MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


07/07/20
愛川 晶「神田紅梅亭寄席物帳 道具屋殺人事件」(原書房'07)

愛川晶氏といえば根津愛シリーズを中心とした本格ミステリの書き手という印象が強いのだが、本作のあとがきによれば、実は落語研究会出身者とのこと。その作者が満を持して打ち出した書き下ろし落語ミステリ中編集。

今は落語協会理事の寿笑亭福遊の弟子である、二つ目の落語家・寿笑亭福の助は、脳血栓で倒れて身体の一部が麻痺している最初の師匠・山桜亭馬春の家を、妻の亮子と共に訪ねる。訳ありの『黄金餅』という噺の稽古を付けてもらうためだ。身体を悪くしていても頭の回転は衰えていない師匠は、ひと言でその意を汲んでくれる。しかしその『黄金餅』を演ずる当日、『道具屋』を演じていた噺家の扇子から血糊がべったりと着いた仕込みナイフが現れて……。 『道具屋殺人事件』
『らくだ』に新しいサゲを付ける必要に迫られ、悩む福の助は馬春師匠の元へと赴く。兄弟子らの卑劣な罠に気付くがどうにもならない。そんな折、亮子に興信所の人間が接触してくる。改名癖のある噺家のかつての恋人が失踪しているという。地味な以前の恋人に比べ、確かに彼・桃屋福神漬は、派手な女性と交際しているが……。 『らくだのサゲ』
かつて馬春師匠のもと、福の助の弟弟子だった亀吉は、客受けの良い下ネタ噺ばかりを繰り返している。亮子が口を出そうとするが、彼には彼の事情があることと一喝される。そんななか亮子の友人の同僚・倉本が紅梅亭の落語ネタ帳を見せて欲しいという依頼にやってきた。 『勘定板の亀吉』 以上三編。

手堅い謎を落語で解く。落語と本格を愛する作者ならではの、新たな物語の結晶
 とにかく練り込みに練り込んだプロット(本格ミステリというよりも、物語構造として)があって、複数のエピソードが同時進行しながら、それが分かりにくくないという手堅い連作中編集となっている。というのも、兄弟子たちに卑劣な罠を仕掛けられて、落語の芸で窮地に陥る福の助の話、福の助の妻で、基本的に落語に素人の亮子が引き起こす問題、もちろんそれぞれに事件が発生する。その状況をまさに安楽椅子探偵の馬春師匠が解き明かすのだが、彼が言葉が不自由なものだから、落語に仮託して題名その他の情報として福の助に伝える。福の助はそこで真相が分かる一方で、当然読者には「?」。ただそれを福の助が高座にかけて、見破られたことに気付いた落語関係者の犯人がしゅんとしたところで、ようやく亮子が誰にでも分かるように説明をし直してくれるという仕組み。(書いていて自分でも混乱するなあ)。
 とはいっても落語の粗筋、というのはそのままでも物語としての吸引力があるので、読み進めるのに混乱はほとんどない。登場人物も立っていて、落語を知っているけれども深くは知らない亮子というワトソン役の存在がうまく機能している。謎解きの過程が多少フィクショナルではあるのだが、最後の最後の得心はすっと入ることができるようになっている。本格ミステリとしては、伏線がキレイに解決に繋がる『らくだのサゲ』が抜けている印象。
 ただいずれにせよ、謎解きと落語との連関が難しい落語ミステリという分野で「とにかく落語寄り」にミステリを仕上げてしまった手腕はやはり評価するところだろう。それでいて解説にあたる文章が丁寧に挿入されているので、落語初心者の方(自分もそうだ)でも、十分に楽しめる作品となっている。

(以下余談)。
 名前を出して良いものか分からないので関西に住むAさんとしておくが、そのAさんが本作を読んで「上方落語と江戸落語では”噺家”に対する考え方、捉え方が違うのではないか。江戸落語の方が実に真面目で職人的だ」というような趣旨のことを言っておられた。確かに、上方落語を描いたミステリ小説では田中啓文さんの『笑酔亭梅寿謎解噺』があるが、本作とは全くニュアンスというか雰囲気が異なっている。小生の場合はどちらかといえば上方落語の入り口付近にいるので、その感覚を百パーセント理解できているとは言い難いのだが、関西であれば、話芸の面白いおっさんたちが「よっしゃひとつ笑わせたろ」というふうにみえる(もちろん本質的には異なるのだろうが)噺家が、本書における江戸落語の世界では、何か特別に選ばれた求道者のように描かれているように感じられるのは確か。

落語という様々な世界をベースにミステリを絡めて紡ぎ上げる手法は、かつて戸板康二が歌舞伎を使って実現してみせてくれた世界とも近い。定型という意味ではミステリとの相性は悪くないながら、その分野に新たな手法を持ち込み、さらに一歩進化させた作品だといえるだろう。


07/07/19
多島斗志之「感傷コンパス」(角川書店'07)

物語の職人・多島斗志之氏久々の書き下ろし長編。『海賊モア船長の憂鬱』以来とすると約二年ぶりの新作ということになる。

一九五五年三月の末。井上明子は、三重県の伊賀、柘植からバスで一時間の山里にやって来た。翌日からその地の分校に新卒の教師として働くのだ。明子の父親は、僻地に赴任する明子に〈A・I〉とイニシャルを彫った小さなコンパスを手渡してくれた。分校にはもう一人女教師・井上千津世がおり、同姓のため彼女は〈明子センセ〉と呼ばれるようになり、小学校の四、五年生を受け持つことになった。クラスの人数は、四年生と五年生を合わせて六人、男女半々。級長は五年生の乃村雪枝。活発な吉丸新太郎、東京からきた小坂豊と保の兄弟、恥ずかしがり屋の辻山房代。ただ、もう一人毎日必ず遅刻し、汚れた服をいつも身につけ、なかなか心を開こうとしない巴田朱根という少女がいた。彼女はなぜか二時間目からしか登校しないのだという。明子はまだ土地に慣れないなか、生徒たちを遠足に連れ出すことになった。目的地は〈童滝〉。だが、途中で朱根の姿は見えなくなってしまい、皆で探して回ることに。雨の中、はぐれて不安になっている前に現れたのは営林署に勤めているという空木という若者。彼はいきなり案山子を立てるのを手伝えという。

日本の旧き良き昔。小さな共同体のなかで紡がれる心の交流と人々の思い遣りの物語
 改めて多島斗志之という作家の懐の深さと広さを思い知らされる作品。
 とりあえず何も考えずに読むと、戦後十年経過し、高度成長期からも取り残された田舎の村での先生と、子供を中心とした村の人々との交流譚。といっても、気難しい人や偏屈な人もいれば、こんな小さなコミュニティで不倫だの自殺だのといった騒ぎも起きる。ただ、人間だけではなく豊かな自然と共存しようとする人間の姿も二重写しに描かれており、本書から得られる感慨というか、本書を通じて視るこの世界というのは実に豊饒な印象を受ける。例えば、分校の子供たちが街の学校のプールに行き、その貧しい水着ゆえに街の子供に笑われる場面がある。微妙に切ないのだが、こういった日本人の差別意識を描くことで、村の生活の良さが浮かび上がってくる。その他、人々の繋がりが現在よりも強固に思えるエピソードが幾つも描かれており、現代の日本人が喪いつつある隣人とのコミュニケーションの、かつての在り方を思い出させてくれる。
 当然ミステリではないし、分野として分けると一種の人情小説になるのだろうが、時代を切り取ることで物語を創り上げる多島斗志之氏の一連の作品のなかでは何か意味があるのでは? という深読みもしたくなる。個人的にはここで平和で牧歌的、さらには人情に溢れた日本人の姿をどうしても描きたかった、何か作家としての区切りがあるようにみえるのだがどうだろう。
 とはいえ、その人情小説としてもこの世界、この舞台においての盛り上がりやキレ、人間描写の妙など作家としての力量は存分に発揮されていて、恐らくは全ての世代が物語に没入することができるだろう。(毒を求める向きには物足りないだろうが)。自分自身、生まれてさえいないこの時代に思いを馳せてしまった。

 多島氏の小説の巧さゆえに、小説であるのになんだかNHKのホームドラマを実地で観ているような気分になった。小学生をも含め、個々人が持っている背景や経験、境遇といったところが深く設定され、それが物語に巧みに絡み合っている。朱根の性格描写など絶品だろう。本当の意味で子供から大人まで課題図書(?)のようなかたちで読んで欲しい良書である。


07/07/18
霞 流一「夕陽はかえる」(早川書房'07)

ハヤカワ・ミステリワールドの一冊として書き下ろし刊行された長編作品。

宮大工の戸崎亜雄が五十六歳の誕生日を息子夫婦と孫と迎えた二日後、奇妙な死体となって発見された。ビルの壁面にある一角獣をかたちどった装飾に串刺しになっていたのだ。ビルの窓は特殊な装飾ゆえに開かず、屋上は施錠されており誰も入った形跡はない。向かいのビルまでの距離は二十メートル以上。しかも戸崎亜雄には〈青い雷光のアオガエル〉の二つ名を持つ〈影ジェンシー〉所属の腕利きの殺し屋という裏の顔があった。師匠筋の関係で亜雄と因縁関係にあるとされる医者の瀬見塚眠・通称〈ジョーカーの笑うオペ〉は、亜雄の息子・戸崎優也の依頼を受けるかたちで亜雄の事件捜査に乗り出す。亜雄に師匠を殺害されたため、数ヶ月前から亜雄の周囲を嗅ぎ回る〈死のメッセンジャー〉鈴淵英斗が浮かび上がる。数々の殺し屋〈影ジェント〉の元締め〈影ジェンシー〉、そして彼らの仕事としての〈影業〉、〈血算〉、〈入殺〉……。かつての亜雄が手がけた大きな作戦〈しびれる老酒作戦〉の参加メンバーが学校に集うなか、鈴淵が不可解な密室内部で殺害されているのが発見された。しかもメンバーのほとんどが「自分がやった」と言い出す。

リミッターの外れたB級世界の行き過ぎたアクションと本格。素晴らしい! サンマラポッチン!
 どこを切っても霞流一テイストなのだが、全く新しい霞流一の誕生。 全体としてはそんな印象。ビルの外壁に突き刺さった他殺死体、しかもその死体は殺し屋としても超一流の男だった……。いきなり冒頭でかなり無理目の不可能殺人が発生という部分はこれまでの作品でもよくあったパターン。しかし違う。何が違うって物語の世界が全く異なるのだ。〈影ジェント〉〈影ジェンシー〉〈血算〉に〈入殺〉とスラング飛び交う殺し屋の世界。しかもその殺し屋たち、日頃は普通の職業(宮大工、医者、パン屋、ちゃんこ屋、植木職人、古着屋、ルポライターに振り付け師……)に就いており、その日常的に使う道具(正確には更に改造が加えられている)によってターゲットを殺害する。――といったことで、現実性というかリアリズムの方を捨て去ってしまった世界設定なのだ。作者もあとがきで述べている通り、アクション・スパイ(しかもB級)映画で用いられるガジェットをそのまま小説世界に持ち込んだような印象。物語世界の背景においても強烈な陰謀があって、そのあたりの謎も本書の興味のひとつ。ま、本書の場合は、そういったヘンテコさが愛せるか、嫌うかによって評価ががらりと異なる作品であることは確か。(そして小生はもちろん、そういった展開を偏愛する立場です)。
 登場人物それぞれ多かれ少なかれ性格が破綻しており、本書では数々の殺し屋同士の闘いの場面は強烈に過ぎるジョークと紙一重(というかかなりジョーク側に侵食されている)。天気予報を叫びながら攻撃してくる殺人鬼など、別の意味での恐怖を感じる。実際、闘いの内容も何でもあり状態で、思いも寄らない奇手を使っての闘いの数々は風太郎忍法帖とも近い。(二ツ名があるあたりと闘いの現代性と考えると、風太郎以上に西尾維新の戯言シリーズと近いかも)。とにもかくにも次々と登場するがゆえに奇妙奇天烈なアクション場面を満喫することができる。
 ストーリー以上に凄いのは、この設定、この世界のなかで本格ミステリを実行実現しているところ。 恐らくそのトリックだけを抜き出すと「何をばかな」というトンデモトリックに間違いなく突入するものなのだが、この世界においては「あり」。間違いなく「あり」。ビル壁の突き刺された死体よりも、後半部に登場する学校理科室の密室の方が強烈さの度合いは高い。というか、これ、すげえ。その前の捨てトリックとなるベルナーレ井苅の殺人方法共々唖然とすること請け合い。こういった殺人技に対するサプライズに対しても事前にきっちり伏線を張っているのは周到といえば周到ながら、偏執的ですらある。従来、現実という軛に囚われて多少窮屈な感じのあった霞流の本格トリックが、この何でもありの舞台を得たことで急に躍動感を取り戻した印象すら感じた。

 霞流一の本格ミステリがこれまでダメだった……という人に新たに試していただきたい作品。従来作品もダメ、この作品でもダメなようであれば、貴方は霞ワールドの住人になることが出来ません。万人に評価して欲しいという気持ち以上に、自分のなかではかなりの傑作とみる。


07/07/17
鯨統一郎「浦島太郎の真相 恐ろしい八つの昔話」(光文社カッパ・ノベルス'07)

美人大学院生「桜川東子」が複数の酔っぱらいを相手に探偵役を務めるバー・ミステリシリーズ。『九つの殺人メルヘン』の続刊にあたる。季刊『ジャーロ』の二〇〇五年夏号から二〇〇七年春号にかけて掲載された作品がまとめられた短編集。

アニメ・特撮。娘が母親に保険金をかけて殺害したのではないかという心のアリバイ。 『浦島太郎の真相』
映画。ワル仲間が仲間割れ。一人が殺され大金が強奪された事件の心のアリバイ。 『桃太郎の真相』
プロ野球ほかスポーツ。大金持ちに取り入ろうとした保険の勧誘員。心のアリバイ。 『カチカチ山の真相』
時代劇。IT会社の女社長が殺害された。疑いのかかった幹部社員の心のアリバイ。 『さるかに合戦の真相』
各種ドラマ。帽子屋の店主が殺された。一度だけ夫との喧嘩を仲裁した妻の心のアリバイ。 『一寸法師の真相』
お笑い芸人。SMクラブで女王様役の女性を殺害した愛人の老人の心のアリバイ。 『舌切り雀の真相』
歌謡曲。新薬開発に絡む殺人事件。開発者を殺した上司の心のアリバイ。 『こぶとり爺さんの真相』
ラジオ。義賊にして怪盗S90号が殺された。男と同僚だった男の心のアリバイ。 『花咲爺の真相』 以上八編。

五、六十年生まれにとっての懐かしのネタ+実社会の難事件+昔話の新解釈にて短編一本できあがり
 バー「森へ抜ける道」という名の日本酒バー。常連の工藤(僕)と山内、さらにマスターの島の「ヤクドシ・トリオ」が冒頭で彼らの世代にとっての懐かしの○○話に花を咲かせ、さらに私立探偵の工藤が事件が抱えている難事件の話をして、それをメルヘンを専門にする桜川東子が昔話の新解釈をし、さらに事件の真相を解き明かしてしまう……という構成。これはこれで非常に凝った(特に昔話と現実の不可解な事件のリンクなど)内容であるにもかかわらず、どこか簡単な作品のように錯覚してしまうのは鯨作品の不思議なところ。(ちなみに、この前作『九つの殺人メルヘン』は、本格ミステリファン必読の傑作ですよ)。
 ただ、冒頭の昔話については世代限定。自分の年齢を基準にして考えると半世代(五〜六年上?)であり、話題に出てくる新しい方の話でようやくついていけるかどうかというところ。一九五〇年代後半〜六〇年代前半生まれの読者にとってはツボなのでしょうが、このあたりは微妙。
とはいえ、昔話の新解釈は全世代共通。この部分だけでも十分読み応えがある。なぜ浦島太郎は戻ってきた時に白髪になっているのか。桃太郎はなぜ桃から生まれ、鬼ヶ島で略奪行為を働いたのか。なぜカチカチ山のウサギはタヌキに対して過剰な復讐をするのか。カニは正しいことを言った猿に対し仲間を集って復讐したのか。こぶとり爺さんの強欲な爺さんの試みはなぜ失敗に終わるのか――。当たり前の昔話をストーリーに忠実に大人の観点から想像した時に生じる「?」を、思わぬ新解釈に結びつけてしまう手腕が本書最大の読みどころ。 さらにその新解釈から事件を構築(恐らく)して、それを「心のアリバイ」と称して安楽椅子探偵の東子に解かせるという展開もなかなかユニーク。真相の検討が想像になるため、現実な本格ミステリとしては多少物足りない部分もあるのだが、少なくとも最低限の説得力のある仕上がりとなっている。

 気軽に手にとってするすると読めるのは、相変わらずの鯨作品の特徴であり長所。だが、多数の作品のなかにおいてもこういった新解釈系の作品はかなり作者の力が入っているように感じられる。


07/07/16
島田荘司「リベルタスの寓話」(講談社'07)

「リベルタスの寓話」「クロアチア人の手」の中編二作が収録された作品集。それぞれ『小説現代増刊号メフィスト』の二〇〇七年九月号、二〇〇七年五月号に発表された作品。(「クロアチア人の手」の方が先に発表されている)。

ボスニア・ヘルツェゴビナ共和国のモスタルという都市で猟奇死体が発見された。四体の男の死体のうち三人は首と胴体が切り離されており、一体は腹が切り裂かれて中の臓器が取り出されたうえ、中には内蔵を模したのかそのあたりにあったガラクタが詰め込まれていたのだ。周囲にあったコンピュータ機器は徹底的に破壊され、現場は凄惨な状況。NATO幹部から連絡を受けたレーンドルフはウプサラ大学の御手洗潔と連絡を取ることを期待される。クロアチア人の容疑者がいるのだが、彼と現場に残った血液型が違うという問題があるのだという。 『リベルタスの寓話』
俳句のコンテストで日本にやって来た二人のクロアチアの老人たち。日本酒で陽気に酔っ払った二人だったが俳句会館に宿泊していた筈の翌朝、一人は交通事故に遭い、もう一人は厳重に施錠された部屋のなかでピラニアのいる水槽に頭を突っ込み、右腕が喪われ、顔面が囓られた状態で発見された。さらに二人の宿泊していた部屋は入れ替わっていた。警察は、石岡に連絡を取り、御手洗潔に欲しいと依頼する。 『クロアチア人の手』

重層的に複数テーマを取り込み、世界と時間と人間の営みとを立体的に描き出す。島田作品にまた傑作が加わった
 両作品とも背景にあるのはボスニア・ヘルツェゴビナとその周辺で九〇年代に発生した民族闘争。ここにあとがきで創作と明かされるが島田氏が創作した、かつてのクロアチアでの直接民主政治の様子が挿入されているため、現代の愚行(と一口に言い切れないが)が際立つという展開だ。『リベルタスの寓話』では、直接的にその渦中の都市・モスタルでの猟奇事件が描かれる。死体に対する執拗な損壊が、先の寓話と重なっているところに読者は幻視させられる。御手洗による事件解体の展開が見事。(多少、謎解きのテンポが早すぎるが、それもまた御手洗の才能ゆえということでこのシリーズに限っては許される話)。また、死体を損壊し、男性器を切り落として晒すなど酸鼻を極める描写もあるが、こういったところにも実は訴えがあって無駄に狂気や恐怖を煽っている訳ではない点も凄い。事件の背景にあったRMTの問題であるとか、現代的なマネーロンダリングテーマまでをも包含し、作品の持つ立体性が理想的なまでに拡がっている。ちょっとした叙述トリックがあるのだが、これもまたパターンから外れていて巧い。
 一方『クロアチア人の手』であるが、社会的テーマを織り込みつつも、物理的本格ミステリとしての収穫。ほんの十年前ならばバカミスになり兼ねないところを、島田氏の広範な知識と最新情報によって、きちんと本格ミステリへと昇華させている点は奇跡的ですらある。日本国内の密室、一晩外国人が二人きりになる状況という設定から、外国人が日本で犯罪を犯した場合どのように考えるか、さらにしばしば問題とされる「なぜ密室にしたのか」という点についても新解釈が施されており、様々な視点から「新しい本格ミステリ」だといえる作品である。生々しい殺人事件という点は同じにしても、こういった動機を設定できる作家は島田荘司以外にそういまい。動機だけでも、トリックだけでも十二分に長編を支え得るのに、それらを複合させて中編でまとめてしまう才能は、オンリーワンだと思う。

 要素を取り出すと本格ミステリ以外の何ものでもないのに、複数の動機や背景を物語に加えて社会派としてのインパクトを増している。日本を飛び越えたグローバルな世界のアクションに日本人が疎いことに何か作者の苛立ちすら透けてみえる。帯にあるコピー「進化し続ける天才」とはよくいったもの。傑作です。


07/07/15
霧舎 巧「新本格もどき」(光文社カッパ・ノベルス'07)

都筑道夫氏の作品集のなかに『名探偵もどき』『捕物帳もどき』といった「もどき」を冠したパスティーシュのシリーズがある。即ち、本家の作品を模して新作を作るパロディ集。乱歩やカーなど、過去の名作をいわゆる新本格作家がパスティーシュとする試みはこれまでもあったが、霧舎氏によって遂に初期新本格の名作が俎上にあがる。対象にされた各作家による寄せ書き風の帯も吉。(将来的に帯がコレクターズアイテムになったりして)。

記憶喪失で数ヶ月前から入院中の”吉田さん”。外出許可を取ると勝手に行動するため、看護師の上岡エリ、即ち”私”が後を追う。何かのきっかけで吉田さんの記憶が戻れば――。しかし吉田さんはミステリマニアのマスターが経営するカレーショップ『牧場』のカレーを食すとなぜか名探偵に変身。それも毎回異なる名探偵になってしまうのだ。
ミステリの競作のためにそれぞれ別の館に籠もった推理小説作家。その作家の一人・南井くるみが殺害された。それぞれが残した作品の一部から犯人を割り出すことができるのか……。 『三、四、五角館の殺人』
グラビアアイドル・桜川美弓が殺害された。愛憎のもつれと思われたが対象となる容疑者が数名おり、事件現場には奇妙な痕跡が幾つか残されていた……。 『二、三の悲劇』
腹話術師が自宅で背中を刺されて殺害された。現場では殺害に使用されたナイフが腹話術の人形の手に握られたかたちで発見されており、鍵が掛けられていた……。『人形は密室で推理する』
長い廊下と多くの控え室を持つ劇場でエリの姉、姿子が中毒で倒れた。さらにその楽屋で火事があり被害者が二名。果たして劇団を巡ってどんな確執があったのか……。 『長い、白い家の殺人』
吉田さんと私、そしてマスターの三人は「奇妙な事件があった」という姿子のいる《雨降りの里》へ。そこには新聞記事から謎を見つけ真相を暴くというミステリ・ウォッチャーがいた。 『雨降り山荘の殺人』
私は吉田さんをこの手で撃ち殺してしまった――。パラレルワールドの病院内部で事件に巻き込まれる三人。そして事件の真相は――? 『13人目の看護師』
新興宗教団体の女性ばかりが暮らす新潟・露影村。《雨降り山荘》のマスターの娘がその宗教に入信、私は潜伏捜査を求められるが――。関係者が集合、吉田さんの謎が解き明かされる最終話。 『双頭の小悪魔』 以上七編による連作。

短編集にするには贅沢にすぎるトリック・アイデア乱れ打ち。パスティーシュの力強さに定型の美
 個人的に考えた定義ではあるが、パスティーシュという作品が成功するためには必ず必要な要素が二つあると思う。その一つは対象への深い愛情と理解、もう一つはオリジナルの発想と高い表現力である。この点に関する詳細な説明は必要ないと思うが、この連作短編集はその両方ともを兼ね備えた内容となっている。新本格の各作品・シリーズに対する愛情は作品の端端から感じられるし、そういった作品を踏まえて本書に取り入れられているトリックのアイデアは短編には勿体ないような贅沢なものが多数。霧舎氏自身、デビュー当時から比べると構想力や文章力が向上しており、本書トータルが安心して楽しめる作品集となっている。
 個別には挙げないが、綾辻作品なら綾辻作品の、我孫子作品なら我孫子作品の、文章や文体、登場人物だけではなくそのミステリ観というか本質をつかんだうえで個々の短編が出来ている。それぞれの作品で扱われている事件が「そうそうあの作家だったらこういう事件がありそうだよな」という内容なのだ。さらに凄いなと感心したのは、事件はもちろんそのトリックに踏み込んだところまで、オリジナルなのに何となくもとの作家を彷彿させるものである点だ。この点は評価という以上に霧舎氏のセンスと才能に素直に脱帽させられる。
 おかげでこの作品、全体としてのレベルが非常に高いのだ。そして単発としてのそれぞれの短編だけではなく、全体を通じての謎解きを織り込んでいる点も、誰とはいわないが一時の「新本格」の短編集としては定型ともいえる形式であり、そういったところにもニヤリとさせられる。
 ただ一つ勿体ないと思える点は、作者自身がコメントをしばしばしている通り、紙幅の関係かアイデアの割に文章が削られている印象があり、もっとじっくりと描いて欲しかったなというところ。仕方なくアイデアではなく文章を削ってなんとかスペースに合わせたというところが分かるだけになんだかやっぱり、勿体ない。

 各作家のファンの方であれば(少なくとも取り上げられた作家の複数のファンであれば)、間違いなく楽しめる。本格ミステリとしてのレベルも高く、様々な角度から読みどころ、面白さがある作品集。


07/07/14
都筑道夫「目撃者は月」(光文社文庫'98)

1989年から1996年にかけて『小説新潮』『小説中公』といった雑誌に都筑道夫が発表した短編を集めた文庫オリジナルの作品集。作品の幾つかはアンソロジー等に収録されているものがあり、作者自身のあとがきによれば「ふしぎ小説」を集めたのだという。

私のマンションの三階に住む旧友の息子・長岡が九階の私の部屋へやって来た。長岡には妻子がいたが中学生だった息子は交通事故で死亡、更にそのショックで奥さんが発作を起こし亡くなっていた。長岡は「三日前から妻が帰らない」と言いだし、暫く部屋に居たが、そろそろ帰る頃だと部屋に帰っていった。翌日、長岡は「妻から電話があった。上野駅から今から帰るといっていた」という。更に長岡は、自分の父親は私に殺されたのではないかと言い出す――。 『偽家族』
酔っていた私は道の暗がりで出会った、同じく酔っていた男と喧嘩をしてしまい相手を突き倒してしまう。落とした免許証を慌てて拾って帰ったが、免許は相手の人物のものだった。更にニュースでは相手の男が殺されたとの報道があったが、死体の発見された場所は心当たりのない場所。私は不安になって自らの行動を思いだそうとするが――。 『目撃者は月』
毎晩夢の中に出てきては私に殺されてしまう見ず知らずの男。その男と思える男と現実に出会った時、私は思わず声を掛けてしまう。相手の男もこちらをみて怯えている。二人は同じ夢のなかで殺し合いをしているのか――? 『殺し殺され』
ほか 『烏啼き』『模擬事件』『夢買い』『赤い鴉』『幽霊でしょうか?』『置手紙』『涅槃図』『ランプの宿』 以上十一編。

ある世代以上の人々が感じる微妙な妄想が狂気にまで逸脱してゆく――ふしぎな手触りの小説群
 本書をまとめて形容するとやはり「ふしぎ小説」の作品集ということになる。あとがきによると「ふしぎ小説」とは「登場人物の論理に、常識との奇妙なずれがあって、やがて狂気につながりそうな、ふしぎな味わいを持った小説、という意味だ。」(こうやって抜き書きすると都筑氏の読点の打ち方はやはり独特だなあ)。確かに、登場人物、特にこの作品集の場合は視点を任されている人物そのものに狂気が垣間見え、読者を不安な気持ちにさせるタイプの短編が多く収録されている。
 ただ、特徴的に思えるのはその妄想を持つ人物が中年ないしそれ以上の世代に設定されているところ。 いわゆる中高年が主人公の作品が多い。子育ても一段落して老境に差し掛かり妻や夫との関係が微妙になっているだとか、逆縁が起きてしまってやはり家族関係がおかしくなるとか、旧友と再会して何か過去の因縁が再び盛り上がるとか。そういったシチュエーションそのものだけではなく、そのシチュエーション自体を謎めかせたり、シチュエーションが引き起こすそれぞれ登場人物が心の底に隠していた狂気であるとかが徐々に浮かび上がってくる。また、巧みなのはその狂気を巧妙に隠し、視点人物の狂気なのか周囲の人物の狂気なのかが曖昧にしているところ。何が正しくて何が正しくないのか。意図的にか作者は記述を避け、読者にその解決を委ねる。この手法が実に効果を発揮していて、読んでいる者は不安定な世界のなかで不安になってゆく。
個人的には古書店主が殺人依頼の嫌疑を受けるだけでなく、警察を名乗る人物からめちゃくちゃな扱いを(幻想的に)受けてゆく『夢買い』、また、本書全体のテーマとは少し外れるものの、幽霊騒ぎのあった古家に入った主人公が幽霊との会話からいろいろなことを発見してゆく『幽霊でしょうか?』あたりが印象に残った。

 今となって考えてみると晩年期の作品にあたるわけで、若干視点人物も相応に年齢を加えているように思われるが、そこは長らく都筑道夫を読んでいる方にはそれほど気になるところではないでしょう。(初めてがこの作品! というのはあまりお勧めし辛いですが)。むしろ、それでも細やかな蘊蓄だとか風俗だとかを作品に取り入れる粋に気付いて喝采したいところ。


07/07/13
秋梨惟喬「もろこし銀侠伝」(東京創元社ミステリ・フロンティア'07)

「侠」の字は旧字。秋梨氏はもともと那伽井聖という名義で創作活動を行っており、鮎川哲也編『本格推理2』や北村薫・宮部みゆき選『推理短編六佳撰』に短編が収録されているほか、鮎川哲也賞の最終候補に残ったこともある実力派。2006年、秋梨名義『殺三狼』で第3回ミステリーズ新人賞を受賞、本書は表題作を含む初単行本にあたる。

謎の暗殺技「殺三狼」を使いこなし、三人の敵を一度に倒す李小遊。彼は商人に転じて成功していたが恨みを多く買っていたため、口に入れるものは必ず毒味をしていた。その小遊が毒殺された。その直前に口にしたのは薬屋・蒲半仙が調合した薬だった。小遊の部下は蒲半仙を拉致して拷問にかけようとする。半仙の娘で九歳になる公英が嘆き悲しんでいたところに現れたのが、以前から公英から酒を貰っていた老人の客・雲游。彼は公英に半仙の無実を証明するために出掛けようという。果たして小遊はどのようにして殺害されたのか? 『殺三狼』 老侠、智を以て冤罪を晴らし、少女、銀牌に未来を視る。
北京での会試のために宿屋に泊まった顔賢。夜中、その彼の前に女性の死体が突如現れる。疑われる前に侍従の指示により、顔賢は街の占い師を頼ると山に行くよう指示される。 『北斗南斗』 城市の主従、陰謀に惑わされ、山中の師弟、妙策を授ける。
離れに籠もっていた筈の男が密室内で撲殺された。凶器は銃だと思われたのだが……。 『雷公撃』 朱き雷、天上天下は大さわぎ、青き霞、一石三鳥の離れ業。
遊び人の燕青の弟分、魚屋の韓六郎が拷問されたうえに殺された。彼の死の謎を探るため燕青は街を探るが、六郎と関わった人々に奇妙な死が続いていたことを知る。 『悪銭滅身』 荊軻、武林の秘技を操り、抱壺、江湖の義侠に起つ。 以上四編。

中国の武侠小説の世界(主に活劇)と本格ミステリの世界(主にロジック)とが軽快な融合を果たす
 中国四千年の歴史――というか、深みを感じさせる。作品内でも時間がかなり経過しており、探偵役に相当する人物も各作品で異なっているという凝り様。このシリーズ全体の背景として、黄帝が密かに部下に渡した破邪の銀牌というプロローグがあるためで、作品中だけで何百年も経過しているところが一つの特徴。ただこの銀牌で物語同士がうまく繋がっており、全体としての統一感は欠けていない。
 そういった中国起源の伝説物語が背景にあるなか、発生する奇妙な事件をそれぞれの探偵役が解き明かしてゆくストーリー。中国時代小説としての風俗描写などにも凝っていないながら確かなものがあり、読んでいての違和感がないところがまず素晴らしい。(ただ、さすがにプロパーの中国時代小説に比べると垢抜けないところもあるけれど)その世界のなかで発生する事件もまた奇妙。毒味しまくっている筈の被害者が、口から入る毒で死んでいたり、いきなり死体が現れたり、密室での不可能殺人であったり、奇妙なミッシングリンクテーマであったりと本格ミステリとして扱われるべき謎が、その中国時代小説のなかで不自然なく現出している。このあたりは巧い。
 そしてさらに作者のセンスが冴えているのは、これまた中国武侠小説らしい秘技を凝らした格闘との繋がりだ。作品それぞれに、特有の時代背景や人間の運動能力の限界を超えた格闘が描かれている。こういった超絶の技がミステリの答えだったりすると興醒めだし、無関係でも物語のバランスが崩れるところなのだが、双方の結びつき加減が非常に巧みなのだ。こういった豊かな物語性のなかに複数の伏線が張られており、ミステリとして吉。そして一方でこの格闘の描写にしてもなかなか迫力があって武侠小説そのものが持つ面白さもまたこの作品集内部に込められている。結果、テンポの良い作品が揃った。

 浮世離れした物語文学ならではの楽しさがある一方、本格としても読みどころがある。またそれぞれのミステリ部分は想像力豊かな人は真相を見抜くことができるかもしれないが、その真相に先に気付いたとしても物語としての牽引力があるため、全く興味を失わせないところがポイント。恐らくこういった中国舞台の小説が苦手な人であってもすらすらと読めるのではないでしょうか。


07/07/12
山口芳宏「雲上都市の大冒険」(東京創元社'07)

第17回鮎川哲也賞受賞作品。

最新の鉄筋アパートが建ち並び、鉱夫たちへの福利厚生が行き届いた”雲上の楽園”東北の四馬浦鉱山。しかし、この鉱山の奥深くには、二十年前からずっとオーナー・三河正造によって収監され続けている座吾朗なる人物がいた。その存在を知るのは看守の恩田ほか数名のみ。座吾朗はその二十年前から堅牢な牢屋のなかから、二十年後の脱獄と復讐を叫び続けていた。昭和二十七年十一月、二十年後にあたるある日にその座吾朗は、更に強固に接合された牢屋から消え失せ、社長が無惨な死体となって発見された――。父親同士の縁で四馬浦鉱山との顧問契約を結び、横浜で弁護士をしていた殿島直紀は正造の息子で次期社長となる正一郎からこの事件に関する緊急の呼び出しを受ける。道中、柱時計といなり寿司の交換を要求する謎の学生服姿の若者・真野原と出会い、更に鉱山で再会する。彼は自分こそが近年数々の難事件を解決した探偵・荒城咲之介のことであるといい、殿島は正一郎から彼の助手をするよう命ぜられた。左手の義手に各種のアタッチメントを付け替えるこの人物、現場の洞窟を調査するが、そこに現れたのは本物の荒城咲之介――?

探偵小説世界全般をイメージしたファンタジー的背景設定で既に勝ち。ユニークな登場人物が縦横無尽に活躍、まさに活劇
 鮎川賞受賞作ゆえ、本格ミステリとして評価するのが筋なのだろうが、個人的にはまず設定もろもろに経緯を表しておきたい。山上にある閉鎖的な鉱山町という魅力的な設定を創り出した結果、戦前の日本という時代背景・風俗描写などを最低限に留めても不自然さはない。現実の昭和二十七年とは若干遊離した、閉じられた世界では人々の感覚が現代的であっても不思議もなく、密室殺人も連続殺人もありありとなる。その結果出来上がったのは、二十一世紀の現実感覚とフィクショナルな昭和探偵小説ファンタジーとのバランスが取れた舞台。 また、そこに絵に描いたような名探偵とワトソン役、さらに真の名探偵を配し、密室殺人あり、復讐鬼あり、サスペンスありのスリル満点の大冒険という魅力的なストーリーを形成している。
 本格ミステリとしての、例えば脱獄の方法といったところは理屈だけでいうと実行不可能トリックなのだが、荒唐無稽な世界のなかでぎりぎりの着地に成功している。その他の復讐の論理といったところも、旧い探偵小説の感覚がベースとなっているため、レトロな雰囲気と共に奇妙な説得性があがっている。
何よりも素晴らしいのは、この世界を創り出したことによって物語性が拡がり、読者の空想力を強烈に刺激する魅力が作品に備わっている点だ。 ぬけぬけといろいろなことをやってくれているところがかえって読者の期待を高めてゆく。少し考えると京極夏彦の妖怪シリーズと時代としてはほぼ同じであるのに、これほど手触りが異なる点など興味深い。物語の成立過程の差が読者に与える印象の違いとでもいえば良いのだろうか。作者には引き続き、壮大なる荒唐無稽を描き続けて頂きたいものだと思う。

 ということで「物語」として高く評価したい作品。作品のエピローグで今後もこのシリーズを続けるような終わり方になっている点も喜ばしい。惜しむらくはシリーズのヒロインに成り得た魅力ある女性キャラクタが、本作の進行上で犯人の犠牲になってしまっていることか。いわゆる”探偵小説”がお好きな方には、この波瀾万丈はきっと楽しめるに違いない。 読書の原体験と同じような興奮が今なお再び味わえたことに感謝。


07/07/11
滝田務雄「田舎の刑事の趣味とお仕事」(東京創元社ミステリ・フロンティア'07)

滝田氏は1973年福島県生まれ。日本大学芸術学部卒業。表題作でもある『田舎の刑事の趣味とお仕事』で第3回ミステリーズ!新人賞を受賞してデビュー。本作は『ミステリーズ!』に発表された表題作と『田舎の刑事の赤と黒』に、書き下ろし三作を加えた著者初の単行本。

黒川鈴木。田舎の警察に奉職する警察官で階級は巡査部長。既婚で子供はなく酒も煙草もやらないが秘密の趣味はある。無能な部下・白石に頭を悩まされつつ、滅多に起きない事件が起きれば現場に急行、類い希なる推理力を働かす。そんな彼らの事件簿。
高級わさびが大量に盗まれた。現場に停められていた怪しい車両、そしてそれまで農場を訪問していた怪しい人物のなかに犯人が? 『田舎の刑事の趣味とお仕事』
ブラックバスが釣れる人造湖の側で拳銃の発射痕が発見される。黒川刑事はその人造湖を管理しているボートハウスとそこを訪れるヤクザの大物の存在を知り……。 『田舎の刑事の魚と拳銃』
田舎道に建つコンビニエンスストア。襲ってくださいというばかりのロケーションに強盗が入り、居合わせた黒川刑事が人質に。残された面々はパニくるが犯人は消え失せてしまい……。 『田舎の刑事の危機とリベンジ』
田舎町に降って湧いたルビー盗難騒動。持ち去ったのはカラスでしかも懸賞金が掛けられたため、多くの人がやって来ては軽犯罪を犯す。次は小学校のトーテムポールが壊されてしまい……。 『田舎の刑事の赤と黒』
東京からやって来たストーカー男。しかし交通事故で死亡してしまう。遺留品からは猛毒に汚染された米が発見され、追われた女性の身が案じられたが……。 『田舎の刑事のウサギと猛毒』 以上五編。

論理が下敷きのユニークな事件。それ以上にユニークなキャラクタ設定が楽しい作品集
 平和な田舎町で発生する、田舎ならではの奇妙な事件を、田舎ならではののんびりした人々が追う。肩の力を抜いて楽しめる(というか力が入っていても徐々に脱力してゆく)リラクゼーション・ミステリ。
先にミステリとしての評価をしておくが、これもなかなか良い。可能性を全て論じて捨象してその隘路を……といったタイプの本格ミステリではないが、表面上奇妙にみえる事件が発生、それが捜査によって手掛かりが得られ、さらに論理的な帰結によって解決に結びつけられるという基本的な筋道がしっかりしている。わさび盗難事件、ルビー騒動といったところは事件は平凡ながら解決に至る論理に面白みがあり、コンビニ強盗、ストーカー自殺事件などは事件そのものに面白みがある。ただ、この”田舎”という設定そのものが微妙にファンタジーめいたところがあり、徹底したリアリズムを逆に拒否するような雰囲気を持っているため、現実の事件としては無理めいたところも少しある。(もちろん本作のなかで説得性がある以上、問題視するようなことではないですよ)。
 そして何よりも本作の価値を高めているのは、その登場人物の超がつくほどユニークな性格設定にある。 特に黒川鈴木の奥さん。旦那に無料の○を食べさせたり、人質となった旦那に恐ろしい呼びかけをしたり……と紹介できないような心理的乱暴狼藉を黒川さんに天然で繰り返す様は爆笑もの。今年度のミステリでのベストキャラクタ投票をしたら上位に来ることは間違いない。あとオンラインゲームの流れで女子大生の振りをしてしまう主人公の黒川鈴木にしても、無能な癖に全く懲りていない白石にしても、作品が進むにつれて深い味わいが出てくるタイプ。第二作品集以降は奥様の活躍を希望。(黒川夫人が活躍すると黒川自身が奈落の底まで落ち込むのでサディスティックな味わいがまたあったりもする)。

 ミステリ作品と”笑い”については数ある作品で両立されていると思うけれど、この滝田氏の演出するユニークさはまた既存の作品とは異なるテイスト。表面上は平和きわまりない描写でいてその本質がシニカルにしてブラックだったりする。 この微妙な邪悪さ加減がストレートにツボに入った。のんびりとした気分で読むのに吉です。