MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE 国産ミステリ・レビュー
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


10/03/20
乾 ルカ「メグル」(東京創元社'10)

 2006年、短編「夏光」にて第86回オール讀物新人賞を受賞し、翌年同作を表題作とした短編集を刊行して単行本デビューした乾ルカさん。本書は『プロメテウスの涙』に続く、三冊目の著書。最後に位置する表題作が書き下ろしで、残りは頭から順に『ミステリーズ!』vol.28、vol.31、vol.34、vol.35が初出。

 北海道にあるとある大学の学生部厚生課奨学係には、美人ではあるが足を少し引きずる以外、取り立てて特徴のない女性職員ユウキ(悠木)さんがいる。その壁には大学を通じて斡旋される短期アルバイトが貼られるが彼女はその担当だ。大学の学生が、アルバイトを求める学生、たまたま通りがかっただけの学生に対し、タイミング良くユウキさんが声を掛ける。「あなたはこれよ。断らないでね――」 その結果、学生は不思議な体験をすることになる、というのが全体の共通点。
 亡くなった遺体にある兆候があると『引く手』となり生きている人を引くという。その引きを防ぐために、一晩中死体の手を握りしめておくというアルバイト。 『ヒカレル』
 銀行員だった父が倒れ、命は取り留めたが麻痺と言語障害が。父親が入院していた病院に良い思い出はないのだが、その売店での品物入れ替えのアルバイト。 『モドル』
 家族で海外旅行に行くという金持ち一家が残していったペットに二週間にわたって肉を与えるというアルバイト。ユウキさんは止めたがっていたのだが……。 『アタエル』
 マンションに招かれ、本職のシェフばりのフルコース素人料理を食すというアルバイト。食後の依頼人に頬ずりされるというオプションあり。 『タベル』
 賃貸されている一戸建ての大きな庭。冬モードで手入れされていたその庭を春に向けて整え直すアルバイト。今年で彼にとっては五回目。 『メグル』 以上五編。

ミステリとホラー・ファンタジーの幸福なハイブリッド。ブレンド加減を選ぶセンスが抜群
 これまでは結構グロテスク(細かな描写とか)だけれども、センスの良いファンタジーとミステリのハイブリッド系を持ち味とする作品を生み出してきた(と個人的には解釈している)乾ルカさん。今回の連作は、そのグロテスクさの方の片鱗は『ヒカレル』『アタエル』あたりには、さすがにちらちらと見え隠れしています。ですが基本的には、人間の気持ちや人生のなかで欠落してしまった何かを、不思議なアルバイトを通じて改めて拾ったり、埋め合わせるという――ちょっと不思議で優しい物語。 すこし強引で、クールな美人で、どこか謎めいたユウキさんの個性(魅力とは少し違う)と、アルバイトを押しつけられて戸惑う学生たちのコントラストが、どの作品も入り口の風物詩のようになっているところが微笑ましい。そして、その後の展開を一切読ませない物語作り。作品ごとにどこに連れて行かれるか分からないという楽しみと、ほんの少しの怖さが大きな魅力となっている。
 続編が予定されているのか、そのナビゲーター役のユウキさんに関しては、断片的な情報しか出てこない。ただ、彼女の持つ特殊能力(予感ともいう)がアルバイトを割り振られる学生の人生を変えてゆく。(これも、彼女の制止を振り切って無理矢理にアルバイトに出掛けていくことになる『アタエル』は例外)。そしてその体験談がいちいちユニーク。
 その展開は自由奔放、悪くいうと現実糞食らえ。単純にミステリだとかホラーだとかファンタジーだとか、ジャンルとして割り切れる内容ではない。 だけど本書に関しては、幾つも巧い! と唸るところがあってどこから紹介しようか贅沢な悩みを感じるところだ。
 最初の『ヒカレル』でいうと、ベースとなる着想と、その着想を活かす伏線が張られ、展開にて活かされているところ。そもそもの『引く手』という怪異の発想が凄いし、その亡くなっているのにとぼけたお婆ちゃんという演出はひたすら巧い。彼女が突如豹変した際の怖さったらありません。 その一方で、この大学生がなぜこの仕事に向いていると言われたのか――という理由と、その種明かしの描写がまたまた凄まじく巧いです。
 続いて『モドル』。これはミステリとしてまず良い。だけどきちんとしていた父親が病気の結果、思った通りに身体が動かないというストレス、それを周囲にぶつけ、ぶつけられた方、その家族……とストレスが周囲に展開してゆく心理描写がめちゃくちゃにリアル。 ハッピーエンドに至るまで、その過程における陰鬱で沈鬱で、暴力的ですらある描写のなんともいえない緊張感の演出が上手。本作がもっともミステリ的だと思うし、実際はそんなことはないのだとは思うのだが、ある場面において単にくっつくだけではなく、細っているという描写の妙にはひたすらに感嘆するしかない。
 『アタエル』は、一転して強烈なサスペンス。まさか、そんなことはないよね……という展開のなかで発揮される意外性、そして全体を覆う「厭」感覚が凄い。 いいハナシ集じゃなかったの? という作品集に対する裏切りを真ん中に持ってくる大胆さも素晴らしい。
 ……とまあ、トータルで何が凄いって収録作品ごとに「褒めるべき場所が違う」という事実。 ミステリならば、短編ごとに凝ったトリックが、とか、ホラーであれば異なる興趣の怖さが並ぶ……といったある意味では分かりやすい作品集ではないのだ。

 ある人が、デビュー作を読んだ段階でこの作家の才能は凄いと断言していたが、ここまでくると全く否定できない。個人的にはグロ抜きのステキな作品でも「凄み」を発揮できる作家であることが証明されている点に更なる興味を覚えた。ここまでの作品が多少地味ではあるが、何かをきっかけに恐らくこの乾ルカ、大ブレイクする時が来ると思う。


10/03/19
至道流星「雷撃☆SSガール」(講談社BOX'09)

至道氏は1976年生まれ。会社経営の傍らライターや漫画原案など幅広い分野で活躍している。本書で第7回講談社BOX新人賞・流水大賞を受賞してデビュー。本書の続編扱いになるのか『神と世界と絶望人間 雷撃☆SSガール2』が二分冊で2010年に同じ講談社BOXから刊行されている。

 家業を継ぎ、ダイレクトメールを扱う零細企業・アルセアマーケティング株式会社を経営するジンこと朝倉陣。大学時代から交際していた彼女には事業の将来性の無さから振られてしまうが、ヤケになって出向いたキャバクラで「世界征服」を目指すという絶世の美女ながら謎めいた二十歳・リンこと水ノ瀬凛と出会う。リンは一方的にジンの会社経営を手伝うと宣言、翌日の朝、本当にジンの会社に現れた。彼女は、周囲を巻き込みながら、あっという間に会社の状況と問題点を把握し、これまで業界の誰も思いつかなかったようなダイレクトメール事業の方法を提案した。業界にいるジンからみても、その計画は非常に魅力的に感じられたが、問題は運転資金。その運転資金をなんとかするためリンはジンを連れ、IT事業で最近業績を伸ばしているカーチスソフトウェアに乗り込み、アポなしで社長との面会を要求する。かつてその社長・山県はキャバクラ時代のリンと一度会っているというだけのコネ。しかしなぜかその業界の風雲児との面談を果たし、先方が提示してきた条件を蹴って、リンは巨額の資金借り入れに成功する。その後、確実に手を打ってリンは瞬く間に事業の拡大を続け、ジンの妹の綾乃、元巨大商社社員だった藤森夕菜ら、優秀な社員を次々獲得してゆく。そんなある日、彼女はジンを自宅に招く。彼女の家はおんぼろアパート、しかも彼女にはたくさんの子供がいるのだという。

ラノベのノリで経済/ビジネスを語る。そして、我々のこの世界、富に関して真っ当、平等なんかではない
 自信満々天上天下唯我独尊の女性キャラが物語を引っ張り、従属する男性キャラの視点で物語が進み、さらにその従属しているだけのはずの主人公がハーレム・システムのただ中にいるという。表紙のみならず章毎に挿入されているイラストもラノベ的、中心美女、身内美女、サポート美女、天然美女といった配置もどこかで……。断言はしたくないけれども、『涼宮ハルヒ』シリーズと、登場人物の立ち位置やシチュエーションがやたら重なるように思う。また、物語上のノリの軽さも含めて、ライトノベル的という感想となるのは仕方ないところ。
 一方で扱われているテーマが、経済であり、ビジネスという点は目新しい。ダイレクトメールの発想転換による小企業の事業拡大からスタートして、出版社買収、ファンド設立、水ノ瀬凜最大目標である「SS」に向かって突き進むというスケールがどんどん大きくなる展開。この部分については、かなり(広範な読者向けに)分かりやすく柔らかく書いているし、細かい諸要素を捨象して相当に簡略化されているものの、(だってフィクションだもん、いいじゃん)基本的な流れについては特に文句はなし。
 ラノベには詳しくないので、同様ジャンルの作品があるのか不明ながら、金儲け、ビジネステーマというのはユニークだろう。さらに経済・ビジネスは売る、買う、といった真っ当な商売からあるラインを越えると、運と知恵との勝負という風に変化していく点もしっかり描かれている。誰かが儲けると誰かが損をする。ならば儲けるために上位者は何をしているのか?  なかなかこのあたりシビアな切り口で現実的に描かれている。(が、普通に読むとスルーされそうだ)。
 会社規模の売り買いなんて、正当な対価なんてあるようでないわけで、あとは駆け引き。このあたりを開いてゆくと、本書のようなビジネス経済小説もまた、コン・ゲーム的要素があるということで、つまりは広義ではミステリに包含されるジャンルになる……っていうことかな、とか思う。

 繰り返すみたいだが実際のところは、経済小説的側面の記述はすっ飛ばされ、美女たちを従えて(美女が主人公という気もするが)のキャラクタ小説として読まれてしまいそうだ。ま、それはそれで良いのかも。何かを訴えるには、ラノベの文体とシチュエーションというのはやはり軽すぎる気がするのです。


10/03/18
小島正樹「武家屋敷の殺人」(講談社ノベルス'09)

  小島正樹氏は埼玉県生まれ。2005年に島田荘司氏との共著にて『天に還る舟』を上梓。『十三回忌』にて単独デビューを果たす。本書は単独名義では二冊目にあたる作品で、既に『扼殺のロンド』等を発表しており、現在、新たなトリックメイカーとして認知されつつある。

 沢松弁護士事務所に勤めながら様々な仕事を前向きに引き受けている、若き弁護士・川路弘太郎。川路は、孤児院で育ったという美女・瑞希から、彼女の生まれた家を探して欲しいという依頼を受けた。手がかりとなるのは、瑞希が捨てられていた場所にて発見されたという、ある人物の日記のみ。しかし二十年前に書かれたと思しきその日記に地名を特定できるようなキーワードはなく、ある武家屋敷に暮らす男が、妹が殺害してしまった彼女の元恋人の死体を隠し、さらにミイラ化したはずのその死体が蘇ることに男が怯えている様子が描かれているのみ。困難を極めるかと思われたその依頼は、川路のカヤック仲間の那珂邦彦が解き明かしてしまう。果たして特定された彼女の生家には、まだ関係者が住んでおり、離れの地下にある氷室にミイラが依然残されていることを那珂と川路は確認する。関係者との会見を果たした彼らだったが、瑞希のことは妹の子供であると認められたものの、事件に関しては否定的だった。しかも、改めて川路が確認しようとしたが氷室自体が消え失せていた。そして屋敷では更なる殺人事件が……。

よくも悪くも全編が解明編。過剰なまでの本格ミステリ愛を楽しめるかどうか
 いやはや「詰め込みすぎ!」、という帯の言葉に偽りなし。特に導入部のトンデモっぷりが素晴らしい。ある人物による日記なのだが、当初は比較的まともに、でも妹の殺人とその隠匿が描かれている。その地下室の氷室に隠した死体がミイラ化するところまでは良い。しかし、そおっからなぜかその隠した結果ミイラ化した死体が蘇って、その日記の書き手を脅かすという、あり得ない状況が展開されてゆく。さらに一晩で壁の色が変わり、空から人が降り、塀は血を流し、床がケタケタ笑う。なんじゃこれは――?
 この前半部、島田ミステリーを彷彿とするような謎の提示がうまい。さらにまだその前半部が終わるか終わらないかのうちに、その日記に隠された秘密が次々と明かされ、本来の目的である日記の持ち主の依頼を果たし、彼女の生家に辿り着いてしまうという大サービス。その解明に至る部分は、読者を強く引き込む力があり、非常に魅力があった。
 ヒロインの生家がはっきりした後の展開も凄まじい。江戸時代の謎が解かれるは、元の事件が次々と反転するわと、謎の提示もそこそこに謎解きが始まってゆくような印象。ある意味、後半部は問題編すらすっとばして全編が解決編であるかのような感覚がある。(実際はそんなことないですよ勿論)。ただ、これでもかこれでもかと反転が続いてゆくと段々と感覚も麻痺してくるのか、凄いことは凄いのに個々のトリックのインパクトが薄れてゆくという逆説。

 じっくり取り組めば取り組むほど本格ミステリとして凄いことをやっていることは明らかになる。……というタイプの作品。本格ミステリのファン以外の人が気軽に手に取るには少々重すぎるかも。トリックが凄まじく物語性を犠牲にしている部分があるが、それはそれで仕方ないか。あくまでトリックと謎解きに殉じた、近年だとむしろ珍しいこだわりが感じられる真っ向勝負の本格ミステリ。


10/03/17
西尾維新「難民探偵」(講談社'09)

 講談社百周年記念書き下ろしで刊行されたハードカバー作品。装幀カバー関係が全体的に凝っている一方、仙花紙まではいかないもののペーパーバック風の紙質の本文が一般書としてはミスマッチか。「西尾維新が生み出す、新たなスイリ小説登場!」なんだそうだ。

 何となく大学生をしていた窓居証子は就職活動にて失敗が続き、様々な選択肢のなかで小さなプライドや信念を押し通してしまった結果、完全な就職浪人となってしまった。大学を卒業してしまい、アルバイトをしながら就職活動をしようとするが借りていたマンションの家賃が支払えず追い出されることになり、実家からは戻るなら見合いしろといわれ、困った挙げ句に祖母に相談を持ちかける。結果、身内のなかでもあまり親しくない叔父・窓居京樹の手伝い兼居候になる。窓居京樹は人気小説家で大きな家に一人暮らしをしている変人だが、証子はうまく距離感を取る。友人はいないと言い切っていた京樹のもとに、友人を自称する根深陽義なる人物から連絡が入る。警察に彼の見元引受人になって欲しいというのだ。結局、証子が警察に出向き陽義と対面する。彼はネットカフェに長らく住む、辞表を受理されない警視庁警視で、探偵なのだという。しかもネットカフェの隣部屋にいた人物が殺害された事件を第一発見してしまっていた。

西尾維新らしいといえば「らしい」し、らしくないといえば「らしくない」
 評価の難しい作品。
 ひとことで説明しづらいのでミステリとしての評価と、キャラクタ・ストーリーの評価を分割して考えてみる。
 まずミステリとしての評価。まず本作の根幹を成す謎に関していえば、西尾氏の作品群のなかでは異常なまでに普通にミステリ。 なんというか謎自体に特殊性も斬新さも感じられない。キツイ言い方にかもしれないが、西尾維新という作家がこういったテーマのミステリ風作品を打ち出すことの意義があるのかどうか、から考え込んでしまう。雪の密室でも嵐の孤島でも館ものゴシックでもなく(もちろんだったら良いとかそういうことではなく)、むしろ社会性すら感じられるテーマなのだ。
 「出不精の大手企業役員が、わざわざ京都のネットカフェで四時間も過ごした挙げ句、背中を刺されて殺されたのか」――というもの。そして、その解答がまた(普段からミステリを嗜まないような層の読者はとにかく)ある程度、この方面を読む人間からすれば普通に考えた時の選択肢に入るようなものだったりする。このネタが西尾維新でなければ普通にスルーなのだろうけれど、何か意図があるのかもと勘ぐってしまう……。ただ、登場人物設定とも絡むのだけれど、大手企業役員とネットカフェというミスマッチに注目しているところはユニークだと思う。

 そして、キャラクタとストーリーについては西尾維新らしさが横溢している。 前半部から中盤にかけて延延と展開される事実上のキャラクタ紹介。就職活動に失敗する視点人物・窓居証子、その叔父で売れっ子作家で証子の居候先でもある窓居京樹、さらにその数少ない友人で表題にもなっている「難民探偵」根深陽義。彼らの人物と環境を、維新らしいユニークな会話回しで説明するので全体の約半分。人気作家に難民探偵、その難民探偵をストーキングする警視総監の真田といったあたり、リアリティがカケラもないところは西尾維新らしい一方、窓居証子の経歴とモノローグはNHKスペシャルもかくや、現代の断面をそのまま持ってきたようなリアリズムに溢れている。ただ、その結果何をやろうとしたのか。何を訴えたかったのか、……は、残念ながら分からない。そもそもそういう意図があったのか。

 ハードカバー刊行、講談社を代表する書き下ろしといった背景から、もしかすると大胆不敵な作者もどこか肩肘張ってしまったのか。もしくはラノベ系統からの脱却を図ったのかもしれないのだが、正直やはりこれは向いていないとしか。従来系統の読者にも、一般読者にも勧めにくいニッチなコレクターズアイテムとなってしまっているような気がする。


10/03/16
木谷恭介「小樽運河殺人事件」(光風社文庫'95)

 木谷恭介氏を代表する作品群である「宮之原警部シリーズ」の一冊。初刊は1990年に立風ノベルスから刊行され、本書にて初文庫化。また2000年にはハルキ文庫からも刊行されている。またその五年後の2005年には、ワンツーノベルスから改めて新書版による刊行が行われた。

 日本がバブル景気に沸く頃、夏の北海道・小樽運河に殺害された新進気鋭の画商の死体が浮かんだ。被害者の名前は堀内晴彦。小樽出身ながら東京に移り、美術画のオークション会社・アート・ト−キョーを経営していた。堀内は二十年前の小樽運河の保存運動に参加していたが上京時に離脱、彼が殺害される直前に訪れていた鮨屋の証言から、顔がカワハギに似た『小樽運河を保存する会』の元メンバー"高萩"が往事の恨みを晴らしたのではないかと疑われる。しかし警察の捜査で高萩なる人物は既に死亡していることが確認され、別に犯人が存在することが明らかになった。一転して画商としての堀内の交友を調べることになり、小樽在住で売り出し中の女流画家・柳田雪枝らが調べられる。また東京での関係者聴取を宮之原警部は北海道警から依頼を受けて引き受けた。アート・トーキョー専務の北野や、画廊を持つ菊川佳代らを調べるが、真相はすぐには見えない。そんななか第二の殺人が発生、宮之原は、堀内の姪・葉子の協力を得て小樽へと向かった。

バブル期ならではのマネーゲームが背景。テレビドラマ風、人間関係ミステリー
 先に読んだ、同じ宮之原警部シリーズである『京都高瀬川殺人事件』に比べると、かなり社会派――というか、その当時の風俗そのものがテーマとして取り上げられているところが強く目立つ作品であった。名画だけではなく、現役画家を巻き込んでの出来レースなどで値段を吊り上げてゆく、という手法がまだ生きていたのがバブル的。もちろん、題名に小樽が織り込んである通り、旅情ミステリの要素も皆無ではないが、正直、小樽の情報や蘊蓄が、物語の筋を切らない程度に断片的に登場するのみなため、旅行に行ってみようかな、とか旅行した気分になるといったことはないと思う。旅情ミステリーと銘打っている点を否定する気はないが、その意味ではちょっとその意志が足りていないように感じられた。
 またミステリとしてもどっちつかずで中途半端。(そもそも大きな期待はしていないのですが)『小樽運河を守る会』のミスリーディングはミステリとしての意味合いは無いし、絵画を巡る争いにしても、人間関係が徒に複雑なだけで、大きなトリックがあるわけでもない。誰が殺したにしても、Who done it? すら容疑者が限定されていないので成立していない。最後の実は……というところだけ読めばOKというタイプ。
 結末で、冒頭から物語中の黒幕として登場していたある人物が、周囲を固め準備万端整えて、若い女性を手に入れるつもりで最後に一矢報いられる場面。(一矢というよりも、黒幕にとっては致命的な一撃なのだが)ここでの盛り上がりがやはり大きいか。その意味でも非常にテレビドラマ的な盛り上げ方に感じられた。
 一方、バブルが弾けて以降、現役若手女流画家の作品で数億が動くという状況も考えられなくなってきているし、その意味でこの当時の風俗小説ってのは、不景気な現在となっては一種のファンタジーだよなあ、と訳の分からない感慨が湧く。いずれにせよ、木谷or宮之原ファン以外の人が選んで読む必要はない作品でしょう。


10/03/15
両角長彦「ラガド 煉獄の教室」(光文社'10)

 両角長彦はもろずみ・たけひこ、と読む。1960年、埼玉県生まれ。北海道大学中退、一橋大学卒。タウン誌編集部勤務等を経て現在に至る。本作で第13回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。

 十一月四日午前八時半頃、東京都K区の私立瀬尾中学校にて、二年四組の女生徒・藤村綾(14)が男にめった刺しにされ死亡するという事件が発生した。他の生徒数名も刺されたものの軽傷。男は駆け付けた教諭らに取り押さえられ、殺人未遂容疑で駆け付けた警察に引き渡された。男の名前は当初伏せられていたが、すぐにネット等で暴露された。日垣吉之・四十五歳。彼による校内徘徊は今回が初めてではない。しかし、学校側には彼を排除できない理由があった。二ヶ月前まで日垣には娘がいた。名前は里奈。そして二年四組の生徒だった彼女は、学校の屋上から飛び降りて自殺していた。日垣は、娘の自殺はクラスで精神的虐待があったからだと学校側を告発するが、校長の秋葉は一貫して否定を続ける。学校側との裁判にも敗れた日垣は、毎朝、娘のクラスに現れるようになったが学校側も実害がほとんどないため強制排除に踏み切れないでいた。そんな矢先の事件だったが、日垣自身、そして生徒たちにも極端な記憶の混乱があり、事件を再現する行為が必要となっていた――。

果たして閉ざされたクラス内で何が? 真の被害者は、そして犯人は? 新感覚サスペンス
 確かにユニークなミステリかと思う。ユニークというのは作者の発想が斬新であり、なかなか他にこんなこと思いつくやつおらん、という意味でだが。その新しい試み――というのは、頁をぱらぱらと捲ってもらうと分かるとおり、クラスの見取り図+座席表が頁下部にあり、状況説明や新たな展開があるたびにその図面内で矢印や囲い印等を使って説明がなされるのだ。生徒の名前は一切排除してあり、出席番号のみという部分、個性を削り取って謎をシンプルにすることに役立っている。何よりも、文章が多少拙かろうと作者がその部分で何をいいたいのかが、図を見ていれば分かるということだ。
 ただ、その不備を補うのみではない。例えば証言の矛盾。ある位置の生徒の動きがおかしいだとか、この位置の生徒であれば目撃しているはずの何かだとか、ミステリに類する、つまり謎の提示といった要素も補助的もこの図上で為されている。
 合わせて巧いのは、これも現代の世相を巧みに反映した当事者や周囲の反応だ。例えば裁判や処分といった「やばい橋」を乗り越えたはずの校長が、ちょっとしたきっかけで総攻撃を受けて壊れるところ。ヒステリックにして理不尽な親たちの反応。その親たちをコントロールしようとしたつもりが、逆に糾弾される親。子どものいうことを聞いているようで何も聞いていない親……。ちょっとしたことでモンスターと化す人々が、物語中に効果的に配置されている。
 恐らく新人賞を受賞した理由は上記のもろもろではなく、架空の政府機関を作り上げるという無理無理なリアリティ設定を踏まえたうえで考え出された、真犯人の用いたある特殊能力、そしてその発想だろう。納得する/しないは別にせよ、ちょっと普通思いつかないという意味で、これもまたユニークということになるだろう。

 表現の巧拙はとにかく、文章自体は非常に噛み砕かれていて読みやすい。さらにサスペンスや小さなどんでん返しの提示の仕方がうまいので、次から次へと新証拠、新解釈が生まれるため、なかなか頁を捲る手を止めることができない。トータルとして凄まじい破壊力――というミステリとは破壊力の方向性が微妙に異なる気がするが、ちょっとこれまでになかったミステリであることは間違いないだろう。


10/03/14
二階堂黎人・千澤のり子「レクイエム 私立探偵・桐山真紀子」(講談社ノベルス'09)

 前作では宗形キメラという筆名(は、決して良い名前と思えなかったので、合作が続くにしても解消されたのは良いこと)で『ルームシェア 私立探偵桐山真紀子』を刊行した二人による、シリーズ二作目書き下ろし。千澤のり子さんはこの二作のあいだに『マーダー・ゲーム』を講談社ノベルスより刊行、ソロデビューも果たしている。

 かつては森林公園だった横浜市の加美の森公園の駐車場に停車中の幼稚園バスが爆発事故を起こし、乗務員や園児ら26名もの死者を出す大惨事が発生した。現場の目撃者の証言から、近くの住人で爆弾製作を趣味にしていた相沢という若者が自白と使用された爆弾が彼が製造したものであるという証拠があったことからスピード逮捕され、極刑は免れないという状況にあった。しかし相沢は爆弾製造は認めたものの、自白は誘導であり、爆弾は盗まれたものであると主張しはじめ世間の冷笑を買っていた。前回の事件で得た怪我が癒えた桐山真紀子は、所属していた警備会社社長の依頼で、この事件の犯人が本当に相沢なのか、真相を突き止めて欲しいとの依頼を受ける。社長の恩人の孫が、この事件で命を落としているのだという。真紀子は警察や遺族、目撃者といった関係者から取材してゆくが、その過程で話を聞いた黒田という若者が殺害されるという事件が発生。しかもそちらには小学生くらいの女性が共通して目撃される都市伝説めいた噂が伴われているのだという……。

民間捜査の現実を直視し、ホラーに近い動機を本格ハードボイルドに当てる野心作
 実験作、前衛作。いろいろ言葉が思い浮かんだが、むしろ野心作かな。ミステリとしては、なぜ真犯人は幼稚園バスに爆弾を仕掛けたのか? というWhy done it?が中心。 凡庸な表現だが、罪のない幼児の大量虐殺という非道を行う狂気の論理とは。確かにWho? という謎解きも提起されているものの、ミステリ的、ハードボイルド的にその人物そのものを探し出すことに眼目はなく、やはりその人物の動機がまず本作の最大のキモだといえよう。従来レベルのエンターテインメント小説を思えば、本格ホラーのネタであってもおかしくないこの理由、これが本格ミステリの動機になって、しかも違和感がないというのがまさに「現代そのもの」なのだ。
 また、この事件と並行するかたちで、少女の幽霊譚と共に、小学校の元同級生グループを被害者とする連続殺人事件が発生している。こちらは関係者が身内に独白めいたメールを送っており、そちらで事件の進行が伝わってくる。根本のところでこの事件は繋がっており、最低限のミステリとしての約束は果たされているものの、こちらのパートの真相は個人的にトリックに使用するのを認めていない実は珍しい病気でした。ネタなので残念ながら評価できない。
 逆に個人的に感心したのは、幼稚園バス爆破の再捜査に付随するもろもろだ。真紀子は捜査するにあたって強烈な図々しさを発揮する。 遺族の気持ちを慮らなければと口ではいっている本人が、捜査となると身分を様々に偽り、被害者遺族と嘘をついては同情を乞い、その目的も伏せたり、取材だと嘘をついたりしながら、哀しみに沈む遺族の気持ちに土足で踏み込んでゆく。読者の素直な気持ちとしては、こういった場面を見せられるより、真犯人じゃなくても爆弾作り男死刑でいいじゃん、遺族は静かにしておいてあげようよ――と思うところだろう。
 だが実際問題として、ミステリにおける探偵による捜査という現実は本書で行われている行為そのもの――なのだ。(多少本作で露悪的に描写されているきらいもあるものの)哀しみに沈む人々の気持ちを逆撫でせざるを得ないのが探偵だという点、本書は逃げずに真っ正面から描写していることを逆に評価したいと思う。

 細かい点では多少寄り道が多かったり、真犯人存在に至る証拠が弱かったり、と小説として気になるところもあるが、それはいずれ作者が経験を積むことでカバーされてゆく部分か。初読時、主人公の桐山真紀子に感情移入が全くできず、彼女の無神経な行動に不快感ばかりを覚え、感想を長らく書きかねていた。再読して改めて、あえて作者がこうしているということに気付き、読書的に距離感を取ることで、はじめてまともな感想が書けた……かな。


10/03/13
霧舎 巧「十二月は聖なる夜の予告殺人」(講談社ノベルス'09)

 『十一月は天使が舞い降りた見立て殺人』と同時刊行された、ラブコメ本格・霧舎学園シリーズの九冊目。発売日が同時であることを記念して、クリアファイル付き限定版の二冊セットも販売されている。

 クリスマスを控えたショッピングモールのクリスマスイベント。登場するのは霧舎学園に通う歌手・湯浅アユ。現場にはイルミネーションを見に、羽月琴葉や八重樫皐月、小日向棚彦らがいたのだが、彼女たちの目の前で吹き抜けの上層階から何者かが転落、湯浅マユの目の前でステージに激突して死亡する事件が発生した。現場で琴葉のことを芸能人と勘違いしている女の子とのトラブルがあったり、事故のあと十月の事件後に入院していた香山由仁子先生が現場にいたり。その由仁子先生は、現場で拾ったという『スノーマ……気をつけ……』と走り書きされた紙を棚彦らに渡す。その次の日、男性四人組のアイドルグループに所属する遠波直人の自宅に、彼のファンである蘭堂ひろみとタレントをしている田中弓絵とがおしかけクリスマスパーティをしていた。いろいろ家のなかではドタバタがあったが、ケーキ屋にでかけたまま蘭堂ひろみが戻ってこない。彼女はケーキ屋で発生した爆発事故に巻き込まれていた……。

二冊組ですっきり補完されるトリックにオールスター感謝祭。ちょっと詰め込み多すぎがきつい?
 昨今の分厚い作品が当たり前のノベルス群のなか(ライトノベル系統と目される西尾維新ですらそれなりのボリュームがある)、二冊同時刊行で双方が薄いノベルスである。四月の刊行以来、自らに制限を課したかのようなそのストイックにトータルボリュームを守ろうという態度は男らしい。だが、本格ミステリとして深い趣向を扱っている割にこのページ数にこだわっている結果、読者にとって少々難解な物語展開になってしまっているという側面がみられる。
 さらに元々ラブコメで本格というシリーズのなか、この十二月でこれまでの登場人物オールスターをやろうとしたということで、この「十二月」、全体に登場人物の出入りが多く、それでなくてもごちゃごちゃした印象が強い。刊行都度、細切れで 読んでいることもあって「これ、誰だっけ?」となるのが読んでいてつらいところであった。一方、総集編という意味では熱心なシリーズファンや、作者自身は楽しめるところとなるだろう。  ただ、『二冊同時刊行には意味がある』とさんざん煽ってきただけの内容はあった。 十一月を読んで、それから十二月を読むことで、どこか不完全燃焼に感じられていた十一月(不完全燃焼自体が十二月を読んで初めて気付くわけだが)部分の結末がキレイに見えてくる。さらに作者のあとがきを読むとまた感心した。特に見立て殺人と予告殺人の一見何の関係もないような二種類の事件タイプに思わぬ共通項があるという点は鋭い考察だな、と思う。一応、一冊ずつでも完結する構成にしているが、作者のいう通り、事実上二冊読んでようやく両方が完結するものと考えた方が良いだろう。
 とはいっても、本作に関してはそういった作者がやろうとしたこと、やってのけたこと、が小生も含めて読者に100%きちんと伝えきれていないような気が。(おおよそ分かったつもりでいるのだけれど)。もしかすると、こうやって出るたび追いかける我々のような読者よりも、全巻刊行されたあとに一気に読むことができる、これからの読者の方がシアワセなのかもしれません。


10/03/12
小島正樹「十三回忌」(原書房ミステリー・リーグ'08)

 小島正樹氏は埼玉県生まれ。2005年に島田荘司氏との共著にて『天に還る舟』を上梓。本書にて単独デビューを果たし、『武家屋敷の殺人』『扼殺のロンド』等を発表、トリックメイカーとして評価されつつある。

 静岡県にて権勢を誇る実業家・宇津城家。当主の恒蔵は、最初の妻・律子を離婚し、亡くなった弟の妻だったあかねを娶り、更にそのあかねが自殺すると、元の妻の・律子を再々婚、さらに愛人を同居させ、それぞれに子供がいるという強引な生活を送っていた。あかねが自殺した七月十七日のその一年後の同じ日、律子もまた不審な死を遂げた。警察は入水自殺ということで事件捜査を打ち切ってしまう。その一周忌の日、恒蔵の愛人・谷内田杏子の三人娘の長女・夏澄が、大雨の翌日に立木の高い枝に胴体を貫かれた死体となって発見された。さらに三回忌の日には、宇津城家付近を走る鉄道で脱線事故が発生、同じ日には次女のゆかりが、太い木に括り付けられて、水平に首を切断された死体で発見された。首の行方は分からないまま時が過ぎ、七回忌の日、三女の未帆が、上下の唇を切り取られるという死に様でやはり殺されていた。そして十三回忌。娘を次々に喪い、精神を病んでいた谷内田杏子もまた、仮面が多数飾られた館で刺殺された。全ての現場には、何らかのかたちで薔薇が残されていた。十三回忌の直前に、恒蔵に探偵として雇われた青年・海老原は一連の事件にどう挑むのか――?

トリックは伝統的本格も、時間空間の操り方に魅力。ただ、詰め込み過ぎでもあって。
 刊行直後に間違いなく読んでいるのだが、いろいろ考えているうちに感想を書きあぐねていたものを再読してみた。よくも悪くも、最初の事件から十年以上の時間をかけて回忌ごとに発生する連続殺人という図式が本書の場合ポイントになっている。まず最初の事件から、一周忌、三回忌、七回忌、十三回忌と、区切りの年にそれぞれ猟奇不可能犯罪が発生する――というのは、ミステリの常識から考えても少し多すぎて一つ一つにびっくりするよりも、むしろ印象が薄れてしまって散漫な印象がある。また、気になるほどではないものの、これだけ長い時間を操るにしては作者の筆力がついていっておらず、平板に見えてしまう。
 ただ、トリックについてはユニーク。前提となる複雑な家族関係であるとか、大富豪だとか館だとかといった個々のガジェットが、多少古めかしく感じられるものの、その殺人状況がいずれも不可能犯罪であり様相が全て異なっているところはまず評価すべきところだろう。また、特にしょっぱなの本格ミステリとしての試みは島田荘司氏のフォロワーを思わせるもので、その空間の利用方法の大胆さが光る。(現実的にはちょい無茶かとは思うものの、島田ミステリーがお好きな方であれば、同様に好みとなるはず)。あと、個人的には洞窟に絡む幾つかの場面と、そのトリックも好みだった。線路に雪が降るというのはとにかく、後から探険する時の描写にはけっこう「来る」ものが。

 古めかしい設定のなかに詰め込みすぎのトリック、ミステリの本筋として展開される事件に物語性は薄く、本格ミステリのための本格ミステリといった印象。合わせて現代的なスマートさはなく、新本格初期〜中期にデビューした作家の作品のように思えるところもある。ただ、作者が本格ミステリに入れ込んでいることも十分理解でき、これはこれで作風として突き進むのはありだと思う。


10/03/11
小路幸也「リライブ」(新潮社'09)

 『小説新潮』の小路氏の担当者が「人生が二度あれば」というテーマで短編を依頼してきたのが本シリーズの端緒。その第一作『彼女が』(単行本では『彼女が来た』)が二〇〇七年九月号に掲載され、その後も散発で同誌に発表されてきた(最終話が二〇〇九年七月号)同じ設定の作品が集められて単行本化されたもの。最終的に連作短編集の形式となっている。

 死を迎えた人が意識を完全に失わせてしまう直前、〈獏〉を名乗る何者かが、その人間に問いかける。最悪の瞬間、なくしてしまった恋、すべきだった仕事。後悔している何かを一度だけやり直す人生をもう一度与えてやろう。その代わり、出来た思い出は頂く。そのやり直した人生が、今以上の人生になるのかどうかは分からない――七人はそれでも、人生のやり直しを選ぶ。
 下宿屋の母娘、娘は無口な若い下宿人から愛の告白を受け取る。『輝子の恋』
 親友だった彼女は、妻(私にとって母)を亡くした父親となんと結婚してしまった。『最後から二番目の恋』
 ライブハウスで裏方の僕。親友のミュージシャンの彼女に横恋慕しているのだが。 『彼女が来た』
 年上の女の先輩とジョン・レノンがきっかけで仲良くなる僕。そして担任の先生が温かくそれを見守る。『J』
 美味しいお弁当屋さんでの出会いが縁で医者の卵と交際しているOLの私。お弁当屋さんが店じまいをするという。『生きること』
 その時代。一部貴族以外の人間は存在しない者として、彼らの意識の外にあった。そんな時代の墓堀の若者。『あらざるもの』
 幼い女の子の歌声が不良の心を溶かす。彼女の重病を気に、身一つでカンパを募る旅に出た青年。『すばらしきせかい』 以上七編。

いわゆる人生の「いい話」がある。が、その裏にどんな思いやりや優しさが隠されているのか
 これはうまい!
 単なる「いい話」だけで終わらず、微妙な「謎」を各作品ごとに持たせていることを、二編目、三編目あたりで分からせてくれる。個々の短編の構造、基本的には、人間が死ぬ直前にやり残していたこと、後悔した選択肢など、やり直したり、別の選択を行うチャンスを一度だけ与えてもらえるというもの。つまりは、亡くなった人にとっては、当初自分が生きてきたこれまでの人生と、もう一つ別の、どこかの選択肢で異なるセレクトをした結果としての人生の二度、生きることができるということなのだ。これをルールとする連作短編集。
 そして、読者が目にすることが出来る物語は(多少の情報があるにしても)基本的に、彼らの二度目の人生のみ。 つまり、亡くなった人が二度目の死を迎えて人生を振り返るまで、彼らがどの選択肢を前の人生と変化させてみたのかが教えて貰えないのだ。そして、改めて(獏)と再会してその部分含めた回想を初めて知ることが出来るという仕掛けだ。彼らの人生がどうなるのか、という興味に加えて、読み終わって果たしてどこを変化させたのか。それが回答として後から教えて貰えることで興味が倍加するようになっている。(推理しても良いが、ヒントがあるとは限らないので、想像に止めておくのがGOOD)。
 さらにさらに。(獏)は何かのルールをもとにでも、自らの興味で二度の人生を選べる人物を選んでいるわけではない。どうやら、個々の物語において、「その人物に二度目人生のチャンスを与えて欲しい」、と(獏)に依頼する第三者が存在するのだ。彼らがなぜ、その依頼をしたのか。そういったところまで深く推し量りながら読むと味わいは非常に深くなる。
 個々のエピソード、実は裏に不倫の後悔があったり、前の選択肢でも後の選択肢でも亡くなる人はいたりと、決してハッピー一色ではない。ただ、山があって谷がある人生のなかで、主人公たちがどう前向きに生きようとしたかという訴えが読者に届けば、それで十分なのだと思う。

 連作短編集としての縛りがありながら、そこから一つ一つの作品が少しずつ逸脱している。その御行儀の悪さ、だらしなさと、人間が生きる道という道筋の複雑さが重なりあって、小路さんにしか奏でられないハーモニーがこの作品にはあるように思う。良作です。