MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


07/08/10
竜騎士07「ひぐらしのく頃に 第二話〜綿流し編〜(下)」(講談社BOX'07)

2002年のコミケで発売された同人サークル07th Expansion製作の同人ゲーム『ひぐらしのなく頃に』。その作品を原作として、ドラマCD、マンガ、、アニメ、PS2(ゲーム)とメディアミックスが進み、その最終形態(?)といえるのが、作者自身の手によるこの小説化。よく広告とか読めば気付きそうなものだが、「出題編」ばかりが七ヶ月連続刊行される、その四冊目。

雛見沢で開かれた綿流しのお祭り。前原圭一は園崎詩音と共に、フリーカメラマンの富竹、そしてライフワークとして雛見沢の風習を研究している鷹野三四と共に禁忌の祭具殿に足を踏み入れてしまった翌日。圭一は鷹野三四から聞かされた、鬼ヶ淵の村に伝わる様々な因習とその証拠、そして奇妙な出来事が気になってしまい寝付けなかった。その翌日の6月20日の朝。いつも通りのレナと、何やら体調の悪そうな魅音と共に圭一は登校する。しかし様子の少しおかしい魅音から昨日、富竹と鷹野と一緒じゃなかったかと問い詰められてしまうが、圭一は必死に誤魔化そうとする。更に帰宅後、詩音からの呼び出しがあり図書館に出向くと、県警の大石からも同じような質問を受ける。やはり誤魔化す圭一とさっさと逃げ出す詩音。家に戻ってから詩音から電話を受けた圭一は、鷹野が焼死体で、富竹が自殺のような変死を遂げたことを知らされる。これはオヤシロさまの祟り……? 半信半疑のまま圭一は恐怖に突き落とされる。二人が死に、このままだと二人が行方不明になるのではないか……? 疑心暗鬼のまま日常生活を送る圭一。更に、詩音が事を相談したという村長までもが行方不明に。果たして祟りはどこまで続くのか?

徹底した緊張感と疑心暗鬼の強烈ミクスチャ。後半のホラー色の強烈さもまた印象的
この綿流し編の後半(即ち(下))は、きっつい。(上)にて思いっきり、雛見沢における最大の禁忌を犯したうえに、その同行者二名が惨殺されたうえで、この(下)が展開されているわけで、前原圭一一人称視点では全編が「恐怖!」となってしまうのもまた当然。 唯一の味方と思える園崎詩音と連絡を取り合いながら、その禁忌を行った事実を周囲が知っているのか知らないのか、全てが怪しく見えて疑心暗鬼に陥ってしまう圭一の心理が克明に記されているものだから、読んでいるこちらの不安感も更に増大するという仕掛け。特に周囲が皆、圭一のことを黒だと知りながら、必死で言い逃れる圭一の姿が醜くそして、奇妙に人間らしさを強調している。(その結果、周囲の冷たさがまた強調されている)。
その恐怖の対象が鬼隠し編、綿流し編の(上)までで、仲良くしてきた部活メンバーの中心人物である点、更に後半部に至ってその恐怖の対象が特定され、様々な試練(というか地獄の責め苦)を圭一に対して与えてくるところ、説得や説明がつかないところ等々、ホラーのなかでもショッカーと呼ばれる(と思う)タイプの恐怖感が最後の最後まで継続しているところが特に本編ではすさまじい。
また、(上)でちらりと描かれていた仄かな恋愛模様を匂わす程度……と思われていた日常描写のなかにこの惨劇の伏線が隠されているところなども無力感を増幅するうえで効果的な仕掛けとなっているといえよう。加えて、中盤のあるどんでん返しも、見開き全部を使った笑い声が(いちいち全部は発音しないが)登場人物の狂気を演出するのに効果を上げている。(通常、こういったページの使い方をされると、ホラーであっても行稼ぎのようで腹が立つことが多いのだが、本作の場合は純粋に効果の方が高いと感じた)。

とりあえず「ひぐらしのなく頃に」多重奏の第二楽章、堪能させて頂きました。問題編最後となる祟殺し編にも期待が高まる今日この頃。厭ーーーーな気分になることは分かっているとしても。


07/08/09
多島斗志之「追憶列車」(角川文庫'03)

一応'90年に刊行された『マリアごろし異人館の字謎』の文庫化……ということになっているのだが、収録作としては『マリア観音』『虜囚の寺』『お蝶ごろし』の三作しか重なっておらず、『預け物』は別短編集から、表題作は今回が初収録となかなかにマニア泣かせの短編集。(そこが職人気質といえばそういうことなのだろうけれど)。

幼稚園児の母親でありながらどこかへと出掛け、帰宅が十時を過ぎた専業主婦。当然夫は怒っている。しかし妻には衝動的にでもそうせざるを得ない訳があった。夫には彼女の母親は死去したことにしていたが、実は単に行方不明だったのだが……。 『マリア観音』
高校生と中学生の二人の娘の態度が最近急に悪くなってきたことが気に掛かる主婦・京子。彼女は急死した友人に預けた絵画を別の友人のために探し出す必要に迫られ、その遺族らを追って一日中駆け回る。その絵画に隠された秘密とは? 『預け物』
第二次世界大戦中のドイツ。当時ドイツに滞在していた日本人家族のうち女性と子供は列車に乗せられ、疎開先のベルリンへと移動していた。十五歳の淳一郎は女性組に入れられたことが不満だったが、明美という一つ年上の謎めいた少女と出会う。 『追憶列車』
日露戦争当時の松山には、露西亜の兵隊が捕虜として大人数収監されていた。うち将官にはある程度の自由が与えられていたが、セルビンという中尉は何度も脱走を図り、かつその態度を改めない。責任者の大野久庵は困惑しつつもその一本筋の通った姿勢に密やかな共感を覚えていた。 『虜囚の寺』
清水次郎長の二番目の妻・お綱は元は深川の芸者。婚姻の席でお蝶という名に改名を求められる。明治元年。維新の嵐が吹き荒れるなか、お蝶はかつての情人の友人・木暮半次郎と清水で再会する。その恋人・新之介は元は旗本の次男。上野の戦い以降、行方知れずになっているといい、お蝶はその思い出を反芻、新之介の行方を知りたいと心から思い始める。 『お蝶ごろし』 以上五編。

静謐な筆運びによって描かれる溢れるほどの熱い情念。美しきかな多島作品世界……
突然に過去の亡霊にとりつかれた平凡な主婦。日常に潜んだ脅威は実は名乗れない母親のメッセージ。そのメッセージの真意を知る時、彼女は……という『マリア観音』。マリア観音がある関東の寺……というちょっとした謎解きが物語に配されており、それでいてその謎が解ける時にタイムリミットが来ているという展開が巧い。
一方で友人の所有していた絵画を追う平凡な主婦を描いた『預け物』。中盤に汚い言葉で相手を威嚇する主人公が、不良に育った娘たちと同じ言葉遣いを模倣したもの……と思わせておいて実は、というのがミソ。がちがちの女の友情譚だと誰がこの展開で思う?
後の『神話獣』と同じ、世界大戦中に欧州に残った日本人がテーマの『追憶列車』。十六歳にして異国人の夫のいる明美という存在がミステリアスにして、この瞬間しかあり得ないほどの叙情性をもって描かれる。未成熟な少年の視点でもって淡々と描写される人間の奥底が心憎い。
捕虜収容所の所長という、これまたなかなか日露戦争という時代でなければなかなか存在自体が難しい、歴史上の一瞬を切り取った『虜囚の寺』。当時の日本人のメンタリティを自然に描きつつ、将官同士の敬意と競争心が自然と滲み出る展開がお見事。最後の所長の叫び声に不思議と胸打たれる。
そして『お蝶ごろし』。歴史上実際に記録されている「清水次郎長の妻・二代目お蝶は、新番組の木暮半次郎に殺害された」という史実の裏側に展開された感情と立場、そして侠客の姿を活き活きと演出している。
主人公にスポットが当たっているのは当然のことながら、総じて脇役がいい味を出している。脇役が主役以上の”何か”を発しており、その結果として物語が深い奥行きをもって立体化されている。物語とするにしても相当に歴史的資料が必要となるような時代を淡々と描ききる筆力が素晴らしいことはもちろん、そのなかで展開される人間ドラマが実に味わい深い。 短編小説として完璧なのではないか。

時代も国も背景も登場人物にも、何にも共通点がない五つの物語。その物語それぞれで、またその時代時代の人々が生き、そしてその人々の心の動きや生き様が鮮やかに描かれる。賑賑しくなく、実に地味な物語であるともいえるが、滋味に溢れた物語の味わいをじっくりと堪能できる大人向け。


07/08/08
倉阪鬼一郎「留美のために」(原書房ミステリー・リーグ'07)

その作品方向が多岐にわたり、完全に「著作多数」の作家となってきた倉阪鬼一郎氏。倉阪氏のミステリには企みが多く、熱烈なファンを持つ。(問題は人気がカルト的なところなんだよなあ)。書き下ろし。

大学内の推理小説研究会の分裂騒ぎの結果、少数精鋭を貫いてきた「アルゴークラブ」。同人誌や機関誌を残さずに十年近く活動していたアルゴークラブも、メンバーの二人が不慮の死を遂げるにあたり、その幕引きの時期が訪れていた。亡くなったのは赤田留美、そして羽根木透。最後の会合はたまり場だった寂れた喫茶店兼バーの「ホレス」。そこに現存のメンバーが集まって羽根木の遺した原稿を読むというのが趣向であった。題名は『紅玉の祈り』。この作品には羽根木による赤田への思いが描かれているというのだが、その内容はかなり奇妙なファンタジー小説。メンバーはその小説にさりげなく隠された趣向に気がつき、羽根木の告白内容に愕然とするのだが……、果たして更にその裏側に隠された思惑とは?

倉阪氏らしい活字へのこだわりと、メタに淫した展開が生み出す幻惑の世界
 粘り着くような暗さ――とでもいえばいいのだろうか。こういった暗い作品を描いた時の倉阪作品世界は独特の禍々しい色彩に冒頭から彩られている。本作でも、その雰囲気作りは冒頭から発揮されており、何やら思わせぶりなモノローグが様々なかたちで読者の脳裏に意識させられ、本文を単なる情景描写として読ませない、何か不思議な磁場が発生しているかのような感覚に悩まされる。
 学生のうちに二人もの人間を亡くしたサークル、その秘密、死者の遺した謎に挑む人々。この展開だとそう単純に暗い小説にはならないとは思えるのだが、やはり隠された”意図”がいろいろあることが見え隠れするせいなのだろうか。ファンタジー小説の内容は、特殊――という表現が適当なのか不明だが微妙に変わっている。このあたり倉阪幻想作品のイメージがつきまとうせいかもしれない。ここに隠された第一の秘密(トリック)は、どうだろう。さすがに倉阪ミステリを全て読んでいる読者にとってはヒントも出ていることだし気付かれるのではないだろうか。ただ、その趣向を見破ったというところを、この作品の第一関門にしているところがミソだと思う。作中に放たれたモノローグや思惑といったところが絡み合い、その秘密ですら踏み台にして次のステージの謎と陰謀が物語を覆うところが素晴らしい。 また、この第一の趣向にしても類を見ない方法であり、活字という形式(電子的ではなく紙の、という意味で)に徹底的にこだわる作者ならではのものがあり、興味深い。(繰り返し使えるものではないが)。
 小説内部に小説があるという意味だけではなく、この朗読会自体がトリックであるような犯人自身のメタ的趣向であるとか、全体を覆う沈鬱にして陰気な雰囲気であるとか、むしろこういった部分に本書の狙いはあるように思う。真犯人の意図や狙いなどかなり邪悪であるし、このあたりについてはちょっと読者が簡単に見抜けるようなものではない。だが、引っ掛かるように心に残るという意味では不思議な感触を持つミステリだといえるだろう。

 最後の方の偏執的な追い込み(?)あたりは倉阪ファンには堪えられない展開ではないでしょうか。雰囲気が雰囲気だけに、誰にでも薦めにくいのがなんですが、やはり好きな人には堪らない魅力がずっしり詰まった作品。倉阪ファンにとってはストレートど真ん中、ですよ。

 そうそう、おめでとうございます。


07/08/07
太田忠司「狩野俊介の記念日」(トクマノベルズ'04)

太田さん自身の作品発表自体はコンスタントながら、最近は若干この「狩野俊介シリーズ」の発表ペースが落ちてきているのでは……と心配な今日この頃。現段階では最新作にあたる中編集。

クリスマスの前日、つまりはクリスマスイブ。野上はアキと共に食事へ、俊介は美樹と久野の家でのクリスマスパーティへ出かけかけていた。そんな事務所に一人の年輩の男性が事務所を訪ねてきた。彼は五年前に亡くなった妻からの電報を受け取ったのだという……。 『思い出の場所』
師走。事務所の大掃除をしている野上の許へ、手品師の滝乃水梨花が現れた。勤務先の百貨店主催のパーティで手品を披露したところ、有名なオペラ歌手・虎津岡桜子の首飾りが無くなったことに対し、盗難の嫌疑が掛けられているのだという。梨花には心当たりがないが、桜子が騒ぎ立てるため困って相談しにきたのだ。 『ふたりの思い出』
正月も終わった一月の二十五日。俊介は自らの誕生日が分からないまま、施設に預けられたこの日が誕生日扱いされることに反発した。一方、事務所には桜子の紹介で詩人の鷹取が現れた。十八年前、引っ越す直前子供の頃に出会った『アサミ』なる女の子を捜して欲しいのだという。 『思い出を探して』
野上が夢だと解ったまま見た夢。石神探偵事務所にやって来た燕尾服を着た巨大な猫。その夢の中では猫が人間より威張った存在として君臨していた。その猫は人間の女性と一緒に暮らす猫を探して欲しいという。 『そして思い出は……』 以上四編。

狩野俊介が石神探偵事務所にやってきて、ようやく一年が経過。登場人物の様々な想いが交差してゆく
 最後の短編において改めて確認させられること。ある意味では「えっ?」と思い、ある意味では「そうかあ」と思う。作者あとがきにもある通り、狩野俊介が『月光亭事件』で石神探偵事務所にやって来て、ようやく一年が経過している。作品の刊行年代からいくと十三年(この文章を書いている2007年から考えると十六年)も、我々の世界では過ぎ去りながら、多感な俊介の中学校生活はようやく一年が経過しただけなのだ。 俊介の物語の場合、新学期から夏休み、夏休みから二学期へと物語を追うにつれ、間違いなく時間は経過している。だが、そのペースと作品発表ペースはもちろん異なっている。にしても多少極端かな――。
 本シリーズでは都合三冊の短編集が刊行されている。その個々の作品には狩野俊介がこの一年に体験してきた様々な事件のあいだを彩るエピソードという意味がある。もちろん一方でそれぞれにきちんと謎解きが配されていて、ミステリ作品として独立はしていることは御承知の通り。そんななか、特にこの作品集では年末から年始にかけての、石神探偵事務所にまつわる(俊介にまつわる)イベントのタイミングをそれぞれ描いている。数多くの陰惨な事件を手がけてきた彼らに対し、太田さんの視点は優しい。
 それぞれミステリ仕立てではあるものの題名通り「思い出」が重要なモチーフとなっている。亡くなった妻との思い出。実は無くなった首飾りより遙かに大切な思い出。街にまだ手掛かりが残されているかもしれない幼い日の出会いに関する思い出。そして、野上にとって最も大切な、狩野俊介との出会いに関する思い出……。それらが主題となって、多少軽めながら謎解きが為されるという趣向だ。ミステリとしてのインパクトはやや弱いながら、作品トータルとして俊介シリーズに対する作者の想いが伝わってくる点が吉。その作者の想いは、読者が抱えているこのシリーズへの愛着ともまた同化する。

 シリーズをずっと読んでいる人のためのボーナストラックにして、万一本書を最初に手に取った読者に対しても配慮あり。狩野俊介のこれからの成長を願って止まない読者は相当数いると思うのでぜひともここで完結するではなく、今後も俊介シリーズが読みたいと心から思った。


07/08/06
乾 ルカ「夏光」(文藝春秋'07)

題名は「なつひかり」と読む。乾ルカさんは1970年、北海道生まれ。'06年に「夏光」が第86回オール讀物新人賞を受賞してデビュー。本書が初の単行本となる。表題作と『風、檸檬、冬の終わり』のみ『オール讀物』に既発表で他は書き下ろし。

太平洋戦争の終わり。疎開している哲彦は家族と離れた暮らしのなか、ひもじく心細い思いをしていた。その地で出来た友人に喬史がいたが、彼は顔面に大きな痣があり、村人はその痣をスナメリの祟りだという。哲彦と喬史は地元の子供たちからのイジメの対象となてっていた。そして喬史の目の中を時々青い光が飛ぶことを哲彦は知っていた。 『夏光』
北海道帝国大学に進んだ私は身体が弱く、教授の紹介で北海道庁に務める桑田家で静養することになった。立派な館で厚遇された私は、屋敷のなかでマスクをした妙齢の娘と出会う。家族や使用人はそんな人物はいないというが、私は口を効かない彼女と少しずつ親しくなってゆく。 『夜鷹の朝』
年頃になっても醜い容姿をコンプレックスにしているキミは、愛らしく誰からも愛される妹のマチが嫌いだった。キミは美しい女給・鶴乃から耳にある穴が不幸の原因だといわれる。その厄落としのためには百本の蝋燭が必要だといわれ、キミはその儀式を始めた。 『百焔』
学生時代の友人・熊埜御堂から退院祝いに鍋と刺身を食うからと誘われた長谷川。熊埜御堂は右腕が無くなるうえ、身体中に大怪我をしていたが原因については語らない。「無いはずの歯にやられた」と言葉を濁す。彼の下宿には白身の魚が大量に準備されていて……。 『は』
夏休み。小学校六年生のマコトとアキヒコは、東京からやって来た転校生タクと一緒に活動していた。タクは奇術師を父親に持つがその父親は大きな手品に失敗して職からあぶれていた。タクはその父親から殴られているらしく、いつも怪我をしていたが性格は明るい。ラジオ体操をしているとタクの耳から鈴のような音が聞こえてきた。 『Out of This World』
もう十年以上も前のこと、私はだらしないヤクザ者の父親と一緒に外国から連れてこられる貧しい子供をアパートで管理していた。私には昔から嗅覚に特徴があり、人が発する感情を嗅ぎ分けることができた。ほとんどの子供が気力を失うなか、一人の子供だけが希望を失わなかった。 『風、檸檬、冬の終わり』 以上六編。

絶賛。この作家、むちゃくちゃ凄い。新人離れした筆力と構成、何より鋭い感性が光る
オール讀物新人賞作家のデビュー作品集というのは、個人的趣味からはいきなり購入したりすることはない系統。だがたまたま信頼しているK島氏が書店でいきなり「この作品、凄いですよ」と薦めてくれたのがきっかけ。結論。めちゃくちゃ凄かった。
デビュー作品にはその作者の全てが詰まっている……というわけでもなかろうが、全ての方向に可能性を持つことが一読で感じられる。基本はホラー系統の作品なのだが、戦前、昭和初期、現代、少し前といずれの背景であっても違和感なく書き上げてきているし、更に主人公が少年だろうが少女だろうがおっさんだろうが違和感が全くない。ホラー・幻想系を書き続けるに必要な筆力をデビューのタイミングで既にお持ちであることが推察される。
そして、個々の物語が凄い。これが傑作集といっても過言でないくらい。 まずは『夏光』。抑制が効いているにもかかわらず心理描写が巧み。小学生の気持ちにするりと読者が入り込まされる。さらに背景にあるスナメリの呪いをホラーとしての若干の重石にしつつもラストの驚愕エンディングに至るまで、微妙にミステリの手法も感じさせる話運びが見事。
 『夜鷹の朝』も、ゴシック調の館を物語に打ち立ててその中で異邦人である主人公がかかわる数奇な出来事。異形への愛の物語へと結実させてしまう展開が凄い。『百焔』は、一転して愚かな田舎娘が主人公。筋書きそのものは平凡といえば平凡なのだが、百の蝋燭という儀式自体の迫力と都会から来た謎めいた女性と、主人公姉妹との対比が物語にアクセントを付けている。『は』は、ホラーとしてのネタは平凡かもしれないが、個人的にかなり好きな系統。登場するある生き物のグロテスクさ、迫力の描写が生きていて物語の厭さを際立たせている。
 『Out of This World』は表題作を除くとこの作品集のベスト。子供たちの夏休みの描写が素晴らしいだけではなく、タクの不思議な魅力と哀しさが心にしみ入ってくる。一度読み終えた後、改めて冒頭から読み直しをしたくなる仕掛けと内容を持つ作品。『風、檸檬、冬の終わり』は、特殊な主人公の能力を更に特殊な環境に放り込む、作者の発想の豊かさに感心。それだけでなく登場人物の感情や行動にもひねりがあって、技巧と共に一流の叙情を生み出している。
 読み終わって溜め息。凄いわ、この人。 多分、読まれた方はほとんどが同感していただけるはず。

 ……とまあ、作品ひとつひとつが傑作なのでこれはホラー・幻想小説ファンであれば読んでまず間違いない。 これがベテラン作家の集大成というのであれば驚きはしないが、新人の処女作品集というのであるから恐れ入る。この段階から断言するのは憚られるが、このレベルの作品が続くようであれば将来の直木賞も堅いのではないか。素晴らしい。


07/08/05
桜庭一樹「私の男」(文藝春秋'07)

『別冊文藝春秋』2006年9月号から2007年7月号にかけて掲載された作品。

腐野花、二十四歳。十五年前、九歳の時まで北海道の離島で両親と兄、妹と共に暮らしていたが、その家族を災害で喪ったことをきっかけに、当時二十五歳だった腐野惇悟に引き取られ、二人は養父と娘という関係のなかで育った。花は明日の結婚式を控え、惇悟と待ち合わせて婚約者の尾崎美郎の待つレストランへと向かう。降りつづく雨のような湿った匂いのする男、惇悟。私の男。美郎から要求されて、花嫁が幸せになるためのサムシングオールドを要求された淳悟が取り出したのはふるびた小型カメラ。そのカメラを見た瞬間に花は驚く。その持ち主は今はもういない。むかし殺した老人の持ち物だったから。そんな二人はタクシーに乗って家に帰る。いつものように惇悟と一緒にいるのはもういやだった。いやなはずなのに。「惇悟……」名前を呼んだら囚われた。離れられない。離れないといけない。二人唇を合わせ、抱き合って。「この世でお前を愛してる男は、俺だけだ。血が、繋がってる。他人の男にそれを求めたって、無理だ」……。

物語に対する技巧が冴え渡る。迫力有る筆致で背徳の物語を描き出す桜庭一樹・ダークサイド全開
 粗筋を丁寧に紹介すればするほど気が滅入ってくる(なので↑は多少適当に書いた部分あり)。ひとことでいえば近親相姦の話であり、現代に蘇る逆源氏物語であり、背徳にして究極の愛の物語――なのだが。この”物語”に対して、文章ひとつひとつにせよ、構成にせよ、細かな設定にせよ、桜庭一樹という作家の持つ才能全てが注ぎ込まれている印象だ。
 現在、主人公が赤の他人と結婚しようとしている場面から、逆にその生活が場面場面で逆行していくという物語構成がまず巧み、というか読み終わるとこのかたちでしかあり得ない。東京での暮らし、紋別の暮らし、そしてその前。後の物語で過去を振り返ることで語られる断片が次々と明らかになってゆく。人を殺した? 親を亡くした? 細かな言葉、細かな回想が持つ意味が後から後から明らかになってゆく。結果、最後まで読み終わってから改めて冒頭に戻ることになる。最初に通読した時と、全ての意味が明らかになったあとに再読した時とで印象は同じながらも、その嫌悪感はより深く甘美さはより甘く感じられるようになるのだ。永遠のループを読者に強いるといっても良いだろう。
 また腐野惇悟と花という登場人物の造形がまた凄まじい。この父親と娘という存在が抱える秘密がまた背徳の塊。互いの魂がなぜにかくも堅く結び付いているのか。そのあたりも興味として明らかにされてゆくのだが……。二周目で初めて分かるのだが、惇悟が男としての魅力を残しつつも枯れつつある点、花が腐りつつも女としての魅力を結実させつつある点、そして二人が既に燃え尽きて灰のようになりながらも、燻り続ける熱気。こういったところで物語が幕を開け、そして閉じさせるところも技巧である。それまでの二人は世界に閉じこもって、二人以外の世界と戦うばかりだったのに。年月や愛情の勢いというか、行き着く先を何か暗示しているように思う。
 また、桜庭一樹らしい「田舎の土地」の描写にしても、そこで暮らす人々の考え方にしても、都会の人間の考え方にしてもまた地方−都市との対比が物語への色づけとなっている。海の色の対比などは分かりやすいにしても、過去のパートに進めば進むほどその色彩はモノクローム、ないしはセピア色を感じさせる。巧いなあ。

小説として凄い、という点に関してはまず間違いがなく、読んだ人の心に何かを刻み込むという意味では間違いない傑作。 ただ、テーマがテーマだけに作品としての位置づけをどう思うかは読者次第。いやいや、桜庭一樹、すげえ。


07/08/04
海堂 尊「夢見る黄金地球儀」(東京創元社ミステリフロンティア'07)

映像化も決まった『チーム・バチスタの栄光』がそうであるようにまず「白鳥・田口」シリーズが海堂氏の軸。さらに同じ桜宮市を舞台とした病院エンターテインメントを徐々にスピンアウトさせて海堂氏は作品を打ち出しつつある。本書はさらに医療テーマからも離れた新境地。『ブラック・ペアン1988』で桜宮市で購入された「黄金地球儀」を巡って二十数年後に起きたエピソードがメインとなる長編。書き下ろし。

日本が未曾有のバブル景気に沸き立った一九八八年。日本政府は全国の市町村に対し、ふるさと創生基金と称して一律一億円をばらまいた。わが桜宮市もその恩恵に預かり、使い道に困った市長と市役所の面々は地球儀を黄金で作ることに決めた。ただ一億円では足りず、日本の部分のみが十八金が嵌め込まれ、桜宮湾で見つかった新種生物・ボンクラボヤと一緒に水族館別館に安置されることになった――時は下って二〇一三年、夏の終わり、桜宮市にある平沼鉄工所の営業部長兼社員・平沼平介のもとを旧友の久光穣治(通称”ガラスのジョー”)が大学卒業以来、八年ぶりに訪ねてきた。平介の住む離れにいきなり現れたジョーは、かつて平介がヤクザが経営する酒場に高い酒を盗み出しに入った時の仲間でもあり、「ジハード・ダイハード」が合い言葉。彼はその時の約束を楯に、黄金地球儀の強奪を平介に誘いかける。その直後、平介は市役所の管財課長・小西の訪問を受ける。彼が持参したのは平介の父親にして天才町工場学者にして平沼鉄工所社長の平沼豪介が、若い頃に結んだ黄金地球儀の警備契約書だった。しかもその契約書がとんでもなく平沼家の不利になる内容で……。

怪盗もので再発見。海堂エンタの本質は、アクションよりも駆け引きと陰謀にあり
 「やあ、八年ぶり。ところでお前、一億円欲しくない?」の帯コピーが示すとおりの「怪盗もの」というか「泥棒もの」。かつての探偵vs怪盗の時代とは異なり、近年のこういった筋書きの物語の特徴は、電子的、物理的に強固な守りでかためられた対象にどう挑むか――というところがポイントとなる事が多く(例えば、伊園旬『ブレイクスルー・トライアル』とか)、本作においても地球儀は入り口が一つしかない建物、赤外線センサー、重量検知装置付きの展示台――とルパン三世の世界のような最新鋭の警備装置がついている。筈だったのだが。 対抗するは街の発明家にして一般企業の社員。様々な対抗策が発明品のなかに揃っている。確かにそういった器物を利用はするのだけれど、通常の怪盗ものでの特徴にあたる、その”盗み方”における奇想は、実は本書の本質ではない。
 難攻不落の相手から盗むこと自体に対するわくわく感よりも、本作のエンタメ感覚はむしろ利害不一致の人間同士による駆け引きにあるように感じられる。いきなり主人公に市役所の役人から押しつけられる警備保障、父親の交わした極端に不利な契約書、家族相手に誤魔化し誤魔化しして道具と仲間を揃える主人公、さらにさらに後半はテレビの生中継の前で報じられる様々な駆け引きなどなど。こういった押し引きの方により緊張感が強く出ている。このあたり、バチスタシリーズでも退屈な会議をエンタにしてしまった海堂氏ならではの腕前のように思える。事なかれ主義の役人という存在に対する一定の嫌悪感が氏の著作でキープされ続けているし、実際そういった人間がやりこめられるところが滅法面白いのも事実。この一連の計画の裏側にあった真実は駆け引きによって初めて浮かび上がってくる。 本書では、この駆け引き自体がそのまま物語の筋書きなのだ。
 後日譚がやや長めに語られているのだが、更に裏側にあった様々な事実はかえって後味(というか作品のキレ)をやや鈍くしてしまっているように思われる。ガラスのジョーが薫陶を受けたと思しき人物が、多分カレだという点には笑わせていただきましたが。

 想像していたものとは異なるかたちの面白さという感じか。中盤まで読んだ段階では、通常のちょっと変わった怪盗ものという仮面が被されているものの、後半はそのまんま海堂エンタの本質へと移行する。病院系のシリーズを楽しく読んだ方であれば、多少毛色が異なるように思えても本書も間違いなく楽しめるはず。


07/08/03
樋口有介「夢の終わりとそのつづき」(創元推理文庫'07)

東京創元社で最刊行されつつある「柚木草平シリーズ」第五弾にして、シリーズ最初の作品という位置づけとなっている。というのは、元は柚木草平というキャラクタの原型が登場している『ろくでなし』という作品で、この作品をベースに徹底改稿され、”永遠の三十八歳”柚木の、少し前の年齢”三十五歳”が扱われているから。

とある理由で警察を退職し、妻と娘との暮らしにもピリオドを打った柚木草平・三十五歳。男やもめそのままに事務所で寝泊まりし、刑事雑誌への投稿で僅かな収入を得て、綺麗な顔立ちをしているが無愛想な女性・夢子が経営する『火星人の罪』というスナックで食事とアルコールを摂取する生活を八ヶ月続けていた。そんななか事務所を突如現れた絶世の美女。彼女は二百万円の報酬で久我山のある家から出てきた人物を一週間尾行して欲しいという。仕事自体は簡単で訳もないことだったが、彼女はその裏側の事情を一切語らずに事務所を去ってしまう。とりあえず尾行を開始してみたが、男はさんざん飲み食いして東京の様々な場所をふらふらして北区するのみ。しかし、三日目、どうしても必要な馬券購入のために尾行を夢子に交代した日、その対象の男性はいきなり公園トイレで死亡した。しかも死因は餓死。慌てた草平は昔の伝手を辿って事件について探ろうとするが、少しずつ何やら怪しい陰謀の影が――。

シリーズとの若干の違和感もまたスパイス。草平の話術と冴え、事件の奇妙さ加減を素直に楽しむ
柚木草平の回りは美女ばっかり――というのが良くも悪くもシリーズの特色であり、この男にとっての童話性がまたシリーズが支持される理由の一つだと思う。原型となる『ろくでなし』を読んでいないのであまり本書について偉そうなことはいえないのだが、それでも帯にある通り、依頼人も相棒も美女という展開にそれだけでわくわくしてしまうのは哀しい男の性なのか。謎めいた美女の依頼と、その再会の熱烈に過ぎる展開と唐突に終わりを告げる関係。また、当初はあまり興味がなかったはずの相棒格・夢子の隠されていた過去の秘密……といったところに草平がふらふらするところまではいつも通り。ここに別れた妻と娘、警視庁のキャリア・吉島冴子警視の登場などは若干、挿入された……という印象は成立を知る以上は拭えないところだが、やはり美女を巡る個々のエピソードがほどよく配置されている点、やはり楽しい。 また草平のワイズクラックというよりかは単なる軽口である女性に対する様々な台詞もやはり楽しくなって仕方がない。(自分で使おうとは決して思わないのだが)。また、その軽口が美女に限らず様々な女性に対して発揮されるところ、これはもう天然のセンス。
一方で、事件の方は謎めいた展開をみせる。散々飲み食いしていた尾行対象者が公衆トイレのなかとはいえ目の前で死亡。しかも死因が餓死。警察で調べてもやっぱり餓死。何かおかしい……というあたりから「む、SF?」といった疑いと期待を読者に抱かせながら展開してゆく謎解きは、これまでの樋口作品群のなかでも微妙に変調しているような印象。ただ、そこに向かう柚木の捜査方法やら何やらは、やはり”らしい”やり方なのでこちらは安心。果たして、もしかしたら柚木シリーズ最大のスケールを持つかもしれない作品であり、国際社会の大物っぽい人物まで登場してきながら、結局柚木のペースで(つまりは口先八丁で)物語が進んでしまうところが逆にそれらしく、かつ読みどころとなっているように思われる。

柚木シリーズのゼロ作目、ということになるわけなのだが、やはり微妙に異色作という位置づけだと思う。従って今後、これから柚木草平シリーズを読み始めるという読者も、先にシリーズに触れている我々と同じように、普通の一作目にあたる『彼女はたぶん魔法を使う』あたりから入って、改めてその途中で本作に触れて欲しい。逆にシリーズを読まれている方は、もちろん必読ですよ。


07/08/02
本岡 類「白い森の幽霊殺人」(角川文庫'94)

元版は'85年にカドカワノベルズより刊行された同題の作品だが、約九年遅れで文庫化されたもの。本岡氏にとっては第三長編にあたり、同じくペンションオーナー・里中邦彦が活躍するシリーズが他に『赤い森の結婚殺人』『青い森の竜伝説殺人』と二作ある。

脱サラして憧れのペンションオーナーとなった里中邦彦。親の遺産を頭金とし、借金をして建てたペンションは〈銀の森〉という名前で蓼科高原の奥、まだ新しいリゾート地・霧ヶ原高原に立地している。邦彦は、妻の真紀と二人で運営し、近くにあるペンション〈ホワイト・ピステ〉の主人・小松原武志らのアドバイスを受けながら、比較的順調な滑り出し数年間を送ってきた。二月。常連客で東京でOLをしている美佐代が、ナイトスキーで謎の女性を目撃した。胸に白バラの刺繍を付けたスキーウェアを着た女性が普通ならば人の立ち入ることのない筈の雑木林の前で生気のない顔で手をゆらゆら振っていたというのだ。スキー場には六年前、同じ場所で事故死した女性がおり、その幽霊騒ぎの続きかと思われたが……。翌朝、〈銀の森〉の裏庭に突如何者かが大きな雪だるまができていた。その中から足を切断された若い女性の死体が発見されて大騒ぎになる。その死体こそが幽霊のフリをしていた女性と判明、身許は大学生相手に旅行をセットするキャンパス企業に所属する女子大四年生であった。

ペンションブームといった八十年代風俗と、トリック・動機との巧みな融合が光る本格ミステリ
雪だるまのなかから足の切断された女性の死体という冒頭の事件から謎めいているし、東京と霧ヶ原を舞台に関係者が次々と謎の死を遂げていく展開がサスペンスに満ちている。また事件それぞれに信州ならではの大雪を利用したトリックが仕掛けられており、更に彼らペンション経営者の日常描写のなかにそのトリックに対する伏線がきちんと配置されている点が巧みだ。全体としては個々のトリックを解き明かしてゆくことで犯人が指名される部分と、事件の全体図を仮定してゆくことではじめて解る部分とが混成されており、謎解きとしてはなかなか手強い内容となっている。ただ、特に最初の死体がなぜ足を切断されなければならなかったのか――という謎は、冒頭から関係者によってずっと様々な議論がなされている一方、最終的に明かされる真実の意外性に驚かされる。(ある意味大昔から前例があるトリックではあるのだが、物語の中での隠し方がうまい)。
もう今となっては大学生による大学生のためのキャンパス企業も脱サラして家族ぐるみでのペンション経営といった当時の最先端状況も、近年はあまり流行っているとは思えないが、真相が明らかになってみるとそういったこの当時の風俗が事件発生の動機として、裏側で暗い影を落としていたことが解り、この設定が俄然生き返ってくるような印象を受けた。
探偵役の里中邦彦が推理にこだわる理由が薄いように思える点や、幽霊を冒頭に持ってくる必然性が微妙な点、物語のボリュームに比して登場人物が多くなりすぎて個々の人物への書き込みが微妙に不足していると思われる点など物語として完璧ではないとは思うが、本格ミステリとしては十二分に楽しめる内容かと思う。

平和なペンション暮らしと、持ち込まれる犯罪の都会性との対比がそのまま作品としての主題となっているような印象がある。真犯人が○○○だけに若干物語としての後味は良くないが、里中夫妻の物語は続いているので引き続き探して読んでみたい。


07/08/01
加納朋子「ぐるぐる猿と歌う鳥」(講談社ミステリーランド'07)

ミステリーランド向けに書き下ろされた加納朋子さんによる書き下ろし長編。

主人公の高見森。名前は森とかいて「シン」と読む。小さな頃から乱暴者であまり友だちは居なかった。五歳の頃、団地で一人で遊んでいた森は、団地一階のベランダにいるおかっぱ頭の女の子から声を掛けられる。「そとにでたい」。あやという名前のその女の子がベランダから抜け出すことを助けた森は二人で戦隊ごっこをして遊ぶようになる。しかしある日、あやと遊んだ帰り、森は知らない大人の男の人に連れ去られかけた。その時悲鳴をあげて助けてくれたのがあやだった。しかし、落着したあとあやはどこかへ消えてしまい、そんな女の子は誰も知らないという――。それから何年かすぎ、新五年生になった高見森は東京から、九州・小倉へと転校する。住むことになったのは社宅で、親が同じ会社に勤める子供たちが多くいた。隣人は気の弱い「ココちゃん」。裏には男ばかりの竹本五人兄弟。登校班の副班長で美少女だが訛りのきつい十時あや。そして何よりも謎なのは、夜中に屋根の上に上るなど奇行を繰り返す「パック」と呼ばれる少年の存在だった。

ミステリーランドのストレートど真ん中。謎あり冒険あり、そして生きるための子供ながらの意志があり。
すみません。実は冷静に読めていません。小生も小学校の時に転校しました。小倉へ、です。なのでこの言葉遣いへの違和感とかなんとか、まんま自分の経験と被るのでその頃の経験を思い出し思い出ししながら読みました。いやー、解るなー。で、結局、本書に出てくるような言葉遣いに自分自身までもが変化しちゃうわけなのですが。(そしてまた小倉を離れて××年、もう小倉弁は上手に使えなくなってしまいました。)というような自分の個人的体験はできるだけ置いておいて本書について。
 冷静に分析しても、本書の展開と謎の提示はお見事。転校生視点からの地元の風習やルールといった様々な事柄が新鮮に描かれている一方、今はどうだかわからないがいわゆる”社宅族”という存在を効果的に作中に配置している。つまりは、全国的に社員が家族主義であった頃の名残、大企業で日本の各地域にでかい工場がある場合にその地域地域に社宅があって、かつての友人たちと再会する可能性がかなり高いということだ。主人公五歳の出来事(謎)はその地域で完結せずに、遙か離れた小倉の地でその秘密が明かされるという展開そのものが素敵であるのだけれど、そこに微妙なリアリズムが裏打ちされているのが素晴らしい。また、微妙に閉ざされたこの街感覚もファンタジーにどこか繋がるような不思議な感覚がある。
 一方、またパックという謎の少年の設定もまた心に残る。(ネーミングは微妙)。あまり書くとネタバレになるので端折らざるを得ないが、彼自身の生きる姿勢と彼を周囲からサポートすることを自主的に始めた子供たちという設定に不思議な夢がある。このパックの考え方や日々の過ごし方には細かい工夫があって(例えばお礼一つとっても)、そういった現実感覚が彼の存在を確固としたかたちにしている。親世代と子供世代の微妙な考え方の違いを逆手にとっている点なども強かである。
 ミステリとしての謎――は、いささかシンプル。ながら、子供ひとりひとりの性格や特質の違いをきちんと伏線として配しているし、レッドヘリングも巧み。(子供ながらの記憶の喪失という点に見事に小生は引っ掛かり、真実の方に不意打ちを受けた)。また、ぐるぐる猿と歌う鳥の壮大な謎(いたずら)の美しさが冒頭にあり、その点も印象に残る。
 子供たちが世代を超えて集団で遊ぶ様子や、卑劣な大人に対するささやかな(?)復讐を企てるところなど、冒険心を満足させるパートもあり、物語の起伏やまとまり等々含め盛りだくさん。それでいてするすると読めてしまうところは、加納さんならではの文章力、構成力といった作家としての腕前だと思う。

 毒のある作品が多いこのシリーズのなかでは、インパクトという意味では大人しいかもしれない。ですが、普通に子供が読むのに、子供に薦めることに関しては最も相応しいと思える作品のうちの一つ。 謎解きも冒険もあって、それでいて子供たちが少しずつ人生の入り口から世界を見渡し始める段階の瑞々しい感性が描写されている。素晴らしい。