MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


07/04/30
黒 史郎「夜は一緒に散歩しよ」(メディアファクトリー'07)

『ダ・ヴィンチ』『幽』のメディアファクトリーの雑誌二誌が主催した第一回『幽』怪談文学賞の長編賞受賞作品。黒氏は一九七四年東京生まれ。オリジナルアニメDVD『カクレンボ』で原案と脚本を担当されている。

〈闇商人〉シリーズが人気の職業作家・横田タクロヲ、本名・横田卓郎。彼の作品のイラストを担当していた妻の三沙子とのあいだに千秋という幼稚園に通う娘がいた。三沙子が突然亡くなって、一年も経たない頃からその千秋が奇妙な絵を描き始める。四つん這いの「仮面ライダー」「さらさらバッタ」「黒い玄関」。十二色の色鉛筆を半円に並べ、千秋は恐るべき集中力で絵を描いている。その絵には子供らしさが一切無く、むしろ何か禍々しい異形のものが描かれている。また千秋は人が集まる場所をあまり好まず、人気のない林道や寂れた神社などを好み、そこで絵を描いている。後で気付けばそこは自殺の名所だったような場所だ。三沙子の一周忌に墓参りに行った時など、千秋は興奮しまくっていた。そしていつしか千秋の描く絵は「青い顔の女」ばかりになっていった。千秋はその「青い顔の女」をママと呼び、その絵は千秋の周囲の人々の夢に登場するようになってくるのだが……。さらに千秋はいつしか夜の十一時になると散歩に出掛けようというようになる。夜の散歩。行く先は卓郎の住む街を流れる暗い川。この散歩に千秋は奇妙なほどに執着する。

全体の筋書きよりも細部にこだわったエピソードの”嫌さ”がたまらない。ホラーテイスト濃厚な、でも”怪談”
妻を亡くした作家の娘が徐々に奇行に走り出し、濃密な何かが家に存在し、彼ら親子に関わる者たちに災いをもたらしてゆく――というストーリー展開は、怪談というよりホラーのそれ。 作家とその娘の周囲で発生する、一本筋が通ったような通っていないような怪異が、終盤以降にその原因となったある人物が登場することによって、その現象の源が突き止められてゆく。妻の知られざる姿、そしてその妻と関わっていたある人物。その人物描写も強烈であり、後半部はその人物の残したという”芸術”、そのインパクトに目が奪われてしまう。(ただ、序盤の伏線との絡みが薄く、その存在感と比して全体としては唐突感も否めないか)。
ただ――この全体を通じての”嫌さ”加減は、子供に怪を押しつけていることや、善意であろうとなんだろうと関わる者すべてに災厄が訪れる理不尽さや、「青い顔の女」のとらえどころのなさ……といったところ全てから発されている。ただ、個人的に最も”嫌”だったのは、なんとなく物語としての整合が取られた後にまだ残る、各部分の割り切れなさ。 このはみ出た余韻からくる漠然とした怖さが、ホラー小説・映画などで得られるタイプとは異なる、まさに怪談の怖さだというように感じられた。じわりじわりと闇が日常を侵食していきながら、その闇の対象が最後の最後までどこかはっきりしてこない怖さ。これがそのまま嫌さであり、本書の不思議な魅力になっていると感じた。(例えば、娘がネーミングしている様々な言葉は一体なんだったのか?)

怪談の持つ、どこかはみ出た”怖さ”を、短編のキレではなく長編の”雰囲気”で体現している作品。小説の完成度という意味合いではまだ改善の余地があるのだろうけれど、その改善の余地そのものがむしろ生々しい迫力に繋がっている印象。(だからこれはこれで良いのだろう)。長編怪談、堪能させていただきました。


07/04/29
畠中 恵「ねこのばば」(新潮文庫'07)

第13回日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞した『しゃばけ』を筆頭に、この若旦那シリーズが大人気となっている畠中恵さん。本書は『ぬしさまへ』の続編、シリーズの三作目にあたる作品集が文庫化されたもの。単行本版は2004年にやはり新潮社より刊行されている。

病気がちな若だんなが急に食欲が出てきた。長崎屋に福の神・金次がやって来たからに違いない。その金次、勤めていた海苔問屋・大むら屋夫婦が亡くなったために長崎屋に流れてきたのだが、その大むら屋では娘のお秋が不振な死を遂げていた……。 『茶巾たまご』
賑やかな江戸広小路にやって来た若だんなと妖怪たち。妖怪の姿は普通の人には見えないはず。ところが五歳くらいの女の子が小鬼の手をつかんで離さない。名前は於りん。迷子なので仕方なく連れ帰った若旦那。しかし於りんは自分の家に戻ると「殺される」のだという。 『花かんざし』
若だんなお気に入りの『桃色の雲』が無くなり、猫又が上野広徳寺にて捕まり、そして坊主が縄もないのに松の木で首を吊って死んだ事件。若だんなは立て続けに三つの事件に遭遇する。 『ねこのばば』
若だんなの店と取引している和泉屋が潰れた。犬神の『佐助』は若だんなのために妖の力を借りて金策をするが、何やら若だんなも奇妙な方法でお金を手に入れていた。しかし、さらに取引のある別の店が倒産することになり……。 『産土』
若だんなの幼馴染みで菓子屋の息子・栄吉。その妹のお春が嫁に行くという。相手は献残屋の庄蔵なる人物。相手のことが気になった若だんなは手代を店に残したままふらふらとその相手の評判を尋ねにゆく。しかしその庄蔵には訳有りの女性が別にいるようで……。 『たまやたまや』 以上五編。

時代・妖怪ファンタジーとして安心して楽しめることはもちろん意外な結末を迎えるミステリとしても一流
時代小説+ミステリ=捕物帖、というのが定説というか常識だろうが、本作の場合はそこに妖怪というsupernaturalな存在が絡んでくる。妖怪が出てくる時代小説となると伝奇ものになりがちなところ、全くその気は感じられない。ついでに岡っ引きも十手も登場しないし、時代こそ江戸時代のどこかということになってはいるものの、やはりこのストーリーテリングの巧さは、ミステリとして与える効果を計算のうえで一つ一つ物語を構築しているところにあるようにみえるのだ。
もちろん、設定の妙味を否定するつもりは毛頭ない。病弱で甘やかされて育っていながら(いるから?)、世の中を真っ直ぐな視線で捉え、自らの判断を持とうと努力する若だんな。その若だんなを陰日向にサポートする手代兼妖怪の佐助と仁吉。その周囲で好き勝手に騒ぎながらも、若だんなの意向を尊重する家鳴たち。幼馴染みの栄吉や、べた甘の両親といったところも含め、この環境はちょっとなかなか類例がないだろう。
しかし本作、ミステリとしてはよくある錯覚を用いた『産土』、人間心理のからくりを見事に繋げてゆき、サイコな怖さも味わわせてくれる『茶巾たまご』、妖怪を見ることの出来る少女という”場”を利用した物語展開から、きっちりとある商家の秘密に迫ってゆく『花かんざし』、さらには人間の業の深さを見せつける『ねこのばば』と、タイプは異なるながらもきっちりと起承転結ある作品が並ぶ。全くそれぞれタイプは異なるし、シチュエーションにも展開にも意外性が仕込んである。さらりと読める文章・ストーリーである一方で、このバラエティというか懐の深さは素晴らしいと思う。

これこそ気軽に手にとって誰もが楽しめる作品。売れているのもむべなるかな。ファンタジー読者も時代小説の読者も、ついでにミステリ読者も全てが公平に物語の面白さを味わうことができるのだから。今のところ文庫落ちを待って読んでいるので、続きが早く文庫化されて欲しいと素直に思う。


07/04/28
戸板康二「中村雅楽探偵全集1 團十郎切腹事件」(創元推理文庫'07)

劇評家やエッセイストとして知られていた戸板康二氏は当時探偵小説のマニアでもあった。江戸川乱歩の誘いによって旧『宝石』五八年七月号に初の探偵小説『車引殺人事件』を発表。探偵役として登場したのが歌舞伎の老優・中村雅楽であり、短編を中心に長らく活躍する。本書は初期の雅楽ものを集めたシリーズ一冊目。デビュー作から二年半のあいだに発表された作品が収録されている。

「菅原伝授手習鑑」の「車引」の一幕を上演中、山中平八役の男が不審な死を遂げた。魔法瓶の中に入っていた毒がその死因だが、不審な人物が見あたらない……。 『車引殺人事件』
骨董蒐集を趣味とする役者・小半次。彼が国宝級の仏像を借り出しての上演中、部屋を守っていた男衆の浪さんが脳溢血で倒れ、その仏像が紛失していることが判明する。 『尊像紛失事件』
女形の嵐朱雀が、後援会会長の名前で別宅から呼び出され、そのまま失踪する事件が発生。すわ誘拐かと大騒ぎになるが、無事でいるとの手紙が届いて……。 『立女形失踪事件』
日本海側最大の都市・K市にある劇場・等々力座。そこで劇団の中堅俳優が絞殺される事件があった。その前後、意味不明の事件があったものの殺人は迷宮入りになりかかっていた。 『等々力座殺人事件』
竹野が旧知の若い女性・おたか。彼女は今をときめく市川葉升と結婚する予定だったが意中の別人がいた。その男・佐多蔵は不思議な自殺を遂げてしまっていた……。 『松王丸変死事件』
テレビで生放送される新鋭の劇。本来、盲女が薬を飲むと目が見えるようになる場面で、毒薬によって主演女優が殺された。その夫が怪しいと思われたが……。 『盲女殺人事件』
個性の強い演出家・田宮が自ら手がけた「人形の家」の初日前夜に自殺した。主演のノラを演じる筈だった磯島陽子も同時に失踪。事件は今も闇の中だったが……。 『ノラ失踪事件』
人間ドックで入院中の雅楽が、嘉永7年、八代目市川團十郎が遭遇した瑠璃五郎という役者の失踪事件を語る。色々な仮説が組み立てられる中、雅楽は自らの推理を語り始める……。 『團十郎切腹事件』
ダンサーから女優に転じた神無月マリが、差し入れられたジュースに入っていた毒で死亡した。彼女の生い立ちは謎めいていており、ある人物がかつての彼女と関係があったと分かるのだが……。 『六スタ殺人事件』
見習い探偵が提出した報告書は、雇い主からいい加減な報告をするなと一喝され、彼は解雇されてしまう。彼自身は誠実に尾行をしたつもりだったのだが……。 『不当な解雇』
舞台の底にある奈落で女性が刺し殺された。現場は密室状況にあり動機も犯人もさっぱり分からない。ただ雅楽はある点に着目して鮮やかな推理を見せる。 『奈落殺人事件』
かつて雅楽が若かった頃、女物の手帳を拾ったことがあった。そこに書かれていたメモから雅楽は推理を働かせ、持ち主を突き止めたのだが……。 『八重歯の女』
最近人気の出てきたCMタレントが銀座の路上で死亡した。死ぬ間際にもCMの決めポーズをしていたことが話題になるが、雅楽はその背景にある事件を見抜く。 『死んでもCM』
舞台の楽屋口のそばにある食堂に勤める源さん。その店にしばしば顔を出す男のほくろに見覚えがあった。かつて軍隊でいじめ抜いた後輩に良く似ているのだ……。 『ほくろの男』
かつて清水に居た雅楽の熱心なパトロンが急に隠棲してしまった。訪れた雅楽にも家族は彼女を会わせたがらない。竹野のもとに気付いた一枚の絵からその事件の背後が明らかに。 『ある絵解き』
竹野の後輩・武井が京都で見知らぬ女性と同道する。しかしその女性は武井の前で薬を飲み、そのまま死亡してしまう。彼女は演技をしていたのでは? 事件の背景に雅楽の目が光る。 『滝に誘う女』
U市にある古い劇場・加納座。ここでかつて子役をやっていた子供の幽霊が出ると噂が立つ。背景には街の有力者同士の権力争いがあったが、果たして幽霊は何故出てきたのか。 『加納座実説』
文士劇にアドバイスをする雅楽。「忠臣蔵」の早野勘平の古い型を知る人物がいるのだが、その男は見合いをしてから出奔、戻らないのだという。 『文士劇と蠅の話』 十八編。

やはり名作。雅楽の存在感とかっちりした構成が素晴らしい。上質の稚気に溢れた待ち望まれた作品集
物語の構成にしても、その口調や生活様式にしても、背景や風俗にしても、全てが昭和、それも昭和中期の匂いを色濃く残す。そういった意味で今読むにかえって新鮮だとすら感じられる。恐らくは戸板氏の的確な描写力がそのまま、時代を切り取っていることがその理由になる。殺人事件を多数扱いながらも、どこか優雅で何か奥床しい。不思議な世界観がまず読者を魅了する。
以前にも書いているが、型を重要視しつつも、その型のなかから俳優たちがオリジナリティを発展させてゆく歌舞伎の世界とこれも前例を知った上で新しいものを創造する本格推理小説とは、世界が近しい。 ミステリ読者のほとんど(というよりも世間一般のほとんど)に、今や歌舞伎の嗜みはないと思うのだが、そうであってもこのシリーズにはするりと溶け込めてしまう。これはもちろん戸板氏がそういった世界を初心者にも分かるように優しく描いていることはあるものの、芝居や歌舞伎といった世界に住む登場人物たちの考え方などが、ミステリのそれと近しいからだと思う。
そしてまた、改めてミステリとしても上質なのだ。その意味ではデビューしてすぐの序盤の作品よりも、この作品集の後半以降に収められている作品にキレが鋭いものがあるように思われる。無理に歌舞伎の世界に当て嵌めないようになったため、発想の自由度が増しているからか。個人的には本書で初めて読んだ『不当な解雇』『加納座実説』など、その奇妙な事象と明らかになった真相とが綺麗に着地しており、かなり驚きをもって迎えた。もちろん定番である『團十郎切腹事件』での雅楽の安楽椅子探偵ぶりや、ある古典ミステリを彷彿させる『松王丸変死事件』なども深い余韻がある。ま、結局は短編それぞれに読みどころがあるという、ありふれた結論に繋がってしまう。また雅楽の立ち位置も毎回異なるし、後半からは一応芝居の周辺のあれこれがベースであっても、芝居そのものに斬り込む作品が減っている。結果的にこれらのことが長く続くシリーズになっている理由でもありそうだ。

このあたりは様々な考え方があると思うが、探偵役・中村雅楽、ワトソン役・竹野、さらに捜査サイドの江川刑事といった部分以外、毎回登場する芝居や歌舞伎の役者たちが変わっていてその回限りの人物ばかりなのだ。その分、扱える世界が拡がるという利点もあるのだが、役者や関係者にもっとシリーズ共通の人物があっても良かったのではないかと思う。(スタート段階から長期のシリーズとなると作者自身考えていなかった節があり、今となっては致し方ないのだけれど)。中村雅楽シリーズという括りではあっても、短編としての独立志向が強すぎることになってしまい、その結果これまでアンソロジーには収録されてもシリーズとして文庫化されにくかったといった背景にもなっているように感じた。

編者でもある日下三蔵氏の解説を読んで初めて気付いたが、本シリーズは直木賞と日本推理作家協会賞を受賞した”連作”ということになる。同時受賞や長編のシリーズ受賞(大沢在昌の『新宿鮫』)はあっても、短編の連作というのは後にも先にもこのシリーズだけなのか。文庫ながら単行本なみの単価設定となっているものの、やはりこれは五冊買いそろえなければならない。非常に滋味溢れる作品集。


07/04/27
斎藤 栄「水の魔法陣(上下)」(集英社文庫'83)

日本で一番長い推理小説を書きたい――という作者の企図のもと開始されたのが斎藤栄を代表するシリーズでもあるこの「魔法陣シリーズ」。この水の他、火、空、風、雪とあり特に『火の魔法陣』『空の魔法陣』と合わせ「魔法陣三部作」と称される。本書も千八百枚の大作だが、この三部作合わせて五千枚の大作である。本書は「赤旗」に'77年から'78年まで連載され、'78年6月に集英社より刊行されたのが元版。

横浜にある分譲マンション。その水道の蛇口から異臭と共に人の髪の毛が出てきた。異変に気付いた住人が調べた結果、マンションの受水槽内部から若い女性の腐乱死体が発見された。遺体に遺留品がほとんどなく、マンションにも行方不明者がいないこともあり、身許探しが難航。捜査に携わる森山警部は、現場に放置された歌集からこの女性の筆名が”仁木井昌子”だと考える。毎朝新聞で”水”の問題に取り組む記者・梶三郎もまた事件の調査を開始する。一方、夫婦仲をこじらせ別居中の開業医・仲谷淳一の小学校一年生の娘・玲子が誘拐された。玲子は病気を持っており血液透析の必要があるため、捜査の長期化は生命の危機を意味する。犯人は薄い紙を利用して変声した声で仲谷宅に脅迫電話をかけてきて、身代金三千万円を要求してきた。犯人はヘリコプターを利用させた身代金授受の方法を指定してくるが、結果的に受け渡しに失敗、さらに別の方法の要求もあったが、それもまた受け渡しにミスがあった。犯人からの連絡が途絶えるなか、淳一の妻・美和の代議士一族である片平家や、過去に淳一が関わった事件で犯人となり得る人々の捜査に警察は突入するが、有力な容疑者が次々と変死を遂げてゆく。果たして玲子は無事なのか……?

タイムリミットのある誘拐事件+社会派テーマに家族問題を加えた欲張りな構成
千八百枚もの大長編がなせる技なのか、作者の懐の深さなのか、実に様々なパーツが織り込まれている。まずは題名の通りに”水”に対する問題意識の提起。汚染水など(当時の)水にまつわる諸問題を各所に取り入れている。特に冒頭の蛇口から髪の毛が出てくるシーンなどはショッキングながら有り得る話で、大規模の建物内に必ずある受水タンクが必ずしも清潔ではないことが恐怖感すらもって迫ってくる。またこの導入部で社会派テーマと同時に、ミステリにおける奇妙な謎を同時に提供している点も見逃せない。この謎の女性を追うところでいきなり物語に引き込まれていくのだ。更に別立ての事件として、少女誘拐を扱っている点も物語においては重要だ。しかもこの少女には病気があり、週二回の血液透析を受けないとそのまま生命の危機に繋がるのだという。捜査途中で日本にある全ての透析センターや家庭用透析機の行方が追われており、該当者無しという事実は物語のサスペンスのみながら、両親の絶望をも表現するという絶妙な位置づけにある。タイムリミット付きの誘拐サスペンスという展開もまた、読者の物語への移入を強く促すものだと思う。また身代金授受の方法にしろ、更に後半部では山岳地帯で発見された餓死死体や、手首のみを切り落とされた死体の謎など、本格ミステリとしてのトリックも凝らされている。次から次へと謎が謎を呼ぶ展開となっており、大長編であっても全く読者をだれさせないストーリーテリングはさすがである。
また、作中ではマンホールから穴を掘って銀行強盗する一味が登場するわ、セスナ機が飛んで更に墜落するわ、火山は噴火してその噴煙のなかでの格闘劇はあるわ、国際線のハイジャック騒ぎはあるわ……と、派手な事件も目白押し。それもこれも本筋の事件とどういう関わりがあるのか読者に見通させないまま、様々なエピソードをこれでもかとばかりに詰め込んでいる。もともと枚数からすれば、当時の長編の標準三冊分くらいは優にあるわけで、そういった点が意識されたか作者のサービス精神は実に旺盛なものがある。
さまざまな事件を通じて、誘拐事件の犯人はとにかくその黒幕に相当する人物を意外なところに配置している。陰惨な事件ばかりであっても、その黒幕の動機には納得できるものがあり、その凄絶な幕引きには奇妙な爽快感すら漂っている。個人的に注目したいのは誘拐事件そのものの”構図”なのだが、この雄大かつ壮絶なストーリーのなかでは小さいことになってしまうかもしれない。たださすがに物語の都合上、偶然や人や人の感情の動きに不自然なところがあるなど気になるところもある。が、それもまた些末なことだと思う。

まず大長編の一作品目だが、その作者の心意気に恥じないだけの作品となっている。社会派テーマと様々なトリックが融合されており、作者の提唱したストリックの理論にも沿った内容でもある。重量感のある大作ゆえに気軽にお勧めできる作品ではないが、斎藤栄の力量が遺憾なく発揮された作品であることは間違いない。本書一冊でとりあえず完結しているが、三部作を通じて新たな真実がみえてくるものなのか、残り二作も引き続き読んでゆきたい。


07/04/26
本岡 類「大雪山 牙と顎の殺人」(光文社カッパノベルス'86)

『武蔵野0.82t殺人事件』(文庫化時に『飛び鐘伝説殺人事件』と改題)に続き、埼玉県所沢中央署の捜査係長大曽根警部補と北里刑事が、円福寺の住職・秀円の推理を借りて事件を解決してゆくシリーズ二作目。本書も文庫化時には『斜め「首つりの木」殺人事件』と改題されている。

八年前、北海道の大雪山でヒグマに食い残されたと思しき女性の左腕が発見された。さらに四年前、オーストラリアの海水浴場で新婚旅行中の日本人妻が、遊泳中に鮫に両脚を噛み千切られてショック死を遂げる事件があった。一見無関係にみえる二つの事件、しかしこの二人の美人妻の夫はいずれもレストラン事業を経営する桐原透。最初の事件では一億円、二番目の事件では三千万円の保険金を彼は入手していた。週刊誌にこの二つの事件が怪しいというタレコミがあり、桐原は一躍このスキャンダル渦中の人物となり、さまざまなマスコミに登場して自らの不幸を訴える。社会的影響度を無視できなくなった警察は、大曽根・北里の両刑事を中心に再捜査を開始するが、事件が過去のことでもあって調査は捗らない。そうしているうちに、桐原のもとに『正義仮面』なる人物から脅迫状が舞い込み、その事情聴取に訪れた大曽根らの前でトイレに入り、そのまま行方が分からなくなった。トイレには正義仮面から「桐原透を攫った」との犯行宣言が残される。そして桐原は死体となって発見されるが、容疑者の数がこれまた多すぎて……。

人を食ったような展開とどこかで見た事件の模倣……ユーモアっけたっぷりのなか、現代風潮を皮肉る真実が
タイミングとしては本岡類が将棋ミステリーから本格ミステリへと移行する段階の作品にあたる模様。(さらにこの後、社会派テーマへと移行してゆく)。だから、ということもないだろうが社会派とも本格ともどちらとも分類できない大胆な発想が多数あり興味深く読んだ。特に、冒頭はヒグマに襲われて死亡したと思しき女性の遺体の登場、更には海水浴場でジョーズさながらの鮫に襲われて無くなった女性の描写は、いずれも迫力がある。ペットではなくこういった野性動物を利用するかたちのトリックはそう簡単では無さそうだぞ……と思わせ、興味がここでぐんと引き込まれる。ただ、物語の方はむしろこの後に主眼がある。こういった不可能状態で二人の妻を喪ったと自己主張する容疑者・桐原が一躍”時の人”として扱われ、マスコミに風雲児としてもてはやされていたところがポイント。彼が殺害されることによって過去の美人妻死亡事件の関係者だけではなく、”正義”を声高に叫ぶ市民にも容疑者の範囲が拡がることだ。
亡くなった妻の関係者に加え、正義を振りかざす市民数人が容疑者としてピックアップされるなか、次なる殺人事件も発生していく。この捜査の過程での大曽根や北里のやり取りにユーモラスな雰囲気を加えているのが吉。事件が現実離れしていて、警察も当然混乱するのだが、むしろユーモアによって物語全体のトーンが整えられている印象だ。
本格としての妙味は、別に崖上の斜めになった樹上で首から縄を付けられた状態でぶら下げられる死体の謎といった部分にもある。(だが、文庫化の際にこちらが特に題名としてセレクトされる程のインパクトがあるかは微妙)だが、本書そのもののテーマは、マスコミがもたらす”目立ちたがり”といった風潮を巧みに本格ミステリの内部に取り込んでいるところにある。この結果、事件の非現実性や二転三転するストーリーの動機面での裏が奇妙に納得できるものになっている。発表当時に世間を賑やかしていた現実の事件が作品内部で取り上げられているところにまで意味があるのだ。周到な作品だといえよう。

物語全体がレッドヘリングといった内容であり、事件の構図は見えそうでラストを読み終えるまでちょっと見えない。本格ミステリでありながら普通の意味での本格ミステリとは微妙に異なる、この差異感覚が楽しい作品だ。登場人物に深みが少ない点を逆に作品全体をユーモラスに仕上げることでカバーしているし、特に変な本格ミステリがお好きという方であれば、まず読む価値はある作品だと思う。


07/04/25
勇嶺 薫「赤い夢の迷宮」(講談社ノベルス'07)

「はやみねかおる」といえば、夢水清志郎ものをはじめとする児童向けミステリの第一人者として新本格のムーヴメントとほぼ時を同じくして登場、大人であっても根強いファンの多い作家だ。以前から噂があった、そのはやみね氏が勇嶺薫(読み は同じ)名義で発表した、初の一般向けミステリが書き下ろしの本書。ノンシリーズ作品。

夏休み最初の日。三年生の学級担任をしている三十代半ばの”ぼく”は、町の有力者・大柳源蔵(OG)の提唱による、二十五年ぶりの同窓会に出席することになった。大柳の一族ながら変わり者ゆえ気ままに暮らしていたOGは、四十代であった であろう当時、ゴッチ、ウガッコ、ユーレイ、Cちゃん、魔女、ココア、そしてぼくといった小学生に様々な知識や遊びを教えてくれた。今や社会人や主婦となっている、その当時のメンバーが集まるのだという。二十五年前、ぼくたちには辺鄙な場所にある大柳家の別荘(通称”お化け屋敷)に宝物を埋めるという名目で探検に出向き、その地下室で猫の死体を発見したことがあった。集合したぼくたちにOGは睡眠薬を盛り、自家用ヘリコプターで同窓会の会場へと向かう。そこは今や大柳家の総帥となったOGが建て直した”お化け屋敷”だった。

ジュヴナイルを脱してはやみね流の奇想に加わったのは、勇嶺流のサイコな悪意。
勇嶺名義に意気込んで手に取る。しかし物語の入り口は従来のはやみね名義作品との差異をあまり感じないことに逆に驚く。主要登場人物に年少者も探偵も怪盗もいないという点(厳密にいうと実は存在するが)を除くと、従来のはやみねジュヴナイルとそう文章の格調を無理に変化させたりしたものではない印象だ。従って非常に読みやすい。加えて登場人物の小学生当時の回想場面なども多く、子供の頃のエピソードなどはそのまま”はやみねかおる”に通じるテーマでもある。
。 ただ、それから二十五年が経過して大人になった今、それぞれの人生は純粋な子供の頃とはかけ離れた内容となっており、この夢のない現実を描いたところは一般向け。 (ジュヴナイルならでは子供の頃の夢が叶いました……になるところ)。
読み進めていくと更に、徐々に七人の同級生、さらにはOGや吉良といった登場人物が本来持っていた昏い側面が浮かび上がってくる。この”大人ならではの情念”もまた子供にそのまま見せたくないという意から一般向けか。そしてこの情念が”はやみね文章”で描かれるわけで、からっとしていながらもその内容により独特の凄みをそれぞれ感じさせられるのだ。
同窓会が狂気に彩られた連続殺人の会場と変化してから、そしてその真相がほぼ明らかにされてから次々と打ち出される狂気の連発は、非常に後味が悪いのだが、振り返れば物語序盤からその狂気は伏線となって確かに存在している。やはり本格ミステリの流儀には乗っている。
全体のトリックに関しては”お化け屋敷”の秘密や、殺人鬼の問題にしても先例が思いつくので本格ミステリとしての驚きはそれほど強くない。がもう一方では、例えば作中”ゴッチ”が助けを呼ぼうと館から脱出する場面、ニックネームにより記号化された登場人物、クローズドサークル等々、本格の仕掛けにサスペンスを絡めた展開からは、綾辻行人の館シリーズの初期作品に通じる魅力を覚えた。特にこの”お化け屋敷”が、なぜ存在するかという根源のところに登場人物の狂気を絡めたことで、物語軸の変位について有無を言わせない力強さが加わっている。実はこの点重要で、ジュヴナイルレベルであれば「変わり者」のひとことで済まされる怪人物・OGの、物語上での存在意義が現実的な必然性ではなく設定上の必然性によって裏打ちされている点だ。この必然性の無さ、「面白いから」という理由に大金を投じてしまう怪人物の存在によって、本格ミステリでもある本書が”赤い夢”を綴る異形のサイコ系物語としての貌をもって浮かびあがるのだ。そしてまた、はやみね文体がむしろこの物語においては狂気を効果的に作用させる点に役立っていることに最後に再び気付かされる。

はやみね作品を知らずにいきなりこの”勇嶺薫”に入る読者もいるのだろうけれど、後半に少しずつ明かされる毒々しさは”本物”。 はやみねかおる初の一般向け作品としてと同時に、サイコ系本格ミステリとして心に残る作品になっている。


07/04/24
篠田真由美「風信子(ヒアシンス)の家 神代教授の日常と謎」(東京創元社'07)

東京創元社『ミステリーズ!』のVol.14(二〇〇五年十二月号)より、Vol.19(二〇〇六年十二月号)にかけて掲載された短編に、書き下ろしの『クリスマスは嫌い』が加えられた作品集。講談社ノベルスを中心に発表されている篠田真由美さんの代表的シリーズの一つ「建築探偵シリーズ」からのスピンアウト。彼らの親代わりを務める神代教授に焦点を当てた作品が揃っている。

一九九一年。W大学最年少の教授で文学部西洋美術史を専門とする神代の家には、蒼と呼ばれる少年と京介と呼ばれる青年が下宿していた。その神代の家に何者かから手ずから届けられた小包があり、中には何か推理小説の一場面を模した精密な模型が入れられていた。 『風信子の家』
かつて神代の講座の修士課程で学んでいた活発な女学生・本橋美波。彼女は卒業後にすぐ画家と結婚する。その弟が現在はW大学に在籍、神代にその彼女の夫が不慮の死を遂げて立ち直れないと相談する。神代と栗山深春は、彼女の住む屋敷を訪問する。 『夢魔の目覚める夜』
大学内の神代教授の部屋で手伝いをする蒼。無責任な噂話を耳にして落ち込んでいる時に真沼寛子なる学生から声を掛けられる。離婚した両親により離ればなれに育った彼女の兄がマンション内で不審な死を遂げたのだが、彼女自身納得しておらず、その調査に蒼は引っ張り出される。 『干からびた血、凍った涙』
クリスマスのシーズン、否応なく街に訪れる様々な情景に蒼はかつての自分の経験を重ねて落ち込んでいた。そんな蒼に対して神代教授は一計を案ずる。 『クリスマスは嫌い
「わたしのうえに、ふるゆきは……」 神代教授が学生の頃に見知っていた女性。その彼女は当時親しかった数人の仲間と雪の山荘に出向いた際に玄関先で凍死し、自殺として処理されていた。彼女に限って自殺はあり得ないと思われたが……。ある人物の依頼により、神代は親友の辰野と共にその当時、彼女と一緒だった人物を改めて現場の山荘に招いて証言を取る。 『思いは雪のように降りつもる』 以上五編。

本格ミステリという形式によって、人の思いが鮮やかに描き出される佳編
一応というか完全に「建築探偵」のシリーズが下敷きになっており、その世界は同じ。同シリーズののメインキャラについてはほぼ全てが登場し、かなりの活躍をする。(京介だけはそうでもないか)。事情を抱えた赤の他人が集まりながら、神代教授宅で共同生活を送る彼らの互いに対する気配りや、優しさといったところが本作はより一層強調されており、シリーズを読んでいる読者にとってはこの雰囲気は心地よいものになろう。
この作品集で取り上げられている事件と謎は、それほどとてつもなく奇妙な状況や事件を求めるものではない。むしろ日常の謎であったり、人が死んでいても不審なところはなく、自殺や事故で片付けられるようなものばかり。ただ本作では、各々の事件の真の意味、裏の意味を貫く視線を持つ人物たちによって解体されることによって、関係者・被害者の当初は見えなかった思いを鮮やかに読者の眼前に表出させてくれるのだ。事情があって隠す必要のあった人の気持ち、ぱっと見には分からない裏側の感情といったものが見えた瞬間、その事件を含む世界が鮮やかに切り替わる。もちろんその伏線があって、それらが結びついて得られる結論だけに、形式的には本格ミステリだと言っても良いのだが、あくまで手法のみ借りているように感じられた。読者と知恵比べをしようというような作者の意志はなく、むしろ物語に効果を与えるために使われているようにみえるから。
そして個々の物語の演出が巧い。『干からびた血、凍った涙』で激高するある人物。『思いは雪のように降りつもる』の彼女の死の真相。やはり述べた通り、秘められた感情や想いという点がキーワードとなっており、それぞれ強い印象が残るのだ。必ずしもハッピーエンドとは限らないし、後味が良いかというとそうでもなかったりもするのだが、でも「そうした方が良い」という結論に強く頷いてしまうものばかり。

本格ミステリ・謎解きを書かせても篠田真由美さんは非常に上手な作家なのだが、その上手さを巧みに別の方向に活かした作品集。手に取るタイミングは刊行されてすぐの初夏よりも、むしろ冬の方が合っているような気がする。


07/04/23
津村秀介「影の複合」(エイコー・ノベルズ'85)

津村秀介氏は純文学畑の出身で、当初は事件小説などを発表。'72年、江戸川乱歩賞応募作品を改題し、初の長編『偽りの時間』を発表する。更に十年の沈黙を経て同書を大幅改稿して本作品『影の複合』を発表、ミステリ作家としての活動を本格的に開始する。アリバイ崩しがその作風の中心でルポライター・浦上伸介を主人公とするシリーズが代表作。

『週刊広場』の取材記者・後藤和久。E銀行支店長代理の松永慎吾が手形詐欺と浮き貸しを行い、三千万円を横領して失踪した事件に関連し、事件に新宿支店長の奥田が大阪のビルから飛び降り自殺を実行。後藤はその取材を大阪で行った帰り道、新幹線で帰京する途中だった。なぜ奥田がなぜ大阪を訪れたのか理由がよく分からない。飛び降りたビルは志村不動産の所有で、その現場に駆け付けた男に同社東京支社宣伝係長の安達信夫がいた。志村不動産には後藤の妹・千代子も勤務している。後藤は新幹線の隣に座った謎めいた女性に興味を覚える。どうやら大阪から自分を追ってきているらしい。しかし東京で後藤は、千代子が松山市内のホテルで殺害されていたと知らされる。さらに松山の事件と同じ時間帯に東京ではバーのマダムが殺害されており、両方の現場からは同じ指紋が発見された。捜査にあたった刑事と後藤は、千代子の上司でもある安達に疑いを覚えるが、彼はその頃北海道に向かっていたという。

硬質の文章にて綴られる硬質の事件テーマ。だけどその背後に潜む精神は徹底した本格指向
事件のきっかけが銀行を舞台にした銀行員による手形詐欺や浮き貸しといった経済犯罪であり、その関連で人が自殺。この手の事件にありがちな背後に大物政治家がいたりと、作品の中心に据えられ取り上げられる事件は、突飛な本格ミステリ風の殺人事件などではなく現実性の強い(あまり面白みのないともいう)犯罪。更に、妹の非業の死の真相を求めるルポライター(というより事件記者)と、とにかく足で地道な捜査を行う刑事たちとのセッションが物語を織りなす。それらから感じられる事件や物語の雰囲気としては、社会派推理小説の匂いが漂う。(但し、実際の何かを訴えようという社会派そのものではなくあくまで”社会派推理小説”のそれ)。
しかして本書は社会派推理小説ではない。 事件の動機や背景こそ現実的ながら、松山と東京での殺人事件が同一指紋を持つ人物によってほぼ同時に行われた――という事件は不可能興味に満ちている。部分的に一つ謎が解けても別の謎が新たに立ちはだかる。硬質の文体に硬質のテーマといった印象が強く、武骨な印象が作品から感じられるが、その見え方の割に社会的告発といった要素は少なく、むしろトリックを重視している。なので形式的な読まれ方がどうあれ、清張ではなく、間違いなく鮎川哲也の同種の作品の系譜に連なるものだと感じられた。
冒頭の事件は派手ながら、その途中の関係者の人間関係といったところにかなり紙幅が割かれており、地道な聞き込みによって当初は隠された人間関係が浮かび上がる……のだけれども、この部分は正直なところ若干冗長。(あくまで本格ミステリとして捉えた時に) その一方で後半部、松山−東京−札幌に同時にいたというアリバイ崩しは手堅く、古典的なトリックを巧みに使って読者を幻惑する。(最後の最後の詰めになる一点だけはなんだかなあという気もするが) 時刻表ではなく様々な錯覚をトリックに用いた悪魔的な犯罪を捜査役が暴いてゆく後半については読み応えがあった。

トリックを中心に据えた本格ミステリ指向の作品……ではあるのだが、ただいかんせん文体が硬質に過ぎ、現代読者には若干辛いかもしれない。渋みを感じさせる”本格推理小説”という感じか。


07/04/22
三津田信三「首無(くびなし)の如き祟るもの」(原書房ミステリー・リーグ'07)

『ホラー作家の棲む家』にてデビュー後、恐怖感の勝った幻想本格ミステリを上梓し着々と地歩を固めつつある作家、三津田信三氏。MYSCON8インタビュー時にも予告された新刊が本書。『厭魅(まじもの)の如き憑くもの』、『凶鳥(まがどり)の如き忌むもの』に続く、怪奇小説家・刀城言耶シリーズ第三弾。時系列的には前二冊よりも先に発生した事件となる。

奥多摩の更に奥にある媛首村。女流探偵小説作家・媛之森妙元は都会からかつてこの村の駐在所に勤めていた夫と共に暮らしていた村に戻ってきた。彼女は、夫が在勤中、戦前と戦後に担当した、村の有力者・一守家に降りかかった恐るべき災厄たる事件について執筆するのだ。この村の中心部にある媛首山には、古来、淡首様や首無といった人々に害を為す存在が祀られている。戦前には四重ともいえる密室のなかで秘守家に伝わる十三夜の儀を執り行おうとしていた十三歳の長寿郎と妃女子のうち、妃女子が不可解な死を遂げていた。長寿郎付きの幼い使用人・幾多斧高が目撃した首無とは。そして戦後、二十三歳となった長寿郎が三人の花嫁候補のなかから一人を選ぶ「婚舎の儀」を執り行う最中、またもや不可解な状況下で候補の一人、古里鞠子が首を切断された死体の状態で発見された。更に長寿郎もまた行方不明になり、直後に同じく首を切断された死体の状態で発見されてしまう。

恐怖感を上回る本格論理の飛躍と凄さ。本格ミステリ分野における三津田氏のベスト級作品
傑作『厭魅』から徐々にちりちりとするような恐怖感は巻を重ねるごとに薄れてゆく傾向があるが、それにしても本作もまた傑作。 ただ、厭魅、凶鳥と異なるのは民族・土俗信仰をベースにしながら、その醸し出す恐怖感覚よりも、むしろ伏線をベースにした本格ミステリならではの論理性をより重視しているようにみえる点だ。
刀城言耶は、中盤に登場して変人ぶりを見せつけた後にすっと退場し、本文は女流作家の手により、その夫たる巡査・高屋敷元、そして一守家の使用人として育てられる少年・斧高の視点により交互に描かれる。最初に物語構成上のわかりやすさを重視してこのような書き方になったと述べつつ、終盤に至るとこの点にもきっちり意味があったことを見せつけるあたり、テキストへのこだわりが重視された作風が素晴らしい。
恐怖感は前々作、前作に比べて薄いとはいえ、やはり闇夜に目撃される首無なる存在の恐ろしさはひしと伝わるし、そこに至る土地に密着した伝説の演出もうまい。六歳の子供の視点で恐怖を喚起する方法は秀逸。特に彼の思い出のなかでの恐怖場面をひとつひとつ描いていく手腕には確かなものがある。さらにラストの新聞記事で結末を繋げて最後の最後、結局のところこの物語の結末を語らず、読者の想像に委ねるやり方自体からは、論理による快感とは別の”ぞくぞく”した感覚を読者に伝えてくれる。二転三転したラストが更に陥るその先の展開、これは効果的。
本編のトリックそのものに目新しいものは実はないのだが、それでも民俗学や古来の恐怖譚や伝説をベースにした秘守家の伝承や、人々の関係性、妄念執念といったあたりの”物語舞台”構成には個性と深みが感じられる。 シンプルなネタを見せ方次第でこれだけ巧みに使いこなせるという点もまた、本格ミステリとしての理想型だといえるだろう。とにかく、これだけおどろおどろしい世界を描きながら、読後感は端正な本格を読ませてもらったというものなのだ。

既に読了された方が各所で述べている通り、今年の「本格ミステリ」のカテゴリではベスト候補に入る傑作。個人的には『厭魅』の方がテイスト的に好みではあるのだが、おそらくミステリ寄りの方であれば本書をシリーズ最高傑作として挙げても決しておかしくない。
(あと巻末、確かに他の作家の名前は正しいのに、西東登のみ東西登と記載されているのは気になるなあ)。


07/04/21
永井するみ「カカオ80%の夏」(理論社ミステリーYA!'07)

永井するみさんは'61年東京生まれ。'96年に「隣人」で第18回小説推理新人賞、更に『枯れ蔵』にて第1回新潮ミステリー倶楽部賞を受賞してデビュー。ミステリやサスペンスを中心に、既に十数冊の著書がある。(いろいろな方に勧められたこともあったのだですが個人的になかなか手に取れず)。

恋多き大学教授の母親と、米国の単身赴任中にその母親に(客観的に)浮気された結果離婚してしまった父親。その母親と二人で暮らす女子高校生・三浦凪、十七歳。あまり群れることを好まない彼女は、クラスメイトの雪絵から服の買い物に付き合って欲しいと頼まれる。雪絵は内気で大人しいタイプだったが、凪の行きつけのブティックでかなり大胆な服装をかなりの金額分購入した。何かアルバイトをしているらしいが凪の方は雪絵のことはあまり分からない。一方、凪のことについてあれこれ尋ねてくる雪絵に凪もそう悪い気はしない。しかし夏休みに入ってすぐ、その雪絵が一週間ほど合宿に出るとの書き置きをして家を出てしまう。凪のところに血相を変えた雪絵の母親から連絡が入るが、凪自身、そう雪絵と親しいわけでもない。だが何か気になって雪絵の行き先や交友関係について調べるようになる。雪絵はモデルやお嬢様といったブログの書き手と交際があったらしく、もともと進路として目指していた福祉関係のセミナーなどに参加していた形跡があった。凪は、母親と行きつけのバーのマスター・国府さんに相談しながら、少しずつ雪絵の足跡を辿り始める。

ハードボイルドの枠型を借りながら、少女の成長を描く青春小説
三浦凪――というさばさばした女子高生の描写が颯爽としてそれでいてさっぱりとしており、読んでいて心地よい。またさらりとした文体が彼女の雰囲気ともマッチしている。登場人物も現代的に描かれており、その良い点悪い点ともども読んでいて(恐らく)主人公と同世代の読者が読んでも違和感を覚えないのではないだろうか
物語は、失踪人探し……というハードボイルドの定型そのままで、親友ともまだいえない友人の雪絵を捜す凪、そして様々な知恵を絞って雪絵の痕跡を執念深く辿り、その過程で様々な妨害、そして悪意に阻まれ、意外な事実が浮かび上がってくる。 一人称ではあるが、主人公の信条や信念といったところに確としたものがなく、むしろその感情や考え方の変化が主題である点、個人的には本書をハードボイルドそのものだと考えることには抵抗がある。
また、雪絵の失踪の真相に二重の意味があり、その主題を通じて意外なかたちで社会派的なテーマにもエピソードとして関わっている。この点も予期せぬ驚きで、流れを壊すことなくこういったことを描ける作者の力量を感じ取った。とにもかくにも、ほんのちょっとした脇役を含め、登場人物の描き方が実にうまい。単なる良い人や単なる悪い人という描き方ではなく、普通の人間のちょっとした欠点や悪意といったところの描き方が巧みで、それがまた物語に深みを加えている印象だ。

物語上で何かを経験するごとに主人公が少しずつ変化して、成長していくのが手に取るように判り、そこがまた読者の共感を呼ぶ。「YA!」のレーベルに相応しい佳作だと感じられた。小生のようなおっさんではなく、主人公と同世代の読者にきちんと手に取って欲しい作品。