MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


09/07/20
海堂 尊「極北クレイマー」(朝日新聞出版'09)

 海堂尊氏初めての週刊誌連載作品。『週刊朝日』2008年1月4〜11日号から12月26日号にかけて連載され、単行本化にあたって改稿されたもの。本書執筆のために夕張市を取材したとか、銚子の某病院の事件は実は本編のモデルではないとか、いろいろあるらしい。(参考文献『ジェネラル・ルージュの伝説』)。

 北海道にある人口十万人の極北市。かつての政策失敗が祟り、市は慢性的な財政破綻危機に陥りつつある。遊園地やホテルと共に、市の赤字の五つ星に挙げられるのが極北市民病院だ。この病院に派遣されてきた外科医の今中良夫は、モラルの低下した医療現場に唖然とさせられる。ボーナス無しの非常勤という自分の立場、隙あらば費用として抜き取る落とす吝嗇な事務方、極端に削られる費用、和式しかないトイレ、看護師たちの舐めきった態度等々。病院で唯一の良心は、産婦人科部長の三枝のみという状況だった。今中は自分なりにこの病院を変化させようと少しずつ努力をするが、なかなか思うようにはかどらない。そんななか現れたのは、派遣の皮膚科医・姫宮。一風変わった性格を持った大柄な美女は、たった三日のうちに周囲を知らず屈服させ、あっという間の大変革を成し遂げるが、すぐに病院から去ってしまう。危機的状況のなか、院長は「日本医療業務機能評価機構」なる評価を受審しようとし、更には三枝が過去に行った医療が、医療ミスではないかという疑いが……。

焦燥感、危機感は非常に高く、その分で読ませる。が、一冊のエンタとしては多少ちぐはぐ
 極北市という地名は、桜宮市中心の海堂ワールドにおいて「僻地」を意味する地名として過去にも何度も他の作品に登場している。ファンにとってはジェネラル・速水が旅立った地として記憶に深いところだ。と・こ・ろ・が。
 速水は出てくるのだが、ちょい役以前、顔出しも無し。『ジーン・ワルツ』の絡みから三枝という婦人科医が登場するところは予定調和として、姫宮が登場するのは意外とはいえあまりに戻るのが早すぎ、疾風が吹き込んで去っていったが如し。その他、名前だけ、ちょっとだけといった旧知の人物多し。一応、美味しいところで登場する意外な人物がいるとはいえ、シリーズを楽しみにしているファンには物足りなさもあるだろう。
 ただ、本書には僻地医療問題、医療当事者のモラル、クレイマーとなるモンスター患者、更には医療事故といった、最近になって急激に表面化している「現代医療の諸問題」がかなりぎゅっと押し込まれている。(発生自体は昔からあった筈なのに、最近になって急に浮かび上がっている印象)。その分、個々のエピソードをみると面白いし、胸の空くような場面も多々あるのだが、全体を一貫するような盛り上がりには微妙に欠けている印象がある。(あくまで社会派ではなk、エンターテインメント小説としての場合)。これまで刊行された単行本においても、現代医療の各科の問題は取り上げられてきているが、メジャーな週刊誌連載だということで、作者にもチカラが入ったのではないか。その分、ミステリやエンターテインメント小説として完成させることよりも、医者でもある作者が感じている危機・問題意識の表現を優先させてしまったか。(これはこれで海堂氏という作家には許されることだ)。
 様々なテーマが取り上げられた結果、一応物語としては結末を迎えてはいるものの、中途半端な感は否めない。患者がクレイマーになるという点をマスコミが助長している現実を抉りだしてさらけ出している点、そして読者の個々人に対する戒めとしてる点は共感するものの、僻地医療については処方箋がないということか。

 はっきり言ってしまえば、これまでの海堂ワールドの作品のなかでは(新書とか除く)、最もエンターテインメント性が低い一方、最も問題意識の提示が大きい作品になっている――というと言い過ぎか。「敵」が見えにくい問題だからかもしれない。


09/07/19
西尾維新「偽物語(上)」(講談社BOX'08)

 『化物語』が本編となる、西尾維新流怪異譚シリーズ。前日譚にあたるのが『傷物語』、そして後日譚にあたるのが、本書『偽物語(上)』と、少し時を空けて刊行された『偽物語(下)』にあたる。2009年7月からテレビアニメ放映が開始されているらしいが、小生は未見。本作にはシリーズ第六話にあたる『かれんビー』一作を収録。書下ろし。

 高校三年の夏休み。大学受験を決意した阿良々木暦は彼女である戦場ヶ原ひたぎと、恩人である委員長・羽川翼の二人に交互に勉強を教えてもらいながら日々を過ごしていた。そんなある日、羽川から都合が悪くなったとの連絡があり、有意義に一日を過ごそうと考え、家に遊びに行くと約束したまま果たせていなかった千石撫子宅に行く。途中で迷子の八九字真宵にセクハラを仕掛け、中学生の千石からは謎の誘惑に遭い、神原駿河宅の掃除をしながら変態比べをし、そして戦場ヶ原ひたぎの暴力に屈して学習塾に閉じこめられた。後ろ手に嵌められた手錠で逃げられない僕を、ひたぎは守るのだというが、何か歪みがあるような気が……。そこに妹の一人・月火からの連絡が入り、愛情溢れるひたぎの毒舌と暴力から逃れてなんとか帰宅することが出来た。しかし、どうやらもう一人の妹・火憐にトラブルが発生しているらしく、妹たちは羽川の助力を受けているようだ。――中学生を対象に「おまじない」を称した呪いをかけ、彼らから金品を巻き上げる男・貝木という人物、彼を急襲した火憐は返り討ちに遭い、囲い火蜂なる怪異に取り憑かれたような熱病症状を呈してしまう。怒りに燃える兄・阿良々木暦の取った行動は……。

栂の木二中のファイヤーシスターズ……などより、ハーレムシステムでの戯言と戯れがメインだよね、これ
 ダテに帯代わりのシールに「200パーセント、趣味で書かれた小説です」と貼ってない。(このパーセンテージはシリーズ最初からどんどん上昇している)。趣味だ。作者の女性に対する趣味とは少し違うが、二次というか創作物における女の子への様々な、そして肥大化した妄想が読者を襲う。いわゆる「萌え」の感覚は鈍いのでよく判らないのだが、単純にボケとツッコミの連打が楽しく、これは別にこういった系統の「素養?」が無くとも、暦と女の子たちの会話だけでも普通に面白い面白いと読めるはず。 実際のところ真実がどうなのか判らないけれど、その女性に対するフェティッシュな主人公の嗜好もまたラノベ的か(直接的ではなくフィルタがかかっているという意味で)。ただ、そのフィルタが変態的なのは許されるものなの?
 ふう、さて。
 本編の方はなんというか、おまけ、といった印象。ほとんどアクション場面がないまま終盤に差し掛かった時には悪い予感があったが、敵役があまりに肩透かし。(単純に弱いという意味ではないところには、作者の良い意味でのひねくれを感じるが)。凄絶な兄妹喧嘩はそれはそれでスゴイのだけれど、物語の流れ上、本来のメインディッシュではないはずだ……は? そっちがメインだったのか??

 いずれにせよ、上でも書いている通り、主人公・阿良々木暦のノリノリのボケと、様々な性格をした女の子のツッコミ加減がやっぱり最大の読みどころだと思う。まあ、なんというか「趣味で書いてます」という作者の意は、ハーレムシステムでにやつく主人公などではなく、言葉遊びを含めたボケとツッコミそのものが「趣味」なんだろうな、とも。


09/07/18
嵯峨島昭「美食倶楽部殺人事件」(光文社文庫'89)

『美食倶楽部』という題名でカッパノベルスから'84年に刊行された作品が元版。その後、光文社文庫入りするにあたり、本題に変更された。作者の嵯峨島昭については、まあ、有名な話ですので誰かという点にご興味のある方はご自分でお調べ下さい。

 自他ともに認める美食愛好家で警視庁の警視である・酒島は、自らが所属し、懇意にしていた「美食倶楽部」の会長が殺された事件の捜査に乗り出す。酒島は上司との諍いから休職中だったが、逆に公務ではないと開き直り、仲の良い有閑マダム・鮎子をパートナーに会長のグルメ旅行の足跡を追う。酒島自身、舌鼓を打ちながらの旅行だったが、現職で美食とは縁のないベテラン刑事・平束が彼らの周囲をうろつき回る。行った先々で発生していた事件を、酒島は持ち前の知識と推理によって解決してゆくのだが、その旅路はついに美食の本場、フランス、さらにはアフリカのタンザニアまでをも踏破してゆく。さらに、酒島の前に立ちはだかるのは醤油味の江戸前味にこだわりを持つ料理評論家の辺見独男斎。タケノコから始まり、コロッケ、鮎、タラバガニにウニにマツタケ。ステーキは各地で多数登場し、そば、ラーメン、カツ丼のBグルメもしっかり押さえる。各地で事件を解決してゆく酒島と鮎子。そして肝心の会長殺しの真相は……?
グルメ小説なのか、ミステリ小説なのか。トンデモ殺人事件も面白いがグルメ感覚の時代変化にも気付く
 とりあえず、ミステリとしてどうかという点は置いておく。
 二十五年前に発表された作品であるながら、取り上げてられている店は斯界の名店・老舗が多く、調べてみたが過半は現在も営業しているようだ。屋号と電話番号を紹介するのみではなく、本文中でも酒島と鮎子が訪れた店名でも実在の店が結構あり、その意味では大胆な作品だと感じられる。(例えばラーメンだと、ほーぷ軒や桂花が出てくる)。その一方で、アフリカで野生動物を食したり、フランスの超有名店を訪れてみたりとグルメ旅行に再現はない。当然、インターネットの普及や、一億総グルメの時代は、さすがの嵯峨島先生も予想はしていなかったことだろう。本書だけでも刊行当時であれば、グルメガイドたり得た可能性がある。
 多少違和感もある。例えば嵯峨島先生の趣味なのか、当時の食通の常識かもしれないが、食前酒の取り扱いが乱暴。とにかくどんな食事であってもビールを要求しているようにみえる。塩といえば専売公社が販売していた時代ゆえに、天然塩にこだわる描写が非常に目立つ点などからもグルメ小説としての時代性を感じる。また、三人称が徹底されている結果、酒島や鮎子の台詞だけで味を類推しないといけない点も少し弱い。(この点、一人称のグルメ小説の描写には絶対勝てない)。
 一方、ミステリとしては、取り上げるまでもないお粗末な内容のものも混じるが、タケノコに絡めたある殺人事件や、被害者が天ぷらのコロモで窒息させられている事件など、トンデモ系トリックの元祖のようなネタがいくつも使われている。 真面目に読者が解き明かすようなタイプの作品ではないが、後のバカミスの源流に近いところに位置していることは間違いない。何よりも、本書の本筋でもある美食倶楽部会長殺人事件の解決など、これが本格を装った作品だったら本を壁に投げつけるどころか、焚書してしまうかもしれないというヘンテコなもの。ま、グルメ小説だと思えば腹も立たないですが。

 もしかすると『美味しんぼ』以前と、以降とで日本人の美食に関する一般常識が変化してしまっているのかな、などと本書の本質とは無関係なことを考えてみたりもする。バカミスがお好きな方であれば、一読の価値はあるかも。


09/07/17
乾くるみ「六つの手掛り」(双葉社'09)

 長編では外連味のある叙述系トリックを、短編ではパズラー指向の強い作品を打ち出すことの多い、乾くるみ氏の新キャラクタによる連作短編集。本作の「てがかり」は、「手掛り」であり、「手掛かり」ではない。『小説推理』二〇〇六年四月号から二〇〇八年一〇月号にかけて不定期掲載された五作と、書き下ろしになる『一巻の終わり』にて構成されている。

 突然の道路不通により、回り道をした結果雪野原で交通事故が発生。幸い怪我はなく、トラックとタクシーの運転手、ヒッチハイカー、そして乗客の林茶父は、近くの民家に泊めてもらうことに。初対面の五人が過ごした翌朝、一人が撲殺された死体で発見された。 『六つの玉』
 林茶父の友人が巻き込まれた十五年前の事件。卒業研究チームの紅一点に、他の男性五人が愛の告白。誕生日プレゼントで誰と交際するかはっきりさせるとしたその女性の元に送られてきたプレゼントの一つはなんと開封すると爆発する爆弾だった。 『五つのプレゼント』
 大学の補講タイミングで訪れてきたのは外国人大学教授と林茶父。彼らは学生たちの前で、ESPカードを使った手品を行い、学生を煙に巻く。しかし、その教授が殺され、学生たちのなかに犯人がいることが判明する。 『四枚のカード』
 飲み屋の余興で手品をした林茶父は終電を逃し、店の客の家に泊めてもらうことに。男の元に届いていた中身が間違われた手紙。男と一緒に沖縄旅行に行ったのこり二人のうち一人が殺され、彼からの留守番電話が証拠に……? 『三通の手紙』
 凝ったいたずらが大好きな地方の名士。茶父はその名士の晩餐に招かれ、特注だという掛け軸を目にする。その掛け軸の前でその名士が刀で斬殺されてしまう。血溜まりの中に横たわる死体、しかし掛け軸の一枚には不自然に血が付いていない……。。 『二枚舌の掛軸』
 地方に建てられたベテラン作家の邸宅で毒舌評論家が殺される事件が発生。彼の殺害された推定時刻は彼の読書スピードによって割り出せそうだったが、そこには問題が。 『一巻の終わり』 以上六編。

凝ったシチュエーションに奇妙な事件。人工的な香りもおそらく意図的。林茶父の超絶論理が冴えわたる
 主人公(?)兼探偵役を務めるのは、は手品師にしてプロモーターという異色の存在・林茶父(はやし・さぶ)。手品に詳しく、自身も手品を行うとはいえ一般人の彼が偶然事件に巻き込まれ、その事件の真相を解き明かしてゆく物語。ただ、事件を描写する視点人物は作品毎に異なっており、林氏のみが共通したキャラクタとして物語に登場する。(名字からして、乾氏の他作品シリーズ探偵・林深紅郎と何らかの関係があるのだとは思うのだけれども)。その林茶父。いずれの作品も謎解きでは当然に存在感を示すのだが、そこに至るまでは特殊な職業にもかかわらず、少なくとも人格的には非常に平凡で目立たない存在だ。
 全作品の共通点を強引にまとめると、大道芸人や手品師が絡んだ事件を、探偵役・林茶父によって構築される切れ味鋭いロジックによって謎が解かれるというもの。 犯人が仕掛けたトリックや、偶然による演出もあるせいで余計にそう感じられるのだけれども、いずれにしても共通するのは事件の不自然さ。それぞれが警察が普通の発想で解き明かせないタイプの謎で、名探偵クラスの人間が必要となるような問題である。シチュエーションが凝っており、事件もまた凝っているという、現実に即した状況ではなく、むしろ知的パズラーとして遊戯を徹底しているようにすら読める。
 各方面で指摘されているように全体としては・泡坂妻夫氏のオマージュの薫りが漂う。また繰り返しになるが、短編である割に「凝ったシチュエーション」「凝った事件」「ロジカルな謎解き」がぎゅっと詰まっている分、本格指向の強い読者でなければ若干読みにくさが勝ってしまう懸念もある。紙数の関係か、事件が発生する状況に至るまでの描写にどうしても急ぎがみられるのも若干マイナスか。また、探偵役を務められるのが林茶父一人で、他の人間はおしなべて証言者/傍観者になってしまっており、林茶父=超絶名探偵という立ち位置が最初から読者のなかで決まってしまっている。結果的に全般に、読者が「あーでもない、こーでもない」というような試行錯誤できるといった本格ミステリ特有の楽しみは薄くなっている。とはいえ、この凝ったシチュエーション、凝った事件をひょいひょいと作って見せてくれるところ(ひねくれ加減?)に乾くるみの真骨頂があるといえるのだが。

 上手いのはやはりパズラー部分。キャラクタで読ませるわけでなし(林茶父はキャラは立っているが、存在が薄くほとんど感情移入できないようになっている)、他の登場人物と連続的に絡むわけでもなく、もちろん成長小説といった要素も皆無。だけど、サプライズはあるけれど謎解きが少しひねくれていて素直ではないという展開はコアのファンにとっては魅力になっていたりする。 一方で、余計な心配かもしれないが、『イニシエーション・ラブ』あたりから、乾くるみ作品に入ったライト系読者には本作はあまり肌に合わないのではないか。本来的に作者のパズル指向とオマージュを温かく受け止められる読者向け……なのではないかと考える。


09/07/16
天原聖海「ファイナリスト/M」(講談社BOX'09)

天原聖海(あまはら・きよみ)氏は1978年生まれ。静岡県出身。本作『ファイナリスト/M』にて第3回講談社BOX新人賞・流水大賞優秀賞を受賞してデビュー。

 日本で最も有名な探偵社・LiKAMの主催によって開催された「D-Tグランプリ」。新時代の名探偵を決定するという触れ込みで開催され、優勝賞金一千万円、日本全国から我こそはと一万五千人もの一次予選参加者を集めて行われたテレビ企画で決勝に進んだのはただの四人だった。天才外科医『ドクター・デティクティブ』遠山斎。職業私立探偵『探偵貴公子』斯波斗 志希。元警視庁捜査一課、犯罪捜査のエキスパート『千里眼』神藤寺忠徳。そして主人公・僕こと、最強のコンピュータ端末を持つ『百科全書』二ノ宮鷹史。天才エンジニアである姉の強制によって参加した僕は、筆記試験、カードゲーム、そして東京を股に掛けた鬼ごっこと立て続けに勝ち残る。そしてLiKAM所属の優秀な探偵たちをも蹴落として、僕はたった四人しか残れない決勝の舞台に立った。しかしその決勝戦が実際に行われた樒島では、次々と奇妙な事件が発生、主催者でLiKAM社長の南部をはじめとする過去の事件の因縁などに、僕をはじめとした探偵たちは翻弄される。戦いの果てに存在する黒幕は、そして本当の意味での名探偵とは。

大作。ロジックを弄び、数々のどんでん返しを経て探偵の本質に迫る。ディティールの軽さが惜しい
 刊行されて数ヶ月、あまり話題になっていないようだが、本書の本質は本格ミステリ、それもかなり大胆な試みが含まれた新本格ミステリに分類されて良い作品だ。特に一連の事件が、意外な(あっさりとした)かたちで終結し、大イベントであるグランプリが終了したあとに、主人公の鷹史と、黒幕とのあいだで交わされる事件に関するやり取り、そして緊張感は秀逸だ。事件そのものが持っていた複雑な構造や、謎めいた真犯人の動機や、グランプリそのものの位置づけが二転三転し、都度、読者の立ち位置が揺らぐような解が提示されてゆく。様々な可能性を提示しては、一つ一つ推論になってもその検討を進めてゆく展開は、作者自身が相当に練り込んだであろう痕跡が認められる。 真犯人の動機や、その反対側にある主人公の立ち位置なども、一見突飛ではあるものの小説内リアリティのなかでは許されるタイプ。むしろこの動機は斬新でユニークだと個人的には感じた。
 ただ、いかんせん登場人物の作り込み方が、西尾維新がイメージされるような、メフィスト(ライトノベルというべきか)世代のそれであり、キャラクタとしてはめちゃくちゃ立っているものの、いささか存在が軽い。(というか、天才を安易に創造しすぎている)。その他、万能スーパー人工知能という主人公が所有するコンピュータ端末や、そもそもの物語背景を現実のテレビ企画を下敷きにしていることなど、全体としてのディティールに深みがない。 講談社BOX新人賞という賞の性質、そして対象となる読者層を考えるとこれも致し方ない(というか、これがデフォルト)ことなのだろうが……。どことなく本書の本質であるミステリ部を本来的に支持してくれる読者と発行媒体(講談社BOX)とにミスマッチがあるように思う。平たくいえば、普通に本格ミステリとして出した方が良かったのではないかと考える。

 ただ、これだけのロジックを弄ぶように繰り出せる作者のセンスは間違いなくミステリ畑のそれ。 本書だけでも大したものだと思うが、次作に繋がるような結末になっていることでもあるし、もう一段上の読者を想定した本格的なミステリを是非、次回は著して欲しいと期待。


09/07/15
上村 佑「セイギのチカラ」(宝島社'09)

 上村佑氏は1956年生まれ。國學院大學文学部中退。2006年、『守護天使』にて第2回日本ラブストーリー大賞を受賞してデビュー。同作は'09年に映画化もされている。本作は2007年10月から翌7月にかけてニフティ・ココログ小説にて連載された作品を単行本化したもの。

 空に赤い月が浮かぶある晩、巨大ネットカフェ「サラマンダー」にて家出中の女子高生が首を切り裂かれて殺害された。周囲に関心のない人間が多く、目撃者はゼロ、さらには犯人は幽霊ではないかという噂が立った。一方、他人の顔色を伺って相手が何をもとめているか瞬時に判断できる能力を持つサラリーマン伊能。その能力を使い浮気しまくった彼だったが、唯一その能力が通用しない妻が子供を連れて出て行ってしまった。その結果彼は人間GPSという奇妙な能力を手に入れる。伊能はインターネットを通じ、自称・異能者が集まるオフ会に参加。会場は「サラマンダー」。そこで彼は女性のブラジャーホックを外す程度の微妙なサイコキネシスや、動物と会話する能力、30センチだけテレポートする能力を持つなど奇妙な異能者たちと出会う。その中の一人は、存在感を消し、他人から姿を認識してもらえないという能力を持った美女。だったがオフ会の最中に警察が彼女を連続殺人容疑で拘留してしまう。彼らは自分たちの能力を使って、彼女の奪回を図る。

テンポとノリが全て。設定の浅さを怒濤のストーリー展開で読者共々押し流す
 超能力、とはいってもとてもしょぼい。しょぼいのだが超能力。ほんの僅かなサイコキネシス、テレパシーに千里眼。しかも、その超能力を使った結果、髪の毛は抜けるわ、動物と同化するわ、突っ立ったまま本音を喋りまくるわ、眉毛が手のひらに移動したり、指の場所が入れ替わったり。そんな「しょぼい超能力者」たちが、仲間を護るために警察を敵に回し、最後にはなぜか日本の国家を救ってしまう……てなお話。
 文章は決して上手ともいえず、描写も巧みだとはいえない文章。なんか冗談めいた登場人物の数々。安易な敵役にマヌケな警察。全体的に非常にイージーな作りが目立ち、小説として単体で評価されにくい作品。なのだが、本作にはいい知れないパワーが込められている。 安い人間を安く書くのが上手い某作家のノリに近く、そこまで人類に対する悪意はなく、むしろ善意が優勢。主人公たちもピンチには陥るものの、そこはそれなんたって超能力者だから。なんとしてでも乗り切って。この能天気ともいえるノリは、一昔前の明朗小説に近いものも感じる。
 ギャグとして狙っているかはとにかく、全体的にユーモアが勝っており、素直にエンターテインメント小説として楽しめる作品であった。
 ただ、日本中が裏では判っているけれども表だって感謝できないという終盤は、細かいツッコミだがくどいので不要だと思う。関係者でもあっても事態を認めない、偶然や事故だったということになる方が普通。むしろ、自宅に帰ってきた後の伊能家の様子とか、最初から決めていたのかもしれないが、いい感じ。徹底してこのノリで締め括るともう一段印象が強まったのではないか。

 あくまで軽いノリで軽いネタの小説を愉しみたい向きには最適かも。一方で、じっくり小説に向き合いたい方には当然不向き。ボリュームの割に改行も台詞も多めなのでさくさく読めます。


09/07/14
北國浩二「リバース」(原書房'09)

 2003年に『ルドルフ・カイヨワの憂鬱』が第5回日本SF新人賞に佳作入選し、05年に同書刊行でデビュー。第二長編の『夏の魔法』が「Amazon「Best Books of 2006エディターズ・ピック」の文芸ベストに選出される」とネットにあったが、これはどういう性格の賞なのか今ひとつ分かっていない。

 中華料理屋でアルバイトをしながらバンドでギタリストとして活動している省吾は、誰もがうらやむような美女・美月と交際していた。省吾は熱心に彼女に自分の愛情を語る一方、グアム旅行に行きながら土産の一つもないなど、彼女の方の省吾に対する扱いは決して最上級ではない。薄薄そのことに気付いている省吾も、自分の幼馴染みで美月の交際のきっかけを作ってくれた妙子から、大学附属病院に勤務するエリート医師・篠塚と彼女が交際していることを知らされる。さらに省吾は、ライブスタジオで知り合った、悪い未来を予知できる能力を持つという不思議な少女から、美月が篠塚に殺されてしまうというビジョンの話を聞く。彼女の言うことを信じた(?)省吾は美月に、そして続いて交際相手の篠塚に対してもストーカー紛いの行為を行うようになる。篠塚には全く非はなく、むしろ素晴らしい医者のようであったが省吾にはそれが認められない。世間では、美月が信奉しているヒメちゃんというタレントのファッションを真似た女性が次々と殺害されるという事件が発生しており、省吾の自己陶酔は自らを正当化していた。しかし、度が過ぎた彼の行動は旧来の彼の支持者をも背を向けさせる結果となってゆく。果たして本当に事件は起きるのか――?

計算されたであろう前半の強烈な「痛さ」。そして後半の名探偵っぷりのギャップ。苦み強調青春悲譚
 読んでいて、本当に痛い小説ってのは本書の前半のような内容をいう。交際相手の心がとっくに自分から離れていることに気付かず、気付いてもその心が離れているという事実を認めることができず、ひたすら尻尾を振って犬のようにつきまとう男。しかも、自分自身の行動について周囲の迷惑を顧みない理屈を振りかざし、正当化しようとする。惚れるということは構わないが、その行動があまりにキモチワルイし、子どもっぽすぎて。

 ただ――、そのキモチワルイ男という描写そのものが、作者のレッドヘリングというのが本書の本質だ。後半に微妙に主題がずれたところできちんと青春小説になっているが、本来的にはやはり本格ミステリを強く指向した物語作り。なぜ、れヒメちゃんスタイルの女性が狙われるのか、果たして本当に篠塚は善人なのか。省吾の歪んだ愛情は報われるのかどうなのか。物語としての興味とともに、読み返して気付くのは非常に周到に、しかもあちこちに張り巡らされた伏線の数々だ。勘の良い読者であれば、ある程度は事件としての真相は見抜ける可能性はある。ただ、一方でそういう読者であっても物語の終着点についてはみえないはずだ。この軽薄そうな美月に関する、その軽薄をイメージさせるような行動や言動もまた、実は深いところで伏線となって繋がっている。 その他、通読しただけではスルーしそうな部分がまた、細かな伏線として最後までに必ずどこかで効いている。なかなか高いセンスを感じる。
 中盤で見えてくる事件の構図、さらにはその一歩進んだ先。かなり周到な計算で物語が進んでいる一方、あくまで個人的な感触では、これで「予言」のくだりがもう少し科学的でも良かったのではないかと思う。この「予言」が入ってしまっているがゆえに、本書が論理だけのミステリといえなくなっている。この点に関しては一種、狂人の論理として認められそうなのだけれども、結局その通りになるわけだし……。

 ただ、前半の痛さを通り越し、その純粋な思いが昇華されてくるにつれ、青春小説としては苦みがかなり勝つにせよ、なかなか出来が良いのではないかと思い直せる。惚れた側の男性など、そうそううまく行くものではないし、省吾ほどでもないが未練たらたらであってもおかしくない。そういう「情けない男」をきっちり描写できている点も、別の角度からは評価に出来よう。


09/07/13
牧野 修「都市伝説探偵セリ(2)噂のサッちゃん」(フォア文庫'09)

 「あの」牧野修氏による児童向けホラーシリーズ「都市伝説探偵セリ」の第二巻。イラストは米田仁士氏によるもの。

 童謡「サッちゃん」は普通三番までしか歌詞がないが、あまり知られていない四番の歌詞を知ってしまうと呪われるという。(ちなみに、この都市伝説は実際にありwikipediaにもサッちゃんの都市伝説について触れられている)。"都市伝説探偵団"を名乗る天端セリ、新倉岩魚、甘粕美優の三人は、クラスメイトのキミカが、サッちゃんの呪いで夢の中で怖い目に遭っていることを知る。夢のなかである儀式めいた動きを正確に行わなければ、小さな女の子が飛びかかってくるのだという……。『噂のサッちゃん』
 林間学校。相変わらずのハイテンションのセリ。到着した先には古びた洋館があり、そのなかにある鏡の前であるキーワードを口にすると、近くで交通事故で亡くなった少女によって鏡の世界に引き込まれる――という噂を岩魚が聞きつけてきた。危ない目に遭わすわけにはいかないと、そのキーワードを口にしない岩魚だがセリは強引にその真相を確かめようとする。 『鏡の中の少女』 以上、二編。

児童書と侮るなかれ。読みやすく分かりやすい物語のなかにも牧野エッセンスが息づく
 基本的には「大阪のおばちゃん」をそのまま小学生にしたようなお節介と空気読めないボケと自分勝手と三拍子合ってノリノリのセリと、知識があっても少し臆病で心配性の岩魚(キョワワ)、さらに美少女ながらきりっとした性格が魅力の美優の三人組。彼女たちのツッコミ所満載の日常と、怪異現象とのギャップが良い。 彼女たちに特殊な能力はなく、都市伝説を要因とする怪奇現象に首を突っ込むだけ突っ込んで、最後の最後は、第一巻で登場、引き続きダークサイドヒーローとして君臨するリコーダーマンを呼び出しては問題の解決を依頼するだけ。
 その結果、三人組とその直接的な友人は救われるものの、その怪異現象自体は結局のところ放置という状態で物語は収束する。探偵団視点では「めでたしめでたし」で終わっているものの、実は全然怪異の根源を絶てていない、というのが大人視点で本書を読んだ場合の勘所。即ち、微妙な不快感が読み終わってもずっと継続するのだ。この突き放し方は、牧野 作品(一般向け)のそれと、どことなく共通するような印象がある。子供向けがこんなんでいいのか? という気もするが、そもそも作者が牧野修氏という段階でそういう対応を期待してはいけないか。

 前作の解説の我孫子武丸氏に続き、本書も解説を田中啓文氏が書いている。なんというか解説なのか、自著の宣伝(具体的には何も言っていないが)なのか、微妙に怪しい。むしろこの「えー、オレなんかが児童書の解説書いていいのん?」といった居心地悪そうな文章に深い味わいがあるとかいうと怒られるかな。都市伝説探偵シリーズ、ぜひこの続きも(そして果たして次の解説はいったい?)というあたり興味深いところですが、この分野競争厳しいようですし、どうなのでしょう?


09/07/12
樋口有介「夏の口紅」(文春文庫'09)

 『ぼくと、ぼくらの夏』にてサントリーミステリー大賞を受賞後、立て続けに青春ミステリの作品を打ち出した樋口氏がミステリの縛りから解き放たれたかたちで1991年に発表したという長編作品。

 大学三年のぼく・礼司は五つ年上のデザイナーの女性と微妙な恋愛関係(というか肉体関係?)にあった。老成した感覚ゆえに、決して上手ではない新作ケーキ作りを生業としている母親と二人暮らしをしながら、その年上の彼女とつかず離れず淡淡とした毎日々を送っていた。そんな礼司の家に突然の連絡が入る。十五年前、礼司の母親と別れたきり行方の判らなかった父親が癌で死に、礼司に対して遺品が遺されているのだという。相手家族とのもめ事を予感して出向くのを嫌がる母親。仕方なく礼司は一人でその家に出向いて、リューマチに苦しむ太った年配女性と面談した。どうやら父親はその女性の妹と結婚しており、その妹も亡くなった後は、彼女の家に居候していたらしい。礼司はそこで、彼の「妹」だという二つ年下の、顔立ちの綺麗な女の子と出会った。ほとんど口を利かない彼女は季理子といい、心の病気で学校を休んでいるのだという。彼女が出してくれた父親の遺品は珍しい蝶の標本。そして更に礼司には季理子とは別に「姉」までもがいたらしいことが判明するのだが……。

瑞々しさが全く色褪せない。苦さと切なさのあとにほんのりとした甘酸っぱさ。青春小説のお手本のような作品
 先にも書いたが、サントリーミステリー大賞出身ということもあった樋口氏が一息ついて、無理にミステリらしさをみせずに書いた最初の作品なのだという。とはいっても既に亡くなった父親と、ほとんど手掛かりのないまま、肉親である姉を捜して回る主人公の姿はハードボイルド小説のそれとも近しくはある。 特にほとんど主人公の記憶のない父親の姿が、関係者の証言によって多角的に、少しずつ浮かび上がってくる様子や、関係者が指し示す僅かな手掛かりをもとに、直感と推理で次の手掛かりへと辿り着いて物語が進んでいくという方式は作者の自覚とは無関係にミステリとしての興味を読者へと提供してしまっている。もちろん悪いことではない。
 一方で、他の樋口作品とも共通することながら、登場人物の個性が素晴らしい。 主人公の性格(冷静、老獪、厭世……)を形成する要素こそ、それ以前、以降の樋口作品と共通するものにあたるが、ヒロインである季理子の造形がひと際ユニークで忘れがたいものになっている。本書の解説で米澤穂信氏をして、忘れられない女性キャラの一番に推しているのもむべなるかな。非常に美しい顔立ちとプロポーションを持ちながらある理由から喋らない日常に入り込み、不登校状態にいる。そんな彼女が、礼司との付き合いのなかで徐々に口を開き、さらに心を徐々に開いてゆく過程が上手いし、季理子の複雑な感情についても、行間からきっちり伝わってくる書き方になっている。不器用で一直線なおばさんの思いやりに護られた季理子、それでいて珍しく諦めきれない礼司という対比も良い。
 とにかく、物語は礼司が呟く最後の台詞に向けて収束していく。(どうも前の角川版だと帯にてネタバレされていたようだが)このひとことを礼司という登場人物に言わせたいがために物語が存在していたのではないか。そう思えるくらい最後のひと言は意外。特に礼司のこれまでの素行とのギャップが、初々しさを際立たせている。夏の口紅という表題に使われている小道具の扱いも巧みだし、偶然の使い方も適度で嫌みがない。樋口作品の主人公で女性に執着をみせるというケースは珍しく、幾つか作品を読んだ身としてはそこに多少いぶかしさがあったのだが、そこで逆転させちゃう樋口氏のテクニックは心憎すぎる。

 ここまで書いてきて改めて気付いたが、樋口有介作品の否定ができない身体になってしまった。でもいいや。暑い夏、未読なら取り敢えず読むべき。絶対損しません。米澤穂信ファンなんかにも(本書の場合は解説担当されているし)受け入れられるはず。樋口vs米澤。実は感覚的にかなり共鳴する部分があると思う。


09/07/11
千澤のり子「マーダーゲーム」(講談社ノベルス'09)

 千澤のり子の単独名義としてのデビュー作品。千澤氏は二階堂黎人氏との合作『ルームメイト』を宗形キメラ名義で、同じく講談社ノベルスから刊行している。別名義での評論活動も活発に行っている。

 小学校六年生、行事と行事の中間にあたる秋のある日、クラスでも頭の良い杉田の発案で「マーダーゲーム」と名付けられた新しいゲームをすることになった。対象になるのは給食当番の五班。加えて転校生の岩本にも声が掛けられた。ルールは「汝は人狼なりや」というゲームをアレンジしたもので、自分の身代わりになるスケープゴートを学校のどこかに各人が隠し、犯人役がその隠し場所からスケープゴートを持ち出して”殺人”したと見なすものだ。残りが最後の二人になった時に殺された被害者側で推理を行う。しかも追加提案でスケープゴートには自分の嫌いなモノにしてそれを”殺してもらう”ことになった。かくしてゲームはスタート。スケープゴートは飼育小屋の裏に置かれ、被害者が名乗り出るまで誰が殺されたか判らない。胸躍るゲームになる筈が、本来想定された状況から徐々に”犯人役(?)”の行動がエスカレート。参加者の女子生徒の髪の毛が切られ、さらに惨劇が……。果たして楽しいはずのゲームが悪魔に乗っ取られた理由は、そして真相は。

小学生の推理ゲームがエスカレートする謎めいた展開、その展開に込められた作者の深謀を見抜けるか?
 作中でも触れてある通り、本作の「マーダーゲーム」のベースは「汝は人狼なりや?」というゲームである。ネットでも行われているが、実際は参加者が村人に扮し、人狼や狩人といった役割を割り振られて、それぞれの発言から誰が人狼なのかを突き詰めてゆくゲーム。ただ、一度だけ実際にプレイした感想からいうと、実際の推理を行うことはもちろんだが、参加した面子から「こいつが人狼だったら後々面倒だから先に吊してしまおう」といった剣呑なやり取りもあったように記憶している。その意味で推理だけでなく突発的要素も含まれる、「人狼」をベースにミステリを紡ぐという発想はユニークに思われる。
 ただ、物語のベースとなるゲームの内容を「人狼」から更に作中で変化させて付則が多いゲームにしているがゆえに、なかなかすんなりとルールが頭に入ってこない。特にまだ物語に入りきれない序盤の段階で、ミステリとしての根幹にも関わる部分でも文中での視点人物が頻繁に入れ替わることもあって正直とっつきにくいのが第一印象。ただ、これにはこれで理由があるはず、と思いつつ最後まで読むとやはり理由がきちんとあった。誰が誰を何と呼んでいるか、一人称はどうか、渾名は? といったところ、スルーすると読み飛ばしてしまうような表現にもきちんと様々な配慮と遠慮が組み込まれていることに気付かれたい。
 このあたり微妙なのだが、普通のノベルス作品のように読み飛ばしてストーリーを追っていけば犯人に行き当たるという作品ではない。(ので、恐らくはそういった読者に評価されにくいことも想像できる)。 登場人物の中核が小学校六年生で、会話がどうしても大人のそれと比べ幼くなってしまう点で騙されてしまうが、かなり緻密に文体や会話が計算された本格指向の強いミステリなのだ。また、その小学校六年生なりの会話や行動についても、かなり現実に即して描かれており違和感がないところもさりげなく筆力を感じさせる。その意味で最後まで「らしくない」小学生が一人おり、その一人がまた他の子どもたちと別の運命に陥るところにも作者の意図が潜んでいるはず。

 文章や言い回しで微妙に気になる点はあるのだが、千澤氏はそもそも友人なのでそれらの点については直接伝えている。なので、ここでわざわざ書かない。用いられているトリックの関係で、ミステリ作品としてのリーダビリティが犠牲になっている部分を改善できれば、次回作では相当に期待しても良いように考えている。(ので、期待に応えるように!)


09/07/10
水生大海「少女たちの羅針盤」(原書房'09)

 島田荘司氏が選考委員を務める第1回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞の優秀作作品。作者は「みずきひろみ」と読む。三重県出身、愛知県在住で1995年に漫画家としてデビューしており小説が刊行されるのは本作がはじめて。

 ネット配信による新作映画の撮影のために、二時間ドラマに登場するような海辺の洋館を訪れた駆け出し女優の舞利亜。彼女は過去を隠して年齢を偽り、顔と身体に整形を施して活動を行っていた。彼女と同じ地元出身という監督は、舞利亜がかつて関係した「羅針盤」という女子高生四人組による演劇ユニットの話題を持ち出すが、それは年齢を詐称しているという理由だけではなく彼女にとっては禁断の過去であった。――四年前。名門の橘学園高等部の演劇部に所属する瑠美、かなめ、バタらは、独善的な顧問・渡見に対する反発から、自分たちだけで演劇をしたいと考えるようになる。県大会で知り合った別の高校に通う実力者・蘭をも巻き込んでまずは四人だけでストリート演劇を開始する。最初は苦労し嫌がらせも受けながらも、彼女たちの演技やシナリオは少しずつ評価されるようになり、複数の小劇団のコンクールにおいても観客から最大の拍手を受けるところにまで成長した。しかし、メンバーの一人が映画オーディションに合格したことをきっかけに、周囲からの嫌がらせがエスカレート、そしてついに事件が……。

危ういバランスのうえで夢に突き進む女子高生たちのパワーと挫折。そして映画撮影に絡むサスペンス
 物語は現在のパート、即ち映画撮影をしながら過去に殺人とかかわったヒロインが追い込まれていく物語と、四年前の過去パート、四人の女子高生が力を合わせて演劇集団「羅針盤」を立ち上げ、様々な困難や妨害を乗り越えて成長してゆく物語とが交互に描かれる。前半のパートは、ヒロイン・舞利亜の視点で物語が進むのだが、彼女の功利的で計算高い性格の演出が秀逸。利用できるものはなんでも利用し、自らの身体を使うことも厭わない彼女のタフな精神を赤裸々に描写することで、ダークサイドのヒロインとして奇妙に魅力あるキャラクタ造型をすることに成功している。
 一方、過去のパートについては、危ういバランスのうえで突き進んでゆく四人組全体のパワーとバランスと運と全てが読みどころ。 「羅針盤」が成功するまでは読ませるが、問題はそこに影が差し掛かってから。ひどい事件で羅針盤はバラバラになってしまうのだが、その事件に至るまでの彼女たち一人一人の心の動きは、女子高生の限界(ということでもないが)を示す巧みなエピソードとなっているように感じられた。
 果たして過去の事件のうち誰が舞利亜なのか。そして舞利亜の犯した殺人とはいったいどういう事件なのか。後半のパートでの事件発生がぎりぎり終盤まで引っ張られ、なかなか読者は推理する手掛かりが与えられない。 そのあいだにヒロインである舞利亜の方も謎の脅迫者に追い込まれてゆき――という展開、さりげなく非常に高い計算がなされていると思う。特に謎の焦点を絞らせない演出がうまい。
 ただ、個人的に残念に思えたのは現代パートのヒロインが陥る罠と真相。彼女の行った過去の事件については演劇部ならではのトリックが用いられており、その露見の仕方などもユニークかと思う。一方の現代の「実は……」というところは急に演劇的というか演出過剰に思えて物語のトーンがそこで変化してしまうような微妙な違和感がある。(まあ、投じた先がミステリの賞である以上仕方ないことだと思うが)。

 ただ全体を通じて読んだ印象では新人離れした堂々とした物語作りであると思う。題材にあまり専門的な事柄を持ち込まず、むしろ青春小説として一本筋が通っているところに好感を覚えた。シリーズにできるタイプの作品でもないので、第二作以降に打ち出してくる作品の趣向によってその真価が問われることになりそうだ。