MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


08/07/10
綾辻行人「深泥丘奇談」(メディアファクトリー'08)

 題名の読みは「みどろがおかきだん」。日本初の怪談雑誌として刊行された『幽』のVol.1から掲載されている短編作品に『ミステリーズ!』企画「川に死体のある風景」に寄せられた短編を加えてまとめられた作品集。発表時期は第一作『顔』が二〇〇四年六月から、本編収録の最後「声」が『幽』Vol.8で二〇〇七年十二月まで。

 検査のために入院した深泥丘病院。病室で「ちちち」という奇妙な音が聞こえ、壁が人の顔のように見えることに私は気付く。 『顔』
 深泥丘病院で健康に気をつけるように言われ、私は散歩を始めたところ線路に行き当たる。Q電鉄の如呂塚線。昔からあると妻は言うが、全く記憶にない。 『丘の向こう』
 三週間前から降り通しの雨。深泥丘病院での会話を何気なく聞いていると、手遅れになる前にそろそろ「何か」をしなければならないと皆言うが、地元にずっと住んでいるはずの私には何の話か理解ができない。 『長びく雨』
 病院で悪霊の憑いた人のお祓いを後学のために見に行きましょうと誘われる。東京からテレビでも有名な霊能力者がやって来たのだが。その取り憑いた発音できない「何か」の力は恐ろしく強烈なようだ。 『悪霊憑き』
 歯が痛い。普通は一生ものといわれる治療を私はよく覚えていないが、妻の出身地の南の島で受けているらしい。深泥丘病院のスタッフはその点了解しているようで……。 『サムザムシ』
 如呂塚古墳に出掛けた妻が、土産にと「古墳発掘キット」を買ってきた。私もキットを開けるが、どうもおまけ一覧に記載のないような、古い鍵が出てきた。 『開けるな』
 六山の送り火……。深泥丘病院屋上からお盆にだけ山に点される文字を見ませんか、と私は誘われる。しかし、私は恐ろしいものを目にしてしまう。 『六山の夜』
 深泥丘病院のオーナーは実は手品やマジックが大好き。学生によるカードマジックから始まり、段々その手品は魔術のような大掛かりな出しものへと切り替わる。そして棺桶のような箱に入れと私は促される。 『深泥丘魔術団』
 このところ夜になると「ぎゅああああ」という不思議な声が外から聞こえてくるようになる。猿と思われ、周囲は納得しているが、私はそれが猿ではないと確信していた。 『声』 以上九編。

綾辻行人(現在形)の描き出す、日常の延長に突如現れる怪奇、そして自分自身への困惑。
 主人公の職業はミステリ作家(?)で、京都生まれ、京都在住。主人公の奥様は学生結婚でそれ以来京都に住んでいるという設定。仕事はするけれどもよく健康を害して医者にかかっているなど、どこか作家A辻Y人氏を思わせる。その彼が、近くにある「深泥丘病院」に頻繁に診察を受けに通うようになってから味わう、奇妙な体験の数々。しかも主人公の私は、先の短編で体験した奇妙な出来事を、後の作品ではうっすらとしか覚えていない。そういった事態が実際にあったのか、いや気のせいなのか。怪奇な出来事ももちろん良いのだが、その困惑の度合いが本書自体の発する奇妙な味わいに繋がっている。
 さらに、主人公の奥方や医者、看護師の人々によって、「昔から決まったこと」「この土地のお約束」を吹き込まれ、「いやー、全然覚えていないなー」と、自身、地元にずっと住んでいるはずなのに初体験の土地の風習やルールに直面してしまう。そのため警戒心というか猜疑心というところが薄く、次々と奇妙な体験をしてしまうわけだ。ある意味、主人公の日常がパラレルワールド化しているというような状況なのだが、その結果、主人公自身も「あれ、あれ?」と思いつつも毎回怪奇現象にぶつかってしまうため、読者も主人公同様の戸惑いを覚えるという奇妙な効果が作品内部に存在している。
 個々の怪談のプロットはぼんやりしているようでいて実に精緻に構築されている点もまた見逃せない特徴だ。単に現象面だけでなく、その現象の演出や描き方が巧い。特に、恐怖の対象を直接的に主人公が感じていないのに「何か周囲が恐怖に怯えるような何かがあった」と思わせる演出が秀逸。読者に思い切り想像させる展開。怪談はこうでなくては。
 また唯一最初の発表媒体が『幽』ではない「悪霊憑き」は、近々『川に死体のある風景』にきっちりその感想を書きたいと思う。この作品世界と繋がっているものの、やはり微妙に異質なのだ。
 文中、主人公の職業に関する会話で、医者が「江戸川乱歩とか横溝正史とか、牧野修とか」というところにバカ受けしてしまったのですが。そういえば先日読んだ田中啓文氏の『辛い飴』でも流しのジャズシンガーに対しての台詞で「おい〈思ひ出女〉やれや、わし牧野美智子のファンなんじゃ」という場面があって、やはりウケ入ってしまったのですが、関西在住の作家の方々のあいだでは、牧野さんを間接的に作品内に登場させるのが最近流行っているのでしょうか。

 それはそうと、これまでもホラーめいた作品は多数発表されている綾辻氏ではあるものの、怪談寄りの作品を畳みかけてくるところが本作の味。 綾辻行人=本格ミステリの読者には不向きでしょうが、こういった謎めいた味わいの作品でもまた実力派であることを感じさせてくれる作品集。好きです、これ。


08/07/09
有栖川有栖「妃は船を沈める」(光文社'08)

 『ジャーロ』に掲載された、同一人物が関係する中編二作について間奏曲的な掌編を用いて繋いで、形式上は一つの長編として仕上げた少し珍しい作品。探偵役は火村准教授(学校教育法が改正され助教授という資格は公式には無くなってしまったので、火村センセも肩書きが変わっています)と作家アリスで『乱鴉の島』以来、二年ぶりとなる作品。

 大阪の海に車ごと男性が落ち、水死する事件が発生した。対岸の釣り客が事件を目撃、車から飛び降りた者はいなかったと証言されるが、事件には不審な点があり、火村准教授に事件の推理を警察は依頼。男の妻で催眠ダイエットを経営する妻、そして彼に多額の金を貸していた妃沙子という女性。そしてその養子が容疑者として挙げられた。路上アーティストをはじめとした若い男性を次々と自宅に招き入れ、彼らの後援者と称しサロンの女王と君臨している「妃」こと妃沙子。財テクで財産を殖やす彼女の養子・潤一には水に関するトラウマがあった。さらに妃沙子は三つ願いが叶うという「猿の手」を所有しているという。 『猿の左手』
 西日本を中心に震度6の地震が発生。設楽夫妻に世話になっている青年・日下部は彼らの安否を気遣い、その住居へと向かう。現場の離れには、男性の射殺死体があり、夫妻は地震以前に飲んだ睡眠薬入りワインで熟睡していた。設楽夫妻の妻は、かつての事件でも中心人物となっていた妃沙子。密室状態となった離れで死んでいたのは設楽夫妻のもとで働いていた加藤という青年。彼にストーカーとしてつきまとっていた女性がおり、容疑者として注目されるが彼女には地震の被害により入院していたというアリバイがあった……。 『残酷な揺り籠』以上二編。

二つの事件に共通する緩やかで妖しい情感と、名探偵の精緻にして残酷なロジックと。
 中編二作。『猿の左手』が執筆された後に長編化の目論見つきで『残酷な揺り籠』が発表され、本書では『幕間』という掌編が接着剤の役割を担う。共通するのは(容疑者にとっての)ファム・ファタルといった存在の「妃(きさき)」と渾名される妃沙子という女性。先の作品では若い男を集めてパトロンとしての振るまいを楽しむ少し変わった女性として、後の作品ではその生活を脱して、ある人物の妻として車椅子ながら満たされた暮らしをする妻として登場する。
 先に述べておくと、やはり本書におけるロジックの中心はその「妃沙子」の存在だといえよう。『猿の左手』では彼女を含む三人の人物において、アリバイがあって実行不可能、アリバイがあっても他の理由で実行不可能という壁が立ちはだかっており、それらをすり抜ける火村の論理追求がやはりミステリとしては読みどころ。 『残酷な揺り籠』においては、密室におけるごく僅かな手掛かりに地震という不慮のファクターを加えたことによる犯人の行動を、これまた怜悧に解き明かしてゆく。火村の詰める密室を破る論理、密室を構成するに到った犯人の論理は従来作品同様鋭いながら「妃」の存在が、物語の底流で不思議な情感を醸し出しているのがこの変則長編の最大の特徴だといえるだろう。
 ただ――、小生個人的なものなのかもしれないが、その重要な「妃」こと妃沙子の魅力が、実はあまり伝わって来ないのだ。前半では単なる若いツバメが好きで世話好きの好色女かも……という疑いを消しきれず(結果的にそれとは異なることは明らかになるのだが、読んでいる最中はそう思いたくなった)、後半では、前半部のやんちゃを捨てて金にあくせずとも良い、上流階級の暮らしを手に入れた、つまらない有閑マダム……にも、実は見えてしまう。両方とも最後まで読み通すことで、その読み方は誤りであったとは気付くのだが、初読時にそう読んでしまうことは避けられないと思う。
 しかし、そういった微妙な不満を打ち消して余りあるのが恐怖短編の名作「猿の手」の新解釈だろう。活字もそうだし、その他の(講談とか)メディアでも何度も接したことのある作品であるにも関わらず、本作で火村が指摘したような読み方には全く思い至らなかった。基本的に「直接描かれないこと」による恐怖を楽しむべき作品であるにもかかわらず、それまでとは違う意味、本格ミステリで浮かび上がるタイプの怖さがあることに気付かされる。正直、この部分に一番驚いた。気になる方であれば、読んでおくだけの価値がある。古典怪談であっても、視点を変えると新たな物語が見えてくる可能性があるという点に気付けたことは収穫だった。

 もう一点付け加えると「安定している」。 数多いファンを抱える人気作家だけにアイデアにしろ、物語にしろ、そして雰囲気作りから設定に到るまで、傑作とまでは行かずとも必ず一定水準をクリアしている。蘊蓄めいた特殊要因を引っ張ってこないところもむしろ良い。さしあたり瑕疵も見つからず、それでいて論理の美しさに息を呑む快感が味わえるという寸法だ。やはり巧い。


08/07/08
田中啓文「辛い飴 永見緋太郎の事件簿」(東京創元社'08)

 永見緋太郎シリーズ第一作『落下する緑』所収の表題作、「落下する緑」という作品は、鮎川哲也(編)『本格推理2』(光文社文庫)に収録された田中啓文氏のデビュー短編。本書は『ミステリーズ!』Vol.18から28にかけ、一号おきに発表された作品に書き下ろし『淡泊な毒』を加え、シリーズ二冊目の作品集としたもの。

 ホームレス同様の路上のトロンボーン吹き。安来と呼ばれる男はかつての名演奏者の落ちぶれた姿だった。かつて後輩だったミュージシャンは大物になり、彼からも馬鹿にされながら唐島の取りなしでビッグバンドのツアーに安来は誘われるが、仲間とも協力的ではなく、ひどい演奏しか出来ない。 『苦い水』
 『伝説のブルースマン』……。名古屋のライブハウスに飛び入りで幾つかのブルースの曲を歌って観客の度肝を抜いた人物は、ネットの助けもあり、今や伝説となっていた。唐島のバンドでたまにヴォーカルを入れるチーちゃんは、その場に居たのだという。 『酸っぱい酒』
 尊敬するジャズマンに演奏を否定されて落ち込む緋太郎。唐島は彼を立ち直らせるべく、南の島で行われている宗教的儀式のテレビ取材に同行させるが、島民の様子がどうもおかしい。 『甘い土』
 六十年代に活躍した無名ながら実力を持つジャズバンド。彼らのアルバムが日本で再発売されると評判になる。彼らは四十年前からずっと活動を継続しており、現役の演奏も凄い。コンサートのために来日するが、直前に録音されたバンドの演奏は酷いものに変わっていた。 『辛い飴』
 プロ野球チーム・ライガースの応援に球場に来た唐島と緋太郎。唐島は〈兄者〉と慕われる人気選手のために〈アメイジング・グレイス〉を吹く予定だった。唐島を挑発する応援団員、野球を知らない緋太郎、〈兄者〉にやたら絡む代打要員。その背景にあるものは? 『塩っぱい球』
 会社社長が道楽で作った田舎にあるライブスタジオ。破格の演奏料のために唐島たちは現地に向かう。最高級の楽器と設備が揃うが、社長は偉そうだ。ただそのスタジオでは時々楽器やその他のものが消失するのだという。そしてスタジオから外に出せるはずのないピアノが消えた……。 『渋い夢』
 昔、唐島が初めてレコーディングに参加したバップ大鶴「シングス・チャーリー・パーカー」のレコードには霊の声が入っていると一時期評判になるが、評論家筋に酷評されたためか全く売れなかった。オークションで高値がつくという話を聞き、大物プロデューサー・宮沢と仕事をした二十五年前のことを唐島は思い出す。 『淡泊な毒』 以上七編。

何よりも活字からサウンドが音を響かせる。良質の音楽と謎解きの味わいが溶け合った作品集
 『落下する緑』は色で題名が統一されていたが、今回は味覚で題名を統一したのだという。(ただ、どうやら最後の方は本編よりも題名で苦労したとかしないとか)。永見緋太郎という特異な(音楽以外のことは何も知らん)という人物と同時に、語り手である唐島の登場人物像(常識家・お節介・実力派・顔が広い)が固まってきたことで、物語の安定感は前作より増している印象。
 そして本格ミステリには珍しいジャズの世界を舞台に、そのジャズを含めた広汎な音楽世界が謎解きに関わっているという希有なシリーズ。 自由を旨とするジャズの世界であっても、ロックミュージックといったところに比べると階級や序列、さらには世界特有のルールといったところがあり、極端な話、この永見緋太郎のシリーズは、伝統芸能+本格ミステリをものにしてきた、例えば戸板康二といった先達から、近年多数の作品が上梓されている落語ミステリとも似たグループにいるように感じられる。アマチュアバンドが長編や単発の短編ミステリに取り入れられることはあっても、シリーズで音楽にまつわる謎解きが一貫して行われることは珍しいのではないか。
 また、もう一つ、この作品集からは音が聞こえてくる。小生、最低限のジャズの知識も実はない。だが、セッションにしてもレコーディングにしても、ライブにしても、作中で登場するメンバーが楽器を吹き鳴らし、ソロを歌いあげ、それぞれの音が絡み合うといった様子が、活字から耳にダイレクトに伝わってくるのだ。そこに演奏者の熱気や気合い、意地といったところまで絡んでくる。 そりゃもちろん錯覚。だけど、その錯覚を生じせしめる活字の表現、文章のリズムといったところの工夫により伝わってくる。作者が音楽評論も行っていることとは無関係ではないと思うが、活字のテクニックとしてはかなり難しい部分だろう。
 そして謎解き。ちょっと硬軟取り混ぜて、というのが本作の印象。作者もあとがきで詳しくないと書いている『塩っぱい球』の野球ネタは、ちょい無理を感じるし、『苦い水』の展開はさすがに事前に読めてしまう。(こちらはこちらのベタな展開も好きではあるのだが)。一方、むちゃくちゃな設定がジャズの自由さと協奏曲を奏でている『甘い土』の半分伝奇の入った内容には田中啓文らしさを感じる。個人的には表題作の『辛い飴』が気に入っている。バンドのメンバーがなぜ、急に演奏が下手くそになったのか、そうせざるを得なかった理由は。四十年前の悲劇に遡っての伏線に驚きを禁じ得なかった。ほか、じんわりと来る物語として『酸っぱい酒』が良い。ちーちゃんを出来れば、他の作品にも登場させて欲しいなあ。

 ということで、前作に引き続き非常にレベルの高い作品集でした。芸能+ミステリのど真ん中を変化球で通り抜けるような存在。 落語ミステリや歌舞伎ミステリがお好きという方であれば、このシリーズ、絶対に嵌ると思います。ジャズを知らないといった理由で敬遠されている方がいたら、それは損です。(雅楽のシリーズも、ほとんどの現代読者は歌舞伎を知らずに読んでいる――と思うし)。


08/07/07
横田順彌「早く寝てはいけません!」(講談社青い鳥文庫fシリーズ'07)

 絵:池田八惠子。銀河連盟の依頼に立ち向かう少年たちの活躍をハチャハチャSFベースで描くジュヴナイルシリーズ。どうやら『勉強してはいけません!』がシリーズ一冊目で、本書は二冊目らしい。身内(小学生)が「ハリポタ並みに面白い」と絶賛していたので、久しぶりのヨコジュンだと借りて読了。

 緑町小学校五年生の城進太郎は、授業中に居眠りばかりで起きればダジャレばかりという変わった男の子。彼のことを本当は頭が良いはずなのに、と見かねた同級生・清水弘美が一体彼に何が起きているのかを問いただす。新太郎は学校から帰ると勉強ばかりさせられているのだが、実はアニメに関わる仕事がしたいのでそちらにも時間が取られ、あまり睡眠が取れていないのだという。また、進太郎は先日、銀河連盟の宇宙パトロール隊員・パンタン、そしてパラレルワールドでの城孝太郎と、もう一人の清水弘美との冒険を、こちらの世界の弘美にも語って聴かせる。こちらの弘美は、話を信じてくれたうえ、次回の冒険がある時には絶対に自分も参加したいと強く進太郎に頼み込む。果たして、パンタンから新たな連絡があり、次の冒険の誘いがあった。今度はこちらの世界において睡眠時間を無くして人類から眠りを奪う研究をしている『ネムラン団』とDr.ソンスルなる人物が子供たちを誘拐しようとしているのだという。学校のすぐそばにある秘密基地に、進太郎と孝太郎、そして二人の清水弘美が忍び込むことになる。

ダジャレ連発、ハチャハチャ展開。素のヨコジュン節がジュヴナイルにどん嵌り
 小学生がパラレルワールドの自分そっくりの人間と、更にガールフレンドとパラレルワールドのガールフレンドと。四人が組んで自分の学校のすぐ側にある地球人類の存亡に関わるような悪人を倒しにゆく――話。荒唐無稽といえば、荒唐無稽だし、整合性であるとか、論理性であるとか、そういったところへの配慮は少ない。かっちりとした、理論が系統だてられたSF作品であることよりも、むしろジュヴナイルとして小学生読者をいかに引き込むか、楽しませるかを重点においた物語だといえよう。
 関係者が皆ダジャレが大好きで、話が本質からそれまくるし、国有林のすぐ下に秘密基地があって、さらには中間層にマッドサイエンティストがいて、なぜか農場をやっているがダジャレばかりの嘘つき天才博士で……。通信はテレパシーのわりに説明なし、秘密基地の構造もむちゃくちゃ。なぜそこで人々が働いているのか、エネルギーは費用は? と大人の視点に立ち返ると疑問点が多数浮かぶのだが、そこはそれ。ある意味、そういったややこしい大人の事情(事象)を全て無視して少年少女の冒険とダジャレにエネルギーを注ぎ込む姿勢は清々しくさえもある。
 ちょっとした恋心も滲ませ、子供が走り回るというアクション場面があって、とサービス精神も盛りだくさん。悪の天才科学者が睡眠を無くす研究を行う理由が、本人の寝坊による大学受験失敗というが泣かせる。だったというなんだかよく判らないうちに解決して、よく判らないハッピーエンドなのだが、これはこれで良いのでしょう。

 ハリポタを超えるとか(並ぶのも)いうのはいくらなんでも大袈裟ですが、子供が読んでいて面白い! と思う理由はなんとなく判ったような。あくまで子供の視点で面白ければ良い――というのを追求した結果でしょう。ハチャハチャSFが今なお支持されるという点もなんだか楽しいなあ。 昨年刊行ですから、この本。(続編も出ているようだし)。


08/07/06
田中啓文「ハナシがはずむ! 笑酔亭梅寿謎解噺3」(集英社'08)

 『辛い飴』いいよねー、と思って改めて考えるとこの作品の感想を書いていなかったことに気付いたので先に書く。一冊目『笑酔亭梅寿謎解噺』は、なぜか『ハナシがちがう!』という題名で文庫化され(これこそ話が違う?)、二冊目となる『ハナシにならん!』も好調、最近は舞台化もされた笑酔亭梅寿、というか梅駆を主人公とするシリーズの三冊目。主に『小説すばる』誌にて二〇〇七年一月号から二〇〇八年四月号にかけて発表された作品が集められている。

 一門の誰もが嫌がる梅寿師匠の母校の小学校での演芸会。軽い気持ちで「動物園」を演じようと考えていた竜二は、騒ぎまくる子供たちの群れにいいように翻弄されてしまう。 『動物園』
桂かにざと林家わらじ。同じ日に入門してかつては同じ部屋に住んでいた筈の二人は、今や芸能界でも有名な犬猿の仲。互いに互いの悪口を言ったと二人が信じ込んでいるのが原因だった。 『日和ちがい』
 梅寿の事務所に時代劇のオーディションが持ち込まれた。大物女優・吉原あかりが主演するテレビドラマだ。落語「あくびの稽古」を練習中の梅駆が何故か受かってしまい、更に芝居に興味が行き出すなか、事件が。 『あくびの稽古』
 ドラマのことが頭に浮かび本番中も落語に集中できない竜二は、師匠の落語の最中にしくじりを繰り返す。ドラマが諦めきれない竜二に大物監督映画出演の話が舞い込み、更に悩みを深くする。 『蛸芝居』
 九州博多のおんぼろ演劇場へのどさ廻りを命ぜられた竜二。旅行気分できてみれば芸歴五十年の枯れた芸人ばかり。隣で公演している人気劇場の面々とのトラブルから大勝負をすることに。 『浮かれの屑選り』
 大女優・吉原あかりの父親は、星の家柿鐘という江戸時代から続く上方落語の大名跡だった。あかりと師匠はよりによっていきなり梅駆にその名前を継がせようとする。しかし、その時期から梅駆の周囲で奇妙な出来事が続発する。 『佐々木裁き』
 柿鐘の弟子にも勧められ、梅駆は引き続き星の家柿鐘を継ぐ話に翻弄される。柿鐘の孫弟子でテレビタレントで活躍中の眼鏡家近視もまた、柿鐘襲名に名乗りを上げる。双方譲らないまま噺家としての腕で勝負が決まりそうになるが。 『はてなの茶碗』
 師匠が倒れた! 入院中の師匠を前に笑酔亭梅寿の名前を誰が継ぐかで兄弟子たちが醜い襲名争いを繰り広げる。そんな兄弟子の態度に竜二は我慢ならないが、梅寿が指名したのは……。 『くやみ』 以上七編。

落語+ビルドゥイングスロマンの実現。ミステリ味薄れどもユーモア成長小説の面白さの上昇止まらず
 謎解噺という題名とは裏腹に、三巻目となると物語個々の「謎」及び「真相」が薄まってしまうのは仕方がない。(特に一冊目は日常の謎系ミステリの隠れた傑作としても個人的に高く評価していたのだけれど……)。恐らく、まだ一冊目、最初の段階では物語の方向性が定まっていなかった分、落語とミステリの融合という部分に力が入れられていたせいなのではないかと想像する。(そしてそれは見事に成功していた)。それが一方、物語としての人気で二冊、三冊と続編が要求されるにつれ、今度はキャラクタのイキの良さの方が全体を牽引するようになってきている。
 元不良、金髪とさか頭の噺家・星祭竜二こと笑酔亭梅駆(しょうすいてい・ばいく)。更には師匠の梅寿、姉弟子の梅春、今回から登場する大女優・吉原あかりといった人物が様々な癖を持ちながら、共通して梅駆の成長を見守るというパターンが出来上がってきている。(各人の癖が強すぎるのが面白い)。結果、やはり梅駆の成長譚・ビルドゥイングス・ロマンといった味わいが強くなる。
 個々のエピソードが強烈になって物語全体から発されるインパクトが強烈になっていく。特に本作では梅寿師匠と竜二との師弟の絆が通底したテーマとなっており、どんなにどつかれようとも師匠を慕う竜二と、どんなにどついても腹の底では竜二の将来を思う梅寿師匠の考えとが渾然一体となったエピソードが多い。(そうはいっても表面上はどつき合い、殴り合うので、端からそう見えないところが凄い)。また、竜二自身がこの段階ではまだ気付いていないが、実は天才落語家(実に巧い)なのだ。そこに気付かないまま右往左往する姿にもおかしさがある。
 物語の端端にある「笑うところ」については今さら言うまでもないでしょう。田中啓文さんと新作落語は(現在のところ)強い強い結びつきで繋がっているし。落語を踏まえたり、外したり。笑わせ方が変幻自在。

 お家騒動あり、襲名騒ぎあり。そうでなくとも梅駆の周囲は喧しいのに更に事件が起きて大変なことになっていく――というシチュエーションだけで御飯三杯。読者の立場からいうならば、やはり前二冊を先に読んでから、この世界に入ってきて欲しいという印象。この作品も文庫化の暁にはかなり売れそうだ。


08/07/05
石持浅海「耳をふさいで夜を走る」(徳間書店'08)

 昨年から今年にかけて、丁度連載していた作品がまとまるタイミングなのか、刊行攻勢をかけているようにも思える石持浅海氏。本書は『問題小説』誌に二〇〇六年五月号から二〇〇八年一月号にかけて隔月連載していた作品に加筆修正を加えた長編作品。

  ある活動に携わっていたが最近その活動から抜けた、並木直俊。彼は中期的な計画で三人の女性、即ち谷田部仁美、岸田麻理江、楠木幸を殺害することを決意していた。彼女たち個人に恨みはない。だが「破滅」を避けるためには、彼女たちが「覚醒」をする前に命を絶ってしまう必要があるのだ。しかし自分が犯罪者として捕まるような事態は避けなければならない。どうすれば――。そんなことを考えてい並木の自宅に、表向きは交際し定期的に関係を持つ間柄ながら、互いに拘束することはないという関係のにある奥村あかねが訪れた。普段は週末にしか訪れない彼女が平日に現れたことに若干の疑念はあったが、二人はいつものように行為に入ろうとする。しかしほんの少しの違和感が結果的に並木を救った。奥村あかねは殺意をもって並木に攻撃を仕掛けてきたのだ。何とか危難を脱した並木は、時間があまり残されていないことに気付く。誰かが「覚醒」 したのか? 今晩中に並木は三人の女性を殺害することを決意。黒いジャージと僅かな持ち物を持って家を出て行く……。

物語の半分は殺人で半分はセックス。石持浅海のダーク・サイド全開のハードストーリー
 これまでも本格ミステリとしては堅牢な出来映えながら、一部からは「この動機は納得できない」という声があったことに対応したのかしないのか。本作における主人公の殺人動機は冷静に淡淡と、筋道立って描かれているがシリアル・キラーの狂気そのもの。その彼の内面描写を徹底的に押し進めているため、「あちら側」「こちら側」の論理を含め、読者の頭はくらくらするような体験を強いられる。 並木の動機というのが本書の謎の一部を形成している以上、その内容は詳しく書けないのだが、少なくとも一般常識に照らして「ええ?」というものであることは間違いない。
 一人称で物語が綴られており、たった一晩のことでもあるのでその「論理」の方向性に揺らぎや変化はない。元から頭の回転の速い男が、ひたすらに合理的に殺人を繰り返してゆくというすごく嫌なお話なのです。
 その殺人の話が半分と、残りの登場人物はなんのかんのでセックスの絡む話がやたら目に付く。それが愛情の表れではないことは、冒頭の奥村と並木の絡みで分かっているのに、男女がいるとすぐにまぐわることを登場人物たちは考えているようだ。殺人と性欲昂進は関連があるのかないのか、実際のところは知らないが(ミステリではよく描写されているけれど)その生々しさが、本書の嫌感覚を増幅しているのもまた確かだ。結局、「なぜ殺さなければならないのか」「アルラウネという存在は一体なんなのか」といった、根源的な謎を孕んだまま最後まで突っ走り、さらにまた嫌な終わり方をする、という物語。硬質にして邪悪にしてダーク。 これもまた石持浅海の持つ、これまでも見られた一側面であり、その部分をわざと抽出して長編としたかのような印象である。

 全体を通じて抑制された筆致でソフィステケートされた文章表現であるにも関わらず、描写されている内容はは派手にして、ある意味邪悪で下品だ。ストレートに万人にお勧めは難しいが、石持ファンであれば、読めばどこかこれまでの作品群との共通点にも気付けるはず。


08/07/04
法月綸太郎「しらみつぶしの時計」(祥伝社'08)

 '96年の『パズル崩壊』以来二冊目となる、法月綸太郎が登場しない非シリーズ短編のみによる作品集。雑誌に'98年から'08年にかけて断続的に発表された作品によるもので『小説NON』からが多いが他に『小説新潮』『小説現代増刊メフィスト』『ジャーロ』と初出誌は多数にわたっている。

 中堅ミステリ作家の新谷弘毅が喫茶店で編集者と打合せ。密室に関する考え方に齟齬がありいらいらしたところでなぜかお腹が苦しくなる。外にあるトイレに駆け込んだところ、そこには殺人者が待っていた。 『使用中』
妻との冷え切った仲に、苛つきを押さえるためバッティングセンターに通う男。その男の様子を見ていた別のある男が、交換殺人を持ちかけてきた。 『ダブル・プレイ』
浪費癖のある妻に苛つく夫。彼女が通信販売で腹話術の人形を購入していたことを知った夫は、妻を衝動的に殺してしまう。隣人の通報からやって来た警察に対し、夫はとぼけるが。 『素人芸』
高官の妻が綴った恋文は国家スキャンダルの火種になりかかってしまう。厳重に、二重の南京錠が掛けられ郵送された状箱から、いかに手紙が抜き取られたのか。 『盗まれた手紙』
文壇で名の通った作家が集まるという評議会に誘われた作家。そこでは現役大作家の追悼文を書くという遊びがあった。作家が先輩作家の追悼文を書くと数ヶ月後に実際にその作家が亡くなった。 『イン・メモリアム』
ある程度の年齢を加えた飼い猫は、富士山の麓にある猫の聖地へ巡礼させた方がいい。獣医の薦めで真剣に検討を始めた夫婦は、巡礼に関する様々な情報を集め始める。 『猫の巡礼』
戦隊ものに出演していた若い女優が腹を刺されて殺された。彼女は死ぬ直前に手首に×型の傷を自らこしらえていた。これはダイイングメッセージなのか? 元刑事の父親による推理は。 『四色問題』
酔いどれのギャロンは、私立探偵免許を取り上げられホームレスになった後も事件の解決の依頼を受ける。その女は、夫が何かに怯えているのでその理由を知りたいのだという。 『幽霊をやとった女』
人間を使った実験。密閉された館のなかにある1440個の時計。24時間分全て別の時を刻む時計から論理を使って、外界を流れる現在時刻を刻む時計を見つけ出すというゲーム。 『しらみつぶしの時計』
孤独な学級生活を送っていた真宮に声を掛けてきたのは、木下悠子と名乗る女性。彼女と付き合い出した真宮は、彼女が殺害されたことを知るが、新聞報道では彼女は北沢靖子という異なる名前で扱われていた。 『トゥ・オブ・アス』 以上十編。

作者の書きたい作品が必然的に玄人受けする宿命? 練り込まれ作り込まれた痕跡が光る本格短編群
 法月綸太郎久々のノンシリーズ短編集。
 法月綸太郎が常に一定の支持を受けているのは、寡作であるだけでなく、その数少ない作品に非常に多くの趣向というか、理屈というかを込めているところにあるのだと思う。駄作を濫作するではなく、一個一個の短編であっても、しっかりと作り込まれた味わいがある。そのことを改めて感じさせてくれる作品集だ。
 スラップスティックな味わいの密室リドルストーリー(ちょっと違うよなあ)の『使用中』。シチュエーションだけであれば、別に面白くも何ともないブラックな笑い話であるのが、前半部に密室講義やリドルストーリー論をたたかわせている結果、非常に奇妙な味わいに通じている。尾籠なネタではあるが、そのあたり読者個人の心当たりと照らし合わせることで妙に説得力があるようにも思った。また、設定自体は平凡な、仲の悪い夫婦ものが二作『ダブル・プレイ』『素人芸』。こちらもシチュエーションに凝りつつも思わぬところに落とし穴が掘ってありニヤリとさせられる。特に『素人芸』のオチは、そういえばそんなこと警察もやっているよなあ、と得心。
 『盗まれた手紙』は、パズル的トリックが中心。凝っているのは分かるが、頭にイメージを入れるのにちょっと苦心した。その意味では表題作の『しらみつぶしの時計』も、二人称で『やぶにらみの時計』への意識は分かるものの、内容がパズラーに過ぎ、オチも含めて何となく「?」が残るまま終わったように思う。『幽霊をやとった女』『四色問題』、共に都筑道夫パスティーシュ。文体、会話といったところに都筑節が思い浮かび、それだけでも充分。特に『幽霊』の丁寧な構成には唸らされた。
 本格としてオーソドックスかつかっちりしている『トゥ・オブ・アス』は、『二の悲劇』の原型らしく、”法月太郎”と探偵役の名前も異なる作品。オチは比較的見えやすい方だと思うが、記述にしろ丁寧に作り込まれており、その愛着が伺える。これには長い年月のあいだにかなり手が入れられたのだろうなあ、というところがかいま見えるところも含め、その分読者の胸にしみる話になっていると感じた。

 法月ファンであれば、当然必読。傑作揃いまではいえないまでも読んで損のない作品が揃っている。非ミステリ(ファンタジー)の『猫の巡礼』含め、法月綸太郎という作家の基本と応用が一挙に味わえる作品集である。


08/07/03
竜騎士07「ひぐらしのく頃に 第二話〜罪滅し編〜(下)」(講談社BOX'08)

  問題編として『ひぐらしのなく頃に』全七冊の出題編の後、2008年5月より刊行再開された解決編となる『ひぐらしのなく頃に解』の四冊目。二つ目の解決編にあたる作品。

 上巻において竜宮レナが決断を下し、その事柄に対して全面的な協力と支持を打ち出した部活メンバー。しかし鷹野三四の残したノートの内容を熟読するレナは、雛見沢の暗部にあるオカルティックな事実があるものと、自分の経験と照らし合わせて考えるようになる。自分が何者かによって監視されていると思い込み、前原圭一だけにはその真実について打ち明ける。一旦、レナの言うことを信じかける圭一だったが、魅音らと話し込むうちにレナが陰謀だと感じている事実のほとんどが彼女の勘違い、ないし周囲の心遣いであることを知る。レナは姿を隠し続けたままで、警察や魅音らの捜索に対しても姿を見せず、むしろ陰謀が自分を追いかけてきていると強く信じ込んでゆく。唯一自分を信じてくれるレナを救いたいがために、彼女との接触を続ける圭一は、レナから彼が雛見沢に引っ越してきた理由を暴かれて逆に絶望に陥った。レナの居ない学校で、自分の過去について部活の仲間に話す圭一。そのなかで圭一は「あったかもしれない別の世界」の自分の罪に気付くという奇蹟に巡り会う――。

ひぐらし世界の重要な謎のひとつが遂に目の前に。結末の爽やかさはこれまでのところ随一
 解決編と言いつつも、従来の綿流しの祭での惨劇という部分については非常にさらりと流されている。(もちろん本書においても富竹ジロウと鷹野三四は不審な死を遂げており、そのフラグは変更がないようだ)。今回、祟りに取り憑かれているのはあくまで竜宮レナであり、圭一は半分主人公視点を持ちつつも、レナが陥っていく狂気を救う側に回っている。一方、本書の活字には工夫があり(恐らく原作のゲームも同様だったはず)、レナの陥る狂気の症状が進めば進むほど、その一人称は赤い字が薄い赤→濃い赤でで描かれていく。ただ、この赤い字は微妙で物語として分かりやすくなっている一方で、どちらを信じるべきかというサスペンス感はむしろ割り引かれているように思われる。(このあたりは、画像を伴うゲームと活字でしかイメージを拾わない本との違いか)。
 ただ、内容については非常に濃い。この段階まで明かされていなかった圭一の過去のエピソード、更には『ひぐらし』最初の作品でもっとも巷間に流通していると思われる『鬼隠し編』の真相が、本書で意外なかたちで明かされていく。 この設定というかシチュエーションの使い方が巧い。思い出すはずのないことを思い出す、という、作中では奇蹟と呼ばれる事態が発生することで、先に述べた『鬼隠し編』の真相のみではなく、この『ひぐらし』世界の成り立ちについても間接的に説明していることになるためだ。少なくともこの『罪滅し編』の段階で、『ひぐらしのなく頃に』の問題編に相当する部分で根本的には説明されていない、作品構成上の秘密が明らかにされているといって良いだろう。
 そしてもう一つ特筆すべきは、ラストに驚きのクライマックスが持ち込まれている点だ。圭一とレナ、彼らの心情・真情が吐露され、そして部活仲間ならではの方法で理解し合ってゆく描写。どちらかといえば恐怖やサスペンスに見せ場が多かったこのシリーズの内部では特色があり、印象深い見せ場となっている。

 解決編も半分。ここから更に隠された秘密が明らかになっていくかと考えると、ひたすらに続きが楽しみ。


08/07/02
近藤史恵「ヴァン・ショーをあなたに」(東京創元社'08)

 『タルト・タタンの夢』に続く、ビストロ〈パ・マル〉の三舟シェフを中心とするシリーズの二冊目。『ミステリーズ!』Vol.16〜19、23号に掲載された作品に『天空の泉』『ヴァン・ショーをあなたに』の二作が書き下ろしで加えられている。

 パ・マルを訪れた熟年夫婦。夫の方が自ら料理するためにスキレットを所有するのだが、焼き入れなどきちんと手入れしているにもかかわらず、急に錆びてしまうのだという。その夫婦に貰われた猫が再びマルに帰ってきてしまう事件が続いて……。 『錆びないスキレット』
 予約をしてきた女性の二人連れ。実はヴェジタリアンだということが直前に判明する。なんとか三舟シェフの機転で乗り切ったが、彼女たちは宗教上や身体上の理由ではなくファッションとしてのヴェジタリアンなのだという。 『憂さばらしのピストゥ』
 〈パ・マル〉のオーナーが新たにパン屋を開店するのだという。二人の熱意ある女性に任せ、立地条件はなかなか。オーナーは三舟に彼女たちの店で出す軽い料理についてアドバイスをして欲しいという。しかしソムリエの金子は、その近所に昔ながらのパン屋があったと口にする。 『ブーランジュリーのメロンパン』
 パ・マルに一人だけでやって来る雰囲気のある女性客。三舟のブイヤベースがお気に入りで必ず注文をしていく。堅物の三舟シェフも彼女のことを憎からず思っているのではないか……と高築と金子は噂するが、その彼女が男性と連れだってやって来てしまう。 『マドモワゼル・ブイヤベースにご用心』
 十年前から想い始め、この三年間ようやく交際に漕ぎ着けていた同棲相手の杏子が家を出ていった。彼女がその前に交際していた男は傷害事件を起こして実刑を受けていた。その男が出所したことは彼女には知られなかった筈だったのだが……。 『氷姫』
 フランスの田舎を一人で旅する女性。トリュフのオムレツが名物のレストランに入ろうとするとタイミング良く一人の日本人が後ろに立ち、二人で食事をすることに。女性は恋人と不仲になっていることについて、見ず知らずのその男に話し込む。修行中・三舟の話第一弾。 『天空の泉』
 フランスの田舎町。お祭りでヴァン・ショーを振る舞うお婆さんが、赤ワインを使ったものはもう作らないのだという。彼女の義理の息子が飲まずに捨てていることに気付いたことが理由だ。その話を聞いた三舟はある推論をお婆さんに話したところ……。修行中・三舟の話第二弾。 『ヴァン・ショーをあなたに』 以上七編。

レストラン〈パ・マル〉と三舟シェフの腕。ミステリ味から醸し出される人情の妙味
 前作にあたる『タルト・タタンの夢』までで、規模は小さいけれど料理には絶対の自信を持ち、お客さまをしっかりと喜ばせる小粋なフランス料理店〈ビストロ・パ・マル〉――無条件に褒めるのが苦手なフランス人が良く口にする「悪くない」という意――という「場」の醸成は完全に出来上がっている。前作が前菜からメインにあたるのであれば、本作はメインと箸休めといった印象を持つ作品集だ。
 純粋に〈パ・マル〉が舞台になる作品は冒頭の『錆びないスキレット』『憂さばらしのピストゥ』と『マドモワゼル・ブイヤベースにご用心』。 これらでは〈パ・マル〉にてサーヴされる素敵なサービスや気遣いが背景になりながら、ミステリが展開されていく。ミステリとしてはかなり弱いと思うが『憂さばらし』における、単なるファッションのヴェジタリアンへの相対に面白みを感じた。ミステリとしてならば『スキレット』だが。個人的にもスキレット持ってるし。
 パン屋開店準備の相談に乗る『ブーランジェリー』や、修行中の三舟が見ず知らずの女性の悩みの内容を言い当てる『天空の泉』、むしろ人間模様の謎を解き明かすもの。本格ミステリという縛りを取り払った時の近藤史恵さんがみせる人間関係の妙味というか構成が、軽めの謎解きを通じてうまく浮かび上がるのが特徴だ。ほとんど人間関係のみで〈パ・マル〉でなくても、という『氷姫』はかなりの異色作だ。その人間関係系の集大成といえるのが表題作でもある『ヴァン・ショーをあなたに』。これも三舟修行中の物語につき〈パ・マル〉は登場しないが、フランスという土地を巧みにミスリーディングに使っていることで、ミステリとしては非常にシンプルな回答であるのに、非常に物語として印象を深めることに成功している。特に「五月」という時期をヒントにするところに個人的には唸らされた。

 ただ、前作『タルト・タタンの夢』から読まれた方が、物語の導入としては分かりやすいし絶対お勧め。フランス料理のディナーに順番がある通り、このシリーズは順番を守った方が吉。 人間だれもが食事をしないと生きていけないわけで、今後もさまざまな題材に〈パ・マル〉のスタッフたちが取り組んでくれそうな予感。


08/07/01
舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日(上下)」(新潮社'08)

 '01年『煙か土か食い物』でメフィスト賞を受賞してデビュー。'03年『阿修羅ガール』で三島由紀夫賞を受賞。初出は『新潮』誌の二〇〇五年五月号、二〇〇六年一月号・九月号〜十二月号、二〇〇七年二月号・四月号、と不定期かつ長期にわたっているうえ、なんとそれでもかなりの分量のある下巻(第四部相当)は、まるまる書き下ろしである。

 迷子捜し専門の探偵を請け負う、ディスコ・ウェンズデイ。米国出身の三十代だが、現在は東京の調布に、以前の事件で関わった六歳の梢という女の子と二人で暮らしている。それなりに平穏に二人で暮らしていたのだが、梢のなかに時々、突然に「十七歳の梢」が未来からやって来るという現象が発生し出す。そのたびに梢の身体は大きくなり、またその十七歳が去ると身体は元にもどる。ディスコは米国時代に交際していた灼子(米国時代のディスコの恋人・ノーマ・ブラウン似)を静岡から呼び出し、しかしその間に島田桔梗という十四歳の女の子が梢のなかに入り込んで……と時空と人格は大混乱。どうやら島田桔梗は《パンダ事件》という事件に巻き込まれていたようだ。さらにディスコたちの生活のなかに割り込んできた「水星C」なる暴力的、かつ粗野な外観と裏腹に頭の回転の良い男が現れる。六歳の梢は人格を乗っ取られている時には「パイナップルトンネル」にいるというが、どうやらそれは福井県でミステリー作家・暗病院終了が殺された事件の現場「パインハウス」のことを示しているようなのだ。ディスコと水星Cは、発生している一連の事件の謎を解くべく、福井に向かう。

超饒舌にして超過剰。世界の分析とヒーローの孤独と戦いと。舞城節全開。
 ひとことで説明しきれない作品。最終的には世界の多重性・多次元の可能性を物語世界へ持ち込むことで、ミステリ・SFを含むエンターテインメント小説をどう動かせるか――といったあたりを実験する小説――といったところに落ち着くのか。多数の登場人物(ディスコ・ウェンズデイ、水星C、灼子、梢、桔梗……といったところに、パインハウスに集う多数の名探偵たちと劇団員、米国時代のディスコと関係のあったノーマほかの人々)が、それぞれの役割で発言と行動を果たし、多重世界、タイムパラドックスが存在する世界のなか、目の前の事象を分析しながら世界の秘密を探っていく。
 パインハウスなるいわゆる館内部で殺人事件が発生し、黒死館ばりの仕掛けが凝らされたその屋敷の秘密を訪れた探偵たちが解き明かす――と、その推理が間違うたびに同じくそのパインハウスの密室内部で片目を箸で突き刺して死亡してしまうというめちゃくちゃな謎。このあたりの設定や装飾の過剰さ、天才的名探偵によってその過剰があっさりと解体されるという展開は従来の舞城作品の定番といえば定番。デビュー作からのパターンでもあるので、ファンにとっては面白がれるところだと思うが、今作はタイムパラドックスが絡むので、更に念入りなロジックが飛び交っている。
 人格の転移、時間軸の移動を超えて四次元から五次元、六次元以上の存在を議論するなどの結果、物語の終盤では主人公は凄まじい力を持ち、さらに巨大な力を持つ存在と戦うようになる――と、ポイントだけ抜き出すと昔の少年漫画のノリのようにみえるが、読んでいるあいだはそこまで簡単に割り切れないし、饒舌な解説を様々な登場人物が行ってくる結果、その正否というか真実からは読者は煙に巻かれるような印象だ。そういったアカデミック(?)、SF的にかなり込み入った展開があるにもかかわらず、容赦ない暴力などの表現を伴ったグルーヴ溢れる文体と展開は健在なため、相当の文章量があるにもかかわず、事前に想像していた程読むのに時間はかからなかった。

 ただ、するすると読んでしまった分、内容についてはカンペキに理解できていない――のだろうな、と自己分析。表面上の物語を追うことはできても、紙背を読むようなじっくりとした読み方をするためにはやはり相応の根性が必要だ。(でなければ、もう少し分量減らしてもらわないと)。ただ、内容全体を俯瞰すると、この全能感(そしてその全能ゆえに陥る強烈な孤独感)、突っ走り方、解決と今後の展開に到るまで、それぞれ舞城王太郎らしさが存分に発揮された作品である。