MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


08/01/20
山田正紀「白の協奏曲(コンチェルト)」(光文社'07)

初出は『小説推理』一九七八年一〜二月号。ここに前後編として発表されたまま、単行本としてまとめられていなかった幻の長編の初単行本化。山田正紀の冒険小説としては『謀殺のチェス・ゲーム』、『火神を盗め』に続く、本来は三つめの長編だったらしい。今回、日下三蔵氏が著者を説得(とはいえ、山田正紀氏自身はこの作品を何十年ぶりかに再読して「面白い」と言っている)して、刊行に漕ぎ着けた模様。

 都内を活動基盤にしていたM交響楽団は、不吉なジンクスの曲を中条指揮により演奏、スポンサー企業が翌日倒産して解散に追い込まれた。窮地に追い込まれた楽団員の残りは、大掛かりな詐欺を悪党相手に仕掛けて活動資金を集めようとしていた。そこに彼らの悪行の証拠写真が突きつけられる。その脅迫者は若き美女。霧生友子と名乗る彼女は、軽い言葉でM交響楽団のメンバーを彼女の軍隊として動いて欲しいという要求を突きつける。彼女の計画とは、東京をジャックするという大それたものだった。一方、警察の元公安一課の課長・状元は、警察OBの大物・嵯峨と、日本政財界の黒幕・神馬との会談に出席する。彼らは、内閣調査室、公安調査庁、陸幕二部別室とは更に別の、警察による”情報班”を作ろうと目論んでいた。神馬の秘書だという水沢知佐子が提示したアイデアは、海外で活動する謎の女テロリスト・霧生友子を利用して”東京都民撤去作戦”を実行させ、警察の”情報班”に手柄と実績を付けて世論に訴えるというものだった……。

荒削りではあるが、構想は大胆、計画は緻密で登場人物は活き活き。山田冒険活劇、そのもの。
 なぜお蔵入りになっていたのか、分かるような分からないような。確かにプロットも荒削りで、作者が後で述べている通り東京都民撤去作戦の実行動機がこれかい! というようなツッコミはありそうだけれども、山田正紀くらいしか思いつかない構想と、その過程における奇想がファンには堪らない内容。完全なる駄作ならとにかく、今となってはまさに”幻の作品”であり、十分ハードカバーで復刻するに値するレベルにあると思う。
 一種の頭脳テロリズムを扱うテーマ。その実行集団が、訓練されたメンバーではなく、特段に能力はなく苦し紛れに詐欺を働いていた交響楽団メンバーというところ、まず普通思いつかない。さらに、この東京都民撤去というあり得ないような計画の実行過程がユニーク。女テロリストの思惑と、それを実行するだけの警察組織との連携というテーマも、多少無理はあっても説得力があるし(第四の国内情報組織の設立に向けて……というアイデアは素晴らしいのでは)、お約束の政財界の黒幕の登場も、そう違和感はない。さらに、その過程、なぜポンコツの潜水艇が登場するのか、都民をどうやって他の地域に移してゆくのか。そういった個々の方法論についても興味を引かれるし、実行中の交響楽団員の感じている緊張感が読者にも伝わってくる個々の描写も良い。
 また、初期の山田作品で感じられる善悪の曖昧さが本書でも感じられる。詐欺師集団である交響楽団メンバーは果たして悪なのか、警察組織新設のためにデモンストレーションを実行する官憲側は善なのか。女テロリストの手段と目的は、果たして善意なのか悪意なのか。そういったところをぼやかすことによって誰に感情移入するのもOKになり、読者にとっての物語全体の痛快さが増しているように思う。

 一時期、古本屋で漁って山田正紀の冒険小説を貪るように読んでいたけれども、最近ご無沙汰だよなあと本作を読んで気がついた。単に冒険するのではなく頭脳戦も交えた山田冒険小説群はやはり傑作揃い。『火神を盗め』とか再読しようかなあ。あと、本作は山田正紀ファンであればマストアイテムでしょう。


08/01/19
鯨統一郎「なみだ学習塾をよろしく! サイコセラピスト探偵 波田煌子」(祥伝社NON NOVEL'07)

なみだ研究所へようこそ!』『なみだ特捜班におまかせ!』に続く、サイコセラピスト探偵・波田煌子が活躍する連作短編集の三冊目。今回、彼女が就いた職業は表題通りの学習塾。『小説NON』に発表された作品の単行本化。

熱血漢の波田(はた)信人が代官山に開いた小さな学習塾。事務員募集に応募してきたのが波田煌子だった。学習塾の看板を勝手に勘違いして「なみだ学習塾」と書いたところ、意外と好評。二人のバイト学生が中学生を教えるこの塾では、毎回小さな事件が持ち上がる。
社会科の授業を終えた後、塾生の一人が行方不明に。居場所を示す携帯メールが親元にはきちんと届くのだが、全く帰ってくる気配がない……。 『路線図と涙』
数学の授業を終えた後、一人の優秀な生徒が学校の小テストで0点を取ってしまう。彼は意中の女友だちに告白をしていたのだが……。 『相似形と涙』
古典の授業を終えた後、あまり出来のよくない生徒が国語で頑張りをみせ、中学校のクラスの平均点が上昇。しかし別のクラスの平均点が下がり、教師は不正を疑うため気分はよくない。 『清少納言と涙』
英語の授業を終えた後、団地で火事があり登校できなかった生徒の一人が教師からのテストの告知を意図的にさぼったのではないかと疑われ、イジメを受けてしまう。 『疑問詞と涙』
理科の授業を終えた後、マジックが得意な生徒が学校のプチ合宿でエレベーターからの消失マジックを披露。しかし波田煌子はその裏側にある事実に気付く。 『月の満ち欠けと涙』
数学の授業を終えた後、転校してきた風野という生徒が嘘ばかりつくと友人に思われていることが判明。停止した煙突から煙りがあがり、日本からアメリカまで一時間という彼の真意とは。 『確率と涙』
塾で行われる受験前の最終テストを終えた後、生徒の採点をした教師陣が首をひねる。出来る子も出来ない子もなぜか全員が「八十三点」という得点だったのだ。 『基本的人権と涙』 以上七編。

中学生を中心とした日常の謎(鯨統一郎流)と、波田煌子のキャラクタがほのぼのとマッチする
 鯨統一郎の作品というか、文体は非常に軽い。当初は賛否もあったこの軽い文体も、ここまで実績が積み重なるとすっかり鯨作品の「味」として定着した感がある。ただ、本来は重い殺人事件や猟奇事件であってもこの文体で押し通してしまうため、本格ミステリで関係者が思い悩んでいたりしても、何か浮ついているような印象を受けることもあった。今回の「波田煌子」のシリーズは、その点で扱われるのが中学生の体験する日常の謎である点、波田煌子自身がとぼけた味を出している点など、鯨統一郎氏のこの文体と本書のストーリーやテーマといった内容が非常にマッチしているところがひとつ特徴だと感じられた。また、その相乗効果ということもあろうが、文体が軽いながらも以前に微妙に感じられた粗さがあまり引っ掛からなくなってきている。
 ミステリとしては、レベルの差異がかなりあって例えば掲示板の誤認がテーマの『疑問視と涙』、声による錯誤『相似形と涙』といったあたりは物語としてはとにかく、謎解きとしてはあっさりとし過ぎ。一方で、2クラスの平均点の片方が上がり、片方が下がるというテーマについて、細かな伏線から真相を積み上げてゆく『清少納言と涙』は、物語の進め方、ミステリとしての味わいが揃い、単品でみてもかなりの良作。 他、ワンアイデアを上手に活かして膨らませてある『路線図と涙』『確率と涙』も、ミステリとしては評価しづらいながらも面白さという意味では上々だ。また、かなり恣意的な設問なので微妙ではあるが『基本的人権と涙』は、全員が八十三点になる問題そのものよりも、特に成績が良く百点が普通に取れる子までが八十三点で揃ってしまった理由に意外性があった。
 また、鯨氏の文体や、波田煌子のおっとりしながら塾長に対して天然で嫌味を発し、それでいて生徒たちへの目配りは抜群というキャラクタが、学習塾という舞台、さらには中学生の事件に非常に合っており、全体を通じて安心して読めるところも大きい。

 実はあまり目立たないシリーズではあるが、この「サイコセラピスト探偵 波田煌子」は、一冊目から非常に楽しく読んできている。連作ゆえの軽さ(読みやすさ)もあるが、ミステリとしてのアイデアも、それ自体は小さくとも作品内での活かし方がうまく、一冊分ごとに職場を変える気分転換も含め、トータルとして毎回充実したシリーズになっているように思う。


08/01/18
平山夢明「ミサイルマン 平山夢明短編集」(光文社'07)

 投稿・実話ホラー作品の編纂などでこれまでもカルト的な人気を誇っていた平山夢明氏。『独白するユニバーサル横メルカトル』で日本推理作家協会賞を受賞、同作収録の同名短編集が「このミス」2007年版で衝撃の一位を獲得し、一気に市民権を獲得してしまった(?)。本書は、上記栄冠獲得後に初めて刊行された短編集。

どこか違和感の残る昭和三十年代風の時代。麺麭屋の息子で小学生の巳影は朝早くに家を飛び出し海岸へと向かう。そこには大抵、とても絵の巧い軍人・後藤がいたが、巳影の両親は彼が軍人と会うことを快く思っていない。 『テロルの創世』
母親の虐待によってひどく醜い顔になってしまった俺は、ひどい顔の男が好きだという女がいるというスナックに出向く。彼女・ブルーはその通りの女で、俺の血を飲むことが大好き。そして俺たちは付き合いはじめるが……。 『Necksucker Blues』
人狼となった父親を持つテオ。彼は全く外道の能力はなく、妻の杏樹のあいだにあった娘・千鶴が殺されてしまう。テオは父親に恃み、真犯人を捜し出そうとするのだが、妻の杏樹の様子は日々おかしくなっていく。 『けだもの』
女性を生を諦めるくらいに徹底的に嬲り殺し、その女性が発する超常能力を見たいという欲求の虜になった”あなた”。彼は演劇の方法論を用いてターゲットを決めていたが、自分の肉親には性向をひた隠しにしていた。『枷』
八十歳を超える老婆を「愛しているよ」と抱き続ける男・ジョー。彼は単なるろくでもない酔っぱらいであったが耳の聞こえないエミに惚れ込んでしまう。彼女はかつて息子を亡くし、更に彼女の家には大量の黒電話が……。 『それでもおまえは俺のハニー』
リストラで会社を馘になった”あなた”は、家賃の恐ろしく安い一軒家に家族三人で暮らす。慣れないタクシー運転手をするうちに妻の様子が徐々におかしくなりつつあることに気付いた。そしてある晩……。 『或る彼岸の接近』
ひょんなことから知り合ったことから世間的には「異常快楽殺人」を繰り返す二人の男。彼らは一向に捕まらなかったが、ある女性を殺害した際の身体の一部が発見されたことから現場に戻る必要が生じてしまい……。 『ミサイルマン』 以上七編。

恐怖と嫌悪、奇想と妄想の博覧会。汚い世界の哀しい人間たちを冷徹に描き出す才能
 冒頭の『テロルの創世』こそ幻想風味(勿論、平山流残酷風味が振りかけてあるが)の勝ったSF冒険譚である。残酷な描写はあるものの、希望を感じさせる結末を含めて広大な世界観を短編に圧縮することでパノラマを眺めながらジェットコースターに乗るような独特の読書感覚を味わえる。
 ところが、二作目『Necksucker Blues』以降、むしろ物語はグロと狂気の衣を纏い、それを前面に打ち出しながらも、別の何かを訴えてくるという不思議な文芸がずらりと並ぶ。その『Necksucker Blues』では、特殊嗜好を持つ女性にのめり込んだ男が陥る苦悩を、『けだもの』では人狼奇譚を描きながら親子と夫婦の情愛を、『枷』もまた女性の身体を究極までに破壊しつくしつつ殺害することで得られる超常現象に嵌った男が陥る愛情と意識との矛盾に苦しむ様を、『それでもおまえは俺のハニー』では、アル中のろくでなしと難聴の女性との究極の愛情と恐怖を、『或る彼岸の接近』では、呪いの家に住む家族が陥った恐怖をクトゥルー風に演出し、最後は家族愛でぽつんと落とす。
 そんななかでも圧巻は表題作の『ミサイルマン』。これはググると判るが「THE HIGH-LOWS」というアーティストの曲名から題名が付けられているらしい(実際に物語内部でもBGMとして流れている)。行きずりの女性を玩具のように壊し殺しいじり弄び埋めて楽しむ二人の若者たちの、謎の兄弟仁義。 弟分が自分のサイフを探しに腐乱死体に掘り出し弄る場面、さらにその彼らの仁義と不気味な夫婦愛がぶつかりあうクライマックスシーンはインパクト強すぎ。夢に出そうだ。(そして出たら嫌だ)。
 不思議なのは、これだけグロく、これだけ醜く様々な場面が描写されているのに、実験的文体、一人称問わず文体自体はストイックに物語を綴っている点。読者として物語には入り込むけれど、登場人物心理に見事なまでに移入しない。むしろ移入されないように配慮されているのかもしれない。

 不快な場面、不快な登場人物がもたらす不思議な快感。 麻薬のような作品である。もちろん誰にでもお勧めできるものではないけれど、ツボに嵌ったら抜けられない。そういった毒々しく生々しい魅力に溢れた作品集。ある意味、読書の通人たち多数が、先の作品集を、つい「このミス」に推してしまったことも何となく頷ける。


08/01/17
二階堂黎人「双面獣事件」(講談社ノベルス'07)

二階堂黎人氏の代表シリーズである、”二階堂蘭子”シリーズの長編では七冊目、シリーズ全体ではちょうど十冊目にあたる作品。『小説現代増刊メフィスト』'05年1月号〜'06年5月号、さらに『WEBメフィスト』'07年7月号〜11月号にかけて発表された作品に加筆修正が加えられたもの。

 「人間を目から発する光線で焼き殺し、口から吐く黄色い息で肌を爛れさせ窒息死させる二つのゴリラのような顔と四本の腕を持つ“双面獣”。この醜悪なる化物は次々と殺戮事件を引き起こし、奄美の人々を恐怖へと陥れた。魔獣誕生の秘密とは? 殺戮事件の全貌とは?名探偵・二階堂蘭子の謎解きの冒険が始まる。だが彼女を待ち受けていたのは、魔獣を超えた真の悪魔であった―。」(引き写し)
 『魔術王事件』と並行して発生していた九州の事件。ラビリンスの残した四つの白骨死体と、その館から秘密裏に輸送された荷物の行方を追い、二階堂蘭子と黎人、そして中村警部は宮崎県へと飛ぶ。一旦、荷物が下ろされた館の持ち主は日向家。 その当主との面談で、最近この家に何かの事件が起きたらしいことを蘭子は看破する。更に新たな証言を得て、蘭子たちは鹿児島、そして奄美へと飛ぶのだが……。

どこをとっても確かに蘭子シリーズ。だが、その異端児となるのかターニングポイントになるのか
本書のカバーを裏表、帯を裏表をどこまでみても「傑作巨篇」といったコメントが踊ってはいても「本格推理」「本格ミステリ」といった言葉が書かれていない。(本書の内容説明において)。つまりは本作、二階堂作品でありながら、少なくとも本格ミステリであるという主張が放棄されている。
 前作『魔術王事件』を読んだ時にも旧い探偵小説のような印象があると書いたが、本書はその方向性を更に強力に押し進めている。本格や推理という言葉抜き、探偵小説とSF小説が未分化で混沌としていた戦前〜戦中時の空想科學冒険小説(學の字はわざと旧字にしてみた)にテイストは近い。その意味での物語展開は実にスリリングであり、楽しませて頂いた。
 とはいえ百人以上の人々がぐちゃぐちゃスプラッタに殺害され、その描写も生々しく、少なくとも少年少女向けとはいえない。その一方で会話文を中心に冗長と思われる部分がかなりあり、洗練された文体を求める向きには辛いかもしれない。更に本作の場合は文章・設定・登場人物全てを引っくるめて「何でもあり」を許容する度量も読者に要求される。物語と設定、文章のベクトルがどうもばらついているようにみえるのもここのところの二階堂作品の特徴かもしれない。
 本書で重要な役割を果たす双面獣という怪物は、実は(ネタバレ)人間が化けていたといったオチなどなく、あくまである理由から生まれた生き物であることになってしまっている。この設定を二階堂氏が採用した段階で本格ミステリを標榜してきた二階堂蘭子シリーズ全体を変質させてしまうリスクがある。 つまりは目が光って云々、息を吹きかけると云々といったところに判じ物があるとはいえ、全ては物語が双面獣の存在を許容している段階で、読者にとっては「何でもあり」。従って、様々な不可解な事態が、別にそれが双面獣の能力であろうとなかろうとどちらでも良いと思うのが普通だと思う。結果的に『魔術王事件』で感じた、乱歩らが描いてきた「怪人対名探偵」の世界を突き抜け、少なくともこの作品単体としては一般的な伝奇的要素の強い小説だと判断せざるを得ない。(その意味では乱歩というよりも海野十三であり、香山滋に近いように思われる)。

 とはいえ、江戸川乱歩にしても初期本格推理・謎解き作品だって『怪人二十面相』だって主な探偵役は明智小五郎なわけで。今後も二階堂氏は氏ならではの世界を追求してゆくのだと拝察する。ただ、本作が二階堂作品のある種のターニングポイントになるのか、それとも突然変異なのか。今後のシリーズ展開によってそれもまた確認することができるだろう。


08/01/16
黒田研二「ナナフシの恋 〜Mimetic Girl〜」(講談社ノベルス'07)

最近は漫画『逆転裁判』の脚本が好調らしい黒田氏。もともと『ウェディング・ドレス』でメフィスト賞を受賞してデビューしているが、講談社ノベルス登場は久々で〈ハーフリーフ〉保育園シリーズの二冊目以来。書き下ろし長編。

  明日の昼一時に新しい教室で待っている――夏休みのさなか、クラスメイト・久遠麻帆の携帯メールで呼び出された男女六人。しかしその麻帆は二十五日前に飛び降り自殺を図り入院中。確認してみたが、今現在も意識不明で病院にいることは間違いない。麻帆の携帯はその自殺未遂の時から行方不明になっている。呼び出されたのは麻帆の親友と目される吉住沙耶、沙耶とともに事件現場を目撃した野球部員の堺谷冬馬、その冬馬に憧れる手嶋結衣と、しっかり者の川畠瑠奈 。更にクラスのお調子者の窪寺昇平と、かなり暴力的だという噂の無口な柔道部員・野方大輝。沙耶を除けば、麻帆と特に仲が良かったわけでもなく、それぞれクラスでも存在感が薄かった麻帆との繋がりはほとんどなく、呼び出される心当たりもない。ただ各人は事情があって目立たない彼女とは携帯アドレスを交換していた。彼女自身について、自殺未遂現場に残された消火器や移動させられた教卓の謎。彼らはそれぞれの持つ情報から事件の真相について迫ってゆく……。

限られた関係者による議論型安楽椅子的推理。しかし、その裏側で静かに仕掛けが醸成されている
 関係者が何者かによって集められ、過去に発生した事件について互いに語り合うという姿。その事件そのもののリアルタイムの描写は物語にはなく、関係者の視点によってそれぞれの口で事件や、その周辺状況についての知識を出し合って謎解きを進めてゆく――。 トリックはとにかく、シチュエーションとしては(黒田研二氏が敬愛を表明している作家でもある)岡嶋二人『そして扉が閉ざされた』にどこか共通した雰囲気をまず感じた。
 事件そのものは、校舎から女子生徒が飛び降りた(と思われる)もので、この青春小説の流れのなかでは大事件であるものの、ミステリとしての派手さは低い。その地味な事件のなかにさりげなく隠された伏線や背景、そして状況を彼らの話し合いのなかから浮かび上がらせてゆくのが本書の眼目だ。ただ、確かに様々な手掛かりは会話のなかに仕込まれているが、読者に謎解きをしてもらおうという意識は作者にあまりないように思う。彼らの性格であるとか行動であるとかが重要な役割を果たしており、最終的に補助線が全て結ばれた真相の構図が、読者に静かな驚きをもたらしてゆく作品であるといえるだろう。
 その真相は、かなり過激にして突飛なものに答えだけ聞くと思われるかもしれない。だが、本作はそこに至るまでの登場人物の性格描写を回想を巧みに交えて、教室内の議論で静かに積み上げていっている。その結果、結末については物語の内部では非常に説得力高くなっている。 特に、その場所にはいない麻帆の様子や彼女の本当の姿が語り合いによって浮かび上がってゆく展開が秀逸。普段から目立たなかった麻帆の顔つきすら皆思い浮かべられないだとか、存在感が薄すぎて事件になってしまう麻帆の修学旅行のエピソードなどかなり強烈なインパクトがある。

 ラストにちょい登場人物の性格に揺らぎがあるようにみえるながらも、爽やかな終わり方を迎えており、中盤に登場した小道具を伏線に気持ちよくさせている点なども気持ちが良い。ミステリとしては若干地味ながら、しっかりとしてまとまりの良い青春小説として佳作であるといえるだろう。


08/01/15
大槻ケンヂ「ステーシー 少女ゾンビ再殺談」(角川ホラー文庫'00)

'97年に角川書店より刊行された単行本が文庫化されたもの。もとは『月刊カドカワ』に掲載されていた模様。文庫版のあとがきによれば、本書執筆当時の大槻ケンヂ氏はかなりひどいノイローゼ状態だったとのこと。

 近未来。そこでは十五歳から十七歳の少女たちが謎の死を遂げ、ゾンビのような屍体となって蘇って生きた人間を襲う”ステーシー”という現象が蔓延していた。増え続ける彼女たちを再び殺すためには、その身体を百六十五以上の肉片にまで切り刻む必要があった。少女たちが”ステーシー”になる直前は”ニアデスハピネス”という多幸状態になり、非常に幸せそうにみえるのだが、そこから彼女たちは例外なく”ステーシー”となってしまう。街では、愛する娘や恋人を自らの手で切り刻む父親や男たちが号泣しながら電気鋸を振るっている。また、そういった人々から再殺してもらえないステーシーは、組織化された再殺部隊の男たちによって、様々な方法で機械的に切り刻まれるか、身体に二百発以上の銃弾を受けるかするしかない。そんな世界における、男たちとステーシーとの行き場のない愛情の物語……。

奇ッ怪な現象を紡ぎ上げ、そのなかでの人々の苦悶や生き様を純粋に描き出してゆく……
 レーベルが角川ホラー文庫である先入観があるかもしれない。年若き少女を一様に醜いゾンビにしてしまう発想、更には彼女たちを再殺するためのスプラッター場面、更には地球を救う畸形たち……と、少なくとも一般的常識の通用しない世界と物語が並ぶ。 偶然出逢った少女から再殺の権利を押しつけられた中年男。山奥の女学校に再殺に出向いた一個小隊の狂気。再殺を自らの仕事として飛び込むうちに運命の若者と出会ってしまう畸形の少女。世界設定はそれでなくとも強烈なのに、物語のディティールがその強烈に歪んだなかに更にインパクトをもって描かれる。
 特に中盤の多くを占める”ステーシーの美術”が圧巻。長期間山籠もりをしながら、本部の指示を待ちながら順に少女たち(=ステーシー)を殺してゆくしか仕事のない男たちの狂気。ステーシーとの性交が死を意味するゆえに、目の前に美少女を並べながら欲求を歪んだかたちで満たすしかない状態。狂気の世界で狂気の視点で狂気を描く。 自分の肉親である妹が遠く離れた場所でステーシー化していることを無線で知らされる隊員。ステーシーを無惨に傷つけることで欲求を満たす男。そんな状態から、なぜか人間の哀しさが滲み出てくるのだ。
 他にもステーシーに対する、見返りのない愛情であるとか、ステーシーに愛を注ぐ男に対する別のかたちの愛であるとか。男たちが胸に秘めている、様々なものへの愛が歪んだかたちで放出されている姿は、やはり哀しいとしかいいようがない。執拗にグロな描写が繰り返されながらも、単純なスプラッタホラーを超えた何かが内包された物語である。

 さすがにミュージシャンでもありながら星雲賞を受賞してしまう大槻ケンヂ氏の才能は伊達ではないということか。とてつもなく奇妙で、それでいて究極なまでに残酷で、そして平和なラストを迎えながらも、愛のかたちすら変容してしまう世界に大きな哀しさを感じる。変すぎて、心に残る。そんな作品。


08/01/14
太田忠司「五つの鍵の物語」(講談社ノベルス'07)

ミステリにおいては様々なシリーズ作品を誇る太田忠司氏だが、実は『黄昏という名の劇場』や「異形コレクション」に収録される作品等々においては幻想小説系統の作品も少なくない。本書は「鍵」を巡る物語五つが語られる連作短編集。ノベルス版ながらフジワラヨウコウ氏による各章扉のイラストが美麗。

寂れた地方都市にある、地元の人々ですら知らない博物館。新たな物語を紡ぎ出すことができなくなりかかっていた作家”私”は、出版社の編集者から紹介された「五つの鍵の博物館」を訪れることを決めた。地元で「鷺之屋」と呼ばれる鍵屋を訪れた私を出迎えたのは十代の少年少女。彼らは私を別室に案内する。そこは真っ白な部屋、そして――。
山の奥深くにある打ち捨てられた別荘地に住む永峰氏のもとを訪れた鍵職人。「ルイ十六世の鍵」があると聞いていた職人は、そこに数多くの美しい蝶の標本と、そして「ルイ十七世の鍵」の設計図を渡される。十歳で世を去った十七世が作りたかった鍵を、実際に再現して欲しいというのが永峰氏の依頼だった。 『17世の鍵』
気付くと記憶を喪ったまま多数の扉がある館で目覚めた女性。その館には八人の男女がおり、皆、記憶がなく六桁ものランダムな番号が記された鍵を一つだけ所持していた。その番号に合う扉を探して、片っ端から全員で調べてゆくのだが……。 『黒曜の鍵』
十一年前、パソコン通信のフォーラムで知り合った”姫”からの招待状。”オクタ””まるねこ””タカさん”と共に千博は車でも数時間かかる”姫”の屋敷を訪れた。そこで千博は智也と佑梨子の兄妹と出会い、智也の”終身刑”に立ち会う。そして今、佑梨子から智也が破獄したとの連絡が……。 『非在の鍵』
田舎から出てきてテレビ俳優をしている利弘は三十年ぶりに帰郷する。かつての友人・知人も年齢を重ねていた。利弘は子供の頃、禁断の祠に向かう途中で幼馴染みが行方不明になった事件があったことを思い出す。そして今また祠に足を向けた利弘は……。 『夜獣の鍵』
麻美は急死した従兄弟・新岡辰巳の葬儀に出席した。辰巳は二十四歳、しかし死の直前は不眠に悩まされ、鍵がないと言っていたのだという。その麻美の元に届いた謎の封筒。「眠り男が、やってくる」と書かれた便箋と鍵が一つ。封筒は辰巳のところで見たものと同じだった。その日から麻美は何かに追いかけられる夢を見るようになる……。 『眠りの鍵』
 以上五つの物語。そして……。

奇想と破滅的な美しさが溢れる幻想短編集。ミステリの範疇からはみ出す太田忠司の夢想を堪能
 どれも「鍵」という物体と、その「鍵」にて開かれる扉(世界)、閉じられる扉(世界)を文字通り「鍵」にして展開される幻想風味溢れる短編が揃った。プロローグとエピローグのかたちでその短編への入り口を用意してくれているのが太田氏らしい。しかし、その入り口出口がなくとも短編それぞれが、一編の物語として勝負できるだけのクオリティを誇っている点は注目されよう。また、全てに「鍵」が登場することはするが、形而上の鍵と形而下の鍵、物質としての鍵、別世界の扉を開くという意味での鍵……と、様々な使われ方がしており、五つの短編それぞれで全く味わいが異なっているのが特徴だ。太田忠司氏は、一部では怪奇幻想小説の書き手としてもきちんと評価されており、その評価を裏付けるだけのレベルをキープ、さらに発展的に進めていった内容だといえるだろう。
 個人的には館ものミステリで感じるサスペンス感覚と近しい、無機質でかつ妖しい雰囲気と緊張感が漂う『黒曜の鍵』、そして幼少の頃へのノスタルジーと土俗的和のホラーテイストが巧みに溶け合う『夜獣の鍵』の二編が特に心に残った。改めて考えると、幻想小説の好みにおいても、世界観のみならず物語に一定のサスペンス感覚があるものの方が自分の好みに合うようだ。その意味では『眠りの鍵』の悪夢のなかで何かに追いかけられる感覚と、ぶつっと断ち切られつつも更に余韻を残すラストもイメージが膨らむ面白さがある。これについては太田氏の別の得意分野であるショートショートに収まりきれなかったアイデアが短編に膨らんだようにみえる。その分、短編であることによって独特の世界観が強調される『黒曜』と『夜獣』の方が好みとして上にある……というのが(あまり意味のない)自己分析ではあるのだが。

 もちろん読んでいるあいだはこんな分析めいた感覚はなく、ひたすらに太田氏が創り上げた世界のなかを登場人物と共に漂うような気持ちで楽しんだ。オチを求めて読むというよりも、不可解で不条理な世界観のなかに放り込まれることによる独特の緊張感と浮遊感。 そういった感覚で素直に物語に溶け込むことが出来る読み手(つまりは幻想小説ファン)の方にお奨め。


08/01/13
清涼院流水「パーフェクト・ワールド What a perfect world! Book.11 Eleven-plus〔選抜試験〕」(講談社BOX'07)

講談社BOX刊行記念、京都と英語と運命を描いた大河小説十二ヶ月連続刊行の十一冊目。

絶対に外れない占い師”黒老婆”こと、明神ろくろによって自らの命が終わる日が十一月二十八日と明言されてしまったエース。十月の最後に彼は今年の一月から交際してきた「レイ」の正体を言い当ててしまう。京都、ひいては世界転覆計画を阻止するため、自らの命を終わらせることにためらいを無くしたエースは、鍵となる「ワンネス」に辿り着く決意をする。そのためには「ワンネスの13人」を集める必要がある。その方法は、エースが相手の引くカードの数を予告し、その引いたカードがその通りである必要がある。またエース以外の12人は既にエースの知る人間のなかにいるのだという。先月までに両親はその13人に含まれないことを確認、教え子の九条大紀、若宮菜々、姫沢凛の三人、そして留学生の王美蘭がそのメンバーだということが判明している。候補になるのは「レイ」や、明神サトル、そしてエースの親友でプロ野球投手でもある神田特球……その他には一体誰が「ワンネスの13人」なのか。また、ワンネスの13人は、今から二千年前にも集められ同じような役割を果たしていたことをエースは知る――。

いよいよ。
 実はこのタイミングで入ってきた今回テーマとなっている英語のパートが、実際の英会話では結構役に立つもの。というのは、英語での会話をする際には必須ながら、なかなか学校英語で教えてくれない”相槌”の使い方を様々なヴァリエーションで紹介してくれている。基本のUh-HuhからYou did it! に至るまで「なるほど」「本当?」「すげえ」「やったね!」といった、ひとことでニュアンスを返すような短いセンテンスが多数掲載されている。本書のカナ英語による説明部分だけ抜き出せば、結構本気で現代風英会話ガイドとして機能するように思われる。(結構本気で)。
 さて、物語は佳境。謎は謎として残されているのは「ワンネス」そのものが一体何なのか、そこでエースが果たす役割と運命と、そこに向かうべき「13人」が一体誰なのか――という点か。本作は主にその最後の一点、13人探しに内容のほとんどが割かれている。結果としてこれまでの十冊に登場してきた人物が複数”復活”を遂げている。(ほとんど忘れかけていた人物がまた現れたりもしている)。ただ、それ以外の点についてはまだハッキリしない点も多く、物語を通じての全体の謎などは、最終巻に持ち越されるようだ。

 従って、本作はクライマックスに至る直前の準備段階を描く一冊という意味合いになる。脚の不自由な主人公が本当の意味で成長するのか、ビルドゥイングスロマンに本シリーズが成り得るのか、物語全体としてどうなるのか、最終判断はやはり最後の一冊を読んでみないと分からないか。


08/01/12
伊坂幸太郎「ゴールデンスランバー」(新潮社'07)

帯によれば「2年ぶり1000枚 直球勝負の書き下ろし大作」とのこと。人気作家の宿命ゆえ雑誌掲載→単行本化の流れが強かった? 『砂漠』以来ということだけれども、『砂漠』の時も一年半ぶりの書き下ろし長編といわれていたのでまた暫く書き下ろし長編は遠いかもですね。

仙台市内で行われた金田首相の凱旋パレードの最中、ラジコンヘリによる爆弾によって首相が暗殺される事件が発生した。仙台市内では先般より発生していた連続通り魔事件対策から”セキュリティポッド”と呼ばれる情報収集機器が市内各所に設置しており情報が集められた結果、青柳雅春という容疑者が浮かび上がったと発表がなされる。青柳はかつて仙台市内でストーカーに襲われかけていたアイドルを救った宅配便ドライバー。現在は会社を辞めている。――その青柳雅春は最近、奇妙な出来事に次々遭遇していた。アイドル救出からかなり時間が経過してから会社に執拗な嫌がらせが発生、辞めざるをえない状況に陥れられる。電車で痴漢騒ぎに巻き込まれたところを旧友・森田森吾に助けられる。そして首相パレードがある今日も森田に呼び出されていた。森田は青柳と学生時代、ファストフード友の会で馬鹿騒ぎをしていた頃のことをいろいろと懐かしむ。後輩の小野一夫、かつて青柳と交際していた樋口晴子、そしてバイトで世話になった花火会社の轟社長……。そして森田は最後に青柳が罠にかけられかけていることを告げる。逃げろ。お前はオズワルドにされるぞ。森田の車から降り立った青柳は警官から突如発砲される。そして青柳雅春の逃走が始まった――。

これはもう素直に、ごくごく素直に伊坂幸太郎の(これまでの)集大成としての傑作でよいかと
 舞台設定といい、登場人物といい、下敷きとなっているケネディ大統領暗殺事件から導き出される国家VS個人の虚しくなるほど強弱差のある戦いといい、マスコミの過剰な横暴に対する戦いといい、警察はじめとした権力サイドにおける個人と組織の考え方の問題といい、大人になってから振り返る学生時代のノスタルジー、更には疎遠になっていてもいざという時に蘇る友情といい、本当に追い込まれた個人が最後に恃む力が”信頼”であるところといい――これまでも伊坂幸太郎が書いてきたこと、書かないできたこと、書いてもおかしくなかったこと、読者が書いて欲しいと願ったこと、全てといわないまでも数多く含まれ、それらが全てバランスが取られたかたちで物語の中に有機的に組み込まれている。 それだけでも小説として凄いこと。
 基本的には、”ケネディ暗殺事件”を近未来日本風に再現し、スリリングなサスペンス。伊坂幸太郎が他の作品世界も含めて描くところの政治世界では日本の首相は公選制。確か『魔王』でも現代日本とは異なる日本を舞台に政治を描いていたように思う。特に巧いなあ、と思うのは”見えない敵”の描き方。二十年後のノンフィクションライターによる一人称含め、本作では最後までそれがどういった存在なのか判らない。ただ、何かが計画され、不慮の事態と関係者の暴走によって、恐らく首謀者も必死にコントロールせざるを得なかった……というような図式が、直接描かれていないのに”感じさせられる”点にある。
 そして本作最大の特徴は、そのまま伊坂幸太郎の作品の特徴ともいえる縦横無尽に張り巡らされた伏線の妙にあることはもちろん。時系列の前後によるもの、個人の性癖にかかわるもの、視点の差異によってもたらされるもの等々、恐らく人によって唸らされるポイントは異なると思うし、それぞれ深い味わいがある。個人的にはキャバクラでの浮気とか、鼻をかくところだとか。何よりも第一章と各ポイントポイントの繋がりなんかもツボでした。「だと思った。」なんてエピソードも良いですね。本書くらい伏線が張り巡らされていると、手法としての”伊坂的伏線”の使い方、使われ方の特徴もみえてくるところもあるが、まあここで書くようなことでもないか。

 上記で(これまでの)としている通り、現段階では集大成という点に異論無し。ただ伊坂幸太郎ならではの面白みは様々なかたち・作品で今後も現れてくると思うので、今後また別のかたちでの”最高傑作”が書かれるに違いない、と今後も期待し続けたい。


08/01/11
小路幸也「HEARTBLUE」(東京創元社ミステリ・フロンティア'07)

同じくミステリ・フロンティアから刊行された「HEARTBEAT」、まさかの続編。書き下ろし。前作は前作でほぼ完結といった内容だったので続編が出ること自体に驚いたが、実は三部作が予定されているそうです。

ニューヨーク市警にある失踪人課に勤めるダニエル・ワットマン。彼の父親もまた警察官であり、母親を早くに亡くした彼は父子二人で生活している。彼らの生活にはワットマンとも同僚である女性レベッカがいる。レベッカはかつてティーンエイジ・ギャングだった過去があるが、ダニエルの父親のディヴィッドの尽力で更正、今や警察官となっている。ダニエルのもとにかつて〈地下〉で暮らしており、ある事件をきっかけに知り合った少年・サミュエルが訪ねてくる。サミュエルはかつて共に地下で暮らしていたガールフレンド・ペギーが失踪した事件を調べて欲しいと依頼。調査の過程でペギーは自殺していたことが判明。しかしダニエルは現場に残されていた胡桃のキーホルダーに引っ掛かりを覚える。一方、ハリウッド映画などにも参加する天才CGクリエイターの巡矢(めぐりや)は、同じくNYに住むフォトグラファーの恵野かんなから、幽霊の写っているという写真を見せられる。その写真には少女と共に旧知のダニエル・ワットマンが撮影されていた。その写真を持ってダニエル宅を訪れた巡矢だったが、ダニエルは不在、在宅だったディヴィッドは写真を見た瞬間に発作を起こして倒れてしまう……。

ニューヨーク幽霊譚再び。人と人との静かな友情・愛情を感じさせるファンタジー・ミステリ
 前作で登場した人物や関係者の名前がしばしば登場し、主要登場人物に重なりはあるものの、ストーリーとしては別の話でこちらから読んでも差し支えないようになっている。(後で『HEARTBEAT』が必ず読みたくなるものとは思うが)。
 大まかには二つのストーリーによって構成されている。一つは、失踪人課に勤める警察官が二人の自殺した少女の共通点に気付いて追いかける話、もう一つは、CGクリエイターが幽霊の謎から、警察官の友人家族にまつわる秘密に立ち入ってゆく話。この二つの物語の行き着くところは同じ、即ち過去の悲劇。
 物語が全編NY近辺で進行する点、そして一部の人には幽霊が”見える”ことが肯定的に描かれている点でファンタジーとしての体裁が整う。(海外だからファンタジーという意味ではなく、警察組織などに多少架空の設定があったとしても説得力があるという点ね)。また、特徴的なのは関係者が互いに相手のことを慮っている点。巡矢とワットマンなど、この作品では直接顔を合わせない。レベッカ、サミュエル、クレイといった面々にしても、タフでありながら人間関係についてはナイーブな優しさをもって事に接していて読んでいて清々しく思う。過去におきた事件はいわゆる”厭な”事件であり、その表層・深層にしても哀しさを強く感じる。だが、暴く必要のない秘密は秘密のままに葬り、贖罪は贖罪として償わせ、結果としての最善を求めようという関係者の姿勢が様々に重なって、物語全体の雰囲気を独特の温かみで包むことに成功している
 あと、あくまで巡矢と恵野かんなが友人関係であることが逆に目隠しとなっているため、最後に明かされるレベッカとワットマン家の関係がサプライズになるとか、問題のビデオテープをある関係者が実は最後まで目にしていないことが結末のエピソードに繋がるとか、構成上としてはかなり緻密に作られている点にも注意しておきたい。

 『東京バンドワゴン』のような現実ベースのホームドラマ系統、デビュー作品である『空を見上げる古い歌を口ずさむ』のような架空の街・設定を巧みに持ち込んだ作品など引き出しの多い小路幸也氏ではあるが、本シリーズもまた氏を代表する作品となってゆく予感がする。