MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE 国産ミステリ・レビュー
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


10/02/20
湊かなえ「Nのために」(東京創元社'10)

 第29回小説推理新人賞受賞作品「聖職者」を含む、連作のデビュー作品『告白』で、いきなりミステリ界を席巻した湊かなえさん。本書は『ミステリーズ!』vol.33-37のあいだに連載された作品が単行本化されたもの。

 地方にある小さな島出身で大学入学を機に上京。夜中に清掃のバイトをするなど苦学生をしている女子大生・杉下希美。彼女の住む野バラ荘というオンボロアパートが大雨で一階が床上浸水してしまったことがきっかけで、彼女は同じアパートに住む作家志望の西崎、そして努力家の大学生・安藤と知り合う。安藤と希美は、沖縄にダイビング旅行に出掛けた際、一流商社に勤務して実家は資産家だという野口夫妻と出会う。夫妻と親しくなった希美と安藤は定期的に食事をする関係になるが、ある時期から奈央子夫人の様子がおかしくなる。希美の発案で、奈央子を元気づけるため、希美の高校時代の友人がアルバイトをしている高級レストランの宅配サービスを利用して、野口夫妻が住む高層マンションでパーティをしようということになった。そしてそれが十年前に起きた事件の発端であった……。

みんながみんな裏表があるクセ者揃い。彼らが感じる究極の愛のかたち、それは事件のかたちを取る
 デビュー作品となる『告白』以来、これまで漢字二文字の題名にこだわりがあったのではないかと思われる著者の初めての普通題名(?)作品。 ミステリの体裁を採ってはいるものの、各所で作者がこれはラブストーリーである旨を表明しており(本書の帯でもそうだ)、やはりこれまでの叙述系本格ミステリからの脱却が意識にあったのではないだろうか。
 ただ――個人的に本書に関する評価は微妙、というか難しい。まず、一応一番目立つ主人公の杉下希美(のぞみ)をはじめとして、その友人の安藤望と、西崎、希美の元クラスメイトの成瀬、野口夫妻(みんな名前にNが付きます。 野バラ荘も「N」だし、アパートの大家も野原という名字)。彼らのほとんどが、強烈な癖というか個性があり、性格に裏表がある人物ばかりというのが良くも悪くもポイントになっている印象なのだ。
 上記梗概にて述べているのは、どちらかというと彼らの表面上を捉えた結果としての事件。その事件の裏側に、一種淫靡で背徳的な罪の共有感覚があり、その裏の感情を踏まえつつ、物語の見え方の変化を楽しむことになる。ただ――、これまでの湊作品に比べると、ミステリとしての主題(狙い)が判りにくい。同時に、その強烈な個性を持つ登場人物たちの、その個性のアンバランスに足を取られる印象。妙に計算高いかと思えば世間知らず、プライドが高い一方で卑劣、愛情に飢えながら孤高を気取り、老成した感覚と未熟者の若者が同居しているかのような。読み方によっては「人間くさい」ともいえなくはないが、登場するほぼ全員がこれだけブレると読んでいるこちらが辛くなる。
 なので――力作である点は認められるものの、ミステリとして、特殊系恋愛小説として、どちらも中途半端になってしまっているような印象が強かった。 (もちろん個人的な感想だ――と逃げはうっておくが)。

 やりたいこと、試みと、ここまでの湊かなえさんの足跡とは絶妙にマッチしているとは思う作品。ただ、上述した通り、どこかバランスみたいなところで崩れてしまっている。その崩れを含めて愛せる読者であれば、もちろん支持に廻られるのだろうが。ただ、実力はこんなものではない筈だしネームバリューも確立している以上、もう暫く冒険してみるのも手のように感じられる。


10/02/19
飯野文彦「影姫」(角川ホラー文庫'10)

 改めて飯野文彦さんの略歴を調べるに、デビューは『新作ゴジラ』のノベライズで、'84年とある。ということは昭和デビューだったんですよね。本書は書き下ろしとなる長編作品。角川ホラー文庫ではあるが、ライトノベル系・半裸のお姉さんという表紙がかえってやらしい感じ。しかも帯でお尻が隠れているという芸の細かさ。(褒めてます)。

 東京の大学に入学したものの、人間関係がうまくゆかず、地元の沙希川学院大学に再入学した柘植真太郎。頭の中が下半身、というか奥手の童貞の癖に頭の中は女性とのセックスのことではち切れんばかり。大学で再会した高校時代のモテ系友人・鼓孝一が、学内で美女に気軽に声を掛けるのを、悶悶と指をくわえて見て、妄想を膨らませていた。しかし遂に、その孝一の計らいで、真太郎が憧れる放送部の玉木清美と、孝一の彼女・陽子、そして孝一の友人カップルの拓真と由香の六人で一泊旅行に出掛けることになる。しかし、その晩、拓真が不審な死を遂げた。孝一と拓真には、淫乱で強烈な色香を持つ美幸というセックスフレンドがいた。彼女はコトの最後に「浮気したら殺す」と言い残していた。また、清美や陽子の性格が急に変化し、情熱的に男たちに迫るようになる。一連の異常事態には、この地に潜む妖怪「影姫」が関係しているのか……?
エロでグロで下品。だけど飯野作品にしてはそれでも上品な部類かな
 草食男子が蔓延している現在、これほどの性欲と妄想力を持った男子学生を創造すること自体ホラーかもしれない……。 最近の薄く軽いキャンパスに、少なくとも表側には現れないタイプの男が主人公の一人。男も変態なら、妖怪が乗り移った女も変態。そいつらが妄想と現実でくっちゃんくっちゃん。しかも、童貞主人公の真太郎が、僕のセフレに何するんだってなもんで、彼女でも恋人でもなく、本当に身体だけが目当てという、なんというか意地汚い性欲を見せつけられているようで、あまり気分の良いものではない……という段階で恐らく飯野文彦の術中。「浮気したら殺す」という、まあありがちといえばありがちの殺し文句が、本当に言霊となって該当者を縛るという展開、加えてセックスという意味ではAV的? 演出過剰の異常性欲がポイントか。
 ただ、妖怪のくだり、人が死ぬくだり、全体的に中途半端。丁寧に描かれているエロ部に比べると妖怪の設定や退治の方法、どんでん返しに至るまでどこか足りない感じがする。特にラストは一応伏線があるとはいえ、どんでん返しにしても無理矢理感が漂ってしまい、読者への効果はかなり薄いように感じられた。
(想像ではあるが、飯野文彦さんが素でこういった作品を書いてくると、かなり凄いことになりそうで、そのあたりを角川書店というレーベルが押し返した、という図式があったのでは……)

 感動系の話や、ライトノベルらしいライトノベルも、その幅広い創作範囲に含むという飯野氏。もっとえげつない話でも当方は全然OKですので。上品なら上品に下品なら下品に突き抜けて下さった方が嬉しいです。ま、あくまで個人的な感想になってしまいますが。


10/02/18
黒田研二「極限脱出 9時間9人9の扉 オルタナ(上)」(講談社BOX'10)

 もともとはチュンソフトによる任天堂DS専用のサスペンスアドベンチャーゲーム。結構その評価も高いようだ。打越鋼太郎によるシナリオを、メフィスト賞作家・黒田研二と、新進気鋭のイラストレーター・西村キヌ(『新本格魔法少女りすか』とかの画家)により、斬新な解釈にて小説化! ということなのだが、当然ゲームの方をプレイしていないので、この小説が小生にとってはオリジナルです。

 就職活動がうまくゆかず苦しんでいた大学三年生・淳平。いつものように一人暮らしのアパートで寝ようとしていたところを、ガスマスクを付けた謎の人物に気を失わされ、拉致された。目が覚めるとどうやら巨大な船の中。扉に真っ赤な文字で描かれた「5」の文字と、腕に取り付けられたバングルにも同じ数字が。目覚めた一室が突然浸水しはじめ、見知らぬ別の男たちの助けを借りて、淳平は人心地つけるフロアまで、移動する。そこには淳平の他に老若男女ばらばらの人物が八人。それぞれが異なる、1〜9の番号が入ったバングルをやはり装着させられていた。淳平はそこで旧知の意外な人物と再会する。しかし、彼らは同じようにガスマスクを付けた男に拉致されたという点以外、年齢も住所もどうやばらばら。状況が飲み込めていない点は同じ。。「これからおまえにはゲームをしてもらう。“ノナリーゲーム”……生死を賭けた運命のゲームだ」 ガスマスクの男の声が響き渡り、9人は否応なく恐怖のゲームに参加させられることになる……。

上巻にして序盤戦か。先を読ませない緊迫感はあれど理不尽なゲームへの恐怖はまだ薄い
 9つの数字の組合せによって限定されるコースとメンバー。ルールを守らない人間に訪れる「死」。この"ノナリーゲーム"では、制限時間内にクイズを解き明かし、正しい組合せによって先に進んでゆくしか生き残る術はないようだ。大学生の淳平、そして小学校の頃の幼馴染みの茜(紫)ほかが、直面する死のゲーム。確認していないのだが、数字と数字の組合せによって進む道が限定されるというシステムは、ゲームプレイヤーは選択可能だったのだろうか。小説の場合は、いわゆるアドベンチャーゲームブック形式でもとらない限りは一直線にならざるを得ない。
 ただ、その一直線、選択肢が与えられない環境下、黒田研二氏はよくやっていると感じられる。船内で繰り広げられる頭脳戦の様子は精緻だし、登場人物たちの焦りの感情も文章から伝わってくる。表現できるところは表現しつくしているのではないか。ただ、無いものをねだるとするならば、この理不尽なゲームに突然参加させられることになった参加者の恐怖と焦燥をもう少し丁寧に描いても良かったように感じられた。紙幅の制限があったのであれば仕方ないのだが。

 とはいえ過不足無く登場人物のキャラに触れ、ゲームのルールを説明し、しかも途中まで進行しているゲームを描写している。とりあえず、上巻が終了した段階で物語からの退場者は名。しかしその退場者であっても何らかのトリックを用いて、再び表舞台に戻ってくる可能性は皆無ではない。もしかするといろいろ仕込まれているのかもしれないし、怪しい場面も多々あったのだが、現段階ではそこまで踏み込ませないようだ。いずれにせよ下巻を読み終わるまでは完全な感想にすらなりそうにないので、ここまで。


10/02/17
友成純一「幽霊屋敷」(角川ホラー文庫'95)

 (あとがきによると)朝日ソノラマからノベルスで刊行した『吸血山脈』以来、ほぼ三年ぶりとなる長編作品。東京から福岡に引っ越した時期にあたるそうだ。少なくとも本作に関しては、それまでに刊行されていた友成作品とは(良くも悪くも)毛色が異なっている。

 事業に失敗して父親が自殺、母親の実家を頼って熊本県の国見村に引っ越してきた高校生・正樹。都内進学高校への入学がふいになったが、徐々に僻地であるこの村にも溶け込んでゆく。この地では大昔から河童の目撃例が多く、正樹の祖母も河童について詳しかった。大自然が珍しく、村のあちこちを探検するうちに、村はずれで正樹は幽霊屋敷と呼ばれる、巨大な洋館を見つけた。村の人々は皆この洋館の存在を知りながら、何か聞かれるとすぐに口を濁してしまうのだ。しかし、村の周辺で若い男女の誘拐・失踪事件が相次ぐようになりはじめると、資産家の一族がその洋館に住み始めた。正樹の高校の友人・嘉晴によると、この洋館には正樹たちと同じ高校に通う、とてつもない美人が暮らしており、嘉晴は別の友人と幽霊屋敷の内部にまで招かれたのだという……。正樹の周辺で事件が相次ぎ、遂に嘉晴までもが失踪してしまった。果たして洋館に隠された秘密とは……?

ホラー小説として実に普通。その普通さゆえに歪みが目立ち、何やら瑕疵だらけにみえる不幸作
 小生の頭のなかでは、友成純一氏は読者を困惑させるようなスプラッタやB級ホラーを描く作家……なのだが、少なくとも本作はそういった感触を得られなかった。あとがきによると「書き下ろし長編作品は三年ぶりで、いろいろ苦労しながら書いた」作品だとある。何がいいたいのかというと、友成氏の作品群のなかでは珍しく、ものすごく普通のホラー小説、なのだ。……普通過ぎて、どう説明しようか困るくらい。
 九州の奥地にある田舎町とはいえ、そこそこ都会の八代市ともほど近いある地域。昔から河童伝説があり、また主人公らが通う学校には学校で伝説がある。ただ、本質的には田舎町のさらに奥地にある幽霊屋敷に籠もって人体実験を繰り返している家族の栄耀と破綻がテーマ。 主人公は高校生だが、本質的に恐怖に巻き込まれるのはそれぞれ別に役割が与えられた登場人物。視点も概ねその高校生のものだが、恐怖のポイントになると、その割り当てが歪んでゆく。
 この作品の内部でも両刃の剣となるのが、幽霊屋敷内で繰り広げられている実験だろう。その目的はむちゃくちゃ、過程もむちゃくちゃ、周囲に与える迷惑もまたむちゃくちゃという人体実験。普通の読者なら引くような展開。その一方で、熱心な友成読者は喜ぶことは喜ぶだろうが、その中途半端なインパクトに困惑するのではないか。巨大河童の瞳の奥には漆黒の宇宙空間が拡がっていて、ぱくっと人間を丸呑みしちゃう……とか。(うーん、怖いというよりも笑うところ説明しているようだ)。いいのだけれども。

 比較的入手しやすい友成長編ながら、その出来の中途半端さゆえに初心者には勧めにくい。ある程度友成純一を読み込んだ後で「ああ、センセ苦労してはるなあ」(別に関西弁でなくとも可)と、思いを馳せるための作品です。


10/02/16
高田崇史「カンナ 戸隠の殺皆」(講談社ノベルス'10)

 高田崇史氏による”歴史アドベンチャー”である「カンナシリーズ」も遂に五冊目に突入。今回はじめて気付いたが、どうやら副題最後の漢字がそのまま九文字(「臨兵闘者皆陣列(裂)在前」というやつ。)が当てはめられている。そう考えると殺皆というのはかなり無理がある言葉に見えてくるから不思議。

 出賀茂神社に伝わる『蘇我大臣馬子傳暦』を持ったまま、逃走を続ける早乙女諒司。前作で再会を果たしたものの、手ひどい裏切りにあった甲斐は、それでも諒司の言葉を頼りに、今度は戸隠へと向かった。例の如く、貴湖と竜之介、そして忍者犬・ほうろくを連れての旅は、今回は竜之介の出した自動車。しかし、長野の山中でひどい霧に巻き込まれて身動きが取れなくなり、山の中にひっそりと建つ、隠岩戸宮という神社にて一夜の宿を借りることになる。宮司らの様子が微妙におかしいことに引っかかりながら三人は本堂で眠るが、深夜に甲斐は宮司らが異常に巻き込まれていることに気付く。宮司らの住居はもぬけの殻となっており、現場には血痕が残されていた。宮司の家から続く抜け穴を探るうちに、甲斐たちは正体不明ながら、相当に手練れの複数の忍者に襲われた。貴湖と竜之介、そして甲斐と二手に分かれた彼らだったが……。

忍者・陰謀・謎解き・戸隠の天岩屋戸伝説。どれも興味深くも全体のバランスが微妙
 元よりノベルスながら一段組で改行も多く、読みやすい文章ながらその反面物語自体も軽めになりつつあるという懸念が。甲斐や貴湖らが旅行を重ねるうちに、忍者としてのレベルがパワーアップし、戦闘シーンが徐々に濃密になっていくあたりは許容範囲。むしろ彼らの冒険が進むうち、敵方・味方プレイヤーや勢力が冊数を重ねるごとに着々と増加しながら、それぞれがどうも有機的に絡み合っていないようにみえる点が第三者的に危惧している。
 加えて微妙な違和感としてあるのは、情報戦にしても肉体的な戦闘にしても、能力が高いと思しき甲斐の父親と、貴湖の父親が、甲斐と貴湖を送り出したあとどうも「のほほん」とし過ぎているようにみえてならないこと。息子娘の正体を知らない普通の親ならとにかく、設定からいえば彼らも黒幕の一端を担うはずで、そうであるならば、それなりの危険予知等あっても良いのに……。都合五作、甲斐と貴湖はどこかに行く度に敵との戦いに巻き込まれているわけで、いいんですかお父さん。
 もう一人、こちらは読者的に凄く気になる。わざわざ鴨志田家に訪問しては「貴湖と旅行に行っている」と聞かされる、甲斐の幼馴染みにして婚約者・海棠聡美。 結婚前、まだ婚約者でありながら甲斐に対して恨み言を述べるでもないのだが、淡々としながら舌なめずりしているかのような静かに燃えるような嫉妬(か、もしかすると別の感情)が、ぞわりぞわりと読者の心の隅っこに浸透してゆくのが強烈。本書どころかシリーズ全体を通じてみても、感情、という意味でもっともインパクトに残るのは、もしかしたら不思議で不気味な聡美の態度かもしれない。
 今回の戸隠の伝説に隠された秘密。これはこれでユニークだと思う。が、扱いもまた軽い。問題の本質はむしろ『QED』の方で繰り返し述べられているのでそれほど繰り返さないのか。

 ここまでアドベンチャーの要素が強くなってしまうと、『QED』が大好きという読者層全体からも支持を受けるのは微妙に難しくなってきていると思う。もしかするとむしろ『QED』を読んだことがない、というクラスの読者の方が物語への親和性が高いかもしれない。いずれにせよ本書単体で読むのはちと辛く、シリーズを順に読む人のための作品です。


10/02/15
中山七里「さよならドビュッシー」(宝島社'10)

 第8回『このミステリーがすごい!』大賞受賞作品。投稿時の題名は『バイバイ、ドビュッシー』。

 ピアニストを目指して、音楽専門の私立高校に進学した香月遥。祖父はその地域を代表する成金で頑固者の祖父、真面目な銀行員の父親、少し口うるさいけれどもよく気のつく母親、そしてインドネシアの大地震によって孤児となった帰国子女の従姉妹らと共に幸せな暮らしを送っていた。両親が不在だったある日、火事が発生して祖父と従姉妹が火に巻かれて死亡、自分自身も全身の皮膚移植が必要な大けがを負った。手術は成功し、遙は、天才ピアニスト・岬の助力を受けながら、再びピアノの道へと戻り、不自由な身体に苦しみながらも、常人以上のセンスを発揮してゆく。ピアニストとして成功することが死んでいった者たちへの鎮魂でもあり、そして遙自身の望みでもあるのだ。露骨に彼女を商売のネタにしようという学校、そしてクラスメイトたちによる陰湿ないじめ、そして次々と彼女に襲いかかる不幸な出来事。果たして発生している事件は事故なのか、何者かによる連続殺人なのか――。

瑞々しい音楽ミステリとしての表現力に加え、本格ミステリとしての微妙に狂おしい美しさあり。
 読んで少し時間が経過しているため、この文章を書き始める前に他の方の感想を幾つか眼にしている。そこで気付いてしまったのであえて書くが、ある程度クラシックやピアノなど音楽が判っている方は、本書に出てくる曲目がコンテストとマッチしてないといった指摘をされている。それはそれで、「恐らく御尤も」なのだろうが、小生全然そのあたりは判りません。ただ、自分のなかで確信しているのは、この作者、新人でありながら音楽そのもの、そして音楽から得られる感動や情動を活字で表現することが目茶苦茶に上手であるということ。音楽そのものはとにかく、この表現力が素晴らしい。
 音楽が深くエンターテインメントに関わるという作品は、先行して幾つもあるのだが、そういった作品群のなかでも、特に感動を伝えるという能力に関しては最高レベルに肩を並べている。まさに、極上の「読む音楽」だ。
 そして、もう一点、これも個人的ながら感心した点がある。というのは、発生するある事件について、見方によってはバカミスともいえるくらいのシンプルな構造に、全てが奉仕しているというミステリとしての構造だ。ネタバレになるので詳しくはいえないのだが、序盤に感じる設定上の違和感。そして、一連の連続殺人のなかで、もっとも違和感というか動機があるようなないようなという殺人事件。この殺人事件が実はサプライズとしては非常に重要であり、その事件の原因となる悲しい動機・きっかけもまたうまく描き出していると思うのだ。その結果、発生するラストの切なさも味わい深い。

 今回の『このミステリーがすごい!』大賞の最終候補に二作が残ったという実力者。本書も、受賞後の加筆修正が加わったものだとはいえ、なかなか高い完成度となっているように思われた。(という感想も、自分好みのトリックゆえに甘めにみてしまうところがあるからかもしれないが)。ただ、比較的広い層に普通に読んでいただける作品というところ、そう間違ってはないだろう。


10/02/14
道尾秀介「花と流れ星」(幻冬舎'09)

 今や押しも押されぬ人気作家の仲間入りを果たした道尾秀介氏の、そもそものデビュー作品にあたるのが(今はも無き)第5回ホラーサスペンス大賞の特別賞を受賞した『背の眼』である。その探偵役らが所属する「真備霊現象探求所」が登場する二作目が『骸の爪』。そして本書が初の短編集でもある三冊目に相当する。

 道尾、真備と凜は三人で海辺の街に一泊旅行に出掛けた。その夜、飲み物を買いに外に出た凜は、窓辺で一人ラジオを聞く少年と出会う。彼が語るのは、不可能状況下からの犯人脱出が行われた殺人事件の謎……。  『流れ星の作り方』
バーで奇術師を名乗る男にトリックが見破れるかどうかの勝負を挑まれた真備と道尾。彼のいう事件における、アリバイは完璧のように思われたが。 『モルグ街の奇術』
道ばたで子猫を拾った少女二人。うち一軒家に住む一人が猫を持ち帰るが母親に叱られ、家の近くのゴミ捨て場にやむなく置き去りにする。そこにはカラス。子猫はいなくなり血痕が。 『オディ&デコ』
真備の探求所に遊びに来ていた道尾は、しつこい相談者でも美女に対し、真備の振りをして応対。気付くと彼女の所属する宗教施設に連れ込まれ、そこで「奇跡」を見せられた。 『箱の中の隼』
自宅で行っていた発明研究に夢中になるあまりに孫娘を死なせてしまった老人。彼は孫娘に謝りたいといい、ぱっと見た目には少しずつ元気を取り戻したようにみえたのだが。『花と氷』 以上五編。

これほどとは。小説としてレベルの高い、このシリーズのベースがユーモアであったことを再確認。
 妻を喪ったことから霊現象の存在を希望する所長・真備庄介。彼の亡くなった妻の妹で探求所のアルバイト事務員である北見凜。そして、真備の大学時代の同級生にして、凜に淡い思いを抱いている現在はホラー小説作家の道尾。この三人が主人公となる――って、久しぶりすぎて本書を読み出すまでこの三人のこと、思い出せなかった。理由のひとつが、前作から比べて間があきすぎているというもの。そしてもう一つは、勝手な思いこみで、道尾氏の場合そうシリーズ作品へのこだわりがなく、むしろ作品毎に物語にもっとも相応しい主人公や背景を当てはめていくような印象が強くなっていたから。
 表題作ということもないが、恐らく作品集の題名の一部となっている『流れ星の作り方』。 本作のうちミステリとして一番優れているのが、恐らく本作。謎めいた少年が提示する、少年が巻き込まれた殺人事件の謎。犯人はなぜ脱出することができたのか。答えに至る論理はスリリングでありながら、少年が提示した解答はもの悲しく、そして悔しいけれど道尾氏らしい強烈なサプライズでもあるというところが特徴だった。
 作品は徐々に本格ミステリっぽさを薄めてゆき、サスペンスがベースになっていく。 強烈な驚きは得られないものの、残りの作品からは手堅さが感じられるようになる。(ついでにいうと、全体的に柔らかさ、温かさを増してゆくようにも思われた)。ただ、作品の発表された順番は実は収録順と異なっており、『ポンツーン』二〇〇五年四月号に発表された『花と流れ星』から、『モルグ街』『隼』『花と水』と続き、一作『オディ&ネコ』が最後(『パピルス』二〇〇九年六月号となっている。序盤に本格ミステリっぽさを強く漂わせている一方、段々と人間ドラマ的な側面も強調されてきているようにみえるが、これもそのまま道尾氏の作品内容の遍歴に繋がるはずだ。
 また、このシリーズについては真備、凛、道尾の三人で繰り広げられる緩いギャグの応酬なども、実は非常に重要な役割(作品内部のテンションコントロールとか)を果たしている。こういった緩い狂言回しは、長編書き下ろし中心だとなかなか出てこないように思われるので貴重。

 やはり、巧い。小説やミステリとしての技巧が凄い作品は凄いし、一方で人間関係が創り出す温かさといったところにまで手が回るようになってきている。年ごとに作者が成長続けているのかもしれない。


10/02/13
広川 純「回廊の陰翳(かげ)」(文藝春秋'10)

 『一応の推定』にて第13回松本清張賞を受賞した著者による三年半ぶりの新作は、そのまま受賞後第一作。

 京都市内の琵琶湖疏水にある墨染発電所で、K宗の総本山・瞭明寺の宗務省に勤める木本英哉という若い僧侶の水死体が発見された。英哉はマジックマッシュルームと思しき薬物を摂取していたといい、彼の住んでいた寮からも同様の薬物が発見された。英哉はもともと水泳が得意であり、性格的に薬物摂取が信じられないという親友・蜷川賢了は、共通の友人の濱中祐介、そして大学卒業以来、微妙な関係にある女友達・野々村円と共に、英哉の死を調べ始めるが、すぐにK宗から事件再調査に対する強烈な横槍が入る。一方、英哉の一件を担当し、状況を賢了らに説明してやった伏見東署の森刑事は、瞭明寺に安置してある国宝級の秘仏が、ある不動産業者に売却されたというタレ込みを受ける――。事件の関係者が重なっている点に森は気付き、慎重に内偵を開始した。

京都・仏門のリアリティには文句なし。社会派&ミステリ、双方での新味が欲しい
 京都地元の方々には申し訳ないが、京都オリジンの人たちの文化的に継続している、排他性やわかりにくさ、上から目線といった種々の仕儀は今に始まったことではない。本書でも、そういったところは確かにうまく描けているとは思う。京都は作者の出身地ということらしいので、内側からの京都ということになるのだろうか。内側から書いているにしても、その京都地元民の方々に対して、それ以外の人々が持つ「得体の知れ無さ」といった点、非常にうまく表現できている。
 加えて、葬式仏教の腐敗、美術品の転売、宗教者のビジネスの裏側といったところも、よく描けている。墓地開発に直接寺社が絡んでいないなど、「ほぉ」と感心させられるような、本作を読んで初めて知るような知識も幾つかあった。
 ただ、ミステリとしての筋書きだけを抜き出すと、些か弱い。 親友の死に疑問を持って、その真相を調べ始めるという発端については、この手の系統では定番なので仕方ないとはいえ、その後の展開や、真犯人、組織内の腐敗といったところに意外性が無さすぎる。イチョウの葉が導く真相もパンチが弱いし、新聞記者の死に関するトリックは、物理的ではあるもののイメージが湧きにくく、殺人方法として共感しにくい。改めて考えても、弱い。
 そして、もう一つ。充実したリアリティを構成した段階で。作者が満足してしまっているようにみえるところも弱い。今更、組織があるところに腐敗があるのは(宗教法人なら尚更)読者にとって意外でもなんでもないし、では仏教の在り方に踏み込んでいるかというと、そもそもの教義が架空なだけにとってつけた感が強く、ありきたりな結論になっていると思う。少なくともセレモニー仏教を本作では否定しきれてないし、現代日本における仏教の在り方について建設的な何かは感じられなかった。(社会派を標榜している作品なので、この点はあえてキツイ言い方をしていますが)

 知恵も行動力も微妙に中途半端な主人公に比べ、活発なヒロインはいい味を出しているし、上述している通り、リアリティという意味では全く文章力に問題無し。このまま社会派でゆくならばテーマに一工夫は必要だし、またエンターテインメントの一ジャンルとしてのミステリに作者が何を求めていくのか、このあたりが読者が追随するかどうかのキーのように思う。


10/02/12
朱川湊人「ウルトラマンメビウス アンデレスホリゾント」(光文社'09)

 ウルトラマンメビウスの準オフィシャルクラスの格付けか。2006年から放送が開始された『ウルトラマンメビウス』の全五十話中三話、ウルトラマン好きが嵩じた朱川湊人氏が脚本を担当しているのだ。本書は、そのテレビシリーズの脚本・設定に、新キャラクタなどを加え小説化した作品。『ジャーロ』二〇〇七年春号から二〇〇九年夏号まで十号にわたって連載されていたもの。

 怪獣が頻繁に訪れていた二十五年以上前。そして現在に至るまで地球上に張り巡らされたバリアの効果などあり、兇悪な宇宙人や怪獣が地球に現れることはなかった。しかし、最近になって再び地球は怪獣や宇宙人の侵略に晒されるようになる。かつての地球防衛組織は今現在は無くなっているが、CREW GUYSと呼ばれる防衛組織が連携して地球を守っていた。そこに見習いとして学校から派遣されてきたハルザキ カナタ。彼は父親を宇宙人の襲撃によって宇宙で亡くしており、宇宙人に対する不信感を持っていた。カナタは隊員のうち、ヒビノが実はウルトラマンメビウスであることを他の隊員から知らされたものの、やはり反発を解くことが出来ない。しかし、そんななか宇宙からの怪獣や、宇宙植物、そして宇宙人が次々と地球上に現れるのであった。『魔杖の警告』『ひとりの楽園』(本編・第40話)、『無敵のママ』(本編・第39話)、『怪獣使いの遺産』(本編・第32話)、『幸福の王子』 以上五編で緩やかな長編を形成する。

ウルトラマンだけでなく世界観に連続性を持たせることで生まれた、味わいの深み
 いってしまえば、別に朱川湊人氏が偉いということではないのだが、そもそも『ウルトラマンメビウス』というテレビドラマはウルトラマンシリーズ誕生40周年記念作品。従来のウルトラマンシリーズの作品世界からのからの連続性が保たれているという点が、個人的にはシリーズ最大の特徴なのではないかと思う。(放映期間当時は、数話しかまともに観ていないことが悔やまれる……) 過去に登場した宇宙人は、一回限りなのか(つまり、別の舞台や個体が地球を訪れることはないのか)といった、子どもの頃に感じていた漠然とした不安を、逆に改めて作品世界に応用してしまう点が素晴らしい。 実際のドラマでは、別のウルトラマンが出てくるだけというようにも受け取れたが、作品の根底には、例えば現在ウルトラマンと共に地球を守る組織はGUYS JAPANという名称だが、あくまでこの組織はかつての科学特捜隊から始まる一連の地球防衛組織の後釜として存在している。また、過去に地球に現れた宇宙人や怪獣たちもまた、この「メビウス」世界では歴史の一部なのだ。実際、メビウスはこういった設定を巧みに利用した脚本で物語を盛り上げていたように記憶している。
 さて、朱川氏が書いた三つの物語。プラス、プロローグ代わり、エピローグ代わりの怪獣たち。文章はもとから正確な方なので心配ない。そしてウルトラマン世代であることを最大に活かした物語作り。あまりにもしっくりきてしまっていて、朱川氏のオリジナルであることを忘れてしまいそう。(なんかノベライズされた作品のようにすらみえるくらい)。
 もともと意外性を求める作品ではないものの、怪獣の性質や宇宙人との対話等々、様々なところに朱川氏が考えたであろう設定と元からの設定が混じり合っていて落ち着いている。とりあえず、上手だとしか。

 ただ、もうひとつ確実にいえるのは、本書はテレビドラマの本編を見ていない人であっても、この小説は小説で愉しむことが出来るであろうということ。熱心なウルトラマンファンでも、本作になかなか問題は見いだせないのではないだろうか。あと、本書の主人公を務めるハルザキ カナタはオリジナルキャラクタ。なのだが、この後、メビウスの外伝『アーマードダークネス』にて、本編同様の新人のCREW GUYSとして登場しているらしい。深い。(深いのか??)


10/02/11
畠中 恵「いっちばん」(新潮社'08)

 いわゆる「しゃばけ」シリーズの一冊で、ビジュアルストーリーブック『みぃつけた』を除くと七冊目となる単行本になる。『小説新潮』二〇〇七年十二月号から二〇〇八年四月号にかけて順不同で発表された作品で、ただ一つ『ひなのちよがみ』のみ、『yom yom』第六号に発表されている。

 栄吉が修行に出てしまい、気晴らしのなくなった若だんな。妖怪たちが気を利かせて、若だんなの気晴らしになるようなお菓子や品物を自分こそ見つけてやろうと、競争みたいになってしまう。 『いっちばん』
 若だんなの廻りにいる妖怪は普通の人の眼には見えないはず。しかし、街の噂では家鳴を探している人物がいるらしい。一方、長崎屋に対して、南蛮渡来の品物商売でライバルになりそうな店が江戸に登場する。 『いっぷく』
 人の世とは少し離れたところで発生した、天狗と狐の微妙な諍い。その諍いのとばっちりを受けて、なんと若だんなが天狗によって自宅から誘拐されてしまう。若だんなは自分の機転で釈放してもらおうと天狗に勝負を挑むのだが……。 『天狗の使い魔』
 菓子作りの修行に出ている栄吉だが、修業先でもなかなか菓子作りの腕前は上がらない。そんななか、拾われるようにやって来た味の分かる後輩に少しずつ栄吉はバカにされるようになって菓子作りの情熱が薄れてゆく。 『餡子は甘いか』
厚化粧で有名だった白粉屋のおひな。家が火事に巻き込まれたことをきっかけに厚化粧を止めざるをえなくなったところ、モテ状態に。婚約者の正三郎はその状態が気に入らない。 『ひなのちよがみ』 以上五作品。

シリーズとして継続していること、が最大重要ポイントか。ファンを喜ばせる一冊
 よくも悪くも、ファンタジーノベル大賞は結構受賞者が後に泣かされている賞……という側面がある。つまりは、大賞や優秀賞を首尾良く射止めても、なかなか続編が出せない、出させてもらえないという作家が多いようなのだ。本書ももちろん新○社だが、ファンタジーノベル大賞出身者の二冊目が、必ずしも○潮社ではなかったりするところや、一冊限りで続編がない作家がかなりの数いることも、その傍証となろう。
 そんななか。
 よくぞこれだけシリーズが続いているもの。 というのは、やはり販売すると利益の方が大きいというシンプルな理由となるのだろうけれども。とまあ、何がいいたいのかというと、シリーズ七冊目となる本書の評価、内容のみを取り上げると、かなり微妙になってくるから。つまりは、物語としての盛り上がりはパターンとしてこれまでの作品と似た部分があったり、意外性を引っ張ってくる要素がほとんどなかったりと、語弊を恐れずいうならば物語として、そして作品集としてもシリーズ平均と同レベル。 つまり凡庸な一冊なのだ。
 ただ、ここまで続いたシリーズであるという強みは、逆に遺憾なく発揮されている。例えば、修行に出たまま、実家のそばには寄りつかないという栄吉のその後。過去に色っぽいことに発展するか? という期待を湧かせた、白粉屋の厚塗り娘のその後。さらには、ある作品で若だんなと苦労を共にしたある人物が登場する――といったかたちで、これまでのシリーズに登場した脇役をうまく再利用している。 この結果、一連の物語世界が連続して、さらに補強されてといった感覚が強くなってゆく。もちろん、家鳴ほか、レギュラーに近い妖怪たちの行動にもユーモアがあるし、人によっては家鳴の可愛さだけでOKという場合もあるかもしれないし。

 個人的には、先に述べた通り、あくまでシリーズ内での標準レベルという評価だが、上記のような理由で多くの読者が読み続けているという理由も理解できる。縮小再生産にならない微妙なバランスにて、シリーズを引っ張り続けられるのも、それはそれとして大きな才能ではないかな、と思うのだ。