MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


09/05/20
奥泉 光「神器 軍艦「橿原」殺人事件(上下)」(新潮社'09)

 雑誌「新潮」平成十八年一月号から平成二〇年七月号にかけて連載された作品の単行本化。これまでの奥泉作品の多くと同様、太平洋戦争を扱った大長編作品。

 昭和二十年の初め頃。沖縄まで連合軍の侵攻が進み、日本軍の敗色は濃厚となっていた。海軍でも巨大戦艦「矢魔斗」をはじめとする僅かに残された船舶は沖縄へと向かうよう指令が出ていた。同様に軽巡洋艦「橿原」も横須賀から出航、まずは呉へと向かう。自分で「緑死館殺人事件」なる、それらしき小説を書き上げてしまうほどの探偵小説好きの上等水兵の石目もその乗組員に指名された一人。しかし、この「橿原」には開かずの5番倉庫が艦底近くにあり、その付近で何人もの人間が謎の死を遂げているという噂を聞く。この艦には何か忌まわしい秘密がある――乗艦した初日から石目は感じ取るがそれが何なのかは分からない。その後、敦賀に寄港してなぜか謎めいた陸軍の軍人を数名乗せた「橿原」は再び出港、しかし、上級士官を 含めたほとんどの船員は目的地すら知らされていなかった。正体の知れぬ乗客、自分の姿を見たという兵士。謎の電波。大量に発生し、殺し合う鼠たち。事態の推理を依頼される石目。果たして開かずの倉庫に隠された秘密、そして巡洋艦「橿原」の本当の使命とは……。

日本の「国体」とは何なのか。日本という国は、太平洋戦争中に死に面した彼らが信じたものとは。
 どうにもとらえ所のない探偵小説的な因縁ありげな雰囲気が漂う序盤から、日本海軍と艦船乗りの日常、そして徐々に非現実と狂気の混じり合った何かに蝕まれてゆく現実世界から、どこか乱痴気な幻想世界へと続く。最後には急に主題寄りに変化し、舞台で行われている群像劇を眺めているかのような構成へ。物語としては長編一本で筋書きとしては全部繋がっている一方で、小説的な技巧であるとか、表現の工夫が随所にわざと変化をつけるかたちでちりばめられてあるために、読んでいるあいだずっと何か不安な気持ちで(そこが笑える部分であっても)読み続けることを強いられる。
 そうそう、ミステリであるかといわれると、いわゆる本格の体裁ではないながらもミステリではある。ただ、「謎めいた」というニュアンスのそれが強く、最終的に手掛かりが集められて真相が、ということもない。謎また謎で引っ張ってゆき、むしろその謎が集約された先には物語の結末ではなく、この当時の日本軍と兵士たちが陥っていた狂気の先が存在している。 ただ――、その結論というか匂わせている主題は流石に重い。過去未来行き来して将来の(現在の)日本を見てきた兵の絶望、その絶望が戦争中に引き戻された結果としての日本軍人たちが選択する未来。この反復現象によって、うっすらと太平洋戦争中の兵士たちの思いが見えてくるというのが仕掛けか。
 その主題が見えてくるまでは、先にも述べたように物語自体は山あり谷あり。さすがにほとんどが船上の話につき、色気はさっぱりないが、それもまた戦時中の当然か。様々な因縁、鼠人間にドッペルゲンガーといった幻想小説にしばしばみられるガジェットも駆使されているし、生きた人間と死んでいる人間が問答をするしで、現実的なリアリストよりも幻想小説含めて広い読書の楽しみ方ができる方に向いている。

 現実でも戦時中に計画されたものの実際には着工されなかった軽巡洋艦の名に「橿原」という艦がある。一方で「大和」を「矢魔斗」と表現するなどパラレルワールドであるという配慮は忘れられていない。ただ、そのパラレルワールド内部の集団狂気を描きつつ、なぜか日本人の現在について(少しだけでも)考えられさせられてしまうのは何故だろう。


09/05/19
小路幸也「マイ・ブルー・ヘブン 東京バンドワゴン」(集英社'09)

 刊行された瞬間から大ヒットの予感があった(これくらい言わせてよ)『東京バンドワゴン』シリーズ。正編としては『東京バンドワゴン』の他『シー・ラブズ・ユー』『スタンド・バイ・ミー』の三冊が刊行されているが、四冊目の本書は、その外伝扱い。シリーズでは幽霊の語り手となっているあの人の物語。「青春と読書」2007年6月号から2008年5月号にかけて連載された作品の単行本化。

 舞台は戦争終了直後の東京。華族である五条辻家の一人娘で女学生である咲智子は、両親から日本の国家に関わるという重要文書を託されて静岡の親戚宅に一人で向かうよう指示される。列車に乗るべく駅に向かったところでGHQに捕まりそうになるが、キングスイングリッシュを流暢に操る、だけど柄の悪い青年に助けられ、その青年と共に逃げ出す。その青年こそが若き日の堀田勘一だった。勘一は、自分の家である「東京バンドワゴン」という古本屋に咲智子を連れてくると、父親である堀田草平は、実はかつて咲智子の父親・政孝とも親交があったのだという。親類宅にも手が回っているはずという彼らの配慮によって、咲智子は一時的に「堀田サチ」と名前を変え、近所には、新たに堀田家に嫁いできた勘一の嫁だということにして身を匿われることになる。草平が裏でいろいろ手を回したり、いろいろ鼻の利く友人たちが次々と堀田家に現れ、いずれも微妙に思惑は異なるながら咲智子の身を守るべく、次々と堀田家の居候となってゆく。そんななか新たな家族に守られる心強い思いと、別れたその日から行方すら分からなくなってしまった両親を心配に思う気持ちのあいだで揺れながらも、咲智子は動ぜず、堀田家の嫁(のふり)を、しっかりと続けるのであった。

ハッピーエンドが約束されていると判っていながらのドキドキ感。そして数々のシリーズ伏線と連関に驚き
 いや、だってご先祖様の物語ですよ。どんなに激しい冒険をしたって、彼らが夫婦になって子々孫々大繁栄することが読者には判っている訳で。――頭でそれが判っていても、大権力を相手に奇想を尽くし、勇気をもって行動する彼ら、そしてその子々孫々大繁栄に向けて胸を張って度胸を据えて立ち向かってゆく人々の想いに、こちらの気持ちまでもが熱くなる。そんな物語。
 さて。MYSCON10における小路幸也さんインタビューを聞いた方ならばお判りの通り(ってかなり少人数だ)、いや小路幸也さんによれば、このシリーズは、ある程度設定さえ決まれば、登場人物が勝手に動き出してくれるので書くのが非常に楽なのだという。場合により長編が三週間で出来たものもあるという。それだけ作者自身もシリーズに対して愛着をもって、かつ楽しく執筆していることが伝わってくる。今回は番外編にあたり、これまで登場してきた人物の過去の姿が数多く描かれている。これもまた、シリーズ開始当初に様々な設定を行っていたことをそのまま使ったもので、それほど苦労しなかったのだという。
 歴史の裏側にあったかもしれない、というエピソードが中心のストーリー自体は、浮世離れしている感覚がある。戦後すぐの貧困期といえど、登場人物たちは様々なコネがあってその貧困とは無縁。衣食足りて礼節を知る、ということもなかろうが、生活感と多少離れた目的に対して邁進できる環境でもあるわけだ。様々なかたちで戦いに挑む彼らの精神は高貴であり、一種の騎士道精神にも満ちている。なので、この浮世離れの感覚は、むしろ読んでいて心地よい。

 正直、これまでの三冊のなかで訳ありで登場する人物、名前だけ挙がった人物が、非常に生き生きと描写されていることはもちろん、それぞれの登場人物が、過去や属性を持っている点が明らかになり、後の作品でああなっているのは、こういう訳なのか! と目を見張る箇所も多数。 なので、明らかに番外編とはいってもシリーズファンには読み逃せない作品であることは変わりない。本書から手に取ったとしても、もちろん物語だけで楽しめるようになっている。いっそのこと、本書を最初に読んで既に出ている作品を後から、という読み方もありそうなくらいだ。


09/05/18
井上尚登「ホペイロの憂鬱 JFL篇」(東京創元社'09)

 井上尚登氏は'99年『T.R.Y.』で第19回横溝正史賞を受賞してデビュー。同作は織田裕二主演で映画化もされた。他『C.H.E』等著作多数。スポーツ通で知られ、夕刊紙等にコラムもあるという。本書は『ミステリーズ!』vol.26(二〇〇七年十二月号)からvol.31(二〇〇八年十月号)にかけて連載された作品がまとめられた連作集。

 サッカー日本フットボールリーグ、通称JFLで将来のJリーグ昇格を目指すクラブ、ビッグカイト相模原。相模ベアリングサッカー部を母体としたサッカーチームでJリーグ準会員。少ない予算のなか組織をやりくりするなか、坂上栄作はホペイロ(用具係)として雑務全般を行う条件で雇われていた。マネージャーの三島撫子さんや、ボランティアの山岸奈々子、マネージャーの桑島ほか、個性豊かな面々の手作りで運営されている小チームで発生する謎の数々。
 チームの中心選手でW杯に出場経験もある山形健一。彼のスパイクの交換頻度が最近やたら早いように思われるのだが……。 『カンガルーの右足』
 相模農業大学の農地が荒らされた件でチームの外国人ストライカーでナイジェリア人のアモちゃんが疑われた。栽培されていたヤム芋が掘り返されたというのだが……。 『ヤム芋ストライカー』
 チームサポーターの顔ともいえる「旗振り君」の旗が何者かに盗まれる事件が発生した。落ち込む彼を励ますべく、栄作他が彼のもとを訪れる。 『迷惑フラッグ』
 佐世保への遠征の帰り、選手のユニフォームから指輪が発見された。誰も心当たりがないというが、果たして誰がいつ付けていたものなのか。 『忘れ物リング』
 チームの試合を宣伝するポスターが一部で繰り返し盗まれる事件が発生。水商売女性に人気のある森陽介選手の肖像だったが、誰が何の目的で? 『盗まれポスター』
 何事にも縁起を担ぐ樫井監督。勝てばJ2昇格が決まる試合前、監督がある理由から大事にしていた熊のぬいぐるみがクラブハウス内から無くなる事件が発生した。 『行方不明ベア』 以上七編。

国内サッカーとミステリ。両方好きなら読んでまず損は無し。実は現実感溢れるサッカーミステリ
 個人的な事柄だが、地元某チームのサポーターでもあるので、むしろ代表よりも普段のJリーグの方が好きである。普段応援しているチームはJ1だが、J2も機会があれば見るし、J2への登竜門となるJFLも直接試合は観ないにせよある程度チームの置かれている状況などは分かっている。……そういった立場からみると、この作品、実に味わい深い。
 というのは、このビッグカイト相模原の置かれている環境などがJFLという実在するリーグにおいて、実にリアルに表現されているのだ。言い方があれだけれども、弱小クラブが抱えている問題を凝縮しているようにもみえるくらい。他にも、『迷惑フラッグ』は、某仙台チームに居た名物サポーターのエピソードを思い起こさせるし、『忘れ物リング』における串本選手への相手チームの野次なども、実際にありそうなエピソードだ。他にも、運送会社や自動車会社のJリーグ昇格を目指さない社会人サッカーチームが、J2昇格を目指すチームの壁になって立ちはだかっているだとか、数少ない社員がチームの顔となって奔走するところとか「ありそう」な話が目白押し。 物語仕立てで現在あるどこかの準会員、下手をすると水戸ちゃんとかJ2下位クラブの日常を描いているといっても通用しそうなくらい。……そういえば本文にはないが、ビッグカイト相模原はスタジアムと下部組織の目処はついているのだろうか。
 とまあ、現実との接点ばかり強調しても仕方ない。……が、ミステリとしては些か弱い。全体的に謎に対してのひねりが少なく、手練れの読者であればある程度回答が見えてくるのではないか。そうでなくとも強烈サプライズが飛び込んでくるタイプの謎ではないことは確か。むしろ、その弱さは弱さで許容して、日常系ミステリならではの優しさ溢れる解決だけを楽しみたいところ。謎を解決することで、チームが強くなり、サポーターが増える。そういった展開こそが読みどころの作品である。

 先にも書いた通り、国内サッカーがお好きな方ならまず気に入るはず。でなくとも、サッカーのルールを知らなければ楽しめないということもないので、日常系スポーツミステリとして素直に読み出せば、恐らく最後まで一気に読めてしまうものと思う。


09/05/17
乾 ルカ「プロメテウスの涙」(文藝春秋'09)

 乾ルカさんは'06年「夏光」にて第86回オール讀物新人賞を受賞し、翌07年に初の単行本『夏光』を上梓している。二冊目にあたる本書は初の長編作品で書き下ろし刊行されたもの。

 三十代半ばで心療内科・精神科医として独立開業している北嶋涼子。彼女のクリニックにかつての同級生とその娘が訪れてきた。野村あや香・九歳。母親は小百合。あや香は普段の日常生活は問題がないのだが、四歳の頃から突然人格が変わったようになって腕や手指で奇妙な運動を行うというものだ。幾つかの症例を涼子は思いつくが、小百合とあや香が心療内科の門を叩くのは今回は初めてではなく、既に大抵の治療は行われておりそれでも効き目が無かったのだという。涼子は同じ症状を学生時代に見たことがあるように思い、祐美にメールを送った。一方、学生時代から涼子の親友で、現在は米国にいる浅倉祐美。彼女はワシントンDCにある大学の研究室に所属していた。祐美は、研究室の教授の紹介で”ミスターS”と呼ばれる八十歳になる囚人を知ることになる。その男は強姦と殺人で六十年前から収監されているが、何度も執行された死刑でも死なず、現在も管に大量に繋がれた状態のまま生き延びているのだという。全身に癌が転移しており、余命半年と言われてから二十年以上。自殺を図ってもどうしても死ねないのだという。祐美はその囚人に興味を持つ。彼は僅かに動く目で何かを訴えようとしているようなのだが……。

背筋がぞわりとするような感覚を伴う、時と距離を超えた「罪と罰」、そして……。
 いきなり大胆な設定と物語が拡がっていて、読了後呆然とさせられる。新人作家の二作目、初長篇とは思えない完成度。
 ベースになる発想そのものは、とんでもない奇想という訳ではない。むしろ輪廻転生というテーマを捉えた場合にはベーシックな考え方に近いだろう。ただ、そのディティールについてはとんでもない奇想が溢れている。 片方は、死刑執行を何度も繰り返しても死なず、病魔に蝕まれ余命半年のまま二十年、身体は腐り、自殺も出来ず、殺してもらってさえも死ぬことのできない、まさに生きている屍。苦痛を味わう神経だけが残り、その苦痛が永遠に継続するという想像するだに恐ろしい罰。もう一方は、時折発生する謎の発作。しかしその発作が降りるのが九歳の女の子という点は、読んでいて辛い。母親の苦悩、治療にあたる側の悩みまで含め、こちら側はむしろ現実感が溢れた生々しさに満ちている。
 二つのエピソードを繋ぐ、二人の女性医師(片方は厳密には研究者か)が、もともと親友関係にあって……という点、普通に考えれば単なる物語上の御都合主義。……だが、最後にほのめかされる彼女たちの会話によって、作品テーマに沿った意味が実はあったのかも! と思わされた点、この小説上の無駄の無さ、隙の無さには個人的に感心させられた。 他にも、彼女たちについて序盤に触れられる過去のプライベートが後半になって意味が出てきたりする部分も多く、物語に隙が少ないように感じられた。ただ、その隙の少なさゆえに日本と米国の二個所で展開される物語の決着が、かなり早期にある程度予見される(但し手掛かりが完全ではない)通りになってしまう点は弱点といえば弱点か。むしろ、その決着の結果どうなるか、という部分に興味が募って読書が進んだ。
 エンターテインメント小説の分野で心療内科や精神科医が登場するという事態自体は、昨今全く珍しくなくなった。本書でも、主人公格の二人の女性が二人とも精神科で学んだ背景を持っている。作中で語られる専門用語も少なくとも素人視点からでは違和感がなく、さりげなく作者の深い努力が裏にあるのではないかと推察される。

 『夏光』が、正直めちゃくちゃな傑作だったので、二冊目の本書も書店で見かけた瞬間衝動買い。その『夏光』とは若干だがテイストが変化しているように思われたが、内容はじっくり濃く、これはこれで満足できる出来である。


09/05/16
倉阪鬼一郎「深川まぼろし往来 素浪人鷲尾直十郎夢想剣」(光文社時代小説文庫'09)

 2008年末に刊行された『火盗改 香坂主税 影斬り』に続く、倉阪鬼一郎氏による時代小説。文庫書き下ろし。前作が連作の体裁だったものに対し、本作は長編で版元が異なるせいもあって世界は共有されていない。現在のところは本書一冊のみ。シリーズ化されるかどうかは現段階では不明(売れ行き次第??)。

 江戸にある貧乏長屋・源兵衛店に住み着いた浪人・鷲尾直十郎。日中は釣りに出掛けては時々猫に餌を与えるという気儘な暮らしをしている。元もと彼は東海道を僅かに離れた小藩・蔵野藩にて禄を得る武士だった。しかしお家騒動に巻き込まれ、親戚筋である家老の命令で反逆派を切り捨てる仕事を行い、その結果として竹馬の友だった服部与平次までもをその手に掛けた。気鬱を生じさせた直十郎には強引に縁談が進められ、更にお役目が強化されるといった段に逐電を果たし、江戸に居着いていた。気鬱のまま毎日を無為に過ごす直十郎が富岡八幡宮を訪れた際に声がかかる。深川にある老舗菓子屋・風花庵の跡取り・太兵衛と、直十郎の顔の造作がそっくりだというのだ。更にその太兵衛は最近急死しており、菓子屋の老主人は病に倒れているため、その急死の事実を告げていないのだという。風花庵の風変わりな依頼、それは太兵衛の身代わりをしばらくのあいだ務めて欲しいというものだった。案に相違して直十郎はその役目を引き受け、武士言葉を直し更には自ら菓子作りを手伝い始めた。

時代小説に則った静かな文体が、倉阪氏らしい幻想文学・ミステリの味わいを引き立てる
 先に刊行された『火盗改 香坂主税』は、むしろ静静と伝統的な時代小説を再現しようとしているような試行錯誤がみられたが、本書は時代小説でありながら、含まれるテイストは倉阪氏が本来持っている才能を忌憚なく発揮したうえで、時代小説の舞台に塗り込められ、まとめられたというのが第一印象。
 過去の経験から厭世的になっている主人公。その主人公が戯れにやってみた依頼事に嵌ってゆく。自分自身の変化を感じつつも、そのなかで過去の経験から少しずつ、その依頼事の裏側にあるからくりに知らず気付き、解決を自ら買って出る。全くその気配を消したまま、ミステリの手法が援用されており、伏線の張り方ともども唸らされた。時代小説という形式そのものがそのままミスリーディングになっているとは。(特に二作目だから余計に驚いた部分はあるけれども)。
 さらに過去の与平次を斬ったところから始まる、現世と”向こう側”との曖昧な立ち位置もまた魅力になる。時代小説のリアリティばかりを追求するのではなく、自らの得意なフィールドにまで時代小説を持ち込んでいる印象。幽霊というか、人ならぬ存在を感知する場面描写など、さすがという他なし。
 ミステリ、幻想小説といった二つの要素を取り込みつつ、生きるのに疲れた男の寂寥感溢れる人生が描かれているのが、実は最大のポイントか。こういった(特に精神的に)孤独な人物造型は、倉阪氏の作品群のうち、ストレートなホラー作品などでもみられるテクニックなのだが、また時代小説のなかにぴたりと嵌っている。
 さすがに時代小説としての流れというか、本文などについてはプロパー作家に比べると若干まだぎこちないところもある。むしろ、倉阪氏の一般小説が時代小説を舞台に翻案されたかのような雰囲気がある。が、それもまた独特の味わいになっており、ファンであれば失望することはまずないだろう作品である。


09/05/15
夏樹静子「砂の殺意」(角川文庫'77)

 昭和四十六年から四十八年にかけて発表された短編を集めた作品集。元版は'74年に読売新聞社より刊行されており、この角川文庫版以外にも講談社文庫版があるようだ。また表題作はドラマ化もされている。全て女性が主人公を務めてはいるものの、ノンシリーズ作品である。

 由美子は、中華料理屋を経営する畦原晴一の愛人だった。しかしある晩、畦原が自宅の外で凍死する事件が発生。晴一の弟・浩一は、畦原の妻・律枝の犯行を示唆するのだが……。 『あちら側の女(ひと)』
 一人っ子で五歳の忠志が、新興住宅地内でトラックの土砂に埋もれて死亡した。トラックの運転手は不明。残された母親の由花子は誰が犯人なのか、独自の捜査を開始するが……。 『砂の殺意』
 関西出張に出掛けた夫が大阪からの帰途、名神の大津サービスエリア裏の崖から転落死したという。夫の愛人と思われる女性がその付近にいたというが……。 『面影は共犯者』
 海辺で戯れるアベックを狙う強盗。八代が刺されたと女性が派出所に駆け込んできた。その女性・あき子によればアベック強盗だと思われたが不審な点が多くあった。 『襲われた二人』
 香世子は婚前にあった過ちから、過去の男から強請られていた。その帰り道、隣家から出てくる若い男を目撃。その隣家では主人が殺害されていた。香世子はその時間に外にいたことを隠したい……。 『沈黙は罠』
 婦警の哲子は知り合いが殺人事件の被害者になったことを知る。哲子が結婚相手と目する英彦がその重要参考人になっているという。哲子は彼から直接話を聞くが……。 『だから殺した』
 アパート内部でガスを用いた母子心中が発生するが、子どもは無事だった。その夫は前の晩に偽装心中について一席ぶっていた。一体彼らのあいだにどのような秘密があったのか……。 『二DK心中』
 主人を毒殺したと自首してきた美しい人妻。単独犯と思われたが、彼女の愛人が毒殺に用いるジュースを渡しに直前に現れたのではないかという疑いが。 『秘められた訪問者』 以上八編。

こんな動機? どれだけ悪女? ここまで突っ込んだ心理の綾を描くのはやはり女性作家の領域なのか
 基本的にサスペンス。ただ、かなりトリッキーな手法を用いた作品もあり、まずは普通にミステリとして楽しめる。 特に『秘められた訪問者』は、同様のアイデアの作品もあるものの、処理の仕方がこの手のなかでは格段に巧く、全くアイデアが読めなかった。 細かい点としてさすがに発表年代が今から四十年近く昔ということになるため、時代がかった部分がある程度仕方ないが(例えば、ある程度の愛人関係自体は社会から許容されているような部分であるとか)、それでも根底に流れる考え方といった部分は普遍的な内容だといえよう。
 そういった個々の作品におけるトリックを軽視するつもりはないが、個人的に本書の場合に印象にもっとも残る点は「女性独特の思考方法が、不思議な犯罪を紡ぎ出す」という巡り合わせにある。例えば『あちら側の女』では、浮気していた側の男の死因を探るのは、愛人だった女性の方。しかもその行動動機は妻よりも自分を愛していてくれたはずという気持ちを落ち着かせるためだ。男性探偵でこんなことする奴がいてもおかしくないが、かなりキモチワルイぞ。
 更に『だから殺した』では、愛する男性に裏切られた女性が登場するし、『沈黙は罠』は、夫に隠し事をするあまりに更に大事なものを喪ってしまう軽率な女性の話になる。何よりも強烈なのは『襲われた二人』。果たして横にいる恋人は、誰かに自分が襲われた時にどういう態度を取ってくれるのか? が知りたい女性による事件。
 日本人は愛情を表に出すことが下手だといわれるが、当時であればもっと女性側からその思いを赤裸々にする場面などなかっただろう。そんななか、彼女たちが抱く”様々な感情”が手掛かりにも物語のスパイスにも使われている。 この個々の感情を活字でさりげなく表現するのに長けている。第三者からみればあまりにもちっぽけな、女性のプライドであるとか、道ならぬ恋に苦しむ女性だとか。それらと社会性を反映した背景とがしっとりと絡み合い、それぞれじっくり読める作品になっているのだ。

 正直、古書店で安く買った本を何となく読んでみただけなのだが、想像以上の深みがありびっくりした。夏樹静子の筆力、実力、恐るべし。


09/05/14
山口芳宏「豪華客船エリス号の大冒険」(東京創元社'08)

 2007年『雲上都市の大冒険』にてパラレルワールド的戦後世界を舞台に第17回鮎川哲也賞を受賞された山口芳宏氏による第二長編。題名からも類推できる通り、前作と世界と探偵役・ワトソン役を同じくするシリーズ作品。

 名探偵・荒城咲之介の事務所に訪れてきた依頼人・友田。十三年前に欧州滞在時に彼が体験した「人形への恋」の奇談について語り、その人形が大戦が激しくなった時期に体験した不思議な事件、更に十三年後の現在になってその人形そっくりの女性を目撃したので、その女性を捜して欲しいというものだった。荒城は彼の供述に不審な点を認め、一旦は依頼を断るが、その友田が原因不明の水死を遂げ、彼に世話になっていたという河崎という少年が現れる。友田は生前、豪華客船エリス号乗船の招待券を貰っていたといい、「夜叉姫」が差出人となって荒城の分のチケットも同封されているというのだ。荒城と私こと殿島直紀は河崎少年と共にエリス号の欧州への処女航海に乗り込むことになる。荒城の事務所を盗聴していた義手探偵の真野原もまたエリス号に乗り込もうと四苦八苦するが、そちらの努力は報われない。多くの乗客を乗せたエリス号は出帆、すぐに宝石の盗難事件が起きるが荒城の活躍によって事なきを得る。平穏な航海が長らく続いたが、ようやく欧州にたどり着くという段階になって奇妙な殺人事件が船内で発生、更に爆弾騒ぎなどにより船内は大パニックへと……。

古きよき時代の探偵小説が、つまらない現実に抗う。名探偵と名犯人ともどもによる物語での叛乱
 松本清張登場以前の「探偵小説」というジャンルには様々な要素が内包されていたわけだが、本格推理で語られてきた要素とは全く別に、乱歩の一部作品を代表とする猟奇的で頭脳的な犯人と探偵とが活劇よろしく対決するという様式の作品も多数ある。本書は、この流れを現代に引き継ぐ数少ないシリーズ上にあるといえよう。
 第三者の目にも颯爽と、眉目秀麗頭脳明晰、だけどちょっと性格は悪いという名探偵の典型ともいえる荒城咲之介。片腕に義手を誂え、その義手の数限りないバリエーションを用いる一方、能天気な性格とこれまた明晰な頭脳を誇る変人名探偵・真野原玄志郎。キャラクタの被らない二大探偵が、殿島一人をワトソン役にして活躍するという点は前作に引き続く。片方の探偵が絶体絶命の窮地にあっても、もう一人が助けに颯爽と現れるという構図は、斬新にして微妙な安心感を読者にもたらす。また、どちらの存在も神には至らず、彼らが奮闘しても犯人が先回りすれば死体は発生してしまう。この微妙な無力感もまた、等身大の人間像に繋がっていて、共感できる部分だ。
 本書では、豪華客船内部で発生する奇妙な事件、更には連続殺人事件がテーマになる。特に後半部に集中する連続殺人は、一部には密室や不可能犯罪の興味があるものの、後半部に至っては虐殺に近く”犯罪の美学”が捨てられている。評価すべきはそのトリックではなく(むしろ幾つかのトリックは無理の方が目立つ)、なぜそのような犯罪を「夜叉姫」が行ったのか、という点に探偵たちが焦点を当てていること。 実は、単体として考えるとその動機はかなり無茶がある――ようにも受け取れる。だが、最初に述べた通り、活劇系の探偵小説というジャンルの一部として本作を捉えると、そこに強烈な必然があるのだ。 多少夢物語じみた関係性であろうと、時代の変化に向き合い、名探偵の存在意義まで踏み込んだ点は褒めるべき個所かと思う。探偵と犯人がタッグを組んで、時代の変化という共通の敵を迎え撃つ。良きかな。
 おまけだが、本作にも妙齢の女性が登場して微妙な恋愛感情も描写されているものの、彼女自身の印象はあまり強くない。(このままツンデレ属性を押し進めれば良かったのに、とも思う)。前作も指摘したことではあるが、山口氏は女性を描写するのが少し苦手なのかも?

 少々序盤がだれるのと、表現や文章にはもっと進歩の余地があるとはいえ、冒険活劇系探偵小説がお好きな方にはまず必読。本格推理の要素は活劇要素が強い分薄まるものの、不可能犯罪を扱っていることは事実なので、その方面から読まれても可。読み出すと一気読みです。


09/05/13
椙本孝思「天空高事件 放課後探偵とサツジン連鎖」(角川書店'09)

 椙本氏は1977年奈良県生まれ。2002年『やがて世界は詩に至る』(アルファポリス)でデビュー。その後ホラーミステリーシリーズ『THE CHAT』『THE QUIZ』シリーズを刊行。本書は角川書店から刊行された『魔神館事件―夏と少女とサツリク風景―』の続編(だと読書途上で自分的判明)。

 『魔神館事件』で生き残りを果たした平凡な高校二年生・白鷹黒彦は、夏休み明けから自ら通う私立天空高校に通っている。ありふれた日常に感謝していた九月の第二週、登校した黒彦は校庭にいる二台のパトカーに気付く。女子生徒が一人校舎から落ちて死亡していたのだ。事故による転落か自殺なのか。被害者は黒彦と同級生の雛菊雪子だが、黒彦には彼女はあまりに印象の薄い同級生にすぎなかった。しかし、事件後すぐに「天空高校探偵部」の部長と名乗る上級生・夢野姫子から白羽の矢が立てられ、無理矢理探偵部に所属させられ調査に乗り出す羽目に陥る。探偵部には姫子の他に、父親が警察関係者というスタイル良好の美女・水仙紘子、さらに父親が学園のオーナーである星裏ルルがおり、黒彦はなし崩しに懐柔されてしまう。雪子の交際相手が生徒会にいたが、生徒会会長の押絵は探偵部の活動を執拗に妨害、さらに事件に関係していたとみられる裏サイトを運営している天空高校電子工作部でも部長の島津から探偵部は妨害を受ける。黒彦と探偵部は続くサツジン連鎖に巻き込まれてゆく――。

天才とロボットを用いる強引な軌道修正のうえに成り立つ、ラノベ風、新本格風、ミステリ。
 学園内部で発生する連続殺人事件。一件目は飛び降り自殺なのか事故死なのか、それともサツジンなのかが不明ではあるが、二つめの事件では銃が使用されており、さらにその銃の持ち主と思しき人物が、その銃を使用して自殺――だが不自然――といった、事件の流れの枠組みについては(ちょっと人が簡単に殺されすぎるきらいはあるものの)、少し前の新本格ミステリであればそれほど不自然と思われない設定。いやもちろん、きちんとした現実的視点に立脚するとそれはそれで無理があるのは承知だ)。
 更に、強引なツンデレ系の年上のお姉さん、しっとり系で怖がりのお姉さん、年下の甘えキャラ、といったラノベ系の美女が主人公に微妙な好意をそれぞれ寄せてくるといったハーレム系の様相すら呈する人間関係は、それだけで充分ラノベ的。これでうまくミステリがまとまっていれば、ラノベ系に近しい本格ミステリとなっているところだが、そう簡単でもない。
 物語では、このうえに更に「世界最高の知性」と呼ばれる天才・犬神清秀と、彼が製作した一見人間にしかみえない美少女ロボット犬神果菜(はてな)が登場する。この二人がある意味無敵キャラであり、主人公の黒彦に足りない部分を力業含めて修正していく。黒彦も探偵役とはいえ、微妙にその推理については弱みもあり、最終的なる「神」の存在として彼らがいる印象だ。その分、《解決できない》探偵役とはいえ主人公を張る、白鷹黒彦の存在が人間らしくなっているというか。ただ、ミステリの流れのなかでは、この二人は反則凶器のようなものなので登場するしないは作品評価に直結するような重要な部分だと思う。正直ミステリ寄りの読み方のなかでは、彼ら抜きに事件を解決してくれた方が盛り上がるのではないかという類推がある。
 ただ、真犯人の(動機は後出しだとはいえ)意外性はなかなかのものであるし、最終的には(作者にとっては最初からかもしれないが)、登場人物を駒のように扱っており、過度の作者による思い入れによるブレがない点は評価できよう。

 惜しむらくは、小生が前作を読んでいないため、比較的連続性が強いと見受けられる前作エピソードがよく判らない点。あと、本格として読むには少々強引さと奇矯な舞台設定が勝ち過ぎている点が難か。ただ、ラノベ系から一般書に向かうような読者にとってはこういった本がクッションとして良いのだと思う。


09/05/12
鯨統一郎「鬼姫人情事件帖」(PHP研究所'09)

 『文蔵』に二〇〇七年六月号から二〇〇八年十二月号にかけ、「鬼姫捕物控え」という題名で三ヶ月おきに発表されてきた連作がまとめられた作品集。本作の最終話『藪入り』が微妙に中途半端な終了にみえるが、『文蔵』の方の連載は既に終了している。

 武蔵国美里藩の若殿・熊川吉右衛門の姉で二十歳になるりん姫。近頃美しさに磨きがかかってきたが、この歳になりようやく婚約者が決まっていた。しかし三人の荒武者に誘拐され山小屋で辱めを受ける直前、りん姫は気付いてその場を脱出。薙刀の使い手でもある彼女は必死で逃げるが、その途中、谷川に落ちて人事不省に陥ってしまう。――それから暫く。江戸は銀座にある居酒屋「鈴屋」では、新たに看板娘となった、おりんという娘がいた。山に入った老夫婦が気を喪っていた娘を介抱した結果、記憶がなく、せめてその記憶が戻るまで養おうということになったためだった。気のいい常連客に囲まれた平穏な暮らし……。しかし、彼女は他人の胸を通して相手の心の裡が判るという能力があった。夜な夜な鬼のような面相を描いて薙刀を用い、不義密通を咎めたとみせて罪無き妻を殺害したり、奸計を用いて主家を乗っ取ろうとした男などを成敗するようになる。そして彼女の姿は「鬼姫」という名前で世間に流布されるようになる――。 『富士参り』『人形流し』『七夕』『月見』『七五三』『羽子板市』『藪入り』 以上七編。

昭和期の伝奇時代小説のような物語が、鯨統一郎の軽めの文体で気持ちよく展開されていく
 昭和期の伝奇時代小説って偉そうなことを言っても、正直にいうときちんと読んでいるのは角田喜久雄のそれくらいしか知らないのだが。だがだが、その僅かな体験に照らしても、伝奇時代小説テイストに非常に近しいのだ。
 主人公が町人の娘でありながら、その正体がとある小藩のお姫様であるというところ、その彼女が変身して薙刀を用いて悪人を成敗するところ、その薙刀の腕が超一流で並みの侍では太刀打ちできないところ、その変身後の彼女を助ける和尚とこそ泥のコンビ、記憶のない彼女を付け狙う小藩からの刺客……。こういった要素がそのまま伝奇小説的である。
 若干異なるところのうち一つはミステリの要素が意外としっかりしているところ。本格とまでは行かないまでも、富士山に行っていた筈(つまりはアリバイのある)亭主が犯人であったり、タニマチまでして入れ込んでいる力士が殺される片棒をそのタニマチの商人が企んでいたりと事件の真相に必ず見た目とは異なる側面があり、こういった構成は現代的である。――ただ、その真相を推理というよりも一種の超能力で見抜くところであるとか、鯨統一郎氏お得意の連作それぞれに全く同じ決め台詞を使ってみたり、短編そのものの構成のなかに「最後は都々逸で締める」といった約束事を作っていたり、といった部分についてはジャンル抜き、あくまで鯨統一郎のオリジナルセンス。
 これらの要素をまとめて考えると、やはり昭和期の伝奇時代小説と鯨統一郎のエッセンスとがうまく融合された作品、という見方が出来てしまうのだ。普通にユニークな時代小説、捕物帳小説として読む分に全く差し支えがあるものではないのだけれど、あまり肩肘張って時代考証がっ! という取り組み方だけは、間違いなく間違い。

 言葉は悪いがあまり手抜き感もなく、それでいて極度に重くなく、鯨テイストが良い方に出ている連作集。最終部分の締め括り方にちょっと投げやりというか、読者に委ねすぎているような部分があるのが少し残念。ただ、簡単に誰かと添い遂げたりせず、このまま庶民の夢みたいな存在でいるというのは、それはそれで良いと思う。


09/05/11
水野晴郎「シベリア超特急連続殺人事件」(七賢出版'96)

 映画評論家で有名な水野晴郎が原作、製作、脚本、監督そして出演をしたサスペンス・ミステリー映画『シベリア超特急』の原作にあたる作品。水野晴郎が著者になっているが、アイデアはとにかく全て本人が執筆したのだろうか。

 現代、世界各国から訪れた役者が集まり、現代日本の軽薄さ、そして戦争のことを忘れてしまったかのような態度について腹を立てていた。そんな彼らの会話に聞き耳を立てる影が一人……。1938年、日本から視察名目で独ソ開戦前のドイツを訪れていた陸軍中佐・山下奉文。アドルフ・ヒットラーとの会談後、緊急の帰国要請があったため、武官・佐伯大尉と外交官・青山を従えて、イルクーツクからシベリア鉄道に乗車してシベリア経由で満州を目指すことになった。一等車には彼らの他、ソ連軍大佐やドイツ軍の将校、学者風の女性、映画女優、ポーランド人実業家など、車掌を入れて十名が乗り込み、更に車掌に袖の下を渡した華僑とその愛人二人が無理矢理に乗車する。民族や国家が異なることから互いに憎悪の視線を向けあう彼ら。そして大陸を疾走する列車から一人、また一人と姿が消えてゆく。

ドラマや映画なら誤魔化しが効く部分が、小説だと誤魔化しようがないという難易度の問題
 映像化が前提となっていることを思えば、そのノベライズとして刊行されたのであれば及第点を少し下回るレベルの出来。ただ、小説単体として評価してみるとなるほど、噂通りのいびつな出来であることは否めない。シベリアを疾走する豪華列車、合い鍵のあり得ないコンパートメントの内部で次々と失踪する乗客、毒殺される車掌、人の手を転々とする謎の文書、別人の名前を言い張る美女……。個々のパートだけ読む分には一応ミステリめいた展開は出来ている。
 第二次世界大戦の最中という舞台設定や、山下将軍を探偵役に据えるという設定も悪くない。……が、それらの要素が結局のところ、推理小説というメディアとうまく繋がっていない印象。 ひとことで表現すると、小説が下手という点に尽きる。(本書がゴーストライターの手によるものではないという前提だが)小説としての修業をされた方ではないので、どうしても映像が先に立ってしまい、推理小説としての大前提が崩れてしまっている印象だ。つまり、本来ミステリであれば事前に説明が必要な、登場人物の出自や背景といったところのほとんどが「後出し」になっているのである。過去にあった出来事、屈辱、怨み。そういった本来ミステリであれば推理のための重要な要素が、犯行後に回想のように流れても、読者としてはどう受け取って良いか判らない。つまりはそういうこと。
 また、最終的に辻褄が合っているようにみえる(検証する気にならないので厳密ではない)事件の流れも、偶然と行き当たりばったりが繰り返し作用しているし、解決にしてもなんか水戸黄門と二時間ドラマを寄せ集めたような中途半端さがあり、あまり爽快感もない。ドラマの上では効果的であろう、最終的に明かされるメタ趣向も驚き以前に小説となると呆れてしまうレベルである。(これはドラマだと効果あるのだと思うが、小説ではむしろ痛さが感じられる)。

。  某所で様々な方が「面白くない」とあまりに強調されていたので、逆に楽しみに読ませて頂いた。その理由はまあ、理解できた。面白くないで切り捨てる程ではないが、まあ他の人に薦めることは小生も無いと思います。