MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


07/09/04
山白朝子「山白朝子短篇集 死者のための音楽」(メディアファクトリー'07)

怪談専門誌『幽』に発表された覆面作家(著者紹介には、一九七三年生まれ、元編集者趣味・たき火といったプロフィールが掲載されている)の処女作品集。帯に乙一氏による「これは愛の短篇集だ」というコメントが寄せられている。(ただ、帯を付けて表紙を眺めると「山白朝子短篇集  ――乙一」とも読めなくもないと思いません?

父親が殺され、助けを求めてきた旅の少女。彼女は身体は無垢だというのに子供を宿していた。その生まれた子供は、自身が経験していないことを知り、謎の経文を唱えることが出来た……。 『長い旅のはじまり』
厳しいが金持ちの父親の息子。父に黙って家宝を売り払った金で遊んでいたことがばれ、逃げ出した先に井戸があり、彼は底に落ちた。そこには何故か美しい娘がいた。 『井戸を下りる』
森の奥にある工場は何を造っているか解らない。森の中にその廃液が溜まる場所があり、そこに落ちた命あるものは本物の黄金になるのだった。母とぼくはそこで黄金を漁りはじめる。 『黄金工場』
仏師に弟子入りしていた私のもとに少女はやって来た。彼女は師匠に会えず手持ちぶさたに小刀で小鳥を彫っていったが、その出来映えは見事なものだった。 『未完の像』
山には大きな鬼が住んでおり、昔から山に入った人を取って喰っていた。村人はその存在を信じられず、熊に喰われたものだと信じていた。時は流れ、その伝説は生き残り以外にとって意味を為さなくなったある日……。 『鬼物語』
傷付いた鳥を救ってやった山裾に住む父親と娘。その鳥は人の考えていることが解るようで、ずっとその家で暮らしていた。その父親は娘が出掛けたある日に強盗事件に遭遇して死亡してしまう……。 『鳥とファフロッキーズ現象について』
耳の悪い母親が幼い頃から聞こえていたという音楽。そして彼女が苦労して育てた娘。なぜ母親は自ら手首を切ってしまったのか……。 『死者のための音楽』 以上七編。

本書の作者が乙一であろうと、そうではなく無名の新人であろうと、幻想文学として間違いない傑作
 今年でいえば、これが今まで無名の新人であるならば乾ルカを読んだ時と同じくらいの衝撃を受けた。乙一であるならば、乙一らしさが溢れる好作品集ということになるかもしれない。物語そのものの奇想はもちろん、その語り口であるとか、台詞であるとか、背景であるとかに昔ながらの怪談の流れが息づいている印象。 江戸時代や戦国時代を思わせる話から、明らかに現代になってからの話まで時代背景自体は様々に分かれている。だが、特定の時代であるとか地方であるとかを想起させない工夫が全体にあり、物語が普遍的に受け入れられるものとなっている。また、物語を紡ぐ語り口がそれぞれ作品ごとにどうすべきかが周到に考えられており、個々の物語が打ち出す叙情であるとかインパクトであるとかを大きく増幅している。(この点については天然のセンスかもしれない)。
 怪談というよりも、昔話・御伽噺といった昔から息づいてきた”物語”特有の残酷さもまた全体的な特徴のひとつ。その運命であるとか、怪異であるとかが全く容赦のないかたちで登場人物に襲いかかってくる場面が印象に残る。エンターテインメント文学としてソフィストケイトされる以前、生きた物語が持つ特有の生々しさが感じられるのだ。特に『鬼物語』『黄金工場』といった作品でその傾向が強いが、『鳥とファフロッキーズ現象について』といったところにおいても、運命の残酷さというかたちでその生々しい何かは主人公を捉えて離さない。

 乙一的……という点は、様々な人が言い尽くしているようなので、あまり触れたくないのだが、それでも仮に乙一が本書を書いていたとした場合、乙一という名前がもたらす虚像を乙一自らが打ち壊そうとしているのかな……などと思う。(とはいっても乙一氏には別に恋愛小説アンソロジーでも明らかな別名義があったっけ)。いずれにせよ2007年デビュー新人の収穫にして、短篇集として傑作。幻想小説ファン、ホラー小説ファンは間違いなく必読です。


07/09/03
高田崇史「クリスマス緊急指令 〜きよしこの夜、事件は起こる!〜」(講談社ノベルス'07)

表題作(ではないけれど)冒頭の作品は、新世紀「謎」倶楽部の一員として'05年に刊行した『EDS 緊急推理解決院』を加筆変更して再収録した作品。他は『メフィスト』に'05年1月号から'06年5月号にかけて発表された作品+書き下ろし一編。全てクリスマスが何らかのかたちで絡むよう加筆されているものと思われる。全編クリスマスで一部は同じシリーズだとはいえ、作品集全体としてはノンシリーズになる。

親戚の薦めで《EDS》――一般的な警察では対処できない難事件を名探偵が解決させるために作られた施設――に「助師」として配属になった配属になった和藤。師匠となる探偵師は外嶋先生という変人女性、「歴史推理科」の所属である。歴史音痴の和藤が何かと戸惑うなか、いきなり和歌のダイイングメッセージを残した人物による事件が持ち込まれた! 『鏡影【緊急推理解決院 EDS 歴史推理科】』
パーフェクト・オールマイティ・コンサルタント・神籬(ひもろぎ)龍之輔が「K’S BAR」で事件を解決するストーリー。ファッション界の若き女性経営者とヤクザとのあいだで発生したトラブルを、神籬がその裏側にある事情について女性に語って聞かせる。 『クリスマスプレゼントを貴女に 〜K's BAR STORY〜』
化粧品会社に勤めるOLは相手の考えていることが解ってしまうのだ――と神籬にBARで相談する。果たしてそんな彼女の抱えている事情とその出来事の真実とは? 『想い出は心の中で 〜K's BAR STORY〜』
父親が息子のために書いたという設定の変態探偵と変態怪盗とのあいだの謎の対決。敗智探偵事務所にやって来た依頼人は、息子が、勤務する会社でプロジェクト・チームという悪い組織に入っているのではないかと心配をしている。敗智は解決を請け負うが……。 『迷人対怪探偵』
先の事件の報酬として北千住にある健康ランドにやって来た探偵と助手。しかし彼らにとってその健康ランドは恐るべき悪の巣窟に見えて仕方がなかった……。 『怪探偵退場』
オルゴールのコレクションが名物となっている箱根の旅館。ここで宿泊客相手に鳴らしたオルゴールがたまたまひどい演奏になってしまったのだが、聞いた人々はそれぞれ曲から何か奇妙な思いを抱いてしまい、様々なエピソードが入り乱れる。 『オルゴールの恋唄』
平凡で大人しい”ぼく”の中学生活。ちょっとしたきっかけから学内では不良として扱われている山崎と仲良くなった。そんな学校生活のなかでテストの問題用紙盗難事件が発生する。 『茜色の風が吹く街で』 以上七編。厳密には『迷人対怪探偵』に幕間エピソードも入る。

高田崇史・ネタ・アイデアの蔵出し状態! ライトでコアでちょっと可笑しい物語群
 世間的に高田崇史といえば、まずQEDシリーズということになる。しかし高田氏には他にも「千葉千波の事件日記」と呼ばれる堅牢なパズラー作品や、バーで酔っ払う(?)「麿の酩酊事件簿」シリーズなどがある。……が、いわゆるその人気、キャリアに比して、いわゆるノンシリーズの短篇作品が非常に少ない作家でもある。本書は主に「メフィスト」に掲載された作品が中心ながら、二作品以上は同一シリーズといえる作品がないところが特徴。そして、その個々になんというか、これまでのシリーズ作品に入りきれなかった(はみ出してしまった)高田氏のアイデアが横溢しているように感じられる。
 まずお酒。酩酊事件簿でもお酒は登場するが、それを更に特化させているのが「K’S BAR」のシリーズ。実在する某バーをシチュエーションのモデルにし、高田氏本人の分身のような人物が謎解きをする話。本筋とは関係ないが老舗バーの描写が素晴らしい。また後の方の『想い出は心の中で』は、短編でまとめるには忙しすぎているがアイデアをよくひねってあり、優れた短編ミステリとなっている。
 続いてジョーク、というか名探偵もののパロディを凝縮させた『迷人対怪探偵』のシリーズ。「怪人対名探偵」ですらなく、犯人側のみならず探偵側までもが変態であり、常識を非常識に非常識を常識に変換させパラダイムシフトが完全に出来上がっている世界でのドタバタ劇。眩暈がするほどめちゃくちゃで、笑うべきところが笑えず、彼らが大真面目に語っているところが奇妙に可笑しいという不思議な作品だ。一般的には滑っていることになろうけれど、ここまで徹底した作品はなかなか珍しい。
 そして高田氏の青春時代を回想するかのような『茜色の風が吹く街で』。これはミステリにする必要が果たしてあったのか――という、六十年代の青春譚。作者と年齢層が重なる世代がそう多くはない(と思う)ながら、読者それぞれの中学校時代に重ね合わせて思いを遠くに馳せる作品だろう。

 斯様に様々な”高田崇史”が詰まった作品集。 もちろん短編集の題名通りに過半の作品の時期をクリスマスに設定してあり(恐らくこのあたりは加筆)、クリスマスの風物詩としても楽しめる――が、短編集としての本質はそういったクリスマス・ストーリーにはないように思う。高田ファンならばやはり手に取るべきかと。


07/09/02
太田忠司「カッサンドラの嘲笑 探偵藤森涼子の事件簿」(実業之日本社JOY NOVELS'07)

追憶の猫』以来、実に四年ぶりとなる「女探偵・藤森涼子」シリーズの中編集。『J-novel』に'06年7月号から'07年10月号にかけて発表された作品がまとめられている。

六十歳前後の女性・里中芳子から壮年男性の素行依頼を受ける涼子。対象の沖島は、芳子の姉で六十五歳になる浪子の婚約者なのだという。親の遺産や前の旦那の遺産などで悠々自適の暮らしをする浪子の財産を沖島が狙っていると芳子は断言、この結婚は不幸なものだと力説する。沖島の部屋の監視を開始した直後、浪子がその部屋から飛び降りてそのまま死亡、さらに沖島は行方不明になっていた……。 『カッサンドラの嘲笑』
IT企業の顧客情報流出を探るために潜入捜査をしていた飯島美紀。彼女が亡くなったとの連絡が涼子に入った。駆け付けた涼子たちの前に横たわった若い女性の絞殺死体は美紀ではなく、彼女の携帯電話を持った別の人物だった。更にやって来た美紀により、その死体が派遣社員を装った美紀の”同僚”女性であることが発覚する。 『ウンディーネの復讐』
インターネットのサイト経由のみではなく、遂に涼子は小さいながら事務所を開設するに至った。名古屋で孤独死をさせてしまった父親のもと、死の直前まで出入りしていた若い娘がいた――その娘を調べて欲しいという依頼。バンシーを名乗る少女の存在が浮かび上がり、涼子は甘栗晃の助けを借りつつ、真相に迫ってゆくが……。 『バンシーの沈黙』 以上三編。

女探偵のビルドゥイングス・ロマン。シリーズの経過につれ着実に成長する主人公
 OLから探偵へと転身し、探偵事務所で上司に鍛えられ、その上司の事実上の引退と共に当時の仲間と袂を分かち、さらに仲間を得てインターネットを通じて独立した探偵事務所を構えた――というのがこれまでの大まかな流れ。そのあいだに青年女性ならではの結婚問題など恋愛パートもあり、事件を通じて傷付くパートもありと波瀾万丈の活躍を続けてきた涼子も、気付けば中年といって良い年齢となっている。(年齢と魅力は反比例するものではないですからね、一応)。
 太田忠司さんのシリーズ探偵は時間軸は動いていても、非常に緩やかというケースが多いなか、藤森涼子は作品そのものの発表年代とほぼリンクするかたちで年を重ねてきている。個々の事件にミステリとしての魅力があることはもちろん(でなければ連載続けさせて貰えない)であるが、読者にとってはこの実際の時間経過と藤森涼子自身の成長がまた魅力となっている。 この間、主人公の考え方はその時々の状況につれ変化はしているものの、涼子自身の根本的な性質は変わっていない。物語に読者を引き付けるにおいて重要な事柄であるのだけれど、この難しい描写をさりげなく実現しているところがシリーズ全体のポイントだとみる。(これは一冊だけ取り上げて読んでもなかなか気付きにくいところだと思う)。
 共通点として挙げるのが適当でないかもしれないが、職業を持った女性が着実にその分野で経験を積み、成長していく様を描くという方法は、北森鴻氏の冬狐堂シリーズなどでも採用されている。この藤森涼子シリーズと重ね合わせて考えるに、職業人としての技倆、能力、推理等々については、実は双方ともシリーズ初期からそう変化していない(思い切り新人段階は除く)。彼女らが年を重ねていくにつれて着実に経験値を増していると思われるのは、他人からの信用が蓄積された結果からの人あしらいであるとか、周囲からの見られ形の方にあるように思うのだ。つまりは、異変に動じない落ち着きであるとか、そういった事態に対する対処の適切さであるとか。藤森涼子の場合、女性の同僚を”使う”立場になり、その度合いが増してきていて、それが物語のアクセントとしてプラスの方向に働いているとみる。
 読者たるこちらが馴染んでいるということもあるけれど、女性という立場に容易く他人の悪意が付け込んでいた初期に比べると、安心感をもって読めることは間違いない。またシリーズを通して読むと一人の女性が成長していく物語として単なるミステリ連作短編集とは別個の味わいをも得ることができるのだ。

 問題は折角のシリーズであるのに文庫を含めて一気に読む方法がなかなか実現されていないところか。シリーズ完結後にどこかの出版社から最初から文庫にまとめて欲しいもの。あと、本作の最終話「バンシーの沈黙」から、別シリーズの『甘栗と金貨のエルム』とのコラボレーションが実現しており、その点からも今後に注目。


07/09/01
都筑道夫「新 顎十郎捕物帳」(講談社ノベルス'07)

講談社ノベルス25周年記念の企画のひとつ、綾辻・有栖川復刊セレクションによる復刊。題名からもお判りの通り、久生十蘭の傑作シリーズである『顎十郎捕物帳』の世界を借りた、都筑道夫によるパロディ・パスティーシュの世界。

筵がけの宮地芝居で児雷也を演じていた役者が、菖蒲大夫役の役者を衆人環視の舞台の上で斬り殺してしまい、さらにけれんを使ってか舞台から消え去ってしまった。 『児雷也昇天』
土左衛門になりかかっていた水戸の百姓がすくい上げられた。弥次郎というその男、江戸見物した上に大火事まで目撃したというが、そんな事件は起きていない。 『浅草寺消失』
高輪東禅寺のえげれす仮領事館で、日本人の若者が袂時計盗難の角で疑いをかけられ、腹を切るという。仲裁に呼ばれた顎十郎の推理は……。 『えげれす伊呂波』
顎十郎に助けを借りに来る十手持ち、ひょろ松こと松五郎が人殺しの下手人の疑いで捕らえられた。捕り手は与力の藤波。顎十郎はからくり屋敷が事件に絡んでいることから推理を働かす。 『からくり土左衛門』
叔父の頼みで目隠しされた籠に乗ってやって来た、どこかの武家屋敷。娘が狐つきになったのだという。顎十郎は娘から出された謎かけに対し簡単に回答するが……。 『きつね姫』
頼まれて賭場にやってきた顎十郎。大工の棟梁の娘・お花が借金の形に連れ去られた事件を身分を隠して乗り込んで解決しようというのだが、会場の屋敷では殺人が……。 『幽霊旗本』
由緒ある武家屋敷で何かがなくなり、何かが出現するという怪奇現象が繰り返される。謎解きを依頼された顎十郎と藤波は、現場を調べ始めるが……。 『闇かぐら』 以上七編。

名人・久生十蘭世界と名人・都筑道夫世界の混淆は、時代小説と本格推理の饗宴。これ以上ない贅沢。
 久生十蘭の『顎十郎捕物帳』は、創元推理文庫の探偵小説全集『久生十蘭集』にかなりまとまった量の短編が収録されており、うれしいことに今でも普通に新刊書店で手に取ることが出来る。今回『新 顎十郎』を読むにあたり、二、三の短編を再読したが、そこは十蘭の本家の方はさすがの出来で、台詞や描写の名調子に加え人間関係などの特色ある設定、さらにどこか無骨さを感じさせながらも洗練された、意外なトリックが仕込んであるなど時代ミステリ小説として今なお読ませる内容であることを再確認した。
 そんな、顎十郎の深く素晴らしい世界を、都筑道夫がパスティーシュのかたちで仕上げたのが本作。 もともと才能溢れる都筑氏のこと、原作の設定や雰囲気を巧みに取り込みながらも、小説そのものは都筑節が随所に出てきて単なる模倣ではなく、都筑オリジナルの作品としてきっちり仕上げている。(例えば、もとの都筑作品でも特徴的である句読点の打ち方などは、都筑作品そのものであり、十蘭のそれとは似ても似つかないのはご愛敬)。
 また、例えば盗賊の伏鐘の重三郎であるとか、顎十郎をライバル視する藤波友衛だとか、登場人物やエピソードといったところも出来るだけオリジナルを踏襲している。また使用されるトリックにしても(このあたりは読者によって感覚は変わるものと思われるが)、都筑道夫らしい論理のアクロバットが根底にありつつも、久生十蘭もこういったトリックを使ってもおかしくない――といったタイプが揃っているように感じた。収録作のなかでは『からくり土左衛門』、『幽霊旗本』といった作品にて、その双方の混淆が花開いているように見受けられる。

 本書の続編には『新 顎十郎捕物帳2』が控えている。(入手は着実に困難になりつつかも)。そのまだ見ぬ作品を含めて、原作ファンも都筑ファンをも虜にすることが出来映え。十蘭執筆時に取り上げられたトリックとニュアンスも近い。久生ファンも含めて読むだけの(そして復刊されるだけの)価値がある。