MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


09/08/20
福澤徹三「いわくつき日本怪奇物件」(ハルキ・ホラー文庫'08)

 『すじぼり』で第10回大藪晴彦賞を受賞するなど、青春小説の分野でもその実力を発揮する著者ではあるが、やはり根にあるのは怪奇譚。本書は「不動産」「土地」にまつわった、著者が蒐集した怪談を集めた作品集になる。実際の有名な怪奇スポットの写真なども含まれており、良い意味でのB級度が高い。

 カップルの幽霊が現れるキャンプ場、死んだはずの患者が暴れる病院、事故物件なのに使い続けられる写真スタジオ、コンクリートの中に佇む謎の老婆、血のようなものを舐めている猫、白い服を着たいる筈のない女の子、使われていないはずのホテルのトイレ、その場にいるはずのない男の姿……。ひとつひとつはごくごく短く、短いがゆえにインパクトが残る怪奇な経験の数々。
 『崖下のキャンプ場』『Kトンネル』『板前』『廊下の男』『廃屋の声』『縮んだ眼』『北棟』『夢のなかの記憶』『やめてくれ』『病院スタジオ』『ぺたぺた』『黒い顔』『ほどろふ』『待て』『蜘蛛』『はじめての友だち』『腕』『佇むもの』『混線』『バケツのなか』『トンネルの落書』『ビル街の草原』『C隧道』『硬い躯(からだの字は身+區)』『ケイコさん』『アイドルの写真』『ゆきちゃん』『T墓地』『踏切の老婆』『獣道』『ベッドの下』『フロントの女』『患者の声』『霊安室』『線香守』『事故物件』『ぺこぺこさん』『枕』『尾行者』『笑い声』『桜』『鴉』以上が収録作品。
 加えて怪奇スポットとして取り上げられているのが『SDトンネル』『K北橋』『将門塚』『鈴ヶ森刑場跡』『某霊園』『SGトンネル』『空港脇大鳥居」『元P編集部』

多少、余裕の無さは感じられてもそこは名手。「何かある」感覚を刺激してくるのはさすが。
 「副題の日本怪奇物件というのも大仰で、日本と銘打つほど全国を網羅していないし、地名もほとんど曖昧である。ならば、どうしてそんな副題になったかというのは大人の事情で、なにとぞご寛恕いただきたい」――と、いきなり作者の「まえがき」にあり、かなり蒐集に苦労したとの趣旨が冒頭で述べられる。ああ、これは言い訳か、と思いきや、内容はさすがにきちんとしており、他の福澤怪異譚と比べても別に遜色があるわけではない。 ただ確かに日本怪奇物件という割に、幾つかの超有名スポット以外(場合によっては超有名スポットであっても)はイニシャルで表記されており、場所が特定できない(もしくは、特定させない)ようになっている。その部分の方がむしろ「大人の事情」があるようにみえる。
 元より、怪異と場所は切っても切れない関係にあるものが多く、何かが起きる場所というのは決まっていることが多い。有名な心霊スポットというのはそのような積み重ねのなか、人が集まるがために余計更に何かが起きるという巡り合わせがあるのではないか。本書でもホテルもの、スタジオもの、トンネルものといった作品に、一種の定型ながら怖さがあった。夜の誰もいないキャンプ場なども、自分も今後似た状況に陥るかもしれない――といったタイプの恐怖があり、わざわざ心霊スポットを好きこのんで訪れることはなくとも、すぐ隣にある恐怖というニュアンスの作品が多く収録されているのも特徴だといえるだろう。

 良くも悪くもボリュームとしてはそう大きい作品ではなく(それが怪異譚を蒐集する苦労を物語っているようにも感じられる)、気軽に手にとって「ぞっ」とする気分を味わうに適当な作品かと思う。夏の夜のお供にいかがでしょうか。


09/08/19
芦辺 拓「少女探偵は帝都を駆ける」(講談社ノベルス'09)

 『殺人喜劇のモダンシティ』に登場する平田鶴子と宇留木昌介のコンビが活躍する連作短編集。(厳密にいうと表題作は中編)。一九九七年五月刊行の「創元推理16」に『路地裏のフルコース』が発表されたあと『問題小説』二〇〇二年十二月号〜二〇〇四年八月号のあいだに発表された五編。更に「メフィスト2009 VOL.1」に発表、大幅に加筆された表題作という構成で発表年代に幅があるのだが、統一感は喪われていない。

昭和十年前後の商都・大阪。大阪のレストラン王の娘・平田鶴子と、東京に本社がある仮名文字新聞の大阪駐在記者・宇留木昌介。彼らが巻き込まれる奇妙な事件、そして解決を描く。
 関西で初公演を行うエノケンこと榎本健一。鶴子と宇留木はコネを使ってリハーサル中の劇場に赴く。しかし、その会場内に謎の怪人が現れ、拳銃を突きつけてエノケンを誘拐してしまう。自動車を使って逃走する犯人を鶴子たちはやはり自動車で追いかける。 『名探偵エノケン氏』
 学校帰りの鶴子が、ふと家の裏の路地裏を見ると細長いテーブルが出ており、その上に料理のフルコースが載っていた。少しするとそのテーブルは消え失せていた。鶴子は宇留木に果たして何があったのか相談を持ちかける。 『路地裏のフルコース』
 漫才の記事を書こうと宇留木は鶴子に相談する。その際名前の出た模談亭ラジオ・キネマの二人が、宇留木も同席していたレコーディングの最中、キネマが銃殺された。しかし銃自体、更に発射された痕跡もなくラジオが犯人だとは到底思えない状況だった。 『78回転の密室』
 大阪市内にある真名部理工学研究所。天然色テレヴィジョンの研究をしているこの研究所内でスポンサーが殺害された。現場は動画を受け取る受像室で、密室だった。容疑者でもある真名部博士は送像室におりアリバイが。 『テレヴィジョンは見た』
 一発取り生放送に出ていた人気落語家・桂円団治。彼が放送を終えた途端に暴漢がスタジオに乱入、銃を発射したのだがスタジオに円団治はおらず、羽織だけが残されていた。しかも円団治の遺体は現場から離れた電柱の上から発見される。 『消えた円団治』
 弱小プロダクション大大阪キネマを背負って立つ看板俳優兼監督・壇原隼人。次作の目玉シーン、ビル上からスタートし川を渡るワイヤーアクションの撮影中、壇原は急停止して川に落下。川下にて背中にナイフが刺さった死体となって発見された。見えない犯人が彼の背中を刺したのか……? 『ヒーロー虚空に死す』
 鶴子の通うお嬢様学校の修学旅行は関東周遊。同じ班には仲の良い西ツル子、大人しい鍵谷花枝、そして華族令嬢の中久世美禰子がいた。臨時急行列車での上京車中、たまたま並走した特別急行「富士」の最後尾・展望デッキで小柄な人物と大男とが戦っている場面を鶴子は目撃してしまう。さらに豊橋駅で停車した鶴子の列車に、その人物と大男が乗り込んできた。美禰子はなぜか、その人物を庇う。 『少女探偵は帝都を駆ける』 以上七編。

戦前大阪の風俗ほかと密接な関係をみせる本格トリック、そして時代を映した活劇。場所も時代も主人公のシリーズ
 あまり紹介されることのない、戦前の大阪という都市、そして舞台となる昭和十年前後の文化・風俗日本の歴史的状況、さらには電子機器の黎明期などを題材にした本格ミステリのシリーズ作品。短編それぞれで着目点は微妙に異なり、演劇や漫才、そして落語や映画といった文化面・ソフトの部分と、テレヴィジョン開発、録音技術、ラジオ放送といったそのソフトを伝播させる役割を持ったハードの部分と両面から時代と風俗を描き出しているのが特徴。更に、それらの旧くて目新しい要素が不可能犯罪&本格トリックと密接に絡み合って作品が構成されている点は、さすが芦辺氏という他はない。
 また、その結果として江戸川乱歩の描く東京とは時代だけ同じくする別個の世界、商都として独自の成長を遂げていた大阪という街が浮かび上がっている。その大阪の風俗であり、時代背景であるといったところは読んでいただくしかないが、マスコミやネットによって日本全国どこをとっても金太郎飴的文化発達を遂げている現代とは異なる地域文化が、確として存在したことはこの作品ひとつを通じても理解できよう。小説では頻繁に取り上げられる戦前・東京とは異なる大阪を活字にして残しておきたいという(執筆当時の)芦辺氏の気負いというか目論見が伝わってくる。(うう、書いていて自分で切ない)。
 もちろん、元気印の女子高生・平田鶴子と、おっちょこちょいながら憎めない青年・宇留木昌介とが縦横無尽に活躍する探偵小説でもある。当時は珍しかった自動車による活劇や、表題作におけるアクション場面など、本格ミステリでありながら、探偵小説の香りが残る点もうれしい。また、その本格ミステリとしても、一種のバカミスといえるトリックから読者の盲点を突いた作品まで不可能犯罪としてのバラエティが豊か。最初の『名探偵エノケン氏』の死体消失トリックなどはさすがに特殊知識が必要だが、『テレヴィジョンは見た』では、昭和の空気をまとった科学技術のおおらかさがトリックに反映されており、個人的には気に入っている。また、ミステリとして洗練されているのはやはり最新作であり表題作の『少女探偵は帝都を駆ける』になるか。この人間関係に関しての盲点は、明かされた時にかなりの衝撃があった。なるほどなあ。

 居を大阪から東京に移された作者自身が(本書のあとがき含め)表明している通り、今後は大阪という都市を主題にとった小説は基本的に打ち止めになるものと思われる。しかし本書で改めて思うに、戦前の大阪の街をこれだけ生き生きと表現できる、現代のエンターテインメント小説系の作家は他にちょっと思いつかない。個人として何ができたのかと考えると無力感に打ちひしがれるものがあるのだけれど、やはり関西人として喪失感を覚える。……が、その意とは別に、地域性から普遍性へと主軸を移した以上、きちんと全国区作家として大成されるところまで見届けないわけにはいかなくなりました。


09/08/18
二階堂黎人「智天使(ケルビム)の不思議」(光文社'09)

 二階堂黎人氏のシリーズ探偵・水乃サトル(社会人)が登場する「○○の不思議」シリーズの最新長編。書き下ろし。

 数々のスキャンダルを乗り越えて今なお大御所・少女漫画家として活躍する天馬ルミ子こと二古寺郁美。彼女には過去に殺人にかかわったという疑惑があった。彼女は戦前は二古寺という男爵家の令嬢であったが、戦争により様々な不幸が襲いかかり完全に没落、終戦直後は一切合財を喪い、現状を認識できない母との二人暮らしをしていた。彼女たちは強欲な東福という男が経営するアパートに暮らしていたが、戦地から復帰した元使用人の杉森修一の献身的な努力を背景に東福を殺害し、その財産を奪い取る。警察も彼女や杉森に迫るが、彼らには鉄壁のアリバイがあった……。1986年、退職した間宮刑事は、十姉妹刑事と共に、過去に数々の事件に貢献している一般人・水乃サトルのアドバイスを得ようとする。折しもその時期、郁美の二人目の夫で、現在は離婚している文芸評論家・溝口が軽井沢の自宅で死んでいるのが発見される事件が発生、現場近くにいたサトルも交えた捜査の結果、やはり二古寺郁美、そして杉森修一が捜査線上に浮かび上がる……。

二階堂作品=奇抜なトリックという図式(先入観)を捨て、物語の狙いを読み取るべし
 冒頭に江戸川乱歩による倒叙の定義が記されているところが印象的。恐らくは、以前の『容疑者Xの献身』論争に対する実作による回答というニュアンスが含まれる作品でもある。但し、個人的印象ではそのトリックに対して、というよりも容疑者Xにおける、様々な設定に対するアンチテーゼが見て取れるように感じたので、比べて読むには微妙にずれているようにも思う。
 年代を三層に分けた構造や、登場人物といったところはかなり凝った造形をしており、小説としても一時期にみられた雑さのような印象が消え、以前の二階堂作品に戻ったようにみえる。また、物語自体をシリアスにした結果、どうしても鼻についた水乃サトルの性格が控え目になっているようで、個人的にはこちらの方が好感。(主人公の人間的非常識は読者として許容できても、社会人的非常識は違和感ありまくりだったもので)。  純愛が主従に置き換わった点のみならば、そう高く評価はしづらいのだが、普通にミステリとして読むと引っかかるであろう「天網恢々疎にして漏らさず」が、本書ではあえて実行されていないところが逆に重要。 推理を働かせたサトルが、終盤で犯人に対して自首を勧める場面、この押しが彼には珍しく弱い。確かにサトルは過去の一連の事件に関し、裁判では絶対採用されないような小さな証拠をもとに蓋然性の高い推論を組み立て、開陳している。ただ、決定的な証拠にならないため、犯人は彼を翻弄する。徹底的に現世の利益にこだわり、利用できる状況も人間も全て利用、罪悪感なく自らの生き方を貫く悪女。そんな彼女が犯人であり、また犯人に相応しい、ということがひとつの主題になっているように見受けられる。
 但し、また大トリックの方は伏線を丁寧に仕掛けすぎたうえに倒叙という犯行手口から見せる表現とした結果、ミステリとしてのサプライズは個人的には少ない(というか、真相自体に驚きはなかった。(その過程に挟まるTipsめいた知識は初耳だったが)だから余計に物語構造とか、そっちに目が行くのかもしれないが。

 一連の二階堂作品の流れのなかでは異色作になる気もするが、その分様々な心配りが感じられ、個人的には好感を持った。一連の論争に興味があった方は読まれるべきかと。(ただ、大多数の人はそんな論争自体知らないわけで、所詮はコップの中の嵐だったのだと思うけれど)。


09/08/17
西澤保彦「動機、そして沈黙」(中央公論新社'09)

 表題作は書き下ろし。「迷い込んだ死神」は、作者のデビュー直後に発表されている短編で、初出は「メフィスト」小説現代一九九五年四月増刊号。「ぼくが彼女にしたこと」はアンソロジー『少年の時間』、「九のつく歳」はつい最近の異形コレクション「幻想探偵」に発表された作品。発表年代に関しては非常に幅が広く、それは即ち既存の作品集に入れにくかった作品が並んでいるものと考えて差し支えない。

 中学一年生の夏休みの終わり、道で出会った年上の女性に惹かれる少年。彼女は少年が小学生の頃に一緒に水泳に行き、鮮烈な印象を残していた。彼女は自分のことなど覚えていないと思いつつ、ストーカー行為を働いているうちに、少年の父親が彼女と密会している場面に遭遇してしまう。 『ぼくが彼女にしたこと』
 家族が犯罪者となり死に場所を求めて彷徨う男。車がガス欠になり雪のなかで迷い込んだ洋館には、父親とその妻、そして二人の娘がいた。彼は娘の一人から死神呼ばわりされるが……。 『迷い込んだ死神』
 静香という名前の人物が立て続けに殺される事件が発生。その被害者の一人、静香という名の老人は大量の未開封アダルトビデオを所有していた。捜査を担当するレズの女性刑事・紫笛は、被害者と加害者の真実に気付いてしまう。 『未開封』
 同級生の結婚式のため、海松市を訪れた女性が、タクシー乗り場で諍いを起こしたあと別のタクシーに乗車、直後に殺されてしまう。タクシー運転手に容疑がかかるが、彼はなぜ彼女を殺したのかよく判らないという。 『死に損』
 近々還暦を迎えるミロは、長年暮らした同棲相手と別れ引っ越しの準備をしていた。そのさなか、刑事がやって来て、近所で殺害された浮田という老人について聞きたいという。ミロには心当たりはなかったが、浮田はミロのゴミを漁る趣味があった。 『九のつく歳』
 定年間近な刑事と妻の夫婦。長年のあいだ認知症により家族を悩ましてきた妻の母が死んだ。その葬式の夜、珍しく刑事は近く時効を迎える平成の切り裂きジャック事件について妻と話をする。その手掛かりになる電話番号に共通点があり、それはその刑事の自宅番号とも近かった。 『動機、そして沈黙』 以上六編。

ダーク&フェティスト西澤保彦全開! SFと本格を取り除いた作品の本質が剥き出された作品集
 例えば、タック&タカチ、そしてチョーモンインといった西澤保彦氏の表玄関にある作品がお好き、という方には本作は刺激が強すぎるだろう。それぞれの作品にその取り上げ方に差違はあるものの、エロティックでグロテスクで、しかもかなり独特のフェティシズムを湛え、更には人間のダークサイドが感じさせられる作品が並んでいるからだ。ただ、こうやって堂々と陳列されると多少引く人もいるとは思うが、それにしてもこういったどろどろした感覚は、実は中期(いつが真ん中かはさておき)以降の西澤本格ミステリにおいては欠かせないアクセントとなっている。西澤氏自身、かつてかなりトランスなフェティシズムをお持ちであることをカミングアウトしており、それを知っているとそれが色濃く表れている本書などは、西澤保彦という作家の持つ才能の、それこそど真ん中が表現されている。 作者自身はあとがきで「作者の灰汁」といった表現をしているが、自分に言わせればこの作品集収録作品こそが西澤作品の思想的には中核にあるといって良いように思う。

 全体的にダークなトーンで統一されており、後味も一様に(いや、バラエティに富んで、か)悪いところも共通。ただ、構成であるとか狙いであるとかに様々な変化があって面白い。ミステリのサイドからいえば『ぼくが彼女にしたこと』の、彼女の方の強迫観念めいた強引さが強烈なインパクトとして残るし、『動機、そして沈黙』の、西澤ロジックが妻と夫のあいだでたたかわされる展開から、意外なオチへの流れなども見事だと思う。
 ホラーテイストとしては、『九のつく歳』が秀逸。被害者も気付かなかったストーカーというサイコの方に物語を流しておきながら、これまた細かな伏線を回収していったうえでホラーで落とすという展開。レズビアンのカップルという設定すら伏線に込めてしまう手腕はさすがです。

 誰にでもお勧めできる作品集、とは残念ながらいえないながら、西澤保彦のディープなファンは狂喜する作品集。パズラー』あたりが表玄関短編集だとすると、本書は裏口短編集にあたりそう。 だからこその、濃厚な西澤テイストがじっくり愉しめるともいえるでしょう。


09/08/16
小林泰三「臓物大展覧会」(角川ホラー文庫'09)

 『異形コレクション』ほかアンソロジーを中心に発表された短編に書き下ろしの『透明女』『悪魔の不在証明』を加え、さらに書き下ろしとなるプロローグとエピローグによって連作集という体裁が整えられた短編集。もっとも発表の早い『釣り人』は初出が三洋電機の社内誌「YOU&I SANYO」一九九九年九月号〜十一月号と十年前、ほかは二〇〇七年に発表された『ホロ』まで、ある程度の期間に発表された短編が並ぶ。

 田舎を訪れ宿を探す男。ふと目を留めた建物には「臓物大展覧会」なる看板が。不気味なもぎりからチケットを購入して中に入るとそこには臓物が……。男は、臓物を取り込むよう強制され、臓物の記憶が語る九つの物語を味わうことになる。
 学生時代に同級生だったのに記憶にない友人・信美。その彼女が連絡を取りたいというと友人がいう。その友人もろくに信美のことなど覚えていない。確かクラスで苛められていたように思うが、信美のいう同じ班の友人たちが次々と殺害されてゆき、遂には……。 『透明女』
 脳に埋め込まれたチップと世界中を覆うネットワークのおかげで、亡くなった人「幽霊(ホロ)」なる存在が当たり前に存在する世界。科学者の男は、自らの身体を傷つけてそのホロについての真相を、ホロ出現前に交際していた女性を呼び出して説明しようとするが。『ホロ』
 人間を凌駕するような性能を持つ少女人形を作るという博士のもとを訪れた青年。彼はその博士と娘から少女人形の素晴らしさについて聞かされる。『少女、あるいは自動人形』
 標的を間違えて、強引に三人の少女を誘拐した粗暴な男。車の中で一人を半殺しにし、残りの少女二人を山奥にある小屋の中に閉じこめた。少女たちは脱出しようと試みるのだが……。 『攫われて』
 エヌ氏に誘われて釣りに出掛けた男。帰ってきてからなんだか気分が悪い。あの場所で何があったのか。 『釣り人』
 警察のお荷物組織SRP。派手なコスチューム、隊長のユリコと隊員のブキチ、二名っきりのSRPが初めて出動した先は、背の高さ十メートルの巨大な骸骨が暴れていた現場。しかし、その周辺では次々と怪奇現象が発生する。ユリコはとにかく、ブキチは彼の家に代々伝わる木片で化け物を倒してゆく。その裏側にあるのは異文明とのコンタクトであった。 『SRP』
 態度が悪く、心の底では嫌っている友人が持っている天体望遠鏡。彼は新しい太陽系十番目の惑星を発見したという。 『十番星』
 ロボットが進化し、人間は完全にその庇護下に入って何もしないで暮らしていた。そんななか、一人の人間が自分の存在に疑問を持ち、ロボットのない暮らしを実現しようと奮闘し、生き甲斐を見つける。 『造られしもの』
 人口五十人程度の僻村に移り住み、なんとか自分の居場所を確保した男。彼の後から神の教えを説く若者が現れ、男は若者に神の存在について論戦を挑むのだが……。 『悪魔の不在証明』 以上九編。

確かにグロもあるけれどそう直接的でもない。悪意満点の小林ホラーをじっくり愉しめる作品集
 題名が題名だけに、スプラッタ小説満載を覚悟して読み始めた――のだが、最初の『透明女』と『攫われて』あたりに強烈な血飛沫き場面があるくらいで、全体的にはダーク、かつハードSF、そして奇想といった小林泰三テイストが三拍子揃った好作品集となっている。 そりゃ、ハードSFの小林さんだけが好きだとか、ぐちゃぐちゃホラーの泰三さんだけが好きだという方、そして奇妙な本格ミステリの書き手としてのK・Sさんだけが好きだという方には、それぞれ物足りないかもしれない。けれど、それらの三位一体があっての小林泰三氏だと思うので、わたしは好きだ。
 全体的には当然というか、ホラーっぽい作品が多いのだが、特徴的なのはそこにミステリの手法を援用したサプライズであるとか、ロジックであるとかがちりばめられている点。『透明女』など、展開はサイコめいたノンストップホラーにしか中盤までみえないのに、一編全部読み終わってみるとあら不思議。ホラーなのだけれども、きっちりその理屈が腑に落ちるというおまけ付き。特に加害者の言動に辻褄が合っているところが恐ろしい。当初のアンソロジーの出典を考えると頭を抱えたくなるオバカ系のアクションサスペンス『SRP』。こちらでは、プロローグから本編への展開が当初は意味不明だったのが、きっちりとSFとして多くの人間が満足できるオチで終わっている。ラストにサゲまであるのはほとんど落語だ。落語といえば、先の『透明女』も、会話文のテンポが落語っぽいです。また落語書いてください。(違う)。
 また、個人的に妙に気に入っているのは『悪魔の不在証明』。中盤までは真面目に「神の存在」について議論していた筈が、あるきっかけから、破滅的なラストまで一直線。ミステリとしても愉しめる作品だといえましょう。

 先にも述べたように小林泰三テイストが様々なかたちで濃縮されており、他のホラーテーマの短編集と比較しても全体的な出来は上々。ただ、個人的には無理にプロローグを加えて連作にする必要があったのかどうかは疑問。また、あまりにも生々しくて強烈な題名の結果、本書本来の売上を減らしちゃっているような気も少しある。いずれにせよ、小林泰三ファンなら、当然手にとるべき作品集であることは間違いない。


09/08/15
沢村 凛「脇役スタンド・バイ・ミー」(新潮社'09)

 沢村凜さんは1963年広島県生まれ。'91年に日本ファンタジーノベル大賞に応募した『リフレイン』が最終候補となってデビュー。'98年、『ヤンのいた島』で第10回日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞している。本書は『小説新潮』二〇〇五年四月号から二〇〇八年九月号にかけ約半年に一編、不定期に発表してきた短編に書き下ろしの最終話を加えた連作ミステリ集。

 会社を辞めたは良いが社会復帰のタイミングを逃したパラサイト状態の元OL。彼女の住むマンションはハトによる被害が多く、住民を悩ませていた。そんななか、彼女はハトに餌をやっている老婆と出会う。 『鳥類憧憬』
 「迷ったときはツモ切り」を信条としているOL。交際中の男性とは別に、年上の元業者とも微妙な関係になりつつある。取引が切られたその業者のために、顧客名簿を彼女は持ち出したはずだったが、そのファイルの中身がすり替わっていた。『迷ったときは』
 年上のよく出来た女性と交際中の資格試験を目指すフリーター。彼の安普請アパートの上階に住む女性が、殺人事件の容疑者となった。しかしその事件の時間、彼女が帰ってきた足音を彼は確かに聞いていた。 『聴覚の逆襲』
 自らのお節介な性癖が祟り、会社を辞めて雑誌向けパズル製作を生業とする男性。彼の家から見える旧家の土間。夜中にその土間に少女が横たわっていることに気付く。彼女は何かメッセージを発しているように思えた……。『裏土間』
 定年退職間際の男性が殺害された。会社の不祥事に人財開発部の飯田は社内データを用いて”引っ掛かり”を調べ出す。捜査の進捗が滞るなか、飯田は会社で人望の厚いある人物と被害者との繋がりを発見する。 『人事マン』
 居酒屋に勤務するフリーターは、美女から誘われ喫茶店へ。キャッチセールスかと思いきや、前世占いの宣伝をして欲しいと頼まれる。同僚にその話しをしたところ、一人が乗ってきて彼女のところに通っているようだ。 『前世の因縁』
 今までの事件で彼のこと、彼女のことを聞いてくれていた脇田という刑事。警察署には現役でその名前の刑事は誰もいないのだという。該当するのは……。 『脇役の不在』 以上七編。

どこかにいる市井の人々のちょっとした探索心や好奇心。彼らの推理のその先にもポイントを置いた物語
 ミステリにおける事件。なんでもいいのだが、その事件の主役といえば、やはり犯人、そして探偵だといえるだろう。本作はミステリの体裁を取っているが、その”脇役”たちに焦点が当てられたユニークな連作集となっている。地方の県庁所在地。ど田舎ではないし、ものすごく平和という訳ではないが、都会ほど殺伐としていない一都市が舞台。そして一連の作品を通じて登場するのは”脇田”という名の刑事のみ。その他は毎回、主人公が変化し、同じ市の住民であること以外、共通項は見いだせない。その”脇田”にせよ、最終話で急に焦点が当たるまでは、警察の市民窓口に過ぎず、脇役たちが考えたり、観察したり、捜査したりといった活動の報告を、丁寧に聞く、ただそれだけの役目である。じゃあ、どのあたりが連作なのかっていうのは最終話を読むこと。
 登場する脇役それぞれ、性格というよりも属性に個性が与えられている点が面白い。OLを退職して引きこもりになりかかっている元OL、居酒屋でバイトしながら奇妙な出会いをもってしまったフリーター、雑誌用のパズル作家として引きこもって暮らす男性、五つ上の出来た彼女に振り回される資格試験受験を控えた男……等々、これら登場人物のちょっとしたディティールの細かさが、より市民感覚というか、読者にとっての普段着感を強めている。 個人的には、人生の指針をしっかり持っている『迷ったときは』に登場する主人公のキャラクタがお気に入り。この一貫した、そしてさっぱりした性格はいい。それにしてはやっていることがめちゃくちゃで、だからこそこの力強い信念が映えるってことに繋がっているようにみえる。

 短編ミステリとしては、意外性はあるものの、牽強付会だったり、筋書きが強引だったりする点が確かにあるし、最終話については賛否両論あるように思う。(最終話無しに投げ出してくれても、それはそれで好印象だと思うのだ)。殺人含むかなり深刻な事件が取り上げられているにもかかわらず、日常系ミステリと同じような柔らかな匂いが作品から揮発している。 読者を選ばない、軽妙な文章と市民的な日常。殺伐とした内容をユニークなキャラクタと筆致で和らげてあり、いつでもどこでも手に取れる、不思議な魅力を湛えた連作ミステリです。


09/08/14
伊坂幸太郎「フィッシュストーリー」(新潮社'07)

 「何を今さら」なのだが、実は二年以上も積ん読だったので仕方ない。短編デビュー作品に書き下ろし含む四中編が収録あされた作品集。『動物園のエンジン』は「小説新潮」二〇〇一年三月号、『サクリファイス』は「別冊 東北学 Vol.8」二〇〇四年八月刊、『フィッシュストーリー』は「小説新潮」二〇〇五年十月号で発表。『ポテチ』が書き下ろし。

 動物園勤務の知り合い・恩田を頼って、深夜の動物園を訪れた私と、先輩の河原崎。動物園の森林オオカミの檻の前では、元飼育職員の永沢という人物が、ひっそりと横たわっていた。恩田によると永沢氏は「動物園のエンジン」なのだという。日中の永沢はなぜかマンション建設反対運動に参加していた。 『動物園のエンジン』
 空き巣を本職としながら副業の探偵仕事を頼まれ、山形県の県境近くの辺鄙な村を訪れた黒澤。彼の仕事は失踪した山田という人物の捜索だったが、丁度その村で行われている儀式「こもり様」に黒澤は興味を持つ。かつての山賊に対する生贄が起源と思われる儀式が現在も形式的に続いているというのだ。 『サクリファイス』
 「僕の小説が魚だとしたら……」 ある小説に書かれた一文。この文章は売れないロックバンドの歌詞になり、その歌詞を聴いた人物は勇気を振り絞り、そして生まれた愛にて生まれた人物は正義の味方となり、世界を救う女性を救う。 『フィッシュストーリー』
 空き巣をする中村を師匠とする若手空き巣の今村。自殺を止めさせた縁で同棲することになった女性・大西と二人で今夜の仕事に出かける。仕事場は現在は控えにいる地元出身プロ野球選手・尾崎のマンション。今村と大西は、尾崎の留守番電話にかかってきた若い女の子のヘルプから、その現場を訪れてみるのだが……。 『ポテチ』 以上四編。

伊坂流のセンスで統一され、揃っているようでいて、どこか不揃いの雰囲気を醸し出す四編。
 今さら伊坂論をぶってみても仕方ないと思うので端折るが、簡単にいえば、全体的に繋がっているワールドであり、人生の真理を語っている風の台詞であり、登場人物にしか分からない(読者に判りにくい)信念に基づいて生きる人々であり、序盤中盤にさりげなく振られた伏線の見事な活用である――わけだ。
 そういった伊坂テイストという意味では、全ての短編がよく似ているようにみえるが、改めて考えるに微妙にアンバランスにみえるところが面白い。本短編集は、他の作品に登場する人物やエピソード、更に似たテーマをも交えながら四編が時系列に並んでいる。
 まず最初の『動物園のエンジン』。これは登場人物、特に永沢の「信念」を周辺から描き出している作品。推理や理解を超越したところに生きる永沢を、理解できそうでいて理解できていないところがポイント。想像させておいて肩透かしという手法は、他の作品でもみられる。続いての『サクリファイス』は、どちらといえば伊坂流の叙述や伏線テクニックを活かしてのミステリ寄りとなる作品。村の風習とその裏側にある秘密を、人間にあまり興味がない探偵役が解き明かしてしまうミスマッチがユニーク。『フィッシュストーリー』では、物語の断片を時系列をずらして組み上げる手法が採られている。伏線を後から作っていくようにもみえるが、周到な構成自体が伊坂幸太郎らしいという、物語構造のキレで勝負している作品だ。そして最後の『ポテチ』。この作品の構成は、最近の伊坂長編を思わせる。ユニークなキャラクタを組合せつつ、人情で物語全体まとめている。……が、この人情で良い話にまとめるというのは、これはこれで良いのだが微妙に伊坂幸太郎の物語作りの変貌があるように思えてしまう。デビュー直後の伊坂幸太郎であれば、違う結末を付けていたのではないかとか想像する訳だけれども。(戯言ですが)。

 いずれにしても、伊坂幸太郎という作家の特徴はそれぞれの作品に込められているわけで、一般読者が普通に手にとってもああ、小説が上手いな、いい話だな、と思うであろうことは想像に難くない。が、あくまで個人的感覚ではこの四編だけでも、伊坂幸太郎のテイストはそのままに、時間の経過による作者の物語作りの変化みたいなものを感じてしまう。


09/08/13
草上 仁「数学的帰納の殺人」(早川書房'09)

 '81年に早川書房のSFコンテストで佳作入選してデビュー。その後、短編中心にSFを発表、星雲賞も二度獲得している草上氏。2006年、メタ趣向を取り入れたユニークなミステリ『文章探偵』を発表、本書は再び書き下ろしで刊行されたミステリ長編になる。

 一九八〇年代後半。数学的な理論を掲げた新興宗教集団『風の教団』があった。繋(つなぎ)風太郎なる、元財界と噂される教祖を中心に行動のポイント制などで勢力を伸ばし、無人島にて教団幹部による理想郷を築こうとしていたが、ある日を境に関係者は失踪してしまう事件が発生した。結局、事件性はないものと処理され、年月が経過して二〇〇八年。フリーのフォト・ジャーナリストである四十四歳の梅川勝子は、高校時代の友人・公子の訃報に接し、遺族の家を焼香に訪れる。彼女の母親から託された卒業アルバムには、『風の教団』の懇話会の様子が録音されたCD、そして教団幹部のリストが隠されていた。未だに教団は続いているのか? 興味を持った勝子は教団が存在した石川県の通称・風の島に赴く。一人で廃墟を調べるうちに、偶然の崖崩れから洞窟のような場所で、白骨化した遺体を発見してしまう。石川県警に届け出た勝子だったが、東京で公安警察へと引き継がれ、三田村という刑事に事情を聴取されることになった。言をはぐらかす三田村の態度に不審を覚えた勝子は、大学時代の恩師で宗教学が専門の吉本静子教授に相談、彼女から篠田という数学と論理学の教授を紹介される。勝子と篠田はペアを組むように残された手掛かりを解析し始めるが、その周辺で奇妙な出来事が……。

独特の宗教的価値観が浮かび上がりつつ、その世界観がサスペンスを呼び起こすユニークな展開
 ピタゴラス教団が遠い意味ではモデルとなっていると思われる、「風の教団」という数学的な美しさを基準とする新興宗教集団がベース。その教団に所属していた友人の死、その教団の過去の事件、当初は伏せられている主人公と教団の関わりなどを通じて、既に教祖は無く滅びてしまっているとも考えられる教団の謎と、主人公らを操ろうとする人々など、フィクショナルな宗教が前提となっているなか、その宗教の原理主義的な考え方と、それを理解することの出来ない主人公&相棒のサスペンスと謎解きが中心となっている。二度目の渡島の結果、新しい死体が発見され、それがすぐに消失したり、当初から読者の前にも提示されていた暗号を解き明かしたりという、奇妙な謎&その謎解きの部分。恐らくは「風の教団」が糸を引いていることが分かっていながらも、主人公たちの周囲で発生する奇妙な現象。特に現象面では、主人公たちが真実に近づけば近づくほどにエスカレートした過激な事件が発生するなど、サスペンス感覚がより強い。
 一方、主軸となっている新興宗教の教義が(小生がアホなせいかもしれない)なかなかすんなりと頭に入ってこないこと、登場人物の魅力にやや難があり、視点の切り替わりが多いことなどから、全体的に物語運びがごちゃついてしまっている。これは前作の『文章探偵』でもいえたことだが、サプライズが大きい代わりに読者の中途における理解を置いていってしまっている部分があるようにみえるのだ。折角、ユニークな試みであるし、特に「『風の教団』の殺人連鎖」という考え方は、ジレンマとロジックが絡み合って非常に面白いと思う。ただ、その深秘に至るまでが読者にはやっぱり遠いというか、過去の回想でしか事実上分からないようになっている点は不親切な気がするのだよなあ。

 試みと狙いだけ取り出すと、なかなか従来のミステリではみられないオリジナリティが感じられる。その一方で、やはり読みづらい分かりづらいという部分は小説としてハンデ。最後に出てくる女性をもう少し中盤以降で使うなどの読者へのサービスもあっても良かったのではとも思う。ユニークな試みが込められているのは間違いないので主題をじっくりと噛み締められるような読者には向いている。一方、それ以外のライトなミステリファンなどには少し薦めにくい印象か。


09/08/12
翔田 寛「祖国なき忠誠」(講談社'09)

 「影踏み鬼」(『影踏み鬼』収録)で第22回小説推理新人賞を受賞、堅実な活躍をみせていたなか『誘拐児』にて第54回江戸川乱歩賞を受賞して世間をあっと言わせた翔田氏。最近は時代小説にも精力的に取り組む姿が印象的で、いずれにせよ過去を活写することにかけては並々ならぬ実力のある作家である。本書は書き下ろし刊行の長編。

 日本軍による真珠湾奇襲攻撃の結果として、日本から米国に出稼ぎにきていた貧しい農民たちは、米国軍によって監視下に置かれることになった。ある若者は、自分を庇護してきてくれた叔父の収容所での死をきっかけに、米軍に身を投じ兵士となる。戦争が終結し、GHQの一員として日本を訪れた日系二世軍人・マイク・ミヤタケ。彼は優秀な頭脳と肉体を武器に、戦犯日本人の逮捕の任についていた。しかし、通達により戦犯逮捕の役割は日本警察に近々移ることが決定。ミヤタケは上司に「タクマ・キジマ」なる人物の捜査をその短い期間に行うことを願い出る。キジマ(=木島)は日系二世。米国人でありながら、日本軍の捕虜収容所で通訳をしていたのだという。木島は京都・舞鶴近辺にいたが、終戦の玉音放送の直後に、同僚軍人の柏木とともにトラックを強奪して脱走。ミヤタケは早速京都に赴き、地元ベテラン刑事の城戸とペアを組んで木島の残した足跡を執拗に追いかける。

序盤に感じる僅かな違和感が実は物語の主題。祖国から引き裂かれた人間たちの生き様を見よ
 著者がこれまで見せてきた本格ミステリ指向はほとんど無し。米国にわたった親族を持ち「日系二世」という不安定(当時)の身分にて生きざるを得なかった、二人の男の物語であり、むしろ深刻なテーマを内包した社会派ミステリの様相を持つ作品だ。
 自分の叔父が米国軍に殺されながらも、自らの生きる道を模索した結果、軍人に身を投じたミヤタケ。一方で、日系二世ながらたまたま開戦時に日本いにいたため、日本軍の一員として働くことになった木島。太平洋戦争の終了をもって片側が狩る側、片方が狩られる側となり、追いつ追われつの物語が展開してゆく。彼らに関わるのは、住んでいる土地に裏切られたという点では共通する在日の人々。これだけの登場人物を擁すれば自ずと物語は深刻にならざるを得ない。
 本格ミステリではない、と先に書いたものの、サプライズについてはかなり強烈な一打を秘める。そもそも、なぜ名簿で目にした日系二世をミヤタケはここまで執拗に追うのか。物語序盤がヒントになっていると思いきや、この違和感こそが作者の仕掛けた罠。この点については素直に感服してしまう。
 国家に対する忠誠とは何なのか。この時期ならではの重いテーマを底流に、戦争直後の日本の風俗であるとか、時代観は非常に活き活きと活写されており、筆者の筆力も自信に溢れてきている印象。ただ、物語全体が相応の分量があるにもかかわらず、どこか物語の進め方に「焦り」のような感覚も覚えてしまう。落とし物や遺留品といった一週間ではちょっと出てくるには偶然が過ぎるのでは? というあたり、その感覚が強い。
 とはいっても、哀しい境遇にある二人の人物の壮絶な「生」と「生」とのぶつかり合いが読みどころ。追う側、そして追われる側、双方に心理と状況の描写があるため、読者の感情移入に関しても比較的ニュートラルな感覚で読み進められるのも吉か。

 正直、かなり「何となく」手に取ったところがあるのだが、読んでみるとテーマがすいすい頭に入ってくる一方、じっくりと重いテーマがじんわりと心に染みる作品であった。エンターテインメント小説の枠を超えたところで消費して欲しいように思う物語。


09/08/11
森福 都「赤い月 マヒナ・ウラ」(徳間書店'09)

 『問題小説』(と書くとなんだが、徳間書店の文芸誌である)に、2006年12月号から2008年10月号にかけて掲載された連作作品の単行本化。

 平成二十年。大学生の慶一はネットオークションに出品されている古いエメラルドの指輪に目を留める。曾祖父の形見として同じ形のイミテーションを自分が所有していることに気付いたのだ。実はその曾祖父・直吉は、慶一の頭の隅で背後霊よろしく意識を保っており、直吉自身がその指輪のことが気になって仕方がない。直吉はなんとか慶一の意識をそちらに向けようとし、自分自身が関係した指輪や、その指輪にまつわる人々の物語を慶一の頭のなかで語り聞かせる。――大正四年のハワイ・ホノルル。移民や出稼ぎ、貿易のためにやって来た日本人・日系人たちで賑わう旅館・白木屋。数奇な運命を辿った結果、今や大富豪の若妻となっている美女・リヨが一人で人気のない海岸に出掛けた挙げ句、不可解な転落死を遂げる。関係者は皆、彼女の美貌に惹かれており、崇拝するように彼女のことを気に掛けていたボーイ・直吉もそのひとり。リヨはエメラルドの指輪を喪っており、直吉は白木屋の放蕩息子・磯次郎と共に事件の謎を解こうとしたのだが、判らなかった。彼女や、旅館の宿泊客にも事件に巻き込まれた人がおり、直吉と磯次郎のコンビはそれらの謎を解き明かしていたのだが……。『そして彼女は去る』『赤い月』『羽のない鳥』『ウィリウィリの花が咲く頃』『高台の雨』『マツからの手紙』『そしてずっと心の中に生きる』 以上七編による連作集。

ミステリである一方で、大正年間の日本人移民や古い時期のハワイの活写が素晴らしい
 筋書きとしてはロマンティックに傾きすぎているかもしれないし、百年の謎を曾孫とそのガールフレンドが解くというあたりで、物語としてバランスを崩してしまっている印象がある。その一方で、成功者・失敗者含む様々な境遇の移民たちの様子や、日本人移民のハワイでのストライキの緊迫した様子など、個々の作品を取り上げると読むべきところが多々あって、総合力としては満足できるものだった。
 ミステリとしては、大枠にあたる百年後の謎解きが多少弱い気がする。あくまで個人的感覚ではあるが、直吉が存命の昭和後期を「現代」扱いにしても良かったのではないかとも思う。インターネットの細い繋がりや、さらにそこから人と人を繋げたりという手掛かり同士の線の細さ、偶然の多用はやはり気になる。(偶然という意味では、オークションで指輪を競り落とした人物が実は、という偶然はこれも個人的感覚のなかでは良いのです)。一方で、個々の謎解きは類推も混じるものの、推理の蓋然性が高く、通常のミステリとして十二分に及第点。 オーソドックスな筋書きながら表題作の『赤い月』や、『マツからの手紙』といったところはまず読み応えがあるし、特に『マツからの手紙』における当時のハワイの雰囲気であるとか情勢であるとかが謎解きの筋書きに絡んでいる点などはGOOD。また、先の緊迫した描写という意味では『羽のない鳥』の日記調で簡潔に描かれるストライキの緊張感も評価したい。

 また、当時のハワイの風景・風俗描写はさすがに長けたものであり、森福さんの実力が発揮されている。一個の連作長編としては、やっぱり評価が辛くなるけれども、短編集だと割り切って読む分には、むしろ読者は感激するはず。あと、ミステリとは無関係に、「ハワイが好き」という方にもお勧めしておきたい一冊。