MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


07/07/10
清涼院流水「パーフェクト・ワールド What a perfect world! Book.8 Figure of Eight〔8の字の形〕」(講談社BOX'07)

講談社BOX刊行記念(?)怒濤の十二ヶ月連続刊行も折り返しを終え終盤へ。京都と英語と運命を描いた大河小説、今回はストーリーと英語が深く関わる。

「黒の陰陽師」柴山ユウの登場により、エースときららの”最上の天国”はあっけなく終わりを告げる。エースの身代わりとなってきららはその命を喪ってしまうのだ。予言されていた死の成就――であるためか、きららの親族・明神サトルらは悲しみはするが落ち込みはしていない。しかもきららは肉体を喪っただけだという。そんな彼らの言うことが理解できず、エースは悲嘆に暮れる。明神ろくろによると、柴山ユウは「京都転覆計画」を狙う「黒の陰陽師」でも百年に一人の逸材なのだという。その柴山ユウ=シヴァからエースの携帯に唐突にメールが入った。シヴァはエースに対し宣戦を布告した。しかしまだエースは「救世主」としての能力を発揮できていないのが不満なのだという。自分の力に全くなんの自信のないエースは自分自身の力など信用していない。しかしそのエースにも逃げようのない挑戦状が叩き付けられる。英語を勉強中のエースの母親に8月中に1,000の英単語を覚えさせろと彼女はいう。しかもそれが出来なかった時、エースの周囲にいる大切な人間を一人、無作為に殺害するというのだ。事情を周囲に明かせないままエースの孤独な闘いが始まった――。

物語の半分が英単語。しかし、その必然もあるわけで――。
今回の興味はストーリーの展開よりも、たった一ヶ月で1,000もの英単語を覚えることが出来るのか? という英語学習(速習?)の部分に興味がゆく。結論からいうと成功するわけなのだが、そのプロセスがこの巻の読みどころであるといえるだろう。ただ、多少はズルというかアドバンテージもあって、既に覚えている英単語も数に加えて良いのだという。これまで七ヶ月の英語レッスンをエースの母親は続けており、前半部はその復習に当てられている。その部分まででだいたいこの1,000単語の半分弱をクリアするため(物語上のエースと母親は必死で思い出そうとするわけだが)、後半部の500語強が勝負所となる。(但し、ネタバレになるが、この500語は意外というか当たり前というか微妙なかたちで決着する。もちろん反則ではない)。物語上はその必然ともいえることなのだが、1,000語の英単語の発音と意味を並べる必要があり、ストーリーの展開としてはかなり薄くならざるを得ない。その意味では、ここまでのなかでは最も英語に注力した巻という印象を受けた。
まあ、英語が受験システムに組み込まれている以上は、ある程度以上の単語力は必要なわけでテストに向けて必死で英単語を暗記した記憶もあるけれど、本書の場合はネイティブに近い発音もまた同時に覚えられる点が実用的か。
ストーリーだけを抜き出して考えると、これまで登場してきたキャラクタがかなり軽視されている側面があり(例えば、レイの登場回数が極端に減っている)、更に「西尾八ツ橋」の少年が加わるなどまだこの段階でも新キャラクタが続々物語に現れる。このあたりはどうよ? とも思わないでもないのだが、素直に続巻での展開を待つことにする。

この巻で受けた最大の衝撃は1,000単語を覚えて意気軒昂のエースを叩き落とすようなシヴァの最後のひと言にある。ただ、このシリーズ、それぞれの巻の最後にかなり無茶ともいえる衝撃を付け加えることが多いなあ。


07/07/09
有栖川有栖「女王国の城」(東京創元社'07)

新本格のなかでも本格度が高く、そのうえ後続がさっぱりでないことで多くの読者が待ち望んでいた有栖川氏の”江神”シリーズの四作目。書き下ろし。前作『双頭の悪魔』から実に十五年ぶりという……。(厳密にいうと、昨年刊行されたアンソロジー『川に死体のある風景』に江神シリーズの新作短編が収録されている。また、そのエピソードは本作でも一部引用されている)。

UFOが頻繁に目撃されることで知られる中部地方・神倉。この地にはバブル景気をも背景に、最近急速に勢力を伸ばしつつある新興宗教団体・人類協会総本部があった。その本部の建物は〈城〉と呼ばれ、高名な建築家が潤沢な資金をベースにデザインしたもので一種の観光名所にもなりつつある。大学院生の江神二郎がふらりと旅に出てしまい、行く先はこの地であろうと残された手掛かりから推理した有栖川、マリアらは就職活動中の望月、織田といった先輩二人を巻き込み、四人で神倉を訪問する。人類協会はペリパリなる宇宙人と交流を果たしたという野坂御影が会祖となり、現在は若くして代表を継いだ野坂公子が率いている。神倉到着後、江神はどうやらその協会内部に軟禁されていることが判明、四人は協会内部に入り込もうとするが厳重な警備に阻まれる。一方神倉では十一年前に謎の密室殺人が発生していた。翌日、なぜか態度を変化させた協会の幹部によって四人は〈城〉に招じ入れられる。しかし、宇宙人が降り立ったという聖洞の監視者が何者かに絞殺される事件が発生。なぜか協会は警察への連絡を引き延ばし、事件を協会内部で解決しようとするのだが……。

不審、そしてその理由。周辺部まで網の目のように端正に繋がった伏線、美しくまとまった論理。脱帽。
基本的にクローズドサークルがまず展開される江神シリーズ長編。本作の舞台は新興宗教の教団によって閉ざされた本部が舞台。そもそも現代ミステリ(特に本格指向の作品においては)、このクローズドサークルをいかに演出するかという点に腐心されていることが多いのだが、この作品はその点がまず巧い。外部からの侵入者を監視するカメラはそのまま内部からの脱出者をも阻み、新興宗教の本部という特性から籠城(?)が可能で殺人者がいない限りは生存の危機もない。更に内部で犯人捜しをしたいという意向も、新興宗教という特性ゆえに一応の説得力がある。ただ、この一応の説得力が目眩ましになって、更に最終的な段階でなぜ序盤から本部を閉じて犯人捜しをする必要があったのかという点に、素晴らしい説明がつく点は本作の評価を高くしている。
一方で、扱われるのは容疑者不明の密室殺人。中盤で抜け穴が見つかったり予期せぬ訪問者があったりと手掛かりは揃うが、犯人の特定は容易ではない。また、舞台の特殊性から、一旦は抜け出したメンバーが再び連れ戻される場面などもスリリングである。ところどころ、場面に応じて古今東西の名作(ミステリに限らない)についてメンバーたちが語り合う場面も楽しい。そして圧巻は、やはり解決編前に挿入される「読者への挑戦」。最近は本格ミステリであっても、「挑戦」をしてくれる作者は減っていることもあって、お約束とはいえ嬉しい限り。そしてそのページに至った瞬間に感じる、独特の無力感もまた真相を知りたい欲求へと繋がる。(さっぱり犯人が見えない時など、なんか自分の頭が悪いのかなあとか「挑戦」を読んで感じませんか?)
本編のトリックももちろん様々な手掛かりから解決されてゆくし、その部分に本格ミステリならではの論理の美しさを感じることはもちろん、個人的には付随して明かされてゆく周辺状況の秘密に更に驚かされた。なぜ江神は神倉にやって来たのか。序盤にメンバーのあいだで語られる仮説がひっくり返されるのだが、そういったところにまで心配りがされている点、驚き以上に感心させられることしきり。

今年度の本格ミステリは大作が揃い、非常に豊作であることは明白ながら、ミステリ年度の後半にきて真打ちが登場した感。十五年待った読者の期待を裏切らない、本格ミステリの傑作にして結晶。しかし、登場人物の年齢を動かさない関係で時代がバブルの頃のままというのも隔世の感がありますねえ。


07/07/08
青井夏海「雲の上の青い空」(PHP研究所'07)

二〇〇六年九月〜二〇〇七年五月のあいだPHP文庫『文蔵』に隔月連載された連作短編の単行本化。同一の探偵役の登場する青井さんにとり新シリーズにあたる。

父子家庭の友人に代わり、小学生の登校における交通安全活動を引き受けた寺坂脩二。元は探偵事務所で働いていたが、現在は宅配便”シロヤギ便”のドライバーだ。友人の息子・智がいる班を含め、全部で十班あるが、なかでも一人班から遅れて歩く少女が気に掛かる。 『みどりのおじさん』
時々宅配するお婆さん宅に張り込みがあり、脩二はしつこくお婆さんのことを尋ねられる。相手は週刊誌の女性記者。そのお婆さんがかつての女優の消息を知る可能性があるのだという。 『銀幕の恋人』
苦労してダブルベッドを運び込んだ先にいたのは探偵事務所時代の女所長の三人娘。娘たちは、所長即ち母親に出来た恋人のことで脩二に相談を持ちかけてきた。 『三色すみれによろしく』
荷物を配達にきたボロアパートの住人は愛想のない若者。だが、その若者に「ぼっちゃま」と呼びかける人物が。脩二はなぜか、実業家の息子である彼の社会復帰を手伝うことに。 『透明な面影』
友人の息子・智が飼育当番だった学校のウサギがいなくなったという。何者かが盗んだのか、智の頼みで脩二は調査を引き受ける。学校には不審な穴が掘られた形跡があり、かつて小学校に通っていた素行の悪い子供の名前が急浮上してきた。 『ウサギたちの明日』 以上五編。

市井の”普通”の人々が持つ心理と人間描写に冴え。心温まる展開を素直に楽しむ
宅配便の運転手が探偵という点がユニーク。利点としてはどんな他人の家にだって、少なくとも玄関先までは自然に入り込むことが出来るし、毎日町内を巡回している結果、街や人に対していろいろな観察もできるわけで。実際、様々なミステリ作品にでも誘拐ものだとか、あと他人の家のマンションに忍び込むのに宅配便のユニフォームを利用したりするケースはよくある。即ち、現代社会において”見えない人”に成り得る存在なのだ。(恐らく現実の事件であってもそうなのではないか)。その立場の人間を探偵役に起用するあたりがまず特徴的だ。
また、青井夏海さんらしい人間観察の妙が楽しめる。自覚しないままに自分勝手な大人という部分と、つい我々が大人の視点でしか捉えられない子供の本質という部分。この二つの描写に独特の冴えがある。 更に物語は、これらが溶け合ってミステリとしてハーモニーを織りなす。物理的なトリックはあまりみられないながら、心理的な動きを巧みに用いて謎を読者に提示する。
そういった意味で印象的なのは、冒頭の『みどりのおじさん』だろう。独身四十男が、友人の頼みで初めて請け負ったPTAの交通整理。学校に向かう子供たちの描写で幾つかの個性を紡ぎ出している。そんな普通の行為の裏側にある、今度は大人同士のぎすぎすした感覚、さらにその感覚に巻き込まれて翻弄される子供たちという図式が綺麗に物語に溶けている。本格かというと、手掛かり提出の部分で微妙なところもあるが、謎が解けたあと「いい気分」になる作品だ。他の『銀幕の恋人』も、自分勝手な女フリーライターと、おばあさんと主人公との交流が、宅配便を介して自然に描かれている点がなかなか。
先にも述べたが、動機にしろ背景にしろミステリとしては弱い部分(重要な登場人物の心情とかでもところどころにあれ? と思うところがある)があるが、それにしてもよく練り込まれた人間像と、そういった人間が織りなす謎という点で、縛りがきつくない点がかえって心地よい作品だといえるだろう。

日常の謎であっても厳密に謎解きに挑みたいという方には向かないかもしれないが、登場人物共々謎に「?」を覚え、物語が進むにつれて解き明かされてゆく喜びを一緒に感じたい……という緩めの読者にはお勧め。また、微妙に人間の毒を感じさせるエピソードを織り込みつつも、落としどころはいい話ばかりであり心穏やかになれる作品集でもあります。


07/07/07
竜騎士07「ひぐらしのく頃に 第一話〜鬼隠し編〜(下)」(講談社BOX'07)

2002年のコミケで発売された同人サークル07th Expansion製作の同人ゲーム『ひぐらしのなく頃に』。その作品を原作として、ドラマCD、マンガ、、アニメ、PS2(ゲーム)とメディアミックスが進み、その最終形態(?)といえるのが、作者自身の手によるこの小説化である。ということで、鬼隠し編(上)が色々な意味で面白かったので早速(下)を読んでみた。

綿流しの祭の晩、「部活」メンバーと仲良く談笑し名誉会員として一緒に露店で楽しんだ富永ジロウが謎の状態で死亡した。富永は東京の方からしょっちゅう雛見沢に来ている三流のカメラマンだが、死因は自分で自分の喉をかきむしったことが原因。ただ周囲には何かと格闘した形跡が残されていた。一方、彼と親しくしており祭の晩も共に行動していた診療所の看護婦・鷹野三四は行方不明に。祭の晩ごとに、死者と”鬼隠し”が発生する忌まわしい呪いは今年もまだ健在だった。捜査にあたるベテラン刑事・大石には雛見沢の一族からの圧力がかかるが、一連の事件が単発ではなく大石は繋がっていることを確信していた。その大石に捜査協力を求められている前原圭一は「部活」メンバーに対して結果的に隠し事をすることになり、周囲から不審がられる。これまで仲良くしてきた魅音やレナの態度のなかに圭一は不穏なものを読み取るようになり、さらに大石から事件と彼女たちの関わりを伝えられるにつれ、平和な学園生活が地獄へと変じてゆく。”転校”した悟史が使っていた金属バットで急に護身をするようになるがレナの異様とも思える圭一に対するつきまといがエスカレートするにつれて……。

前半部から一転してのサイコ、そしてsupernaturalを感じさせるホラー展開に驚き
「綿流し編」(上)では残虐な伝説から心胆を冷やすような展開があり、恐らくそれも続くのだろうが、この「鬼隠し編」(下)で味わえる恐怖は質感が異なる。 一ヶ月間、仲良くしていた友人たちが雛見沢にとっての異物(警察)と接触した前原圭一に対して着々と異なる態度を見せ始めるのだ。お見舞いに来てくれたのはいいが、そこに残される悪意。また、これまでこれ以上はないという程、圭一に対して親しみを見せてきたレナの、普通の態度と何かが取り憑いたかのような態度を見せる時の落差。好意的だった村人たちの突然の変貌。圭一自身、誰にも相談できず一人で抱え込むしかない恐怖――。いわゆる”町もの”ではないが、突然自分一人が周囲から受け入れられない存在になってしまうことの恐怖がかなりしつこく描かれる。他にも、すぐ後ろに立っている何か――というようなsupernaturalな怖さを交えつつ、急変した(と少なくとも見える)周囲の圭一に対する態度は、圭一自身の恐怖を自ら倍増させ、狂気の世界へと誘っていくかのようだ。
ただ、雛見沢外部者である前原圭一の一人称で描かれているため恐怖は倍加する一方で、真相に向けてはちょい(?)な印象もある。というのも、本当に彼女たち全員に何か秘密があるのか? といった疑問は解決しているようで解決していないようにみえるのだ。一部に何かあるにしても圭一の心理状態が、余計に周囲の好意すら捩じ曲げて解釈してしまい、事態をこじらせているような印象も多少引っ掛かりとして残る。(素直にホラーに浸れないミステリ者の性かもしれないですがね)。まあ、先は長いが解決編に相当する巻が出てからまたこのあたりについては考えてみたい。

しっかし、本当に前半部の能天気ともいえる明るさ、ノリが嘘のようにも思える後半部でした。いきなり後半部から開始してもそれなりのホラーかもしれないでしょうが、前半部のテンションの高さから突き落とされることによって(下)の恐怖は数倍強烈さを増していることは確か。なるほど、面白いです。


07/07/06
大沢在昌(他)秋本治(原作)「小説 こちら葛飾区亀有公園前派出所」(集英社'07)

様々な意味でメモリアルが重なったことで刊行された、国民的人気マンガに対するオマージュ溢れる作品集。まずは『こち亀』の週刊少年ジャンプ連載が三十周年。監修を行う日本推理作家協会が六十周年。更には作品が発表された週刊プレイボーイが四十周年。その「週刊プレイボーイ」誌に「『こち亀』ミステリー」として2006年42から2007年11にかけて発表された短編群がアンソロジーとしてまとめられた。

新宿署の鑑識係・藪が浅草の出身と知り、フーズ・ハニイのボーカリスト・晶は、恋人の鮫島と初詣に出掛けようと誘う。彼らはスリを注意する老人と出会い、更には藪は幼な馴染みの実家である佃煮屋に寄ろうとするが、そこからいかつい顔をした男が出てくるのを見るや、急に立ちすくんだ。 大沢在昌『幼な馴染み』
真島誠の果物屋を訪ねてきた男は安物のコートを羽織った謎の男。彼は定食屋のお運びをしている女性の交際相手を調べるために、池袋に詳しいマコトの力を借りたいという。男は池袋に住むIT実業家というが……。  石田衣良『池袋←→亀有エクスプレス』(←→は、太い一文字フォント)
警視庁をノンキャリアながら警視まで務めて退官した男。子供の頃に作りたかったプラモデルを改めて作ろうと模型屋を訪れる。そこには見事に完成された戦車のモデルがあった。作ったのは近所の派出所に勤務する両さんなる人物らしい。 今野敏『キング・タイガー』
保育士にして私立探偵の花咲慎一郎のもとにコスプレ紛いの婦警の格好をした女性が訪ねてきた。預かっている小鞠という三歳の女の子に用があるという。彼女は秋本麗子で実際に警察勤務。小鞠の祖父が無銭飲食をした件で彼女を連れにきたという。花咲も行きがかり上、パトカーに同乗するが……。 柴田よしき『一杯の賭け蕎麦―花咲慎一郎、両津勘吉に遭遇す―』
中野にある古本屋を訪れた大原部長と寺井。大原はかつて中野に住んでいたことがあり、その時に妖怪が現れたとしか思えない状況に出会ったのだという。密室内の食材が食い散らかされていたのだ……。 京極夏彦『ぬらりひょんの褌』
お茶の水署のぐうたら刑事・斉木と梢田。彼らのもとに秋本麗子と両津勘吉が交流という名目でやって来た。お世話係に任命されたのは二人と女刑事・五本松小百合。なぜか彼ら三人と両津ら二人は奇妙な賭けをすることになる。 逢坂剛『決闘、二対三!の巻』
中川が読んでいた江戸川乱歩賞作品の賞金と印税を知って、俄然作家の道を目指そうとする両津勘吉。原稿も書かずに応募係のところに出向くが当然追い返される。そんな両津に中川は予備選考係のプロという人物を紹介する。両津は実在の犯罪者から取材し猛然と執筆を開始するのだが……。 東野圭吾『目指せ乱歩賞!』 以上七人、七作品。

『こち亀』だからこそ集結する人気作家。違和感ゼロ、作品それぞれが個性有る両津世界を見事に体現!
『こちら葛飾区亀有公園前派出所』。一時期はアニメ化もされていた長寿連載にしてそのテンションが全く落ちていないという希有なギャグ漫画である。若い読者にとっては生まれた時から連載されていた作品だろうし、一定の世代にとってはリアルタイム進行中だし、ずっとおっさんだと思っていた両津勘吉の設定年齢(永遠の33歳)をいつの間にか超えてしまったという人も多数いることだろう。
そしてこのアンソロジー。作品として個別に巧いことは執筆陣が執筆陣だけに保証されているようなものなのだが、それぞれの自作との組合せ方が絶妙なのだ。というのも、両津勘吉という警察官が実際に都内にいる……となると、それぞれの作家の東京が舞台のキャラクタと同じ世界にいてもおかしくないわけで、その邂逅にまったく違和感がない点が素晴らしい。新宿鮫、マコトといった人気シリーズに両津勘吉が溶け込んでいる。ただ印象としては、両津勘吉の世界があくまで主で、そこに彼らがお邪魔しているような印象を受けるのは、個々の挿絵を実際に秋本治氏が描いているからかもしれない。加えて両津勘吉作品の二つの本質、オバカと人情の二点を各作家が知悉しているのか、主題の造り方もそれぞれが絶妙なところに決めてきている。
あっさりとした書き口ながら、意外な主要メンバーを両津と知り合いにしてしまう大沢在昌、IWGPシリーズそのままの始まり方に両津勘吉の格好良さを強調する石田衣良、両津の存在を控えめに、その成果であるプラモデルを登場させながら話を美しくまとめた今野敏、登場人物も味があるけれど、この裁き方は両津勘吉にしか出来ない! という絶妙の落としどころを表現した柴田よしき、マニアックな設定に着目したうえで「不思議なことは何もない」という人まで登場させてあの人たちの未来を同時に描いてしまう京極夏彦、両津よりも秋本麗子の魅力に着目したかのような展開が、それもまたそれらしい逢坂剛、そして江戸川乱歩賞というミステリファンならばお馴染みのガジェットを両津勘吉向けに見事にアレンジして荒唐無稽にしてシニカルな笑いを引き出す東野圭吾――(敬称略)――。まさに笑いあり、涙あり、そして謎(でも流石に薄いけどね)ありの三拍子が揃った好作品ばかり。 内輪受けというか各作家の作品を知っていれば尚楽しいことも請け合い。ミステリというよりも小咄に近いネタながら、それでもどの作品も吸引力があるのだ。

『こち亀』を知るミステリファンであれば、誰が読んでも楽しめる。 ただ一方で『こち亀』を知らなければ全く意味が分からないだろう一面があるかも。『こち亀』ファンでミステリを読まないという人でも楽しめる作品ではあるのに。普通の意味でのミステリファンへのお勧めではないが、『こち亀』を愛する人には是非読んで頂きたい作品集かと思う。


07/07/05
西尾維新「刀語 第八話 微刀・釵」(講談社BOX'07)

講談社BOX刊行記念、十二ヶ月連続刊行は清涼院流水、西尾維新ともに順調に八冊目(ちなみにタグは7月ですがこれを書いているのは10月だったりするので色々な意味でかなり遅れている)。連続時代活劇は既に世間では十冊目も出ているし、清涼院流水作品も同様に順調。というか、これを発表しながら新作も出せる西尾維新の仕事量って凄いですねえ。

なんとか姉弟対決を制し「悪刀・鐚」を入手した奇策士・とがめと虚刀流当主・鑢七花。彼らはようやく尾張への帰着を果たす。そこで登城したとがめは、上位の否定姫から変体刀に関する新情報を受け取るために彼女の家・否定屋敷へと出向く。一方の七花は、否定姫の配下・左右田右衛門左衛門の案内で同じく否定屋敷へ。そして罵り合いとしか見えない挨拶を経て否定姫は、二人に壱級災害指定地域の一つ、江戸・不要湖に四季崎記紀の工房があったと思われる――と情報をもたらす。左右田右衛門左衛門の案内により不要湖を訪れた二人の前には、その名の通りにありとあらゆる不要なゴミで埋め尽くされた湖と、その湖内部を徘徊する四本の手と四本の足を持ったからくり人形・日和号と対面する。日和号はある一定の範囲内に近づいた人間を斬殺してしまうようプログラミングされており、その意志を持たない身体と疲れを知らない反応は、生身の相手しか知らない七花にとっては脅威だった。

終盤に向けての伏線がばりばりと。刀のアイデア尽きぬ発想にも脱帽
序盤は純粋に「変わった刀」「それを扱う変わった剣士」とが、とがめ&七花のコンビと闘う物語だったのが、中盤も終わりに差し掛かったせいか、その闘いは闘いで設定しながらもその”裏側”のエピソードや情報が徐々に増えてきている印象。特に奇策士であるとがめのライバルである否定姫(この巻まできちんと認識していなかったが監察官らしい)が、徐々にその奇妙な存在を際立たせつつあるのが印象的だ。また、彼女に付き従う左右田右衛門左衛門なる「不忍」と顔に奇妙な文字を被せた男の出自に関しては、本作で明らかにされている。
ただ、登場人物の口を使って語らせている「同工異曲にならないように」というサービス精神は本作でも旺盛に発揮されている点が好印象。特に微刀・釵(かんざし)などという不思議な名前と今回の敵とがどう結び付くのかイメージが分からなかったが、この点については否定姫がその秘密を述べており興味深い。また、その闘いぶりも現代であれば当然であろうが、これが時代活劇である点から、とがめが考えた秘策が盲点となってしまっていて、ちょっと驚いたりもした。
七花が己の内面を告白する場面などもあり、物語を通じて彼自身も成長している点が好ましい。一方でいつの間にか、とがめが七花に惚れ込みつつあることを示す描写も目立つ。微笑ましくはあるがちょっとこのあたりは安易な印象もあって、もう少し遠ざけておいた方が終盤が劇的な気がするなあ(あくまで個人的趣味)。

否定姫の正体というか出自を暗示するひと言がラスト付近にも飛び出し、まさかメタで落とすんじゃないだろな、などと余計な心配をしつつも、遂に次巻から終盤戦へ。風太郎忍法帖風のヘンテコさが愛おしい真庭忍軍、人数も残り少ないけれどもう少々活躍してくれないかなあ。


07/07/04
竜騎士07「ひぐらしのく頃に 第二話〜綿流し編〜(上)」(講談社BOX'07)

2002年のコミケで発売された同人サークル07th Expansion製作の同人ゲーム『ひぐらしのなく頃に』。その作品を原作として、ドラマCD、マンガ、、アニメ、PS2(ゲーム)とメディアミックスが進み、その最終形態(?)といえるのが、作者自身の手によるこの小説化である。よく広告とか読めば気付きそうなものだが、「出題編」ばかりが七ヶ月連続刊行される、その三冊目。(読む順番間違えた)。

6月10日・日曜日。部活メンバーで前原圭一は興宮で開催されるゲーム大会に参加する。賞金は五万円。部活メンバーは当然全員参加しており、くじ引きに細工があるのか全員違った予選チームに分かれる。相手を瞬殺する魅音、「かぁいい」モードに入って無敵のレナ、更に相手を籠絡する梨花にトラップで対戦相手を嵌める沙都子と四人は簡単に予選をクリアするが、圭一が選んだのは億万長者ゲーム。運でしか勝負できないゲームを前に圭一は秘策を練り、何とか予選突破した。また日常に戻りゲームに興ずる圭一たち。そんななか圭一は、父親に連れられて知る人ぞ知るバニーガールコスチュームのファミレスを訪れる。そこでバイトしていたのは魅音。いつもと違う魅音に驚く圭一だったが、魅音は自分は双子の妹の詩音だと言い張り、圭一もそれを了承する。詩音を名乗る魅音の新たな魅力にどきどきする圭一。しかしそこにはまた悲劇的なある勘違いがあったりするのだった。そして綿流しの祭の日。圭一と詩音はその祭に隠された禁忌の領域に踏み込んでしまう……。

前半のバトルとほのぼの恋愛、そして後半のホラー。更に落差が激しく深く……。
実は↓の「鬼隠し編(上)」が面白く、続きが気になったので読んでみた。が、気付けよオレ。鬼隠し編(下)が先でしょうに。ただ、その順番を間違えて読んだおかげでこのシリーズ全体の構成というか構図が先に少しずつ見えてきた気がする。
一冊目の「鬼隠し編」がプロローグを含む初夏、そして日常は6月10日から開始されるのに比して、三冊目となる「綿流し編(上)」は、そういった紹介事項が済まされた前提での6月12日からスタート。そして「鬼隠し編」だとこの6月10日の日曜日はレナと魅音と三人でピクニックという筈だったのが、本書では魅音が自腹を切って開催する興宮のおもちゃ屋でのゲーム大会が序盤の舞台となっている。つまりは同じ時系列ではあるがどこかで分岐したパラレルワールド的な流れだということ。考えてみるとそのあたりも元がゲームであったことを考えると普通なのだが、(シナリオが分岐したりフラグが必要だったりというあたり)小説としてはないではないけれど、これだけのスケールのパラレルワールド展開は珍しいかも。
また、その行動が変わるだけで個々の登場人物が抱えている背景であったり、雛見沢という土地で発生している過去の事件であったり、土地特有の事情であるあたりといった根本的な設定に属する部分は不変である点もポイントだ。「鬼隠し編」と異なり、こちらではラストに陰惨な事件を臭わせる記述こそあるものの、被害者の名前が明らかではないし、殺害方法に関しては明らかに異なっている。中心となる登場人物が(この場合、主人公は圭一だがヒロインが前作がレナであったことに対し)魅音に変わっているため、彼女自身の抱える背景であるとか事情であるとかが多少余計に透けてみえる。またコミカルに描かれる魅音と詩音のやり取りなど、恋愛っぽいシチュエーションを配するあたりはさすがは元がゲームといった感。
つまりは、後半の強烈なホラーの印象を残す展開だけでなく、「部活」の面白さが前面に押し出される日常描写からも少しずつ舞台の背景を読み取ってゆけ――とまあ、そういうことなのだろう多分。

困った。二冊読んで嵌ったかも。まあいい、次は鬼隠し編の(下)だ、(下)。


07/07/03
竜騎士07「ひぐらしのく頃に 第一話〜鬼隠し編〜(上)」(講談社BOX'07)

2002年のコミケで発売された同人サークル07th Expansion製作の同人ゲーム『ひぐらしのなく頃に』。その作品を原作として、ドラマCD、マンガ、、アニメ、PS2(ゲーム)とメディアミックスが進み、その最終形態(?)といえるのが、作者自身の手によるこの小説化である。正式に「なく頃」の「な」の字は赤字が正しいようなのでそう表記してみた。

昭和五十八年、画家の父親が強引に引っ越しを決めた関係で前原圭一は、雛見沢村に引っ越してきた。雛見沢はやはり過疎化が進んでおり、近くの営林署を学校として使う一派と、かなり離れた興宮(おきのみや)の学校に通う生徒とに二分されており、圭一は近くの学校に通うことになった。一つ上級で活発な性格の園崎魅音、そして同い年で献身的な性格ながら時々とんでもない性格に変身する竜宮レナが甲斐甲斐しく圭一の面倒をみてくれ、更に下級生の北条沙都子、古手梨花といった面々も加わってチームを形成している。彼らは放課後に都合がつくと「部活」と称してカードゲームやボードゲームで勝利を賭けて戦い、負けたら過酷な罰ゲームをするなど、圭一自身の明るさと人なつっこさと相まって平和で楽しい毎日を過ごしてゆく。しかし、雛見沢には過去にダム底に沈められそうになった時に村人が一致団結した過去があり、村のお祭りである「綿流し」の日に過去に事件があったことを圭一は知ってしまう……。

とりあえずは物語世界のプロローグ。日常の面白さとこれから始まる恐怖の予感の落差が魅力
小生、この方面のゲームに疎いもので全く原作も他のメディアミックスも知らず、恥ずかしながらこの小説が初めての「ひぐらし」体験。なので、そこのところを踏まえた、あくまで感想です。
講談社BOXの太田克史編集長が帯代わりのシールで「これぞ小説!」と謳っている点には少々疑問。まだ小説のペースに慣れていないのか、小説からしか情報を読み取れない読者には描写が少々不親切。明らかにゲームが下敷きになっており、現段階ではその忠実なノベライズという印象(但し、その印象は二冊目の綿流し編でかなり払拭されたのだが)。ただ、特に日常部分における前原圭一、園崎魅音、竜宮レナ、古手梨花、北条沙都子の「部活」メンバーの絡みは、そのゲーム性と相まってマンガ的にしてゲーム的。とても小説とは思えないぶっ飛びが各所に配置されていて、そこが正直、面白い。ラノベであっても、ベースが小説であったらなかなかこうは行かないだろうというパート、例えばヒロイン格の女の子が鼻血をだらだらたらしながら「かぁいい〜」と可愛いものに対して異常な愛情を注いだり、光速のパンチが飛び出したり、主人公がとんでもない格好を強いられたりという、リアルさとかけ離れたむちゃくちゃな展開がまず特徴。 一方のジャパネスクホラーめいた設定が後半から徐々に開陳され、この明るい少女たちの住む村の陰惨な過去、不気味な事件が少しずつ明らかになる後半はいきなり雰囲気が「どよん」と落ち込み、その落差が凄まじい。本書の出題編では最終的に謎の殺人事件が起きてしまい、その事件に対する村の人々の態度に圭一が悩む場面なども、前半の「部活」の盛り上がりと対照的で内外を急に強調させるあたりも巧い。仲良くなった友人たちが抱える秘密は一体なんなのか? また終盤に手書きの捜査メモなどがイラストのようなかたちで挿入されるのも臨場感あって良し。

そこで改めて気付いた。プロローグが途轍もなく厭な内容だ。 これは後々関係するのだろうが……。

ただあくまで出題編。全ての手掛かりも恐らく出揃っていないことだろうし、ただただ続きが気になります。それこそ二次創作なので、知ろうと思えば様々な方法で結末を知ることも出来るわけだけれども、ここはあくまで小説一本で行こうかな、と(この作品に限ってはそういう楽しみ方は珍しい方かもしれないですね)。


07/07/02
歌野晶午「ハッピーエンドにさよならを」(角川書店'07)

『野性時代』『小説すばる』などに1998年から2007年にかけて発表されてきたノンシリーズ作品を集めた短編集。「玉川上死」などは『ミステリーズ!』発表後、e-NOVELS、さらにアンソロジー『川に死体のある風景』収録後に本書、とかなり眼に触れる機会も多い作品もある。小口が黒く着色されており、書店の棚でも目を引く一冊だ。

新村美保子は独身女医。近所に住んでいた姉夫婦の家にしばしば遊びに来ており、姪の女子高生・理奈からも慕われている。その理奈、悩みがあるらしく美保子に相談したいことがあるという。 『おねえちゃん』
足が悪いまま仕事を選ばず働き詰めの隣人・常盤芙美子。年齢以上に老けてみえる彼女の家にはろくでもない彼女の夫と、人前には決して出てこないが東京大学志望の息子がいると近所では思われていた。 『サクラチル』
十五年前に殺害され、犯人が捕まらないまま時効を迎えた事件。その亡くなった兄への手紙。 『天国の兄に一筆啓上』
お嬢様で育った沼田紀美恵は電撃的な結婚をし息子を授かったが夫はすぐに事故死。残された息子を育て上げ、その息子は補欠ながら甲子園に出場した。紀美恵は仕事があり一回戦はテレビ観戦を余儀なくされるが……。 『消された15番』
母親の実家があった片波見。夏休みのたびに私はそこへ行き沢山の従兄弟と遊ぶのが楽しみだった。その実家には決して入ってはならないと言われていた部屋があったが、ある日私はそこに入り奇妙な面を見つけてしまう。 『死面』
普通に育った真知子は、あるきっかけから娘の由佳里を名門学校に入れなければと幼稚園入学前から強烈に勉強をさせるようになった。しかし無理も祟って幼稚園、小学校と受験は次々失敗し……。 『防疫』
玉川の上流をぷかぷかと流れていくジャージ姿の高校生。すわ死体発見と警察が大騒ぎをするが、クラス内での冒険と賭け事がまざった遊びだと判明する。しかしその撮影を担当する少年が殺されていて……。 『玉川上死』
合コンで知り合った戸部修司。最初のうちは高価な品物を次々と買ってくれる彼に理恵は気を許していたが、あまりの過干渉に理恵は別れを突きつける。直接は目の前に現れないものの電話や贈り物と彼は奇妙なつきまといを続ける。 『殺人休暇』
ミツルの家に憧れのクラスメイト、ハヤカワさんがやって来る。アパートの一室でどきどき待っていた彼に、ハヤカワさんもまた同じ思いを抱いていたようで……。 『永遠の契り』
パチンコのあいだ子供を放っておいて死なしてしまう母親なんて馬鹿だ――なので私は娘が退屈しないよう準備をしてパチンコ屋に連れてきている。 『In the lap of the mother』
ホームレス・ムラノは人との干渉が厭でホームレスの集落から離れ、公園で一人暮らしていた。死を懼れるものではなかったが、暴力中学生やお節介な主婦などムラノの感情を乱す存在はそこかしこにあった。 『尊厳、死』 以上十一編。

推理小説というエンターテインメントの”負”の側面をわざわざ直視する邪悪さ。それがまた魅惑だったり。
殺人事件など犯罪を扱うことの多いミステリ、推理小説はその謎解きの面白さの裏側に、人間の悲哀や犯罪を犯すに至った動機といったネガティブな部分を潜ませている。いわゆる”毒”でもあるその部分、一般論にまとめることは容易くないがスパイスとして、時に主題としてミステリには無くてはならない要素でもある。歌野晶午はその”毒”を描くのに長けている。 本作と似たテーマを持った作品集『正月十一日、鏡殺し』といったあたりでも、その才能は遺憾なく発揮されていたように記憶している。
この作品集もまたそのテイストに近い。犯罪に至る人間の動機をサプライズと共に描き、また、日常のなかで狂気に囚われていく過程を淡々と描く。気のせいか、主人公となるのはまだ社会経験をあまり積んでいない学生たちと、家に閉じこもりがちな主婦が多いように思われるのも、どこかこのテーマと関連しているのかもしれない。つまりは外からの影響に関して耐性が少ないということか。『殺人休暇』のストーカーの狂気がむしろ本作では若干浮いて見えるのも、ある理由からつきまといを始める男の感覚が現実から遊離しているように思えるから。狂気の質としては遙かに現実性に乏しい『消えた15番』などの方が、家で淡々とミシンを扱いながら狂気に落ちていく主婦に奇妙な現実味を感じてしまう。また異なるかたちで受験を扱った『サクラチル』『防疫』の二作は、現代も残る歪んだ学歴社会を諷刺しており面白く読めた。
また、非常に短い作品だが『永遠の契り』『In the lap of the mother』は、それぞれ全くテーマが異なるにもかかわらず、夢中になる人物への第三者的な冷たい視線が強烈。ショートストーリーにしてこのインパクトは素晴らしい。作品集全体にいえることでもあるが、ミステリとしての作法を十全に知りながら敢えて微妙に外し、さらには人間に対する冷めた視線と皮肉な感覚が他の作家ではあり得ない角度から物語を創り出す。そんな歌野晶午のセンスはこういったタイプの作品集でやはり最も全開で発揮されるのではないか――などと感じた。

題名も装幀も、そして中身もブラック。小説はハッピーエンドでなければという読者を拒絶するかのような感覚は、一応読者を選ぶかも。それでも歌野ファンにとってはこれは堪らないものがあるのでは。現実は甘くなく、むしろ苦い。そういう部分にあえて飛び込む不思議な作品集だ。


07/07/01
倉阪鬼一郎「四神金赤館銀青館不可能殺人」(講談社ノベルス'07)

倉阪鬼一郎氏の講談社ノベルス作品は、例えば前回が『紫の館の幻惑』だったように、色+館シリーズであるように思われる。今回の作品は、一応その系譜に連なるともいえるのだろうけれど、色、使いすぎのような。ただ、題名の最初の一文字が色ではない点、シリーズ外扱いなのかもしれない。書き下ろし。

中堅ミステリー作家の屋形は、地元の四神町、四神湾では新進の名家である花輪家が所有する銀青館に招かれる。思わせぶりな館の人々の台詞、さらには様々な出自の招待客。一方で銀青館からは金赤館が見えた。その金赤館は名匠・十二代目入船大五郎の代表作として知られ、奈良時代から四神一帯を支配してきた名家・四神家が所有する。本来、金赤館がこの地を代表するシンボルであったものに対し、四神家の使用人の系列から急速に力を伸ばした花輪炎太郎・現在の花輪家当主が対抗して建造したのが銀青館である。両家はいがみ合い、憎しみ合っていたが、その融和のために姻戚関係を取り結んだ。しかしその確執は消えていない。嵐の夜、銀青館の館主の部屋では、館主が密室内部で殺害され、一方の金赤館内部でも殺人者が跳梁する。果たしてこの物語の真実は?

二重のメタ構造の内部に張り巡らされた伏線。大胆に過ぎるトリックが魅力
カバーの折り返しに抜き出されていることばでもあるが、「袋小路と笑わば笑え。これも新本格だ!」という作中主人公が、その著書に書いた「作者のことば」がある。まさにそれを地で行くようなトリックが炸裂する作品。奇妙な館に複雑な関係を持つ旧家と新進実業家一家。冒頭にある登場人物表の人数の多さ、館の見取り図といったところが、そのままミスリーディングとなって機能しているところからして凄まじい。メイントリックに淫し、そのために物語世界を造り上げたという本格ミステリの異形がそのまま体現された作品であり、作者の確信的意図がうかがえる。だが、個人的にはこの倉阪世界、非常に好みで例えトリックに中途で気付こうとも(本書の場合はこのケースなのだが)、この世界構築の妙味でもって最後まで楽しめ、かつ再読する楽しみもある。
倉阪作品ではしばしば作者の投影とも思えるミステリー作家が主人公として登場するが、本書もそのパターンを踏襲している。また作品内にミステリー同好会のオタクたちを登場させ、ミステリについて様々な語りを入れさせているのも楽しい。不自然さもあるのだけれど、その不自然さが演出される理由もきちんと存在しているし、その不自然さと自然な反応との差すら伏線として活かしている点も特徴だ。また、主に銀青館の状況がミステリとしては主になるが、金赤館で繰り広げられる虐殺シーンが良くも悪くもアクセントとなっており、そこで登場したと思しき死体が銀青館に現れる場面が不可能趣味を増している。様々な演出が全てトリックに奉仕させられる、これが「新本格ミステリ」の特徴のひとつではなかったか。
様々な点に自覚的(冒頭に挙げた言葉ひとつにしても、むしろ自虐的ですらある)に、袋小路の本格ミステリを体現している作品。広く受け入れられる作品ではないという点からも本格マニアは偏愛すべきでしょう。

驚天動地というよりも、よくぞこの大胆なトリックを長編にまで仕上げてくれたと不思議な感謝の気持ちでいっぱいに。目を瞑るところに目を瞑ってトリック偏重で作品を仕上げてしまう大胆さが素晴らしい。この異形っぷりが倉阪マニアには堪らないところ。