MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


08/07/31
西澤保彦「夢は枯れ野をかけめぐる」(中央公論新社'08)

 「早期退職者羽村祐太の静かな世界」という題名で「Web小説中公」に掲載された作品がまとめられたもの。最終話の一つ前、『卒業』のみ書き下ろしで、あとは二ヶ月分で一作のペースにて、二〇〇七年一月号・二月号、三月号・四月号、九月号・十月号、二〇〇八年一月号・二月号、四月号・五月号にて発表されている。

 五十歳を目前に勤め先を早期退職、父親が残した実家で一人静かに暮らす羽村祐太。結婚せずに貯め込んだ財産もかなりの金額にのぼり、目の前の暮らしに問題はない。そんな羽村が高校の同窓会に出席。同じく出席していた元同級生の加藤理都子にアルバイトをして欲しいと持ちかけられる。それは彼女が持ち込む家庭ゴミの分別作業だった。 『迷いゴミ』
 羽村の近所に住む御隠居・弓削宗則。彼の息子や健康食レストランを経営する娘は好き勝手に家を出て彼の面倒はみない。そんな彼の息子・博雄がガレージを借りたいと言ってきたが、彼のガラクタが詰まっており入れられない。 『戻る黄昏』
 夫と中学三年生の一人娘と暮らす小谷野陶子。夫の転勤で生まれ故郷に戻ったが、子供の頃に母親が交通事故に遭った場所を訪れてしまう。その頃の知り合い、羽村祐太と偶然出会った陶子は、母の死について改めて考える。 『その日、最後に見た顔は』
 弓削宗則の葬儀。自然食を讃美する妻の相手に少し疲れていた博雄。妻は実家に行くと称して出掛けていくが、実際はほとんど実家に顔を出していないらしい。果たして彼女は何を? 『幸福の外側』
 母が持ち込み羽村祐太が行うゴミ分別を手伝う加藤詩織。その友人・トメちゃんが恋人の就職と家業の手伝いとのあいだで悩んでおり、羽村はその相談に乗る。 『卒業』
 昔から独身を貫き、自然食レストランを経営して成功した弓削佐智子。交通事故で大怪我をした彼女は、昔から好きだった羽村祐太に対し結婚して欲しいと懇願する。 『夢は枯れ野をかけめぐる』 以上六作品。

西澤流のロジックから始まり、円熟の人間描写を経て、人生終盤の哀しみを描く――
旅に病んで夢は枯野をかけ廻る――言わずとしれた松尾芭蕉の辞世の句だが、その句から題名が採られた本書の内容はどこか全体のトーンがその俳句と似通っているように思われた。これまでも西澤作品からは、本格ミステリのロジック以上のものを感じる機会はあったが、本書はそれらと似ていて、だけどそれ以上の「何か強い想い」を発しているように思えるのだ。
 特に本書の場合は、人間が必ず迎える人生の終盤期の人々を多数登場させているのが特徴。若い女子大生も登場するのだが、彼女が準主役を張るのも連作のなかの一短編のみで、あとは正直、中年・熟年以上、老人にまつわる話が多い。ここに西澤流の人間の意識下/無意識下の悪意をエピソードに加えることによって、年老いた彼らの置かれた状況や、陥らざるを得ない境遇、そして想いが浮かび上がるという不思議な構造になっているのだ。単なる可哀想、不幸ともまた異なる。むしろ身内の身勝手さに最後まで親として振り回されるというか、現代ともう少し先の未来の不幸と不孝が赤裸々に描かれている。 いわゆるサイコとは異なり、身内ゆえの甘えであるとか身勝手であるとか。広い意味では我々全てが持っている自然な感情。これらが身内を苦しめたり、孤独に落としたりする元凶となっている点が強調されている。
 もちろん、特に前半部に関しては奇妙な日常の謎+羽村祐太のロジカルな推理という体裁となっていて、従来の西澤さんの短編集とそう印象は変わらない。だが、後半にゆくに従って謎解きの比重が落ち、様々な家族内部の問題や感情の行き違いのような部分が強調されているようにみえる。そしてこの作品では、特にいわゆる老人問題が物語内部で提起され、読者が抱く感想は本格ミステリでありながら社会派の印象に近くなるのではないか。 もしかすると西澤さんにとっての分岐点的作品となっている可能性もある。

 西澤さんの一連の作品はアイデアとロジックが素晴らしいことはこれまで既に証明済みのこと。本書はそのアイデア+ロジックに加え、内面からの人間感情といったところを付与しており、また新たなる境地に西澤さんが到ったのではないかと思う。単純なミステリだと考えて読み出すと、微妙に読み終わった時のインパクトとの落差に驚くことになるだろう。繰り返すが、西澤氏にとってもしかするとターニングポイントとなる作品となる可能性を感じるのだ。


08/07/30
鯨統一郎「蒼い月 なみだ事件簿にさようなら!」(祥伝社NON NOVEL'08)

 題名からもお判りの通り、『なみだ研究所へようこそ!』以来、このNON NOVELを中心に発表されてきた「サイコセラピスト波田煌子」シリーズの最終作品。書き下ろしにしてシリーズ初となる長編作品。

 メンタルクリニック《なみだ研究所》を立ち上げ、そこを元部下に任せたかと思うと警視庁でプロファイラーとして活躍して七つの事件を解決、さらに学習塾に勤めてそこでの事件を解決してきた波田煌子。そろそろまた自分探しの旅に出ようと考えていた煌子であったが、巷では猟奇連続暴行殺人犯が跋扈していた。若い女性を誘拐して監禁、暴行。さらに殺害時に「蒼い月」と描き残してゆく猟奇的な犯罪者。警察は正式にはテレビでも活躍中の人気心理学者主計(かずえ)龍太朗をプロファイラーに捜査に挑むが、正式の捜査班とは別に特捜班も組まれ、そちらはかつて頼りにしていた波田煌子をアドバイザーとして迎え入れる。テレビでの対決でとんちんかんな発言をする煌子をよそに、主計は着々とプロファイルを実施してゆく。この事件の裏側には、自分の生い立ちも関係していると気付いた煌子は、群馬県にある叔父夫婦のところへと向かう。一方、連続殺人犯”蒼い月”が、次の標的に選んだのは《なみだ研究所》で受付をやっている煌子の元同僚・小野寺久美子だった……。

煌子の活躍は十分、事件の不可解さは不十分、天然ボケを含む微妙なユーモアが味わいか
 この「なみだ」シリーズは、これまでのところは必ず連作短編の体裁を取って、短編七作にて構成されてきた。また、煌子の就職先は違い、ぶち当たる謎も傾向が異なっているにもかかわらず、作品集ごとにパターンの美学を形成してきたのが特徴だ。(個人的にはそのパターンと煌子のとんでもないプロファイルと謎解きが結構気に入っていたのだが)。
 ただ、今回は(少々困ったことに)連作短編集の体裁をかなぐり捨てて、長編として発表されている。確かに総集編的意味合いがあるためか、これまでの作品集に出てきた学生(小学生)以外のレギュラー登場人物は、何らかのかたちで本書にも関わりを持っている。その意味では卒業式の寄せ書きみたいなものなのだが、彼らの個性が強いためか一個の長編作品のために登場したかのような顔をしているのが面白い。
 ただ、事件の方は暴行魔を扱っていることもあってあまり気持ちの良いものではない。性描写もそれなりに挿入されており犯人に対する不快感を喚起することには一定の役割は果たしているものの、なみだシリーズのとぼけた味わいが微妙に減殺されてしまっているようで、この点は評価を保留したい。また、小野寺久美子が襲われるくだりと真犯人に向けた謎解きとがサスペンスを孕んで並行して行われるが、時間の経過があまりにも異なるところは少し気になった。
 ミステリとしては、比較的イージーで連続暴行殺人犯「蒼い月」の話と、その裏側に至っての話については、程度お約束で固められてしまっており、見通すことは比較的容易。それでも煌子の天然ボケが物語全体が陰惨になることを救っているあたりに微妙な作者のバランス感覚をみることができる。

 残念ながら、一個の長編としてだけではそれほど高いレベルのミステリだとは言い難い。 一方で、これまでの作品を読了した人々へのボーナストラックとしてであれば、きちんとその役割を果たしている。そして何より出自と行動基準が不明だった、波田煌子の過去について述べられている点は、シリーズ読者にとっては見逃せないところであろう。


08/07/29
竹内 真「シチュエーションパズルの攻防 珊瑚朗先生無頼控」(東京創元社'08)

 竹内真氏は1971年新潟県生まれ。'95年に三田文学新人賞を受賞後、'98年「神楽坂ファミリー」で小説現代新人賞を'99年には『粗忽拳銃』で第12回小説すばる新人賞を受賞している。本格ミステリは(たぶん)本書が初めて。(帯だと「「気鋭の作家が贈る、初のミステリー連作集」とあるのだが、”初”がどこにかかるのかがよくわからない)。

 大学入学を機会に叔母が経営する銀座のバーでアルバイトをすることになった了。その店は、人気作家・辻堂珊瑚朗が贔屓にしていた関係で大繁盛、文壇バーとして君臨している。その珊瑚先生、普段は女の子をからかったり触ったりとふざけてばかりいるが、実は頭の回転がすばらしくよく、持ち込まれる事件は片っ端から真相が見抜いてしまう。
 銀座の街中で女性が無理矢理に車に詰め込まれて発進するところ目撃してしまったホステス、そしてその謎を珊瑚朗は鮮やかに解き明かす。 『クロロホルムの厩火事』
 「水をくれ」とバーにやって来た男に拳銃を向けるバーテン、男は礼を言い去っていく。ミューズに送られてきた差出人不明のFAX。珊瑚朗と同業の藤堂がこの謎に挑み、そして更に……。 『シチュエーションパズルの攻防』
 蓼科高原のペンションに置かれていた古い文芸雑誌に珊瑚朗と藤堂らが登場する企画が。銀座の女性を語ったこの対談に登場し、二人の若い作家を翻弄するのは、まさかミーコママ? 『ダブルヘッダーの伝説』
 かつて、ミーコママに贈られたクリスマスカード。そこには辻堂珊瑚朗からママへの賛辞が。このエピソードには若かりし頃の二人が出会った絵画盗難事件が関係していた。 『クリスマスカードの舞台裏』
 ミューズのカウンターで連れもあるのに一人で飲む男。彼は辻堂珊瑚朗によるアドバイスを待ち焦がれていた。 『アームチェアの極意』 以上五編。

日常の謎にして安楽椅子。そして純粋培養本格ミステリ作家とは微妙に味わいの異なる作品群
 なかなか作家の皆さん実際に出入りしないのか、していても作品に登場させることは遠慮されているのか。舞台はいわゆる銀座のいわゆるバー。若く美しく賢い女性がついて座っただけでン万円(作品内部では具体的金額表記はないが)の世界。そんな高級バーで繰り広げられる日常の謎系の安楽椅子探偵もの。
 この手の作品は単純に謎解きをすれば良いということではなく、やはりまずは”銀座のバー”の雰囲気や最低限のマナーであるとかを知らないといけないし、その客として相応しい人物像も必要。もちろん、高級水商売であるバー特有の気配りであるとか礼儀であるとか商売であるとかまでを描かないとかえってこの舞台は白けてしまう。その点、個人的によく知るわけではないながら、雰囲気作りや背景の構成などうまく出来ているように思える。つまりは、こういった世界を知る人にとってもあまり違和感を覚えずに済みそうだということ。
 一方、連作短編集の形式における謎の構成が独特。刑事事件が少なく、日常の謎系統になるのは作品舞台の関係上ある程度仕方がないこと。ただ、提示した一つの謎へのこだわり(あっさりと捨て去って次の謎に移ったりする)加減が、どうも普通のミステリ作家が描くそれと若干手触りが異なる印象だ。解決にしても、別の角度から「あれっ」と驚かされるものと、「おいおい」と苦笑してしまうものと二通りあり、正直、ミステリにおける謎のレベルにバラツキがある印象だ。
 ただ、珊瑚朗、主人公の了、ミーコママといった登場人物の個性がそれぞれきちんと発揮できていて、謎解きの隙間に垣間見える複雑な人間関係などの描写は巧み。それぞれ人間心理が絡むシチュエーションであることもあって、謎解きであると同時に微妙な人間物語が展開されているあたり、やはり良い意味でミステリプロパーではない作家らしいアクセントになっていると感じた。

 様々な蘊蓄や大人の人間関係の妙味などもさりげなく潜んでおり、トータルの物語としてもなかなか。ただ続編が予定されているのか、シリーズとしての短編集とはなっているが、厳密に言ってのいわゆる最終話にてオチがある連作短編集とはニュアンスが異なっている。作者の物語作家としての実力が高いため、ミステリとしての評価は微妙ながら物語トータルとして十分楽しめる作品だといえよう。


08/07/28
乾くるみ「カラット探偵事務所の事件簿(1)」(PHP研究所'08)

 文庫化された『イニシエーション・ラブ』『リピート』が大評判となっている乾くるみさんの新作。新たな名探偵による連作集。恐らく題名の(1)(正確には○1だが機種依存文字につき)が、小生を含む一部読者にはサプライズになっているはず。これは、(2)を前提としてのことではないですか。乾さん、大丈夫?

 某県三番目の都市・倉津市。オフィス街と飲屋街の境目にある雑居ビルの最上階に新設された「カラット探偵事務所」。信用調査は苦手、所員は所長の古谷謙三と”俺”こと井上の二人だけ。探偵小説の読み過ぎで古谷は《謎解き専門》の探偵事務所を開設し、元新聞記者ながら過労で倒れた”俺”と合流したのだが、果たして需要があるものか……。
 倉津市在住のライトノベル作家・三鷹空。彼の妻が、最近、夫が奇妙な行動をとりはじめ、どうやら浮気しているらしいと疑う。そして三鷹は消えた。果たして浮気相手とどうやって交信していたのか。 『卵消失事件』
 地元スーパー・フジタカチェーンの社長宅。婦人の相談は家に弓道の矢が打ち込まれるというもの。《武家屋敷》と呼ばれる巨大な屋敷に住む人々のうち、誰が家に矢を射ているのか。 『三本の矢』
 依頼者の実家に伝わる暗号めいた和歌。この和歌の謎を解き明かすと先祖のが残したお宝へと繋がるらしい。カラット探偵事務所が新聞に取り上げられて、評判になるきっかけとなった事件。 『兎の暗号』
 政治家をしている古谷家の兄から赤字継続に関する通牒を突きつけられ、事件を選ばず解決する必要が生じた二人。十年前に母と離婚した父を捜して欲しいという依頼。手掛かりは何者かから送付された最近撮影されたと思しき二枚の写真。 『別荘写真事件』
 団地内で横行する怪文書。しかし標的とされる家は毎回異なる一方で文面はいつも同じだった。誰が何の目的で文書をばらまいているのだろうか。二人は事務所から少々離れた団地に赴いて、実地で調査を開始する。 『怪文書事件』
 高校時代、古谷、俺と三人でいつも過ごしていた時任早苗が結婚する。その早苗の父からの相談。結婚相手と早苗が挨拶に訪れた日、十五時から限定発売のケーキを持って現れたのだが、道路渋滞で絶対に決められた十六時には家にたどり着けなかったのだという。 『三つの時計』 以上六編。

サプライズ指向と本格指向、二つの指向性を彷徨う乾くるみの幸福な合体
 デビューからかなり経過するのに著書数がなぜか少ない乾くるみ氏。ただ、その中身を分析するに興味深いことがある。特に人気のある作品に共通して、ある文章上のトリック(と書くとみえみえですが)を用いて、読者に強烈なサプライズを与えることを目的としている点。一方では、いわゆる正統派の、トリックとロジックによって構成される本格ミステリが指向された作品群もまたある。その中間に位置するようにみえるのが、『クラリネット症候群』などでみせた、文章や言葉に謎を込めてしまう作品群だ。以上三点、ミステリ作家の乾くるみという人物は、様々な、微妙にベクトルの異なる方向に沿って、個々に作品を発表している。
 ――だが、本書は不思議なことに、サプライズ、トリック・ロジック、文章(暗号も含むか)に込められた謎といった、乾くるみがこれまでばらばらに打ち出してきたテイストがなんと一冊で読めてしまうのだ。この点はさりげなく重要で、これまでの作者の経歴のなかで様々な方向からやって来ている読者それぞれが満足してしまう内容になっているのである。正直、サプライズの方はこう来ると思っていなかったのでのけぞりましたわ、わたしゃ。
 その意味では、作者のアイデアがどの方向性に及んでも、この「カラット探偵事務所」のシリーズがある限りは無駄にならないわけで、そのあたりの自信が一冊目からのナンバリングに繋がったのかもしれない、と邪推している。そう考えるとハードボイルド派の”俺”と、名探偵派の古谷のコンビもなかなかに考え抜かれて設定されているのかも。
 個人的には、どの系統の作品も好きなので満足しているが、なかでも特に気に入っているのは冒頭の『卵消失事件』。見方によっては現実性のカケラもない突飛な設定なのだけれども、突然「電車でGO!」をプレイし始めたり、卵のパックを壊さずに中身を抜き取ったりと、後から思うと現実と虚構が反転するような行為を行うライトノベル作家の必死の行動が実に可笑しさを感じさせてくれる。また、後半では『怪文書事件』の、これまた推理の過程に面白みを感じた。あと全般にいえることだが、地方都市を舞台に生活にあくせくしない探偵を設定したことで、どこかのんびりした味わいのある怪事件が不思議と作品とマッチしている。

 ということで、恐らく一度でも乾くるみの著作を読んだ方であれば、何かしらは絶対に楽しめる作品にぶつかる連作集になっている。シリーズ全体のオチをこの作品で使ってしまっているようにも思うのだけれど、ここを起点にしてまた(2)が発表される(いつになるの?)かと思うとそれはそれで楽しみにしてゆきたい。


08/07/27
太田忠司「予告探偵 ――木塚家の謎」(中央公論新社C★NOVELS'08)

 何かと大きな波紋を呼んだ『予告探偵 西郷家の謎』に続く第二弾。一冊目を読んだ時、(そのトリックの特殊性故に)絶対に二冊目はあり得ないと勝手に思い込んでいただけに嬉しい誤算である。

 「罪ある者は心せよ。すべての事件の謎は我が解く。 摩神尊」 事件の内容までは判らないが、その場に発生している謎を解き明かすことだけを先に予言し、関係者に手紙を届けておくという探偵・摩神尊。そのワトソン役を務める木塚クンと共にあたる様々な事件。
 ポオに傾倒し、様々なコレクションを誇る実業家の辻宮が逝去し、その墓所にコレクションを集めた記念館が作られようとしていた。その内覧の日、辻宮の孫娘の婚約者が密室状態の内部から行方不明になってしまった。 『カタコンベの謎』
 二束三文で美術商に買い取られた母親との思い出の絵。それを取り替えそうと画商を訪れた青年が、画商従業員を毒殺したかどで逮捕されてしまう。摩神はその青年は罠に嵌められていることを看破する……。 『母子像1953』
 編集者の木塚は先輩の代わりに人気作家が別荘地で開催する夏至祭に赴く。摩神もまた同行し、果たして作家の姪の夫が大きな焚き火コッコから焼けこげた死体となって発見された。しかし彼はコッコに火を入れた当本人でもあった。 『夏至祭2008』
 月に暮らす人々のあいだで行われる手品コンベンションに招かれ、地球から木塚は月を訪れる。そのコンベンションを取り仕切る政治家の息子で実業家の叔父を持つ若者が、大掛かりな手品の実演中、宇宙空間で背中にナイフを突き立てられ死亡した。 『手品師2135』
 木塚家の遺産相続のなかから現れた古文書。木塚の先祖たちの残した書物にはなぜか「摩神尊」の名前が。木塚家と摩神が抱く秘密とはなんなのか……。 『木塚家の謎』 以上五編。

継続不能と思われていた一発トリック名探偵が復活。傲岸不遜ぶりが奇妙に頼もしい、その訳は?
 前作『西郷家の謎』のネタを割るわけにいかないのが苦しい。本作は、本書単独でも読めるようになっているのだけれど、このシリーズの真の味わいの一つは、↑にも書いた通り、絶対不可能だと思われた単発だった名探偵を、巧みな設定によって復活させ、更に事件簿(前作は長編)にまでまとめてしまったところにある。普通、前作の見方によっては「行き過ぎた遊び心」「バカミス」ともいえるような設定がある以上、同一主人公による次作はちょっと無理……と正直思っていただ、驚いた。これまた、前作でも思ったが太田忠司さんはショートショート作家でもあったのだ。こういった工夫もまた、そういった柔らかい発想から生み出されたのだろう。
 物語には、五つの短編が含まれており、特に中間にあたる三作品は題名の後に年号も刻まれている。これは即ち年号であることは、物語の時代が三短編からして違うことからしても明白。本書のひとつめ(にして見え見えでもあるか)の謎は、なぜ時代が変化しても摩神尊が謎をとき、剰え記述役として木塚君が必ず付き添っているのだろう? というところ。また、もちろん、作品一つ一つに不可能犯罪めいたトリックがあり、短編一編としても楽しめる内容だ。
 個人的には宇宙空間を利用して科学トリックを本格に持ち込んだ『手品師2135』が、そのどんでん返しも含めて面白く感じられた。トリックそのものは斬新なものではないとはいえ、月世界という異世界を本格に持ち込むことでまた別の角度からの表現が可能であることを証明したともいえる。
 また一方で、事件のことを一切知らないまま、自らの予言通りに謎を解決する摩神尊なる不思議な人物がいる。彼が直面する事件、そして犯罪者が凝らしたトリックを、予告した刻限になれば必ず、すいすいと次々解き明かしてゆく点は心地よい。決して、性格の良くない摩神だが、本作においては、その歪んでしまった理由についても解き明かされている。この点はご自身で読んで確かめれば良いことだ。

 ただ――、普通の意味での本格ミステリとはちょっと異なっていることだけは事前に確かまれたい。作者自身がいうように、多少風変わりな作品でも楽しむことが出来る心が広い人向け――と言いつつ、その意味では前作よりも普通になりつつあるような気もする。むしろ、捕物帳からSFミステリまで同じ探偵が使えるということでもあって、それはそれでユニークな探偵役として今後活躍する可能性もありますね。


08/07/26
北村 薫「野球の国のアリス」(講談社ミステリーランド'08)

 講談社の名物編集者であった故・宇山日出臣氏の肝煎りで開始された「ミステリーランド」の第十四回目の配本。近年は一冊ずつ、不定期に刊行されている印象で、残る作家も恩田陸や京極夏彦といった大物ばかりになっているように思われる。(しかし、内田康夫氏の名前が刊行予定に入ったのはいつからなのでしょう?)書き下ろし。

 昨年の夏、少年野球の小説が書きたくて、「ジャガーズ」というチームを取材に訪れていた作家のわたし。そのまま小説は書けないまま、次の春を迎え、そのグラウンドを訪れた。見事な桜。そしてわたしは取材当時にエースピッチャーだった女の子と再会する。彼女の名前はアリス。中学生になった彼女は野球から離れてしまったのかとわたしは思ったが、彼女は大変なところで投げてきたのだという。新聞記者の宇佐木さんを追いかけたアリスは、ひょんなことから鏡の国に入ってしまう。町自体は、アリスの住む町と同じだったが住所から季節から文字から左右が全て逆、また大人しい友人が野球をやっていたり、野球の天才がサッカーをしていたり。そのうえ「全国中学野球大会最終戦」なる、弱小チーム同士が負けた者同士が試合をする奇妙な大会が行われていた。アリスは意を決してその大会に参加できるよう、友人に頼み込むのだが……。

鏡の国のアリス+少年野球漫画の王道をコンパクトにまとめたファンタジー
 文量としてもそれほど多くないにも関わらず、盛りだくさんの内容で、かつすっきりとまとまった物語になっている。 多少の悪意はあるけれども、それは物語のラストにまで解消されるし、二度行われる野球の試合の描写も(一試合目はまともに描写していないが)すっきりしていて、それでいて「ここは盛り上げにゃあ」というポイントにはしっかり文章が割かれている。ジュヴナイル向けをどこまで意識したのかは判らないながら、それでも北村薫氏が全く手抜きをせずに丁寧に作り上げたことが読んでいて感じられる、職人芸的な作品だともいえよう。
 あくまで想像だが、この物語内部において重要な役割を果たす「宇佐木」なる新聞記者、この人物がどことなく(もちろん直接存じ上げないが)、冒頭の謝辞を捧げている人物と重なるような気がするのだ。宇の字が被るし。むしろそこから、忙しいウサギ、当然アリス……といった具合に想像が膨らんでこの物語が出来たのかもと妄想する。(この場合、野球がどういう脈絡で絡むのかは説明がつきませんが)。ただ、この宇佐木さんについては同一人物が現実世界と鏡の世界でのコンタクトを可能という設定となっているところ、微妙に感じられる世界の違和感に繋がっている――ように思える。(が、だからどうしろ、という話ではないですもちろん)。
 またまた巧いのは、向こうでは夏、こちらでは春という、現実世界と鏡の世界の逆転をなぜか時の流れにも持ち込んだ点。本来の鏡として対称となる世界が二つ繋がっているのであれば、不可逆でない時の流れについてはズレも逆転も許されないはず。だが敢えて作者は設定上の理由から確信的にズレを生じさせている。そうすることで野球少女のビルドゥイングス・ロマンを実現しちゃっている訳ですね。(でなければ、鏡の世界は野球シーズンではなくなってしまう)。こういう細かな(小生が気付かないようなところも含め)配慮に気付くたびに「流石は北村薫」と唸ってしまうのでした。

 すっきり、あっさり。ミステリではないですが、ミステリファンの方でも、それ以外の方でもあっさり物語に入れ、ゆるりと楽しめる作品。ただ、小中学生がこの作品を読んだ時に、北村薫という作家特有の凄みみたいな部分が入っていないので、「北村薫の他の作品」にまで果たして手を伸ばしてくれるかどうか、は微妙か。


08/07/25
柄刀 一「ペガサスと一角獣薬局」(光文社'08)

 柄刀氏の擁する名探偵の一人・南美希風が探偵役を務める作品を集めた中編集。冒頭から順に『ジャーロ』誌の2004年春号、秋号、2005年秋号・冬号、2008年夏号に発表されており、最後の短編のみ書き下ろしとなっている。『光る棺の中の白骨』は年度を代表する作品として既に幾つかのアンソロジーに収録されている。

 ”世界の伝説と奇観”というテーマでヨーロッパ山間部を撮影旅行している南美希風が出会う事件。
 イギリス湖水地方の山間部に残る龍の伝説。この地では龍の淵と呼ばれる絶壁や、龍と見紛う木の化石があった。しかし滞在していた山荘の主が、あたかも龍に殺され、その龍が扉を突き破り、湖へとのたくったかのような殺人現場に遭遇してしまう。 『龍の淵』
 フィヨルドの撮影にノルウェーを訪れた南。現地に暮らす高部という日本人をガイドに北極圏の街・アルタに滞在する。そのアルタで数年ぶりに扉を溶接された石造りの小屋を開けたところ、白骨死体が発見される事件が発生。当時、扉を閉じた男は絶対に人間など居なかったという。 『光る棺の中の白骨』
 英国の森林部。その近辺ではユニコーンが居るという話があり、現実に出会った人も多数居た。南も偶然に一角獣を目撃、さらに羽の生えた馬・ペガサスまでが現れ、そしてペガサスに蹴り殺されたと思しき死体が発見される。 『ペガサスと一角獣薬局』
 イングランドの中東部。マレーシアで実業に成功した叔父の遺産争いに巻き込まれた草薙哲哉が訪れたのは”再生館”。何もかもが若返るという。草薙はそこで重傷を負い、何者かに監禁されるが脱出。再び再生館を訪れるが、そこでは住民や館の植物などが若返っていた。 『チェスター街の日』
 『龍の淵』の事件。その原因となったのは、先に発生していたある事件だった。その事件は果たしてどのようなものだったのか――。 『読者だけに判るボーンレイク事件』 以上、五編。

幻想的な謎(ミステリー)を冒頭で提示し、探偵役が現実的な決着をつける……この方法論は、ん?
 ……とまあ、上から繋がるのだけけれど、島田荘司氏がかつて(今なお?)提唱した本格ミステリー論にあたる。勿論、その考え方自体はフォロワーも多いし、幾つもの作品でそれは実現されているのだが、この作品集では主要四作品、全てにその形式が当てはまり、かつ解決も筋道だっており、何よりもトータルとして美しい物語が体現されている。
 これまでの柄刀氏が発表されてきた作品では、全体的に物理トリックがベースとなった作品が多く、そのトリックそのものの完成度は従来から高かった。ただ、近年になりそこにプラスαが物語のなかに加えられ、作品の質が向上しているように見受けられる。一つは、叙情であり、これは先日の『黄昏たゆたい美術館』でも感じていた。さらに本作ではその叙情、加えて「冒頭の幻想風景」が付け加えられ、本格ミステリ短編として、本格としても、ミステリとしても、短編小説としても、そのどの角度からも高い評価が付けられるレベルに一気に駆け上がってきたように感じられた。
 『龍の淵』。山荘の分厚い扉を突き抜けて龍が飛び出していったかのような殺人現場が圧巻。事前に自然木の龍が飛び立って行方不明になったという伝説が語られているところが良いスパイス。
 『光る棺の中の白骨』 こちらは読了して振り返ると鮎川哲也の某名短編を彷彿とするのだが、読んでいるあいだは密室の堅牢さが光り、不可能犯罪の様相がぴりぴりと読者を刺激する一編。
 『ペガサスと一角獣薬局』 ペガサスとユニコーンという両方伝説の存在を現実世界に登場させてしまうという大技が光る。それでいて現実世界に着地させられるところは流石。また、薬局に住む病弱な女の子との心の交流が良いエピソードとして心に残る。さすが表題作という一編。
 『チェスター街の日』 師匠(?)アイデアそのものは、島田荘司氏の某長編の変形にもみえるが、これもまた登場人物の心の交流を加えることで味わい深い作品となっている。結末をあえてぼかしているところも好み。(島田荘司の作品だといわれると結構信じちゃう人がいるかも)。

 斯様に主要となる四短編それぞれが、本格ミステリ短編の持つ良さをしっかり携えており、どれも満足。本書の一短編が既に年間ベストクラスの評価を受けているわけだが、なるほど作品集としてもしっかりしている。2008年の収穫として数えられる一冊であるといっても過言ではない。


08/07/24
京極夏彦「幽談」(メディアファクトリー'08)

 世界初の怪談専門雑誌『幽』のvol.006(2006.12)からvol.8までに発表された作品と『怪談実話集』というアンソロジーに発表された「成人」、それに書き下ろしが三作加えられて発表された短編集。題名の通り、創作怪談の短編集であり、ミステリではない。

 かつて妻と訪れた古びた旅館を一人で再訪した男。彼は夜中、この旅館の庭の石の下で……。 『手首を拾う』
 二十年近く働いてきて始めてまとめて取った休暇。男は懐かしいはずの町を再訪する……。 『ともだち』
 マンションでひとり暮らしをしている女性。彼女はベッドの下のある秘密を発見して……。 『下の人』
 雛人形や、入室を禁じられた部屋などの実話怪談が絡み合って別の不思議が……。 『成人』
 がむ、がむと啼く翠色の変なものに追いかけられる。みんな気付かないふりをしながら、逃げる。 『逃げよう』
 奇妙なもの、霊が見えるといっていた昔のクラスメイトと再会。彼女は普通になっていた。 『十万年』
 隣の家に住む奇行が目立つ隣人。兄はその人物をずっと観察している。 『知らないこと』
 通された和室で怖いものについて考える男。果たして怖いというのはどんなことなのか。 『こわいもの』 以上八編。

現代・現実を舞台にしながら、どこかその現実と遊離して、かつ風雅な装いをもつ
 例えば京極堂シリーズは昭和三十年代。巷説百物語のシリーズや伊右衛門等の長編作品は江戸時代。異色作『ルー・ガルー』は未来といった具合に、これまで単行本にまとめられた京極作品は、時代を現代以外の時期に設定することが多い。(実際は、南極シリーズなどや厭シリーズなど、雑誌発表のみの作品には現代が舞台の作品もあるのだが)。本書もまた、比較的最近発表されたなかでは珍しく現代が舞台。
 ――なのだが、あまり現代を感じさせない作品が多い。 それが有名な都市伝説を換骨奪胎したもの(『下の人』ね)であっても、あまり極端な時代性を出さず、わざと作者は控えめに表現している。また、登場人物、特に視点人物の感覚がどこか少し普通の読者の目線とのあいだにズレが作られている。表現が難しいが、登場人物は全般に「何かに蝕まれている」という感じが近い。ただ――、この感覚、どこかで似たような……と思って気が付いた。狂った視点を正常に見せながら描いている作品が多いのだが、これはまた京極堂シリーズの憑き物がついた方、犯人や関係者側の状態に近いのではないだろうか。彼らが正常だと恃む存在は、第三者的には間違っている、だが彼らは心底その何かを信じ込んでいる――。こういう状態を内面から描き出したのが、本書であり、それがそのまま怪談になっているという風にもみえるのだ。
 また、流石に文体はしっかりしており、こういった怪談であってもリズムというか、その感覚に合わせた文体で作者が必要だと判断した通りの雰囲気がかき立てられている。 (当然頁を跨ぐ改行もない)。 この結果、短編それぞれに独特の趣が生じている。これまた巧くいえないのだが、強いて言葉にすると風雅な感じなのだ。『逃げよう』あたりは微妙なスピード感があるし、『下の人』の緩急も巧い。『こわいもの』の、じっくりのんびりした構えもまた京極氏らしい。
 特に『こわいもの』については、その内面分析など京極氏らしさがにじみ出ている一方、果たして彼が邂逅する”もの”は、いったい何なのか(同時に何故それが「こわいもの」なのか)といった興味がラスト一行までかき立てられ――切断される。単行本の最後の最後に至って、このぶつ切りの余韻が味わわされる点、真に怪談らしい作品集である。

 京極ファンでなくとも、怪談ファンであれば必読。実話怪談とは異なる、創作怪談ならではの幻想的な味わいにたゆたい浸るのがお好きな方に。


08/07/23
鳥飼否宇「爆発的――七つの箱の死」(双葉社'08)

 鳥飼否宇氏による異色シリーズ「○○的」の四冊目にあたる連作集。『小説推理』誌の二〇〇七年四、五月号に掲載された題一作目から、二ヶ月で一作のペースで二〇〇八年三月号まで連載され、最終話は書き下ろし。

 鳥搗島は安積半島から三キロほど離れたところにある離島。人の住まない南側を財界の雄・日暮百人が買い取り、現代アートのためだけの美術館を建設した。高名な建築家・藍田彪で百人のリクエストに従い、風変わりな構造の建物となった。六つの創作室と、百人自身と、百人が雇ったキューレーター・樒木侃が暮らせるようになっている。そして、その美術館や美術館にて創作に励む人々の関係者のあいだで奇妙な事件が発生しはじめる……。
 鳥搗島の海岸で無惨な変死体が発見された。一方、島では現代アートの女性画家が凄まじい作品を生みだしていた。画家はその被害者と親しい関係にあったという。 『黒くぬれ! あるいは、ピクチャーズ・アバウト・ファッキング』
 美術館で予行演習中の前衛演劇作家兼俳優が変死した。ロープから転落し、下にいた女優の持つ剣に刺さったのだ。しかも、その女優もまた同じ剣で刺し貫かれていた。 『青い影 ないしは、ノーサイドインサイド』
 双子兄妹の人形作家が美術館で作成したのは、等身大で双子そっくりの両性具有体を千体並べて展示するというものだった。そのお披露目の時にいた兄が急に行方不明になり、彼と不仲だった同業者が刺殺体で発見された。 『グレイとピンクの地 もしくは、ウィッシュ・ウィー・ワー・ヒア』
 音響アーチストが作りだした三つの部屋。心地よい音、聞こえない音、ハウリングといった聴覚に訴える芸術品だという。 しかしその作者が密室となった一室で胸を刺されて死亡しているのが発見された。 『白日夢 さもなくば、エレクトロニック・ストーム』
 反戦をテーマに様々なパフォーマンスを行い、そのパフォーマンス自体が芸術という人物。彼が鳥搗島でパフォーマンスを行うと日程を宣言してから、行方不明に。そして地元花火大会の当日、政治家が毒殺された……。 『赤い露光 でなければ、ソルジャー・ウォーク』
 視覚に様々なアイデアを加える映像作家。モニター越しに彼の新作芸術は、機械を使用して自らの視線を映像化するというものだった。そのモニターの最中、作者本人が絶叫し、映像が途切れた。そして作者は密室内で事切れていた。 『紫の煙 または、マシン・ヘッズ』
 一連の事件のうち幾つかを解決した探偵・星野万太郎。彼はこの逆転の発想を持つ日暮美術館の持つ秘密に気付いた。果たして一連の事件の背景にあったものは一体? 『紅王の宮殿 またの名を、デス・イン・セブン・ボクシーズ』 以上、七編。

いや、ほんとに。「芸術は、爆発だ!――岡本太郎」。やっぱり変なミステリです
 非常に作為的な、いわゆるミステリのためのミステリという設定なのだが、それがむしろ心地よいという変梃な作品。 現実など糞食らえというか、芸術は爆発だ! というか。登場する芸術家たち、彼らの関係者が常識では測れない価値観と美術観を持っている。そこにミステリを絡めることで、規格外の本格ミステリを作り上げることに成功しているのだ。作者の意図の恐ろしい点は、そういった彼らを現代アートの芸術家=アウトローと規定することで、そういう突飛で常識外(我々一般にとって)の考え方・思考回路を持つ点について、ぎりぎりのところで現実の淵に踏み止まらせているところにある。
 連作短編集の体裁で、まとめにあたる最終話を除くと六人の前衛芸術家がそれぞれ事件に絡んでいる。その六人の作る作品がまず奇妙。最初の画家の作品まではなんとなく判らないでもないにしても、最後の映像作家のやっていることなどぶっ飛んでいる。こういった芸術そのものを活字のうえでも発想できるという点が既に作者の非凡を示す。さらに発生する事件も、いちいち正統派本格ミステリに見えるところもむしろ奇妙。密室殺人、奇妙な動機、遠隔殺人……。それでいて芸術家たちが絡むことによって、その事件そのものも変質して混じり合って、今まで接したことのないような「事件」と化しているのだ。当然、日本国内で発生した殺人事件であり、島といってもクローズドサークルではないので、シリーズを通じて地元警察のコンビが捜査にあたってはいる。それなりに有能である筈の彼らなのだが、結局として彼らはその一件たりとも自分たちの力だけでは”真実”に辿り着いていない。「○○的」の他作品同様、狂った犯罪に狂った論理は、一般世界からやって来た常識人には解けない謎である点が強調されているように思える。一方で、その事件事件の持つ異様なまでの狂おしさは、別の角度からの分析には「バカミス」として扱われてしまうのだろうなあ。確かにそうなんだけどさ。

 一般の本格ミステリファンにどこまで受け入れられるものかは判らないが、新しい何かを生み出すためにはミステリはここまでやらなければならないのか、という感嘆を個人的に感じた。一筋縄ではいかない奇妙な作品を次々打ち出す鳥飼氏らしさを満喫できる作品集。最終話の着地も綺麗に決まっており、変梃な作品を好まれる方であれば間違いなく楽しめること請け合い。ストレートな本格ミステリを求める方にはちと微妙。


08/07/22
辻 真先「死に神はあした来る」(ソノラマ文庫'75)

 辻真先氏がミステリ界に颯爽と乗り込んで来られたのは同じソノラマ文庫『仮題・中学殺人事件』。しかしソノラマ文庫のナンバリングでは本書はさらに若く七冊目にあたる。本書は文庫化以前は同書のサンヤングシリーズにて刊行されており、その時の題名は『ドンとこい、死神!』である。(凄い題名ですが、実は内容にはこちらの方がしっくりくるなあ、と思ったり)。

 杉田高校に通う十七歳・圭は、最近発生した水害で両親を喪っていた。その両親が訪ねようとしていた親戚夫婦も水害で財産を無くして上京、圭の家で三人で生活していた。そんななか、圭は突然ビルの上から振ってきたゴンドラのロープに当たる事故に遭い、意識を喪う。病院で彼のことを必死で看病してくれた、幼馴染みで同級生の礼子のおかげで意識を取り戻すが、それ以降、街中で時々変なものを目にするようになった。形容しがたい黒い影のような存在で、それは圭にしか見えず、更にその影が現れた周辺では直後に必ず人が死ぬのであった。圭はそれを死に神と呼んでいたが、それを礼子の側に目撃してしまう。礼子を守らないと、とその日まる一日ボディガードを買って出た圭だったが、飛び出してきたトラックによって交通事故に遭いそうになった圭を救って逆に礼子が撥ねられ、命を喪ってしまう。圭は礼子を救い出そうと「死に神」とコンタクトを図り、遂には冥界に乗り込んで礼子を救いだそうと無理な遠泳に臨み、自ら死後の世界に飛び込んでしまう。

ベースはかなりベタな異世界冒険ファンタジーだが、ミステリの香りもちらちらと
 両親を亡くした高校生(今だったら中学生くらいの感覚ですねえ)が、幼馴染みを助けるために「冥界」に乗り込んで大暴れするファンタジー。そのファンタジー部分は、なんというか、探偵小説時代の少年向け作品というか、昭和三十年代のアニメ感覚というか、SF・ファンタジーとしての洗練を(発表年代からすれば当然なのだが)経ていない印象で、どうにもベタな感じは拭えない。死に神が見えるようになった主人公が、冥界に飛び込めば、そこには歴史上の有名人や、俳優たちや、十字軍に侍等々、(強い念を残して死んだという漠然とした設定はあるものの)と邂逅して戦いを繰り広げてゆく。ただ、冥界ゆえに強い精神力さえあれば、傷を負ってもそれは幻覚ということになっており、残念ながらすっきりした展開とは言いづらい。
 一方で特筆すべきは、設定を含めた現実部分。両親を亡くして叔父夫婦と暮らす主人公……といったところに、裏側に大きな犯罪が拡がっているのだ。自ら冥界に飛び込むために行った行動も含めて、背後にぎらぎらとした悪意があり、それが少しずつサプライズを伴うかたちで明かされていく。 期待していなかったところから辻氏のミステリ魂みたいなものが感じられ、その点が嬉しかった。また、冥界そのものの荒唐無稽さとは裏腹に、冥界を行き来する主人公と現在部分との関係にきちんと整合が取れている。そういった構成の矛盾がないため、作品としてきちんと成立しているといえるだろう。

 とはいえ、全体を通じての古めかしさは否定できない。同時期に発表されたポテト&スーパーのシリーズが今なお鑑賞に耐えることに比べると、辻真先氏の作品として逆に不思議な気もするが、結局はファンタジー部分の荒唐無稽さがミステリ部をも覆い隠すほど強烈だったということか。辻氏のファン以外は無理に探し出して読むほどの作品ではないように思われました。


08/07/21
伊園 旬「ソリューション・ゲーム 日常業務の謎」(宝島社'08)

 2007年に『ブレイクスルー・トライアル』で第5回『このミステリーがすごい!』対象を受賞してデビューした伊園氏による、二作目は連作短編形式の”ソリューション”小説。

 大学を卒業して以来、二十五歳まで旅行やアルバイトでモラトリアム期間を過ごしてきた東一俊。しかし、所持金が無くなって自宅に戻ってきたところ、無理矢理に父親が役員を務める新進IT会社「トライアンフ・マニュファクチャリング・コーポレーション(略称・TMC)に就職させられることになる。一旦は人事部を訪れた東だったが、会社に入った初日に関係会社である「株式会社ソリューションワークス」へと出向を命ぜられる。代表は、染屋という一癖も二癖もある人物。IT業界でソリューションといえば、システム提案による顧客要望の解決を意味することが多いのだが、この会社は異なっていた。受注するのは探偵業務や無理難題の解決ばかり。人事情報の漏洩、会社資産の横領、情報流出の水際での阻止、契約相手からの署名取得……。合法、非合法な様々な手口を用いて、彼らはその問題を解決してゆく。
『漏洩? 人事部』『横領? 総務部』『奪還? ネットワーク室』『偽造? 法務部』『占拠? 秘書室』『誘拐? 危機管理担当執行役室』 以上六話構成。

大企業の隙間をうめる「調査対応」会社の躍動。知恵と個性、体力勝負の駆け引きに注目
 以下、中立的ではなく小生の個人的立場からの視点が入った、ごく個人的感想。

 非常に中盤までは面白いのだが、強引な展開に持ち込みすぎた最終話『誘拐?』によって、物語全体の価値を一気に落としてしまっている、というのが個人的評価。
 こと、社会人読者のの立場であれば、本書はIT関連企業の現実や、情報セキュリティ過信といった現実に立脚した問題提起と、それらに対する犯罪行為すれすれの、時によっては犯罪行為そのものの”解決”に「ああ、なるほど」といった面白みを感じると思う。さすがに現在はコンプライアンスの時代だが、大会社本体であれば末端の膿や、看過できない失敗に対するフォローとして、こういった解決方法を自ら実行しなくとも、いつでも尻尾を切れる子会社・孫会社に危ない橋を渡らせる――という行為そのものはあり得なくない。最初の『漏洩?』の解決編で、単純な正義感を振りかざす主人公・東一俊と、社会人の先輩、企業人の先輩として”大人の解決”を提示する染屋との対比、更にはその次の『横領?』における子会社の遣り手社員の憤懣。こういったところから、現代的社会派というか、旧来のいわゆる「社会派」が持っていたような、会社組織の論理と個人の論理との食い違いといったところが描かれていて、その点だけでも興味深い。(会社を警察組織と置き換えると、最近の冒険小説や警察小説の系譜とも重なるかな?) 確かに謎−解決の内容そのものとしては軽めなのだが、IT関係業界という華やかなイメージと、こういった泥臭い動機とのギャップが中盤にかけての本書の面白みを強く構成しているように思えた。
 だが一方、これらは犯罪であっても組織内部、利害関係者同士のやり取りであるから許されるところがある。例えが難しいが、私有地のなかであれば免許を持たない人間でも車は運転しても良いといったところと近い。最終話、どうみても犯罪、個人に苦痛を与えるところが目的となってくるとこの大前提自体が狂ってくる。依頼されたものではない積極的犯罪行為。そこにいくら私怨があろうと、深い動機があろうと物語の変質は明らかだ。そこに主人公の中途半端なビルドゥイングスロマンが持ち込まれ、無理に正当化しようという点がさらに鼻につく。むしろ例えば連作の各作品で社員たちから入手した袖の下からの情報を用いて主人公たちが、組織潰しにきた役員に仕返しする、といった展開の方がすっきりするのではないか。ここまで折角積み重ねてきた、企業としてのソリューションワークスの戦歴を一気に無効化されてしまったような脱力感がある。それにそんな大金、会社創立に使うしても表向きの金には使えないでしょうに。

 中盤まで、会社組織という存在を巧みに取り込んだコン・ゲーム的要素をもったミステリとして楽しく読んでいただけに、返す返すもラストが残念。まあ、これは先にも述べた通り社会人読者ゆえの個人的感想なので、立場が異なる人が読めばまた異なる感想となることとは思う。