MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


08/05/31
佐野 洋「大密室」(徳間文庫'81)

 佐野洋氏の数ある短編集のうち、初期作品に相当するもの。元版は桃源社より'71年に刊行されている。

 音響メーカーの実験室。完全に音を遮断し外界との連絡の途絶えた密室内部に男女が閉じ込められ、女性が扼殺死体で発見される。当然、生き残った男性に嫌疑がかかるが彼は何も知らないと主張する……。 『大密室』
 生前に自分の葬式を見てみたい……。友人の夢を叶えるため、医師は往診して不吉な言葉を吐き、そして男はついにその宿願を果たすのだが。骨を入れ損なったはずの棺桶から人骨が。 『温かい死体』
 冴えないサラリーマンが役員直々の命ぜられ、別人の振りをして北海道旅行をすることになる。何の目的があるのかは関係者は教えてくれず、帰宅してみると妻の姿が見当たらない……。 『別人になる』
 恋人が持参した血に汚れた軍手。看護婦の彼女は、政治家秘書である恋人に疑念を抱くが、その恋人は態度こそ変われど何の説明もない。彼の言うことと病院のカルテに矛盾があることに気付いた彼女は……。 『汚れた手』
 一レースから十二レースまで競馬のパーフェクトを達成した若者が、酔っ払って歩道橋から落ちて死亡。フリールポライターの津島は、その事件の背景から関係者の陰鬱な人間関係を見抜くが……。 『完璧な賭け』
 強姦殺人事件の被告となり、証拠不十分で無実を勝ち取った男。弁護士の辻村は、友人の新聞記者の誘いでその息子の異常な行動について調べることになるのだが……。 『妻の肉を喰った……』 以上六編。

探偵小説のけれん味と、現代生活の現実味。両者を混淆させて新たな推理小説を生み出す試み
 個々の作品において描かれている時代は、少なくとも現代(そりゃ二十一世紀のそれではなく二十世紀のそれだが)であり、基本的には昭和のある時期の、様々な人々にとっての日常そのまま。一方で、あとがきにもあるがミステリの主題として取り上げられているテーマは伝統的である。即ち密室であり、一人二役であり、死体の入れ替わり、怪奇趣味といったところは非常に探偵小説、古くからある日本のみならず世界の探偵小説を作り上げてきた重要なエッセンスが使用されている。
 佐野洋といえば、ミステリに対して様々なところで厳格であり、荒唐無稽を嫌い、現実に即した物語作りを至上としている(ようにみえる)。本書はその意味で、佐野氏にとっても非常に冒険的な内容であると言えよう。ただ―――、佐野氏が素晴らしいのは、そういった探偵小説として伝統的トリックを用いながらも、そこから昭和期のリアルとを有機的に結びつけてしまう点だ。ただ、さすがに全ての作品で感心できる内容には至っておらず、本質的には本格ミステリの要素となる筈の事象においても、サスペンス的に処理せざるを得なかった点も散見される。ここは、ブラックな味わいのある短編へと昇華させてしまう手腕の方を褒めるべきであるようにも思えるが。
 『別人になる』にしても『温かい死体』にせよ、行動自体は現代的ではあるが、自らの葬式を見たいという欲望や、会社に命ぜられれば理不尽な行動も厭わないサラリーマンなど、微妙に現状に脚色してあるところがポイント。他も、シチュエーションというかベースとなる行動が些か突飛になってしまうところにも苦労のあとがみえる。ただ、その苦労にしても、現実的にあり得なくはない――といったあたり、佐野洋らしいともいえるところか。
 結果的に、それぞれが微妙に手触りが異なる印象の作品となっている。どんでん返しでは、題名からレッドへリングばりばりである『妻の肉を喰った……』が後味の悪さともども素晴らしいが、ほか『別人になる』の強烈なオチも印象的だ。

 佐野洋という昭和期を代表するミステリの大作家をして、探偵小説趣味を持っていたというところが面白い作品集。個々の作品の出来映えは、目的(探偵小説シチュエーションを現代に)を頭に入れて読むとなお面白く感じられる。また、ブラックな味わいの”きつめ”の作品が多く、その点でも現代的だと言えそうだ。


08/05/30
山田正紀「オフェーリアの物語」(理論社ミステリーYA!'08)

 『雨の恐竜』に続いて、叢書「ミステリーYA!」に山田正紀氏が登場するのは二冊目になる。何か、少年少女向け作品執筆に興味を持たれるようになったきっかけでもあったのだろうか。本作は、前作からは全く方向性が異なり、異世界時代ファンタジーといった不思議な感触の作品となっている。

 オフェーリアを抱いたままお腹を空かせていたリアが影華さんと出会うまで。人形使、影歩異界。そしてミシェルという名の少年との出会い――。 『序 人形流しの夏』
 紙雛を流す灯籠流し。流れる筈の人形が戻ってくるのは、先々代の娘の祟りではないか。造り酒屋『菱屋』に残された人形の因縁話は、人形が絡んでの男女が不思議な死を遂げたという話であった――。 『第一話 顔なし人形の謎』
 お祭りに使う巨大な山車。陸軍が管理していたその山車を見学に来ていたミシェルの父親。そこから兵卒が一人転落したが、落下して壊れたのは人形であった。リアたちは陸軍の依頼もあって山車を調べようとするが……。 『第二話 落ちた人形の謎』
 密告があり巡査たちに囲まれた漁村。しかしそこには人が居た気配はあるものの、人間は誰も見えなかった。お社から消えた人形、そして三人の黒子。リアと人形との戦いの結末は――。 『第三話 消えた人形の謎』 以上四編。『オフェーリア言の葉事典』が付く。

異界にして時代。世界を形作る言葉や単語に徹底したこだわり。美しい世界で紡がれる謎の物語
 序盤から、正直ノックアウト。文章そのものは「ミステリーYA!」に相応しく、むしろ平易に綴られているのに、そこに使われている単語から何から、もの凄く吟味に吟味を重ねられていることがすぐにわかる。ある意味、文章のアクロバットが体現されている。 また、時代設定も絶妙。江戸時代? 明治時代? それらが混じった世界のような場所に、八歳のリアと、人形のオフェーリア。彼女たちを庇護する立場は芸人にして木偶(でく)まわしという職業に就く、影華(えいか)なる気っ風の良い女性を配す。日本の歴史のなかでももっとも移り変わりが激しい時代だからこそ、物語も登場人物も活き活きと浮き立っている。
 その独特の職業観――というか、架空の設定もまた良し。影華もかつてそうだったように、リアは人形使(にんぎょうし)。人形と会話し、通常人が感知することのできない世の中の裏側「影歩異界(かげあゆむいかい)」へと心を飛ばすことのできる特殊な能力――。ファンタジー。そしてそのファンタジーは言葉の意味と連関して想像される多数の植物の存在によってまた、世界の違和感が増幅され、その存在感を増す。結果的にいえることだが、我々の過去の歴史のなかに違和感を放り込むことで独特の山田正紀らしい”異界”が物語に構築されているといえる。 しかも歴史との関わり具合が絶妙なのだ。
 ……といった、世界観だけでお腹いっぱいのところに、本格ミステリを意識した謎解きが短編物語のなかに織り込まれている。しかも謎が魅力的であり、ミステリファンにとっても十分に堪能できるレベルの謎を作者は提供する。男女はなぜ死んでいたのか。なぜ、転落した人間は人形へと変化したのか。そこにはファンタジー世界は干渉せず、ミステリの文脈つまりは論理で回答が展開されていく。このあたりの奇想ももちろん素晴らしい。

 ミステリとしても水準以上だとはいえ、物語としてやはり評価されるべきところは、この縦横無尽天衣無縫とも思しき”新しくて古さが感じられる”、でも新しい日本語の創作、そしてこの世界の創造、さらに物語。 口に合う合わないはあろうとは思われるものの、前作以上に「山田正紀って凄ぇ!」という実力と才能があふれ出ている作品である。


08/05/29
馳 星周「やつらを高く吊せ」(講談社'08)

 初出は『小説現代』の'03年8月号。他、同誌に'04年1月、'05年3月といったかたちでかなり時間を空けるかたちで掲載され最終話は'07年12月号。馳星周には少し珍しく、連作短編集の体裁をとった作品。

 バブル華やかなりし頃。盗撮専門のカメラマン・栃尾は'85年型ポルシェカレラを駆り、芸能人や有名人の秘密を撮影することに情熱を燃やす。撮影したスキャンダルを写真専門誌に売りつけて金を稼ぐことは勿論だが、栃尾自身は金よりも”他人の秘密を覗き見すること”そのものに情熱を燃やす。そんな彼が標的として眼を付けたのは、落ち目の女性タレントと一発屋の元アイドル、そして彼らと幼馴染みの金融屋・吉井との癒着。 『DRIVE UP』
 吉井の使い走りとして生きざるを得なくなった栃尾。吉井から命ぜられたのは政界の重鎮・重久洋一の孫娘・岡本洋子の身辺調査。誰もが恐れる重久という存在、だからこそ栃尾は洋子の秘密を暴くのに燃える。 『DRIVE OUT』
 新宿署捜査四課の浅田。吉井から命ぜられた次のターゲットは暴力団とも癒着する悪徳刑事。歌舞伎町を根城とする彼に睨まれるとオシマイなのだが、栃尾は彼が金を出す女性と、女子高生の娘がいることを知る。 『POLICE ON MY BACK』
 浅田の娘・高木舞と結局同棲することになった栃尾。次の標的になるのは大手銀行の行員。ただ彼は既に死亡しているが、どうやら自衛隊員上がりの連中に地下鉄ホームで嬲り殺されたのだという。事件の裏側にいる超大物とは。 『GOING UNDERGROUND』
 政界にも顔の効く占い師・遠藤和江。彼女の娘に金を貸した吉井は取り立てるために栃尾に秘密を探るよう命令する。彼女の背後にいるのは誰か。舞も栃尾の調査に加わって、その娘・真弓を彼らは籠絡する。 『PRIVATE HELL』
 右翼の大物・森岡正勝に追われる身となった栃尾と舞。それでも栃尾は自らが解放されるために吉井自身の秘密を探ることに没入する。しかし、彼らは大量の尾行者と襲撃者から付け狙われることに。 『SHOULD I STAY OR SHOULD I GO?』 以上六編。

人間の妄執とバブルの狂乱とが混じり合い、毒々しくも虚しく華やかな時代を演出してゆく
 本編は覗きや他人の秘密を探ることが趣味……というかライフワーク、生きる意味となっている変人・栃尾が主人公。単なる興味を超えて、普段はインポ、他人の秘密を知ったり知る予感がする時のみ勃起しまくり性交が可能になるというとんでもない性癖の持ち主である。この主人公による、スキャンダル創作術といったところがひとつ読みどころになろう。秘密を探れと言われて、様々な手段とコネクションを通じて相手のことを調べ上げる栃尾。ただ、その覗き見行為が職業ではなく彼の生き甲斐というか、生きる理由そのものである点が特徴だ。写真週刊誌が全盛だったこの時代、彼のような人間もきっと世の中に存在した(している)ものと思われる。
 相手は、当初は落ちぶれた芸能人だったのが、政界の重鎮の関係者や、日本に逆らえぬ者なき右翼の大物といった人間の弱みにターゲットはどんどんエスカレート。裏側にある吉井との昏い人間関係や、途中から登場する頭脳明晰淫乱女子高生・高木舞といったキャラクタも物語にアクセントを付ける。
 物語や、秘密を探っていく「HOW」の部分も面白いが、金に踊らされ、金に苦しむ人々が多数登場し、バブル狂乱華やかな東京が実に鮮烈に描かれる。主人公の変態度合いも凄まじいが、地上げ、金貸し、暴力に快楽といった当時の日本の世相が、覗き見という行為と共に鮮やかに目の前に蘇ってくる。その意味では、一種の都市小説といった読み方も出来よう。確かにバブルに踊る一時期の日本はこれくらい浮かれ、これくらいめちゃくちゃだったのだ。
 また馳星周の筆が、弱みを見せる人間や、ひたすらに暴力的行為に酔いしれる馬鹿たちをリアルに描くのだ。他人の秘密を握るという行為だけで、世の中を渡ってゆく主人公。変態だし性格的に褒められることのない人物なのだが、なぜかこのサバイバル生活には魅力を感じてしまう。物語の幕の閉じ方も馳星周らしからぬ、絶妙にして奇妙なハッピーエンドであるし、不思議な爽快感を伴った読書であった。

 とまあ、久しぶりに馳星周が読みたくなったので何となく手にとってビンゴ。決して道徳的に褒められる作品ではないが、悪人が大悪人を懲らしめる(かなり単純化すると)物語であり、素直に楽しめてしまった。暴力的、性的に過激な表現がある点は否定しないが、エンターテインメント小説としては流石の出来であるといえよう。


08/05/28
渡辺浩弐「2999年のゲーム・キッズ完全版DX」(講談社BOX'08)

 渡辺浩弐氏は、ゲーム制作会社の代表を務めながら講談社ノベルスなどで小説を発表。一昨年より創設された、この講談社BOXからは『iKILL』『ひらきこもりのすすめ2.0』等を刊行している。本書は、2003年にエンターブレイン社より刊行された『2999年のゲーム・キッズ完全版』に更に加筆修正が加えられた作品集。

 2999年。ゲーム・キッズが住むその都市は中心部に塔があり、その周辺部に住居、商業、工業地区があり、外周部は人体に悪い磁界で覆われていてその外に出ることはできないようになっている。つまりは外界とは隔絶された空間。塔は、その都市を管轄する人々が務める中心部であるが、九十九階より上は人間が行けないようになっているらしい。都市は完全にリサイクルされ、そのゴミに到るまで完全に回収・再生される。生きている人間はおらず、人間として暮らしているのは鈍色の肌を持った者たちである。人々の記憶のうち、都合の悪いものはリセットされ消去される。身体もまた年を追うごとに新しいものと入れ替えられていく。そんな都市に暮らす人々の物語と、たくさんの物語。(中盤部以降は全てショートショートによって構成されている。この都市を思わせる作品もあれば、この都市の成立以前と思われる物語もある)。その題名については沢山ありすぎるため割愛するが【聖人プログラム】【運命ゲノム】【罪人カード】の三つのカテゴリに括られ、全部で九十二作品ある――といえば、わかるでしょうか。

表向き近未来都市小説、その内実は傑作ショートショート集。見逃すなかれ。
 渡辺浩弐氏の原点がここに!!――というのが、講談社BOXでは帯にあたるシールに描かれたフレーズである。まず、書物としての形式に驚かされた。まずは都市の説明。イラスト含めあっさりと流されたあと、その都市に住まう複数の人々の視点でその内部での生活が描かれる。鈍色の肌、飛び出す目玉、購入する赤ん坊、猫もまた機械で、ジャンク屋の親父は罪人であったにも関わらず、その罪の記憶を消去されている。……ここまでは「なるほどなあ」としか正直思わない。未来都市ではあるが、そのどのアイデアもどこかで見た/読んだものが継ぎ合わされているような印象だったのだ。
 それが、一変させられる。前半四分の一が過ぎたあと、本書は全てショートショートで埋め尽くされているのだ。 さすがに生身の人間も多数登場することだし、この前半の世界のなかの物語ばかりではない。だが、そのテーマはどこか共通している。閉じた空間の内部でありとあらゆることが監視されているとするならば、ある事象の因果関係は全て繋がっており、必ず原因は特定される――という考え方から、全ての運命は決まっているとする「オプラス理論」(ラプラスの魔みたいなもんですね)、更に脳髄さえ自分のものであれば、身体のパーツは別に他人に渡しても構わないという考え方、四六時中ゲームさえしていればOK、ヴァーチャルの世界に生きてゆければ、リアルの身体のことなど知ったことはないという世界。その結果、現実と虚構が入り乱れ、ネット上の事象や自分の妄想こそが現実となってしまうような、虚実入り乱れた世界を舞台が物語の底に横たわっている。
 そしてまた、ショートショートとしてのレベルは高い。世界こそ上記のイメージに支配されているのだが、そこで現れる事象は現実世界の感覚を通じたとしても皮肉に満ちており、ブラックな笑いや背を冷やすような戦慄が、各編から立ち上ってくる。こればかりはもう読んで頂くしかない。

 出だしを少し読んだイメージで、近未来都市小説だと思い込んでいたのが思わぬ誤算。ただ、ショートショート集であっても、逆説的には近未来都市小説であることもまた間違いない。 パソコンやゲームにのめり込み、引き籠もりとなって生きる人類の姿を、渡辺浩弐は醜いもの美しいもの、全てお好みに切り取って、新たなかたちで読者に提示してくる。非常に刺激的な作品集である。


08/05/27
友成純一「魔界ハンター〔3〕カタストロフ降臨」(ソノラマノベルズ'91)

 三部作となっている「魔界ハンター」シリーズの三冊目にして完結編。一冊目の『魔王降臨』から『切り裂き魔降臨』刊行までが四ヶ月、そしてこの『カタストロフ降臨』までがやっぱり四ヶ月。早っ。

 〈地獄の炎〉教団に操られた英国にある超心理学研究所・所長のリチャードの野望をうち砕いた”魔界ハンター”こと村雨正人。前作で協力関係を築いた霊能力関係のインド系研究者であるサタジットと、日本の週刊誌記者・額田希美子と共に引き続きイギリスに滞在、ケンブリッジ大学に場所を移して引き続き霊能力を強化する研究を続けていた。一方、ロンドンの超心理学研究所では、米国から来た新所長ラルフ・アトキンスによって組織改革が行われ、〈地獄の炎〉教団直轄の集団となっていた。彼らは、ケンブリッジ大学にスパイを送り込み、正人らを監視していた。一方、〈地獄の炎〉教団の大司教は、ロンドン塔に巣くう幽霊たちを触媒に、UFOを多数呼び寄せて魔界の出現を試みていた。多数のUFO信者がロンドンに集結し、機は熟して、遂に大司教は魔界の召還を試みることになる――。

独特の精神世界解説や周辺人物に活気があるも、ラストは肩透かしといえる程に、あっさりするり。
 さてさて、続き物らしく前回のエピソードを引き継ぐかたちで物語は展開される。場所は同じくロンドン、更にケンブリッジ周辺が加わる。作者がこの作品執筆直前に、二年間ほどロンドンに滞在していたということもあって、その土地の雰囲気が非常によく作品に投影されている。ロンドンっ子の気質、イギリスという風土、さらにケンブリッジにしろロンドン塔にしろ、その観光名所としての扱いではなく、一歩進んだ裏の描写に到るまで。このあたり、友成純一のロンドン紀行ものに繋がる丁寧さがあり、その意味ではトラベル・ミステリならぬ、トラベル・スプラッターの興趣がある。(まあ、そんなジャンルは普通ないが)。
 ただ、作者が飽きてきたのか? 物語の展開は平板だ。正人とサタジットがよくわからないが霊界を探索する強化服を作り、その強化服によって正人が次元を超えた霊界を彷徨う。そのあたりの精神部分中心の描写もまた、奇妙にリアルであったりするのだが、いかんせん物語の本筋とはあまり関係がない。後半に到り、ラルフ・アトキンスの手下及びロンドン塔の守護者たちvsケンブリッジ大学の精鋭たちという死闘は、その時代錯誤一歩手前の訳のわからなさ(互いにロンドン塔にある古い武器で戦うってなあたり)盛り上がる。
 が、そこでページは尽きる。サタジットこそ僅かに活躍の場があるものの、正人は本作ではほとんど何もしない。いや、何かしているのかもしれないが、ページ上ではスキップしているので伺い知れないのだ。らしいというか、何というか。本来盛り上がる一歩手前でぷっつりと物語が途切れる。 「ここまで盛り上げておいて、こうですかいぃ?」という脱力加減が友成純一。

 この、するりとした肩透かしも含めて愛せる読者向け……というか、恐らく今となっては、こういった友成作品の独特の妙味に中毒となった人くらいしか、作品を読んでいないのかもしれない。全世界どころではなく全宇宙を網羅するような大風呂敷とこのよくわからないラスト。大好きです。


08/05/26
針谷卓史「花散里」(講談社BOX'08)

 針谷氏は1977年生まれ。第13回三田文学新人賞を「針谷の小説」で受賞。本作は初の長編作品。2008年に講談社BOXから出た新人三人衆(?)のひとり。

 大学の文芸部に所属する坂寄誠一は、七ヶ月間交際していた美耶子さんから振られてしまう。十二月七日、「坂寄君って、付き合う前に思っていたより、面白くない人だった」のひと言。せめて後、クリスマスまで十八日間だけでも、という坂寄の懇願は無視され、翌日から美耶子さんは決して見た目が格好いいとはいえない男性と仲良く話しているらしいところが目撃される。一方、この試練を乗り切るため、友人の荻野から誘われた、渋谷で行われる五千円の合コンパーティに出掛けることにする。会場のノリにはついていけなかったが、男女の番号札を合わせるゲームの際に話しかけた三人組の一人の持っていた番号の「3」にボールペンで「1」の数字を加え、自分の「13」に合わせてしまうという大技を使った結果、坂寄は津村真衣と出会った。その津村真衣、驚いたことに坂寄の大学の下級生で、能楽研究会に所属しているのだという。彼女と交際することになった坂寄は様々な策略と努力を続け、一方、荻野の方は津村真衣とも友人のモノリスとも見間違えそうな女性と何故か交際するハメに。そして彼らの日常は過ぎてゆく……。

現代的空回り刹那的男性視点の不毛で賑やかな恋愛模様
 まあ、比べるならば森見登美彦ということに自動的になってしまいそうだ。ただ、森見作品の主人公たちほど主人公たちは恵まれていなくない。 いわゆる男子学生が持っていると思い込むようなハンデがなく(例えば、三十万円近い仕送りがある立場であるとか)、将来的に政治家に進むことが決まっているという引け目はあるかもしれないが、いずれにせよ刹那的にはモテ系に属する人間が主人公である。ただ、それでも悩む悩む。
 どれくらいの年齢になっても、男性は女性の考えていることはわからないし、わかるつもりでいても本質的なところはわかっていないもの。本書の場合、その身も絶え絶えの狂おしい気持ちが独特のユーモアとなって物語全体を覆っている。 ただまたその煩悶と努力とが、最終的に津村真衣という女性の本質らしきものが浮かび上がってきたときの、彼の立ち位置の伏線として繋がっており、全体的には一連の流れとして物語はまとまっている。主人公と並行して別のかたちで苦しむ、親友の荻野もまた味わいある活躍をする。彼が主人公で物語が進んでいた場合、更に暗くじめじめとした青春小説となっていた筈で、それはそれで邪悪な意味で読んでみたい気もするが。

 とまあ、ミステリでもSFでもなく、男子のための恋愛小説というところが落ち着きどころ。 大学生のエネルギーの消費の仕方についてリアルに現代学生の生態を(たぶん)描き出している点に価値がある。ただ、そのあたりのエネルギーの描写はまた森見登美彦と重なるところもありそうで……。一作だと評価の難しい作家である。


08/05/25
霞 流一「死写室」(新潮社'08)

 あとがきにもあるが、霞流一氏初の短編集。これまで連作短編集や中編集はあるがそれぞれが独立した物語となって、かつ短編ばかりというのは2000年デビューの霞氏にとって初めてなのだという。全八編のうち、表題作「死写室」と「届けられた棺」二編が書き下ろし。他は『小説新潮』誌の2000年1月号から2007年4月号にかけて散発的に発表されてきた短編作品がまとめられた。

 1960年代に公開されたアクション時代劇「むささび道士」リメイクの現場で映画製作プロダクション社長の父親、かつて初代「むささび道士」を手がけたプロデューサー・大橋貞助が、届けられた柳行李の中から死体となって発見された。さらにその柳行李、密室の中に置かれていた……。 『届けられた棺』
 クランクイン迫る映画「吸血紳士ジャパキュラ」の現場で、人気タレントに衣装センスをバカにされたばかりの衣装係が死体となって発見された。しかも吸血鬼の衣装に身を包まれて。さらに現場には被害者の足跡しか見当たらない……。 『血を吸うマント』
 映画「バリウムの鬼門」地方での撮影ロケ中、退屈凌ぎでバイクで出掛けた俳優とそのマネージャーが転倒して事故。怪我は無かったが、その周辺にはない筈の高い塔を事故の直後に目撃したと俳優がいう。続いて今度は宿泊先の旅館でそのマネージャーが殺害された……。 『霧の巨塔』
 「アーケードの女」という映画ロケ中、配役をも一存で変えてしまう鬼監督が首を切断された死体でプロデューサーの部屋から発見された。一方、監督の部屋からはプロデューサーの首切断死体が……。しかも胴体は相互に入れ替わっている。これは何を意味するのか。 『首切り監督』
 映画「仁義オブ・ザ・リビング・デッド」撮影中、生意気な口を叩く装飾スタッフが倉庫内で殺害された。しかし原作者の漫画家の目撃では、その被害者が倉庫に入った形跡はない。さては道具と共に……と思われたが、その間搬入された道具にも全く空間のありそうなものは無かった……。 『モンタージュ』
 映画「マスクド・シェフ」がクランクアップを迎える寸前、マスコミ向け特別公開がされた。俳優同士の人間関係に問題があるなか、主演の広沢の部屋で死体が発見された。マスクが付いた死体を確認すると死んでいたのは広沢のスタント・小出。しかし広沢自身も屋外でまた死体となって発見された。 『スタント・バイ・ミー』
 「恋人はハンガー」のマスコミ試写に紅門福助は駆け付けた。しかし配給会社の広報の女性が紅門を入り口で止める。中では映画評論家二名だけが鑑賞しているのだというが、うち一人が死体となって発見された。当然もう一人が疑われるのだが、どうやら彼は犯人ではないらしい……。 『死写室』
 映画「ライオン奉行II」初日。監督を降ろされたことを根に持ち、何かと嫌がらせを続けてきた伊備が問題行動を起こすのではと警戒していた紅門。しかしその隙を縫って伊備は映画館に突入、フィルムを切断しようとする。騒動は収まったが上映後、映画館の支配人と伊備が二人、館内で死んでいるのが発見される。 『ライオン奉行の正月興行』 以上八編。

メリット・デメリットあるが短編でも長編ネタを縮めてしまう。これがきっと霞流。
 ミステリ作家のインタビューとかを参考に考えると、思いつくミステリとしてのアイデアを短編用と長編用とで切り分けて検討する――のが多分、普通。しかし、この作品集を読んでいると(中編集『おさかな棺』の時も多少はそういった印象を受けたのだが)、霞流一氏は全てにおいて一つの作品(それが長編であっても短編であっても)に全力投球してしまうように感じる。この短編集ではその思いが強くなる、というか八つの作品、全て力の入ったトリックが仕掛けられていることに(もしかすると本編の個別トリックよりも)驚かされる。しかも、そのアイデアが半端ではなく、不可能趣味と強烈な見立てといったこれまでの霞流一長編で打ち出されてきたものと同種のトリックを惜しげもなく注ぎ込んでいる。
 さて、その内容はというと、まず映画の製作現場や業界に絡んで発生する殺人事件を、霞作品のレギュラー探偵の一人・紅門福助が解き明かすもの。密室や見えない殺人者は当たり前。切断されていた頭部が入れ替わっていたり、死体の覆面を取ると別人だったりと、とにかく「奇妙な死体」を創り出す腕前は引き続き超一流
 そして、霞ミステリの特徴、飛躍しながらも精緻に組み立てられる論理もまた健在。紅門福助という探偵が、基本的にアホな喋りをしたり謎の行動を取ったりするものだから余計に見えづらいが、謎解きの際の細かな論理には冴えが光る。個人的には事件面では『届けられた棺』『血を吸うマント』が好み。更にはロジックの冴えは『モンタージュ』『ライオン奉行の正月興行』にみられる。しかし、なんといってもシンプルな構成ながらオバカなトリックが光る表題作『死写室』は素晴らしい。(人によっては怒るであろうトリックだが、これは凄いなあ)。あと『霧の巨塔』でみせるこれまたオバカな状況が下敷きとなっているとはいえ幻想風味にも深い味わいがあった。
 ただ――初の短編集ということで問題点というか、読みづらいなあと思うところもあり。恐らく長編の感覚でトリックとシチュエーションを詰め込んでしまった結果、読みやすさや把握しやすさという点でマイナスがある作品が多い。余計にきっちり中編以上のボリュームで読みたかったような気分も残った。

 とはいっても、短編としてじっくりじっくり読むと伏線から論理、そして奇想トリックからその解決に到るまで、少なくとも本格ミステリとしては緻密な構成を持っている。 少なくとも本格ミステリファンであるならば、この作品を面白がれるかどうかが一つ試金石になりそうな気がする。一方で、先に書いた理由から一見さんがこの世界に没入するのはちと辛いかもしれない。


08/05/24
森 博嗣「タカイ×タカイ」(講談社ノベルス'08)

 すっかり講談社ノベルスの”顔”となっている作家のひとり、森博嗣氏。同ノベルスでは五つ目のシリーズ(世界は繋がっているが)となる「×シリーズ」の三冊目となる作品。

 椙田の事務所のアルバイトである真鍋瞬市は、本業である美術大学の授業に出るため朝早く家を出た。学校に行く途中にある屋敷での人だかりに行き会う。そこは有名なマジシャン・牧村亜佐美の自宅で、突き出たポールの上部に人のようなものがぶら下がっていたのだ。授業に出た真鍋はクラスメイトの永田絵里子から、どうやらマジックの演出ではなく事件だと聞かされる。死体は他殺で、殺されていたのは牧村のマネージャーの横川という男だった。真鍋から事件を聞いた小川令子は当然興味を持ち、真鍋と共に事件現場へと出向く。彼らはそこで牧村家から出てきた西之園萌絵と出会う。彼女が以前に関わった事件との関係を警察が疑っていたというが、彼女は無関係と判断していた。一方、娘がその横川の婚約者であったという実業家・三澤から私立探偵の鷹知祐一朗。彼は、牧村と横川、さらに行方不明となっている牧村の師匠・鷲津伸輔と三角関係があったことを突き止める。また、事件のあった晩、牧村と横川はファンらと共に過ごしており、横川が先に会から抜けたのだという……。

高く上げたこと自体に意味はなく、むしろ人間関係ドラマ。普通のミステリーです
 ミステリとしては一番のポイントは、やはりなぜ死体を高く吊り上げたのだろうか――という一点。高さは十五メートル。朝に通りがかりの人から発見された通り、なぜそんな目立つことをしたのか。誰かに対する見せしめか、怨恨か、それとも……というところ。しかも、周囲に高い建物もなく、宙から突き刺されたような形跡もない。
 かなり魅力的な謎ではある。のだが、読み進めてゆくとわかることだが、作者はこの吊り上げという犯人の行為に対して、残念ながら「HOW DONE IT?」の興味をほとんど提供しない。 中盤以降で明かされるそれは、まあ、建築でポールが上下する構造になっていたというもの。これでサプライズというのはまあ普通の読者であればまずあり得ないところ。ただ「WHY DONE IT?」、即ちなぜこんなことをしたのか? という意味ではミステリの体を成している。とはいえこちらもまた、女性マジシャンを中心とする人間関係が少しずつ浮かび上がってくることを待たなければ、その理由は見えてこない。ここに到るまで、真鍋や小川を中心に推理をいろいろ働かせる場面もあり、その部分は本格ミステリっぽいところもあるのだが、さすがに伏線が揃っていないことにはどうしようもない。最後は登場人物のある性癖が明らかになってようやく理由がわかるのだが……。まあ世間一般的な、読者による謎解きを全く意識しない、普通のミステリーと同じようなレベルだとしか言いようがない。
 但し、この「Xシリーズ」における世界の謎という意味では着々と伏線というか、秘密となっている部分が断片的に明らかになっていく。椙田の対西之園の、なんかちょっとお間抜けにすらみえる防衛ぶりなど面白い。

 本作単体では全くミステリファンには勧められるレベルにないため、やはりシリーズ読者のための作品ということになるだろうか。ただ――、この「×シリーズ」、実は三冊続けて「複雑な人間関係」がテーマとなっている。 そのための陳腐さは避けられないものの、なんというか「森博嗣、今度はいったい何を狙っているのだろう?」 という興味が、好事家を引っ張ってゆくところもある。


08/05/23
蒼井上鷹「ホームズのいない町 13のまだらな推理」(フタバノベルズ'08)

 第26回小説推理新人賞デビューという経歴もあり、双葉社からの作品発表の多い蒼井上鷹氏。本書も、『小説推理』誌二〇〇七年四月号から二〇〇八年三月号までに発表された短編に、書き下ろしの『もう一本の緋色の糸』が加えられ、連作としてまとめられた作品集になる。

 美術サークルに関連するブランデー・ナポレオンの瓶が次々に割られる事件が発生。しかもたまり場のアトリエで殺人事件があり、更に放火で焼けてしまって……。 『六本のナポレオン?』
 徹夜明けの朝、彼女に出会い、その彼女にあるコトを告げた。彼女は彼の気持ちに反し、そのひと言から恐怖に駆られてしまったようで……。 『被害者は二人』
 子供の面倒をみるのが大変な多忙なキャリアウーマンは、以前にもしたことがあったが子供に盗聴装置を付け、何か起きていないかモニターすることにした。が、その子供が誘拐されてしまい……。 『あやしい一輪車乗り』
 かつて世話になった元ペット探偵との再会。彼女の勤めるカフェのアホロートルを眺めにきていた彼だったが、そのアホロートルが全滅する事件が……。 『ペット探偵帰る』
 三分の一にぶったぎられた札束の一部が空き地に埋まっているはず……。しかしその空き地の持ち主にはある伝説があり、そこを掘り返させてくれそうにない。 『第二の空き地の冒険』
 常に勝負を挑もうという先輩と、その先輩に賭けで負け続ける後輩。そこにはある理由が……。 『赤い○』
 観察力が異常なまでに鋭い四家(しや)と、その四家と共に生活する、少し抜けた音栖(おとす)。音栖の存在が四家の活躍を引き出していたのだが、音栖はその事実に対して実に鈍感であった。 『五つも時計を持つ男』
 老人はマンションの三階で雨樋にしがみついているところを救出された。老人がそんなことをしていた理由とは……。 『吐く人』
 病気の母親の初恋の人を探し出し、母と会わせてやって欲しい。息子からの依頼にサンライズ探偵社の三竹と、見習いの城は調査を開始。どうやら、その人物は一部で有名で、雑誌社のコネを辿れば彼にたどり着けるものと思われたが。 『四つのサイン入り本』
 推理小説新人賞の応募作品のうち、ある人物に下読みに回された全てに同じシチュエーションでの事件が描写されている。果たしてなぜ? 『銀星ちゃんがいっぱい』
 ミステリ賞の下読みをしている六坂は、ミステリ好き仲間の郡司が殺人の容疑で逮捕されたことを知り仰天する。しかも郡司がかつてその賞に応募してきた原稿が雑誌に掲載されるのだ。心穏やかならない六坂は一計を案じ……。 『まだらのひもで三kg』
 殺人罪で起訴された郡司の無罪を晴らそうと、郡司には心当たりのないボランティアが動いてくれたのだという。彼らの正体は……。 『覆面の依頼人』
 そしてそれぞれの事件は一つの事件へと収斂してゆく……。 『もう一本の緋色の糸』 以上、十三編。

少なくとも題名や展開は微妙にパスティーシュ。本家を意識しているのかしていないのか。スタンス微妙なミステリ
 個別にじっくり読むことができるのであれば、とりあえずかなり面白い。題名からも察しが付く通り、ホームズものの有名な(あまり有名とはいえない作品も含めて)作品を下敷きに事件が形成されている。 ホームズとワトソンの関係性を皮肉った事件があったり「あのひと」が登場したりと、細かな点にも細かなホームズtipsが行き届いており、シャーロキアンクラスのホームズファンであれば、にやりと笑えるところがかなりあると思われる。個人的には最近ホームズを大量に再読していたこともあり、その意味ではまず十二分に楽しめた。
 また、ミステリとしてもスマッシュヒットだと思える作品がある。(一方では場つなぎにしかなっていない作品もちらほらとある)。そのなかでも特に『あやしい一輪車乗り』は構成がよくできており、子供の誘拐におろおろする親の視点から物語を展開させるという描写の視点角度が巧い。加えて、その一人称から反転するコトの真相も意外性があって優れている。ミステリとしては二重にオチを形成しており、通常犯罪が日常の謎に変化したあと、さらに犯罪の匂いを感じさせて物語を閉じる、なんともいえない邪悪さが良い。ただ、全体的な印象にも通ずるが、他の作品は短編の割に若干内容に凝りすぎてしまっていて、アイデアとしては優れているものの、ミステリ作品として眺めた際、インパクトが若干弱いようにも思える。シチュエーションに凝りすぎたり(ウーパールーパーとか)、回りくどい表現になっていたりと、微妙に損がある。
 全体として連作にしよという意志は最初からあったものと思う。その結果、ある町で、かつ様々な関係者が事件に関係することになり、一種のコージーミステリといった状況を形成したところまでは面白いと思う。ただ、致命的なのはそれらをまとめる最後の作品のオチが、収録されている他作品に比べるとあまりにインパクトが弱い点が問題。というか、とてももったいない。 ここで総花的にあれもこれも取り込むのではなく、もっと別のかたちの伏線などで全く別の切り口がみえていれば作品集全体が傑作となった可能性がある。少なくとも本作の最終短編は、これまでの事件の見え方の延長でしかなく、その分インパクトに欠けてしまっているのだ。やはりこのあたり残念かも。

 ここまで書いた通り、ホームズ作品を最低限知っていることが楽しめる条件となってしまう気がする。ミステリとしても優れている作品があり、水準の高さや発想のオリジナリティは個々の短編に認められるだけに、連作にするのであればそれはそれで作法というかテクニックを磨いて欲しかった――というのが正直なところ。


08/05/22
山口雅也「モンスターズ」(講談社'08)

 山口雅也による広義のミステリ作品が採用された《Mシリーズ》の三冊目、即ち『ミステリーズ』『マニアックス』に続く、シリーズでは十年ぶりとなる短編集。

 文学が好きでサラリーマン生活が合わないと思いながら暮らし続ける私。その私が恐いと考えるのは、もう一人の私と出会ってしまうこと。そして私は会社の飲み会の帰り、遂にホームレスとなっている私と出会ってしまう。 『もう一人の私がもう一人』
 ホテル探偵をしていたが、宿泊客との情事がバレてフリーの探偵をしている”わたし”。金持ちのワイズフィールドの依頼で彼の娘のスーザンの行方を捜しに場末のバーにやって来た。店にいた娼婦・サラの協力を得て近くの娼館にスーザンがいることを突き止めるが……。 『半熟卵(ソフトボイルド・エッグ)にしてくれと探偵(ディック)は言った』
 東京でテレビ局関係の仕事をしている私。深夜に葉山の森戸海岸までタクシーを走らせる。饒舌なタクシーの運転手は人から聞いた話だといい、百円ベンツや千円ジャガーといった都市伝説を滔滔と喋り、私はそれを聞き流しながら鬱陶しく感じた。そして……。 『死人の車(デス・カー)――ある都市伝説』
 しこたまウィスキーを飲み、麻薬も決めた黒人の歌姫、元娼婦。彼女はいつも自分が望むことと反対になることを知っていたので、わざと故郷へ向かう列車とは反対方向へと向かう。その途中で様々な厭なものを目にし、そして自分自身も変質してゆく……。 『JAZZY』
 箱根に住む変わり者の芸術家・匣本夜一の取材を命ぜられたフリー編集者の綾瀬千尋とカメラマン吉川恭介のコンビは、これまた偏屈な作家・黒木冥海を対談させるべく、匣本の住居へと向かう。匣にこだわる匣本は寄せ木細工を意識した家に住み、幻の女優で最近行方不明になった貴島麗子とも面識があった……。 『箱の中の中』
 第二次世界大戦中のドイツ。東プロイセンにある総統司令部には、オカルトに傾倒していたナチスの研究部隊アーネンエルベ協会が存在していた。世界中の異端学者が集められた結果、吸血鬼や人狼といったモンスターが実際に誕生していたが、その特質により、ナチスの思惑通りに軍隊にするのは至難のことであった。 『モンスターズ――怪物團殺害事件』 以上五編。+『LINER NOTES』

ミステリというよりもむしろ幻想小説に近づいてゆく。奇妙なモンスターたちの物語
 あの『マニアックス』から、もう十年が経過したのか――という感慨はさておき、相変わらずこのシリーズの装幀は美しい。本作は、その装幀に見合うだけの奇妙な物語が並ぶ作品集となった。異世界を舞台とした本格ミステリといった趣のあったこれまでとは異なり、異世界を舞台とした、異世界の物語、むしろストーリーテリングに軸足が移されているという印象だ。また、少なくとも『半熟卵にしてくれと探偵は言った』は、とあるアンソロジーにも収録されているなど、基本は『メフィスト』発表作品ながら、他でも既に単行本に入っている作品も混じっている。
 山口雅也らしい、これまでの印象でいうミステリという意味では、やはりその『半熟卵』ということになろうが、サプライズが意外なところに仕掛けられているとはいえ、全体としてはそのサプライズよりもハードボイルドの確立された世界内部で中途半端にしか生きられない主人公の悲哀が際立っているように思う。また、『死人の車』なども有名な都市伝説に対するある解釈など「なるほどっ」と思うのだが、全体としては現代怪談仕立てである。
 なかでも圧巻なのは表題にも関係する『モンスターズ』。二十世紀初頭に映画を賑わした”モンスター”が、実際にこの世に現れて活躍する――という発想自体は珍しいものではないながら、それをナチスドイツに持ち込んだアイデアが面白い。実際にクローズドサークル内部で、人間相手では無敵とも思えるモンスター同士が不思議な戦いをする展開は(多少、オチとなる部分が透けてみえようと)、蘊蓄でモンスターの存在を説明したりするなど工夫が多く、迫力に満ちている。一方で落としどころになる部分が多少、普通に教条的であるという点で、折角の傑作の点数を落としているように思えた。

 山口雅也作品のファンであれば、それぞれの作品が醸し出す独特の世界を感じるだけで酔えること請け合い。ただ、異色の本格ミステリ作家という側面からは、本作の直後に刊行されている『キッド・ピストルズの最低の帰還』が圧倒的にレベルが高い。あくまで幻想小説含みである点、そして広義のミステリーである点を踏まえて手に取るべき作品集だろう。


08/05/21
東川篤哉「もう誘拐なんてしない」(文藝春秋'08)

 '96年、鮎川哲也編『本格推理(8)』に「中途半端な密室」が掲載され東川篤哉はデビュー。2002年に「Kappa-One」の第一弾に選ばれた『密室の鍵貸します』にて本格デビュー。以降、東川氏は、独特のユーモア本格ミステリを着実に発表している。

 下関。二十歳の大学生・樽井翔太郎は夏休みに割の良いバイトを探すため、先輩の甲本一樹に相談した。その結果、なぜか甲本の営むたこ焼きワゴンを手伝うことになり、甲本は翔太郎に仕事を任せて夏休みを取ってしまう。門司港まで出向いて商売していた翔太郎の前に、いかにも悪漢ぽい二人組から追われる女子高生が。思わず彼女を助けてしまう翔太郎。彼女は、門司港近辺に縄張りを持つ花園組の娘、花園絵里香と名乗る。彼女の父親違いの妹が重病で入院しており、その費用を捻出したいという話を聞いた翔太郎。彼は花園組を相手に、狂言誘拐をしてみないかと絵里香に持ちかけた。とはいっても、翔太郎一人ではどうにもならず、先輩の甲本のところに押し掛けて相談。甲本も一晩悩んだ結果、誘拐は厭だが詐欺ならOKという理由から作戦を共に練り始める。一方、花園組は絵里香が戻らないことで大騒ぎ。組長の狼狽ぶりは凄まじい。その騒ぎをよそに姉さんぶりを発揮するもう一人の娘、お嬢こと皐月は、近場にて偽札を作っていたと思しき印刷所を発見、大量の偽札が金庫に眠っていると同時に、印刷所の持ち主の死体とでくわしてしまう――。

狂言誘拐だけの話と思いきや二転三転。――それ以上に生暖かい東川ユーモア炸裂の印象強し
 東川篤哉の長編作品は基本的にかなりきちんと考え抜かれた本格ミステリである。 であるはずで、実際に本作でもユニークな切り口のトリックが使われる本格ミステリなのだが、どうにもこうにも、その本格ミステリとしての印象はなぜか読了後薄い。本作でも狂言誘拐の身代金受け渡しをクライマックスに取るかと思いきや、そこに別の関係者の死体を絡めて特殊な犯罪へと切り替わってゆく。そこで用いられた策謀にせよ、最終的な謎解きにせよ、手掛かりも伏線も準備されており本格ミステリとしての要件は間違いなく満たしている。……にもかかわらず。
 だが、東川氏の慣れてくるとたまらなくおかしいユーモア・ミステリの、ユーモアの方の部分が本作効き過ぎなのだ。主人公の翔太郎、ヒロインの絵里香、お嬢、組長に数少ない組員たち――といったところがそれぞれ謎のボケ傾向を持っており、会話にせよ、テンポにせよ絶妙。これまでの長編作品では無駄な笑いもあったと思うのだが、本作はその笑うところであってもぽんぽんと話が進められてゆくため、むしろネタが面白い割にすっきりしている印象だ。特に組長の狼狽ぶりと、翔太郎のいい加減かつタフな部分に良い味がある。
 犯人については、若干安易に共犯関係が持ち出されるので、がちがちの本格ミステリ至上主義者にとってはご不満な点もあるかもしれない。だが、現れるはずのない死体であるとか、消えた身代金であるとか、謎の提示の仕方もスマートで、かつそこに細かなトリックがある点、読んでいて嬉しくなる。(まあ、本作の場合、真犯人が当日現れた様々な諸条件から、準備含めた犯罪計画に突入したのはさすがに時間的にかなり無理があったのではいかとも思うのだけれど……、もしかするとこれも笑うところなのかもしれない。)
 あと、検証をきちんとしていないのだが、登場人物の名前はかなりプロ野球関係者の名前がもじられている? 
 いずれにせよ、丁寧にプロットから作り込まれ、トリックが存在し、その物語そこかしこに東川節というか、ノリの軽い会話による仕込みがあるような作り方。こういった基本姿勢だけでも、現代のユーモア本格ミステリ作家(ミステリ”ー”作家と音引きがあるか?)としての存在価値は十分。<br>
 実際個人的には、読んでいて吹き出したり声を出して笑ったりとはしなかった一方、読んでいるあいだ中なんとなく口元がにやついてしまった。その中途半端ななま暖かさが東川作品の真骨頂――なのではないかと考える。

 とりあえずソフトカバーの四六判での刊行。ただ、いずれは文庫にもなる可能性が高そうだし、そうなったらまたファンは増えてゆくように思う。死体は登場するものの事件そのものが深刻ぶっていないところも良い。今の段階か、文庫化された後の段階か。気になる方はぜひどこかで読んでみて頂きたいものです。