MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


07/08/31
化野 燐「妄邪船 人工憑霊蠱猫」(講談社ノベルス'07)

当初に比べると刊行ペースこそは落ち着いたものの、着々と巻を重ねる”人工憑霊蠱猫シリーズ”の六冊目。(でもよく考えると前作『呪物館』が出たのも去年? もう少しペースが上がっても良いような気もします)。

白澤の使役者である白石優。彼は序盤の図書館の戦いで数多くの仲間を喪っていた。「助けて……」そのなかの一人、夏海涼子から電話がかかってきた。しかし、それは有鬼派の異端児・猿投からの脅迫電話でもあった。猿投は無理矢理に鬼神の召還を行った挙げ句、奴延(ぬえ)という化け物に変化した白石の同窓。彼女たちが姿を消してしまってから四ヶ月、涼子の解放と引き替えになるのは、美袋玄山の遺著、即ち『本草霊恠図譜』。白石は、小夜子ら仲間には一切説明せず、裏切り者の名を背負うことを恐れずに『図譜』を図書館から持ち出し、猿投との交渉現場に赴く。しかしやはりそれは罠だった。涼子自身が妄想記述言語を用いて鬼神を召還し、彼女の仲間が現れて白石自身は交通事故にて傷を負う。涼子の残したヒントは長崎県平戸市。白石は単身、その方面に向かうが彼の行動は結果的に全て仲間の誤解を招くものばかりで、彼自身自らを裏切り者としてみられることを自覚、孤独な戦いに向かう……。

パターンは前作に近いものの、物語世界の膨らみがもたらす変化が魅力
 『本草霊恠図譜』が奪われた! という書き出しは『呪物館』でも使った。世界を変えるほどの本だというのにあっさりと奪われすぎ――というところはまあ置いておく。ただ、そのおおよその展開は近いところにあるものの、前回は建物そのものと秘密めいた人々が多数登場する新展開だったのに対して、今回は図書館事件を含む一連の序盤の展開にて登場した人々が中心となる、オールスターキャストの出張バージョンといった趣。
 ひとつのポイントは学園都市から、具体的な地名のある九州・平戸まで白石が移動して、更に全体的にチームプレーで強大な戦うパターンが多かったことに対し、決して戦い向きでない”白澤”の白石が孤独な戦いを強いられる点か。彼自身の優柔不断な性格が、今回に限っては真っ直ぐに目的に向いており、仲間に対する裏切りさえも辞さない覚悟となっている点も面白いし、その一連の流れに、微妙な青春小説的なテイストを混ぜ込んでいるところもさりげなく凝っている。(結果、クライマックスにおける涼子と白石のやり取りや、平戸に乗り込んできた小夜子の態度等々、盛り上がりに深みが出てきている)。
 このシリーズ、信頼していた仲間に裏切られるというパターンが多いように思うのだが、本作ではその意味合いは表層に留まっており、今後このパターンは一段落付きそうな印象を受けた。というのも、背表紙では「裏切り」といった趣旨で物語を説明しているのだが、作品自体は白石の一人称であるため、裏切りのための裏切りという印象はないし、彼に対する仲間の態度等々むしろこの程度のことでは揺らぐことのない信頼関係をむしろ強調しているからだ。(詳しく説明できないが読んで頂けたら理解できるものと思う)。
 また妄想記述言語にて鬼神を召還するというパターン、戦いといった部分についてもこなれてきており、その迫力を読者側として素直に楽しめるようになってきた。そういった受け手としての贔屓目があるにしても、今回のクライマックスの戦闘場面の出来は秀逸。

 このシリーズがどこまで変化して膨らんでゆくのかは不明ながら(もう少し鬼神の種類が出てきても良いようには個人的に思うが)、最終対決に向けてそろそろ布石を置いていっても良いように思われる。中途半端に未完で終わらせず、まずはこの物語の幕はしっかりと閉じていって欲しいと思う。(早く終われとかそういう意味ではないですよ)。


07/08/30
坂木 司「仔羊の巣」(創元推理文庫'06)

2002年『青空の卵』を引っさげてデビューを果たした覆面作家・坂木司。その『青空の卵』は、自称引きこもりの探偵・鳥井真一が登場するシリーズであったが、本書はその二冊目にあたる作品集。この後『動物園の鳥』を上梓しており、三冊にて「引きこもり探偵三部作」となっている。

自称・引きこもり、鳥井真一の世話を焼くのが趣味の坂木司。外資系保険会社に勤める彼は、仲の良い同期から、同期の女性の様子が最近おかしいのではないかと相談を受ける。坂木は鳥井の助けを借りずに、彼女のことを暫く観察するが……。 『野性のチェシャ・キャット』
木村栄三郎さんをネタに鳥井を連れ出すことに成功した坂木。その途中、地下鉄駅で駅員から最近よく見かける奇妙なお客の謎を解いて欲しいとの依頼を受ける。その彼はホームの端っこに立ち、ゴムで出来たヨーヨーをぶら下げているのだという。 突然、坂木が見知らぬ女子高生たちから執拗に絡まれる事態が発生する。全く心当たりがないのだが、軽い暴力沙汰も含めた問題も発生したため、鳥井は坂木に対してアドバイスをする。その言葉を相手に告げたところ、見事に彼女は反応し、木村栄三郎宅での謎解きに参加してきた。 『銀河鉄道を待ちながら』
『カキの中のサンタクロース』 以上三中編。

この文庫版、有栖川有栖氏の解説が絶妙。この作品世界の居心地の悪さが少し理解できた
 ひとり暮らしをしつつも引きこもり。プログラマという職を得て自立はしているものの、人との対面が苦手。坂木司(作者ではなく鳥井真一の親友)とは共依存の関係にあり、鳥井は坂木に頼りっぱなし、一方の坂木はその鳥井の面倒を見て、外の世界への窓口となることに無上の喜びを感じているらしい。特に鳥井の坂木以外の人間への態度や言葉などは目も当てられないほどひどい。……とまあ、実に読者の共感を呼びにくい内容の作品である。一般的に括ることに問題があるとするならば、少なくとも小生は前作同様、本書でもまったく共感できなかった。
 その困った内容の作品を有栖川氏が、探偵役に共感を抱かせないまま書かれているのは何故か? という切り口から解説しており、その展開が実に見事なのだ。有栖川氏の解説は大抵において素晴らしいのだが、この文庫版解説はそのなかでもさらに凄みを感じた。同じシンイチ少年が謎解きをする天藤真の名作『遠きに目ありて』を引き合いに出して、名探偵の不完全さから本書を読み解いていく。文中にわざわざ鳥井が好きになれないことこそ、このシリーズの眼目である。と言い切っているのは名言だといえよう。
 その結果、鳥井にも坂木にも全く共感できない一読者としての自分の感覚が、それほど変ではないことが確認され、妙に安心させられる。ただ、その有栖川解説にしても鳥井の存在までは検証できても、実は最もキモチワルイ存在である坂木司の態度であり考え方にまではさすがに踏み込めなかったようだ。鳥井に対してどうみても愛情を注ぎ込んでいるとしか思えないのに、それを一人称で否定してしまう坂木。一般的な意味とは異なる意味での「信頼できない語り手」である。ある意味、これほどまでに偏ったワトソン役もそういないであろうし、この点がシリーズを微妙にしている理由だと思う。腐女子たちに人気がある点はまあ、その意味で理解できる。

 最後にシリーズそれぞれの謎について。いわゆる日常の謎であるが、その謎がなんというか恣意的で一方的に過ぎるように感じられる。(地下鉄と風船の話なんてかなり無理があると思いますがどうでしょう?) 読者に対して探偵役との公平な推理合戦を求めるのではなく、あくまで物語の都合上、鳥井の能力を描くために設置されているという印象なのだ。
 果たして、シリーズ最後の一冊を読もうか読むまいか。まだ迷うよな。これは。


07/08/29
平山夢明「ゆるしてはいけない」(ハルキ・ホラー文庫'06)

『独白するユニバーサル横メルカトル』の推理作家協会賞受賞以降、ホラー短編の名手としての地位を確立しつつある平山氏。本書はその平山氏のもともとの中心活動である実話系怪談の作品集。ティーン向けの雑誌『POPTEEN』にて発表された作品と書き下ろしがほぼ半々収録された文庫オリジナル。

見た目モデルのような彼氏は実は生活力がなく貧乏。転がり込んできた彼と同棲し始めたキョウコだったが、その彼はウツに入り込んでしまう。そんなある晩、妙な胸騒ぎがして目を覚ますが身体が痺れて動けない。さらにシーツが血だらけになっており台所からはガスの音が。ゆらりと部屋に入ってきた彼は手首にカミソリを当てたらしく血まみれ。思わず悲鳴をキョウコは上げた……。 『決意』
インディーズバンドに所属するカイトと同棲を始めたリサ。しかしカイトはライブの関係か、感情の起伏が異常に激しかった。そのカイトは自分専用の冷蔵庫を持っていた。彼は「開けても良いけど、もしかしたら俺たち終わるかもよ」と謎の言葉を彼女に告げていた。当然、気になって仕方のないリサはその冷蔵庫を開けたのだが……。 『冷蔵庫』
ユニセックスぽい雰囲気に惹かれて同棲を始めた彼。つまらない生活習慣の違いからしばしば喧嘩になったが、キレる寸前、彼は赤面したまま散歩に出ていってしまう。帰ってくるといつも彼の機嫌は良いのだが……。 『キレないカレ』
ほか『おすそわけ』『ずれてる』『ごめんねタクシー』『クレーム』『ビルダー』『手錠』など三十六の短篇が収録されている。

あまりにも現代的な風俗のなかで繰り広げられる恐怖の数々。ささいなきっかけで瓦解する日常
 今やホラー短編小説で異彩を放っている平山夢明氏ではあるが、その本領(アイデアの源泉?)はこういった実話怪談系にあるのだという点を再確認。掲載メディアがポップティーン、つまり十代女性からの投稿が作品の元ネタとなっているせいか、いわゆる怪談の定石にとらわれない非常に現代的怪異譚が集められている印象だ。
 この定石に嵌っていないという点は実は重要で、素の告白話が持つ独特の生々しさが作品群を彩っており、より日常に近いところに狂気が転がっていることが実感される。そういった身近さが狙いだとすると非常に成功の度合いが高い。特に恋愛や性に対しておおらかな(?)現代、気軽に男女交際を始めてしまい、そのまま泥沼に嵌っていく女性の話が中心にある。また一方では、そういった女性に対して過剰なまでの母性を求め、常識や一般社会からスピンアウトしてしまった精神の持ち主たちが本性をむき出しにする様は強烈なサスペンスというよりも、ホラー小説から得られる恐怖に感覚は近い。 というのも、結局、通常考えられる人間の思考では考えつかないようなことを”彼ら”がやってのけるから。
 自傷した挙げ句にパートナーに同じことを強要する男。一歩間違えば死を迎えるような局面にパートナーを招き入れようとする男。自らの血や肉体を相手に食させようとする男。すぐにキレ、すぐに甘え、執念深い。パートナーと周囲と、相手によって異なる貌を見せる彼らの姿は人間離れという形容詞ではまだ足りない、鬼気迫るものがある。

 個人的には、彼女を呼び出して目の前で飛び込み自殺する男のエピソードと、ダイエットを繰り返してはリバウンドを繰り返すダメ男の話、そして最後の芸能人そっくり以上に整形して化け物になってしまう女性の話が心に残った。自らの弱さを他人のせいにし、それを信じ込んで自己防衛する甘ちゃんの究極進化形。ゆるしてはいけない。


07/08/28
飯野文彦「惑わしの森」(祥伝社文庫'01)

2000年、祥伝社文庫創刊十五周年を記念して二十冊以上が書き下ろし刊行された400円文庫にて発表された中編。飯野氏は'84年に『新作ゴジラ』のノベライズでデビュー。ノベライズ作品を多数手がける一方で独自のホラー作品を手がけている。本書も伝奇的雰囲気を鏤めたその方面の作品。

もともとオカルト系ライターでありながら小説の賞を受賞してしまった挙げ句、小説一本で行こうとするがさっぱり売れず赤貧状態になっている佐久間正次。妻の晶子の助けを借りながらも二年近く全く収入のない状態が続いていた。その晶子とのあいだにある事情が発生した直後、以前の仕事の発注元であり、晶子を正次に紹介した怪奇雑誌の編集長の安東から樹海に関する仕事の依頼を受ける。ある事情から樹海には近寄りたくなかった筈の正次であったが、好条件と義理により、昔なじみのカメラマン・小沢と共に樹海に足を踏み入れる。人懐っこかったはずの小沢の態度が樹海に分け入るに従い徐々に変化、さらには居るはずのない女性の姿や、モトクロスに乗った男性などの姿を正次は目撃する。さらには小沢の髭が凄い早さで伸び出すなど異常な事態が少しずつ進行していく。果たしてこの樹海の奥に隠された秘密とは……?

うしろめたさと妄想から、じわじわと高まる緊張感と畏怖感。
 ちょうど『バッド・チューニング』を読んであまりにも凄まじかったので、手元にある他の飯野作品を探したら出てきた。我が家の積ん読もなかなか捨てたものではない。とはいえ、本書はやや一般受け(?)を考えて創作された伝奇系ホラー小説だった。あまり強烈な描写はなく、むしろ大自然から導かれる独自の精神世界における恐怖を描こうとしているような印象を受けた。
 売れないライターが巻き込まれる恐怖の体験が物語の骨格。そのライターが冒頭から”ある事情”を抱えていることは明記されており、その事情も読者は薄薄と察することができるもの。ただ、その後ろめたい感情ゆえに前進することしか許されない主人公の焦燥と後悔と疑問が入り交じった気持ちが序盤から中盤にかけての隠し味となって絶妙に効いている。作者の分身とまではいかないのだろうが、せっぱ詰まって危ないことに手を出さざるを得ない主人公の状況が自然なかたちで導かれているところなどはさりげない上手さを感じる。
 一方で富士とは明記されていない樹海の描写もなかなか。文化から隔絶された大自然の齎す厳粛な雰囲気が恐怖感を高めているところが特にポイントだ。日本であってもこういう地域があり、現代でも伝奇が成立することを立派に証明している。

 特別な傑作とまではゆかないまでも中編作品としては十二分の読み応え。ただ比較的抑えめに表現されており、飯野氏の創作力の真骨頂はまた別にあるように思われる。『バッド・チューニング』とか『バッド・チューニング』とか。(あと、泣ける話も結構うまいと聞くので、いずれそちらも読んでみたい)。


07/08/27
西尾維新「刀語 第十話 誠刀・銓」(講談社BOX'07)

講談社BOX刊行記念、十二ヶ月連続刊行は清涼院流水、西尾維新ともに既に十二冊、完結済。(アンカーは事情から8/31ですが、この文章叩いているのは十二月末なので)。着々と登場人物が絞られてきている『刀語』。重要な伏線が幾つも解き明かされ、そもそもの世界観の微妙な違和感がテーマなのかなーというあたりが見えてきた。

尾張幕府家鳴将軍家直轄預奉所軍所総監督・奇策士とがめと、虚刀流七代目当主・鑢七花。彼らが蒐集を目的としている四季崎記紀が作りし完成形変体刀十二本のうち、九本目の所有者であった汽口慚愧から、七花は自分が刀を扱うことが致命的に下手である理由に関するヒントを貰う。虚刀流という流派にかけられた呪い、そして束縛とは――? さらに今月、十本目の刀を求めて二人がやって来たのは奥州は百刑場と呼ばれる地。ここはかつての顔役にして、とがめの実父である飛騨鷹比等が城を構えていた土地であった。その所有者は”仙人”・彼我木輪廻。とがめのライバルである否定姫はあっさりとこの土地と所有者に関する情報を、二人にもたらした。そして彼らは彼我木と対面する。どうやら、彼は心の中で相手が精神的に苦手としている者の姿を投影する能力を持っているらしかった。彼我木は戦いではなく、とがめに対して刀を埋められた地中から掘り出すよう指示、とがめもまた唯々諾々とその命令に従うのだった……。

もはや”まとめ”に入りつつある? 戦いよりも運命の裏側に焦点が動きつつある……か。
 前作にあたる『王刀・鋸』においては、比較的正当な戦いを通じて刀集めを行っていたのだが、再び刀集めという意味においては「奇手」になってしまっている。刀集めとは無関係のところで戦いの場面はあるものの(しかも、前作登場した汽口慚愧相手であるし)、彼我木輪廻はあっさり二人に刀を渡してしまうため、その意味での盛り上がりはない。
 むしろある程度予測されていた点が確定したり、伏線としてこれまで仕掛けられていた秘密の謎が解けたり、更には新たな告白があったりなどなど、本作では着々と物語を構成する世界そのものが明らかになっていくところが特徴だろう。刀の所有者ということで登場する臨時(?)キャラは、恐らく今回の彼我木輪廻が最後で(あとの所有者は既に明らかになっている登場人物であるわけだから)、その彼の役割は戦いよりも、主人公二人に対する精神面の見直しと鍛錬。特に七花の名字が何故「鑢」なのかといったあたり、薄々感じていた点が明らかになったこと、そして否定姫の父親が明らかにされていることで物語自体の「対決」の構図が徐々にハッキリしてきた印象だ。
 その一方で、ページ稼ぎということもないだろうが、ここまでの九本(巻末の方では十本)の刀の名前やこれまでの戦いのまとめなどが延延と列記されていたり、情報が並べられていたりと、物語自体を「溜めて」いる部分も多い。きちんと一ヶ月ごとに読まれる方にはそれもまた有効だろうが、内容が頭のなかに入っているこちらにとってはちょっと鬱陶しくもある。

 いずれにしても後二冊。世界観だけは徐々に見えてきてはいてもラスト、どう締め括ってくるのかなどなど、ちょっとこの段階でどうなるのか予想がつきません。そういった意味での求心力はやはり高いですね、西尾維新。


07/08/26
倉阪鬼一郎「湘南ランナーズ・ハイ」(出版芸術社'07)

日記等からもここのところマラソンに嵌っていることが分かる倉阪鬼一郎氏のマラソン・ミステリ。マラソンを題材にしたミステリとしては既に『42.195 すべては始めから不可能だった』という作品が倉阪氏にはあるよなー、と思いつつ読んだら、あとがきでしっかりと触れてあった。

第一回湘南国際マラソン。三月十八日に開催される、地元湘南で開催されるフルマラソンである。綱島家は鵠沼海岸に住む四人家族。十年前に下町から越してきて、父親の思いつきから現在は猫のブリーダーという家業を営んでいる。山っ気たっぷりの下町気質の父親・大造。しっかり者の母親・幸子。獣医を目指し大学に通い、有望なランナーでもある長男の海人に短大に通う明るく元気ななぎさ。その幸子が、湘南国際マラソンへの出場を決めた。当初は無謀な挑戦だと反対していた家族も現在は温かく幸子を見守っている。一方、OLの染川夏乃もまた湘南国際マラソンへの参加を、ある理由から決めていた。ただ練習で走ってみたものの、基礎体力が落ちており膝を痛めてしまう。そんな夏乃を父親の染川義介はアドバイスをしながら見守っている。義介もまたベテランランナーでフルマラソン完走歴四十回。後少しで三時間を切るところまで行ったランナーであり、完走できなかったことは一度しかない。その義介は「湘南ランナーズ・ハイ」というランナーたちの集まりに参加していた。そして当日。綱島家は幸子と伴走役として海人、染川夏乃、そして「湘南ランナーズ・ハイ」のメンバーはマラソンのスタートを切った。

ミステリ作家と怪奇小説作家の矜持は残しつつも、泣きを強調した作風の変化を楽しむ
帯には「”怪奇小説家=倉阪鬼一郎”のイメージを鮮やかに覆す、衝撃のマラソン・ミステリー!!」というキャッチが踊っている。確かに版元の出版芸術社から刊行された作品だけをみるならば、この帯もまた真だといえるだろう。だが、近年の倉阪作品全てを俯瞰すると決してこの作品が出てきたことは意外ではない。とはいっても、マラソン出場者それぞれの人間ドラマに物語の焦点を当てているという部分は、まあ、意外といえば意外。それでもミステリーの要素も怪奇小説の要素も薄くはあれども微妙に残しているところには倉阪氏らしさがあり、既存の読者の期待を裏切るものではない。
 二組の家族、それもフルマラソンの完走が微妙に困難なレベルの人々が主人公。従って順位やタイムを争うレースの要素は最初から排除されている。問題は、そんな状態の彼女らがなぜわざわざフルマラソンに挑むのかという動機だ。この点を伏せ、それを最後に種明かしすることによって読者を驚きと共に感動に引きずり込む――という狙いは確かに倉阪作品においては珍しいかも。(実際、少々ほろりとしましたよ)。
 一方で物語に凝らされた仕掛けについては従来からの倉阪読者にならば見破ることもできそうだ。一部の設定は文庫書き下ろし刊行されたある作品に近いし、冒頭からの言葉に対するイメージの変換も倉阪氏らしい発想である。この発想の方のベースとなる大造の人物造形が巧みで、こちらは伏線として非常に巧く作用しているように思う。ミステリに特化した場合の倉阪作品(個人的には偏愛しているが)は、かなり突飛なトリックを用いていることが多いので、もしかすると一般的な読み手の方は本作のようなミステリ風味の方が好まれるのではないだろうか。
 また実地で培っているだけあってマラソンに関する描写や設定はさすがに冴えている。市民ランナーの視点でマラソン大会を捉えることは、テレビで大きな大会を観ているだけでは絶対に分からない(だってテレビに映らない)ところだが、身体の痛みや沿道の応援に至るまで細かな点に至るまでがしっかりと描写されていて、その側面からも興味深く読んだ。

 倉阪作品の新たな読者獲得に役立ちそうなこの作品は広く読まれて欲しいなあ、と素直に思う。これまでの倉阪作品の系譜とは根本的に異なり、全く読者を選ばない内容でもあるし。ただ、このまま”泣き”の路線に入ってしまわれると個人的には残念なので、怪奇小説もミステリも書き続けていただきたいことはもちろんなのだけれど。


07/08/25
小路幸也「カレンダーボーイ」(ポプラ社'07)

メフィスト賞でのデビュー後、矢継ぎ早に作品を打ち出し『東京バンドワゴン』などスマッシュヒットを飛ばす小路幸也氏。本書は牧野出版のウェブマガジン「パブリデイ」に二〇〇六年六月から十二月まで連載された作品を単行本にまとめたもの。

 東京の三流私立大学教授の三都と、同じ大学の事務局長の安斎は北海道にある小・中学校の同級生。二人とも四十八歳で家庭にも恵まれた生活を送っていた。その二人が2006年の6月15日、目を覚まして気がつくと四十年前の1968年にタイムスリップしていた。懐かしい小学校で同じようにタイムスリップを確認する二人。そして目が覚めると四十年後に戻っていて、その時の記憶を二人とも持っている……。その日から二人は、夜眠る度に2006年と1968年とのあいだを意識が往復し、一種の二重生活を送るようになる。歴史は変わるのか……、かつての恩師宅が火事になった事件を防いだ彼らは、小学生状態での行動が、現在の歴史を変えることができることを知る。そして彼らが取り組んだのは、当時の同級生で東京に転校した里美ちゃんが後に一家心中してしまう事件を防ぐことだった。彼女の父親は銀行員で、あの三億円事件に関係していたのだという。その頃感じた心が挫けるような後悔を二度と味わいたくない――。そんな思いから三都は小学生が北海道から心中事件を防ぐという大それた計画を練り始める。一方の安斎は大学内部の問題で三億円の方をどうしても入手する必要にかられていた……。

タイムスリップものの意外性+冒険へと向かうわくわく感+大人の喪失感の三位一体
 元がSF者でもないのでタイムスリップものをそうたくさん読んでいるわけではないのだが、意識が毎日、過去と現在を行ったり来たりするというパターンは珍しいのではないだろうか。(単純な行ったり来たりはあるだろうけれど、毎日という点が特に)。結果、物語は二つのリアルタイムが進行することになり、小学生パートでは小学生が三億円事件にどう対処するのかという結末、現在は特に安斎パートになるが、大学のスキャンダルをこのタイムスリップでもみ消すことができるのかという結末に興味が引かれてゆく。そもそも、このタイムスリップ自体がどのような結末を迎えるのかという物語全体への興味ももちろんかきたてられる。そもそも、未来から来た小学生が、その知識をもとに様々な計画を練ってゆく過程はクライムノベルの面白さにも似ている。北海道在住の小学生が、飛行機すらメジャーといえず、お金も自由にならない当時にどうやって東京に向かうのか。
 序盤はそう目立たないが、小学生時代に何かアクションをすることで少しずつ現在が変化してゆく展開により、彼らの”出来ること”を説明してゆく序盤よりも、変化が現れてくる「中盤の現在」が最も不安定。 何か行動を起こすことによって現在の世界の何かが喪われ、変化していくのだが、その変化の度合いも興味深い。ある人物とある人物との恋愛関係が、小学生時代の動きによって少しずつ変わって振り回されていく様子などなかなかコミカル(緊張感も漂う)である。ただ、ここで物語が振ることによって主人公たちの決意の裏に、一種の悲壮感も漂うようになってくる。物語全体に対しての、この伏線の張り方などは周到だと思う。
 多少物足りないのは、計画の準備段階までは丁寧に描写される一方で、もっとも盛り上がるであろうクライマックスシーンがあっさりとしすぎている点か。小路さんの他の作品でも同じような手法があったが、今回も実行を飛ばして回想での描写へと切り替えてしまっていて「あれ?」という感覚があった。やはり、折角醸成してきた人物の運命や準備をしっかりと描ききって欲しかったように思う。(秘密めかされていた部分の全部に対して説明はあるのだけれど……、もうちょっと勿体ぶって欲しい)。

 とはいえ、中高年男性が主人公とは思えないほど「わくわく感」が全体に満ちており、一定のノスタルジックな雰囲気で統一されているため、物語全体が調和している。 結末にみられる一抹の寂しさなども小路さんらしくほろりとさせるものがあって良かった。また小路作品の出版ラッシュ? になりつつあり、その良い意味での「なんでもあり」の幅を着々と拡げつつあるようで心強い限り。次は「HEARTBEAT」に着手します。


07/08/24
朱川湊人「水銀虫」(集英社'06)

『小説すばる』2004年8、11月号、2005年2,5,8,11月号、2006年2月号に掲載された作品をまとめた作品集。題名が「……の日」で統一されているが、内容はノンシリーズ、ただし朱川さんらしい作品が揃う。

妻の浮気告白をきっかけに衝動的に家を捨てて旅に出ようとしていた会社員。上野の喫茶店で妙に馴れ馴れしい女性と相席になる。彼女は売春を持ちかけてきたが、彼はしばらく一緒にいてくれれば良いという。 『枯葉の日』
母と下町で二人暮らしをしていた十歳の私は家に帰りたくなく、一人でぶらぶらしていた。突然の雨に軒下で雨宿りをしているところに若い女性から声を掛けられ、アパートに連れて行ってもらう。 『しぐれの日』
ある女性を刺し殺したという男性の告白。きっかけは姉の自殺。その姉の自殺に打ち拉がれる家族の前に、姉と友人関係にあったという鹿島さな子が現れた。さな子は母の心に少しずつ取り入り、家族関係が歪みはじめる。 『はだれの日』
富士子は孫の健斗を連れ、最近交通事故で孫を亡くした友人の雅江の住む海辺の町を訪れた。最近雅江の精神状態が良くないようだったが、その当日は数段明るく見えたが、彼女が供する夕食に不自然なところが……。 『虎落の日』
クリスマスイブ。奈央はIT企業の社長でもある実直な彼からのプロポーズを心待ちにしていた。しかし毎年この日には、中学時代にイジメた秀美が『クリスマスの怪物』となって彼女の前に現れるのだ。そしてこの日も……。 『薄氷の日』
田舎町で大人に隠れてちょっとした冒険をしようとしていた信也と一真。山にある”基地”の途中で転校してきた恒夫と出会う。彼らがあることをしていると、目の前に化け物が現れ……。 『微熱の日』
大学図書館に勤務する八重樫。彼の妻は重度の鬱病に罹っていたが、彼は同僚にはそのことを隠している。部下の奈緒子からのアプローチを断ったところ、彼の前に全身黒ずくめの男が現れ……。 『病猫の日』 以上七作品。

人の心の弱さにするっと忍び込む、様々な”怪”。後味の悪さもまた持ち味になる
 作品が連続して発表されていないようなので、わざとなのか偶然なのか微妙ながら、まず主人公の年代性別がばらばらになっている。収録順にいうと世の中に絶望した会社員→家族に恵まれない少年→思い詰めた青年→孫を連れたお祖母ちゃん→結婚を控えた美女→小学校六年生→図書館勤務の三十代男性。一部、微妙に重なるところもあるが、小学生や、孫のいる世代の両方が同じ作品集に主人公として登場するところなどは、様々な物語に挑戦する朱川氏らしい側面だと思う。
 また、収録作品のほとんどが実に後味が悪いのだ。 ミステリの手法を援用し、絶望する男が新たな世界観を得てしまう『枯葉の日』、少年の視点から、優しい女性の真の、そして哀しい境遇が少しずつ露呈していく『しぐれの日』、孫を喪った祖母の狂気が意外なかたちで忍び寄ってくる『虎落の日』、美味しい結婚に舞い上がった女性を奈落の底に突き落とす『薄氷の日』……と、それぞれに何らかの、人間のどす黒い部分がチラ見させられる作品が並ぶ。なかでも最も強烈なのは、小学生二人が山の中で出会った奇妙で弱っちい化け物を、込み上げてくる暴力衝動に従って殴り殺してしまう『微熱の日』であろう。様々な伏線が絡み合い、そもそもの伝説すらミスリードに利用した挙げ句に最後の最後に暗澹たる結末を読者に提示する。その提示の仕方も露骨に描写するでなく、読者の想像力にお任せ……というかたちになっている分、かえって心に強烈に残る内容になっている。少年たちがこのような目に遭う因果関係がないだけに、これは実に厭な小説だ。
 怪異の現れ方も一様ではなく、その姿も理由にも統一性はない。天網恢々疎にして漏らさず……かと思えば、理不尽としか言いようのない恐怖もある。朱川氏独特のノスタルジックな雰囲気を持つ作品もあるが、それを踏み台に厭な気持ちを増幅させてくれる。いつもの朱川作品同様の風合いにして、豊饒な想像力と描写力が”厭”方向にきちんと進んでいるのだ。(褒め言葉のつもり)。

 表紙自体も人間が虫で出来ているかのような幻想的なもの。だからという訳ではないが「ホラーであってもいい話」を期待する向きには本書はあまり向いていない。むしろ、ホラーという形式を通じて人間の絶望をしっかり描いているものと思って読んで欲しい作品集。これはこれで小説から毒を求める向きにはニーズがあると思う。


07/08/23
清涼院流水「パーフェクト・ワールド What a perfect world! Book.10 The Commandments〔十戒〕」(講談社BOX'07)

講談社BOX刊行記念、京都と英語と運命を描いた大河小説十二ヶ月連続刊行の十冊目。

最悪・最強の敵・黒の陰陽師のなかでも百年に一人の逸材と呼ばれるシヴァとの、二ヶ月にわたる凄絶な英語での戦いを終えたエース。しかし、そのシヴァは意外な人物によって舞台から姿を消すことになる。その人物はレイモンド・クォーツ。留学生として一角家にやって来て以来、その隠れた行動をエースに咎められ、二重、三重にその正体を顕してきたレイにまた新たな姿が。レイは、明神一族と同じように霊が見えるのだという。偶然出逢った明神サトルとレイ。彼らは同じ場所にエースの最愛の人だった明神きららの霊を見ることができていることを知ったエース。しかしエースにはきららを見ることが出来なかった。疑っていた霊の存在などに悩んだ一角は、クローバ・明神ろくろにアドバイスを求める。その結果、逃れられない運命を自覚し、遂に「救世主」として「ワンネスの十三人」を自らの手で集める行動を開始した。

意表を突いた展開のなか、物語が静かに加速開始する
 8月、9月の物語はむしろ英単語の常識外れともいえる暗記に費やされて、物語自体の印象はそちらに埋め尽くされた感があった。ちなみに英語のパートは今回もより親しみやすい内容となっている。即ちケータイ用の短文英語。「今どこ」から「元気?」といったよく使う言葉を簡単に言ったらどうなるかが具体的に示されていてタメになる。特に、学校で習った英語(一般的には古めかしい表現とかいわれる)と、実際によく使われている英語とのニュアンスの差違などが示されている点は有り難かった。
 一方で、ショックを受ける結末で毎回(つまり毎月)締め括られるストーリー展開は今回は、先月のフォローから。仮想敵が味方となり、ようやく開始当初から単語として上っていた「ワンネス」に向けて動き出す。 仲間を探す手順はなんというか、まあ遊び過ぎている感もあるのだが、かなりの人数が登場してきたこの作品で、果たして誰が最終的に仲間となってゆくのかについては率直に興味が引かれるところ。エースの両親がその十三人に入らないところはまあ、想像されている範囲内。幾人かはこの作品で明らかになるのだが、他は一体誰なのだろう?
 そうして今月のサプライズもまた終盤に用意されており、個人的にはなんというか、うーん。1月段階でこういう設定は考えていなかったのじゃないかと思うのだけれどどうだろう。

 ということで、残り二ヶ月。(これを書いているのは年末)。ただ物語としては、「誰が」ばかりが強調されているなか、そもそも何とどうやって戦わないといけないのかが今ひとつこの段階でも見えていないところが微妙。 いずれにせよ、何とか年内に加速をつけて、最終巻まで進めてゆきたい。


07/08/22
牧野 修「ネクロダイバー 潜死能力者」(角川ホラー文庫'07)

平成十八年(2006年)八月から平成一九年(2007年)五月にかけて『文庫読み放題』ほかの携帯読書サイトに配信された小説を加筆・訂正して文庫化したもの。帯に「バイオハザード』『サイレントヒル』の牧野 修最新作!」というコピーがあって、一般との認識差を深く感じたりする。いや確かにそうなんだけどさ。

大学受験に失敗し、予備校通いを名目にひとり暮らしをしていた物部聖。毎日毎日、泥の中を彷徨うような生活を送っていたある日、返却し忘れたビデオを持って夜明け前の一番寒い時間に外出をした。コンビニに入ったところ羽音が聞こえ、虫の這ったような字が見えたような気がした。その後に家に帰る途中、物部は女性を襲う男と遭遇、ナイフで刺されて意識を喪う……。物部は手術台のようなところで目を覚ました。そこにはクラヴィクルと名乗る男がおり、物部にネクロダイバーとしての名前を付けるよう要求する。自らをケネディ、そして飛び回る蟲にマリリンと名付けたところで「契約が終わった」と告げられる。物部は潜死能力をもったネクロダイバーとなったのだ。潜死とは人の死に潜り込める能力。人は生まれながら守護蟲を持ち、死に近づくと蟲は蟲文を残す。しかし理不尽な死を迎えた人の守護蟲が残す蟲文は消えず、一種のモンスターと化してしまう。その蟲文を消すのがネクロダイバーの役割だという。クラヴィクルは物部を連れ出し、若い女の蟲文を消すために死世界へと飛び込むことになってしまう……。『蟲文』『舌鏡』『指紐』『骨鍵』の四話。

現代怪談の裏側に構築される牧野世界観、実に独特な伝奇アクションエンターテインメント
 版元が異なる(というか元はケータイ小説だ)せいか、『呪禁官』の設定を使えなかったのか使わなかったのか。また牧野修がアナザーワールドを立ち上げた。 死の世界に潜ることができる能力を持つ主人公が、悲惨な思いを残して死んだ死者の理不尽な思いを戦いというかたちで消し去ってゆく物語。主人公の一人称であるため、奇妙な体験とその周辺の設定、さらには死者たちとの戦いという展開に物語が進むため、全体的な流れとしては伝奇アクションの系譜に連なる印象。 ただ一方で、その死者たちが引き起こす不可思議な現象は、現代的であり都市伝説・都市怪談にイメージが近い。その結果、現代怪談を舞台裏から覗くかのような奇妙な感覚も味わえる。
 死に潜り込み、死者と戦う。死者にしてもこの世に無念を抱いた者であり、その裏側にあるのは恨み辛みの数々で更にそこでダークヒーローである潜死者たちにやられちゃうわけで彼らには救いも何にもない。 潜死という状態もまた特殊で(説明しきれない)、異界ならではの特殊設定が様々に凝らされ、一方で全体を通じて牧野さんらしい荒涼とした雰囲気と粘着した雰囲気が両立して漂っており、そういった新しい世界観を軽々と作り上げてしまう才能にほれぼれする。守護蟲や黄泉書簡、イザナギ機関といった独特の設定も、普通こんなの思いつかないんじゃないかなあ。
 また、死者たちを弄ぶ、さらに上位に位置する”ワルモノ”死神や、十代の(あまり十代っぽくないのだが)主人公に惚れ込む、オタク風味満点のヒロイン(かなり年上)だとか、奇妙なエンターテインメント性も放り込まれており、単にバイオレンスのみの伝奇アクション小説に終わっていないところもポイント。このあたりの良い意味でのグロさ不徹底加減もケータイ小説であることが意識されているのかもしれない。

 牧野作品らしい牧野作品であると同時に、牧野らしさを全開にすることを控えた作品でもある。そういう意味では、コアな牧野ファンよりも、入り口付近で牧野作品てどんなかなー? と迷っているような読者によりお勧めされる作品のように思われた。(なので、帯コピーもある意味では正しいのかもしれない)。


07/08/21
はやみねかおる「ハワイ幽霊城の謎 ―名探偵夢水清志郎事件ノート―」(講談社青い鳥文庫'06)

一昔前に「はやみねかおるのミステリが凄い」ということで、青い鳥文庫収録の諸作品が新本格ミステリの系譜として数えられ出してからもう十年以上。むしろこの十年のあいだに本来の読者である子供たちの圧倒的支持を受け、未だ人気シリーズとして継続しているのが、この夢水清志郎事件ノートのシリーズ。本書は若干外伝的要素もあるものの、シリーズ十三冊目となる長編作品。

相変わらずの怠惰な暮らしを送る夢水清志郎。百万円をラーメンに換算、カルトなクイズ大会に出場するものの、うまく行かない。そんな彼のもとに世界的な大富豪でハワイに建った古城で暮らすアロハ山田家から探偵の仕事依頼が舞い込んできた。複雑な家系と近年に二人の行方不明者を出し、今や当主とその息子しか残っていない山田家にかけられた幽霊の呪いを解いて欲しいというのだ。清志郎は快諾(遊びに行く感覚でしかない)し、亜依、真衣、美衣の三つ子の三姉妹にレーチと編集の伊藤さんらの団体がハワイ行きを決定する。空港に行って搭乗したのは自家用ジェット。果たして彼らは古城にて発生した消失事件の謎が解けるのか……? 一方、百年前。生活態度も生き方も夢水清志郎そっくりの夢水清志郎左右衛門なる人物と、相棒の芸人にして剣の達人・中村巧之介の二人は、捕鯨船から放逐されハワイに上陸していた。言葉も通じない彼らを助けたのは、日系移民の山田仙太郎とその孫・亜和。清志郎左右衛門と巧之介は、彼らなりのやり方で二人の生活を助けてゆく。しかし、今度はようやく仙太郎が入手した自分の土地が、かつて海賊が残した財宝の伝説のせいで呪われていたという問題が発生。現地の人々から孤立してゆく……。

シリーズが続いても変わらぬテンション。熱きミステリへの想いになんか嬉しくなってくる
 百年以上の過去のパート(夢水清志郎左右衛門)と現代(夢水清志郎)とで、どちらもハワイを舞台にしながら、謎を解いていくストーリー。物語は時を隔てた二重構造を持っていて別個の謎解きが行われていく。現代の舞台では、複雑な家系を持つ幽霊城に住む一族を巡る謎が解き明かされる。一方、過去においては「なぜユメミズにたのまなかったのか?」(もちろんクリスティ作品のもじりですな)と後世に格言として残るだけの様々な謎解きを清志郎左右衛門が行っている。その際のパートナーもまた依頼者の先祖なわけで、双方が微妙に連関している。
本書には素直な面白さが数多くある。例えば、夢水清志郎の変人ぶりが従来以上に強調されているあたりとか、本来の対象読者である小学生にもわかりやすい遊び心溢れたわかりやすい面白さがまずある。終盤に判明する別の人気シリーズとのコラボレーションなども、はやみねシリーズ読者にはうれしいところだろう。さらに、ところどころマニアが狂喜するようなミステリコアの謎やパロディも入っているところが心憎い。(鮎川哲也「黄金の13」の第十二回配本のタイトルは? なんて判りそうで判らなかった……。)
 個人的にツボだったのは、過去のパートにおける下駄のすり替え。99%の方にとっては「なあんだ」と思う方法だと思うのだが、下駄を履いていてかつ背伸びをしていて……といった状況における人間のほんのちょっとした動きをトリックにしている点、個人的にものすごく感心した。こういった細かな、だけど誰もが納得する行動を核のアイデアにして、大げさな周囲の動きによって読者から覆い隠してしまうエピソードの作り方に驚かされたわけですね。(このエピソードに関する人間関係がさりげなく現代パートに登場する家系図に書き残されているところは、ニヤリとするところ)。

 このシリーズは基本的に「いい話」なのだけれど、現代パートの真相については結構悲しい物語が裏側にある。特に壮大な夢を持ったある人物が、その夢の大きさがもたらした事実によって悲しい思いをするところ、しんみりとさせられる。単純に面白がらせるだけに終始していないところにこのシリーズの良さがあることを再確認した。
読了している作品に抜けがあるので、そちらものんびり補完してゆく予定。