MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


08/03/31
高畑京一郎「タイム・リープ あしたはきのう」(メディアワークス'95)

 高畑京一郎氏は第1回電撃小説大賞金賞を『クリス・クロス 混沌の魔王』で受賞してデビュー。緻密な構成と安定した筆力から実力派とされているが寡作。本書もタイムスリップ型SFとして、ライトノベル界隈を越え一般SFファンからも高い評価を得ている作品。後に電撃文庫入りし、映画やラジオドラマにもなっている。

 ごく普通の女子高生・鹿島翔香は、気がつくと同級生・若松和彦の部屋で目を覚ます。翔香の言動に「腹が痛い」と笑い転げる和彦に腹を立てた翔香は和彦の部屋のある二階の階段から足を滑らせて転落する――「夢?」 自宅のベッドで目を覚ました翔香は、いつも通り学校に行くが、どうも様子がおかしい。自分の記憶のなかでは月曜日のはずなのに、なぜか火曜日なのだ。友人に確認しても火曜日であることはもちろん、月曜日も翔香は普通に学校に来ていたのだという。日曜日の夕方から記憶がないことに気付いた翔香は一旦は開き直ろうとするものの、やはり気になって仕方がない。帰宅後、机に向かった翔香はふと気付いて自分の日記帳を取り出す。そこには「あなたは気が狂ったわけではない。今は混乱しているだろうけれど心配するな。ただしこのことを相談していいのは若松君だけ。最初は冷たい人だと思うかもしれないけれど、彼は頼りになるから」といった内容が自分の筆跡で残されていた。翌日の水曜日。和彦を問い詰めようとするのだが、なかなかチャンスはない。さらに友人たちも何故か自分に黙って昼休みに謎めいた行動を取る。ようやく図書館で和彦と話す機会を得た翔香だったが、彼はけんもほろろに彼女を扱う。しかし校舎に向かう途中で何かが上から落ちてくることに気付いた瞬間、翔香は木曜日の朝を迎えていた……。

タイムパラドックスを実に丁寧に処理。そして物語として、青春小説としても完成度が高い作品
 今さら書くまでもないことだろうが、いわゆるタイムマシン、タイムトラベル、タイムスリップといったテーマを扱うと必ず直面する問題がタイムパラドックスと呼ばれる現象だ。(過去に人間が出向くことで発生する論理的矛盾、例えば親殺しのパラドックスであるとかいろいろあるのだけれど、興味のある人は調べてください)。むしろ近年のタイムトラベル系SF作品は、そのパラドックスの扱いがどうなっているのかに注目されるようにも思える。ミステリと取るかSFと取るかは人それぞれだろうが、北村薫の時と人三部作(『スキップ』『ターン』『リセット』)など、ミステリ畑からのアプローチも多い。
 とまあ前置きが長くなった。本書もそういったタイムスリップもののなかでも正々堂々その分野内部の代表作として挙げられる作品である。確かにその処理が非常に巧い。普通の女子高生が危険を感じたり、衝撃を受けたりすると一週間程度のなかで別の時間帯に意識が飛んでしまう。ここで登場するのがナビゲーター役としての若松和彦。 冷静かつ秀才である彼が、未来が変わらないように翔香にアドバイスを行うところがポイント。別に和彦も全能ということではなく、彼のなかでの論理的な考え方が最善を尽くしているだけなのだが、その「タイムスリップしない側がタイムスリップする側をナビゲートする」という行為自体が斬新なアイデアだと思う。また、この場合は未来も過去もかなり既に決定されているようで、翔香が多少何かを思いついて行動を変化させたと(信じていたと)しても、どうも時間自体の流れは運命的に一方向で既に決定づけられているようだ。中盤までは事象の解析に読者の興味を引き付けておいて、後半部に今度はなぜ翔香にこのような事態が起きたのか、未来から過去に対して交渉含めて推理がなされていく過程もなかなかスリリング。また、過去からの手紙や情報のコントロールといったところも丁寧に処理されていて矛盾がとりあえず見あたらない。特にプロローグで和彦が腹を抱えて笑う場面が出てくるが、これも読み直すと秀逸な伏線だと感じられる。
 その他、過去と現在を巧みに操って翔香が「なぜタイムリープ現象に巻き込まれるようになったのか」という根本的な謎にも理由付けがされている点もさりげなく巧い。さらには危害を加える人物を特定していく過程が過去未来にわたっている点もまた面白い。これらが各人の行動に伏線として現れている点、あくまで翔香視点で描かれているため、読者もまた煙に巻かれてしまう。こういった伏線の妙から得られる満足感は、良質のミステリを味わった時のものと近い。

 今さらながら読みました、というのが正直なところ。発表されて十年以上経過した作品ではあるものの、全く古びていない点も素晴らしい。他にもタイムトラベルを扱った素晴らしい作品は世の中に多数ありますが、それらと比べて全く遜色なし。むしろライトノベルとして本書に触れることの出来た当時の読者が羨ましい。そんな作品です。


08/03/30
三津田信三「山魔(やまんま)の如き嗤うもの」(原書房ミステリー・リーグ'08)

 『厭魅の如き憑くもの』から開始され、同作や『首無の如き祟るもの』が高く本格ファンから評価を得ている刀城言耶シリーズの四冊目にあたる作品。時期的には『凶鳥の如き忌むもの』の直前の事件ということになるようだ。

 奥多摩を流れる媛首川の源流域にある山中にある神戸。人里離れた山林地域であるこの神戸には初戸や奥戸といった幾つかの集落があり、山林家や炭焼を生業に暮らす人々が集まっていた。そのなかでも有力な一族の一つが初戸の郷木家。郷木家の四男として生まれた靖美(のぶよし)は、頑健な三人の兄に比べるとひ弱で、偏食もひどい一方、勉強はそこそこ出来た。彼は山の暮らしや一族との暮らしに嫌気を持っており、大学で東京に出て教師になった。しかし、祖母からの手紙によってこれまで忌避してきた成人参りを行うことを決意する。靖美は四年ぶりに実家を訪れ、山の中を一人で巡るという儀式に出掛けるが、そこで道に迷った結果、妖怪としか思えない”もの”に巡り会うなど、様々な超常的な現象と遭遇。更に辿り着いた山奥の一軒家では、住み着いている謎の一家に助けを求める。一夜の宿を何とか借りることが出来た靖美だが、翌朝、まるで朝食を取りかけたままの状態で、一家五人が全員消失してしまっていた……。そんな体験をした靖美と、その従兄弟で東京で高校教師をしている高志は、編集者の祖父江偲を通じて怪奇小説作家の刀城言耶に相談を求める。刀城は吟味した結果、実際に自らの足で神戸地方を訪れることにする。しかし、その直後、今度は神戸の奥戸という集落を中心に連続殺人事件が勃発してしまう……。

怪奇小説・恐怖小説の味わいが更に濃く。それでいて立派な本格ミステリ。三津田信三は更なる高みへ
 従来から、ホラー、それもジャパネスク怪談系統の要素を数多く作品内に込めることが、この刀城言耶シリーズの特徴として挙げられる。本作もその傾向がある――というよりも、喜ばしいことにむしろその傾向が強まっている。本書でいえば、前半の地元出身の青年が地域独自の儀式の最中に巻き込まれる様々な恐怖の連発がそれ。不気味な赤ん坊の泣き声から始まり、山女郎としか思えない老婆、頭上を行き交う謎の声、見つめてくる何者かの視線。唯でさえ真っ暗闇の忌み山のなかで、自然自体の恐怖が高まっているなかで発生する不気味な現象の数々は並大抵の怪談の怖さを超えている。 加えて、ようやく辿り着いた家、更にその一家の存在自体秘密めいており、マリー・セレスト号の怪異そのままに彼らが消失してしまう……。
 本書の印象が強いのは、これらの謎が怪談のまま終わるのか、それとも説明がつけられるのかという点自体が物語上でも謎めいている点。また、最終的な解決にしても合理も提示されるものの、非合理が混じっていてもおかしくない説明であり、微妙に宙ぶらりんの感覚に落とされるのが逆に気持ちよい。
 と、ここまでが前半。後半は同じ地方の、二つの有力一族が連続殺人に見舞われてゆく事件。こちらは理由と犯人が全くみえない展開であり、下敷きにはスプラッター映画の無差別殺人があるようにも感じられる。なぜ被害者が殺害されなければならなかったのか、という点から重要な謎となっており、前半とは別の方向からのサスペンスが物語を支配していく。
 そして総合的に素晴らしいというか、凄いのは、それだけ不可解と不可能と連ねておきながら、解決に全く手抜きがないこと。トリックとしては古来からあるものを大掛かりにしているだけなのだが、背景であるとか動機といったところに工夫があるため、その大掛かりが不自然にみえないのだ。解決の困難の度合いが高い、数々の謎を単に解決するだけではなく、更に終盤には二重三重の仕掛けがさらに施してある。この周到さと良い意味でのしつこさは特筆すべき点だと思う。

 昨年の『首無』を読んだときにも感じたことだが、2008年の本格ミステリを語るのに間違いなく避けて通れない作品。特にホラーとミステリとの融合という意味では天才的な冴えに、さらに磨きが掛かっている。こういったちょっと古臭い語り口にアレルギーのある方もあろうが、物語の重厚さと謎の重厚さのバランスや、その論理の飛躍や着地といった様々なところに読みどころが多く、本格ファンであれば間違いなく満足できる作品だと思う。


08/03/29
友成純一「ホラー映画ベスト10殺人事件」(光文社文庫'07)

 エンターテインメント文芸のなかでも特異な地位を築いている友成純一氏が'89年に発表した長編作品が元版。当時の大森望氏による解説に加え、本文庫では笹川吉春氏が解説を寄せている。(つまりはダブル解説状態)。ただ、お二人が嬉々として解説を寄せたであろうことは(何となく)想像に難くない。

 ホラーマニアあがりの映画評論家の庄内良輔は三十五歳。スプラッタや残酷な描写が大好きで業界でも変態趣味を持つ男として知られていた。彼は昼過ぎに起きて映画の試写を梯子し、夕方から飲みにゆき毎晩泥酔、泥酔しながら原稿を書いてはまた次の日の昼過ぎに起きる……という生活を繰り返していた。ただ、その残酷映画に対する偏愛から彼のことを慕う映画ファンも僅かながら存在していた。そんな庄内が行きつけの店のママと飲み直しに出掛けたところ、売れない映画関係者が数名泥酔しているところに出くわす。庄内の職業を知った彼らは激昂して庄内を罵倒する。すると翌日、その映画関係者の一人が、まるでホラー映画の一場面のような状態で殺害されてしまう。逆にそのことを小気味良くすら感じた庄内だが、再び関係者が、さらには庄内と敵対している映画評論家がホラー映画の見立てで殺害されるにつれ、困惑し始める。連続殺人の内容と順番が、彼がかつて雑誌のホラー映画特集に投票したベスト10に似通っていたのだ。更に殺人は連続して発生、庄内自身のすぐそばまで事件は迫ってきていた。果たしてその正体は……?

ある意味では究極ともいえる見立て殺人ミステリ。……しかし笑うしかないところも多数
 肯定的にこの作品を捉えるならば「過去には全く例をみない見立て殺人ミステリ」ということになるだろうか。マザーグースだって童謡だって手鞠歌だってそもそもは誰かが作った創作物であるのだが、実際に公開された映画、それもスプラッタ系のホラー映画に殺人そのものの行為を見立てるなんていう発想は普通の人間(作家)には思いつかない。厳密にいえば、殺人を行った結果、ホラー映画のような結果(つまりは残酷な殺害方法)になることはある。だが、この作品の場合は映画に見立てるんですよ。発想の跳躍距離が長いというか、いや単にオバカというかなんというか。
 あと、もう一点はなかなか謎の多い(?)映画評論家の生態を赤裸々に描いているところか。ただ、この作品を読む主目的をそこに求めるのは間違い。というか、受け付けないですよね普通。一方、見立て殺人についてはさすが友成氏だけあって、徹底的にその作品を研究している点はうかがえる。また、その殺人に絡んで映画の紹介をしているところも見逃せない。小生、映画的属性は皆無だが、なぜか見てみたくなったりもする。(それは作中作となる映画の紹介文に愛と力があるせいだ多分)。
 根本的に本作、ミステリとしての問題は中盤までは連続殺人犯の正体を謎めかせていたのが、唐突に作者自身があっさりとそのベールを剥いでしまう点。 まるで作者が急に犯人なんてどうでもいいやと考えを改めたかの如し。なぜホラー映画ベスト10に見立てて連続殺人を犯人が行っているのか。動機にしても意外性はなくベタである。このベタな犯人像、いい加減だなあと最初は思わせるのだが、ところが終盤にいくと逆に良い味が出てくる。グロと笑いは紙一重。クライマックスについては少なくともグロより笑いが勝ってしまっている。また、最後の最後、母親の登場でも笑いを取るあたり素晴らしい。

 ダリオ・アルジェントだとか悪魔のいけにえだとかスキャナーズといった単語に反応する方なら読む価値はあるのかも……しれません。一応「殺人事件」と題末についておりますが、普通のミステリファンにはちょっと勧められないか。普通じゃないミステリファンには勧めるのもありです。もちろん友成純一ファンの方ならばこの復刊された機会中に必読。


08/03/28
岸田るり子「ランボー・クラブ」(東京創元社ミステリ・フロンティア'07)

 岸田るり子さんは第14回鮎川哲也賞を『密室の鎮魂歌(レクイエム)』で獲得、その後『出口のない部屋』『天使の眠り』といった作品を発表している。フランス語に造詣が深く『細菌と戦うパストゥール』という共著による訳書もある。

 現在、不登校というかたちで引きこもっている男子中学生・生駒川菊巳。彼には後天性の色覚障害という持病があり、インターネットで検索しているうちに〈ランボー・クラブ〉というWEBサイトに行き当たった。そこで彼はなぜかフランス語など習ったこともないのに、トップページに掲げられた詩が読めることに気付く。菊巳の母親は、菊巳を連れて現在の父親と再婚している。果たして自分の子どもの頃に何があったのだろうか――? 一方、京都にあるミツイ探偵事務所の所長・三井麻里美は経営状態が芳しくないことに憂慮していた。そんな彼女は六年前に先代の所長でもあった夫を亡くしている。しかし、その頃の伝手で東京の病院で院長をやっている川端という男の依頼を受ける。十一年前に姿を消した妻と息子を捜して欲しい――。川端によれば最近、京都で妻らしき人物が目撃されたのだという。依頼自体は困難な内容であったが、偶然からその妻が京都のラーメン屋婦人となっていることが判明する。しかし、その先には血腥い事件が……。

自分探しに密室、操り、さらには最新医学ミステリ――と盛りだくさん。
 読んでいる途中はそう意識されない。序盤から中盤にかけては菊巳という少年の自分自身にまつわる謎が中心で進む。実父と思われる人物と養父とのあいだで発生した諍いの内容から、何か自分の身体に価値があるのではないかと疑い、さらには現在の両親の態度の変化や、新たに親を名乗る人物が登場するなど、人間関係を中心とした謎が多い。さらに別視点から、京都の探偵事務所の所長と若手コンビによる人物捜し。この二つの物語がリンクし中途で繋がってゆく。
 読んでいて意外でもあったのは、ここから密室トリックやアリバイトリックが凝らされた連続殺人事件が発生するところだろう。それ以前にも謎めいた新興宗教教祖が現れ、探偵事務所の若手を翻弄するところなどもミステリらしさがあって面白いのだが、殺人事件についてはいずれも(その実現性や必要性はとにかく)”凝った”という形容詞が似合うように思う。さすがは鮎川賞出身作家。とはいえ、残念なのはこれらのトリック自体と、作品やこの主人公世界が抱える謎との結びつきが薄い点。この結果、なんとなくだが物語の流れがぶつ切りになっているように感じられた。ぶつ切りといえば、ランボーの詩や、WEBサイトからの見立てといったガジェットの繋がりも、関係がないというレベルではないまでも、物語上での連関が微妙に弱い。
 一方での人間関係にまつわる謎は、(動機については新しいようで類似のネタが多いので割り引きたいが)なかなか良くできている。多少凝りすぎともみえるのだが、探偵事務所の人間をあいだに入れることで整理されていく点が良い。さらに少年を中心とした人間関係、当初の見え方と終盤の見え方ががらりと変わっていくあたりは、本格ミステリの醍醐味を違ったかたちで引き出しているといえるだろう。

 いずれにせよ、筋書きにしてもキーになるガジェットの使い方にしても、作者の個性が強く感じられる作品。 それが一種のアクとなって、大きな道筋だけを取るとそう珍しくないストーリーであるにもかかわらず、奇妙に独特の味わいを持つようになっている。この個性の強さ、非凡さが作者の持つ本来の身上だということかもしれない。


08/03/27
森 雅裕「トスカのキス」(mori mikan'05)

 2000年に刊行された長編『化粧槍とんぼ切り』、そしてエッセイ『鐵のある風景』以来、商業出版のうえで新作の刊行が途絶えている森雅裕氏。本書は五年の沈黙を破り、WEB上で販売され、その後に著者自身も関わって刊行された同人誌にあたる。森雅裕氏は以前にも『いつまでも折にふれて』を同人誌として販売していたことがあった(後にKKベストセラーズより合本として復刻)が、最近(2008年現在)も長編『雙』が本書と同じく同人誌としてネット経由で販売されている。

 東京・お台場に新設されたオペラタワー。このこけら落としの公演でオペラ『トスカ』が演じられることになっていた。そのセカンダドンナとして抜擢されたのは世界をさすらう賞金稼ぎオペラ歌手・草凪環。米国から帰国してそのまま早速、会場を訪れた環は警備員に追い返されそうになる。立腹した彼女が出演キャンセルを決めかかっていたところを引き留めたのがプロデューサーの緒方だった。その時知り合った舞台係の小春のもとに居候することになった環は、友人だった孤高の作曲家・鍋島倫子が業界から干され、その抗議を込めた「餓死」という緩慢な自殺を遂げていた事実を知る。彼女は自らの窮状をブログで発表し、その日記を今回の『トスカ』の演出家である神尾一郎に送りつけていた。そして公演当日、文部科学省大臣含むVIPで賑わっているところに銃声が響き渡る。周到に計画され、完全武装したテロ集団がオペラタワーを占拠したのだ。首謀者は、なんとその神尾一郎。彼は収監されているウイルス学者の釈放と現金五十億円を要求、抵抗する人質を容赦なく射殺していった。彼は現場にいたCS放送を通じ、実際に人が死ぬ『トスカ』の上演を開始、次々と出演者が死へと追いやられてゆく。草凪環は表の経歴にない経験を生かし、自衛隊と協力してテロリストに立ち向かってゆく――。

鼻っ柱の強い実力派美女がアクションもオペラもこなす魅力、事件の背景を巡る終盤のどんでん返しラッシュも魅力
 前半の餓死する作曲家のくだりは、さすがに職業を作家に置き換えたうえで、作者本人の心情や生活状況が吐露されているようでいて、読んでいてちとつらい。わざわざ同人誌である本書を手にする読者であれば、そのあたりの状況に無知ということはないはずで、恐らく誰もがそう思うところだろう。
 ただ、その序盤についてはむしろ物語のなかではサイドストーリー。物語はぐんぐん加速してゆき、一気に進められる。まずは主人公が魅力的だ。エキセントリックな姉御肌天才美女という、前期の森雅裕作品に多かったヒロイン像に、更に格闘系『漂白戦士』『感傷戦士』の系列にみられる同じくエキセントリックながら情に厚い格闘の天才型美女を重ね合わせた、森雅裕の作品のなかでも有数の”パーフェクト美女”。オペラそのものの内幕といったところに当初は触れはするものの、中盤以降は序盤の痛さを吹き飛ばすかのような、自衛隊アクションが繰り広げられ、主人公もまた大活躍をするのだ。
 ここで自衛隊万能論(もしくは無能論)を振りかざすではなく、資料と情報に丁寧にあたった武器に関する蘊蓄をにじませつつむしろ自衛隊の組織としての脆さ、そして鍛え抜かれた精鋭であっても戦力差によって負けてしまう場面を淡淡と描くところが特徴だ。(そして、そうする意味が物語全体のなかに「ある」ところも素晴らしい)。命を賭けたアクションシーンの迫力、組織同士の軋轢のなかで最善を尽くそうとする男たちのプライドといった真剣そのものの物語のなかに、ところどころ軽口めいたやり取りが挟まる文章は、森雅裕ファンには”ツボ”としか表現しようがなく、ひたすらに嬉しくなる。  また終盤に至っての、この事件の真相であるとか、前半にさりげなく張られた伏線が回収されたりとか、様々なかたちでのどんでん返しがぎりぎりまで繰り返される。こういった物語構成の凝りようあたりも、森雅裕のこれまでの作品を想起する。事件の黒幕と、さりげなくも力と知恵で我が身を守る草凪環の機転といったところも含め、最後の最後までページをめくる手が止まらない。
 エンターテインメントとして上々である一方、構成や物語の脱線など作者の意向もあるものの商業出版レベルにおいては恐らく改変(それが改善なのか改悪なのかはとにかく)の対象になるだろうと想像がつく部分もある。そういった部分が抜きである分、本書は「生の森雅裕」だとも考えられるだろう。

 ごちそうさまでした。作者ご本人、そしてこの本の出版にかかわられた全ての方々に深い感謝を。
 そしてまだ『雙』が手元にあるという幸せ。しかし。あと一冊、大事なことは忘れない。『愛の妙薬もう少し...』が読みたい読みたい読みたいんだああっ!


08/03/26
若竹七海「バベル島」(光文社文庫'08)

 若竹七海さんには長編作家のイメージが一般的な読者にはあるように思うのだが、そのキャリアのなかでは単発のノンシリーズ短編もそれなりに数が発表されている。本書はそんななかでもホラー・サスペンス寄りの作品を集めた文庫オリジナルの短編集。光文社文庫はこういった好企画がすぽんと発表されるから目が離せない。一九九三年から二〇〇〇年にかけ、各種小説雑誌に発表された作品から成り立っている。

 旅行先で知り合った女性が亡くなり、その女性宅を訪れた”わたし”。手土産に作ってきた梅酒ゼリーに対して遺族は極端な反応をみせる。その家に伝わる梅にまつわる伝承があったのだが……。 『のぞき梅』
 就職して久しぶりに実家に戻った”わたし”は、家の団地からみえるところに不思議な洋館が建っていることに気付く。その家にはなぜか人がいない筈なのに時折、影が映し出され……。 『影』
売れないホラー小説家が体験した旅行中の出来事。彼が信州に遊びに行った時、帰りの足が無くなって友人の友人の妻と同じ車を運転して戻ってきたのだが……。 『樹の海』
 浮気の結果、妻と断絶状態にあるサラリーマン・薩摩。彼は妻との閉塞的な関係から逃げ出すためにバツイチの人妻とまた浮気をしていた。彼女は自分の家を建てるのが念願なのだという。 『白い顔』
 警察官の一条は、学生時代の友人・工藤から呼び出される。工藤の父親は既に亡くなっているのだが、その父親の残した日記には、向かない営業に苦しむ会社員の姿が浮き彫りになっていた。 『人柱』
 東京から地方の中堅都市に配属された将彦。この土地では画期的な三十階建てのビルに彼のオフィスがあった。他にテナントが少ないビルのエレベーターは夜になると更に稼働率が下がり……。 『上下する地獄』
緑色に髪の毛を染めた変人社長の経営する旅行代理店。その代理店にアルバイトで入っている”ぼく”は、二人の男の子を抱えた社長の過去について徐々に知ってゆく。 『ステイ』
 妻が交通事故で不慮の死を遂げ、長男と二人暮らしとなったサラリーマンの豊。これを機に妻の出身地である田舎町を出て、息子と共に東京に戻ろうと引っ越しを決めたのだが……。 『回来』
 新宿で発生したホテルの火災。火に巻き込まれた高層階で剛と雪彦は、部屋から外に出て墜落の恐怖と戦いながら救助を待っていた。その裏側には二人が幼稚園の時から憧れた綾子の存在があった。 『追いかけっこ』
 友人の実家にあったのだという曰く付きの招き猫。密室状態のなかで消えたり、現れたりするのだという。小道具屋でその言われを聞いた南条は、背後にあるかもしれない事件について気付く。 『招き猫対密室』
 ウェールズ地方の伯爵の息子が建設を願い、実現したバベル島。島自体のほとんどを建物にして巨大な塔を作ろうというのだ。祖父がその地を訪れていたことを知った孫の一樹は、バベル島完成のタイミングで同地を訪れた。 『バベル島』 以上十一編。

心霊あり、狂気あり。若竹七海の幅を感じさせる恐怖小説群
 ホラー小説というよりも恐怖小説ないし、怪談といった趣の作品で揃えられている。和風のしっとりした因果話から、ヨーロッパはイギリスの変人の話に至るまで、若竹七海さんの取り上げるテーマの幅の広さが伺える。
 もう一つ感心するのは、小説における怖さという定義そのものについて、若竹さん自身が非常に幅広く受け取ることが出来ていることが伺える点だ。例えば、幽霊などsupernatularな存在に対する恐怖も恐怖だし、一方でサイコな人やストーカーといった人間の狂気が醸し出す怖さも恐怖であると。ホラー原理主義者でもなければ、どちらの事態だって怖いわけで、その怖さという存在を様々な角度や捉え方から作品を通じて生み出している。『白い顔』や表題作『バベル島』は、やはり何かに取り憑かれた人間の怖さが滲み出てくる(また、『白い顔』から『人柱』への作品配列が絶妙!)し、一方で『影』『上下する地獄』といったところからは、超自然的な恐怖が醸し出されている。
 その両方のタイプがありながら、両方にて「これは!」と上手さを感じさせる作品が数多く収録されている。(一方で、幾つかの作品については微妙に中途半端な印象を受けるものもあるが、それはあくまで個人的な感想)。また、単純に恐怖を正面から描くのではなく、演出によって怖さを高めた作品がみられるのも巧さかも。特に『樹の海』『バベル島』など、ミステリに近い手法によって真相を隠して隠して隠して、最後に明らかにすることによって怖さを強く印象づけることに成功している。
 執筆時期は最近とというよりもむしろ少々前にあたるのだが、デビュー後着々と書かれていたこういった短編群から、(余計なお世話ながら)若竹さんの作家としての成長を感じ取ることは、実に楽しい。

 怖いお話が好きな人で、あまり極端に怖いお話が好きではない(角川ホラー文庫とかは手に取りにくい)といった方に最適な作品集。若竹ファンであれば必読であることはもちろん、ミステリファンにとっても比較的間口は開かれている印象のある作品が揃っている。


08/03/24
樋口有介「不良少女」(創元推理文庫'07)

 創元推理文庫より着々と復刊されている樋口有介作品。なかでも当然、一番人気はこの「柚木草平シリーズ」ということになるだろう。本書はその七冊目にして待望されていたオリジナル作品集。『野性時代』一九九五年十一月号、さらに『IN POCKET』一九九八年、二〇〇一年に発表された中編四作品に同じく『IN POCKET』一九九七年に発表された「名探偵の自筆調書 柚木草平」が付録的に加えられている。

 女子高生に宛てられたしつこい手紙。差出人の歯科医は彼女の方から手紙が届くといい、女子高生は男の方を知らないという。果たして歯車はどう回っているのか。 『秋の手紙』
代議士・常田丈吉が死に資産家の家族たちのあいだに異変が。四週間前に犬が死に、四日前に猫が死ぬ。米国留学中のその家の息子が、友人の編集者を通じて柚木に解決を依頼する。残された妻、そして解雇された家政婦……。 『薔薇虫』
 コンビニで出会った万引き少女につきまとわれた柚木。小鳥遊ユカと名乗る彼女は強引に柚木の家に泊まり込み、寝惚けた彼と同衾する。翌朝、実は未成年だったユカが警察に保護されており、柚木は引き取りに出向く羽目に。彼女の家ではやはりお家騒動が起きていた。 『不良少女』
 柚木行きつけのオカマバー・クロコダイル。店で知り合った美女・多佳子と柚木は一夜を共にするが、彼女は依頼人でもあった。彼女が金銭と引き替えに交際している三人の男性のうちの一人が本気になってしまい、他の二人を脅しているらしいのだが……。 『スペインの海』 以上四編に「名探偵の自筆調書  柚木草平」が加わっている。

事件に巻き込まれるのが美女なのか、美女が事件を引き起こしているのか。柚木草平でなければならない事件たち
 柚木草平=周囲にいるのは美女ばかり、事件関係者も美女ばかり。 ある意味、レギュラー以外の登場人物に関してはスター・システムを採用しているかの如く、柚木草平の関係する事件には必ず美女が絡む。必ずといっていいほど、とかそういうのではなく、必ず、だ。本書の事件も当然それが踏襲されている。
 ただ――、今回の四作に特に感じられるのだが、その事件に関係する美女の気持ちが強すぎる。美女ゆえの強さとでもいえば良いのか、プライドがあり、打算があり、美女だから許される範囲を知っている。そしてほぼ一様に(本人がそれを自覚しているかどうかはとにかく)不幸にみえる。だからこそ、柚木草平という天下無敵の女性好きが探偵役に相応しい。柚木自身、女好きを自覚はしているが、決してフェミニストではないし、女性をモノにするためにこそこそと画策をするタイプではない。むしろ軽口と物怖じしない態度で女性を引き付けるタイプ。だからこそ、女性の悩みを理解はするが同情しないというスタンスが取れるのだろう。
 彼は本格ミステリにおける探偵とは異なり、人間そのものをフィルターを通さずに(ないしは柚木フィルターという特殊なフィルターを通してか)眺め、脚で稼いで人の話を聞いて疑問点をまとめ、そして真相に到達する。人間観察型の探偵なのだ。無類の女性好きだからこそ、数多くの女性について知っているからこそ、解き明かせる事件。美女が引き寄せる事件も、美女だからこそ巻き込まれてしまう事件もあるが、柚木草平のスタンスにブレがない点が物語のまとまりに繋がっている。
 まあ個人的には魅力的な美女と柚木の様々な人物に対してたたく”へらず口”等の発言や態度がそもそも好み。仮にミステリ的に破綻しているような事件であっても柚木と美女が軽妙な会話を交わしてさえいれば、それはそれでOKというスタンスなのであまり踏み込んで偉そうなことはいえないのですが。

 他の作品にも登場するレギュラー脇役の(主に)美女も各作品に登場はしているものの、メインとなる物語については彼女たちはほとんど干渉してこない。なので本書一冊であっても十分に魅力は伝わってくる作品だ。柚木草平デビューの『彼女はたぶん魔法を使う』以外から、柚木シリーズに入るのならば、この作品集あたり向いているように思う。


08/03/24
辻 真先「急行エトロフ殺人事件」(講談社ノベルス'07)

 講談社ノベルス25周年を記念して刊行された綾辻・有栖川による復刊コレクションのなかの一冊。元版は昭和57年(1982年)発表なので、まさに講談社ノベルスが刊行開始された直後の作品ということになる。(この作品が選ばれたのは、恐らく――だが、有栖川氏の趣味からなのではないかと思われる)。

 昭和五十×年の日本。ポテトこと牧薩次とスーパーこと可能キリコは表参道を歩いていた。薩次は週明けに迫ったある通過儀礼を恐れており、キリコはそんな薩次を元気づけようとして食事に誘ったのだった。――この日本では太平洋戦争が行われておらず、未だに軍国主義、そして徴兵制があるのだ。――そんな物語の書き出しを薩次はキリコに読ませる。時は昭和十九年。やはり太平洋戦争は始まってはいないものの、可能家は米国から引き揚げてきたばかり。戦時色が濃く世相に現れている時代。キリコは特急・燕に乗り、”夕刊太陽”の記者で兄の克郎のお供として名古屋へと向かった。名古屋で戦時下に無理して都合を付けた、克郎たちの同窓会が開催されるのだ。そのメンバーの一人、町谷は同窓会直前に失踪。婚約者で映画女優の立花喜久子がその消息の手掛かりがないかと代わりに参加していた。やはりメンバーでも失踪の真意は不明。しかも名古屋を襲った大地震のさなか、同窓会の参加者の一人、市村が死体となって発見された。遺体と対面したキリコはそれが事故ではな く殺人事件であることを見抜く。さらに名古屋では、同窓会メンバーが何者かの手によって殺されてゆく。事件の背後のあるものとは。

当時としてはあまりに独創的、かつ先端を走る作品だったということ。今なお全く古びず。
 何重にもメタを組み込んだ本格ミステリ。 例えば『仮題・中学殺人事件』から始まる一連のシリーズから、辻氏は早くからメタミステリの趣向を作品に取り込んで来ていることは有名。本書もある意味その系譜にあたるが、試みとしては若干アプローチが異なるようにみえる。 作中作に作中作を絡めることによって、架空の歴史上にある日本をあくまで創造で作りあげているのだが(恐らく)作者自身の戦争体験と相まって、このあたりのリアリティが凄まじい。漫画や映画といったカルチャー面については、題名や作者だけではなく内容についてもきちんと説明がつけられ、この当時のオタク少年(?)らしい会話が楽しい。一方で瓦礫で埋まる町並み、戦時中ならではの人々の感覚や考え方にもまた、当時を知る作者ならではのリアルがある。こういった本当の情報のなかに、ごくごく僅かにそして効果的に投げ込まれた”フィクション”があり、むしろそれらが事件を構成しているのだが、どこが正解でどこが嘘なのか、作者のあとがきを読まずに現代読者が確認することは非常に難しい。
 また、戦時中の雰囲気と様子を再現した戦争小説としても価値があろうが、ミステリとしてもわざわざ復刊されるだけのセンスとキレがある。特に終盤の種明かしとなる展開部はショッキング。(多少犯人の現れ方が唐突なようにみえるが、それも作者の狙いの内)。現代でも表層は同じような事件の起きる可能性があるが、戦時中のそれとは根本のところがかなり異なる。またこれら一連の描写をメタの一部だとして扱う作者の姿勢は実に優しく感じられる。

 創元推理文庫に収録されている以外にも、辻真先氏による膨大な著作群のなかには数多くの傑作があり、本書もそういった傑作群に連なる一作品だといえるだろう。伊達に目利き二人(綾辻・有栖川)によって選ばれているわけではなく、現代のミステリ水準に肩を並べるレベルの作品にして、全く古びていないのだ。辻真先さんの才能、恐るべし。


08/03/23
倉知 淳「星降り山荘の殺人」(講談社ノベルス'96)

 倉知淳氏は'93年 『競作 五十円玉二十枚の謎』への投稿でデビュー(本名)。翌'94年、倉知名義となり、後にメインシリーズとなる猫丸先輩の活躍を描いた『日曜の夜は出たくない』で本格的作家デビューを果たした。本作は、著者四冊目となる長編作品で初めて東京創元社以外から刊行された作品である。(再読です)。

 勤務中に上司に手を出してしまい、馘を免れる代わりにタレント文化人のマネージャー見習いをすることになった杉山和夫。彼が担当させられたのは、星にまつわる仕事をする気障な人物「スターウォッチャー」星園詩郎だ。ギリシャ人のような彫りの深い顔、長身と何かにつけて格好をつけ、女性、特に中高年に絶大な人気を誇るタレントである。杉本の事実上の初仕事は、 秩父の奥地にあるコテージ村へ向かう星園の付き添い。星園をイメージキャラクタに祭り上げようという思惑のリゾート開発会社社長・岩岸によるイベントで、他に人気女性作家の草吹あかね、その秘書の麻子、UFOウォッチャーの嵯峨島、岩岸の部下の財野と、岩岸が呼び寄せた軽薄な女子大生が二人らが集められる。社長の思惑をよそにお気楽に過ごす彼らだったが、和夫は星園の真の姿を知らされる。雪の降りつもったコテージ村の夜が明けると、社長の岩岸が他殺死体となって発見された。部屋の備品のピッケルで殴られた後、絞殺されたようだ。電話が繋がらない地ゆえに麓に下りようとした財野だったが、彼は道が雪崩で塞がっていると報告される。外部と隔絶した雪の山荘で、さらに事件は続き、星園は和夫と共に事件を推理する――。

本格ミステリのガジェットとしての定番に、真っ正面から逃げずに挑んだ新本格ミステリ内部での歴史的作品
 歴史的作品というには多少語弊もあるような気もするが、新本格ミステリブームも第二期にさしかかろうというなか、本格ミステリとしてど真ん中ストレートで挑んできた点と、その完成度の高さ(小説としてはとにかく、本格ミステリとして)から、やはり歴史に題名を刻んでも良い作品だと思う。
 本格ミステリのお約束、吹雪の山荘。 互いのことを良く知らず、偶然によって集められた訪問者。真っ先に殺害されるホスト役の人物。そして閉ざされた環境に、雪上の足跡の謎。登場人物には多少凝った人間を配置しているものの、その設定についてはオーソドックスに過ぎるものだ。ただ注意したいのは、このような設定を安易に選択した訳ではないはず――という点。本格ミステリを標榜したうえで、このベーシック設定を用いるということは、それは即ち、本格マニアの猛者たちに正面から戦いを挑むということ。 半端な心意気では出来ることではないのだ。クローズドエリアにおける連続殺人(という事象)は本格ミステリのなかでは平凡であっても、徹底した合理的謎解きにこだわっていることが重要。もちろん本作では、その一連の試みはきちんと成功している。見事なフーダニットとして最終的に結実、やはり設定ともども印象深く、心に残る作品になっている。こういった細かな積み重ねが綺麗に整っているからこそ、新本格以降の「吹雪の山荘」もののなかでも代表的な作品として名を残すことに繋がっているといえるだろう。
 個人的に気に入っているのは、章が変わるごとに、都筑道夫『七十五羽の烏』風(というか、めちゃくちゃ意識していることが明らか)な、作者のモノローグめいた読者へのメッセージ。初刊時、最初に読了した時にはちょっと変わった趣向だとしか思えなかったこの部分が、都筑道夫を読み込んだ今となってはめちゃくちゃ楽しく感じられる。(極端な話、この趣向を再確認できただけで再読して良かったと思っている)。

 たまたま機会を得て再読してみたが、やはり面白い。犯人こそ頭に残っていたものの、その推理に至る過程もまた徹底な吟味がなされていることに改めて気付くことができた。本格ミステリのファンで本書が未読なのであれば、無条件で挑戦すべき作品だと思う。


08/03/22
福澤徹三「オトシモノ」(角川ホラー文庫'06)

 2006年に古澤健監督で発表された映画のノベライズ作品。若槻千夏、小栗旬といったところが出演した。(邦画だが、日本より先に韓国で先行公開されたのだという)。2008年段階では、大藪晴彦賞作家・福澤徹三氏唯一のノベライズ作品でもある。

 駅で落とし物の赤い定期券入れを拾ってから、妹・範子の友人、福田孝は行方不明になってしまっていた。死を間近に迎える人の顔が黒く歪んで見えるという能力を持つ奈々は、孝のことを考える。奈々と範子は姉妹で母子家庭に育った。働きづめだった母は心臓病で入院中。学校の成績も良い真面目な奈々は留学したいと考えていたが、それも諦めかけていた。そんななか小学生の範子が、駅で赤い定期券入れを拾ってきた。厭な予感がしたが、範子は自分で駅に届けると言い張る。そして――。一方、奈々と同じ高校に通う香苗は、彼氏の茂からバイトして買ったのだというシルバーのブレスレットを受け取る。喜んでつけたそのブレスレット、実は茂が駅で拾ったものだった。その茂は駅で奇妙な様子を見せていて、そして――。

善意の行為に付け込んでくるどす黒いなにか。後半盛り上がり過ぎるようにも思えるが。
 当然というか恥ずかしながらというか、原作の映画は全く観ていない。本書は映画に対する興味からはなく、あくまで小説家・福澤徹三氏が初めて手がけたノベライズだから、ということを理由に手に取った。そしてその福澤氏らしさが(恐らく)映画の原作と非常に良くマッチしているように思われた。 ――というのは、これまでの福澤氏の特にホラー系統の諸作では、平凡な一市民が非常に巧みに描かれていることが特徴。決してヒーローではなく、あくまで市井に普通に暮らす小市民(それが善意の人であっても、ちょいとやんちゃであっても)であり、身近な存在なのだ。この原作における登場人物たちにしてもやはり同じ。母子家庭に育った真面目な高校生と、いわゆるちょっとワルの集団に属する高校生、更には若手の電車運転士といったごくごく普通の登場人物たちが物語の中心に立っている。ページ数もそれほど多くないなか、彼らそれぞれについて丁寧かつシンプルに、地に足の付いた描写がなされているのだ。その結果、一人一人対して微妙な親近感が湧き、彼ら味わう恐怖についても、同じように読者の心の中にも入り込んでくる。
 一方で、オトシモノの問題の根本にあるトンネルに彼らは終盤に至って飛び込んでゆく。そのこと自体はまあいいとしてクライマックスでの盛り上がり加減が、急にしっとりしたホラーからゾンビ系の大量殺戮系のホラーへと内容が唐突に変化してしまっているように見えるのだ。この部分で物語としてクライマックスを迎える一方、なんかちょっと微妙に読んでいて辛くなってしまった。トータルとしての迫力は確かにこちらの系統の方が上にいくのだが、映像ではなく小説で表現するのは難しい領域だともいえるからか。このあたりについては原作の問題であって、福澤氏の問題ではないことは分かっているのだけれども。

 ノベライズによって薄められてしまう部分もあるため、怖さという意味では最上級にはないかもしれない。(但し、福澤氏の文章から映像を脳裏に浮かべることが出来る方にとってはそうとは限らない。結構怖い)。ただ、一方で原作となる映画を全く知らない小生のような読者にとっても、小説としては一定の水準をクリアしている以上、安心して読むことのできる作品だといえる。


08/03/21
坂木 司「ワーキング・ホリデー」(文藝春秋'07)

 坂木司さんは1969年、東京生まれ。2002年、引きこもり探偵という異色の存在を前面に押し出した『青空の卵』(東京創元社)から覆面作家としてデビュー。以来『仔羊の巣』『動物園の鳥』と三部作を完結させ、他の設定の作品についても精力的に発表している。

 元ヤンキーで現在はホストクラブで働いている神田大和(ヤマト)。就業中の彼のもとに一人の男子小学生がやって来る。少年の名前は神保進。母親の名前は由紀子なのだという。いい加減な名前だったら誤魔化してしまおうと思っていたヤマトであったが、彼自身真剣に交際し、そして振られたただ一人の女性であった。子どもの存在については初めて知ったわけだが。進は夏休み中ということで、ホストクラブの寮での奇妙な二人暮らしが始まった。しっかりした進は”おばさんくさい”性格”で、生活に関するありとあらゆることが指摘され、ヤマトは散々ペースを乱される。一方で、家族のいる生活に奇妙な安堵もあった。仕方なく連れて行ったクラブ内で、ヤマトは別のホストに騙されている女性客に手を挙げて説教してしまい、店主のジャスミンからは馘を言い渡される。一方でジャスミンはヤマトに宅配便ドライバーとして新たな仕事を用意していた。かくして元ヤンキー、元ホストにして宅配便ドライバー・神田大和が誕生した。進も巻き込んで、彼らのあいだには小さな事件が幾つも発生するが、関係者の活躍で一夏の父子関係は良好になってゆく。

男親と男子どもの、まあ、いわゆるなんだ、いい話。である。
 男親と息子が生活するなかで謎解きをする作品、宅配便ドライバーが探偵役をする話、ホストクラブの面々が探偵役を務める話。そういった”どこか似た”物語はいろいろあるよなあ……と思っていたら、そもそもミステリを強く指向する作品ではなかった。 一応小さな謎解きのような部分はあるものの、全体としては元ヤンキーだけれども基本的に性根が真っ直ぐした青年父親と、くそ真面目だけれども父親に甘えたい少年子ども(?)との心の交流を描いたハートウォーミングストーリー。なのでホストクラブの描写がなんというか……な点などは目を瞑るべきところだと考えるべきなのだろう。
 一方、これまでの引きこもり探偵における世話役・坂木司と、しっかりしているけれどもやはり小学生という本作の主人公・神保進とはどこかキャラクタが被るところがある。(しっかりしているようにみえて、実はそのしっかりが依存型であるところとか)。ただ、坂木司(登場人物)の方には違和感があって、この神保進に違和感がない。この理由をつらつら考えてみるに、この進の態度、駄目なお父さんを助けなきゃ……が親子関係のなかであれば普通なところ、坂木司は同姓の他人に対して施しているところにある――と他作品を分析しても仕方ないか。
 本作、筋書きとしての異論はなく、父親の自覚もないまま小学生と暮らすうちに真人間になっていく主人公の姿は微笑ましくみえる。締め括り方に至るまで徹底的にベタ。ベタベタ。ま、それも良し。

 一方で先にも書いたが物語のパーツパーツはどこかから借りてきたようにみえるところが少し引っ掛かる。まあ、普通に「日常系いい話」が読みたい方にはお勧め。ミステリっぽいところも散見されるけれどもミステリとしてストレートには分類しづらいところ。