MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


08/06/20
朱川湊人「スメラギの国」(文藝春秋'08)

 『別冊文藝春秋』誌2004年11月号から2006年5月号にかけて連載された長編作品の単行本化。

 親の再婚や新興宗教によって育った家庭になじめず、家を飛び出したまま実家と絶縁状態で生きてきた志郎。遂に彼は交際してきた麗子との結婚を決意し、新居となる予定の広めのアパートへと引っ越しを果たす。会社の同僚から人気車を安く手に入れ、数少ない友人も志郎を祝福してくれる。目下の問題は、どうやって麗子の両親と挨拶をするか……だったが。 そのアパートの前には広大な空き地が拡がっており、猫がたくさん集まっていた。志郎は、猫好きの麗子にも唆され、アパートに入り込んでくる二匹の猫をいきなり飼う羽目に陥る。持ち主である大家からは白い猫に構わないようにという謎めいた忠告を受けていた。車がようやく手に入り、空き地を車庫代わりに使おうとした志郎だが、車庫入れの際に誤って小さな白い子猫を轢き殺してしまう。その日をきっかけに、志郎と猫たちの静かで凄惨な戦いが始まった……。

猫、猫、猫のファンタジー。人の世界と獣の世界の齟齬が哀しい闘いを生み出す
 基本的にはアパートに引っ越してきてからの志郎が、その地に住む猫と交わり、それでいて不幸な事故をきっかけに猫たちと戦いを繰り広げる話。相手にあたるのは、アパート前に空き地に住む不思議な能力を持つ猫と、その影響下にある、互いの意思疎通が可能で思考能力を持つ”新しい猫”たち。人の視線で描かれるパートでは、ちょっと奇妙な猫がいるな、というものだが、猫の視線でも物語の一端が描かれ、その感覚はなかなかに斬新だ。
 ただ、一旦戦闘モードに入った、その猫たちの戦いぶりが無謀というか自虐的というか。 志郎の隣人宅の赤ん坊を殺害するあたりは(残酷とはいえ)想像のうちなのだが、途中でみられる猫による特攻攻撃がなんともやりきれない。(が、麗子が被った災害はその特攻によって齎されたともいえるのか)。
 他に子供を交通事故で失ってぼろぼろになっている志郎の同僚・村上や、新しい猫の視点で物語を下から支えるアイスとチョコの二匹の猫の話などがところどころで浮かび上がる。……が、猫の話はとにかく村上の話の方は、どちらかというと物語を冗長にしてしまっている感がある。(その前の猫殺し男が成敗される話は必要)。読み終わって、ここまで長い物語にする必要はあったのか? という疑念は正直残る。
 猫に襲われる恐怖を描いたパニック・ホラーという見方もできようが、そう取った場合はこの”新しい猫”たちの、志郎に対する攻撃がどうにも中途半端。恐怖を煽るにしても、もう少し効果的な方法がある筈で、それもまた先に述べた冗長さと繋がっているように思われた。

 最終的に切ないけれども、それでもハッピーエンドにオチを持ってくる手腕は朱川作品らしさを感じるところ。 ただ、猫がたくさん出てくるのですが、猫に対する暴力的場面、残酷な描写も少なくなく、猫好きの方はむしろ読まない方が良いのではないかと思われます。


08/06/19
辻 真先「小説 佐武と市捕物控」(ソノラマ文庫'76)

 文章は辻真先だが原作は石森章太郎。アニメ化もされ、昭和四十二年に第13回小学館漫画賞を受賞した、石森章太郎の漫画作品『佐武と市捕物控』のノベライズ版にあたる。このソノラマ文庫版の挿絵は石森の画が使われており臨場感溢れる内容となっている。(すみません、該当の漫画もアニメも見たことがございません)。

 江戸の治安を守る与力・同心。その配下にいるのが岡っ引きであり、更にその岡っ引きの手下となるのが下っ引き。佐平次という岡っ引きに世話になる下っ引き・佐武は捕縄術の名手。そして彼の親友には、居合い抜き名人の盲目の按摩・市がいた。その佐武が高熱にやられ、高価な南蛮薬があれば治ると聞いた市は、賞金稼ぎのため蝦夷に向かう。アイヌの宝の在処を記した魔犬が人を襲っており、その犬の首級を挙げれば松前藩が五百両もの賞金を出すというのだ。首尾良く魔犬を倒した市は、その地で間宮林蔵と出会う。市のおかげですっかり良くなった佐武だが、正月早々に事件に遭遇する。おはぐろ長屋に住む新吉が胸を一突きされて殺されたというのだ。現場には雪が積もっていたが下手人の足跡がない。更に力自慢の新吉があっさりと胸を突かれたとも思えないのに現場には荒らされた跡すら残っていなかった。事件の真相を佐武は見破るが、事件には御典医・土生玄碩が関係していた。後に幾つかの事件と佐武と市は関わり合うが、全て医学がなぜか絡んでいるのであった。果たして江戸の医学界にて何が起きているのだろうか?

単なるノベライズの領域を超えた、本格ミステリにして連作短編の趣向が冴えた作品
 今でいうならばライトノベルレーベルのノベライズ作品にあたるのだろうか。原作を知らないでいうのは問題があるのだろうが、登場人物や背景、設定は間違いなく原作通りながら、ここまで本格ミステリとして充実した内容にしているのは間違いなく辻真先御大の功績であろう。 今でこそスピンアウトといった遊び心は商業出版のノベライズ作品でも数多くみられるが、当時としては、原作に忠実ではなく設定だけ頂いてオリジナルストーリーでまとめてしまうのはかなり大胆な行為だったのではないだろうか。(但し調べた訳ではないので断定が出来ません)。
 そして、もちろん流石に辻真先ということでミステリとしての深い趣向が凝らされている。 細かくは、江戸に季節毎に発生する事件を春夏秋冬テーマでそれぞれに不可能犯罪が発生するという趣向が一。続いてはその犯罪の裏側に共通点があることが二。それらが最終的に繋がるのが三である。
 まず一。春は雪密室。夏は人間消失。秋は犯罪者追跡行中の陰謀とちょっと本格からは離れるが(彼らが道中襲われた理由あたりはプロット主体の本格ともみることはできる)、冬は倉庫に保管していた酒への毒物混入騒ぎ。特に感心したのは、夏の人間消失。現代でこのトリックをテーマにするとアンフェア以下の扱いにされてしまいそうなところ、ある”物”の存在は知ってはいても見たことがないという江戸時代だからこそ成立するトリックが使われている。また、盲目の市に光を取り戻したい、と腕利きの目医者ときけば乗り込んでゆく佐武の行動が、このノベライズ作品における重要テーマと密接に関わっているところが趣向の二にあたる。
 そして連作短編集の趣が三。それまでの不可能犯罪をそれほど無理することなくつなぎ合わせ、気付きにくい共通テーマがあったことを明らかにしてゆく。それほど難易度は高くないが、その理由となっていたある人物の行動もまた、現代であれば取るに足りない(ように思われる)事柄であり、その人物の志の方が高いようにみえるのに、時代の流れ(逆行する流れであっても)には逆らえないという点、時代小説(漫画)を題材にしながら実にシビアな現実を提示しているところが特徴だ。

 以前から、この作品はノベライズではあるものの本格ミステリだよーという話を聞いていて、いつか読みたいと思っていた。ようやく古書店で入手できたため早速読了。ミステリだけで取り出すと若干弱いところもある(トリックが平凡だとか)ものの、この漫画世界と溶け合うことで、普通の本格ミステリとは微妙に異なった味わいがある点、きっちり満足。


08/06/18
森 博嗣「銀河不動産の超越」(文藝春秋'08)

 『別冊文藝春秋』第二六七号から第二七四号にかけて掲載された作品の単行本化。一応連作短編集という体裁ではあるが、実質は長編として読むのが正解か。銀河不動産に勤務する高橋氏が主人公ながら、恐らく本書にまとめられた段階でこの登場人物はその役割を終えている印象だ。

 県内では随一の国立大学に所属しながら就職活動で惨敗を続けた”私”こと高橋は、最終的に「ここだけはやめておけ」と就職担当の先生にいわれた銀河不動産に就職することになった。果たして下町にある銀河不動産は、大柄で威勢の良い銀亀元治社長と事務員の佐賀さんの二人に、私を加えた三名で運営されている小さな会社。ようやく仕事に慣れ始めた頃、白い外車に乗った一人の女性が銀河不動産を訪ねてくる。このあたりの大地主である間宮家の娘・葉子なのだという。社長の紹介で私は巨大でがらんとした家を彼女に案内するのだが、彼女はその家を借りて、私に住むよう奇妙な依頼をする。従来のアパートと同じ家賃でだだっ広いその家に住みだした私の周囲には、なぜか銀河不動産絡みの奇妙な客が寄ってきて……。一応、連作短編集の体裁はとっているが、だらだらした長編としても読むことができそう。
『銀河不動産の超越』『銀河不動産の勉強』『銀河不動産の煩悩』『銀河不動産の危惧』『銀河不動産の忌避』『銀河不動産の柔軟』『銀河不動産の捕捉』『銀河不動産の羅針』 以上八編。

森博嗣流・わらしべ長者、もしくは森博嗣風ホームドラマ。そんな感じ
 ストーリーはある意味ではシンプル。大きな家を借りた主人公が、空きスペースを他人に貸し与えるうちに徐々に成功のスパイラルに乗っかって、剰え結婚までしてしまう――。といった一種ファンタジーめいた(道路でこけた老人を助けたところ、実は大物実業家で、それが縁で全遺産を譲られることになった、といったストーリーと同じくらいお伽話めいた)独特の成功譚が基本的な内容にして内容の全て。
 無欲にしてシンプルライフを過ごす主人公の高橋は、基本的に他人に無関心で自分自身のことは自分でしてしまうタイプ。なかなかモテそうにない普通の独身男性だ。結果的に彼はその最初の段階から、最終的に成功すると様々な人に見込まれていたことになるのだが、そのあたりについては彼の日常からは少なくとも読者は読みとれない。
 ミュージシャン、アーティスト、遊園地遊具製作者、お嫁さん志願者等々、主人公の住む大きな家にやって来ては離れ、また住み着いてゆく。それぞれが独特の感性をもった人物で、このあたりの造形は森博嗣らしいシンプルさと、クールさが備わっている。最終的には彼らは”私の家”(厳密には間宮葉子の家)に住み着いてしまい、それぞれが自分の個性を活かして生活する。この集合生活がシンプルながら、どこかホームドラマめいた雰囲気を、ファンタジーとは別に感じてしまった。 つまりは、森博嗣が描く(作者にとって理想の)家族生活であり、一軒の家を描いた(適度に刺激のある)ホームドラマのような作品だともいえそうな気がする。

 当然ミステリの要素なぞ一切なく、いわゆる一般小説に類する部類。ただ起承転結、序破急ともに乏しく、非常に緩いテンションでだらだらと読んでいくのが吉のように思える。やっつけ、とまでは言わないが森博嗣の代表作品だとは間違っても、今後もずっと言われることのない作品だと感じた。


08/06/17
佐野 洋「轢き逃げ」(光文社文庫'05)

 '70年1月にカッパノベルスで書き下ろし刊行されたのがオリジナル。『幻影城』で当時の「長編推理小説ベスト99」にも選ばれた有名な作品で一旦は講談社文庫に入るも、現在は再び光文社に帰ってきている。

 大手精密機器会社のエリート社員で現在は人事部で労務課長を務める守口は、喫茶店を経営している今尾厚子と愛人関係にあった。その彼女を連れて深夜に車を運転している最中、人を轢いてしまう。保身のため、そこから逃走した守口は家族には動揺を隠せない。厚子は常連客の自動車セールスマン・相葉の助言を受け、事故のために壊れたヘッドランプと同じ個所を改めて事故を起こさせる。更に守口は子飼いの部下である松江に対してアリバイの捏造を要請する。一方、轢き逃げされたのは短大講師だった牧原義一郎だったが、道路に放置された結果、間もなく死亡する。妻子ある身ながらその娘・逸子と不倫関係にあった中央日報社の畠山は、事件以後態度を変化させてしまった逸子に戸惑いながらも、彼女の依頼で義一郎自身が隠していた不審な点、さらに轢き逃げ事件の真相を追求しはじめる。守口の行った様々な偽装工作にもかかわらず、日本の優秀な警察は着々と真相に迫りつつあった……。

轢き逃げ事件をきっかけにしたサスペンスと犯人当ての本格ミステリと
 三十年以上、というよりむしろ四十年近く前の作品にもかかわらず、轢き逃げ事件に対する警察捜査の部分が古びていない点がまず目に付く。最新の調査方法についてはむしろ理解していない部分もあるのだが、この当時ですら事故時に現場に残された塗料片や部品の破片を科学的に分析、車種や車の年式を割り出し、所有者と自動車工場やローラー作戦で動くという方式は既知のものだが、本書でも全くその通りに捜査が進んでゆく。多少の偽装などは結局小手先の一時凌ぎにしか過ぎない……ということで、警察側は着々と轢き逃げ犯に迫る。一種の倒叙ミステリの面白みと、警察の地道な捜査を合わせたのが前半、そして後半は、その容疑者が逃亡を図って失踪、しかしその逃避行中途で謎の死を遂げるという展開だ。名古屋のホテルで毒物死した犯人……。ここからはフーダニットにて進む。計画的犯罪ではなく、いきなり発生する交通事故によって、その被害者のみならず加害者、そして周辺人物に到るまで人生が変容してしまう描写が凄まじい。 また、その変化によって後半のフーダニットの難易度が上昇している点も興味深いところ。
 ただ――、この当時の風俗ということになるのか、男女関係に結構どろどろしたものがあり、特にヒロインである被害者の娘、そしてその恋人役にして探偵役も務める畠山が妻子持ちという設定には辟易する。ヒロインの父が死亡して態度が変化したことに際して思い悩む畠山という図式は、ドラマを盛り上げるというよりも正直なところ夾雑物のようにも思えた。

 轢き逃げを扱ったミステリ自体が実は珍しい(本書の新保解説の指摘による)。また、全体的にアベレージの高い佐野洋の著作群のなかでも、代表作に数えられる一冊である。 前述の人間関係の泥臭さだけはとにかく、ミステリの部分については時代を超えるだけの力を持った作品だ。


08/06/16
津原泰水「ルピナス探偵団の憂愁」(東京創元社'07)

 かつて、津原やすみ名義で講談社X文庫で発表されていた「ルピナス探偵団」シリーズ。再構成され書き下ろし一編が加えられて刊行された、津原泰水初の本格ミステリ作品集が前作にあたる『ルピナス探偵団の当惑』。本書はその続編にあたる作品集で『ミステリーズ』Vol.18、20〜22号にて発表された四中編がまとめられている。ちなみに、刊行されてすぐに読了してぶちのめされたため、時間をかけて再読してようやく感想を書くに到った次第。

 ルピナス学園を卒業後、それぞれ社会人としての道を踏み出した吾魚彩子、祠島龍彦、桐江泉、京野摩耶。地主のお坊っちゃんと結婚した摩耶が急病で若くして逝ってしまう。その葬儀に集まった元探偵団の面子は、摩耶が生前にこだわったという公園の謎に直面する。 『百合の木陰』
 同じ大学に入学した祠島と彩子。頭の良い祠島は大学の名物教授の石神井に可愛がられ、その自宅に招かれて歓待を受ける。お供の彩子と共に辞する帰り道、事件発生に気付いた彼らは教授宅に引き返す。 『犬には歓迎されざる』
 理系大学に進学した泉の頼みで合コンのメンバー集めをする彩子。しかし会場には年齢詐称した姉の不二子も同席して大変なことに。その会場には日野慶太という、彩子が高校時代に庚午宗一郎から話を聞いて解き明かした事件の関係者が出席していた。 『初めての密室』
 ルピナス学園の卒業式を一週間後に控えたある日、学園内部の飼育小屋で学園改革を積極的に行った理事長が他殺死体となって発見された。探偵団メンバーは学園内のシスター達が事件に関係していると睨む。 『慈愛の花園』 以上四編。

キャラクタ小説から青春小説への変化(へんげ)を成し遂げた、極上の愉悦、そして寂寥と。
 上記の梗概でもお判りの通り、ルピナス探偵団当時高校生だった彼らが二十五歳になっている時期のエピソードから始まり、徐々に大学生時代、大学新入生時代、そして高校卒業時の事件へと遡っていく展開となっている。とりあえず個々の作品については置いておいて、その設定に打ちのめされた。第一話『百合の木陰』のラスト、泉が呟く「なんだ、会えたんじゃん」から、第四話のラストでルピナス探偵団が永遠の友情を誓い合う場面。たった七年間で喪われたさまざまなもの、例えば希望であるとか夢だとか。そして友人の命であるとか。そういったものに最終話が最も古い時期を描いているにかかわらず、本当に走馬燈のように物語が駆けめぐる仕掛けとなっているのだ。青春小説の定型ならば、登場人物の成長と変化を時系列で描き上がるもの、という固定観念がひっくり返される衝撃。
 そしてもう一つ、もともとライトノベルという言葉も定着しておらず単なるティーン向けの文庫作品で初登場した登場人物が、この作品で一般小説の大人の登場人物へと変化している点も素晴らしい。元はミステリとはいえ、やはりキャラクタ小説として創られた人々が、何と活き活きと描かれていることか。第三話である人物と対話する摩耶、学芸員として米国に在住している祠島。キャリア警察官としての庚午。年齢を加えても性格があまり変わらない不二子といった例外もいるが、元もとあまり年齢を加えない設定で創られた人々が、着実に成長しているのだ。
 本格ミステリとしてもかなり作り込まれており、『初めての密室』の密室にしても通常の解決プラス一ひねり、さらに半ひねりを加えてあり、意外性も大きい。それだけでなくその『初めての密室』、さらに『犬には歓迎されざる』『慈愛の花園』もそうだが、本格ミステリとしての真相が短編に加えられたテーマとも密接に絡み合っており、謎が謎となって存在するという不自然さが感じられない。これはまた、謎の解決の仕方が登場人物の成長と共に変化している点も関係しそうだ。 つまり、最初の作品では犯人を告発するために、高校生らしい演出や無鉄砲さがあったものから、大学生になると真相解明もまた単純な正義感だけで行われていなくなるのだ。時系列的に最後の『百合の木陰』なぞは故人の名誉回復という友情そのものが謎を解くための原動力となっている点にも注目したい。

 斯様に読めば読むほど作者の様々な意図、企図が感じられるのだが、普通に何も考えずに読んだとしても、登場人物同士の掛け合い漫才のような会話から、ミステリ的謎解きに到るまで興味深く読めてしまうところもミソ。ティーン文庫がベースであるというその出自も特徴的でありながら、とにかく様々な意味で完成度が非常に高い作品集なのである。


08/06/15
柄刀 一「消滅島RPGマーダー」(祥伝社NON NOVEL'08)

 副題は「長編痛快ミステリー 天才・龍之介がゆく!」。IQ190を誇る天才・龍之介シリーズの十冊目。こちらは書き下ろし長編。著者の言葉によれば、このシリーズの長編は「パズル」がモチーフだったが、今回から「ゲーム」の要素が加わってくるのだという。

 奥城島。房総半島の南端から船で三十分ほどのところにある島。小笠原諸島の孫馬島に移住する前の龍之介の祖父・徳次郎をはじめとした天地一族の墓はこの島の内部にあった。人口五百人あまりのこの島には伝説があり、島には不敬があった時に、波と潮に屈し、島が喪われ、二名の命が亡くなったことがあるという。龍之介・光章、一美の一行とは別に、島には若者たち五名と、若い女性ばかり三名のグループ、更にはその伝説を追っているという徳津善次郎という人物が来ていた。女性グループの部屋を荒らした疑いで、男性グループと女性グループは折り合いが悪かったが、更に別の宿に宿泊していた男性たちが、天候の悪化に伴って同じ宿に移動してきたこともあり、雰囲気は険しくなる。そんななか光章は、炎に包まれた人間が地面の中に消失するという奇妙な現象を目撃、さらに台風が近づき島民に避難勧告が出されるなか、海の安全を司り島の小高いところに設置していた”神の船”が宙に浮かび、勝手な行動を取っていた若者数名が行方不明となり、更に奇妙な死体で発見された。奥城島の内部にある湖に浮かぶ中島が水没する? 果たして伝説の真意は? 錯綜する人間関係に突如訪れる驚異の自然現象。果たして事態は?

錯綜する人間関係に加えた超絶の自然現象……。
 終わってみると得心するも、現状がどうなっているのか読んでいる間はどうもするりと来ない、というのが印象。限定された島、外界からやって来ている龍之介御一行、善次郎、女性三人組に男性五人組。龍之介たちを除く彼らに隠された人間関係があり、事件があり、そこに台風をはじめとする島民が避難しなければならないような災害が襲ってきて……という展開。ノベルス一冊に収めるには盛りだくさん過ぎる気がした。
 確かに名前を呼ばれていた人物がいなくなる、荷物が荒らされているように思えるといった小さな出来事から、崖の上に浮かぶ舟、消滅する島といった大掛かりな出来事まで、不可能・そして一種の怪奇趣味といった本格ミステリの要素は多数。それらに幾つかの補助線と、科学的な知識を付け加えることで解に到るという展開は、このシリーズの長編の特徴そのもの。 ただ――、やはり読者にとって、かなりの忙しさを強いている印象は強い。
 様々な謎が解けてすっきりした、という気持ちは味わえるし、この内容は長編でしか展開できないことも事実。柄刀氏による盛りだくさんの謎がお好きな方の期待に沿う内容になっているとは思う。が、軽く読み飛ばすには若干不向きなのでそのつもりで。

 龍之介シリーズとして全体のなかの位置づけとしては、当然一つのエピソード扱いなので全体としての進捗は大して大きくはない。ただ、プレイランドが完成して運営が開始されたことへの区切りという意味では一段落している。天才・龍之介→遺産相続→運用先探し→プレイランドに決定→関係者探し→完成、といった意味では一区切りが本当についたのだな、と思う(ちょっと感慨深い)。考えてみると残された問題は、秋田に単身赴任(?)中の光章と、依然東京在住の一美との関係くらいではないか。その意味ではこのシリーズも実は終盤に近づいているのかもしれない。


08/06/14
上田早夕里「ショコラティエの勲章」(東京創元社ミステリ・フロンティア'08)

 上田早夕里さんは1964年兵庫県生まれ。'03年『火星ダーク・バラード』で第四回小松左京賞を受賞してデビュー。二冊目まではSF作品だが三冊目に『ラ・パティスリー』という洋菓子店を舞台にした物語を刊行。同作に登場する〈ロワゾ・ドール〉は本作にも登場しており、そちらは未読だがどうも世界は繋がっているようだ。書き下ろし。

 京和菓子の老舗〈福桜堂(ふくおうどう)〉の工場長を父に持つ絢部あかり。彼女が勤める〈福桜堂〉神戸支店の二軒先にショコラトリー、いわゆるチョコレートの専門店である〈ショコラ・ド・ルイ〉が開店した。客層は重ならないものの女性に大人気で、視察がてら試食に出掛けたあかりもまた、その華やかさに浸る。そんななか、女子高生の一団による不可解な万引き事件が発生、その真相をあかりが見抜いたことから、彼女は〈ショコラ・ド・ルイ〉のシェフ・長峰と知り合いになる。 『鏡の声』
 あかりとその友人が結婚祝いに送ったお菓子・ガレット・デ・ロワ。その中には小さな置物(フェーヴ)を焼き込む。しかし六個をお願いした筈なのに七個のフェーヴが出てきたのだという。 『七番目のフェーヴ』
 福桜堂の若手職人が新作菓子の出来映えを見て欲しいと、あかりを通じて長峰にお願いをする。長峰がつけた、彼に対する厳しい条件、そして彼のアイデアが用いられたルイのお菓子の意味は……。 『月人壮士』
 長峰シェフの同僚・沖本に連れられ、長峰の代理としてあかりは南仏料理店を訪れる。そこである人物と長峰シェフ、そして沖本の若い頃に一緒に働いていた頃の思い出話が語られる。 『約束』
 糖尿病持ちの夫・田山に甘いものを売らないよう要請するために福桜堂やルイを訪れる女性。その田山は長峰に、究極の低カロリーチョコレートを作って欲しいと依頼していた。そしてその田山が町中で倒れる事件が。 『夢のチョコレートハウス』
 関西のスイート好き高級客層が集まるショコラ倶楽部。味覚の肥えた人々が集まり、シェフが彼らに腕を振るうイベント。そこに呼ばれた長峰だが、彼の菓子を批判する若い女性が。長峰は彼女を納得させる二度目の機会に……。 『ショコラティエの勲章』 以上六編の連作。

謎はちょっぴりスイーツどっさり。お菓子とその世界に情熱を燃やす人々の人間模様を精緻に描いた連作集
 主人公は和菓子店に勤める女性。だけどその女性の目を通じて描かれる、ショコラ・ド・ルイのシェフ・長峰和輝が広い意味での探偵役にして実際の意味での物語の中心的存在だ。ただ――、作者自身が生粋のミステリ畑の方ではないせいも関係しそうだが、もともとの「日常の謎」系ミステリという点は、作品が後半に到るに連れてどんどん薄くなり、『約束』以降の物語はほとんど一般小説。 ただ、華やかな洋菓子を支えている実は職人的世界観、そして全編にいえることだが洋菓子その他スイーツに関するさりげない蘊蓄は薄まっておらず、その意味では最後まで読み通させるだけの力量はお持ちのようだ。また、甘い物に関する良さだけではなく、後半に糖尿病だけどお菓子が好きという人のエピソードや、高級菓子を食べつけたハイソな方々の”高級”を盲目的に信仰する嫌らしさといった人間観察の鋭さもまた、作品の面白さを維持するのに一役を買っている。
 前半部に集中している「日常の謎」短編はそれぞれ面白く読める。が、一歩後ろに下がって眺めてみるに、その面白さは細やかな人間観察というか、謎解きそのものではなくその裏側にある感情などが精緻に描かれている点が理由。女子高生たちの万引きを指摘した中年女性であるとか、一個のフェーヴを巡っての裏側にあった人間関係だとか。そういう意味では、例えば北村薫から始まったとされる、本格ミステリ系の「日常の謎」とは一線を画した、一般小説作家による「日常の謎」だといえるように思う。 ただ前述の通り、スイーツに関する蘊蓄を絡めた”謎”や、新たな視点といったところは充実しているため、そういったミステリの吸引力が大きくなくとも、作品自体は読ませる内容になっている点は間違いない。
 あと、本編そのものには無関係だけれど、この作品、登場人物では年輩男性以外ほとんど関西弁が出ないなあ。それと、神戸が舞台であることは明記されていながら、これがどこの町の話かイメージが湧かない。福桜堂神戸支店に駐車場があって、田山さんはJRの駅に向かう商店街で倒れて、六甲山から風が吹いてきて……。六甲〜摂津本山のどこかかな。

 ミステリ・フロンティア自体が、ミステリに大してかなりトライアルな叢書になりつつあることを象徴している……ということを(たまたま本書から?)如実に感じさせられる。甘いものが何よりも好き! という方にとっては読むチョコレートになるような作品集となる。 反面、ミステリを強く期待される方にはちょい不向きか。


08/06/13
太田忠司「ミステリなふたり」(幻冬舎'01)

 太田忠司さん初のハードカバー(いつの話だ)ということで、その単行本版を所持していながら、なかなか手を着けていなかった本。……が、さっき本屋で本書の続編が出ているところを目撃、大慌てで引っ張り出して読んだ。幻冬舎文庫版も出ているはず。作品そのものは表題作でありイントロダクションでもある『ミステリなふたり』が一九九七年「週刊小説」にて発表された後、「ポンツーン」に場が移り一九九八年十一月号から二〇〇〇年十一月号まで掲載されたもの。巻末の『ミステリなふたり happy lucky Mix』は書き下ろし。

 愛知県警捜査一課で「鉄女」「氷の女」と影で呼ばれる京堂景子警部補・二十九歳。殺人事件の捜査でも眉一つ動かさず、憶測を許さず、常に部下や同僚に迅速で正確な仕事を要求。抜群のプロポーションと短髪の美貌を持ちながら、格闘も一流。女性と思って舐めてかかると氷の視線で相手を固めてしまう……。そんな彼女にかかると一晩経てば難事件も解決。――彼女には年下・二十一歳にしてイラストを生業とし家事が趣味という愛する夫がいた。その夫・京堂新太郎は景子から聞いた手掛かりから難事件をことごとく解決する安楽椅子探偵の特技があったのだ。
 会社社長が密室で殺された。容疑者は妻と愛人。しかし新太郎が示した犯人は? 『ミステリなふたり』
 元プロ野球選手が殺害され長時間浴槽に放置された。真犯人の狙いは? 『じっくりコトコト殺人事件』
 ひとり暮らしの女性が殺された。絶対に料理をしそうにない彼女はなぜ新品のエプロンを着けていた? 『エプロン殺人事件』
 一戸建てで主婦が殺害された。ずぼらな筈の彼女のリビングだけが何故ピカピカだったのか? 『お部屋ピカピカ殺人事件』
 保険会社の遣り手社員が殺された。被害者はなぜカタログを握りしめて死んでいたのか? 『カタログ殺人事件』
 人気女性漫画家が自室で殺害された。死亡時刻は早朝四時過ぎ。しかし三時まで東京にいた? 『ひとを呪わば殺人事件』
 主婦が自宅で殺害された。被害者の袖口は何故濡れていて、さらにリモコンは壊れていたのか? 『リモコン殺人事件』
 追突事故を起こされた主婦の車からその夫の他殺死体が。主婦は何も知らないと言い張るが? 『トランク殺人事件』
 若い女性の連続殺人。被害者の繋がりまではわかったように思われたが、実行犯は果たして誰? 『虎の尾を踏む殺人事件』
 ”弟”とペンションに泊まっていた景子が巻き込まれた雪の山荘殺人事件。消えた足跡は誰によって付けられた? 『ミステリなふたり happy lucky Mix』 以上十編。

太田忠司さん流のツンデレがピリっと効いて、短めミステリのキレもまた良し。
 いわゆるシチュエーションそのものがユーモア含みで笑いを誘う。この設定を考えた段階で作者の勝利かもしれない。いわゆる姉さん夫婦ものという設定自体は別に現実でもフィクションでも珍しくもなんともないが、奥さんの方をバリバリの刑事に仕立て、旦那を専業主婦にするというやり方は(その逆はあっても)あまり記憶にない。(存在したらすみません)。
 その奥さん、即ち主人公の京堂景子の極端な二面性が物語を引き立てている。外では強面の女刑事、家に帰ると年下の夫に甘えまくる一人の女性。このギャップと、新太郎のあまりに包容力のある大人びた(ある場面では景子に引きずられてしまうけれど)風格とが、なぜかしっとりと物語に溶け込んでいる。笑いという意味では、夫婦間の会話よりも、外で部下や同僚を震え上がらせる景子や、新太郎のことをよく知らない同僚が彼のことを気遣う台詞だとかにあるのだけれど。
 そして四十枚くらい? 通常の短編よりも少し短めの作品なのにキレの良いミステリが並ぶ。 短いからキレがあるという考え方もあろうけれど、この少ない枚数にきっちりレッドへリングの容疑者を複数仕込み、不可能犯罪・密室犯罪をテーマにし、更には論理的な解決にすらりと、しかも安楽椅子探偵が導いてしまう。物語全体が醸す見かけ上の軽さとは異なり、シンプルにして無駄のない展開がきっちりと凝らされている点にも注目しておきたい。
 個別の作品を振り返ると同一テーマに近いトリックもあるが、そこはご愛敬。『ひとを呪わば殺人事件』における被害者が作ってしまった事件の構図であるとか、表題作『ミステリなふたり』における密室殺人とその解決に向けた論理的展開の鋭さだとか、『ミステリなふたり happy lucky Mix』における、単体では成立しない、だけど単行本最後という位置を見事に生かしたレッドへリングなど、作品毎にいろいろと気に入る点があった。

 多少マンガ的で人間描写に深みはないけれど、そこが逆に素直な楽しさに繋がっている作品。期待以上にミステリ部の出来も良かった点も意外な収穫。そしてこれまでの太田忠司さんの描く作品とは全く方向性の異なる名探偵という意味でも、続編にあたる『誰が疑問符を付けたか?』の刊行を素直に喜びたい。七年ぶり?

 最後の話を二度読んで気付いたけれど、新太郎って婿養子なのね。だからどうってことはないのだけれど。ついでにこの名字の”京堂”というのは、もしかすると京極堂から来ているのかな……とか少し思ったり。オンタイム景子さんの兇悪な視線というのは、どこかの古書店主の機嫌が悪いところと少し似ているし。


08/06/12
小杉健治「死者の威嚇」(講談社'86)

 小杉健治氏は1947年生。「原島弁護士の処置」で第22回オール讀物推理小説新人賞を受賞しデビュー、'87年に『絆』で第41回日本推理作家協会賞長篇部門を受賞。同作品は直木賞候補にもなる。'90年『土俵を走る殺意』で第11回吉川英治新人文学賞を受賞。本作はそんな小杉氏の五冊目の作品で、社会派本格推理小説として高い世評を得ている。

 大正時代に発生した関東大震災。地震そのものの被害の他に流言飛語によって朝鮮人が殺害されるなど痛ましい事件も同時に発生していた。昭和五十七年、その遺骨を掘り返し慰霊しようという集会が当時を知る人の証言をもとに荒川河川敷の発掘作業が行われたが、結果的に何も発見できなかった。祖父・恭蔵がかつて自警団に所属していた関係で集会に参加した葉山亜希子は、集会を主導する立場にあった大学助教授の室生浩一郎と知り合い、愛を交わすようになっていた。しかし三年後、室生は縁談を機に亜希子に別れを告げる。そんな頃、恭蔵は荒川河川敷で白骨を発見、しかしそれは震災の被害者ではなく二十年前に殺害された刑事の遺骨だった。その刑事は、大震災当時の事件の再調査のために上京したまま行方不明になっていた。震災直前に東北と東京で強盗殺人事件を起こした三人組がいたが、彼らもまた、大震災の最中に訛りが原因で朝鮮人と間違えられて命を落としていたのだという……。

緻密にして真面目な主題、その裏側の歴史そのものをトリックに使う大胆な構成
 まずは関東大震災という大災害の裏側で発生した、デマによる集団殺人という事件にきちんとスポットライトを当てる。淡々と実際にあった事実を描く一方、その当時の記録を隠したい、しかし謝罪したいという関係者の微妙な感情を作品内でうまく表現している。その前後に発生したという強盗事件はフィクションだろうが、ちょっとした間違いや東京育ちでなく言葉が異なるといった理由で殺害された人もこれもまた実際に存在したのだと思う。そういった事実・歴史といった側面をしっかりと補強し、内側にいる登場人物のリアリティと高めている点が力強い。
 一方で、ミステリとしても非常に魅力ある構成になっている。大正時代と昭和後期(つまりはこの当時の現在)に、昭和中期に発生したであろう殺人事件、更に現代でもヒロインの亜希子が次に愛した仙台の会社員・宗田が殺害される事件が発生する。この「時間軸」を長く取っているところ。加えて東京・仙台・岩手・本庄など地域的にも拡がりがあり、「平面軸」にも広い距離を存分に使っているところ。物理的なトリックではないのだが、過去の事件と現在の事件とを複雑にしてシンプルな糸で結びつけるという構成がそのままトリックとなっている。特に時間軸を利用した過去に発生した事件の真相は興味深く、現代への繋がりといったところには骨太の筋書きと意外性が同居しており、これは巧いと唸らされる。
 ヒロイン亜希子と室生・宗田二人の男性とのラブストーリーが双方悲恋という点、その哀しい境遇を乗り越えて亜希子が探偵役を務める……といった愛情の交錯といったあたりについては、あまりに月並みで二時間ドラマ的。そこは個人的にはどうかと思う。だが、これはこれで率直な物語作りの過程でそうなったものであろうし、この愚直さもまた小杉氏らしいところともいえるようだ。

 噂に聞いていた通り、真面目な社会派で(いろいろ五月蠅いことをいいそうな)大人の鑑賞に耐える内容である一方、トリックとしての意外性(こんなところにトリックがあったのか! という意外性)なども現代(これは2008年のことだ)に十分通用するレベルにある。几帳面な真面目さゆえに若干読者を選ぶ気もするが、ツボに嵌る人にはたまらない作品だろう。


08/06/11
柄刀 一「紳士ならざる者の心理学」(祥伝社NON NOVEL'07)

 副題は「本格痛快ミステリー 天才・龍之介がゆく!」。IQ190を誇る天才・龍之介シリーズの九冊目となる短編集。『小説NON』誌二〇〇六年九月号から二〇〇七年七月号までに発表された作品に書き下ろし「見られていた密室」が加えられて単行本化されている。

 学習プレイランド視察に訪れていた光章と竜之介の携帯に一美からの着信が。彼女の友人が勤務する会社社長が急死し、ある筈の遺書が見あたらなくなっているのだという。遺児の一人娘から状況を聞いた竜之介の指し示すものは……。 『召されてからのメッセージ』
 学習プレイランドの人材候補を秋田の大学に見出した光章と龍之介。学園祭の真っ最中に大学を尋ねる。しかし研究室では開発されたばかりの機械の盗難が、そして心理学実験からの事故で学生が感電死する事件が発生した。 『紳士ならざる者の心理学』
 プレイランドに改装する湯ランドの取り壊し。地元の人々が多く集まるなか、一人の女性が屋内の壁を見て様子がおかしくなった。彼女が子供時代に巻き込まれた父親の死、そして自身の記憶喪失に到る秘密が変哲のないその壁に隠されている? 『ウォール・ウィスパー』
 県民こども博物館の内部で殺人事件が発生した。凶器は館内の氷柱で被害者は堅牢な部屋に逃げ込み息絶えていた。残されたダイイングメッセージ、そして犯人はその被害者を監視カメラで見ていた。果たして三人の容疑者のうち真犯人は? 『見られていた密室』
 プレイランドの竣工式。関係者が揃って撮影された記念写真にいるはずのない少女が写り込む。龍之介はカメラの原理から少女がいた場所を突き止める。しかしその少女はなぜ竣工式に入り込んでいたのか……? 『少女の淡き消失点』 以上五編。

本格ミステリではなく理系雑学ミステリだが、真相判明の快感は同じ
 この「天才・龍之介」のシリーズ、刊行されはじめの頃(2001年)から着々と巻を重ねている。2008年現在でもう一冊長編があるので都合十冊になるが、年間一冊以上のペースを本格系のシリーズ探偵で維持するのはかなり大変なことだと思う。ただ――本作あたりを読んでいて改めて思うのは、着実にストーリーが蓄積され、物語が進行している点。当初は生活能力ゼロとして面白可笑しく描かれた龍之介。そして遺産を受け取る以前の段階で、次々と事件に巻き込まれる天地光章・龍之介、そして一美の三人。あまりにも全体進行が切れ切れ(例えば、本作でも建物解体とお披露目が別の話になっている)で、短編集を読んでいる限りはわかりにくいのだが、龍之介の物語は実にじりじりと、しかし着実に進んでいる。とりあえず本作で遺産の使い道である「学習プレイランド」の建物の竣工式を行うまでに到った。いやあ、めでたい。(これが言いたかった)。
 本作も、一応本格ミステリの体裁にはなっているものの、トリックというかネタはかなり特殊。気圧、色彩心理学、光の三原色、論理学、ピンホールカメラ……と、むしろある程度知識があったとしてもそれをミステリのネタにはしないだろう、という使い方を敢えて試みているところもあって、一般的な読者には推理はまず無理。強いていえば『見られていた密室』あたりは論理を丁寧に積み重ねると答えが見えるのかもしれないが、他については原理や理論を知らないと難しい。以前に島田荘司氏が提唱したところの『21世紀本格』という方法論を引き続き、実地で実践している印象だ。
 物語としても、構成や見せ方に工夫があるし、文章も着実にうまくなってきているので読みやすく、飽きない。本作のなかでは表題作の『紳士ならざる者の心理学』が題名も中身も優れている。色彩を使った心理学だけでなく、あの手、この手で第三者には(更には本人にすら)わからないように被害者を誘導してしまう犯人の悪魔的テクニック、ミステリでいうところの”操り”テーマの作品としても秀逸であるといえよう。
 そういう観点で振り返ると、微妙にこの作品集の作品は本格ミステリというには特殊過ぎる部分がある。だが、一般的な高度の本格ミステリになると読者自身の能力では謎解きが困難だったりもする。結局のところ、探偵役が事件を解決できた時に読者が得られる快感もまた、ごく近いところに(もしかすると同じところに)あるように思うのだ。

 改めて考えると、もちろんシリーズ作品なので順に読んだ方が良いのだろうが、このシリーズは実はどこから切り取っても現段階ではそう問題ないように思えてきた。最終的に全部読む前提であれば、どこから読んでも良いのではないだろうか。もちろん本書からでも。