MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


09/09/10
はやみねかおる「少年名探偵 虹北恭助の冒険 フランス陽炎村事件」(講談社ノベルス'09)

 はやみねかおる氏初の講談社ノベルス登場となった『虹北恭助』シリーズの予告されていた最終作品。前作にあたる『少年名探偵 虹北恭助のハイスクール☆アドベンチャー』から、実に四年の年月が経過している。(はやみね氏が多忙になったことがやはり主要因だろうか)。

 恭助が海外、そしてフランスのエクス=レ=バンというところに居ると知った響子。響子はなんとか恭助に会い、そして出来ることなら虹北商店街に連れ帰りたいと考えるが、学生の身でもあり先立つものがない。そんななか虹北商店街の福引きの特等商品が「フランス・パリ六日間の旅」であることを知る。いろいろな人々の協力を得て、特等をゲットした響子は土産物リストを大量に持たされ、単身フランスへと飛び、エクス=レ=バンに辿り着いた。到着早々、置き引きに遭った響子は恭助、そして恭助が居候しているという陽炎村の城に住む没落貴族・ミリリットル真衛門と出会う。ホテルをキャンセルしてミリリットル家の客人となった響子だったが、そこには真衛門の妹・美絵留がいて恭助に対して馴れ馴れしい態度を取ることが気に入らない。おしりも響子が辿り着いたその日の夜。陽炎村にムスティックが現れる。ムスティックは陽炎村に伝わる伝説の大悪人であり、住民は彼の「夢」を恐れ、夜間は誰一人として外出しないのだ。本来は非常に友好的である村人たちが、よそ者である恭助と響子を疑いの目でみるようになるのも時間の問題だった。そして、動かしてはいけない岩が動かされて、村から出るただ一つの道が崩壊、二人に対する疑いが日に日に濃くなってゆく――。

ミステリとしては微妙だとしてもシリーズ大団円という味わいは揺るがず
 2009年に入り、はやみねかおる氏の出世作であり代名詞的存在でもあった「夢水清志郎シリーズ」が『卒業』をもって最終巻となった。そして代表的とまではゆかないまでもこの「虹北恭助」シリーズも本作で終了する。いずれも以前からある程度はシリーズ終結が予告されていたとはいえ、いわば今年、はやみね氏の看板が二枚の看板を下ろしたということになる。他にもいくつか継続中のシリーズはあるが、今年がはやみね氏のはやみね史にとっての一つのターニングポイントになるような予感もある。(それか勇嶺名義の作品がまた読めるのかも)。
 さて、本作。最終作ということながら、比較的平穏な(?)幕開けとなる。フランスに渡った恭助、その恭助を追いかけたい響子に協力する商店街の人々の人情は相変わらずであるし、その前提となる若旦那をはじめとする情熱的な人々も健在。そんなこんなでフランスへ。そこに待っていた恭助は当然のこととして、後のレギュラーキャラクタとなるミリリットル真衛門ら美絵留の兄妹たちとなる。いわばシリーズの締め括りを決めるに相応しいだけのキャラクタたちの饗宴が実現している。少なくともこのシリーズへの懐かしさ、思い入れといった意味からは本作は意味があるものといえるだろう。
 一方、ミステリとしてどうか、というと半分微妙。陽炎村で信じられているムスティックの悪夢、そういった信心が助長する事件――といった点、そしてその結果発生する奇妙な事象はやはり魅力的な導入になっている。村人全員が悪魔の夢を信じているという設定までは良いものの、真相に関しては、トリック期待の読者の肩を透かすものかと思う。むしろ、前半部にて、スムースにフランスに旅立てた響子に関する、読者が事件だと認識していないような事象の裏側が明かされた方の衝撃と納得度の方が高かった。 こちらの説得性は、シリーズ全体が伏線となっていてユニークかと思えた。

 とはいっても、虹北恭助の冒険シリーズのラストとしては及第点にして、こうしかあり得ないという結末。シリーズを楽しんできた読者にとっての期待はずれにはならないはずだ。(つまりは、本作のみを読むという大胆な行動を取られる読者はあまりいないだろう、というのが大前提です)。


09/09/09
門井慶喜「おさがしの本は」(光文社'09)

門井慶喜氏は1971年生まれ。群馬県出身。同志社大学文学部卒。'03年「キッドナッパーズ」で第42回オール讀物推理小説新人賞を受賞してデビュー。'08年、書き下ろし長編の『人形の部屋』が第61回日本推理作家協会賞長編及び連作短編部門候補に、さらに翌年同賞短編部門に本書収録の「パラドックス実践」がノミネートされた。(いずれも受賞を逃している)。本書は『ジャーロ』二〇〇七年秋号から二〇〇九年冬号にかけて発表された作品がまとめられた作品集。

 N市の図書館に司書として勤務する和久山隆彦は、現在はレファレンスカウンターの担当。つまりは図書館の相談員としての役割を上司と二人で担っている。そんな彼のもとには様々な相談が持ちかけられる。女子大生が書き写し間違えたのかと思しき「林森太郎」の『日本文学史』を探したり(『図書館ではお静かに』)、かつて公民館に残したままになっているという、表紙が赤い富士山の本を探して欲しいという老人の頼みを聞いたり(『赤い富士山』)、ハヤカワという作品を二十冊か借りっぱなしにしたまま亡くなったご主人の本が何なのかを特定する老婆の依頼に対応したり(『ハヤカワの本』)。ただ、N市もご多分に漏れず財政難。一月七日という半端な日付で、市長の秘書室に勤務していたという潟田が、副館長として配属されてきた。市の内部では図書館への予算をもっと有意義な事業に使いたいという意向があり、図書館の廃止を検討していると和久山は聞かされる。潟田が、レファレンスカウンターの意義を試すための設問、時代の異なる外来語三語で出来ており、喃語でも発音できる本は何か、という問いに和久山は一週間以内に回答する必要が生じてしまう(『図書館滅ぶべし』)。先のハヤカワの老婆は、実は増川という市会議員の叔母だった。増川は、図書館不要を市議会で訴えるという潟田の対抗馬に、参考人として和久山を招致する。『最後の仕事』

図書館の相談員をベースに多様な話題を好きな形で取り扱う、これまた門井ヘンテコミステリの系譜。
 いくつかのヒントを元に該当する「本」捜しというのはいくらでも作者が恣意的に「謎」が作れるところもあって(ハヤカワ図書は全く知らなかったが)、個人的には水準評価。本書に登場する「間違えやすい」作家もほとんどは実在しているはずで、それでもワンアイデアという印象が拭えない。また、こういった図書館で本探しというだけのミステリは、他にも思い浮かぶ(例えば森谷明子『れんげ野原のまんなかで』)、それに比べて「本探し」という切り口だけでは特に本書が優れているとはいえない。
 ところがところが、門井慶喜はそこから物語の舵を思いっきり切ってくる。
 図書館が、市議会の都合(ま、予算の都合でもある)で廃止の瀬戸際に実は追い込まれていたのだ。単なる職員でしかない和久山らにどうこうできる力はないはずだが、和久山なりの知恵と同僚の沙理の助力と、跳ねっ返りの気持ちで図書館を守る立場に祭り上げられる終盤の展開そのものがまず意外。さらに、その市議会でのやり取りは海堂尊ばり会議ミステリの様相を呈しており、実際のところの地方自治体の政治の在り方なんかも垣間見え、なかなかユニークな仕上がりを見せている。ラストに「最後の仕事」を行う和久山や、ほんのりと恋心のスパイスを利かせたラストも良い……。って、最初に感じたミステリと読み終わった時にミステリの質が全く違っている。 しかし、確かに舵を切ったと上では表現したものの、どこから変化しているかということに気付かされない。このあたりが変化球ミステリ作家、門井慶喜たる所以だと思う。

 そして図書館を巡る政治のやり取りが、恐ろしいくらいにリアル。大人の事情もあるし、政治の寝技もあれば現実的な解決策もある、だが、図書館問題のオチはソコデスカ。なんというか、図書館・司書を題材にしながら実は高度な政治ミステリを最後は読んだような気分にもなる。やはり不思議な作家だと思う。


09/09/08
柳 広司「ダブル・ジョーカー」(角川書店'09)

 正直、デビュー直後から本格ミステリの書き手として注目していた柳広司氏ではあるが、意外なかたちでブレイクしてしまった――というのが個人的な気持ち。本書の前作にあたる『ジョーカー・ゲーム』は、『このミス09』で二位に食い込んだ後、2009年に第30回吉川英治文学新人賞と第62回日本推理作家協会賞受賞し、ベストセラーとなった。本書はその続編で、『野性時代』に二〇〇八年十二月号から二〇〇九年六月号にかけて発表された作品に、書き下ろし一編が加えられた作品集。なお表題作短編、『ダブル・ジョーカー』の原題は『敵手』。

 結城中佐の設立したD機関に対抗するかたちで作られたエリートスパイ集団・風機関。D機関と風機関、彼らがスパイをあぶり出す作戦でお互いを出し抜こうと行動した結末とは。 『ダブル・ジョーカー』
 モスクワ側のスパイとして大陸で活動している軍医は、自ら考案した暗号連絡方法によって自分は完璧に護られていると信じていた。しかしどうやら彼の所属する部隊に慰安部隊が訪れる際、自分を追う者がやってくると知らされる。 『蠅の王』
 フランス領のインドシナに電信係として赴任してきた男。暗号を含む電文を扱うものの平穏な毎日を送っていた。しかしある夜、何者かに襲われ、危機一髪のところをある人物に救われる。 『仏印作戦』
 スパイをあぶり出す狐狩りにて絶大なる力量を発揮するドイツ軍将校。列車事故にて死亡した日本人の所持品から彼をスパイだと決めつけた彼は、別のスパイが接触する筈だと虎視眈々とその遺体の周辺を張るが。さらに結城中佐の過去までが明らかに。 『柩』
 ロサンゼルスで現地の娘と結婚した、バードウォッチングを趣味とする苦学生。しかし、それらは全て彼のカモフラージュで内実はD機関の人間だった。彼は外務省から派遣されてきた人物と連絡を取ることになるが、その人物が自分の兄ではないかと思い始める。 『ブラックバード』 以上五編。
引き締まった文体に緊張感を伴う途轍もない奇想。「続き」が読みたい、とこれだけ思わせるシリーズも珍しい  なんと形容して良いものか。それぞれ異なる主人公による一人称で物語が綴られる。ある人物は一般人だし、ある人物は対立するスパイ。また別の作品ではD機関員も登場している。戦争が背景であることもあるが、それ以上に表現が全編、文体が引き締まっており無駄が非常に少なく、冒頭から緊迫感が伝わってくるような作品ばかりなのだ。
 基本的に登場人物は皆、相当に頭が良く様々な状況を分析し、万全の対策を取っている(ように読者からみても見える)にもかかわらず、D機関の人間がその更に上を行く超天才ともいえる活動にてひっくり返してしまうところが面白い。このあたりは出来の良い倒叙ミステリを読んだ時の快感にも似ている。どこにミスがあったのか、どこで逆転できたのか。全く読者に予見させていないところは、やはり倒叙ミステリの醍醐味と重なる。
 また一方で、太平洋戦争が開始される前夜という独特の暗さをも読者は感じ取るわけだが、その時代の緊張感をD機関がより強調している。即ち、D機関が生まれ育ち活躍する土壌といったこの時代・舞台もまた作品を構成する重要要素だといえるだろう。その時代があって、ストイックに過ぎるD機関の活躍をみるに不思議と良質のハードボイルド小説を読んだ際にも似た、不思議な寂寥感をも覚えてしまうのだ。 何らかの謎がある一方、ジャンルとして考えると、とらえどころのないミステリということになってしまうように思えるが、結局のところ様々なミステリ分野のジャンルミックス作品であるという側面もあるように思う。

 恐らくミステリという形式の文学が好きな方であれば、誰が読んでも面白く読める作品集である。先にも書いたが、『ブラックバード』で終了なのだとするとあまりに勿体ない気がする。どんなかたちであれ続きが、もっと作品が読みたいと読み終わってなお痛切に感じる希有な、そして本当の意味でのエンターテインメント小説なのである。


09/09/07
関田 涙「名探偵 宵宮月乃 5つの謎」(講談社青い鳥文庫'09)

 講談社青い鳥文庫できっちりと居場所を確保した感のある、メフィスト賞出身作家・関田涙氏。人気シリーズ「マジカルストーン」の続編にあたるこの作品は「宵宮月乃シリーズ」ということになるのだろうか。似た題名で多少紛らわしいかも、の『名探偵 宵宮月乃 5つの事件』の続編となる連作風長編作品。

 空手が得意な女子小学生・朝丘日向。彼女の親友で少し身体が弱い美少女が名探偵・宵宮月乃。親友同士の二人が出会う幾つもの謎――。
 画家の元にモデルに行くことになった美人美容師。外周を彫刻で囲まれ、ゆっくりと家自体が回転してその彫刻を眺められるという建物にて、ペンキを使って彫刻に悪戯が。果たして犯人は。 『おとめ座のイタズラ』
 長野からやって来た月乃の友達・ほの香と三人でデパートを訪れていた月乃と日向。そんななか、急にほの香がいなくなってしまう。月乃の携帯に彼女の居場所のヒントだという写真付きメールが届く。『3枚の写真』
 運動会の準備で横断幕を作ろうとしていた月乃と日向。しかし同じ班のモリケンがどこかに行ったまま帰ってこない。彼は一体何をしようとしているのか。彼の居場所と言動から推理が始まる。 『名探偵 VS 天才少年?』
様子のおかしい同級生。実は彼の弟が重い病気に罹っていたのだ。日向は学校のクリスマス会を病院で行うことを提案、皆に了解される。様々なイベントが行われるなか、月乃のみせた手品とは。 『クリスマスの魔法』
コレクターズカードをゲーム機の前でずるいやり方で巻き上げる中学生。その被害に遭った同級生。彼女のためにカードを取り返そうと、中学生に月乃は罠を仕掛けて戦いに挑む。 『勇者のホコリ』 以上五編。

児童書と侮るなかれ。難易度高い本格も混じった、でもやっぱり少年少女向けミステリ
 物語の大枠としては、月乃にあっさりと問題を解かれたので再挑戦しにきたという推理小説研究会所属の大学生が日向の解決した五つの謎を聞くという体裁。ただ、内部の五つの謎はそのまま普通に短編作品となっている。(ちなみに本作はCase 6から10まで。Case 1から5は『5つの事件』に所収作品が相当する)。 また、これまでの関田作品に登場した人物がところどころ再登場しており、このあたりはシリーズ通しで読んでいる読者が喜ぶところか。冒頭の大学生にしてからがそうだし。
 そして本編では五つの謎が始まる前に、村崎先輩なる大学生側が執筆したという倒叙ミステリ作品を出してくるのだが、これは数ページしかないにもかかわらず難易度がかなり高い――少し違うなあ、意地悪問題というべきか。このパターンは重々承知の身でありながら、これだけページ数が少ないと思い切りミスリーディングに引っかかって答えに至りませんでしたよ。
 一方で、五つの作品に使われているアイデアは、他ミステリで見たことのあるネタだったり、難易度自体がかなり低いミステリや、コロンブスの卵ではあるもののちょっとこれはミステリとしてはどうなの?、という内容だったり。……かと思いきや、『3枚の写真』で使われている暗号などは、かなり高いレベルにあった。まあ、児童書である以上、本気で読者が作者の挑戦に対して推理するというよりも、するすると読んで、そのうえで解き明かされた時の安心感が重要であろうし、このミステリ難易度の差違もあまり問題にならないんだろうなあ、とか考える。なので余計に、中途半端に推理する大人読者が陥穽に嵌るという仕掛けにもなっている。恐らくは青い鳥文庫向けの作品に仕上げながら、作者自身大人の読者もそれを読むことを意識しているような印象もあった。
 おまけ。前作のあとがきクイズの謎解きが本作でなされていてその解答に怒り狂い、一方で本作でもついていたあとがきクイズについては比較的あっさり解けてしまった。「きたない」は「北ない」かと最初に思ったけれど、それがミスリードでした。

 基本的には全作品とも「普通にいい話」だと思うので、本来の青い鳥文庫読者が読む分には全く問題ないと思われます。こういう作品や、夢水清志郎作品などで育ってやはりミステリが好きという大人がいっぱい今後も出てきてくれると嬉しいです。(などと、おっさんくさいことを考える)。


09/09/06
米澤穂信「追想五断章」(集英社'09)

 『氷菓』で第5回角川学園小説大賞ヤングミステリー&ホラー部門奨励賞を受賞してのデビュー後、米澤氏は『犬はどこだ』等で一般向け作品への進出を果たしたものの、小市民シリーズなど、どちらかというと学園小説系統にて人気を博しているのが現状だ。本書は『小説すばる』二〇〇八年六月号〜十二月号にかけて掲載された作品を単行本化したものだが、これまでの米澤作品と一線を画したかのような渋い作品となっている。

 ある事情から大学生活を中断して叔父が経営する古本屋でアルバイトをしている菅生芳光。叔父はアルバイトの女子大生を一人雇ってはいるものの、既に古書店経営への熱意は冷めてしまっている。ある日、店番をしていた芳光は客として訪れた女性から、『壺天』という名の雑誌を探して欲しいという依頼を受ける。芳光は店で先日引き取った段ボールの中から首尾良く一冊目を見つけ、彼女に引き渡した。決して稀覯書ということもないようだが叶黒白という名の作家の作品が目当てなのだという。北里可南子と名乗る彼女が探しているのは、文筆業を生業にしていたのではない亡父・参吾が残した五つの短編。彼女は高額の報酬と引き替えに、残りの四編を探して欲しいと芳光に頼み、やはりある理由でまとまったお金を必要としている彼はその依頼を引き受けることになる。僅かな手掛かりを辿り、大学教授や参吾の旧友に会ってゆくうちに、北里参吾の過去の姿、そして彼が「アントワープの銃声」と呼ばれた事件の当事者であったことを芳光は知る。

物語を支える五つのリドルストーリー。その真の結末。故人の過去にあった真実とを探る物語
 物語の流れは上記した通り。そして主人公の芳光が作品を発見するたび、その短い作品が一種の作中作として登場し、読者も同じ内容を読むことができる。「嘗て××を旅行した折」を書き出しとする五つの作品が全てリドルストーリー、つまりは結末がどうなっているか判らない物語となっている。最初の作品は、奇蹟を求めて村人の家を訪ねた男の話で、彼はある貧しい農家で眠り続ける娘を見る。娘は眠り続けているのか、それとも自らの境遇全てを知ったうえで寝ている振りをしているだけなのか。その家に火が付き大きな火事になる。果たして彼女は飛び出してくるのかどうか……。
 それぞれの作品には作者・参吾の残した一行だけの結末があるというのがミソ。この構造は三編ほど進んだところでミステリ的な狙いについては気付いたものの、その趣向自体が本書の目的(ミステリ的に)という訳ではないところに米澤氏の深みがある。 むしろ気付かれても良いというような構成ですらある。
 WEBに掲載されていた作者インタビューでは、本書は頭に連城三紀彦作品のイメージを抱いて執筆したとのこと。さすがに連城の巧さ・渋さを体現できているとまではいえないだろうが、米澤穂信の本質的に持つ人間に対する微妙な感情(分析しきれていないが、かなりシビアな対人関係もこれまでの作品にあり、人間と人間の結びつきをこの人は信用していないのではないかと思うことがある)を本書では強く表現しているようにも思う。
 最大の主題は、疑惑だけを一身に引き受けたまま言い訳せずに逝った故人の真実。それこそ僅かな手掛かり、かつ散逸している五つの小説、そしてその過程で手に入れる情報から、故人の生き様が浮かび上がっていく展開は感動的だ。そしてこの小説技巧・構成の妙味といったあたりこそ、米澤氏が意識したという連城ミステリにおいても重要なファクターで、作者の意図についてもよく理解できる。

 どこかほんわかしながら時折氷のような冷たさを発揮するこれまでの米澤ミステリとは(そりゃ類似点は皆無ではないが)一線を画す、まさに新境地的作品。それでいて米澤穂信らしい部分も随所にみられるし、何よりも一般小説として十分なクオリティを保ちながらきっちりミステリしている……って、これってやっぱり連城ミステリの形容詞と同じじゃないですか。 学園系の作品も十二分に面白いのだけれど、個人的にはこの路線の作品をがしがし発表して欲しいところ。


09/09/05
門井慶喜「パラドックス実践 雄弁学園の教師たち」(講談社'09)

 門井慶喜氏は1971年生まれ。群馬県出身。同志社大学文学部卒。'03年「キッドナッパーズ」で第42回オール讀物推理小説新人賞を受賞してデビュー。'08年、書き下ろし長編の『人形の部屋』が第61回日本推理作家協会賞長編及び連作短編部門候補に、さらに翌年同賞短編部門に本書収録の「パラドックス実践」がノミネートされた。(いずれも受賞を逃している)。本書収録作の初出はいずれも『メフィスト』で、2008年5月号から、2009年VOL.1にかけて発表された。

 神戸にある名門私立一貫校・雄弁学園。この学園では一般的な国語や算数を法定科目として履修するが、それとは別に論理や演説といった雄弁科目がカリキュラムに加えられている。大好きな宮沢賢治を教えようとしたところ、詩は論理的ではないと生徒から質問を受けた女性教諭・五十嵐桂子の後を受け、新任で能瀬雅司が1年A組の担当となった。しかし着任早々、生徒たちから「テレポーテーションが現実に可能であることを証明して下さい」など三つの難問を吹っかけられる。 『パラドックス実践―高等部』
初等部による弁論大会終了後、準優勝した親が担任の荒木のもとを訪ねてくる。優勝した弁論は大会の規則に照らして論理的におかしいのだという。荒木はその主張に正当性を認め対応を約束するが……。 『弁論大会始末―初等部』
大学の夜間部で教鞭を執る塩崎は、臨時で教えることになった自分の姪もいる中等部で嫌みのきつい授業を行ってしまう。彼は彼で近々行われる学園長選挙のことで頭がいっぱいでもあったのだが……。 『叔父さんが先生―中等部』
学園長選挙を勝った栗原から大学非常勤講師として呼び戻されることになった五十嵐桂子。しかし、彼女は自分の後任で国語を教えることになった女性教諭に対するわだかまりから、職を受けるかどうか悩んでいた。気晴らしのドライブの最中、桂子は偶然、その栗原と出会う。 『職業には向かない女―雄弁大学』 以上四編。

ちょっと変わった学校と、ちょっと変わった先生と生徒。論理と弁証が幅を利かせる世界の出来事  「(paradox) という言葉は多義であるが、正しそうに見える前提と、妥当に見える推論から、受け入れがたい結論が得られる事を指す。」(Wikipediaより)
 ということで、普通の小説でもあるようでいて、ミステリであるようでいて、詭弁を弄して読者を煙に巻くようなヘンテコな作品である。 設定からしてヘンテコだし、個々の作品も繋がりはあるもののそれぞれ微妙にテーマが違う、というか一応はパラドックスがテーマということになるのか。 まず最初の作品はパラドックスの理屈に真っ向から取り組んだ作品。生徒が出してきた三つの不可能命題に対する回答をすると豪語した教師。彼が最終的に提示した起死回生の回答とは……。
 回答に対する納得度はとにかく、その回答のひねくれ度合いが門井ミステリだよなあ、と妙に納得。残りの作品も、一応学園ドラマ的テーマがありながら、パラドックスを立証するような事件が絡むのが特徴となっている。個人的には舞台が出身地に近い場所が選ばれているので、その意味での親近感もあるかも。(学校内は標準語を使用するというルールによって、関西弁になるはずのところが、そうなっていない点も読みやすさに繋がっている)。学園ものの枠組みとストーリーを持ちながら、雄弁学園という奇妙な学園を創造した結果、普通ではない連作集になっている、というのが取り敢えずの結論。

 変な学校ではあるものの枠組みが学園ドラマで独立した短編ながらその内部でのエピソードは繋がっているので、比較的読みやすくはある。その一方、やっぱりパラドックス部分のやり取りのぐりぐりしたところ、ここが好きか嫌いかで本書の好悪が分かれてしまうかもしれない。私は楽しく読ませていただきましたけれど。


09/09/04
はやみねかおる「少年名探偵 虹北恭助のハイスクール☆アドベンチャー」(講談社ノベルス'04)

 少年名探偵虹北恭助の、というよりその相方・野村響子の高校編。もとは、やまさきもへじ氏の作画(原作・はやみねかおる)にて漫画化された『少年名探偵虹北恭助 高校編』(現在は講談社BOX所収)という作品があり、その原作として執筆された作品を、逆にきちんと小説としたもの。全五編のうち四編は『メフィスト』2002年9月増刊号から2003年9月増刊号のあいだに発表され、最後の一編のみ書き下ろし。

 虹北商店街で古本屋を営む虹北恭助は小学校からほとんど学校に行かず、不登校のまま現在を迎えている。家にはフランスからやって来て、城を探しているというミリリットル真衛門が居候している。幼馴染みの野村響子は高校二年生。響子に交際を申し込んだ(断られた)ミステリ研究会部長の沢田京太郎が、文化祭で自ら製作した問題で恭助に謎解きの戦いを挑む。 『ミステリーゲーム』
 響子の高校の後輩がストーカーに悩まされているというが、そのストーカーの姿が見あたらない。しかし実際に彼女の行動は何者かに筒抜けに。恭助はあまり事件に興味を示さないが……。 『幽霊ストーカー事件』
 真衛門の妹・十四歳で恭助を慕うミリリットル美絵留が来日。響子は何だか面白くない。そんななかミス研の前部長が残したミス研金庫の暗号を解き明かす必要が生じる。響子は京太郎と組むと宣言してしまう。 『トップシークレット』
 城が見つかった。不動産屋の案内に従って城に赴く真衛門と美絵留。もちろん恭助と響子も付き合うが、なぜかミス研の夏合宿も兼ねることになってしまう。人が消えるという伝説のある村にある城、そして法難という謎めいた若者。そして城では人が次々消えてゆく……。 『人消し村の人消し城』
 真衛門や美絵留に帰国命令が。そして恭助もフランスに行ってしまう? 心乱れる響子、そして商店街では恭助引き留めのために様々な作戦が実行される。 『最後の挨拶』 以上五編。

正統派ともいえる、はやみねミステリーにラブコメ要素を強くプラス。
 この作品は小説を読んだのが今回が最初なのだが、なぜか(小生にしては珍しく)漫画版の方を先に読んでいた。もちろん大筋は同じでトリックも同じ。ただ、漫画版の方でより生きるトリックと、漫画よりも小説版の方に味があるトリックと双方があり、その点興味深く読めた。漫画版の方が良いのが、やはりもともとが映像が前提となっている『ミステリーゲーム』。密室殺人が舞台となっているが、どうしても小説だと説明的になってしまい視覚的に謎が提示できる漫画の方が、ミステリとしては優れている印象。(あ、もちろん原作は同じだし表現方法の比較だけですから)。
 一方「見えない人」を扱う『幽霊ストーカー事件』は、どちらかというと小説向き。というのは、この真相は漫画でフェアに描くのが難しいから。小説ならばするっとなるほどと思える度合いが高い。『トップシークレット』はネタふりの段階、元ネタへの斬り込み部が小説の方が鋭い印象。これはミステリとしては微妙で、どちらかというと響子の複雑な胸の裡が重要でシリーズ全体としての必要性・意味合いが強い。あと『人消し村』では、小説に法難という人物(どうやら『そして五人がいなくなる』に出ていたらしい)が登場しているが、漫画版では省略されているようだ。
 『最後の挨拶』は、事実上のシリーズ最終作ということになる。そして、『フランス陽炎村』も含めて、響子と恭助二人の結論、ということでもある。その意味ではミステリシリーズの締め括りというよりも、虹北恭助と野村響子二人の物語として、きっちり締め括られている点は好感。なんたって脇役が強烈にはみ出してくることの多かったシリーズということもあるので、余計にそう思えるのかも。

 ミステリとしてのレベルも決して手を抜いているということはないが、日常の謎とも言い難く人も死なないミステリでありながら正統派新本格のトリックを使ってくるという意味では、はやみねかおる氏は既に作風自体がオリジナルジャンルを作りだしているように思える。 そのはやみね本格のど真ん中を堂々と通ってゆく短編集にして、シリーズの締め括り。『フランス陽炎村』を読まれた方も、振り返るに吉。


09/09/03
北山猛邦「密室から黒猫を取り出す方法 名探偵音野順の事件簿」(東京創元社'09)

 『踊るジョーカー』に続く、気弱で引きこもりの名探偵・音野順と、ミステリ作家の白瀬白夜が登場するシリーズ二作目となる短編集。『ミステリーズ!』vol.28から31号にかけて掲載された四作品に書下ろしの『クローズド・キャンドル』が加えられている。

 嫌いな上司を完全犯罪にて葬り去ろうという部下。考えついたトリックを実行できるホテルで殺人を実行、密室を構成して完全犯罪を演出する筈が、扉の隙間から現場に居てはいけない黒猫が入り込んでしまう。 『密室から黒猫を取り出す方法』
 シーズンオフの別荘地に集まったUFO研究会の人々。彼らは人間がテレビに喰われるところを目撃したというのだが、実際そのペンションでは実際に右腕を噛みちぎられたかのような人殺しが発生していて……。 『人喰いテレビ』
 人付き合いを嫌がる音野順のもとに頻繁に訪れる女子高生・笹川蘭。彼女が六年前に発生した学校音楽室の事件解決を音野に依頼する。雨の学校で音楽教師が殺され一緒にいた女子高生が大怪我をした事件が、迷宮入りとなっているというのだ。 『音楽は凶器じゃない』
 金持ちの叔父をいつか殺害してやろうと計画を練っていた二人の若い甥たち。彼らは住居である田舎の邸宅が、しばしば停電になることを見込み、停電時に殺害計画を決行すべく計画を立てていた。そして停電。邸宅には音野順の兄・音野要ほか数名の客がいたが、彼らは決行を開始する。 『停電から夜明けまで』
 散歩をしていた白瀬白夜は周囲が塀に囲まれた大きな屋敷に住む、少し変わった女性に捕まってしまう。彼女の家の主人が周囲に大量の蝋燭に囲まれた奇妙な状況で死んでおり、現れた名探偵が自殺で解決していた事件をひっくり返そうとするのだという。なぜか白瀬が、その名探偵・琴宮との対決をすることに。 『クローズド・キャンドル』 以上五編。

マニアックにして実にキュート。それでいて人を食ったトリックと笑える展開。北山猛邦、凄い
 大昔、北山氏がデビューした頃の作品の出来がかなりプアだったことをふと思い出した。……が、北山猛邦、完全に化けました。 前作も面白かったが、今回の作品もまた見事にツボに来ましたよ。本格ミステリの行き詰まりを見透かしたかのような変化球がずばずばと。
 まず表題作含め倒叙が二作。いずれも完全犯罪を目論んでいる現場にたまたま音野&白瀬がいるというお決まりのパターン。表題作は主人公(犯人)が感じる焦燥がうまく表現されている一方で、超絶なトリックがラストで決まる、というか決まっているのかコレ。また『停電から夜明けまで』は、完全犯罪が進行する様子が描かれており、トリック以前に解決方法が超絶変化球になっている。場合によってはすっぽ抜けになるところ、音野順という脈々と創り上げてきたキャラクタが素晴らしい味を出している。探偵役がひと言も喋らず事件の真相に寄与するなんて事例はなかなか他に思いつかない。
『音楽は凶器じゃない』は、珍しく後味が良くない作品である一方で、『踊るジョーカー』所収作品のトリックと少し被りますよねこれは。あと『人喰いテレビ』は、動機にもトリックにも無理を感じるのだけれども、状況を想像すると妙に笑える話なのでOK。そして『クローズド・キャンドル』。うああ、北山猛邦だあっっ(無理無理トリック状況)と走り回りたくなるようなめちゃくちゃな現場。火のついた蝋燭と火のついていない蝋燭によって密室となった状態下で発見される首吊り死体。しかし、読者の興味を敵方(?)名探偵vs(なぜか音野ではなく)白瀬という戦いに持ち込むことで微笑ましさを増している。
 そして全体にいえること。マニアックなシチュエーションでありながらそれを感じさせず、別に極端に強調している訳でもないのにギャグがツボに入る。 また、登場人物のキャラクタも優しい。そういえば気弱な名探偵というキャラクタと、装幀に使用されている片山若子画伯のイラストが絶妙なマッチングを見せている。ラノベなどは挿入イラストと作品イメージの重なりは読者に受け容れられるかどうかの大きなポイントとなっているようだが、一般向け小説であっても表紙絵と作品内容が重なることは結構相乗効果を生んでいることも稀にあり、本書などはその好例だろう。

 風変わりな作品ではありますが、前作から引き続き読むという条件で幅広い読者に勧められるように思われます。なんというか、様々な小説の決まり事・常識の範囲内からいろいろな部分がほんの少しずつ飛び出している感じ。安心して読める一方で、新しい発見があるという楽しいミステリだといえるでしょう。


09/09/02
平山夢明「怪談実話 コメカミ草紙 串刺し」(メディアファクトリー'09)

 題名の部分、正式には「コメカミ」は、コメが顳、カミは更に難漢字を使用している。'04年怪談専門雑誌『幽』の創刊号(vol.001)から'08年のVol.010にかけて連載された「コメカミ草紙」に、書き下ろしが数編加えられて単行本化されたもの。

 東京に出て行った佐田さんが実家に帰った時、妹が離婚して戻ってくるということで彼女が子どもの頃に住んでいた部屋は物置同然の状態からきちんと片付けられていた。佐田さんは懐かしく思ってその部屋で寝ることにするが、横たわった状態で机の裏に書いてある文字がなんだか気になる。詳しく調べようと起きだしたところ、寝ていた枕にどすん、と一抱えもある巨大な木箱が食い込んでいた。中には錆びついた釘が……。『雛と抽斗』
 証券会社に勤務する滝田は年に数回酒でハメを外して泥酔することがあった。その晩もタクシーで何とか自宅マンションまで帰り着いたのだが、部屋に鍵を差し込んでも開かない、チャイムを押しても誰も出てこない。ふと気付くと自分の家のマンションと様子が違うようにも思ったが確かに自分の部屋だった。騒いでいるうちに隣人の顔色の悪い女性がドアの隙間から顔を出していた。 『泥酔』
 といった怪談話の数々。ほか収録されているのは『霧嫌い』『蜃気楼』『ノックの子』『螢火』『傷口』『壁』『変化』『ガスパン』『忌み数』『ハカナメ』『口不浄』『二十八年目の回帰』『怖いから…。』『孕み』『四日間』『麻酔二題』『怖かったんだよ』『忌梯子』『予言猿』『李』『串刺し』『詛 』『思い出』『手袋』『燐光』『傘』『叫び』『傷』『携帯』『尻餅』『パグ』『実験』『ストーカー』『形見』『正気玉』『厭な本』『憑が出る』『はっきりそれといった風でもなく…』『蝋石』『土手女』『て』『口真似』『チャギリ』『隣の家』『つらい記憶』『電話』『つぐみ』『夜の蝉』『おふれ布袋』『禁日』『イタ電』『猫の木』『夜の声』『自転車』『空箱』『せせらぎ』『指ぬき』 以上。

人間がもたらす狂気ではない、魔としか表現しようのない何かがいたり、呼び込まれたりする世界
平山氏には推理作家協会賞を受賞した『独白するユニバーサル横メルカトル』を始めとする、狂気に溢れたぶっ飛びフィクションと、投稿を募ったり、直接インタビューしたような怖い話をまとめた、いわゆる実話系の怪談と、主に二つの顔を持つ。本書は強いて分類するならば実話系の怪談ということにになるのだが、狂った人間などが登場するサイコ系の怖い話とは確実に一線を画した実話怪談が収録されているのが特徴だ。 つまりは論理で割り切れない「奇妙な話」の集まりだと思ってもらえれば正しい。
 当たり前だがそれぞれの話のエピソードや登場人物に共通点はあまりない。救いようのないような因縁話から、語り手が死の寸前まで追い込まれるような話まであるかと思えば、不思議ではあるけれども心温まる幽霊譚も幾つかあるなど、そのバラエティは非常に豊か。共通しているといえるのは唯一、現状の科学では説明がつかない、更に人間が引き起こした行為ではない何かが必ず働いているという点なのだ。
 そして、怖い作品はめちゃくちゃに怖い――。 実話系ということもあるのだが、シチュエーションが特段特殊ではなく、本当に我が身に起きてもおかしくないような……という日常感があり、背筋がスッと寒くなるようなエピソードが多いのだ。恐らく読者によって、どの作品が恐怖のツボに嵌るかという点は必ず異なる筈で、それでもこれだけ切れ味鋭いカミソリのような短編が、ぞろっと揃っていれば必ずどれかが(恐らくは幾つもが)グッサリと突き刺さる筈だ。
 例えば、最初の方に出てくる『霧嫌い』という作品は、ほとんどホラー映画。しかもクライマックスだけが断片的に寄せ集められたかのような、たたみかけてくるような怖さがある。『傷口』は、リストカット癖のある奇妙な女の子の話だが、リストカットする目的に一工夫、さらに思いも寄らぬ展開が待ち構えており、優れた恐怖短編だと思う。『厭な本』は、ビブリオマニアなら似たことを体験したこともありそうな話だし、『予言猿』は、猿が予言をするという奇妙なシチュエーションよりも、その猿の最期の状況に背筋が寒くなった。他にも個別に触れたい話は多々あるが、皆さんの読んでからのお楽しみということの方が良いはず。
一方、発生した怪奇によって自分や身内が最終的に救われる作品、どこをとっても怖くない作品もあり、こういった作品があいだに挟まることで、毎回どの作品も「結末がどうなるかさっぱり判らない」という緊張感と共に読むことが出来るようになっている。作者自身、相当収録順には気を遣っているはずだ。ラストが奇妙な話・良い話系の『指ぬき』で終わり、突き落としてオシマイ、という読後感でない点も良い。

 平山フィクションのめちゃくちゃな展開が生み出す恐怖も良いが、数ある実話怪談系の平山作品集のにおいても本作は、静かな傑作として今後数えられる作品集となるだろう。例えば引っ越しなどで環境が変わったばかりだとか、原因不明の体調不良を感じている人、そしてもちろん心臟の弱い人には怖すぎるのでお勧めできません。でも、全般として怪談好きの方であれば、誰が読んでもOKの間口の広い作品集かと思います。(あと文章と構成が上手いということにも触れたかったけど、また次回)。


09/09/01
竹内 真「文化祭オクロック」(東京創元社'09)

 竹内真氏は1971年新潟県生まれ。'95年に三田文学新人賞、'98年「神楽坂ファミリー」で小説現代新人賞、'99年には『粗忽拳銃』にて第12回小説すばる新人賞をそれぞれ受賞。東京創元社からは『シチュエーションパズルの攻防』に続いて、二冊目となる長編作品。

 どこにでもありそうな普通の高校・県立東天高校の文化祭。開幕と同時に鳴り響くブラスバンド。そして今年は東天高校初の企画として、FM東天が校内放送を通じて流れ始めた。FM東天は放送部・物理部・弁論部・写真部・ブラスバンド部、そして文化祭実行委員会と生徒会の合同共同企画。DJネガポジを名乗る正体不明の人物がDJを務め、音楽の合間にプリペイドの携帯電話を用いて一時間に一人、生徒をDJがインタビューをするという形式だ。トップバッターは元野球部の三年生・山ちゃんこと山則之。あっけらかんとした性格の彼は、以前から同級生の斉藤優里への思いを隠そうとしていなかったが、DJネガポジは山ちゃんから、改めて彼女への気持ちを引き出し、恋の告白を校内放送で全校に放送してしまう。一方的に名前を挙げられた優里は怒り心頭。DJネガポジをどつくことを目的に、彼の正体を求めて校内の関係部署を走り回る。その山ちゃんがDJから進められたのが、学校のシンボルながら長い期間止まったまま動かない大時計。三年生のあるクラスがその内部を学習発表テーマにしていたこともあり、その大時計の捻曲った針を、山ちゃんの投げる硬球でまっすぐにすれば動き出すのではないかというのだ。その気になった山ちゃんは早速実行を開始しようとするが……。

ミステリの要素もあるにはあるが、若い血潮の突っ走りが交錯する様こそが身上
 高校の文化祭らしい文化祭。ミニFMという企画にしても、恐らくどこかの高校はやっていることだろうし、そのタイミングを機に、停止した時計台を動かそうだとかいう高校も過去を含めて日本中探せばどこか一つくらいありそうだ。そんな文化祭の一日を多面的な視点によって描く物語。その多面性を繋ぐのがラジオという小道具である点、むしろデジタル時代には新鮮であり、恐らく作者もその効果を敢えて狙った部分があるように思われる。
 物語の興味は、謎らしい謎といえば当然・全く姿を現さないDJネガポジの正体ということになるが、その背景にあるミニFMという企画そのものの狙い、なぜ時計台を迂遠なやり方で再生しようとしているかといった点に求められよう。自称名探偵・探偵コーラなる人物が出てきたりもするが、全般に謎としては小粒だし、いわゆるミステリで取り上げられるような日常の謎ともまた異なっている。感覚的にはわざとミステリとしての難易度を下げることで全体的なグルーヴ感というか、うねりのような流れを堰き止めないようにしているようにみえる。 その結果、青春小説としての味わいが深まっているように思える。とはいえ終盤の名探偵の推理は余録かなあ。謎のまま止められていることだし、そもそも無くても良いエピソードではないか。

 ミステリ以外の部分。途中、セカイ系について思索をすることが趣味という文芸部の一年生がDJネガポジとの会話をする場面があるのだが、そこでたたかわされる議論が非常に興味深かった。(楽しみ方によっては、この会話によるサジェスチョンが本書から得たもっとも印象的な部分という考えもある)。小生が物知らずなだけかもしれないながら、セカイ系と通り魔的無差別殺人の共通点であるとか、空気読めであるとか、俺の常識といった言い回しにおける奇妙な部分であるとか。 このパートで出てくる意見が全て作者の考えそのものと受け取れるものでもなかろうが、少なくとも現代の若い世代の言葉遣いや思考方法を知る一助になったように思う。そりゃそんな単純なことではないだろうけどさ。

 版元が東京創元社ということもあって、本格的な謎解きミステリを求める読者もいそうだが、彼らには少々物足りないことは間違いない。むしろ「竹内真」というレーベルで青春小説を求める読者向け、だと思う。当然、普通の青春小説好きの老若男女にもお勧めできますよ。