MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE 国産ミステリ・レビュー
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


09/10/20
北村 薫「元気でいてよ、R2−D2。」(集英社'09)

 何度目かの候補を経て遂に『鷺と雪』にて第141回直木賞を獲得した北村薫さん。本書はその受賞後第一作となる短編集である。表題作は『野性時代』2008年11月号が初出だが、『マスカット・グリーン』(『青春と読書』2007年10月号)『腹中の恐怖』(『小説NON』1997年12月号)を除くと『小説すばる』2008年1月号から9月号にかけて単発で発表された作品が中心となっている。

 好きあって一回り年上と職場結婚した女性編集者。旦那がどうやら職場の若い女性から好かれているらしいと聞き、心に微妙なさざ波が。 『マスカット・グリーン』
 耳川鈴江から白萩加奈への手紙。内容は彼女の息子が、実は白萩加奈へのストーカー行為をしていたことの告白。しかもその文面は息子に肯定的だった。 『腹中の恐怖』
 デザイン事務所に勤める二宮あつ子は取引先の無能な代理店担当に腹が立って仕方がない。ふと子どもの頃に弟とやっていた微塵隠れなる遊びを思い出す。 『微塵隠れのあっこちゃん』
 セキュリティ関係の仕事に就く陽子。三十を過ぎて実力もつき、後輩の面倒をみるようになっていた。別の課の冴えない独身の課長を陽子が好きだという噂が。 『三つ、惚れられ』
 かつて女子大生作家としてデビューした彼女も今や過去を封印したまま中学生の母親。デビューは偶然である出来事があってから作品が書けなくなったのだ。 『よいしょ、よいしょ』
 テレビ局にて編集の仕事をしている独身女性・京子。彼女はいつの間にか、生き物ではないものに声を掛けるクセが出来ていた。家の前にある木と何となく会話している気分でいた時。 『元気でいてよ、R2−D2。』
 結婚して上京した姉の自宅に泊まった妹。上京理由のコンサートがキャンセルになり、姉の旦那に美術館に連れていってもらうことになる。 『さりさりさり』
 六十になるという女性の独白で最も詳しいのは一回り以前の小学校六年生の頃の記憶だ。その頃のわたしは丸太の遊具で遊んでいて……。 『ざくろ』 以上八編。

北村流の「ざらりとした」手触りを持つ一般文芸。起伏少ない物語が、想像力を刺激する
 粗筋を書くには書いたが、北村氏が著す短編の前には、多少の説明など意味を為さない。(なので、いつも以上に紹介が適当になってしまった気がする)。普通の意味での分かり易いエンターテインメントとは異なり確実に「文芸」の枠に寄っている。時には、登場人物の心の動きこそあれど物語的には盛り上がりも何もなく終わるような作品もある。
 この短編集も、どちらかというと、ミステリ等で見せつけてくれるオチのはっきりした話ではない話が中心。ただ、確実に何か心のどこがが引っ掻かれたような気分が残るところが特徴だ。その傷にしても、ちょっとした悪意や嫉妬、憎悪。それが結末にごくごく僅かな描写のなかで、それでいてきっちりと表現されている。ちょっとした過ち、誤解、行き違いが人間同士の軋轢を生む過程。ちょっとしたきっかけで爆発する感情。淡々と、どこにでもありそうな日常のなか、ふとした想像がもたらすインパクトを確実につかみとる作家だと思う。(今さらいうことでもないでしょうが)。
 表題作『元気でいてよ、R2−D2。』の、ほんの少しの調子に乗ったひと言が、心の中の大切なものを破壊してしまって呆然とする様子、足もみマッサージから夫の浮気まで一気に推理と想像の翼を拡げてしまう妻『マスカット・グリーン』、中途に差し挟まれる、水蜘蛛が脚に巻き付けてくる細い糸の挿話がとてつもなく怖さを増幅する『よいしょ、よいしょ』。 毛色の異なるリドルストーリー『ざくろ』(考えてみるとこの題名からは恐ろしい想像も涌いてくるわけで……)。オチ自体が誰にも想像がつかないというレベルまで飛躍していないにもかかわらず、この日常からオチに繋げるテクニックの巧妙さは、誰にも真似できない職人芸の域にある。

 直木賞受賞、そしてその次という意味ではこの作品集は良い内容にして位置づけのように思える。北村薫の文章力や発想が十分込められているし、日常描写の妙味も当然ある。ただ、本書の場合、能動的に面白がれるだけの読書能力が必要で、一種枯れた味わいを舌の上で転がすような読み方が必要な気もする。つまりは結局、読書家ウケするというタイプの作品ということになるのかも。


09/10/19
馳 星周「煉獄の使徒(上)」(新潮社'09)

 馳星周氏は1965年北海道生まれ。1996年『不夜城』で衝撃のデビューを飾り、いきなり吉川英治新人文学賞と日本冒険小説協会大賞を受賞。同作に続く『鎮魂歌―不夜II』で日本推理作家協会賞を受賞、'99年には『漂流街』で大藪晴彦賞を受賞して不動のステータスを確立する――と、馳星周氏の経歴をまとめてみました。本作品の初出は(下)の感想を書く時に。

 新興宗教〈真言の法〉。元左翼弁護士の幸田が実質的なコントロールタワーとなり、東京で細々とヨーガ道場を行っていた戸邊に知恵を付けることで今や五千人以上の信者を集める一大団体となっていた。戸邊は十文字源皇と名乗り、信者から〈グル〉と呼ばれている。侍従長というナンバー2の立場にある幸田が裏社会を通じて入手した大麻や覚醒剤、LSDを駆使して入信した信者に幻覚を見せつけては、その信仰を強化していた。幸田の目的はあくまで金。しかし十文字は常識的なアドバイスと管理をする幸田を戸邊は少しずつ疎ましがるようになり、古参幹部に対して過激な命令を発するようになる。まずは〈真言の法〉の宗教団体認可を妨害しようとする正義派弁護士・水書の排除。幸田は十文字に嵌められ、その実行犯に含まれてしまう。一方、警察内部の対立によって懲罰を喰った公安警察官・児玉は、復讐の念に燃える。自分を陥れた公安のキャリアたちに対する復讐を決意するなか、幸田たちの情報が引っ掛かってくる。児玉は水書殺しを告発しない代わりに〈真言の法〉から資金を引き出すことに成功。幸田も警察とのパイプとして児玉を利用、双方は互いに軽蔑しあいながら密接な関係を築き上げてゆく。

あの新興宗教に対しての「あったかもしれない何か」に戦慄する――。
 ほとんど予備知識無しに読み始めたものの、読み出してすぐに判ることは、オウム真理教が一つの大きなテーマとなっているということ。ただ、その筆は単に新興宗教としての同教を取り上げているのではなく、実際に発生した事象、この上巻だけでいえば、脱退信者の私刑殺人、弁護士一家殺害事件、入信者を集めての組織作り、大規模な土地買収と拠点作り、そして衆議院選挙に大挙して立候補した事例等々、事件や事象が年代の動きまではリンクしていないものの、かなり正確に再現されている。今となってみると、ある人物がテレビ番組に登場して普通にインタビューを受けて人気者になったり、駅前で変な踊りをしたりという人たちが普通に存在した時代があった。怪しげな宗教であっても迷惑さえ掛けられなければ構わない、積極的に構いたくないが、信じる人は勝手にすれば――というような軽薄、さらに無関心といった当時の日本の情勢にも助けられたのであろう。
 だが、本書に描かれているのは、それよりも一歩踏み込んだ推察である。
 大きく分けると二つの視点。片側は、常識を持ちながら宗教団体を牛耳って金儲けのネタにしようとする男。もう一つは、この宗教を利用して金蔓として利用しようとする勢力。問題は、この勢力が現実にも実際にあったのではないか――と、本書を読んだ後では疑ってしまう。何かとそう考えると辻褄が合うように思えるのだ。確かに警察〜与党の流れに権力と金が絡んだ場合には、宗教法人への介入を積極的にするな、といった程度の働きかけくらいはあってもおかしくない……と思ってしまう。そう思わせた段階で作者の勝ちだろう。

 上巻で描かれるのは、警察・政党側と宗教側、二つの強大且つ汚い利権システムが確立して機能するまで。 ただ〈真言の法〉では、過激な攻撃を信者以外に加えることに躊躇いのない狂信者が育ちちつあり、更に頭の半分おかしくなっている教祖がそれを認めるという状態に至っている。警察側はあくまで金が目的であり、児玉がうまく立ち回ることが条件となる。このバランスが早晩崩れることも明白で、下巻でのカタストロフィが読む前から想像されてしまう。


09/10/18
恩田 陸「猫と針」(新潮社'08)

 2007年に恩田陸さんが初めて書き下ろした戯曲に、その戯曲を演劇として公演する際の口上ほかと、その戯曲を巡る舞台裏を日記風に綴った内容を含めて単行本化したもの。上演したのは「演劇集団キャラメルボックス」。

 五人の登場人物による密室劇で心理サスペンスもの。
 映画監督として一定の成功を収めているタカハシユウコ。高校時代の同級生のオギワラが殺人事件に巻き込まれて亡くなったことをきっかけに、数名の同級生を一同に集める。その会話をドキュメンタリーとして残すのだという。集まったのは外資系金融機関にて役員待遇を得ているタナカユキオ、小学校三年生の息子を持ち、デザイナーの旦那に振り回されているスズキカナコ、妻に自殺して死なれたばかりのヤマダマサヒコ、営業職の仕事のなかで鬱屈しているサトウケンジの五人。彼らは、祝(いわい)という名字の人が不祝儀の時にどう封筒に名前を書くか、といった軽い話題から、その場にいない人物の噂話をつれづれに続ける。買い物や電話で誰かが席を外すと、その人物の近況を誰かが周囲に伝えるといった風。そもそもオギワラの事件は、本当に流しの強盗によるものなのか、何度も離婚と結婚を繰り返すこの場に登場しない同級生・キクチ、更には高校生時代から映画を撮影していたタカハシのフィルムが盗まれる事件……。彼らの会話はどこに行き着くのか。

日常の延長っぽくありながら、恩田陸らしい「不穏な雰囲気」に満ちあふれた不思議な世界
 作者自身が冒頭で説明している通り、猫は多少登場するものの、針は関係ない、という作品。というのは、先に題名だけ決まって、そこから物語が後付けされたからというのが、舞台裏含めての説明にて明かされている。また、前後にある恩田さんのこの戯曲に関する文章だけを読むと、かなり切羽詰まった状況から、様々な試み、悩みと共に無理矢理に生まれたものであることが判る。そちらだけを読んでしまうと内容に期待できない、というところ。だが、チラシやチケットが先に出来上がる一方、シナリオが出来上がっていない恐怖というのは、人ごとながらプレッシャーのキツイ因果な商売だなあ、と思う。
 さて、中身。紹介している通り、舞台に登場するのは五人の男女。時々一部が退場してまた再登場してという手順を繰り返して、その五人+別の同級生・オギワラとキクチの姿が徐々に観客の前に現れるという仕掛け。こうやってシナリオとして提供されているため、実際に公演を見た人とは異なり、演じている俳優・女優の姿を思い浮かべる必要はあるものの、臨場感としては伝わってくるから不思議。特に、これまでの恩田作品(ミステリ系)と雰囲気が近いので、想像しやすいということもありそうだ。
 そして意外に思えたのは、ほんのひと言にかなり重要な台詞が含まれている点。読み返せる立場であれば良いが、これは観客としてはかなりの集中力が要求されそうだ。また、これは例の如くと言っても良さそうな気もするが、真相らしき断片はあれど定義された全体的真相というものが提示されないまま終了する。これもまた恩田ミステリではよくあるパターンなので、余計に「恩田さんらしい」という感じ方に繋がっている気もする。

 本書そのものは、熱心な恩田ファンならば手に取るべき、という作品のように思う。たまたまピンでもある程度セールスが見込まれることもあってか単行本のかたちで刊行されているものの、やはりボリュームは短く、短編集の一部として収録されてもおかしくない。ただ、一方でこのまま文庫にならずお蔵入りする可能性とかもありそう。とまあ、そういう作品です。


09/10/17
西澤保彦「身代わり」(幻冬舎'09)

 タック&タカチが帰ってきた! というだけで無条件に◎を付けたくなる。なんとこの前作にあたる長編『依存』から九年も経過しているとは。さらに短編集『黒の貴婦人』からも六年。西澤保彦氏のデビューから十五年目にして、本書は五十冊目の著書となるのだという。

 学内でも優等生とみられていた高校二年生・鯉登あかりが、自宅で何者かに殺害される事件が発生。そしてその脇にはなぜか巡回していた筈の明瀬巡査の遺体があった。しかし二人の死亡時間は数時間ずれている。明瀬は鯉登家とは無関係のはずで、犯人の行動理由がよく分からない。あかりは妊娠しており、ポルノまがいの小説を執筆して、そのモデルと見なされる彼女の高校の司書・芳谷朔美とのあいだにトラブルがあった。その芳谷は事件当時は海外旅行中でアリバイがあった。一方、その五日前、安槻で相変わらずの生活を送る辺見祐輔が主催する飲み会にやって来た後輩・曾根崎洋が腹を刺されて死亡する事件が発生していた。目撃者の証言によれば、曾根崎は深夜に女性を襲おうとして持っていた刃物で逆に刺されたのだという。引きこもりからようやく立ち直りかけていた後輩による、しかも自宅とは全く無関係の場所での兇行。辺見はその行動に納得のゆかないものを感じ、捜査に訪れた女性刑事・七瀬からいろいろ情報を取ろうとする。

お帰りなさい、タック&タカチ。動機含め込み入った西澤本格は健在も二人の帰還が一番嬉しい
 前作の『依存』は仮にこのシリーズが完結したとして、最も重い内容&意味合いを持つ作品である(完結していないので、恐らく、だけど)。その『依存』の重さに耐えられなかった方も多いだろうが、本書はそこからの「救い」の要素が強い作品である。四人が登場するものの、四人の誰かに直接関わる事件ではない。そのため、事件は事件、四人の消息は消息としてそれぞれ別個の意味合いがある。タックやボンちゃんが推理しようが、事件そのものが他人の事件であれば、彼らはいつでも身を引くことが出来、傷付くことはない。(身勝手な論理なのだが、このシリーズにはそう言いたくなる重みがあるんですよ)。
 西澤流の本格ミステリは健在。ただ、タック&タカチのシリーズが執筆されていた十年近く前と、そこから現在に至るミステリとで微妙に西澤氏の作風が進化していることもあり、もしかするとシリーズだけを続けて読むと違和感があるかもしれない。意外な(ミステリとしてはよくあるものではあるが)動機をベースに、事件の真相が迷彩化されて判りにくく、奇妙に見えるようになっているタイプ。特に今回限りの脇役である鯉登あかりや、曾根崎洋といった存在が少しずつ明かされる過程がスリリングである。そして、そもそもある、その謎がボンちゃんの推理(というか記憶)と、同級生であった明瀬巡査の通夜に訪れたタックらによって、推測混じりながら蓋然性が引き上げられていく。正直なところ四人が揃ってアホほど飲む酒の肴に事件について推理するというパターンが読めれば……と思ってはいたのだが、それはまた次回以降にお預けですね。

 ミステリとして超絶というよりも、実は真相自体には無理矢理感があるものの、その無理矢理感を、西澤氏のセンスと作風(納得させ方?)にてねじ伏せてしまっている印象。 とはいえ、あくまで個人的にはミステリとしてどう、というよりも彼らが久しぶりに帰ってきた、という事実自体に喝采。西澤センセ、当然続きも構想をお持ちですよね?


09/10/16
愛川 晶「神田紅梅亭寄席物帳 うまや怪談」(原書房ミステリー・リーグ'09)

 『道具屋殺人事件』『芝浜謎噺』に続く、神田紅梅亭寄席物帳シリーズ三冊目。落語同好会出身の愛川氏に、ブレーンとして江戸落語の噺家・鈴々舎わか馬さんがついている(?)。書下ろし。

 真打ち昇進の参考にもなるという若手噺家による競演会。出演する噺家たちが眼の色を変えるなか、福の助は左甚五郎が登場する『ねずみ』を演ずることに決めた。師匠である山桜亭馬春に稽古をつけてもらうと、サゲで木彫りのねずみが喋るはずがない、と難題が吹っかけられる。馬春の真意は、そして異なるサゲを福の助は考えつくのか。やがて当日に。 『ねずみととらとねこ』
 福の助の妻・亮子の兄が遂に結婚することになった。しかし婚約者の父親と亮子の母親が結婚に対して積極的ではない。両親同士の顔合わせで、福の助の演じる落語会に訪れることになった。会場の都合で変更できない演目は『厩火事』。このネタにはそもそも落語嫌いの婚約者の父親を激怒させかねないある要素が入っていた。果たして福の助は……。 『うまや怪談』
 先のエピソードで福の助が謎解きをしてしまったことからご機嫌斜めの師匠・馬春。身体の不自由な馬春への詫びのため、鰹節で屋台をこしらえて福の助は千葉へと謝罪に出向く。なんとか馬春の許し得た福の助は、いつも馬春の世話をしているおかみさんの気晴らしを手伝うのだが……。 『宮戸川三丁目』 以上三編。

三冊目にしてクオリティをしっかりキープ。落語自体に謎を求め続け、解答を創り上げるセンスに感服
 このシリーズ、通常のミステリ以上に作品作りに相当手がかかるはずなのだ。そもそも、古典落語としての原型があって、その原型に対しての、現代視点からの疑問や問いかけがあって、その原作の矛盾点などについて解決を見出し、最後に舞台で演じるかたちで決着をつける――と書くとやはり簡単にみえるか。名作ミステリの真相に関する微妙な矛盾や疑問点を、別の作品の結末などで補う、というあたりが似た例だと思う。それを一冊ならとにかく、三冊分創り上げる苦労は想像するに恐ろしくすらある。
 同時に、主人公である寿笑亭福の助と、その妻・亮子を巡る人情譚にもなっている。 落語という要素を抜くと親戚や先輩後輩・友人たちが織りなす困ったできごとや、イベントを巡るドタバタ劇。そこもまたシリーズが巻数を重ねたことにより、周辺人物にも深みが感じられるようになり良い雰囲気が全体に漂っている。また、落語の紹介も巧み。決して本編をだらだら書くではなく、ポイントポイントのみを描写するだけで全体像がなんとなく判るようにしてある。この観点からは、落語という芸能への入門編という位置づけも可能だろう。本書をきっかけに落語に親しむという路線もありだと思う。
 落語に力が入っている分、ミステリとしての味わいは(頑張っていることは理解するものの)、やはり落語のテーマの部分に比べると若干弱い。が、手が抜かれているとか、適当だとかという意味ではなく、日常の謎であるがため、解釈という段階で終わってしまい、物語で補強するという方法が取らざるを得ない。この点は、純粋に謎解きミステリの視点から捉えた場合にマイナスになってしまう点は致し方あるまい。

 とはいっても、落語+ミステリの作品が最近、散見されるようになりつつあるなか、シリーズ一冊目同等のクオリティを保ち続けている点は評価できよう。落語とミステリが好きという方は必読、落語に少し興味がある、といった方が気軽に手にとってハマる、というのが理想像かな。


09/10/15
相沢沙呼「午前零時のサンドリヨン」(東京創元社'09)

 相沢氏は1983年埼玉県生まれ。聖学院大学中退。フリーのプログラマー。本書で第19回鮎川哲也賞を受賞してデビュー。

 健全な男子高校生・須川君が心を寄せている同級生・酉乃初。決して愛想が悪いわけではないようだが独特の雰囲気を持ち、クラスメイトと積極的に交わる様子もない。そんな彼女は実は凄腕のマジシャンで、放課後はレストランバー『サンドリヨン』で手品のアルバイトをしていたのだ。姉に連れられて出掛けた『サンドリヨン』で彼女の別の姿を知った須川は、酉乃初のことがさらに気に入ってしまう。学校の中で、勇気を出して彼女に少しずつアプローチをかけるようになった須川に対し、酉乃さんも少しずつ反応を返してくれるようになり、。頼めば、一日に一つだけマジックを見せてくれる。そんな彼らが図書館にある本の並びがおかしいという謎を鮮やかに解き明かす。『空回りトライアンフ』 その他、音楽室から消えた少女と机に残された三つのfの謎、テストの点数を事前に当てた占いが得意な少女の秘密や、学校で自殺した幽霊の謎……。酉乃さん自身はなぜ手品を始めたのか。彼女の中学時代の秘密とは。『胸中カード・スタッブ』『あてにならないプレディクタ』『あなたのためのワイルド・カード』 四つの連作にて綴られる物語。

べた甘連発のなかにある微妙な苦みと青臭さ。小説としての完成度は高い青春ミステリならぬ恋愛ミステリ
 なんとなく鮎川哲也賞という響きは硬派の文学賞のような印象がある。……が、これまでの受賞作にも日常の謎を扱った作品はあるし、また、佳作まで含めると「日常の謎」を扱った作品は更に多くなる。また、良質の作品を文庫化している創元推理文庫にしても、実は多数の「青春ミステリ」を抱えている。その意味では、創元のこれから、という意味ではこの作品が受賞すること自体はおかしくない。
 んで中身だが、本筋はボーイ・ミーツ・ガールの恋愛小説。 しかも草食系というか、ちょっと気弱な高校生男子が主人公にて視点人物なのでなんというか、読んでいて読者のこちらが気恥ずかしくなるような場面も多い。(特に思慮浅く、彼女を傷つけちゃう場面だとか)ただ、独特のユーモアが絡めてうまく処理してある(結果、漫画的に思えるところもある)。当然、鮎川賞なのでミステリではあるが、日常の謎にしてもライト級。謎解きの視点から唯一感心したのは、これまでの細かな伏線を回収して、意外な人物を犯人(?)に割り当てた『あなたのためのワイルド・カード』の事件か。そこに至るまでまでの謎解きが軽かった分、トリックではなく演出に力技が使われている点も意外な感じがした。
 本格ミステリの場合は、トリック(ないしミステリとしての要素)が凄いか凄くないか、とかで作品の評価が分かれるきらいがある。が、この作品に関してはその基準が通用しない。ミステリとしては決して凄くない。なら何が基準かというと、この本筋にあたる恋愛小説が好きか嫌いか。 こちらが重要なポイントのように思う。この観点で巻末の選評を読むとちょっと面白かったりする。

 東京創元社好みの恋愛ミステリ。恐らく男性よりも女性の方に支持される……のではないでしょうか。(むしろ一般小説よりもラノベ読者と言い換えるべきかも) また選者も絶賛していた通り、小説としてはかなり完成された領域にあることは確か。こだわりだと思われる一切マジックの種明かしをしていないところにも好感もてます。


09/10/14
福田栄一「狩眼(しゅがん)」(講談社ノベルス'09)

 福田栄一氏は1977年愛媛県生まれ。2003年に光文社から刊行された『A HAPPY LUCKY MAN』でデビュー。その後、多方面のジャンルに積極的に進出している。他に『玉響荘のユーウツ』『エンド・クレジットに最適な夏』『監禁』など。

 多摩川の河川敷で頭部をめった打ちにされたうえ、両眼が刳り抜かれた他殺死体が発見された。被害者は世田谷区に住む医師。財布は残されており、物盗り目的ではないと思われたが、怨恨による殺人なのか、通り魔による犯行なのか判らないまま、二週間が経過した。南多摩署の刑事課に所属する若手刑事の伊瀬もまた、この事件の捜査にあたっていたが、課長の水野から新たな命令を受けた。警視庁本部から来た戸垣巡査部長の便宜を図って欲しいというのだ。優秀な刑事だという触れ込みの戸垣だったが、愛想は最悪のヘビースモーカーにして、捜査本部を無視した捜査を行うためで伊瀬は振り回される。しかし、捜査にあたっては人が変わったかのように証拠や証言を集めてゆき、それまで誰も思いつかなかった着眼点から、徐々に事件の犯人像が絞り込まれはじめた。最初は反発していた伊瀬だったが、その辣腕っぷりを眼にするうちに戸垣の過去にも興味が湧いてくる。戸垣は兇悪なシリアルキラーを何度も追い詰めた実績があった。

「サイコ・キラー」VS「若手刑事&偏屈ベテラン刑事」の捜査小説ど真ん中を、最後にすかす
 若手でやる気まんまんの刑事。捜査のいろはは知っていて、それなりの自負はあるものの、思い込みや突っ走りがあり、ある程度ベテランが手綱を引いてやらないといけない……。本書の主人公の伊瀬もまたそんなキャラ。作者も無理にここで個性を出そうとはしていない。警察小説や、捜査を主眼とした小説であれば、どこにでもいるような存在だ。
 一方、大抵こういった若手刑事(主人公ではない場合もある)の相方は、渋いベテランと決まっている。(場合によっては更に自分勝手な名探偵とかいうケースもあるが)本書は、その部分は少しひねっている。一匹狼、若手の教育をする気などさらさら無く、出世欲もないかわりに、ぎらぎらと捜査に邁進する謎めいた刑事。 警察組織すら軽視するがその優秀さゆえに事件は徐々に詰めを迎えてゆく……。
 ここまでは本当にごくごく普通の警察小説。 むしろ平凡すぎるし、文章力が抜けて高いわけではないので中盤まで変化が少なく、あまりに普通過ぎる作品であった。
 だが、実は終盤に至ってぬけぬけと意外な仕掛けを作者は仕掛けている。 ここの判断が難しい。あまりにも意外、そして予想していないどんでん返しなので、驚くというよりも唖然といった感じなのだ。確かに矛盾はあるのだけれども、その犯人をここに持ってくるかー。個人的には、意外性を狙いすぎの印象の方がやっぱり強いかなあ。あと、プロローグで犯人による犯行シーンが描かれているので、サイコキラーの「犯行の理由」が明らかになったまま本筋が進んでいる。これは、実は不要かも、というのは、猟犬が犯人を追い詰める快感が、このプロローグのおかげで減衰しちゃっているように思うのだ。

 意外性があろうと、常道パターンに則った捜査小説という見方は、残念ながら変えにくい。警察小説がものすごい勢いで増殖している昨今、やはりもう一歩突き進んだ個性がなければ、シリーズを維持してゆく(気が作者あればだが)のはツライのではないだろうか。


09/10/13
赤星香一郎「虫とりのうた」(講談社ノベルス'09)

 赤星氏は1965年、福岡県北九州市生まれ。熊本大学工学部出身。本書で第41回メフィスト賞を受賞してデビュー。

 妻の由貴子に付き合って買い物に行く途中、小説家になるために勤めを辞めた赤井は、小学生の女の子から助けを求められる。少女は知らない男に追いかけられているというが、追ってきた男は少女の父親なのだという。赤井は訝しむが、由貴子やその場に居合わせた老人や、精悍な若い男は、父親を名乗る男の言うとおりと少女を男に引き渡す。しかし、後日に新聞でその少女・城山早希子が、男に殺されたことを知り、罪の意識を覚える。少女の葬儀に参列した赤井は、少女が「虫とりのうた」という奇妙な都市伝説に興味を持っていたことを知り、自分でも調べ始める。その少し前、赤井は法事で滅多に訪れたことのない妻の由貴子の実家に、息子の真樹男を伴って出向いていた。妻の実家・黒岩の一族は占い師の家系で、少し前の先祖には政財界にすら影響を与えた大予言者がいたというが、ほとんどの親戚は死に絶えているのだという。彼らは、赤井に何かを隠しているようなのだが……。

ホラーの「風味」が振りかけられた不条理小説
 様々な設定が多い作品だ。
 例えば、妻の一族が何やら暗黒じみた予言を行う家系であるとか、妻が息子を影で虐待しているとか、虫とりのうたという都市伝説があるとか、主人公が会おうとした人物が次々先回りして殺されるとか。物語が展開してゆくというよりも、次々と設定が登場しているような印象を受ける。一人称でありながら、全く感情移入できない不安定な主人公を中心に据えているため、メタ風味でのぐらぐら感が強すぎるからか。幻想小説と覚悟が決まって読むならば、これも「あり」ということもあろうが、どうにもどんな作品なのか判らないまま読み進める分には、この不安定感がそのまま物語のぐらつきのように感じられた。そもそも、幻想小説を目指すには文章力が追いついていない。
 手作りの予言と、手作りの設定。何やら、気付くと不条理で理不尽な展開のなか、追い詰められてゆく主人公。確かに焦燥感はあるのだけれども、そこに至る展開が不条理に過ぎて、何があってもおかしくない状態に読者も同時に陥っているので、むしろどんな飛び道具が出てくるのか期待して読むしかない。予言の通り、虫とりのうた通りに人が死ぬとして、その死をもたらす理由が、ホラー的にもミステリ的にも中途半端。犯人と目される人物が「どうやったのか」という点にツッコミ場所がありすぎる。
 そういう気持ちで読んだので、『この小説には解明されていない謎があれます。その秘密を気付いたあなたは、なぜ事件が起こったのか、本当の理由を知ることになるでしょう』 いや、解明されていない謎、ありすぎるんですけど。……。いや、悪意で取れば、なぜこの作品がメフィスト賞を取ったのか、すごく不思議です。まあ、作中で示されている巨人が、赤井本人に当てはまることじゃないですか(適当)

 メフィスト賞、時々すごい才能が飛び出してくるのだけれど、この作品については正直よく判りませんでした。赤星氏が今作以降、もしかすると凄い隠し球をお持ちなのかもしれませんが。


09/10/12
歌野晶午「密室殺人ゲーム2.0」(講談社ノベルス'09)

 2007年に、やはり講談社ノベルスより刊行され、物議を醸した『密室殺人ゲーム王手飛車取り』の続編にあたる作品。一応長編仕立てだが、連作短編集という見方もできる。各話の章題は古今のミステリの題名のパロディ。

 <頭狂人><044APD><aXe><ザンギャ君><伴道全教授>。前作で正体が明らかにされた筈の五人が再び、インターネット回線とビデオチャットを通じて一同に会している。彼らは推理ゲームのチャットメンバー。かといって創作した推理小説を披露するのではなく、実際に自分が考案したトリックを弄して殺害した事件を紹介して仲間に解かせるという趣向で集まっている。人を殺すこと自体に躊躇はないが、それ自体が快感なのではなく、実際にトリックを披露するのが楽しいのだ。そんな彼らのあいだで問題になっているのは東京都調布市で、女子大生殺害容疑で逮捕された専門学校生・阪本純人。彼は強盗目的等々いろいろ言い逃れをした挙げ句、実はゲームのために殺人を犯したと供述した。彼が警察に伝えた数字を、流出資料から入手した五人は阪本らが行っていた殺人王様ゲームの内容を説き明かそうとする『次は誰が殺しますか?』 続いてザンギャ君が披露するバラバラ殺人。脚と手が切り離され内蔵がぶちまけられた屍体が、屍体の脚がつっかえ棒となる密室で発見された。映像付きでの出題にメンバーは頭を悩ませる。『切り裂きジャック三十分の孤独』とまあ、こんな感じで続いてゆく

イマジネーション突き抜ける超絶鬼畜系本格ミステリでありながら荒唐無稽と言い切れない現代もまた怖い
 前作が刊行された年、本格マニア界隈で一定の話題を得た後にメフィストに再び彼らが登場したというニュースが走った――。その殺人ゲーマー・彼らが再登場するのが本作。本格ミステリとしての導入部にあたる「どうしてそのようなトリックを行わなければいけないのか」という部分を捨象できるという恐ろしい設定。それがこの「密室殺人ゲーム」シリーズの最大の特徴である。結果、本作も前作同様、いわゆるトリック系統の本格ミステリのネタが蔵出し状態で並ぶ。そのトリックも破壊力抜群である。普通のミステリだと「犯人はこんなこと必死でやらない」と切って捨てられそうなトリックも、他のメンバーを驚かせたいという熱意のもと実現させてしまう。結果、残虐・背徳・鬼畜な犯罪パレードの様相を呈していて、読後感という意味では最悪に近い。
 更に本作では前作にない設定がある。殺人ゲームが、インターネット等を介して世間に「伝播してゆく」という部分だ。99.9999%の人間の眉を顰めようとも、残りの0.0001%の人々が、このゲームを面白いと考えることで脈々と継続してしまう。一見、そしてそうあって欲しいのだが、この物語は荒唐無稽なようでいて、絶対にあり得ないと言い切れないところが恐ろしく怖いのだ。
 とはいっても、切断した両脚を利用した密室トリックにおける犯人の行動であるとか、絶対移動不可能と思われる大阪−神奈川の移動を果たした超絶アリバイトリック、及びその鬼畜な結末であるとか、密室内部で、部屋には無関係の脚の不自由な男性と、部屋の持ち主の恋人とが死んでいる、マンション全体が密室となった事件だとか――悔しいのだけれど、本格ミステリのトリックとしては魅力が高いのだ。また、この殺人ゲームが遊びだから、また、人間の尊厳を自分自身のものを含めて認めていないからこそ完成されるトリックがあり、当初の縛り(トリックの必然性)が必要とされない分、目新しく斬新な内容になっている点は認めざるを得ない。

 新奇なトリックに触れる多大なる興奮と、設定に対する微妙な自己嫌悪が同居する読後感。 ”黒”歌野氏らしい、ダークな味わいが強い、そしてインパクトも強い作品。万人には決して勧められないが、普通のミステリには飽きてしまった、新しい刺激が欲しいという方はとりあえず読んでおくと良いのではないでしょうか。


09/10/11
高城 高「函館水上警察」(東京創元社'09)

 高城高氏は1935年北海道函館市生まれ。'55年、日本ハードボイルドの嚆矢とされる「X橋付近」で『宝石』懸賞に入選してデビュー。その後も執筆を続けていたが沈黙。2006年に『X橋付近 高城高ハードボイルド傑作選』で復活。続いて創元推理文庫で『墓標なき墓場』を第一巻とする「高城高全集」全四巻が刊行された。その高城高氏が『ミステリーズ!』に2008年に発表した新作がまとめられたのが本書。

 明治二十四年。諸外国からの船が集まる新進の貿易港・函館に、一般の警察とは別に水上警察が設置された。外国語に堪能な署員や探偵が集められ、率いるのは米国に長年放浪した経験を持つフェンシングの名手・五条文也警部。街の人々にも親しまれる彼が、外国船絡みの事件や密猟、港に絡むさまざまな事件に取り組む事件簿。  禁制のラッコを密猟するアークテック号から銃声が。捜査の結果、船長が分け前で部下を射殺したものとみられたが、無実と思われる下手人が名乗り出てきてしまう。水兵が失踪し、水上賭博を検挙したところ情報漏れがあった。最終的にその水兵射殺事件は真相が明らかになりかかるが、強い外国からの圧力が……。 『密漁船アークテック号』 『水兵の純情』 『巴港兎会始末』 『スクーネル船上の決闘』 以上四編。
 函館に徴兵検査の手伝いに訪れた若き医師・森林太郎は当該地で発生したコレラの原因追及を命ぜられる。水上警察発足前の黎明期の貿易港・函館を描いた前日譚。 『坂の上の対話――又は「後北游日乗」補遺』 以上五編。

洒脱にして重厚。明治時代の函館が甦り、登場人物が躍動。歴史文学的にも成功作
 東京創元社刊行のハードカバーであるし、初出は『ミステリーズ!』だし、緩いかたちだとはいえ謎解き仕立てではあるし、ということで分類上はミステリになってしまう作品ではある。だが、醸し出されている風格や、簡潔にして的確な文体と、そもそも語られている明治時代の函館という空気などなど、全体として歴史文学、明治時代小説といって良いような作品である。
 もちろん、函館水上警察という、港湾の秩序を守る組織による一種の警察小説としての側面もある。明治期でありながら語学堪能な人々が登場し、外国人と対等の立場で丁々発止のやり取りをする展開、荒くれの船乗りたちへの毅然とした態度等々、主人公の五条ならずとも、港湾の正義を預かる組織人としての気風や、機転等々感心させられるところは多々ある。それでもなお、現代の記憶から喪われている「明治期の函館」という進取の気風に溢れた地域を様々な角度から描ききっている点により深く興味が惹かれるのだ。
 また、主人公の五条警部や、彼と微妙な関係にある港湾業者・龍動屋を率いる女主人・藤緒、函館を拠点に密猟を繰り返す英国人・アークテック号船長ペインなど、函館という舞台のみではなく、その地域が輩出/関係した人物もそれぞれ魅力的だ。主人公がサーベルの達人といった点、高城高の初期短編を思わせるしそもそも、だらだらしたところがなく結末もきゅっと締まった短編によって連作となっている構成もまた、初期作品の切れ味を思わせる。(その分、謎解き小説としては微妙ではある)。だが、不平等条約の下での必死の抵抗といった歴史的側面を正確に顕したものだとも考えられよう。
 番外編に相当する『坂の上の対話』にしても、水上警察シリーズとは別個に、函館に滞在していた時期がある森鴎外と、アーネスト・サトウとの関わり合いを描き、同時に連作の前日譚になっているところもユニーク。特にこの作品における、函館に唐突に現れた身元不明のコレラ罹患者の背景は、実は作品集内では最も大きなサプライズが込められている。

 数十年の時を経て、まだまだ高城氏の存在感は健在だという点、改めて確認させられた。執筆に中断期間があったと思えない筆の冴え。むしろ、その中断期間があったからこその物語なのかもしれないが。当時の地理や、艦船に関する記述も正確だし、ミステリ読者のみに限らず、広く一般文芸の愛好家の方にも親しんで欲しいと切に思わせる、充実した作品。