MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


07/07/31
大村友貴美「首挽村の殺人」(角川書店'07)

「首挽村」は「くびきむら」と読む。第27回横溝正史ミステリ大賞の対象受賞作品。(同時受賞は桂美人『ロスト・チャイルド』。)投稿時の題名は『血ヌル里、首挽村』。大村氏は1965年生まれ。中央大学文学部卒で現在は岩手県滝沢村在住。前回も最終候補に作品を進めており、今回が初受賞・デビューとなった。

過疎に悩む岩手県の寒村・鷲尻村。友人にして妹の婚約者・杉聡一朗が不審な死を遂げたあと、四ヶ月の期間限定で村の診療所に滝本志門が赴任してきた。村は雪深く、近くの山には野性の熊が住む厳しい自然に囲まれた環境だ。滝本は、診療所近くの桜田家に寄宿することになる。桜田家はもともと民宿を営んでおり、主人は村でも随一の腕を持つマタギ・雄鶴。さらに桜田家には孫娘で東京で大学生をしている彩が戻ってきていた。再開に喜ぶ村人たちで診療所は大忙しだったがそんななか、村の住職である保呂岩謙称が熊用の罠にかかって死亡しているとの報が入った。伝説の赤熊が村に降りてきて人を襲う事件も発生、さらに地元で様々な事業を行っていた会社社長が橋に吊り下げられて死亡しているのが発見される。連続した殺人事件は、村に伝わる旧い伝説をもとにしていると思われた……。

本格、過疎、熊。良くいえば意欲的、悪くいうと散漫か。壮大な構想に腕が追いつききれていない印象
そもそも横溝正史賞という賞の性質、綾辻行人絶賛「これが、21世紀の横溝正史だ」のコメント等々、横溝正史を意識した……ということで売り出されている感のあるこの作品。村に伝わる伝説に従って人が殺されていくという主題(のうちのひとつ)は確かに横溝正史の代表的作品を想起させる。また、その伝説がもとになっているという部分が微妙な違和感となって、真犯人追及の決め手となっていくあたり、一方で現代的でユニークであるといえよう。犯人、共犯者の立ち位置にしても、サプライズはあまり大きくないとはいえ昭和ではなく平成のミステリである印象を強く受ける。
一方、さらにこの作品は過疎地の医療問題であるとか、野性の大きな熊と人間との戦いであるとか、ミステリとしての本質、つまりは謎解きとは無関係の部分で妙に饒舌なところがある。様々な他のテーマ性をミステリに持ち込むこと自体に異論はないのだが、それらがバラバラに語られているように見え作品としては滅裂としたイメージになってしまっている。視点がころころ切り替わり定まらず、読者がどうも腰を落ち着けて作品世界に入れないこともあるし、ちょっと多めの登場人物の個性が今ひとつ伝わってきづらいのは作者の技倆が膨大な物語に比べてまだ未熟だということだろう。(もちろん、受賞はその将来性を見据えてのことだと思うので、一概に否定するつもりはない)。ただ、この三つのパートのうち熊と人間との凄絶な戦いがもっとも印象に残った。マタギの雄鶴vs伝説の赤熊。殺人事件が発生している村で、更に熊に襲われる可能性に人間が怯えているという部分、熊による被害や凄絶なる戦いの部分などは相当に迫力ある描写が続く。正直、作品が終わるまでに赤熊との戦いがどうも中途半端に終了している点を残念に思うくらいである。
本格ミステリらしい本格ミステリの体裁にはなっているのだが、その解決については微妙。ここまで社会派・自然派的なテーマを作品内に持ち込みリアリズムで攻めてきているのに、この犯罪に関しては人工的に過ぎる感がある。その結果、やはり何かそれぞれのテーマがバラバラになっているように見えるのだ。

個々のテーマを取り上げてゆくとしっかりしているのにその結びつき、流れといったところに弱点がある。受賞そのものには異論はないので今後研鑽されたうえでの第二作に注目したい。


07/07/30
青柳友子「眠れぬ夜の悪魔」(光文社文庫'85)

'85年5月、それまでと作風が一変し高い評価を得た『完全犯罪の女』を光文社文庫から書き下ろしたばかりの青柳友子さんが、数ヶ月しか間をおかずに刊行した光文社文庫書き下ろしの長編作品。

祖父に溺愛され、その祖父の唯一の血族として世田谷の奥沢や青山、そして軽井沢にある不動産と巨額の有価証券が遺産として残された二十七歳の加納光子。彼女は祖父の存命中に家電会社の技師である継彦と結婚していたが、子供はいなかった。財産的には何一つ問題がなかったが、継彦はとても親切な夫なのだが、赤ん坊を望む光子に対し、実は夜の生活に避妊具を彼が用いていたことが発覚してからどこか二人の関係はぎくしゃくし始める。光子は祖父の一周忌が済んだ頃から不眠症になり、祖父の死後に知り合った従姉妹の佳代のことを精神的には頼り、夫の優しい行為に何か疑問を覚え始めた。継彦の先輩の精神科医・橋場は、光子を自律神経失調症と診断するが、逆に光子は夫が自分のことを殺そうとしていると思い込み始める。軽井沢の別荘で、いつになく優しかった継彦だったが、彼が帰ったあとすぐに光子は睡眠薬を飲み過ぎて病院に入院させられた。彼女の命が救われたのは、駆け付けた佳代のおかげだったのだが……。

天真爛漫な悪女を描いた意欲作? 薄っぺらいただのよくあるサスペンス?
非常に好意的な見方をするならば、世間知らずで何も外部のことを知らない箱入り娘→お嫁入りした常識外れに天真爛漫な女性を悪女として作者が描きたかったと捉えることができよう。だとすると本作は大成功している。真面目で優しい夫を疑い、明らかに胡散臭い後から現れた従姉妹の女性を信用してしまう、料理はおろか家事すらまともに出来ない、金銭感覚は庶民とかけ離れていて、話題もなく、祖父=おじいちゃまとの思い出が何よりも大事――とまあ、感情移入が絶対に出来ないタイプの女性が主人公かつ視点人物。この結果、この主人公に対するツッコミを入れたくなるような愚かな行動に歯がゆさばかり感じさせられる。これはある意味、読者にとってとても「厭な女」であり、作中にもある通り友人らしい友人が全くいないことも頷ける。これは能動的、自覚的な悪女ではないことはもちろんだが、ここまで誤解に向けて突っ走ってゆく主人公は、受動的な悪女である。ああいえばこういう、自分に甘く、他人の気持ちを考えないし考えていない。その一方で猜疑心だけはめちゃくちゃ強い。はっきりいってしまえば悪女というよりも空気の読めない馬鹿女でしかないのだが。
彼女が体験する様々な事柄、これがページが進むことによりサスペンス感覚で描かれていく。睡眠薬を飲まされ自殺をしかかったうえ、夫はかつて勤務していた松本で子供を作り、彼女は身の危険から反撃、更には命を狙われていく。ちなみにサスペンスとしてサスペンスでしかなく、本来サプライズであろう別の登場人物が本性を剥き出す場面にしても、ある程度ミステリを知る読者であれば予定調和だと感じられ、そこに全く驚きがない。驚きがないうえに更なるひねりもないので、読み終わって溜め息が出てしまった。

その人物描写を除けば、展開は完全にサスペンスのそれ。むしろ二時間ドラマ程度の内容でしかない。解説の権田萬治氏は本書を指して”フランスミステリーのよう”と評しているが、むしろ安手のテレビドラマの劣化コピーにすら見えてしまう、ある意味異形の物語。青柳ファン以外の誰かにお勧めするような気にならない作品でした。


07/07/29
太田忠司「倫敦時計の謎」(祥伝社ノン・ポシェット'97)

太田忠司さんの擁する数々の名探偵のうち、「霞田兄妹」シリーズの二作目にあたる長編。初出は'92年に刊行されたノンノベル版。(なんとなく読んでいたつもりできちんと調べてみると実はこれまで未読でした)。

日本時計産業発祥の地といわれる名古屋。その名古屋でユニークな芸術時計を製作している時計作家・弥武大人はその人気にもかかわらず非常な寡作で、彼の制作した作品の入手は極めて難しい状態にあった。しかし、弥武氏のファンである実業家・高野、県会議員・北崎、聖ペンタ学園理事長・山部らの尽力によって、名古屋のセントラルパークに市民の時計として弥武氏によって作られた「ロンドン時計」が寄贈されることになった。その除幕式。十メートルもの高さのある無数のパイプで構成された時計はロンドンのビッグベンを模した構造だった。しかし観客の期待のなか、十二時の時報と共に飛び出してきたのは弥武大人自身の死体。パニックに襲われた観客を鎮めた霞田志郎は旧知の高野老人から事件の捜査を依頼される。疑わしいのはエキセントリックな性格を持つ弥武大人の実弟にして高校美術教師の敦。しかし、高野が溺愛する孫娘・あずみが、同じく弥武大人製作の時計のなかで不審な死を遂げ、さらに北崎の娘が同じく弥武の時計の振り子が凶器となって死亡……。果たして事件の真相は?

細かなトリックの積み重ねが驚きの真犯人を指摘。更にその裏側にある人間心理の構図が絶妙
今やあまりいわれないが「都市名」+「工芸品」の謎という題名が特徴的であったこのシリーズのなかでも、この『倫敦時計の謎』は、からくり時計という精緻な職人芸が必要な工芸品を作品に持ち込んだ意味と意義が非常に重要なモチーフとなっている点が特徴的だ。からくり時計から飛び出した作者自身の死体から、巨大な砂時計に埋もれる死体、振り子で心臟を一突きにされた死体、大時計の構造物によって首を吊られた死体……と、その死が時計と必ず絡み、一連の事件全体が非常に人工的に感じられる。 ただ、その人工性というのは否定的な意味ではない。事件自体が若干非現実的な雰囲気を帯びようと、作品自体が「からくり時計」に彩られており、この世界のなかではむしろこの人工性が絡むことが自然さが感じられないところが一つポイントだろう。
個々の事件と全体の構図がなかなか結び付かないところにもどかしさがある一方、不謹慎な言い方だが一つ一つの殺人事件がまた、からくり時計と同様の人工的な美しさを読者に見せつけている。個々の事件の背景にある犯人の心理については、むしろ普通に説得力があるもので動機の意外性は大きくない。またトリックの一つ一つについても細かな伏線からその方法については比較的容易に推理は可能なところもある。ただ、その犯人の心理を背中から押す何かが特徴的な作品なので、複合的な全体の構図にミステリとしての妙味がある。
最終的な事件の構図はどこかクイーン的であることはもちろんだが、それもまた職人の意志とアイデアによって見るものに対してサプライズを演出し続けるからくり時計の存在とも近しい。特にラストで明かされるひび割れた倫敦時計のプレートの意味には真犯人のどす黒い情念が感じられ「こんなところにまで……」と驚きを覚えた。(むしろ、登場人物に関するアイデアはこちらが起点なのかもしれない)。

シリーズ作品の一部としても霞田家の愛犬・ダミアンが初登場したり、千鶴と三条の恋愛関係の微妙な部分が始まっていたりと読みどころは多い。ただ、一個の本格ミステリとしても相当な完成度を誇る作品でもあり、太田ファン、本格ミステリファンとも押さえておくべき作品かと思う。


07/07/28
大倉崇裕「オチケン!」(理論社 ミステリーYA'07)

『季刊落語』の間宮緑&牧シリーズは、大倉氏を代表する落語ミステリであるが、本書もまた今度は落語研究会を主題にした別系統による落語ミステリシリーズ。中編二作が書き下ろされ、理論社のウェブサイトで二〇〇六年十月から二〇〇七年四月にかけて連載されていたエッセイ「落語ってミステリー!?」が併録されている。

東京目白にある名門・学同院大学に入学した越智健一。入学早々、謎の先輩・岸弥一郎に学生証を拾われた関係で無理矢理に落語研究会へ参加させられる。他に先輩は二年に中村誠一がいるが部員は三名だけの弱小同好会である。ただそのぼろぼろの部室には資料がぎっしり。その部室を狙って勢いのある公認同好会が攻勢をかけてくる。『お笑い同好会』『釣竿会』そして『折り紙の会』。落語研究会が廃部となれば、その部室が手に入るのだ。幽霊が出るという部室で聞こえるはずのない「寿限無」を聞いた越智。さらに大切な部室使用申請書が無くなってしまうという事件が……。 『幽霊寿限無』
学同院大学で無類の権力を誇るのが馬術部。その馬術部で一年生(未成年)が喫煙している場面が撮影されるという事件が発生した。馬術部ではその差出人も押さえ、関係者の処分もしたが、その撮影者が学内にいるのだがそれが誰なのか分からない。ヒントは撮影画面で流れる落語の音声だけ。馬術部を代表した丹波の恫喝に越智は犯人捜しを引き受けることになるのだが……。 『馬術部の醜聞』 以上二編。

賑やかさが何とも楽しい。落語テーマでもある一方、学生生活の楽しさ溢れる青春ミステリの味わいが濃い
 主人公の名前が越智健一であり、落研入りが運命づけられているというあたりから、ユーモア学園ミステリとしての枠組みが整っていることが分かるだろう。我が儘いっぱいで周囲を振り回す一方で名探偵としての頭脳と落語の才能を合わせ持つ先輩・岸、クールな雰囲気と意外な面倒見の良さを発揮しながらも、やはり何を考えているかよく分からない先輩の中村。この二人に平穏な生活をかきまわされる越智のとほほな(?)日常が実に楽しそうに描かれる。(当人は大変だとは思うが)。個々の作品における事件には落語が絡むが、この作品一冊を通しての謎はこの先輩方の正体と部室争奪戦に関わる。 その結果というわけではなかろうが、本書は落語ミステリであると同時に青春ミステリの雰囲気を両立させているように思われた。
 当然レーベルとその読者層を意識してのことだろうが、比較的平易な落語が様々なかたちで取り上げられており、粗筋などの引き方も的確。落語の楽しさを徐々に知るという意味での入門書としても適しており、その意味では続刊も期待したいところ。また、落語の楽しさに限っていえば巻末のエッセイもいろいろ独自の分析が入っていて面白い。
 また、大学名から想像されるモデルとなった某大学がそうなのか分からないが、馬術部が圧倒的な力を誇っていたり、始末書三枚までの仕組みであるとか、この学同院という大学の設定もミソ。学生たちがそれなりに悪巧みもするものの、みんながみんな悪人ではないあたりにほのぼのとした良さがある。本書を読んで大学に入ったら落研に入りたい――と思う人がいるのかどうかまでは分からないけれど。
 あと本書と前後して刊行された愛川晶『道具屋殺人事件』のなかの一編と、ミステリのトリックを形成する落語の扱い方がかぶるところがある。ただ、その着想こそ同じながら、用いられているのは別の噺というあたり、トリックの新規性云々なんてつまらないこと以上に落語という芸の奥行きの深さをより感じた。

落語を知っていても知らなくても楽しめる物語構成。本格ミステリとしてだけ捉えた時には若干弱いかもしれないながら、トータルとしてのユーモア青春ミステリとしての面白さには格別のものがある。 大倉ワールドの入り口としても適しており、幅広い層に読んで頂きたい作品だと思う。


07/07/27
石持浅海「心臟と左手 座間味くんの推理」(光文社カッパ・ノベルス'07)

石持浅海の初期傑作『月の扉』に登場する”座間味くん”が名探偵役を務める六編と、その『月の扉』の時に人質となった赤ちゃんが成長した姿をみせる後日譚による短編集。『小説宝石』誌に、二〇〇四年四月号から二〇〇七年八月号にかけて掲載された作品がまとめられたもの。

普通の会社員たちによって組織されたテロリスト集団。そのメンバーの一人が密室内部で死亡していた。マンションにいた他の容疑者は、彼の行動など知らなかったとしらを切るが……。 『貧者の軍隊』
大人しい新興宗教団体。その教祖が亡くなり、有力な信者たちが遺体の心臟を求めて殺し合う。一人の信者は争いに参加せず、左手が欲しいといったというが……。 『心臟と左手』
過激派組織の内ゲバ。穏健派の幹部が犯人の罠によって死亡。それを起動させたのは警官だった。被疑者死亡で一件落着していたが、その裏側にあった事情とは……。 『罠の名前』
日本固有種を守ろうという過激な環境保護団体。その本部の一室で団体員が殺害されていた。犯人はすぐ判明したが、現場に残された外国産のカブトムシの意味とは……。 『水際で防ぐ』
輸出が禁じられているビール醸造装置を大量に輸入した貿易会社社長。警察にマークされていた社長が自宅の地下で殺害されていた。社長は第三国に装置を輸出しようとしていたのか……。 『地下のビール工場』
穏健な沖縄解放団体に所属していた女性と、彼女の恋人で団体活動に理解を示していた米国軍兵士が心中事件を起こした。事件は悲劇として扱われたが、その事件の真相とは……。 『沖縄心中』
『月の扉』事件で人質となった聖子。来年は中学となる年齢となったが父親が事件以来荒れてしまっていて困っている。従姉妹の真由美姉さんに連れられ、沖縄に向かった聖子は、そこで”座間味くん”と出会う。 『再会』 以上七編。

安楽椅子探偵のパターン+石持浅海らしい目の付け所が加わって編み出される論理の美学
 沖縄でのハイジャック事件に関わった警視庁の大迫警視が東京で再会した”座間味くん”。大迫は彼の気持ちの良い人柄に惹かれ、飲み友だちとなる。その大迫は特殊犯罪担当であり、既に終わった事件について酒の肴とばかりに座間味くんに話をすると、それについて別の解釈や別の犯人が持ち上がる――という凝ったパターンの連作。また大迫が特殊犯罪担当ということもあり、事件の方が密室殺人といった凝った内容ではなく、その対象となる組織が凝っている――テロリストであるとか、新興宗教であるとか、過激な平和主義団体であるとか――のが特徴。ただ、こういった思想系の入った対象を、積極的に本格ミステリの世界に取り込むのは石持作品の魅力の一つであり、本書ではその奇想を満喫することができる。
 同じパターンではあるのだが、そのパターンの作り方がまず巧い。警察が既に解決した事件を民間人が眺めることで、警察の常識からは生まれて来ない発想でその裏側にある真実を見抜くという構成。警察という権力者が弾圧する対象に対して当然のように抱く視点があって、その視点による解決がまずある。その別の角度の付け方が実に絶妙なのだ。過激派だからこう、自然愛護団体だったらこう、という(読者を含む)”決めつけ”に対して柔軟な見方でその不自然さを突いてゆく。設定から推理の過程に至るまでが作者独自のパターンと美学に基づいており、”座間味くん”が編み出すロジックが美しい(事件そのものはより醜くなったりもするが)。決めつけをやめて柔軟な視点から見ることによって、更に隠れていた意図や重大な犯罪が見えてくるというのは本格ミステリならではのサプライズであり、愉悦である。
 また、後日談『再会』は、若干論理のキレや物語の味わいとしては苦いのだが、それでも”ハイジャック事件の被害者”という立場に対する柔軟な視点が出てくるところはポイント。石持浅海らしい優しさと苦みが両方楽しめる異色の作品となっている。

本格ミステリ短編集としての新しいかたちが本書から少し見えてくる。時事ネタを直接的にではなく間接的に取り込む手腕自体が、現代的で素晴らしいセンスだと改めて感じる。館や密室を必ずしも使わなくとも、本格ミステリに様々なかたちがあることを改めて気付かせてくれる。粒ぞろいの作品集。


07/07/26
浅暮三文「異人類白書」(ポプラ社'07)

ポプラ社のPR冊子『asta*』の二〇〇六年十一月号から二〇〇七年八月号にかけて連載されていた作品がまとめられた短編集。奥多摩文化大学の人類学教授・柴門博士とその助手・吉元さんが遭遇する異人類とのお話。

ある朝、柴門博士が自宅で風呂を洗っているとその栓から声が聞こえてきた。この地上には穴という別世界があり、そこに住む異人類がいる筈だと博士に閃きが。早速助手の吉元さんと穴居人を探すフィールドワークを開始する。 『穴居人』
博士がそのことに気付いたのは鏡がきっかけだった。しかしその異人類は鏡の中ではなく、その外れにいる。誰かに見られているという感覚、さっきどこかに人がいたのではないかという感覚の中に盲点人がいるはずだ。 『盲点人』
テレビの名所放映で映された無人島。無人島である筈のその島で一瞬だけ撮影された二足歩行の何か。これは無人島人に違いない。博士と吉元さん、更に食堂経営の博士の元弟子・小田部さんは無人島へ向かう。 『無人島人』
家に帰ってグルメな食事を満喫する吉元嬢。彼女は物陰から誰かに見られているような感覚に囚われる。これはきっと物陰人に違いない。博士は吉元嬢宅に沢山の荷物を運び込み、物陰を作って彼らとのコンタクトを図る。 『物陰人』
電話の混線によって地球制服の企みが聞こえてきた。これは混線人に違いない。人類に警告を発したい博士は相手にされず、電波の元を辿って彼らとのコンタクトを試みる。 『混線人』
地球上にある様々な遺跡やランドマーク。なぜかそういった場所には個人の痕を残す人々がいる。これはきっと痕跡人に違いない。博士は様々な文献から類推、第二東京タワーに狙いを定め彼らとのコンタクトを図る。 『痕跡人』
柴門博士と吉元嬢、小田部さんの三人でやって来た温泉地。この地で繰り広げられる謎の悪戯。これは異人類の仕業か? さらに悪戯された博士は必死になってその異人類を捕まえるべく、犬を用意する。 『風下人』 以上、異人類七種族。

アサグレ・ファンタジーと奇想の結晶。冗談めいた展開に笑い、各地の名品に唾を飲み込む
 一つのパターンを作りだし、そのパターンのなかでバリエーションを繰り返すタイプの短編群。奥多摩の地にいる人類学の実力者・柴門博士。異人類を専門としている独身教授でちょっと寂しがりやなところもある。もう一人、独特の存在感を示しているのが博士の助手・吉元嬢。背は低く体型は……だが、四六時中美味しいものを人の三〜四倍を食している。特に食べ物の名品・銘菓に詳しく、三時間かけて食べ物のために銀座まで往復することも厭わない。
 彼ら自身独特の味わいがあり、そのやり取りが冗談めいているのだが、更に相手にするのが異人類ときた。(最初の『穴居人』のくだりでは、いしいひさいち御大がマンガで描いていた「地底人」の姿が目にちらついて離れなかった) 確実に存在しているのだが、その特質ゆえになかなか人類がコンタクトできない人々。このあたりのユニークさを説明するのはなかなか難しい。博士たちが艱難辛苦を乗り越えて、彼らとコンタクトをする様子が破天荒にして面白すぎるからだ。
 また、銀座チョウシ屋のコロッケパン、神楽坂五十番の肉まん、吉祥寺サトウ肉店のメンチカツ……といった具合に、グルメの吉元嬢がいつの間にか各地の名店の食べ物を「もぐもぐ」している姿がたまらない。名店ガイドの趣があったハードボイルドの名作『カニスの血を嗣ぐ』に続いての試みは、こういった作風にてより成功しているような。
 大真面目に奇妙な事象に取り組み、大真面目に奇妙な事象を論じ、大真面目に異人類にコンタクトを図ろうとするうえ、奇想天外な手法を持ち込む柴門博士のキャラクタももちろん素晴らしい。というか可笑しい。最初の作品ではまだ読者も「どういった作品なのだろう?」と身構えているが、二作品目以降はパターンとして認識できるため面白さは倍増。帯にある通りの「痛快レポート小説」というキャッチが非常に相応しい。

 浅暮作品は様々な作品があるのだが、本作の場合は、初期の『ダブ(エ)ストン街道』にも通じるちょっととぼけた味わいのある作品といえば良いだろうか。気軽に手にとってニヤリと楽しむに相応しい作品集でした。


07/07/25
朱川湊人「赤々煉恋」(東京創元社'06)

題名は「せきせきれんれん」と読む。直木賞作家・朱川湊人氏によるノンシリーズの短編集。収録5作品、全て『ミステリーズ!』(増刊含む)が初出で、Vol.05(二〇〇四年六月号からVol.13(二〇〇五年十月号)までに発表された作品で短編の書き下ろし等ではない。

二十二歳で人生を終わらせてしまった妹・百合香。姉の早苗、早苗の恋人の晴紀は、相談の結果、百合香を火葬にするにあたり、遺体専門の記念写真を撮影できるという葬儀社に頼んで写真を残すことにするが……。 『死体写真師』
出会い系サイトを利用して人妻との浮気を楽しむ佐原。彼の学生時代の女友だちが、後に昼はOL、夜は客を取る生活の挙げ句、渋谷で死に「レイニー・エレーン」という幽霊の噂となっていた。 『レイニー・エレーン』
次の誕生日で十八歳になろうというアタシ。ママが入ってきて黙って部屋の机の上にオレンジジュースとトーストを置く。ママは辛気くさい顔で溜め息をついて出て行った。パパと喧嘩でもしたのだろうか。 『アタシの、いちばん、ほしいもの』
中学校の頃に憧れていたあなたに出した手紙。ある宗教の熱心な信者だった私には盗癖があり、高校生の時に見とがめられた男に強引に犯されて妊娠してしまう。そこから家族に見捨てられた私の放浪人生が始まった。 『私はフランセス』
三十年前、暴力的な父親と二人で暮らしていた少年。彼は父親がいなくなる夜が好きだった。ある晩、空腹のあまりに外に出た少年に声を掛けた青年がいた。青年の家には不思議な触感を持つ女性のような生き物がいた。 『いつか、静かの海に』 以上五編。

日常の裂け目の奥に潜む特殊な嗜好や特殊な性向。その異形の思いを切々と描き出す
 朱川湊人氏は、基本的に恐怖譚・幽霊譚のなかに独特の切なさを潜めることに長けた作家である。その理由を考えるに、恐らくその恐怖のもとと本来はなるはずの異形の人々を主体として物語を創ることができるからではないかと思う。そもそも何らかの感情の欠落だとか、どうしようもない特殊に対する愛情であるとか、普遍的・常識的な範疇から外れてしまった人々の悩みや懊悩の描写がうまく、読者をもまた「そちら側」に引き込んでゆくのだ。作者自身にそういった傾向があるのかどうかは不明だが、少なくともそのマイノリティに対する嫌悪感があまり感じられない。『死体写真師』などは、むしろ常識人である姉が主人公で、その異常な世界の扉を開けてしまう話であるのだが、それでもどうしてもそうしてしまうどうしようもなく歪んだ欲情が読者になぜか伝わってくるのだ。
 一方『私はフランセス』の、恐らく行き着くところがここだろう……ということを読者に見せつつ、そこに至る経過を淡々進めていく意志には、強い恐怖が誘われる。主題だけを抜き出すと似たタイプの物語でありながら、様々な見せ方を工夫することによって常に読書に心地よい緊張感があるのも良し。
 そういった作品評価とはまた違う意味で、ミステリ読みとしては『アタシの、いちばん、ほしいもの』に注目したい。本作にはあるミステリの手法が使用されているのだが、そのミスリーディングが非常に巧みなのだ。慣れた人ならば気付くだろうけれど、気付いたとしてももう一段の落としどころが終盤に用意されている。主人公が目にする虫男・虫女といった描写が、彼女の異能力を強調し、ある事実を見落とさせることが一つ。ただ作者はあっさり途中でその事実をを明かしてしまう。ただ、読者がそれに安心していると更にもう一つ別の角度からサプライズが飛んでくる仕掛けだ。再読すると様々な部分でその双方のミスリーディングが二重に効いている点に気付かされ、さらに初読では決して分からない他の人物が抱える情念なども新たに湧き上がってくる(特に主人公の母親はいったいいつまで……)。ぜひミステリ系の読者にも味わって欲しい作品である。

 『ミステリーズ!』に連載されていた段階から気になっていた(その時に読め)作品群をようやくまとめて読むことができた。伊達に浅いキャリアで直木賞を受賞してしまうだけのことはある。受賞後もしっかり異形の世界を書き続けている点、素晴らしいことだと思う。


07/07/24
西尾維新「刀語 第九話 王刀・鋸」(講談社BOX'07)

講談社BOX刊行記念、十二ヶ月連続刊行は清涼院流水、西尾維新ともにとうとう九冊目。『刀語』の方はある程度、物語が終結に向けて走っている印象があり、着実に伏線がばらまかれつつある印象。

四季崎記紀が作った変体刀、十二本のうち八本目「微刀・釵」までの蒐集を終えた奇策士・とがめと、虚刀流・七代目当主・鑢七花。先の不要湖での闘いで勝利を収めたものの、情報収集には失敗した彼ら。否定姫の謀略を避けるために尾張に戻らず、このまま蒐集の旅に出ることにする。先の真庭鳳凰との密約の際にもたらされた情報に従い、東北は将棋の里・天童に向かうことにする。果たして天童での刀探しはあっさりと成就する。とがめが以前に天童を訪れた時から知っていた剣の道場・心王一鞘流の当主・十二代目・汽口慚愧(二十四歳・女性)が「王刀・鋸」を所有していたのだ。ただ平和の時代、道場は寂れ、門下生も跡取りもいない状態ながら、この汽口慚愧は真面目な人物。真っ正面から譲ってくれと頼むとがめを拒否。ただ将棋による勝負をとがめと行った結果、刀を賭けた七花との勝負には応じてくれた。しかし、彼女はその勝負に木刀と防具を要求。自らを刀とするため刀など持ったことのない七花はその勝負に惨敗してしまう。

ばしばしと張られる伏線群の一方で、何か久しぶりに真っ当な刀蒐集の勝負を見たような
四季崎記紀が残した変体刀があって、その変体刀を見つけて、とがめと七花が勝負を挑んでこれを対戦相手から奪う。というのが本書一冊一冊の基本。ここ何回か、その基本のヴァリエーションを様々なかたちで演出した結果(刀の特性もたいがい重ならずによくもまあここまで考えついたもの)、蒐集という部分がどうしても奇策に頼りがちになっていた部分がある。この王刀・鋸に対しても奇策は使われるのではあるが、それでも何か少しだけだけれども、初期と近い闘いのニオイがして落ち着ける。
一方、伏線の方は徐々に露骨に(?)なってきている印象。前回(前々回だっけ?)にて変体刀最後の一本「炎刀・銃」が否定姫の手元にあることが判明しており、今回はその「銃」、第十二話に先駆けてその威力が発揮されている。さらに「この時代にないはずもの」として演出されているのだ。先に明かされている十二本の名前のなかは最後の一本として登場することになっているっているけれど、本当にそうなのか? という点がこのあたりからちょい疑問に感じるようになった。むしろ、七花の名字が「鑢」であること、つまり名字に「金偏」が使われているところに最終巻に向けて意味があるのではなかろうか――などと考えている。
とがめの勘違いっぷりも作者の確信的な演出だろうが楽しく、とがめと七花のコンビがどんどん人間臭くなってきているところもまた良し。こういったところはお約束だが必要な場面だと思うし。

着実にラストに向けて刀集めだけでなく、物語も進んできている。果たしてどのような決着がついていくのか。終盤に向けて楽しみになってきた。


07/07/23
海堂 尊「ブラックペアン1988」(講談社'07)

宝島社より刊行された一連の東城大学シリーズの前日譚。装幀は流れに沿っているがこちらは講談社からの書き下ろし作品。方方で報告されている通り、『チーム・バチスタの栄光』で白鳥と共に主人公となる田口や、『ジェネラル・ルージュの凱旋』で主役を張る速水、更に彼らと同期の島津などが学生として一瞬登場する。主人公は(この当時の)新人研修医の世良。

新人医師として東城大学病院医学部に入り、佐伯教授の下で研鑽に励む研修医・世良。元サッカー部の体力と、口も達者にすぎるものの、医学に対する情熱とまっすぐな性格を持つ世良は、帝華大学を出て派手なパフォーマンスを見せる「小天狗」こと高階と、外科手術に関する実力はピカ一ながら、周囲との協調性がなく傍若無人な渡海という個性的な二人の医師に目を掛けられる。米国修行から戻ったばかりの高階は、困難な食道癌手術に用いる器具「スナイプAZ1988」を手に、難しい手術には一部の経験者しか執刀させない技術偏重の佐伯教授の旧いやり方を批判する。実際、高階の腕は良く、次々と手術を成功させてゆく。一方の渡海もまた個人プレイ。普段から別室に籠もって音楽ばかり聴いており、佐伯のチームに所属しながらも、彼らとは馴染もうとしない。ただいえるのは、かたちはとにかく医療に対する理想をそれぞれが胸に秘めていること。そんななか、病院長を目指す「神の手」を持つ佐伯教授が北海道に出張に出た際に張り巡らされていた陰謀とは。

医師同士の個性のぶつかり合う医療の現場だからこその人間ドラマにしてサスペンス
 本作には、上で紹介した以外にも花房や猫田、藤原といった看護婦連もばりばりの現役&新人で登場。黒崎はまだ助教授、外科病棟を仕切るのは佐伯教授。そして20××年現在(確か、後の作品には明確な年代は記載されていなかった筈)、東城大学病院の病院長となっている高階が、帝華大学医学部からエース(跳ねっ返り)として送り込まれた若手医師として派手な活躍をしている。(そういう意味では『ナイチンゲールの沈黙』で患者として登場する「歌姫」もCDで登場する。(白鳥はそういう意味ではもしかすると宝島オンリーのキャラクタなのかも?)まずはシリーズを通しで読んでいるファンが狂気しそうなエピソードに満ちているといえるだろう。更に人ではないが、本作の直後に刊行されたミステリ・フロンティアの『夢見る黄金地球儀』まで話題として登場している。
 さんざんに外科手術の現状、製薬会社プロパーとの癒着、癌の告知方法、病院内部の権力争いなど1988年当時の、だとは思うが医療の現状が様々なエピソードとして提示される。ただ悪いところよりも、患者の命を救うという医者たちの強い意志を感じさせてくれる話が多く、それぞれが心に残る。賭けているのは患者の命というところ、通常のミステリとは微妙にニュアンスが異なるが、難しい手術における丁丁発止のやりとりや、治療に関する凡人には分からない深い意図など少なくともサスペンスという意味では十二分のテンションを保ち続けており、読者を深くこの世界に引き込む吸引力は健在。専門用語も多いが、それが分からなくても差し支えなし。ただし、ペアンというのは止血用の鉗子(医療器具)のこと。なんとなく糸のようなものかと思ってしまっていて、読んでいる途中で思わず調べた。インターネットって便利。
いろいろ陰謀があったりする一方で、新人研修医・世良の成長物語としての側面もあり、それでいてごちゃごちゃせずに一気に読めるのは作者のセンスの賜物だと思う。

本書単体で読んでも面白い。現代医療の問題点に繋がる、当時の理想、当時の技術。現在、現役ばりばりのお医者さんというのはこういう時代を経てきていると思うと感慨も深まるというもの。医療情報小説としても、人間ドラマとしても、医療サスペンスとしてもどの水準からみても間違いなく超一流のシリーズになってきている。


07/07/22
米澤穂信「遠まわりする雛」(角川書店'07)

米澤穂信氏の出自ともいえる「古典部シリーズ」の四冊目にして初の短編集。表題作は書き下ろし、また『正体見たり』は『ザ・スニーカー』誌'02年4月号に発表された(発表時の題名は『影法師は独白する』)もの。その他の作品は『野性時代』の'06年12月号から'07年8月号までに隔月で発表された短編。折木奉太郎の古典部入部直後からの一年を扱っており、本作品集は時系列で再編集されている関係で、発表時期と収録順はリンクしていない。また「心あたりのある者は」は第60回日本推理作家協会賞短篇部門の候補になった作品。

神山高校に入学して一ヶ月。古典部に入部したばかりの奉太郎と福部里志。放課後に宿題をする奉太郎は、里志から神山高校の七不思議の幾つかを聞かされる。音楽室の怪、そして『秘密倶楽部の勧誘メモ』……。 『やるべきことなら手短に』
平和な五時間目、隣のクラスから聞こえてきた大声と千反田えるの声。数学の教師はなぜ授業の進行を間違えたのか。 『大罪を犯す』
神山高校古典部・総勢四名が合宿にやって来た山間の温泉宿。伊原摩耶花の親戚が経営する民宿には姉妹が二人。その晩、千反田と摩耶花は宿の外に幽霊のようなものを見てしまう。 『正体見たり』
十一月のはじめの日。千反田えると折木奉太郎は部室に二人。『十月三十一日、駅前の巧文堂で買い物をした心あたりのある者は、至急、職員室の柴崎のところまで来なさい』この放送から導かれる内容は? 『心あたりのある者は』
摩耶花がアルバイトしている神社へ千反田と奉太郎は初詣。手伝いを頼まれた二人は物置小屋に閉じ込められる。名家の娘である千反田のこともあり、大声で助けを呼べない二人は……。 『あきましておめでとう』
里志に手作りチョコレートを渡すと宣言している摩耶花。なかなか受け取らない里志。今年のバレンタインは千反田が見張るなかそのチョコレートが消失した。 『手作りチョコレート事件』
千反田の地元で行われる水梨神社の生き雛祭り。雛を演ずる千反田に傘を差す役回りを引き受けた奉太郎。しかし工事中の橋を起因とする道筋に関してトラブルが発生してしまう。 『遠まわりする雛』 以上七編。

折木奉太郎の省エネ生活は、鋭い観察と考察から成り立つ。サブエピソードが楽しい古典部短編集
やらなくてもいいことなら、やらない。やらなければいけないことなら手短に」冒頭作品で改めて、本編の主人公にして探偵役の折木奉太郎の生活信条が語られる。人間、学生であっても社会人であってもなかなかそう簡単にはいかないものだが、最初の『やるべきことなら手短に』は、表面上は学校の謎を解く話ながら、背景にその信条がそのまま援用されているところがめちゃくちゃに巧い。まさか探偵役が謎解きを選択する動機に「そこまで行くのが面倒くさいから」という理由があるとは。しかもそれが明々白々と読者の前に開陳されていながら、普通そこまで気は回らない。小技かもしれないが結構ショックを受けた短編からスタート。
当然、既に発表されている古典部シリーズ長編の合間を縫っての事件であり、青春小説的側面もある。『手作りチョコレート事件』にしても『遠まわりする雛』にしても、里志と摩耶花、奉太郎と千反田えるの揺れ動く感情ににんまりと、そしてやきもきさせられるという読み方もあるだろう。ただ、小生にはやはり小粋な本格ミステリとして本書を捉えたい気持ちが強い。青春ミステリという見方はそのまま健在で、特に『手作りチョコレート事件』『正体見たり』『あきましておめでとう』といった作品において、事件自体を構成するトリック以上に「なぜそういう事態になったのか」という理由が重要になっているのがそれぞれポイント。この世代特有の人間心理や、関係者一人一人の立ち位置といった要素がきっちりと描かれ、物語の重しとして効かせている作者の心配りに感服させられた。
また、推理作家協会賞候補の『心あたりのある者は』は、『九マイルは遠すぎる』あたりが意識された妄想推理。放送された時間や口調、学校ならではの背景を巧みに取り入れ、ちょっとした言葉を鋭く解釈を続けていった結果、事件と真相を作りだしてしまう。この作品集のなかでは若干異質な印象もあるが、あまりの跳躍の長さ、飛躍の凄さに素直に感心しておきたい作品。

無理に、先に古典部長編を読破しておかないといけないという訳ではないが、やはり人間関係(特にその心理状態等から)一連のシリーズを読み終わった後に触れて欲しい作品集。細かな伏線の引き方なども素晴らしく、小粋な本格ミステリ作品集として、そして青春小説の一部として十二分に堪能させていただきました。しかし、学生生活+(日常)で彼らの年代はなんと祝祭空間が多いことだろう。無為に空費してきた我が身としてはなんとなく羨ましい気分になるなあ、こういう小説読むと。


07/07/21
清涼院流水「パーフェクト・ワールド What a perfect world! Book.9 On the Cloud Nine〔雲の上の心地〕」(講談社BOX'07)

講談社BOX刊行記念(?)怒濤の十二ヶ月連続刊行も着実に後半、残り四冊。京都と英語と運命を描いた大河小説、今回も先月に引き続きストーリーと英語が深く関わる。

明神きららを殺害したうえ「黒の陰陽師」・柴山ユウは、一角英数(エース)に対して気まぐれな挑戦で、英語初心者のエースの母親に八月一ヶ月の間に英語1,000単語を覚えることを要求してきた。シヴァのアバウトな性格(とにかく1,000覚えさえすれば、今まで学習した単語でもよく、意味も一つだけでよい、更に母親が記憶したとエース自身が判断できればそれでいい)にも助けられ、なんとか最悪の事態は回避できた。しかし八月の末、非常にこのゲームが楽しかったとシヴァは言いだし、次なる要求をエースに突きつけてきた。それは八月に吐き出した簡単な英語を除いて、新たに、今度は2,000語の単語を一ヶ月で覚えさせろというものだった。しかもペナルティは、エースの身近な人間二人の死。今度こそ万事休すか……。一連の電話をエースは金戒金明寺の石階段の下で受け取った。その場には物語冒頭より登場してきた「西尾八ツ橋の少年」がいた。彼(彼女?)は、井筒、おたべ、聖護院といった八ツ橋ブランドを愛好する「八ツ橋愛食おう会」のメンバーで、シヴァ=柴山ユウを知る人物なのだ――。

物語自体は冒頭と最後半で一気に進む。そのあいだにあるのは新たな英単語記憶方法。
 あと四ヶ月しかないのに新たな人物を登場させるか――。しかも四人(厳密には「西尾八ツ橋の少年」は登場済みなので三人だけど)。というあたり、冒頭から多少くらくらするのだけれど、本書のポイントはとにもかくにも新たに2,000単語をエースの母親がどのようにして覚えてゆくかという点。ここで登場する新たな記憶方法というのが、作中に〈無限ドゥミノ〉と表記される方法。辞書や参考書であれば、まさに「〈参考〉」のようなかたちで書いてあることもあるが、この方式を前面に押し出して単語を習得するというやり方は初めてみた。
 その方法をここで書いてしまうと興は削がれると思うので記さないが、学校の試験などで「テキストのここからここまで覚える」という場合の記憶方法に適していない一方、とにかく単語の量、いわゆるボキャブラリーを増やしたいと願う場合にはこの方式は間違いなく有効だ。感覚的には、日本語で知らない熟語であっても個々の漢字の意味を知っていれば、その単語が持つ意味が大体分かる――という理解の英語版とでもいえそう。多少単語のスペルが長くとも、この方式はどんどん繋がってゆくので面白いと思う。また、従来に引き続き、本書の方式に則った発音がカタカナで表記されているのも有り難い。

 2,000語というボリュームについては確かにクリアはするけれど、正面からみた場合は反則(?)も一部含む(まあ、これをするのは致し方ない。もし2,000語を真っ正面から捉えると本の厚みがこの巻だけ単語の羅列で倍になってしまう)。あと、物語としては最後のレイの言葉の真意が気になるところ。登場人物がかなり増えてきているので、誰がどんな役割を引き受けるのか、このあたりもそろそろ整理されてくるのだろうか。(最初の方に出た花屋のお姉さんとか跡形もないし)。