MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


07/08/20
飯野文彦「バッド・チューニング」(早川書房'07)

第14回日本ホラー小説大賞最終候補作品が、版元を早川書房に変えて出版されたもの。もちろん飯野氏は'84年に『ゴジラ』のノベライズでデビュー後、ホラーやノベライズなど様々な作品を発表しており、プロ作家としての長いキャリアをお持ちの方である。また本書は2008年の『このミス』で13位を獲得。意外といえば意外。納得といえば納得。

自称”Bワン探偵”の仰木拓馬。深夜まで飲んで事務所兼自宅のマンションに帰り着くと、新宿のピンクサロンで一ヶ月前に知り合った加奈子の死体が待っていた。加奈子の死体は仰木の一年間洗濯していないタオルケットに包まれており頸から下の皮膚が全身剥かれた状態。思わず嘔吐した拓馬が息をするために窓を開けると、顔見知りで向かいのスナックに住む相撲取りのような体型、蝦蟇のようなばばあと顔を合わせてしまいまた嘔吐。ゲロは道を歩いていたカップルに降りかかる。警察に通報すると自分が疑われることに気付き、警視庁を辞めさせられた仰木の元同僚・小原と連絡を取ることも考えたが、小原の妻と密通していたことを思い出す。電話を掛けてみたところ、既に小原家の電話は使われていない。この死体は、自分の部屋で殺されたのではないと直感した仰木は、マンションの飲んだくれの七十過ぎの管理人のことを疑う。手土産に一升瓶に僅かに残った酒に自分の酒臭い尿を詰め込み、濁り酒だと称して管理人のところへ押しかけると……。

反吐と血と小便と酒と精液。おぞましさと背徳の魅惑が詰まった超問題作。
 この作品を好きだというと誤解されそうだ。――が、徹底した露悪・露汚主義に慣れてくるとそれはそれで不思議な魅力もあり、個人的にはジャンル内の何かとしてではなく一個の作品として評価したい。
 とりあえず、エログロがダメという読者は間違っても手に取ってはいけません。要注意。 えげつなく下劣な描写、反社会性満点のアル中探偵の自己中心的な発想の連続は、一般読者の感覚をマイナスに走らせるか、麻痺させるかのどちらか。さらにそういった変態活動の描写を実に微に入り細に入りやってくれているので、正直、かなり引く場面が多い。人間の身体から出る汚物のリサイクル、教育を受けた人間には普通思いつかないだろう発想等々、主人公・仰木の論理には社会性が完全に欠如しており、迷惑の塊という凄まじい設定になっている。
 ――が、社会生活を送る人間が普通持っている理性だとか常識といった枷を徹底的なまでに外し、本能と猿知恵だけで生きる主人公を創り上げた段階でこの作品は、普遍的な社会性を得たとみることが出来るように思う。 ここまで徹底した作品は時代を超越する。人間の醜い姿を徹底的に描き抜くことによって、薄っぺらいヒューマニズムやその他もろもろを笑い飛ばす爽快さも逆説的にながら感じ取れるのだ。人間の欲望の本質が、どんなに虚飾をもって覆い隠しても所詮は汚いもので出来ていること、というか。下劣に徹した分、辟易する場面が多いのは事実ながら、下劣だからこそ感じられる何かが作品のなかにあるように思われる。
 しかし、その下劣を表現する比喩もまた下劣ながら、文章自体はさりげなく丁寧で、少なくとも読んでいて引っ掛かったりしない。ホラー小説大賞応募作品である以上、後半ホラーめいた展開になってゆくのだが、最初から主人公が狂気の淵に立っていることもあって怖さはあまり感じられない。ただ一方で、序盤から後半に向けての伏線が意外ときちんと張ってあったり、小説そのもの技巧としてはかなりしっかりしていると感じられた。

 控えめにいって問題作。何年かして、この作品の入手が困難になった頃に”伝説の作品”として好事家のあいだで語り継がれるのではないか――という予感がする。少なくとも教科書に転載されたりすることは絶対にないだろうけれど。


07/08/19
歌野晶午「舞田ひとみ11歳、ダンスときどき探偵」(光文社カッパ・ノベルス'07)

『小説宝石』誌に二〇〇六年一月号から二〇〇七年七月号にかけて発表されたシリーズ短編がまとめられた作品集。刑事である舞田歳三・三十四歳が、歳三の兄・理一の一人娘・舞田ひとみ(小学校五年生)との会話のなかから事件のヒントを得るというシリーズ。

金貸しをしていた初老の女性が焼死体で発見された。現金や有価証券が無くなっており、死体には幾つも刺傷があったことから、金銭を巡るトラブルかと思われたが……。 『黒こげおばあさん、殺したのはだあれ?』
先の事件の焼け跡で宝物が発見されたという子供の噂。そんな折、子供が電柱に宙吊りになって死亡している事件が発生した。どうもその子供は友人宅に侵入しようとして失敗したようなのだが……。 『金、銀、ダイヤモンド、ザックザク』
子供のあいだでは赤目おばけの噂。そんな折、市会議員が頭を打って屋外で死亡。事故他殺の両面から捜査され、彼がスケートボードの少年たちと時々注意していたことが判明する。 『いいおじさん、わるいおじさん』
浜倉市内で青年が誘拐され、空き地に放置されていた業務用冷蔵庫の中から衰弱しているところを発見された。一方、先に亡くなった市会議員の遺族に脅迫の手紙が……。 『いいおじさん? わるいおじさん?』
歳三の姉とひとみが出席したパーティ。市議会議員の補欠選挙に立候補していた女性が毒を飲んで死亡した。その妹はパーティ会場で毒を飲まされたのだと強く主張して大騒ぎになるのだが……。 『トカゲは見ていた知っていた』
ひとみの通う小学校の四年生のクラス全員の靴が盗まれた。一方、山での乗用車の事故があり、トランクから海外留学生の拷問された死体が発見された。逃走した運転手は以前に発生した強盗殺人の容疑者。一連の事件の繋がりは……? 『そのひとみに映るもの』 以上六編。

柔らかな設定に、連作ならではの繋がりをみせる厭な事件。良い話なのに歌野晶午らしさは健在
 作者のことばによれば、この作品は実に楽しんで書いたのだという。名付けて「ゆるミス」「やわらか本格」――などと謙譲している(本気でそう考えていらっしゃるのかも)のだが、非常に完成度の高い本格ミステリ連作短編集となっている。個々の事件の奇妙さももちろんだが、解決に至るまでのロジックが堅牢。主人公の刑事と、小学生とのやり取りがヒントになるというあたりは確かにユニークではあるものの、かなり陰惨といえる事件があってその裏にある黒々とした悪意や欲望もしっかり描かれていて、単に柔らかいだけのミステリではない。(つまりは、歌野氏らしいブラックな味わいも十分満喫できてしまう)。現実問題、小学生名探偵は刑事事件には無理なわけで、そのあたりの知恵の出し方、ヒントの提供の仕方といった物語上のバランスがきちんと配慮されているため、不自然さが相当に軽減されている。
 特に、金貸し放火殺人事件→焼け跡からお宝→子供の事故死→友人がグレる→注意していた議員が死亡→議員の裏側→補欠選挙……と、一つの事件から次の事件へと、全てが密接とまではゆかないが微妙に繋がっているところが連作としての深みを引き立てている。また登場人物の世代ごとの考え方や話し方の差異などもきちんとしており、そこがミステリにおける謎の根本や、解き明かすためのきっかけに繋がっている点も面白く感じた。
 ネタバレになるので詳しい理由は書けないが、『黒こげおばあさん、殺したのはだあれ?』は、歌野晶午なりの『容疑者Xの献身』なのかな――とか思った。まあ、単にアイデアが近似なだけかもしれないけれど。

 さりげなくも高レベルの本格ミステリ。 登場人物に関する微妙な謎などはこの一冊でおおよそ明かされているので、続きが出るのかどうかは微妙ながら、それでももっとこのシリーズを読んでみたいと思わせる作品集。最近の歌野作品、奇抜な設定ばかりではなく、実は小説そのものの巧さもこのキャリアでありながら、年々さらに向上し続けている点にも驚きがある。


07/08/18
田中哲弥「大久保町の決闘」(ハヤカワ文庫JA'07)

ここのところ新作『ミッションスクール』が奇跡的に刊行され、『やみなべの陰謀』が奇跡的に復刊された幻の(勝手に幻にしてはいけないのだが)作家・田中哲弥氏。その田中氏の評価を永遠にした「大久保町三部作」の一冊目。もとは電撃文庫にて'93年に刊行された作品であるが、これまた幻のデビュー作であり、奇跡の復刊である。

夏休みを迎えた高校三年生の笠置光則は、受験勉強を口実に母の実家のある兵庫県明石市大久保町を訪れた。父親は大久保町はガンマンの町だ。だから命がけで行けというが、三ノ宮、神戸、明石と出たあたりでちょっと田舎くさくなってきたなあ、というくらいのもので、西明石から普通電車に乗り換える。明石は普通の町だった。しかし西明石を出ると景色が激変、窓の外には広大な荒野が広がっているのだ。そして大久保の駅に着くと、そこにいた人にジープに乗せられ中心部に向かう。そう、大久保町は本当にガンマンの町だった。町のならず者・村安一家に早速因縁を付けられた光則だったが、黒人の巨漢ガンマン・杉野清美に助けられる。光則の父親は実は大久保町では伝説的なガンマンであったことを知らされ、光則自身は町の人々からは救世主扱い。祖母の家に手伝いに来ている清美の妹・紅葉に光則は一目惚れしてしまい、更には訳の分からないうちに保安官の手伝いをさせられて……。

日本に実在する激烈パラレル西部劇ワールド。笑いと笑いと笑いとラブコメ&アクション。傑作。
 本書のカバー袖に経歴として掲載されているので書いて良いのだと思うので書くが、田中哲弥氏には吉本興業で台本作家をしていたという時期がある。その経験のためか、もともと田中氏が持っている笑いのセンスのせいか、本書めちゃくちゃにおもろいのだ。(正確には「面白い」と書かなければならないような気もするが、しっくり来るのは関西弁の「おもろい」である。) 冒頭、普通の日本で普通に暮らしていたはずの高校生が、女の子の脚に気を取られているうちに大久保町に入っていくくだりから、個人的にはツボ入りまくり。更に、いきなり異世界に放り込まれ、戦っているつもりはないのに敵が勝手にびびってしまう場面等々、笑かしてもらった。(正確には「笑わしてもらった」と書かなければならないような気もするが、しっくり来るのは関西弁の「笑かす」である。)
 ちなみに「おもろい」のは、ボケまじりの笑いのセンス。物語そのものは荒唐無稽を地で行くような展開で、それはそれでめちゃくちゃ過ぎて興味深いのだが、その展開と主人公のとぼけっぷりが絶妙にコントラストを為している。SFで吉本新喜劇をしている――というのが感覚的に近いか。ストーリーそのものはシンプルながら、そこに笑いあり、恋愛要素あり、涙あり、そしてめちゃくちゃなアクションが入るという贅沢な内容となっている。黒人のガンマン、伝説の保安官、等々の登場人物も個性的で、まあもっとも不思議なのは誰もまともに働いている風には見えないのに成り立っているこの大久保町という町そのものもまた魅力的。終盤部に、素人ながら特別な勘によって戦いをくぐり抜けてゆく光則の姿も面白くかつ格好良く、最初から最後まで「わくわく感」がずっと持続するという希有な読書体験を味わわせていただいた。

 この作品で笑いのツボを突かれているのはまさか自分だけ(?)という疑念も湧かないでもないながら、やはり幅広い人たちが長期間(十年以上?)、このシリーズの支持をしていたということは自分だけではないだろうと無理矢理納得をする。「おもろい」作品をお探しの方にはかなりお薦めできる作品である。


07/08/17
門井慶喜「人形の部屋」(東京創元社ミステリ・フロンティア'07)

門井慶喜氏は一九七一年生まれ。'03年『キッドナッパーズ』にて第42回オール讀物推理小説新人賞を受賞してデビュー。'06年に『天才たちの値段』を刊行し高評価を得る。本書は著者二冊目となる単行本。

八駒家ではある理由から元旅行代理店に勤務していた主人である敬典が専業主夫となり、妻と中学生の娘・つばめの生活を支えている。ただ敬典は勉強熱心で博学の人。その敬典のもとには様々なトラブルが舞い込んでくる――。
八駒家で専業主夫をする敬典のもとに旅行代理店時代の先輩・溝口が十九世紀の人形を持ち込んできた。第三者から預かったドールハウスに飾られた人形の足を破損させた溝口は、敬典に善後策を考えて欲しいと依頼する。 『人形の部屋』
クリスマスプレゼントとして毎年二日だけの外泊を貰った敬典。銀座に万年筆を買いに行く。その知識溢れた買いっぷりに眼を付けられた敬典は、社長が二代目に替わったことによる食品会社役員の悩みを耳にする。 『外泊1――銀座のビスマルク』
分譲地の隣の奥さんに天気を種に話しかけたところ、敬典のかつての知り合いの名前が出てきた。メールをその知り合いに送ったところ暗号めいた内容の文面が戻ってきたのだが……。 『お花当番』
今年の外泊は奈良に行くことにした敬典。筆を購入するために店に入った結果、高名な書家に弟子入り志願中の若者と知り合い、彼が師匠に出された謎かけについて意見を求められる。 『外泊2――夢みる人の奈良』
中学生の娘・つばめが家を出ていってしまった。敬典はちょっとした家の中の衝突が引っ掛かるがどう対処するか悩む。そんな時、敬典の姉の川辺里美が八駒家にやって来た。里美は弟の悩みの一部始終を聞き届けるが……。 『お子様ランチで晩酌を』 以上五編。

該博な知識から導かれる理性的にして合理的、さらには美しい謎解きの数々……
 最初にいっておくが、非常に質の高い連作短編集である。その質の高さというのは、なんというか大人の鑑賞に耐えうるような、分かりやすくはないが上質なものを知る人であればあるほどその良さが解るといった滋味に溢れるレベルを指す。確かに帯にあるように「食卓の上にひろがるペダントリ」というようなニュアンスも作品にはある。日常系+蘊蓄。確かにそういう読み方も出来ようし、間違いではないだろう。しかし、それらは表層的であり、本格ミステリの定番「名探偵」もののスリルが、しっかりとした骨組みの上に構築されているがゆえの面白さが本作には込められているように思うのだ。
 本作の探偵役は専業主夫・八駒敬典。彼は、勉強熱心な旅行代理店社員だったという過去ゆえに、様々な事柄に知悉している――という設定。そして実際に幅広い方面の雑学に強い人物である。そこで思いつくのが、ホームズらをはじめとした伝統的名探偵。彼らもまた博覧強記であり、小生としてはそういった歴史的名探偵と、本書の主人公の敬典が重なって見えた。探偵事務所を構えていなくとも、様々な知識と論理的思考が出来る人物。これは名探偵といって差し支えないのではないだろう。 職業的に事件に携わる身分ではない以上、テーマとなる事件そのものはやや地味で、殺人事件などもない。だが、日常の奇妙な謎を快刀乱麻に解いてゆくこの主人公は紛うことなき名探偵。結局はペンダントリーということになってしまうかもしれないが、一般人が普通知らないだろう知識がベースとなり、謎解きではその部分が分かりやすく開陳されていく。特に『お花当番』における暗号解読のくだりなど、様々な知識が活用されているが、それが情熱的かつ美しく、その暗号以上に何かが心に残る逸品である。ミステリとしての在り方であるとか、方法論といったところ以上に、そのペダンティックな知識が様々なかたちで「人のお役に立つ」というのは読んでいて気持ちが良い。
 この作品の何が凄いという点はなかなかに的確に指摘し辛いながら、読み終わった後の気持ちよさは極上。特に最後の『お子様ランチで晩酌を』における探偵役の動揺、それ以上につばめの居所におけるサプライズなども正直「凄え!」のレベルにあると思う。

 最初の作品集を読んでいない自分ではあるが、この第二作品集のレベルが極上である点は確信。作者の名前はまだまだメジャー級とはいえないが読むだけの価値は確かにある。上質な本格ミステリを味わいたい方向け。


07/08/16
我孫子武丸「狩人は都を駆ける」(文藝春秋'07)

表題作の『狩人は都を駆ける』は二〇〇〇年四月二十六日号〜七月十八日号で「週刊アスキー」とe-NOVELSとの同時連載作品。他『オール讀物』誌に二〇〇五年十一月号から二〇〇七年四月号にかけて発表された作品に『黒い毛皮の女』が書き下ろされた作品を加えた連作短編集。私立探偵”私”の事件簿となっている。

大手の興信所を退職、さらには離婚。京都で個人探偵事務所を営む”私”。探偵事務所の向かいで動物病院を開業している院長・沢田からの紹介客がほとんどという状態。基本的に私は動物が嫌いで動物に対する愛情も知識も持たないのだが……。それでも生活のために奇妙な依頼を引き受け、さらにはひどい目に遭ってしまうのであった。
どう猛なドーベルマンが誘拐された。犬を誘拐犯人から取り戻して欲しいという依頼。 『狩人は都を駆ける』
近所で連続猫殺しが発生している。近所を代表してというキャバクラ嬢からの依頼。 『野良猫嫌い』
ドッグショーに出場させる犬を持つ飼い主に脅迫状が届いてボディガードの依頼。 『狙われたヴィスコンティ』
近所では猫攫いの噂があるなか、飼い猫が失踪。その猫を探して欲しいという依頼。 『失踪』
雨の日に交通事故を起こした私。その相手を治療し、飼い主を捜す私自身の事件。 『黒い毛皮の女』

ハードボイルドを気取っていないのにそうなってしまっている。探偵”私”の災難記録ないし事件簿
 動物専門のハードボイルド探偵といえば樋口有介だとか荻原浩だとかも書いているが、これはこれでどこかで読んだような設定……と読みながら思い思いしていると、あとがきにて判明。そうか『ディプロトドンティア・マクロプス』かあ。しかも当然、あちらの長編の内容から考えれば全て前日譚。なるほど。とはいえ、その前作を読んでおく必要はなく、軽ハードボイルドとして素直に楽しめる作品だ。
 軽ハードボイルドの宿命か、ひねりが足りない(物足りない?)作品も、実は幾つかあるのだが、表題作『狩人は都を駆ける』の迫力は本物。 人を扱うことに慣れた高貴な老婦人と卑屈にならざるを得ない探偵という図式、本来猛犬であるドーベルマンの誘拐、そして意外な犯人と、その犯人と探偵との手に汗を握るやりとりなどなど。中盤からラストにかけては一気に読まされる展開が素晴らしい。誘拐事件にまつわる本格ミステリ作家による様々な設定も意欲的であり、方向性は異なってもアイデアが相当数詰まっている印象だ。他は、本格ミステリ作家ならではともいえるどんでん返しがある『野良猫嫌い』『黒い毛皮の女』の二作が印象に残る。これらは比較的のんびりした序盤と、ラストにて明らかになる内容との落差が強烈だ。両方が猫探し(更に女性からの依頼)という共通点があるものの、片や「なぜ探偵に依頼したのか」がポイントで、もう一方は「猫はどこにいった」が主題であり、そこから導き出される結論の意外性に舌鼓。加えてトリックという意味では、『失踪』における攫われた三匹の猫の正体も、意外性があった。こういうかたちでこのトリックを使う手があるのかーと感心させられた。

特に蘊蓄が強烈ということもないながら、やはり全てに猫や犬が関わっており、動物好きのミステリ好きであれば一読の価値あり。 そうでなくとも特に表題作のインパクトなど我孫子ファンにとってはやはり必読の作品だと思う。ぎちぎちの本格ではないが、近年の我孫子作品の雰囲気はしっかりとキープしている。


07/08/15
戸梶圭太「ツーカイ! 金剛地くん」(徳間書店'07)

『問題小説』誌に最初の短編にあたる『2サスの男』が掲載されたのが二〇〇四年一〇月号。それから不定期にこの「金剛地くん」ものが同誌に発表され、時々思い出したように短編形式で発表され、『バトルフィールド・オカヤマ』(本書では『男たちの挽歌パート333&1/3』が二〇〇六年一一月号に掲載されている。更に本書では書き下ろしの『日本思考停止協会』が加わってようやく単行本化されたという作品。

東西新聞の芸能スポーツ部に所属する特別記者・金剛地厳太郎。いわゆる2時間ドラマの評を書くことが唯一の仕事。すだれ禿に濃厚に黒スプレーをかけ、不細工な面相に臭い息、センスの悪い服装に本人は本物と信じているヴィトンの偽物ポーチ。そんな彼はその異常性格ゆえに自宅執筆を許されており、上司同僚にいらずの緊張を強いていた。何よりも彼は自分自身が天才だと信じ切っており、自らのドラマ評に惚れ込んでいる。ある日、そんな彼はライバル紙・読捨新聞のドラマ評が自分そっくりであることに気づき、激しく憤慨する。社内にスパイがいると大騒ぎし、相手方の新聞社に頻繁に迷惑電話を掛けまくる。更には証拠探しと称して不法侵入したところを捕らえられ、自宅謹慎を命ぜられる。家に帰ると初老の妻がアル中と化しており、金剛地は上司の書いたドラマ評を見て憤る。そんな折り、金剛地の上司・伊勢谷から謹慎解除の試金石としてカルチャーセンターの文章講座の講師を命ぜられる。予想通り、受講者をどん引きさせた彼だったが、彼のもとに頭の弱い弟子志望の若者が現れて……。

この破綻っぷりがトカジ。細かなバカエピソードが物語自体を分断・破壊し尽くした!
 主人公の金剛地という人物のキャラがそこそこ立っている。(多数あるトカジ作品のなかでは大人しい方ではあるけれど)。特別新聞記者にして、強欲・好色・下劣・目立ちたがりの自意識過剰の金剛地。序盤は、彼が自分自身が天才であるという勘違いっぷり全開で大暴れするので、彼が中心となるオバカ列伝系統のストーリーか……と思うとそこからが微妙。意外と金剛地、気が小さかったり、頭悪かったり、正気を失ったり、きちんと謹慎しているかと思えばバリキチ化してしまったり。当初に感じられた主人公のパワーは強烈に空回り、しかし中盤以降は徐々に衰えてゆくような印象を覚えた。そこから周辺人物が少しずつ目立つようになり、結果物語の骨組みが破綻へと突き進み始める。
 強烈な主人公によって物語が予想外の展開に突き進むというケースは戸梶氏の場合決して珍しくはないのだが、ここまで普通に、物語が崩れてゆくパターンは珍しいように思われる。 浅薄な読者としては何かストーリーに裏の意図があるのではないかと勘ぐりたくもなる。実際、何か本書のモデルないしベースになるような映画か何かがあるのだろうか。
あと、2時間ドラマの評なんてそうそう変わるもんじゃないけれど、その表現技法などへの皮肉は、ブログ全盛の総批評家時代を皮肉っているようにも読める。
 最終的には前触れなく時空を飛び越えてしまう上、子供の姿になって敗戦直後の東京で「日本思考停止協会」と戦う――なんて展開は誰にも(恐らく連載中の作者にも)予想は出来なかったのではないか。ここで「心の闇」を思考停止のキーワードにしてしまうあたりは鋭いと唸らされるけれど。
 とはいってもやっぱり物語は完全に破綻していて、もはや元の流れに戻すこと能わず。 普通の作家なら力量不足と糾弾もしたくなる作品ながら、トカジ作品の場合は枝葉の”葉”に相変わらずパワーがあるため、最後までは読まされる。

 物語全体の整合性までをも破壊しつくした、トカジワールドの(ある意味)極北。 本書を最初に手にとってしまった読者が万一居たとしたら、もう二度とトカジ作品には近寄らないのではないか。トカジワールドに理解のあるファン以外にはちょっとお勧めできそうにない作品ではあるのでその点は注意のこと。


07/08/14
折原 一「黒い森」(祥伝社'07)

 あまり表だって謳ってはいないようだが、祥伝社文庫より刊行された『樹海伝説』『鬼頭家の惨劇』の続編にあたる長編。『倒錯の帰結』を超えるというふれこみだが、確かにミステリでありながら「袋とじ」相当部分が真ん中にある作品はかなり珍しいのではないか。書き下ろし作品。

 高校時代から運命的な繋がりを双方が感じながら、親同士の反対もあって結ばれずにきたカップル留美夫と樹理。駆け落ちして心中に失敗して以降、二人はそれぞれ親から軟禁状態にされ、相互の連絡を禁じられていた。しかし、二人はそれぞれ「ミステリーツアーの最終地点で待っている」との連絡を受け取った。「生存者」「殺人者」それぞれのパートで、東京陽炎旅行社が主催する東京発のミステリーツアーに二人は参加する。しかし、もちろん留美夫が参加したツアーに樹理はなく、樹理の参加したツアーに留美夫は見あたらない。富士の樹海のそばの民宿で一泊後、彼らが向かうのは伝説となっている樹海の中にある一軒家。かつて住人だった小説家一家が次々変死を遂げ、今や住まう人のいない伝説の場所だ。それぞれ十人近い参加者は、なぜかほぼ全員が樹海のなかに足を踏み込んでゆく……。そして二人それぞれのツアーの先に待つものは?

伊達にど真ん中に袋綴じを持ってきていない。折原マジック炸裂の超絶サスペンス
 とりあえず作者のお薦め通り、「生存者」パート、「殺人者」パート、そして袋とじになっている「206号室」のパートという順に読む(のが実際読んでみても一番相応しい)。「生存者」のパートでは樹海の闇の中で体力が尽きた人から次々と脱落していく樹海内部のサバイバルとして、「殺人者」のパートでは、樹海や目的地で次々と発生する謎の連続殺人によって、それぞれ強烈なサスペンス感覚が喚起されている。それぞれ、思わせぶり、ないしは怪しげな何かがところどころに登場するが、それらを強引に謎のまま押し通し、表層に現れる事態のみを主人公に味わわせ、パニックと絡めて描くのは折原作品ではよく見られるパターンであり、本書でもその冴えは健在。また、二人の主人公が、それぞれ互いを呼び出すようなかたちでこんな奇妙なツアーに参加するところ、参加者や添乗員が異なるにもかかわらず、民宿、樹海といったところで似た体験をする奇妙さもポイント。加えて、登場人物の一人一人が怪しすぎ、どういう裏があるのかといったところにも興味が惹かれる。
 袋とじの内容についてはここでは触れないが、少なくともこの奇妙な現象がなぜ起きたのか。巧みなかたちで補助線を引っ張ることでそれなりの(本書においてのという意味で)説得性がある結果が述べられている。残念ながらというか予想通りというか、二つの物語の交差のさせ方はある程度は想像の範囲内。とはいえ、先に述べた通り、袋とじを開けるまでに二つの物語の結合という点以外にも数多くの謎を配しているため、サプライズ(というかオチというか、謎の事象それぞれの落としどころといか)が幾つもまとめて登場する点は壮観だ。本筋で驚けなくとも、様々な納得が袋綴じを開けることにより手に入る。そういう意味では隠し通してきた意味はある。

 現在の折原一らしさ――謎をちりばめたサスペンス――が思いっきり堪能できる作品。一方で人間描写の深みといった点は望むタイプの作品ではないので、あくまで純粋にフィクショナルな恐怖感覚を楽しもうという読者向けではないかと思われる。


07/08/13
今野 敏「任侠学園」(実業之日本社'07)

今野氏は'78年デビューと長らく小説界で活躍しているが、'06年『隠蔽捜査』で吉川英治新人文学賞を授賞するなど、近年その筆の冴えに磨きが掛かっている。(小生、あまり縁がなく本書が初めての今野長編)。月刊『ジェイ・ノベル』二〇〇六年一二月号から二〇〇七年七月号にかけて連載された作品の単行本化。

下町にシマを持つ昔気質の阿岐本組は、組員六名と小さな所帯。しかしながら昔から任侠の世界に生きる阿岐本組長が持つ人望と広範なネットワークで広域暴力団傘下にも加わらずに独立独歩のやり方で地盤を固めていた。その組長、義理事の世間話から興味を引かれたのが不良債権となった私立高校。代貸の日村の危惧をよそに、その債権を引き受け組長が理事長となり、組員が理事となるかたちで傾いたその高校を建て直すことになった。乗り込んだ先では、生徒が正々堂々とたばこを吸い、塀には落書き、校舎のガラスがみんな割られているという荒れた様相。しかし生徒も表だって反抗するではなく、教師たちも含め皆むしろ無気力に覆われていた。着任早々、ガラス掃除と花壇の整備を行う日村だったが、翌日にはまた同じように壊され、汚される。礼儀と躾を重んじるヤクザが、この高校と生徒とどう向き合ってゆくのか?

熱血ヤクザVS無気力・過保護高校生。現代世相とエンタメの奇妙でGOODなマッチング
 無気力、反抗、無視といった現代高校生が抱える定番問題に加えて、モンスターペアレンツであるとか、行き過ぎた過保護であるとか、基本的な社会常識すら学んでいない極端な世間知らずといった近年ならではの教育問題が、実はぎっしり詰まっている。(こうやって挙げてゆくとイジメがないか?) ただ、これら問題に向き合うのが熱血教師でもなく、正義感に燃えた生徒であるとかではなく、あくまで嫌だ嫌だと言いながらも、組長のいうことは絶対と無理矢理に学校に引っ張ってこられたヤクザである点が面白い。生徒に直接手を出せない、暴力はダメという縛りのなか、礼儀と躾を大義名分にどのようなやり方で、この生徒たちと対峙してゆくのか……? という展開が素朴に読者の興味を引く。
 学生たちに対しては正々堂々、また同業やチンピラたちに対しては問答無用でぶつかっていく日村らの姿が爽快。さらにはかれらの奮戦の結果、この無気力に覆われていた学校の中に眠っていた、それぞれの才能が多かれ少なかれ引き出されていく展開もまた胸のすく思いがある。
 そもそも学校が嫌いでこの道に踏み出した筈のヤクザたちが、いつの間にか、これほどまでに学校にこだわるようになっていく微妙な心理状態の変化描写が、この作品から醸し出す味わいを深く濃くしている。指導する立場の人間の持つ熱意がストレートに生徒の変化を促す展開は多少ご都合主義的でもあるけれど、エンタメとしてならこれでOK。ラストについては任侠の話に立ち返ってしまい、もう一つ、二つエポソードを加えて生徒たちの成長を見てみたかったような贅沢な望みまで感じさせられた。

 ちょいとひねった学園エンターテインメントという見方も出来よう。ヤクザヤクザと本人たちは言っているが、描かれているのはまさに弱きを扶け、強きを挫く任侠道そのもの。 ならばこその展開や登場人物の泥臭さがかえって清涼を呼ぶというストレートな面白さに溢れた佳作。


07/08/12
竜騎士07「ひぐらしのく頃に 第三話〜祟殺し編〜(上)」(講談社BOX'07)

2002年のコミケで発売された同人サークル07th Expansion製作の同人ゲーム『ひぐらしのなく頃に』。その作品を原作として、ドラマCD、マンガ、、アニメ、PS2(ゲーム)とメディアミックスが進み、その最終形態(?)といえるのが、作者自身の手によるこの小説化。「出題編」ばかりが七ヶ月連続刊行される、その五冊目。

6月9日。いつものように部活メンバーが集まって昼食を楽しく摂っている一時。圭一は両親が不在で晩から自炊を命ぜられていたことを思い出す。結局メンバーに乗せられて料理の苦手な圭一は自炊を宣言してしまい、さらには翌日には弁当勝負などという厳しいゲームが待ち受けることになった。そんな圭一の家に北条沙都子と古手梨花が訪ねてきた。いつも高飛車な口を効く年下の沙都子の意外な側面を圭一は発見、彼女には悟史という兄がいて、その悟史は村を出て行ってしまっていることを知る。沙都子に対して兄のような気持ちを抱く圭一。更には弁当勝負で仲良く負けたその日の晩は沙都子一人が訪ねてきて再び圭一は夕食を共にする。翌日の土曜日、両親が戻ってきているなか、部活メンバーの緊急招集が。喧嘩かと思い込みゴルフクラブを抱えて飛び出てきた圭一だったが、それが野球勝負。超高校生級ピッチャーを抱える相手を、圭一は口先で陥れ、見事な勝利を収めた。こんな日がずっと続けば……と願う圭一。しかし、沙都子の叔父にあたる北条鉄平が愛人宅から村に戻ってきたところから平穏な暮らしが徐々に崩れてゆく。

この上巻では綿流しの祭りに到達せず。時制の重ね具合とずれ加減が絶妙に雛見沢の日常を歪めてゆく
 第三話――ということで、順に読んでいった読者にとっては部活メンバー、特にレナや魅音といった人物の持つ秘密、そして雛見沢に伝わる鬼ヶ淵の伝説や、オヤシロさまの祟り、過去の連続失踪事件といった背景はおおよそ頭に入っている。本書が凄いと思われたのは、そういった読者の持つ知識を計算したうえで三度パラレルワールドを構築してしまおうという作者の計画性にある。と、いうのもこの第三話においては、第一話におけるレナの宝捜し、第二話における興宮のファミリーレストランのスイーツや、料理勝負といったエピソードがちらほら登場しているが違和感がない。(実際の日付としては、別の巻でも日程的には後になるはずのエピソードも混じる)。つまりは、そういった知識が読者の頭の中にある前提で、作者はするすると別の悲劇を用意しているのだ。
 本書における主人公はヒロインは北条沙都子。両親がダム建設推進派であり、オヤシロさまの祟りともいえる事件で死亡・行方不明になっている。更にその後の不幸な生活を支えてくれた悟史が今は既におらず、古手梨花と共に生活している――といったところまでは前二作と同じ。ただ、その沙都子のもとにろくでなしの叔父が戻ってくる――という展開。児童虐待という重いテーマを扱っており、沙都子の逃げだそうとしない心理(悟史を喪ったことに対する償い)や、沙都子を救出しようとする圭一が、仲間に対して熱くなり、翻って自分自身で何とかしようにも子供であるがゆえに限界にぶつかる無力感など、非常に巧みに設定を繋げ、その虐待を悲劇的に描くことに成功している。

 そして物語。この(上)では綿流しのお祭りには至っていない。それでも圭一は核心に触れつつある――という状況。少しずつ時間軸が物語でずれているなかで、この祟殺し編がどのような結末を迎えるのか、いずれにしても興味が尽きないところ。


07/08/11
東野圭吾「ダイイング・アイ」(光文社'07)

ベストセラーを連発する人気作家の幻の傑作、解禁!」と帯にある通り、本書の雑誌連載(つまりは初出)は、『小説宝石』一九九八年二月号〜一九九九年一月号。この時期、既に東野圭吾は大人気作家として認知されていた筈で、なぜ単行本化がこれほど遅れたのかの事情は不明。だが、決して駄作ではない。

ピアノ教師として深夜まで生徒の家でレッスンしていた岸中美菜恵は、自転車での帰宅途中に交通事故で死亡した。彼女は夫の玲二と結婚して三年、その愛情を一身に受けたまま命を喪ったのだ――。
スナック『茗荷』でバーテンを務める雨村慎介。一人で店じまいの準備をしていたところに男性客が現れた。三十代半ばだが何か男の様子には奇妙なところがあり、慎介は気に掛かる。男は「忘れたいことがある」といい、二時過ぎに帰ったが、店から出た慎介は、恐らくその客と思われる人物から頭を強打され、頭蓋骨骨折の大怪我を負う。病院で気がついた慎介は、自分が記憶の一部を失っていることに気付いた。慎介を襲った犯人はすぐに発見されたが、既に自殺したという。慎介自身が起こした一年前の交通事故、その被害者の夫・岸中玲二が暴行犯人であった。だが、慎介自身はその事故にまつわる出来事が全く思い出せない。同棲している成美や同僚たちに尋ねても、彼らは事故のことをはっきり口に出そうとしない。割り切れないまま事故のことを少しずつ調査しはじめた慎介の前に、謎めいた美女が現れた。一人で『茗荷』にやってきて数杯の酒を飲んでいく彼女に慎介は興味を引かれる。一方、慎介は事故の加害者がもう一人いることを知るが、その人物や『茗荷』のオーナーの動きがおかしい。更には成美は突然家を出て行ってしまう……。果たして、過去の交通事故では何があったのか?
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一人称ハードボイルドのような序盤から、一気に謎めいたホラー・サスペンスへ。展開の妙味と恐怖感を存分に。
 読み終わって、冷静に内容を振り返ってみるととんでもないサイコにとんでもないご都合主義的設定が跳梁跋扈しているにもかかわらず! 序盤からのグルーヴ感覚とサスペンス感覚が横溢しており、めちゃくちゃに物語に引き込まれる。 さすが東野圭吾。
 部分的記憶喪失の主人公が、何者かの襲撃を受けたり、謎の美女に誘惑されたり、さらに理屈に合わない奇妙な体験をする――という展開。このなかに、幻想小説めいた幻惑感と、交通事故加害者という厭な罪悪感覚とが混じり合ったものが込められており、一体どこに連れて行かれるのか先読みを許さないのだ。だって、謎の美女が少しずつ店に通って主人公を誘惑して、更に振り回した挙げ句、めちゃくちゃなセックスをして、更に超高級マンションに監禁! なんてこんな展開ありなの?? ――ところが、これが「あり」の世界がしっかり物語中に伏線としてばらまかれているのだから始末が悪い(褒め言葉)。
 ちなみに、前半は記憶喪失が絡むとはいえ、どちらかといえばリアルな厭な話だったはずが終盤に入るとサイコめいた人物によるsupernaturalな感覚が顕現してゆく。 これが終盤まで続くのが良くも悪くも本書のポイント。途中でイメージの切替が若干必要になるながら、最後はホラーサスペンスの感覚でまとめあげている。最後の最後の後味の悪さもまた物語の 特に後半の展開からはこうでなくてはならないように思うし。

個人的にはこういったオチは好みだが、がつがつの原理主義者(リアリストというべきか)にとっては許せないところがあるかもしれない。ただ、最終的に明かされる、怪しい人物複数名の行動原理などは興味深いというか、巧い。これだけのアイデアの詰まった佳作を長期間埋もれたままにできるあたり、多作かつベストセラー作家ならではの余裕というかなんというか。