MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


08/08/31
石田衣良「灰色のピーターパン 池袋ウエストゲートパークVI」(文春文庫'08)

 毎年一冊のお楽しみとなっている石田衣良のIWGPシリーズ、六冊目(外伝含めると七冊目)となる中編集。初出は全て『オール讀物』誌で冒頭の表題作から順に二〇〇四年十二月号、二〇〇五年四月号、七月号、最終話が二〇〇五年十一月・十二月号。

 やたらに金を持っている私立小学校五年生。携帯電話のカメラで女性の盗撮を行い、ネット販売しているのだという。マコトが依頼されたのは、上級生三人によるカツアゲ。マコトは話を付けようとしたが、更に凶暴な市販薬ジャンキーが話をややこしくし始める。 『灰色のピーターパン』
 ブティック勤務の女の子から依頼されたのは、写真に写った男の足を壊して欲しいという物騒なもの。シェフを目指して努力していた彼女の兄が、その男に金を脅し取られたうえ脚を折られて夢が破れたのだという。しかし、その男・音川もまた事情を抱えていた。 『野獣とリユニオン』
 Gボーイズ先代の王様は、今は池袋の無認可保育園を経営している。池袋を中心に児童を狙う変態男。保育園に勤務する少し頭がスローなテツオがその変態と無関係であることを証明して欲しいとマコトに依頼する。確かに子供の大好きなテツオは疑われる要素があったが、公演には怪しい人物が通っていた。 『駅前無認可ガーデン』
 東京都副知事が推進する池袋浄化計画。池袋の不法就労の外国人や風俗店が徹底的に取り締まられ、街から活力が喪われてゆく。しかし新興ヤクザの一部はその取り締まりを免れているという。一方マコトはホストクラブに嵌り、自ら身体を売るようになった姉のことで、その妹から相談を受ける。 『池袋フェニックス計画』 以上四編。

凄まじい早さで時代が移り、依頼人の種類は変われど。真島誠とGボーイズたちの精神は変わらず熱い
 住居を余所に移しているので余計にそう思うのかもしれないけれど、東京という街の移り変わりは結構激しい。渋谷新宿東京駅。少し見ないうちに新しいランドマークが出来、人の流れも少しずつかもしれないけれどさらっと変化していく。そんななか、池袋を舞台に選んだこのシリーズ、先見の明があったといえるように思う。人は変わっても、マコトもタカシもサルもゼロワンも礼にいも、変わらず池袋に住み生きている。ずっと変わらないこと、池袋はそこに違和感がない街なのだ。(もちろん東京には他にもそんな街はいっぱいあるとは思う)。
 もう一つ、当然自分の感度も落ちてきていると思うのだが、このIWGPシリーズの新しさというか時代性という点、相変わらず時代風俗に密接にくっついていて読んでいて違和感がない。風俗に嵌って身を持ち崩す人間であるとか、幼児を狙う変態男であるとか、二重三重に複雑構造を取るイジメの問題であるとか。その読者のいる時点で全く違和感のない、現代的な問題をさりげなく鋭くテーマに組み込んでしまう。 まあ、つまりは普遍的な事象を扱っているということでもあるのだろうが。
 そのディティールとは裏腹に、毎回工夫はあるものの、マコトのトラブルシューティングは「個人では普通繋がっていないであろう権力との結びつき」をうまく利用して解決される点は同じ。つまりは、池袋を隅々まで支配する不良少年少女(?)のネットワークであるGボーイズ、池袋に深く食い込むヤクザの若頭であるサル、そして警察権力の中枢に位置する礼にい。もしかすると”御近所の人情に厚くてお節介なおばさん”の総元締めでもあるマコトの母親もまたこのネットワークに含まれるかもしれない。マコトは彼らをうまく”使って”依頼された事件を解決してゆく。

 ただ、ここまでシリーズが続くと、ある意味ワンパターンでもある上記の展開が決して悪いものではない。綺麗な意味での勧善懲悪は成り立っていないものの、独特の清涼感を必ず作品ごとに感じさせてくれるから。水戸黄門が如し反則技であろうとも、読者がすっきりするような解決があればエンターテインメントとしては強く成立しているといえるだろう。


08/08/30
島田荘司「Classical Fantasy Within 第三話 火を噴く龍」(講談社BOX'08)

 講談社BOXの「大河ノベル」第二期、島田荘司&士郎政宗氏による全十二冊予定の”超弩級”本格ファンタジー&ミステリ。第一部として三ヶ月連続刊行された分の三冊目……なのだが。

 日本陸軍の最新秘密兵器を通り抜けた後の母親は外観こそ以前のままだったが、何かが違っていた。ぼくは昨晩深夜に見た母親の行動について確認するが、それは夢でも見たのではないかと一笑に付されてしまう。戦時中であれば常識であるような知識も母親にはないようで、発言も聞き咎められたら大変なことになるようなことを平気で口にするのだ。その夜、遠くから聞こえるサイレンの音で目を覚ましたぼくは、B29の大軍がこの村を襲ってきたことを知る。慌てて逃げ出すが辺りは火の海となり、命こそ助かったものの軍の研究施設もまた焼けてしまい、これまでぼくたち親子を庇護してくれた黒田さんもまた、ぼくたちに自力で生き延びてゆけるよう霞ヶ浦で釣りをすることを勧めてくれた。しかし、黒田さんが離れて一人になってしまったぼくは、中学生たちに捕まってしまう。前々からぼくたち親子に眼を付けていた中学生は、ぼくが焼けた学校に登校しなかったことを理由に「非国民」と罵り、暴力を振るう。そこに現れたのは母親だったが、母親の毅然とした態度に対して人々は理不尽な暴力を彼女にも振るおうとする……。

日本国民ならば自己(民族)嫌悪間違いなし。赤裸々に生々しく戦時下の日本の歪みを描く
 この第三巻の後半には、日本陸軍の秘密中の秘密兵器(史実上では1945年に図面は作成されたものの、一機も完成せずに終戦となっている筈)、ジェット戦闘機・火龍が空に飛び立ち、我が物顔で日本上空から焼夷弾を降り注ぐB29に対し、日本軍の最後の秘密兵器として一矢報いるという場面がある。その部分については、それまでのやられ方がひどい分、確かに爽快感はある。完成しなかったジェット戦闘機が、フィクションとはいえ日本の空を飛ぶという姿は、それもまた一つファンタジーだといえよう。(ただ、その火龍の結末もまた辛いものがあるのだが……)。
 ……が、それ以外の部分については、シンイチの母親の奇妙な行動・言動(まるで未来から来た……?)があるせいとはいえ、市井の日本人、特に皇国史観に凝り固まって、天皇陛下の権威を笠に着て威張り散らす(本来は小市民でしかない)日本人のあまりにも醜い姿が赤裸々に描写される場面と、あまりにも圧倒的な力でもって空襲を行うB29、さらにはその焼夷弾によって焼き払われる側の恐怖と、この二点が中心となっている。このあたり、正直、読んでいて辛くなる。 自分が経験したことでは当然ないが、何十年も昔の日本国民がみごとな迄の洗脳されっぷりとなっていて弱い者イジメを公然と行う場面。無差別殺戮兵器がもたらす抵抗不可能な恐怖。「本当にかつての日本はこうだったかもしれない」という点をきっちり描けるのも島田荘司ならではの力だといえるだろう。
一方で、彼ら性根の腐った醜い日本人も、また、帰りの燃料のないまま戦闘機で一矢報いるためだけに我が身を捨てて飛び立ってゆく軍人も、百八十度違った方向を向きつつも現代ではあり得ない日本人の姿である。この両極端が同時に存在した日本(いや、この両極端はある現象の裏表……、なのか)が、このシリーズの前半三部作のテーマだといえるように思われる。

 この三冊のなかだけでは明かされていない秘密が多数。伏線になっているように思われるが明確なヒントのない場面もまた多数。これらが最終的にまとめられる時が本当に来るのだろうか……? 島田荘司の剛腕が楽しみでもあり不安でもある現段階。


08/08/29
江戸川乱歩「妖怪博士/青銅の魔人」(講談社江戸川乱歩推理文庫'87)

 『怪人二十面相』『少年探偵団』に続いて、戦前に「怪人二十面相」ものの第三長編として発表されたのが『妖怪博士』。「少年倶楽部」に昭和十三年('38年)一月号から十二月号にかけて掲載された。戦前ではあと『大金塊』(二十面相シリーズ外)が発表された後、少年ものは一旦戦争を挟んで中断する。その後「少年倶楽部」のライバル誌であった「少年」に舞台を移し『青銅の魔人』が昭和二十四年('49年)一月号から十二月号にかけて連載された。その後、「少年」誌上でシリーズが暫く継続する。

『妖怪博士』 少年探偵団の一員でもある相川泰二少年は、地面に白墨でマーキングしながら移動する怪しい老人を発見、追跡を行った。老人は立派な洋館に消え、泰二もまたその洋館の敷地内に入り込む。窓から若い女性が縛られて椅子に座っているのを発見した泰二は彼女を救おうと忍び込むが、その女性は蝋人形。そのまま泰二は「蛭田博士」を名乗る怪人物に拉致されてしまい、催眠術を掛けられた状態で帰宅する。自宅に戻った泰二は父親の会社の機密書類を盗み出した上で家出をしてそのまま行方不明に。更に少年探偵団の他の団員も「蛭田博士」に捕まってしまう。事件解決に名乗りを上げたのは殿村弘三と名乗る探偵で、彼は明智小五郎に挑戦するのだという。
『青銅の魔人』 冬の夜の銀座を徘徊する謎の人物。多数の時計をポケットに入れ、ぎこちない歩き方をする青い服を着た怪人物は、腹の底から機械の音を立てていたのだが、いつの間にかその姿を消してしまった。それから一月のあいだに怪人物は東京各所で由緒ある時計ばかりを狙って盗みを繰り返し、煙のように消え失せてしまう。由来ある時計を持つ人々はこの「青銅の魔人」を恐れていたが、少年探偵団・篠崎の友人、手塚昌一の父親もまたその一人。家に伝わる「夜光の時計」が気になっていたのだ。昌一は庭に入り込んでいた青銅の魔人と邂逅、明日その時計を奪いに来るという手紙を受け取ってしまう。手塚家は明智小五郎に相談、明智と小林少年が翌日に手塚家を訪れるが……。

二十面相が少年たちに強いる苦難は、溢れるばかりの少年愛の裏返しなのか。危難、苦難、脱出の物語
 前作まで毎回捕まっているはずの二十面相が本作でも大活躍……と、慌てて反転にしたがこれ以降の少年ものの作品は、表面上の物語を書く以外は全てネタバレになってしまうのではないだろうか……?
 とりあえず気付いたところとしては、戦前作品と戦後作品が怪人二十面相という軸を通じて意外なほど綺麗に世界が繋がっている点。 後で改稿されているのかもしれないが、ほぼ十年以上を『妖怪博士』から『青銅の魔人』のあいだで挟んでいるにもかかわらず、(これ以降の作品でもそうだが)、それ以前で使用されたトリックやアイデアがきちんと前例にあったことを踏まえて使用されているのだ。(ならば、同じパターンでやられないでよ、というツッコミは今後何度も呟くことになるのだけれど)。ただ『妖怪博士』は、二十面相ものとはいえVS小林少年よりも、VS明智小五郎の場面が多いところが特徴で、正直他の作品よりも完成度は高いように思われる。 (ともいえるし、むしろ大人向け通俗ものに近いテイストがある)。
 また、戦後再開された作品だとは思えないほど『青銅の魔人』における、二十面相の少年探偵団イジメが凄まじい。いくら「二十面相は血を見るのが嫌い」ということであっても、少年を釣り天井の部屋で脅したり、古井戸で水攻めに合わせたりと、かなりサディスティックな技(?)を二十面相は駆使し、少年たちを次々にひどい目に遭わせてゆく。そうですか、そうまでして美少年をいじめたかったのですね……と、意味なく乱歩の執念深さみたいなものを感じてしまう。(子どもの頃に読んでいた時は、自分を彼らに重ねてドキドキしていたのとはえらい違いである)。
 また、『青銅の魔人』は、ある意味ではこの後続いていく(二十面相の変装による)種々の怪人物の第一号といえるかもしれない。しかも、この怪人が家の敷地内など神出鬼没で現れるところなども恐怖を誘う。ただ、この作品でつけられる結末については、さすがに現代的(なミステリ)ではない。少なくとも、現代的な記述のフェア・アンフェアについては大乱歩に通用しないのだな……とも思う。

 少年探偵団シリーズ、二冊目(四作品)にして、展開に少しずつ工夫が付け加えられているにしても基本的に同じパターンで進められる。本書あたりで強くなっているのは、上述の通り、少年たちに対して費用対効果の悪そうな嫌がらせをする二十面相がどうにも不思議で。


08/08/28
小路幸也「うたうひと」(祥伝社'08)

 これまで基本的に書き下ろし長編を中心に作品を発表してきた小路幸也氏、初の短編集。既に著作が数多く刊行されている印象があるため、ある意味今回が初短編集であるというのは意外。『小説NON』に2007年1月号から2008年4月号にかけて不定期に発表された作品に祥伝社刊行のムック『Feel Love vol.1』『Feel Love vol.2』に発表された二作が加わっている。微妙に世界が繋がっているので、連作短編集と分類することもできそうだ。

 泣かせる音を奏でることの出来た伝説のギタリスト。現在入院中。彼のファンだというインタビュアーが訪れ、彼の過去について聞き出してゆく。ギタリストには中学時代から愛し抜いた女性・アンリがいた。が、彼女は突然いなくなってしまったのだ。 『クラプトンの涙』
 十五年ぶりにステージに立つ、伝説のデュオの片側・ケント。ケント、そしてショウは八歳からの頃から一緒にいる幼馴染み。そして二人一緒にギターを始め、曲を作り、そしてデビューして絶大な人気を博すようになった。しかしケントの曲にショウが合わせる形式のせいか、二人の間に少しずつ亀裂が入り始めた。 『左側のボーカリスト』
 日本初のブラスロックバンドとして売り出されたが全く売れなかったバンドは、アイドルのバックバンドとして活路を見出す。〈ウルトラホーン〉と名乗るバンドの若手、五嶋はアイドルの伊東ミキと恋仲になり、そして……。 『唇に愛を』
 二十代後半にして人気絶頂のバラードシンガー。盲目の彼女が突然の引退宣言をした。彼女が愛読している小説を書いていた作家の僕は、ひょんなことから畑違いの彼女のロングインタビューを引き受けることになる。彼女が抱えている事情、とは。 『バラードを』
 ロックバンド〈ディローグ〉のドラマー・崎谷貫太。そこそこ売れている彼らのバンドだが、貫太が勘当された実家に妻と子どもを連れて戻った時にレコーディングした作品が空前のヒットとなってしまう。貫太はバンドに戻るきっかけを失ってしまうが……。 『笑うライオン』
 三年前、ピアノ・バーにやって来たエリック。ピアノの演奏は抜群だったがそれ以外の常識はない彼の世話を焼いたのがウェイトレスのミンディ。二人は付き合うようになったが、エリックの人気はうなぎ登り。二年待って欲しいと言い残し旅だったエリック。そして二年後にあたる今晩。 『その夜に歌う』
 ハワイアン・バンド〈デュークス〉は生活のために色々なことをやった。米軍キャンプでやけくそでやったコミック風の展開が受けて、そちらの仕事が増えて遂にテレビ出演を果たす。音楽が好きという一心だった彼らは受けまくり、そして伝説のバンドの前座をすることに……。 『明日を笑え』 以上七作品。

うたうひと、演奏するひと。音楽の限りない魅力のなかでしか生きられない人々の哀しみと悦びを紡ぎ出す
 全てが別々の独立した短編でありながら、少しずつ登場するバンドの名前が別の物語で触れられていたりと世界自体は繋がっている七つの物語。小路幸也氏の得意とするファンタジー色は基本的になく、現実路線の「いい物語」が七つ揃っている。ちょっとした意外性が演出されていたり、時系列がぼやかされて味わいを紡ぎ出されていたりと、単に登場人物だけによる泣ける物語というだけではなく、スパイスがいろいろと利いている点が良い。
 一般的に好まれるのは恐らく『その夜に歌う』あたりか。海外のピアノ・バーから始まる物語が、また二年後のピアノ・バーに戻っていく展開の広がりが好ましく、何ともハッピーで賑やかなラストが直前のしんみりした雰囲気との対比で浮かび上がる物語だ。
 個人的には、日本人なら誰でも知っているあのバンドと、世界中が誰でも知っているあのバンドをクロスオーバーさせた『明日を笑え』に圧倒された。最初はあのバンドだと判らなかったのだが、その存在に思い至った時に「うお、凄い」という実際にあったエピソードへと繋がってゆく展開が圧巻。例えが微妙かもしれないが、山田風太郎が日本史の史実をベースに「あったかもしれない」裏の物語を創りだしたように、この作品もまた「あったかもしれない」日本とイギリスのスペシャルバンドの交流が描かれている。(実際にあのバンドはあのバンドの前座を務めた史実はあるわけで)。
 そういう訳で、前半もまあ「いい話」だよなあ、という展開だったのが後半になって超絶に心に残る作品が連発されて驚くという、印象強烈な小路幸也氏の初短編集。失礼ながら、短編も巧いのだろうなあというのは『東京バンドワゴン』シリーズの中編などの扱いから想像されたことではあるのだけれど、これまでの基本的に長編という発表姿勢もあって初めてこの作品集で証明されたことになる。

 音楽小説、しかも短編集という(細かく区切ってはいるが)ジャンルではいきなりトップクラスを実現してしまったかも。小路作品のファンであれば、とりあえず読んで間違いなし。「いい話」が好きな一般小説ファンにも広く勧めたい作品集。文庫になってからの方が売れるかもしれない。


08/08/27
江戸川乱歩「怪人二十面相/少年探偵団」(講談社江戸川乱歩推理文庫'87)

 光文社文庫版の全集が刊行されたために、若干古書価的には下がった感のある江戸川乱歩推理文庫。折角なので少しずつ読み出すことにしてみた。『怪人二十面相』は乱歩初めての少年もの。「少年倶楽部」という雑誌に昭和十一年('36年)一月号から十二月号にかけて掲載された。また『少年探偵団』はその続編で翌年の昭和十二年にやはり一月号から十二月号にかけて連載されたのが初出となる。

『怪人二十面相』 そのころ、東京中の町という町、家という家では、ふたり以上の人が顔をあわせさえすれば、まるでお天気のあいあつでもするように怪人「二十面相」のうわさをしていました。――麻布に住む実業家・羽柴壮太郎の邸宅では十年前に家出をして南洋に渡航したまま行方を絶っていた長男の壮一君の帰還の喜びと、別に非常な恐怖があった。恐怖とはほかならぬ「二十面相」からの予告状。羽柴家が所有するロマノフ王家の宝冠を飾っていたというダイヤモンド六個を盗み出すというもの。家族や警備の者の厳重な警備を掻い潜ってまんまと仕事を成功させた二十面相だったが、羽柴家の次男・壮二の仕掛けた罠で足に傷を負う。さらに二十面相は手を尽くしてその壮二と長女の早苗を車ごと誘拐し、更に羽柴氏を脅迫する。窮した羽柴氏は名探偵・明智小五郎に事件を依頼、名代として羽柴家を訪れたのは明智の右腕にして少年探偵・小林君であった。
『少年探偵団』 東京中に広がる「黒い魔物」の噂。あたりの影に潜み、人とは異なる動きをすることで人々を驚かせる謎の存在。現れては消える化け物は、悪戯をするものの本格的な悪さをまだ始めてはいなかったのだが、少年探偵団の一員・桂正一がその「黒い魔物」を目撃する。同じく桂の友人で同じく少年探偵団員の篠崎始の家周辺で奇妙な出来事が起き始める。始の妹である緑を狙ったと思しき誘拐未遂事件が発生するのだ。篠崎家には「のろいの宝石」と呼ばれる宝石があり、それが狙われているのではないかということで、篠崎家では小林少年の助言を入れ、緑を変装させて親戚宅に預けようとする。しかし、その隙が狙われ小林少年ともども賊の虜になってしまった。

やはり少年向け探偵小説屈指の名作。そして後の「怪人二十面相」シリーズの土台にして基礎にもあたる
 『怪人二十面相』は最近再読していたので印象が強かったが、続けて『少年探偵団』を読むとまた乱歩少年物イメージが変わる。漠然と、明智小五郎vs怪人二十面相……という風に、それこそ小学生の時の読書イメージで捉えていたのだけれど、少年物に関してはあくまで「小林少年with少年探偵団vs怪人二十面相」という図式が正しい。(まあ、きっちり読んでいる人にとっては当たり前といえば当たり前かもしれませんが)。この二冊に関していうと、少年探偵団という存在がまだ強く残っており、ブルジョワジーを強く感じさせるそのつやつやした少年たちが危難に遭遇し立ち向かう、という図式が恐らく同じように雑誌を購入してもらえるような恵まれた生活をする若い読者層と重なっていたのかな……などと考える。
 また、血を見るのがきらいながら、大がかりな仕掛けを随所に織り込む二十面相の大仕掛けが非常に楽しい。特に基本中の基本で(今後も繰り返されるパターンではあるのだが)、明智小五郎に化けて依頼人を信用させて厳重な警戒をさせておき ながら、実はそれ以前に宝物をすり替えてしまっている……という手口が、何度読んでも味わい深い。特に、既に読者にとってはニセ明智であることが明解されているにも係わらず、依頼者に対し微妙に不遜な態度を取りつつ、恐れ慌てる依頼人を相手に少しずつ自分の正体を明かしていく場面、またかよと思いつつも「よくもまあこのパターンを」という風に逆に感心してしまうようになる。
 先述の二十面相の手口に加え、少年探偵団側もBDバッジの応用、囚われの小林少年の探偵七つ道具によ脱出など、血湧き肉躍るといえば良いのか、後々の作品に大きな影響を与えた”ネタ”がとりあえずこの二冊分でかなり詰まっている。ある意味、これ以降の少年物は「見せるもの」が違ってきてしまう印象ではあるのだけれど。

 まあ、ある程度の年齢層以上の方であれば、まず読んだことのないという人のいない作品なので、今さらなのだけれども……素直に面白い。(今時は普通に読んでないとか言われそうだけれど) あー、しばらく読んでないなあ、筋書きもよく覚えていないなあ……という方、再読も楽しいですよ。


08/08/26
有栖川有栖「火村英生に捧げる犯罪」(文藝春秋'08)

 2004年11月号から2008年7月号まで単発的に『オール讀物』に掲載された四短編に、携帯サイト「綾辻行人X有栖川有栖 J−ミステリー倶楽部」に2002年から2005年にかけて配信された四短編(掌編含む)を加えた八つの作品が収録された短編集。題名通りにいわゆる火村准教授が探偵役を務めるシリーズ。

 骨折し自宅勤務している実業家が、深夜に隣の工場から人影が出てきたと通報。工場からは縛られた上に縊死させられた死体が。被害者はかつて強盗殺人の疑いがあり、その相棒格だった男に容疑が、しかしアリバイが彼にはあった。 『長い影』
 他殺死体が発見された現場に残された鸚鵡。その鸚鵡が犯人の名前を連呼するのだが……。 『鸚鵡(おうむ)返し』
 社会派ミステリ作家の遺筆として発見されたのは本格ミステリの事件が描かれたメモ。特殊な館の殺人事件の真相はどうなのか、遺族に相談されたアリスだったが自らは解けず、火村に協力を求める。 『あるいは四風荘(しふうそう)殺人事件』
 アリバイが崩されたが悪あがきする容疑者。彼の残したはずのない場所からなぜか指紋が……。 『殺意と善意の顛末』
 女子大生が殺害され、容疑は旅行先で知り合った男と思われた。写真が残されていたのだが……。 『偽りのペア』
 警察に届けられた事件予告状。そこには火村に捧げる犯罪との言葉が。そして京都では首切り殺人事件が発生、アリスは盗作の疑いがあると東京から呼び出しの電話を受ける……。 『火村英生に捧げる犯罪』
 地下室で何者かに殺された男。彼に脅迫されていた四人のうち、犯人は誰か。被害者が犯人を示していると火村はいうのだが……。 『殺風景な部屋』
 高級住宅街で雨合羽を羽織り、軍手を嵌めて頭を打って庭で死亡した男。隣家の放送作家とトラブルは絶えず、妻とも不仲。果たして現場では何が起きたのか。 『雷雨の庭で』 以上八編。

ひとつひとつは小さなアイデアも、熟練の手業で小粋な本格ミステリへと昇華してゆく
 不思議な感触というか味わいを残す作品集。本格ミステリをこよなく愛する作者のこと、個々の作品はそれが十枚程度の掌編であっても本格ミステリ的興趣を前面に押し出している。特に掌編の方(携帯サイト配信された方)は、ほとんどワンアイデアをぎりぎりまで文章量を絞って物語化しているのだが、そのアイデアに沿ったかたちで(例えば、火村の一人称を用いるなど)、物語の構成にまで気配りがされている点に、初期中期の有栖川有栖氏作品から着実に進化した円熟味が感じられる。そのワンアイデアにしても、スリッパの取り違えだとか、鸚鵡の鳴き真似といった誰でも経験する、思いつくといったタイプのネタから、それなりに本格ミステリ掌編として読ませる内容にまで進化させているところが素晴らしい。このあたりにプロとアマチュアの超えられない壁(創作者としての)があることまで思い知らされる。
 構成という意味では『あるいは四風荘殺人事件』が面白い。一種のメタ構造をもった作品で、偉大な作家の遺した本格ミステリのトリックを、火村が読んで解き明かすという内容。小説のなかで、小説を読ませて解かせるという構造、また、それが極端にいわゆるトリックのためのトリックという謎解きである点、むしろ現実からはほど遠いだけに火村准教授と読者が同時にパズルに挑むような面白みがある。
 一方、トリックとロジックという有栖川作品正統の面白みを備えているのが冒頭の『長い影』。作り方によっては中編級のアイデアであるのに、これまたシンプルに描くところをきちんとシンプルに描いた結果、”内容の濃い短編”に仕上がっている。特に、犯人が追い詰められていく過程と、その描写における緊迫感の表現は優れもの。ある程度、予想がつく結末ながらも「小説として読ませる」技(わざ)も加わって、本来トリックが持つレベル以上の好短編となっているお手本のような作品だ。同様に『雷雨の庭で』も、東京と神戸でテレビ会議をしながら作品を仕上げる二人組放送作家といった特殊な設定をトリックに織り込むことで、不思議な魅力を感じさせてくれる。
 斯様に個々の作品についてはそれぞれ読ませるし、作品集全体も当然探偵役とワトソン役が固定されているため安心して読める。ただ、作品集としての個性はあまりない――ように思えるのだが、それを求めるのは贅沢すぎる望みかも。

 有栖川有栖氏のファンであればもちろん、普通の本格ミステリファンにとっても相応に楽しめる作品集。個人的にもこの円熟味、まろやかにして新鮮な切り口の作品群は素直に楽しめた。ミステリファンであれば、まずは安心して楽しめる作品集。これが有栖川スタイル。


08/08/25
石崎幸二「復讐者の棺」(講談社ノベルス'08)

 2000年第18回メフィスト賞を受賞した『日曜日の沈黙』の時代(?)から活躍していた、独身サラリーマン石崎幸二+女子高生ミリア&ユリのトリオが、『袋綴じ事件』以来、六年の沈黙を破ってここに復活。といっても、あれからもう六年か……(遠い目)。

 あまり「ミステリィ研究会」の部室に顔を出さないことを御薗ミリアと相川ユリに詰られ、相変わらずの石崎。石崎が事件を小説化しようとしていることを知った彼女らは、石崎に奢らせるべくファミレスへ。そこには偶然、女刑事の斉藤瞳がいた。斉藤は、十年前に発生したKONO堂という大手スーパーマーケットの前身にあたる会社社長が殺害され、迷宮入りになりかかっている事件の件で社員の辻野という人物からの相談を受けていた。KONO堂では現社長の夢であるレジャーランド経営を模索、RPGの舞台を模して設立途中で破綻したテーマパークを買い受け、再生しようとするプロジェクトが行われつつあった。行きがかりから開園準備中のパークに石崎ら三人に友人の深月仁美、そして斉藤は招待されて、伊豆にある現地に赴く。現場には現在KONO堂の専務と常務である河野香織・佳奈美の姉妹他、本社から送られてきた人間数人が準備に当たっていた。しかし現地で仁美が何者かに誘拐され「復讐者」を名乗る人物から脅迫状が。更にスタッフの一人が地下室の棺の中で顔を焼かれた死体となって発見された。更に次々とスタッフが何者かに殺害されていく……。

新本格ミステリのこれもまた異形にして究極のカタチ(かも)
 ミステリ研究会所属のミリアとユリ、そしてミステリおたくのサラリーマン・石崎幸二。騒々しい三人が遂に帰還を果たした。本書、というか本シリーズの特徴は二つあり、一つは言うまでもなく、このSっ気たっぷりの女子高生と、Mっ気たっぷりの石崎との間でぽんぽんと交わされるテンポの良い会話。 いつどんな時でもボケとツッコミを忘れない、彼らの浮世離れした会話によって、このシリーズは現実感から遊離することを許されるのだ。
 一方、どこか人工的な舞台と兇悪な意図が込められた殺人事件がもうひとつの特徴。 今回舞台となる孤島に閉じ込められたリゾートの従業員たちが、いわゆる「そして誰もいなくなった」状態でばんばん連続殺人の被害に遭ってゆく。しかしながら、被害者になる可能性などないと信じ込み、完全に当事者としての自覚のないミリア、ユリ、石崎の三人はほとんど悲しみも恐怖も抱かないまま。従業員たちが、駒のように殺されていく事実とは対照的だ。つまり本書の設定でもある”絶海の孤島もの”が宿命的に負うはずの、サスペンスの要素が本書においては、ほぼ一切無いのだ。本書における従業員の動きは、危険が迫っているわりに不自然。C級ホラー映画で、殺人鬼が跋扈しているのに夜の湖で一人で泳ぎ出す女友達のような存在なのだ。結果的に「最初から殺されそうな立場で登場した人物たち」が、演劇でもしているかのように粛々とその役目を果たしてゆく(つまりは殺されてゆく)。
 だが……、結果的には「三人の会話」があるおかげで、物語舞台の不自然さは覆い隠れないまでも、「もう、別にいいや」という気分に読者をたたき込んでしまうのだ。女子高生二人と独身中年前男の会話自体、そのノリとテンポが極端な人工性(会話が不自然という意味ではなく)を持った結果、逆に舞台の方までその三人の影響を受けてしまっているという、まさに異形の本格。 現実性、クソ食らえという意図を作者が持っているわけではないと思うのだが、それでも結果的に「現実を寄せ付けない結界」がこの島に成立してしまっている。
 もちろん、その事件、そして結果についてはしっかりとミステリをしている。島田荘司の某作品をも彷彿とさせられるトリックはなかなかのもの。だがいかんせん石崎らの会話文が物語に占める割合が高いため、本来の目的(?)である、ミステリ部が三人によって押しやられ、解決場面など相当に急いでいる印象だ。

 前作まで読まれている方であれば、当然に買い。また、本格ミステリとしてもこの特殊なや、悪魔的な犯人の計画といったところから、その意味合いは持ち続けているようにみえる。ただ、シリーズを順に読んだ方がよく判る部分も多いので、ある程度前作は押さえておいた方が良いかもしれない。


08/08/24
福田和代「ヴィズ・ゼロ」(青心社'07)

 現在は『ミステリ・マガジン』に連載を持ち、東京創元社より満を持して第二長編である『TOKYO BLACKOUT』が刊行される福田和代さん。1967年神戸市生まれ。神戸大学工学部卒でひっそりと刊行されたこの『ヴィズ・ゼロ』がデビュー作品。ただし今後、確実にブレイクしてゆく大型作家だと思われる。(とりあえず本書だけで確信した)。

 「エスは死ね」……大学四年の時、親友だった野口伸一を目の前で殺された出石道雄。そして二人との親友・甲斐徹。出石は警察庁のキャリアへ、甲斐は警察庁の内定を蹴って警視庁に入庁する。それから十三年。甲斐は鬼の四機に所属していたが、ある事件に絡み捜査一課に転属、ハイテク犯罪のスペシャリストとなる。甲斐が現在追っているのは「ファントム」と呼ばれる凄腕クラッカー。その手掛かりを求めた帰り、関西国際空港に接近してきた台風により、空港島は鉄道・道路とも通行止めになり閉じ込められてしまう。一方、香港発の福岡行きの旅客機が何者かにハイジャックされる事件が発生、テロリストは行く先を関空に変更し、着陸する。一方の出石は警察庁警備局の外事課理事官として、事件捜査の指揮を執ることになった。テロリストは「牙」を名乗り、給油とパラシュート、そしてあるWebサイトへのアクセスを警察に要求。そのサイトでは、過去に二重スパイ容疑で権力によって惨殺された元スパイたちの死体写真が掲載されており、そのなかに野口伸一の写真もあった。「牙」のメンバーは、既に関空に入り込んでおり、警備の隙を衝いて管制塔を制圧。航空機と管制塔の両面から国家と対峙することになった……。

徹底的な取材がもたらしたと思しき大迫力。多少のぎこちなさを吹き飛ばす迫真の謀略小説
 版元が小さいこと、そして題名も目立たないこと、等々、ごく一部では「面白い小説だよ」と評判だったとはいえ、あまりメジャーに取り上げらることのなかった福田和代さんのデビュー作品。先に気になる点を書いておくと、登場人物の視点変化が多く、描写力にまだ一部とはいえ足りないところがあり、場面場面が判りにくくなっている個所があるところ。また、男性中心の登場人物の書き分け、特に脇役クラスには筆の足りないところがあり、バランスが微妙に崩れている。サプライズが含まれるせいかもしれないが、結局テロリスト側に何人いたのか、最後までよく判らなかった。(小生の読解力が足りないのかもしれないが)。
 だ、が。本書は、迫力のある展開と描写、さらには丁寧に取材された背景の豊かさ、そして何よりも、ある意味陳腐ともいえる題材同士を組合せ、さらに思い切ったアイデアが多数込められているなど、先述の瑕疵を吹き飛ばしてあまりある多大な魅力をもった作品だ。 プロローグにある一人の大学生が殺された事件。この事件を核にあまりに様々な登場人物が、実は互いに繋がっているところなどはご愛敬。
 個人的に感心したのは、やはり込められた様々な個別アイデアだ。現代の厳しいチェックイン体勢をくぐり抜けてのハイジャック、前半に登場するクラッカーの手口を利用した、現実的にして革新的な身代金受け渡し。そしてハイジャックのみならず、地上との連携も含めた犯人たちの計画そのものの周到さ。空港を舞台にしながらも、それのみならず事件にあたって様々な新たなアイデアが惜しげもなく投入されているのは評価すべき点だと思う。また、中盤以降のハイジャック計画の進め方についても、犯人サイドの元もとの作戦が意表を突く展開の連続となっており、その周到な計画は驚嘆に値する。(ミステリとしては、犯人の住居の場所が微妙に正体を実は暗示させていた点、ファントムの細かなエピソードがある人物を指し示している点など、微妙な伏線に狂喜させられた)。いずれにせよ、空港であるとかネットワークであるとか、膨大な知識が下敷きになって初めて生きてくる筋書きが良い。
 裏切り者・スパイ問題といったところに焦点を当てることにも成功しており、様々な断片的なエピソードを少しずつまとめあげられていく過程も快感。元より文章については水準以上のものがあり、迫力有る展開と相まって高いリーダビリティが実現されている。

 今後、『TOKYO BLACKOUT』を読み終えられた方が本書にも手を伸ばすという順序が逆の展開になってくるのではないかと思われるが、彼らの期待を裏切らない高い完成度を誇るデビュー作品だ。 下手な某賞受賞作なんかよりもよほど面白い。冒険・謀略系の小説がお好きな方で、まだ未読という方は手にとってまず損はない作品だと感じた。大きなポテンシャルを感じさせる新人の登場である。(だからこそ、数多くの編集者が彼女に殺到したのだともいえそうだ)。


08/08/23
大村友貴美「死墓島(しぼとう)の殺人」(角川書店'08)

 『首挽村の殺人』にて、第27回横溝正史賞を受賞してデビューした大村さんの受賞後第一作。書き下ろしで、前作に登場した岩手県警の藤田警部補が探偵役(?)を務めており、題名のイメージも似ている通り『首挽村の殺人』の続編にあたる。

 岩手県の釜石市に近い離島・偲母島には、高齢者を中心に今なお数百人の人々が主に漁業で生計を立てて暮らしている。本土からは日に三度の定期航路で結ばれているとはいえ、交通の便は悪い。戦国時代に大船渡市一帯を治めていた阿曽沼氏という一族がおり、謀反の疑いで家禄を没収、断絶された。逃げ出した幼君千代松は七人の武将に守られて偲母島に入ったが、追っ手と激しい戦闘で命を落とし、以来この島はその武将たちの子孫である海洞家、宝屋敷家、そして龍門家によって支配されてきた。その海洞家の当主であり、実業家として羽振りの良かった海洞貞次が、島のオトシバと呼ばれる崖から吊り下げてられているのが、海に出ていた貞次の甥の椋介や宝屋敷州作らによって発見された。県警の藤田警部補は後輩の有原と共に現地に入り、警察の捜査に加わるが島の住民も非協力的でなかなか捜査が進まない。さらにその貞次の葬儀が本土で行われる日、龍門家の当主の妹で、椋介に思いを寄せていた早妃が行方不明になり、水死体となって海から発見された。村に伝わる子守唄の見立てなのか、それとも……。かつては本土の処刑場として使われていたこの島で、一体何が起きているのか。

横溝から受け継ぐ雰囲気と設定が現代に活かされ、物語そのものはまた別の何か
 あくまである意味では、大村さんは横溝正史が作り上げた世界の継承者であるといえるかもしれない。あくまで、ある部分限定。横溝正史の後継者的扱いでデビューされており、本作にもその雰囲気そのものは伝わってくる。だが、大村氏の場合は、あくまで、横溝が得意とした、その世界観のみを現代に蘇らせているという意味になる。
 前作に引き続き(作者の居住地と関係があるのだろうか)、今作も舞台は岩手、そして過疎に悩む離島である。その舞台そのものは、現代的問題を孕みつつも多分に横溝的側面を多数持つ。つまりは、戦国時代の過去から島に伝わる血まみれの歴史、島を実質的に支配する三つの旧家、それぞれの家同士のしがらみであり、跡継ぎ争いであり、過去からの伝統と文化を大切にする古い気風。また、もちろん島に伝わる不気味で残酷な内容を持つ子守唄もそうだし、この離島に存在する、自然が作り上げた様々な奇景もまた横溝に繋がっているともいえる。
 一方で、大村氏独自の色も強く存在する。まず過疎であり、古い集落維持といったところを現実的、社会派的に捉え、具体的に描き出す冷静な視点。横溝賞というよりも、松本清張賞ではないかというくらい、社会派的主張が込められている。(だが、これは現在のミステリの置かれた立場→特に新人であればあるほど現実との遊離がなかなか認められない→を考えると仕方がない側面もあるように思う)。また、本格っぽいガジェットをちりばめておきながら、いわゆる本格ミステリの構成を取っていない。本作も、手掛かりが揃ってから探偵役が解き明かすのではなく、一部、先に提示された手掛かりのなかから探偵役の想像力から(捜査する警察という立場も利用して)、後から決定的な手掛かりを揃えていく展開なのだ。従って、シンプルにつきつめてゆくと内容は本格というよりも、結果的にはサスペンスとなっている。
。  そして、本書の読みどころ、というかポイントがあると思うのだが、どうにもその主題が終盤になってなぜか変貌してしまっているようにみえて、唖然とさせられた。真犯人の”人間像”。これはわからんわ。 ラスト付近は、この真犯人の説明(心情の類推)に終始してしまっている点は、高すぎる犯人の意外性の反動とはいえ、物語的にはなんとも微妙だなあ。

 かといって横溝正史の通俗作品と重なるところがあるかというと、それもまた違うような。横溝的な孤島だとか集落だとか旧家や過去からの因縁といったキーワードがお好みという方ならば、あるいは。(あくまで横溝そのものではなく、横溝的な何か、ですから)。


08/08/22
真藤順丈「地図男―ちずおとこ―」(メディアファクトリー'08)

 真藤氏は1977年東京都生まれ。本書『地図男』で第3回ダ・ヴィンチ文学賞大賞を受賞し、デビュー。本書が初単行本。但し既に『庵堂三兄弟の聖職』で第15回日本ホラー小説大賞の大賞を、『RANK』で第3回ポプラ社小説大賞特別賞を受賞済という大器である。

 とある仕事の関係で都下と関東各県を歩き回ることの多い〈俺〉は、ある日、大判で書き込みが多数入り付箋紙が付けられまくった地図帖を小脇に抱えた男と出会う。男は年齢不詳、季節を問わずシャツやコートを重ね着しているが、身だしなみは清潔。そして神出鬼没。彼に尋ねると、関東域内の地理に関しては、本来は地図に書いていないはずのことまでぴたりとした場所が見つかるのだ。まず最初に語られるのが、生まれた時から音楽の天才で、三歳の時に理解のない親の手から放れて大脱走を繰り広げる子どもの話。関東近県を荒らし回る山賊ノワール。東京都内、人知れず繰り広げられる「区」のマークを刺青したもの同士の戦い。そして、幼い頃から暴力衝動に従って生き抜いていったムサシと、身内の死から自分の生を確認するがために、睡眠時間を惜しんで動き回り喋り廻っていた女の子・アキルとの出会いと別れの物語。地図男の地図からは、様々な物語が語り出されてきて……。

シンプルな大枠に囲まれた、ビートとリズムに乗った規格外れのエピソード。緩やかにまとまる心地よさ
 デビュー前新人が投稿作品で行うには危険すぎる技巧をさらりとやってのけている。 受けた印象は、最初に古川日出男を読んだ時の衝撃に近いか。数々の無関係に思えるエピソードを、SFともファンタジーともつかない大枠で緩く緩く取り囲んで奇妙な物語を形成しているという技巧に満ちた構成。そこで東京近辺の都会を舞台にしているところ、更には若い世代の文化をすんなりと物語に溶け込ませているところなども古川氏の諸作イメージと重なり合うため、更に印象は近くなる。
 が、古川氏の作品がロックのビートを刻むとするならば、この真藤氏のビートはパンクのそれ。構成は近くてもリズムは異なる。キレと流れを重視する古川氏に比べ、エピソードそのものを完結させ破壊しようとするような独特の意志がこの作品にはある。ただ、物語を破壊するようなリズムに関しては、既に舞城王太郎氏が物語で刻んでおり、その分、この作品における個々のエピソードのテイストは舞城氏にむしろ近いように思える。まさか真藤氏が覆面を貫いている舞城氏の別名義ってことはないだろうけれど。舞台が福井とか調布じゃないし。
 物語自体の奇想であるとか、特異性というのは独特。 ただ、上述二人と異なるのは(この一冊だけで何が判るという気もするが)、物語をくるむ枠組みに一定の意味合いを読者にも明かすかたちで付加しているところ。古川日出男も舞城王太郎も「凄い」という感覚で物語を飛ばして走らせるため、読者を置いてけぼりにする傾向があるが、その点は真藤氏の作品は易しく、優しい。それでも、この作品は何を言っているのか判りません、という人もいるだろうけれど、結局のところ、この物語の感覚に同化して素直に個々のエピソードにどきどきしながら読むというのが正しいと思うのだ。

 既にホラー小説大賞の作品も本屋に並んでおり、個人的にはそちらが本命(?)なのだけれど、先に『地図男』を読んでみた次第。少なくとも、読者を引き付ける力には並々ならぬものがある作家だけに、今後の活躍は多数の賞受賞とは無関係に成功が約束されているように感じられた。


08/08/21
太田忠司「誰が疑問符を付けたか?」(幻冬舎'08)

 『ポンツーン』二〇〇四年三月号から二〇〇八年三月号にかけて不定期で掲載されてきた京堂夫妻シリーズの短編をまとめた作品集。『ミステリなふたり』に続く二冊目ということになる。ちなみに前作刊行が'01年で『ポンツーン』再開が'04年と間が空いているのは、やはりこのシリーズ根強い人気があったということなのかも。

 浴室で発見された老女の死体。その浴室内部のポールにはには無数のヌイグルミが縛り付け、吊されていた。 『ヌイグルミはなぜ吊される?』
 自室で殺害されていた女子大生。しかしその遺体の上には捌かれたばかりのハマチの刺身が乗せられていた。 『捌くのは誰か?』
 実業家が自宅に設置した半地下のAVルーム内で銃殺された。遺体の窓の側にある見事な松の木が被害者自身の手で一週間前に伐採されていた。 『なぜ庭師に頼まなかったか?』
 お堅いことで有名な経理課長が川縁で女装姿で殺害されていた。彼にはそんな趣味は無かったはずなのだが、なぜ? 『出勤当時の服装は?』
 その女性は橋の上で何者かに襲われ男を突き落としたという。しかし、発見された遺体は男性が二人。彼女はどちらを殺した? 『彼女は誰を殺したか?』
 有名なゴミ屋敷を掃除に来た業者二人組のうち一人が殺された。しかも庭もゴミで埋まった屋敷の内部でその現場だけゴミひとつなかったのはなぜ? 『汚い部屋はいかに清掃されたか?』
 我が儘に生きる画家が自宅で殺害された。画家の飼う大きな犬が出入りできるよう、その時間帯も施錠はされておらず、犬は勝手に散歩していたというが……。 『熊犬はなにを見たか?』
 若い女性が自宅で殴殺された。彼女が通っていたらしいジムを調べに間宮と生田が訪れたが、そこは新太郎も通うジムだった。ジム内部の仲違いが原因だと新太郎は見抜くが……。 『京堂警部補に知らせますか?』 以上八編。

京堂家は相変わらず妻も夫も絶好調。妻の秘密はいつか同僚たちにばれるの……か?
 おおっと。自分で↑みたいなことを書いてしまったが、同僚にこの”氷の女”の真実がばれる時。これはそのままシリーズ終了を意味するような気がしてきた。これはまずい。なので、きっとばれそうでばれない、ないし、誰かが疑念を抱くものの、最後まで気付かない、くらいを希望。
 閑話休題。噂の京堂夫妻、復活。姉さん女房にして、愛知県警捜査一課を事実上取り仕切る遣り手・捜査一課の鉄女(鉄道好きに非ず)、氷の女と呼ばれている京堂景子警部補。そして家の中で彼女をめろめろに溶かし甘えさせる頭脳明晰な年下の色男にしてイラストレーター・京堂新太郎。前作に引き続き、景子が捜査にあたり、一旦自宅に持ち帰って新太郎に謎解きをさせ、景子が現場で犯人を指摘する――という基本的なアイデアは踏襲されている。 その景子の職場と家庭での凄まじいギャップと、新太郎が彼女に対しておろおろするところに時にほのぼの、時に爆笑もののユーモアがあるというパターンも、ある意味同じ。ただ、本作はその見せ方に変化があって全く飽きさせない。
 ちなみに各短編の題名は古今東西の有名なミステリ(一冊は評論集ですが)のうち、問いかけの形式で題名が付けられたものを、作品内容に合うようにパロディ化してつけられている。更に、作品のそれぞれに発生する殺人事件が、そのパロディ化された題名に則った内容になっている点でいきなり面白い。殺人事件現場の女体盛りなんて、誰が普通思いつきますか。
 また同様に太田忠司さんの職人意識というか、芸達者だと感じたのは、その事件の奇妙さだけでなく、基本を忠実に守りつつも物語の描き方を毎回変更している点。先に景子による相談があって事件が語られたり、新太郎自身が直接的に探偵役をしたり。特に本作で多かったのは、景子が電話で新太郎に教えを請う場面。安楽椅子探偵でもある新太郎の推理の冴えはもちろん電話でもOKなのだが、新太郎と会話する毎に屋外でも”氷の女”の仮面が外れてしまう景子さんがまた面白いのだ。
 もう一点、ロジック型のミステリとして、それぞれ短い中にきっちりと趣向が凝らされている。 短編なのにきっちりレッドへリングや、犯人ではない容疑者を登場させる。また、一件奇妙にみえる事件に、論理が加わるといっぺんに見えていた物語が反転する――といった快感は、むしろ本作の各編の構成と設定がうまくいっているからこそ得られるものだ。

 文庫にもなった『ミステリなふたり』をまず読了してから本書は手に取られた方が良いでしょう。(そうでなくとも楽しめますが)。 本書はいわゆるユーモアミステリーの系譜に連なるし、様々な登場人物がそれぞれ役目を果たして個性一杯に登場するところも重要。さりげなく軽い物語であるのに、その裏側に周到にして緻密な采配が隠されているのがわかる――そういったシリーズ短編集である。