MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


09/05/31
高山聖史「灰色の美神(ヴィーナス)」(宝島社'09)

 高山氏は、第5回『このミステリーがすごい!』大賞優秀賞を『当確への布石』にて受賞して同作でデビュー。本作は受賞後初となる長編作品、書き下ろし。

 美容師/スタイリストの技術を競う全日本美容技術選手権大会。恵比寿にある「Studio Silky」という店舗に所属するトップスタイリストの乙矢は、長年彼のモデルを務める樹カレンと共に東京大会を三連覇し、全国大会へ臨んでいた。完璧な仕上がりをみせたと思えた乙矢は、競技途中に突然棄権を宣言してしまう。乙矢はそのまま「シルキー」を辞めてしまう。遣り手の韓国人社長は、乙矢の後釜として幾人かのトップクラスのスタイリストをヘッドハンティングしていた。乙矢に憧れて「シルキー」に入店しアシスタントをしていた日吉朱里は、現在はスタイリストの鯨岡についている。店内ではスタイリスト同士での腕の競い合い、アシスタント同士の確執があり、ごたごたしていた。そんななか朱里は経営者の李に意見して、乙矢の消息について聞き出した。乙矢は自分で店を出しており、その新妻はカレンだった。その裏側にあった棄権の秘密とは……。

体育会系美容師業界の愛と涙の切磋琢磨の物語。
 むしろ少し前の江戸川乱歩賞の系譜でもあった、業界内幕をテーマにしたミステリ。美容師という業界や、一時期ブームでもあったカリスマ美容師の存在といったところを取り上げ、うまく業界の雰囲気を描き出している。少なくともあまり背景知識のない小生のような読者にとっても、意外とすっと内容が頭に入ってくるのは、美容業界自体が徒弟制度というか、美容技術選手権大会を頂点とする体育会系のノリで描かれているせいか。
 その頂点に立てたはずの人間が、なぜ競技途中で棄権したのか――というのが一応ミステリとしてはコアとなる。真相については、実は少し意表を突かれた、というのは美容業界でもこういう動きがアリなのかという点に思い至らなかった点。これが通常の経済小説の枠組みであったらこのオチは陳腐とけなされたところだろうが、華やかで個人プレイが主と思われる世界だからこそ裏をかかれた印象がある。
 登場人物それぞれに個性はあり、業界の華やかな雰囲気、その一方でどろどろした内幕といったところが的確につかまれた物語であり、その意味でするすると読まされる。褒めるべきはその点で、やはりミステリとしては正直強いものではない。

 理容はとにかく美容業界をミステリで扱うことは少し珍しいことは確か。だが、ミステリの枠組みを使わず、普通小説の延長として読むのが吉か。むしろアプローチを変えて美容業界での日常の謎連作だとか、客から聞いた話から推理を組み立てる安楽椅子探偵譚とか、そういったものがあっても良いなあ、とか思いは膨らむところ。


09/05/30
針谷卓史「針谷の短篇集」(講談社BOX'08)

 同じく講談社BOXから刊行された'08年に『花散里』で単行本デビューしている針谷卓史氏のデビュー作品で第13回三田文学新人賞を受賞した「針谷の小説」を含む作品集。

 根拠無き自信と虚言、そして不審な行動から大塚麻美嬢への気持ちを高ぶらせてゆく大学生・風間。他人の迷惑を顧みず頭をカラカラさせては突き進む彼の「恋のデフレスパイラル」 『針谷の小説』
 焦がれ尽くした「あなた」こと橘先輩への想いから、周囲をこれまた顧みない突っ走りをみせる雅楽サークル所属の北条。その狂気じみた愛情の行き着く恥ずかしい先は。 『仇枕』
 高校の野球部は人数が少なすぎて卒業生を送る最後の試合ができない。マネージャーが人数集めに奔走するなか、キャプテンの川久保は恋をはじめとする様々な想いに囚われていた。 『ファイアボール』
 生まれながらの生徒会長・小宮山は学内の様々な情報から生徒たちにアドバイスをすることを生業に。しかしあるきっかけから次回の生徒会長選挙への立候補を取りやめてしまう。 『生徒会長小宮山禅悟』 以上四編。

暗黒小説の(もしかすると)新たな系譜がこんなところから現れた、とだけ。
 読み通すのに恐ろしくエネルギーとパワーを吸い込み、ひいひい言いながら読み通せたかと思えば読後感は最悪を通り越してどん底。なかなかこんな小説にはお目に掛かれないですよ。『仇枕』スゴイ。……ただ、一般的な評価が得られるとは思えない。年上の先輩に惚れ込んで、周囲が全く見えなくなって一方で脳内お花畑という、ある意味恐ろしい男が主人公。ストーカーの内面を描き出したというとなんか高尚だが、肥大して処理しきれなくなった自我とプライド、そして現実に相手からは何とも思われていない、むしろ嫌われているという事態を直視できない脳味噌。それらが渾然一体となって、対象の女性からは嫌がらせと受け取られ、周囲からは気持ち悪がられ、珍しく彼のことを慕う後輩には暴力含めめちゃくちゃな行為を行いながら、相手の身で物事が考えられない。なんというか、主人公の脳味噌が都合良くリセットや情報シャットダウンをしちゃっているのを読んでいるのが、痛くて痛くて。 決して読んでいて楽しくない。楽しくない以前に不快でしかないのだが、その分哀しいかな小説の持つインパクトが巨大なのだ。また、同系列(とも思われる)モリミーとはまた微妙に方向性がずれている。モリミーは女性含む第三者に見せることを計算した自意識、針谷の場合は、本来見せものではないのに、どうしようもなく恥ずかしい自意識の生皮がさらけ出されている感じ。
 「針谷の小説」にしても、最後に行き着くところは他人を思いやれず、自分一人が可愛いという男性の物語。全編通じて滑稽でもあるのは、主人公たちが全く自身を客観化しない点だ。「針谷の小説」でいうところのカラカラに頭の中が支配されている。主人公たちは基本的に暑苦しく、鬱陶しく、恋人はおろか友人以下、知り合いでも嫌だという人間で、そんな人間を描くことができるだけでも、針谷氏は意外な実力を持っているように思える。(問題はこの自意識過剰型登場人物以外でもきちんと小説として描き出すことが出来るかどうか、だ)。

 全体として、一編一編、読むことが苦痛、主人公には一切感情移入できないまま暴走に付き合わされるという。ただ、読んだ端から忘れられてしまう作品の方が世の中には遙かに多いなか、これだけのインパクトを残すという意味だけでも本書は貴重なのかも。(もしかしたら、これは全て幻で小生の脳内で展開しているのかもしれない……)。


09/05/29
内田康夫「琵琶湖就航殺人歌」(講談社文庫'92)

 内田康夫氏の浅見光彦シリーズの長編作品。『小説現代』'89年9月号〜11月号にかけて発表されたのが初出。その後'90年に講談社ノベルスにて刊行されたあと、文庫化されている。他に徳間文庫版がある。

 男性に互して働くことに少し疲れた森史恵は、琵琶湖の周辺の一人旅に出掛けていた。ホテルの一室でくつろいでいたところ、階下の男性の唸るような歌声が聞こえてきた。翌日、一人で琵琶湖遊覧船に乗船した史恵は、その歌が「琵琶湖哀歌」と呼ばれる歌であることを知る。史恵の旅の少し前、琵琶湖の水を守る会のリーダー・広岡友雄が自宅で変死を遂げていた。妻を大したことのない用事を言いつけ遠ざけ、密室内で毒物を服用したのだ。遺書は無かったが警察は自殺として処理。しかし妻・順子と、その妻こそが真犯人ではないかと睨む一人の刑事の二人は、他殺を疑っていた。その妻の友人・相川は東京の浅見光彦に順子の無罪を証明して欲しいと助けを求める。旧友の真剣な言葉は光彦を動かし、光彦もまた琵琶湖の湖畔を訪れ、被害者の周辺を探っていた。刑事・横沢に監視されている順子は、光彦と会談するのに琵琶湖遊覧船を選んだ。遊覧船の内部で光彦は、酔っ払った男性に絡まれる女性を助ける。その女性こそが史恵で、また絡んだ男は、琵琶湖の開発を主導する立場にあり、守る会と対立していた上島総業の幹部社員であった。

密室? あらー。アリバイ? あらー。 90年代初頭の琵琶湖観光ガイドとしてならイイかも
 本書はいつも通りの浅見光彦による旅情ミステリー。……なのだが、密室事件と、真犯人摘発の前に立ちはだかるアリバイとが存在する作品だ。 詳しく書くと、前者は被害者一人が毒物を服用したかと思われる、施錠された家での変死事件。作中では現場が密室であったことが強調され、そのため一旦は警察は被害者は自殺したものと結論づけてしまう。また、後半に至って、琵琶湖で行われた殺人事件の推理が行われるのであるが、犯人候補の人間にはアリバイがあり、琵琶湖畔の名所に絞殺した死体をぶら下げておくことは時間的に無理。
 ほお、なかなか魅力的な本格ミステリじゃないか、と思ったアナタ。騙されてますよ。
 この密室の解決は、実はこうしたら出てこられます、というもの。チカラ抜けますよ。例だと思った光彦の推理は真実をついたことになってるし。またアリバイトリックについても、琵琶湖の観光資源の一部を利用するもの、なのだけれどもとてもボート間は乗り換えられない状態のところに死角がありました、ってだけの話だし。
 それならば琵琶湖の汚染と開発に対する社会派テーマに取り組んでいるのかというと、……ゼロではない。琵琶湖の赤潮や雄琴の看板に文句をいい、琵琶湖そのものの水質汚染も取り上げている。だが、作者本人が考えているほど社会派の要素があるとも感じられなかった。環境破壊があること自体を取り上げてはいるが、そのテーマ自体に深く斬り込んでいるとはいえないのだ。琵琶湖を守る団体と、開発を生業とする会社との対立を描いたところで終わっているという印象。
 しかも、浅見光彦による真犯人や黒幕の糾弾は、やり過ぎじゃないかなあ。結果的に真犯人が自ら命を断つことが判っていてやったようにみえてしまうのだ。

 トラベルミステリーが好きで、ややこしい本格なんて読む気がせんわ! という方向け。ゆっくりのんびり、テーマを持たずに軽めのミステリーを読むタイプのライト層読者であれば、本作もそれほど悪くないかもしれない。


09/05/28
加納朋子「少年少女飛行倶楽部」(文藝春秋'09)

 『別冊文藝春秋』2008年1月号から隔月、即ち3、5、7、9、11月号、そして2009年1月号に掲載された長編作品が単行本化されたもの。加納さんも量産が効かない状況かと思うが、そんななかクオリティの高い作品をきっちり打ち出している点は嬉しい。

 中学に入学したばかりの佐田海月(みづき)は、幼い頃、そして小学校を通じての腐れ縁である樹絵里(じゅえり、ジュジュ)に「飛行クラブ」に誘われる。中学は部活動が必修だったが、樹絵里が一目惚れした野球部の先輩・中村海星が掛け持ちしているのが、この奇妙なクラブなのだという。部長の斎藤神は、神様のごとく傍若無人で言動が奇妙。「空を飛ぶことを目的とする。」という飛行クラブ、斎藤、中村、そして海月と樹絵里の四人しかおらず、まず学校から正式のクラブ活動として認めてもらうためには最低五名の部員が必要だった。海月たちの最初の仕事は部員集め。しかし彼女の友人には、そんな奇妙なクラブに入ろうという人間はいない。海月は人の噂が大好きという小学校からの友人で意地悪な性格な戸倉良子(イライザ)の情報を頼りに事故でマンションから転落した高所平気症でお嬢様、驕慢な言動が目立つ・仲居朋(るなるな)を誘い、一方、斎藤先輩は、野球部に入りながら実は野球が苦手という丸っこい一年生・餅田球児(きゅうじ)を連れてきた。ようやく六人でクラブ活動を開始することが出来る……。しかしさて、飛行とはどうすれば。ということで、海月が見つけたチラシでまずはトランポリンの体験に出かけることになる。

噛み合わない登場人物たちと、ユニークな周辺人物が織りなす、すかっとした青春ストーリー
 登場人物の造型が巧すぎる。主人公の海月(みづき)・くーちゃんは、素直な元気もの、そして誰とでもフラットに付き合える「いい子」。こういう例えは間違いかもしれないが、宮崎アニメの主人公の女の子のイメージといえば良いのだろうか。一方で、その周辺を飾るのが変人ばかり。無神経を絵に描いた神部長から、流される性格で主体性のない樹絵里、自分勝手な言動が多い朋、人の悪口や噂話を蒐集するイライザ。同性でも付き合いたくないような女の子たち。性格もばらばら、非協力的な友人たちが、いつの間にか力を合わせて一つの目的のために邁進してゆく過程が面白い――というのは普通。
 もちろん、その読み方が正しいのだろうけれど、小生はそれに加えてそれぞれの家庭事情・親子関係というのが本作ではとても重要なスパイスになっていると感じた。おっとりしているようだけれど普通の母親として大物感漂う(?)海月の親、危険なものを取り上げてしまい、危険を危険とすら娘に認識させない朋の親。身体の不自由な姉を抱え、そのことを当たり前として生きる神、あまり裕福ではない家庭の事情で病院に行くことすら憚っている中村海星。これに、息子を野球という期待で押し潰してしまい、しかもそのことになかなか気付けない餅田球児の親。中学一年、二年生というやはり保護者の庇護が必要な年代のなか、親子や家庭という事情は学校生活とは別について回るわけで、様々な親子像が描き出されていることが、この作品の奥行きを深めていると思うのだ。 海月の母親に至っては、どうも本作の「ギャグ部門」まで一手に引き受けているようにもみえるし。

 そういえば、この作品は基本的に青春小説として発表されたようだ。すなわちこれまで加納さんがベースとしてきた、「日常の謎」からも完全に切り離された内容になっている。……が、これはこれで素晴らしいレベル。読みやすい文章と、親しみやすい世界観、そして読者もどこか共感したくなる展開と内容。ぐいっと引き込まれて、あっという間に読み終わりました。青春小説という意味でシンプルながら佳作であることは間違いなし。


09/05/27
椙本孝思「THE CHAT」(アルファポリス'03)

  椙本氏は1977年生まれ。2002年『やがて世界は詩に至る』にてデビュー。先日なにげに手に取った『天空高事件』がちょっと引っかかったので初期作品である本作を読んでみた。本書には続編にあたる『THE CHAT Ver2.1』があり、両作ともアルファポリス社から文庫版も刊行されている。

 ソフトウェア会社に勤務する平凡な若手サラリーマン・平岡。彼の楽しみは毎週金曜日の晩に『ヒュプノス・カフェ』という会員制チャットルームで交わされる仲間との会話だった。エルス、デーモン、ビット……。ハンドルネームのうえでやり取りされる会話。当然、彼らはリアルの相手のことは詮索しない。6人にメンバーが固定された結果、なかなか他の訪問者は入りにくい雰囲気が出来ている一方、彼らには快適な時間が約束されていた。そんなある日、ナカツカを名乗る訪問者がチャットルームに現れる。彼は自分のことを殺されたために身体がないといい、この中に不要なファイルがある……と、謎の言葉を残して去ってゆく。平岡は最初は全く気にしていなかったが、ナカツカという名字にふと不安を覚える。かつて中学生の頃に遭遇したある事件。その事件の被害者がナカツカという名だったのだ。封印した筈の記憶が蘇り、落ち着かない平岡。さらに毎週集まっていたはずのチャットルームのメンバーから、翌週一人がいつまで経っても現れなかった。そしてナカツカがチャットルームに再び現れる……。

ショック重視の展開自体は否定すまい。……が、どんでん返しの過ぎたるは及ばざるがごとし
 本書が刊行された時期(2003年前後)、確かにチャットルームが普通にあったなあ、と遠い目をしてみる。いわゆる特定のネット掲示板でハンドル名でやり取りする垂れ流しの会話。(文庫版でもし時代に合わせて変更されていたらごめんなさいだが)、どうやら一般電話のモデムで接続しているようだし、刊行されて五年少しで人々のインターネットに対する認識の変化、距離の取り方といったところが些かこの時期とは変化してしまっているのも事実。即ち、インターネットがテーマになっていながら時代がかってしまうという恐ろしいことになっている。 が、少なくとも本書が刊行された時期に、そういったコミュニケーションがあったことは事実なのだ。

 さて。そのチャットルームに現れた亡霊(のような存在)。そして、個人が特定されない匿名状況のなかで、参加者が次々に殺害されていく……という展開が怖い。 特に、過去の度を超したイジメと連関して殺害される被害者の状況はゴミバケツに切り刻まれた死体が突っ込まれているというグロテスクなもの。なぜ? どうして?そして誰が……? という主人公の不安を高める展開自体は成功している。特に、自分の過去のトラウマと向き合い、そこから現在の事件の解決ヒントを入手する展開がスムースだ。少なくともこの”インターネットの亡霊”をだれが仕組んでいるのか、というところまではなかなか説得性があって良いのだ。 すぐ側にありながら気付かなかった狂気という意味合い。ここまでは素直に巧いと思う。
 ただ、ここからあくまで個人的な感想なのだが、どんでん返し連発、ショッカーを狙ったここから先の展開は、あまりに狙いすぎてムリが目立ってしまっている。 折角ここに至るまでうまく現実と折り合いを付けていたのが、いつのまにやらやり過ぎ。実は……、いやいやしかし、実は……、とサプライズ狙いを連発して反転を繰り返すあまり、一歩冷静に立ち返ると「いくらなんでも」というやり過ぎ感が溢れてしまっている。最終的な真相に至ってはあまりにも凄まじく、笑うところかと思った。

 ホラーならホラーで進めてくれて構わないし、怨念で処理しても良いところを現実にこだわった結果、折角の物語全体が歪んでしまった、そういう風に感じた。インターネット・サスペンスといった印象だし、ネット上のなりすましというテーマもその後、多くの作家が扱っている。今となって新たに手に取る人も少数派だと思うが電脳ホラーを期待せず、インターネットサスペンス、くらいのつもりで手に取った方が期待を裏切らないような感じか。


09/05/26
恩田 陸「訪問者」(祥伝社'09)

 月刊『NON』の平成十四年一月号から発表が開始され、不定期に平成十六年一月号にかけて連載された作品の単行本化。刊行にあたり、雑誌掲載時から大幅に加筆がなされている。(恩田陸さんほどの人気作家にして、雑誌連載完結から単行本化までの時間が長すぎる……、のは少し珍しい気がする)。

 三年前、実業家だった朝霞千沙子(あさかちさこ)が人里離れた地に建てた洋館。湖の側にあるその建物にはある理由から朝霞一族の五人の老人、そして一人のお手伝いが暮らしていた。同じく急死した映画監督・峠昌彦も、千沙子が運営していた保育所で暮らしていた過去があり、その昌彦の生涯を取材するという名目で、週刊誌記者を名乗る井上とカメラマンの長田が館を訪れる。退屈していた老人たちは彼を歓迎するが、井上は峠昌彦の親友で弁護士。彼の死に疑問を持ち、そして彼の遺言を携えていた。孤児だった彼の実父が、朝霞一族の男性四人のなかにおり、その実父に昌彦は著作権を譲渡するとなっている。しかし、館には事前に「訪問者に気をつけろ」という発信人不明の手紙が届いていた。湖の側に見え隠れする千沙子の亡霊、館のマスコット的存在・愛華と、これまた夜中に唐突に訪れたその母親・澄子。嵐のなか、外で死亡している謎の人物。果たして「訪問者」とは誰なのか、そして千沙子と昌彦の死の真相は――?

次々と訪れる「訪問者」、秘密を抱えた一族、唐突な探偵役。恩田作品らしからず、ちんまりまとまったミステリ
 もうこれはどうしようもないことだが、恩田陸さんによる「ミステリ」という作品、大抵の場合は中盤までは抜群のリーダビリティを誇る。人間の手によるものとは思えない奇妙な謎、見えない犯人、登場人物の焦燥に恐怖感。こういった点の演出は抜群に巧いのだ。本書は、その巧さが遺憾なく引き出された上で、恩田ミステリにありがちの、なんというか「大風呂敷を畳み損ねましたー」感がない、整合性とサスペンスがうまくマッチして、着地も綺麗に決まった珍しい(?)作品だ。
 その分、こぢんまりとしてしまった印象もあるにはあるが、それは序盤の展開でカバー。第一章「せいめいのれきし」から第四章「かわいそうなぞう」に至るまで、章が変わるごとに視点人物が変わり、何よりも人里離れた辺鄙な屋敷に次々と「訪問者」が訪れるのだ。(訪問者と書くとなんということはないが、THE VISITOR と書くとちょっと怖い)。その訪問者が訪れる度に物語の位相が微妙に変化してゆく展開が何とも心地よい。先に訪れていた者が、後から訪れた者の僅かな不自然な行動からホームズよろしく出自を暴いてゆく緊張感。その意味では、章ごとに謎解きがなされているともいえる。さらに中盤以降クローズドサークルと化す館からはサスペンスの香りが立ち上る。
 物語以前に変死している当主・千沙子、そして謎の交通事故死を遂げた映画監督・峠昌彦。彼らの身に何が起きたのか――という点は不満ながら、最終章でカメラマンがぼそりと呟く推理とともに、この館の住人たちが謎めいた存在のままフェードアウトしていく展開は悪くない。 見えている解決、それとも裏に別の狙い? 果たしてどれが真相なのか、判らないくらいで本作の場合は丁度良い。

 「訪問者」と、館の住人とのチームワークによって物語がずるりと反転し、果たして誰が何の目的で、という部分が何度も反転してゆく後半の展開がやはり面白い。過去の事件に対する解釈は(その選択されたトリック共々)ありきたりではあるが、それ以上に二つの死によってもたらされた今回の事件の混迷度がポイント。人間関係が事件を解く鍵になる点、どこか横溝正史の作品にもどこか似通った印象すら受けた。とにかくまとまっているので、恩田ミステリを敬遠している方にも読んで頂いて良い作品かと感じた。


09/05/25
赤川次郎「昼下がりの恋人達」(角川文庫'82)

 赤川次郎氏のノンシリーズ短編集。初期の赤川短編には実はノンシリーズ作品も多い。本書収録の作品は『週刊小説』や『幻影城』といったところに、昭和五十四年、五十五年に発表されている。元版は80年の桃源社刊で、光風社からも新書版が出ていたようだ。

 帰り道に突然現れた男が、新婚ほやほやの男性を”誘拐”する。会社で見栄を張って結婚したと吹聴して回った挙げ句の苦し紛れの犯罪は……。 『愛妻物語』
 郊外始発の電車のシルバーシート。始発駅からその座席に座って居眠りした者は必ず死ぬという座席を巡る、現代の怪談。 『シルバーシートへの招待』
 夜更けの団地の外で突如上がった悲鳴。元刑事の男ら住人三人は自警団よろしくその悲鳴の原因を探りに家を出て周囲を調べるが……。 『真夜中の悲鳴』
 定年間際の窓際サラリーマン。遠距離通勤の彼には乗換駅で出会う女子高生との短い会話が楽しみで仕方がなかった。 『五分間の殺意』
 学生時代の思い出として皮で出来たキーホルダーで繋がった四人の男。ある男が残り三人を招き、一杯のコーヒーを振る舞う。コーヒーを飲む所作を男はじっと見詰めていた。 『一杯のコーヒーから』
 探偵社に務める男。離婚したい旦那の依頼で、その妻を誘惑する仕事を引き受けたが、彼女は学生時代に憧れていた同級生だった……。 『ノスタルジア』
 電車で苦しむ老人を助けた年若い夫婦。その老人は、彼らに莫大な遺産を残してくれた。だが、悪銭身につかず夫婦はお金を使い果たしてしまう。 『昼下がりの恋人達』
ストーリーテリングの妙味のなか、昭和後期の庶民が実は活写されているという魅力
 膨大な著作を持つ赤川次郎という作家を一括りに評価することは今となっては不可能なのかもしれない。だが、世間の最大公約数的に捉えると、やはり読みやすく、そして洒落たサスペンスやミステリを生み出す作家というところではないか。
 その点を否定するつもりは毛頭無いが、本書のようなノンシリーズ短編集をつらつらと読んでいて、実は当時の「庶民」の描写が上手かったのだなあ、と思い至った。バブル期以前から始まっている、住宅価格高騰。その余波としての遠距離通勤であるとか団地暮らしであるとか。一方では未成年や、夫婦間の性の乱れもそうだし、男女の愛情が結婚が終着駅ではない点をちらちらと読者に見せるとか。庶民生活を下敷きにしながら、その半歩先にある欲求や希望を描き出してテーマにしている。これは数多くの読者が食いつくのも当然のことだ。
 例えば『愛妻物語』は現実的に考えると登場人物に不自然な行動も多いのだけれども、それでも絶妙に仕組まれたプロット構成による魅力が、それらを補って余りある作品。妻を持て余す男と、新婚家庭に憧れ、見栄を守るために追い詰められる男。どちらも現実に居てもおかしくない。さらに赤川氏のからっとした文体が、物語の突飛さとマッチングしていて、独特のサスペンスにも繋がっている。意表を突くラスト含め、短編として実に上手い。

 作品によって本格ミステリあり、サスペンスもホラーも、SFにも上質な作品があることは周知の通り。ただ、ジャンル読者ではない読者が数多く赤川次郎を支持するのは人々、それも実は「庶民」の本質をきっちり描き出すバックグラウンドがあってのことだと思うのだ。


09/05/24
朱川湊人「わくらば追慕抄」(角川書店'09)

 2005年に刊行された『わくらば日記』の続編となる連作短編集。『野性時代』06年3月号から08年11月号にかけて不定期に掲載されていた模様。語り手である和歌子が(語り手としての年齢は遙かに上ながら)作品内で時系列にて成長しており、短編が集まっているというよりも、大きな長編のなかでの個々にエピソードがある、といった印象。

 中学生の和歌子とその姉・鈴音。鈴音には人間や物を集中して眺めることで、その過去の光景を見ることが出来るという能力があり、これまでも警察をはじめ、様々な事件の解決に役立ててきた。おっとりして優しい性格の鈴音は、必要以上にその能力は使用しないし、またひと度使用してしまうと身体の方が疲れ切ってしまうのだ。そんなある日、旧知の刑事・立花の依頼で、ある婦人が自殺未遂をしかかる原因となった女性の行方を探るべく、鈴音は「薔薇姫」と記された一枚の名刺から状況を読み取ろうとする。そこには若く美しい女性の姿があり、名刺を作った印刷屋の情報などから、立花はどうやらその女性に辿り着く。しかしある日、どうやら鈴音のことを追ってきたらしい薔薇姫が、鈴音の前に現れた。彼女は鈴音と同じような能力を持ち、さらにその能力を用いて、他人が必死で隠そうとしている秘密を次々に暴いてゆく。薔薇姫の示唆により、あれほど姉妹と仲の良かった茜は洋裁店を辞めてしまい、彼女たちと距離を置くようになっていく……。

昭和中期のノスタルジー、そして温かみ。ファンタジー設定の入った穏やかな大河ドラマに
 まずは絶対にいえることは、前作『わくらば日記』を読んでいないと分からないエピソードが数多く出てくること。時系列的にも前作を引き継いでおり、やはり必ず順に読む必要がありそうだ。
 物語としては、先にも述べている通り、鈴音と和歌子の上条姉妹を巡る緩やかな大河ドラマ的な流れがあるなかで、一編一編の物語がエピソード的にアクセントとして登場している印象。冒頭の短編『澱みに光るもの』における薔薇姫を巡るやり取り、米屋の若者の恩人が残した万年筆から持ち主を探し出す『黄昏の少年』、茜が飛び込んだ新興宗教の教祖と能力比べ(?)を行う『冬は冬の花』、記憶喪失となっている女性の過去を関係者で捜しだそうとする『夕凪に祈った日』、そして最後は立花の兄で考古学者という人物から都内で掘り出された石器の相談を持ちかけられる『昔、ずっと昔』。正直、一つ一つはそれぞれドラマがあるものの、超能力が交わることで他愛なく結末に結び付く。そしてそれらがみな、いわゆる「いい話」でオチがつく。 多少、暗さが余韻として残る『夕凪に祈った日』であっても、解釈次第ではやはり「いい話」の範疇に入るといえるだろう。元より、SFやミステリというよりもファンタジー系列の話であり、多少の謎が提起されても、主眼となるのは謎解きや理論ではない。むしろ主題は、鈴音が必要な状態に至る人間の心であるとか、暖かみであるとか、運命であるとか。なので、やはり読後感はすっきり、というよりも「温かい」という印象が遙かに強い。

 和歌子が年を取り、父親は謎のまま。鈴音はこの後どうやら十年くらいで亡くなってしまうらしい。そういった物語全体を通じの謎がまだ残っており、それはそれでやはり続きを知りたいという衝動だけが残る。短編としての興味よりも、この世界全体の、そして運命を知る能力のある鈴音の運命の、結末はどうなるのか。本作を読み終えてなお、まだ宙ぶらりんの気分である。


09/05/23
佐藤友哉「青酸クリームソーダ〈鏡家サーガ〉入門編」(講談社ノベルス'09)

 2001年『フリッカー式 鏡公彦にうってつけの殺人』で第21回メフィスト賞を受賞してデビュー後、一旦は絶筆するが文学方面で再脚光を浴び、ファウスト系作家としても復活を遂げている佐藤友哉氏。本書はデビュー作から続き、かつ佐藤氏のメインシリーズでもある〈鏡家サーガ〉というシリーズ、五冊目にあたる長編作品。

 二〇〇六年。鏡家を出て一人暮らしをしている鏡公彦は、夜中に何気なく出かけたコンビニからの帰り道、何気なく知らない路地に足を踏み入れる。そこでは一人の少女が竹やりを用いて男を惨殺させている真っ最中であった。彼女は灰掛めじか、と名乗り公彦に対し「責任を取れ」と言い出す。いわれもない要求に公彦は逃げようとするが、結局、彼女の自宅に招き入れられ、気付くと胸に違和感が。半分身体に埋め込まれるかたちで爆弾が仕掛けられてしまったのだ。めじかは公彦に対し「一週間以内に自分が殺人を繰り返す動機を明らかにせよ」と要求する。つまりは探偵役を命ぜられた公彦は途方に暮れ、鏡家の兄妹たちに奇妙な事件に巻き込まれたことについて相談してゆくが……。

〈鏡家サーガ〉入門編というだけあって広範にして奇妙な「鏡家」人間模様……と最高にして最悪の結末と
 基本的に鏡家サーガ大好き人間なので(『フリッカー式』を最初に読んだ時の衝撃は忘れられない)まあ、褒めようと思えばいろいろ褒めるところもあるのだけれども、なんというかうーん。ひと言でいうと鏡家マニア向けと入門者向けが相容れないということなのか、なんというか。微妙。
 例えば稜子のオタクネタ満載(1/5も分からねえ)のマシンガントークから、過保護過ぎる兄、電話だけに登場する兄、愛らしい属性が強調された妹たち……。彼らの壊れっぷりも相変わらず。人を殺してまわるが家庭的で料理の上手な灰掛めじか、そして包帯にくるまれた謎めいたその兄貴など、良い意味で変態的なキャラクタも登場する。従来からの読者ならすんなり入れる一方、描写する分量がどうしても少ない分、新規読者には彼らを理解することは辛いと思う。実はそもそも理解する必要などないのだけれど、新規読者はそのことも知らない訳ですよ。
 さらにめじかが、なぜ殺人を繰り返しているのか、一週間で推理せよ、というゲーム的な展開もサーガらしいといえばらしい。意地悪な意味ですがね。 全体物語としては、ミステリやサイコサスペンスなどの定型を踏まえたうえで、巧妙に憎悪とともにそれらのジャンルをたたき壊してしまう(むしろその壊すことが目的でガジェットを登場させているのではないか)。さらに二重、三重に仕掛けられた物語終盤の偽ハッピーエンドの異常性なんかもユニーク。半分トンデモ入っているのだけれど、鏡家にとっちゃ何でもありか。なので、そういった意味では佐藤友哉らしい味わいはある。後味がひどく悪いところもそうかな。
 折角壊しにかかっているのに、微妙に不満なのは最後の最後に「遺書」という形式が出てきている点なのだと自己分析。古い推理小説での犯人の告白と同一パターンでありながら、その点については潰さないのね……という部分。そしてもう一つは、語り手があくまで公彦視点によるものであるため、読者が狂気の傍観者にはなっても当事者になれない点か。

 文章なんかは初期作品に比べると大いに読みやすくなっているし、鏡家の兄妹の特徴ある兄妹たちの性格を含めた描写も丁寧で分かりやすい。その意味では、(入門編)と副題を付けた意味は、鏡家の人間たちを俯瞰できるから――という意味なのかな、とかいろいろ受け取れる。実際問題として、初めて鏡家サーガに触れるという読者にとっては、これくらいの方が良いのかもしれない。(ただ、作者が意図した別の意味があるのかもしれない。分からん)。 実際、本書を手に取る方のほとんどは既にある鏡家サーガを読んだことのある人ではないか――と思う。〈入門編〉の表記を信じて初読がこの作品の場合、残りの作品に手が伸びてゆくものだろうか、といらんことが気に掛かる。少なくとも、ミステリの破壊は意図されているため、ミステリとして読むのにムリがあることだけは確か。(ま、余計なお世話です)。


09/05/22
津原泰水「たまさか人形堂物語」(文藝春秋'09)

 ある意味幻の、女性向け漫画雑誌でもある講談社『Beth』のvol.1からvol.8に連載された作品を単行本化するにあたり大幅に加筆修正された作品。ちなみに『Beth』は8号で休刊した。

 世田谷の商店街にあった祖母の形見の人形店を入り婿だった祖父から受け継いだものの、起死回生の妙案もなく途方に暮れていた妙齢の元OL、澪。しかし、押しかけアルバイトでテディベアをはじめとして人形全般の製作ができるイケメン富永君と、人形修理で抜群の腕を誇る師村さんという二人の職人さんが協力してくれるようになり、新作人形の販売に加え、人形修理を主業務にすることで店は一応軌道に乗った。そんな「玉阪人形堂」に持ち込まれる人形と、事件。
 顔面を破壊された雛人形が持ち込まれた。依頼人の若い女性の顔がモデルの筈だが、人形は作られてから優に三十年以上が経過している。 『毀す理由』
 富永が預かってきたラブドール。出来が非常に良く、澪も富永も人形に惚れ込むが製造元の対応はけんもほろろ。 『恋は恋』
 遠縁を辿り、新潟の村上市で行われている雛人形を見に行った澪。その遠縁の家ではかつて毒殺事件があり、さらにその家の長男が毒で死亡する。 『村上幻想』
 かつて師村がチェコを訪れて観た、人形使いの名人による劇。数年後改めて訪れた彼は引退しており、代わりに学生たちが演じたそれは……。 『最終公演』
 軽井沢にいる高名な人形コレクタ。その人物が師村に用があるという。直接「玉阪人形堂」を訪れたその人物、そして師村の過去。 『ガブ』
 ある理由から富永と師村に退職金を支払い店を閉めることにした澪。彼女は店を売り払うことにし、それまでは従姉妹の元に身を寄せていた。 『スリーピング・ビューティー』 以上六編。

様々な人形の持つ魅力と、人形が好きだという人の気持ち。物語に仮託して謳いあげた佳品
 人形をテーマに扱う小説の多くは、例えば人形をあたかも人として魅入ってしまう人々であるとか、人形自体に意志があったり動いたりだとか、どうしても一種の狂気を伴うケースが多いように思う。本作でまず感じたのは、その人形と人間の距離感がマニアックながら現実的である点。人形が好き、という愛好家の気持ち、コレクターの気持ちをうまくとらえて表現がなされているのだが、人形を扱う物語でそのスタンスがきっちり取れていることは実は珍しい。例えば冒頭の『毀す理由』などは本格ミステリといっても良いような謎=解決がある話だが、全体としては謎解きの趣向よりも、人形そのものや人形好きといった人々の心情を描き出す方をむしろ重要視しているように見受けられる。 澪と富永、師村以外でも、軽井沢のコレクターや、ラブドール製作の束前など、それぞれのスタンスで人形を愛する人々が生き生きと描かれている点をまず評価したい。
 そしてもう一つ、津原泰水さんの描く現代作品の妙味であるのは、登場人物間で交わされる軽妙にして洒脱な会話。別にワイズクラックを気取るとか、ウケを狙うというわけではないのに読んでいて素直にやり取りがテンポ良くて楽しいし、時折心に鋭く突き刺さるひと言がある。もちろんその会話のキャッチボールは本作でも健在で、気は強いのだがどこか繊細な澪と、職人二人が交わす会話に深い味わいがある。
 気になるのは最終話『スリーピング・ビューティー』。普通に表層だけを読み取れば、これはこれでハッピーエンドであるのだけれど、このハッピーエンドが実はお花畑幻想であるという疑いが読んでいて拭えない。本当に澪は事故から生還しているのか。もしかすると、これは最後の最後に澪が臨んだ「こうあって欲しい」という願望なのではないか。そう受け取ると、この物語自体の味わいがぐらっと変わってくる。その真偽について明示している箇所はないようなので、個人的にはリドルストーリー的興趣も込めてあるのではないかと疑っている。

 本来の人形愛好家の方であっても違和感なく読めるであろうし、人形に全く興味がなくても物語としての魅力があるので興味深い読書になるものと思われる。決してボリュームがなくむしろ薄いくらいの単行本であるのに内包されているイメージは豊饒。 物語の紡ぎ手としての津原泰水氏の妙味もまた味わえる。


09/05/21
鳥飼否宇「人事系シンジケート T−REX失踪」(講談社ノベルス'09)

 何故か微妙に意外感もある、鳥飼否宇の講談社ノベルス初登場作品。まあ、元が『中空』で獲得した角川書店主催の横溝正史ミステリ大賞優秀賞という出自なので考えてみれば不思議なことでもないか。『〜的』のシリーズは作品集だし。

 大手玩具メーカー・トリストイで働く三年目社員・物部慎治は、人事部でも課に属さずに部長直轄の扱いを受けている。彼には幼少の頃の体験から、他の人間がウソをついた時に耳鳴りがするという特殊な能力があり、採用面接した人事部長・峯岸史子から見込まれたのだ。何かとトラブルが持ち込まれる人事部だったが、なかでも会社に大損害を与えかねない事件が発生。トリストイの戦略商品であるT-REXの試作品が会社から何者かによって持ち出されたとの連絡が入ったのだ。過去にも海外メーカーに新製品が発売前に情報が流れてしまい、トリストイは大損害を被った過去があったのだ。一方、慎治はいじめが背景で無断欠勤を続けている、海外業務部の田尻優の様子を調べるよう指示を受け、彼女と仲の良かった同僚の東郷麻紀から事情を訊く。彼女に送られた誹謗中傷のメールが原因らしい。慎治は、優子の家を訪ねるため、麻紀に同行を頼む。

会社を舞台にした会社本格ミステリ。ただ、奇妙な味わいが売り物の鳥飼ミステリ本来の質としては微妙に「?」
 先に書いておくがノベルス本体に付いている内容紹介、ちょっと大げさすぎ、変すぎる。別に主人公、特別待遇でもスーパー社員でもない。「秘密裡に特殊事案を担当する」と書くとかなりスパイサスペンス小説の匂いがするもんだが、会社でも人事部であれば調べ事があっても他者には内容を明かすことはないし、ルーティンでない以上、事案は特殊にならざるを得ないわけで。何度読んでも違和感が消えない。
 さて、内容としては、女性社員の出社拒否と、社内の戦略新製品の盗難がメイン。ここに社長夫人の行方不明のペット探しや、その女性に対してストーカーを行っていたと思われる、社内の才能あれど問題児という社員の問題……といったもの。全体的にユニークな展開であることは否定しないながら、社員たちの描写について現役会社員としては微妙な違和感があるため、物語に乗りきれない部分が正直ある。(例えば、極秘と思われるプライベート情報を社員同士の人間関係で喋っちゃうところとか、事件の真相におけるPC管理の問題だとか)。主人公が探偵役なのかと思えば、解決については「人事系シンジケート」が行ったりするところはユニークで、推理としての蓋然性は確かに高い。本格ミステリとして、厳密にロジカルに捉えた時にこれが唯一無二の解決か? という点では微妙に穴があるようにもみえるのが、どうも鳥飼否宇作品らしくないなあ、と思えるところ。バカミスというほどトリックが弾けているわけでもなく、会社を舞台にしている以上、必要以上ギャグめいた流れもなく。

 これまで読んできた鳥飼ミステリとは、どこか一線を画しているかのようなタイプの異なる作品。これはこれで否定する気もないのだけれど、どこかこうなんというか読者側の勝手な期待(イメージ?)から外れてしまっているように思える。この作品から鳥飼作品を読むのであれば、全く問題なく内容軽めとはいえ楽しめるとは思うのだけれども。