MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


09/08/10
竜騎士07「うみねこのく頃に Episode1 Legend of the golden witch (下)」(講談社BOX'09)

 『ひぐらしのなく頃に』に続き、講談社BOXから刊行されている竜騎士07のサウンドノベル型同人ゲームの小説化版。まずは第一話に相当するEpisode1の下巻。

 六軒島に集まった右代宮家の人々。使用人や当主・金蔵、さらには金蔵の友人の南條まで含めると人数は十八人。右代宮真里亞に届いたベアトリーチェからだという手紙は、好奇心をもって捉えられるが、当然のように誰も本気にしない。一方で、真里亞はベアトリーチェが絡むこととなると笑い声すらも不気味に変貌し、非常に高い知識を発揮する。右代宮の、金蔵の息子と娘たちは、自分らの娘や息子を隔離したまま、金蔵の財産について話し合い、一方で譲治や、戦人ら従兄弟たちはゲストハウスへと移動して朝を迎えた。しかし、本館では異変が発生していた。本来、起きて朝食の用意をしている筈の使用人・郷田が行方不明。さらに屋敷の内線・外線電話とも不通の状態になっていた。長子である蔵臼の妻である夏妃の部屋の扉には、何者かによる赤黒い液体による痕跡が。不在なのは六名。蔵臼、留弗夫、その妻の霧江、真里亞の母親の楼座と、使用人の郷田と紗音。その六人が見つかったのは、右代宮家自慢のバラ園の片隅にある、倉庫……。シャッターには、赤黒い液体でなにやら魔法陣のような不気味な紋章が描かれ、そしてその中には……! 六軒島大量殺人のまさに開幕であった。

「人の所業か、魔女の仕業か!?」 どうやら、これがポイントなんですね
 さて、大惨劇が始まった。不気味な予言にゴシック調の洋館。台風で閉じ込められ外界から隔絶された島と、古典的探偵小説もかくやという程のガジェットが並ぶなか、連続殺人事件が発生することは、ある意味予告されている通りなのだが、その派手な殺しっぷりに驚いた。あまり詳しく描写したくないが、基本がぐちゃぐちゃ。なのだ。
 恐らくは凶暴性と怪力といったところのアピールになるのだろうか。また、チェーンロックが施された密室状態の客室内部の死角のベッド上、さらにはバスルームでの刺殺など、不可能性も十分。とてもじゃないが、人間が行ったと思えない=魔女の仕業というのが、本書の基本となるロジックのようだ。ただ、ラストに付録されているお茶会(うみねこではお茶会とはいわないのか)では、最後の最後まで(答えを持たないにもかかわらず)主人公である戦人が魔女に戦いを挑んでいるところが印象的だった。  当然ゲームの方はある程度は先に進んでいるわけでここで的外れな推理を行うのもどうかとは思うが、物語全体を支える補助線が必ずあると思うし、それがどのように引かれているのかが鍵ではないか。今回でいうと、食堂の血溜まりとか、微妙に怪しい。あ、ちなみに補助線というのは物語世界のパラダイムシフト、つまりは位相の変化のつもり。通常の探偵小説・本格ミステリのロジックも援用されようが、本来必要なのは「世界」の秘密を見抜く力だということ。その結果、魔女がいる世界であっても、その世界の秘密を知る人間ならば犯行可能という図式が浮かび上がってくるのだと思う。

 なんてね。次のエピソード読んだら全部ひっくり返る可能性もあるけれど。


09/08/09
竜騎士07「うみねこのく頃に Episode1 Legend of the golden witch (上)」(講談社BOX'09)

 同人ゲーム・『ひぐらしのなく頃に』がテレビゲーム、アニメ、コミック、小説と幅広いメディア展開がなされ、その成功は今なお続いている。この『うみねこのなく頃に』は、「ひぐらし」とは別の世界観をベースにやはりサウンドノベルのゲームとして製作されている続編。現時点ではまだゲーム版も完結はしていない。

 1986年10月4日。莫大な財産を持つ右代宮家が所有する伊豆諸島のひとつ、六軒島。当主の右代宮金蔵は、戦後の混乱期に「魔女と契約した莫大な量の黄金」をもって経済的に大成功し、その六軒島を丸ごと所有し、屋敷を建てて現在は隠棲中の身である。島には金蔵の長男・蔵臼とその家族が住んでおり、この日は親族会議で東京から他の親族が島を訪れていた。金蔵は、魔女ベアトリーチェの幻影を追い求め、一室に籠もって親友で医師の南條、そして使用人の源次以外を部屋の中に入れようとしない。一方で、金蔵の財産を横領していると兄弟から思われている蔵臼は、親族会議の席上で結託した身内からの醜い欲求をぶつけられる。そんな父親・母親の姿を戦人ら、子供らは多少ショック混じりの状態で見詰めていた。しかし、島を訪れていた最年少の従姉妹・真里亞は、夜のバラ園で”魔女”から手紙を受け取ったことで事態が急展開。ベアトリーチェを差出人とするその手紙には、屋敷にある彼女の肖像画下に書かれた暗号による碑文の謎が解けた者に黄金を渡すといった内容が書かれていた。一方、その碑文の内容は非常に難解、さらに惨劇を予感させるような残酷な内容だった……。

まずは「紹介編」か。登場人物と基本設定のうち大前提が示される。
 正直にいうと、このEpisode1、しかも上巻のみであれば、感想は不要。なぜなら本書は恐らくはこれから続いていく物語における舞台と登場人物の説明で一冊が費やされている紹介編といって良いからだ。ただ、導入としては成功しており、莫大な遺産を巡る争いの前兆、嵐によって閉ざされた孤島。ゴシック調の屋敷。集結する親族に、曰くのありそうな使用人たち。以上、定番ともいえるような「ミステリ」のガジェットがずらりと並ぶ。 全体的にゴシックめいた雰囲気が全体を覆っているところも、逆に物語に入りやすい印象。
 また、登場人物の凄まじいネーミングも目を引く。当主の金蔵はとにかく、二代目が蔵臼(くらうす)、基本的な主人公に戦人(ばとら)、ほか朱志香(じぇしか)、縁寿(えんじぇ)といった意味ありげな名前が続く。絵羽(えば)とか出てくるとヒットラー絡むの? とかも思う一方、このネーミング自体は壮大なレッドヘリングであり、全く意味はありませんと言われる可能性もある。
 また、この作品では幼い娘・真里亞に対して”魔女”ベアトリーチェが手紙を渡したとされる。(直接的な場面描写はない)。どうやら、これから惨劇が始まる(本書ではまだ一人も死者は出ていない)にあたり、魔女の仕業なのか人間の仕業なのかというところの見極めが重要らしい。ただ――、事件もおきておらず、惨劇を予言するような碑文があるにしても本書だけで何かをどう、ということができないのは、恐らく『ひぐらしのなく頃に 鬼隠し編』に近い位置にあるということか。
 碑文だけでいうと、人が殺されてゆくような描写はとにかく、黄金に辿り着けば最後に死亡含め全てがリセットされるような記述があることの方が個人的には気になるところ。物語世界全体の謎の鍵のようにもみえる。

 ひぐらしと異なり「部活」がなく、中盤から親族同士が醜いいがみ合いをしていることもあって、恐らく「ひぐらし」ほどの落差(ひぐらしの場合は、楽しい場面と惨劇の場面の落差が凄まじかったという意)はなさそう。今後、どう続いてゆくかのんびりと付き合って参りましょう。


09/08/08
汀こるもの「パラダイス・クローズド THANATOS」(講談社ノベルス'08)

第38回メフィスト賞受賞作品。汀こるもの氏は、1977年生まれ。大阪府出身。追手門学院大学文学部卒で本書がデビュー作品。既に講談社ノベルスより本書以降二冊ノベルスが刊行されている。

 高校生美少年の双子――。物心ついた時からずっと周囲の人間が殺人や事故など遭い続ける死神体質の兄・美樹(よしき)と、彼を護るために探偵体質とならざるを得なかった双子の弟・真樹(まさき)。あまりにも事件が周囲で発生するため、彼らには刑事の護衛がついていた。死神体質の影響を受けないよう冷や冷やし、理不尽な上司の横暴に耐える貧乏くじ・高槻刑事。彼らは三人で孤島に住むミステリ作家の邸宅を訪れることになった。美樹が大の魚マニアで、その邸宅内部には海の水をそのまま利用した大規模な水槽があり、多大な興味を抱いていたからだ。他に招かれていたのもミステリ作家たち。孤島のクローズドサークルで突如停電が発生、魚の心配をする美樹をよそに現実の殺人事件が発生してしまう。作家たちは推理によって双子が犯人ではないのかと疑うが、反対に双子は死神体質の自分たちを陥れる犯人の罠であることに気付く。

本格ミステリの「形式」を外側から破壊する、メフィスト賞らしい型破りミステリ
 ゴールディングの『蠅の王』、宮崎駿の『風の谷のナウシカ』(アニメではなく原作バージョン)といったところからの引用、圧倒的なのは双子の一人・美樹が滔々と語る、魚や自然関連の蘊蓄の長さ。この段階で読者の一部は本書についてゆくのが辛くなるのではないか。新本格の第二期以降(京極夏彦登場後)、本格ミステリに蘊蓄を持ち込むスタイルは、定番とはいわないまでも普通のこととなったが、本書はそこまで意識している可能性もある。(つまりは、あえて蘊蓄など加えなくても良い展開なのに、蘊蓄を持ち込むといったこと)。全編をトータルした時に分野に対するパロディの側面があるため、この蘊蓄という流れも、わざと持ち込まれているようにみえるのだ。
 さて、次は描写。実際に殺人が開始される一方、普通であれば名探偵役の作家Aなどの視点で描かれるはずの物語が基本的に双子&刑事側から。従って、いくら作家たちが得意の論理(ロジック)を駆使して双子を犯人と指名しても読者にとってもそれは誤りであることは自明。ここからどうひねってくるか、をポイントだと思って読んでいたので展開にはむしろ意外性が多く含まれていた。
 問題があるとすれば、その蘊蓄と同時にどこか軽く感じられてしまう双子の二人の描写。一部読者の萌えでも意識したのか、美少年双子というのはむしろ安易に感じられる。彼らにスポットが当たるあまりに、他の登場する作家陣の影が薄いことも物語の骨組みとしては若干だが弱さに繋がっている。
 いずれにせよ圧巻は謎解き部分。さすがに詳しいことを書くのは控えるが、当たり前の本格ミステリにおけるトリックを暴力的にぶち壊してゆく展開にはひたすら唖然。本来の意味での推理を行っていた作家陣が散々虚仮にされてゆく姿は、笑いながらも(ファンとして)一抹の寂しさも覚えてしまう。

 確かに有栖川有栖氏が帯でコピーを述べている通り、本格ミステリを打ち倒そうという目論見が垣間見える作品。ただ――、こういった、本来あるジャンルを建設的とはいえパロディにして潰すという作品は、本来は商業出版では許されない(とまではいかないが、新人のデビュー作としては否定されてきた)はずではなかったか。とはいえ、こういった型破りが飛び出してくるのが、代々メフィスト賞のメフィスト賞たる所以ではあるのだが。


09/08/07
加藤実秋「チャンネルファンタズモ」(徳間書店'09)

 『インディゴの夜』で第10回創元推理短編賞を受賞してデビューした加藤実秋さん。本書は、小説雑誌『問題小説』2007年12月、2008年1月号、3、4月号、6、7月号、10、11月号に掲載されたシリーズ作品を単行本化したもの。

 民放キー局にて社会派ディレクターとして、数々のスクープをものにしてきた深見百太郎(ももたろう)。政治家の絡むある事件を深追いした結果、会社から圧力がかかってクビにされてしまう。同じ業界に再就職しようにも圧力がかかったままでままならず、大学の先輩を介して厄介になることになったのが、CS放送のオカルト番組専門の「チャンネル・ファンタズモ」。ここで働きながら三ヶ月で再々就職活動を敢行して辞めてやる、と心に誓いながらもなかなかうまく行かない。既存の番組から題名を借りてきたような怪しい番組群「突撃! 隣の超常現象」からオカルトグッズ販売まで。百太郎の相棒となったのは三十代前半、怪談やオカルトが大好きながら霊体験ゼロにして元ヤンキーの構成作家・萩原ミサと、彼女の飼い猫で霊感能力抜群という触れ込みの黒猫・ヤマト。正体不明のディレクター・新倉にオカルトオタクで意外なネットワークを持つAD・谷中らの情報で、今日も(取材費が出る範囲の)近場の霊現象を求めて、基本的にオカルト信じない派の百太郎は苦労を抱え込む。『FOAF』『ジョニーの涙』『繋がる闇』『スノウホワイト』 以上四編。

オカルト関係に付随した悪のりがかなり多数。オカルト・ミステリ・ドタバタ・ハートフル・コメディ。
 しっかし、百太郎ミサ(たぶんエコエコアザラクから)、新倉(たぶん新倉イワオ)、谷中(谷中霊園?)といった主要人物のネーミングも凄いが、脇役でも浩勝(木原)だとか、市朗(中山)、七海(加門)、千鶴子(御船)……と、ホラー関連作家から実在人物までツッコミ所満載、ホラー・オカルトファンであればニヤリとするようなネーミングが、実に何気なくぞろぞろと登場する。さらに番組名は作品のなかでも突っ込まれている通り、古今の人気番組をオカルト的にパロディ化したもの。『UMA、遭いにゆきます』とか『世界の社葬から』とかになるともう何じゃこりゃこりゃ。なんというか、作品に賭けた作者のパワーはこのパロディ部に相当費やされているような印象もある。その意味では巻末に「オカルト&ヤンキー辞典」なるおまけがあるのだが、横浜銀蠅、ティーンズロード、エクソシストあんてあたりは作者に近い世代にとっては当たり前の常識。どうせならもっと隠れた小ネタを解説して欲しかった。
 読み始めて最初は、あまり先入観がなかったせいか、ミステリで来るのかホラーで来るのか読めなかったが、基本的には怪奇現象と思わせる事象から、別の事件に繋がっていって……という展開。ただ、別事件の方はかなり手掛かりがあからさまに提示されていることもあって、真相は見通しやすい。とはいっても、恐らく作者自身、それほど込み入った謎解きをもともと狙おうとする意図はないように思われる。やはり、各種の心霊現象と、萩原ミサをはじめとした強烈なキャラクタが暴れ回る話を書きたかったのではないかと感じられてならない。
 一般的に、加藤実秋という作家の代表作は『インディゴの夜』、つまりホストもの、という先入観もあるのだが、実際、四作目の『スノウホワイト』に至って、ゲイバーが登場すると急に物語自体が華やかに賑やかになったような印象。 良い意味でいうのだが、水商売を書かせると抜群に上手いですね、この方。
 うーん、物語としての勢いと、人知れず努力したかのような「ネタ」が大量に詰まっているところは評価できるものの、いざ読み終わって振り返ってみると物語自体は多少シンプルに過ぎるかな。読んでいるあいだが楽しければそれで良いという読者向け。インディゴファンなら、すっと物語に入れるのではないでしょうか。


09/08/06
高城 高「凍った太陽」(創元推理文庫'08)

 『墓場なき墓標』に続く、創元推理文庫の「高城高全集」の二冊目。『函館水上警察』を読む前に、と『墓場…』に続き本作を読む。1955年に『宝石』誌で一等入選した名作『X橋付近』や『ラ・クカラチャ』など、高城高を代表する作品を含む短編集。高城には珍しい連作「由利シリーズ」も四作収録されている。

 入院中に同室だった男に妹の消息捜しの依頼を受けた私。妹は雀荘のマダムだった筈だが代替わりしており、別の店に流れていた。後から彼女を訪ねる約束をしたが、私は彼女の死体を目にすることになる。 『X橋付近』
 さんざんと悪さをした結果、仲間が捕まり、彼らはいつの間にか警察に追われる身となってしまった。しかし監視された映画館内部で身動きが取れない。 『火焔』
 売れない私立探偵・石原が依頼された殺人事件の独自捜査。事件には市会議員と、バーを経営する裏世界の顔役的女性が関係しているようだ。彼はその関係者に会うことにする。 『冷たい雨』
 廃坑となった鉱山近くに暮らす祖父母含む親子三世代。開拓した畑は鉱山のせいで畑はぼろぼろで鉱山からの保証金を待ち望む日常。 『廃坑』
 友人の漁船船長が北海道での密漁で船が沈没、消息を絶った。調査を依頼された私は、釧路の街に飛び込み情報を求めるが、漁船とは別に何者かに拉致されたらしいことが判る。 『淋しい草原に』
 仙台の裏町で米国人軍人を恋人にし、日々麻薬に耽溺している女性。そんな彼女のことを好きだったという若いバーテンは彼女に逃げだそうと言うが……。 『ラ・クカラチャ』
 バーの二階でブラックジャックに興じていた男たち。うち一人が酒を飲んで死亡、さらにバーのマスターが何者かに刺殺される事件が発生した。『黒いエース』
 学生同士のフェンシングの試合で剣の一部が折れて相手の身体に突き刺さる事件が発生。その裏側には若い男女の静かなる確執が……。 『賭ける』
 フェンシングの事件以来、消息を絶っていた女性・由利と死んだ男の友人が再会。二人は何者かの強請りが絡んだ、映画俳優とその相棒のスキャンダルを共同で追いかける。 『凍った太陽』
 フランスで盗まれたヘミングウェイの原稿が入ったスーツケース。その原稿を譲り受けたギャングの親玉と、買い取ろうという人物。由利はギャングに取り入っており、その取引にて漁夫の利を狙う。 『父と子』
 引退した医師による回想。彼が内戦時代のスペインに滞在していた頃、その地には由利という不思議な女性が居て、人々の信頼を受けていた……。 『異郷にて遠き日々』 短編は以上十一作品。
 高城高のエッセイが三編。『われらの時代に』 『親不孝の弁』 『Martini. Veddy, veddy dry.』

こちらの方が「国産ハードボイルドの祖」の雰囲気が強いか。いずれも剛(つよ)く、格好良くある
 長編に比べると本作に収録されている短編群の方により強く、「国産ハードボイルドの原点」と称されるべき作品が揃っているような印象がある。私立探偵が登場するから、私の一人称であるからというだけではなく、叙情を排した硬質の文体であるとか、世間に対する乾いた怒りであるとか、後に一般的なハードボイルド小説が訴えんとした普遍的テーマがそれぞれの作品から溢れてきている印象が強い。もちろん扱われている時代は昭和三十年代であるし、舞台も北海道や仙台と地方都市ではある。それでも時代と風俗を超えた「永遠の格好良さ」のような”何か”が滲み出ている。
 また、やはりしっかりとした文章は健在で、その仙台や北海道を舞台として、その土地が持つ特有の情というか、イメージというかが物語の背景にかっちりと、そしてしっとりと組み込んでいる。文体自体は乾いているのに、トータルとして叙情と詩情が溢れているという不思議。また、短編それぞれが基本的に、その仙台なり北海道なりを舞台にしていることそれ自体も特徴であり、作品の印象を強くしているポイントになっている。大都会東京ではなく、この昭和三十年代ならば情もより強く残る土地柄。その地で起きる悲劇だけに、どこかより無常観がより強く漂っているようにも思われるのだ。
 その意味では、ハードボイルドの定型(私立探偵的人捜し)を使った作品、例えば『X橋付近』『寂しい草原』なども勿論悪くはないが、オチも何もよく判らないような、高城版『明日に向かって撃て!』といった趣のある『火焔』、うらぶれた鉱山近くの生活を淡淡と描いた『廃坑』といった探偵小説以外の作品にも強いインパクトがある。
 また、自分が知らなかっただけかもしれないが、『賭ける』にて初登場する不思議な悪女・由利という女性が共通して現れる作品が四作品、本書には時系列順に並べられている。短編それぞれ、男性の方の主人公はそれぞれ変化があるのだが、彼らにとってのファム・ファタール、そしてその動き方が微妙に悪女というところが魅力的だ。彼女が思い出話のなかに登場する『異境にて遠い日々』では、その彼女が不意を突くように物語から退場してしまうのだけれども、そこに高城高の小説観が凝縮しているように思われた。その意味では、『われらの時代に』以降三編連なる高城高のエッセイというか雑感、こちらも独特の小説観を内部的に説明してくださっており、高城作品を分析的に読む場合の一助となる。

 先に『墓標なき墓場』にも書いたが、風俗や人々の感覚は時代相応であり、昭和の臭いが全体にぷんぷんと立ちこめているものの、物語として古びていないのだ。また、文章力はもちろん素晴らしく、下手をすると現代小説以上の叙情が感じられる作品も多い。創元の全集といえど、今買っておかないと必ず後で後悔するに違いない、傑作揃いの作品集である。


09/08/05
赤川次郎「本日は悲劇なり」(中公文庫'86)

 赤川次郎氏のノンシリーズ中編二編が収録された作品集。オリジナルは'85年に刊行された中央公論社のC★NOVELSで、その後、'86年に中公文庫(本書)に収録され、そして'95年に角川文庫にて再刊されたのが、現在のところ最新版のようだ。

 私立K女子高校の女子生徒・水科美也子が、早朝に手首を切って自殺した。テレビリポーターの白木は、自らの職業の関係から、その事件の取材を行うが、局の視聴率優先の姿勢に反発を覚える。白木の取材により、友人や両親が何かを隠していることが判明。美也子の両親は葬式が終わったあとから美也子は殺されたといったことを言い出す。さらに白木は彼女の友人から、美也子遺書を残していることを知り、その遺書を入手しようと手を尽くすが……。 『本日は悲劇なり』
 ほとんど団地といって良い規模の社宅を持つK工業株式会社。課長になりたての三谷は、管理職に対して会社行きのバスの座席を譲るといった習慣に戸惑いがあった。しかも同じ団地に年上の部下になる岡田がいるのも引っ掛かるところだ。一方、三谷の妻・恭子は元K工業社員。団地の自治会で特に根回しをしていないにも関わらず、会長選挙に勝ってしまった。恭子にとってはもう長年・自治会長の座にいた高柳千恵の存在が引っ掛かっている。K工業社長の娘でありながら団地に住む彼女は、自治会をほとんど私物化していた筈なのだが……。 『1/2の我が家』 以上中編二編。

マスコミ、サラリーマンの正義とは何なのか、時代を超えて浮かび上がらせる悲喜劇系、二作
 一作目の表題作の主人公はマスコミ側・テレビリポーターという人種。一方で二作目における主人公は、(比喩的な意味でだが)普通の会社の普通のサラリーマン夫婦。その意味で、二作品の主人公の生活や考え方は交わらないのだが、作品テーマとして「嫌」で「厭」なことを扱っているところが共通している。さらに突っ込むならば、その社会における「正義」とは何なのか、ということにまで繋がっている点もまた共通しているといっても良いように思う。
 『本日は悲劇なり』では、マスコミが事件の真実を探るということについてを比較的淡々と描いている。一旦決着した事件をほじくり返されるのは関係者にとっては厭であろうし、遺族にとっても嫌なこと。その一方で間違った情報がマスコミに流されることも嫌であろう。それを嫌って、真実を主人公は求め、ある程度の結果を得たところで主人公の立場が逆転する暗い落ちが待ち構えている。真実は本当に探るに値するものなのか。 名探偵の存在意義にも通じる、ブラックな味わいの強い作品だ。
 一方『1/2の我が家』では、サラリーマン社会における人間関係の軋轢が描かれる。社員が皆、社宅に住むという光景は今ではかなり減ってはいるように思うが、それでも皆無ではないだろう。会社における人間関係と、社宅というプライベートの人間関係の両方で擦り切れてゆく若い夫婦。ラストに救いは入るものの、少しずつ追い込まれてゆく彼らの状況は、胸が痛くなる。このような特殊なコミュニティのなかの正義とは一体何なのか。事なかれが正しいのか、それとも? ――と考えさせられる作品である。

 読み終わって「ああ、いい話だった」と言い切れないもやもやが残る。ただ、市井にいる普通の人間を描いても(少なくともこの時期の)赤川氏の筆力は非常に冴えていることは確か。シリーズ作品の安定感も捨てがたいですが、ノンシリーズもやっぱり上手ですよね。


09/08/04
大倉崇裕「福家警部補の再訪」(東京創元社'09)

 本年創元推理文庫入りした『福家警部補の挨拶』に続く、シリーズ第二弾。前作に引き続き、「刑事コロンボ」を意識した倒叙ミステリで統一されており、本作もまた高いレベルの作品が並んでおり、読み応えがある。『ミステリーズ!』vol.19、21〜22、24、26(二〇〇六年十月〜二〇〇七年十二月)にて発表された作品の単行本化。

 豪華客船マックス号に乗船していた警備保障会社社長が、かつての悪事の秘密を握る以前の同僚女性を殺害。彼女は借金取りに監視されており、罪をなすりつける算段をするが、別事件の調査で下船しそこねていた福家警部補が船にいた。 『マックス号事件』
 自らにつきまとう売れない俳優に誘拐されたというシナリオをベースに、かつての盗作の証拠を持つ古物商を殺害した人気シナリオライター。計画に齟齬はないはずであったのだが。 『失われた灯』
 コンビを解散してピン芸人としてやり直したい男と、師匠の命日まではコンビを続けたいという相棒。男は二人の隠れ家に先回りして、鍵を無くしたという相棒が二階の窓から侵入しようとするのを殺意と共に待ち構えていた。 『相棒』
 食玩フィギュアメーカーとして実績を重ねてきた業界の風雲児。彼の昔の悪行をネタに強請ってきた自称・造形作家を事故に見せかけて殺害したのだが……。 『プロジェクトブルー』 以上四編。

緊張感と不可解感。個性がないようで個性ばりばりの福家警部補の推理と、名犯人たちのキャラクタに瞠目
 コロンボや古畑といったドラマ系統にある連作・倒叙ミステリとベースは同じ。(一方でなかなか本書に類する”小説”は少ないように思う)。自分にとっての邪魔者を排除するために、冷静に完全犯罪を計画する頭の良い男たち(今回の犯人は皆オトコである)。一方で、その完全犯罪にみえる(読者からも)状況から、冷静に矛盾点を捜しだし、決定的な証拠を突きつける福家警部補。本格型のミステリである以前に、福家警部補と犯罪者たちのやり取りに強烈なサスペンスがある。
 全四編、全てが倒叙ミステリであり、犯人の全ての犯行状況は読者に開示されており、また一方で、最終的に犯人が出す何らかの尻尾を福家がつかむことは予定調和、のはず。そのはずなのだが、中盤を維持する緊張感が強烈なのだ。犯人側が感じる「思ったより早く警察が来た」「何も証拠はないはずだ」「うまく誤魔化してやったぜ」という焦燥や小さな満足感と、やはり読者が(犯人も)想像もしていない角度からの福家のツッコミ。その積み重ね、最後に「少しだけ……」と、犯人をいじめる(?)福家の姿は、倒叙ミステリの名優達の姿にも重なる。中途で福家が犯人を罠にかけたり、その罠に犯人が気付いたりという、ちょっとした、だけど重要な駆け引きも読みどころ。  なにげに多趣味で、犯行の行われた世界についても詳しい(本作では、ドラマにお笑い、特撮といったところに広く深い知識があることが披瀝されている)一方、その専門知識を駆使するのではなく、あくまで心理面での駆け引きにこだわるところが特徴的だ。もうひとつ指摘しておきたいのが、「犯人の落ち方の格好良さ」。 上手い人たちによるボードゲームにも似て、相手が負けを認めた段階で勝負が決まる。本シリーズの場合、犯人が暴れて最後に手錠を掛けられて、という場面はなく、むしろ福家警部補による「チェックメイト」に対して「参りました」という場面にあたるのだ。その犯人たちそれぞれの、罪の認め方が一種ゲームが終わったあとのような不思議な爽快感を伴っている。

 倒叙といえば「パターンじゃないか、犯人がボロを出すに決まっているじゃないか」と、楽しみ方が普通のミステリよりも少ないように思っている人にこそ読んで欲しい作品。シリーズ二冊目に入って、なお絶好調。本格ミステリとしても高い水準を持った作品集となっている。作者に対してひと言。「こんな面白いシリーズ、これからも続けていってもらわないと困ります」


09/08/03
霞 流一「ロング・ドッグ・バイ」(理論社ミステリーYA!'09)

 ミステリーYA! に霞流一氏が登場。霞氏にはライトノベル作品『牙王城の殺劇』(富士見ミステリー文庫)があるのだが、それとは別に真っ向から少年少女向けを対象とする作品が本になるのは本書が初めて(のはず)。

 「フランダースの犬」にちなんだ町おこしを目論んでいるといわれる浮羅田町(ふらだちょう)に住む翻訳家のご主人とデザイナーの奥さん。彼らに飼われている柴犬混じりの雑種犬が主人公であるアローだ。赤茶色の身体の背中側に白い矢のような毛が生えている。この街にはかつて「レノ」という名の、番犬として優秀、さらに人命救助を幾度となく行った、雄に慕われ雌に惚れられていた素晴らしい犬がいた。一年前のレノ夭折後、街の公園には忠犬ハチ公のようなレノの銅像が地元造形アーティストの手によって建造されていた。そのレノの銅像の前にゴボウが四本、端を20cmほど出すかたちで植えられていたのだ。近々整体師である飼い主が引っ越すという若犬・ボンタの依頼を受け、アローはゴボウの謎を解き明かすことになる。誰もいないのに鳴る草むら、一年前に死んでいるレノの毛、梯子などの痕跡無しに高い木の股に引っかかっているレッドカーペットなど、犬だけが気付く不可能犯罪が数々発生、アローの捜査の結果、特殊能力を持つ犬たちの集団・G8の招集へと繋がってゆく。

霞本格のトリック・アイデアはそのままに、可愛いワンちゃん(?)世界を遺憾なく構築
 作者や出版社のいう通り、ドギー・ハードボイルドっていうには、この犬世界が恣意的に造形されているのでどうかと思うところもあるが、基本的に霞流一の一連の作品にある、面白み・味わいは全て本書でも健在であり、楽しく読ませてもらった。
 本作の設定では、犬は犬同士の言葉「バウス」で会話し、更に飼い主たちの会話も理解していることになっている一方、犬の特徴である「飼われている」「嗅覚が効く」「目線が下方」といったところが活かされており、人間からみると多少不思議に過ぎない事件が、犬の視点からすると、通常では実現不可能の大犯罪(?)となっているところなどとてもユニークだ。また、序盤からやたらたくさん奇妙な個性をもった犬仲間が登場するなあ、と思いきや、これも中盤以降にある「G8」なる、特殊能力集団への布石だったりするところも面白い。ただ彼ら(犬だが)による、深夜の冒険・捜査の描写だけでは直接の謎解きに至らず、このあたりは犬好きに対するサービスシーン? かもしれない。
 一方で、本格ミステリ作家である霞流一らしいなあ、と思わせられる要素も数多い。謎に対してたたかわされる複数の犬たちによる討論場面、そして一つの謎が明かされないまま、たたみ込むように現れる謎の数々、もちろんその論理的につけられる解釈及び結末。 裏側には大がかりな(結果として)トリックがあり、さらにその解決方法も犬を主人公としているだけに 工夫がみられる。 この点は重要で、それがクリアされているという部分に高い評価を与えたいところ。ただ、題名に引きずられたか、エピローグに相当する部分がちょいとめろめろに過ぎるようにも思われたが、この点については読者の好きずきかな。

 長編書き下ろしの場合の霞トリックは、とかく複雑・大がかりになるケースが多く、解決場面でもちょっと込み入ってしまいもたついているようにみえることが多々ある。しかし本書の場合、ジュヴナイルを多少意識しているせいか、トリックそのものは大がかりであっても全体的にシンプルにまとめられている。その分、本格ミステリとしてすっきりしているように感じられた。犬好きも、本格(バカミス)ファンのどちらでも楽しめるであろうお得な一冊です。


09/08/02
多岐川恭「13人の殺人者」(講談社'78)

 乱歩賞作家・多岐川恭によるノンシリーズの推理小説短編を集めた短編集。『別冊小説新潮』『小説現代』『小説宝石』『小説推理』等々、出版社の異なる各社の小説誌に一九七四年から七七年にかけて発表された作品が収録されている。書き下ろしは無く、全て雑誌発表小説になる。収録作中『暗い花束』のみ、雑誌発表時の『暗い花束の座』から改題が行われている。本単行本版が唯一で、文庫化等はなされていない。

 医者の八辻の義父・里見の使用人が首を吊って死亡した。男は江川という名の老人で厭世自殺と判断されたが、里見と江川に過去に何やら因縁があったらしい……。 『過去から来た男』
 妹が不審な死を遂げた。兄の悠吉は何日か考え込んだ後、妹と交際していた岡部の元を訪ねる。悠吉は岡部が妹を殺したと考えていたが、口にしたのはまずは和解の言葉だった。 『同じ手口で』
 鈴木巌はある一点から以前の記憶が空白だった。そんな彼を助けてくれたみはるという女性と結婚し、子どもも出来た。彼らが旅行に行った先で鈴木は記憶の一部を取り戻す。 『悪い記憶』
 社内のライバルである和地と砂原。和地は砂原の妻と不倫していたが、その女性の性格が邪魔になり、殺害を計画。砂原を巻き込もうと飛行機上での殺害を決行するが……。 『ショット』
 金さえ払えばどんな訳ありの人物も泊めてくれる宿。コックとして入った俺は、三人の宿泊客のうち一人が狙撃者に狙われているらしいと知る。俺は従業員のメイドの女性とうまくやっていたのだが。 『逃亡者の宿』
 仮面夫婦生活のなか放縦で自分を見下す妻を学者の夫が計画殺人を行う。ただ娘はそんな父の所業に気付いてしまい、自分の恋人にそのことを相談、男は学者のもとを訪れて……。 『酒神(バッカス)に乾杯』
 赤羽の戸山家の二階に下宿を始めた正志。家主は新婚夫婦で、正志の「覗き見趣味」を満足させてくれる筈だったのが、何故かその営みが行われていないようだった……。 『湿った巣の中で』
 高利貸しの加治は「嫌な奴」だった。加治が何者かに殺された晩、三人の泊まり客がいて皆に動機があった。さらに全員が「自分が殺害したのだ」と言い出した。 『四人の自白者』
 人気ないペットショップ主人の相川は、行き止まりの立派な家にいる田代という男の行き来を結果的に監視していた。田代が不審な死を遂げたが、相川の観察ではその時間帯、田代は一人のはずだった。 『死ぬほどの楽しみ』
 梅吉はちょっとした夫婦喧嘩の結果、妻を殺害してしまう。彼は一計を案じ、妻が強盗に殺されたことにしようと、その痕跡を作ったあと、自ら警察に出頭する。 『殺したあと』
 クラブで働く美絵は慎重に男たちを物色していた。片岡という財産家から言い寄られ、結婚をした。しかし美絵の計画には第二段階があり、出入りの弁護士を彼女は誘惑する。 『あやつる女』
 物故議員の妻で政界進出を考える女性運動家・建部清子の元を訪れた美術商社員の宝井。骨董の取引から、彼は清子と清子の亡くなった夫との関係に興味を持ち始める。 『暗い花束』
 実業家の二号の息子として生まれ、愚鈍な頭脳と性格を持つ陽一。それでも何とか父親の会社に入り、朋子という伴侶を得たが、その社長の死による遺産が少なく彼女は離婚。さらに会社も彼に冷たい仕打ちを取り始める。 『愚者の復讐』 以上十三編。

短めの物語にミステリとしてかなりユニークな趣向を凝らした作品が並ぶ。ファン必読
 多数の時代小説があるから、ということでもないが多岐川恭というのは非常に懐と引き出しの多い作家だと思う。むしろその本業(?)である推理小説でその引き出しは数多く使用され、シリアスな倒叙からユニークな味わいや、一風変わった設定のミステリまで、典型的な推理小説とは常に一線を画そうとする意図があからさまな作品が、特に長編に多い。それでいて、本格ミステリ特有のフェアプレイ精神は変格的な設定の作品でも活かされており、既に品切れになってしまっているようだが創元推理文庫で最近まで刊行されていた傑作選などでも、その雰囲気が味わえることはご存じの方も多いだろう。
 さて、その多岐川恭の作品とはいえ短編集である本書になぜそんな前振りをしたかというと、他の多岐川短編集に比べて、題名通り十三の殺人テーマを扱っているにもかかわらず「奇妙なミステリ」(いわゆる「奇妙な味わい」ともちょっと違う)の趣向を孕んだ作品が多くみられるからだ。
 直木賞を受賞した『落ちる』であるとか、多岐川恭は短編にも傑作・名作が多い点は周知だが、本書のような小粒、というかあまり話題にならないような作品にも、はっとするようなユニークな作品が紛れ込んでいる。(残念ながら今まで読んだ範囲での判断では、入手が難しい桃源社の新書サイズで刊行された短編集では傑作に当たる率がかなり落ちる気がする)。  例えば『逃亡者の宿』。リゾートホテルの別館で金さえ払えば後ろ暗い者が泊めてもらえるという設定のなかでの人間模様。誰が誰を襲おうとしているのか、従業員すら何か肚に一物ありそうで……。微妙にエロティックな展開を交え、視点人物すら信用できないという全く先もオチも読めない良短編。また『愚者の復讐』では、あまり賢くない男の殺人計画が描かれ、途中までみじめな気分にさせられるが、最後にどんでん返しを仕掛けてくる。『同じ手口で』は倒叙ながら、その構成が非常にユニークであるし、同じ倒叙でも『殺したあと』は、殺害後の犯人の動きを奇妙なものにした結果、奇妙な結末となっていくもの。『酒神に乾杯』も、妻を計画殺人するところまでは、多岐川の他作品にも似たテーマがあるのだが、そこからの展開にもう一ひねりあるのが嬉しい。

 取り上げてゆくと、ほとんどの作品で変化球的な設定やトリック、結末が用意されているといえる。ここまで来ると名手というより魔術師。ただ、多岐川氏の短編の場合は、犯人にペーソスこそあるもののあまりウィットがまじらず、ストレートに嫌な話は嫌な話になってしまう点は了承いただきたい。ただ、今なおミステリファンであれば探して読む価値のある作品だと思われる。


09/08/01
吉田アミ「雪ちゃんの言うことは、絶対。」(講談社BOX'09)

 吉田アミ氏は1976年生まれ。前衛家。小説だけではなく批評家としても様々なメディアで活躍しており、主な著書に『サマースプリング』がある。本書は『パンドラ』のvol.1 SIDE-B、vol.2 SIDE-A、SIDE-B、さらに「東浩紀のゼロアカ道場」第四回関門「文学フリマ」同人誌「Xamoschi」に掲載された作品に加筆修正されたもの。

 鎮山市庄内町。東北にある街に住む少女・雪は、工場に勤める些か単純で粗暴なところがある父親と、かつては生保レディだったものの身体を壊して専業主婦をしている神経質な母親、さらに弟の四人家族。雪は考えていることを表に見せないが、女王様気質であり、隣り合って住んでいる同い年の少女・梨果と、最近になって庄内町に引っ越してきた美しい少女・春とを表沙汰にはなっていないものの事実上の暴力と脅迫で支配下に置き、自らの法律とルールによって縛っている。雪自身は大人相手にも平気で嘘をつきとおせる性格で、昆虫や小動物を捕らえては何の感慨もなく殺すことを日常にしている。春の心のなかには「雪ちゃんの言うことは絶対」という言葉が染みついており、雪の弟もまた姉のことを恐れている。一方、雪には将来、父親に撲殺されるという運命があると、妖精は言うのだが、数多くの運命の定まった子どもたちを見つめてきた妖精にしても、雪が何を考えているのかが分からない……。『雪ちゃんの言うことは、絶対。』『何でも持っていた、夏。何も与えたくない、春。』『地方都市、夏。五万円の神様。』『蒼空願望』 以上の四編から成る。

不幸で不気味な少女たちのストーリーと思いきや、計算された世界観が最後に立ち上る
 先にハッキリいってしまいましょう。嫌な話、嫌な物語です。 (なぜか以下”ですます”調)。
 たぶん作者の意図自体も、全てではないまでも嫌な話を作るという点に一つ目的はあるはずなので、その点は成功しているといえます。ゼロ年代とは良くいったもので、平成の世の中、子どもは幸福に育たなければならないという小説上のお約束は既に破綻しています。実際、不幸で不幸なままその生を終わる子どもたちも、この世には間違いなく少なからず存在すること。当然、明治大正昭和、さらには現代に至っても、そういった子どもは存在してきたに違いなく、だけどなかなか小説というメディアで直視されることは少なかったように思われます。が、本書は敢えて、少女による少女への視点や、妖精という気儘な視点によって、彼女らにとって理不尽なイジメ、そして彼女らにとっての理不尽な世界を描き出しているのです。
 ただ、複数視点から、理解しがたい行動を取る少女を描くこと、だけが作者の目的の訳もなく。むしろ四つの作品(しかも微妙に設定に異なりがあるようにみえる)を重ね合わせることで、余計に”世界の歪み”を強調して演出します。 某ゲームを出自とする某作品ともどこか重なる設定で、ただ、その結果、歪んだ世界観がさらに歪みが強調され、果たして現実はどこにあるのか? という戸惑いを読者に与えるようになっています。妖精や幽霊、名前のないものが存在する――世界。「雪ちゃんの言うことは、絶対。」という題名そのものが、この世界のルール。 そのフィルタを通じて複数の物語が見せられていたこと、に最後の最後に気付かされるという仕掛けになっていると思いました。

 実際のところ、文章が極端に巧いということもなく(但し、それぞれ視点人物に成り代わって描写する世界観は一貫していて、違和感という意味では皆無でしたが)、キャラクタ自体に健全な意味での魅力はありません。むしろダーク・ヒーロー(ヒロイン?)としてならば、雪ちゃんという内面の見通せないキャラクタはありだと思いますが。ただ、それでも読み出すとずるずると伝染する不安を抱えつつ、最後まで読まされてしまうという。何か不思議な「チカラ」がある作品だと思いました。