MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


09/02/28
定金伸治「四方世界の王2 あるいは50(ハンシュ)を占める長子」(講談社BOX'09)

 講談社BOX名物。大河ノベル2009年版。オリエンタルファンタジーの二冊目。

 パービルムの王子・ハンムラビ、アッシュールの英雄・シャムシ=アダド、ラルサの帝王・リム=スィーン。群雄が割拠し、それぞれが世界を手に入れ、『四方世界の王』を目指して権謀術数を尽くす。学生・ナムルは、同級生の女子学生のシャズが持つ力に導かれ、彼女の別の姿がハンムラビ王子でもあることを知る。正体がはっきりした以上、自分と無縁の存在になったと考えるナムルの前に、再びシャズが現れる。一方、シャムシ・アダドは、彼のことを恋人以上の絶対的存在として慕う実の娘・エレールと共に、休戦期間中を利用してバービルムにお忍びで訪れていた。現在、もっとも力を持つのはラルサのリム=スィーン。その存在に対抗するだけの時間が傭兵上がりの彼には必要だった。そしてアダドはバービルム知事のニンウルタを指嗾し、自らの影響下においた。一方、リム=スィーン、そしてアダドに続く第三の勢力、それが東方のエシュヌンナから出てくる戦闘の才能を持つ年若い王子・イバルピエルであった。

まだまだ世界観説明の延長っぽいなか、少しずつ四方世界の成り立ちがみえてくる
 前作では、謎めいた女子学生・シャズと、果たしてどんな力or才能を持っているのか本人ですら理解していない少年・ナムルとのちょっとした冒険譚が中心に描かれていた。本作では、一冊目では描ききれなかった四方世界におけるその他の重要人物の情報が少しずつ提供されていく。本来、この段階で最も力を持っているリム=スィーン。そしてシャムシ・アダドにしても、純潔を意味するエレールという名を持つ彼の娘ともども、その背景が様々な角度から本作では描かれている。
 一方、終盤は、もう一人、イバルピエルという名の王子のエピソード。外交や政治に興味がないがゆえに強敵に育ってゆく、彼もまた異才の持ち主として描かれている。
 この段階で特徴的なのは、それぞれが「力」を持つことは当然認められる以上に、それぞれの人物の周辺に控える副官クラスの人物も少しずつ登場し、その個性を発揮しているところだろうか。複数の人物をさまざまな角度から描くことで、じわりじわりとこの世界の説明を創り上げてゆく方法論は、大河ドラマという長尺の物語には結構相応しいのではないか。
 古代オリエントらしさも、前作に引き続きこの作品でもいろいろと描写されている。ただ――、今のところ二冊で決めつけられないのだが、一冊一冊がそれほど厚くなく、この多少寄り道の多い、のんびりしてみえる勢いで、もしかすると大河ノベル至上(といってもまだ四作品しかないが)でもっとも膨らみがある世界を本当に最後まで描ききれるのか。ちょいと不安になってみたりもします。

 現在は(自分は)、一冊ずつ読んでいるのだけれど、余裕のある方は三冊くらいまとめて読んだ方が世界イメージは捕まえやすいかも。


09/02/27
友成純一「狂鬼降臨」(出版芸術社ふしぎ文学館'09)

 鬼才・友成純一、ついに「ふしぎ文学館」シリーズに登場。『獣儀式』に収録されている表題作ほか、'98年1月刊行の『ホラーウェーブ01』に掲載された「地獄の遊園地」、他二作は別の文庫に収録されている短編の再録で最後の一作は、これも'98年、6月発売の『異形コレクション6 屍者の行進』の収録作。書き下ろしがないのがちと残念か。

 地獄と現在の世界との境目が壊れてしまい、本来地獄に住む鬼たちが次々と現在に現れ、そして「自らの仕事」である人間に対する責め苦を実行しはじめる。鬼は不死身だが、人間は鬼に少しいじられると悲惨な死に様をさらすことになる。そんな人間たちと鬼たちの関わりを描く。 『狂鬼降臨』
 平和にスリルと冒険を楽しむ玩具会社が企画した美しさが売り物のテーマパーク。そのテーマパークのアトラクションがあるタイミングから一斉に大反乱を起こし、次々と来園者を血祭りに……。慌てた職員たちが制止させようとするのだが。 『地獄の遊園地』
 セックスによって感染し、男性だけ身体が内側から腐っていく腐敗病・退廃病。不治の病で次々と死亡する男性たち。政府は緩慢な滅びを認め、女性との性交を防ぐべく山手線を壁に女性の立入を禁じた。その地に美女が次々と現れ……。 『呪縛女』
 接待ゴルフに向かうエリートサラリーマンが遭遇した荒っぽい運転のアベックの車。チェイスを自制した男だったが、その車が停まっているのを見つけ、なかで彼らがカー・セックスに励んでいることに気付くと……。 『蟷螂の罠』
 誰もが死ななくなった日本。その結果、人々は刺激を求め、暴力を他人に振るいまくるようになる。警察をはじめ、都市機能は崩壊したなか、若者たちは残り少ないガソリンを掻き集めた車で、好き勝手で放埒な生を過ごす。 『地獄の釜開き』 以上五編。

結局のところ、友成純一作品はどこを切っても友成テイストなわけで。ただ本作では描写より設定が光る
 ふしぎ文学館に登場したという事実にちょっと驚いたが、現代作家のなかでも最もふしぎ文学館向けの特殊な作風を誇る作家であることに改めて気付く。少なくとも現在のところ、唯一無二の作風だといっても良い作家であるし。
 まず、表題作となっているのは、幻冬舎アウトロー文庫で一時期復刻されていた『獣儀式』からの作品で、再読になるが――相当にえぐい。 ……が、それはそれとして友成純一の作品思想というか、根底にあるものが非常に分かりやすく表現されているようにも思うのだ。
 多くの人が既に言っていることになるが、友成作品には徹底したヒューマニズムの否定がある。 人間なんて所詮は肉と血の詰まった皮袋。他人を慈しむ気持ち、人を愛する気持ちなんぞ幻想に過ぎない、という点を徹底的に残酷でグロい描写と共に書き連ねてゆくのだ。本書でも他人のために自己を犠牲にする人物というのはそこかしこに登場するのが、必ずその行為は報われていない。結局、その人物が守りたかったもの共々、あっさり殺戮されてしまう。
 ほか、乱歩の『地獄風景』にインスパイアされたという、『地獄の遊園地』。このアホでおバカな設定もまた友成テイスト。同じ『地獄風景』原作で、舞台を少し現代の遊園地に置き換えたに桑田次郎よる漫画も味わい深かったが、本書もまた某テーマパークを想像させる分、余計にえげつない。その他、山手線で城壁を作ってしまうだとか、人間がどうしても死ななくなった結果、究極のカオスが出現してしまうだとか、ある意味普通の人間がまず考えつかない奇想をベースに殺戮の限りを尽くしているのは、”ふしぎ”というよりも”異形”のテイスト。最近の(といっても十年前)作品であってもほとんどテンションが落ちていないところは流石というかなんというか。いやいや、素晴らしいことだと言っておきましょう。

 個人的に嬉しかったのは、あとがきにて「機会があれば「宇宙船ヴァニスの唄」シリーズの続きを書きたい」といったコメントがあった点。是非、是非、是非。あのシリーズは傑作だし、続きがあるのならいくらでも読みたい。(が、一般的に傑作と呼ばれるかどうかは保証しません)。本作もまた、好事家向け。友成初心者には刺激キツイと思います。


09/02/26
有栖川有栖「朱色の研究」(角川文庫'00)

 再読。'97年に朱色尽くしの装幀で刊行された火村・アリスシリーズの長編作品が文庫化されたもの。先に書くと、本角川文庫における、飛鳥部勝則氏の解説は全面的に首肯できるほどではないものの、力が入っており読み応えがある。

 英都大学で犯罪学を教える火村の教え子である女子学生・貴島朱美。彼女は過去に巻き込まれた火事のせいで夕陽恐怖症をもっているという。そんな彼女は火村に対し、二年前、和歌山県の周参見(すさみ)で彼女が巻き込まれ、そのまま迷宮入りとなっている事件を解決して欲しいと依頼する。彼女の一族が所有する周参見の別荘近くの海岸で、叔父の元恋人が殺された事件だ。彼女は海岸で読書中に流木で撲殺され、さらに完全に息絶えていたにもかかわらず大きな石が頭に向けて投げつけられていたという。火村は朱美から紹介された関係者に話しを聞くために夕陽丘を訪れ、すぐ近所に住む友人・アリスのもとを訪れる。二人雑談しながら酒も進み、火村がアリス宅に泊まった早朝、謎の電話により彼らはたたき起こされ、その電話の指示に従ってすぐ近くの《オランジェ夕陽丘》へと向かう。指示された部屋の浴室には見ず知らずの男の他殺死体が。そして彼は二年前の事件の関係者だった。

美しき朱色が凝った本格の世界を彩る作品にして、さりげない地域性が深みを引き立てる
  ホームズ譚『緋色の研究』を模した題名。だが、色へのこだわりは、むしろ本作の方が徹底している。
 題名だけはそちらから借りているものの、改めて読んでみて思いを強くしたが、多少プロットの組み方に複雑さが目立つものの、骨格としては端正にまとめられた本格ミステリである。二年前に和歌山で発生した事件があり、その謎解きを持ちかけられたまま、現在の不可解な犯罪に、もののみごとに火村とアリスが巻き込まれてゆく。二年前、さらにその前といった事件の詳細が語られる前に、マンション内の不可解な死体とその不可解な容疑者といったかたちで進むため、頭の中を少し整理する必要があるが、最終的に明かされる論理はむしろ美しい。
 特に冒頭の錯誤については、具体的方法はとにかく状況はミエミエなのに、その使い方が大胆で、レッドヘリングの役割も果たしている。エレベーターの使い方と錯覚のさせかたなど、現代的にして人工的なところがある一方、不自然なところがある点を逆手に取って真相に繋げてゆく展開は見事だ。
 ただ、一種観念的でもある真犯人の動機についてはそれが観念的でありすぎるがゆえに、理解されにくいところがありそうだ。この動機からは探偵小説的というよりも、文学的な香りすら漂う。 個人的にはこういう人間関係もありだと思うし、それが原因で殺人が起きるという設定、悪くはない。ただ、もしかすると論理を愛する本格マニアにとってはこういった割り切れない想いは苦手とされるかも。
 あとあまり触れられていないが、本作は実は珍しい、有栖川有栖の「大阪ミステリ」でもある。有栖川氏が大阪市内在住であることは知られているし、作家アリスの居所は本書でも明らかな通り、夕陽丘近辺にある。有栖川ミステリでの事件は、関西で発生していることが確かに多いのだが、微妙に中心街を外れて六麓荘やジェームス山といった高級住宅街であったり、豊中や南港など微妙に大阪市内から外れていたりするケースが多く、大阪の市街地で場所が特定できる場所の描写がしっかりある作品は実は少ない(特に長編ではほとんど見あたらない)。また、本書には、夕陽丘が位置する上町大地の歴史等も絡められており、朱色=夕陽の発想が恐らくは、四天王寺あたりから来ているものと推察される。 一旦途中で舞台が和歌山に移るものの、やはり珍しい大阪ミステリであることも覚えておいていただきたい。

 現在は学生アリスが復活しているし、近年の火村・アリスシリーズは、本格の精神はそのままに物語としては洗練されているように思う。ただ、実は最近の作品でも不可解な動機は結構有栖川作品にみられるし、その意味では本作はその原点のひとつであるといえるようにも思う。


09/02/25
矢作俊彦「傷だらけの天使 魔都に天使のハンマーを」(講談社'08)

 1974年から75年にかけ、半年間放送された同題テレビドラマ『傷だらけの天使』を踏まえ、その30年後の主人公らを描いた小説。ショーケンが主演を務め、市川森一ら多くの脚本家が参加し、当時の若者に多くの影響を与えたという。本書はその三十年後の世界を描いたオマージュ作品で、小説現代特別編集『不良読本』に収録された作品を大幅に加筆改稿して刊行された長編。原案の市川森一、主演の萩原健一の許可を得て刊行された模様だ。

『傷だらけの天使』から三十年後、東京の外れにあるホームレスの溜まり場に木暮修は起居していた。比較的マシな格好をし、賭けゲートボールで日銭を稼ぎ、段ボールの家で寝泊まりする生活。唯一の宝物は息子の描いてくれた絵だ。しかし、その場所に謎の人物が訪れ、別のホームレスを連れ去って、少し離れた工場内部で殺害するという事件が発生した。男たちはコグレオサムを探していたといい、木暮は彼が自分の身代わりに殺されたと直感する。修は、ホームレスに対して世話好きのシャークショ(市役所勤務のオタク青年)から金を借りて東京へと脱出。かつて自分たちが暮らし、弟分の乾亨を死なせてしまった過去が未だに木暮の胸にはあるなか、東京へと戻ってきた。修の知る東京は既に無くなっていたが、ところどころに面影が。その東京でいきなり知り合った派手でうるさい娘・澪、東京でいきなり再会したシャークショらと行動を共にして、歌舞伎町、代々木と歩き回って、ホームレス殺人事件の手掛かりを探すうち、次々とかつての仲間たちに再会してゆく。元大家の孫、典子との再会で塒を確保した木暮は、自分を付け狙う「何か」の正体を探りに改めて東京を動き回る――。

『傷天』世代なら間違いなく滂沱もの。そして原作を知らない、それ以外の世代にも通用するハードボイルドエンタ
 最初にお断りしておきますが、小生は『傷天』世代よりも後世代になり、原作は多少知るものの、大きな思い入れのない人です。その前提で。
 ……だが、面白い。 原作を知る人は、原作設定を踏まえた本書における細かな描写や、三十年の時を経て登場する懐かしい人物にいちいち驚嘆するのだと思うし、それもまた不自然なことではないと思う。さすがに小生でも、ホームレス状態の木暮が食べる朝食、トマト、コンビーフ、クラッカー……最後に牛乳というのが、ドラマオープニングのパロディってこ とは分かります。
 ただ――それ以外はほとんど原作知らずであるにも関わらず、一ハードボイルド作品として非常に興味深い内容になっている。 小生がそうだったからといって断言するのははばかれるが、それでも断言したくなる。主人公たちのことを知らない、原作を観たこともない。でもそんな、まっさらの状態であっても間違いなく楽しめる作品である。(そして、あくまで何となくだがこの当時の世代に強い人気があり、今なお信奉者が多いことにも思い至ることができる)。
 矢作俊彦が上手い、と言い切ってしまおう。三十年間、現世を捨てて生きてきた主人公の感覚が、強烈に「昭和」なのだ。(しかも昭和四十年代)。実際は違うのだけれども、その昭和からタイムスリップしてきたような主人公が、平成も二十年を経過しようとしている新宿を駆け抜ける。もともとあまり頭が良くないが、知恵はあるという設定であり、当世事情を知らない以上、やることなすこと無鉄砲。手が出て足が出て、逃げ出して。恐らく、このはちゃめちゃな感覚が、そのまま原作の『傷だらけの天使』そして、ドラマ放映当時の空気(むしろ、その状態に憧れる空気)に繋がっていたのではないだろうか。そしてある意味、こういった感覚を今なお持っている主人公を羨ましくさえ感じてしまう。むしろ、主人公の視線を通じて昭和期から平成に至る「ねじれ」「歪み」といったものが浮き彫りにされているようにすら感じられてしまう。
 ただ単に設定や背景について時間を経過させただけならば、ドラマに熱狂した該当世代以外は付いてこないところなのだけれど、別のホームレスが主人公と間違えて殺害される発端から、新宿での大騒ぎ、そして過去の繋がりを通じて少しずつ信頼できる人物が現れて、謎の核心に迫ってゆく展開がスムース。主人公もホームレスあがりで、体力も知識もないのだけれど、気合いと知恵、そして勘で魔都・新宿を突き進んでゆく様はどこかリアルで、かつ格好良い。 最後に明かされる事件の背景・謎の構成も凝っていて、これがあるからこそ、この物語がパスティーシュ(正式続編ではなさそうだし)以上の輝きを持っているのだと感じた。

 『傷天』世代の方は、どうやら狂喜しているようなのでそちらと同世代へ向けた小生からのコメントは特になし。むしろ説明なんてして欲しくないのではないだろうか。一方で、オヤジ主人公のハードボイルド作品OKという別世代の読者にも、充分な吸引力を持った作品であることも特記しておきたい。一度読み出したら止まらなくなった。


09/02/24
角田喜久雄「雪太郎乳房」(春陽文庫'91)

 刊行年の91年は、春陽文庫の新版の刊行年。昭和三十年代に発表された(たぶん)角田喜久雄の伝奇時代小説。春陽堂から函入のバージョンが刊行されていた模様だが、春陽文庫の旧版、新版ともに刊行されており比較的見つけやすい。

 かつて江戸の街では、若い娘ばかりを攫ってはその乳首から血を啜ったと幽鬼が住むという赤屋敷という伝説があった。それから何十年かの後、その赤屋敷の幽霊の再来が如く、全身を真っ赤な着物で包んだ女性が、同じように若い娘を拐かす連続怪事件が発生し、江戸の街を恐怖に陥れていた。最初に娘が赤い幽霊を目撃、その数日後に攫われてしまうのだ。そしてかなりの時間が経過したあとに発見された娘は、やはり気が違ってしまっているうえ、乳首が真っ赤に腫れ上がっているのだという。しかも発見されて何日かすると命を自ら絶ってしまうのだ。浪人・佐川重四郎を住まわせている御用聞き・並木の仙蔵は、その幽霊を見たという材木問屋の娘の代わりに、自らの勝ち気な娘・お喜美を囮に使うことを思い立つ。娘と入れ替わったお喜美はやはり赤い化け物に扮した何者かによって攫われたため、その後を仙蔵と重四郎は追った。重四郎は、無頼の浪人を装って一味の巣窟と思われる屋敷に入り込もうとする。その屋敷は大身旗本笠松十郎兵衛の持ち物で、そこには八重と雪太郎という美しい姉妹があった。その家に出入りする、重四郎そっくりの侍の正体は。そして彼らが策を練る間にお喜美は……。

シンプルながら、伝奇めいた謎が一本すらりと。怪奇風味に捕物風味、破綻せずまとまった佳作
 探偵小説において数々の業績を持つ角田喜久雄のもう一つの顔は、時代伝奇小説の書き手であるという点だ。我々ミステリ仲間からすると『高木家の惨劇』だとか『虹男』だとかを思い浮かべてしまうのだが、やはり読む人によっては『風雲将棋谷』であり、『髑髏銭』の作家という印象の方が強いだろう。
 ただ、そういった伝奇小説は例えば大巻であったり、二分冊であったりすることが多いのだが、本書のようにシンプルな作品であっても、十分に角田伝奇らしさが味わえるのが吉。 本書の場合は、例えば主人公・重四郎があたかも、某三四郎のように無敵の活躍をするし、また赤一色の服装を身につけた悪人たちが、娘の乳首を真っ赤になるまで咬むといったあたり、理屈だけでは割り切れない、訳が分からない部分もある。だが、全体のストーリーとしては、多少はらはらどきどき感が強調されすぎて不自然なところがあるとはいえ、悪人の動機から、主人公たちの計略に至るまで全体の物語としては決していい加減ではない。 探偵小説で培われたのか、かっちりとした構成である点も重要だ。謎が謎を呼び、最後に全体像が読者の目の前に浮かび上がるような内容は探偵小説的で面白い。某三四郎といえば、主人公の重四郎が、どんなに無頼を装って、どんなに美味しそうな据え膳を目の前にしても、心に決めた女性以外には心を動かさないといったところも明朗小説的で、控えめなユーモアにもまた繋がっている。

 語弊がある言い方になるかもしれないが、結局のところこのあたりの伝奇小説はマンガ的な部分がある。それも現代の先鋭的コミックといったニュアンスではなく、あくまで由緒正しい「昭和期の漫画」といった感じのもの。ただ、その単純にしてシンプルな筋書きで、きっちり伝奇小説として成立しているところ。それが本書の魅力だといえるだろう。


09/02/23
関田 涙「名探偵 宵宮月乃 5つの事件」(講談社青い鳥文庫'08)

 2003年『蜜の森の凍える女神』で第23回メフィスト賞を獲得してデビューした関田涙氏のジュヴナイル。といっても、本作は青い鳥文庫では五冊目であり、先に刊行されている四冊は『マジカルストーンを探せ!』というシリーズで、本書と同じ探偵とワトソン役が登場している。

 運動が苦手で将来はミステリー作家になるのが夢という美少女、それが小学校五年生の名探偵・宵宮月乃(よみやつきの)。その親友で空手が得意で勉強が苦手なワトソン役・朝丘日向(あさおかひなた)。彼女たちがぶつかる謎と、その鮮やかな解決がなされる五つの事件。
 彼氏と一緒に上京したという関西のイケイケお姉さん・榊さん。大阪で宝石店を営む彼女が体験した不思議な事件。謎の客、残された暗号。そして……。 『2時56分の暗号』
 男の子二人と四人で鄙びた遊園地に遊びに来た日向と月乃。さっそく四十歳くらいのおばさんから「うちの子を見なかったか」と訊ねられる。すわ誘拐? 更衣室で確かに女の子が消えたと思われたのだが……。 『密室から消えた少女』
 東京に住む彼女たちの友人・リズ。彼女の学校で起きた、彼女の書いた習字だけが破り採られた事件を何故か、月乃と日向が解き明かす。関係者のタイムテーブルと目撃証言をもとに事件を組み直すと、意外な真相が。 『あばかれなかったアリバイ』
 日向の母親が経営する美容室に訪れた旧知の女子大生(そして名探偵)・瞳さん。二人は彼女の住む部屋(意外に汚い)に招かれる。その部屋には金庫があり、謎のオリエンタルな木像があった筈なのだが、うち一体が消えていると瞳さんがいう。 『南風町の名探偵対決』
 50キロ離れた三浦半島からわざわざ自転車で魚を届けに来た都土夢くん。彼の置いていった箱には魚拓のようだが魚拓ではない謎の紙が貼り付けられていた。 『謎の魚拓』 以上5つと、プロローグとエピローグで描かれるもう一つの事件。

五つの種類の短編に五つの種類の本格ミステリ。子供向けと侮れない本格謎解き作品
 エピローグにまとめてあるのだが「暗号、密室、アリバイくずし、叙述トリック、図形パズル」と、五つの短編でそれぞれ異なる謎が扱われているのが特徴。ついでにいうと、プロローグからエピローグにかけて扱われている事件はダイイングメッセージだったりもする。それぞれ、本格ミステリのなかでも重要な要素であるが、青い鳥文庫という媒体のせいもあり、それぞれの謎について、殺人はおろか人間も傷付いておらず、完全に日常の謎の範疇にあたる。むしろこれだけのギミックというか、ポイントになる事柄を「日常の謎」のなかで種類を変えてやってしまうという点に、作者のマニアぶりが伺えようというもの。(ちなみに、ダイイングメッセージにしても、ミステリー研究会の人間が書いた創作ミステリとメタに話が振られているため、作中レベルの現実では人間は死んでいない)。
 個々の謎も、青い鳥文庫でここまで凝りますか? というレベルでかっちりしているため、読み応え(同時に推理する気があれば特に)も十分。ただ、さすがに個々のトリックの外側(連作という意味ではなく、個別作品のなかで)に仕掛けられたどんでん返しは、一般向けではありがちなパターンとなっているものもあり、さすがにマニアを本格的に唸らせるには至らないかもしれない。それでも、手抜きをまったく許さない心意気は買いかと感じた。
 本作にて登場している脇役たちは、どうやら前四冊に登場して、彼女たちとその段階でライバルだった探偵たちのようだ。ただ、本作を読んでいずれ、そちらにも遡ってみたいな、という気分にはなる。
 そして問題は「あとがき」だ。 作者が「あとがき」内部に登場して「解いてはいけない謎」について、日向と月乃にある物語を語り出す。そしてこの「あとがき」にはその答えは書いていない。個人的には「解」を仮説として頭に浮かんでいるのだけれど、作者が考えている正解と一致するか判らないのだよなあ。ポイントは「答えを口にした人がのろわれる」ってところ。たぶん、問いかけと、答えの角度のズレがポイントなのだと考えている。

 正直、この「あとがき」が一番歯ごたえがありました。が、内容もしっかりしており、青い鳥文庫の本格ミステリとして、十二分にお勧めです。


09/02/22
加藤実秋「インディゴの夜 ホワイトクロウ」(東京創元社ミステリ・フロンティア'08)

 2003年第10創元推理短編賞を、ホストクラブを舞台にした「インディゴの夜」で獲得。同作を含む『インディゴの夜』が刊行され人気となり、続編『インディゴの夜 チョコレートビースト』が発表される。そして本作は『ミステリーズ!』Vol19〜22号にかけて掲載された前半収録の三作品に書下ろし表題作が加えられた、三冊目となる同シリーズ作品集となる。

 club indigoのナンバーワンホスト、アフロヘアのジョン太は仕事前に寄る渋谷の汚い定食屋〈神山食堂〉に嵌っていた。目的のひとつは魚を中心に美味しいその定食、そしてもう一つはアルバイトの可奈ちゃん。職業を隠して店に通うジョン太だったが、ある朝、店のシャッターに落書きがされる事件が発生した。 『神山グラフィティ』
 club indigoきっての肉体派・アレックスが通うキックボクシングジム。ジムの会長が賭博で一千万円の借金をこしらえ、ヤクザから取り立てを受け、会長は連れ去られてしまっていた。アレックスをはじめ、ジムに通うメンバーは金を出し合うが足りない。そこで彼らはそのヤクザが経営する賭博場を襲って金を強奪する計画を立てる。 『ラスカル3』
 club indigoのホストのひとり・犬マンが仕事帰りに立ち寄る公園。その公園の端にはホームレスが住み着き、犬マンはその一人、タクミと仲良くなっていた。タクミはダンボールなどに絵を描くアーチストなのだという。その公園内部で前科者が殺害される事件が発生、ホームレスを束ねていたリーダー格の人物が容疑者として拘束された。タクミは犬マンに捜査の手伝いを頼み込んでくる。 『シン・アイス』
 club indigoが改装されることになった。客の一人、白戸仁美が世界的に有名なインテリア・アーティスト・笠倉という人物と働いているのだという。当初は一生懸命だった彼らだったが、仁美が突然失踪。それから急に工事が滞りだし、一方で笠倉の部下がindigoの仕事を手伝いだす。 『ホワイトクロウ』 以上四編。

ミステリ味はもとより薄いか。立ってきた主要ホストたちによる青春群像劇へと
 好悪の問題以前に、冷静に考えると本編収録の四つの作品のうち、特に前半の三作品については、別にこの〈club indigo〉のシリーズである必要、つまりはホストクラブが必ず舞台である必要はない事件だ。商店街の落書き事件、ヤクザ経営の店襲撃、ホームレス殺人事件の捜査。それぞれ事件そのものに関しては、ホストという立場は全く関係ないし、また解決にしても多少ホスト同士のネットワークや、ナンパ術が利用されるとはいえ、むしろ毎晩の仕事が足枷になるような(事実、事件に関係したホストは皆、店を休んでいる)事件ばかり。その意味では〈club indigo〉シリーズである必要はないようにもみえる――のだが、一方で先に作品を重ねている分、単に派手派手しいモテ系というホストたちそれぞれに個性が備わってきており、そこからスピンアウトした物語だという点でシリーズにぶら下がる。だが、決してそれは悪い印象はない。むしろ、それぞれこれまでの作品で活躍してきたホストたちが、それぞれ役割を与えられ、活き活きと活躍している様が心地よい。まあちょっとひねくれた見方をすれば「ホストはホストだけれども、水商売にも一生懸命、目の前の仕事にも一生懸命」という職業無関係に汗水垂らす若者の物語だともいえるだろう。
 最後の表題作『ホワイトクロウ』に関しては、ホストクラブの改装に端を発した物語なので、〈club indigo〉シリーズらしい作品だといえるだろう。晶や塩谷といったロートルメンバーもきっちり活躍し、その他のホストたちもそれぞれ自らの役割を演じる。前三作では影の薄かった憂夜が登場するところもまたファンには嬉しいところだろう。この作品がホストクラブらしい”夜の””様々な欲望が絡む”物語となっていることで、むしろ他の作品の清々しい印象が引き立っているようにも思える。まとまりという意味では若干登場人物が増えてきたおかげでごちゃごちゃしている感もある。だが、こういった都会の夜が強調された物語こそが〈culb indigo〉の醍醐味だと個人的には考える。

 特にこの作品が傑作だとか、特別な一作品がなく全体的なトーンは似通った物語群であり、それがむしろシリーズ中編集としては好ましい効果となっている。つまりは、シリーズを通じて読んでいる人にとっては安心して楽しめるようになっているということ。本書から読んでも意味不明のエピソードも多い一方、シリーズ通じて読むと判る面白さがある。ということで、シリーズで読むべき作品ですね。


09/02/21
朱川湊人「本日、サービスデー」(光文社'09)

 朱川湊人氏によるノンシリーズの中編+短編が集められた作品集。表題作は『小説宝石』二〇〇六年一月号から四月号にかけて連載された中編。「東京しあわせクラブ」「あおぞら怪談」はそれぞれやはり『小説宝石』二〇〇五年一月号、二〇〇七年十月号にて発表された短編。後半の二作品については書き下ろし。

 片道二時間半の長距離通勤に冷たくなった家族、会社では営業課長だが肩たたきを受けてしまったサラリーマン、鶴ヶ崎。家に帰って日付の変わる頃、一人ビデオを観ていると画面から謎の女性が「今日はサービスデーなんだからね」というのを見かけてしまう。しかしその晩、そして翌朝から鶴ヶ崎の身には何故かラッキーな出来事が連続して発生するようになる。 『本日、サービスデー』
 編集者に連れられて訪れたバーのアルバイト女性から、小説家の私は昔エッセイに書いたレシートを貸して欲しいという。そのレシートは閉店間際のアルバイト女性から受け取ったもので、その女性は買い物をした晩に殺害されてしまっていた。彼女はそんな遺品ばかりを集めるクラブに所属しているのだという。 『東京しあわせクラブ』
 二十年前のこと。お茶屋でアルバイトしていた俺の、四つ五つ上の先輩、日下部さん。フリーターの彼が暮らすアパートには手首だけの幽霊が出るのだという。おそるおそる先輩の部屋を訪れた俺だったが、日下部先輩と幽霊が不思議な共存関係にあることを知らされる。 『あおぞら怪談』
 兄から一人前に扱って貰えない少年は、昼寝を抜け出し『ザリガニ沼』へと向かう。父親から必殺の餌、サキイカをこっそり入手したのだ。彼は気合いを入れてザリガニ釣りに臨む。 『気合入門』
 何か苦しい思いを抜けて大きな河の側にやってきた二十歳の私。自殺したのだが完全には死にきれないまま、三途の川に来てしまったようだ。渡し守と、寿命前だという私は奇妙な会話を交わす。 『蒼い岸辺にて』 以上五編。

怪異や幽霊、だけど基本的にはイイ話(時々例外)という朱川作品群のイメージをそのまま映した作品集
 ノンシリーズの作品が集められていて、きちんとした意味での統一感がないのだが、全体としては実に「朱川湊人らしい」といいたくなる作品が並んでいる。まず冒頭の『本日、サービスデー』だが、もともとが遠距離通勤の主人公が毎日朝食を採るスタンドそばが、毎日「サービスデー」になっているところに引っかけられた題名。サービスデーというよりも、物語の本質上はラッキーデーとかベストデーという意味合い。いわゆる人生最良、何でも願いが叶う日。……なのだが、この手の物語に必ずあるオチ、即ち自分の幸福だけではなく、ふと思いついた他人の不幸もまた現実にもなる(たとえば、つい思いついちゃった「あいつなんて死んでしまえ」とかそういうこと)という事実。これが主人公を襲う。主人公の対応とその後日譚がポイント。後日譚の方に微妙に実は違和感があるのだが、素直に良い話と受け取るべきなのだろう。ただ、違和感の源は彼らの死は、もともと主人公の願望がきっかけだから感謝する謂われないように思えたところ。
 『東京しあわせクラブ』はちょっと変わった、どちらかというと厭系統のお話。殺人事件など猟奇事件の遺留品を特殊経路を駆使して入手した者同士が自慢し合う会で、普通の人々が公民館で行っているというあたりが奇妙にリアル。こんなもん、どういうルートで入手するんだ? という疑念あたりからはじまって、途中で何となく歌野晶午の『密室殺人ゲーム王手飛車取り』収録のある作品を少し思い出した。即ちその段階で作品のオチは見えたが、その敢えて尻切れトンボにしたと思しき演出の仕方がなかなかGOOD。
 『あおぞら怪談』も朱川湊人系のイイ話。手首だけの幽霊が登場するのだが、その部屋の持ち主である日下部さんのキャラクタが温かく、どうとも転がせる物語をユニークにして泣かせる話にしている印象。
 短編『気合入門』『蒼い岸辺にて』は、それぞれ書下ろし。どちらも筋書きとしては単純なのだが、前者は子供時代のセピア色の想い出が重なるような、後者もまた誰もが一度は感じる人生の絶望に対するアンチテーゼのような話で、これもまたイイ話にてまとまっている。

 さくっと読めるという意味では読めるし、朱川作品の人気のひとつはやはり怪談めいた要素があっても「いい話」に物語を仕上げる点にあるのだと思う。ただ、それでも小生などはそこに一握りの悪意がきっちりと織り込まれた作品の方に、より深い感慨が残る。従って本作で印象的なのは表題作よりも『東京しあわせクラブ』の方なのだ。