MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


08/10/26
西澤保彦「スナッチ」(光文社'08)

 昨年刊行された『収穫祭』にて、SFとミステリの融合というそもそものご自身の立ち位置にて存在感を示された西澤保彦氏。本書は書き下ろし刊行となる長編で、高知市在住の著者が初めて地元の高知を舞台にして発表した作品。

 結婚を前提に交際していた生駒美和子の故郷である高知市。昭和五十二年、”ぼく”こと奈路充生は東京で学生をしていたが、中学の時に親の都合で二年間通っていた高知出身の彼女と知り合い、両親への挨拶のために高知を訪れていた。道中に不思議な女性と不思議な出会いをした僕が待ち合わせ場所を訪れてみると、美和子の代理として四十代の楡咲純花という女性が現れた。美和子の家に不幸があり、近所に住む彼女がついでがあったので訪れたのだという。彼女と食事をして別れたところ、空から急に銀色の雨が降り注ぎ、そしてぼくは意識を喪ってしまう。――意識を取り戻した時、彼の身体は五十三歳のそれになっていた。しかも意識は戻れど、自分で身体を動かすことは出来ない。そんな彼に語りかけてくる、そして現在の五十三歳の身体を操る存在がいた。彼はあの日、宇宙生命体に身体を乗っ取られ、”ベツバオリ”という状態となって生活していたのだという。そして元の人格が戻ることを”サシモドシ”といい、肉体は危険な状態になっているらしい。サシモドシのきっかけは、新聞でみかけた楡咲純花の死。そしてぼくは、知らない間に結婚し、そして離婚、現在は別の男性と再婚しているちおう美和子に会いにゆこうとうするが、彼女はつい最近、殺されていた。

西澤作品らしいSF設定と本格ミステリながら、そのテンポに独特の間合いが生きて
 作者自身があとがきで「ボディ・スナッチャーズ」をやりたかったと書いている通り、本書の設定の基本となっているのは「人体の第三者による乗っ取り」。ただ、ユニークなのは、そういう自体が一部で大量発生した結果、日本のシステムのなかに当たり前に組み込まれている点だ。また、サシモドシで癌になるとか、中身が宇宙人の割に意識が被ること以外は非常に虚弱になっているのが特徴。人体乗っ取り自体は、幾つも前例があるし、同様に一つの身体に二つの意識があるという設定も、SFとしてはそう珍しいものではないだろう。だが流石にSF本格ミステリの第一人者、そのよくある設定から一歩先まで設定を進めている点が面白い。
 加えて、ミステリ部分についても狭い範囲のパズラーではなく、どちらかというと設定と不可分となっている特殊なフーダニットとなっており、ミステリの外観は従来の西澤作品のままながら、その本質的な部分に微妙な変化が感じられる。 ついでに付け加えるならば、後半の主人公の年齢設定、即ち五十三歳といった年齢を加えた登場人物の描写が最近多いように感じられ、それはそれで上手いのだ。これまでは青春小説の雰囲気を残す作品を数多く西澤氏は発表していたことと、最近の主人公設定は好対照となっている。個人的な感覚ながら、初期の西澤ミステリと、本作等は、扱う題材やネタ(ミステリ部)が近似でありながら、本質的なアプローチが微妙に異なっているように見受けられる。 本書に登場する事件も、そして設定とその処理についても、どこか一歩進んでいるようにみえるのだ。つまり事件は設定と不可分である以上に、物語展開とも不可分であるし、年齢の高い登場人物の恬淡とした性格付けもまた、物語を(例えば色恋とかに)実年齢以上に熱くすることを防いでいる。(ひとことでいうと、落ち着いている)。この結果、作品全体を見渡しても、従来の西澤SF本格ミステリっぽいガジェットに溢れているのに、作品全体から得られる手触りが微妙に変化している。SF本格ミステリそのものが目的ではなく、その設定を踏まえた物語性がより豊かになっているということなのだ。

 本作がいきなり西澤氏の創作に関するターニングポイントになることはないとは思う。が、ある程度の年月が過ぎた後に考えてみれば「ああ、あの時期に変化点があったかも」という風に思い出されるのではないかと思う。本作、独立したノンシリーズ作品ということもあるが、本作一作だけ読むのもアリかと思う。あ、ファンはどっちにしても必読ですよ。


08/10/25
海堂 尊「イノセント・ゲリラの祝祭」(宝島社'08)

 このミス大賞を受賞した『チーム・バチスタの栄光』から始まる、架空の都市・桜宮を舞台とする田口・白鳥が活躍する東城大学シリーズの正統派としては『ジェネラル・ルージュの凱旋』に続く四冊目。但し、海堂氏の場合は、他社刊行の作品であっても同じ世界を扱っているため、一概にシリーズで括りにくい。

 東城大学医学部付属病院の神経内科の万年講師・田口は、病院長の高階の命令により、東城大学医学部付属病院リスクマネジメント委員会委員長の肩書きをもって、厚生労働省が主催する『医療関連死モデル事業特別分科会・病院リスクマネジメント委員会標準化委員会』の会議にメンバーとして出席することになる。裏に厚労省官僚の白鳥がいることを知り、諦める田口。長々しい名前を持つ委員会ではあったが、実際のところは法医学者と解剖学者、更には厚生労働省主導による結論ありきのイベントだった。巷では、新興宗教に入信していた少年が死亡した事件が発生、エーアイという画像診断装置によって過度の虐待があったことが判明、警察の初動捜査ミスではないかという問題が発生していた。そんななか、田口の大学時代の後輩で病理胃の彦根が田口に接触、この国の医療が抱える、ある問題についてレクチャーし、委員会のなかでもあまり役に立たないと思われている田口が、彼の意向を自分の意見として伝えることが約束された。

この国の抱える法律と医療現場の矛盾、更にはエーアイ問題。海堂氏が本来主張したかったこと>
 残念ながら未読だが、海堂氏には小説ではなく新書で『死因不明社会』という作品があり、同書のなかで本書の主張に近いことが述べられているという。つまりは、この日本では亡くなった人の多くが死因がはっきりしないこと。医療サイドの奉仕ではこれ以上の活動は限界に来ていること。司法が恣意的な判断で医療に食い込もうとしていること。厚生労働省のこういった事象に対する無策……といった事柄だろう。
 本書は、前作に引き続き、会議における人々の駆け引きをミステリのコアとする作品で、ミステリ部もエンターテインメント部も全ては会議に還元されていく展開。ただ、今回の作品では匂わされるばかりで正体不明の人物や、はっきり解決されない事件などもあり、恐らくは今後への伏線の意味合いもあるのだろう。あくまで、本作の主眼は、会議を通じて、現在日本の抱える医療、特に死因不明の数多くの死亡事例問題に関する告発にありそうだ。
 但し、本作においても、多くの場合単なる退屈なイベントでしかない「会議」を、駆け引きの場としてエンターテインメントに仕上げてしまう手腕は健在。 ロジカル・モンスター、白鳥は本作ではどちらかというと脇に控えるかたちで、田口の後輩の彦根という人物が大活躍をする。ある意味、この部分のみの面白さで一冊をきっちり持たせてしまうあたりは天才的だと思う。
 一方で、医療という現場で奮闘する医師という姿が本作ではほとんど見えない。その点は不満といえば不満なのだが、会議のなかで人の命を預かる医療に携わる人々の気概と矜持がしっかりと示されているのでこれはこれで良いか。これだけ人気作家になり、ようやく物語で本当の主張を作者が行っているとも受け取れる。

 冒頭の死因不明死体の、真の死因が判明するところから最初のエピソードが展開される一方、そのショッキングな事件も脇役に追いやってしまっても、しっかり面白さを維持する不思議。やはり「会議」とその周辺状況の演出が巧みな作者ゆえの作品である。但し、本作を最初に読まれるというのはあまりお勧めできない気はする。連続的な読者向けか。


08/10/24
結城昌治「魚たちと眠れ」(光文社文庫'08)

 もともと'71年から'72年にかけて『週刊文春』に連載され、その'72年に文藝春秋より刊行されたのが最初。その後は講談社ロマンブックスを経て、角川文庫入り。この角川文庫版が長らく流通していたものの、今回「結城昌治コレクション」の一冊として復刊された。このシリーズ、GJです。

 化粧品会社の主催にて全国に参加者募集を行い、応募葉書二十五万通のなかから選ばれた百名が参加する洋上大学。豪華客船・セントルイス号の一部を借りて、ハワイに至る船のなかでデザイナーや心理学教授、作家などから講義を一週間受けられるという内容だ。週刊誌記者の矢野は上長の指示により、取材担当として乗船。多数の女性たちと行動を共にすることになる。しかし、日本を出発してすぐに財布盗難のトラブルが生徒たちのあいだに発生、続いて二人の女性の正装用の服がなくなってしまう。更に矢野が眼を付けていた美女・水島陽子が船室に戻らず、失踪してしまう。どうやら海に落ちたらしい。矢野や大学の主催者は必死になって情報を探すが、警察もおらず手掛かりがほとんど見つからない。さらに講師で来ていたデザイナー・及川弥生の死体が、同じく講師の作家・砂井の部屋で発見された。果たして船内に必ず存在するはずの犯人は。そしてその動機と目的は……?

動く洋上密室という設定ながら多すぎる容疑者に謎めいた人々の行動。ファースが強調された結城ミステリ
 物語自体は実にシリアスなのだ。洋上という閉じられた環境下で行われた失踪(甲板から海に突き落とされた殺人)、更には密室の船室内で発見される女性の死体。百名もの若い女性が参加し、開放的な感覚に酔いしれるなかで発生した陰惨な事件に付き合わされる主催者幹部と記者たち……。接点のない筈の生徒たちと講師たち。果たしてこの中に犯人が??
 それなのに、ああそれなのに。個々の物語展開については、かなり現実的であるのに事件の連続に疲れた果てた主催者たちの発言を中心に、全体的に眺め直した時、この物語はファースとして処理されているように思われるのだ。ひげのある刑事は登場しないけれど、どちらかというとそちらの系統の本格推理にテイストは近かった。 アイロニカルというか、ちょっと事件を突き放しているというか。
 また、舞台設定に目を奪われがちなのだが、ユニークにして説得力が高いのはその動機だ。女性ばかりが集まるという時点で、こういった動機が発生することは予見されて然るべきなのだが、作者はその方向から上手く読者の視点を逸らしている。(とはいえ動機の一部は最後になってから明らかになるので、真犯人が誰か、という点を読者が予想するのはかなり困難である)。その真相が明らかになった後に、改めて物語を振り返ると、この若い女性礼賛といった風潮を背景にしたファースであったことに気付かされる、そんな印象を受けた。
 とはいえ、百名全体とはいわないまでも多数登場する女子生徒にも個性を付与して書き分けがハッキリしているし、洋上生活というあまり一般読者に縁のない舞台であっても、丁寧に描写されている結果、違和感が少ない。このあたりは「作家」としての結城昌治のテクニックの高さゆえだろう。

 ただ――、一個のミステリとして本作を読まれた場合はなんとなく、するりと読んですぐに忘れられてしまうのではないかという印象もある。あまりにも小説が上手いため、むしろ損をしている。結城昌治という作家の作品をある程度読み込まれてからの方が、この作品の味わいは深く感じられるのではないかと思う。


08/10/23
山田正紀「美しい蠍たち」(トクマノベルズ'89)

 新書に書き下ろし刊行された山田正紀氏による「長編本格推理」(とカバーにはある)。発表後、二十年近く経過がしているが文庫化はされていない作品。

 貧しいながらもアルバイトをしながら劇団に所属し女優を目指している五瀬真理。彼女には和人という婚約者がおり、小さな事業を行っていたが、保証金がらみのトラブルで彼は数百万円の借金を負って苦労していた。そんな真理に突然、彼女の舞台を見たという、二階堂裕子を名乗る女性から連絡が入る。彼女のいう通りにすれば百万円の報酬を与えるというのだ。その仕事とは、資産家ながら痴呆がひどい彼女の祖母・綾子の前で、先日事故で亡くなったばかりの由美という娘の振りをして欲しいというもの。裕子と、もう一人の姉・麗子は祖母が作成した遺言のなかから、遺留分含め遺産相続の対象から外されているため、由美への相続を一旦成立させたあと、改めて由美の死亡を届け出て遺産の一部を受け取る算段なのだという。真理は、海岸の崖上に立つ二階堂家の屋敷へと赴く。広大な庭園にはヴィーナス、ヘカテ、アテネの三女神像、そして地獄の番犬の像が飾られていた。その綾子の夫で、二階堂家の財産を築き上げた竜介は「女はみんな蠍だ」という言葉を残して亡くなったという……。

舞台劇めいた人工美。強かな女性同士の争いをサスペンス味を強くして描く
 一応本格推理という言葉がカバーには標榜されているものの、その本質はサスペンス。しかもわざと主要登場人物を若いところから年寄りまで、全てを女性にしてしまうことで舞台劇のような人工性と華やかさを両立した、魅力的な舞台を築き上げている。
 暗号含みの三つの像や、崖上の大きな庭をかかえる巨大な屋敷といった本格ミステリのガジェットも含まれ、ある程度の謎解き要素はある。そして、謎めいた序盤の展開からはやはり旧来型の本格ミステリを期待させるものはある。だが、その実質は巨額の遺産を争う女たちの戦いであり、その戦いに絡んでやはりまた漁夫の利を得ようという別の女性たちとの絡みであるため、どうしても心理戦にならざるを得ない。探偵役そのものが「蠍」を構成する一員であることからして、本書の魅力はやはり緊張感溢れる舞台を眺めているかのようなサスペンスにあるだろう。
 ただ、残念ながら決してそれぞれの女性に特有の魅力があるという描写ではない。それでも本書のテーマでもある「女は みんな蠍だ」という言葉が、各女性の行動のなかで思い浮かべる箇所が必ずあるというあたりが描写の巧さとして存在する。確かにこんな女性ばかりに囲まれちゃあ、そんな発言のひとつもしたくなるでしょうなあ、お爺ちゃん。

 この題材を普通のミステリ作家が扱うと普通のサスペンスになるところ、これが山田正紀の筆によるものというところが特別。男性作家ならではの女性の描き方というか、少々登場人物を突き放したような物語構成など、なぜか独特の魅力が作品自体から感じられるのだ。手軽に読める作品であるせいもあって、決して山田正紀氏の膨大な著作のなかで代表作となることはない。ただ、そんな作品にも手を抜かないのが山田ミステリの魅力である。


08/10/22
竜騎士07「ひぐらしのく頃に 第四話〜祭囃し編〜(中)」(講談社BOX'08)

  問題編として『ひぐらしのなく頃に』全七冊の出題編の後、2008年5月より刊行再開された解決編となる『ひぐらしのなく頃に解』の八冊目。既に『皆殺し編』までに提示された物語の秘密がひとつひとつ開示されていく最終解決編。

 部活メンバーの”それ以前”。結婚と離婚を繰り返す母親と義父との関係、そのなかで器用に立ち回ることが出来ず疲れ果てた沙都子に発症する症候群。その事態に気付いた入江。そして新たな検査対象に舌なめずりをする鷹野……。北条家を襲った悲劇の真相とは。そして続いて古手梨花の両親を襲った事件の真相とは。暗躍する入江機関。そして入江の努力によって発見された雛見沢症候群治療薬と、その原因。幾人もの犠牲者を出しながら続けられた研究は順風満帆かと思いきや、鷹野三四にまたしても試練が立ちはだかる。彼女が拠り所としていた政界の大物・小泉老の死。そして「東京」で発生した権力争いに巻き込まれ、入江機関の段階的縮小が決定された……。鷹野に伸ばされた救いの手のようにみえる提案とは……。そして。帰ってきた頼もしい赤坂。梨花の遠縁として現れた転校生・羽入。舞台と登場人物は揃い、カケラも集まった。そして梨花の決意により最後の戦いの準備が整う。

さすが最終編。余すところなく明らかにされる疑問。そして最後の大団円に向けた準備が整う。
 ここまで来ると、もうあまり何もいうことはなくなってくる。当初は謎めいていた物語の背景はここまでの各編によって理解が進められている。同じく、個人個人の抱えるエピソードも既にこれまでの作品で描かれており、この段階では各人が抱えている思いも理解されている。ある程度、全て状況が明らかになっているようにも考えていたのだが、この「祭囃し編」では、その当初の段階ではもう意味不明となっていた「雛見沢大災害」の理由、そしてそこに至る動機や、最後の最後まで謎となっていた悟史失踪以前に発生した「鬼隠し」の一連の理由・真相が描かれている。 これらの点は結構重要で、大石が必死で追っていた事柄が実に表層に過ぎなかったこと、つまりは黒幕が別に存在しており、ある意味では意志があったという点に構成の妙を感じるのだ。
 確かに序盤では全くこういった黒幕の存在は感じさせないし、ほとんど例えば強烈な疑心暗鬼に端を発する突然の狂気にしても、全くそれらしき伏線はない。その意味では、全体を通じて本格ミステリかといわれると多少回答に窮する部分はある。ただ――、これだけ大きな風呂敷を多数拡げておいて、それを最終的に、そしてほとんど力業を感じさせずにたたみ込む構成力という点は、やはり本格ミステリを支える骨格と共通した何かがあるように思えてならない。

さて、「解」も残り一冊。ここまで読み続けると大団円すら迎えることが惜しくなるような。


08/10/21
島田荘司「Classical Fantasy Within 第五話 アル・ヴァジャイヴ戦記 ヒュッレム姫の救出」(講談社BOX'08)

 講談社BOXの「大河ノベル」第二期、島田荘司&士郎政宗氏による全十二冊予定の”超弩級”本格ファンタジー&ミステリ。第一部が三ヶ月連続刊行となり、再スタートした第二部が08年10月から三ヶ月連続刊行の予定が四ヶ月連続へと変更となった。本書がその第二部二冊目。

 栄華を誇ったサラディーンの都を救うため、紅海へと最小限の装備で飛び出した千騎の騎士団。最初の難関で多くの仲間が脱落し、第一ポイントともいえるブーシフェルに辿り着いたのわ、隊長代行ショーンに率いられた僅か十五騎のみ。その十五騎はブーシフェルの歓迎を最小限に留め、ショーンは無事「ポルタトーリの箱」を入手、夜明けと共に危難の渦巻くアル・ヴァジャイヴへと再び飛び出した。しかし、うち一騎を土ばかりの景色は一転して緑溢れる環境となり、順調に進んだ彼らは小休止を取る。そこへ単騎近づいてきた一騎。それはブーシフェルに残ったアレックスではなく、砦で一番の踊り子でショーンに執拗なアタックを続けていたサミラだった。騎士のひとり、ディオンの反対はあるが、ショーンはやむなく彼女を隊に加えて進軍を続けた。そこへ襲ってきたのが、予想されていた難物怪物のひとつ、翼手竜。なんとか追撃をかわしてアルコバールの砦へと逃げ込んだ彼ら。ショーンたちは、アルコバールと敵対する蛮族・ガズビーンの砦に忍び込み、アルコバールのヒュッレム姫を救い、彼の地にある「聖なる槍」を手に入れる必要が生じる。

智恵と勇気は必要ながら、躍動するストーリーは一直線に進んでいる……ようにみえる
 第二部の第一冊目になる『決死の千騎行』では、物語の前提が第一部と全く異なるため、むしろ背景説明にかなりの文量が費やされていた感があった。(それでも、かなり冒険の陰日向が描かれていたのは島田荘司ならではの文章センスによるもの)。本作からは、このアルヴァジャイヴ戦記ベースの物語が躍動感溢れる展開と共に真っ正面から描かれている。 また、恐らく本作の後半で使用されるであろう小道具や暗号などは登場するものの、全体や、物語の外枠に関する示唆は現段階本シリーズからはほとんど感じられない。……単に読み落としているのであればごめんなさい。
 本書の眼目は、十五騎に減ってしまった仲間の一部入れ替わり、そして多数の兵士で警備されている敵陣に対してごく少人数で乗り込むという知略溢れる冒険譚の部分だろう。前回登場した化け物に対し、今回の翼手竜は迫力こそ大幅にアップしているものの、戦いの工夫という点ではその生態に極端に依存する分面白みは少ない。一方、砦への侵入は細かな数学の知識から、三国志ばりの計略、そして前提となる様々な伏線が活かされた展開と、本格ミステリー作家ならではの緻密な構成が盛り上がりと意外性、そして展開の躍動感を増加させている。
 文章だけでも気になるのは踊り子のサミラの再登場。が、士郎政宗イラストにより魅力的に描かれている。ただ、そういったキャラクタの点だけが気になるが、よくよく考えると島田氏が創案した物語内部の鍵になるガジェットや地図といったところも、同じく士郎氏による緻密なイラストが挿入されている。実はこのことが物語理解を強く進めることに役だっている。その意味でも、ファンタジーという舞台にしてこのコンビは確かに最強かも。考えてみると作家・イラストともお一方だけで十二分に大物という夢のユニットですもんねえ。

 ファンタジーとして素直に面白い内容。はてさて、このアルヴァジャイヴがどうなるかという興味と、本当にミステリとしてたたむことが出来るのかという興味と。今から完結編が待ち遠しい。