺氏の筆は冴えており、そのテーマによって奇想天外な趣向を凝らした作品を芦辺氏は発表してきている。その一冊ばかりで芦辺氏が本格ミステリから脱したと論ずるのはもちろん早計ながら、初の時代小説集である本書を読むに改めてその感を強くした。少なくとも別の方向性が確実に勃興しつつあることは間違いない。

本作、歌舞伎作者の並木五瓶を主人公とした時代小説であり、幻想ミステリあり怪奇譚ありの”時代”総合エンターテインメント作品集となっている。中編四編、それぞれ作品内に込められた”趣向”(テーマ)と”物語性”が強く打ち出されているのが特徴だ。これまでの作品においても、もちろん捕物帖の『殺しはエレキテル』にしても、(ついでに幾多のパスティーシュにしても)史実や歴史上の人物をしばしば自らの”物語”に取り入れてきた作者ではあるが、本作は更に現実の歴史に寄った作品となっている。活き活きと活躍する登場人物のほとんどが、実は歴史を紐解けば実在した人々であり、正確に再現された芝居小屋や当時に風俗と合わさって歴史小説特有の臨場感が演出されている。
確かに本書収録作品には、本格ミステリのテイストを取り込んでいる作品があり、従来通りこの点から評価することも可能だろう。ただ、それ以上にそれぞれに異なる趣向が凝らされている。当時の芝居作者の心意気だとか、写楽の正体捜し、クトゥルーと江戸時代との普通は不可能と思われる融合、歴史秘話――といったあたり、プラスアルファの”趣向”がより強調されているように思うのだ。もともと”物語”の持つ魅力を引き出そうとする方向性はこれまでの芦辺作品にも感じられたのだが、その”物語”は、”趣向”が得られることによって更に活き活きとした”もうひとつ上の物語”へと変化をしてゆく。
もしかするとこれまでの作品でみられる、名探偵の活躍という本格ミステリの重要な要素すら――作者の”趣向”の一部でしかなかったのかもしれない。芦辺氏が面白いと思うこと、すなわちその趣向の方向性がこれまでたまたま本格ミステリに向いていたのであり、今後の方向性がそこから変化することは本書などからして十二分に考えられる。例えば名探偵と悪人との対決、危地に陥るヒロインといった、かつての探偵小説の面白みを構成していた”趣向”がこれまで芦辺作品にはあった。そのことが本格ミステリファンを喜ばせていたのは事実ながら、それでもまた着々と、芦辺作品の羅針盤が変化しつつある兆を感じるのだ。

本書だからということではないが、それこそ「現代の戯作者」が、本格ミステリ作家ではない「小説家」・芦辺拓の方向性として確としてあるようにみえる。これから時間が経過して、今後刊行されてくるであろう芦辺作品群を眺めた時に、『探偵と怪人のいるホテル』、そして本書が一つのターニングポイントとして語られるかもしれない。そんな予感を覚えた。