MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


09/04/30
生島治郎「あなたに悪夢を」(ケイブンシャ文庫'92)

 元『EQMM』編集長にして、国産ハードボイルド小説の泰斗にして、小泉喜美子の元夫にして、「片翼だけの天使」シリーズなど新機軸恋愛小説の書き手にして、その一方で短編小説の名手としての顔を持つ。出版芸術社からもその短編小説を取り上げた『28のショック』という作品も刊行されている。本書もその系列で、短編サスペンスとショートショートを集めた異色作品集。

 香港駐在を満喫している会社員の私。美味い食事に美貌の中国人秘書との情事。その彼女が案内してくれた店での秘密パーティで出てきた料理に私は魅了されてしまう……。 『香肉(シャンロウ)』
 西暦二〇〇〇年。独身主義者の久坂は女性に関しては完璧を求める理想主義者。今まで何十人もの女性と交際しては別れてきた。そんな彼があるバーでひと目ぼれした女性が……。 『過去の女』
 身体が弱く日光に直接当たることのできない少年・佳博は、母の死の一ヶ月後、自由に行動できる時間に陽の当たる中庭へ思い切って出てみた。そこには……。 『蜥蜴(トカゲ)』
 見た目は普通だが母親は重度の精神的な病を患っていた。居もしない赤いリボンを結んだ仔豚が身近にいるというのだ。入院中の彼女を見舞った娘は婚約者にそのことを嘆く……。 『遺伝』
 先輩作家・伊能と飲んでいた私。四十を迎えた私は伊能から過去の女がふと目の前を横切る話を聞かされる。私は連れ込みホテルの前で自殺した筈の志乃が歩いているのを目撃し……。 『夜歩く者』
ほか、『念力』『頭の中の昏い唄』『ダブル・ショック』『殺しあい』『ヤブイリ』『世代革命』『夢幻器』『誰……?』『名人』『前世』『大脱走』『いやな奴』『顔』『ゆたかな眠りを』『暗い海暗い声』 以上二十編。

短編サスペンス・ショートホラー。ブラックな味わいがある小説の原点的作品群
 二十もの作品があり、半数程度がショートショート、残り半数も短めのサスペンス、ホラー、さらにはSFの系列に連なる作品まで。SF系とはいっても、SFを目的としたものではなく、非現実的設定が物語の構成上必要な場合に仕方なくSFの要素を加えているという印象。
 発表された年代がこの文庫版では不明なのだが、風俗的な描写から考えて昭和四十年代から五十年代にかけて発表された作品が多いのではないかと想定される。その前提で考えないといけないと思うのだが、全体に「巧いのだが素直」という印象が強い。冒頭にある『香肉』にしても、古来からある禁断の○○ネタを使っており、その点自体にひねりは少ない。ただ、この作品の場合は禁断の木の実を囓った主人公の心理状態の変化に焦点をずらしている点が巧い。たとえば猿にある種の薬を与えたところ、一部の猿は知能を進化させたまま生き残るという『前世』であるとか、上述の『過去の女』といったところは、SF的設定を用いている。その設定自体は今となっては素直なタイプであるが、ほんの少しのラストのひねりがあって小説としては面白さをキープしている。
 また『世代革命』は、宇宙人が現れてある世代以下が、戦争を行った世代に対して革命を引き起こすストーリー。こちらは逆に「緑色の宇宙人」がいきなり現れるところなど、さすがに現代感覚だと失笑ものだが、当時の社会性を諷刺する意味が込められていると受け取れる。結末にしても、その社会性をさらに意義を突っ込んだもの……と深読みしなければさすがに単純過ぎて革命で安定を得た世代が更に別の何かによる革命でひっくり返されるというオチは予想がつく。『ヤブイリ』は丁稚の小僧の藪入りと、未来世界を掛け合わせたハイブリッド小説。だが、藪入りの習慣(という以前に丁稚という考え方自体か)が廃れてしまうのは計算外か、どうでも良かったか。

 当時は斬新、ないしは革新的であったかもしれないアイデアも、国産娯楽小説が年代を重ねるうちに偶然なのか、同じ発想、アイデアによる亜流が、自覚無しに積み重ねられる。本格ミステリや、本格SFといった歴史がはっきりしたジャンル文学と、サスペンス等のライト娯楽文学とのあいだに横たわる、歴史的な差異、価値観というところが存在するように感じた。つまり、ライト娯楽短編小説は、その読まれている発表後しばらくの期間しか評価しようがない、といえるように思うのだ。

 後から『28のショック』を確認したところ、三分の二程度の収録作品が重なっている模様。本書はたまたま古書店で手に取ったが、どうしても生島短編を読みたい場合は、出版芸術社版を購入するのが近道のようだ。


09/04/29
菊地秀行「トレジャー・キャッスル」(講談社ミステリー・ランド'09)

 「かつて子どもだったあなたと少年少女のための」というキャッチフレーズで第一回配本がされてから、既に六年の歳月が経過。今回が第15回配本となるが、まだラインナップにありながら作品が発表されない作家の名前が数人。段々装幀が豪華になり単価が上がっているのが、買い続けている身にはちとツライ。

 問台中学三年の”おれ”は、祖母、父親と続いた武道家一家に育ち、古武道影夢流を身に付けており中学でも番長格。今日は高校生の相撲部に付け狙われ、SM市にあるSM藩十万石の城跡で対決していた。訳あって逃げ出したところ、腐れ縁でもある学校一の美男子にしてナンパ師・丹野と、これまた中学一の美女で社交ダンス部部長兼薙刀同好会会長の安藤冬美と出会う。さらに城跡で宝捜しをしていたという、同じ中学の能登と会話を交わすことになる。能登の父親は、SM藩の隠し財宝に執心したまま亡くなっていたが、能登は父親が謎の一端をつかんだという証拠を持っていた。かつてSM藩には、からくり好きな鞭丸なる若殿がおり、隠し財宝に関係していると思われた。能登の家に別のトレジャーハンターが現れ、彼の母親を殴って宝捜しの手掛かりが持ち出された。警察の介入に、一旦は宝捜しに乗り気だったおれたちも、能登を除いて協力を止めることになるのだが……。

古き良き時代の少年少女向け冒険活劇小説をあえて展開はそのままに、現代舞台、菊池テイストに改める
 父親の宝捜しの夢を叶えようという少年、大人顔負けの戦闘能力を持つ中学生、学校一の美男と美女。さらに隠し財宝に、その隠し財宝を(なぜか同じタイミングで)狙おうという「悪い大人」。まず、物語設定というか登場人物の作り方が、非常に古臭い。我々おっさんたちが子どもの時分に読んだような、古い冒険活劇小説を地でゆくようなキャラクタ作り。 多少異なるのは中学生にしてナンパ師というのは、さすがに昔はいなかったとは思うにしても。
 そして、基本テーマも隠し財宝を探して古城の地下にある秘密の洞窟を探検するというもの。教育委員会の事なかれ主義が未だその洞窟の存在を隠していたという設定はとにかく、少年少女が大人の助けを借りないで洞窟を探検するというのは、更に遡って戦後すぐの少年少女小説のようなリアリティ。また、そのなかには門番よろしく巨大な○○が……というところに至ると全て確信的に執筆されているものだと思える。付け加えると単行本のカバーにあたるイラストも昭和の少年少女小説の香りが漂っており、全体的に徹底的に再現を狙っているように感じられる。
 その意味では素直に面白いといえるし、逆には全てが想像の範囲内ともいえる。あえて素直な気持ちで読んだが、何かひねりがあるはず……と信じて読んだ読者は裏切られたような気分になるかもしれない。アクションシーンも多く、冒頭の倉庫の鍵を巡る部分などくすっと笑えるパートも準備されているにせよ。
 普通は引っ掛かるところではないのかもしれないが、結末でのこの財宝に関する扱いがある意味では型破り。「宝物は見つけるのだが、記念品程度しか手に入らない」「宝物は実は別の何かだった」「宝物を見つけて世の中のために使うことにし、自分たちが得られるのは誇りと名誉」……あたりがこの手の少年少女向け宝捜し小説の常道だと思うのだが、本作は上記のどれにも当てはまらない。ひねりがないのが逆に意外性を呼ぶというか。深読みするとここを演出したいがために、終盤までの冒険物語だった、なんてことはないか。

 まあ、普通に古式ゆかしき少年少女向け冒険活劇小説という評価は動かず(しかも戦前戦後ではなく高度成長期あたりの冒険小説)。固有名詞の一部に菊池御大らしい遊び心はあれど、本筋とは無関係。「かつて子どもだったあなた」の読者のうち、ミスラン自体のファンと、菊地秀行ファンが読めば良いのではないだろうか。


09/04/28
田中哲弥「猿駅/初恋」(早川書房'09)

 早川書房の新しいレーベルとして2009年に立ち上げられたのが「想像力の文学」のシリーズ。奇数月配本とのことで、その記念すべき第一回に選ばれたのが田中哲弥氏の本書と『ミサキラヂオ』の瀬川深氏。田中哲弥氏のホームページで発表されていた幻の中編『猿はあけぼの』をはじめ、これまで「異形コレクション」等、各種アンソロジーに発表されていた短編作品が集成されている。

 母と待ち合わせした、三方を山に囲まれた漁村の改札口を抜けると大量の猿がいた。 『猿駅』
 次は葉子ちゃんの番だった。寄り合いに参加するのは十五歳から。そして寄り合いで何が行われるかというと……。 『初恋』
 浴槽でふと気付いてみると大量の鼻血によって身体が固まり、身動きがほとんど取れない。動かせる部分で何とかしようと思うのだが。 『遠き鼻血の果て』
 身体を売って暮らすユカ。しかしそんなユカのことを客は誰一人覚えていない。 『ユカ』
 妹の生活費を稼ぐためにヤクザをやっていた政義は足を洗って今は車のセールス。普段は大人しいが、ある場面を見ると豹変してしまう……。 『か』
 かつての級友の暴力団員・青木に悩まされるデザイナー・井上のもとにかかってきた電話。娘が学校で倒れたというのだが、学校関係者の言うことが要領を得ない。 『雨』
 小規模の広告代理店に勤める聡が命ぜられた瓢毛村出張。あまりに辺鄙な田舎に、奇妙なタクシーで辿り着くと村には立って入ってはいけないと言われ……。 『ハイマール祭』
 社会人の妄想+学校の奇妙な話(説明不能)。 『げろめさん』
 羊山羊という病気にかかった部下の妻。彼女・彩香は自分に会いたいと、夫婦で家までやって来た。彩香の奔放な愛情が解放され……。 『羊山羊』
 実験用の猿だが人間のように進化してしまったショウちゃん。オールドミスの研究主任がその猿を外に連れだしデートしようとした結果、ショウちゃんは神戸の街に出て行ってしまう。純真な八歳の心と優秀な頭脳を持つ青年姿の、でも猿。ショウちゃんの冒険は……。 『猿はあけぼの』 以上十編。

どうしようもなく汚くえげつない描写、アホなストーリー。なのになぜだか哀しみが胸を打つ……
 なんというか、訳わからないんです。
 例えば『げろめさん』。 身重の妻に早く帰ると連絡を入れるための携帯電話が見つからず、遅くなってしまう男。そこからの妄想なのか、現実なのか、ゲロやうんこまみれの学校の怪談と過去の浮気相手がぐちゃぐちゃのどろどろになって、物語の脈絡がなく、さっき書いてあったことが数行後にはなかったことになっていたり、こちらの脳味噌も一緒に溶けそうな感覚になる。描写も強烈にグロかったりエロかったりなのだが、脈絡の混乱も加わるため、まさにぐちゃぐちゃな気分になる。『雨』は、本来平穏な生活をしている筈の男が精神的にぐちゃぐちゃになる系統の作品だし、『猿駅』は、猿がぐちゃぐちゃと踏みつぶされるし。『ハイマール祭』『初恋』は地方の因習の訳の判らないしきたりと集団狂気が主人公を襲う話。『ハイマール』の方は、笑いの方が勝っているとはいえ。
 ただ――、全体として何か独特の物悲しさが漂っているのが特徴。 自分が一番大切にしている何かを自分自身の手で、判っていながら壊してしまい、そしてその壊したことに伴う単純な哀しみと、それを自分自身が為したことによる数%の喜びと。単にぐちゃぐちゃしているだけではなく、その底流に自己破壊衝動が隠れているように思えるのです、はい。
 その意味では、後半部を占めている『猿はあけぼの』。表題作になぜ採用されなかったのか理解に苦しむのだけれど、上記した他作品とのバランスという意味では多少物語自体が持っているニュアンスが異なるせいか。知能を持った猿が世間ずれしないまま、神戸の街を闊歩する、とまあそういう話。随所に笑い、ツッコミ、ボケが散らされていて、最後には自衛隊も米軍も登場するスケールの大きい(?)物語にして、根本に「愛」があるという。田中哲弥さんの現段階代表作といえる「大久保町シリーズ」にもどこか通じるところがある。少なくとも長期間心に残るという意味では、やはりこの作品が、作品集全体を代表していると思う。

 田中哲弥先生、もっと仕事してください――。このキレのない短編(良い意味で)、読んでいるとクセになります。


09/04/27
三津田信三「凶鳥(まがどり)の如き忌むもの《特装版》」(原書房ミステリー・リーグ'09)

 2006年に講談社ノベルスより書下ろし刊行された、刀城言耶シリーズ第二長編、『凶鳥の如き忌むもの』が、ハードカバーの特装版として原書房から再刊行。(原書房初刊のシリーズ作品が講談社文庫入りしているので、何かそういう契約があったのかな)。ただの再刊行ではなく、短編『天魔の如き跳ぶもの』が書き下ろしにて追加収録されている。『凶鳥』についても改稿という言葉があったが、再読した限りでは大幅な変化は感じられなかった。

 凶鳥の如き忌むものについてはリンク先を参照のこと。
 『天魔の如き跳ぶもの』 大学の講義が終わって古本屋にいた刀城言耶の耳元で「奇妙な屋敷神を祀ってる家がある……」と囁く声。驚いて振り向いた後ろには、刀城の個性的に過ぎる先輩・阿武隈川烏の巨躯があった。その言葉の真意を知りたくて病気が出てしまう刀城言耶だったが、阿武隈川は先にあった『死霊の如き歩くもの』の事件に、自分が関われなかったことを根に持っており、すねてなかなか情報を出してくれない。そんな彼を何とか持ち上げて話を聞き出す刀城。武蔵茶郷にある箕作家。その裏庭に大きな竹藪があり、天魔が住むという言い伝えがあり、江戸時代から何人もの人間がそこで消失しているのだという。その家の当主がかつて突然消え、そのまま行方不明に。その後、屋敷では天魔と祖父を祀る祠を竹藪に作り、屋敷神として祀っていた。戦後、新たな当主・宗寿が離れに住むようになり、食料を盗むために子供が屋敷に入り込んだところ、逃げ出したその子供が竹藪のところで消えてしまい、少し離れた崖下で死体となって発見された。更に、調査のために箕作家を訪れていた刀城と阿武隈川の前で、また同じように子供が消える事件が……。

短編ながら手抜きなし。伝奇とミステリの相性を極限まで煮詰めた一編。(天魔)
 『天魔の如き跳ぶもの』について。
 いきなり阿武隈川烏の強烈な個性に当てられるような冒頭ながら、伝奇的諸要素とミステリが濃密に混じり合った一編。 本格ミステリ短編として充分に佳作だと思うし、結末に至る部分での三津田氏らしい個性がまた発揮されている。竹藪+人間消失という段階で、なんとなくあるトリックが思い浮かぶ(もちろん、そのトリックも物語の一要素を成してはいる)のだが、アイデアがその段階に留まらず、二段階、三段階と進化してゆく部分がまず上手い。また、例えばなぜ癇癪持ちの筈の当主が、易易と刀城と阿武隈川を屋敷内、そして離れに招じ入れたのか、また一本の竹の状態が変化してしまった、といった細かな、普通に読んでいれば、フィクション中の普通の御都合主義のなか看過してしまうような部分までもが伏線となっている点は本格ミステリファンであっても唸るものがあるだろう。特に、真犯人の微妙な心理状態が醸し出す変化をきっちり、そしてさりげなく描写に組み入れる手腕は磨きが掛かっている感がある。
 また、今回の場合は怪異な現象そのものが発する恐怖感が少ない(怪異は怪異として存在するのだけれど)分、全ての謎が解体された後、読者に最後の一撃を入れることを忘れていない。三津田作品の場合は、ホラーテイスト方面のサービス精神は過剰なくらいで丁度良く、そして本作もまたしっかりと実践されているといえよう。単純に「人間が一番怖い」という結末では絶対に終わらせない点、非常に共感できる。

 正直、単行本を本棚に並べたいがためだけに購入したのだが、『凶鳥」の再読も味わいがあったし、『天魔』も面白かった。三津田ファンであれば、投資する価値がある一冊のように思われる。コレクター的な部分からいうならば、講談社ノベルス版の『凶鳥』の表紙は、村田修画伯の絵じゃないですし。


09/04/26
恩田 陸「ブラザー・サン シスター・ムーン」(河出書房新社'09)

 同名の映画があり、また「『夜のピクニック』から4年、青春小説の新たなスタンダードナンバー」と帯にある。恩田陸らしい、実験的な味わいに満ちた青春小説。

 東京から二時間という中途半端な地方都市から大学入学を機に上京してきた楡崎綾音、戸崎衛、箱崎一の三人。彼らには高校時代にチームを組んで、街を取材したという共通経験があり、それぞれが友人同士である。そんな彼らだが、大学入学後に綾音と衛が少し付き合った以外は、ほとんど交流がないまま卒業してゆく。しかし、綾音は大学時代に居心地の悪い思いをしながら文学に目覚めて、現在は作家となっており、戸崎衛は中学の頃から演奏していたベースを片手にジャズ研究会に入部して大学の四年間をジャズに費やす。しかし冷めた性格の彼は卒業後はメーカーに就職し、当時を懐かしむ。箱崎一はシネマ研究会に所属する。大学時代は便利屋のように使われ、鑑賞を専門にしていた箱崎だったが、金融に就職後、空き時間をコントロールして自主映画を撮影、大きなコンペティションに招待されるに至り、異色の経歴の映画監督として世間の注目を集める――そんな彼らのそれぞれの学生時代について第一部「あいつと私」第二部「青い花」第三部「陽の当たる場所」それぞれ三部作として描かれる異色作品。

「文学」「音楽」「映画」。各駅停車、それぞれの大学生活が回顧され読者固有の思い出を誘う
 同じ高校出身で同じ大学に進み、だけど互いに良い友人でありながらべたべたした関係はなく、それぞれがそれぞれの時間をさまざまなかたちで使って成長してゆく――物語。この三人の物語それぞれに他の二人はほとんど通りすがり程度のかたちでしか登場しない。いきなり結論からいうと、その学生時代特有の無関係性を敢えて描くことで青春小説の苦さを演出した作品、かと思う。少なくとも楡崎綾音という人物のエピソードは、作者である恩田陸さんの経歴と世代的、地理的、そして恩田陸さん自身のエピソードとして明らかになっている部分とかなり重なっており、ほとんど作者の分身のような存在だと考えて差し支えなさそうだ。他の友人にモデルがいるのか、恩田さんの想像の人物なのかは残念ながら判らない。だが、まあ、実際にW大学はそういった様々な特徴をもった人物も輩出しているし、それ以上に一般社会に普通に溶け込む人間をも輩出している。
 三人が大学生活の時間の多くを費やすのは文化系な趣味、文学、音楽、映画と異なる。それだけでなく、その対象への取り組み方(文学は運命、音楽は真剣だけど諦められる存在で、映画は趣味の延長で才能が発揮される)も、卒業後の進み方もそれぞれ異なっている。敢えて三人の物語をクロスさせないことで、青春小説としての苦さが滲み出ている。 それぞれの作品では登場人物固有の友人や知り合いは多数登場するし、一人一人は孤独な青春を送っているものではない。しかし、三人それぞれの進む道が、原点こそ同じであってもいずれ異なってゆくという点が、この小説形式のなかで強調されているように思えるのだ。

 ある意味では、ストーリーらしいストーリーのない小説だといえるだろう。第一部〜第三部、どれを取り出しても、大した起伏があるでなし、熱烈な恋愛が描かれるでもなし。一編ごとに分けて考えると、青春小説ですらない、単なる人間の一時期を描いた普通以前の作品でしかないが、三編まとめて一冊にされることで、独特の青春小説になっている、そんな作品。


09/04/25
真梨幸子「ふたり狂い」(ハヤカワ・ミステリワールド'09)

 真梨幸子氏は2005年に第32回メフィスト賞を『孤虫症』で受賞しデビュー。その後は精力的に作品を発表しており、本書は実に七冊目となる単行本だという。《ミステリ・マガジン》に二〇〇六年七月号から二〇〇九年二月号にかけて発表された作品を連作短編集としたもの。

 『エロトマニア』……ほとんど接触のない相手に一方的に恋愛妄想を抱く症状。――榛名ミサキという作家が『フレンジー』という雑誌に連載している『あなたの愛へ』という作品。作者に対する愛情を抱く役柄で登場するのが川上孝一。その川上孝一と同姓同名の人物が、自分のことが小説に書かれていると逆上、様々な異常行動のあと、作者である榛名ミサキを刺した。麻衣子はその裁判を傍聴に訪れた。証人に立つのはオカマっぽいキャラクタの編集者・田中。川上の上司でメンチカツを展開するフードチェーン社員である渡辺。『クレーマー』……商品やサービスに対して必要以上の苦情を言い立てるユーザー。渡辺の勤務する店の入ったデパートでは「指入りコロッケ」事件が発生。渡辺の店は無関係の筈だったが、別の客が渡辺の店の商品に文句があるようで彼はパニックになり……。『カリギュラ』……禁止されると、ついその行為をやってみたくなる心理状態。留美子先輩からの電話を受ける、マンション住まいの私。しかし留美子さんとの関係を聞きだそうとする謎の電話に、つい「友達です」と応えてしまったことから……。 といったかたちで短編が前の作品を受けて繋がってゆく。『デジャヴュ』『ゴールデンアップル』『ホットリーディング』『ギャングストーキング』『フォリ・ア・ドゥ』 以上八編から成る。

何が正常で何が狂気なのか。心理状態を示す題名もまた信用できない狂気の連鎖反応が巧み
 作者には申し訳ないが、あまり期待せず読み出したところ、これが面白い。連作として構成された物語、個々の短編に登場する人物や、曰く付きの物件などがキーワードとなって繋がっているだけならありきたり。本書はその時系列を後ろに前にずらすことで、先の短編で発生した事件のその後であるとか、その逆に事件が発生するに至った心理であるとかが、うまく縦糸横糸の関係で演出されており、立体的な物語を読者が幻視するという仕掛けなのだ。
 キーワードとなるのは、女性雑誌に連載されている大人気小説。売れないお笑い芸人とその作家自身のすれ違う愛を描いた、実話がベースになった物語という触れ込みなのだが、その実話が様々な人々に影響を与えている。もうひとつは、事件の発生するマンション。こちらは都会らしい微妙な住民同士の人間関係などが様々なところで繋がっている。こうやって書き出すと却って判りにくいかもしれないが、他の短編で登場していた思わぬ固有名詞が、短編ごとの本編のサブエピソード的に登場する都度、「ほお」とその周到さに感心させられるのだ。さらに、物語は続いていながらウロボロスのように互いを食い合う。小説自体がキーになっている関係で、メタなのか現実なのかもだんだんぼやけてゆくのだが、それもまた良い。
 そしてほとんどが聞き慣れない心理学用語が短編題名に採用されていて、その心理学的状態が短編のテーマとなっている。連作短編集としての一編だけではなく、そのテーマの扱いがそれぞれ上手い。また、そのキーワードがそのまま適用されていたり、レッドヘリングになっていたりと一筋縄ではいかない点も特徴だ。

 正直、デビュー作を読んだ段階では著者がこれほどの小説巧者であることを見抜けていなかった。物語を錯綜させている分、大きな拡がりということはないのだが、むしろこぢんまりとまとめている点を評価すべき作品。不意打ちというか、様々なタイプのサプライズを楽しめた。


09/04/24
遠藤 徹「むかでろりん」(集英社'07)

 『姉飼』で第10回日本ホラー小説大賞を受賞している著者による(小説としては)四冊目となる作品。純然たる短編集としては本作が初めて。「小説すばる」に2006年4月号から2007年10月号にかけて不定期掲載されたノンシリーズ短編が集められている。

 臍からびろんと飛び出した結節器。合図によって住民はその結節器で繋がって、侵入者と自動的に戦う……。 『むかでろりん』
 鬼を撃ちにゆくというのでお供した。栗田さんは立派な猟銃を持っている。 『鬼を撃つ』
 牛の頭を持つ牛人間が突如地球上に多数現れた。人格者で働き者の彼らは社会に受け入れられ始めたが……。 『MEET IS MURDER』
 駐車場に車を停めてから歩けど歩けど海岸にはたどり着けない。お馬鹿なカップルは歩き続けて……。 『ピノコな愛』
 突然、妻が身体を分離させることが出来ることを見せつけはじめた。夢だと思っていたが……。 『八つ裂けの妻』
 「一般課題」。決められた期間内にこの課題を突破できるかどうかで市民の価値が決まる……。 『肝だめ死』
 片足立ちしてぴょんぴょん動く中年男が見た、彼好みの脚を持つ女子高生がどうなったかというと。 『もうどうにもとまらない』
 刺激的な題名の本の著者インタビューを担当したレポーター。しかし相手の方が一枚上手で……。 『子供は窓から投げ捨てよ』
 突然死体が起き上がる。死体は死体のままなので、再生者保護研究センターに収容され、近親者のみ面会が許される……。 『トワイライト・ゾーンビ』 以上九編。

常識から良識から何からを徹底的に破壊。エロティックにして背徳的な世界観を淡々と味わう
 狂気が溢れている。
 狂気とひとことでいっても、一般常識的な社会のなかで一人が奇行を行えば、その一人が狂気を持っているといえるのだが、この作品集の場合は、登場人物全体で奇行を実現してしまっていたり、社会全体が奇行で成り立っていたりする。その結果、そちらが正しくて、一般的で当たり前の常識を備えた、読む側、つまり世界のこちら側が狂気に取り込まれてしまうような気分になるのだ。落語の一つ目小僧の話みたいなものか。
 設定そのものは、アホらしい(褒め言葉)ものも多い。例えば『もうどうにもとまらない』は、自分自身の身体が理由もなく化け物化して殺戮生物と化してしまう女子高生の話だし、村の外の人間がキノコのかたちで固まってしまう『ピノコな愛』も、まあ、アッチョンブリケってやつだ。『子供は窓から投げ捨てよ』は、題名そのままで何か社会諷刺が入っているような気もするけれど、気のせいのような気もするという厄介な作品。『トワイライト・ゾーンビ』も、まあ題名からして駄洒落から入っているのだけれど、ラストの物悲しさは堪らないインパクトを残してくる。一方、『MEET IS MURDER』は、ラストのインパクトに背筋が凍る。
 全体的に一筋縄ではゆかない世界観と味わい、そして混沌と独特の秩序が描かれる。読んでいるあいだだけ、突っ走っているような作品から、先に書いたように余韻をもって世界観を示してくれる作品まで、バラエティも幅広く、読んでいて全く飽きるところがない。どこからこれだけ謎めいた世界のアイデアが出てくるのか。人間への愛が詰まっているかと思えば、埖屑のように人間を切り刻むこともまた厭わない。登場する全ての感情、そして事象は物語への供物と化している。
 ……たぶん、基本、面白ければなんでもいいじゃない、だと思うのだけれど、その考えに確信もてない。

 誰にもお勧めできる作品ではないことは確か。ただ、普通の読書に飽いてしまっている貴方にとってはそれなりに刺激となるはずだ。エロでもグロでも耐性はある、面白い作品、刺激の強い作品を読んでみたいという読者には最適なプレゼントになると思う。が、そういった読者層って多いの?


09/04/23
はやみねかおる「人形は笑わない ―名探偵夢水清志郎事件ノート―」(講談社青い鳥文庫'07)

 今年(2009年)、無事に完結を迎えた「名探偵夢水清志郎事件ノート」シリーズの九冊目となる長編。当時、読んでいたと思ったのだけれども、完結篇を読み終える前に確認したところ、どうも読み落としていた模様につき改めて。

 中学三年生になり、そろそろ受験に頭を悩ませる季節となった岩崎三姉妹。そして相変わらずの”名探偵”、教授こと夢水清志郎。雑誌『セ・シーマ』の取材で、様々な怪奇的な噂のある人里離れた毬音(まりね)村にある人形塔の取材に連れ出されることになった。取材時期がGWに重なるということもあり、監視役として三姉妹は同行することになった。一方、虹北学園の文芸部は、副部長のレーチが暴れたことにより予算獲得に失敗。レーチはその挽回のために、ミステリ映画を撮影して部費を獲得すると宣言する。後輩たちを巻き込んで撮影費用を確保、そして撮影場所は亜依たちと同行して毬音村で行うことになった。その毬音村では、再開発に絡んで人形塔から建設会社社長が転落死する事故があり、さらに人形塔で代々人形作りをしていた栗須一族の最後の一人、栗須豪人もまた密室内部で死んでいた。果たして過去の事件は。そして夜な夜な村を歩き回るという謎の人形の正体は……?

全体的なコミカルな味付けが勝ってはいるが、ミステリもしっかり
 全部の作品を完璧に把握している訳ではない(何しろ十年にわたって読んでいるので)のだが、夢水清志郎のシリーズが、単発で楽しめるジュヴナイルミステリから、少しずつ新キャラが登場し、その新キャラの個性が立ってきて……というのはこの作品あたりからということになるのだろうか。
 つまりは、亜依とレーチの微妙な関係があり、三姉妹が自らの中学三年間の成長を自覚し、虹北学園という学校とそこで共に学んだり、部活動を行ったりという後輩たちが現れたり……といった学園もの的な内容の比率が徐々に増えてきているということ。少なくともシリーズの中盤を少し過ぎ、外伝でもないこの作品ではその傾向は顕著に表れている。別にその点は否定すべきことではなく、恐らく本来の対象読者にとって読書の興味の一環となるのは良いことだと思うのだ。
 一方で、本来の入り方とは異なる――簡単いうと一世を風靡した新本格ミステリの延長として、いい年をして「青い鳥文庫」の作品を手にとってきた読者にとっては一抹の寂しさを感じないでもない。まあ、本来おっさんは対象読者ではないのだ。……が、教授が現地で読んでいたのが『宇宙大密室』であるとか、相変わらずマニア泣かせ(中学生以下一般読者無視?)のコアのネタも随所にあってそれはそれで喜ばしい。
 人形が歩く、密室の人形の塔で死んでいた芸術家といったトリック含みの謎もあるが、本書の場合、その謎が引き起こされた理由という点がさりげなくオリジナリティが高い。トリックを仕掛けた側と、その意図とのあいだにある乖離。なかなか斬新で、かつアイデア倒れにならずに作品内容とマッチした使い方が為されていると感じられた。

 初期作品とは異なり、このあたりから先の巻については特に人間関係が前作以前を踏まえている部分あり、順番に読むことをお勧め。しかしこれから『卒業』を読むのが楽しみなような、勿体ないような……。


09/04/22
松本寛大「玻璃の家」(講談社'09)

 福山市出身でもある島田荘司氏が選考委員長を務めることで話題になった、ばらのまち福山ミステリー文学新人賞の栄えある第1回の受賞作。松本氏は1971年北海道生まれ。新潟大学卒業。現在は札幌在住の会社員なのだという。

 米国マサチューセッツ州にある田舎町。この地には、かつてガラスの製造で巨万の富を築いたリリブリッジの当主が住んでいたという廃屋敷があった。その当主・クロフォードは妻が列車事故がもとで失明した後に、オカルトに目覚め、家中にあるガラスというガラスを撤去して数人の使用人と家族と共に生活していたが、数年して妻が死亡、彼自身もまた謎の死を遂げていた。現代。その当主の存在は、自分の現在の境遇に近かったのではないかと考えた十一歳の少年、コーディは夕方に廃墟に近いその屋敷へと忍び込んだ。彼が探検をしていると、謎の人物が館に死体を運び込み、火を付ける現場に遭遇してしまう。慌てて逃げ出したコーディは、警察に保護されるが、彼には犯人の証言を出来ない理由があった。「相貌失認」。半年前に遭遇した交通事故の結果、コーディは人間の顔が全く認識できない障害を持っていたのだ。州警察は大学病院を通じ、米国で心理学を学ぶ日本人学者・トーマとコーディを引き合わせる。記憶違いや不完全な認識について研究するトーマは、コーディから少しずつ事件の話を引き出してゆくのだが、彼の証言が一定しているようで一定していない点に注目してゆく。さらにリリブリッジ一族や、屋敷が廃屋になってから発生したヒッピーによるドラッグ中毒死事件などが少しずつ、現代の事件との連関をみせるようになってゆく。

かなり高度な医科学を利用した本格ミステリ。ただ他にも仕掛けが多数、輻輳するサプライズ
 本書を読み終わると物語とは別にサプライズがある。巻末に記された参考文献の数が半端ではなく多いのだ。本だけではなく論文なども記載されており、エンターテインメント小説ではなく学術書ではないかと思わせるほど。ただ、その参考文献に見合うだけの深く濃い内容が物語の随所にみられる。その結果が島田荘司氏が、いかにも好みそうな次世代型本格ミステリーの姿として結実しているともいえそうだ。
 その新しい科学的事項、筆頭はなんといっても「相貌失認」。こういった精神や記憶に関する特有の障害を絡めてミステリを構築する方法は、新本格の以前・以後問わず様々なかたちで取り組まれている。ただ寡聞にしてこの「相貌失認」という症状は初めて今回深く知った。物語の関係者が語る言葉なども専門性が高く、おそらく雰囲気作りという理由以上にこのテーマに作者がこだわっていることが伝わってくる。
 だが――、本筋となるミステリ部分、さらにその謎解き部分についてこの症状が絡むところは賛否両論がありそうだ。ある程度みえみえになりそうなところを様々なレッドヘリングで隠してはいるものの、本格という縛りのなかでは犯人の要件を満たす人物が少なすぎる。(本格ではなく、第三者で良いのであればめちゃくちゃに範囲は拡がってしまうが)。
 ただ、個人的にはこの「相貌失認」が絡むパートよりも、その裏側に数々存在している、本筋からは微妙に離れた事件や事象の真相の方が好み。 複数の双子が織りなす人間模様であるとか、過去の犯罪の恐るべき動機であるとか、ガラスを無くしてしまった元当主の行動の真因であるとか。このあたりをうまく処理することができていれば、「相貌失認」が完全に無しでも、恐らく公募のミステリー賞でも受賞が可能なレベル。それくらい多くのアイデアが込められているように感じられた。本格としてはむしろこの部分を評価すべきだと思われる。まあ、あくまで結果論でしかないのだけれど。

 文章も読みづらくなく(個人的には登場人物が米国人で、かつ人数が多いので頭の中での整理に戸惑ったとはいえ)、物語も壮大にして緻密。新人の作品としては、相当にレベルの高い部類に入ると思う。島田荘司氏が危惧していたように、この一作で全てを出し尽くして燃え尽きてしまっていなければいいが……と余計な心配をしてしまう。現時点で半期を終えていないとはいえ、今年デビューする新人のなかではかなりレベルの高い作家だという点は間違いないだろう。


09/04/21
今野 敏「ST警視庁科学特捜班」(講談社文庫'01)

 数々の人気キャラクタを抱える今野敏氏の人気シリーズ、かつ代表作とされるのがこの「ST」。本書は1998年に講談社ノベルスより刊行され、現在まで十冊以上が刊行されている。

 現代犯罪に対応するため新設された警視庁科学特捜班、略称はST。通常は初動捜査や依頼を受けての分析を行う科捜研が、直接的に捜査過程に携わるという異例のプロジェクトだ。まとめ役はキャリア警部の百合根で、自称一匹狼の鑑識・赤城、秩序恐怖症のプロファイラー・青山、人間ガスクロにして武術の達人・黒崎、鋭すぎる聴覚の持ち主で挑発的な服装を好む紅一点・結城翠、そして僧侶でもあり、雑学や文化に詳しい山吹。選ばれた五人のメンバーによる初仕事は、中国人留学生女性が被害者となった暴行殺人事件。徹底的に荒らされたようにみえる部屋の様子に青山は微かな違和感を覚える。さらに別の中国人女性が神社の境内で別のタイプの暴行を受けた痕跡がある死体となって発見された。二人の体内に残された精液の血液型はは異なっていたため、当然、事件は別の捜査本部は考えたのだが……。

現実とのぎりぎりの淵で折り合いをつけた特殊能力集団もの。狙いはひたすらに痛快さ、か
 これは現代の忍法帖だよなあ……と思いつつ読んでいたら、解説の西上心太氏が同じようなコメントをしていた。各々異なる色が付けられた登場人物の名前あたりで狙いまくっている通り、現代的な警察組織+戦隊ものというのが恐らく作者の狙い。 真面目な警察小説を求めるようなお堅い方ははじめから読者の想定範囲に含まれていない。今野氏自身にその実力はあるだろうが、本書の場合はそもそもの狙いが異なっているはずだ。ノベルス版が刊行した時に、紹介文で「ノベルスの面白さの原点に立ち返った大快作、ここに誕生!」とあったらしく、現実を背景に荒唐無稽なキャラクタを縦横無尽に活躍させるところに意義があった(そしてやりたかった)のだと推察する。
 登場人物がそれぞれ特異で、科捜研所属の職員でありながら人間離れした優秀な能力を持っている。それでいて個人の性格はばらばら、協調心は低く、組織に馴染もうという気持ちすら持っていない。また、その能力は(もしかするとこれからもっと明らかになるのかもしれないが)通常の人間にはあり得ないレベルであり超能力者のほとんど一歩手前。 彼ら五人が揃えば、ヤクザだろうが格闘家だろうがテロリストだろうが、まず太刀打ちできる一般人はいなそうだ。
 従って、彼らのライバルになり得るのは一種の怪人。 犯人が誰かなんていうのは普通に読めばすぐに分かるが、プロの犯罪者・殺し屋であり、常識の範囲内では非常に優れた能力を持っている。怪人一人vs戦隊五人となれば……ね。
 ただ、ぎりぎりのところで警察組織に関する描写・設定が現実に則っているところで大人のエンターテインメントとしてぎりぎり読むに耐えるバランスを保っている。この匙加減が絶妙だと思う。

 リーダビリティ自体は圧倒的に高く、読み始めると最後まで一気に読めてしまう。今野敏氏には多数のシリーズ作品があるが、そのなかでもSTシリーズは2009年現在で十冊を数える人気作品。一冊目に触れただけだが、エンターテインメント小説のど真ん中。このシリーズに人気がある理由がよく分かる。