MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


08/10/10
詠坂雄二「リロ・グラ・シスタ the little glass sister」(光文社カッパノベルス'07)

 光文社の新人公募であるカッパワン登竜門2007にて登場した新人。1979年生まれ。二作目となる『遠海事件』が本格ミステリベスト10などで高い評価を獲得している。

 遠海市西端、周囲に民家もない閉鎖的な丘の上にある私立吏塚高等学校。放課後、戸締まりされる前に通りかかった更衣室で、”私”は、眼鏡が特徴の男子生徒だという認識だった観鞍が女性の証拠を持つところを目撃する。観鞍は逃げるように私のもとから去り、私は事務員と共にセキュリティロックをかけた学校から帰宅する。翌日、学校の屋上から男子生徒の死体が発見された。死んだのは二年の葉群。写真部に所属していた彼は、女子生徒の痴態を撮影して脅迫をしていたという黒い噂を持つ生徒だった。”情報屋”である図書委員・楽山から幾つかの情報を仕入れ、刑事から昨日の話を聞かれた”私”は再び観鞍と出会う。観鞍は、学校内で”名探偵”である私に対し、自分の無実を証明して欲しいと依頼してきた。手品部部長であり探偵でもある私は、後輩で私という名探偵に憧れる時野と共に写真部部室に出掛け、葉群の残した大量の写真と現金を発見する。十年前、学校では女子生徒が首吊りをした事件があった。独自に捜査を進める私だったが、更なる死者が学園に出現することになる――。

一見は皮袋を新しくしただけの陳腐な本格。深読みすると周到に構築された物語の伽藍
 最初は本格ミステリとしての古臭さが鼻についた。不可能というより無意味な犯罪、現実味の薄い物理トリックとその事件い関する不毛で退屈な議論、さらには手垢の付いた感のある、あるトリック。サプライズという意味では、あまり衝撃がなく、物語が、少し珍しい学園ハードボイルド形式で描かれている点が評価され、登竜門をくぐり抜けただけなのかとも正直感じた。
 ――が。
 終盤の方でふと気付いて、伏線を改めてひとつひとつ拾っていってみると、これが実に丁寧に張られているのだ。物理トリックそのものについては、現物が目の前にない小説上のこととて今ひとつ実感も湧かないし感興が少ない点はそのままなのだが、もう一つの本書を支えるメインのトリックは非常に丁寧な伏線によって周到に作られている。そのトリック自体によるサプライズが目的ではなく、その結果反転してみえる世界に深い意味を持たせよう、という点がポイントだ。当初、「ああまたか」としか思わなかったこのトリックだが、この情報をキーに物語を眺めなおすと、足下が崩れるような衝撃がある。表層だけなぞって通読した最初の自分を反省したくなる。
 主人公の探偵こと”私”と図書委員・楽山との終盤の何気ない会話は、冒頭の彼らが交わす会話「夜遊び」「先月みたいな」にも繋がっている。また、物理トリック自体が解き明かされることで、なぜそのような行動をしたかという理由に別の意味が出てくる。その結果、そもそもなぜ真犯人が殺人を犯したかについても、もう一段深い意味合いがあることに気付くのだ。形式としてハードボイルド風になっているのも、逆にこういったべたべたの部分を覆い隠すのに役立っているし、後輩である時野にタイする主人公の扱い、そして会話といったところからも、反転した後の世界観からすれば、意味合いがくるくると引っ繰り返ってくる。ミステリとして誠実な”丁寧さ”の使い方、伏線の勘所が、実は細かくよく押さえられた作品であった。(ただ、無駄に丁寧なところなども実際問題としてはあるけれど)

 今回の本ミスで14位と高評価を取った『遠海事件』に手を付ける前に、デビュー作を読み逃していたため手に取ったが、なるほど新鮮な感覚と丁寧な仕事を両立できるクリエイターである点を確認することができた。収穫。デビューにも納得。


08/10/09
泉 知良「エレGY」(講談社BOX'08)

 作者は1976年生まれ。本書にて第2回講談社BOX新人賞・流水大賞優秀賞を受賞してデビュー。作中のみならず作者自身もフリーゲームサークル「アンディー・メンテ」でゲーム作家として活動。で、実際にハンドルも「ジスカルド」さんのようです。

 学生時代からジスカルドというハンドルネームでゲームのフリーソフトを製作、就職した会社も辞めてしまい、ソフト周辺のCD等で生活費を稼ぐ泉和良ことジスカルドこと僕。常にぎりぎりの生活を送り、以前に交際していた彼女に振られてから抗不安剤を服用している。退屈な毎日に嫌気が差し、全てを投げ出したくなった彼は突然、自身のブログで「君のパンツ姿の写真、求む」という内容の日記を書き、アップロードする。翌日、反動で落ち込んだ僕はメールをチェックして驚く。「じすさんへ」なぜか昔から彼のファンだという、エレGYと名乗る女子高生が、実際にパンツを撮影したメールを送ってきた。想定外の事態に対処方法に困るが、更に電気を滞納で止められてしまい、そのあいだもエレGYからのメールは怒濤のように届いていた。最後に彼女はリストカットすると書き残しており、僕は慌てて大井町駅前のマックで待ち合わせすることにする。そして、彼女はいた。彼女は本当にずっと「ジスカルド」のファンであり、しかも可愛かった。実際に会って、彼女の手首に本当にリストカットの痕があることに気付いた僕は、彼女が憧れている対象が、決して泉和良ではなく、ネット上の偶像である「ジスカルド」であることを苦にし、一線を越えることができない。

(全部が全部ということはないとは思うが)実話なのか願望なのか。これもまた現代の恋愛小説か。
 おっさんには分からん、ということもまあないか。全面的に内容として支持はさすがにトシ喰っている分違和感があるのでできないけれども、全体的に痛さ感満載ながら、小説としてはそこそこ読める内容で安心した。
 物語の表面をなぞると引きこもり系統の(ある意味では、フリーゲームソフト作家は家から出なくても出来る仕事だし、本人自体も人間関係を作るのが得意ではないようだし)若い男性が、一方的に理想的なまでに可愛い女子高生からモテまくる話。 である。言っちゃ悪いが、ここで登場するエレGYなる彼女が(ここでは書かない)ような、彼の好みから箸にも棒にもかからない女性だったりすると全く別のリアル悩み話になる――のだけれど。いや、そうなると恋愛・青春小説からまた違うカテゴライズとなってしまう。ただ、当然彼の好みであるがゆえに、一気にご都合主義的な物語に見えてしまうのは全面的に宿命である。(恐らくは作者はそれも覚悟のうえだと思うけど)。
 また、そこからの二人の関係の進み具合は想定の範囲内。しかし、惚れられた側の主人公の行動が、惚れた側によって事実上のコントロールを受けているところ、実際の意味ではリアルだと思う。

 まあ、こういう恋愛小説があるのはありでしょう。そんな感じかな。ただ――、ネット時代の当然として、作者情報と物語の主人公情報がこれだけ重なるというところが既に実験的ですらある。個人の体験はノンフィクションたり得るのか、第三者にとっては、彼の体験が事実であろうがなかろうが、いずれにせよフィクションにしかならないのではないか。そんな実験性まで考えて創作されているのだとすると凄まじい、のだが。どうなのでしょう?


08/10/08
森 博嗣「目薬αで殺菌します」(講談社ノベルス'08)

 最近は「Xシリーズ」が続けて刊行されていたこともあって、何となく既に終了してしまっていたのでは、と勝手に勘違いしていた『φは壊れたね』から始まる「Gシリーズ」の七冊目。書き下ろし。

 神戸で劇薬入りの目薬が発見され、使用者が怪我を負った。大手製薬会社TTK製薬の製品で、その目薬の名前にはαの文字が含まれた名前だった。C大学三年生の雨宮純は、TTK製薬の主任研究員を辞めてC大学に来ている直里のところでバイトをしているという。さらにTTK製薬の内部サンプルでも、同じように劇薬入りの製品が発見され、内部犯を疑わざるを得ない会社は、探偵として赤柳初朗を雇い入れ調査を開始する。そのサンプルが作られた職場で働いていた倉居三重子が何かを知っているようだが、すれ違いになってなかなか赤柳と話ができないまま、彼女は失踪してしまう。一方、雨宮と同級生の加部谷恵美は、深夜に近道した暗い夜道で男性の変死体を発見してしまう。その死体もまた「α」の目薬を握りしめており、その男は、倉居三重子の上司だった。彼は普通であれば、その場所を通るとは思われないが、現場近くに倉居の住居があった。また、加部谷は、製図の課題をこなさない海月及介のことを気に掛けるが、彼はまた別の進路を探しているのだという。彼のことを憎からず思っていた加部谷はショックを受ける。

Gシリーズ全体の”流れ”は漠然とみえてくるけれど、それがまた大きすぎて……。
 事件そのものは、ミステリというにはちょっと厳しい。特に劇薬入り目薬の流出という点に関しては、事件というよりもむしろ故意の事故であり、物理的な意味での謎は全くない(何かあるように描写されているが、結局のところはそういうこと)。むしろ、事件を他の作品で登場した事件と並列化することによって、Gシリーズ全体に流れる「何か」をつかみとらそうという意図が感じられる。
 そして、それは恐らく、ある天才学者、ないし彼女を信奉するものたちによって社会に張られたネットワーク、そして大きな流れ……と、ここまで書いてきて本シリーズのテーマは、伊坂幸太郎の『モダンタイムズ』にも近しいのではないかと思えてきた。なるほど、人は世の中の流れのなかで歯車でしかないのだが、その流れの方向性や意味は知らずとも歯車は回れるし、回るのだ。
 ちょっと気になるのは、本書においての各所の描写ではやはり二名いるとしか思えない矢場香瑠と倉居三重子の二人が、最後の最後の赤柳の報告では、一名の一人二役だとされている点。ただ、文章を何度か読み返すに、実際に二人いたのに最後に残された痕跡で一人に何らかの力が働いて、そういうことにされているという風に受け取った。(間違っているかもしれない)。ただ、このGシリーズについては、むしろそういった個人レベルの視野では理解できない動きというもの自体がテーマとなっているので、これで良いのではないかと思っている。

 ここまでこのシリーズを読んできて、むしろ個々の事件があって、その背後にある”何か”を漠然と感じさせる、と。そういうかたちで、シリーズ全体の謎解きは漠然とではあるが、種明かしされないままに終えられてしまうのかもしれないな、とここに来て強く感じる。本書における犀川や西之園の発言・態度を読んでいる限り、余計にそう思わされる。


08/10/07
西尾維新「零崎曲識の人間人間」(講談社ノベルス'08)

 「戯言シリーズ」の本来外伝である「零崎一賊シリーズ」の三冊目。一冊目の『零崎双識の人間試験』は読了しているが、二冊目を読んでいないことに気付かず三冊目に入ってしまった。四中編が収録されており、『メフィスト』2007年5月号、9月号、2008年1月号に掲載された作品に、最終作が書き下ろしで付け加えられている。

 生粋の殺人鬼集団・零崎一賊が奇妙な戦争を開始して暫く――後に『小さな戦争』と呼ばれる一連の事件を引き起こしたのは、澄百合学園の中学生・策師・萩原子荻。その子荻とテーマパークでデートに出かけた兄・零崎双識を追って、弟・零崎曲識は無理矢理に同じく弟の人識を連れて後を尾けていた。そのテーマパークには子荻が仕込んだ殺し屋・総角ぱれす・ろうど・さえらの三姉妹がいた――。 『ランドセルランドの戦い』
 前の事件の五年前。『大戦争』と後に呼ばれる戦いのなか、まだその戦闘形態が未成熟だった零崎曲識は、単身その首謀者がいるロイヤルロイヤリティーホテルに侵入。しかし、超強力なアンドロイド・ぷに子によって逆に自死を覚悟するまで追い込まれる。しかし、彼を止めたのはさっきまで死んでいた、まだ若い赤い女性だった。 『ロイヤルロイヤリティーホテルの音階』
 双識が絡む事件のあと、両手首を喪った殺人鬼女子高生・無桐伊織と共に潜伏中の零崎人識は、義手を作る伝手を辿り、遠く離れた場所でライブハウスを営む零崎曲識のもとを尋ねる。恋人のピンチという言葉に曲識は『呪い名』二位の『罪口』の男を紹介してくれたが――。 『クラッシュクラシックの面会』
 零崎一賊を壊滅に追い込もうとする人形士とオレンジ色。一賊のほとんどが壊滅的打撃を受けたなか、零崎軋識のメッセージを受け取った曲識は、静かに罪口に依頼して武器を準備。その時を迎えようとしていた――。 『ラストフルラストの本懐』 以上四編。

「――悪くない」。「戯言」の裏側にあった過去と、殺人鬼一賊のなかでは静かな物語
 こうやって題名をキーボードで叩くと題名の最後が「かい」で統一されているんですね。
 自分のなかで「戯言シリーズ」が全て終わって、むしろモードは刀語なのだけれども。ただ、こうやって”あの世界”がまだ補完されているところは、実に二十一世紀的というか、現代的というか、西尾維新的というか、なんというか。ある世界を作者が一旦、それなりの完成形を創り上げたあと、その欠片やバックボーン、語られなかった物語を補完して楽しむ――というやり方。同人誌的? こう当初の衝撃(ホントに最初は衝撃だったのだ)からある程度時が流れて一連の西尾作品の”出版のされ方”をみていると、そういう方法論みたいなものが感じられる。つまりは、二十世紀末頃から今世紀頭にかけて同人誌が創り上げてきた、二次創作の楽しみを作者自身が面白がってやっちゃっているようにも見える。事実、西尾氏のあとがきを読んでいると、作者が一番楽しんでいる、といった趣旨のことが書かれていることが多い。
 さて。書いた通り、物語の隙間を埋める物語にして、一冊で零崎曲識という人物の生涯が描かれた作品になっている。隙間という意味では、その本来の物語と物語の内容を精読している方々に譲る。正直、ああ、確かこんなエピソードがあったよな、これはあの時出た誰々だよな、という薄ぼんやりとした読み方に今回なってしまったので。ただ、得意な言語感覚は健在で、その点は相変わらず魅力的だ。「SAY YO Q!」なんて、思いっきり笑ったぞ。
 また、零崎一賊の感覚は(いや「戯言」に登場する主要人物は皆)独特なので理解・協調・共感しづらいのが常なのだけれど、本作に限っては、零崎曲識の考え方は微妙に普通(理解できる範囲という意味で)なので、物語自体に入りやすかった。まあ、それでも結局は――外伝、そしてボーナストラックということになるのだろうが。

 このシリーズを久々に読んだ割に、正直楽しめました。ただ、やはりというか最低「戯言シリーズ」は全部読んでおいた方が、やはり世界には入りやすいと思われます。


08/10/06
翔田 寛「奥絵師・狩野探信なぞ解き絵筆 眠り猫」(幻冬舎文庫'07)

 本書発表の段階では「'00年に『影踏み鬼』にて第22回小説推理新人賞を受賞、更にその受賞後第一作目『奈落闇恋乃道行』が第54回日本推理作家協会賞の候補になる。」という著者だが、ご存じの通り2008年に第54回江戸川乱歩賞を『誘拐児』で受賞されている。本書は文庫書き下ろしの時代小説。

 徳川家斉の時代。二十歳を三つばかりすぎた禄高百石の旗本格にして、御目見得と帯刀を許された奥絵師・狩野探信。四日後に徳川家斉の御前で席画を披露することになっていたが、その画題が決まらない。狩野家の決まりでは手本通りに画を描くことが求められていたが、そんなやり方に疑問を持った探信は、幼馴染みの小姓役の小平太と共に女の尻を追いかける毎日。そんな彼が知人の蔦屋重三郎から、児玉祐斎という絵師が描いた幽霊画のことで相談を受ける。祐斎は重三郎の姪・美津の父親で、美津は探信の初恋相手だった。一方で、この幽霊画に関連して歌舞伎の人気役者・中村団九郎の様子がおかしくなってしまい、公演が滞るという事件もあった。どうやら三年前にも団九郎には同じようなことがあったという。探信は、美津のために絵に隠された秘密を探る。

捕物帳ではなく、本格の手法が援用された題名通りの謎解き。謎の設定が魅力的
 むう、これは拾いもの。
 今年(2008年)、久々にデビュー済作家の乱歩賞受賞を『誘拐児』で成し遂げた翔田氏。これまで発表された作品においても、時代的な描写に長けていることは自明であった。本書は、これまでの作品群とは異なり、思い切り江戸時代、しかも絵師が主人公という作品。この作品にて、翔田氏は歴史小説だけではなく、時代小説においても書き手であることが改めて証明されたのではないかと思う。
 そして、小説が巧い。
 奥絵師という職業柄の絵、そして執筆時の描写。さらには歌舞伎舞台の描写。艶やかな描写がいちいちツボに入っており、さりげなく瞼に浮かぶ。時代描写も的確で、違和感もなくすらすらと読むことができる。
 しかし、本作は時代小説としてだけ凄いのではなく、同時に本格ミステリであり、かつ時代ものの特性を活かしたミステリとなっている点が素晴らしい。 探偵役は主人公とその幼なじみかつ小姓をつとめる相棒。なぜ幼なじみの父親で、筆を持てない老絵師が殺されたのか。なぜ千両役者は舞台で幽霊を見るのか。三年前になぜ、女中が殺されていたのか。全ての証拠が出揃うのに時間はかかるものの、伏線が全てがぴたりと嵌った構図も凄いし、当時の状況から犯人を追い詰めようと行動していた人間の目論見と、主人公の目論見とがクロスしての犯人追及(制裁?)場面には驚かされた。 非常にかっちりとした設計図が引かれている。更に、将軍の前で絵を描くというプレッシャーに対して、主人公がどう応えるかという興味もラストまで引っ張ってきており、読み出したら止まらなかった。(ただ、結局は阿りなんだよなあ、と最終的に描かれた絵については微妙な印象もあるのだが)。

 世間的には乱歩賞受賞作家として認知されはじめたところかもしれないが、ミステリ作家としても歴史・時代小説作家としてもしっかりとした実力をお持ちの作家(個人的にはミスフロもそうだが、『参議怪死ス』は傑作だと思っている)。読者層は比較的高い年齢になるかもしれないながら、今後読者を広めていくことは間違いないだろう。


08/10/05
三津田信三「十三の呪 死相学探偵1」(角川ホラー文庫'08)

 ホラーをベースにした重い作風でありながら、着実に人気作家となりつつある三津田信三氏。本書は、文庫書き下ろしで開幕する新シリーズ。

 子どもの頃から他人に取りついた「死」が様々なかたちで見える弦矢俊一郎。様々な現象から地元で生活できなくなった彼は、自称”拝み屋”で霊能力を持つ祖母と怪奇小説を発表するカルト作家である祖父に預けられて育てられた。二十歳になった時、コンサルタント業をしてはという祖父の薦めにより上京、「探偵事務所」を構える。神保町に作った事務所に早速現れたのはアイドル顔負けの美女で沙綾香と名乗る。彼女の周辺に謎の死が多いとのことだったが、一旦俊一郎は彼女を追い返す。病気の母親の病院費用を稼ぐために仕方なくキャバクラに勤務していた彼女を、IT企業の若社長が見初め、婚約するに至ったのだが、その未来の夫が心不全で急死してしまったのだという。彼の実家では次々と怪現象が発生しているといい、俊一郎は彼女の身体の内側を這い回る毛虫のような奇妙な黒い線の存在を認めた。俊一郎は、その入谷家へと赴く。この家は亡くなった当主が十三人もの愛人を囲い、異母兄妹が五人とその母親と手伝いさんが生活していた。発生する怪奇現象の調査を始めた俊一郎の前で、次々と家人が謎の死を遂げてゆく。

新シリーズであろうと三津田テイストは健在。現実を舞台に描きつつ、そちらにより強い怪異が
 夏頃に一旦読了したのだが、感想を書きあぐねていたので再読してみた。
 遂に『山魔(やまんま)の如き嗤うもの』が2009本格ミステリベスト10でトップを獲得するなど、本格ミステリ作家として近年高い評価を受け続ける三津田氏ではあるが、常々ホラーへの嗜好を隠してはおらず、そのマージナル(境界線上)の創造性をぶつけた作品(シリーズ)ということになりそうだ。
 特に注目したいのは、作中に登場する怪奇小説愛好家が、東城雅哉の作品を愛読書に含んでいたり、『厭魅』に登場した神々櫛村の名前があったりと、三津田氏の一連のシリーズに対してメタレベルで繋がりがある点だ。その意味では三津田ワールド自体は一体であるという一方、書物に描かれるフィクション扱いの刀城言耶シリーズでは謎は論理的・現実的に解明できて、一応は現実の出来事を扱っているというスタンスとなる本書の方に、超自然現象・怪奇現象をそのまま「あるもの」として残している点が面白い。恐らく、本来の三津田ワールドでは、本来「説明のつかない何か」は、存在する方が正しいということなのだろう。
 ただ、本書も怪奇現象を扱っていながら、その真相に至る過程は(多少後半冗長のようにみえるが)論理的である点は変わりない。また、人間の肌の下をミミズのようにはい回る黒い線だとか、それが廊下中に拡がって主人公を追う場面だとか、怖さという意味でも高いクオリティを持っている。
 事件は事件としてあるし、意外な真相もある。だが、前半部はどちらかというと、この「死相学探偵」の顔見せであり、背景説明となっている部分も大きい。恐らくは事件は今後ますますエスカレートするであろうし、最後の方で続編に繋がると思しき台詞を関係者が述べている。

 シリーズ続編も決まっているというし、続きが純粋に楽しみなシリーズである。


08/10/04
鯨統一郎「タイムスリップ戦国時代」(講談社ノベルス'08)

 『タイムスリップ森鴎外』から始まった、女子高生・麓麗(ふもと・うらら)を主人公とするシリーズ、遂に第五弾。前三作と最近二作は妙に表紙のイメージが違うよなあ。

 二十五世紀の重大犯罪者・剣崎薔薇之介は、タイムマフィンを使用して二十一世紀の世界に逃げていた。しかし統一執行部の実行委員・森野パイン(石松)の執拗な追跡に屈してしまう。森野は薔薇之介に〈むらさきの光〉という組織の生き残り、ダテクニヒコが再び歴史を改竄しようとしているので、その企みを頓挫させて欲しいと依頼する。この世界では『太閤記』の主人公が伊達政宗に変わってしまっているというのだ。どうやらダテクニヒコは、戦国時代に介入して歴史を大きく改変してしまっているらしい。薔薇之介が出した条件は、森野の同行と、二十一世紀の女子高生・麓麗を連れてゆくというものだった。麗の承諾を取り付け、三人は戦国時代の始まり・北条早雲の時代へとまず飛び込む。麗が占い師、剣崎が剣士、そして森野が軍師という触れ込みで早雲に取り入る。一方、ダテクニヒコ側は、どんな男性もめろめろに誑し込める妖女・八神純子と、忍者・風馬千代荻を従えて歴史の改変に取りかかっていた。

「おいおい」というツッコミこそが本シリーズの命。思い切り笑える歴史ファンタジー
 このタイムスリップシリーズも、もはや五作目。シリーズ全てを読了しているわけではないのだが(改めてチェックすると「釈迦如来」が抜けてるみたい)、まあ、なんというか楽しみ方がここにきてようやく分かってきたというか何というか。
 結局のところ、歴史に対して現代感覚をタイムスリップする(される)ことによる、あり得ない歴史と実際との破天荒なギャップを楽しむシリーズなのだ。例えば、本作品内部では戦国時代に携帯電話があったり、飛行機が飛んだりするのだが、どうやって作ったんだ、というツッコミは無し。(せいぜい絡繰り職人が作ったとか程度の説明しかないけど、そういうものなのです)。このあたりをきっちり説明しようとする真面目なSFとはアプローチが全く異なるため、よく言えばファンタジー、悪く言うなら悪ふざけという極端な物語構成になっている。
 歴史に関しては鯨氏は『邪馬台国はどこですか?』をはじめとする奇説を生み出せる作家であるだけに、この悪ふざけもまた確信犯。 発想のベースは、歴史がこうなったら面白い、とかそんなのだと思われるし、たぶん間違っていない。
 関ヶ原の戦いの決着を野球(メンバーも笑える)で付ける展開、川中島の戦いでは、軍を十一集団に分けて4−3−2−2だとか、4−2−3−1にフォーメーションを組んで戦わせたり、戦国時代にインターネットがあって、武ちゃんねるなる匿名掲示板に武将が書き込んでいたり。(作者がベースにしたのはサッカー系の掲示板だろうなあ)。
 羽柴秀吉が運営している、信長のためのブログが「本能寺」で秀吉が書いた不用意なひと言のために、本物の本能寺と一緒にブログが炎上してみたり。ああ、もう楽しいーーっ。

 ということで真面目じゃない読者ならば、手軽におもしろがれる作品だと思われます。真面目なミステリ者や、真面目なSFを求める読者はたぶん、怒るけど


08/10/03
二階堂黎人「鬼蟻村マジック」(原書房ミステリー・リーグ'08)

 「……マジック」の題名からもお判りの通り、二階堂黎人氏の擁する名探偵のひとり・水乃サトルが活躍するシリーズ作品で本作が社会人編としては『猪苗代マジック』以来、大学生編も含めると『稀覯人の秘密』以来の作品にあたる。

 アンタレス旅行社に勤務する水野サトルは、同僚の臼田竹美より、この週末に自分の婚約者のフリをして信州にある彼女の実家に同行して欲しいと依頼される。竹美の実家は、上鬼頭家といい信濃町の隣の鬼蟻村で代々酒造会社を営んでいるという。鬼蟻村では鬼を祀る習慣があり、家にある〈鬼の祭壇〉に脅迫状が現れたというのだ。上鬼頭家は、長女の加世子を筆頭に、性格が異なり互いに仲の悪い三姉妹がおり、三姉妹の弟・新太郎が当主となっていた。その新太郎が三十代の若さで世を去り、その愛人に生ませた子供が、現在十一歳になる国也だった。加世子は国也が成人するまでの後見人として采配を振るっていた。更に上鬼頭家では戦前、宴席にいきなり鬼が現れ衆人環視のなかで軍人を殺害、更に離れに逃げ込んだまま消失するという事件が起きていた……。竹美と共に上鬼頭家を訪れたサトル。その晩の夕食の席で、加世子の妹・佐江子が新太郎の別の嫡子だと盲目の青年を連れてきた。そして翌朝、加世子と国也が朝食に入れられていた毒で死亡。果たして事件の真相は……。

横溝正史へのオマージュ溢れる本格ミステリ……と、水乃サトルの微妙なミスマッチ
 独特の成立経緯と風習を持つ地方の名家。複雑な血縁関係と権力関係が一族を支配し、また過去に不可思議な殺人事件を持つ。さらに一家の跡取りが決まっているなかで現れた新たな後継者候補、そして不可解な連続殺人の幕が切って落とされた。
 ……とまあ、探偵役は水乃サトルながら、物語の背景となるのは横溝正史を嚆矢とするジャパニーズドメスティックファミリーマーダーケース。 (無理矢理英語で表現してみた)。謎の提示方法、さらに連続殺人の謎、そしてその犯人の動機。ついでにいうと、連続殺人の現場にいながら被害者の拡大を防ぐことが出来ない名探偵、という本格ミステリというよりも、旧き探偵小説の枠組みやガジェットを多く使った作品である。このような因縁めいた、血で血を洗うような雰囲気自体が好きなファンの方もいるのではないかと思うし、事実、最近の二階堂氏のミステリのなかでは、奇を衒うことのない比較的オーソドックスな本格ミステリ指向が感じられる。
 ただ、これはあくまで個人的な印象ながら、探偵役の造形が軽すぎる――のはやはり難。いくら本人がいい加減な性格という設定とはいえ、旅行社でのサトルの勤務ぶりの描写までもがいい加減(大人の視点からすると)に見えるのは、やはりどうかと思う。また、陰惨な事件自体のイメージからするならば、二階堂蘭子向きのようにも思うのだが。また、物理トリックが背景にある、戦前の事件のトリックは、計画的な割に目撃者の行動については偶然に頼るようにみえるところもあり、二階堂氏らしくないようにも感じられた。
 本書で最も印象に残るのは、個々のトリックよりもむしろ連続殺人事件の動機であろう。跡取りと信じられていた少年と、その保護役とが食事に仕掛けられた毒で死亡。果たして犯人はなぜ彼らを狙ったのか? ――この事件が引き起こされた動機の真相にはかなり感心させられる。特に一族ものにして、それぞれに異なる性格を設定した部分が、単なる書き分けとミスリードされていたがゆえに余計にサプライズに繋がっている。

 水乃サトルシリーズのなかでは(近年の二階堂作品全体のなかでも)先にも書いた通り、オーソドックスな本格ミステリであるがゆえに敷居は低い作品。普通の本格ミステリファンであれば、読むだけの価値はあるかと。


08/10/02
芦辺 拓「彼女らは雪の迷宮に」(祥伝社'08)

 森江春策シリーズの長編作品。作者のみならず、森江春策も大阪から東京へ引っ越しを果たしてしまい、少々寂しいものがある。『小説NON』誌に平成二十年一月号から同八月号まで連載された作品に、加筆修正が加えられ単行本化されている。

 急に仕事場のピアノバーで解雇を言い渡されたピアニスト石渡静音、ひとりよがりな夫に嫌気が差して離婚届を取り寄せた主婦・鴨下結衣子、人形のような外見にきつい性格の女子高生・小鮎亜里沙、コスプレまがいの衣装でエステを行うエスティシャン・笠岡千明ら。様々な年齢と職業の女性ばかり七人が、上越新幹線の駅からまた少し、そこから車+ロープウェイで移動という辺鄙な地にやって来た。「雪華荘ホテル」なるホテルの感謝キャンペーンに選ばれ、交通費負担に宿泊費三食無料、さらにエステ特典付きという招待状を受け取ったのだ。そのなかには、つい最近、森江春策と共に上京、事務所を東京に引っ越したばかりの新島ともかの姿もあった。しかし渡されたメモを頼りに幹事役として皆を引っ張ってきた千明だったが、実際にホテルに到着しても誰も出迎えがない。半信半疑で部屋に入るが、夕食もまた誰もいないのに豪華なディナーが用意されている。先発隊を追って到着する山北紅葉なる謎の女性、さらに部屋に入ったまま出てこなくなった客。食事はきちんと、いつの間にかサーブされるものの、一向に登場する様子のない主催者もあり、彼女たちは不安に駆られる。そして、彼女たちの前から、参加者が少しずつ姿を消してゆく。一方、森江の事務所にはほとんど面識のない男たちが次々と訪れてきていた。彼らの親しい女性の行方が判らないのだという。幸い、現地とは携帯電話が繋がり、何か怪しい事態が進行しつつあることは確実だと思われた。

雪の山荘。典型的クローズドサークルもののミステリだと思わせておいて、実は……。
 あとがきにもある通り、芦辺氏初の「典型的クローズドサークル」作品、なのだが……。
 表面上はその通り。雪の山荘に互いに面識のない複数人物が集められ、主催者の影は見えず、そして一人、また一人と舞台から消えてゆく。先に述べておくと、登場人物の多くが女性で、その女性の紹介や、この雪華荘に至る経緯が描写される。これはなかなか、女性を描くのをあまり得意としてこなかった芦辺氏には珍しい(失礼?)試みであり、何よりも彼女らひとりひとりについてあまり違和感がなく、書き分けもしっかり出来ている。このあたり、何気ないところから作者の充実が感じられる。
 さて、本編はまさに雪によって囲まれた豪華な宿泊施設。招待者の影が見えないところ、更には謎の招待状といったあたりは、新本格諸作というよりも、本家本元の『そして誰もいなくなった』だとか、このシチュエーションの名作『殺しの双曲線』あたりが意識されていそうだ。しかし――、「典型的クローズドサークル」である点はここまで。何よりも登場人物ほぼ全員の携帯電話が繋がっていて、外部と連絡が取れまくりというシチュエーションはかなり珍しく、むしろこの点は意識的に為されているはずで、意欲的な試みだといえるだろう。上手いのは、その電話が繋がるシチュエーションを利用して、宿泊客よりもむしろ、宿泊客の係累に意図不明の脅迫画像を送りつけるところにある。サスペンスがサークルの外側にてより強くなる仕掛けになっている。
 本来、クローズドサークルもので登場人物が次々と消えてゆく場合は、残された人物同士の疑心暗鬼によってサスペンスが醸成されるものだが、本書ではそれが薄い。むしろ緊迫感は、森江春策を中心とした”置いてけぼり男たち”の方に強い。この内部と外部とのギャップが実はトリックの核を形成しているところなど、典型的シチュエーションを利用しながら、わざと「典型的」を外した構成にしているところに、本格ミステリ作家としての意地を感じるのだ。
 そしてもう一つ。本書にはもちろん、真犯人によりトリックが仕掛けられている。ただ、作者の工夫がみえるのはむしろその文体。つまりは真相を隠しつつもフェアなかたちで読者に提示する形式がそのまま叙述トリックとなっている。題名のレッドヘリングを含め、作者の工夫した部分が、読者が当然この形式の作品に求めるだろう部分と微妙に異なっているのもポイントだ。(但し、この点はクローズドサークル舞台で新本格ミステリというムーヴメントの起点となった『十角館の殺人』のオマージュないしパロディと受け取れないこともない)。
 残念ながらそこまで凝っている一方で、めずらしく真犯人の行動、そして仕掛けようとしたトリックが現実感(少なくとも小生のもの)と遊離している。つまりは大掛かりに過ぎる。動機は十分にしても、ここまで凝ったシチュエーションを創り上げる必要が本当にあったのか? 本格ミステリであっても実現の可能性や現実性を手堅く重視してきた作者には珍しい、浮世離れ感覚も本作にある。

 ただ、文章やシチュエーションが全体として読みやすく、イメージが頭に入りやすいのは、やはりこの「典型的クローズドサークル」のおかげである可能性がある。ただ、普通の角度から単純に解決してくれない(良い意味で)こともあって、マニアにとっても一定の歯ごたえを残してくれる。突飛ではあるものの驚天動地とまではゆかない回答、そして読みやすい文章と入りやすい世界。芦辺氏の円熟味を感じさせてくれる作品かと思う。
 ああ、ここまで書いた文章にも微妙な表現間違いがあるなあ……。


08/10/01
伊坂幸太郎「モダンタイムス」(講談社'08)

 講談社の週刊漫画雑誌『モーニング』に二〇〇七年十八号から二〇〇八年二六号にかけ、約一年がかりで連載していた作品を単行本化したもの。雑誌連載時のイラストをそのまま再録した豪華版と、小説だけの普及版が存在する。当然普及版で読了しました(関係ないか)。

 システムエンジニアの渡辺拓海は、美しく気が強い妻・佳代子と二人暮らし。結婚する迄、拓海は知らなかったのだが佳代子にはかつて夫が二人おり、二回離婚しているという。ある日、拓海の元にいきなり髭面の大男・岡本が現れ「勇気はあるか?」と尋ねられる。岡本は、佳代子が拓海の浮気を疑い、拓海に差し向けてきた刺客(?)で、拓海の浮気相手の名前を教えろと、暴力をもって拓海に迫る。以前にも疑いを持たれてひどい目に遭ったことのある拓海だったが、実は女子社員と本当に不倫関係に陥っていて、その名前を岡本に告げてしまう。ただ、当の彼女は海外旅行中で当面日本に帰国しない。一方、強引な仕事を迫る加藤課長は、拓海に対し、拓海の後輩で同じくSEの大石倉之介に対し、先輩である五反田が放り出した仕事を引き継げと命じる。現場に赴くいたが、どうやらプログラムに秘密が隠されており、その謎を深追いした結果、五反田が何らかのトラブルに巻き込まれたことに気付く。そんななか、拓海は岡本とは別の三人組に襲われそうになる。彼らは、姿を消した五反田を追っているようだった。プログラムの秘密、それは特定のキーワードを検索することによって引き起こされる災厄だった……。

軽快な会話であり、ディティールの妙味が健在の一方、伊坂ワールドの魅力である構成の緻密さが微妙。
 作者があとがきでも触れているが、伊坂幸太郎・初の週刊誌連載。恐らくそのぶつ切りになる掲載形態ということもあって、対決場面など、物語が盛り上がる場面が頻繁に登場する。例えが適当かどうかは不明だが、そのぶつ切り度合いの印象としては江戸川乱歩の長編で、元が新聞等に連載されていたものなどに印象が近い。本来の小説読者層以外が購買層を占める漫画雑誌である点を伊坂氏が意識したのか、それとも単なるサービス精神の発露なのか、物語がきちんと進まないうちに細切れに盛り上がる場面が次々と現れるのだ。そのこと自体は決して悪くはないのだけれども、じっくりと執筆された伊坂幸太郎の作品に比べると、連載ゆえの粗さが見え隠れするように思う。
 ただ、登場人物のキャラ立ちというか、個性の演出は異常なまでに上手い。 これも敢えて発表媒体が漫画雑誌ということを考えて際立たせたところがあるかもしれないが、それぞれの(基本的には主人公の奥さんとか)強烈さは、彼らだけの外伝で長編一編を支えうるレベルにあると思われる。当然、「勇気はあるか?」等の各登場人物の決まり文句(決めセリフ?)も吉。
 『魔王』から五十年後の世界。物語としては、現代版モダンタイムス――即ちチャップリンの名画を現代に置き換えたものであることは明白。その意味でのメッセージ性は強いものの、んーさすがにお伽話っぽくなりすぎているきらいはあるか。問題が解決したと思いきや、最後に高い高い壁が立ちはだかるあたりは好み。また、このあたりはあとがきにもある通り『ゴールデンスランバー』ともまた似た匂いがあり、姉妹編のような(従って『魔王』とは兄弟編)印象が最後に残る。つまりは、組織や社会という謎めいた、そして実体の判らない存在と、個人との対比。 このラストがオチているのかオチていないのか、とらえ所のないところは読者の好みによって評価が分かれそう。個人的には、こちらの方が好きかな。

 2008年発表作品の『ゴールデンスランバー』との比較では、やはり『ゴールデン』の方がまとまりや、エンターテインメント性も含めて一枚上手。ただ、本書ももちろん伊坂クオリティ。じっくり構えて読まずとも、会話の妙や世界の恐怖をのんびりと楽しむ読み方もありだと思う。