MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


09/04/10
柄刀 一「UFOの捕まえ方」(祥伝社NON NOVEL'09)

 副題は「本格痛快ミステリー 天才・龍之介がゆく!」。IQ190を誇る天才・龍之介シリーズの十一冊目。長編クラスの表題作「UFOの捕まえ方」(『小説NON』二〇〇八年十一月号〜二〇〇九年一月号)と、同じく『小説NON』発表の短編二編、書下ろし短編が一編が加わった作品集。

 実習型娯楽教育施設”体験ソフィア・アイランド”も無事開設の後、無事に運営が進められるようになっていた。そんななか業務中に総務担当の井藤正子が姿を消した。行き先の手掛かりは彼女と、見習い期間中の彼の従兄弟の使用していたPC。そして自殺サイトとの関わりは? 『サイト門(ゲート)のひらき方』
 この地方では有名な名家の娘を巻き込んだ狂言誘拐。娘の協力を得てスタートした身代金授受の最中、現金を持った人物が急病になり、なぜか観光客として男を救った光章と竜之介が身代金を運ぶことに。 『身代金の奪い方』
 秋田県北部の環状列石。UFOの名所としても知られるこの地にUFO観察サークルの面々と龍之介らが集まる。この地方ではつい最近、UFOらしい飛行物体が複数の人間に目撃されていた。UFO説、自衛隊の実験説等あるなか、サークルメンバーは議論を盛り上げる。そんななか、メンバーの一人が奇妙な状況で殺害された。出入り不能の密室内、しかも死体は天井から下がったシャンデリアの上部に……。 『UFOの捕まえ方』
 ヒーラーとして海外で名を成した滝澤。彼には学生時代からの仲間がいた。一時的に帰国した滝澤は窓から転落して死亡。滝澤はダイイングメッセージを書き残そうとしたようにみえたが……。 『見えない共犯者の作り方』 以上四編。

大道具・小道具にロジック。本格の諸要素何が飛び出すか先が読めない。シリーズ健在
 この「天才・龍之介」シリーズ、毎回毎回トンデモすれすれのトリックを使用してきっちり本格ミステリとして成立しているうえに、きちんと定期的に発表されていて中断期間がほとんどないという希有なシリーズになりつつある。このシリーズの凄さは、基本部分に科学トリックを用いることが多いながら、それに依存せずにありとあらゆる本格のガジェットを自由自在に織り込んでいる点にあると思う。
 今回の表題作は、本格ではどうしても眉唾として映るUFOネタ。冒頭の宇宙人による手術を受けた恐怖の場面、さらに関係者の奇妙な状態の死、複数の人物に目撃されるUFOのような物体……と、大掛かりの仕掛けを用いての「ミステリー」の場面がぞろぞろと登場する。その謎の提示の方法もさることながら、その解決(真相)が一筋縄ではない点に、凄みを感じる。というのは、何らかの科学トリックであるとか、勘違いであるとかその真相を隠している一点に依って成立させるのではなく、心理的・物理的・科学的……な、様々な要素を用いて総合的に成立させている点だ。従って、一つ謎が解けても次の謎については連鎖的に解けるものではなく、次から次へとハードルが登場する印象だ。但し、ちょっとその背後の陰謀に自衛隊の新兵器開発を持ち込むのは安易だと思うのだが……。自衛隊の場合は国家予算を使用しての秘密実験も、普通の集落が近くにある基地での実験もあり得ないし。実はガジェットそのものも、広義に捉えた場合に類似性のあるトリックもないではないが、その舞台設定であるとか、使い方に工夫があるので気にならない。
 複数トリックを使用して畳みかけてくるのは、もはや柄刀氏の作風ともいえる芸。 大長編(例えば『密室キングダム』とか)になるとあまりにも小説としてごたごたしてしまう部分があるが、これくらいの長さでまとめられている方がスッキリ、そしてすんなりと頭に入ってくる。しかし、本当にアイデアの尽きない作家ですよねえ。

 学習プレイランドも完成してしまったし、一連の「天才・龍之介シリーズ」全体としての興味は、光章と一美さんのカップルがどういう結末を迎えるかくらいになってしまっている。作者に、龍之介の探偵役としての愛着もあるのだと思うが、ここまで来ると内容のレベルの高さに対して、むしろ一見さんがなかなか新作に入ってこれない方が問題のような。一旦、幕を閉じて第二部として、全体の流れとは無関係に物語をリスタートさせるという手もあるのではないかと思う。


09/04/09
黒川博行「煙霞」(文藝春秋'09)

 大阪を舞台に、金塊を巡る騒動を描いたコン・ゲーム長編。『産経新聞大阪本社夕刊』に二〇〇五年十月三日から二〇〇六年十月六日にかけて連載された作品をベースに大幅に改稿されて単行本化されたもの。(大阪本社夕刊、というのは地域限定なのかしらん)。

 学校法人・晴峰学園では土地転がしやリベートなど、学園を私物化している理事長・酒井。一方で少子化が進むなか、学園は教師のリストラを行おうとしていた。三年後に正教員の約束をしながらずるずると講師扱いで業務をこなす美術教諭・熊谷、そして正教員ながらオフにはキーボード奏者としてライブ活動を行う音楽教諭の渡辺菜穂子は、体育教師・小山田に理事長告発の手伝いをするようしつこく勧誘してくる。仕方なしに承諾した熊谷と菜穂子は、見返りに正教員の座と転勤なしの勤務を条件として小山田の計画に参加する。小山田は理事長を告発する文書があるといい、三人は、愛人と共に関空から海外に行こうとした酒井を待ち伏せる。熊谷は小山田の背後に何者かが別にいることを感じるものの、小山田は否定。しかし酒井は愛人の朱美と共に島之内の倉庫に移動させるよう言い出した。酒井によって正教員の道を約束された熊谷と菜穂子。しかし菜穂子の勘によって現場の倉庫に戻ってみると、見慣れない吸い殻が残され、さらに関係者の姿が全員消えていた。このままでは誘拐の共犯にされてしまうかも……。二人は小山田の自宅を訪れ、陰謀の証拠などを探るが何も出てこない。さらに深夜に二人で食事していたところを、拉致されて酒井の自宅へと連れて行かれてしまう。

徐々に表面化してゆく「がめつさ」と「がめつさ」のがっぷり四つ。黒川流軽コン・ゲーム長編
 序盤は学校法人による不正の手口等の説明から、私立の学園の講師・教師といった立場の方の不安定な身分、そしてその地位を保全するために、学園の実力者の弱みを握り、それを利用しようという展開。この段階では物語はむしろ重く「人生かかっている」さらに「人生のために犯罪すれすれの行為をするかどうか」といった悩みなど、多少重いテーマを孕んで物語が進む、いや進んでいるようにみえる。
 ……が。
 その段階を過ぎ、実際の行動に移るや後はジェットコースター。 その忙しすぎる展開に最低限の現実味を与えるための重い序盤だったのかと中途に至ってようやく思い至る次第だ。学園理事の脅迫には裏があり、実利を求める人々が群がっていたという点までは読めるが、その裏の計画にも裏切りや想定外の事態が連続し、どこに転がってゆくのか読めないところが流石。ただ、物語以上に金に目が眩んだ人々によるやり取りが面白く、月並みな人物でありながら理事の愛人の朱美のキャラクタが秀逸。色々な顔を使い分けながら金のため、自分のためと割り切って行動するところに、水商売で徹底的に鍛えられた強かさが滲み出ている。
 また、黒川作品での名物といえる、主人公同士の軽妙なやり取りは本作も健在。 美術教師の熊谷と音楽教師の菜穂子のペアの、テンポの良いやり取りが素直に魅力的。一連の流れを通して、奇妙なかたちであっても惹かれ合う二人の様子はどこか微笑ましくもある。

 金の延べ棒が登場する流れは、銀行側が不正しにくい仕組みを作っている現在ならではの工夫に則っており、実は巧妙。まだまだ詐欺にはいろいろやり方があるもの。ただ、新聞連載という発表媒体のせいか、多少の暴力シーンがあるとはいえ、殺人や濃厚なラブシーンもなく、一見さんにも入りやすいのではないか。もっと濃い黒川作品がお好きという向きもいらっしゃるとは思うが、この作品はこの作品にしかない魅力があると感じられた。


09/04/08
石田衣良「5年3組リョウタ組」(角川書店'08)

 石田衣良初めての新聞連載小説として話題になった、小学校教師が主人公の作品。中日新聞、東京新聞、北海道新聞等に二〇〇六年二月六日から十一月四日まで(神戸新聞のみ時期が数日ずれる)連載された小説に加筆修正を加えて単行本化したもの。

 清崎県清崎市の希望の丘小学校の五年三組担任となった中道良太は二十代半ばの小学校教師。茶髪にネックレスを付けてジャージ姿で教壇につく教師だ。旧ナンバースクールであったこの学校は私立並みとまではいかないまでも、教育熱心な父兄と先生が揃っており、クラス間で年間を通じて競争が行われることになっていた。良太がこれまで担任してきたクラスは全五クラス中、五四五と最下位近くを迷走、今年も同様かと思われたが、何でもそつなくこなし、クラス間競争でも一、二位と思われる同僚・染谷は、そんな良太が最大のライバルなのだという。新学期が始まってすぐ、良太のクラスの学業優良児童の本多元也の様子がおかしいことに気付く。学校の授業など軽く無視できるくらい勉強が出来、何事もそつなくこなす生徒であったのだが、段々とその様子がおかしくなりつつあった。敷地内にはいるものの授業を抜け出してしまう元也に手を焼く良太。そこで良太は一計を案じ、自分のクラスは代用教員らの協力で維持し、自分は一週間その元也に付き添って学校生活を送らせることを学年主任らに提案する……。他にも学校内イジメにより登校拒否に陥った動機の教師の対策を要求されたり、兄の放火によって自宅が燃えてしまったクラスメイトを新たに迎えるため、思い切った方策を採ったりと熱血教師・リョウタの奮戦は続く……。

子供の成長を見守るのが好きで好きでしょうがなく、少々の柵をものともしない教師物語
 テレビドラマなどでは時代時代にしばしば、型破りの教師を主人公にした物語が登場して好評を博している。会社や警察といったテーマ以上に、小学生〜高校生を取り上げる作品は時代性が強く打ち出される傾向があり、その時代に好評を得るドラマは即ち、その時代をうまく反映しているのだと思う。その点、この作品もまた平成二十年代という時代をうまく写し取っているように感じられる。幾つか描かれるエピソードもそうだが、中学受験やイジメ、学級崩壊にモンスターペアレンツ、学校の不祥事等々、近年の公立小学校の現実がそうであろう、という雰囲気がよく出ている。
 そんな背景があってこそ、茶髪にペンダントの主人公・中道良太の教育に対する態度が逆に清々しく感じられる。背景は背景、時代は時代。バックグラウンドに変化があったとしても小学生自身の心根はそう変化があるものではない。そんな生徒たちに素の心で向き合って、ぶつかってゆく彼の姿は無条件に格好いい。
 新聞連載ということもあって、単なる、”いわゆる良い話”ばかりかと思いきや、先生同士の関係から登校拒否になる先生のエピソードなど、組織は違えど世間に充分有り得る嫌な話もあるし、大挙して押し寄せてくるマスコミと(ある意味で)戦う話もある。サスペンスという感覚とは少し異なるものの、先の展開を読ませないまま突っ走ってゆくストーリーテリングは読者の心を引き付ける。細かなディティールも上手い。例えば、やっと登校できた先生が保健室登校になってしまったり、最初に救った筈の生徒が自覚のないイジメに後半荷担していたり。教師が誰かをシンプルに立ち直らせて万々歳とするでなく、その解決に至る道筋のディティールの細やかさがむしろ目に付く。そんなエピソードは付け足しというよりも、現実っぽさを強調する効果が感じられる。
 物語の中途に差し挟まれる年上女性教師との甘い関係は、さすが恋愛小説の王様・石田衣良と思わせ、それこそ付け足しのようにみえながらも、アクセントになっている。他、学校の同僚同士の関係(良好な方)は、IWGPシリーズのような、教師であっても一人で悩まず、仲間と相談しながら進んでゆこうというメッセージも含まれるように思う。
 個人的に気に入っているのは、直接本人に非はないにもかかわらず、生徒が事件に巻き込まれたことによって希望の丘小学校がマスコミの集中砲火を浴びそうになる場面。マスコミ対応に一担任でしかないリョウタが登場する、そしてそれを認める校長の度量が素晴らしい。実際、学校で事件が発生すると生徒のことなどろくに知らない校長や教頭だけが応対し、担任などが後ろに隠れてしまう現実に対しての素朴な批判だと受け取れる。この点などは社会派といっても良いくらいだ。

 多少エピソードが尻切れになるパートもあるにはあるが、それでも流れとしては非常に爽やか。もともと悲惨な現実を描くよりも理想の教育者像の一つを描き出そうという意図があったようで、そしてそれが成功している。普通に面白い作品を求める読者にとっては、本書は一服の清涼剤となりそうだ。


09/04/07
北森 鴻「虚栄の肖像」(文藝春秋'08)

 『深淵のガランス』に続く、銀座の花屋兼腕利きの絵画修復士・佐月恭壱が主人公を務めるシリーズ二冊目。表題作『虚栄の肖像』は『別冊文藝春秋』二〇〇七年五、七、九月号に、『葡萄と乳房』は同誌の二〇〇八年一、三、五月号に掲載された中編。最後の『秘画師遺聞』は書下ろし。

 銀座の花屋である佐月恭壱。冬の狐を名乗る女性の仲介で墓前で行われる宴会に際し、古備前の甕に桜を活けることになった。その場でその古備前を報酬に、絵画修復師としての佐月に仕事の依頼があった。素人が書いたと思しき、しかもひどい状態の絵の修復だった。修復を行ううちに佐月の周囲が何かと騒がしくなり……。『虚栄の肖像』
 藤田嗣治作品の修復依頼を受け、久しぶりの京都を訪れた佐月。彼が学生時代の恋人との苦い思い出のある桔梗寺に立ち寄ったところ、十五年前に離ればなれになった倉科由美子と再会することになった。 『葡萄と乳房』
 人間を虜にする緊縛された女性が描かれたあぶな絵。相当に腕の立つ人物の手に依るものと思われたが、書かれた時代も作者「英斎」という人物も不明。埋もれた天才によるその画には、分析不可能の褐色があり、佐月や若槻を悩ませる。『秘画師遺聞』 以上三編。

芸術には欲望がつきまとう。スパイ小説さながらの策謀にサスペンス。人間の業が伝わる佳作
 北森鴻の名を高めた『狐罠』をはじめとする「冬狐堂」シリーズと世界を同じくする作品(というか北森作品の世界は比較的繋がっているケースが多い)。絵画修復師という存在は、他にも柄刀一がシリーズ作品の主人公として取り上げているし、細かな手掛かりと職人的な技でもって、在りし日の姿を蘇らせるその 絵画の修復という作業自体、ミステリと親和性があるのかもしれない。
 特に後半二作が、佐月という人物の過去に迫る作品であり、陰謀よりも様々な情念の凄まじさを訴え出るのに対し、やはり表題作における秘められた欲望と欲望がぶつかり合って、それでいて表層はごくごく静か――という大人の展開に痺れてしまう。登場する人物それぞれに個性があり、特にバーの女主人・朱明花が醸し出す色香は濃厚で、一読忘れられないキャラクタ。活字だけでこのような存在を描き出せる点は、素直に凄いと感心するところである。この表題作品の結末部分、最後に嵌めた相手を嵌め返す場面も痛快であり、『深淵のガランス』に比べて適度に読者に向けて分かりやすくされた展開が素直に妙味となっている。
 後半の二作にしても(もちろん表題作もだが)情念とは書いたが、絵画修復という行為がそれぞれの物語が持つ秘密と密接に連関をみせており、引き締まった内容になっている。ただ、ここまで小説として完成されてしまうとむしろ本格ミステリの小さな定規だけで作品を測定することができなくなる気がする。

 ただ、やはり前作を読んでからの方が世界には溶け込めるように思う。この佐月という主人公自体には、実は極端な個性が見えづらく創造されていて(多少人間味が薄く感じられる)、その点で入り込みにくい方もいらっしゃるかもしれないが、やはりきちんと物語全体を味わっていただきたいところだ。


09/04/06
福田和代「黒と赤の潮流」(ハヤカワ・ミステリワールド'09)

 2007年に発表したデビュー作『ヴィズ・ゼロ』で一部から高い評価を受け、続いて2008年に発表した『TOKYO BLACKOUT』も好評となり、冒険小説界に新風を吹き込みつつある福田和代さんの三冊目。書下ろしにてハヤカワ・ミステリワールドの第二期配本として刊行された。

 高校時代は日本代表クラスのスプリンターとして活躍した間嶋祐一は、交通事故によって足をやられ陸上からは引退を余儀なくされていた。更に阪神大震災で両親を亡くした彼は大学生になり、小型船舶の四級免許を取得して時折ボートを借りて海に出る暮らしをしていた。祐一にはボートを通じて知り合った、タイ人のドゥアン、そしてタオという二人の友人がいたが、阪神大震災を機に縁遠くなっていた。そんなある日、警察がドゥアンについて尋ねてきた。ドゥアンは倒壊したビルの下から刺殺死体として発見されていたのだという。連絡を取り合っているタオは、祐一に対してドゥアンの死を隠していたようで、そのことを詰問しても反応がほとんどない。マリーナに出た祐一は、先日塩屋でボートを磨いていて知り合った男にいきなり脅され、タオと連絡が取りたいのだと言われる。男は神戸の探偵事務所に務める古賀と名乗った。その件が気になりタオのところを訪れた祐一は、タオが隠し持っていた拳銃二丁を発見してしまう。逡巡した挙げ句にその拳銃を自宅に持ち帰り、タオを観察することにした。その結果、タオが何者かに追われていることに気付く。まずいことにタオは、一直線に六甲道にある祐一の下宿を目指しているようなのだ……。

ストーリーや小道具に不足はないのに、迫力や烈しさという冒険小説に求められる熱さが微妙に薄い印象
 上に書いたようにプレジャーボートや漁船といった、海の男たちの道具であり、生き甲斐でありといった”船”という存在を物語の中心に据えているところに工夫があり、かつ物語として登場人物が抱えてきた秘密などかなり深みのある設定となっている。陸上で日本代表級の実力を持っていた主人公が、その挫折から立ち直る設定なども成長譚として決して悪くはない。
 ……のだが、全体としては不足感の方が強く感じられ、どこか勿体ない気がする。
 女性がほとんど登場しないから、というのは他の冒険小説にも偶に見られるパターンでもあり、そのこと自体が問題ではない。思うに、登場人物が全体に平板なのだ。 確かにそれぞれの人物に触れられたくない過去があり、その結果としての現在があり、その部分も描き出されているのだが、脇役クラスの一部を除くと全体に同じ程度のレベルの深さしか持たないように読めてしまうのだ。脇役クラスでは、漁師の川西とヤクザの野崎というストーリーとの関わりとしてはそれほど深くない二人の個性が目立っている。逆に、高見、古賀、真木といった大人の男たちのキャラクタが時折被るように感じられてしまうのだ。(もしかすると、祐一に対して皆が優しすぎるせいかもしれないが)その結果、人間ドラマの結果のストーリーではなく、まずストーリーとしての構図がありきといった印象が強くなってしまい、冒険小説特有の熱さや感情が訴えてこない。但し、ラストに主人公が、何としてでも船を明石にまで持って行こうとする根性といったところには作品の主題を訴えるだけの熱さがある。 作者自身の筆力が足りないわけではなく、物語全体のバランスとか配分とかそういったところで微妙な計算違いがあったというところか。

 既に刊行されている作品で、福田和代さんの筆力そのものは証明されているし、小道具としてのボートや船に関する記述も的確だと思う。ただやはりサスペンスという点が弱いところは弱点だと思われる。これから福田和代さんを読もうという方にはやはり『ヴィズ・ゼロ』から、という順番をお勧めしたい。


09/04/05
新庄節美「名探偵チビー 黄金カボチャの謎」(講談社'96)

 どうやら前回たまたま青い鳥文庫で読めたので勘違いしてしまったが、ほとんどの「名探偵チビー」シリーズは、『雨あがり美術館の謎』以外は復刊されていないようです。本書は、ハードカバーでの最終配本二冊のうち一冊。

 最近温泉が発見されたことで少々報道されたことのある、山奥にある平和な村・黄金カボチャ村。この村はかつて戦争があった時の英雄・パンプキン男爵が砦として国王軍を守った地で、当時から根強い黄金伝説があった。その村の唯一の宿屋兼居酒屋である『カボチャが一番亭』の倉庫から、黄金色にも見えるという黄金カボチャが一個盗まれたという通報がチビーのもとにあった。現在は行方不明であるチビーの両親にかつて世話になったというウィルとモーリの夫婦からの依頼である。早速、助手のニャット君と共にチビーは村を訪れた。頼まれればいつでも譲るというカボチャが無くなったのは何故か。村に滞在する、アクの強い三人の芸術家、そして村のシンボルともいえる真鍮製のカボチャが続いて盗まれた。これもまた価値がないはず……。しかし続いての第三の事件は、村の存亡に関わる大変な事件になってしまう……。

真犯人は誰なのか。本格的アリバイ崩しを伴うロジカル・フーダニット
 これはまたかなり本格的なクローズドサークル+日常の謎+アリバイ崩し。 動物たちの国であり、彼らがそれぞれ職業を持っているという世界観はシリーズ全体引き続きである。そのようなファンタジー空間が舞台になるため、こういった平和で何も事件が起きたことのない村という存在もまた、物語内部では具体性が感じられる。そんな村で最初に発生したのは、どうでもいいくらいのカボチャの盗難事件。作者の上手いのは、その単なるカボチャ盗難事件であっても、後々の全体の謎に繋がる様々な事象を伏線としてこの段階で張り込んでいる点。 思わせぶりな記述もあり、怪しくもあり、怪しくもないという微妙な登場人物設定など序盤からぷんぷんとフーダニットの香りが漂う。本格ファンの好きな”雰囲気”というものをよくご存じの方である。
 事件は、ある重大事件。推理の序盤でこの事件を引き起こせる可能性がある人間(?)がかなり限定される。そして、その三人にはそれぞれアリバイが……。そして、このアリバイ崩しのロジックに小憎いくらいキレがある。 特に小道具を使ったミスリーディング、同じように容疑者となりそうな人間(?)を消去する手法なども本格ミステリそのものの方法論が採られている。恐らく、本来の対象年代が読んでも素直に面白いはずで、その魅力の一端を本格ミステリの手法が担っているともいえよう。 無味乾燥なロジック譚とせずに、解き明かす展開のスリル、そして温かな読後感など特筆すべき点の多い作品だといえるだろう。

 読めば読むほど、シリーズの面白さが味わえるなあ。最高傑作と名高い『首なし雪だるまの謎』、読んでみたい。


09/04/04
鯨統一郎「マグレと紅白歌合戦 間暮警部の事件簿」(小学館文庫'09)

 『「神田川」見立て殺人』『マグレと都市伝説』と続く、見立て殺人+歌謡曲という異色の取り合わせによる「歌う警部マグレ」こと「間暮警部」シリーズの第三弾。本書は文庫書下ろしで登場。

 神奈川県警を定年退職した大川圭吾が設立した探偵事務所に勤める中瀬ひかると、ぼく小林次晴。正月早々、電車内で痴漢に間違えられ、前泊ナナなる警視庁の捜査官に逮捕されかけるアクシデントこそあったものの平和な新年が始まったと思われた……。新年早々、チアリーダー女子大生の連続殺人事件が発生、一月下旬には赤いポルシェに乗っていた一人の女性が交通事故で死亡、二月初旬には横須賀で若い女性が殺された。無くなっているのは彼女が首にかけていた涙型のブローチ。不穏な事件の裏側には、秘密組織ブラックローレライの存在があった。武蔵野にあるCD製造工場の地下四階に本拠をもつ人知れず世界征服を目指す集団だ。陰の総帥を筆頭に副総帥・乙名死狂蔵、ナンバー3・死ノ原燎子、ナンバー4・死村剣……。そしてようやく大川探偵事務所に依頼人がやって来た。依頼人は現職の刑事である谷田貝美琴、間暮警部の一の部下にしてパートナーである。その彼女がいうには間暮が行方不明になっているのだという。更に警視庁では前泊ナナを含む複数の刑事が、最近発生している奇妙な事件の連関について調査を開始していた。

鯨統一郎版『コ○ミック』。こんな理由で殺害される被害者は……、さらに解決までもが……。
 三部作だったのは知っていて手に取ったのだが、まさかこの一冊で前作までのシリーズの伏線(宿敵・ブラックローレライの正体とか)が全て回収されているとは思いませんでした。つまり、もし間暮警部シリーズをこれから読もうという方がいらっしゃるなら(特に、昭和歌謡大好きというミステリファン)、必ず刊行された順番に読んでください。
 ただ、この一冊で逆の意味ではこのシリーズの凄さを感じ取りきってしまったかもしれない。歌謡曲+見立て殺人というテーマ、そして更に世界征服テーマが重なり、正直薄っぺらい登場人物たちが縦横無尽に理不尽に活躍するのだ。殺人事件の場面も重苦しくなく、東京タワーに突き刺さる死体などあり得ない見立てはむしろ笑うところか。近年の鯨ミステリらしい軽めの文章に軽めの内容。アイデアは結構面白いネタを持ってきている場合もあるのに、この文体の軽さによって相当に損をしているようにも思われる。ただその軽さゆえに持ってこられているネタに、ギャグという意味で笑える個所もまた多し。
 さらに熱心な歌謡曲ファンならば、ウケるところも違うだろうし、別の意味での面白さがあるのだと思う。一渡りは知識としてある世代とはいえ、このあたり詳しいとはいえないのであまり断言できない。ただ、古きよき時代の紅白歌合戦を壮大なパロディとして持ち込み、恐らく鯨統一郎なりの時代を超えたベスト「紅白歌合戦」を創り上げているところなども興味深い。恐らく、紅白の地位が失墜しつつある現在であっても、このクラスがずらりと揃えば凄まじい視聴率が取れることは間違いないだろう。

 ミステリとしては全然感心する部分がなかったにもかかわらず、結構「これはこれであり」という感じで面白く読めてしまった。許容範囲の広い読者であり、かつある程度は歌謡曲の素養を持っている方であれば、たぶん、楽しめると思う。


09/04/03
三津田信三「四隅の魔 死相学探偵2」(角川ホラー文庫'09)

 2008年に「1」として刊行された『十三の呪 死相学探偵1』の続編となる長編。文庫書下ろし。もちろん前作に引き続き、死相を見通す探偵・弦矢俊一郎が探偵役を務めている。

 お嬢さん暮らしからの脱却を図るため、城北大学への転入を果たし大学付属の寮”月光荘”に住むことになった入埜転子。寮の名札が悪筆で書かれていたことをきっかけに寮長の戸村、副部長の田崎らに強く勧誘され、怪談会の主催を主活動とするサークル「百怪倶楽部」へと入部することになった。転子自身は怪談にはほとんど興味がなかったが、倶楽部を通じて友人(今川姫や沢中加夏)も増えて学生生活を楽しめるようになった。夏休みを迎え、寮生のほとんどが里帰りをするなか、戸村の提案で寮の地下室で「四隅の間」の儀式を行うことになる。その儀式の最中、参加していた加夏が、突然死を遂げた。事情を知らない転子が後から聞いたのは、かつては社員寮だった”月光寮”では地下にある別の部屋で女性社員が暴行され自殺しており、昨年は「百怪倶楽部」主催の百物語怪談の最中に女子学生・田土才子が、事故死を遂げていたというのだ。それ以来、黒い女の影が寮内を徘徊するようになり、部長の戸村が歩道橋から転落して死亡した。転子は伝手を辿り、人の死相を見る探偵・弦矢俊一郎に相談、出馬を促す。

「何かいる……」という雰囲気作りは流石。本シリーズはそれでもミステリに近づき快刀乱麻の結末へ
 前作に比べると大学の寮というある意味公共的な場所というシチュエーションゆえか、前作には存在した「怪異とは別の人間の狂気」といった様相はあまり入り込まない。むしろ正常な人ばかりという状況のなか、「百怪倶楽部」の面々は四隅の儀式や百物語を実際に人が死んでいるにもかかわらず実行してしまう、学生らしい無分別、そして趣味の悪さが際だっている。このあたり「仲間がたくさん死んでいるのに、わざわざ深夜に一人で湖に泳ぎに行く女子学生」といったC級ホラー映画の典型場面(観客=読者が呆れるのをよそに、登場人物が わざわざ怪異に近づいてゆく)を彷彿とさせないでもない。
 その一方でこれまでもミステリやホラーでもしばしば取り上げられ、小生レベル読んできたものと比較しても、本書における「四隅の魔」の儀式が醸し出す恐怖感はさすが。 いわゆる密閉された暗闇の四角い部屋で最初は四隅に立った四人が順番に壁沿いに進むという儀式というよりも一種のゲーム。ただ、その本格的な描写は半端ではなく、暗闇の中で研ぎ澄まされてゆく触覚や、聴覚といった恐怖を呼び起こす感覚の描写が上手い。そして、この「四隅の魔」の儀式クライマックスに至る恐怖感は並大抵のものではない。
 それほどの恐怖を喚起しながらも、時に本格ミステリでもあるのが、良くも悪くも本書の眼目である。 死相学探偵といっても万能ではなく、ひと言でいえば「次に誰が死にそうか」が分かる能力でしかない。関係者の動き、不自然な手掛かり。そういった手掛かりをもとに、能力+ロジックによって犯人を導き出してゆく。ミステリであることを否定しても仕方ないが、個人的な好みだけでいえば、実はこのままホラーで閉じてしまっても一向に構わなかったかも。ただ、恐怖を恐怖のままで終わらせずきっちり現実に引き戻してくれるのが、三津田信三作品の魅力の一つでもあるのだ。

 弦矢俊一郎自身の登場が後半になってからということもあって、前半は事件の描写に費やされる。その前半と後半部のコントラストが良いのだが、なぜ俊一郎が庇護者の祖父母の元を離れて東京にいるのか等々、細かい内容は「1」にあるため、本書はそちらを読まれてからの方が良い。また、主人公と祖母との軽妙にしてボケとツッコミが溢れた会話も健在。広い読者に受け入れられる可能性が充分にある作品かと思う。


09/04/02
井上夢人「あわせ鏡に飛び込んで」(講談社文庫'08)

 長編『the TEAM』以来、三年ぶりとなる井上夢人氏の作品。KKベストセラーズのジグソーパズル企画にて発表された幻の作品と呼ばれた表題作をはじめ、アンソロジーや雑誌に発表された作品を集めた、文庫オリジナルの作品集。解説代わりか、最後に大沢在昌氏と作者との特別対談が収録されている。

 美代子に対して僕は別れ話を切り出した。だが差し出された彼女の手を握った瞬間に異変に気付く。 『あなたをはなさない』
 会社の金に手を付けて抜き差しならない状況に陥った男。街で見かけた自分そっくりの男を利用して妻に一芝居打って我が身を消して保険金を得る計画を立てるが……。 『ノックを待ちながら』
 FBIに二十四時間監視をされているシュルマンは家から脱出する方策を練っていた。バークス夫人の電話でそのアイデアが浮かぶ。注文していた大きな木箱が届くことになっているのだ。 『サンセット通りの天使』
 空き部屋を貸間にしている老婆のもとに行方不明者を捜している人物が訪ねてくる。その部屋では不思議なことに何人もの人間が急に行方不明になっていた。 『空部屋あります』
 同僚の橋本と組んで史郎が警備をしているビルに一億円が運び込まれた。特別体制は敷かず警備はいつも通り。一攫千金のチャンスと橋本を眠らせようとした史郎は、その橋本に襲われた。 『千載一遇』
 研究者の名倉はある研究に成功するが誰も理解を示してくれない。彼は我が身をもってその実験に臨むことにしたのだが……。『私は死なない』
 新旧二台のパソコンが手元にある。僕はどうするか考えた挙げ句、二台のパソコン同士にチェスをさせることにした。しかし限界があり、更に考えついたアイデアを押し進めてみる。 『ジェイとアイとJI』
 金儲け第一主義の病院経営者である城所は、看護婦の良子に誘われ、画家・天沼のアトリエで開かれるパーティに出席する。居心地の悪い思いをする彼に近藤は別室で最新の絵を見せたいというが……。 『あわせ鏡に飛び込んで』
 伸哉と秀暁は二人して真紀のことが好きだった。その真紀から、二人のうち相手を選ぶという留守電を聞いた伸哉は、思わず秀暁のところにそのメッセージを転送していた。 『さよならの転送』
 妻の弟を殺したのではないかと疑われた男が、身体の不自由な妻の恩師に出した手紙。恩師は気を遣い妻の方にも手紙を出すが……。全編手紙で構成されたミステリ。 『書かれなかった手紙』 以上十編。

様々なタイプの作品が揃うなか、共通するキーワードは「軽妙にして洒脱」。小説の巧さが堪能できる作品集
 こういった短編が生まれた背景にはもちろん、様々な媒体(雑誌とかアンソロジーとかの編集者)による「こういった趣旨の作品を書いてください」という依頼があったものとは推察される。とはいえ、この作品集には本当に様々なタイプの作品が並んでいる。ジャンルでいうなら怪談調のホラーから、犯人当てが想定される本格ミステリまで。 岡嶋二人時代の業績をみるまでもなく、現実の延長から若干のSFや超自然現象を交えて膨らみを持たせるところまで、井上夢人氏の引き出しは非常に広い。
 本書の末尾にある対談でも、井上氏は自らの創作について「プロット派」というようなコメントを述べている。結末や構成が先にあり、登場人物や設定は後から考えるといった方式で物語作りをしているという。もちろん、それぞれがプロットの面白い作品であるという事実を否定するつもりはない。――ただ、プロットの後に考えられるという肉付け部についても、相当念入りに考えられていると思うのだ。登場人物の細かな性格、職業や背景。学生にするのが良いか社会人にするのが良いか。それならばどのようなディティールを持った人物ならプロットに合うのか。読んでいるとするすると看過してしまうところ、そういった細かい点にも非常にこだわりが感じられる。結果、作品自体が生き生きとしていて時を経ても古びない印象を創り上げているように感じられる。
 この作品集に収録されている作品にしても、十年以上前のものが多数ある。確かに留守番電話やパソコン通信といったハード面については時代の変化によって色褪せてしまう点は仕方がない。だが、登場人物の本質に迫るディティールがしっかりしているがゆえに、物語そのものの面白みが時代という荒波を超えても決して古びてしまっていない。 (井上夢人作品はもちろん、岡嶋時代の作品にも同じ事がいえるだろう)。作家としての誠意とセンスがきっちりと集結した結果だと考える。

 様々なタイプの作品があるがために、熱心な岡嶋/井上ファンでなければ、なかなか全部の作品がお気に召すとは限らない。ただ、それでも必ず幾つか「おおっ!」と感じる作品が含まれていることは断言できる。それくらいの幅広い読者に受け入れられるだけのクオリティを持った作品集だと思う。


09/04/01
森福 都「肉屏風の密室」(光文社'08)

 読んでいる途中で気付いたのだが、前作がある。『十八面の骰子』がそれ。で、前作を読まないままに題名の強烈なインパクトに惹かれて手にとってしまった。二冊目から読んだけれども(かなり前作ネタバレがあるにしても)面白く読めた。『ジャーロ』二〇〇五年秋号から二〇〇七年秋号にかけて掲載されたシリーズ作品が単行本化されたもの。

 巡按御史という天子の権威を持った監察官として中国各地方を身分を隠したまま巡り、役人らの不正を断罪するのが役目という趙希舜。希舜は二十五歳になるが、見た目は少年のよう。その弟分で長身美男で拳法の達人・傅伯淵、大柄で武骨、磊落な性格の用心棒役・賈由育、伯淵に惚れ込んでいて、女スパイのような役目を率先して引き受ける茅燕児の四人は、各国の不正の噂の真偽を確かめに広い中国各地を巡る――。
 新姚県の知事が難癖を付けては罪のない士人を捕縛し、やたら牢に押し込めるという噂が。希舜ら一行も県に入って三日目には捕らえられてしまう。暫くしてから漸く釈放されたが、果たして知事の真意は? 『黄鶏帖の名跡』
 豊城県の知事が居合わす中、富家の女主人が豪邸の二階から中池に転落して死亡。しかも頸には細縄が。街は塩の専売で潤っており、死亡した楊婆は娘を集めて妾を斡旋していたのだという。 『蓬草塩の塑像』
 濮州の知事の私生活が乱れているとの報。その知事が自室で腹に短剣が突き立てられた状態で発見された。知事は半裸の女性を手鎖で繋いだ「肉屏風」で囲まれていたが、その彼女たちは皆眠っていたのだという。 『肉屏風の密室』
 順興県では任命された知事が四人続けて短期に職を辞していた。その街の特産は紅で、平穏で豪商の楊と、その地が開祖となる紅藍教という新興宗教の教祖が大きな力を握っていた。女難の相が出た希舜の巻き込まれる騒動とは。 『猩々緋の母斑』
 巡按御史となる前に希舜が師と仰いだ杜先生。杜先生は不正を摘発に長安に向かったまま消息が途絶えていた。一度は廃墟となった長安には呉光後という豪商がおり、土地を購入して巨大な塔を作ろうとしていた。 『楽遊原の剛風』 以上五編。

とんでもない本格ミステリあり、謀略溢れるサスペンスあり。中国ミステリの第一人者らしいバリエーション
 基本となるのは、宋代の中国を舞台にした「水戸黄門」。印籠に相当する身分があり、基本的にはその身分を明かすことでどんな悪人も「へへえ」とひれ伏す。(例外あり)。基本的に宋代とはいえ広大な中国の各県で行われている知事らによる不正があり、巧みに隠蔽されていたり不思議な事件のかたちで表面化したりする事象を、希舜らがそれぞれチームワークをもって情報収集や荒事、計略をもって暴いてゆく。さらに物語は複層の構造を為しており、主人公の趙希舜にとっては不倶戴天の敵が何名かおり、彼らが行おうとする壮大な悪事や復讐が、個々の事件をさらに複雑化させている。
 ただ、それぞれの事件の構造はかなり凝っており、例えば『蓬草塩の塑像』は時間差トリックを用いた不可能犯罪だし、『肉屏風の密室』は、その題名の通り肉屏風を形成している女性たちの真ん中で刺し殺された不可解な死体がテーマ。それぞれ、その土地土地の特徴であるとか時代ならではの考え方などがトリックに織り込まれており、この中国を舞台にしている必然性が強く存在する本格ミステリとなっている。
 また、『猩々緋の母斑』『楽遊原の剛風』にしても、表面上は巧みに隠された事象が終盤になって浮かび上がってくる様子は本格ミステリの感興に近い。ただ、一方的に強く本格ミステリを指向しているかというとそう断言も出来ない部分がある。趙希舜をはじめとする登場人物に絡めたエピソードも描き方が深く、それぞれの人間ドラマとしてもどっしりとしていて読み応えがあるのだ。もともと、中国を舞台にした作品を得意ととする森福さんということもあって、世界観やその土地土地の情景、特産品と都市の雰囲気など全てがしっとりと落ち着いてまとまっているのも小説としての強みとなっている。
 最初に述べたように物語としては「水戸黄門」でありながら、前のエピソードを活かした物語構成といい、ひねったトリックをさりげなく使うところといい、作品ごとの雰囲気が揃っていながら、物語のキモが異なっている。読んでいて全く飽きさせず、読者に先読みを許さない深みがなんともユニークだ。

 ただ、その全体の流れを重視する作風ゆえに前作で使われたエピソードを登場人物が振り返る場面も多く、その意味ではネタバレ多数。やはり『十八面の骰子』を読んだうえで本作に入るのが正しい読み方だろう。小生のように題名のインパクトだけで気軽に手にとってはいけません。