MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


08/09/10
有栖川有栖「壁抜け男の謎」(角川書店'08)

 有栖川有栖氏による『ジュリエットの悲鳴』以来、ほぼ十年ぶりとなる、完全ノンシリーズの、しかも様々なジャンルの短編がぎゅっとまとめられた作品集。各種アンソロジー向けの作品や新聞向けなど一九九八年から二〇〇七年にかけて発表された作品が収録されている。

 女友だちのストーカーを退治しようとした探偵が逆に襲われているあいだにそのストーカーが殺害されてしまう。現場は監視された密室状態でその地域の範囲内には僅かな人数しかいなかった。見つからない凶器はどこに? 『ガラスの檻の殺人』
 ギャラリーから盗まれた「壁抜け男」の絵。犯人はなぜか迷路に絵を置き去りにしていたが、その犯人の姿はどこにも見あたらない。 『壁抜け男の謎』
 鬼貫パロディ。岡山駅構内で男性の刺殺死体が発見された。その人物は「王」の字のダイイングメッセージを残している。殺害されたのは保津川警部、そして亀岡という同僚の刑事に疑いがかかるが、彼には九州に居たというアリバイが。 『下り「あさかぜ」』
 人気アーティストが自宅で殺される事件が発生した。そのアーティストが死の直線に誰かに電話を掛けているのを目撃した金田少年が作家の錦田一に報告する。錦田は友人からその電話は本人が自宅留守番電話に掛けたものだと知らされるが……。 『キンダイチ先生の推理』
 中井英夫オマージュ。巨大な帝国が独裁者がいるという国に対してミサイルを発射したという日。青年はある作家のことを思い浮かべつつ当てもなく歩き、動物園へとたどり着く。ある鳥のいる池の前で青年は不思議な男に声を掛けられる。 『彼方にて』
 盛りを過ぎた俳優と腐れ縁のマネージャー。離島の村に滞在していると分限家の三人娘の殺人事件に遭遇してしまう。彼女たちは『獄門島』さながらの見立て状態で次々と発見されたのだが……。 『ミタテサツジン』
 地獄ではお箸が長すぎて食事が出来ない。天国ではお箸が長すぎても互いに食べさせあう。そんな話。 『天国と地獄』
 日本語の乱れについて嘆く所長が使った「ざっくらばん」。スパイ疑惑のある研究所内では……。 『ざっくらばん』
 ある作家の作品を褒めた評論家が、その作家から何故か暴力を。果たしてその作家は何に怒ったのか。 『屈辱のかたち』
 阪神タイガースと虎を限りなく愛する男が殺された。死体からは首が持ち去られており……。 『猛虎館の惨劇』
 自分の実存に疑問を抱き、精神科医に相談するが男は精神科医の実存まで疑いだす……。 『Cの妄想』
 山の中に突如現れた本屋。二人組の男はその本屋に入るが、本に辿り着くまで何かと注文があって……。 『迷宮書房』
 猟奇連続殺人が発生しており、その参考人としてあげられた美術愛好家。彼は怪物画を得意とするある画家を高く買っていた。 『怪物画趣味』
 未来の日本では子育ては育児ロボットにまかせるのが普通。幼い子が「ジージー」と呼んで慕うロボットがいた。 『ジージーとの日々』
 恋の精算に現在の恋人に隠れ名古屋を訪れた男。電話中に地震のテロップをみて慌てて偽装するが……。 『震度四の秘密』
 夏の別荘地で十歳の女の子と出会った大学生。年を離れた愛情を彼女に対して抱いてしまった青年は……。 『恋人』 以上十六編。

有栖川有栖氏は本格ミステリ一辺倒ではなく、時に幻視を行うような創作の幅を持つということ
 有栖川氏を狙って追いかけているという自覚は全くないのだが(さすがに単行本は毎回購入しているが)、本作でもアンソロジーに発表ないし収録されている作品の過半は読了しているものだった。一口にアンソロジーといっても鮎川哲也もの、金田一耕助ものまでは「本格」という括りに入るだろうが、、中井英夫もの、阪神タイガースものに異形コレクションに更には津原泰水氏監修の官能アンソロジーと、分野的には多岐にわたっており、異形は該当巻を読んでいないだけということで、何か有栖川氏の好みというか引き受けた仕事に対する自分の嗜好に関して不思議な巡り合わせを感じる。(まあ、小生以外にはどうでもいいことです、すみません)。
 久々のノンシリーズ、更にはノンジャンル短編集ということでその収録バリエーションを楽しんだ。 本格を指向する作品が前半にあるが、冒頭の『ガラスの檻の殺人』は、犯人当てという特質もあって真相凝りすぎ。シチュエーションは面白いのだけれど、凶器の隠し方だけがポイントになってしまうのは何か勿体ない。但し――、この論理的筋道は、犯人当てドラマ「安楽椅子探偵」でみられる理屈で構成されており、両者の共通点がぼんやり見えてくる点は興味深いところ。
 ただ、『下り「あさかぜ」』にせよ『キンダイチ先生の推理』にせよ『彼方にて』にせよ『ミタテサツジン』にせよ――さすがに原典を知らずには微妙に面白さに差が出そうな印象。『彼方にて』はさすがに極端だが、その他の作品も一応は何の予備知識がなくとも理解できる構成になっているものの、それだけだと浅いという評価になるのは仕方ない。文体の細かな点や使われている言葉で欣喜雀躍できるような変態マニア(含むオレ)向けだともいえそうだ。
 ただ、本書で特徴的なのは謎解きに強くこだわっていない作品が数多く収録されている点だろう。やはり傑作は直接的な描写がほとんどないにも関わらず徹底的なエロティシズムに満ちた『恋人』。相手の身体の一部を手に入れるやり方、そしてその愛で方が背徳的にしてなんともエロティック。また『ジージーとの日々』には微妙に驚かされた。SF家族小説なのだ。ちょっとしたどんでん返しがあるとはいえ、基本的にはSFのまま物語が閉じている点に驚き。こういう作品も書かはるんやー、ということで驚かされた。他もミステリとしてのオチがほとんどない作品もあり、創作の幅というか方向性が、常に本格を向いているわけではないという点、折角なので気付いておきたい。

 本格ミステリ作家の有栖川有栖だけが好きな方には微妙な作品集だが、有栖川有栖の作品が好きと虚心で楽しめる方にむしろ向く。また前回『ジュリエットの悲鳴』当時に比べると文章も間違いなく上達しており、遊び心という点では双方十二分に横溢している。


08/09/09
江戸川乱歩「魔法人形/サーカスの怪人」(講談社江戸川乱歩推理文庫'88)

 『魔法人形』は乱歩が初めて女性児童向け雑誌に連載した作品で『少女クラブ』誌に昭和三十二年一月号から十二月号にかけて連載された作品。また『サーカスの怪人』は『少年クラブ』に同じく昭和三十二年一月号から十二月号にかけて連載、発表されている。

『魔法人形』 小学校六年sねいの宮本ミドリと甲野ルミは帰宅途中に腹話術人形を操る謎の老人と出会う。老人は青山に住む黒沢と名乗り、興味を持つルミを車に乗せる。しかし老人は青山ではない遠い古びた洋館に彼女を連れ去り、アトリエにある多数の人形を見せる。ルミはそこで永遠の美しさを手に入れたくて自ら人形になったという紅子と出会った。一方、甲野家にはルミの身代金を要求する電話が。捜査にあたった明智は黒沢が人形師の赤堀鉄州だと調べ、小林少年が派遣されるのだが……。
『サーカスの怪人』 少年探偵団員の井上と野呂の二少年は骸骨の顔をした男と屋敷町で出会う。骸骨を追跡した二人は、サーカスのテントに骸骨男が消えてゆくのを目撃。上演中のサーカスは神出鬼没する骸骨男のせいでめちゃくちゃになる。サーカスの団長・笠原氏は、息子の正一が学校で野呂少年と友だちになった関係から少年探偵団に警備を依頼した。しかし、笠原氏は宿泊所代わりのバスの内部で骸骨男と格闘、さらに「自分の手で息子を殺すことになる」という不気味な予告状が届けられてしまう。正一少年は巧妙な手口で誘拐されてしまい、そして……。

これまでの停滞を打破する新展開『魔法人形』、遠藤平吉の名前が初登場する『サーカスの怪人』
 まず『魔法人形』。題名に人形という言葉が含まれているだけでなく、いつもであれば不気味な怪人物に唆される人物が少年であるところが少女である点がまず新鮮だ。少女を屋敷に誘い込み、永遠の美を手に入れたいので人形になることを選んだという若い美人女性が登場するあたり、乱歩らしい幻想味が嫌味なく二十面相シリーズに溶け込んでいる。また、明らかに怪しい赤堀鉄州なる人物が登場するも、これを完全にレッドヘリングで使うところも「おお」と感心する。この時期、中期の少年探偵団シリーズであることを考えると、90%くらいの確率でこういった怪人物は二十面相、少し譲ってもその手下であろう、というシリーズ読者の常識の裏をみごとにかいてくれている。
 残念ながら中盤までの緊張感とは裏腹に後半のどたばたぶりについては他の二十面相シリーズとあまり変わるものではなく、やはり前半部がポイントとなる作品だといえるだろう。
 『サーカスの怪人』。全体的には他のシリーズ作品と同様の形式を踏襲している(というと聞こえは良いが、ワンパターンともいう)のだが、これまで何故かほとんど出てこなかったサーカスを主な舞台として設定しているため、アクロバティックなアクションシーンが多数配されている。空中ブランコを使った手に汗握る攻防など、印象深い。また他の作品でも二十面相は軽業師の修業をしていたのでは、という明智の確信めいた記述があるのだが、本書に至っては二十面相の正体をフルネームで明かしているのがポイントだ。この人名自体は他の作品でも触れられるものの、作者自身はそれほど重要視していないようにも思われる。だが、この遠藤平吉というキーワードは、この二十面相という人物を知る手掛かりして、書誌的にも大きな役割をその後果たして行く。

 『魔法人形』は、正直、中期の二十面相シリーズのなかでも最も高い完成度を誇るといって良い。もちろん擦れた読者にはお見通しかもしれないながら、全体としてのバランスや新しい着想が多く利用されており、これだけ集中的に読んでいるのにむしろ新鮮な印象がある。『サーカスの怪人』は、上述のアクションがやはり読みどころ。


08/09/08
江戸川乱歩「黄金豹/妖人ゴング」(講談社江戸川乱歩推理文庫'88)

 『黄金豹』は『少年クラブ』昭和三十一年一月号から十二月号にかけての連載作品。(この時期『少年』には『魔法博士』を連載)。『妖人ゴング』は『少年』昭和三十二年一月号から十二月号にかけての連載作品。ただ、この昭和三十二年に乱歩は『少女クラブ』『少年クラブ』に加え、幼年雑誌にも連載しており、少年向け多作の時期。その分作品内容は全般に薄味になっている。

『黄金豹』 東京都内の各所で金色に光る「豹」が目撃される事件が発生。駆け付けた警官が後を追うのだが、豹が道を曲がった瞬間に姿が消え失せ、老人はそんなものは見なかったという。それから一週間ほど後、銀座で再び黄金の豹が目撃された。美術店から出現したあと、悠々と銀座を歩き回り、やはり西洋館の庭で豹は消え去ってしまう。三日後、銀座の宝石店に黄金の豹が現れ、口に宝石を咥えたまま奥の部屋に飛び込み、密室であったにもかかわらず消え失せる事件が、さらに銀行に訪れた客が突如黄金豹に変身する事件が。続いて黄金豹は少年探偵団員・園田君の父親が持つ、豹の置物を狙う。
『妖人ゴング』 明智文代の姉の子どもで新しく少年探偵団の顧問に迎えられたのは、若く可愛い少女探偵・花崎マユミ。彼女は高校を出ると明智の助手として働くことにしたという。ある晩、銀座のビルに巨大な悪魔の影がサーチライトで照らし出され、ウワン……ウワンと不気味な声を鳴り響かせた。続いては渋谷で、続いて花崎家でもウワン……ウワンという大きな声を発する化け物が現れる。判事でもある花崎家の主人に怨みを持つ者という疑いがあったが、その謎の怪人から、花崎マユミを誘拐するという予告の電話が掛けられてきた。

誰かを想起させるネコ夫人に、少女探偵・花崎マユミ。新キャラが登場してシリーズを盛り上げてゆく二長編
 まず『黄金豹』。 動物かぶり物シリーズとしては何度目かに相当するのだが、本作は単純に全てを人間が被っていたのではないという点に工夫が感じられる。(ただ、残念ながらその工夫で押し通せず、従来通りのパターンも登場するのが些か残念な気がする)。また工夫という意味では、園田家の地中に埋めた宝物盗難に微妙にこれまでの二十面相のパターンからの逸脱を感じる。手口自体は単純なのだが意外とこれまで使われてなかった手ではないか。
 また、後半に至って二十面相の仲間と思われる、ネコ娘、そしてネコ夫人と呼ばれる二人の女性が登場する。 特にこのネコ夫人という存在は、二十面相シリーズから明智夫人である文代さんが高地療養に追いやられ、その後言及すらほとんど無くなってしまう時期に登場することもあって、様々な推論の対象となる人物。ここは深読みし出すときりがないし、また面白そうではあるなあ。
 一方『妖人ゴング』。 こちらは後の作品でも登場する花崎マユミの初登場作品にあたる。彼女の冒険がひとつ物語のキーにはなっているのだが、お宝を盗み出すのではなく全編が復讐譚となっているのが特徴。その結果、二十面相シリーズでありながら、乱歩の通俗長編にも似た味わいがある。空に浮かんだり、池に浮かぶゴングの顔というトリックはちゃちな一方で、小林少年が本当に瀕死になるような拷問的責め苦が登場する場面があったり、反対に二十面相もまた水責めによって泥臭いいじめに遭わされる点など、後半部に特色のある作品である。

 さすがに『黄金豹』は、これまでの流れのなかの作品で二十面相の愉快犯的性格が強く打ち出されている一方、物語構成自体はちゃちとはいえ『妖人ゴング』は奇妙な迫力がある。通俗もの乱歩がお好きな方であれば『ゴング』には結構ツボめいたエピソードがあるのではないだろうか。


08/09/07
小路幸也「21 twenty one」(幻冬舎'08)

 幻冬舎の小冊子『パピルス』5号(06年4月号)、8号(06年10月号)、10号(07年2月号)、12号(07年6月号)、15号(07年12月号)に掲載された作品を、加筆修正のうえ単行本化した長編作品。ノンシリーズだがテーマ的には『モーニング』とはもしかすると姉妹関係にあたるかもしれない。

 「二〇〇一年、二十一世紀に二十一歳になる二十一人のクラス」……一学年に男子十一人、女子十人、全部で二十一人で一クラス。入学式の時に担任だった韮山先生が言ったひとことが、二十一人に強い絆をもたらす。やがて卒業しそれぞれの進路に進んだ彼らも今や二十五歳となり、地元に残る者、日本全国に散らばる者もいるが一様に社会人となっている。クラスメイトで結婚した者が二組、そして交際している者もいる。近くに住む者同士は偶に会って飲んだり、インターネットの掲示板で近況を伝えあっていたなか、クラスメイトの一人半沢晶が自殺したとの報が駆けめぐる。場所は中学校の教室、首吊り自殺。男性ながらキレイな顔つき、そして音楽業界を目指しながらも芽が出なかったけれど、人一倍気遣いのできた晶。彼の死に接し、それぞれが彼の死の理由を想像し、自らの持っている情報に向き合うことになる。そしてお通夜の晩、残された二十人は再び中学校の教室に集まる。

一人の死をきっかけに浮かび上がる人間模様の妙。時を超える人間の繋がりを考えさせられる
 物語として凝った構成によって紡がれている。姉妹編(?)となる『モーニング』では基本的に”私”の一人称のロングドライブものだった一方、同じように旧友の死から物語が始まる本編では、残された二十人のうち、主要人物たちの視点によって短編程度の物語が描かれ、それらが組み合わさることで長編となっている。ホームページに記載されていたと思しき、クラスメイトの近況表がさりげなく秀逸で、多数の登場人物の整理を自然なかたちで行っている。
 上京して働いている糸井凌一、実家を改装して喫茶店を営む満田佐衣、金物屋を継いで地元で生活する松元俊和と、彼と結婚した留美……。彼ら、彼女らが晶の死に接して、中学時代の様々なエピソードを回想しながら、晶の近況、そしてもしかしたらそれが自殺の原因ではなかったかというエピソードについて触れてゆく。この段階的に双方を読者内部に醸成していく作者のテクニックが小憎い。個人的には晶の死の理由よりも、「想い出の多い中学校生活」を送ってきた彼らが思い出す様々な欠片の方にインパクトを感じた。中学生の少女が突然自宅にいられなくなって友人宅を泊まり歩く生活を余儀なくされたり、台風で自宅に巨木が突っ込んだ先生の家を片付けたり。そうそうありそうにないエピソードが自然なかたちで語られてゆく。一方では、現在の二十五歳という二十人が皆幸福ではないという事実も(不倫とかも)さりげなく織り込み、ハッピーだけの物語にしていないところもポイント。この結果、過去は明るくも現在はグレーという微妙なトーンが物語に生じており、その陰影が深みとなっている。
 一方、晶の自殺理由については微妙。個人的にはこれで良いと思うのだが、もう少し伏線が欲しかったかも。(いや、伏線がないことが即ち伏線か)。ただ、クラスメイトそれぞれの様々な意味での逞しさに比べて、晶の弱さが目立つ点がなんともツライ。

 物語としては完結しているものの、エピソードの触りだけあってその後どうなったのかよく判らないところなどあり、普通の長編では物足りない(つまりは、もっと詳しく長期間にわたる彼らのこれからが読みたいということ)。考えようによってはここまでベタな付き合いをする中学校のクラスメイトというのも微妙だけれど、その当時からの付き合いが今なおどれだけ残されているかという我が身を振り返ると、やはり彼らが少し羨ましく感じられる。


08/09/06
桜庭一樹「荒野」(文藝春秋'08)

 二〇〇五年六月にファミ通文庫にて刊行された『荒野の恋 第一部』及び同じく二〇〇六年二月に刊行された『荒野の恋 第二部』が加筆修正され、書き下ろしの第三部が加えられて刊行された長編作品。『私の男』で桜庭さんが第138回直木賞を受賞後の初単行本にあたる。

 恋愛小説家を父親に持つ山野内荒野、十二歳。接触恐怖症を持ち、母親はおらず、父親と世話係の奈々子さんと三人で暮らしている。荒野の中学校入学式。締切前の父親は同行せず、荒野は北鎌倉から鎌倉へJR横須賀線に乗車して一人で学校に向かうが電車の扉に服が挟まれてしまう。それをさりげなく助けてくれたのが、同じ学校へ通う神無月悠也という少年だった。二人は同じクラスで学級委員に任命されるが、悠也は荒野に対して一貫して冷たい態度をとり続ける。すぐに田中江里華、そして湯川麻美の二人と荒野は仲良くなる。入学して一ヶ月ほど経った頃、荒野は眼鏡をコンタクトに変えたくて、家が眼鏡屋だという悠也の家を訪れ、その母親とも対面する。そして荒野の父親・山野内正慶の再婚相手が、悠也の母親蓉子であることを知らされる。悠也はずっとそのことを知っていたのだが、荒野は知らなかったのだ。涙を流しながら奈々子さんは家を出て、やはり正慶と関係があった女性編集者が乗り込んでくる。しかし、女性にだらしない正慶は一向に頓着しない。悠也と荒野は一つ敷地内に暮らし始めるが、悠也は米国への留学を決め、家を出るのだという。

思春期の女性心理の繊細に描き出す一方で、ラノベ特有の脚切りがあるのかどろどろが間接的な成長小説
 桜庭一樹という作家は、女性心理を描くのに長けている。特に世間一般の流行に流されやすいそれではなく、自分で考え、自分で行動する女性のそれが、実際リアルかどうかは(小生が男性だということもあって)不明ながら、繊細に描かれていると思う。男性からするといわゆる「訳のわからない」と思うであろう、考え方や友情、そして恋愛への気持ちであるといったところが、ある意味赤裸々に素直に活字になって並んでいる印象だ。
 特に、自分で考えて自分で決める彼女たちの行動は、世間一般の平均的な女性のそれとはズレがある。 そのズレに相当する部分の描写、軌跡の演出が絶妙に上手い。世間的には「変わった子」になるような子ども→少女の思考回路はこうなっているのか(この作品に限っては)というあたり、非常に興味深かった。作者自身がそのような子どもだったのかもしれないが、年齢を経るにつれ主人公や、その友人たちの行動や考え方の変化までもがさりげなく取り入れられており、彼女たち自体には不思議さが伴うながら、全体としては気持ちの良いビルドゥイングス・ロマンとなっている。
 また、ラノベゆえの制約もあろうが、主人公の荒野自身に関係する恋愛行動は、その接触恐怖症も相まって非常に微笑ましいレベルに留まる。純粋な、でも幼い愛情が交わされる場面はむしろ開き直っているようで潔い。『私の男』にて表現されたようなどろどろさは無く、その上積み部分のキレイな関係で物語自体が紡がれている点もまた特徴に挙げられるだろう。
 一方で、父親の正慶を巡っての大人の女性の強烈な鞘当てなどのピリピリした展開も独特。荒野自身は鈍感なのかあまり気付いていないようだが、父親VSその他女性たちの図式を常に描き出すことによって、荒野の世界と、大人たちの世界の二面性をも物語に取り入れているようだ。
 全体的に毒もあるし涙もあるけれど、それでもやはり展開はラノベ風。ただ――通り一遍の主人公ではなく、その繊細な心情からきっちり描写しているところに一定の文学性があるように思われる。十二歳から十六歳、子どもから少女、少しずつ大人になりつつある主人公の心理変化をさりげなくもしっかり演出しているところはやはり作者のセンスが生み出した大きなポイントになっている。

 ミステリではなく(多少人間関係にサプライズもあるけれど)、やはり分類するならば恋愛小説の分野ということになるのか。読みやすく平易な文章、さらに唐突に現れる蘊蓄など、桜庭さんらしい作品になっていると思う。安心して誰もが読める一方、一部読者はもしかすると物足りなさを覚えているかもしれない。


08/09/05
江戸川乱歩「灰色の巨人/魔法博士」(講談社江戸川乱歩推理文庫'88)

 戦後は光文社発行の雑誌『少年』に発表の舞台を限定していた乱歩が、そのライバル誌でもある『少年倶楽部』に出馬を促され昭和三十年一月号から十二月号にかけて連載発表したのが『灰色の巨人』。一方、同じ昭和三十年の一月号から十二月号にかけて『少年』に発表したのが『魔法博士』。両者は同時期にライバル誌に発表された、同じシリーズ作品ということになる。

 『灰色の巨人』 東京のデパートの展示会に出品された真珠の置物「志摩の女王」が、持ち主と職人に偽装された二人組によって盗まれた。デパートの屋上からアドバルーンで逃げたと思しき犯人。墜落したアドバルーンからは「灰色の巨人」からの挑戦状が残されていた。それから十日ほど経過して、銀座の宝石商から少女によって首飾りが盗まれる。しかも灰色の巨人は、これは挨拶であり後で店内の宝石全てを盗み出すと予告。宝石商は明智小五郎と小林少年に警備を依頼した。少女と一寸法師、そして当日、大男の三人組が現れた。明智の機転もあり盗難こそ免れるが、小林少年もまた尾行に失敗してしまう。 
『魔法博士』 少年探偵団の井上と野呂少年二人は渋谷区の屋敷町で映画を見せながら駄菓子を売る怪しい男に出会う。道化服を着ていたかと思うと、車で少し移動するあいだに黒い仮面を被ったモーニングに早変わり。更に二人が追跡したところ、男は大きな虎へと変身した。男は自分が変装の名人だということをアピールしたいのだと説明、二人がBDバッジを残しつつ追跡するが、逆に神社の境内で黒装束の男たちが現れ囚われの身となってしまう。彼らは魔法博士のアジトに連れてゆかれるが、そこには不思議な置物やロボットが多数あった。現れた魔法博士と名乗る人物は、明智小五郎と小林少年も盗み出すと少年たちに広言する。

徐々にだが、物語の中心が少年探偵団中心に移行してゆき、ファンタジーめいた体験が語られる
 まず『灰色の巨人』だが、シリーズ後半でしばしば登場し、二十面相(の正体)を語るうえで欠かせないサーカスが初登場する。「灰色の巨人」という思わせぶりのタイトルながら、実際は犯人の正体を指し示しているのではないのが一つポイントの作品だが、謎の美少女が登場したり(頼まれてやったというあたりに若干の不満が残るが)と、二十面相が二十面相とその他大勢の役に立たない手下だけではなく、こういう特徴ある人物が登場すると物語は盛り上がるように思う。展開はそろそろパターンとはいえ、この方向で盛り上げるのは良い感じ。
 また『魔法博士』。このネーミングそのものは、別の乱歩作品に登場する雲井良太もこの名前を名乗っていたこともあって若干ミスマッチ感が漂う。ただ、本作についてはお宝を盗み出す以上に、少年探偵団や明智・小林少年に対する粘着度合いが強く、また捕らえてきた人質に対する過剰なエンターテインメントが面白い。結果、二十面相と少年探偵団との知恵比べというかたちに昇華しており、他作品でちらちら語っているテーマを思い切ってメインに据えているところがポイントになる作品か。アジト内部に、胎内巡りを作っているあたり、真面目に考えると訳が分からないけれど子どもたちを驚かすためだけにこれをやってしまう二十面相、愛すべし。

 このあたりの作品群がちょうど明智小五郎対怪人二十面相の図式から、少年探偵団対怪人二十面相へと移行する過渡期にあたる印象。少年たち、特に少年探偵団員が命ぜられるではなく自発的に怪しい人物を追跡して危難に陥る展開は、ある意味、少年探偵団自体の成長を示唆しているともいえるように思う。


08/09/04
江戸川乱歩「鉄塔の怪人/海底の魔術師」(講談社江戸川乱歩推理文庫'88)

 『鉄塔の怪人』は雑誌『少年』に昭和二十九年一月号から十二月号にかけて、『海底の魔術師』は、同じく『少年』に昭和三十年一月号から十二月号にかけて連載された作品。この『海底の魔術師』執筆以降は、少年物は『少年』だけではなく、『少年倶楽部』という別の雑誌でも連載が開始されていたという。

『鉄塔の怪人』 明智の探偵事務所付近に髪も髭も真っ白の謎の老人が現れ、のぞきからくりの箱を小林少年に見せつける。その中には深い森のなかにある西洋の城がパノラマされており、その塔上には黒いカブトムシが見えた。老人はこの光景を覚えておくよう言い残し、車で去ってゆく。数日後、銀座を巨大なカブトムシが襲い、更には会社社長・高橋太一郎宅に謎めいた若い男が現れ、鉄塔王国に一千万円寄付するよう脅迫する。銀座のカブトムシは彼らの守り神で、背くようなら次男の賢二を誘拐するという。
『海底の魔術師』 沈没船の引き上げを行うサルベージ会社が房総半島沖で貨物船の引き上げを行おうとした現場で、二人の潜水夫が鉄の人魚のような奇妙な生き物を発見する。ゴリラのような顔に牙の生えた口は耳まで裂け、目が青白く光り、身体全体は鰐のようで鱗と尻尾が生えていた。海の底の魔物を自称する鉄の人魚はその後人前に姿を現すようになり、金塊を積んで難破した「大洋丸」の、本当の沈没位置を記した海図を巡り、更にはその金塊を巡って鉄の人魚団と明智小五郎・小林少年が対峙する。

二十面相シリーズでも随一の奇妙にして珍妙な「敵」&珍しい海洋冒険奇談のカップリング
 数ある二十面相シリーズだが、このあたりから徐々に「怪人」ぶりが強調されていくように思われる。特に『妖虫』を下敷きにしている『鉄塔の怪人』は、謎のカブトムシの着ぐるみ(ロボットとは違いますよねえ)の奇妙さに心を奪われる。これまでも動物の着ぐるみといった四つ足までならば登場していたのだが、今回は虫である。脚六本。手足は入らないはずの虫なのにかさかさ動き回る不思議。残念ながらそのギミックについては詳細な記述がなく、果たしてどのように動き回っていたのか想像するに不思議さが有り余る。
 また『海底の魔術師』は、単体としてはそこそこ出来の良い作品だと思う。(カブトムシの後だから余計にそう感じるのかもしれないが)。鉄の人魚が発する「ジャ、ジャ、ジャ、ジャ」という不気味な声が雰囲気を盛り上げているし、鉄の人魚ということもあって、明智と怪人が争う対象が沈没船の金塊である点も作品自体を引き締めている。少年物に関していうと、怪人の突飛さはとにかく、その怪人の成り立ちに絞ってある程度テーマを絞っている作品の方がまとまりがやはり良いようだ。ただ、終盤になるとやはり巨大なカニが登場したりはするのだが……。これで遭難場所が暗号だったりしたらもう少し盛り上がったのではないかと思うのだが。
 『少年探偵団読本』黄金髑髏の会・著(情報センター出版局)によると、綾辻行人氏はこの『鉄塔の怪人』におけるラストでは二十面相は死んだとしか思えないと主張したといわれており、その点から読むと「なるほど」と思わされる。他の作品では明智らの捕縛につく二十面相が、カブトムシの着ぐるみのまま数十メートルの高さから落下して終わるのだ。ここからの論の展開は同書の「二十面相の真実」に詳しいので興味ある方は参照されたい。

 ただ、この時点であればそれぞれの発想が微妙に後に現れる怪人たちと異なっていることもあって、それほどワンパターンの印象はない。ただただ、「ああ、少年物とはいえ乱歩さん無茶しはんなあ」という素朴な感想を抱くこともまた間違いのではないか。


08/09/03
恩田 陸「不連続の世界」(幻冬舎'08)

 恩田陸さんの八番目の長編で本書の一部作品と同様に『ポンツーン』に連載されていた『月の裏側』。フィニィの『盗まれた街』にインスパイアされた同作品に登場していた、音楽プロデューサー塚崎多聞が再登場する短編集。「ポンツーン」「パピルス」などにて、2000年から'08年にかけて発表された作品群。

 売れっ子放送作家と川縁で会話をする多聞。彼はいつも不思議な夢の話をしていた。その話を思い出しながら多聞が思いに耽っていると、垂直に伸びたケヤキの木のてっぺんに痩せこけて髪と髭を伸ばした、骸骨のような男がしがみついているのを目撃する。 『木守り男』
 「死にたくなる音楽」を発表する「セイレン」と呼ばれる歌手がいる。噂を聞いた時は作為を感じた多聞だが、偶然からその手掛かりを入手する。その噂の震源地でもある元教師の家を友人のロバートと訪ねた多聞は……。 『悪魔を憐れむ歌』
 多聞がプロデュースするバンドがビデオクリップの撮影でO市を訪れる。しかしメンバーの一人でO市出身の男の顔色が冴えない。彼がいうには、この街で映画の撮影現場をみると人が死ぬというのだが……。 『幻影キネマ』
 女友だちで翻訳家の巴と共に鳥取砂丘を訪れた多聞。彼女が翻訳しているフランス人学者にしてライターが砂丘を訪れた際に、砂丘が消えたのだという。更に美術館で男が一人消失する事件とも遭遇して……。 『砂丘ピクニック』
 多聞の妻・ジャンヌが多聞の前から姿を消した。多聞は多聞で、男の友人三人と夜行列車に乗って百物語をするという奇妙なイベントに参加していた。 『夜明けのガスパール』 以上五編。

恩田陸流を貫く、トラベル”幻想と怪奇”。じわりと忍び寄る何か、切れ味鋭い何か。
 恩田陸さんの小説は、読み出す前に内容が読めない。なんか奇妙な言い回しになってしまったが、前知識無しに読み出す場合、その作品がミステリなのか、ファンタジーなのか、SFなのかはたまたホラーなのか一般小説なのか、ジャンルミックスを得意とし、豊富な読書体験から様々な物語を紡ぎ出す彼女=恩田陸の作品世界は――何がテーマになっているのか、読み終わるまで予断を全く許さないのだ。本書もどうやらその「先読みを許さない」系譜に連なるようで、基本は”幻想と怪奇”時にミステリにして、時には一人の男性の人生を描いた小説という側面までをも併せ持っていた。
 基本は奇妙な出来事があるのだけれど、それを不思議な出来事一辺倒では押し通さない。時にはミステリの解釈が用いられ、時には謎は謎のまま放置されてしまう。このあたりの匙加減と読ませ方が抜群に上手い。また、作者自らトラベルミステリと評している通り、日本各地の風景が短編内部に織り込まれている。さらに、塚崎多聞という人物の周囲にいる人間がさっぱりしていて気持ちの良い人物ばかり。また、ラストの『夜明けのガスパール』に至っては、ある意味そういった多聞周辺の人物の「良さ」がそのまま作品自体のトリックと繋がっている。それまであくまで冷静な観察者を称している主人公。彼に関しての、この作品における結末は実に意外であった。
 また、怪奇現象の喚起の仕方も巧み。その側面からいうと『幻影キネマ』あたりの設定がうまい。また普通の意味でのホラーとは異なるが『夜明けのガスパール』は、主人公自体をサイコな出来事と関係させることで読者の立場を危うくする、ほとんど反則といえる技を使用している。ただ、その結果残される様々な余韻は強烈なのだが。
 個人的には、その『夜明けのガスパール』よりも『悪魔を憐れむ歌』の、静かな狂気の方により魅入られるところがあるのだけれど。このあたりの好き・嫌いは本当に読者のお好みで決まるような気がする。

 正直、塚崎多聞シリーズの短編集といわれてもピンと来なかったが、読んでいるうちに『月の裏側』のことも少し思い出した。ミステリあり、ホラーあり、SFありと、こういった様々なジャンルを「大人の物語」にしてアウトプットしてくる恩田さん。広範な範囲で読者を引き付けるのは、やはり素晴らしいセンスの賜物だろう。無理に前作を読む必要はなく、本書からでも十分楽しめると思われます。(特に恩田陸ファン)。


08/09/02
江戸川乱歩「怪奇四十面相/宇宙怪人」(講談社江戸川乱歩推理文庫'88)

 『怪奇四十面相』は雑誌『少年』に昭和二十七年一月号から十二月号にかけて、『宇宙怪人』は、同じく『少年』に昭和二十八年一月号から十二月号にかけて連載された作品。つまりは、この『少年』という雑誌にはずっと乱歩が何らかのかたちでこの時期連載を続けていたということになる。

『怪奇四十面相』 前作の事件で刑務所に入れられた二十面相。彼は四十面相と改名し、脱獄をすると新聞に宣言をする。明智小五郎が刑務所を訪れるが、その帰りに明智は「透明怪人」が演じられている劇場へ向かう。その明智こそが、つい今し方刑務所を脱獄した四十面相だったのだ。小林少年は四十面相の脱出トリックを見破り、大きな洋館へと向かう彼を追跡。その家の地下室では、三人の髑髏の扮装をした男たちがおり、何やら暗号めいた言葉を解読しようとしていたのだった。
『宇宙怪人』 小学校六年生の平野少年は、銀座で空飛ぶ円盤を目撃する。さらに翌日、丹沢山中にて墜落された円盤が発見されたと新聞で報じられる。円盤の中からはトカゲに似た背中に羽根を持つ怪物が現れ、空に飛び立ったのだというのだ。さらに平野家の近所に住む、科学好きの北村青年が行方不明から帰宅。平野少年と共に明智探偵事務所を訪れ、宇宙人に囚われていたと話す。その数日後、平野少年と姉のゆりかは、木の上から飛び立つ宇宙人を目的、さらに宇宙怪人は平野家の庭に現れ、ゆりかを自分の星に連れて帰ると予告するのだ。北村青年や警察は、ゆりかを囮に罠を仕掛けるのだが……。

めずらしい冒険小説風の展開、超絶SF設定のカップリング。シリーズの振り子が大きく振れた二作品
 正直、完成度という意味では多少問題があるにせよ、面白さという点のみを取った場合、シリーズのなかではかなり上位に食い込むであろう二作品。
 まず『怪奇四十面相』では、脱獄から暗号解読、その暗号のヒントの書かれた宝物の攻防、そして最終的には近畿地方にある「どくろ島」での洞窟探検に至る物語の筋書きが、波瀾万丈にスリリングに展開してゆく。暗号はユニークではあるものの、それほどの興趣はないが、その暗号を解き明かしたあとの洞窟探検のスリルが素晴らしい。(いやもちろん、例の如く四十面相の謎のかぶり物など、ツッコミどころも満載なのだけれど)。また、ラスト近辺のかぶり物だけではなく、小林少年が秘密を盗み聞きするために奇妙な衣装で対応するかと思えば、四十面相は道ばたにあるあるものに化けてしまうなど、ユニークなかぶり物が多数出てくる点で奇妙に記憶に留まる作品となっている。
 一方の『宇宙怪人』。これまたユニーク。空飛ぶ円盤の目撃事件からはじまり、山の中の円盤墜落、宇宙人に拉致されたという青年、さらにはヘリコプターと宇宙人との戦いから、潜行艇に乗っての海の中での宇宙人との戦いに至るまで、「これが現実に起こりえる光景なのだろうか??」とクエスチョンマークで脳味噌が溶けてしまうような場面が次から次へと描写されるのだ。もちろん、これらには現実的な解が登場するのだが……、少なくとも現代のミステリに慣れた読者であれば、いくらなんでもこのオチはないだろうという脱力ものだったりする。(描写についてもアンフェアだし)。まだ、人々のあいだに広まっていない、ある機械を実は犯人が使用したという方が、同じ脱力であってもまだしもしっくりくる。

 ただ――こういった目眩くような展開は、強烈に読者の心を捉えて離さない。ミステリにフェアだとかアンフェアだとかいう概念がない、柔らかい思考の段階であれば、これらは多いに「あり」の展開なのだろう。(さすがに大人になって読むと、面白がる、という楽しみ方になってしまうのだが……)。


08/09/01
江戸川乱歩「虎の牙/透明怪人」(講談社江戸川乱歩推理文庫'87)

 『虎の牙』は雑誌『少年』に昭和二十五年一月号から十二月号にかけて、『透明怪人』は、同じく『少年』に昭和二十六年一月号から十二月号にかけて連載された作品。

『虎の牙』 小学校六年生の天野勇一が遊んでいるところに現れたのは虎の模様のような黄色と黒の髪の毛と真っ直ぐに張った髭、そして黒いマントを被った”魔法博士”を名乗る男。彼は少年たちに様々な奇術をみせる。勇一は親戚の小林少年と友に、その魔法博士の家を訪れるが、奇術を見せられている最中に勇一少年は魔法博士と共に消え去ってしまう。数日後、別の少年探偵団員・花田少年の部屋に巨大な虎が現れた。花田少年は催眠術をかけられ、虎と共に自動車に乗り魔法博士の屋敷へとやって来た。花田少年は虜となっていた勇一少年と再会するのだが……。
『透明怪人』 島田と木下という二人の少年は不気味な顔をした男のあとを尾行、男は廃墟で自分の服を脱ぎ出すが、服の下は透明で向こうの煉瓦が透けてみえた。男の後をつけてきたという黒川という新聞記者は、その男こそが東京に出没している透明怪人なのだという。さらに数日後、透明怪人は島田家に現れる。島田少年の父親は巨大な真珠の塔を所有しており、いきなり現れた透明怪人はその塔を明晩九時に盗み出すと予告をする。島田氏は絨毯の下の金庫に真珠塔を隠し、少年探偵団や中村警部が見張りを行うが、九時を過ぎて金庫を開けると中身は空っぽ。更に怪人の笑い声がどこかから……。

少年たちを不思議な館に誘い、脅かし、盗む。なぜか追い詰められ、だけど捕まる二十面相
 乱歩少年もの強化月間。
 少年探偵団シリーズというか怪人二十面相シリーズというか。それぞれの長編におけるおおまかな基本パターンは、この後の作品も含めて非常に似通っている。 まあ、いわれなくともそうなのだが。怪人物が現れ、少年たちを誘い、閉じ込め、脅す。一方で、少年たちの親が持つ宝物を予告と共に盗み出す。魔法のような手口を使って次なる獲物を盗もうとするのだが、少年探偵団に尾行され(大抵の場合は車のトランクだ)、勝ち誇っているうちにいつの間にか警察に包囲されて悪あがきをしながら捕まってしまう……。
 が、パターンはそれはそれ。このあたりからは、全体が同じであろうとトリックが先の作品で使われていようと気にはならない。(気にしていたら少年ものを続けて沢山は読めない)。むしろ、その細かなディティールの違いが気になってくるところ。本作でいえば、虎のような怪物と透明人間という物語の鍵となるディティール。そして、『虎の牙』ならば、後半になってやたら”増えて”しまう明智小五郎の妙味、『透明怪人』であれば、ヴェルヌばりの透明人間という設定への合理的解決に、さりげなく小林少年に対して使用されているクイーンばりのトリック。とんでもない設定でありながら、(その解決方法には首をかしげるものがあったとしても)、基本的にはSFやファンタジーに逃げず、必ず現実に着地させる剛腕。そういった細かな点の工夫をみると、ああさすが乱歩だ、と思うわけだ。トリックという意味では透明人間の正体というか回答は凄まじいですよね。
 あと、乱歩作品でもしばしば利用される猛獣着ぐるみというテーマが『虎の牙』でも当然のように使われているが、この点に限って現実的にみるならば、やっぱり後ろ脚が問題だと思うのだ。

 とはいっても、作品によってはほとんど小学生時分依頼の再読というものもあり(恐らく今回の二冊がそう)、全くストーリーを覚えていないのに何か懐かしい。それは、ワンパターンがもたらすデジャヴかもしれないにしても。