MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


08/07/20
恩田 陸「きのうの世界」(講談社'08)

 ミステリ・ファンタジー・SFと分野を跨ぐ活躍をする恩田陸さんの長編。最近では2007年に『中庭の出来事』が第20回山本周五郎賞を受賞している。本書は二〇〇五年四月から二〇〇六年十一月にかけて、東奥日報や信濃毎日新聞といった複数の地方新聞に共通して連載された長編に加筆して単行本化したもの。

 M駅を降りてすぐのところに拡がる「塔と水路の街」。元は棚田が開発されたという街、そして街中を縦横に水路が流れる。更に昔からずっと存在はしているものの、その由来がはっきりしない三つの塔。(うち一つは既に壊れているが、再建されていない)。そんな街を訪れた”あなた”。あなたは街のなかにある丘陵地を目指す。その丘陵地に到る、古い木造の水無月橋の上で男が死亡する事件があった。事件は水無月橋殺人事件と呼ばれ、第一発見者は丘の近くに住む元教師の郷土史家・田中健三。しかしその田中も二週間後に亡くなっており、もう今は事件のことを直接は聞けない。被害者の名前は市川吾郎。市川は一年ほど前に勤めていた会社を失踪同然に退職していた。彼は同じ課の課長の送別会に出席したあと、そのまま一旦自宅に戻った形跡はあったものの、完全に姿を消したのだ。しかし市川はどうやらこの街で色川と名を変え、その丘陵地にある小さな家を借りて住んでいたのだという。しかし、市川は別に姿を隠すわけでもなく、一度見ても覚えられないような平凡な容姿ではあったものの、愛想良く地元の人々と接していたのだという。あなたは、そのまま近くのビジネスホテルを予約し、この街の、そして市川の秘密を探ろうとするのだが――。

緩やかに拡げられた風呂敷が畳まれて綺麗に収まる――。まとまった時の恩田陸の破壊力、まざまざ
 恩田陸さんほどの大作家をつかまえて失礼な表現かもしれないが、(これでも既に恩田作品は三十冊以上は読んでいるので)、恩田長編は序盤の魅力に対して終盤に失速して尻すぼみになってしまうことが多い。細かい短編が繋がるような構成の『ドミノ』あたりは良いのだが、解決されない謎や明らかな伏線が回収されないケースなどがあったり、魅力的な謎の答えが苦し紛れや反則などあまりに陳腐だったりする場合がある――のだが、本作は十分過ぎるほどに全てを回収し、まとまった長編となっている。その結果、恩田作品の持つ特有の叙情性が、これまでの他作品以上にのびのびと表現され、それが引き立つ結果になっている。 ただ、一部(例えば、登場人物の一人が焚き火をしている際に感じる何かの気配など)には説明がついていない部分もあるが、物語トータルで考えると完全に現実に立脚した物語を指向しているわけではない以上、それはそれで良いと思う。
 本書のポイントは、登場人物の謎めいた行動、さらにその裏側にいるとある一族、そして街そのものの構造が持つ秘密にある。 当然、何かありそう――でいて、そして何かがあるわけだが、その発想がなかなかに素敵なのだ。(いや、現実に住人にとっては少しも素敵ではないかもしれないが、もたらされるイメージとしては非常に美しく、アイデア自体が面白いと思う)。また、地域の人と外部の人間との対比、土地の持つ秘密を探ろうとする捜索者のイメージなども、物語自体の深みを出すのに一役買っている。そして、この土地の持つ秘密とは――?
 種明かしされてみれば、成る程と思うし、発想はユニークだけれども、必ずしもあり得ない話ではなさそう――。 そのバランスが非常に心地よいのだ。その秘密と、主人公、というか市川吾郎の持つ秘密とが溶け合って不思議な読後感を醸し出してくれる。感動とも切なさとも違う、物語を一つ読み終わったという豊かな気持ち。

 新聞連載という形式からか、若干説明が重複する部分もあるけれども、ミステリっぽいサプライズも微妙に仕込まれているし、とにかく頁を繰らせるだけの魅力を最初から最後まで維持している点が流石。ミステリともファンタジーともSFともつかず、そのどれでもあるという恩田陸さんらしい大きな物語である。


08/07/19
竜騎士07「ひぐらしのく頃に 第三話〜皆殺し編〜(上)」(講談社BOX'08)

  問題編として『ひぐらしのなく頃に』全七冊の出題編の後、2008年5月より刊行再開された解決編となる『ひぐらしのなく頃に解』の五冊目。『罪滅し編(下)』にて発生したある事象が下敷きとなっており、前作の続きであることが従来以上に強調される作品である。

 もう何度も何度も繰り返される雛見沢での惨劇を繰り返し目撃してきた古手梨香。古すぎるところは曖昧になっているものの、全てのカケラの記憶を持つ彼女の側には、他者には見えない妖精のような人物が存在していた。羽入。梨香が生まれた時から常に彼女の側にいるが、ほとんどの場合「あぅあぅ」言うばかりで頼りにならない神様。羽入の力も弱まってきており、一連の惨劇のなかで必ずといって良いほど殺害されてしまう梨香の命も二週間程度しか巻き戻せないようになってきている。彼女たちなりに、一連の事件を反芻、雛見沢には様々な力が働いており、歴史がどうあれ必ず発生する事件と分岐の結果によっては発生しない事件とがあることが判っていた。そして、これまであり得なかった「有り得たかもしれない過去」の記憶が少しずつ関係者のなかに浸透してきている事実。それらから、昭和五十八年以降も彼らが皆揃って仲良く暮らしてゆける世界に今度こそ繋がるのではないか――と梨香は期待する。……が、最悪のカードの一人、北条鉄平がまたしても沙都子の自由を奪ってしまう――。

一連の世界の鍵を握る最重要人物・古手梨香が初の視点人物に。彼女の願いは叶うのか
 「解」も三話目に到り、この「ひぐらし」の世界自体が持つ秘密という部分については、ここまででほとんど解き明かされたと言っても良さそうだ。だが、本書は、その「ひぐらし」世界を見つめ続ける巫女にして時の魔女・古手梨香を視点人物とすることによって、これまで見えてこなかった(が、存在が予感されていた)幾つかの謎、そして背景にあるであろう謎の組織といったところが更に少しずつ明らかになってくる。一人欠けていた重要なキャラクタ・羽入もまた本書で初登場することになる。なるほど、当初のところで雛見沢神社で発生した説明のつかない怪異の意味なども、ここにきてようやく説明が付けられる。
 ただ――、この上巻において凄いなと思わせるのは、世界の秘密がほとんど明らかになってなお、まだ物語に発展性とスピード感を維持している点だ。つまりは、これまで小説化されて刊行されている『ひぐらし』四話『解』二話では、決して世界が幸福に終了していないという事実。 先の『罪滅し編』にてようやく動きはじめた、登場人物たちによる運命への抗いが、本書のメインテーマとなっている。これまでの一時的な狂気に囚われた登場人物たちの行動では決して最終的な解――即ち、部活メンバーが何の気負いも秘密も罪悪感もなく、幸せに過ごし続ける世界を、どうすれば実現できるのか。もしかするとこの後、下巻ではまた悲しい思いをするのかもしれないが、とりあえずのこの上巻、その前向きなひたむきさが非常に心地よい。

 こうして視点人物をずらすと、それまで見えてこなかったもの、登場人物の立場によって異なる感覚などが明らかにされ、その世界は並行的に、かつ順列的に存在しているにもかかわらず、立体感が増してゆく。登場人物に馴染みが出てくるにつれ、不思議な愛着も湧く。さて、この物語(カケラ)はどう進んでゆくのだろう。


08/07/18
吉永南央「誘う森」(東京創元社ミステリ・フロンティア'08)

  題名は(いざなうもり)と読む。吉永さんは2004年オール讀物推理小説新人賞を「紅雲町のお草」で受賞。'08年、受賞作を含む連作短編集『紅雲町ものがたり』を刊行。書き下ろしの本編は単行本として初長編となる。

 「――私たち、似ているわ。」偶然に知り合ってから結婚、妻は実家でもある名家・屋尾酒造に勤めつつ、近くにある自殺で有名な森の側で自殺防止のボランティア活動をしていた。夫の洋介もその町に住み始め、二人は仲睦じく暮らしていたはずだったが、洋介には何も言い残さず、自殺者が持っていた薬を飲み、妻は自宅で死んでいた。それから一年。職場を休職した洋介は妻の死の不審点を思い、彼女がなぜ死んでいったのかを知るべく孤独な捜査を開始する。しかし、屋尾酒造をはじめ周囲の人々にとっては、今さら事件をほじくりかえそうとする洋介の態度は歓迎できるものではない。そんななか、洋介は始めてまともに妻の死と向き合い、彼女の妹・瑛子の態度にどこか不審な点を感じ取る。また、偶然洋介と出会った、町を訪れた旅行者が何者かに珈琲に睡眠薬を混入されるという事件が発生、彼は「僕も殺される」と言い残して町を出てゆく。洋介が直面する妻の死を巡る謎とは――?

最後の最後に到るまで事件の構図が見えない、不思議な手触りのミステリ
 妻の自殺を巡る真相を一年が経過したあと夫が解き明かす物語。恐らくは静謐にして重厚な物語作りを意識したものと思う。ただ、筆や視点が定まらないというか文章に難が感じられた。説明と描写と行動と思考、そういった内容が一つの段落にごちゃごちゃと含まれているため、よく読めば説明されているにもかかわらず、読んでいてスムースに頭に入れられない。派手な事件が起きている訳でもなく、多数の人物が次々と登場する序盤から中盤にかけては読んでいて辛かった。  ただ、後半に至り、生前の香映の独白と洋介による捜査の進展がみられてからは徐々にその狙い――重厚かつ静かな事件が浮かび上がる――自体は成功してゆく。 造り酒屋の過去の苦境、森の持つ秘密、そして過去の事件。そういった事柄が交錯した結果、洋介にとっては辛い事実が読者の目の前にもまた浮かび上がってくる。本筋の物語とは別に、亡くなった妻の香映による、一年以上前の物語が挟まれていることによって、何が謎なのか判らなかった物語が徐々に色を帯びてくるような印象だ。
 物語の構成が本格ミステリやサスペンスの定型とはどこか異なっており、ハードボイルド系に構成としては近いのだが、それでもなお独特の手触りがある。うまく言えないが、最後まで焦点が定まらない、茫洋とした世界を彷徨っているような印象が強いのだ。 最終的に明らかになるのは、様々なかつての屋尾酒造が直面した様々な問題点、即ち後継者問題であり、環境問題といったところが引き起こした狂気と悲劇。最後の最後に到るまで(例えば、森に関する情報等)重要なポイントが伏せられていることもあり、最後の最後にこの作品がミステリであったことに気付かされる――そんな特異な作品なのだ。

 事件そのものは、最終的には理解の範囲内であるのだが、物語としての構成がやはりミステリとしてはかなり特殊。 その構成の特異性がゆえに、物語の序盤から中盤にかけての読者に対する吸引力が若干弱いところがあるところが弱点か。最終的に読み終わると全体の構図に納得させられるだけに、この点をどう評価するかによって微妙に読者の印象ががらりと変わるような気がする。


08/07/17
柄刀 一「黄昏たゆたい美術館」(実業之日本社'08)

 副題は「絵画修復士 御倉瞬介の推理」で『時を巡る肖像』に続く第二作品集にあたる。表題作は書き下ろしだが、他は頭から順に『月刊J-novel』'06年11月号、'07年3月号、8月号、12月号にて発表された作品。

 現代のカリスマ文化人・花房シンタロウが投身自殺。しかし人気絶頂の彼に動機は見当たらない。彼を崇拝し共同生活を送っていたコミュニケーション能力の乏しい画家・山野が疑われている。花房の所有する画を修復した瞬介は彼は人畜無害で容疑はないと考えるが、彼は花房が墜落する画を描き始めていた。 『神殺しのファン・エイク』
 漆工芸の大家・鳴沢冬志郎。絵画修復の依頼を受けた瞬介は、彼の妻がお腹の大きなまま一年半、出産をしていないと聞かされる。その妻・貴余子は確かに妊娠していたが、鳴沢家は同じく漆工芸家の息子・悠人など複雑な人間関係があった。 『ユトリロの、死衣と産衣』
 盲目の女性による証言で一人の人間が殺人の罪で逮捕された。その彼女が住職となている健輪寺から「信貴山縁起」の第二巻の写しと思われる絵巻物が発見された。その絵巻物の持つ謎、三十年前の殺人事件、更に現代アート写真の撮影中に殺害されたと思われる女子大生殺し。三つの謎に瞬介が挑む。『幻の棲む絵巻』
 フランス人に嫁ぎ、夫が亡くなって帰国した女性が所有していた七枚のコレクション。一枚はピサロの真筆と判明し話題に。更に一枚の鑑定が進み「ゴッホです!」と瞬介にメールした女性科学者が、その翌朝、自宅の密室内部で毒を飲んで死亡した。瞬介もまた、その画と事件の謎に挑む。 『「ひまわり」の黄色い囁き』
 瞬介と息子の圭介が訪れた”山ノ端貝殻美術館”は陽光を取り入れるなど突飛な展示で有名だった。天災からその美術館で一夜を明かすことになる親子、そして瞬介は館長があることを考えていることに気付き、急ぎ引き返した。 『黄昏たゆたい美術館』 以上五編。

発見された美術品に潜む深い謎、柄刀氏らしい不可能犯罪。深淵から浮かび上がる謎解きを堪能
 『時を巡る肖像』にしても、美術ミステリとして新風というか、わざわざ先駆者の多いこの分野にても新たな存在感を示した点を評価したが、本作は前作に勝るとも劣らない非常に内容の濃い一冊となっている。登場する美術品が架空のものなのか、本当に存在し、中身として疑われているものなのかまでは判らないのだが、例え架空のものであってもこれまた前作同様に美術史そのものの謎へも斬り込むところがあるし、また創作者ならではの苦悩や背景といったところが表出してくる点が素晴らしい。
 特に『「ひまわり」の黄色い囁き』は、ゴッホの晩年を巡る謎に殺人事件の謎を絡めた意欲作でこれまでの柄刀作品含めても傑作の一つに挙げて差し支えない。ゴッホのものと思しき絵を巡り、その真贋を確認する過程がまずスリリングであるし、そのうえその画を通じて大胆な仮想からゴッホの晩年についての仮説を進めてゆく展開が実にユニーク。騙りの魅力というか、たぶんうまく文献や諸説を使うことで騙されているのだろうなあと思いつつ、素直に説得されてしまう。この点が素晴らしすぎ、絵画を巡って大発見をした女性が死亡する、現代の方の事件が霞んでしまう。本格ミステリとしての心理トリックなど十二分なアイデアに基づいているし、単独で取り出しても鑑賞に耐えるものなのに、ゴッホには敵わない。
 また、『幻の棲む絵巻』の絵巻物のちょっとした部分から新たな解釈を行う点も面白いし、『黄昏たゆたい美術館』の醸し出す”黄昏”た雰囲気も素晴らしい。
 作品集全体でみると本格ミステリとしては総じて凝っているものの、美術品の謎はその方面に知識があるないによって面白さが変化しそうな印象だ。小生などのように中途半端な知識しか持たない人間ではなく、きちんと美術に素養のある方であればより面白く読めるのではないかと思うし、そういった人が少し羨ましい。
 また、御倉瞬介の存在を単なる絵画修復士として事件に関わらせるばかりではなく、様々なかたちで事件にアプローチさせるようにして、変化を常に意識させている点も好感。短編として主題(お約束)は共通しているのに、シチュエーションが変化するので最後まで飽きさせない構成になっている。

 今年刊行された連作短編集のなかでは、本格ミステリとして間違いなく上位のレベルにある。 柄刀氏の作風は、長編よりも短編から中編の方に、物語的にもトリックにしてもキレが発揮され、より良くまとまっているように思われた。(今さら指摘するのも何かなーという気もしますが改めて)。


08/07/16
道尾秀介「カラスの親指 by rule of CROW's thumb」(講談社'08)

 今をときめく、といって良いだろう作家・道尾秀介のノンシリーズ長編作品。『小説現代増刊メフィスト』二〇〇七年九月号から二〇〇八年五月号にかけて掲載された作品の単行本化。

 中年の詐欺師・武沢は、自分のことを狙って鍵穴詐欺を仕掛けてきたテツさん(入川鉄巳)と知り合い、経営が苦しくなって転がり込んできた彼と共に詐欺仕事を続けている。入川は、妻が覚醒剤中毒から消費者金融に手を出し、債務整理屋を経て妻の死による生命保険によって返済をした――という過去を持っていた。一方の武沢も妻を癌で喪い、娘と二人暮らしをしていた時に、友人の借金の保証人から消費者金融に追い込まれ、結果的に闇金融の追い込みを手伝っていた時期があった。武沢の追い込んだ女性が自殺し、彼は闇金融を裏切るが、結果的に家の火事で娘を喪っていた。現在は失踪中で別人の戸籍を買い取って暮らしている。そんな二人が借りていたアパートが火事になり、武沢は組織の報復を恐れて再び逃げ出した。テツさんの助けで再度、足立区に古い一戸建てを借りることが出来た。上野近辺で詐欺の仕事をしていた二人は、宝石商を出入りしていた客に詐欺を働こうとしていた少女と出会う。まひろと名乗る彼女は、かつて武沢が追い込み、自殺させた女性の娘だった。そして何故か、まひろとその姉・やひろ、そしてやひろの彼氏の貫太郎が武沢たちの家に転がり込んできた。

表向きは闇金相手のコン・ゲーム小説。それでいて背後に隠れて拡がる不思議な温かさ
 本格ミステリの手法を用いて描かれる再生の物語――ってことで良いのだろうか。
 日々、かつて友人の保証人になったことをきっかけに闇金に手を出して家庭が崩壊、その後闇金の手先となり、現在は詐欺師として暮らす中年の主人公に、同じく借金にまつわる哀しい過去を持つ男が相棒となる。過去に怯え、過去を悔いる彼らが巡り会うのは主人公がかつて自殺に追い込んだ女性の娘たち。彼女たちもまた、普通の人生を歩んではいなかった……。
 とまあ、背景としては道尾秀介のダークサイドがぷんぷん漂う設定、そしてその背景の犠牲になった登場人物たち。過去を語る彼らの言葉は陰鬱だし、哀しく辛いエピソードばかりが並ぶが、一方の「現在」を描く物語自体は爽快なコン・ゲーム小説の体を成している。それぞれ固有の技量を持ちながら、しかし一個人でしかない彼らが、闇金という冷酷で強大な組織を相手にどう戦うのか、どういった知恵を用いてどう対処していくのか――が、本書を読み進めてゆくうえでは最大のポイントだろう。計画自体も読者の前に全体像が提示されないまま進行するし、そのなかでどうやら思わぬ誤算があっている様子や、登場した段階では判りにくい微妙な伏線といったところが機能して、特に中盤以降は非常にスリリングな展開をみせる。
 その計画の結末は○○(←ここには漢字二文字がはいります)に終わる。だが、そこで物語が終了してちゃんちゃん、ということは勿論ない。その後に物語全体の根幹を揺るがすような大仕掛けを用意している。――この部分、最初に読んだ時は不要なのではないか――と正直感じた。一方で、改めてざっと読み返して物語全体のテーマにまで思いが及んだ時には、やはりベタであってもこういった解がまた、必然だったのではないか、という風に今は感じている。つまり、コン・ゲーム部分に手を抜いているわけではないのだけれども、その背後にあることの方がむしろ本来の主題だったのではないかと思うわけだ。悔悟、許し、救い。そういったものをごった煮にした感情を。

 結果的に温かな物語となっている点、道尾ファンにとっては賛否両論微妙に分かれるようにも思われる。だが、この作品に限ってはやはりこの結末しかあり得ない。(もう少し背景にある存在に工夫があっても良かったようにも思うが)。
 残念ながら、本作は佳作ではあるが道尾秀介畢生の大傑作とまではいかないだろう。ただ、コンスタントに作品発表しながらほとんど水準の下がらない道尾秀介にエールを送りたい。まだまだ奥行きはありそうだ。


08/07/15
高井 忍「漂流巌流島」(東京創元社ミステリ・フロンティア'08)

 高井忍氏は1975年京都府生まれ。立命館大学社会学部卒業。2005年に「漂流巌流島」にて第2回ミステリーズ!新人賞を受賞。受賞作を含む中編四作をまとめた本書がデビュー単行本になる。

 シナリオライターの僕は、低予算時代劇オムニバス『実録チャンバラ外伝巻之壱』を撮影する三津木監督の依頼のもと、テーマになる歴史上の事実について文献をあたって監督に概要を説明するよう要請を受けた。最初は『巌流島』だったが、豪腕プロデューサー氏の暗躍(?)によってシリーズ全ての内容について調べさせられることになり……。
 佐々木小次郎と宮本武蔵が対決したという巌流島。様々な文献がこの史実に触れられているのだが、信用できる史書であってもその事実が微妙に異なっている。果たして巌流島ではその日、何があったのか。『漂流巌流島』
 忠臣蔵の物語。殿上で斬り付けた浅野内匠頭に斬り付けられた吉良上野介。なぜ斬り付けた方が、主君の仇討ちを果たすことになったのか。さらに浪士を保護した細川家への祟りとは。 『亡霊忠臣蔵』
 池田屋事件。その真実もそうだが、なぜ近藤勇は後から援軍が来ることが判っていたにもかかわらず、少ない手勢での池田屋襲撃を急いだのか? 『慟哭新選組』
 史上でも有名な仇討ち事件。なぜ渡辺数馬、荒木又右衛門らは仇討ちの噂が流れるなか、首尾良く相手を討つことができたのか? 『彷徨鍵谷ノ辻』 以上四編。

定番とは異なる角度からアプローチされる歴史ミステリ。文献から浮かぶ真面目な謎
 日本の歴史ミステリに関しては一部有力作家の業績について読んだことがないものがあるので一概にいえないが、少々異色のアプローチが面白い。鯨統一郎や高田崇史らとは、アプローチ自体は近いのだけれど、全体として強く文献にこだわった姿勢がユニークなのである。また、それら文献を開陳した結果、その段階でも新しい説が出てくるところまでは普通。だが、作中の三津木監督による、さらにその上を行く突飛とも思える推論が、味のあるかたちで肉付けされていく様が改めてスリリングなのである。一旦、合理的だと思われた解釈が、別の解釈で更に合理的に見せられるところにサプライズがある。
 本作では四つのテーマが取り上げられる。基本的には戦国時代から明治維新に至る「刃傷沙汰」。それぞれ素材としても非常に劇的にしてドラマティックなため、様々なかたち、かつては書物であり講談、現在ではドラマや映画といったメディア上で繰り返されてきたエピソードが対象だ。「鍵屋之辻」だけは、現在ではあまり取り上げられにくいテーマかもしれないが、時代小説などではよく見かけるもの。
 そしてそのアプローチは歴史上の「当たり前」をひっくり返してゆくタイプ。 当初より後世の人間が「謎」として対象にしているものではなく、講釈・講談等を通じて世間に流布しているいわゆる「定説」がある。ただ、本書では素直にその定説を使わず、第一段階として複数の信頼に足る(と思われる)資料の記載内容をベースにした物語を主人公が形成している。その段階でいきなり意表を突いたところがあり、いかにエピソードが”人々にとって面白い”と思われる方向に歪められていたかという点でユニークだ。また、その文献を面倒くさがらずにそのまま手掛かりとして作品内に転記。それらがそのままヒント(ミステリとしてとらえた場合は手掛かり)にして論説が展開されていく。
 但し(自分がそうだから、なのであくまで想像だが)むき出しの漢文や、文語体の文章をそのまま読んで、きちんと内容まで把握できている読者はかなりの少数派になるかと思う。実際は、主人公が柔らかくかみ砕いた文章の方で内容を理解することになるだろう。ただ、だからといってこの謎の意味や価値が減じられる訳ではない。

 現実の事件を発生させず、アームチェアディテクティブのみ、歴史の謎のみで中編一編を維持するという点がさりげなく素晴らしい。 その歴史の謎に何段階の謎解きをかましている作者の手腕だろう。あと問題は、作者の引き出しがまだまだ沢山あるのかどうか。その点が今後の活躍の鍵となろう。


08/07/14
笠井 潔「青銅の悲劇 瀕死の王」(講談社'08)

 (一応)矢吹駆シリーズに連なる大長編。『小説現代増刊メフィスト』二〇〇二年九月号から二〇〇七年九月号まで掲載された作品に大幅な加筆と訂正が加えられて単行本化されたもの。

 かつて学生運動に身を投じ、三作の探偵小説を執筆後、伝奇小説に転じて人気作家となっている宗像も一九八八年を迎え、もう四十歳になろうとしていた。学生運動時代に北澤風視を通じて知り合った二歳年上の斑木飛鳥、そして風視の双子の妹の北澤雨香が、宗像のデビュー作品の表紙を飾る絵の作者だった。姫神湖の湖畔に山荘を建てた宗像に、没交渉だったその雨香から連絡が入り、彼女の家に赴くことになる。北澤家には、彼女の息子の響と、遠縁の鷹見澤家の娘・緑、そしてフランス人でナディア・モガールと名乗る女性、更には前衛美術家の蜜野亜紗夫が招かれていた。蜜野は現地では別の貌を持っている。頼拓の地では北澤も鷹見澤も名家で、その鷹見澤緑が自宅で起きている奇妙な事件について蜜野に相談を持ちかけた。三種の神器をモチーフにしたと思しき奇妙な事件が発生しているのだという。鷹見澤家は緑の他、響の友人で引き籠もりの洋輔、その両親の浩輔と祥子、祖父母の信輔と治代が暮らしている。信輔は戦後から自宅に籠もりきりという謎めいた人物で、浩輔は天堂大学文学部教授だ。そして、鷹見澤家は冬至の日に一家に伝わる秘密の神事が執り行われ、その後宴会が催されるのだという。宗像やモガール、響らも鷹見澤家へと集う。しかし、神事を終えた信輔が杯に口を付けたところ昏倒。徳利や酒瓶に猛毒のアコニチンが含まれていたことが判明した。信輔は幸い命を取り留めるが、宗像と響、そしてモガールと蜜野は事件の真相を推理し始めた。

この延延と続く推理論議、そして次から次へと現れる証拠に事実。徹底した議論こそが……
 本書をどう捉えるか。
 いわゆるミステリのうち、本書はエンターテインメント小説としてのミステリとしては、はっきり言えば長大なだけの駄作と言わざるを得ない。ただ、探偵小説の延長としての本格ミステリとしては、挑戦的にして有意義な思想と理論に裏打ちされており、ある意味傑作である。 とはいえ、いかんせん……700ページ超の分量は、長い。

 甲州の頼拓市の名家・鷹見澤家で発生する毒殺未遂事件。宴会に供された日本の徳利のうち一本に毒が混入しており、当主がそれを口にした瞬間に倒れた――。台所にあった一升瓶が二本、さらには神事に使用された徳利。誰が毒を入れることが出来たか、その狙いは。前半部から中盤にかけて延延と主人公らを交えた議論が行われる。……が、少々ネタバレ覚悟でいうと新たな証拠が発見されるたび、関係者が証言を付け加えるたびにそれまで交わした議論の意味合いが無効化され、新たな推論が生み出される。これだけ書くと議論型の楽しいミステリのようだが、ひたすらに同じような事象について繰り返し繰り返し、可能性と推論で掻き回され、半ば数学的ですらある議論は読者にとっては苦行でしかない(はず)。……が、こと終盤に到るとこの議論自体に意味が付与されてくる。笠井潔なりの「後期クイーン問題」に対する解答を小説のなかでやっているのかと思いきや、実は違うという点がサプライズ。
 むしろ本書では、探偵小説の限界とまやかしについて自己言及的に限界を示した作品といった方が本質に近いと思う。 本格ミステリ内部でいかに議論を重ねようと、名探偵がいかに素晴らしい論理を構築しようと、犯人が論理に外れた行動を取った場合、論理的で思いつきのような行動を加えた場合、物語に語られないところで情報を得ていた場合……は、全ての意味が喪失してしまう。ホームズシリーズの『白銀号事件』における「鳴かなかった犬の問題」にまで遡ることはないかもしれないが、いずれにせよ本格ミステリが目を瞑っているまやかしについて正面から向き合っていることは事実。ただ、残念なのは結局のところその事実を実作をもって指摘するところに留まっている点か。(そりゃ解決はあり得ないのかもしれませんが)。
 また、その意味では探偵小説的事件を登場人物たちが徹底的に議論し、その結論を検討することによって、新しいかたちのメタ・ミステリを提示しているという見方もできよう。これは先述のポイントとも繋がるが、終盤においてナディア・モガールの鋭い論理によって解決に導かれる事件でも、関係者の回想によってポイントを不確定要素に入れ替えるだけで犯人限定の理屈が壊れてしまうところを登場人物たちが自ら指摘する。「探偵小説の限界」を果たして、笠井潔は作中の昭和期の終わりに感じ取っていたのかどうか。

 これまでの事件に埋もれてはいるものの、物語の根底に笠井氏らしい昭和という時代に対する俯瞰が感じられる。特に重要人物が昭和の終わりと共にある行動を取る点、小説としてはタブー(なのか)である天皇という存在に対する左翼の人々の考え方なども興味深いところがあった。ただ、全般的には圧倒的な探偵小説パートに埋もれている感が強い。

 さらに穿った考え方をすると「探偵小説作家」による「探偵小説の自己否定」的側面があるようにも思う。これは、学生運動当時の大学生が行っていた議論と二重写しになるのではないだろうか。(あまり思想的なところは詳しくないので……)。ただ、そう捉えることで笠井潔氏なりの昭和期、氏自身と探偵小説との総括という意味合いがあるのかも、と想像が繋がってくるのだが。

 ただ――、本格ミステリの抱える問題など評論的指向を持って読まれる方にとっては格好の題材である一方、最初に述べた通り、あくまで知的エンターテインメントとして楽しみたいだけの読者には全くもって不向き。 厚みも凄まじく、そこが最初の関門であるため、(この厚みで定価2,200円はお買い得だが)そうそう不用意な読者が手に取ることはないだろうが……。ある意味では、特殊な位置づけの作品だと思う。今年のベストを考える際には取捨で(順位ではなく)悩みそうだ。


08/07/13
石持浅海「賢者の贈り物」(PHP研究所'08)

 PHPの販売促進に使われる『文蔵』に二〇〇六年八月から二〇〇八年二月号まで、隔月にわたって掲載された作品に加筆修正が加えられて単行本化された連作短編集。本書内部では繋がりがあるものの、ノンシリーズ。

 一時的にショップからレンタルされる携帯になぜかお財布ICのまとまった金額が入っていた。、『金の携帯 銀の携帯』
 酔っ払って家からタクシーで帰った女性三人。残された靴は一体誰のもの? 『ガラスの靴』
 ベンチャー企業の三人の社長後継者候補。もっとも大きな掌の意味とは? 『最も大きな掌』
 試験のカンニングが伝統の学校。オブラート製ペーパーがすり替えられたのはなぜ? 『可食性手紙』
 バレンタインデープレゼントで妻から貰ったのは昔ながらのカメラ用フィルム。妻の気持ちは? 『賢者の贈り物』
 浮気相手の人妻から貰った二つの箱。その片方だけを開けて良いというのだが。 『玉手箱』
 極端に無口な彼女についての悩みを、バーの女性に聞かせてその彼女について考える。 『泡となって消える前に』
 高級ワインに嵌り込み、給料の多くの部分をワインに注ぎ込むようになった同僚。 『経文を書く』
 憧れの先輩に振られ自棄食いに走る女。体重60kgを超えたらストップしようとするが。 『最後のひと目盛り』
 ベンチャー企業の株価が暴落しそうな情報を入手。海外出張中の同僚も同じ株を大量に持っているが。 『木に登る』 以上 十編。

単なる名作・昔話パロディにあらず。石持流の詭弁炸裂、これぞ物騙りの本格
 とりあえず題名や筋書きからも判るように、石持浅海流で寓話や昔話、お伽話といった有名な作品を下敷きにオリジナルの物語を紡ぎ出した作品集。 ただし、その原典にあたる作品の時代に遡ることはなく、現代においてそれらとそっくりないしは想起させるようなシチュエーションを形成、軽めのミステリに仕上げてあるところが特徴だ。
 普通の夫婦から会社の複雑な関係、恋愛の悩みなどなど、使用されている場面はそれぞれにばらばら。ただ、共通して”磯風”という名字を持つ、作品毎に立場を替える女性が登場する点で連作が繋がっているところが面白い。この磯風なる女性の立ち位置というか存在は、どこか梶尾真治の『エマノン』シリーズに何やら近しいものを感じる。
 ミステリとしてはどちらかというと心理的な部分が多く、その心理が原典の登場人物が味わったであろう心理と二重写しになっている。基本的にいわゆる”日常の謎”の系統なのだが、むしろ古典と重なることで奥行きが深くなっているようにみえる。またある意味、原典もまたミステリとしての要素を持っているところが引き出されているともいえるだろう。個別作品としては『泡となって消える前に』が個人的には綺麗にまとまっていて素敵だなと思った。全般に、関係者の心理が一般的で、石持作品にしばしば見られる突飛な(特殊な)動機や心理がみえない分、一般的にも受け入れられやすいのではないだろうか。

 やはり、物語の単純なパロディとなっていないところが最大のポイントで、これはこれで現代の寓話としての意義がある。ミステリとしてはあくまで軽めだけれど、一編一編が持つ吸引力だとか謎の提示方法には独特の面白みがあり、”白石持”(対語として”黒石持”)の妙味がしっかりと味わえる。石持浅海の入り口としても向いているかもしれない。


08/07/12
竹本健治「せつないいきもの 牧場智久の雑役」(光文社カッパノベルス'08)

 竹本健治氏の軽めの作品を受け持つ(最近はキララシリーズも出たから一概にはいえないが)、牧場智久が探偵役を務めるシリーズ。三つの中編が収録されており、それぞれ『ジャーロ』二〇〇七年冬号〜春号、同夏号〜秋号、二〇〇八年冬号〜春号に発表された作品のノベルス化。

 剣道大会に優勝した明峰寺学園二年の武藤類子。彼女を慕う人気ミュージシャン・速水果月らと祝賀会の最中、読唇術が出来る友人の拓也が、ファミレスに座ったOL二人組に気付く。彼女たちは以前電車のなかで誰かを監禁する相談をしていたようなのだ。類子と果月は事件の匂いを嗅ぎ取り、その二人組を尾行、あるマンションに辿り着く。 『青い鳥、小鳥』
 果月の友人の各方面クリエイターたちの集う「音蔵」という店の常連となった類子。彼らが温泉旅行に行った後、類子をアクションモデルにしたアニメを制作した物集の事務所に見学に一行は出掛けた。事務所を出たところ、グループの一人でゲーム制作家のさゆきが、飛び降り自殺を。果たして彼らのあいだには何があったのか――。 『せつないいきもの』
 明峰寺学園での体育の授業中、敷地内の小屋がいきなり爆破される事件が発生、大騒ぎとなる。一方、果月やウミヒトらと、ミステリーイベントに参加した類子は、その備品で、果月がつけたベルトに爆発物が仕込まれていると何者かから脅迫を受ける。携帯にメールされてきた暗号を類子は解き明かすことが出来るのか。 『蜜を、さもなくば死を』 以上三編。

徹底された軽めのノリに美少女イラスト付き。すっかりラノベ風学園ミステリへと様変わり
 つい最近、竹本健治という作家を知ったという読者であれば、大いに誤解されそうな作品集。文章と体裁で作者が1954年生まれだと判る人はまずいまい。前作『狂い咲く薔薇を君に』にて弱点だと指摘した学生描写に関する違和感もほぼ消え失せ、本来の武藤類子の彼氏である天才棋士・牧場智久も推理の場面のヘルプでは登場するものの(推理のキレは相変わらずではあるが)、三作に直接的には全く登場してこない。ただし武藤類子が遭遇した事件を最終的に解決するのはやはり牧場であり、この作品集はやはり牧場智久ものだといって差し支えないだろう。
 最初の作品『青い鳥、小鳥』は、武藤類子の性格や考え方、一方的に類子を慕う果月などが広くオープンにされた作品。読唇術を読むことで事件に巻き込まれるといった展開は、昔の探偵小説を彷彿とさせるが、エレベーターのロジック(これは面白かった)以外の部分、事件の真相といったところがかなり弱い。また、男女の人間ドラマを複数登場させているところがユニークなのが表題作でもある『せつないいきもの』。ロジックというよりも情の深い作品だといえるだろう。
 ミステリとしては三作目の『蜜を、さもなくば死を』が面白い。真犯人像については意外性がありすぎてちょっとどうかなと思うが、冒頭で登場するクイズなど暗号ミステリとしてもよく工夫されている。ただ、三作通じてミステリ要素については、ばりばりの本格ミステリを描く作者からのギャップが強い。物理トリックでも心理トリックでもなく、むしろ「武藤類子とゆかいな仲間たち」といった趣で楽しんだ方が良さそうだ。 その結果、微妙な青春ミステリとなっているのだけれど、このあたりは作者の意図の範囲内なのかどうか。

 竹本健治という作家の昭和期〜の作品の印象で手に取ると恐らく物足りないはず。だが、そういった思い入れ抜きに気軽に手に取ると、良質のラノベミステリと同様の楽しみ方ができる、そんな印象。


08/07/11
e-NOVELS(編)「川に死体のある風景」(東京創元社'06)

 略称「川ミス」。e-NOVELSと『ミステリーズ!』の共同企画。歌野晶午氏が中心となって「川に死体のある風景」をテーマに競作アンソロジーが編まれたもの。その歌野氏から有栖川有栖氏まで『ミステリーズ!』Vol.07からVol.13にかけて(二〇〇四年十月号から二〇〇五年十月号)発表された六人による六作品。

 玉川の上流から流れてきた少年。彼は学校の肝試しゲームを行っていると発見した警察官に弁明する。しかし、彼を撮影する役目の人間が二人、川の側で殺害されていた。 歌野晶午『玉川上死』
 長良川の川沿いの道路から人が乗った車がダイブ。水難救助隊の瀬古は現場から、他に二台の車を発見。それぞれにドライバーがおり水死しているのを発見した。特に特徴のない現場からなぜ三台もの車が川に飛び込んでいたのか。 黒田研二『水底の連鎖』
 長野県の特別山岳警備隊。松山はかつて遭難者を救おうとパーティの一人を山小屋に残して出発、首尾良く救助はしたものの、その残された一人が付近の川で死亡するという事故に遭遇していた。 大倉崇裕『捜索者』
 南米・コロンビアを流れるオリノコ川の支流。そこではゲリラに銃殺された死体がしょっちゅう流れていた。その地に住む日本人が遭遇する不思議な事件。川沿いの刑務所で所内にいない筈の人物が殺される……。 佳多山大地『この世でいちばん珍しい水死人』
 京都に住む作家・私。近所の深蔭川を散歩していたところ女性の死体を発見してしまう。彼女は悪霊が憑いたといわれた女性で、私自身、彼女への憑物落としの現場をつい最近見学したところだった。 綾辻行人『悪霊憑き』
 大学にやって来た江神の先輩・石黒。彼の友人が持っていた写真は、十七歳で川で事故死した少女のものだった。撮られるはずのなかった写真に潜む意味は。 有栖川有栖『桜川のオフィーリア』 以上六人による六編。

人気作家五名+評論家一名による、川をテーマにしたミステリ・アンソロジー。競作ならではの味わいが深い
 つい先日、『深泥丘奇談』を読んで、ああここにも「川ミス」収録作があるなあ、ということで改めて取り出して再読してみた。アンソロジーならではの面白さというか、作家個別の短編集に収録された時と、こういった競作タイプのアンソロジーに収録されている時と、同じ作品であってもどこか見せる表情が異なる点がよくみえ、そこが面白い。
 特に、先述した綾辻行人の怪談短編集に収録されている「悪霊憑き」など、その最たるもので、『ミステリーズ!』にて発表された時は、憑物落としをする霊能力者が思わず発した言葉の誤解など(無理矢理とはいえ)をベースにした、ドラマ「TRICK」風のインチキ霊能力者暴きミステリとして興味深く読んだ記憶のある作品。これが、深泥丘の怪談連作をテーマにした作品集に収録された途端に、整合性がある部分はあれど、むしろ割り切れない部分についてが強調され、異境怪談風の読まされ方をすることになる。 この落差が不思議で、かつテーマ競作の醍醐味だといえるだろう。
 有栖川有栖の『桜川のオフィーリア』は、現段階(2008年)、いずれ編まれるであろう学生アリス短編集に収録されることになるだろうが、現時点では単行本は本アンソロジーのみ。神倉という地名や、思わせぶりの固有名詞が幾つも登場、結果的には2007年の本格ミステリ界を席巻した『女王国の城』へと繋がる。大長編に対する序奏曲にあたる短編である。もちろん発表された段階では『女王国の城』は未発表であり、この短編で学生アリスファンはしばし渇を癒した……というのも思い出の部類か。
 もう一つ、既に歌野晶午のダークサイド満載の短編集『ハッピーエンドにさよならを』にも収録された『玉川上死』。こちらは、この企画のトップを走るというところから、物語における川の扱い方に目が行く。川の流れに任されて上流から下流に下っていった筈の高校生……。真相が、読者にある程度見抜けることが既に作者にとっても前提でもありそうで、歌野短編集収録時は、当然その後味の悪さがインパクトにして残る。ただ、「川ミス」内にあっては、当然歌野氏らしいダークさも強調されてはいるものの、川を利用しての犯人が弄したアリバイトリックの方に面白みを覚えてしまうのだ。
 当然、本業は評論家ながら本アンソロジーで小説家デビューを果たした佳多山大地氏の作品も、海外の大河川や建物を利用したスケールの大きい小説であり、その切り口やプロットに工夫が感じられる佳作。さらに『聖域』へと繋がる山岳ミステリと川ミスを強引に繋いでユニークな本格を仕上げた大倉崇裕氏、長良川という一級河川を舞台に、車三台が同じ場所に沈むという不可能・怪奇趣味満点の短編を寄せている黒田健二氏にしても、力の入った短編を寄せている。

 競作アンソロジーの場合は、ファンの作家が原稿を寄せていても「いずれオリジナルの短編集で読むことになるから」と敬遠する向きもいらっしゃるだろうが、この競作アンソロジーは個々の作品水準はもちろん、他にも様々な楽しみ方が出来るという意味で(今更ながら)買いだと思う。全作品e-NOVELSでダウンロードも出来るのでもしよろしければそちらでも。