MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


07/05/10
戸梶圭太「もっとも虚しい仕事 ブラッディースクランブル」(光文社カッパノベルス'06)

同じくカッパノベルスより刊行されている『クールトラッシュ』『ビーストシェイク』に続く、プロの犯罪者・鉤崎を主人公とする犯罪小説シリーズの第三弾。書き下ろし。

偽札絡みの失敗をしてしまった鉤崎は、同じくプロ犯罪者の勝野から仕事を持ちかけられる。勝野が知り合った売れない俳優・黒木を使って、大俳優の萩本健勝の家に強盗に入ろうというのだ。鉤崎はあまり乗り気ではなかったが、黒木を仕事終了後始末する方法を勝野が持ってくることを条件に話を聞くことにする。大邸宅には警備会社が付いているものだが、安全に家の中に入れるという点は確かに利点なのだ。黒木は単なる安い俳優だったが、萩本はそういった売れない俳優を周囲に置くことを好んでいた。黒木が萩本に借りた借金を返しにゆくという理由で萩本にアポイントを取り付け、いよいよ計画を煮詰めようという段階に入ったところ、黒木を旧知の監督が映画に使おうという話が入る。仕事にあぶれて自暴自棄になっていた黒木は、この報せを聞いて舞い上がるが、勝野と鉤崎は収まらない。特に勝野は黒木の家に直接押しかけ、隣人を弾みで刺してしまったりしたもので……。

スピード感溢れる戸梶流ドタバタクライムストーリー(コメディ?)
前作のように”動物マニア”などの凝った存在は登場させず、売れない俳優と俳優同士の内ゲバのような人物と、ヤクザを登場させることによって物語のグルーヴ感、スピード感を重視した仕上がりとなっている作品。とはいえ、シリーズを通じて共通の特徴、鉤崎以外オール特安という図式は健在で、特にラストにヤクザに対して復讐する場面は無差別テロそのものであり、鉤崎の、特に安い人間に対する冷酷さが際立っている。
先に述べた通り、スピード感については凄まじく、本来は大俳優の家への強盗→計画頓挫→犯罪者同士の醜い争い→絡んでくるヤクザ→ピンチに陥る鉤崎とその鉤崎の飛んできた火の粉を振り払う強烈なクライマックスに至るまであっという間に物語が転がっていく。ライク・ア・ローリングストーン。個人名称も記号としか扱われないような、安い人間が次々と登場するかと思えば、活躍すらさせてもらえずばったばったと舞台から消えてゆく様は、ある意味快感。この物語のテンションと読者としてのテンションとが共鳴することができれば、更に快感度合いは倍加してゆくだろう。(とはいえ、戸梶が合わないという人は、そもそも本書を含め全てが合わないと思うが)。あと、本書のクライマックスで活躍するピーター・ジャコビという人物のキャラクタは強烈。あまり頻繁に登場できる人物ではないだろうし、ろくな死に方はしないだろうけれど、再登場希望、かな。

このシリーズの面白みは、そもそもその犯罪者の言動から命そのものに至るまでの”軽さ”にある。読み捨て結構、その瞬間だけ興奮していればOK(……と作者が言っているのかどうかは知らないけれど)。決して本書を読んでも人生の深淵などちらりと触れることにならないし、楽しい読書タイム以外はあまり血肉になるような話ではない。だけど、シンプルに面白い。


07/05/09
桜庭一樹「少女七竈と七人の可愛そうな大人」(角川書店'06)

ライトノベル出身であった桜庭一樹さんは『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』以降、一般読者からも高い支持を受けるようになり同作品がハードカバーで再刊行されたり、一般向けに発表された異色作『赤朽葉家の伝説』(東京創元社)で日本推理作家協会賞を受賞してしまうなど活躍の幅を拡げている。本書は『野性時代』二〇〇五年一〇月号から二〇〇六年五月号までに連載された作品に加筆修正が加えられたもの。

旭川在住の小学校教師・川村優奈・二十五歳は父と二人暮らし。ある朝突然、彼女は「辻斬りのように男遊びをしたいな」という衝動に囚われる。彼女は短い間に七人もの男性と寝、その噂の拡がりと彼女自身の妊娠のため、教師の職を辞した。父親は誰なのか分からない。そして十月十日が経過し、生まれたのが本編の主人公となる川村七竈。その川村七竈は十七歳。誰もが振り返るような完璧な容姿を持つ美少女だが、彼女自身はそのことは逆にコンプレックスでしかない。七竈は幼馴染みで、これまた美しい”かんばせ”(本書では顔や容貌についてこの表現が用いられている)を持つ、桂雪風と共に鉄道模型で遊び続けていた。この頃、母親の川村優奈は”旅”と称し、家を出て行っては行きずりの男と付き合っており、ほとんど家にいない。警察犬を引退し、番犬としてやって来た犬のビショップ。引退して静かに家事をこなす祖父。そんな七竈のもとを何人もの大人が訪れ、そして去ってゆく。
『辻斬りのように』一話『遺憾ながら』二話『犬です』三話『朝は戦場』四話『冬は白く』五話『機関銃のように黒々と』六話『死んでもゆるせない』『五月雨のような』七話『やたら魑魅魍魎』 以上にて構成される連作。

ゴシックロマンの裏側というか、本格探偵小説の裏側みたいな背景部分を、透明な視線で描き出す
なんというか、奔放な性生活を送る母親から生まれた、超の付く美人の娘が体験する数奇な出会いと哀しい運命が、様々な視点人物によって描かれ立体化されている――というのが本書の要点。視点人物には、飼い犬となるビショップによるものまであり、その場合は七竈は「むくむく」なる固有名詞が与えられている点など愛嬌があって良い感じ。とはいえ、物語全体を通しては全体に冷たく、部分的に熱く、それでいて人生そのものの「どうしようもない哀しさ」を湛えた静けさが存在する。登場人物が抱えている人間関係、血縁関係というか、そういったところに特殊性が与えられ、なんとも主人公を複雑な立場に立たせているのが桜庭一樹の流儀。その本人自身だけでなく、周囲の反応などまで含めつつも、淡々と透明感溢れる描き方をしている点が素晴らしい。
表のイメージとしては、奔放な(本書の言葉を引くと”いんらんな”)生活を送った母親と、その娘のむしろ真面目一辺倒でもある七竈との相剋が重要なテーマか。娘が母親を乗り越える、理解し合うという行動が一風変わった方法で描き出される。誰もが理解できるハッピーエンドではないし、母親の方が娘に対してわだかまりを持っていたりするので、ひとくちには云いにくいエンディングとなっている。一方で、七竈の真の分身・桂雪風との別れもまた、七竈という少女の成長には欠かせないファクターである。
……と、ここまで本書を振り返ると、そういった表面的な物語を追う一方で、何か既視感を覚える――のは、本書のような人間関係を背景に描かれる物語が別にあるじゃないかという部分。すなわち、ゴシックロマンや、横溝的な本格探偵小説における、いわゆる”複雑な血縁関係”と何かこの物語が重なるようにみえるのだ。作者自身にそういった意志があったのかどうかは不明だが、本書のメインテーマとなっている内容は、別の物語では”明かされるべき真相”として控えに回るはずの部分と何かイメージが重なる。ミステリがお好きな作者のこと、そういった意図があったとしてもおかしくない。だが本書の場合、描き方があくまで透明であるため、自分のなかの欠けた何かを探し求める哀しい魂の物語だとストレートに読むのがやはり正しいか。

様々な存在が対比のなかで描かれており、伏線なども巧みに引いてある。物語作りのテクニックとしてはかなり高等な技術が複数使用されており、一般向けとして十二分な内容だと感じられる。これが合う、合わないは……人によるとしか言いようがないような気がする。桜庭ファンならば期待した通りという内容だと思う。


07/05/08
恩田 陸「小説以外」(新潮社'05)

夜のピクニック』で本屋大賞を受賞した直後に刊行された、恩田陸さん初めてのエッセイ集。とはいえ、恩田さんは「エッセイが苦手」ということもあって十数年かかってようやく一冊にまとまるだけの分量になったのだという。またその、最初のエッセイの刊行元が『六番目の小夜子』によるデビュー時と同じ新潮社というのも少し面白い。

「まえがき」「春は恐怖の季節」「「恐怖」ということ」「百組の「ロミオとジュリエット」」「憂鬱な音楽」「東京の隙間」「本格推理小説作家への道」「入口探し」「女性の間に格闘技が流行る!?」「『日本文化』という不思議」「……AND MUCH, MUCH MORE」「風景小説法」「虚構のなかの儀式」「週末の風景」「驚きの『ケイヴマン』」「二重生活」「時間を忘れさせてくれる文庫ベスト5」「記憶の再生」「『女囮捜査官 聴覚』解説」「恐るべき思春期」「『ロミオとロミオは永遠に』新連載にあたって」「密室、この様式美の極み」「読めないことがつらかった」「海外ミステリ マイベスト7」「恐怖の瞬間」「念願かなって……」「「六番目の小夜子」に寄せて」「四人姉妹は小説そのものである」「あまりにも確信犯的な」……とまあ、題名を最初から順に挙げてみたが、これで四分の一くらい。

本とお酒と料理と、本と本と自作の舞台裏。徐々に肩の力が抜けていく感じがまた良し。
前半のエッセイは何というか、いかにも「肩に力が入っています」といった、凝った内容が多い一方、段々後半になるにつれ、エッセイのツボをつかんできているというか、文章が自然体に近くなってきていて、同時に読みやすくなっている。内容は、御本人も触れている通り、身近な風物に触れたような”いわゆるエッセイ”的な仕事は少なく、”本”にまつわるものが極めて多い。各種ベスト本や雑誌の企画への投票、文庫の解説、心に残った読書体験などに、映画や音楽などを加えると、感覚的には半数くらいがそういった”好きなもの”に対する恩田さんらしいコメントによるもの。また、次に多いのが(お好きだという)ビールやおつまみ、料理といった”好きな食べ物”に関するエッセイ。後半部、すなわち作家デビュー十周年以降には、ちらりほらりと恩田さん自身の仕事のやり方、過去の体験・経験といった”恩田陸自身”が滲み出るような内容のものが見えてくる。
ご自身では読書は好きだけれども、あまり内容を覚えていない――といった、先行作品へのオマージュが多い作家にしては珍しいコメントが各所に出てくるが、やはりこれはご謙遜だろう。読書ガイドや人気投票といった複数の本に対するコメントやセレクトについても、芸があり、そして華がある選択をしてきている。ガイドブックとかでは一部を構成するに過ぎないが、一冊にしてまとめられると、海外ミステリから司馬遼太郎に至るまで、読まれている本の幅が広いことがよく分かる。そういった豊富な読書体験に類い希なる想像力が加わることで恩田陸という希有の物語作家ができているのだと思われた。また、本に対する比喩やコメントも的確で、一種の読書ガイドとしても十分に機能する。現在の小生には守備範囲外の作品についても「あ、これは読んでみたい」と思わせる力が、行間から立ち上っている。
さすがに本書一冊を読み通せば、端端に「恩田陸自分語り」(エッセイなんて基本的にそうだろうけれど)が見られ、引っ越しの多かった子供時代、本が好きだった等々、作家としての恩田陸像が徐々に浮かび上がってくるところも面白い。また、論理的な思考が苦手と再三繰り返しており、イメージがばああっと膨らんでいるにもかかわらず、着地でふらつくことがままある恩田作品は、やはり恩田陸という作家自身の一部が投影されているのだよなあ、と少し納得してみたりもした。

さすがに「恩田陸ができるまで」とまではいかないか。だが、エッセイ集にしてもかなり半端な媒体に書かれた内容までをも網羅しており、こういったコメントや文章からも、恩田陸世界がどのように出来ているのかなど興味深い内容が読み取れる。恩田陸さんの作品のファンなら読んで損は無し。発表された作品固有のエピソードや裏話などもあるため、恩田ファンにはむしろ必読のように感じられた。


07/05/07
小路幸也「シー・ラブズ・ユー 東京バンドワゴン」(集英社'07)

個人的には最高級に面白かった前作、昔のテレビドラマ系ミステリ風味の家族小説『東京バンドワゴン』の続編。春夏秋冬の四編を引っさげて、更に増えた家族たちが一年ぶりに再登場。刊行されただけでとても嬉しく、そして読んでみて新たに嬉しくなった。

近所の大学生が百科事典の揃いを売りに来て、東京バンドワゴンには赤ちゃんが置き去りにされて。 冬『百科事典は赤ちゃんと共に』
藤島が花陽の家庭教師にやってきて、五十冊の本を売りにきた男が更に一冊ずつその本を買い戻して。 春『恋の沙汰も神頼み』
夏休みに海に出掛けた花陽と研人がお婆さんから譲り受けた本に勘一は驚き、幽霊が出るという同級生の家に研人は泊まりにゆく。 夏『幽霊の正体見たり夏休み』
我南人の妻だった秋実さん。彼女の命日になると色々な思い出が蘇り、マードックは遂に藍子を連れてイギリスへ。 秋『SHE LOVES YOU』 以上四編。

大家族の生活がますますパワーアップ。”愛”に溢れた人々が織りなすドタバタ・ハートウォーミング・ストーリー
古本屋兼カフェ「東京バンドワゴン」。下町に住む、八十歳に近づく堀田勘一を頂点とする四世代が一つの家に住み、仲良く暮らす様子を、既に亡くなっているけれど家族を近くで見守る勘一の妻・堀田サチが語る。前作『東京バンドワゴン』にて一人家族が増えたのだが、さらに本作では勘一の曾孫が増えるエピソードまで加わって、大家族度が更に高まっている。一ついっておくと、この語り手を”堀田サチ”にしたことが本作の成功理由の一つだと思う。これが神の視点だとよそよそしくなり、誰かの一人称であればこの人数はまとめられまい。神の視点を持ち、それでいて家族皆に対して愛を降り注ぐ立場の人間が、エピソードを現在進行形で語っていく。こうでなければ、この物語は成立し得ないのだ。
さて。前作同様、「あの頃、たくさんの涙と笑いをお茶の間に届けてくれたテレビドラマへ。」というコメントがラストにあるのだけれど、本書の持つパワーはそのテレビドラマ以上。陰に日向に、互いを尊敬し愛し合う家族に、さらに常連客や幼馴染み、友人から親戚までが入り交じり、それでいてそのキャラクタが被らず、全員がそれなりに存在感を示している。それぞれの過去を丁寧に語っているかというと実はそうではなく、彼ら一人一人の過去を丁寧に描写……は実はしていない。端端からこぼれるエピソードや会話から、その過去が窺われる程度。それでも勘一、我南人、藍子、青、紺、亜実、すずみ……といった全員が物語の場面場面で印象的な動きをし、良いことをいう。(作者は恐らく一人一人に膨大なデータを裏で付与しているのだろうが) また、冒頭近くのお約束、会話のみで表現される堀田家の食卓風景も何とも良い。これもまた、平成の世にて喪われつつある光景のひとつだろう。
そして単に家族の日常を描くだけではない。上の梗概に示した通り、ミステリ仕立てのサイドストーリーがそれぞれの物語に込められている。本格ミステリを特別に指向するものではないけれど、五十冊売って一冊ずつ買い戻す紳士や、幽霊と話すという子供など、ミステリファンであれば興味惹かれるエピソードだと思う。
いずれにせよ、少々のトラブルや厄介事も家族で協力して乗り切ってゆく。赤の他人が困っていたら助けてあげる。少々お節介な下町の良さと大家族の良さを、あくまでその”良さ”に着目してしっかりと描きあげた作品集。男女の愛もあるけれど、隣人愛、家族愛といった近年なかなか真っ正面から描かれない”愛”が、ここにある。暖かな気分になりたければ、迷わず読むべし。

『東京バンドワゴン』が刊行されて読んだ際、「小路幸也さんの評価がこの作品で一気に拡がることを期待したい。」と自分で書いたのだが、着々とそうなりつつあるようで非常に痛快な気分。次は、このシリーズがドラマ化されて文庫化されて、更に小路幸也さんの評価が高まりますように。――と、本作を読み終えて更に大きな願い事をしてみる(が、実現も不可能ではなさそうだ)。


07/05/06
大崎 梢「サイン会はいかが? ―成風堂書店事件メモ―」(東京創元社ミステリ・フロンティア'07)

”書店ミステリ”という特異な分野を築き上げ、同じく書店員を中心とした本好きからの支持が厚い大崎梢さん。デビュー作となる『配達あかずきん』、初長編『晩夏に捧ぐ』に続く三冊目は同じシリーズの連作短編集。前二作同様、ミステリ・フロンティアからの刊行となった。

取り寄せた本について四人に連絡したところ、その四人は全く注文した記憶がないのだという。果たしてこの悪戯を仕掛けたのは誰なのか。杏子と多絵は推理を巡らす。 『取り寄せトラップ』
小学生の社会科見学。一人離れた少年は手の届かない広辞苑を取ろうとして失敗。その少年は本屋に通ってくるようになり仕事上の質問を繰り返す。 『君と語る永遠』
成風堂書店アルバイトの金森君。彼は高校生の頃に書店で出会った女子高生に仄かな恋心を抱いていたと宴会で告白。その裏側にある事実に多絵は気付くが。 『バイト金森君の告白』
人気若手ミステリ作家。サイン会開催の条件は熱心なファンから届いた暗号文が解けること。成風堂メンバーは多絵に解かせるが、その結果は「サイン会を中止した方が良い」というような内容だった。 『サイン会はいかが?』
人気のあったアルバイトの主婦が旦那の転勤で勤務を辞めた。彼女と親しかった老人顧客が持参した写真を書店内に忘れていってしまう。だが見あたらない……。 『ヤギさんの忘れもの』 以上五編。

書店のディティールにこだわり、謎にも妙味。本を愛する人々が書店を支えている。
「取り寄せ」「サイン会」「アルバイト」「雑誌の付録」といった、書店固有の業務があることは知っているけれど、読者(客)の立場のみからすると、それぞれ”当たり前”であるとか、出来てにいて当然”だとか、そんな感覚しか持たないのが普通。ところがそれぞれが書店員の立場からみると、様々な裏の事情や苦労話があるわけで、そういった問題点やエピソードなどを本作では個々の短編にさらりと、それでいて詳しく取り入れている。この書店内部の見せ方が格段に良くなっている。 語弊を恐れずいえば、これまでの二冊では書店員が書店員の共感を得る――ようなかたちでエピソードが描かれていたような印象があったのが、本書の場合そういった視点を持ちながら、”客”すなわち”読者”に分かりやすいよう執筆されているように見えるのだ。低賃金だけど実は重労働。得られるのは大好きな本に一番近いところで働ける幸せとお客さんの笑顔。その書店員の心意気が、すんなりと”読者”の心にも入り込んでくる。
また、杏子と多絵のコンビだけではなく、他の社員やアルバイトのキャラが立ってきており、作者のユーモア感覚が作品とマッチしてきている。その点では『バイト金森君の告白』に感心。宴会でのツッコミ、多絵の推理など味わいどころが多い。また『取り寄せトラップ』もミステリとしてなかなかロジカルにまとまっていて読み応えがあった。全体に書店愛、ないし書店員愛が溢れており、その点では珍しく悪意を描いた表題作品も印象的か。

前二冊では書店員が探偵を務めるという設定に寄りかかっていたというか、バランスが今ひとつのように感じていたが、そういった不満点が本書ではほとんど払拭されており、既刊三冊のうちでは最も良い印象。作品発表がハイペースなのに、そのテンションが落ちないところも吉。


07/05/05
清涼院流水「パーフェクト・ワールド What a perfect world! Book.5 Five-star〔五つ星、超一流〕」(講談社BOX'07)

2007年の講談社ボックス特別企画・大河ノベルの五冊目。英語の方はシンプルだが重要な言い回しに入り、京都の案内は若干控えめに。その結果、物語における「運命」のパート(つまりは一般的な物語としての流れ)が着々とピックアップされてきている印象。

十年前、主人公の一角英数〈エース〉は少年野球で将来を嘱望されたピッチャーだった。その時の良きライバルだった神田特球は、今やプロ野球の人気球団のエースとなっていた。その神田特球の父親でエースの指導もしていた神田徳太郎監督。その十年後の姿は、京都でも情報通と呼ばれる四条通の托鉢僧! クローバとの対決に大黒太の力を借りて勝利したエースは、その托鉢僧・神田にクローバから得られた情報について尋ねる。『「ワンネス」の13人に辿り着くにはどうすれば良いのか?』しかし神田もその答えは知らないという。エースはこれまで得られたヒントから自分自身を含む13人を集める必要があることを悟る。果たしてそれは誰なのか。両親、レイ、教え子の3人、王美蘭、梅吉……。そしてエースは、王美蘭の言葉から「ON明神」と名乗る運命の兄妹と巡り会う……。

もともとの物語の謎が他人事だったことが、徐々に〈エース〉自身の問題へ。スピード加速中
英語のパートはちょっと停滞している印象。とはいえI wantとかI agreeだとかの使い回しは確かに重要でもあるし、この冒頭分のバリエーションを増やすことで会話の幅は確かに拡がる。このあたりは咄嗟の英会話というか、実際に使用することも多いフレーズでもあり、覚えておくことは重要だと思われる。そして役立つ。
京都のパート……についてはゴメンナサイ。あまり体系立てて頭に入っていないので上賀茂神社とか葵祭といわれても、実際あまりピンと来ない。言い訳がましいことをいうと本作においては、京都の重要な寺社仏閣や、季節季節のイベント事について必ず触れられているのだが、むしろその場所やイベントを舞台にしたピークの部分で、その背景以上に物語の方が大きく展開するので、その背景までなかなか思いが繋がらない(言い換えると記憶に残りにくい)のだ。読者としての小生の未熟さゆえかもしれず、難しいところ。
一方、本編を流れる物語の方は急展開。ちょっとこれまでのスピードがゆっくりだったことを考えると、本作の展開はかなり衝撃的だといえるだろう。今後のカギを握ると思しき重要人物・明神サトルとその妹・きらら。また彼らからもたらされる重要な情報。「ワンネス」という言葉は、あくまでレイの行方不明の父親探しのキーワードだったはずなのに、主人公のエース自身にも大きな影を落とすようになってくる。さらに絶対的な味方だと思われた人物に対する疑惑、そしてエース自身の秘密の正体……と、本作から次作にかけて物語は大きく動き出す予感がある。

次々と新登場するキャラクタ、従来キャラに現れる新能力……。英語のパートや京都のパートがありながらも、いわゆる少年漫画的な展開により物語が進んでゆく。それはそれで読みやすく興味は引くのは事実なのだけれど。最終的には主人公をはじめ、様々な登場人物の真の姿がポイントとなってゆくのではないかと想像されてきた。


07/05/04
五味康祐「剣法奥儀 剣豪小説傑作選」(文春文庫'04)

第28回芥川賞作家の五味康祐(正確には”祐”は示偏)は『柳生武芸帳』などの剣豪小説で知られ、昭和三十年代の大人気作家の一人。本書はその系譜に連なる短編集で”傑作選”とはあるものの、事実上は連作の短編集。

鷹の羽の如く、受けの状態からそのまま攻撃に移る剣術……。狂人といわれようと市森佐大夫はその技追求する。 『心極流「鷹の羽」』
阿波の国で独自に兵法を学ぶ宗吉は、膳所藩より呼び出しを受ける。藩内にある道場の娘で手練れの剣士・梨香と戦わされるために。 『知心流「雪柳」』
出石の山奥にある祠で藩の腕自慢の剣士が立て続けに斬られた。天井からぶら下がる謎の剣士は『無拍子の妖術者』と呼ばれた。 『天心独明流「無拍子」』
下総国にいた武芸者とその二人の弟子。甲、乙と性格の異なるその二名は師匠につき従い奥義を求め、最終的には対戦するが……。 『一刀流「青眼崩し」』
薙刀使いの道場の娘・里絵。彼女を負かせば嫁に貰うことができるのだが、一人の剣士が勝利した。だが八百長ではないかと疑われた結果……。 『先意流「浦波」』
部屋内の畳を立て、その上を飛び越えて相手を斬る「畳返し」。その使い手が技を封じられたかたちでの決闘に赴くことになった。 『風心流「畳返し」』
柳生一族で武者修行の旅に出た喜七郎と徳斎。二人は共に旅をするがその苛烈な修業と戦いのなかでライバル心が芽生え、遂に……。 『柳生流「八重樫」』 以上七編。

剣豪の技もあるが、物語の妙がさらに上を行く。大衆小説の力強さを味わう
武芸の各流派にはそれぞれ奥義があり、秘伝中の秘伝ゆえに口伝のみで伝えられ、文書に残されていない……だが、その奥義の名前のみは目録に残されている。果たして、その奥義がどんなものか機縁や兵法談が残されていないか注意深く探していた著者が柳生の菩提寺を訪れた際に発見された兵法書の写しに、果たしてその秘太刀の究明がなされていた――と「序」にある。この文書の存在そのものがフィクションなのか本物なのかは分からないが(恐らくフィクションだと思うが)、各流派の奥義とその技にまつわる話がまとめられている。
奥義そのものは、究極の集中力とその技を使いこなすだけの能力が必要なものの、絶対に無理と言い切れない。(風太郎の忍法ほどには巫山戯ていない)。だが、その技にまつわる話、それが奇想に満ちており、微妙なバランスというか話を面白く読ませる力量が絶妙であり、一話一話興味深く読めた。ひと言でいえば、物語作りが巧いのだ。
意外なのは女性剣士を巧みに登場させ、その技への探求心と恋愛とを秤に掛けさせたりする点。そもそも剣豪小説はあまり色気がないか、あっても無力な女性が多いものだとばかり思っていたが、実際奥義を究めているのが女性だったりするあたり意表を突かれる。そのうえで展開される物語は純愛が下敷きにされている分、盛り上がりがあり面白い。また力強い文体が醸し出す剣士同士の戦いの場面は、簡潔な描写に終始している一方で行間から迫力が立ち上り、またその迫力も凛とした登場人物の存在感によってすっきりとした読後感を残す。こういった物語と文章そのものの力があってこそ、映像抜きでも”剣豪”が目の前に立ち現れるような錯覚へと繋がってゆくのだ。

たまたま解説を立ち読みして、解説の荒山徹氏が「隆慶一郎、山田風太郎と来て、次を探し当てられず行き暮れている諸兄よ、五味康祐を一読されよかし!」と結んでいるのに興味を持って買ったもの。なるほど、その精神というか実力というか並び称するだけのものがあることが、一冊にしてその端端は理解できたような気がする。


07/05/03
柳 広司「漱石先生の事件簿 猫の巻」(理論社ミステリーYA!'07)

柳広司氏には『贋作『坊ちゃん』殺人事件』という作品があり、その作品は「本書は夏目漱石著『坊ちゃん』(新潮文庫版)を典拠とし、創作したものです。」と正々堂々謳っていた。本書は、その第二弾とも、また更に変奏曲ともいえる作品で「夏目漱石著『吾輩は猫である』を典拠とし、創作したものです」と巻末に記されている。

先生のところにいる猫は鼠を捕らないが、裏の車屋からぬすっとう猫呼ばわりされる。どうやら役所に鼠を持っていくと金になるらしいと知った先生は、書生の僕と共に家の鼠を自ら捕獲しようとするが……。 『吾輩は猫でない?』
先生の家の猫も踊る正月。先生宅には変人客が入れ替わりやって来る。通りかかった二絃琴の下女がなぜか先生の家の前で悲鳴を上げた。猫に飛びかかられたらしい。 『猫は踊る』
先生の家に泥棒が入るが、先生と奥さんは何が盗られたものかよく分かっていない。そこへ先生の常連客のひとり、水島寒月のことを知りたいと街の有力実業家・金田の夫人が訪れた。先生たちは彼女の見事な鼻に見とれる。 『泥棒と鼻恋』
先生の家に越智東風なる人物が。彼は先生とその常連客に対して会を組織してその会合を行う提案をしているが、先生は真面目に相手をする気がほとんどないような受け答えをしている。 『矯風演芸会』
先生宅の裏にある中学・楽雲館。そこの生徒たちが戦争を仕掛けてきたと先生はご立腹。書生の僕からみると彼らは野球をしているだけなのだが、確かにボールは先生の庭に飛び込んでくる。 『楽雲館大戦争』
先生の家の猫が急に姿が見えなくなった。散々先生やその家族にひどい目に遭わされ続けたので家出したのか? そこへ別の女生との結婚を決めた寒月氏が訪れて……。 『春風影裏に猫が家出する』 以上六編。

あの名作『吾輩は猫である』を舞台裏から眺めるとこんな感じか。独特の構成が妙味を呼ぶ
……あの「名作」など↑に書いてはみたが、「あとがき」で作者が述べている通り、この小説(漱石の原典)、確かに余りにも有名な書き出し部分を除くとほとんど(というか全く)内容が記憶に残っていない。さすがに学生の頃、遙か昔ではあるが『吾輩は猫である』は読んでいる。(ただ実際のところを考えると抄訳の現代語版を小学生の頃に読んだだけのような気がする)。そのせいか、本書を読むと淡い既視感(例えばトチメンボーという単語はどこかで聞いているとか)のみであって、ストーリーそのものの展開については恥ずかしながらまったく先読みが出来なかった。

――なので、この感想を書くにあたっては思わず本編についても調べてしまった。

先生、美学者・迷亭、理学者・水島寒月、越智東風……。先生にこそ固有の名詞が与えられていないものの、彼ら登場する人物たちの名前から全て夏目漱石の『吾輩は猫である』と共通している……という予想されるレベルではなく、実は物語の内部で扱われるエピソードまでほとんど同じなのだ。著作権フリーとなった今だから出来るというか、ここまでパロディにしても徹底している作品はちょっと珍しい。本来、猫の視点で描いたところが特徴である『吾猫』を、あえて先生の書生の視点で描いているところがポイントだ。発生しているエピソードは同じ、だけど視点が違う。
ただミステリとしては、もともとの原典の展開に合わせている部分などもあり、すっきりはしているものの驚天動地というタイプとは少し異なる。あくまで原典に沿ったかたちでの解釈の差異といった印象だ。漱石ファンであれば、意外な真相といった楽しみもありそうだが、むしろ本書の場合はミステリっぽい部分がおまけで、原典の持つ面白さを別のかたちで描くところに主眼があるように感じられた。

だがまあ、先生をはじめ登場人物はおしなべて変人ばかりだし、猫に対する扱いはめちゃくちゃだし……。その人々のユニークな部分を、この作品でも巧みに引き出していて素直に面白い。これが柳氏の凄さなのか、夏目漱石の凄さなのかという点が判然としないものの、読んでいて何とも”面白可笑しい”気分になることだけは確か。


07/05/02
石持浅海「人柱はミイラと出会う」(新潮社'07)

石持浅海さんによる、新キャラクタと世界観が魅力の連作短編集。現代日本にかつての日本の風習が残っているというパラレルワールドを配し、そのなかで本格ミステリをやってしまおうという、石持さんには珍しいコミカルな雰囲気を持ったシリーズだ。『小説新潮』誌に二〇〇四年四月号から二〇〇七年四月号までのあいだに発表された作品がまとめられている。

米国からの留学生・リリー・メイスはホームステイ先の友人・一木慶子から人柱の風習を教えてもらう。人柱は建物の基礎に入り、数ヶ月から数年、じっと土地の神様の怒りを鎮めるために密室内部でひっそりと暮らすのだという。現場には慶子の従兄弟の東郷直海がいた。彼も職業は人柱。何か透明な雰囲気を持つ人物でリリーは彼のことが気になる。彼の案内で郊外のマンションでの人柱の帰還式を見学に行ったリリーと慶子。しかし、そのマンションの人柱の部屋には乾燥したミイラが。果たして何が起きたのか? 『人柱はミイラと出会う』
議員先生の議事を助ける黒衣(くろご)。慶子の父・一木三郎が参加する北海道議会で、黒衣が行方不明になる事態が。その本人とは別の黒衣が閉会後の議場から死体で発見されて……。 『黒衣は議場から消える』
既婚女性はお歯黒をするのが当たり前の日本。だが派手好きの独身女性が海外旅行前にお歯黒を付けているのが目撃される。彼女はなぜそのような行為をしたのか。リリーたちは推理するが……。 『お歯黒は独身に似合わない』
厄年には怪我をしやすいので男女とも一年間休暇を取る制度が日本にはある。リリーの研究室の先輩たちも相次いで休暇に入ったが、次々と仕事に関わっては怪我をする事件が。やはり厄年は怪我をしやすいのか。 『厄年には怪我に注意』
慶子の鞄をひったくりが襲う。そのひったくり犯はたまたまパトロール中の鷹匠が連れた鷹によって襲われ、犯人は捕まった。その名鷹匠の操る鷹が、警察に抵抗する麻薬犯を爪で殺してしまった。 『鷹は大空に舞う』
一木家に心当たりのないダンボール一箱分のミョウガが送られてきた。ミョウガは物忘れをさせる効能があるが、このミョウガには一体誰が何の意味をもって送りつけてきたのか。 『ミョウガは心に効くクスリ』
道知事に当選した一木三郎。参勤交代制度の結果、東京と北海道の往復生活を送ることになる。その公館の知事用ベッドのマットレスから多くの一万円札が発見された。前知事の時代に押し込まれたものと思われたが……。 『参勤交代は知事の勤め』 以上七編。

今はない風習の残る異形のニッポンで起きる、人を食った本格ミステリがもたらす興奮
ニッポン独自の風習をを外国人が眺めることによってカリカチュアライズしたり、誇張したりして面白可笑しく描いたミステリ……という構成自体には、いくつかの先例が思いつくが、本書はまた特殊。実際の日本にはないけれど、江戸時代など過去の日本の歴史のなかにあった風習が現代まで残っているという設定を持ち込み、それを留学生の女性の視点で描き出す。パラレルワールドとして変梃な日本と、当たり前の現代日本の風景が溶け合った、独特の世界観の物語なのだ。そして、その風習をベースに、これまたとんでもないミステリを描き出してしまうのだから面白い。
ただ――、発表時期のせいなのか、設定そのものにも力が入り、奇妙な現象自体のツイストと石持テイストの論理(ロジック)満載の前半作品四作と、二〇〇六年以降に発表された後ろ三作品とで何かレベルが異なる印象。先に後半の作品について述べておくと、鷹匠が警察に協力する、嫌な経験をしたり失恋したりした時にミョウガを食べる、全国の県知事は偶数月と奇数月に参勤交代と称して年の半分は東京に詰めるといった設定からミステリを引き出すのだが、真相の方のひねりが前半作品に比するところ一回転半くらい少ないように感じられた。また、パラレルワールドの設定そのものがトンデモの域から現実に近くなっていて、設定自体の魅力も薄い普通のミステリになってしまっている。
だが、前半部には短編年間ベスト級の傑作が揃う。 特に『人柱はミイラと出会う』の密室とミイラという奇想、石持版「見えない人」を巧みに演出する『黒衣は議場から消える』、既婚女性はお歯黒をする、だが独身の彼女がなぜ? という細かい疑問から大きな犯罪を暴き出していく『お歯黒は独身に似合わない』、そして厄年には怪我や病気をしやすいので年間休暇を取るという風習から逆説を展開していく『厄年は怪我に注意』まで、その個々に設定されたパラレルワールドニッポンの特殊な設定が謎解きに実に綺麗に連関しており、真相に至る道筋が鮮やか。 この前半作品は、ミステリファンであれば読み逃せない。

パラレルワールドの設定がなんともとぼけていて楽しく、かつミステリとして非常に上質の展開。これで前半部のクオリティが後半部に続いていたら……というのはないものねだり。この味わいは広い範囲にアピールできる内容であり、特異な動機がどうも、というような理由で石持作品を敬遠していたような諸兄にもお勧めできる作品集です。


07/05/01
西尾維新「刀語 第五話 賊刀・鎧」(講談社BOX'07)

西尾維新の十二ヶ月連続刊行企画シリーズ大河ノベル「刀語」の『刀語 第四話 薄刀・針』に続く第五話。順調に進んでいた奇策士・とがめと虚刀流・七花の戦いに「まにわに」とは別に、第三の勢力”否定姫”が登場……する予定なのが分かる五作目。

伝説の刀鍛冶・四季崎記紀が作った変体刀のうち完成形十二本のうち、四本目までを手に入れた奇策士とがめと鑢七花。特に日本最強と名高い錆白兵を周防の地で倒したため、彼らの道中には腕試しを称する力自慢・技自慢の者どもが次から次へと現れる。その全てを片っ端から倒し、息の根をあっさり止めてしまう七花に、とがめは微妙な恐れを抱いていた。そのまま彼らは五本目を持つという海賊団船長・校倉必(あぜくら・かなら)のいる薩摩の地を訪れる。港町を仕切る校倉は、大盆と呼ばれる闘技場での見世物としての格闘に参加していた。身の丈が七花より遙かに大きな校倉は全身を隙のない鎧に身を固めていた。その鎧そのものこそが賊刀・鎧。鎧の各所に仕込まれた刃が相手を切り裂く。相手に体当たりすることによって攻撃をするという特殊な”刀”である。賊刀対策をするため、温泉場に宿泊しているとがめと七花のもとに、いきなり校倉必が訪れる。彼は、とがめたちに対しある条件を提示する……。

裏で話は動きつつも、素直に剣劇に戻ったノーマルな展開が逆に印象的な一作
前作『薄刀・針』では、西尾維新らしく変化球で物語を動かしていたことに比べると、本書は新キャラなども登場して思わせぶりな展開が始まるとはいえ、物語構成としてはノーマルに戻った印象。”時代活劇”としての原点の面白さが素直に楽しめる作品となっている。全身を覆う鎧、その部分部分が刃となって防御=攻撃となる賊刀vs無刀。虚刀流には防御を突き抜けて相手にダメージを与えるという技があり、ただその技すらも無効化してしまうという完璧な鎧――。それにどう対処するのか。チャンバラや武芸小説の持つ原初の魅力を改めて引き出している点に今回の面白さはあった。火攻め、水攻めといった点を最初から彼らが考慮し、更にそれらが使えない状況下で戦うことになっている点にも配慮は行き届いている。
あと、賊刀・鎧と、校倉必にまつわる”刀が人を呼ぶ”エピソードも残酷にして悲劇的で印象に残る。この校倉という人物の豪放磊落にして繊細、かつ潔い――キャラクタは、漠然とだが今後の展開にも関わってくるように思われる。(現段階では、あくまで通過されてしまっているけれど)。そう考える理由は簡単。彼が本書が終わる段階で勝負には負けたものの普通に生きているから。

十二冊で十二人との戦いということが決まっている以上、残り七冊でも七人登場(一部は恐らく既に登場している人物が刀をもって登場するようだが)する予定。こうなってくると背後の物語をどこまでこれから充実させられるかという部分も微妙に気になるところだ。後半部、急に本の厚みが倍増したりして。