MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


09/07/31
太田忠司「藍(あい)の悲劇」(祥伝社NON NOVEL'04)

 太田忠司さんを代表する名探偵の一人(二人?)霞田兄妹シリーズの第二部を形成する「色の悲劇」シリーズ。『紫の悲劇』『紅の悲劇』に続く第三作目。太田氏には珍しく(?)『小説NON』への連載形式で発表された。(平成十六年四月号〜九月号まで)。

 かつては警察から協力を要請されていた天才的推理を行う”男爵”こと桐原嘉彦の呼び出しにより霞田志郎は彼の屋敷へと出向いた。当然のように兄に付き従う千鶴。犯罪に関する問いかけのあと、桐原は志郎に結婚する気はないかと質問する。唖然とする千鶴をよそに志郎は会っても良いといい、『東海藍染作家展』に出向き、そこで藍染作家である美女・志賀香織と出会う。藍染をもっと知ろうと兄妹は香織の師匠である藍染作家・東藤裕道の工房に赴くが、そこで毒殺された東藤の死体を発見。東藤は藍甕に突っ込むように死んでおり、顔面は藍色に染まっていた。更にその頭上には重量物である日本酒の入った箱を吊り上げたクレーンが。一方、東藤の弟子・嶋根はカルチャーセンターで女性生徒ともめ事を起こしていた。志郎が東藤の事件を調べ始めたところ、その生徒の一人の杉子の怪しい行動が浮上するが、その杉子が殺害されてしまう。彼女は彼女で死体となった顔面が藍色に塗られていた。そんななか香織と志郎の関係が接近しているようで、志郎を想う親友の亜由美のことを知る千鶴はすっきりしない気持ちでいた。

ますます謎めく”男爵”の影、完成度の高い藍を巡る本格ミステリ。シリーズ独特の緊張感、高まる
 まず、香木が取り上げられていた『紫』、日舞が取り入れられた『紅』に対し、本書にてそのエッセンスを担うのは「藍染」。この藍染が過去二作に比べて本作では物語本体ともっとも上手く溶け合っている。藍染そのものに関する知識・蘊蓄がしっかりしていることはもちろんながら、ミステリ部分においても単に殺害されるのが関係者ということではなく、「藍」がトリックのなかで効果的な役割を果たしている。 こういった蘊蓄が入る作品では重要なことだ。
 そして、シリーズのクライマックスが近づいていることによる微妙な緊張感がまた良い。志郎の師の資格がありながら、根本的な部分で相容れない二人。探偵の能力にしても(謙遜はあるものの)、最終的な到達地点は同じにしても本書の段階では桐原の方が上のようだ。そして桐原と志郎とが下す結論が大きく異なっている。恐らくシリーズを通じて問いかけられ、一部終了後に志郎をして一人旅に出てしまう「探偵という存在とはなんなのか?」という命題に繋がってゆくのだろう。一方、志郎x亜由美、及び三条x千鶴というカップルについてはあまり進捗がないですね。彼らのご発展に期待するファンも多いと想いますが(なぜかここだけ丁寧語)。
 また、真相にあたる構図が多少複雑になっている部分があるとはいえ、かっちりした理屈があり、論理的な解決になっている点、殺人事件の意外な犯人(その伏線の張り方も渋い)等々、本格ミステリとしてもじっくり楽しめる。 本シリーズが始まってからこれらの三位一体がなかなか綺麗に嵌っていなかっただけに、本作のバランスの素晴らしさはあえて特筆すべき点だと思う。加えていうならば、香織が理解して欲しがった感覚、そして志郎が彼女と同じ感覚を理解する(つまりは桐原が見抜いた通りだが)という部分も、底流となって物語に効いている。

 述べてきた通り、各方向でのバランスの良さは出色の出来映えであり、「色の悲劇」シリーズ三冊のうちでは本書がベスト。 これでようやく今年刊行された『男爵最後の事件』に至るまでの準備運動終わり。かなりロングランで進められてきたシリーズであるので、続いてどうなるのかが非常に楽しみだ。


09/07/30
佐藤亜紀「激しく、速やかな死」(文藝春秋'09)

 第3回日本ファンタジーノベル大賞を『バルタザールの遍歴』で受賞してデビューした佐藤亜紀さん。その後も定期的にレベルの高い作品を打ち出しており、2003年『天使』で芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞、さらに2008年には『ミノタウロス』にて第29回吉川英治文学新人賞を受賞している。表題作と「漂着物」が書き下ろし。「アナトーリとぼく」は『S-Fマガジン』2009年5月増刊号、「荒地」は『文學界』2003年7月号に発表。それ以外の作品は『オール讀物』に'98年から2000年にかけて発表されている。

 自分の趣味を満たそうと若い女性を調達していたサド侯爵。しかし彼の高尚な趣味は人々に理解されず、なぜか追われる身となってしまう……。 『弁明』
 私たちが入れられている宗教施設のなかには様々な人々がいる。彼らは互いに言葉を交わしつつ、金属の巨大な刃がいつか頸に落ちるのを……。 『激しく、速やかな死』
 革命に揺れるフランスから脱出して新大陸に上陸した男。同じ状況にある同国人たちはそれぞれに生活に適応したり、適応できなかったり……。 『荒地』
 閲兵していたナポレオン皇帝に対して刃物をもって突撃しようとした十七歳の少年。暗殺ではなく純粋な行為。しかし彼の行動自体が認められない……。 『フリードリヒ・Sのドナウへの旅』
 あたかもそれが文化かのように浮気を繰り返す上流社会の殿方と奥方。密告から妻の浮気をつかんだ将軍は妻を詰るが思わぬ反撃に遭い……。 『金の象眼のある白檀の小箱』
 ロシアで好き勝手に暮らす若者たちと、ぼく。有力者である親の威光を傘に放縦と放蕩を尽くす彼らにも、様々な社会の荒波は押し寄せて……。 『アナトーリとぼく』
 十九世紀のフランスの、掃きだめのようなパリ。母親が愛したオーピック将軍。威光、しかしその彼も年老い、永遠の眠りについて。僕は……。 『漂着物』 以上六編。

中世に生きた様々な人々の生と死、苦悩に懊悩。宗教と生活の狭間に彼らは何を想う
 本書の巻末に作者自らが作品の一部を解題しており、本書の各作品のベースが史実というより、各国にて発表された様々な文学が下敷きになっているのだという。――歴史はとにかく海外文学は分からないことの方が正直、多い。その意味では自らの不勉強を思い知らされるが、それはそれで恥ではないと開き直る。普通、作者クラスでこの方面の文学を読み込んでいる人間は、特に現代はそうはいない筈だ。それに時代は違えど、人間のことを描いていたことには違いないのだから。
 忠誠のフランスであるとか、ロシア、更には新大陸に移住してきた旧大陸の人間など、描かれる舞台は様々。登場するのもナポレオンクラスの有名人以外は、サド侯爵であるとか、ボードレールであるとかの名前のみ残る(語弊があるが)人々や、タレイランやメッテルニヒ夫人といった知る人ぞ知るような歴史的人物。とはいっても、作中で彼らは、自らの置かれた状況か、宗教的に歴史的に立場的に、真剣な思索を行っており、その軌跡を作者はなぞろうとしている。一方で、第三者的には、その状況は種々あろうと喜劇的にも悲劇的にも受け取れるというもの。
 また、当然のように作者は職人芸ともいえる緻密さでその文体を物語ごとに千変万化させている。 その文体そのものが、物語の筋書き以上に雄弁に作品に込められたイメージを語る。それらは、虚無であり、苦悩であり、不安であり。結局のところ、登場人物がどうあれ、筋書きがどうあれ、読者はその込められた種々のイメージを直接呑み込むことになるのだ。

 好みはどうあれ、結局のところそのイメージを様々なかたちで描き出す佐藤亜紀さんの筆力に圧倒されることは間違いない。とっつきにくい部分はあれど、一旦入り込むと麻薬のように身体の奥底が引っ掻かれるような強烈なイメージが後から後から湧いてくる。イメージとその先にあるものがミクスチャされる快感。 そうとしか。(ま、的外れ上等ってことで)。


09/07/29
恩田 陸「六月の夜と昼のあわいに」(朝日新聞出版'09)

 恩田陸さんによる珍しい経緯によって成り立った作品集。絵画と短編小説のコラボレーション自体は他の作家で実際に実現している作品も多く、決して珍しいものではないが、絵画+詩句+短編小説の三位一体というものはかなり珍しいのではないか。『小説トリッパー』二〇〇六年冬季号〜二〇〇九年春季号にかけて掲載された作品の単行本化。

 イージー・リスニング。東北にある屋敷林・オグニ。稲穂の海、不思議な声。 『恋はみずいろ』
 唐草模様。コスモス。山の登り方。ちゃんとした筋道を通らないということ。 『唐草模様』
 住宅街に古くからあるY字路。芸術家たちが興味。時間と空間が捩れたこと。 『Y字路の事件』
 灼熱の火焔樹。明るい砂浜。何か恐ろしい何か。我々はどこに向かうのか。  『約束の地』
 行きたくても行けなくて、酔っているとなぜか行き着く店。川の流れがそこに。 『酒肆ローレライ』
 この世に生まれる前から才能を確信している子ども。宇宙人への唄。だけど。 『窯変・田久保順子』
 今夜あたりグレメが上がってくるから。強い風のなか橋を駆け抜ける子ども。 『夜を遡る』
 相手の言うことをきっちり聞く女性。玉暖簾。自分の部屋から地平線へと。  『翳りゆく部屋』
 ボールペンを忘れた男。霜柱の上を歩く神様。列車に乗った見知らぬ男と女。 『コンパートメントにて』
 原稿を書かなければ。無数の光。深夜。何かが。だけど書けずモニタは白い。 『Interchange』 以上十編。

絵と詩と短編小説のコラボ。一冊の本が様々な「空気」と「空間」を生み出してゆく
それぞれの短編の表紙を開くとまず現代絵画。その絵画の裏面にあたるページには、フランス文学者でもある杉本秀太郎氏による序詞がある。その序詞も形式は詩や俳句、短歌と様々。それらを味わったあと、恩田さんの短編小説が開幕する。薄めの単行本のなかに十作品が詰まっている状態通り、短編小説といってもごくごく短く、ふと思いついた物語の断片を閉じこめたかのような作品が並ぶ。(でも、面白いでいったら強烈にブラックなオチのある『窯変・田久保順子』だとか『コンパートメントにて』のような作品だったりするのが、自分の感性が鈍いようでヤになるけど)。
 ただ、残りの作品にしても昭和の雰囲気であるとか、今はない架空の田舎の空気であるとか、様々な要素がそれはもう巧みに閉じこめられている。ファンタジーめいた作品もあれば、幻想小説としかいえない作品もある。多様。この多様さがまた、恩田陸という懐の深い作家の持ち味であるといえよう。既に多様なジャンルを横断的に表現してきた恩田さんだけに、その多様さに違和感はない。しかし、その多様さというのはさりげなくともスゴイことであることは事実だ。
 そういった意味ではそれぞれの短編は短編として独立した存在というよりも、長編作品で使われる(使われてきた)、ちょっとしたエピソードが抜き取られているかのよう。

 とはいうものの、やはり断片めいたイメージが強い。その意味では――恩田陸さんの「物語」を求める向きには、若干食い足りなさが残るかもしれない。むしろ時間が無いときや寝る前などに、短編一編一編を区切って読んで、その余韻に浸るのが正しい読み方ではないかと思う。


09/07/28
高城 高「墓標なき墓場」(創元推理文庫'08)

 高城高氏は以前に短編集『微かなる弔鐘』を読んで、その格好良さに痺れた。荒蝦夷出版の『X橋付近』も買ってはいるが積ん読になってしまっている。が、『函館水上警察』を買ってきて、さあ読もうというところで気付いた。創元推理文庫の高城高のシリーズも四冊とも買って、実は一冊も読んでいない。これはまずい。ということで読んでみた。格好良さにまた痺れた。高城高すげえ。

 昭和三十三年。一隻の漁船が沈没する事故が発生した。翌朝、岸壁に不自然なかたちでサンマ船が衝突する事件も発生、二件の事故から疑惑を抱いて真実を追求、”抜いた”(スクープ)記事を発表した不二新報・記者の江上。しかしそれから暫くして、その際の取材源を脅迫した疑いが持たれて網走の支社に飛ばされてしまう。実際は脅迫の事実はなく、何者かによる謀略と考えられたが、江上自身は従容と新たな職場での勤めを果たしていた。それから三年が経過、江上は、かつて自分を脅迫したと訴えた梅津が不審な死を遂げたことを知る。妻によると潜水夫だった横関も少し前に変死しているのだという。二人とも三年前の事件の関係者だった。江上は事件には別の側面があったと考え、釧路へと向かった。

北海道の乾いて寒い土地を思わせる文体、詩情溢れる描写。文学とエンタが未分化の時代を思う
 当たり前のことだが、小説は文字/文章によって綴られてはじめて成り立つ。物語作りの巧さや感情表現の巧みさといった小説そのものから受ける印象も、やはり文章があってこそ。むしろ投げやりというか突き放したような表現も多いし、技巧というよりも木訥といったタイプの文章なので、どこがどうといえないながら、高城高の文章はとても心にしみる。
 物語は、昭和三十年代の北海道。賑わいながらもどこか寂しいこの地の風景が心の底に浮き上がってくる。会話文についても、芝居っけを感じさせずに洒落たやり取りを演出している。後半になればなるほどこなれてきており、特に事件の真相を追って社長の娘や、バーの女性経営者らと交わす会話に味がある。この会話のテンションは、確かに現在に連なるハードボイルドに重なる何かがあり、ほとんど誰かの「真似」を出来ない時期の創作であることを考えると、どこからこのような洒落たやり取りが生まれたのか不思議ですらある。
 ミステリとしての意外性も十分……なのだが、意外性を優先し過ぎている感あり。洗練されていないせいもあるか、事件自体の構図が複雑なこともあり、主人公が手にした手掛かりから真相への飛躍が激しすぎるように思えた。ただ、単純に追いかけたら真相に繋がるといった一本道ではなく、どんでん返しが意識されている点は、ハードボイルドないし社会派を意識させる導入部からするとむしろ意外で、そして喜ばしいこと。ただやっぱり――、事件の構図は複雑に過ぎるなあ。

 実際に北海道で新聞記者だったという著者の経歴も活かされている。ただ、その新聞記者稼業に過剰に偏重することもなく、一個の物語、幾人かの人間の人生の物語として結実している点は特筆すべきだろう。高城高の、初期唯一の長編作品(『函館水上警察』が出たので)、古いところは古いものの、作品としては決して古びていないという傑作である。


09/07/27
山村美紗「女相続人連続殺人事件」(角川文庫'91)

 山村美紗の代表的探偵の一人、キャサリンシリーズに連なる一冊。当然のように京都が舞台ではあるものの、他の作品と異なり京都である必然性は薄く、物語内部の意外性を重視した内容になっている。'88年にカドカワノベルズにて刊行され、この角川文庫に入り、その後、中公文庫版が刊行されている。

 キャサリンと浜口は、資産家の未亡人・水尾マユから晩餐に誘われた。マユには子供はおらず、彼女の夫が養子にした三人の若い女性、そして長年勤めているお手伝いの女性・ふみと生活していた。マユは健康を害しており、数十億円あるといわれるその遺産は養子たちによって分配されることになっており、浜口は冗談で遺産争いが大変だと口にする。しかし、中華による晩餐の最中、キャサリンと浜口の目の前でその養子の一人・夏子が毒殺された。当然は犯人は不明。続いて邸内では次々と殺人未遂事件が発生。残された養女二人やふみの背後には男性の影が……。さらにマユは密かに調査させていた自分の隠し子が北海道にいるといい、呼び寄せる前にどんな人物か調べて欲しいとキャサリンらに依頼する。北海道に飛んだ彼らが、その男性・黒木を調査したものの、非常に人当たりの良い立派な若者であることが判った。そして実際に黒木は弁護士に伴われ水尾邸に現れた。しかし、さらなる事件が……。

美男・美女の集う二時間ドラマ風の展開。あと、もう少しフェアであれば、本格としてユニークだったかも
 キャサリンと浜口が、遺産争い寸前の屋敷へ呼ばれるという序盤から作り物っぽい雰囲気がぷんぷん。さらにタイプの違う三人の美人養女に未だ色気を残すお手伝い。いきなり発生する殺人事件、「お願い、不安だからそのまま滞在して」と、時々は出てゆくもののキャサリンも浜口もその屋敷に長逗留。舞台装置だけを取り上げてゆくと、舞台劇というよりも、セット内での撮影を意識した「テレビ」的内容であることは否定できない。 本作の場合、中期以降の山村美紗作品としては珍しく、題名の頭に京都と付されておらず、(一方当然のように舞台は京都だけど)、他の地域でも架空の日本でも構わない設定になっている。
 さらに、今度は美青年が北海道から現れて、しかも怪しいとなると複数の美女に複数の美男。想像するだにキャスティングに迷うところだ。(実際にテレビドラマにも当然のようになっている訳ですが)。ドラマであっても誰が犯人でもおかしくない――そういった浮ついた雰囲気が全体から漂うこともあって、手軽なサスペンスのように読めた。

 が、さすが「トリックの女王」の称号は伊達ではない。 これだけ犯人候補を多数並べておきながら真犯人については意外な人物を指名する。その真犯人を通じて事件の構図をみせることで、展開されてきた物語が反転するかのような効果が最終的に浮かび上がるようになっているのだ。惜しむらくは、その真犯人の意外性を大事にするあまりか、伏線が足りな過ぎるところ。ある特徴を属性とする犯人に対し、その属性が虚であることを滲ませる工夫が欲しかった。(作者が本格ミステリをあまり意識していなかった可能性もある)。

 何の先入観も無しに手に取った作品だが、山村美紗らしい軽妙なストーリーテリングと、キャサリン&浜口が、既に探偵役として確固たる造形が為されている点は当然健在。加えて、真犯人の意外性などもあって想像以上に楽しみながら読むことが出来た。悪くはないのではないでしょうか。


09/07/26
木谷恭介「京都高瀬川殺人事件」(双葉文庫'93)

 木谷恭介氏による代表的探偵・宮之原警部が登場するシリーズ作品のひとつ。仲代達矢を宮之原警部役にドラマ化もなされている。初出は'90年に双葉ノベルズより刊行され、この双葉文庫版、さらにケイブンシャ文庫版があり、最近は木谷恭介自選集の一冊としてJOY NOVELSからも再刊されている。

 地上げが進む京都の高瀬川沿いの古い歓楽地で同時に二軒の古ビル地下でガス爆発が発生、大火災となった。不審な状況ではあったが現場は確実に施錠されており、容疑者のアリバイもあったため最終的には事故で処理された。その後、その地域の地上げが進み、大きな歓楽ビルが建設される――。そのビルで店を経営していた中森那美江は、そのビルのオーナーである○○の愛人となっていたが、清水寺・音羽の滝で不審な死を遂げる。そのような様子は無かったにもかかわらず、毒物の中毒死であった。地元警察の魚津は強引な捜査を開始、那美江の親友だった平瀬玻奈子から情報を得ようとするが、玻奈子はある過去の事情から警察への協力を拒否する。事件を知った警察庁の宮之原はこの事件の調査を裏側から行うことを決め、現地へと入る。宮之原の最近のつれない態度に連絡役の小清水峡子の気持ちは穏やかではない。宮之原は早速、平瀬玻奈子に接触しようとするが……。

ミステリとしては二番煎じトリックの複合ながら、特定世代の叙情に訴える技に長けている
 どうやら、本作以降で重要な人物になるらしい本書の片方のヒロイン、平瀬玻奈子。彼女の愛読書として、道浦母都子さんの歌集『無援の抒情』が宮之原の手に渡り、彼がその歌を読んで心を乱す場面がある。心を乱す全共闘世代に対して、世代が異なるので個人的に感慨を覚えることはなかったが、そこで引用されている歌は、世代を超えて何か感じるものがある。
 「ガス弾の匂い残れる黒髪を洗い梳かして君に逢いゆく
 「迫りくる楯 怯えつつ怯えつつ確かめている私の実在
 他の歌も含め、都合四首が引用されているのだが、そのひとつひとつのインパクトは凄いものがあった。
 ただ、これは本筋ともいえるし関係ないともいえる。基本的には中年・妻子持ちの色男・宮之原と、彼に惹かれる女性達のストーリー。メロドラマ的展開はお好きな人には堪らないのだろう。ミステリとしては些か強引なところがあり、人が死にすぎる印象。トリックもあるが死体移動のそれにしても、アリバイのそれにしても、そう深く考えられたものではなく前例を作品に合わせて変化させたもの。そういう楽しみは求めない方が良いようだ。

 ただ、先にも述べたように殺人事件を絡めてのメロドラマとしては流石な出来映え。 ミステリとしても凝りすぎておかしくなっていることもなく、むしろ素直な内容で破綻しているわけではない。二時間ドラマ的ではあるものの、根強いファンがいることが本書一冊でもよく理解できた。


09/07/25
本岡 類「青い森の竜伝説殺人」(カドカワノベルズ'87)

 信州のペンションオーナー・里中邦彦を探偵役とするシリーズの三作目にして途絶により最終作となっている作品。『白い森の幽霊殺人』『赤い森の結婚殺人』から続く。第一作目のみ角川文庫にもなっているが、本書を含め残りはカドカワノベルズ版になる。

 霧ヶ原高原の道路にアタックしていた女性ライダーが轢き逃げされて死亡した。犯人は逃走、使用された乗用車は近隣にあるモーターランドからの盗難車であった。翌朝、警察に通報が入り、近くの竜神湖に乗用車が飛び込んだような不審な痕跡があるという。湿地帯にタイヤ痕があるものの、湖の中には車輌がなく消失してしまっていた。折しも竜神湖は、東京資本の建設会社の開発ターゲットとなっており、ペンションオーナー・里中の友人がその陣頭指揮に当たっていたが、過激な自然環境保護団体「グリーングラス」と、竜神湖に棲む竜を崇める地元宗教信者による強硬な開発反対運動に晒されていた。地元警察の樫尾刑事は里中の知恵を借りようとするが、里中自身さっぱり方法が判らない。続けて、開発会社の社員の一人がやはり竜神湖に浮かぶ祠で他殺死体となって発見され、里中の友人もまた竜の爪で撲られたような傷を負った死体となって発見された。更に彼は死の間際に麻雀牌を幾つか呑み込んでいた……。

個々のトリックが強調されるも、事件全体の構図がむしろ美しい本格ミステリ
 重量物が抜け出すことのできない湖へ飛び込んだと思しきタイヤ痕、国士無双の役に使われる牌を呑み込んだ被害者。片や物理トリック、片やダイイングメッセージ。 それぞれに工夫があり、どうも作者のことばを読むと、それらが主眼のようにも伺われる。が、個人的に感心したのはむしろ一連の事件を繋ぐ事件の構図の方にある。
 かなり明白に事件像は読者の前にあるにもかかわらず、多数のレッドヘリングによって読者の意識は別方向に向かされる。里中が関係者の言動から、その真相に気付くきっかけも上手い。(受験勉強のために山ごもりする受験生の矛盾であるとか)。設定を過不足なく使えば浮かび上がる背後の事件像、そしてその事件像から逆算されると個々のトリックが生きてくるという互いに互いを必要とする連関状態が美しい作品だ。
 さすがにダイイングメッセージ、飲み込むという行為で犯人に対抗するという手法自体は非常にユニークなのだが、そのメッセージ自体の暗号が微妙過ぎる気がする。里中が偶々気付いたから良かったものの、下手をするとイカサマのために胃に牌を仕込んでいたとかと間違えられる可能性もあるのでは。また、クライマックスにかけて推論はあるが証拠がないという状況下、主人公らの行き当たりばったり突撃になってしまって、都合の良い偶然によって主人公が救われるかたちになっている。このあたりで突き詰めたロジックによって犯人を追い詰める描写があれば、更なる傑作となったのではないか。

 たまたま『赤い森の結婚殺人』を飛ばして、三作目を読んでしまったが旅情を求めない、だけど観光地が舞台の本格ミステリというユニークな立ち位置は好み。本格を強く意識しながらもリーダビリティが高く、すいすい読める作品でもある。


09/07/24
斎藤 栄「鎌倉夢の寺殺人事件」(光文社文庫'90)

 某女性作家に「京都」が頭がつく作品が多いように、斎藤栄には「鎌倉」が頭につく作品が相当数ある。本書は、「鎌倉○○殺人事件」のうち、三冊目に刊行された作品とのこと。初出は1986年5月のJOY NOVELSで、日美子シリーズとして八冊目という比較的初期にあたる長編作品。

 日美子の友人で、裕福な家のお嬢様でもある「みやこ」。二階堂警視の部下・石川との結婚を控え、二階堂と日美子が仲人を務める予定だった。そのみやこが、性の悩みがあると日美子を訪ねてきた。彼女には強姦されかけた過去があり、夫となる男性ときちんと初夜を迎えられるか不安なのだという。日美子とみやこは、二人して鎌倉にある”夢の寺”に二泊三日で籠もり、無事にみやこは〈夢告げ〉を受けることができた。一方、刑事の石川は巷を跋扈する凶悪犯・日本版切り裂きジャックを追っており、犯人をもう少しのところで逮捕するに至った警察のエース。犯人は、石川を敵視している様子もあったが、ここ何ヶ月はその姿を潜めていた。みやこと石川は無事に結婚式を終え、さらに無事に初夜を迎えることにも成功。しかし、その次の夜、宿泊したホテルで石川は陰部を切り取られた死体となって発見される。同じ部屋には呆然として虚ろとなったみやこがいた。報せを受けた日美子は現場に駆けつけてみやこを保護、さらに廊下に落ちていた椿の花から犯人が別にいることに気付いた。

兇悪な犯人と、無理筋のあるストーリー。みえみえのトリックもドラマ性ならば何とか
 女性ばかりを狙って暴行した挙げ句に斬殺、さらに死体の側に置いておく一輪の椿。もっと強烈な猟奇殺人犯は二十一世紀になって数多く小説世界(場合により現実でも)で誕生しているが、本書で登場する日本版の切り裂きジャックもかなり危険な存在だ。そういった犯罪が全国で行われている日本。だけどまずは自分の初夜の心配をしている花嫁候補生、という段階で何となく先の展開も読めてしまう。
 物語で最初に発生するのは、ホテルの密室内で夫を(しかも、あべさだ)刺し殺してしまったようにみえる花嫁の事件。本人たちにとっては謎かもしれないが、切り裂きジャックに対して「変装の名人」という特徴を与えているあたりは、読者にフェアというのか、舐めているというのか。
 続いては生き残った花嫁が、切り裂きジャックに付け狙われる事件。これもまた、「8時だよ全員集合」で観客がドリフターズに対して「後ろ! 後ろ!」と怒鳴っているかのようなイージーな設定。どう考えてもあいつら怪しいだろ? ……といった読者の疑問をよそに、日美子は犯人に思い悩みまくり。うーむ、分かれよ。 ついでに被害者の殺害方法も変わってはいるものの、その狙いがよく分からない。
 最終的に犯人が狙うのは、当然日美子自身。彼女が犯人に直接襲われ、貞操と命の危機一髪になったときに颯爽と現れる二階堂警視。……だが、その忍者とも見紛う登場シーンは、笑うところではないものの思わず吹き出した。本人が大真面目なのだがいくらなんでも○遁の術ってのはありですかそうですか。

 いずれにせよ活字で読むサスペンスとしては何とか及第点を出したとしても、ミステリとしてはかなり微妙な作品。世話焼き日美子が推理はおろか事件のなかでも足を引っ張っている。わざわざ探して読むような本ではないですよ、念のため。


09/07/23
中村 啓「霊眼」(宝島社'09)

 「このミステリーがすごい!」大賞第7回優秀賞受賞作品。中村啓(なかむら・ひらく)氏は1973年、東京都生まれで埼玉県在住。漫画家を志して「週刊ヤングジャンプ」他で奨励賞など7回の受賞歴あるが、現在はフリーライターとのこと。

 裕福な両親と恵まれた容貌を持つセレブ・柳川享子は最近、身の回りで不幸な出来事が続いていた。近親者が突然亡くなったり重病にかかったり。その最たるものは一ヶ月前に発生した夫のマンションからの転落死だった。幾つか不審な点はあったものの、警察には自殺と判断されてしまう。さらに享子は大学時代の親友・柳川真弓が失踪したとの連絡を受ける。スピリチュアル系の雑誌に寄稿するフリーライターだった彼女は、山梨県で発生した、多人数の乳幼児損壊事件に興味を持ち、取材に出掛けたところで消息を絶っていた。同じくライターの高橋の手を借りて真弓の行方を追ううちに享子は、第三の眼を持つという複数の霊能者と出会う。彼らは彼女が妊娠していることや、彼女の周囲に謎の女性の霊がいることを次々と言い当て、さらには享子自身にもその霊能力の素養が備わっていることを予言する。

「現実」を期待せずにホラーサスペンスとして楽しむ。それ以外だと厳しい世界かと
 ホラーはホラーとして楽しめれば良いのだと思うし、強引な物語展開などもホラーっぽくて悪くないのだが、主人公の立ち位置がちょっと気になる。というのは、中盤で主人公もまた「あっちの世界」に行ってしまうのだ。その割に自分自身については鈍感なままなので、どうも主人公が味わう恐怖を共感できない。
 表題の『霊眼』が意味する「第三の眼」。いわゆるチャクラってやつは、「三つ目がとおる」を引くまでもなく有名。問題は作者がこれだけでは心許ないと思ったのかどうかはとにかく、前世の因縁に生き霊に未来予想に第三者の能力を開花させるチカラまで、多種類の要素をぶち込んであること。supernaturalだけではなく、ここに代理母出産による遺伝子改造であるとか、サイコじみた犯人であるとか、カルト宗教団体に秘密基地まで織り込んでしまうものだから、数ある特殊設定が物語を凌駕してしまっている印象だ。ここまで来るとかつての探偵小説以前、洗練される前の少年漫画のような趣すら感じられる。
 物語そのものの骨格は、実はハードボイルドを援用した人捜しもの。あからさまなので途中で透けて見えてしまうにしても、探す側と探される側の立場や感情といったところには一工夫がある。ホラーといっても、精神的な怖さではなくグロい場面描写で怖がらせる手法が目立つし、実は最大に立っているキャラクタがヤクザの兄貴だったりすることからいっても、無理にホラーの衣を纏うより、本作以前に投稿したというハードボイルドで勝負しても良いのではないか、というのが読了後の感想。

 ある意味ではジェットコースターのように新要素がぶち込まれ、ホラー的サプライズ(というかショッカー?)も幾つか用意されているので、この手の作品がお好きな方には好まれよう。ただ、先にも書いた通り作者が本来活躍すべきフィールドはここではないように思う。角川ホラー文庫あたりで刊行された方が、物語としては幸せだったかも?


09/07/22
佐藤友哉「デンデラ」(新潮社'09)

 佐藤友哉のノンシリーズ(というか……)の長編作品。『新潮』二〇〇九年一月号にて発表された作品が単行本になったもの。

 いつの時代か判らない、日本のどこかの僻地。その「村」では七十歳を迎えた老人は縁者に運ばれ「お山」に入って極楽浄土へ向かうという風習があった。斎藤カユも七十になり、白装束一つを身に付けてお山に入るが、彼女は何者かに救出されてしまう。彼女を救ったのは先に「お山」に入っていたはずの老婆たち。村の反対側のお山には、百歳になる三ツ屋メイを筆頭に49人の老女が「デンデラ」なるコミュニティを形成して暮らしていたのだ。極楽浄土行きを邪魔されたカユは、彼女たちに反発するものの、どうして良いか具体的には分からない。メイらは、このような目に遭わしてくれた「村」に対する復讐を生き甲斐に、一方、別のグループでは村自体を豊かにすることを目的に静かに暮らそうとしているなど、彼女たちの生き様は一様ではなかった。共通しているのは、冬のあいだは食料が乏しく、また物資の不足から過度に貧しい生活が強いられるという点だ。その食料不足、激しい寒さに加えて「お山」の主のような熊がデンデラを襲撃する。老女たちも知恵をもって応戦するが、熊の勢いは圧倒的。指導的立場にあった人物が倒れるにつれ、デンデラ内部のパワーバランスが微妙に変化してゆく。

登場人物ほぼ全員が七十歳以上にして、逆に激しすぎるテンション。凄絶な生き方小説
 エジプトにデンデラという地名があるが、(当然)あまり関係がないようだ。もちろん本書の背景にあるのは深沢七郎の『楢山節考』であろう。ある年齢に至った老人が山に捨てられるという、昔の一部の日本に存在したであろう確実なる風習。だが――、ある意味そこから先の展開を綴った本書はそのパロディというか何というか。捨てられたはずの、本来生命力的に終わりにさしかかっている老婆(男はオミットされている)達だけがコミュニティを作って暮らしているというもの。老女たちだけのユートピア/独立コミュニティという設定でかなり「やられた!」という気分にさせられる。
 だが、本当にスゴイのはここから。もともと生活能力を期待されず、捨てられた筈の老女たちが新たに自活しているというだけでも生命力を感じるのだけれど、さらにそこに外敵となる「熊」を置くことで彼女たちのパワー(気力)が激しく燃え上がる。行動も、言動も、確かに老女のそれであるのだけれども、思わずこのあたりで何度も冒頭の人物紹介で年齢を確かめたくなるサバイバル・ゲーム。スゴイ。
 デンデラの状況も着々と変化し、同時に主人公の斎藤カユの心情も変化する。なんというか七十にして生きる目的を見つけるというか。それがまた何故か醜いのに格好いいのだ。これは作者の勝利。老女しか登場しないのに、演じているストーリーは青春小説のそれときた。生きるということはどういうことか。何か、深く考えさせられる作品になっている。(その実は、老女のサバイバルストーリーであるというのに!)

 他にも未読を残しているので勝手に断言はできないものの、佐藤友哉という作家の幅と空想力、加えて筆力を証明するような作品。意外と「鏡家サーガ」がダメだったという読者であっても、本書であればまたイケるのではないかと思う。一読、そう簡単に忘れることのできない傑作。


09/07/21
倉阪鬼一郎「夜になっても走り続けろ」(実業之日本社JOY NOVELS'09)

 最近になって走ることに目覚めた作者には『湘南ランナーズ・ハイ』という、マラソンをテーマにした作品がある。本書もその系譜に連なる一冊で、マラソン競技としてはあまり有名ではない24時間耐久マラソンが主題。

 湘南市の総合公園で開催される24時間耐久レース……といっても車やバイクのそれではなく、マラソンだ。彼氏に振られたことがきっかけで、走りは素人なのに「死んでやるう」とエントリーしてしまった湘南国際大学の女子大生・麻友。同じテントのベテラン女性ランナー「ふくらはぎ」さんらの様子をみて、これはとても自分には無理だと悟ってしまうが、一方で「宇宙人」とも渾名される不思議ちゃんでもある彼女は、走れなくなったらその時はその時と開き直って出場する。ほか、彼女と同じ湘南国際大学のジョギング愛好会。彼らはそれぞれに走ることは好きだが、別にあるランニング同好会とは実力に雲泥の差のある混成チーム。他にシマウマのかぶり物をした男性ランナーらが参加しているこの大会、夜になり、それぞれのランナーたちの背景や走る理由などが少しずつ明らかになっていくにつれ、夜のコースにも何かが現れる……。

二十四時間耐久マラソン。雰囲気は伝わるものの、物語としてのまとまりが今ひとつか
 『夜になっても遊びつづけろ』という金井美恵子のエッセイ集があるのだが、関連はよく判らない。ということで倉阪氏の「青春マラソンホラー」(と、実業之日本社のサイトにはあった)。確かに青春小説の部分とマラソン小説の部分、さらにホラー・幻想小説めいた部分にさらにミステリの趣向が凝らされたところがあるなど、多岐にわたる要素をこの長編一本に注ぎ込んでいる。倉阪氏の創作における懐の深さを垣間見ることができる作品であることは確かだ。
 一方で、不思議女子大生・麻友、湘南国際大学ジョギング愛好会、そしてシマウマのかぶり物をした仮装ランナーと、三つの角度からこのマラソンが舞台になる。序盤で麻友はギブアップし、愛好会の方に吸収されてしまうので実際は二つの角度になる。それぞれが、ミステリであり幻想でありといったパートを受け持っていることもあって、折角舞台が一つであるのに物語が最後までクロスしない点がまず残念。一方で、特にホラー・幻想のパートにおいては「夜になっても走り続ける」ことに対する必要性がある点は評価したい。(ただ、やはりもう一つのパートは24耐でなくとも趣向としては実現可能なのではないかという気はする)。そしてジョギング愛好会の方には幾つか物語に意外性を付与するエピソードが隠されていて、それがミステリ部分を形成している。とはいえ、その趣向を織り込むことによっていわゆる友情・青春といった前向きキーワードが(読者にとって)薄まってしまっているように個人的には感じた。(普通にライバルチームを作ってアクシデントを乗り越えて勝利といった黄金パターンでも良かったのでは……)。

 作風の拡がりによって、ホラーサイドにしてもミステリサイドにしてもカルトな魅力があった倉阪ワールドとは少し隔たりを感じる、どちらかというとフラットに一般読者向けの作品。うーん、極論をいうと爽やかさは求めるところと違うから(?)←あくまで個人的な意見ですが。