MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


07/06/10
石崎幸二「首鳴き鬼の島」(東京創元社ミステリ・フロンティア'07)

2000年に『日曜日の沈黙』にて第18回メフィスト賞を受賞してデビューした石崎幸二氏。その後、比較的順調に講談社ノベルスより”石崎幸二&女子高生ミリア&ユリ”が登場するシリーズを発表していたが、2002年の『袋綴じ事件』以来、新作の発表が無かった。本書は石崎氏久々の単行本にしてもちろん書き下ろし。

湘南の一部地方に伝わるという”首鳴き鬼”の伝説。源頼光の伝説の更に上を行く鬼退治の話で、腕のみならず首も切り落とされた鬼の身体が、首を求めて彷徨い歩くというものだ。その伝説の伝わっているのが頸木島だが、そこは名前を挙げれれば誰でも知っている竜胆製作所の私有地となっている。小説家志望だったが、現在は編集者となっている稲口は、ガールフレンドの茜を連れてその島を訪れた。彼は若者向けの情報雑誌を担当しており、その夏場の特集の一つ、怪奇スポットの取材の約束を取り付けることに成功したのだ。ちょうど竜胆家は跡継ぎ問題に揺れており、竜胆会長、そしてその息子で変わり者の慎一郎がいた。慎一郎は会社を継ぎたくないといい、彼が若い頃に交際していた女性が生んだ娘・美紗子に会社を継がせようとしていたが彼女自身はまだ迷いがあった。偶然、稲口と同級生だった影石も島にやって来ており、会長と稲口、そして影石は酒を飲み出すのだが、その最中、鬼の唸り声と共に、竜胆製作所の社員の一人が殺害された。その死に様はどうやら”首鳴き鬼”の伝説をなぞったもののようにみえた。更に、その見立てが進行するように第二、第三の殺人が……。

文章や物語はとにかく、科学捜査すら徹底的に欺くことが可能な超絶トリックに瞠目する
なんというか、これまでのシリーズ作品では、女子高生コンビのノリの勢いにまかせて読んでいたせいか、あまり石崎幸二氏の文章そのものに注目していなかった。最初にその点が引っ掛かった。視点人物が入れ替わったりする致命的なミスがあるわけではないのだが、孤島、そして連続殺人、しかも見立てという本格ミステリ典型の道具立て、その結果サスペンスが溢れ恐怖感満点となる筈の物語に、本作なぜか全然緊張感が感じられない。また、頸木島やその建物にしても描写はあれども、瞼の奥にその姿が浮かんでこないし、登場人物にも深みがない(が、主人公の哀しい勘違いっぷりは良かったが)。ひとことでいえば文章があまり達者ではないのだ。また、ボケ役の主人公に対しツッコミどころの同級生・影石の台詞はそれなりに面白いのだが、むしろ本来あるべきサスペンスの緊張感が中途半端に緩和されてしまい逆効果だったかも。
だがそれでも、このミステリ、周到な構成と壮絶ともいえるトリックによってきっちり水準作以上の本格ミステリに達している。 わざわざそれらしい伝説をこしらえ、これだけ凝った見立て殺人を連続して引き起こす犯人。しかし作者はこういった行動そのものを大胆に捨て石としてしまっている。(これはこれで見立て殺人トリックとしてはそこそこ納得させられる内容ではあるのだが)。 特に一旦事件がサスペンドとなり、後日譚に至ってからの二転三転の逆転劇には目を瞠る。 特にこの手の死体入れ替わりトリックをつまらなくしてしまう捜査上のキラーアプリ、DNA鑑定を無効化させてしまうトリックは、これまで類似のもののを見たことがないだけに驚きもひとしおだった。(とはいっても最新の科学情報がベースなので半端にしか知識がなかったのはこちらの事情。だがそれを説明的とはいえ、きちんと情報を読者に開陳しているところはフェアだし)。
登場人物に関しては、主人公のガールフレンドとして登場した茜の徹底した○○ぶりが印象に残る。彼女がいてこそ、一連の事件がミステリとしての深みを持ったともいえる。恐らく”嫌われ”キャラにあたるのだろうが、この徹底ぶりはむしろ清々しい。

小説として傑作だとはいえないが、あくまで斬新なトリックを内包する本格ミステリとして評価すべき作品なのでそこは目を瞑ろう。本格ミステリマニアであればあるほど、このトリックには驚くはず。(だからやはり小説として評価できれば、更に高い評価が得られていたかもしれず、やはり残念といえば残念なこと)。


07/06/09
山田風太郎「室町お伽草紙」(新潮文庫'07)

非常におおまかにいうと探偵小説→忍法帖→明治もの→と主要執筆内容が変化してきた著者が最後に行き着いたのが室町もの。本書はその室町もの長編にあたる。山田風太郎が残した数多くの長編のうち最後から二番目という位置づけでもある。副題に「―青春! 信長・謙信・信玄 卍ともえ―」とあるが、こちらを読み上げるのはどこか照れるな。

一五五二年、京都の伏見。ボロをまとった少年、日吉丸は仕官先を求めて京都を訪れていた。堺の商人・千宗易が三好長慶に献上しようとする銭をその配下の松永弾正の桶かぶと党が強奪しようとするなど、室町幕府は乱れきっていた。日吉丸は烏天狗のような坊主にして元関白の九条稙道と知り合い、将軍家の姫君の様子を見守るよう依頼を受ける。姫の名は香具耶といい、彼女は剣聖・塚原ト伝と上泉伊勢守に護られていたが、彼女を憎む妖女・玉藻が香具耶を貶めるようある画策をしていた。玉藻はその九条稙道の娘であり、武田信玄の父親・信虎の愛人となって堺の食客として暮らしている。玉藻は、それぞれ用件があって堺や京都を訪れていた有力な武将、即ち若き日の織田信長、上杉謙信、そして武田信玄らに対し、香具耶を奪った者に最新の南蛮銃三百挺を差し出すという。種子島ではなく、最新の鉄砲はこれからの軍略を左右する大きな武器となる。しかし、三者は三者の思惑のもと、行動を開始するのであった。

大家ならではの余裕と柔軟で壮大な発想が為せる一大お伽話世界
ひとことでいえば、戦国”ヤング”オールスター戦。 室町末期の戦国時代の端緒期に、まだきちんと武将としての名を成していない戦国武将たちを集め、それも冗談めいた理由でもって戦わせてしまうという正にお伽話というユニークにして痛快な物語である。忍法帖そのものをナンセンスと切り捨てた著者ではあるけれど、本書もナンセンスといえばナンセンス。ただ、忍法を競わせることよりもこの時代に「あったかもしれない」(実際はあったわけがない)物語世界を創り出してしまう手腕が「さすがは風太郎」なのだ。
妖艶な美女が男性に対して施す妖術「マラタトゥ!」や、竹筒に入ったちび狐が人々の運命を見定める「アッカーン!」といった、科学的な理屈抜きの忍法帖風大技もあるにはあるが、その奇妙さを見せつけるのがテーマではない。これらについては物語を風太郎に(そして読者に)都合良く回すための潤滑油的な存在として機能しているのみ。また、戦国武将やその配下たちが、後の大合戦と同じような理由やシチュエーションで戦うという冗談も各所に施されており、物語のノリは講談のそれに近い印象。そういった要素、潤滑油と、ほんの少しの架空のエピソードを巧みに利用し、日本の歴史上、この物語が成立している瞬間に生きていた、乃至は生きていた筈の人物たちを一カ所に集合させ、縦横無尽に生き生きと描く様は熟練の技でありながら、不思議と瑞々しい。副題にもある通り、青春譚としての味付けが深いからだろうか。

歴史を題材にしながらも、生きるか死ぬかの戦いではないし(そりゃこの段階で戦国群雄が死んでもらっても困る)、純粋なエンターテインメント指向が強いため、読み終わった後には「ああ、おもしろかった」という素直な気持ちだけが残る。物語作家・山田風太郎の面目躍如。伝奇小説のお手本のような作品です。


07/06/08
西澤保彦「収穫祭」(幻冬舎'07)

一時期の驚異的な執筆ペースからすると若干作品の発表間隔が開いてきているような印象があった西澤保彦氏。しかし、そのあいだに着々とこんな凄い作品書いていたんですね。原稿用紙換算一九四四枚にもわたる書き下ろし超大作。ノンシリーズ作品ながら、これまでに西澤保彦さんが様々な作品で「やろうとしてきたこと」の集大成ともいえる傑作。

一九八二年、日本のどこかにある首尾木(しおき)村の北西区にて、暴風雨のなかご家族十数人がほぼ全員刃物で惨殺される事件が発生した。南白亀(なばき)中学校首尾木分校に通う、伊吹省路(ブキ)、小久保繭子(マユちゃん)、空知貫太(カンチ)、そして他地区から遊びに来ていた元木雅文(ゲンキ)らは自らの父母や親戚が殺害されている異常事態に気付き、村を見て回るが全員が事切れている。幾人か目撃された不審人物、目の前で流されてしまう橋、事故で濁流に飲み込まれるゲンキ……。彼らは分教場に逃げ込み更に異常な事態に直面するのだが、最終的に中学生三人と教諭一人が生き残りとして保護される……。犯人は一応、近くの街に来ていた外国人英会話教師ということで事件そのものは収束をみるのだが、それから九年後、その英会話教師の親族の依頼によって事件そのものをフリーライターが再調査を開始する。生き残りの一人で現在は水商売のアルバイトをしている繭子に接触することに成功、事件を振り返ろうとするのだが、またもや謎の連続殺人が発生した。果たして犯人は……?

地域的にも時期的にも犯人がみえない連続猟奇殺人に徐々に変貌していく謎、そして……。
冒頭から開始される首尾木村北西区の連続猟奇殺人事件。事件そのものが凄惨にして酸鼻を極めた内容であり、その一連の結果を中学生たちが目撃していく展開は登場人物に残酷な経験を強いている。更にその視点が性的な深いリビドーを抱え持った中学生・伊吹省路のものであり、最初の段階から読者はどこか狂気の淵へと引き込まれるような錯覚に陥る――と、こういった激しい性欲なりの持ち主に試練を与える(?)のは、西澤ミステリの常套手段のひとつであるが、本書はそこに留まらない。もちろん後で振り返ってみれば、この段階で相当の手掛かりが残されているのだが、正直この段階で看破することはまず無理かと思う。そもそも、生き残った彼らが体験したはずの事件と後から「一応の解決」をみたとされる事件の真実に明らかな食い違いがある。第一部は、その冷え冷えとした気分に加え、最終的には思いっきり「?」を残したまま幕を閉じてゆく。
そして第二章は生き残りの一人、繭子の視点にて描かれる。事件から九年が経過、ここでは記憶の欠乏・変換といった、これも西澤ミステリにて描かれてきたテーマが再び取り上げられてゆくような印象だ。このパートにおいてもエロティックな描写とグロテスクな描写、繭子自身が持つ様々なトラウマ、更には第二部が進展するにつれて思いの外にあっさりと切り捨てられる登場人物など、異形の物語が持つ独特の感触に読者は直面させられる。全体を通じて、一応納得できるような、だけど確実な違和感が進んでゆく。
最終的に明らかにされるのはこの題名の意味。これまで登場人物によって挙げられた仮説も、読者の想像も吹き飛ぶようなこの意味合いに闇の結晶のような煌めきがある。つまり、これら一連の狂気の事件の根っこにあった収穫祭、そしてこの一連の事件の末端にある収穫祭。この二つが絡まり合って独特の西澤ミステリ(ダークサイド)らしい読後感へと繋がってゆく。

ただ――これだけ、生々しい感情や描写が積み重ねられているにもかかわらず、本書からなぜか微妙に爽やかな気持ちを味わったことも事実。自分が歪んでいるからかもしれないながら、狂気と病んだ情熱をベースにした青春小説といった側面もたぶんにあると思う。しかしとはいってもこのボリューム。西澤作品がお好きな方でなければ(内容ともども)少々辛いか。但し、真性ファンにとっては西澤ワールドにどっぷりと浸かれるという意味で吉。


07/06/07
恩田 陸「木洩れ日に泳ぐ魚」(中央公論新社'07)

中庭の出来事』で第20回山本周五郎賞を受賞した恩田陸さんの、同賞受賞後第一作扱い。実際は書き下ろしではなく『婦人公論』誌二〇〇六年一月二二日号から二〇〇七年二月二二日号にかけて連載された作品に加筆されたもの。

三歳まで一緒に育ち、それぞれ別の人生を送った高橋千浩(男)と藤本千明。母が詳しい事情を語らなかったこともあり、彼らはそれぞれ一人っ子だと思って育ってきた。千浩の母親は実母だったが別の男性と結婚、千明は養女に出されていたが普通の家族のように養父母と過ごしてきた。そんな二人が大学生の時のテニスサークルで偶然に出会い、そして互いに運命の出逢いのように互いに惹かれ合い、だけど事情から二人は双子の兄妹であることに気付いた。胸の奥底にある感情を秘めながら、それ以降は兄妹として二人で暮らしてきたが、遂にその生活が終わる時が来た。千浩が別の女性と暮らすために家を出て、千明はベトナム旅行に出掛けることを契機に二人で住んできた家を引き払うのだ。引っ越しの前日、最後の夜。二人は互いの心の奥底に隠し合っていたこと、二人で出会った不穏な事件について想いを巡らせる……。

男のずるさと女の鋭さ。大人の男女が持つ心の機微、そして運命を鋭く描き出す
裏『夜のピクニックという印象を読了後の最初に覚えた。まあ、共通しているのは、前の晩の準備、そしてその晩から朝までの物語という点くらいで、本作の場合も回想シーンこそ多々あるものの基本的に二人だけの登場人物によって成立している。なので、異なるといえば異なる部分の方が大きい。そして本作は、長年積み重なってきた二人の運命、そして感情のわだかまりを解く”禊ぎ”の一夜を描いた物語という位置づけも可能で、卒業の記念という位置づけの『夜のピクニック』とは似て否なるものだろう。なのだが、たった一晩の緊張を孕んだ話し合いで、男女の感情が瓦解し変貌し、それを互いに隠しつつ探り合ってという展開のスリリングさは、それでもどこか手触りだけが似ているようにも思うのだ。全体的には耽美な雰囲気が強く、読後感は爽やかというよりも虚しさが強い。ただ、恩田作品にてよく感じさせられる後半での腰砕け感が、真実がシンプルゆえになく、全体としては手堅く力強く文芸としてまとめられていると思う。
飲みながら夜を明かすという別離る寸前の二人――というモチーフを描きたかったのではないかと類推されるが、そこに過去現在の様々なエピソードを絡めるのがやはり巧い。また、彼ら二人を案内していた山岳ガイド(そしてそれは父親でもあったわけだが)の突然の死、そして二人の幼時の記憶が微妙に食い違う謎など、緩やかではあるが謎解きの妙味もあって個人的には楽しめた。ただ、この夜に明らかになる二人の悲劇的な恋愛の果て、特に千明の感情が行き着いた先などには背筋が慄るような怖さがある。 正直、この部分で「女って怖え」と思ったことは秘密だ。

様々な賞を受賞して理解者(読者層)を増やした結果生まれた作品のような印象もある。つまり、読者を想定したエンターテインメントとしての枠組みを無理に意識せずとも恩田陸という世界を物語にすることが、自然に出来るようになったということなのではないか。恩田エンタというよりも、一個の文芸作品として読ませる作品である。


07/06/06
城 昌幸「死者の殺人」(桃源社'60)

桃源社の「書下し推理小説全集」の一冊として刊行された長編作品。時代小説である「若さま侍捕物手帖」シリーズには複数の長編があるが、別に怪奇幻想的テーマを主題に執筆していた探偵小説分野においては『金紅樹の秘密』と本書のみが唯二つの長編作品である。

大学教授である後藤要助は、二十五年前の友人・山座仙次郎から手紙を貰い、興津にある彼の家を訪ねようとしていた。しかし、何とか山の中にあるその洋館にたどり着いてみたものの、何の迎えもない。更に館は全体的に真っ暗であり人の気配がほとんど無かった。一つだけ灯った明かりの方に向かってみれば、そこには、はやしや蝶吉と名乗る芸人がいた。何やら彼も山座から手紙を貰ってやって来た者で、主人の姿が一切見えないのだという。更に同じように秋元初太郎なるセールスマンが同じように訪れる。果たして主人はどうしているのか不明に思う三人のもとにどこからか女中たちが現れ食事の準備を始めた。十人分だ。更に女性が三人訪れ、最後に主治医だという石田という人物が現れて一行に説明を開始した。主人の山座は今は容態が悪化して別棟におり、更に現在は行方不明なのだという。ただ、山座は、彼が臨終の際にこの興津の家に滞在している人物に対し遺産を相続させるという言葉を残していると石田は伝える。これは皆が貰った手紙と同様の内容だった。

これはこれで探偵小説ジャンルの一里塚か徒花か。読中では想像不可能のバカミスとして強い印象
・熱海の山荘を訪れると、空き家。
・続々と集まる互いのことを見知らぬ老若男女が複数名。
・突然現れる女中軍団による食事と、弁護士からの宣言。
・この場所にいないある人物の臨終に立ち会うことができれば、莫大な遺産が分割されて支払われるのだという。
・お互いの腹を探りながら、滞在する客。幽霊の目撃談が語られる。
・しかし、山荘内部で謎の死や行方不明者が。別の旅館に避難する者、逃げ出す者も。
・一向に現れない臨終中の人物、客を装っているある関係者、そもそもなぜ客は集められたのか??

  ――ね、面白そうでしょう。

もちろん、なぜ彼らが誰もいない別荘に集められたのか、そして何故一部の客が不審な死を遂げたのか。理由があるんです。トリックもあるんです。……それがまあ、城昌幸さんというのは凄い御方であるなあと。たぶん、動機はまあ許されるとしてもこのトリックを現代作家が使ったら、それだけで読者の袋だたきに遭いかねないというとんでもない代物なのですよ。それがどういったものなのかは……もちろんミステリ感想のお約束、ここでは書きません。

愛すべき駄作というのが本来の評価なんでしょうが、ここまで”来て”しまっている作品である以上、「伝説的バカミス」として様々なひとの記憶に残ってもいいような気がしたり。ただ良識有る編集者が復刊してくれるような作品でもないため、古書店なりで探してみてください。


07/06/05
小川勝己「イヴの夜」(光文社'06)

2000年に『葬列』で第20回横溝正史賞を受賞してのデビュー後、小川勝己さんには『撓田村事件』などの本格系統の作品と、『まどろむベイビーキッス』といった現代風俗の本質を切り裂くような作品との系列があるように感じられる。コミュニケーション不全を取り上げる本書はどちらかといえばその後者に近い作風を思わせる。

零細建築業に勤務していた三沢光司は、不器用で話し下手な性格。だが以前に同僚の誘いで員数合わせのようなかたちで連れて行かれたコンパで、同じようにあまり冴えない女子大生・久保井麻由子と知り合い、なぜか少しずつ意気投合して交際するようになった。光司の勤めていた会社は不況の煽りを食らって倒産、しかし落ち込む光司を支えてくれたのはやはり麻由子だった。その麻由子が突然何者かに殺害される。事件にはマスコミが群がり、交際していた筈の光司は麻由子に対するストーカーとして残酷な取材攻勢に晒されてしまう……。一方、東京を出て”田舎指向”ゆえに西に転々と引っ越して暮らす二十一歳の三枝ひとみは、今は福岡のデリヘルで彩華という源氏名で働いていた。無口で人と話すことが苦手なひとみは、同僚たちともうち解けることが出来ず、格好の憂さ晴らしの対象とされてしまう。かつて”仕事”で客から怖い目に遭わされたひとみは、鞄の中にスタンガンとダガーナイフを入れ、何とか日々の仕事をこなしていた……。

一筋縄ではいかない恋愛小説。孤独な人間の不器用な生き方を切々と描く
先にいってしまうと、別に強烈な物理トリックも驚天動地の叙述トリックも仕掛けられてはいない。(一部、物語の展開上、叙述めいた部分はあるとはいえ)。本格に限らず、さまざまなサプライズやグルーヴ感覚を読者に仕掛けてきた小川勝己氏が、己の特性を活かしつつ新境地を開拓しつつある――といえるかもしれない作品。
恋人が突然殺害された挙げ句、マスコミから犯人呼ばわりされて生活がめちゃくちゃになる男。風俗業界で生きながら、周囲と全くそりの合わない女。二人に共通しているのは、生き方も生活態度も、対人関係もこれでもかというくらい不器用であるところ。方や犯罪被害者にして重要参考人、方や風俗業界人。この二点についてはこれまでの小川作品でもみられたガジェットであり、その結果(?)主人公の光司にしても、もう一方の主人公・ひとみにしても、その安い人生や現在の生活、心情といったところの描写が抜群にうまい。 このディティールの巧みさは知らず読者を物語に引き込んでしまう物語の吸引力の一つの要因となっている。
コミュニケーション不全症候群……と帯に踊っており、二人の対人関係の不器用さ(これが症候群ということか?)と、その内に内に進んでゆく思考の描写が実にリアルに描く。このあたりの内面・外面の描写が巧すぎて、確かに表面上はコミュニケーション不全なのだろうけれど、単純に内気で不器用な二人の物語にみえてしまう。ただあまりにも自分に自信のない二人の姿はまだるっこしくもあり、いじらしくもあり、情けなくもあるけれど、だからこそ何か応援したくなるのだ。
また、二人がそれぞれ陥るマスコミの強烈かつ無礼な取材攻勢や、風俗業界で生きる人々の難しい人間関係などの描写についても超一流。もともと作者の得意分野(?)なのかもしれないが、それにしてもうまい。こんな二人がどのような形で出会い、そして関わりを深めていくのか。結局のところ物語の焦点はそちらへと向かっていく。ミステリの範疇に入れることすら抵抗あるが、あまりにも主人公二人が一般小説的に規格外の存在であるため、とにかく読んでいるあいだ中、先が全く読めなかった。もしかするとこういう手法もあるのかもしれない。

普通の恋愛小説には飽き足らなくなってしまった方にはかなり刺激となって楽しめるはず。だが、上述している通り、ミステリのガジェットをところどころ使いつつも、あくまで不器用な男女の不器用な恋愛の小説なのだ。もしかするとこういった恋愛小説系統の読者を狙うために過度にミステリ的になることを避けているのかもしれない。


07/06/04
浅倉卓弥「ビザール・ラヴ・トライアングル」(文藝春秋'07)

2002年に『四日間の奇蹟』にて第1回「このミステリーがすごい」大賞の金賞を受賞し、文芸界に颯爽とデビューした浅倉卓弥氏。その後、順調に著書を重ね『君に名残を』『雪の世話』『北緯四十三度の神話』等を発表している。本書は『別冊文藝春秋』誌に二〇〇五年一月号から二〇〇七年三月号までに発表されたノンシリーズの短編を集めた作品集。

コンビニの深夜勤務に立つ僕。一人で夜中のシフトをこなしていると毎晩入り口のチャイムを鳴らさずに入り込む女性がいて、ヨーグルトを一つ求めていく。奇妙な行動をする彼女に僕は少しずつ興味をかき立てられるが……。 『ヨーグルトを下さい』
気付くと僕は結婚を決めた彼女と共に自分が生まれ育った村でかき氷を食べていた。自分がなぜそこにいるのか思い出せないが、絶縁していた父親のもとを訪れようとしていることは分かった。 『夕立のあと』
父親のいないなか山沿いのドライブインを切り盛りして自分を育ててくれた母。その母の想いに反し、大学を中退して結婚してしまったがため、なかなか店に近づけなかった私は、子供を連れて遂に里帰りを果たす。 『紅い実の川』
母親が急に亡くなり、事態を理解できなかった幼かった頃の私。私は焼き場に向かう道の途中、向日葵畑に迷いこみ、母に似た面差しの女性に慰められたという記憶があった。そして婚約した今、その場所を探す。 『向日葵の迷路』
妻に続けて、母親を亡くした僕は自分の実家で妻・真知子の連れ子の恭子と二人で暮らすことになる。血の繋がらない父親と娘。互いの微妙な心情がすれ違い触れあう様が描かれる。 『ビザール・ラヴ・トライアングル』 以上五編。

主に親と子の目に見えない絆をさまざまなかたちで描いた物語。貴方の琴線に触れるものは?
(極私的な、あまりにも極私的な感想――)浅倉卓弥の名前はよく知っている。だが、デビュー作の『四日間の奇蹟』含め、なぜか縁がなくこれまで読んでいなかった。なのに本屋で本書を手にとって、なぜかレジに持って行ったのはほんの気まぐれ。もう十年以上前からお気に入りのあるアーティスト(音楽)の特徴あって印象に残っている曲と、本書の題名が同じだったから。そのアーティストの名前はちょっと洋楽をかじる人なら誰でも知っているであろうニュー・オーダー。その曲の題名は本書のタイトルと同じ「ビザール・ラヴ・トライアングル」。
作品集は、いかにも近年のトレンドに乗った”いい話”系統。毒も少なく、大切な人を亡くした経験を持つが基本的には思いやりが豊かで穏やかな人々の心の交流を描いた話。(冒頭の『ヨーグルトを下さい』は多少毒があって良いスパイスになっているのに) で、表題作もそんな感じの話。あまり世の中にうまく適合できない小説家が、妻を亡くしてから実家で妻の連れ子である娘と、自分の母親と暮らし、そしてその母親が亡くなった後の微妙な関係を描いた――、でこの作品の中途で表題作の題名が、その小生お気に入りの「ビザール・ラヴ・トライアングル」そのものから採られたことを知ったのが、この作品集を通じて最大のサプライズ、何か同志を得たかのような(ニュー・オーダーのファンは世の中に星の数ほどいるし、イアン・カーティスに言及するミステリ作家もいるけれど)気持ちになった。
そして実際、本書の内容として印象に残るのは、この小説家が自らの文章を綴ろうとしてあれこれ考えることだ。自分のことばというものが、実際は様々な人々に影響を受けたものであるということ。そしてそのエピソードとは別に、なぜ子供が勉強をしなければならないのか、という点についての答え。様々な示唆があって物語としての釣り合いも良く、なかなかの好作品となっている。

このサイトを読まれる方(多くはミステリファンだと思うけれど)には、無条件に勧められるタイプの作品集ではない。多くの人にとっては緩い作品だと思われるに違いない。にも関わらず、この作品集、あくまで個人的には結構気に入っている。


07/06/03
森村誠一「むごく静かに殺せ」(廣済堂文庫'92)

森村誠一氏の公式サイトに本書に関する著者本人のコメントがあり、そちらで言い尽くしているような。引き写すと、森村氏の乱歩賞受賞前後、'69年にヨット専門誌『スタッグ』に連載された作品で青樹社で数度単行本化された後、'76年に角川文庫に入って百万部を超えるベストセラーに。小生は廣済堂文庫版で読んだが、その後青樹社文庫、ケイブンシャ文庫でも復刊されている。

何事にも退屈しきった大金持ちの若者が事故処理屋という名の殺し屋の星名五郎にある依頼をする。彼の自分自身をむごく、静かに殺して欲しいという依頼に対し星名の採った行動は? 『間接殺人』
出世の糸口となる縁談をつかんだ若者。同時期に長年交際してきた女性に妊娠を告げられる。女性に対して殺意を覚えた若者は星名に対し彼女を消して欲しいと依頼するが……。 『露悪司会』
ベストセラー作品で描写されている濡れ場が自分の妻とその作家とのものだと疑わない男は、その作家に対しての復讐を星名に依頼する。 『爛れた夕暮』
地道に開発してきた製品を会社ごと大手資本の会社に乗っ取られた男は失意のうちに交通事故で死亡。その妻が夫の恨みを晴らしたいと大手電機メーカーの社長であり、現在の夫への復讐を誓う。 『雪の下の碑銘』
星名の対抗馬として関西からやってきた男。星名が恩義を感じている少年を誘拐し、彼は事件に星名を巻き込もうとするが……。 『あどけなき報酬』
脳溢血で死んでしまった父親は、継母と実弟による奸計に嵌ったのだと疑わない息子。現在は父親の会社を切り盛りする叔父に復讐して欲しいと星名に依頼する。 『寝台拷問』
大手資本の会社に経営していた会社を乗っ取られた夫婦。現世を忘れ小さな島で暮らす二人にとんでもない不幸が訪れた時、乗っ取った経営者が様子を見にやってきた。 『白鳥焼身』
自分の妻以外の女性に対してインポテンツとなってしまう平凡な男。彼はなんと自分の浮気のために、真の理由を隠して妻にとんでもないことを頼み込む。 『始動妻(スターター・ワイフ)』
戦争中から今に至るまで人を蹴散らかし、ホテルマンとして人生の頂上へと上ってきた男。彼によって陥れられた人々は、星名に彼に鉄槌を下して欲しいと頼み込む。 『悪人の情』 以上九話からなる連作集。

いささか荒削りで荒唐無稽な設定と、殺し屋ならではのセンチメンタリズムが混じった独特のクライムストーリー
現代でいえば”必殺”の系譜に連なる作品。 事故処理屋(トラブル・エイジェント)と自らのことを呼ぶ殺し屋・星名五郎。これが報酬さえ貰えば誰でも彼でも殺害してしまうようなプロではないところがポイント。対象者のことを憎み抜く人々や、読者、そして彼自身の溜飲を下げるような、それでいて思いも寄らないかたちで葬っていくのだ。残酷な方法で相手を殺害することも『あどけなき報酬』や『白鳥焼身』でやってしまうかと思うと、実際に被害を被った人物をたきつけることで殺害させてしまう『始動妻』、悪人が辿ってゆく人生の皮肉を描いた『悪人の情』から、事件の背景には星名も知らされていないような複雑な事情がある『雪の下の碑銘』……といったかたちで、殺し屋の物語というよりも、復讐屋として物語群が形成されているため、題名から感じられるような殺伐としたものはあまり感じない。
一方で、作品としてはやや強引さが過ぎるのだが『雪の下の碑銘』あたりでみせる星名のセンチメンタリズムが絡んでみたり、非常に凝ったかたちで対象者の自白を引き出す一方、どこかブラックなユーモアが漂う『寝台拷問』など、とにかくワンパターンに陥りそうな愚を避けているのもポイントだ。さすがに辛い状態に追い込まれる登場人物については、九編のうちでも似通ったものがあるものの、とにかく復讐の方法が奇妙。更に実際に命までは取られないにせよ、社会的に抹殺されるような思いがけない方法が取られたりもする。そしてそれぞれが、短編の主題とうまく絡み合っているのだ。
いずれにせよ、凄腕の殺し屋にしてはところどころ優しい星名五郎というキャラクタが見事な個性を発揮している点は変わらない。物語の先を全く読ませない演出やストーリーテリングが巧みだと感じられた。ただ、男女関係などの描写はそれこそ”爛れた”雰囲気があり、時代そのものを感じさせてくれるところも個人的には良かった。

”ぎとぎとした””どろどろした”人間の欲望を書かせると絶妙なものがある森村氏。素直にこいつは嫌な奴だーという徹底的な悪人を描くことができるからこそ、こういったダークサイドのヒーローもまた引き立ち、復讐譚そのものが楽しめてしまうのだろう。 ただ「人間の欲望」そのものが、微妙に現代は価値観が変化しているところもあって、そういった点から物語を眺めるのもまた興味深いかもしれない。


07/06/02
島田荘司(原作)石川良(脚本)「嘘でもいいから殺人事件」(キャリイ社'07)

島田荘司氏による原題同じの『嘘でもいいから殺人事件』が舞台化された際の脚本と、同じく島田荘司原作の短編『ガラスケース』の脚本などがカップリングされた、まあ言ってしまえば脚本集。世の中に舞台と脚本は星の数ほどあろうけれど、作者自身が直接執筆したものではない脚本が商業出版に乗れるのも、やはり島田荘司という名前の力か。

テレビ局のディレクター・軽石三太郎。彼はいい加減な企画をもとにいい加減なドキュメンタリー番組を作成するのが得意だった。アシスタントのタックこと隈能美堂巧に無理矢理出させた企画は、横須賀の沖合にあり、旧日本軍の要塞島だった猿島を舞台にするものだった。タックの友人がその島にある西洋館に住んでおり、そこに無理矢理に旧日本軍兵士の謎の死と幽霊を絡めるのだという。番組制作スタッフは早速島に渡り、無理矢理に撮影を開始するが、番組スタッフの一人が変死してしまう。さらに続けて悲劇が……。 『嘘でもいいから殺人事件』
女性刑務所。ここにはかつて何らかの罪を犯した三人の女性が収監されていた。そこに入ってきた新入り女性が一人。彼女は、飲み会で知り合った男性に対してストーカー行為を働いた挙げ句に彼を刺してしまっていた。しかも、何故それが悪いことなのか未だに分かっていない。その刑務所には、彼女たちが殺害した人物の幽霊が出てくるのだが、その幽霊は人を殺した人間しか目にすることが出来ず、新入りの彼女に見ることはできない。だが、幽霊の提案によって……。 『世界で一番孤独な部屋』
俊平の部屋を訪れてきた婚約者のマリ。しかし俊平はいそいそと水槽のなかに様々な小物をセットするのに忙しい。彼は職場で貰ってきたガラスケースにオタマジャクシを飼おうとしていた。オタマジャクシは見つからず、俊平はカエルの卵を大量に持ち帰ってきており、マリは気持ち悪がった。マリは妊娠しており、結婚式を間近に控えた二人は本来その話し合いをするはずだったが俊平のその態度にマリは腹を立てる。 『ガラスケース』
ほか、石川良氏、島田荘司氏らによるエッセイが数ページある。

脚本にすることで新たに見えてくるもの、何となく消えてしまうもの。
舞台のベースになるのが脚本であり、テレビや映画のベースになるのもやっぱり脚本だ。その脚本は、対象に対して映像というか視覚・聴覚その他の感覚にどう訴えるかをもとに構成されている。従って「見ることで補うことができる」映像よりも、さらに映像化が前提となっていない”小説”という形式よりも情報量は必然的に少なくなる。まあ、これは当たり前のこと。
この脚本集には都合三つのシナリオが掲載されているのだが、実は個人的にもっとも面白く読めたのはオリジナルの『世界で一番孤独な部屋』だった。『嘘でもいいから殺人事件』や『ガラスケース』が面白くなかった訳ではない。むしろあの長編、あの短編をよくぞ舞台劇に焼き直すことが出来たものだと感心させられるくらい。ただ、あくまでこれは脚本であり、舞台を見られない立場からみればやはり普通に小説の方が面白い点は否めない。 →但し、双方とも原作を読んだのがかなり前のことになるのできちんと比べてみたわけではないけれど。ただ、もともとが映像を前提としていない小説が原作というところでの苦労はあるのだろうけれど、あくまで読み物としては劣化コピーとならざるを得ないと思うのだ。
一方、オリジナルの『世界で一番孤独な部屋』。これは原作が別にあるわけではなくあくまでオリジナル。必然的に脚本家はこのオリジナルの世界を役者に(そして役者を通じて観客に)伝える必要がある。そのせいかどうかは不明も、世界観や展開がある程度、脚本を通じてくっきりと読み取ることができた。 幽霊の扱いのユニークな工夫や、女性だけの刑務所の一室といった設定の妙だけではなく、ストーリーとして物語が読者に伝わるのはやはりこちらの方だと思う。

島田荘司と名の付くものなら何でも揃えないと気が済まないというマニアな方と、演劇関係者、そして小生のような好事家向け。ただ本書を読んで、島田荘司のネームヴァリューだとか脚本という存在についていろいろ考えることができたので(結論は大したことはないけれど)個人的には為になった部分も。ただやはり普通に小説が好きな方は、普通に小説の方を読まれると良いでしょう。


07/06/01
大沢在昌「夢の島」(双葉文庫'02)

大沢在昌氏のノンシリーズ作品で、'99年に双葉社から刊行された作品が元版。いわゆる冒険エンターテインメント長編である。

二十六歳の駆け出しカメラマンの絹田信一のもとに静岡の三島から一本の電話が舞い込む。二十四年前、母親と自分を捨てて姿をくらませていた父親が亡くなったとの報だった。母は既に亡く、信一は現在一人で暮らしている。恋人の美加、親友の鯉丸と共に、信一の車で早坂さんという父親が世話になっていた女性の元を訪れ墓参りをする。遺品のうち、父親が描きかけていた一枚の絵を持ち帰った信一だったが、そんな時期から父が残した「島」に関する情報を求める様々な人々から誘惑や恫喝を受けるようになる。どうやら「島」には莫大な価値を持つ何かがあるらしいのだが、父親と離れていた信一には全くなんの手掛かりもない。三島の早坂さんの家には空き巣が入り、信一自身の身や周囲にも様々なトラブルが降りかかる。彼らが求める「島」とは一体なんなのか? 信一は新たに知り合った人々と騙し騙されながらも、着実に「島」に近づいてゆくのだが……。

若者らしい反発心と冒険心に家族愛。些かシンプルな構成がストレートに物語の迫力を伝えてくれる
極めてスムースに流れるためあまり気にならないが、物語は大きくは前半部と後半部に分かれる。前半部は父親の残した「島」に関する秘密――。この「島」とは何なのか。読者にも主人公にも隠したこの秘密を探る展開が前半部であり、登場人物たちの顔見世でもある。ただ、正直なところ「島」の位置などはとにかく島に隠された秘密自体にはちょっと勘の良い読者であれば気付くような内容だ。そして、そこからの展開にしても、主人公のキャラクタが素直で真っ直ぐなゆえにある程度は読めてしまう。だが、それでも十二分に楽しませてくれるあたりが大沢在昌らしい筆の冴え。
後半部は、それまで出てきたいくつかの伏線から複数グループが「島」を目ざし、その主導権を争う展開だ。従来主人公が住んでいたところとは別の世界の住人たちによる、いくつかの段階がある暴力的な展開。世慣れない、そして世間の狭い二十六歳にとってはなかなか厳しい状況が、いつの間にか読者の共感を呼び込んでいく。何が起きるか分からない、先が読めないことによる面白さというよりも、ある程度読者の想像の範囲内で展開されるハプニングによって安心できるような不安になるようなストーリーになっている。 この物語を形成できる作者のバランス感覚が絶妙なのだ。
島で明かされる、父親の秘密。また、ここまで結構、人道的に(?)流れていた展開が終盤部のクライマックスでは結構あっさりと死人を出していくところに物語の大沢氏の割り切りが感じられるところもちょっと面白い。「ええ、せっかく……なのに」と読者に思わせるところも計算のうちなのだろう。そこで得られる感動はちょっと安易な印象も受けたが、登場人物を死なせることによってしか得られない何かも物語という世界にはあるのだ。

一昔前(大昔?)、夢の島といえば東京湾を埋め立てるゴミ処分場の代名詞だった。(現在は江東区にある地名ですね)。まあ、物語はそれとは関係ないし、そういった社会的なんちゃらの意図も一切無い。純粋にある人々にとっての”夢の島”なのだ。あくまで、大沢在昌のシンプルで力強いストーリーテリングを素直に楽しむ作品かと思う。